筑波フォーラム第70 (抜粋) · 2013. 3. 27. ·...

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筑波フォーラム第70 号目次 (抜粋) 特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦 純一 22 学群・学類教育における問題点と提言 -体育専門学群教員そして学担室員として- 足立和隆 29 芸術専門学群教育の今 田代 35 図書館情報専門学群における教育 中山伸一 38 実習教育の重要性と問題点 古家信平 42 現代学生気質と法学教育 岡上雅美 46 学類教育について 宮本雅彦 51 比較文化学類の現状と課題 竹村喜一郎 55 日本語・日本文化学類の国際交流 今井雅晴 59 教育学主専攻がめざす教育とカリキュラム改革案 手打明敏 62 生物学類の教育改革:大学院と一体の教育を目指して 佐藤 66 生物資源学類の新カリキュラム導入 佐藤政良 70 社会工学の対象と目標 佐藤 74 グローバルな視野を有し国際舞台で立派に活躍できる 人材の育成をめざして 北脇信彦 78 情報学類における教育改革 田中二郎 81 入って良かった工学システム学類をめざして 石川本雄 85 行政法人化と学類の行方 喜多英治 90 筑波大学医学専門学群医学類における教育 大塚藤男 93 始まったばかりの4年制看護教育 江守陽子 97 各目次は本文にリンクされています

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筑波フォーラム第70号目次(抜粋)

特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦 林 純一 22

学群・学類教育における問題点と提言

-体育専門学群教員そして学担室員として- 足立和隆 29

芸術専門学群教育の今 田代 勝 35

図書館情報専門学群における教育 中山伸一 38

実習教育の重要性と問題点 古家信平 42

現代学生気質と法学教育 岡上雅美 46

学類教育について 宮本雅彦 51

比較文化学類の現状と課題 竹村喜一郎 55

日本語・日本文化学類の国際交流 今井雅晴 59

教育学主専攻がめざす教育とカリキュラム改革案 手打明敏 62

生物学類の教育改革:大学院と一体の教育を目指して 佐藤 忍 66

生物資源学類の新カリキュラム導入 佐藤政良 70

社会工学の対象と目標 佐藤 亮 74

グローバルな視野を有し国際舞台で立派に活躍できる

人材の育成をめざして 北脇信彦 78

情報学類における教育改革 田中二郎 81

入って良かった工学システム学類をめざして 石川本雄 85

行政法人化と学類の行方 喜多英治 90

筑波大学医学専門学群医学類における教育 大塚藤男 93

始まったばかりの4年制看護教育 江守陽子 97

各目次は本文にリンクされています

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22 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

 この3月で3年間の生物学類長の任期を

終えた。この間は大学全体が激動の時期で、

特に昨年度から筑波大学も国立大学法人と

なり、あらゆる活動に対し社会への説明責

任が発生している。さらに各大学は中期目

標/中期計画を設定しその達成度が評価さ

れるようになった。第三者機関による学類

や大学そのものの格付けが行われ、もはや

法人化の是非を議論するのではなく、法人

化したことによるアドバンテージをいかに

活用するのか、特に「教育改革」に各大学

の個性と英知が問われる時代になった。

 幸いなことに、生物学類は組織的に学系

や大学院の専攻と構成教員がほぼ同等であ

るだけでなく、生物学類生の「学内大学院」

への進学率が極めて高い。このため実質的

には 6年一貫教育を前提とし、関連組織と

りわけ大学院とうまく協調することで、「教

育改革」に関するさまざまな試行錯誤が可

能であった(1)。

1. 生物学類が主体で行っている教育改革

1.1 生物学類オンライン月刊誌、「つくば

生物ジャーナル」の創刊

 筑波大学の建学の理念は「社会に開か

れた大学」である。生物学類はこの理念

を学類レベルで実現するため、社会との

双方向情報交換の媒体としてオンライ

ン月刊誌「つくば生物ジャーナル(TJB)」

を 2002年 9月にホームページ上(http://

www.biol.tsukuba.ac.jp)に創刊した(2)。こ

のような学類レベルのジャーナルは、他に

例を見ない極めて独創的な取り組みである

として新聞でも取り上げられた(3)。「TJB」

の生命線は、生物学類生、卒業生、退職教

官からの投稿と、きちんとした査読である。

膨大な数に及ぶ卒業生そして退職教官の

方々は私たちの貴重な知的財産であり、こ

のジャーナルを絆にして彼らが持つゆるぎ

生物学類の新たな挑戦

林 純一生命環境科学研究科教授

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23特集「現場から①学群・学類教育」

ない伝統の重みを存分に活用することで、

現在のスタッフの限界を遙かに超えた教育

改革への力が生まれようとしている。

1.2 究極の授業評価:TWINSによる授業

評価とTJBによる結果の完全公開

 生物学類は「TWINS(4)」による授業評価

を学類教員会議で十分に議論をくり返し合

意を得た上で実施に踏み切った。さらにこ

の評価結果を上述の「TBJ」を利用して完全

公開することも激論の末、2年前から実施さ

れている(5)。学生による授業評価は、学

問の自由と自分の個性を大切にするよう

に刷り込まれたわれわれにとって容易に受

け入れ難いものであるが、これを実施した

経緯と意義についてはすでに本誌(6)でも

その詳細を述べているので参照されたい。

TWINSによる電子回答の魅力は、その高い

匿名性により受講生が忌憚のない意見を述

べることができるという点である。また完

全公開を前提とすることで生物学類生の授

業参加意識の向上だけでなく、生物学類授

業担当教員の FD(授業改善)も期待できる。

したがって「TWINS」による授業評価と

「TJB」による評価結果の完全公開は「究極

の授業評価」であると同時に、最も手間の

かからない「究極の授業改善」策ともいえる。

1.3 時限付き学際カリキュラムの導入

 近年、生物学分野は爆発的な進展を遂げ

ており、生物学がカバーすべき分野として、

従来の伝統的学問体系に加えさまざまな学

際領域がどんどん誕生しつつある。このよ

うにめまぐるしく変遷する世の中のニーズ

に臨機応変に応えるためには「時限付きの

学際カリキュラムコース」新設による対応

が有効であると考え、生物学類の予算要求

の際に執行部に提案した。要点としては生

物学類の授業科目の一部と、関連学類の授

業科目の一部を選択し、両学類の授業科目

でカバーできない学際新領域を、まさにそ

の分野の専門家に非常勤講師として授業を

お願いする制度である。5年ごとに評価を受

け、発展性が期待できる場合は、「時限」を

取り外して固定化し定員を移すことも検討

する。逆に必要性が認められない場合はそ

の時代に即した別の新しい学際カリキュラ

ムと入れ替えるというのが骨子である。こ

の制度は既存のカリキュラムの運用上の工

夫と非常勤講師でカバーできる。このため

従来の固定カリキュラムにない「簡便で臨

機応変な柔軟性と機動性」を持たせること

ができ、さまざまな実験(試行錯誤)が可

能になるという大きな利点を持っている。

 その一例として「科学ジャーナリスト育

成コース(仮称)」があげられる。生物学の

領域では最先端の情報が一般市民に誤解を

招くように報じられているケースが多く、

科学ジャーナリスト育成に対する社会的

ニーズがさけばれている。最近、この問題

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24 筑波フォーラム70号

に関し生物学類卒業生からTJBに魅力ある

提案が寄せられた(7)。そこで本学際コー

ス新設の有用性を調査するため、本年度は

夏休みに大学院と共同で生物学類生や大学

院生を対象として、この分野の専門家(生

物学類卒業生を含む)の講演会と懇談会を

予定している(生物学類 HP*で閲覧可能)。

2. 生命環境科学研究科との連携で行って

いる教育改革

2.1 究極の教育改革 :終身雇用制からテ

ニュア制へ

 すでに述べたように生物学類が実施した

授業評価と評価結果の完全公開による授業

改善は、生物学類教育に対する学類生の満

足度を高めるための「教育改革」の一つと

して確かに有効であると思う。しかし、率

直に言えば、これは「小手先の教育改革」

である。生物学類にとって最も「本質的な

教育改革」は、いかにしてクオリティーの

高い卒業研究を生物学類生に提供し指導で

きるかという点に絞られてくる(6)。大学

院の教育改革ではこの部分のウェイトがほ

とんどすべてを占めている。

 そのためには優れた研究を展開できる教

員を採用し育成するシステム作りがポイン

トとなる。しかし、教職員の終身雇用制度

はわれわれから緊張感を奪っている。また

仕事をしようがしまいが給与は変わらない

というまさに「平等悪」がはびこり、その

結果、片足をぬるま湯に、片足を棺桶につっ

こんだ毎日を送っていても決して解雇され

ることはない。これらは、民間が味わって

いる生存競争と緊張感からわれわれを遠ざ

け、これまでの組織はまるで「生きた化石」

のように長い間進化をやめていたようにも

思える。これは学生にとってはもちろん、

われわれ自身にとっても不幸なことではな

いだろうか。

 諸悪の根元はおそらく終身雇用制なのだ

ろう。任期制を採用したTARAセンターの

成功を目の当たりにするとそう思わざるを

得ない。ただし、このことを議論する前に、

なぜ「いったん採用されたらよほどの問題

を犯さない限り定年まで解雇されることは

ない」という終身雇用制度を英知ある先人

たちが確立したのかを理解しておく必要が

ある。この制度の神髄は研究の自由、とり

わけ基礎研究の自由を保障することであり、

流行を追う研究ではなく、長期間かけて歴

史に残る基礎研究を展開するために必要不

可欠であることはいうまでもない。しかし、

それだけでは何もしていない人間と、将来

評価される基礎研究を地道に展開しなが

らまだ具体的な成果が得られていない人間

の区別がなかなかできないことになる。そ

してそのことが隠れ蓑になって、緊張感を

失い何もしていない人間の巣窟を作ってし

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25特集「現場から①学群・学類教育」

まったのも事実である。この制度は本来そ

ういう人間をつくったり守ったりするため

のルールではなかったはずである。

 このように考えると、「無条件の終身雇

用制」にかわる何らかのより健全な制度、

例えば「テニュア制」(5年程度の仮採用後

に評価を受けた上で終身雇用として再任す

るかどうかを改めて判断する制度)のよう

な「条件付き終身雇用制」の導入は考慮さ

れて当然ではないか。ただし、再任の可否

を決定するための評価の客観性をいかにし

て確立するのか、可否の線引きをどうする

のかという点は極めて難しい問題である。

情緒と感情が評価に入る余地が決してあっ

てはならないことは言うまでもない。これ

らの問題を解決するために、生命環境科学

研究科の構造生物科学専攻と情報生物科学

専攻では下田臨海実験センターや菅平高原

実験センター勤務の教員を含め生物学類担

当教員を新たに採用する際は、採用時に 5

年後に受ける再任の可否の基準を当該者自

身が決め、それが達成できない場合は再任

されないというルールをつくった。つまり

5年間で達成する研究業績目標(例えば論文

数とそれぞれの論文が掲載された雑誌の引

用率の合計数など)を候補者にあらかじめ

出してもらい、選考の際、目標が高い候補

者を高く評価する(もちろんそれがすべて

ではない)。そしてその候補者が採用され

た場合、自分で出した目標を達成できなけ

れば自己責任で再任されない。もちろんこ

のルールは、新しく採用された教員をエン

カレッジすることが目的である。現在、き

ちんとしたルール作りを執行部と協議中で

あるが、すでに紳士協定で新任の講師から

このテニュア制の適用を開始しており、他

の教員にも意識改革の兆しがみられている。

 法人化後さまざまな取組みが行われてい

るが、人材はほとんど変わらないままであ

る。国立大学時代の価値観を長時間に渡り

たっぷり刷り込まれた人材が、これらの取

組みに迅速に対応できるとは思えない。も

ちろんわれわれが始めたテニュア制の成果

もすぐには期待できないが、テニュア制の

洗礼を受けた人材がリーダーシップをとる

時代が来れば、法人化による実質的な変身

が実現できるのではないだろうか。

2.2 スクールカウンセリングの充実

 われわれが仕事を遂行していく上で緊

張感は必要だと述べたが、誰しもこの緊張

感が逆に過度なストレスとなり精神的療養

を必要とする場合が起こり得る。そしてこ

の問題は何も教職員にだけではなく、学類

生や大学院生にもあてはまる。これまで生

物学類では、新入生のオリエンテーション

で「何かあったときは保健管理センターを

受診するように」と指導するだけであった。

その後は、個人のプライバシー保護のため

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26 筑波フォーラム70号

クラス担任や学類長といえども当事者の状

況は当事者本人から聞くしかなかった。

 この「保健管理センター丸投げ」システ

ムは、われわれにとって楽ではあるが、決

して良い方法とは思えない。場合によって

は(もちろん本人が望めばであるあるが)

プライバシーに介入し、症状や個性に応じ

た近隣の専門医をクラス担任や研究指導教

員と一緒に受診し、常に主治医との間で情

報交換し、その情報を何らかの形で蓄積し

次の世代の人たちが活用できるようなシス

テム作りを目指す時期に来ていると思う。

しかし、この問題は保健管理センターとの

協調が必要で、われわれだけで解決できる

問題ではなく、また全学的な問題でもある

ので是非執行部に「血の通った」対応をお

願いしたい。

 大学院前期課程の生物科学専攻と生物学

類では、今年度から保健管理センターにお

願いして新入生のオリエンテーションやフ

レッシュマンセミナーに専門の講師を派遣

してもらい、「転ばぬ先の杖」として、さま

ざまな精神的な疾患とそれに対する対応策

を講義してもらうことにした。場合によっ

ては新入生に限らず、2-4年生、大学院生、

教職員の参加も考えているところである。

筆者は生物学類長在任期間中に数こそ少な

いが何名かの学生とこのような問題で面接

する機会があった。彼らの一部は退学に追

い込まれ、そこに至るまでに何の助けにも

ならない自分の無知無力に対するいらだち

だけが残った。

 法人化によって民間の価値観が導入され、

常に改革へ向けて前進することを考えなけ

ればならない宿命を背負った組織としては、

この問題はできれば大げさに扱いたくない

暗い部分でもある。しかしこの問題をない

がしろにして馬車ウマのごとく改革に突き

進むのはとても空しいことである。どのよ

うな組織でも一部の構成員が本人の望みと

は裏腹に精神的な病に陥る場合が少なから

ずある。にもかかわらず、彼らに対する適

切な対応システムの構築が遅れている現実

をわれわれは無視すべきではない。

2.3 アウトソーシング

①教養ではなくスキルのアウトソーシング

 生物学類は大学院と共同で現在のスタッ

フでは限界のある英語教育の一部をさま

ざまな形でアウトソーシングした。生物学

類生と生命環境科学研究科の大学院生の

有志が大幅に割り引かれた実費を払って

この取組みに参加しており、おおむね良

好な成果をあげつつある(8)。そして新た

に生物学類の「筑波スタンダード」として

TOEIC/TOEFLスコア70%を中期目標とし

た。外国語センターは教養としての英語教

育を実施しており、これを否定するつもり

は毛頭ない。しかし、口だけでなく本気に

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27特集「現場から①学群・学類教育」

なって国際A級大学を目指すのであれば、

国際的に通用する英会話のスキルが「道具」

として必要になってくる。この部分を外国

語センターに依頼するのは余りにも酷であ

る。現在は有志として受講生を募り、費用

は受益者負担で、もちろん単位も出ないが、

今回の取組みのレビューをきちんとした上

でいずれより有効なシステムを構築したい

と考えている。

② スキルではなく教養のアウトソーシング

(退職教官=教養教育のための魅力的な

知的財産)

