続よくわかる心電図ver.3.2 - kurume u...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行...

29
1 続よくわかる心電図 ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 久留米大学非常勤講師(生理学) 鷹野 久留米大学教授(医学部生理学講座) 柳(石原)圭子 久留米大学准教授(医学部生理学講座) - 3章 - Shaker チャネルの構造と機能 1-9 章全体の目次と参考図書は 0 章を参照してください

Upload: others

Post on 28-Jun-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

1

続よくわかる心電図 ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学)

蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

鷹野 誠 久留米大学教授(医学部生理学講座)

柳(石原)圭子 久留米大学准教授(医学部生理学講座)

- 3 章 -

Shaker チャネルの構造と機能

1-9 章全体の目次と参考図書は 0 章を参照してください

Page 2: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

2

目次 0 章 総合案内

・ 目次

・ 参考図書・文献

・ 著者紹介

第 1 部 イオンチャネル入門

1 章 イオンチャネルを学ぶための基礎知識

2 章 オームの法則の使い方

3 章 Shaker チャネルの構造と機能

4 章 Kir チャネルの構造と機能

5 章 イオンチャネルに関する IUPHAR 情報の読み方

6 章 演習:先天性 QT 延長症

3 章

Shaker チャネルの構造と機能

・ Shaker とは

・ Shaker 関連チャネル

・ Kv1 関連のクローン

・ ヒトの Shaker ホモログ

・ Shaker 以外のホモログ

・ イオンチャネルを構成するアミノ酸

・ イオンチャネルにとって重要なアミノ酸

・ Shaker チャネルの構造

・ S4 の構造と機能

・ P 部の構造と機能

・ Kv 群の TEA サイト

・ 補助サブユニット

・ ボール・アンド・チェーン仮説

Page 3: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

3

・ 補助サブユニットの機能に関する実験結果

・ Kv1.5 とβ1 の会合

・ KvLQT1 と hERG チャネルの構造と機能

・ Kv7.1 の特徴

・ minK の特徴

・ Kv11.1 の特徴

・ hERG チャネルの不活性化例

・ hERG チャネル不活性化の分子機構

・ 高 K 血症による hERG チャネルの増強

・ 高 K 血症により抗不整脈薬の効き目が悪くなる

・ COLUMN:Shaker チャネル研究の突破口を開いた論文

・ COLUMN:P 部の機能に関する古典的実験

・ COLUMN:M チャネル

・ 専門書を読み解くポイント(4)

・ 専門書を読み解くポイント(5)

・ 専門書を読み解くポイント(6)

Page 4: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

4

はじめに

今から約 12 年前のことですが、心電図の講義・実習を終えた学生からフィードバック

される意見や感想を吟味してみると、波形の丸暗記に対する不安、波形のワケをきっ

ちり解説していない教科書への不満を感じながら、心電図の基礎、機序と症例を渇望

しているさまが垣間見えました。これらのニーズに応えられるような教科書を企画し

ていたちょうどそのとき、久留米大学が e ラーニングの導入を検討中という風の便り

を耳にしました。それでは先陣を承りましょう、ということで執筆したのが「続よく

わかる心電図 ver.1.0」でした。そして、2003 年春、久留米大学医学部生理学教室の

ホームページにリンクさせる形式で一般公開に踏み切ったのです。その後 2011 年 9 月

からバージョン 3.2(当時)の大幅改訂に取りかかり現在に至っています。第 1 章と第

2 章は昨年夏前に改訂作業が完了し、バージョン 4.0 のβ版として一般公開中。

本書の構成を簡単に紹介します。第 1 部「イオンチャネル入門」はイオンチャネル

に関する専門書を読み解くための入門書として位置づけられています。内容的にはす

でに大学院レベルですが、専門性をさらにアップさせるべく第 3 章から第 6 章までの

改訂を進めています。キーワードは Shaker、Kir、long-QT など。

第 2 部「心筋細胞の興奮」では心電図の発生源である洞結節細胞の歩調取り電位と

固有心筋細胞の活動電位についてチャネル分子、チャネル遺伝子のレベルで解説しま

す。キーワードは過分極誘発性陽イオンチャネル(HCNs)、ATP 感受性カリウムチャネ

ル(Kir6.x/SURx)など。最適レベルは大学院生や若手研究者です。

公刊論文から引用した図には出典(引用元)を明記しました。それぞれの説明文末

尾をご覧ください。出典が明記されていない図は著者等の未発表データです。参考図

書・文献は巻末にリストアップしました。

平成 25 年 8 月

著者一同

Page 5: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

5

3 章 Shaker チャネルの構造と機能

Shaker とは

イオンチャネルを学ぶ際に必ず登場するシェイカー(Shaker)とは遺伝子名です。キ

イロショウジョウバエ(Drosophilae melanogaster)の行動突然変異体(Shaker ミュ

ータント)から命名されました。このミュータントはエーテル麻酔をかけると肢や翔

にけいれん様の震えを引き起こします。Shakerの産物が Shaker チャネルです。

専門書を読み解く際のポイント(4)

