港町を舞台とした歌謡曲の歌詞における都市の空間イメージ

The Urban Image in Lyrics of Popular Songs set in Port City

Keywords：都市のイメージ、歌謡曲、歌詞、港町

urban image, popular songs, lyrics, port city

１. はじめに　歌謡曲は、歌詞と旋律が一体となって人間の心情や都市生活が

表現されたものであり、そこから人間の活動の場としての都市の

情景を読み取ることが可能である。そうした都市の情景は歌謡曲

というメディアのポピュラーさゆえに、人々の都市空間に対する

イメージ形成に影響を与えるものと考えられる。なかでも港町は、

歴史や文化的側面から異国への憧れや人生の哀感を表す場とし

て、また海に囲まれた国土をもつ日本の根源的な風景として、こ

れまで歌謡曲の題材に数多く取り上げられている。その歌詞から

は、港、繁華街、坂道、高台といった地形的特徴をもつ領域とそ

の前面に広がる海との距離感など、港町特有の階層的な都市空間

の構造を読み取ることができる。そこで本研究では、港町を舞台

とした歌謡曲の歌詞を資料 1）とし、そこから読み取れる領域的内

容とその関係を検討することで、港町における都市の空間イメー

ジの一端を明らかにすることを目的とする。

２. 情景単位と情景要素　2-1. 情景単位の抽出　　資料とした歌詞からは、図 1 の分析例

のように、ひとつの情景としての描写を読み取ることができる

まとまり（以下、情景単位）が抽出できる 2)。

2-2. 情景要素の分類　　まず、情景に関わる名詞群（以下、情　　　　

景要素）を情景単位から抽出し、検討した（図 2）。情景要素は、

その属性から「場所」、「もの」、「時節」、「ひと」の大きく 4 つ

に分類した。「もの」では特に船に関する内容が全体的に多く

みられ、その他にも潮風やハーバーライトなど港や海に関連す

るものや、マドロスや教会の鐘など異国情緒を連想させる内容

のものがみられた。また、「もの」や「時節」に共通して灯り

や夜霧などの夜を連想させる内容も多くみられた。

2-3. 時制　　情景単位の中には登場人物の現在の行動だけでな

く過去の出来事を回想するものや、未来の出来事を期待するも

のなどがみられ、これを「時制」として分類した（図 3）。

奥山研究室 12M30325 前田 咲 （MAEDA, Saki）

部位 :51

時間帯 :152

固有名詞 :22

人称代名詞 :101 所属 :41

四季 :12

領域非限定 699 要素

290

632 215

529

【B】【F】 【U】【H】

【B】【F】 【U】【H】

【B】【F】 【U】【H】

【B】【F】 【U】【H】

【B】【F】 【U】【H】

境界域パタン

港近海

陸域パタン

陸 /境界パタン

陸 /境界パタン

陸 /境界パタン

繁華街

港

内部繁華街

空

港内部繁華街

内部繁華街

図 1分析例 図 2情景要素の分類 図 3時制の分類

●NO.Y8港町十三番地 /美空ひばり(1957)

①

②

③

④

⑤

過去 :137

現在 :242

未来 :34

長い旅路の　航海終えて船が港に　泊まる夜海の苦労を　グラスの酒にみんな忘れる　マドロス酒場ああ港町　十三番地

銀杏並木の　敷石道を君と歩くも　久しぶり点るネオンに　さそわれながら波止場通りを　左にまがりゃああ港町　十三番地

船が着く日に　咲かせた花を船が出る夜　散らす風涙こらえて　乾杯すれば窓で泣いてる　三日月様よああ港町　十三番地

場所

一般的な場所名固有の場所名

もの

ひと

時節

現在の出来事のみを表すもの

過去の出来事を回想しているものなど

未来の出来事を予想しているものなど

領域限定 946 要素

天候 :126

顔 , 頭 :39( 髪 , 頬 , 涙）胴体 :12

（胸 , 肩 , 手）

夜 :102( 夜 , 星 , 月 , 夜霧 , 夜風 )夕 :14

（夕暮 , 夕陽 ,黄昏 , 夕凪 )