 昨年度から「人生の達人が語る生物学の

ススメ-今甦る幻の名講義-」というタイ

トルで、現役当時に生物学類担当教官とし

て受講生から人気があり、現在は退職され

た方々を非常勤講師として総合科目の一

部を担当していただいている。彼らの講義

を通して新入生諸君に対し、長年の経験に

裏打ちされた重厚で強烈な個性を存分に味

わってもらうこととした。その結果、昨年

度の受講生からは極めて高い評価を得るこ

とができ(5,9)、今年度も実施する予定であ

る。

3.執行部に対するお願い

 筆者が生物学類長の在任期間にあった

大学全体の主なイベントは「45単位上限設

定」、「TWINSによる授業評価」、「学群・学

類再編」であった。しかし、その一部は学

内での議論が不十分であったように思う。

「45単位上限設定」と「TWINSによる授業

評価」はすでに実施されたが、前者に関し

ては設定したルールがきちんと守られてい

ない学類もあると聞く。後者も回答率が極

めて低く、受講生の真の声が聞こえてこな

い。

 そこで「TWINSによる授業評価」に関し

ては、今後はそれを画一的に実施するので

はなく、各学類の「自治」に任せていただ

きたい。なぜなら、すでに述べたように授

業評価が本質的な教育改革につながるほ

ど教育改革は単純ではないし、それぞれの

学群学類の教育理念に応じた授業改善策が

あって当然だからである。「TWINSによる

授業評価」はあくまでも授業改善のための

一つの手法に過ぎない。しかし、だからと

いって冒頭でも述べたように、何もしなく

ていい時代ではなくなっている。もちろん

何もしないことも選択肢の一つだが、それ

を選択した場合には、何もしなくてもいい

ことに対する説明責任が発生する。すでに

筑波大学が提出している中期目標/中期計

画の中には授業改善に対する積極的な取組

みが含まれている。したがって、何もして

いないにしても、その理由と何もしなくて

も十分であることの根拠となるエビデンス

を提示されるか、場合によっては「TWINS

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28 筑波フォーラム70号

による授業評価」に代わって各学群学類の

個性を存分に生かした別の独創的な授業改

善の提案があってもおかしくない。いずれ

にしてもこの局面で授業改善に向けて学群

学類がそれぞれの個性を競い合うことは大

いに歓迎されることで、むしろもう一歩踏

み込んだより本質的な授業改善に資する取

組みの創出と実践こそ尊重されるべきでは

ないだろうか。

 法人化してからはむしろ会議の数が多く

なり、長い時間をかけた形式ばったスタイ

ルは相変わらずで、肝心なところは執行部

が検討中で終わりである。お互いに貴重な

時間を使うのであれば分厚い資料を形式的

に説明する部分を思い切り削ぎ落とし、そ

の分もう少し実質的な議論にまわすことは

できないだろうか。

参考資料

1. 林 純一 生物学類カリキュラム委

員長の任期を終えて 筑波フォーラム

62:102-104, 2002

2. 林 純一 つくば生物ジャーナル、

Tsukuba Journal of Biology創刊の経緯 

つくば生物ジャーナル 1:2-3, 2002

3. 読売新聞茨城版記事 2003年1月23日

4. 宇都宮公訓 TWINSの主役 筑波

フォーラム 69:131-133, 2005

5. 特集:平成 15年度生物学類授業評価

結果公開 つくば生物ジャーナル 

3:320-472, 2004

6. 林 純一 教育改革の実験:「つくば

生物ジャーナル」による生物学類授業

評価の完全公開 筑波フォーラム 

66:41-45, 2004

7. ストーン(吉田)睦美 筑波で科学

ジャーナリストの培養を! つくば生

物ジャーナル 3:TJB200412MS

8. 白岩善博 生物系大学院生のための英

語コミュニケーション能力のステップ

アップ戦略 筑波フォーラム 68:60-64,

2004

9. 筑波大学新聞第238号記事、2004年6月7日

*生物学類HP、http://www.biol.tsukuba.ac.jp

「つくば生物ジャーナル」は生物学類HP

から閲覧可能。「つくば生物ジャーナル」

への投稿先は[email protected]

(はやし じゅんいち/細胞生物学)

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29特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

体育専門学群における教育

 体育専門学群は、1学年の定員が240名で

あるが、留年生等も含め実際には 250名以

上の学生が在籍している。筑波大学には、

大学としてはユニークな制度であるクラ

ス制度があり、体育専門学群でも 1クラス

二十数名で1学年12クラス編成である。し

かし、多くの学生が体育会系の課外活動団

体に所属しているため、他の学類・学群と

比較して、クラスメイト間のつながりがや

や希薄といった特徴がある。また、2年生に

なるときには主専攻分野別に、さらに 3年

生になるときに卒業研究領域ごとにクラス

を再編成するので、1年生から4年生までク

ラスのメンバーが不動ということはない。

授業に関していえば、基本的にスポーツが

好きな学生ばかりなので、基礎、専門を問

わず、スポーツや健康、体育関連の授業に

対する学生のモチベーションは高く、また、

教員側も熱心なので、良好に機能している。

とはいえ、全く問題がないわけではない。

毎年、卒業式が近づいてくると、外国語検

定試験に合格していない卒業予定学生の多

さが問題となっている。これは卒業要件と

して必須であるため、担当教員が毎年、か

なり苦労して補習授業と追試を何回も実施

し、なんとか全員が合格できるように努力

している。その甲斐もあって、ほとんどの

学生は卒業までに合格できている。もっと

早い時期に合格させられるように、関係教

員が努力しているところである。それ以外

にも最近問題になりつつあることとして、

自分の取り組んできたスポーツが好きであ

るのにもかかわらず課外活動団体をやめて

しまい、無気力な学生になってしまうケー

スが増えてきたことである。これについて

は、原因を探索中で、何らかの対応をとる

予定である。

学群・学類教育における問題点と提言-体育専門学群教員そして学担室員として-

足立和隆人間総合科学研究科助教授

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30 筑波フォーラム70号

教育現場における新たな問題点

 体育専門学群に限ったことではないが、

近年、気になることがある。教育の現場で、

新たな問題点が生じてきている。この問題

点とは、たとえばまともな文章、言い換え

ると自分の考えを他人にわからせるための

文章が書けない、単に現象を記述しただけ

でその背景にある原理を自分で熟考するこ

とをしない学生が増えてきていることであ

る。筑波大学が創設されて 30年来、授業内

容に関して質的にも量的にも大きな変化は

なかったはずである。ということは、あり

ていにいえば昨今の教育現場において生じ

てきたこのような問題点の原因のほとんど

は、学生側に起因すると考えられる。大学

において学生に課せられる課題の多くは、

受験勉強で習得してきたテクニックだけで

は解決できない。大学では、学生ひとりひ

とりが常日頃、自分のスキルアップに精を

出すことによってはじめて、与えられた課

題をこなすことができる。その結果、「総合

力」が身に付くのである。総合力は、今ま

で経験したことがない未知の問題に対する

解決能力と言い換えることができる。この

ような問題の解決方法に関しては、もちろ

ん定型的なものがない。昨今の多くの学生

が好む「マニュアル」が存在しない。しかし、

多くのスキルを積んでおけば、問題解決の

糸口あるいは解決法そのものを生み出すこ

とが可能になってくる。とはいえ、スキル

アップを学生の自己努力に期待するという

のは教育側にとって少々無責任である。授

業内容、課題あるいは試験に関して、学生

のスキルアップに直結するような工夫をし

なくてはならない。とにかく、受け身の授

業でない、学生が積極的に参加し、自分の

頭をフルに回転せざるを得ないようにでき

れば理想的である。しかし、その実現には

教員自身がかなり努力する必要があり、場

合によっては教員の能力の限界を超えてし

まうようなことがどうしても生じてくるだ

ろう。そこで、大学院生を積極的に活用で

きるように資金面、大学院のカリキュラム

等が大幅に改善されることを望む。幸いに

も大学院への進学率が増え、人材という点

については豊富である。大学院生にとって

も、学類・学群生の手助けをし、さらにそ

の教育の一端を担うということは良い経験

になる。

 教育現場における問題点の根本的な要因

は、学生の一般社会に対する意識がかなり

変容したこと、すなわち一言でいうと大学

生の「幼児化」である。このようになってし

まった背景には、社会が成熟し、身体に対

する差し迫った危険もなく、日常の糧を得

るのにさしたる努力をしなくても済んでし

まうといったことがある。人生に対する目

標を持たない、あるいは目標設定を先延ば

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31特集「現場から①学群・学類教育」

しにしていても生きていける社会になって

しまったのである。その端的な現れが、昨

今話題の「NEET(ニート;Not in Education,

Employment or Training)」である。一昨年の9

月に実施された学生生活指導関係教職員研

修会では、「筑波大学生に対する躾」をテー

マとした分科会が行われ、結論としては大

学生といえども基本的な躾も行わざるを得

ないということになった。この幼児化とい

う学生の特質が顕在化しているということ

は、なにも筑波大学に限ったことではなく、

全国の大学で指摘されていることではある。

しかし、大都市に立地する大学ではあまり

大きな問題となっていないようである。と

いうことは、これには地理的な立地条件が

かなり影響していることが考えられる。要

するに大都市に生活していれば、世の中の

動きや変化を敏感に実際に肌で体験でき

る、すなわち「刺激」が多いので、各個人が

知らず知らずのうちに一般社会がどういう

ものか、さらに自分の人生観に対して良く

も悪くも多大な影響を受け、感化さらには

啓蒙されることになる。ところが筑波大学

の場合、「自然の豊かな田園都市に立地す

る大学」のネガティブな面が学生に作用し、

このような特質が改善されないまま在学期

間を過ごしてしまうことになる。その結果、

就職活動の際、大都市に立地している他大

学の卒業生に敵わなくなってしまうことが

あると聞く。体育専門学群に関しては、東

京教育大学時代には教員志望の学生の割合

が高く、日本国内の小・中・高校の体育教

員における主導的な役割を東京教育大学出

身者が担っていたが、現在ではその割合が

かなり低下してきている。確かに、卒業後

の進路として、小・中・高校の体育教員を

志す入学生の割合は低下している。しかし、

教職員を志望する学生であっても、採用試

験等において他校の学生の後塵を拝する

ケースがかなり多い。一方、無事卒業し自

分が希望していた職種に就職しても、短期

間で退職してしまうといったケースも良く

聞く。その理由も、他に事業を興したいか

らといったポジティブなものでなく、仕事

がきついからとか先輩や上司との関係がう

まくいかなかったなどという、かつては考

えられなかったものばかりである。そのよ

うな学生の多くは再就職もせず、アルバイ

トやパート等で食い扶持をつないだり、大

学院を受験してみたりするようである。結

局は、ぬるま湯環境から飛び出しては見た

ものの、世間の厳しい環境にさらされ、も

う一度ぬるま湯生活に戻りたいという意識

が根底にあるようである。学生が大都会を

肌で感じる機会は、幸いにも今年の 8月に

は筑波エクスプレスが開業するので、若干、

改善するとは思われるが、教員側も授業内

容と方法に関して、このような学生の気質

Page 12: 筑波フォーラム第70 (抜粋) · 2013. 3. 27. · 筑波フォーラム第70号目次(抜粋) 特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦

32 筑波フォーラム70号

変化に対応して、学生がさらに満足するよ

うに改善する必要がある。

社会から見てわかりやすい大学とするために

 先に少し述べたが、筑波大学では大学院

に進学する学生の割合がかなり増えてきて

いる。大学学習レベル以上の専門的な知識

や技能をもった人材に対する社会の要請も

大きくなってきているので、その点では時

流にあった現象といえよう。しかし、大学

あるいは大学院の卒業生について、大学の

めざしている卒業生像が、社会の要請に必

ずしもマッチしていないという指摘がある。

すなわち、社会からの要請が、社会に必要

とされる人材としての基礎的な素養が備

わっているか、あるいは即戦力として使え

るかどうかということに対して、大学がそ

れをめざして教育しているかということで

ある。この点について、大学側に改革が必

要であろう。では、どのようにすればよい

のか?少し、私見を述べさせていただきた

い。

 筑波大学の多くの卒業生は、在学中に

しっかりと勉強し、さまざまなスランプや

逆境にもめげず社会で立派に活躍してく

れている。しかし、せっかく優れた能力が

ありながら、それを生かすきっかけをつか

めないために逡巡している学生もいる。教

育を行う側からすれば、学生に対してさま

ざまな可能性を提示し、学生がその中から

自分の興味を持った専門分野を選べるよ

うにする必要がある。物を購入する場合を

考えてみよう。現代では、小売店、デパー

ト、通信販売、大型専門店というように物

の販売方式も多様である。消費者は、自分

のほしい物をこれらの店舗(インターネッ

トのホームページを利用した仮想の店舗も

含む)で探して購入する。販売店の戦略と

しては、顧客の望む物を常に店に用意して

おくということ、そして一方では「世の中

にはこんなにすばらしい物、便利な物があ

るのだ」という啓蒙活動を行い、新たな顧

客層を開拓することがあげられる。大学は、

やや乱暴な表現ではあるが、商品の開発機

能を持った販売店に、そして学生は消費者

にたとえることができる。筑波大学は総合

大学であり長い歴史をもつことから、さし

ずめ老舗のデパートであろう。魅力のある

デパートとは何か?これについては次項

で述べるが、宣伝という点に関して、今ま

での筑波大学は、現在、学類・学群再編を

検討していることからもわかるように、専

門学群を除いて、いったいどのような教育

が行われているのか、そしてそもそも卒業

生は、どのような資質を備えているのかと

いったことが、一般人どころか学内の教員

の中でもよくわかっている人は少ないので

はないだろうか。かくいう私も、学担室員

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33特集「現場から①学群・学類教育」

を経験して何となくわかってきたものの、

未だに全貌を把握していない。これは、学

生にとって就職活動の現場ではかなりマ

イナスである。現に、就職活動の面接の時

に、このことがかなり不利な要素であった

という体験談を少なからず聞いている。ま

た、筑波大学の受験生をより多く集める場

合でも大きなネックになる。以前はかなり

酷評されていた筑波大学のホームページも

最近は良くなったが、残念なことに、大学

ではどのような授業が行われているのか、

具体的な記載や説明がない。是非とも、改

善して欲しい点である。大学でどのような

授業を受けられるか、また資格を得られる

か、さらに卒業後はどういう道が開けてい

るかということを具体的に示す。そうすれ

ば、受験生は卒業後の自分の具体像を予想

できるようになる。最近、専門学校の人気

が高い理由が、まさにそこにある。

基礎分野やニッチ分野そして総合分野の充実

 デパートの品揃えの点に関して、筑波大

学はいい線をいっているだろうか?学担室

による学生実態調査やベネッセによる大学

満足度調査※をみると、学生の大学に対す

る満足度はかなり高い。ということは、品

揃えもまあまあということかもしれない。

しかし、だからといってその上に胡座をか

いていはいけない。さらにたくさんの品揃

えをすべく努力すべきだと思う。昨今の風

潮、あるいは某お役所の指針によると、大

学運営では「スクラップアンドビルド」を

積極的に行うべきであるとしている。即効

性のないもの、あるいは世間の役に立つと

は思われない、コストパフォーマンスの悪

い専門分野は淘汰されてしかるべきという

ことである。基礎分野がまさにこれに該当

する。読者の皆さんは、果たしてそれで良

いと思っていらっしゃるだろうか?私は、

一般社会の役に立つとは思えない、人間の

知的好奇心を満足させるだけか、あるいは

人間を感動させるだけといったものをいか

に多種多様もっているかということが、文

化レベルの高さを示す基準と思う。日本で

は残念ながらこのような“役立たず”学問

の多くが大学だけでなく社会の至る所で危

機に瀕している。しかし、筑波大学は世間

のこのような風潮に流されず、むしろ“役

立たず”学問や、世界中のどこを捜しても

だれもやっていないような“ニッチ”学問

の殿堂になるべく努力すべきと思う。ニッ

チ学問には、広く浅く、さまざまな方面の

知見を総動員する学問分野というのも含ま

れる。医学は今や専門化され過ぎて、専門

が異なる疾病に対しては手も足もでないこ

とがあると良く聞く。広く浅くというのは、

まさに医学におけるホームドクターのよう

な役割を果たす学問分野を意味する。ひと

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34 筑波フォーラム70号

つのアイデアとして、「負の状況(病気、事

故、環境破壊)」にスポットを当てて研究す

る学問には、たくさんのニッチがあると思

う。はからずも、この原稿の初稿を書いた

時点では、まさかこんな状況になるとは考

えていなかったが、昨今の公共交通機関に

おける不祥事や事故の多さは異常である。

これに対処するため、たとえば、日本では

全く省みられてこなかった「事故分析専門

家」の養成というのはどうであろうか。役

立たず学問やニッチ学問が好きでたまらな

い学生が、必ずいる。「好きこそものの上手

なれ」というように、人間は、好きな物に

対して寝食を忘れ、損得抜きで取り組む。

このパワーをこのような分野の発展につぎ

こんでもらえばよい。そのためには、こう

いう分野の品揃えを完備しておかなくては

ならない。体育専門学群でも残念ながら、

あらゆるスポーツを網羅できていない。網

羅していない競技の選手は、筑波大学に入

学してもさまざまな点で苦労する。できる

だけ多くのスポーツ競技の優秀な指導者を

さらに筑波大学に迎えることができればよ

いと思う。また、一部の教職課程のカリキュ

ラムでしか実施されていない、学類・学群

生が地域に対して貢献する活動に対しても

多くの学生が積極的に参加できるように大

学が支援する体制も早急に確立して欲しい

と思う。

 昨年9月に実施された学生生活指導関係

教職員研修会では、「筑波大学の活性化す

るためのアイデア」をテーマとした分科会

が行われ、活発な提案が行われた。提案の

中には、実行に移されているものもある。

そういった活動や上記のような教育・研

究面における活動によって、筑波大学がユ

ニークな大学としてのアイデンティティー

を確立し、活力のある魅力的な大学へとさ

らに脱皮できるよう、私も積極的に行動す

るつもりである。

(あだち かずたか/応用解剖学)