1) ゲノム遺伝子は原著論文や総説ではイタリック表記が原則です。教科書や参考書

の類ではこの原則が守られない場合もありますが、本書ではできるだけこの原則

に沿った表記を心がけました。学名はイタリック表記します。

2) タンパク合成は遺伝子の持つ暗号(code)に基づいて行われるので、A 遺伝子が

B タンパク質を作ることを「A が B をコードする」と表現したり、暗号に基づくタ

ンパク質の産生を「コーディング」と表現したりします。暗号とは DNA 鎖の塩基

配列(アデニン、チミン、グアニン、シトシンの配列)により決定されます。

3) イオンチャネルはアミノ酸 100-2000 個から構成されるタンパク質なので、ポリ

ペプチドと表現される場合もあります。Shakerはアミノ酸約 500 個から構成され

るポリペプチドをコードしますが、このポリペプチドが 4 量体を形成して初めて

イオンチャネルとして機能します。従って、厳密には、Shaker チャネルには 2 つ

の意味があります。1 つは Shakerがコードするアミノ酸約 500 個から構成される

ポリペプチド、他方はその 4 量体です。どちらの意味かは文脈中で判断するしか

方法はありません。

4) Shaker チャネルが通すイオンはカリウム、ルビジウム、セシウムなどのアルカリ

金属イオンですが、ルビジウムやセシウムに比較してカリウムが最も通過しやす

ので、特に断らない限り、Shaker チャネルはカリウムチャネルとして引用されま

す。

Page 6: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

6

Shaker 関連チャネル

1980 年代に Shaker がカリウムチャネルをコードすることが判って以来、slow-poke

(Slo)、ether-a-go-go(eag)、Shaker関連遺伝子(Shab、Shaw、Shal)などが次々に

発見されました。Shaker 関連に関しては Shaker と Shal が一過性で急速不活性化型

(rapidly inactivating transient-type)、 Shab と Shaw が遅延性不活性化型

(non-inactivating delayed-type)の電流を流すチャネルをコードします(図 3-1、

表 3-1)。

図 3-1 Shaker 関連チャネル電流

Xenopus 卵細胞を用いた機能発現実験の結果です。保持電位を-90mV に設定し、-80mV から+10mV

刻みで+20mV まで 11 回、命令パルスを与えて発生させた電流トレースを重ね合わせています。

引用元:Salkoff et al (1992) Trends Neurosci 15, 161-166.

表 3-1 Shaker 関連遺伝子

遺伝子 主なクローン

Shaker Kv1.1、Kv1.2、Kv1.3、Kv1.4、Kv1.5 など

Shab Kv2.1、Kv2.2

Shaw Kv3.1、Kv3.2、Kv3.3、Kv3.4

Shal Kv4.1、Kv4.2、Kv4.3

専門書を読み解くポイント(5)

1) Shaker チャネルは脱分極を感知して作動するために、voltage-dependent

K-channel という意味で Kv(注)と命名され、遺伝子が発見された順番を尊重し

て、1 群から 4 群までに分類されました(表 1)。それぞれには多数のクローンが

見つかっています。

2) 厳密には Kv は遺伝子名ですが、チャネルやチャネル電流に対して用いられる場

合もしばしばです。論文を読む場合には文脈の中で判断するしかありません。

Page 7: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

7

Kv1 関連のクローン

Kv1 群のクローンを Xenopus 卵細胞に機能発現させると、Kv1.4 の場合は一過性で急速

不活性化型(rapidly inactivating transient-type)の K チャネル電流が観察されま

す(図 3-2 左)。しかし、Kv1.5 などその他のクローンの場合は遅延性不活性化型

(non-inactivating delayed-type)の K チャネル電流が観察されます(図 3-2 右)。

図 3-2 Kv1.4 と Kv1.5 の機能発現実験

Xenopus 卵細胞に機能発現させた Kv1.4 と Kv1.5 です。保持電位を-80mV に設定し、-60mV から

+20mV 刻みで+40mV まで 6 回の命令パルスを与えて発生させた電流トレースを重ね合わせていま

す。引用元:Lee et al (1996) J Memb Biol 151, 225-235.

COLUMN:Shaker チャネル研究の突破口を開いた論文

1) Kaplan and Trout (1969) The behavior of four neurological mutations of

drophila, Genetics 61, 399-409. Shaker ミュータントの発見。

2) Jan and Jan (1977) Two mutations of synaptic transmission in drosophila,

Proceedings of the Royal Society of London B, 198, 87-108. Shaker ミュー

タントの神経筋接合部で伝達物質の放出遅延が生じるメカニズム(=Kチャネル欠

損)を発見。

3) Salkoff and Wyman (1981) Genetic modification of potassium channels in

Drosophila Shaker mutants, Nature 293, 228-230. Shaker チャネルの発見。

Page 8: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

8

ヒトの Shaker ホモログ

Shakerや Shaker関連遺伝子は全てキイロショウジョウバエから発見されましたが、そ

の後の研究によりマウスやラットなどの齧歯類だけでなく、ヒト(ホモサピエンス)

にも存在することが判りました。このような遺伝子を「相同の(homologous)」という

意味を込めてホモログ(homologue)と呼びますが、現在までに単離されたヒトホモロ

グを、不活性化の速さを基準にして分類してみました。表 3-2 からは Shal関連ホモロ

グが最もピュアな急速不活性化型チャネルだと推定されます。

表 3-2 ヒトホモログ

不活性化の速い

クローン

不活性化の遅い

クローン

Shaker 関連 1.4 1.1、1.2、1.3、1.5、1.6、1.7、1.8

Shab 関連 なし 2.1、2.2

Shaw 関連 3.3、3.4 3.1、3.2

Shal 関連 4.1、4.2、4.3 なし

Shaker 以外のホモログ

キイロショウジョウバエの ether-a-go-go(eag)のホモログとして発見されたのがhERG

(human eag-related gene、ヒト EAG 関連遺伝子)です。Kv 命名法では Kv11.1 として

分類されています。Kv チャネルは現在 12 群に分類されていますが、Shaker ホモログ

の 1-4 群以外では 7 群(KvLQT1 チャネルと M チャネル)と 11 群(hERG チャネル)が

重要です(5 章参照)。

Page 9: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

9

イオンチャネルを構成するアミノ酸

表 3-3 はイオンチャネルを構成する 20 種類のアミノ酸を一覧したものです。それぞれ

のアミノ酸にはアルファベット 1 文字が割り振られています。イオンチャネルは、タ

ンパク質の一般的な特性として、αヘリックスとβシートが複雑に絡み合った 3 次構

造を示すとされています(図 3-3)。

表 3-3 アミノ酸のアルファベット 1文字表記

アミノ酸 略字 アミノ酸 略字 アミノ酸 略字

グリシン G メチオニン M アスパラギン酸 D

アラニン A フェニルアラニン F グルタミン酸 E

バリン V チロシン Y リジン K

ロイシン L トリプトファン W アルギニン R

イソロイシン I プロリン P ヒスチジン H

アスパルギン N セリン S システイン C

グルタミン Q スレオニンン T

図 3-3 αヘリックス(左)とβシート

Page 10: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

10

イオンチャネルにとって重要なアミノ酸

イオンチャネルの構造と機能にとって重要なアミノ酸は 8 種類ありますが、これらは 4

群に大別されます。

1) 中性水溶液中でマイナスに荷電するもの --- D、E(図 3-4 参照)