風 :20( 潮風 , 海風 )霧 :1

（波止場の霧 )雨 :1

（みなと小雨 )

港 57, 海 37, 坂 19, 波止場 18, 丘 14, 波 13, ｷｬﾋﾞﾝ13, 酒場13, 桟橋 9, 外人墓地 8,ﾎﾃﾙ7, 海峡 7, 街 6, 沖 6, 部屋 5, 渚4, 教会 4, 町 4, ﾍﾞｲﾎﾃﾙ4, 街角 4, 店 4, 潮路 3, 橋 3, 車 3, 路地 3, 夜景 3,ﾍﾞｲｻｲﾄ ・゙ﾎﾃﾙ3, 北ﾎﾃﾙ3, 岬 2, ﾁｬﾍﾟﾙ2, 天主堂 2,公園 2, ｸﾗﾌﾞ2, ｽﾅｯｸ2, 小部屋 2, ﾛﾋﾞｰ2, ﾃﾞｯｷ2, など

空 11, 街 7, 港町 6, 外 2

オランダ坂 11, 馬車道 7, 元町 7, ﾒﾘｹﾝ波止場 6, 函館山 6,ﾁｬｲﾅﾀｳﾝ5, 丸山 4, 伊勢佐木 4, 立待岬 4, 本牧 3, 函館空港 3,ベイブリッジ 3, 山手 3, 元町通 3, 大黒埠頭 2, 本牧埠頭 2,三宮 2, 須磨 2, 松風町 2,ｼｰｶﾞｰﾃﾞｨｱﾝ2, 中島川 2, など

灯り 17, 街の灯 12, ﾊｰﾊﾞｰﾗｲﾄ8, 船の灯 6, ﾈｵﾝ5, ガス燈 4 , ﾃｰﾙﾗﾝﾌﾟ 4, ﾋﾞﾙの星屑 4, ブイの灯 3 など

船 42, 船出 11,外国船 6, ﾃー ﾌ゚ 5

窓 16, ドア 1ｽﾃﾝﾄ゙ ｸ゙ ﾗｽ 1, など

石畳 22,赤煉瓦 1

止まり木 3, 席 2,ﾊﾞｽﾀﾌﾞ1, など車 2, ﾊﾞｯｸﾐﾗｰ1,助手席 1, などﾀﾜｰ1, 灯台 1,観覧車 1

モノレール 1

ギター 2

電話 1

傘 4, ｼﾞｬｹﾂ 2,真絹 2, 靴 1 など

花火 2

汽笛 27, 鐘 15, ﾌﾞﾙｰｽ 12, 霧笛 11, 海鳴り 8, ﾄﾞﾗ 6,波音 5, マリアの鐘 5, ｼﾞｭｰｸﾎﾞｯｸｽ 3 など

口笛 2, 子守唄 1, 丸山蛇皮線 1 など

潮の薫り 2, 汐の匂い 1,海のかおり 1

残り香

お酒 14, ﾊｲﾎﾞｰﾙ 3, ｶｸﾃﾙ 2, ｽﾞﾌﾞﾛｯｶ 1, ﾃｷｰﾗ 1, ﾘｷｭｰﾙ 1, ﾛｯｸ 1

煙草 2, 煙草の煙 1, ﾊ゚ ｲﾌ゚ 1

カニ 3, コーヒー 1, ソーダ水 1, アワ 1

レモン 1

カモメ 17, 海鳥 2, ペリカン 1,海つばめ 1, 魚 1

鳥 2, 小鳥 1,渡り鳥 1

椰子 1, 銀杏並木 1, 並木 1,浜の夕顔 1, 浜茄子 1

花 15, 桜 5, 花弁 3, 曼珠沙華 3 など

ｸﾞﾗｽ 8, 盃 1, 紙ﾅﾌﾟｷﾝ 1, ｲﾝｸ 1,電話 1, ｱﾒﾘｶ人形 1, 荷物 1

振袖人形 1, 日傘 1,口紅 1, など

雨 :50( 雨 , こぬか雨 )霧 :22

（霧 , 雨霧 )風 :23

（風 , 木枯らし )

曇 :3( 雨上がり , 雲 )雪 :3

（雪 )晴 :3

（晴れ )