※ http://www.view21.jp/beri/open/report/

manzokudo/2001/kaisetu/index.html

  およびhttp://www.view21.jp/beri/open/report/

manzokudo/2001/index.html

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35特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

筑波大学芸術専門学群は、昭和50年、筑波

大学建学理念のもと、幅広い教養を基礎に、

芸術に関する専門教育を行うべく創設され

たもので、今年30周年を迎える。

 遡れば、明治32年の東京高等師範学校手

工専修科におけるわが国最初の西欧式芸術

教育課程にその源流を求めることができる。

そして、東京高等師範学校、東京教育大学

と、長い歴史と伝統を継承してきた。

 この間、常に時代に先駆けた教育内容を

取り入れて、国内外の教育界で先導的役割

を果たし、各時代の造形芸術の振興に大き

く貢献してきた。

 更なる教育・研究活動の改善・活性化と

高度化等への発展に資するため、平成15年

11月、芸術専門学群は他の芸術3組織と共

に、これまでの教育・研究活動や将来構想

等について外部評価を受け、概ね良好であ

るとされた。

芸術専門学群の教育目標と方針

 筑波大学芸術専門学群の教育目標並びに

方針は、『芸術専門学群履修便覧/シラバ

ス』にも掲げてあるように、以下の通りで

ある。

 芸術専門学群は、総合大学の中に位置付

けられた芸術教育の場としての特色を生か

し、専門教育の深まりとともに、豊かな感

性に支えられた柔軟で視野の広い発想力や

思考力を具え、創造的活力に溢れた芸術専

門家の養成を目標とする。

 芸術専門学群は4専攻から成る。『芸術学

専攻』は「芸術学コース」と「特別カリキュ

ラム芸術支援学」を備える。『美術専攻』は

4コースから成り、「洋画コース」、「日本画

コース」、「彫塑コース」、「書コース」、及び

「特別カリキュラム版画」を備える。『構成

専攻』はコースを備えず、総合造形、クラ

フト、構成、ビジュアルデザイン等の領域

芸術専門学群教育の今

田代 勝人間総合科学研究科教授

Page 16: 筑波フォーラム第70 (抜粋) · 2013. 3. 27. · 筑波フォーラム第70号目次(抜粋) 特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦

36 筑波フォーラム70号

を包括する。『デザイン専攻』はコースを備

えず、情報、プロダクト、環境、建築のデザ

イン領域を包括する。

 教育に当たっては、それぞれの分野の特

殊性を尊重して専門性の高い教育を行うと

ともに、各分野相互の関連を図り、広く他

学群の分野にもわたって個人の特性に応じ

た選択の自由をもたせることによって、ま

すます情報化・国際化する社会の要請や急

速な科学技術の進歩に対応し、知識を応用

できる能力と新芸術の創造等を指向する感

覚を育てる。

教育体制の変遷

 教育目標である「豊かな感性」「柔軟で

視野の広い発想力」「豊かな思考力」を具

え、創造的で行動力に満ちた芸術専門家養

成についてはこれを良しとし、設定以来改

定はしていないが、教育目標に対応する教

育体制・方針については、各種調査や社会

情勢の変化等を踏まえ、自己点検評価委員

会や芸術教育体制見直しW.G.、或いは芸術

FDW.G.等を設置し、併せてカリキュラム

委員会とも連携して検討・改革を推し進め

てきた。

 本学群は、当初、芸術学、美術、構成、デ

ザインの4専攻10コースで、入学定員70名

で開設され、昭和 56年、日本画分野の新設

及びその他の教育内容整備と充実化を図

るため、定員を 100名に改めた。平成 4年

に、専攻コースに相当しない、様々な専攻

に亘って履修する特別カリキュラム「版画」

を、7年には特別カリキュラム「窯芸」(13年

度以降構成専攻1領域化)をも設けた。また、

10年度以降では、専門基礎科目への不満解

消に向け、18種新規授業開設による自由選

択の大幅拡大化やクラフト分野の新規開設

を図った。

 平成 15年度では、芸術学専攻に、芸術活

動の支援・応用について研究・実践する特

別カリキュラム「芸術支援学」分野の増設

と、構成及びデザインの各専攻でのコース

別指導体制を改め、学生個々の関心と能力

に合わせた履修が可能となるように改編し、

現行4専攻で15のコース・領域の教育体制

にいたっている。

芸術専門学群教育の現状と課題

 多くの卒業生が専門性を活かして社会の

各分野で活躍している状況等からみても、

専門家養成を目標に掲げて展開させてきた

これまでの本学群の教育体制は良好であっ

たといえよう。だが、充実した効果的な教

育内容、方法等のあり方についての更なる

検討を重ねて行かねばならない。そのため

にも、本学群では、これまでの FDをW.G.

から恒常的な委員会として 17年度に立ち

上げた。

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37特集「現場から①学群・学類教育」

 また、15年度からの、構成とデザイン専

攻の統合再編による履修選択の拡大化体制、

並びに、芸術力が社会において充分発揮で

きるよう芸術活動を支援・応用する芸術支

援学分野新設について、充分なる教育成果

が上げられるよう取り組まねばならない。

 一方、これまでのアンケート調査等で、

理論と実践の連携、幅広い分野を学ぶ総合

性、芸術による社会貢献等の指向傾向があ

ることが判明したことから、これに係る学

群カリキュラム改革プロジェクトを編成し

た。そして、「アート・デザインによる地域

創成プロデュース教育」及び「芸術環境形

成支援のためのアート・ジャーナリスト養

成プログラム」関連の授業科目を開設する

などして取り組みをはじめた。これは、こ

れまでの、美術・デザインの理論・歴史・

制作に関するもののみならず、芸術の社会

的有用性に関する分野をも含めた教育体制

を敷くことで、今日の、大学と地域の関係

改変への期待等にも応えるものになると考

える。

 なお、「アート・デザインによる地域創

成プロデュース教育」に係るものは、本学

の「平成17年度特色ある大学教育支援プロ

グラム( 特色GP)」に選出された。

おわりに

 芸術という括りではあるが、芸術専門学

群は、広義の造形部門のみの教育組織とし

て本学に位置しているもので、主に造形に

係る専門教育を展開してきた。

 造形は、通常、形をツクルと読むが、造

はイタルとも読むから、造形教育は、形を

造る教育と、形にいたる教育があってよ

く、形を造る教育は、技能や感性の向上を

主にした、作品中心=芸術力のためのArt

Education 。形にいたる教育は、プロセス重

視の、即ち造形活動を通して培われる諸

能力=人間力の育成を重視した Education

throuh Artとなる。

 総合大学に存する芸術教育。片隅に置い

ておくのは惜しくありませんか。

(たしろ まさる/美術・彫塑)

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38 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

図書館情報専門学群の教育目的

 図書館やネットワークを介してやり取り

される知識や情報はあらゆる領域に及ぶこ

とから、図書館情報専門学群では文科系や

理工系といった枠にとらわれず、人間の知

的活動にかかわる事柄について学際的総合

的に学ぶことを基本としています。それを

実現する事はなかなかに困難であり、本専

門学群の前身である図書館情報大学の頃か

ら幾度かのカリキュラム改訂を経て、現在

のカリキュラムに至っております。本稿で

は現在実施されている図書館情報専門学群

のカリキュラムの概要を説明すると同時に、

そのいくつかの特徴をご紹介します。

主専攻と履修モデル

 図書館情報専門学群は図書館情報管理主

専攻と図書館情報処理主専攻の2つの主専

攻を持っています。図書館情報大学開学の

時には図書館情報学部として学生全員が同

じカリキュラムを受講していました。その

後社会の要請に伴い、現在の主専攻に対応

する情報管理コースと情報処理コースとい

う履修コースを導入しました。図書館情報

専門学群になって、対象とする教育の領域

をさらに絞り込み、育成を目指す人材のイ

メージを明確にした以下のような計6つの

履修モデルを設定しています。

<図書館情報管理主専攻の履修モデル>

○ 情報蓄積・提供機関としての図書館の社

会的位置づけ、機能に関する知識を有し、

図書館の運用を行う事ができる人材

○ 広くコンテンツの組織化に関する知識を

有し、種々のデータベース等の構築を行

う事ができる人材

○ 社会的文化的情報活動に関する知識を有

し、種々の社会的文化的活動に参画する

事ができる人材

<図書館情報処理主専攻の履修モデル>

○ 情報処理技術とネットワーク技術に関す

図書館情報専門学群における教育

中山伸一図書館情報メディア研究科教授

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39特集「現場から①学群・学類教育」

る知識を有し、情報システムの開発に関

わる事ができる人材

○ コンテンツ作成における人間科学的、シ

ステム的知識を有し、種々の情報提供活

動を行う事ができる人材

○ データを分析的・解析的に扱う手法に関

する知識を有し、様々なデータ処理のシ

ステム構築に参画することができる人材

科目の構成

 このような人材育成のために、以下のよ

うな科目の構成を設定し、階層的・体系的

なカリキュラムの展開を目指しています。

<階層的構成>

 学年進行に伴って学ぶ内容が専門化する

よう、科目を以下のように展開させていま

す。

○ 図書館情報基礎科目:専門科目の前提と

なる多様な主題領域の知識を学ばせます。

図書館情報学には多方面にわたる一般教

養的な知識が必要ですので、必ずしも全

ての科目を履修する必要はありませんが、

人文系、社会系、自然・数学系からそれ

ぞれ最低1科目は修得しなくてはなりま

せん。これらの科目群は1・2年次で履修

させています。

○ 図書館情報科目:図書館情報学を学ぶに

あたって必要となる中核的な知識を学ば

せます。必修ではありませんが、ほとん

どの科目(17科目以上)を修得する必要

があります。これらの科目群は1・2年次

で履修させています。

○ 主専攻共通科目:主専攻の専門科目を学

ぶにあたって必要となる知識を学ばせま

す。これらの科目群は2年次の3学期に履

修させ、進むべき主専攻に応じた科目を

6科目以上修得する必要があります。

○ 主専攻科目:それぞれの主専攻における

専門性の高い知識を学ばせます。これら

の科目群は3・4年次で履修させ、履修モ

デルの枠組みに基づいて一部の科目を修

得すれば良いようにしています。

<体系的構成>

 主専攻科目は多くの科目群が開講されて

います。これまでも多様な専門科目があり、

学生は各自の興味のままに科目を受講して

しまう傾向が見受けられました。そこで現

在のカリキュラムでは、図書館情報科目、

主専攻共通科目、主専攻科目の科目群をグ

ループ化したクラスターを設定し、それぞれ

の履修モデルにはどのクラスターを学ぶべき

かを提示して科目の履修を指導しています。

 クラスターは40程あり、平均4科目程度

からなります。各履修モデルには10個程を

履修すべきクラスターとして設定しており

ます。学生には、その目指す方向に応じて、

そのクラスターの科目群をできるだけ全て

履修するように指導しています。

Page 20: 筑波フォーラム第70 (抜粋) · 2013. 3. 27. · 筑波フォーラム第70号目次(抜粋) 特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦

40 筑波フォーラム70号

<資格関連>

 さらにこのような体系に組み込まれた形で

以下のような資格関連の科目群があります。

○ 教員免許:図書館情報専門学群では、高

校の情報、数学、公民、中学の数学、社会

の教員免許が取得できます。これらの教

職科目のうち教科に関する科目は、本学

群の主として図書館情報基礎科目と図書

館情報科目の中で展開されております。

○ 司書資格:司書資格は、図書館法施行規

則第4条で必須の12科目18単位、選択の

2科目 2単位以上が規定されております。

図書館情報専門学群ではこれらに相当す

る科目を開講しております。その多くは図

書館情報科目に含まれるものですが、主専

攻共通科目や主専攻科目も含まれています。

○ 司書教諭資格:学校図書館司書教諭講習

規定第3条による5科目10単位は、主専攻

科目として開講しています。これらの科

目はどちらの主専攻からも履修できるよ

うに配慮しています。

科目の開設と時間割の工夫

 階層的・体系的な構造を学生の科目履修

にうまく適応させるために、以下のような

取り組みを行っています。

<複数開講による大人数講義の排除>

 図書館情報科目は、必修に準ずる科目で

あり、ほとんどの学生が受講するため、大

人数の授業となっていました。現在この科

目群は、大人数授業になることを防ぐため

に 2クラス開講を原則としています。授業

の方法やテストのやり方などについては、

まだ問題がありますが、改善しながらこの

方向を進めていきたいと考えております。

<時間割による科目履修の保証>

 学生が科目を履修するにあたって、時間

割が物理的な障壁となります。そこで本学

群では図書館情報科目については全ての科

目を履修できる事、主専攻共通科目はいず

れかの主専攻を選んだならその主専攻の全

ての主専攻共通科目を履修できる事、主専

攻科目についてはいずれかの履修モデルを

選んだならその履修モデルで設定している

全てのクラスターの科目を2年間のうちに

履修できる事を保証するよう、時間割を作

成しています。さらに基本的な時間割をほ

ぼ固定化して、学生が長期的な展望で科目

履修を行えるようにしています。

特色のある科目

 図書館情報専門学群では、上述のように

階層的、体系的な科目構成となるよう大局

的な視点でカリキュラムを作成しておりま

すが、一方において以下のような特色のあ

る科目を学群として開講しております。

○教養と科学

 筑波大学にはフレッシュマンセミナーと

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41特集「現場から①学群・学類教育」

いう科目があり、新入学生の大学教育への

適応の役割を担っております。しかしなが

ら、この科目は1年次の1学期だけしか開講

しておりません。図書館情報大学では、1年

次と 2年次において、いわゆる文章を読む、

まとめる、議論する、発表するなどの基礎

教養的な講義を展開しておりました。図書

館情報専門学群でも、そのような講義を展開

し、かつフレッシュマンセミナーの内容を継

続できるよう、1年次の2・3学期に必修の科

目として教養と科学を開設しております。

○図書館情報学実習

 図書館情報学は、実学的色彩が強く、図

書館情報大学の頃は必修の科目として実習

が設定されておりました。現在、実習は図

書館情報管理主専攻の主専攻科目となって

おりますが、実社会を経験する重要な科目

として、学群教育委員会が作業グループを

作って開設しております。

本専門学群の教育システムの特徴

 学群の教育を効果的に実現するため、以

下のような工夫を行っております。

<科目の教員間による調整機能>

 図書館情報科目は2クラス開講を原則と

しておりますが、これらのクラス間で内容

的に大きな差異が無いように、担当者間で

の調整が行われます。

 また同じクラスターに含まれる科目群は、

類似した主題の関連科目です。そこで、科

目間の教育内容の重複や、クラスター内で

の教育の展開を相互に検討するため、同じ

クラスターの科目担当者が話し合って調整

するようにしています。

<授業評価>

 授業評価は、図書館情報大学の頃からか

なり積極的に取り組んで来ました。図書館

情報専門学群になっても、同様の授業評価

を筑波大学全体として行っているものとは

別に実施しています。

 その評価内容は詳細・多岐であり、学生

の授業への取組について 5項目、授業内容

について11項目、授業環境について2項目、

さらに自由記述欄を設けています。調査結

果は教員にフィードバックされ、授業のやり

方等の改善に役立てるようにしております。

今後の展望

 カリキュラムは生き物であり、その姿は

刻々と変わっていきます。それは一方にお

いて能動的であり、また他方において受動

的な変化です。図書館情報学は複合的な学

問領域であり、教員が理想とする教育は多

様で、また社会の求める教育も多様です。

これらが調和したより優れた姿のカリキュ

ラムを目指して、今後も不断の改訂が行わ

れていくことを期待します。

(なかやま しんいち/応用情報学)