2) 中性水溶液中でプラスに荷電するもの --- R、K、H(図 3-4 参照)

3) αヘリックス形成に不利なもの --- P

4) βシート形成に不利なもの --- D、E、R、K、N、Q

���������������

���������������

�������������������

������

�������

���

� � � ��

GAVLINQSTCMFYWPDEKRH

���� ��

図 3-4 アミノ酸の等電点

イオンチャネルを構成する 20 種類のアミノ酸のうち、5 種類が pH6-7 から著しく偏位している

事が一目瞭然です。ヒスチジン、アルギニン、リジンは中性環境ではプラスに、グルタミン酸と

アスパラギン酸はマイナスに荷電します。

Page 11: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

11

Shaker チャネルの構造

イオンチャネルは遺伝子情報に基づいて作られた直後は単なる一本鎖ポリペプチドで

す。アミノ酸数は 500 から 600 個が多数派です。一本鎖中のαヘリックス領域をセグ

メント(segment)、セグメント間連結領域をリンカー(linker)と呼びます。図 3-5

に示したチャネルは 6 個のセグメント(S1-S6)を持っていますが、このチャネルは各

セグメントの部分で細胞膜を貫通して、図 3-5 の下段に示したような膜内構造(これ

を膜内トポロジーと呼びます)をとります。アミノ末端(N 末端)とカルボキシル末端

(C 末端)は共に細胞内に位置します。

S5 と S6 間のリンカーはその構造の一部を細胞膜に陥入(dip)させると推定されて

います。この陥入部(dipping portion)がイオン通過孔を形成しイオン選択的フィル

ターとして働きます。細胞膜貫通領域を TM(transmembrane)、イオン通過孔を P(pore)

と省略するのが一般的です。したがって、この例のようなイオンチャネルを 6TM1P 型、

あるいは単に 6TM 型と表現します。

6TM 型チャネルはイオンチャネルとして機能するためには 4 量体を形成しなければ

なりません。したがって、機能的チャネルの平面図は図 3-6 のようになります。中心

に形成された大きな孔がイオン通過孔で、4 個の P 部が孔の中心に向かって突出したよ

うに描いてみました。

後で詳しく説明するように、図 3-5 のようなタンパク質をイオンチャネルの本体と

いう意味を込めて Shaker チャネルのαサブユニットと呼びます。これに対してイオン

通過部位である P 部を形成するわけではないが、αサブユニットの機能を修飾するよ

うなタンパク質をイオンチャネルの補助サブユニットと呼びます。これらにはβ、γ、

δなどが割り振られています。

Page 12: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

12

図 3-5 6TM 型チャネルの側面図

上段が一本鎖ポリペプチド、下段が 6TM 型蛋白として膜に組み込まれたチャネルの側面図です。

図 3-6 6TM 型チャネルの平面図

膜に組み込まれた 4 量体を上方(または下方)から眺めた平面図です。4 つの P 部がイオン通過

孔の一部を形成すると想定されています。

専門書を読み解くポイント(6)

1) スパン(span)は細胞膜を貫くという意味で用いられます。従って、例えば

「membrane spanning region」という表現はイオンチャネルの細胞膜貫通領域(α

ヘリックス領域)を意味します。

2) トポロジー(topology)とは一般的には地学、地勢学と訳されていますが、数学

では位相、医学では局所解剖を、イオンチャネル領域ではチャネル分子の膜内構

造を意味します。

Page 13: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

13

S4 の構造と機能

Shaker チャネルαサブユニットの第 4 セグメンント(S4)には中性水溶液中でプラス

に荷電するアルギニン(R)とリジン(K)の繰り返し配列(モチーフ、motif)が存在

します。普通は K より R の方が登場回数が多いので、この繰り返し配列を「RXX リピー

ト」と呼ぶ場合もあります。X はどのアミノ酸残基でもよいと意味です。RXX リピート

は他のセグメントには認められないため、S4 は電圧変化を感知する「電位センサー」

として機能すると解釈されています。図 3-7 上段に S4 の膜内トポロジー、下段に 4 種

類のクローン(Kv1.5、Kv2.1、Kv7.1、Kv11.1)の S4 に認められる RXX リピートを示

します。尚、ヒスチジン(H)も弱いながらプラスに荷電するので図中では R/K/H を網

掛けにして、なおかつ、最も左(アミノ基末端側、略語は N 末側)にある R/K から始

まる RXX リピートを強調する目的でボックス表示を採用しました。

Kv1.5 LAILRVIRLVRVFRIFKLSRHSKGLQ Kv2.1 VQIFRIMRILRILKLARHSTGLQSLG Kv7.1 TSAIRGIRFLQILRMLHVDRQGGTWR Kv11.1 IGLLKTARLLRLVRVARKLDRYSEYG