春 :3( 春 )夏 :3

（夏 , 常夏 )

冬 :3（冬 , 真冬 )移り変 :2

（夏から秋 ,秋から冬 )

朝 :13( 朝 , 夜明け )昼 :9

（午後 , 太陽 ,日 , 夕凪 )

代名詞 :65( あなた , 君 , あの娘）人数 :36( ひとり , ふたり）

性別 :19 ( 男 , 女）職業 :16( マドロス , 花売娘 , バテレン）他 :16( 恋人 , 子供）

女性 :13( 蝶々 , お春 , リル）男性 :8

（ジョニー , スミス）

灯り

音

香り

嗜好品

85: 2

船90

建具22

家具12

97:12

4:1

23:4食物6:1

動物23:4植物5:34小物14:7

電車

車

舗装

ランドマーク

1

9

23

3

楽器2

機械1

服18

長崎 29, 横浜 21,神戸 15, ﾖｺﾊﾏ15, 函館 4,YOKOHAMA 4, 中の島 1

２. 情景単位と情景要素 ３. 情景エリアパタン

領域非限定情景単位 情景要素 時制 情景エリア情景エリアパタン

領域限定

港船

酒場

夜

グラス

マドロス

ネオン

花 船

夜

三日月窓

銀杏並木

波止場通り

敷石道

現在

現在

現在

現在

現在

酒

君

風

３. 情景エリアパタン　前章で抽出した情景要素を再度検討すると、図 2 のように港

町を構成する領域に属するもの（領域限定）がみられる。本章

では、これらの情景要素の内容から、情景の舞台となる港町の

領域（以下、情景エリア）を検討し、さらにそれらの情景単位

中での組み合わせを検討することで、港町特有の都市空間の広

がりを捉える。

３－１．情景エリアの分類　　情景エリアは、地理的特徴から、

坂道、丘、山などの［高地］、通りや街並みなどの［平地］、港

や埠頭などの［境界域］、遠海や海外などの［海域］の大きく

4 つに分類できた。さらにその領域の中でも外部空間（以下、

外部）、室内や乗り物内などの内部空間（以下、内部）が読み

取れた（図 4）。

　ここで、情景エリアの分類を検討すると、［平地］、［境界域］

が多くみられた。そのなかでも、［平地］は内部が半数近くを占

めた（93/190）。また、固有の場所名で示されるものも多く、酒場

やホテルなど屋内空間が充実した具体的な繁華街の情景の描写が

みられた。これに対して［境界域］では、「もの」が多くみられ、

船、灯台の灯り、汽笛、カモメなど、領域をあわらす具体的な「も

の」で領域を描写するものがみられた。また、資料の都市ごと

に検討すると、［高地］は長崎、［平地］は横浜、［境界域］は神戸、

［海域］は函館でそれぞれ偏りがみられた。

３－２. 情景エリアパタンの内容　　次に、情景単位中におけ

る情景エリアの組み合わせ３）を情景エリアパタンとして検討

した。このうち、前節で示した［境界域］の有無と領域の範囲から、

〈陸 / 境界〉、〈境界域〉、〈境界 / 海〉、〈全域〉〈陸域〉、〈海域〉、〈陸

/ 海〉の 7 つのエリアパタンを見出した（図 5、6）。

　ここで、資料の 4 都市ごとに情景エリアパタンの分類を検討す

ると、神戸では【境界域あり】の割合が高く、中でも〈境界域〉

が多くみられた。それに対して、長崎と函館では、【境界域なし】

の割合が高く、さらに長崎では〈陸域〉が多く、函館では〈陸 / 海〉

が相対的に多くみられた。横浜では、偏りがみられなかった。以

上の結果を前節の結果及び各都市の地理的状況をふまえて考察す

ると、神戸は、港を中心とした領域が、前面の海とすぐ後背に迫