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42 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

人文学類の教育課程

 ここでは教育の現場から、概説、特講、

演習などと並んで専門科目として行われて

いる実習科目を取り上げて、その重要性と

問題点を検討することにしたい。

 人文学類における筑波スタンダード試案

によると、専門的能力の養成がひとつの眼

目となっており、人文系学問(哲学、倫理学、

宗教学、歴史学、先史学、考古学、民俗学、

文化人類学、言語学)に関する専門的知識

の吸収と、それを基礎にして文化的諸活動

に対し主体的で批判的に考察する能力を獲

得させることを目標にしている。さらに、

そうした能力の背後にあるべき一般的能力

として、論理的思考・討論・他者理解など

社会生活に役立つ実践的能力、人間の思考

や社会生活の基盤となる、優れたコミュニ

ケーション能力などを養成することとして

いる。

 個々の学生が自分の意見を論理的にまと

めて発表し、討論し、切磋琢磨する中で他

者の考え方を学び、理解するという場は、

主に演習の時間に用意されていて、これは

実際に小人数の単位で行われており、相当

の効果をあげている。また、コミュニケー

ションを図るための言語の習得に関しても、

多数の言語についてその機会が準備されて

おり、探究心の旺盛な学生の希望に沿うこ

とができるように配慮されている。

実習教育の位置づけ

 こうした充実した教育課程が編成されて

いる中にあって、実習教育はどのような位

置づけがなされているのであろうか。筑波

スタンダード試案においては、特に考古学・

民俗学主専攻で考古学・先史学の発掘資料、

口頭伝承、宗教儀礼、祭祀、芸能など、さま

ざまな民俗資料を扱い、評価・理解する能

力を修得させるため、実習を行うという位

置づけをしている。①専門的研究能力を養

実習教育の重要性と問題点

古家信平人文社会科学研究科教授

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43特集「現場から①学群・学類教育」

成するために特講や演習が配置され、②広

い学問的視野を持つために専攻縦断的な専

門基礎科目などを用意し、③文献読解や評

価能力の養成のために言語習得の機会と並

んで実習教育が置かれているのである。た

だし、単位数からすると実習科目は 1科目

で1.5単位とするのが通例であり、特講・演

習、語学とは格段の差がある。にもかかわ

らず、それらと同列に実習をあげていると

ころに、教育課程におけるその重要性が表

されているのである。

実習が重要な理由

 資料を理解し評価するために実習は重要

である、といってもやや具体的に説明しな

ければ分かりにくいであろう。実習科目は

考古学・民俗学以外にも開設されているが、

ここでは私の専攻する民俗学の実習を取り

上げて説明することにしたい。

 私の個人的な感想かもしれないが、講義

や演習はそれがどんなにうまくいったとし

ても、もどかしい気持ちが残る。教員の側

からすれば、実際の民俗のあり方はその場

に行かなければ分からない、という対象の

性格に規定された非常に素朴な感慨を抱い

ているのではなかろうか。近年の民俗研究

の最先端からすれば、なにも現地調査は必

要不可欠のものではないのであるが、教育

の現場ではこれまでに蓄積されてきた膨大

な民俗資料を読解し、それを理解するため

には、現地の資料が文字化される前の現実

を体験させなければならないのである。ま

た、文字になる前の民俗のおもしろさを知

ることができる。「まず、体験せよ」という

のが、実習の第一の、そしてもっとも素朴

な目的である。

 口頭伝承、宗教儀礼、祭祀、芸能を教室

で疑似体験することは可能であるが、現地

調査では相手は人である。そこには優れた

コミュニケーション能力が必要であり、そ

れがうまくできない学生も出てくる。それ

はそれでよいのである。立ち直りが早いの

も若さの特権であり、教員はわずかなアド

バイスをするだけで十分なことが多い。現

実の様態を文字化する作業をすることに

よって、表現の作法を身につけ、それまで

目にしてきた民俗資料が読めるようになる

のであり、評価できるようになるのである。

また、現地で多くの人々から教えを受ける

ことによって、人間的にも大きく成長する

ことになる。実習の第二の目的は、専門的

な訓練の場であると同時に、社会の現実に

接することにより人格の形成にも寄与する

ことである。

 実習の最後の段階として、調査報告書を

作成する。文章だけでなく、写真、図表、図

像などを用いて、調査の成果をまとめ、印

刷する。研究者となる場合には、直接的に

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44 筑波フォーラム70号

この経験は生かされるが、企業においても

例えば出張すれば復命書を書かねばならな

いわけで、現象を表現する経験は何らかの

形でプラスになっていくはずである。さら

に、報告書は現地に還元されることにより、

地域貢献が図られる。これが派生的に生じ

る効果も含めた、実習の第三の目的である。

 卒業する多くの専攻学生が強く心に残る

ものとしてあげるのは、教育実習、卒業研

究とともに民俗学実習に参加したこととい

う。このように述べてくると、実習はいい

ことばかりで、教員、学生、現地の人々の

三者すべてに幸せをもたらすのか、という

とそうとばかりもいえない問題を抱えてい

ることは、後にあげるとおりである。

実習の実際

 今少し具体的に平成 15年度の実習を紹

介してみよう。このときは学生の参加者 43

名、院生8名、教員2名(真野俊和、古家信平)

の合計53名で実施した。平成15年4月に調

査先を茨城県行方郡麻生町北浦周辺に決め、

少年自然の家の宿泊を申請した。前年まで、

山梨県河口湖、愛媛県大洲市、静岡県南伊

豆町、宮城県唐桑町というように、農山漁

村を学生が経験できるようにローテーショ

ンしてきたことと、地元茨城の生活にふれ

ることが選定のポイントになっている。53

名の集団が5泊6日で行動するとなると、2

名の教員では統率不可能であるが、8名の院

生が実習の運営から学生の指導にまで積極

的に関与したために、大きな事故もなく実

施できた。地元の教育委員会との打ち合わ

せ、区長、老人会長、郷土文化研究会の方々

への事前挨拶、参加学生への資料の提供、

テーマの設定と批判などを経て10月28日

から11月2日まで現地調査を行なった。直

接話者と接し、個々のテーマに沿った調査

を進め、事後の発表会を繰り返し、報告書

を作成した。

実習の問題点

(1) 実習の期間 民俗学実習では事前の文

献調査と報告書作成の期間を含めると、

年度のうち 9ヶ月ほどを実習のために

費やすことになっている。しかしなが

ら、現地調査は4、5日間にすぎず、専門

的な訓練としては短すぎて、民俗誌を

作成できるようなインテンシヴな調査

にはほど遠い。調査地までの交通費や

宿泊費といった参加学生の費用負担を

考えると、そのあたりが限界と考えら

れるが、学期中に実習を行うことから、

教員の側においてもその程度が大学を

あけられる限度ということになる。こ

のため、やる気のある学生には、独自

の調査に進んでいくよき導入部になる

が、現地調査のさわりを経験するだけ

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45特集「現場から①学群・学類教育」

にならざるを得ない。

(2) 実習の時期 2学期後半の授業期間中

に実習を配置するのは、調査先の受け

入れ態勢が整う農閑期が望ましいこと

や、事前の文献調査などができる期間

を年度の前半に確保するためである。

授業期間中であるために、学生は他の

授業には「欠席届」を出して実習に参加

することになるが、正課とはいえ1週間

にわたって一方の授業を欠席すること

は望ましいことではない。カリキュラ

ムの構成を改善しない限り、解決でき

ない問題かと思われる。

(3) 実習の費用 実習は 5、6泊の宿泊をと

もなうため、旅費が膨大にならないよ

うに、公的施設に泊まるなどの配慮を

している。しかし、教員に対して学類に

配分されている実習のための旅費は十

分とはいえないため、自己負担をする

部分が多々ある。職業的使命感に頼っ

ているのが現状である。また、平成 14

年度から学生の提出する報告書を印刷

し、社会的還元として現地や各地の研

究機関に配布しているが、そのための

印刷経費についても、図書購入費を削

減するなどしているために、長期的に

見れば教育全般への影響が心配されて

いる。

 こうした問題点は、民俗学の教員も改善

のために努めているが、それだけでは解決

できない性質のものも含まれている。教室

や実験室での教育に加えて、野外での作業

の重要性を相応に評価して、態勢が整えら

れることを望みたい。

(ふるいえ しんぺい/民俗学)

平成 16年度実習の福島県いわき市久ノ浜での調査風景。船霊の信仰について話者の話を聞いているところ。(中野泰撮影)

平成16年度の実習地で質問に答える話者。  (中野泰撮影)

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46 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