図 3-7 S4 の構造

アミノ酸配列の左側がアミノ基末端側(略語は N 末側)、右側がカルボキシル基末端側(略語は

C 末側)です。ボックスはアルギニン(R)、リジン(K)、ヒスチジン(H)です。左端のアルギ

ニン(R)のみ網掛け表示。

Page 14: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

14

P 部の構造と機能

イオン通過孔を形成する P 部には K+選択性フィルターとして働いていると考えられて

いる特徴的なモチーフが存在します。図 3-8 上段が Shaker、下段が多くの K チャネル

で保存されているコンセンサスモチーフ(図中で網掛けした TXTTXGYGD)です。K 選択

的の配列という意味で、K チャネル署名モチーフ(potassium channel signature motif)、

あるいは K+認識モチーフ(potassium ion recognition motif)と呼びます。Shaker

関連ヒトホモログ(Kv1 群、Kv2 群、Kv3 群、Kv4 群)の代表的クローンにおける P 部

付近のアミノ酸残基配列を図 3-9 に示しますが、コンセンサスモチーフの中でも GYGD

モチーフが特に保存性が高いことがわかります。

P 部が本当にイオンの通過部位として機能するかどうかを調べた実験のポイントを

吟味してみましょう。ラットの shab 関連チャネル DRK1(rKv2.1)と shaw 関連チャネ

ル NGK2(rKv3.1)はその単一チャネルが流すイオン電流の流れやすさ(これをシング

ルチャネルコンンダクタンンスと呼び、一般的にはギリシャ語のγと略します)に大

きな差があります。具体的には rKv2.1 が約 8pS、rKv3.1 が約 22pS ですが、Hartmann

等(Science 251: 942-944, 1991)は rKv2.1 の P 部を削除してその代わりに rKv3.1

の P 部を移植したキメラチャネルを作成し、γ値が約 22pS に変化することを証明しま

した。

Shaker PDAFWWAVVTMTTVGYGDMTP Consensus XXXXXXXXXTXTTXGYGDXXX

図 3-8 P 部の構造

ボックス表示部が署名モチーフ。X は不特定のアミノ酸残基を意味します。

Kv1.1 WWAVVSMTTVGYGDMYPVTIGGKIV Kv1.2 WWAVVSMTTVGYGDMVPTTIGGKIV Kv1.3 WWAVVTMTTVGYGDMHPVTIGGKIV Kv1.4 WWAVVTMTTVGYGDMKPITVGGKIV Kv1.5 WWAVVTMTTVGYGDMRPITVGGKIV Kv1.6 WWAVVTMTTVGYGDMYPMTVGGKIV Kv1.7 WWAVVTMTTVGYGDMAPVTVGGKIV Kv1.8 WWAVVTMTTVGYGDMCPTTPGGKIV Kv2.1 WWATITMTTVGYGDIYPKTLLGKIV Kv3.1 WWAVVTMTTLGYGDMYPQTWSGMLV Kv4.1 WYTIVTMTTLGYGDMVPSTIAGKIF 図 3-9 GYGD モチーフ

GYGD モチーフを強調するために GYGD をボックスで表示しています。

Page 15: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

15

COLUMN:P 部の機能に関する古典的実験

P 部の機能に関する最も説得力のある実験結果は、K チャネルではなく、Na チャネル

を用いた研究から得られました。Na チャネルと Ca チャネルの P 部は構造的に非常に

よくにていますが、Ca チャネル P 部に配されている 2 つのグルタミン酸(E)が Na

チャネルではリジン(K)とアラニン(A)だと言う違いがあります。そこで Na チャ

ネルP部のリジンとアラニンをグルタミン酸に変異させたミュータントを作成してみ

ると、Na+を通さずに Ca2+を通すチャネルに変異していました。つまり構造の変化が

機能の変化を生んだのです。

Page 16: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

16

Kv 群の TEA サイト

P 部の構造はイオン選択性だけでなく、チャネルブロッカーに対する感受性(要するに

薬の効き方)にとっても重要です。ここでは最も古典的なブロッカーとして知られて

いるテトラエチルアンモニウム(TEA、tetraethylammonium)に対する感受性について

検証してみましょう。この検証作業は QT 延長症の発生メカニズムを吟味する上で非常

に大切になります。TEA は窒素に 4 つのエチル基が結合しただけの単純な化合物ですが、

イオンチャネル領域では K チャネルブロッカーとして知られています。K チャネルには

コンセンサスモチーフの近傍に TEA サイトと呼ばれる部位があり、ここに配されたア

ミノ酸が細胞外から投与した TEA に対する感受性を決定します。まず例 1 として Kv1.2

と Kv2.1 の、例 2 として Shaker の TEA サイトを吟味してみると、チロシン(Y)とフ

ェニルアラニン(F)が「犯人(culprit)」ではないかと疑われます(図 3-10)。ちな

みに、チロシンとフェニルアラニンは芳香族です。

仮説を検証するために更に 4 つの例(例 3-6)を吟味しましょう(表 3-4)。以下の 4

例は TEA サイトにチロシン、バリン、アラニン、或いはプラス荷電型アミノ酸(リジ

ン、アルギニンン)が配されているチャネルの TEA 感受性です。これらの実験事実を

吟味すると、非荷電型で芳香族のアミノ酸(チロシン、フェニルアラニン)が TEA 感

受性を決定することがわかります。

A

GYGDXYPXX --- rKv1.1 --- TEA-sensitive GYGDXVPXX --- rKv1.2 --- TEA-insensitive Kv1.1 mutant (Y533V) --- TEA-insensitive Kv1.2 mutant (V533Y) --- TEA-sensitive B

GYGDXTPXX --- Shaker GYGDXYPXX --- Shaker mutant (T449Y) --- more sensitive GYGDXFPXX --- Shaker mutant (T449F) --- more sensitive 図 3-10 Kv 群の TEA サイト