る六甲山に挟まれ、他の都市領域から孤立しているため、歌詞の

において他のエリアと組合せで描かれることが少ないと考えられ

る。一方で長崎は神戸と同様の地勢をもつが、港周辺の領域よりも、

後背に広がるオランダ坂をはじめとする高台での情景の方が特徴

となっていると考えられる。函館は、半島の突端に位置する函館

山から海を望む情景が特徴となっているため、港の領域を越えた

情景が多くみられたと考えられる。

図 5 情景エリアパタンの分類と情景要素の関係

図 4 情景エリアの分類と情景要素の関係

図 6 情景エリアパタンの具体例

メリケン波止場でなぜか　ソワ　ソワして　水着で　フルスピード…

夜の海見てたのさ　ボンネット腰掛けて六甲アイランドの埠頭に　車停めてさ

あなたと別れた　あの夜は　港が暗い夜・・・船の汽笛　消えて行けば

港離れる外国船をひとり見送るホテルのロビー

Y41 ふりむけばヨコハマ

N10 長崎の蝶々さん

Y3憧れのハワイ航路

H2函館の女

K13 渚にまつわるエトセトラ

K11 恋は魔法さ

Y2 港がみえる丘

函館山のいただきで・・・灯りさざめく松風町は君の噂も・・・沖の潮風こころにしみる

晴れた空そよぐ風港出船のドラの音愉し・・・希望はてない遥かな潮路

鐘がなるなる　恋の町　広い屋敷に　ただ一つ　君が形見のアメリカ人形

59

41

14

134

64

90

内外97102

127 34 19 27 1980 10122 15 38 28 62 9 37いる いない

エリア合

計ひと

高台

情景エリア635

485/150( 外部 / 内部 )

［境界域］ ［海域］［高地］ ［平地］

62/6 坂 42/3 繁華街 97/93 港 163/39 遠海 116/8他の街 5/1

113Y:28,K:9,N:64,H:12 Y:120,K:20,N:27,H23 Y:119,K:34,N32 ,H:17 Y:72,K:12,N:21,H:25

190 202 130

﹇内部空間﹈

﹇外部空間﹈

情景要素(

領域限定)

413情景単位

［高地］H F B U

［平地］［境界］［海域］

①〈陸 / 境界〉パタン ③〈境界 / 海〉パタン ④〈全域〉パタン②〈境界域〉パタン

⑤〈陸域〉パタン ⑦〈陸 / 海域〉パタン⑥〈海域〉パタン

横浜 神戸 長崎 函館

【境界域あり】

　【境界域なし】

33

22

4

41

6

8

17

11

30

87

37

522

90

陸側

陸側

境界海

海

全域

全域

【境界域あり】

　【境界域なし】

丘 :14,教会 :11( 天主堂など ),外人墓地 :8, 岬 :2 35

街 :16( 街 , 街角 , 巷 ),道：5, 高速道路 :2,駅：2, 店 , 家 , 川 , 娯楽施設 , 酒場 , 通り

港 :72, 波止場 :20, 棧橋 :9, 海 :5, 渚 :4,橋 :3, 通り :3, 倉庫 :2, ビーチ :2,埠頭 :2, 船 :2, 街 , 浜高速道路 :8, 波止場：6, ビーチ , 橋：5(ﾍﾞｲﾌﾞﾘｯｼ )゙,埠頭 5( 大黒埠頭 2),街 :2( 出島町 ), 港 2出島 :2, 通り :2( 汽車道 ),公園 , 道船 : 52( 船出 10,ﾃｰﾌﾟ4 )灯り : 34( ﾊｰﾊﾞｰﾗｲﾄ 8 ) 音：20( 汽笛 9, ﾄﾞﾗ 6) 動物 :8( ｶﾓﾒ 5 ) ﾗﾝﾄﾞﾏｰｸ:3( 燈台 , 観覧車 ) 家具：2( ﾍﾞﾝﾁ, 止まり木 ) 車 2 舗装 :2 植物 , 電車