1. 平成の司法「大」改革に翻弄される法学

教育

 司法制度改革審議会が 21世紀における

新しい司法制度改革を提案する報告書を

提出したのは、2001年 6月のことであった

(これは崇高な内容をもった、一読に値す

る文書だと思う。2005年 3月末現在、http://

www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report-dex.html

において入手できる)。その内容は順次法

制化されており、例えば身近なところでは、

裁判員制度が2009年5月までに始まること

となっている。これらの改革は、司法を「国

民にとって、より利用しやすく、分かりや

すく、頼りがいのある」ものにし、従来、利

用されてきたような「裁判外」での紛争解

決方法、例えば、泣き寝入り、お役人や警

察などの行政機関による介入、あるいは、

怪しげな人も含めた「有力者」の口利きに

よる解決に代えて、法の支配による解決を

めざそうとするものだ。我々一般人の生活

にも大きな影響を与えることになる。そし

て、「日本版ロースクール構想」が全国の法

律専門教育のあり方を大きく変えることと

なった。私が学生だったころ、司法試験は

年に 500人しか合格できない、合格率わず

か2~3パーセントの狭き門であった。しか

し、この人数では、司法を国民に近づける

ことなどできないのは明らかである。そこ

で、将来、司法試験の合格者は年3,000人が

予定されることとなり、そのための法曹養

成の一環が、一般には2004年春から始まっ

た法科大学院による教育である(筑波大学

法科大学院は秋葉原地区で2005年4月に開

校した)。

 「世の中は、法律家を求めている!」これ

が、大いなる幻想にすぎないのかどうかは、

そしてまた、世の中の法律系学部に吹き

荒れているロースクール熱の功罪は、最初

の新司法試験が行われる平成 18年を経て、

追々明らかになっていくことであろうと思

現代学生気質と法学教育

岡上雅美人文社会科学研究科助教授

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47特集「現場から①学群・学類教育」

われるが、文系でありながら、きちんと資

格を狙える「法律学」に興味をもつ受験生・

学生が増えているという現象も著しい。

 さて、ここでのテーマである学類教育に

戻ろう。上で述べた社会の動きは、大学院

レヴェルにとどまらず、学類教育と決して

無縁ではない。またさらに、法律教育でも、

筑波大学特有の事情もある。以下では、今、

法律科目の教育現場で何が起こっているか

を記してみようと思う。

2.刑法という科目

 「しかし、学生というものは…」は永遠の

嘆きであり、私が学生のころと変わらない、

本質のようなものもあるようである。大学

受験生の間での法学部系人気についてはす

でに触れた。しかし、だからといって入学

してきた学生が、つねに高い志をもち、法

律の勉学に励むようになったか…というと、

必ずしもそうだとばかりはいえないようだ。

いわゆる「楽勝科目」の言葉は、学生の会

話の中で今もなお健在であるし、試験の話

にでもなれば、「ヤマがあたった」とか、1つ

1つの試験が乗り切れれば十分にラッキー

とも思っているらしい。学生の中に、本当

の実力をつけたいと思っているのかを真剣

に疑わせるような行動パターンが見られる

ことも確かである。いくつかのエピソード

を挙げてみよう。

 私が担当する刑法は、法律学の中でも専

門基礎科目に属する。すべての犯罪につい

て共通する成立要件などを扱う「刑法総論」

は、1年生の選択必修科目であり、他方、殺

人罪、窃盗罪etc.といった個別の犯罪に特有

の成立要件は「刑法各論」に属し、これは

原則として2年次の配当科目である。

 「刑法総論」は、私が学生のころは 1年生

ではなく 2年生の配当科目であったが、一

時、初年度教育の充実という名目のもと、

これを1年生の科目へと組み入れるのがト

レンドとなった。現在の筑波大学の制度は、

そのようになっている。しかし、「違法性と

は何か」「なぜ人が人を処罰するのか」のよ

うな、哲学または人生観にもかかわる大問

題を、そして刑法の特色である高度の論理

性を、ついこの前まで高校生だった 1年生

に理解させるのは、実は容易なことではな

い。それに加えて、これまでの「ゆとり教

育」の弊害は、やはり厳然として存在する

ようだ。とくに刑法は「処罰するための法

律」というよりも、刑罰権を権力者の好き

勝手に行使させないためのルールという側

面が強いのだが、これは「刑罰」という道

具を使った専制者の圧政という世界史・日

本史を知らなければ、本当の意味を理解で

きない。ナチス・ドイツが刑法を使って何

をしたのかを知らなければ、刑罰権濫用の

怖さは判らない。つまらない結論ではある

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48 筑波フォーラム70号

が、結局、常識人がいい法律家0 0 0 0 0

になること

ができると思う。しかし、最近は大学教育

で、本来、高校までで習うはずの「常識」を

説かなければならないことも多くなった。

 昨年の春に私は他大学から移籍してきた

ために、第1学期は、私にとって筑波大学に

おける文字通りの「第 1学期」であったが、

確かに学生の側の緊張感もあったのだろう、

試験の成績はおおむね良いといえるもの

であった。さすが筑波の学生!と思ったの

もつかの間、学生の間に「刑法の先生は優

しい(あるいは刑法は易しい)」という噂が

たったのだそうだ。第2学期には、ノートも

取らず、私の顔をニコニコして見ているだ

けの学生が増えた。その結果、期末試験で

私は5割強の学生にD評価をつけるはめに

なった。今度は一転して、「刑法の先生は厳

しい」ということになったらしい(普通に

勉強してくれればいいだけなのに)。一度D

評価がついたとしても挽回できるよう、私

は教壇の上から、このように約束した。3回

の期末試験のうち、良い方から 2回分の結

果で成績評価する、と。少なからずの学生

は、諦めることなく第 3学期には再び良い

結果を出せたと思う。しかし他方で、途中

で理解不能となり授業を放棄してしまった

学生も少なくない。実は想定外であったの

は、私の先の約束から、第 1・2学期に連続

してAをとった学生の一部が、すでに総合

評価ではAが確定したため、第 3学期に真

剣に勉強することは無駄だと考えたのか、

ほぼ白紙に近い答案や明らかに手を抜いた

答案が見られたということである。このよ

うな学生のモラルの低さを嘆いても始まら

ない。確かに、成績表を良い評価で埋める

目的からは「省エネ勉強法」とでも呼ぶべ

き態度が出てきても不思議ではなかった。

「契約は守られなければならない」という

法律学の大原則に従い、私は、第3学期の試

験結果が0点に近い学生にA評価をしなけ

ればならないことになった。すべての学生

が刑法を好きで学んでいるわけではないと

思い知らされた気分であった。

3.学生の能力を引き出すために

 それでも、筑波の学生がもつ本来的な能

力は決して侮るべきものではなく、感心さ

せられることもたびたびである。例えば、

ゼミでは、司法試験並みの事例問題を 2週

間前に配布して、それを報告してもらい、

討論する形をとった。レポーターとは事前

に綿密に打合せをすることにしているの

だが、打合せ時までに完璧な準備をしてく

る者もいれば、準備不十分で何度もダメ出

しを繰り返した者もおり、その辺りはさま

ざまだったが、決して簡単ではない、時に

は学者の間でも意見の割れるような事例を

「刑法的」に解決しようと、ゼミ当日までに

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49特集「現場から①学群・学類教育」

は例外なく帳尻を合わせてきた。全員での

討論でも、私がまず要望したことは、「立派

な意見を評価するのではなく、とにかく口

数が多いことを評価するので、どんなに自

信のない意見でも、とりあえず口に出して

みること」である。法律学は説得の学問な

のだから、どんなに立派な意見を胸に秘め

ていたとしても、相手を説得し表現する術

をもたない、表現下手の法律家は役に立た

ない。何よりも、学生に法律の議論の面白

さ、場合によっては「屁理屈」の面白さを

わかってもらいたいという気持ちからであ

る。法律論をこね回しているうちに、完璧

な論理を使って、恐ろしく奇妙な結論に達

することがある。しかし、法律家は(正確

には、法律研究者は)、結論の正しさより、

美しい論理的一貫性を競うこともある。こ

れもまた楽しさである。しばらくすると、

一種のビギナーズ・ラックなのかもしれな

いが、時折、学生離れした、学者顔負けの

新説が出てくることがある。また、4月には

まともに話せなかった学生が、法律用語を

自在に駆使した立派な立論をすることもあ

る。このような瞬間に出くわしたときに味

わう達成感は何物にも代え難い。教員とは、

学生次第で木にも登るところがある人種だ

と思う。授業であれゼミであれ、こちらが

きちんと向き合えば、それに応えてくれる

学生は必ずいるものである。

4. 社会から求められる法律家へ̶今後の

課題

 以上、筑波の現代学生気質を大雑把に言

えば「不断の努力はキライだが、ヤル気に

なればそこそこできる」とでもなるだろう

か。あるいは、ヤル気になったときの自分

の力を(根拠もなく?)信じているフシも

ある。

最後に、私自身の課題としていくつかのこ

とを挙げておきたい。1つは、現在のシステ

ムでは、通常の授業の中で学生を褒めるこ

とのできる機会が乏しいということである

(卓越した業績を出した学生の表彰制度を

いっているのではない)。とくに大教室で

の授業では、おまけの80点でも満点に近い

点でも、同じA評価になってしまう。努力

をきちんと評価していることを何とかして

伝えたいということがある。現在の勉強方

法で正しいということが判れば、自信にも

つながろう。第2には、学類時代には、まさ

に受験技術以外のものに視野を広げてもら

いたいのだが、それを積極的に促すことで

ある。法律家を目指すわけではない学生に

も、将来、法律家になりたい学生にも。法

科大学院では、確かに司法試験に受かるこ

とが目標となり、試験に動機づけられる。

しかし、司法試験合格は最終目的ではなく、

合格後、魅力ある法曹になれるかが勝負で

ある。受験勉強や国内の法律にしか目を向

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50 筑波フォーラム70号

けてこなかった法律家が人々から信頼され

るだろうか。1つの選択肢として、学生には

海外留学を是非とも経験してもらいたいと

思う。是非、「人間」を学んでもらいたいの

である。

 現在、他大学の中には、法科大学院にマ

ンパワーを集めた結果、学部教育が骨抜き

になってしまった大学もあると聞く。この

点、筑波大学社会学類は、社会人のみを対

象とした法科大学院とは独立した組織であ

り、従前通りの法学教育ができるという強

みがある。可能性のある学生の要望に応え

られる地力をもった学類教育でなければな

らないと切に願う。

(おかうえ まさみ/社会科学)

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51特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

 最近、経済界やマスコミなどが、大学教

育には問題が多いと騒いでおり、多くの教

官も学生も同じ意見かもしれません。では、

「その具体的な問題点とその原因は?」と

聞けば、これも喧喧諤諤、色々な意見が返っ

てきます。ここでは、教官a%、学生b%、カ

リキュラム c%、大学入学以前の教育 d%、

その他 e%が悪いということにしておきま

しょう。

[Ⅰ](a+b)% への対処法:

『自然学類の学生評価』

 ファカルティー・ディベロップメント

(FD)の中で多くの教官が意識するものと

言えば、学生(による)評価でしょう。私も

アメリカの某州立大学で1年間授業を行っ

たとき、学生による授業評価を受けました。

指導していただいた教官からのアドバイス

は「優秀な学生から辛い評価を受けるな」

ということでした。成績の悪い学生が悪い

評価や文句を言うのはあたりまえで、本気

で勉強したいという学生には真摯に対応せ

よということだと思います。そのことを理

解した数学教室の執行部が評価結果を判断

してくれたおかげで、かなり良い評価を頂

きました。その経験からか、私自身は、多

少問題点はありますが、学生評価自体は良

いことだと考えています。しかし、残念な

がら、日本の学生評価は一般的にうまく機

能しているようには見えません。昔のよう

に教官が絶対だと考える人がいなくなった

点は良いことだと思いますが、逆に、学生

の言うことを聞いていれば(または適当に

あしらっておけば)良いと考えたり、学生

評価を警戒したりする傾向を感じます。最

初に述べたパーセンテージとは関係なく、

現在の日本の FDはその解決策を教官側の

みに要求している所にその原因があると

思います。問題点の本質を見なければ成果

を期待できるはずがありません。成果の期

学類教育について

宮本雅彦数理物質科学研究科教授

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52 筑波フォーラム70号

待できないことに貴重な研究時間(こちら

の方は努力に見合った満足感を得ることが

できます)を割いてまで努力する気になら

ないと感じる教官がいたとしても無理から

ぬ事ではないでしょうか。欧米の一部の大

学のように、学生の方が授業料を払ってい

ることを意識し、文化的な高さを要求する

といった環境では、教官のレベルをあげる

だけでもかなりの前進を得ることが出来る

でしょう。しかし、日本の教育環境を考え

た場合、原因は教官のレベルだけではない

と教官が感じていることが大きな問題なの

です。FDを進める為には、当事者である教

官が達成感を得られる、即ち、教官や学生、

そしてシステムのすべてのレベルが上がる

ことが期待できる方法でなければならない

と思います。FD ではなく、FSD(教官と学生

両方のレベルを向上させること)の小さな

芽として、自然学類での学生評価が紹介し

たいと思います。これは、ツインズのよう

な教官側からの学生評価ではなく、学生主

導の評価で、質問内容も教官からみて満足

できるものではありません。しかし、私が

気に入っている理由は、教官と学生の懇談

会を学生主催で開催し、学生に自由な意見

を述べてもらっていることです。そのため、

耳を疑いたくなるような意見も多々ありま

す。以前の懇談会で、「授業を早く終えるの

で、良い先生だ」と述べた学生がいました。

だから、学生評価は ... と言わないでくださ

い。これは一人の学生の本音であり、普通

の学生と普通の教官が教育について本音の

議論をすることができる機会なのです。こ

のとき、教師側も耳が痛い意見を聞きます

が、同時に、的確な反論をすることで、何

が学生にとって本当の意味で良い授業なの

かを普通の学生達も知ることの出来る機会

になると思っています。どうか一度参加し

て、学生の意見を聞き、自由な意見を述べ

てみてください。たった2-3時間です。私は、

それで、授業に対する気持ちが少し変わ

りました。教官と積極的で優秀な学生によ

る教育論議ではなく、普通の学生と教官が

教育について言葉を交わす。こういう軽い

タッチの FSDが一番気に入っています。学

生評価に関して最後に一言。学生と教官と

の共同作業なので、マナーが必要です。授

業の途中で行う場合、内容だけでなく、ど

うしてこの時期にアンケートを取らなけれ

ばならないのかなどの目的も相互に確認し

合っていけたら良いのではと思います。学

生評価をしている事実だけに価値を置き、

理由や評価方法を考えずに、次から次へと

実行して喜ぶ勢力が出てこないことを願っ

ています。

[Ⅱ](a+b)%への対処法(緊張感を):

 学生と教官の両方がもう少し緊張感を

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53特集「現場から①学群・学類教育」

持っても良いかもしれません。できれば、

つくばに住んでいる退官した教官を教育ア

ドバイザー(非常勤講師)として、赴任した

ばかりの若い教官の教育指導に当たっても

らうことができたら、マスコミにも受ける

し、教官の負担もなく教育のレベルを上げ

ることができると思います。また、学生に

対してですが、米国で教えたときに感心し

たシステムとして、『受講希望の最終確認

を学期の途中で行い、受講を希望した学生

が正当な理由なしに単位を取得しなかった

時は、その授業を再履修できない』という

ものでした。これは自分が受講できると判

断した教科なら、勉強して取得すべきであ

り、勉強しないのはマナー違反だと考える

からです。このおかげで、授業中の学生へ

の配布物が余るということがほとんどあり

ませんでした。この方が45単位制限などの

ような優秀な学生を縛る方法よりベターだ

と思います。

[Ⅲ] c%『変形2学期制の提案』

 個々の専攻のカリキュラムの問題は各専

攻に委ねるとして、全学的な問題である時

間割りに対して、変形 2学期制の導入を提

案します。数年前に 2学期制に移るという

ことで数学のカリキュラム検討委員を担当

したのですが、途中で、全組織が賛成した

案が最初から織り込み済みの理由をもって

中止させられました。今も、学群再編成や

学期制の変更など、流動的な意見が次から

次にのぼり、学類や専攻は長期的な視野で

計画を立てることができません。企業や短

期的な研究には、流動性や即応性が必要で

しょうが、基礎研究や教育には、一貫性を

持つことが必要です。現在のカリキュラム

の時間割の問題点は大きいと思います。根

本から訂正する方が良いのですが、ここま

で来てあまり時間が残っていないと感じま

す。来年度から新しい指導要領の下で学ん

だ学生が筑波大学に入学してきます。それ

以外にも、多様化した教育のもとで育った

学生がますます増えてきます。多くの教官

が感じていることと思いますが、現在の 3

学期制だと、1年の1学期は入学式やオリエ

ンテーション等で時間がつぶれ、また 4年

の 3学期は授業として短すぎます。私自身

は、研究仲間との関係などから他大学と同

じような2学期制になることに賛成なので

すが、上で説明したように、時間的余裕は

ありません。そこで、次のような変形2学期

制を提案したいと思います。

(Ⅲ-1)まず、1年生の4月から7月中旬まで

は準備期とし、最低限の重点教科、準備的

教科や補習的教科に、情報と総合学習の一

部を加えて開講する。9月からを正規の授

業と理解し、1年間を9月中旬-2月初旬(秋学

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54 筑波フォーラム70号

期)と3月初旬-7月中旬(春学期)の2学期

に分割する。最後に4年の2月を卒業準備期

とし、社会人や専門家として必要な総合学

習(経済、法律、倫理等)を中心に開講する。

さらに、大学院進学を希望する学生には大

学院との連携授業を用意する。通常の自由

科目、専門基礎、専門科目の授業は1年の秋

学期から4年の秋学期に行う。また、各学期

は、前期と後期に分割することも可能とし、

1単位の授業や週に数回同一授業を開講す

ることなどを各学類が行えるように配慮す

る。

(Ⅲ-2)1学期15週になるので、75分1コマ

を90分1コマに変更したいが、それができ

ない場合、学生移動の無い授業を後半に

入れることで2コマ75+(15)+75+(15)を一

組として扱う時間帯をいくつか設け、100+

(15)+50+(15)や 50+(10)+50+(10)+50+(10)

のように2単位と1単位の授業を組み合わ

せるようにする。また、50分授業は週に複

数回行う。これだと、来年から入学する学

生の進級に合わせて授業を変更していくこ

とが可能です。

[Ⅳ] d%『論理的に議論をする風潮を』

 日本の教育の一番の問題点は何かと聞か

れたら、私は「論理的に議論をする能力を

身につけないように教育されてきたこと」

と答えています。これは筑波大学だけの問

題ではなく、日本の教育全体に対する問題

でしょう。欧米などでは、小学校の頃から

グループディスカッションをする教育が行

われています。もしかしたら、日本には本

気で論理的な議論をして欲しくない勢力が

あるのかもしれません。日本数学会などが

数学教育の重要性を唱えている理由は、こ

の論理的に議論を行う能力(国語力を含む)

を鍛えることにあるのですが、残念ながら、

他の分野を理解するという余裕がない現

在の風潮からか、意見の本質を理解しても

らっていないようです。自然学類での数学

の授業も、本質は「論理的な思考力を鍛え

る」ことにあると考えています。この能力

を身につけると学生は前向き思考になるは

ずなので、論理力を持った楽天的な学生が

育って欲しいと思っています。

[Ⅴ] e% への対応

 私の専門は数学ですから、想定外があっ

てはならず、e%のことも考える必要があり

ます。しかし、現在eを認識していないよう

で、これは、気づいてからでも対処可能と

いうことでしょう。ということで、無駄な

ことは止めて、ここで話を終えることにし

ます。

(みやもと まさひこ/数学)

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55特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

比較文化学類の創設とその理念

 比較文化学類が創設されたのは、筑波大

学が開学した2年後の1975年である。比較

文化学類という当時にあっては斬新な名称

の組織の理念は、初代学類長高橋進教授の

「本学類の教育は(略)関連諸学問の現代に

おける学際的・総合的・比較論的研究の成果

を教授することにより、広い視野と柔軟な

思考力をもち、かつ創造性に富んだ深い専

門的知識・技能を身につけた人材の育成を

目的としている」(『筑波大学新聞』昭和 52

年2月7日号)と言う言葉のうちに余すとこ

ろなく語られている。想起すれば、1960年

代半ばから、ベトナムをはじめとする地域

戦争、公害、世代間断絶を含む社会的対立

等の問題が世界的規模で発生し、これらの

問題に既成の諸学問が解決案を提示できな

いことを目の当たりにして、新しい学問の

あり方が求められ、文化研究の面でも学際

性・総合性・比較論的視点の不可欠性が研究

者の共通理解となったのであった。

 こうした学術の動向を踏まえて創設され

た比較文化学類(学生定員 80名)は、当初

「比較文学」「比較・地域文化学」「現代思想学」

という3主専攻分野を有し(平成8年以降は

「文学」「地域」「思想」の 3主専攻)、全国か

ら優秀な学生を多数集め、また有為な人材

を輩出してきた。このことは比文出身者が

現在様々な社会の分野の第一線で活躍して

いることから確認できる。この意味におい

て比較文化学類は筑波大学のユニークさを

体現した教育組織の1つと言える。

学類教育の問題点とその淵源(1)