例 1(A)は Kv1.2 と Kv1.2 の TEA サイト。Y533V とは 533 番目の Y を V に入れ換えたという意味

です。V533Y はその逆の操作です。例 2(B)は Shaker、およびそのミュータントの TEA サイト。

T449Y は 449 番目の T を Y に入れ換えたミュータント、T449F は 449 番目の T を F に入れ換えた

という意味です。これらの表記方法は以後頻繁に登場します。

Page 17: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

17

表 3-4 芳香族アミノ酸犯人説の検証

TEA サイト クローン TEA 感受性

チロシン(Y) Kv1.1 高い

Kv1.6 中等度

Kv2.1 中等度

Kv2.2 中等度

Kv3.1 高い

Kv3.2 高い

Kv3.3 高い

Kv3.4 高い

バリン(V) Kv1.2 低い

Kv4.1 低い

Kv4.2 低い

Shal 低い

アラニン(A) Shaw 低い

リジン(R)またはアルギニ

ン(K)

Kv1.4 なし

Kv1.5 なし

左端カラムは上から TEA サイトがチロシン(Kv1.1 と同じ)、バリン(Kv1.2 と同じ)、アラニン、

プラス荷電型アミノ酸残基(リジン、アルギニン)を意味します。TEA 感受性は便宜的に高、中、

低、なしの 4 段階に分けました。

Page 18: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

18

補助サブユニット

電位ゲート型イオンチャネルは 2 種類以上のサブユニットから構成されます。イオン

通過部位を持つサブユニット、つまりチャネルの本体をαと呼び、その他のサブユニ

ットをβ、γ、δなどと呼びます(図 3-11)。β以下のサブユニットはαサブユニット

の細胞膜への組み込みや固定、或いはαサブユニット機能の修飾に関与します。その

意味で補助的な(axillary)サブユニットとして認識されています。現在までに知ら

れている主な補助サブユニットを表 3-5 まとめてみました。

図 3-11 補助サブユニット

電位ゲート型 Na チャネルはαβ1β2 の 3 量体、同じく電位ゲート型 K チャネルはαβの 2 量体

だと考えられています。電位ゲート型 Ca チャネル(L 型)の場合にはγサブユニットも発見さ

れています。

表 3-5 補助サブユニット

チャネル 主な補助サブユニット

Na チャネル β1、β2、β3

Ca チャネル β、α2δ、γ

K チャネル

Kv1 群 Kvβ1、Kvβ2、Kvβ1

Kv2 群 Kv5 群、6 群、8 群、9 群

Kv7 群 CAM、minK、MiRP 群

Kv10 群 CAM

Kv11 群 CAM、minK、MiRP 群

BK β

SK/IK CAM

陽イオンチャネル(CNG) CNGβ1、CNGβ2

陽イオンチャネル(HCN) MiRP1

Cl チャネル minK

Page 19: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

19

ボール・アンド・チェーン仮説

補助サブユニットによるαサブユニット機能の修飾例を紹介したいと思いますが、そ

の前に K チャネル不活性化に関するボール・アンド・チェーン仮説について説明しな

ければなりません。図 3-12 は仮説の模式図です。チャネルの N 末端側にプラスに荷電

したアミノ酸残基が集合した構造があると想像してください。楕円形で表した部分が

ボールで、これにはチェーンが付いています。S4-S5 リンカーにマイナスに荷電したア

ミノ酸残基が在り、これがボールを引きつけて結合する結果、ボールが P 部を塞いで

しまうというのが仮説のポイントです。面白いことにボールと補助サブユニットは構

造的に良く似ています。つまりボールを持っていない K チャネルでも、補助サブユニ

ットと集合すれば不活性化を示すことが可能だと考えられています。

仮説を支持する実験結果を示します。図 3-13 は Kv1.4 とその変異株を機能発現させ

た場合の電流トレース、および Kv1.4 の N 末端 28 個のアミノ酸配列です。Δ28-283

ミュータントとΔ2-283 ミュータントを用いた電流トレースを比較すれば、2E(2 番目

のグルタミン酸)から 27A(27 番目のアラニン)までがボールに相当することがわか

ります。

図 3-12 ボール・アンド・チェーン仮説

Page 20: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

20

Kv1.4 MEVAMVSAESSGCNSHMPYGYAAQARAR 28

図 3-13 Kv1.4 の不活性化メカニズム

Xenopus 卵細胞に機能発現させた Kv1.4 チャネル電流。左から野生株、変異株Δ28-283、変異株

Δ2-283。保持電位は-80mV、脱分極性命令パルスは 0mV、+20mV、+40mV。下段は Kv1.4 の N 末端

28 個のアミノ酸配列です。ボックス表示部がプラスに荷電したアミノ酸。引用元:Lee et al

(1996) J Memb Biol 151, 225-235.

補助サブユニットの機能に関する実験結果

補助サブユニットによるαサブユニット機能の修飾例として最も説得力のある実験結

果を紹介します。Kv1.5 は(Kv1.4 とは逆に)単独では不活性化の非常に遅い K チャネ

ルをコードします(図 3-14 左)。しかし、β1 との結合部位を持っています。それで、

β1と共発現させるとβ1がボールとして作用するために不活性化の非常に速いKチャ

ネルに変化してしまいます(図 3-14 右)。

図 3-14 βサブユニットの機能

培養細胞(CHO)を用いた実験結果です。保持電位を-80mV に設定し、-50mV から+10mV 刻みで+80mV

まで脱分極性命令パルスを与えました。(左)Kv1.5 単独発現。(右)Kv1.5 とβ1 の共発現。引

用元:Sewing et al (1996) Neuron 16, 455-463.