音：38( 汽笛18 , 霧笛 9, 海鳴り 8) 船 : 36( 船21, 外国船 4 )動物 :13( ｶﾓﾒ 10) 灯り : 6 香り : 4建具

海：66 ( 海 37 ,波 11, 海峡 7) 沖 , 出島

他の街：2 ( 見知らぬ国 , 砂丘 ) , 街

ハワイ：6 (ﾊﾜｲ 3, ﾎﾜｲﾄホテル , 並木道 ) 街

天候 : 4( 潮風 2 ) 天候 : 18

坂 :20屋敷 :4道 :1店 :1

坂 :11( オランダ坂 ,ギヤマン坂）

岬 :5( 立待岬 , 三浦岬 )山：11

（函館山 , 丸山）

音：19（鐘の音）

灯り :３動物 :2石畳 , 植物マリア

灯り :35石畳 :8植物：2車 :2

嗜好品 :23( 酒 , カクテル )建具 :16( 窓 ), 音：15（ブルース ,JUKEBOX）家具 :9( 止まり木 ) 小物 :11,食物 :4( 珈琲 ) 灯り

店 :2(ﾄﾞﾙﾌｨﾝ,ﾚｽﾄﾗﾝ)家：2展望台 :1

建具 :2( 窓 )小物：2食物 :2家具 :1

音 :4( 鐘の音 )灯り :7

（窓灯り ,ガス燈 , ランプ）

ー

ー

ー

ー

ー建具 :1(ｽﾃﾝﾄﾞｸﾞﾗｽの窓）

946

街 :29( 伊勢佐木 4, 三宮2, 元町 7, 本牧 3, 山手 3）,通り :18( 中華街 , 馬車道 , 元町通り ),川：3, 空港：3( 函館空港 ), 橋：2

ﾎﾃﾙ:15(ﾎﾃﾙ,ﾛﾋﾞｰ),酒場 :13, 店 :5（ｶﾌｪ）,ｸﾗﾌﾞ:3, 部屋 :3,駅 :2（ﾎｰﾑ神戸線）娯楽施設 (ﾎﾞｳﾘﾝｸﾞ場 )家 , 映画館 , 車

ﾎﾃﾙ : 9(ﾍﾞｲﾎﾃﾙ4) ｸﾗﾌﾞ: 5(ｼｰｶﾞｰﾃﾞｨｱﾝ2)車 : 2酒場 : 2 (ﾌﾞﾙｰﾗｲﾄﾊﾞｰ)ﾊﾞｲｸ : 1店 : 1

船 : 4(ﾃﾞｯｷ, ｷｬﾋﾞﾝ, ﾏﾘﾝﾙｰｼﾞｭ) 電車 : 1( 列車 )

船 : 1( 小窓 )

部屋 : 1

車 : 2 (ｴﾝｼﾞﾝ,ｼｰﾄ)音 : 2 (ﾐｯｸｽﾃｰﾌﾟ,ﾗｼﾞｵ)建具 : 1 ( 窓 )小物 : 1 (ｸﾞﾗｽ)