 だが、以上に述べたことは比較文化学類

の教育が理念どおりに実現されたことを意

味するのではない。比較文化学類での教育

に対しては、創設以来学生の間には授業選

択範囲の広さ、関心事項追求の自由度、語

学の重視等に対して高い評価がある一方、

比較文化学類の現状と課題

竹村喜一郎人文社会科学研究科教授 比較文化学類長

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56 筑波フォーラム70号

広いが浅い知識しか身につかない、学びた

い領域を専門とする教員がいない、実際に

学際的研究をして教育を推進している教員

は数少ない、本当の語学力がつく体制がと

られていないといった不満が常にある(『比

較文化学類の教育の有効性に関する卒業生

の意見調査 集計結果』1996年、『平成十五

年度第七回学生生活実態調査報告書』2004

年その他参照)。不満の最初の点は別途検

討することにして、ここでは残りの 3点に

言及してみたい。

①教員不足 理科系の教育と違って文科系、

特に文化関係の教育においては、学生の個

別的関心に直接対応できる教員がいなけれ

ば、学生は不満を表明する。特に本学類の

場合、学際性を推進するという教育理念と

の関連では、社会科学領域の教員が不可欠

であり、学類発足当初は教育理念を充足す

るに足る教員がいた。だが1983年に国際関

係学類(現在は国際総合学類)が創設され

た際、これらの教員が中核となり脱けた後、

学類教育において社会科学的色彩は希薄に

なっている。この他人事の常として、退職

教員の後任を同一領域を研究対象としてい

る者にするとは限らない。更に教員配置に

関しては、長年勤務しても昇任が望めない

場合、転出して行く教員が少なからぬ数い

ることも見過ごせない。これらの要因が重

なって本学類は学生の要求に応えられるだ

けの教員を確保できていない。

②学際性の不徹底 本学類には伝統的ディ

シプリンで教育を行わなければならない分

野もあるので、学類全体が学際的である必

要はない。だが問題なのは、学際的である

べき分野の教員が学際性を顧慮しない場合

が稀ではないことである。これは筑波大学

の「研究と教育の分離」という組織構想お

よび人事は学類ではなく学系で行うという

人事方針がもたらした弊害である。改めて

説明するまでもなく、採用・昇任が学系で

行われ、その評価基準が通例旧来のディシ

プリン型の業績に置かれ、またそうである

ことが個々の教員にとっても好都合である

ことによって、比文の教員の間に学際性を

無視ないしは軽視する傾向が認められる。

こうした傾向を遮断するために平成5年当

時の学類長赤祖父哲二教授は、学類の活性

化のために従来の学系を解体・再編し、学

類に対応する「比較文化学系(仮称)」を新

設することを学長に提案してさえいる(『比

較文化学類 創設20周年̶回顧と展望̶』

1996年、263頁参照)。筑波大学の研究と教

育の分離構想のモデルはカリフォルニア大

学サンディエゴ校とされるが、高橋初代学

類長の、研究を前提とした教育という理念

はそれとは異なる、ベルリン大学を創設し

たフンボルトの「研究と教育との統一」と

いう理念に基づくものである。高橋学類長

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57特集「現場から①学群・学類教育」

の理念が再度確認されるべきである。

③語学教育の問題 比較文化学類では他学

類と異なり、第1専門外国語として英語9単

位を課しながら、その効果に完全に満足で

きるものがないのは、英語力に関する教員

と学生との捉え方の差に原因があるように

思われる。教員は学生のモチベーションが

低いことを嘆き、学生は教員が独善的であ

ると批判する。このような対立は、教員の

多くが英米文学の専門家としてその道の英

語力を一般の学生に期待するのに反して、

学生の方が要望する英語力は、会話を中心

とする実践的能力であることから生じてい

ると思われる。

 もう1つ問題になるのは本学における外

国人教員の雇用形態である。実践的英語力

を培う上で外国人教員の存在は欠かせない。

だが現在の継続性を重視しない雇用形態に

よっては、しょっちゅう教員が入れ替わり、

常時授業が保証されないだけでなく、そも

そも優秀な教員を確保できない。このよう

な事態が学生の語学能力の向上を妨げてい

ることは無視できない。

学類教育の問題点とその淵源(2)

 ここでは近年顕著な問題を、やはり 3点

に限定して言及したい。

①専攻分野における教員数と学生数との不

均衡 比較文化学類は 16の専攻分野から

成るが、専攻分野ごとの教員数が異なるだ

けでなく学生数も異なる。つまり教員総数

75名であるが、専属教員2名の分野から14

名の分野まである。学生も年によっては皆

無の分野もあれば、20名以上になる分野も

ある。現状では多数の学生を抱える分野で

は他分野の教員が分属する形で授業および

卒論指導を行っているが、学類全体として

みれば、多数の学生の卒論指導をしている

教員もいれば、ごく少数の学生の卒論指導

しかしていない教員もいるという偏りが生

じている。この中には、文学志望者の減少、

特定分野に集中する学生の中での問題意識

の不明確なものの存在、教員の側の指導体

制が万全とは言えないことといった問題も

含まれている。

②大学院進学者の少数固定化 比較文化学

類卒業生の大学院進学率は、博士課程修士

課程併せて例年 25パーセント前後であま

り高くない。したがって研究者あるいは高

度専門職業人になろうとする者の割合は

もっと低くなる。1学年の80パーセント前

後が女子であるので、逆に就職率は高いと

いえるが、学類の理念からすれば、進学率

が高くないことは問題となる。ただその場

合、学類生から見て本学博士課程がどのよ

うに映るのかということの検討も併せて必

要であろう。魅力がないから進学率が低い

ということもあるかもしれないからである。

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58 筑波フォーラム70号

③ 大学院重点化の影響 平成 16年度から

教員の所属は学系から博士課程の専攻に変

更になった。このことが教員の意識に影響

を与え、学類教育にマイナスの作用をして

いることは無視しえない。具体的には学類

教員会議の出席者数が減り、学類の任務分

担を専攻の仕事を理由に断るという事態が

生じている。あるいはまた昨年度自分の学

類の学生ではないということを理由に本学

類の学生の卒論指導を拒否した他学類の教

員がいた。これらの教員が所属変更を根拠

に学類軽視の態度をとっているのであれば、

かれらは学類学生を育て大学院に導くとい

う本来の責務を放棄していると言わざるを

えない。

今後の課題と展望

 比文の学生は、入学するときは優秀であ

るけれど、卒業するときには能力に見合っ

た実力を身につけていない、とよく言われ

る。また学生自身、多様な視点を獲得する

よう要請される中で、自分の本当の関心を

見失うという「比文病」にかかる、と告白

している。このように見るとき、現状の中

にある問題点を踏まえて、学生の能力を効

率的に高めるカリキュラムを整備すること

が本学類の課題となる。

 ではその方向性はどのようなものか。現

在学群・学類再編案が提示され、その根拠

として建学 30年を経て筑波大学はその歴

史的使命を終えたとする見解が挙げられる

ことがある。だが果たして筑波大学、とり

わけ比較文化学類の使命は終わったといえ

るのか。現代の文化状況が、まだ止むこと

のない民族・国家間の武力衝突、進行し続

ける地球環境破壊、埋められることのない

汎世界的な貧富の格差等々の現実的諸問題

と不可分な形で存在することを想起するな

ら、比較文化学類の歴史的使命は終わって

いないどころか、ますますその現実化が切

実に求められていると言える。このことは、

日本学術会議運営審議会附置新しい学術体

系委員会報告書『新しい学術体系̶社会

のための学術と文理の融合̶』(平成15年

6月)によっても確認される。すなわちこの

報告書が提起しているのは、新しい学術は

社会のための学術であり、その内容は文理

融合型だということだからである。15単位

制、在学年限 6年制、3学期制など検討課題

はあるが、文理の融合を目指して学群制度

を立ち上げた筑波大学、またその中で特に

学際性を志向した比較文化学類の理念の現

在的現実化こそが学類教育の現実的方向性

であることを確認してこの稿を閉じる。

(たけむら きいちろう/哲学・思想)

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59特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

1.日本語日本文化の教育目標

 日本語・日本文化学類は、世界に向けて

日本文化を発信できる有能な人材の育成を

目的として、日々、活動をしています。い

うまでもなく現代は国際化の時代です。日

本は世界中の国々から多くの恩恵を受け

ています。その恩恵がなければ日本は成り

立っていきません。私たちもそれに対して

お返しをすべく、努力しなければなりませ

ん。筑波大学の学生諸君もぜひこのような

意欲的な意識を持っていただきたいものと

思います。

 日本語・日本文化学類では、日本語、日

本語教育、日本文化、異文化理解を柱とし

たカリキュラムを組んでいます。学類には

「日本語・日本文化学」という専攻しかあ

りませんので、1学類1専攻という珍しい学

類でもあります。本学類に入学した学生諸

君は、日本語教育だけしか勉強しない、日

本文化だけを集中的に勉強する、というこ

とではありません。全部を、それぞれの分野

の果たす役割を考えながら勉強するのです。

2.「日本語教育」をめざす

 例えば、「日本語教育」をめざす学生諸君

なら、「日本語」の語学的研究も勉強しなけ

ればなりません。それも、世界の諸言語の

なかの日本語をです。また世界で日本語を

学んでいる人たちのほとんどは(現在、250

万人以上います)、日本語を学ぶことその

ものに意義を見い出しているのではなく、

日本語の習得を通じて、その背後にある日

本の文化、政治、社会、経済を知ろうとし

ているのです。日本語教育者をめざす諸君

は、広い意味での「日本文化」を深く学ば

なければなりません。そして日本国内の各

地にいけばわかるように、各地にはそれぞ

れの文化があります。茨城県へ来て、自分

の出身地とはずいぶん違う、と驚く新入生

も多いはずです。世界へ出れば驚く文化の

日本語・日本文化学類の国際交流

今井雅晴人文社会科学研究科教授 日本語・日本文化学類長

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60 筑波フォーラム70号

差はさらに大きくなります。でも、すべて

が私たちと同じ人間が作っています。異文

化に接することは、私たち自身の人間性を

高めてくれます。私たちは異なる文化を理

解すべく、柔軟な感覚を持たねばなりませ

ん。「異文化理解」は世界へ出ていくための

準備の第一歩でもあります。

3.日本文化に関心がある

 他の分野に強い関心がある学類生諸君に

しても、同じことです。「日本文化」は古来、

日本列島という島国の中だけで成り立って

きたのではありません。アジアの、そして

世界のなかで生まれ、育てられてきたので

す。「異文化理解」の勉強は必須です。そし

て「日本語」は私たち自身が日本文化を理

解し、他に伝える有効な手段です。「日本語」

の特色も理解しておかねばなりません。例

えば英語に対して日本語はどのような特色

があるか、私たちは中学校で英語学習に接

した時、それを身近に感じたはずです。

4.太い幹に育つために

 日本語・日本文化学類は以上の教育方針

を持っています。日本語・日本文化学類に

入学した諸君は、この目標をよく理解して

勉強し、生活していかねばなりません。諸

君は、いずれ日本と世界を背負う大木にな

るであろうと期待しているところです。そ

してそのためには、学類生としている間に、

日本語・日本文化学類の栄養をよく吸収し、

太い幹を育てなければなりません。その太

い幹があってこそ、豊かに葉が繁り、たわ

わに実がなるのです。それに対して私たち

教員は援助を惜しみません。日本語・日本

文化学類の教員は日本を、世界を舞台とし

て第一線で活躍している者ばかりです。学

類生諸君がそれを‘利用’しないのはもっ

たいないと思います。

 そして必要ならば他学類の授業を聴講さ

せてもらうのもよいでしょう。ただ、日本

語・日本文化学類に入学した意味を忘れ、

外のあちらこちらに気持を移動させるなら

ば、皆さんの幹は細くしか育たず、大木に

はなれません。繰り返せば、太い幹があっ

てこそ、豊かに葉が繁り、たわわに実がな

るのです。

5.日本語・日本文化学類の国際交流

 日本語・日本文化学類では国際交流を盛

んに推し進めています。それは教員が教育

を進めていくうえで、国際交流は重要であ

ると確信しているからです。そのために多

くの留学生を受け入れています。毎年 1学

年の定員以上の人数の留学生がいます。ま

ず、日本政府が推進している留学生である

日本語・日本文化研修留学生(「日研生」と

いっています)十数名がいます。年度によっ

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61特集「現場から①学群・学類教育」

て異なりますが、アジア、ヨーロッパ、ア

メリカ、アフリカ、オセアニアなど、文字

どおり世界各地から 1年間、日本語・日本

文化を学びに筑波大学に留学してきます。

日本語・日本文化学類では学類の教員と学

生がこぞって彼らを歓迎しています。日研

生には1人1人、日本語・日本文化学類生が

チューターとしてつき、勉強と生活の指導

をします。日研生は 1年後に修了論文を日

本語で完成させなければなりませんが、そ

のための指導に学類生に加えて大学院生の

チューターも1人1人つきます。

 また他の、4年間の正規の課程を学ぶ留学

生もいれば、半年の留学を経験する留学生

もいます。いずれも担任の教員がついてい

ます。日本語・日本文化学類では、それら

の留学生や日研生を招き、留学生歓迎の意

味でのパーティを開きます。これは学類生

の主催です。学類生諸君は熱心に準備をし

てくれます。準備には留学生も参加します。

昨年度は3回も行ないました。3回目は留学

生歓迎バレーボール大会でした。私も参加

したかったのですが、時間がとれずにたい

へん残念でした。

 また、留学生と学類生が共同で行なう演

習の授業もあります。そこでは思いがけな

い話の展開になることもあります。

 このような日本語・日本文化学類生の留

学生への対応は、いうまでもなく留学生に

とって有益です。そして学類生にも大きな

財産になることを強調したいと思います。

留学生に対応するためには、相手をよく理

解し、相手に親切にしてあげようという気

持ちが必要です。それによって自然に異文

化理解の能力が身につき、国際性が養われ

ます。つまりは豊かな人間性が身につくは

ずです。大学卒業後、外国で活躍するにし

ても、国内で生きるにしても、この人間性

は大きな財産です。

6.識見を身につける

 日本語・日本文化学類では、学類生諸君

に日本語、日本語教育、日本文化、異文化

理解についての単に知識だけを学んでもら

おうというのではいうのではありません。

学べる知識には限りがあります。私たち教

員は、事にあたった時に対処できる、知識

に裏打ちされた識見を育ててほしいと願っ

ています。そして学類生諸君が新たな文化

を生み出していくことを希望します。

(いまい まさはる/日本文化史)

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62 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

 人間学類教育学主専攻では、現代の教育

をめぐる諸問題に対する社会的ニーズとと

もに人間学類学生のニーズに応える主専攻

教育の改革の必要性について論議を重ねて

きた。昨年7月に教育学系長、主専攻主任を

含む 7人のメンバーからなる「教育学主専

攻カリキュラム改革ワーキンググループ」

(以下WGと略す)が設置された。本稿は、

この間の教育学主専攻におけるカリキュラ

ム改革についての論議を主専攻主任である

手打の責任でまとめたものであることをお

断りしておきたい。

Ⅰ.教育学主専攻がめざす人材の育成

 わが国の教育学教育において教育学主専

攻がこれまで果たしてきた社会的役割に加

えて、次のような人材を育成することが現

代的な課題として教育学主専攻に要請され

ていると思われる。

 1) 学校や生涯学習などの教育分野でリー

ダーシップを発揮できる人材の育成

 2) 国際理解教育など国際的な場で教育

の専門家として活躍できる人材の育成

 3) 狭い専門性に特化されない融合的・

総合的な視野から課題解決する力を

もつ公務員や民間企業の人材の育成

 4) 教育学研究を深め、研究者を志望する

人材の育成

Ⅱ.現行カリキュラムの問題点と改革の視点

 教育学主専攻がめざす教育目標を達成す

る上で、現行の主専攻カリキュラムには次

のような問題点が指摘できる。

 1) 主専攻の専門科目は、教育学系の研究

分野に対応して 1)教育の哲学・歴史、

2)教育の環境・文化、3)教育の制度・

経営、4)教育の内容・方法、の 4領域

に分かれているが、カリキュラムから

どのような人材を養成しようとして

教育学主専攻がめざす教育とカリキュラム改革案

手打明敏人間総合科学研究科教授

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63特集「現場から①学群・学類教育」

いるのか明確ではない。

 2) 学類学生が専門領域の教育内容と結

び付けて卒業後の進路を方向づける

ことが難しい。

 3) 現代の教育課題に対応できるカリ

キュラム構成になっていない。

 このような問題を解決するためのカリ

キュラム改革案は、以下のような基本的な

考え方にたって構想される必要がある。

 1) 学生にとって教育内容が理解しやす

く、進路選択が方向づけられるカリ

キュラム構成にする。

 2) 教育現場での体験を重視するイン

ターンシップやサービス・ラーニン

グを導入する。

 3) 国際的な視野で教育問題を捉えられ

るカリキュラム構成にする。

 4) 大学院博士課程進学希望者には、研究

分野の学問的蓄積や方法論の習得が

可能な授業科目を設定する。

 WGのカリキュラム改革案は、現在進行

している学群・学類再編とも関連しており、

教育学主専攻のみで実施できる部分とでき

ない部分がある。以下では、中・長期的視

野から取り組む改革と当面実施可能な改革

に分けて整理しておきたい。

Ⅲ. コース制の導入に対応したカリキュラ

ム改革案(中・長期的改革案)