Kv1.5 とβ1 との会合

最後にボール・アンド・チェーン仮説を念頭において Kv1.5 チャネルとβサブユニッ

トとの会合をもう少し詳しく吟味してみましょう(図3-15)。図中には対照としてKv1.1

チャネルと Kv1.4 チャネルの構造も併記しました。ちなみに、Kv1.4 は不活性化が速い

Page 21: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

21

チャネルを、Kv1.1 は不活性化の非常に遅いチャネルをコードします。ポイントを箇条

書きにします。

■ ラット Kv1 群 3 クローン(図中上から順に 1.5、1.1、1.4)の N 末端アミノ酸配列

を吟味すると、rKv1.4 だけにボール構造がある(図 3-15A)。

■ βサブユニット(rKvB1、rKvB3)の N 末端アミノ酸配列を吟味すると、ボール構造

と似ている(図 3-15B)。

■ αサブユニットのボール結合部位(グルタミン酸、E)は 3 クローン総てが持って

いる(図 3-15C)。

■ βサブユニット結合モチーフ(FYXLGXEAX)は 3 クローン総てが持っている(図

3-15D)。

■ rKv1.5(および rKv1.1)チャネルは、ボール構造を持っていないが、βサブユニッ

ト結合部位を持っているために、βサブユニットと結合できる。

■ βサブユニットがボールの代役を果たすため、βサブユニットと結合した rKv1.5

チャネルは急速不活性化型に変身する。

A

rKv1.5 MEISLVPLENGSAMTLRGGGEAGASCVQTPRGECGCPPTS 40 rKv1.1 MTVMSGENADEASAAPGHPQDGSYPRQADHDDHECCERVV 40 rKv1.4 MEVAMVSAESSGCNSHMPYGYAAQARARERERLAHSRAAA 40 B

rKvB1 MQVSIACTEHNLKSRNGEDRLLSKQSSTAPNVVNAARAKF 40 rKvB3 MQVSIACTEQNLRSRSSEDRLCGPRPGPGGGNGGPVGGGH 40 C

rKv1.5 LRVIRLVRVFRIFKLSRHSKGLQILGKTLQASMRELGLLI 427 rKv1.1 LRVIRLVRVFRIFKLSRHSKGLQILGQTLKASMRELGLLI 340 rKv1.4 LRIIRLVRVFRIFKLSRHSKGLQILGHTLRASMRELGLLI 484 D

rKv1.5 DVFADEIRFYQLGDEAMERFREDEGFIKE 213 rKv1.1 DMFSEEIKFYELGEEAMEKFREDEGFIKE 139 rKv1.4 DIFTEEVKFYQLGEEALLKFREDEGFVRE 280 図 3-15 Kv1.5 チャネルとβサブユニットとの会合

(A)rKv1.4 チャネルの N 末端ボール構造。アルギニン(R)に富んでいます。rKv1.5 チャネル

と rKv1.1 チャネルにはボール構造がありません。(B)βサブユニット(rKvB1、rKvB3)の N 末

端の構造:これを rKv1.4 チャネルのボール構造と比較して下さい。両者ともリジン(K)とアル

ギニン(R)に富んでいます。(C)ボール結合部位とされるグルタミン酸(E)。その上流にある

S4 の RXX リピートを参照用に併記しています。(D)βサブユニット結合部位。結合モチーフは

FYXLGXEAX・・・先頭の F は左端から 9 番目です。

Page 22: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

22

KvLQT1 と hERG チャネルの構造と機能

これらの K チャネルは心筋遅延整流性 K チャネル電流を司ること、QT 延長症の原因で

あることの2点から今非常に注目されています。KvLQT1チャネルの責任遺伝子はKv7.1

(HUGO 表記は KCNQ1)、hERG チャネルのそれは Kv11.1(HUGO 表記は KCNH2)と命名さ

れました。命名方法についてはは後で詳しく説明します。図 3-16 は両者の膜内トポロ

ジーを模式化したものです。

Kv7.1 の特徴

Kv7.1(別名は KvLQT1)は QT 延長症候群タイプ 1(LQT1)の原因遺伝子として単離さ

れました。それ単独で機能発現させても K チャネルとして働きますが、βサブユニッ

ト遺伝子 minK(HUGO 表記は KCNE1)と共発現させると心筋遅延整流性 K 電流の遅い成

分(略語は IKs)の特徴を備えた遅延整流 K 電流を流します(図 3-17)。速い成分(略

語は IKr)については後述します。

図 3-16 KCNQ1 と KCNE1 の膜内トポロジー

左側が KCNQ1 チャネルで、補助サブユニット(KCNE1 産物)の細胞内ループが P 部に陥入するよ

うな構造が想定されています。CAM はカルモデュリンの略です。

図 3-17 KCNQ1 と KCNE1 の共発現

Xenopus 卵細胞から得られた実験結果です。左は KCNQ1(Q1 と省略)を単独で、右は Q1 と KCNE1

(E1 と省略)を共発現させた卵細胞から記録した K 電流です;時間軸が左と右で異なるのに注

目。コマンドパルス:刺激保持電位は-80mV;1 発目の長いパルスは-120mV から+20mV 刻みで+40mV

まで;2 発目の短いパルスは各電位から-30mV まで。引用元:Schroeder et al (2000) Nature 403,

196-199.

Page 23: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

23

minK の特徴

1980 年代末にラット子宮、腎臓、心臓から見つかった遺伝子で Xenopus 卵細胞に遺伝

子注入すると活性化の非常に遅い K チャネルを機能発現させるので K チャネルαサブ

ユニット遺伝子と考えられました;その後の研究により、minK はβサブユニットをコ

ードすることが判りました。その証拠に minK はクロライドチャネルの発現も促進しま

す。遺伝子産物(minK チャネル)は 130 個のアミノ酸から成るポリペプチドで、細胞

膜を 1 回貫通すると推定されています(図 3-18)。ヒトとマウスの minK チャネルは 129

個のアミノ酸から成ります。

minK は minimum potassium channel に由来します。正式には遺伝子名ですが、しば

しばチャネル名としても使われます。電流名は IsK で、slow potassium current に由

来します。minK 関連遺伝子は 3 種類あり MiRP1-3(minK-related protein type1-3)

と命名されています。HUGO には KCNE 群として登録されています。E1 が minK、E2-4 が

MiRP1-3 に対応します。

human KCNE1(minK)129AA MILSNTTAVTPFLTKLWQETVQQGGNMSGL 30 ARRSPRSSDGKLEALYVLMVLGFFGFFTLG 60 IMLSYIRSKKLEHSNDPFNVYIESDAWQEK 90 DKAYVQARVLESYRSCYVVENHLAIEQPNT 120 HLPETKPSP 図 3-18 minK 産物の構造