固有の場所名

もの

時節

場所

もの

一般的な場所名

11

①

②

③

④

⑤

⑥

⑦

133 9 143

5

6

2

12

4

14

14

3

42

6

121

5

11

1

6

50

27

11

69

6

28

26

16 11

47

4

45 20 5 1

1679

32 68

7

3

35

97

18

126

126

55

27 11

5

7 1

【B】【F】 【U】【H】 【B】【F】 【U】【H】 【B】【F】 【U】【H】【B】【F】 【U】【H】

【B】【F】 【U】【H】 【B】【F】 【U】【H】【B】【F】 【U】【H】

４. 情景モデルにみる港町の空間イメージ　　資料には複数の情景単位をもつものがみられ 4）そこでは、特定

の領域を中心としながらその後背の領域が様々に示されるものな

ど、都市の領域の階層性を見出すことができる。そこで、本章で

は１資料中の情景エリアパタンの組合せ（以下、情景モデル）を

検討し、港、繁華街、坂道、高台といった地形的特徴をもつ領域

とその前面に広がる海との距離感などの港町特有の都市空間に

おける領域の階層性を見出す。

4-1. 情景モデルの内容　　情景モデルは、最も多く登場する情

景エリアを（以降、中心エリア）とし、その有無から｛中心性

あり｝と｛中心性なし｝に大別した。｛中心性あり｝について

は中心エリアの位置を、｛中心性なし｝については１資料中の

情景エリアパタンの数を検討し、さらに領域の範囲についても

検討した（図 8）。また、情景モデルにおける内部と外部の組

合せ（図 9）、時制の組合せ（図 10）をそれぞれ検討した。こ

こで、情景モデルの中心性を縦軸に、内部と外部の組合せを横

軸にとり、資料数の内訳を示したものが図 11 である。まず、〔内

部のみ〕の情景モデルは、｛中心性なし｝《単数》に集中した。

また、｛中心性なし｝では、《単数》、《複数》ともに〔外部のみ〕

が比較的多いのに対し、｛中心性あり｝では、《境界域中心》を

除くすべての情景モデルにあいて〔外部と内部〕が比較的多く、

中心性の有無により内部と外部の組合せに異なる傾向を見出し

た。

4-2. 都市ごとの比較　　まず、情景モデルの中心性を検討する。

神戸では、《境界域中心》が比較的多いのに対し、長崎、函館

では《陸中心》が多くみられた。神戸、長崎では前章で検討し

た都市ごとの情景エリアパタンの内訳と同様の傾向がみられた

が、函館では異なる傾向が見られ、これは〈陸域〉と〈全域〉

情景エリアパタンがある程度重なったものと考えられる。さら

に、長崎は、《陸域中心》の〔外部のみ〕が多く、さらに過去

の時制が多く見られ、繁華街や高台を転々としながら、昔の恋

人を思い出している情景などがみられた。函館は《陸域中心》

の〔外部と内部〕が多く、未来の時制が多くみられ、酒場で酒

を飲みながら昔の恋人に逢えるこを願っているような情景が特

徴的な情景としてみられた。横浜は中心性に偏りがなかったが、

〔外部と内部〕が他の都市に比べて多くみられた。このことは、

他の都市よりも都市化が進んでいることを背景に、カフェやホ

テルなど充実した内部空間の情景とともに都市空間の情景が示

される。

4-3. 通時的傾向　　資料とした都市の各年代における情景モデ

ルの推移を検討したのが図 13 である。これより、70 年代まで

よこはま　たそがれ　ホテルの小部屋くちづけ　残り香　煙草のけむりブルース　口笛　女の涙あの人は　行って行ってしまったあの人は　行って行ってしまったもう帰らない

裏町　スナック　酔えないお酒ゆきずり　嘘つき　気まぐれ男あてない　恋唄　流しのギターあの人は　行って行ってしまったあの人は　行って行ってしまったもうよその人

木枯らし　想い出　グレーのコートあきらめ　水色　つめたい夜明け海鳴り　燈台　1羽のかもめあの人は　行って行ってしまったあの人は　行って行ってしまったもうおしまいね