 主専攻がめざす教育を具体化するために

は、以下のようなコース制の導入とそれに

対応したカリキュラム改革が必要である。

このカリキュラム改革案はいまだ十分に精

緻化されておらず、不十分なものであるが、

現時点での構想案として提示しておきたい。

(1)コース制

 主専攻がめざす人材育成を明確にし、学

生に進路選択の方向を提示するため、例え

ば次のようなコースを設定することが考え

られる。それにあわせて教職資格や社会教

育主事資格のほか市場調査士などの新しい

資格の取得が出来るようにカリキュラムの

整備をおこなう。

 1)学校教育開発コース(仮称)

  主に中・高等学校教員をめざす学生

向けコース。小学校教員養成の可能性を

探っていくことが今後の課題である。

2)継続教育開発コース(仮称)

  主に生涯学習関連の専門職のみならず

民間教育産業、非営利団体(NPO 、NGO

等)の組織運営に携わることをめざす学

生向けコース。

3)教育計画・設計コース(仮称)

  主に公務員や民間企業をめざす学生向

けコース。

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64 筑波フォーラム70号

(2)カリキュラム改革案

 上記の 3コースとそれに対応したカリ

キュラム改革案を示したのが下記のイメー

ジ図である。

 カリキュラム改革に当たっては、以下の

点に留意して具体化を図っていく。

 ① カリキュラムは共通必修、選択必修、

コース専門科目の3本柱から構成する。

 ② 共通必修、選択必修の科目は、主専攻

担当教員がそれぞれの専門分野に応

じて分担する。

 ③ 演習Ⅰは、講義との連続性と専門性を

高めるという観点から、同名の講義科

目を履修した者のみ履修可とする。科

目によっては「実習」として位置づけ

ることもできるようにする。

 ④ 大学院博士課程進学者を想定した演

習Ⅱ(またはセミナー)を開設する(教

育学研究法の基礎教育)。

 ⑤ 授業は、学期集中・2時間連続(2単位)

科目を取り入れることを検討する。学

年により、通年授業中心の学年と学期

集中中心の学年という分け方も考え

られる。

Ⅴ.授業の形態と方法(当面できる改革案)

 上記で述べてきたことは、学群・学類再

編とも関連しながら具体化を図る必要があ

ると考えている。こうした中・長期的な改

革案とともに、当面、取り組むことができ

教育学主専攻「コース」のイメージ図

学校とは何か 生涯学習の 理論と実際

人はなぜ学ぶのか 教育インターンシッ プ基礎論

教育の機会 均等を問う

教育計画・設計コース(仮)

講義/演習Ⅰ/演習Ⅱ

継続教育開発コース(仮)

講義/演習Ⅰ/演習Ⅱ

学校教育開発コース(仮)

講義/演習Ⅰ/演習Ⅱ

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65特集「現場から①学群・学類教育」

る改革として、1)講義形式のほかに、フィー

ルドワークやインターンシップ、サービス・

ラーニングなど学生の体験や作業を取り入

れた授業の開発、2)テーマを共有する複数

の教員による多面的なアプローチからの講

義・演習の開設、といったことがあげられる。

おわりに

 以上、教育学主専攻内でのカリキュラム

改革に関する論議を私なりに整理してみた。

主専攻主任としては、一人でも多くの教育

学主専攻の教員が出来るところから改革に

向けて1歩踏み出すことができる機運を盛

り上げていきたいと考えている。

(てうち あきとし/社会教育学・生涯学習学)

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66 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

 筑波大学が法人化されると同時に生物学

類のカリキュラム委員長を拝命し、はや一

年が過ぎようとしている。この一年、法人

化によって現場の学類教育において直接何

が変わったということはないものの、学生

の教育にとって良いことはまずやってみよ

うという機運が高まった。つまり変わった

のは我々教員自身の気持ちであると思う。

 生物学類は、生き物が大好きな学生、高

校理科の「生物」の魅力にとりつかれた学

生がまず門をたたく所である。大学院重点

化によって教員および大学の軸足は大学院

に移行したものの、大学院における教育は

基本的にマンツーマンによる研究指導が中

心である。体系的な生物学教育を行えるの

は学類以外にあり得ない。大学院における

専門性の高い研究を支えるのは、その担い

手である大学院生を供給する学類であり、

学類教育こそは筑波大学における研究のポ

テンシャルを決めている「かなめ」である

と言っても過言ではないと思う。

 本稿では、生物学への入り口となる生物

学類教育の質向上を目指した取り組みのい

くつかについて述べさせていただきたい。

1.生物学類生は大部分が進学

 生物学類の学生の際だった特徴は、卒業

生の8~9割が大学院に進学することであ

る。ほとんどの学生は、卒業研究を行った

研究室でさらに研究を継続し、修士あるい

は博士の学位を取得して本学を巣立ってゆ

く。近年の分子生物学をはじめとする生命

科学の飛躍的発展とともに学位取得後に企

業等で活躍するチャンスにも恵まれている

ことが、研究生活の魅力を高め、大学院進

学を後押ししていると思われる。この「普

通の学生」のほとんどが大学院に進学する

という事実は、まさに筑波大学の大学院重

点化を象徴する、生物学類の教育を考える

生物学類の教育改革:大学院と一体の教育を目指して

佐藤 忍生命環境科学研究科教授

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67特集「現場から①学群・学類教育」

上で最大のキーポイントである。つまり、

大学院(前期)における教育・研究を前提

とした学類教育が求められているのである。

2.取得単位上限設定と実践英語教育

 平成 14年度入学者から、年間取得単位

数の上限を 45単位とすることが全学的に

決定された。生物学類では当初この制度に

反対を主張したが、制度導入を受けた前カ

リキュラム委員長(沼田治教授)の努力で、

平成 15年度より 1年次の必修科目である

12の概論科目を8科目に整理統合した。優

秀な学生、明確な目的を持った学生に限っ

て、審査に通れば年間55単位までの取得を

認めることとしたものの、この改革はカリ

キュラムに余裕を生み出すこととなった。

そこで、この貴重な時間を有効に活用する

べくカリキュラム委員会での検討を受けて

導入されたのがアウトソーシングによる実

践英語教育である。大学院に進学して最先

端の研究に従事するにあたり、国際的な研

究動向を把握し、自身の研究成果を世界に

発信するためには「生きた」英語力が必須

である。そのため、「英会話イーオン」の協

力を得て、有料の実践英語講座(TOEIC講

座90分×10回、TOEICIPテスト2回)を開講

した。平成15年度には24名の1~3年生が、

16年度は54名の一年生が参加した。詳細に

関しては、「つくば生物ジャーナル」(生物

学類(林純一学類長)が2002年より発行し

ている月刊のオンラインジャーナル。生物

学類の活動を社会に発信するとともに、卒

業生や退官教官の声等を掲載。)2004年4月

号http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol3No4/を

ご覧いただきたい。また、生命環境科学研

究科情報生物科学専攻(白岩善博専攻長)

で平成 16年度に開講されたLINGO L.L.C.

の協力による「生物科学英語&TOEFL講座」

にも、多数の学類生を参加させていただい

た。これら講座の企画は、学生に早いうち

から英語力向上の目的意識を持たせ、継続

的に英語学習を積み重ねる習慣をつけさせ

ることを目的としている。この企画はさら

に発展し、大学院と学類を通した一貫教育

として、生命環境科学研究科情報生物科学

専攻(白岩善博専攻長)より平成17年度「現

代的教育ニーズ取組支援プログラム」(英

語が使える国際的な大学院生の育成 -英語

コミュニケーション能力向上プログラム)

の学内申請へと繋がった。残念ながらこの

企画は採択されなかったが、生物学類と生

物系専攻で始まった新しい英語教育のここ

ろみは、必ずや学生の研究活動、ひいては

本学の研究ポテンシャルの向上に役立つと

確信している。

3.大学院修了後を目指した教育者の養成

 私が学生であった頃は、生物学は実業界

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68 筑波フォーラム70号

とは無縁な「優雅」な学問であり、多くの

級友が中学高校の教員となった。私の卒業

した高校では、研究や教材開発に熱心な先

生が多かったので、私も、もともと高校の

生物教員になろうと大学院に進学した。筑

波大学が開学してしばらくは、4年次生の多

くが教員免許を取得するために教育実習に

おもむいた。その後、分子生物学が発展し、

生物学が時代の花形学問の一つになるにつ

れ、いつの間にか卒業研究にやってくる学

生が教育実習に行かなくなっていること

に気づくようになった。我々教員も、学類

生を大学院に進学させて研究者として世に

出すことに執心し、中学高校の理科(生物)

教員を養成することの重要性を忘れていた

ように思う。ところが、現在のように大部

分の学生が大学院に進学し、特に大学院の

定員拡大により博士号取得者が多数生まれ

る時代を迎え、考え直すようになったのが

正直な所である。博士課程に在籍する学生

に私立高校の教員募集の話がかかっても、

教員免許をほとんどの学生が持っておらず、

一方、学校教育の現場では生徒の理科離れ

が問題となり、大学教員によるアウトリー

チ活動(社会貢献)が求められるようになっ

た。また、総合学習の時間などで理科の実

験研究を実行しようにも指導できる教員が

居ないばかりか、これからは教員そのもの

の不足が問題になることも指摘されている。

 我々生物学類の使命は、生命科学に携わ

る研究者を養成すると同時に、生物学を理

解し、生き物および生命現象のすばらしさ

を社会に伝えることのできる人間を養成す

ることにある。人間的にも優秀な実に多く

の学生が進学を選択する今、彼らを教育界

に送り出すことが現在の生物学類の使命の

一つであると思う。そのためには、研究者

とともに教員への道も提示し、1年次から教

職科目の履修計画を立てさせなければなら

ない。今までのように、「教員になる意志が

固い者のみを教育実習に行かせる」といっ

た柔軟性に欠ける方針では、せっかくの東

京教育大学からの伝統を守ることはできな

い。現代の生物学は日々新しい発見が続く

エキサイティングな学問であり、それにつ

れて高校生物の教科書の内容も変化する。

そのような現在進行形の学問のすばらしさ

を生徒に伝えることのできる修士・博士教

員の養成を目指し、近年指導を行っている

所である。

 年間取得単位の制限外である教職科目を

履修して教員免許を取得しつつ「教育の理

念と方法」を学ぶことは、将来研究者を志

している人間にとっても貴重な勉強になり、

しかも将来における進路の選択肢を増やす

ことに役立つと自分の経験からも確信して

いる。

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69特集「現場から①学群・学類教育」

4.生物学類における情報教育

 今世紀に入り人間やイネなど様々な生

物のゲノムの全塩基配列が解読され、その

膨大なデータから有用な情報を抽出・解

析する新しい生物学の学問分野(バイオイ

ンフォマティックス)が盛んになりつつあ

る。また、この分野は遺伝子情報に限らず

生物界の多様で複雑な大量の情報を扱う研

究も含んでいる。生物学類では、この新し

い学問分野に対応するため、平成16年度に

Bio-IT委員会(橋本哲男委員長)を立ち上げ、

この分野に対応した新しいコース(仮称:

生物情報コース)を設立することを前提に、

カリキュラムや情報教育の検討を行ってき

た。現在の 1年次生必修の全学的な情報教

育では、Windows系ソフトの使用方法が中

心のカリキュラムが組まれているが、バイ

オインフォマティックスではUNIXの理解

が前提となるため、17年度より「UNIX入門」

を「情報処理実習」で特別にお願いするこ

ととなった。Windows系ソフトの使用方法

はすでにマスターしている学生が多いこと、

貴重な専門家の手を借りなくても生物学類

教員がフレッシュマンセミナーやクラスセ

ミナーなどの時間を使って教えられること

が主な理由である。また、平成 18年度から

は高校で「情報」を学習した学生たちが入

学してくる事態を迎える。大学らしい、生

物学の新しい学問内容に応じた情報教育を

学生に提供していきたいと考えている。

おわりに

 以上、現在、生物学類で進行中の教育改

革に関して述べさせていただいた。改めて

気づいたことは、それらが全て全学的な教

育課程に関わることである点である。学類

で個別に対応できる点は改善しやすいが、

これらの教育に関わる事項は、重要である

が故になかなか対応が困難である。しかし、

ここに述べたような足もとを見据えた一歩

一歩の改革こそが今求められていると思う。

ご協力をいただいている生物学類ならびに

関連組織の教職員の皆様に深く御礼申し上

げたい。

 生物学類では、ここに述べたこと以外

にも、学生による授業評価とその「つく

ば生物ジャーナル」を通した公開(http://

www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol3No5/を参照)

を推進するとともに、全授業の評点分布を

教員会議で公開しファカルティーデベロッ

プメントに役立てることを計画している。

また、「パラバイオロジスト(知財管理者、

サイエンスライター、博物館学芸員など)

養成のための学際プログラム」を中村幸治

助教授を中心に検討中である。これらの取

り組みについては、またの機会に紹介させ

ていただければ幸いである。

(さとう しのぶ/植物生理学)

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70 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

1.新カリキュラムの導入

 生物資源学類では、平成 6年に農林学類

を生物資源学類に改称した時以来、10年ぶ

りにカリキュラムの大幅改革を行った。学

類に設置された将来検討委員会の3年間に

わたる検討の結果である。平成16年度入学

生(現2年次)が初年生であるから、その評

価は早すぎるが、新カリキュラム導入の経

緯と考え方について紹介したい。

2.分野としての生物資源学の特徴

 まず、簡単に農学について述べておく(農

林学のうちの林学についてはここでは触れ

ない)。農学は、もともと、人間が生物とし

て生存するための前提である食料の生産を

より効率的、安定的に執り行うための実学

である。農業の行為は自然との闘いでもあ

る。この、人間と自然との切り結びから様々

な課題が生まれ、それを解決するための科

学・技術として農学は発展してきた。その

中からは様々な学問が純化され、農学から独

立していった(数学、天文学等々)。農業を基

礎におく農学は母のようなものである。胎内

から子を産み、子は、しばしば親よりも大きい、

立派な成人となる。母は一時細るが、また次

の子を宿す。これは農学の本性といってよい。

 日本という国のGDPというような限定

された指標で考えれば、産業としての農業

の位置は極めて低い。しかし世界の食料を

めぐる状況は、高度経済成長以前の、すな

わちほんの少し前の日本と違わない。それ

どころか、グローバル化や地球・地域環境

との関わりによって問題が深刻化、複雑化

し、そして解決が困難になっている。結果

的に、農学の課題も能力も拡大した。10年

前、農林学類から生物資源学類に名称を変

えた背景である。

3.生物資源学類の「魅力」

 生物資源学の特徴・特長は、人間と自然

生物資源学類の新カリキュラム導入

佐藤政良生命環境科学研究科教授

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71特集「現場から①学群・学類教育」

との一次的関係を扱うことから来る原初性

と豊饒性、そしてそれ故に必要となる領域

の広さと総合性である。ただし学類として

の領域の広さは、本学の制度とも関わる。

もともと多くの学科からなっていた農学部

が一つの学類として設置されたからである。

新カリキュラムでは、農林生物学、応用生

命化学、環境工学、社会経済学という4つの

コースが用意されている。一つの学類が、

自然科学と社会科学の広い範囲に関わって

いることが分かって頂けると思う。

 この点も、高校生にとって大きな魅力で

ある。食料問題、生物資源に関わる環境問

題などに関心を持っている高校生は、どの

ように取り組むかの決定を迫られず、入学

してから決めることができるからである。

受験に際して、エイヤッと学科(に相当す

るもの)を決めなくてもよいのである。も

ちろん、全員がそのように入ってきた学生

だと言っているのではない。

4.何が問題だったか

 第1の問題は、このような状況の中で、逆

に、入学後、学生が何を選んでいいのか分

からない、決められないということである。

各教員は、それぞれ研究の意義について講

義室で語る。そうすればするほど、学生は

あれも良いか、これもか、と迷う。たとえ

ば、「環境問題の解決に貢献したい」という

強い希望を持っている学生(本学類には多

い)は「何をしたら最もよく貢献できるか」

と発想し、悩む。環境問題に「最もよく」貢

献できる分野などないから悩むのは当然で、

そこで教員は、「君の最も好きで、得意とす

る分野で貢献すればよいのだ」と言うと、

多くの学生は得心するのだが、「でも、それ

が化学なのか、経済なのか迷っている」と

いう答が返ってくることもある。

 第2の問題は、3年次の専門科目の講義で

も、専門外の学生が聴講することによって、

専門性の高い講義ができないことである。

そういう学生は無視し、期末試験で合格す

る学生だけに単位をやれば済むことではあ

るが、教員には「何かを期待して来られる

と、どうしても何とかしたくなってしまう」

という声が多かった。

 学類はこれまで、専門性(ないし社会の

要請)に基づく履修科目の組合せ(履修例)