上段は模式図、下段はアミノ酸配列です。下段の灰色網掛けの部分が膜貫通領域の配列。膜貫通

部の上下(下段では左右)に荷電型アミノ酸(上段中では charged AA、下段では黄色網掛け)

が配置されています。C 末端側には protein kinase C によるリン酸化部位(上段中では PKC

consensus motif と表示)が認められます。

Page 24: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

24

Kv11.1 の特徴

Kv11.1(別名は hERG)はショウジョウバエの ether-a-go-go関連遺伝子として単離さ

れました。チャネルの構造は Shaker 型ですが、いくつかの特徴が挙げられます。まず

C 末端側の細胞内ループにサイクリックヌクレオチド結合ドメイン(K756 から E847

まで)を持っています。多分この「シッポ」が原因だと思われますが、構成アミノ酸

数が Kv 群中で最大の 1158 個です。2 つ目の特徴は他に類を見ない不活性化です。不活

性化の時間経過が余りにも速いために活性化された電流が観察できない場合がありま

す。しかし不活性化の解除も非常に速いので、通常は、命令パルスを切った後の脱活

性化電流を観察し分析します。図 3-19 に膜内トポロジー(図上段)と平面図(図下段)

を模式的に示します。平面図はαアブユニット(hERG 産物)とβサブユニット(KCNE2

産物)が 4α2β形式で集合したように描かれています。

611 YVTALYFTFSSLTSVGFGNVSPNTNSEKIFSICVMLIGSL 650 721 HLNRSLLQHCKPFRGATKGCLRALAMKFKTTHAPPGDTLVHAGDLLTALY FISRGSIEILRGDVVVAILGKNDIFGEPLNLYARPGKSNGDVRALTYCDLHKIHRDDLLEVLDMYPEFSDHFWSSLEITF 860

図 3-19 hERG とβサブユニット(MiRP1)

最上段が KCNH2 のアミノ酸配列(611Y から 650L まで、721H から 860Fまで)、中段が KCNH2 と

KCNE2 膜内トポロジー、下段が両者のサブユニット構造。最上段ボックス表示は GFGN モチーフ。

Page 25: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

25

hERG チャネルの不活性化例

心筋遅延整流 K 電流の項で既に紹介したように、hERG チャネルは脱分極を感知すると

活性化ゲートを開いて電流を流そうとしますが、同時に急速不活性化ゲートを閉じて

電流を遮断しようとします。図 3-20 は実際のチャネル電流ですが、この図だけでは、

hERG チャネルの不活性化の検証はとても困難です。実験結果を読み解くための重要な

ヒントを図 3-21 に紹介しますので、まず図 3-21 を理解して、それから図 3-20 に戻っ

てください。図 3-21 が理解できれば、図 3-20 に示した-10mV に於ける活性化電流の振

幅が本来の 2 割程度しかないことが理解できると思います。

図 3-20 hERG の不活性化

図示したのは Xenopus 卵細胞に発現させた hERGチャネル電流です。保持電位-70mVから 4秒間、

-50mV から+40mV まで 10mV 刻みでコマンド電位を与えました。説明の都合上、コマンドパルスが

持続している期間中の電流を活性化電流、パルス終了後の電流を脱活性化電流(或いは末尾電流)

と呼びます。(A)コマンド電位が-50 から-10mV までの場合の電流トレース。パルスが大きいと

電流も大きいこと、しかし常に活性化電流<末尾電流の関係にあることの 2 点に注目して下さい。

(B)コマンド電位が 0mV から+40mV の場合の電流トレース。パルスが大きい程活性化電流が小

さいこと、末尾電流の大きさはパルスの大きさに関係なく一定であることの 2 点に注目して下さ

い。これら 4 つの注目点は脱分極刺激が-50mV から 0mV までの間は刺激の程度に応じて活性化ゲ

ートが開いた事、開き具合は 0mV で最大になった事、最後に活性化ゲートが開き始めるのほぼ同

時に活性化を邪魔するようなメカニズム(具体的には不活性化メカニズム)が働いた事を示唆し

ます。引用元:Sanguinetti et al (1995) Cell 81, 299-307.