①

②

③

●NO.Y14　よこはま・たそがれ/五木ひろし(1971)【H】 【B】【F】 【U】

陸域パタン内部空間

過去

【H】 【B】【F】 【U】

陸域パタン内部空間

過去

【H】 【B】【F】 【U】

境界域パタン外部空間

過去

①②

③

図 7分析例

【B】【F】 【U】【H】

《陸域中心》

〔内部と外部〕過去

中心エリア

領域の範囲

内部 / 外部

時制

陸 / 境界

〘中心なし〙　52　（情景エリアパタンの数：《単数 》 25 /《複数》 27)〘中心あり〙　97

図 8情景モデルの中心性と領域の範囲

《陸域中心》 53 《境界域中心》 26

《海域中心》 6

中心《複数》 12

情景モデルの中心性

領域の範囲

〈陸域〉 6〈境界域〉10

〈海域〉 1

〈全域〉 59〈陸 / 境界〉 49

〈境界 / 海〉 ６〈陸 / 海〉 18

図 9内部外部領域の関係74 53

図 10時制の関係

現在N　57

過去P　59

未来F　22

過去/未来PF　11

〔外部のみ〕〔外部と内部〕〔内部のみ〕〔内部のみ〕

22N 57 P 29

NP 30F 15NF 7

PF 4NPF 7

97

｛中心性あり｝

52

｛中心性なし｝

6

26

10

9

11

5

2

14

17

22

2

5

14

単数25

複数27

その他

境界域中心26

陸域中心

53

海域 3

74 71 22

ああ時折雨の降る馬車道あたりで待っている

窓を明ければ　港が見えるメリケン波止場の　灯が見える夜風　汐風　恋風のせて今日の出船は　どこへ行くむせぶ心よ　はかない恋よ踊るブルースの切なさよ

図 11情景モデル〔内部のみ〕

〘中心性なし〙《単数》

例 1) Y29 恋人もぬれる街角 例2) Y1 別れのブルース

〔外部のみ〕〘中心性なし〙《単数》

7

境界域　　1全域　　　9陸 / 境界　 4

全域 2

全域　3

陸 / 境界 1

1

全域 5

陸 / 境界 2

境界 / 海 1

全域　3

全域　7

1

陸域　　　境界域海域　　

341

全域　　　陸 / 境界　 境界 / 海　 陸 / 海　　

2312

陸域　　境界域　

12

全域　　　陸 / 境界　　境界 / 海　

332

全域　　　陸 / 境界　　　陸 / 海　

795

陸域　　　全域　　　陸 / 境界　　陸 / 海　

111113

境界 / 海　 陸 / 海　

21

全域　　　陸 / 境界　　　境界 / 海　　

351

境界域　　全域　　　陸 / 境界　

356

全域　陸 / 境界　

55

陸 / 境界境界 / 海

11

〔外部のみ〕 〔内部と外部〕 〔内部のみ〕〔内部のみ〕全体167

12

港を中心に発展している都市である「横浜」「神戸」「長崎」「函館」の４都市を舞台とした楽曲の中で、港町を連想させる情景を含むものを分析の対象とする。資料とした歌謡曲は、1946 年～ 67 年は新版日本流行歌史 ( 下 ) より主なものを、68 年～ 2012 年はオリコン年鑑より週間売上が上位 300 位以上のものを目安に、横浜 79 曲、神戸 17 曲、長崎 35 曲、函館 18曲の合計 149 曲とした。情景単位は、149 曲中 413 単位抽出した。413 単位中、単数の情景エリアで構成されるものは 218 単位、複数のものは 195 単位みられた。情景モデルは全体で149モデルあり、単数の情景エリアパタンで構成されるものは26パタン、複数のものは 123 パタンみられた。

註１）

　２）　３）　４）

は、｛中心性あり｝のモデルの割合が高いのに対し、80 ～ 90

年代にかけて両者が比較的等しい割合になり、00 年代以降は

再び｛中心性あり｝モデルの割合が高くなっている。また、内部、

外部の関係をみてみると、60 年代までは、〔内部あり〕が比較

的少なく、70 年代にかけては両者が比較的等しい割合になっ

ており、80 年代以降は〔内部あり〕が増加している。《境界域》

に関しては、10 年代は減少しているものの、50 年代～ 90 年代

まで同程度の数を示している。《陸域》に関しては、50 年代～

60 年代にかけて増加し、70 年代から 90 年代にかけて減少して

いるが、再び 10 年代にかけて増加している。これらの要因と

して、中心エリアの推移に関しては、80 年代、90 年代で《単

数》の割合が大きくなっていることから、バブル景気やみなと

みらい 21 事業などに際し、港を見下ろせるホテルや馬車道な

ど都市のなかでも都市開発の特徴的な空間の印象が強かったと

考えられる。また、00 年台以降は、長崎のアーバンルネッサ

ンス計画や横浜の Y150 開国博など、港町各地で、独自の豊か

な歴史性や情緒を活かした水辺の拠点づくりがおこなわれてお

り、開発以前の異国情緒あふれる風景をとりもどし、人々によ

り強い印象を与えていると考えられる。内部、外部空間の推移

に関しては、戦後の高度経済成長期から現在に至るまで、充実

した屋内施設での活動が都市生活を融合した状況を示している

と考えられる。《境界域》の推移に関しては、人が出会い別れ

る場である境界域でのイメージがどの年代でも変わらず普遍的

なイメージとして人々に認識されていることが考えられる。

５. むすび　　以上、港町を舞台とした歌詞における情景描写

を都市領域の組合せから、港町の都市の空間イメージを検討し

た。また、資料とした 4 都市間で比較検討した地理的状況をふ

まえて考察し、横浜は陸域の内部空間、神戸は境界域の外部空

間、長崎は陸域の外部空間、函館は全域の内部空間に特徴的な

イメージをもつことを見出した。その結果、港町特有の地理的

要因から生まれる特徴的な風景が歌詞中に描かれていることを見

出した。また、通時的傾向から社会全体の出来事や各都市の港

湾開発事業などにより変化していく都市空間が歌詞中に描かれ

ていることを見出した。

〔外部〕

N P F FP

〔内部〕〔内部 /外部〕

｛中心性なし｝

｛中心性あり｝

27

32 36 7 4N P F PF9 5 2 1

N P F FP11 15 4 5

N P F PF5 3 9 1

7

4

5

6 7 2

22

3 5

1

15 14

10

5 1

34 18〔外部〕 〔外部〕 〔外部〕 〔内部〕〔内部 /外部〕 〔内部 /外部〕

〔内部 /外部〕

10 29 8 28

4

7

14

31

5

1

67

1

13

2

4 3

1

2

3 1

2 2

1

1

1

1

4 11

図 12情景モデル（各都市ごと） 図 13通時的傾向（4都市）

｛中心性なし｝ ｛中心性あり｝

20

13

25

30

18

32

11

《陸域》《境界域》《海域》《その他》《単数》《複数》

Y22 いま目覚めた子供のように /山口百恵 (1976) K11 恋は魔法さ /浜田省吾 (1995) N４雨のオランダ坂 /渡辺はま子 (1947)　　 H13 北の尋ね人 /細川たかし (1991)　　

ア

ア ウ

ウ

エ

エ

イ

イ

横浜 神戸 長崎 函館

45~50’

60’

70’

80’

90’

00’

10’

4 28 4

66

13

12

6

12

64

8

14

15

3

461

2

11

2 2

3 6 3 1

6 12 5 11

5 8 9 4 1 3

6 3 4 4 1

14 8 5 1 4

3 6 1 1

外

外/

内内

4 4 1

こぬか雨ふる港の町の蒼いガス燈のオランダ坂で泣いて別れたマドロスさんは…

雨の降る日の日暮れの頃に　思い出します　オランダ坂を ...濡れて歩けば出船の汽笛　港恋しと　....

異人屋敷の　窓の灯りで　濡れてさまようマドロスさんを ...... オランダ坂の雨の日よ　雨の日よ

カフェテラスには甘い恋人ばかりだからひとかけらレモン口に含んでみた

祈りを捧げる外人墓地あなたに再び逢えないけど

港をみおろす　丘登ってあなたの姿はみえないけどいま目覚めた子供のように

逢いたいひとめ逢いたくてはるばると海峡星と流れて 越えてきた

みなとの 潮風もなつかしい　路地をゆくおんなの　着物すがたに ふる霧笛昔とかわらぬ 宝来町よ　ひとりしみじみ 酒をのむ

この目にやさしい 松風町よいまもおまえが 泣いているそんな気がする 函館の灯り

夜の海見てたのさ　ボンネット腰掛けて六甲アイランドの埠頭に車停めてさ

振り向くとドアのところに彼女が立ってたのさ｢夜風が気持ちいいね。夜景がほら きれいだね｣

⑤陸域パタン

⑤境界 / 海パタン

⑤境界 / 海パタン ⑥海域パタン

⑤境界 / 海パタン

⑤境界 / 海パタン④全域パタン

④陸 / 海域パタン⑤陸域パタン

①陸 / 境界パタン ①陸 / 境界パタン

高度経済成長期

旅客船から航空機へ

地方都市の盛り場有線放送の普及

MM21 事業着工バブル景気

バブル崩壊

アーバンルネッサンス計画

Y150 開国博

83’

91’

86’

01’

09’

♪

10

17

10

24

単

複

陸中心

15

5

境界

海

８他

1

4

単

複

陸中心

７

境界

1他

4

4

19

単

複

陸中心

３境界

他

８

4

6

単

複

陸中心

1

1

境界

海

1他

4

17

全体

35

全体

18

全体

79

全体

１

①

②

①

②

③

① ①

②

④ ④

④③

② ②① ①

②④ ③ ①

③① ② ③

6

12