Page 26: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

26

hERG チャネルの不活性化を理解するために非不活性化型 K チャネルから得られた

実験結果を吟味してみましょう。1 章の図 1-6 を図 3-21 として再び使用します。実験

材料は神経細胞の M チャネル電流です。このチャネルに関しては活性化閾値が-65mV

である事、電流の平衡電位が K+の平衡電位(EK=-95mV)と等しいことが既に判ってい

ます。保持電位-65mV から-35mV までの脱分極性コマンドパルスを用いてチャネルを刺

激しました。hERG チャネルの場合と逆に活性化電流>脱活性化電流(末尾電流)の関

係(正確には 2:1)であることに注目してください。

もし hERG チャネルに不活性化機構がなく、M チャネルのように電流の大きさが駆動

力のみで決まるなら、図 20 中の-10mV に於ける活性化電流の振幅は-10mV で実際に観

察された末尾電流の約 3 倍であることが予想されます。

図 3-21 非不活性化型電流の場合の活性化電流と末尾電流の大小関係

活性化電流と末尾電流の大きさは 2:1 の関係ですが、こらは駆動力の違いを反映します:駆動

力は活性化電流に対しては 60mV(-35mV と-95mV の差)ありますが、末尾電流(矢印)に対して

は 30mV(-65mV と-95mV の差)しかありません。

COLUMN:M チャネル

Kv7.2 と Kv7.3 のヘテロ 4 量体が M チャネルですが、遺伝子異常は良性家族性新生児

痙攣症(略語は BFNC)を起こします。ある種の抗けいれん薬で活性化されます。認知

症とも密接に関係すると考えられています。

Page 27: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

27

hERG チャネル不活性化の分子機構

最近 hERG チャネル 631 番目のセリン(S)をアラニン(A)に置換すると不活性化が消

失することが判りました。興味深いことに hERG 関連では不活性化が著明なチャネル

(hERG、rERG)は S631 に相当するアミノ酸はやはりセリンですが、不活性化を欠くタ

イプ(hEAG、mEAG、rEAG、mERG)ではアラニンです(図 3-22)。やはりこのセリンが不

活性化に深く関わっているのでしょう。Xenopus 卵細胞に mEAG を発現させた場合の電

流を図 3-23 の最下段に示します。不活性化が認められません。これを最上段の hERG

チャネル電流と比較してください。

hERG LYFTFSSLTSVGFGNVSP 632 rERG LYFTFSSLTSVGFGNVSP 634 hEAG LYFTMTSLTSVGFGNIAP 471 mEAG LYFTMTSLTSVGFGNIAP 471 rEAG LYFTMTSLTSVGFGNIAP 444 mERG LYFTFSSLTSVGFGNVSP 634

図 3-22:hERG 関連チャネルの P部

網掛け部は Shaker チャネルの GYGD モチーフに相当する GFGN モチーフで、右のボックス表示部

がセリン/アラニン残基です。

図 3-23 mEAG チャネル電流

Xenopus 卵細胞から得られた実権結果です。上段:hERG を発現させた場合。中断:cRNA の代わ

りに水を注入した場合。下段:mEAG を注入した場合。最下段:コマンドパルス。引用元:Matthew

et al (1995) Science 269, 92-95.

Page 28: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

28

高 K 血症による hERG の増強

前ページで hERG チャネル 631 番目のセリン(S)をアラニン(A)に置換すると不活性

化が消失するメカを吟味しましたが、そのミュータント Xenopus 卵細胞に機能発現さ

せ、hERG チャネルの細胞外 K 濃度依存性を調べた実験結果を紹介します。この実験は、

次のセクションで検証するように、ある型の QT 延長症では TdP(Torsardes de Pointes)

と呼ばれる致死的心室性頻拍症を予防する目的で血清 K 濃度を高目誘導するというガ

イドラインに直結します。

図 3-24 に示すトレースは脱分極刺激で活性化された K チャネル電流です。左端(K

濃度は 2.5mM)がコントロールです。保持電位-100mV は K+の平衡電位(EK)に近いの

で、刺激電位(+50mV)のとき、K+にかかる駆動力は 150mV です。卵細胞では K 濃度を

10mM に増やすと EK は約-60mV(Tokimasa and North (1996) J Physiol 496, 677-686.)

まで移動し、その結果駆動力が 110mV に減るため、電流の振幅はコントロールの約 73%

になると予想されました。実験結果は逆でした。

K 濃度を 115mM に増やすと EK は 0mV 前後に移動し、その結果駆動力が 50mV に減るた

め、電流の振幅はもっと小さくなる(コントロールの約 33%)と予想されました。実

際には電流はもっと大きくなりました。

この不思議な現象を逆説的 K 依存性と呼びます。第 6 章で吟味するように臨床的に

は非常に重要なチャネル機能です。

図 3-24 高 K 血症による KCNH2 の増強

631 番目のセリン(S)をアラニン(A)に変異させた変異株(S631A)を用いた実権結果です。

保持電位は-100mV、刺激電位は+50mV、細胞外液 K 濃度は左から右へ 2.5mM、10mM、115mM でした。

引用元:Schonherr and Heinemann (1996) J Physiol 493, 635-642.

Page 29: 続よくわかる心電図ver.3.2 - Kurume U...1 続よくわかる心電図ver.3.2 時政孝行 久留米大学客員教授(生理学) 蓮尾 博 久留米大学非常勤講師(生理学)

29

高 K 血症により抗不整脈薬の効き目が悪くなる

低 K 血症は致死的不整脈 TdP(Torsardes de Pointes)のリスクファクターです。それ

はIKr(=hERGチャネル)の細胞外液K濃度依存性が正説的ではなく逆説的だからです。

このセクションでは Yang 等(Yang and Roden, Circulation 93, 407-411, 1996)の

hERG に関する実験を検証します。実験結果(表 3-6、表 3-7)は臨床的にも非常に重要

で、抗不整脈薬、特に第 3 群薬を使用する際は血清 K 濃度を 4mEq 以上にキープする事

が推奨されている理論的背景と認識されています。

彼等は細胞株(AT-1)から記録される IKr に対する第 3 群抗不整脈薬ドフェチリド

(dofetilide)の抑制作用を 3 種類の細胞外 K 濃度(1mM、4mM、8mM)で測定しました

(表 3-6)。細胞外 K 濃度が 1mM とは低 K 血症、8mM とは高 K 血症に相当します。IC50

値(注)は低 K 血症で約 3nM、高 K 血症で約 80nM でした。これはドフェチリドの効き

目が低 K 血症時に非常に増大することを意味します。

彼等は比較実験として第 1 群抗不整脈薬キニジン(qunidine)の作用についても検

討しました(表 3-7)。実権結果はドフェチリドの場合と良く似ていました。このこと

は原因がチャネル側、則ち hERG チャネルにあることを示唆しています。

注)IC は inhibitory concentration の略。IC50 は最大抑制効果の半分を達成する濃

度を意味します。類似語の EC50(最大効果の半分を達成する濃度)とともに薬理学で

は頻繁に用いられます。

表 3-6 IKr に対する dofetilide の抑制作用

外液 K 濃度

(mM)

IC50

(nM)

1 2.7±0.9

4 11.2±1.9

8 79±32

表 3-7 IKr に対する quinidine の抑制作用

外液 K 濃度

(mM)

IC50

(μM)

1 0.4±0.0

4 1.0±0.4

8 3.8±1.2