を作成、学生に提示してきたが、学生はそ

れを現実味のあるものとして受け止めるこ

とができなかったようである。教員の側で

は、いくつかの科目の組み合わせを一まと

まりで取ることが当然と考えていても、学

生は必ずしもそうしてはくれなかった。

 10年以上前、農林学類の時代にも同様な

問題はあったが、それほど深刻ではなかっ

たように思う。この間、入学してくる学生

の方に何か変化があったのか、あるいは、

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72 筑波フォーラム70号

生物資源学ないし学類の領域がさらに広

がったのか。多分、その両方であろう。

5.新カリキュラムとその運用

 細かい事情、理由は省くが、以上のよう

な長所や善意が、逆に本学類生の授業への

満足度を低下させている(そして教員の側

のストレスにもなっている)という認識か

ら、新カリキュラムでは次の方針を立てた。

1) 1・2年次を分野選択と基礎教育のための

期間、3・4年次を専門の期間と明確に位

置づけ、2年次末に専門のコース一つを選

択させる

2) 学生に早くから現実(現場)を見せ、世

界(世間)の状況を認識してもらう

 我々は、取り組むべき問題が、多く生の

現実として現れるような生物資源学の分野

では、まずは現場を見せるということが大

切だと考えた。テレビやインターネットな

どを通してではなく、「対象が確固として

そこにある」ことについて、少しでも肌身

の感覚をもってもらうためである。そして、

それを自ら論じ、対象化する必要がある。

 そのため、生物資源科学入門、生物資源

現代の課題、生物資源科学実習、生物資源

科学演習の4科目を1年次の必修として設

け、科目間の有機的連携を図ることにした。

 「入門」では、2人の経験ある教員が、歴史

的視点も取り入れながら、学問領域全体の

概観を与える。

 「課題」では、8人の教員が、それぞれの専

門分野が抱えている問題自体を提示する。そ

こでは決して解決策を示さない。

 「実習」は、経験の継続性を考えて、当該

年度と次年度の1年生クラス担任が担当す

ることとし、11箇所(平成 16年度)の見学

コースを設定、夏期休業中に実施した。各

学生はそのうち2つのコースに参加するこ

とが求められ、終了後に報告・検討会が行

われた。実習先は、農家、屠殺場、霞ヶ浦漁

場・加工場、卸売市場、牛乳・ビール工場、

生態系保全地、研究所等である。

 「演習」は、基本的に「課題」あるいは「実

習」の中から題材を取り、自分で調べ、報告、

議論するという方法をとる。従って実習と

演習を担当するクラス担任は、他の必修科

目に出席して、題材の確認をすることにな

る。昨年度、このような教員と「課題」の担

当教員の間で、授業中にやりとりが行われ

る光景が見られた。このようなことはこれ

まで本学類ではなかったように思う。

6.3・4年次の専門コース

 専門コースの区分に関しては、実質的に、

従来も行われてきた区分(農林学類の時の

主専攻)を踏襲したが、境界領域の扱いは

問題点として残った。各コースが開設する

3・4年生向けの授業は専門性を高め、他の

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73特集「現場から①学群・学類教育」

準備的講義の受講を前提とする内容にする。

ただし、幅広い知識への要求を満たすため、

専門的準備なしに受講できる科目を領域横

断科目として設けた。これは、専門科目の

中からそのような科目を登録してもらうも

のと、そのための特設の科目とからなる。

 また、3年への進級(コースへの所属)に

総修得単位数50という基準を設け、これに

満たない学生は、実質的留年とする制度を

導入した。これまでは、3年次末の修得単位

数90だけが基準(卒業研究開始要件)であっ

たが、今回、2年次末で学修成績が不振の学

生とは、その原因と今後の勉学方法、ある

いは進路について早めに相談するのが良い

と考えた。

7.これから

 新カリキュラムの検討に当たっては、学

内の他の組織でのやり方を参考にさせて頂

いたことも多い。今頃そんなことを考えて

いるのかとの声も聞こえてきそうである。

 我々は、今回の改革によって、在学生の

本学類に対する満足度を高め、広報活動な

どと合わせて、多くの優秀な受験生を集め

たいと考えている。それは、4年以上の時間

経過後に評価されるであろう。その間、平

成 18年度からの「ゆとり教育」の世代には

どのように評価されるのか、場合によっては

カリキュラム内容の修正が必要かも知れない。

 ただはっきりしていることは、改革の成

否は、制度だけで決まるのではなく、最終

的にはそれを担う教員の学類教育に取り組

む姿勢にかかっているということである。

 そのような中で、大学院重点化は、学類

教育にとって不安材料である。もし、種々

の評価の基準として、どれだけの数の博士

を出したかというようなことだけがことさ

ら大きく取り上げられるならば、教員の学

類教育への熱に水を差すことになる。高校

から入学してきた学生の知的関心と能力を

高め、多くの学生に研究に携わってみたい

という気持ちを抱いてもらうことなしに、

質の高い博士を我が国から生みだすことは

できないのではないか。外部から優秀な学

部卒業生を集めれば良いというのは狩猟の

思想であり、農耕民族的ではない。本学は、

それでは成功しない。

 本カリキュラム案による改革は、若い教

員たちの個人的な熱意なしにはできなかっ

たが、熱意だけに頼るのは危険である。教

育評価については多くの人が試みながら決

定打は出ていないように見える。完全な方

法、数や、まして金額のような単純な指標

はなさそうだ。多少の欠陥はあってもそれ

を大きくしない、おおらかだが実効のある

評価方法を導入したいものである。

(さとう まさよし/生物圏資源科学)

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74 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

1.知識社会:工学の発展と質的変容

 現代社会は工業化が進み、技術の発展が

人間社会や自然界に大きな影響を与えるよ

うになってきた。大量に安定した品質のモ

ノを作る時代から、情報や知識を活かして

高機能な製品やシステムを作る経済社会に

なっている。工学が果たす役割もおのずと

変化を遂げている。原理的な探求とその応

用という旧来の工学のイメージを超え、さ

らに、社会システムや情報システムや人間

行動の工学的探求、物理・化学的原理の組

み合わせとシステム化の技術、従来は考え

もつかなかった工学的アプローチの開発ま

で及んでいる。人間の生活や環境を豊かで

持続可能なものにするために、ソフトなも

の・ハードなものを新たに提案し産み出し

ながら、広範な人工物を意図的に設計し実

施運用することが現代の工学の使命である。

 社会工学類は、社会システムを対象にこ

うした要請に応えるために、多面的で連携

された 3つの主専攻から構成されている、

新しい工学を教育し研究する分野である。

しかし、社会システムに工学的にアプロー

チするということの意味は自明でない。ま

ず社会科学を論じることから始めて、これ

を論じる。

2. 社会科学の学問領域 - シンボル性プログ

ラムの定式化

 科学哲学は科学的認識のしくみを分析し

明らかにしようというものであるが、従来

の考察対象は物理や化学であった。なぜな

ら、それらは人類がこれまでに獲得した最

も成功した世界認識の方法だからである。

 物体の運動や熱伝達といった現象は微分

方程式による論理構造の表現形式を持ち、

しかも、質量や加速度やエネルギーの概念

は物的存在と対応してその挙動を論理的

に表現する。論理・数理的構造と人間の経

験との対応は確固たるものがあるといえよ

社会工学の対象と目標

佐藤 亮システム情報工学研究科教授

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75特集「現場から①学群・学類教育」

う。しかも論理は、個人や文化や歴史を超

えて共通に人間が持っている。また、地球

ができた頃の電磁誘導現象は現代でも全く

同じように発生する。万有引力は宇宙的規

模においても原子の内部の核と電子の間に

おいても全く同じもとのして在るのであっ

て、むしろ異なるように発生させることな

どできないのである。水の電気分解に対し

ても物理法則は分子や原子一つ一つに対し

てバッチリ並行的に作用する。どれかの水

分子に対してだけは別の法則をタイミング

を遅らせて働かせるようなことはできない。

 このように、物理学や化学で現象を数理

論理的に定式化するときに用いられる概念

と記号が物的世界と結びつく様子は疑いよ

うがないように思われるほどに直接的であ

る。したがって、物理学や化学における法

則は時空を超えて普遍的であって、また、

法則を現実世界で解釈する際に解釈が問題

になる余地はない、といってよい。この意

味で自然科学の法則は堅固なのである。

 しかるに、社会や人間を対象にすると

科学的認識の状況は異なる。吉田民人「大

文字の第 2次科学革命とその哲学」(http:

//www.copymart.jp/ iiasap/itiran_1.html)が発見

し指摘しているように、自然科学のような

定式化に使われた微分方程式のような数学

的記号による物的現象の法則のありようは、

社会科学にはあり得ない。

 なぜか。

 社会科学では現象定式化のための記号と、

社会現象との結びつきが、自然科学とは根

本的に異なるからである。素粒子や原子や

化学反応のそれぞれは物理的スケールが異

なるので階層が異なるが、生物的特徴から

人間社会に至る階層は、物理的スケールの

みならず動作原理が異なる。たとえば、社

会の言語によって規定された制度によって、

その社会にいる人間の物的行動が規定され

る。個人に内面化された倫理が、思考と決

定と行動に影響する。個人個人の思考と行

動が社会全体の仕組みを決める。人間レベ

ルにおいては、こうした影響のありようは

常に解釈を伴う。解釈や意味とは、言語や

シンボルで構成された論理体系から、言語

やシンボルで構成された他の論理体系への

対応のことである。(言語と意味は数学で通

常用いている一階述語論理として定式化さ

れた。)つまり、社会現象は、人間が物的に

酸素や炭素のかたまりとして内部反応して

エネルギーを生成・消費していることを超

えて、記号や言語による相互作用によって、

制度や規則やルールが人間行動に影響して

多くの人間の行動に見られる社会的現象と

して発現したり、さらに、その制度自体を

改訂する制度を制定したり自己組織的機能

も持つ。(観察する紙幅はないが、自己組織

化のありようもレーザー光やジャボチンス

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76 筑波フォーラム70号

キー反応などの物理化学的自己組織化とは

異なる。)吉田は、人間行動を規定する規則

を定式化したものを「シンボル性プログラ

ム」と呼ぶ。ビジネスにおいてリンゴを5個

買うときには600円を支払うとか、120階建

てのビルを建設するための設計を設計図に

表現しスケジュールを最適的に作って材料

と人を数字通りに手配し24ヶ月間の工事を

実施するというように、数字シンボルも用

いて人間のシンボル操作行動が指令される

意味でプログラムという言葉を用いること

ができる。JAVA言語で作ったコンピュータ

プログラムもそれ自体は紙にプリントでき

るただのテキストであるが、コンパイルさ

れて実行されるあかつきには、計算制御装

置に指示をして高速・低速の種々のメモリ

へ電気信号の流れる道につけた門をパカパ

カと開け閉めすることで計算が全体として

実行されるという意味でやはり動作の指示

をしているのであるから、プログラムは指

示・指令の集合である。さらにまた、大学

では最低124単位を取らなければ卒業でき

ないという決まりは、卒業に必要な人間行

動(学習活動)を含意しているプログラム

である。

3.社会的ことがらへの工学的アプローチ

 社会と人間行動にとってシンボル性プ

ログラムが重要であることは、ビジネス社

会やソフトウエアだけでなく、人間が言語

とシンボルを使わなければ思考もコミュニ

ケーションもほぼ不可能なほど根源的であ

ることに思い至るならば、単なる重要であ

るという以上のものである。

 シンボル性プログラムは物的存在との堅

固な関係はなく、言い換えれば、シンボル

の意味をシンボルでとらえるしかないとい

う性質に起因して、シンボル性プログラム

のありようは物理・化学法則の支配の外に

ある。たとえば、ミクロ経済学で説明され

る、個人どうしの効用最大化行動が経済的

な均衡をもたらすとか均衡が存在するとい

うことの定式化と証明は、人間の経済的行

動についてのシンボル性プログラムの定

式化である。繰り返すが、炭水化物として

の個人とそうした炭水化物集合体としての

「社会」が、ニュートンの運動法則が運動に

働くような一意性でもって到達する時間発

展を表現した意味での社会法則ではないの

である。経済的以外の社会現象を扱う社会

学で扱われる、こころのよりどころとして

の帰属集団についての分析なども、やはり、

シンボル性プログラムの定式化であって物

理法則的な社会法則の記述ではありえない。

起業したときのキャッシュフローの会計的

シミュレーションによる最適投資の検討や、

あるいは、ウエブサイトのセキュリティ向

上のためのコンピュータプログラム開発等

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77特集「現場から①学群・学類教育」

も、人間の作る人工物の設計に関するシン

ボル性プログラムの定式化であるといえる。

(吉田はシンボル性プログラムについてさ

らに精緻で大規模な議論を用意しているが

ここでは略す。)

 社会工学類とそれに関連する大学院で行

われる教育や研究は、人間社会が多様な側

面を持つことに起因して多種多様である。

社会経済システム専攻、経営工学専攻、都

市計画専攻がある。キャッチフレーズ的に

は、社会現象や社会を構成する経済制度や

ビジネス組織や都市計画関連の計画や社

会基盤について、工学的にアプローチする

というものである。これは、人類の科学的

認識活動に位置づけていえば、社会と人工

物に関するシンボル性プログラムを定式化

して数理的論理的側面を多少強調してアプ

ローチする学問分野・工学分野であるとい

える。知識社会において有用で重要なので

ある。分析や設計において、応用物理や応

用化学的な伝統的工学が発展させてきたよ

うな認識の構えを自由に用いる。たとえば、

本質的構造だけに注目するという還元主義

的考えや、人間の行動から想定すると時空

を超えて再現する現象を制御するプログラ

ム(従来社会的「法則」と呼ばれることも

あった)としての経済人モデル、最適化と

か制御や管理というアイデア、機械やコン

ピュータを利用した生産販売プロセスの合

理的メカニズムの探求という態度などであ

る。さらに、現在重要となっている、超大

量データの情報的価値的要因を扱う方法も

統計概念の新たな開発・理論展開を伴いな

がら発展しているし、また、都市環境のデ

ザインや設計や評価の方法論も進化を続け

ているのである。

 社会工学の認識論的対象が物理・化学と

まったく異なるシンボル性プログラムであ

ることを明示的に認識することで、非常に

広大な学問領域とリサーチ・プログラム、

応用領域が開けているのである。

4.社会工学類の役割

 大学へのユニバーサルアクセス時代の到

来と深化、筑波大学の法人化による学部教

育の重要性と予算配置、学群学類の再編成、

ビジネス社会の製品・仕組み・人材育成の

変化、そうした中での工学教育研究の位置

づけと展開行動計画を設計するときに、学

としての現在の位置を確認する必要がある。

この記事においては、まず、より長いタイ

ムスパンでの社会工学についての考察を試

みた。知識社会の発展に伴い、社会工学の

研究と社会工学類がはたす教育の役割はこ

れまでの科学と工学の流れを踏まえるとき

いよいよ重要である。

(さとう りょう/社会システム・マネジメント)

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78 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

 平成 16年度末に学群・学類再編検討委

員会から、「学群・学類再編の考え方と基

本骨格」が示されました。これを受けて平

成 17年度に具体的な設計に取りかかる方

針と聞いております。

 このたび筑波フォーラム編集委員会から

「現場から①学群・学類教育」の執筆依頼

を受けましたが、国際総合学類は要検討学

類の渦中にあるので、一旦はお断りしまし

た。しかし、再度の依頼ですので国際総合

学類の現状と課題について述べますが、本

稿は、機関決定を経ていない、まったくの

私見ということで、お許しをいただきたい

と思います。

グローバル化の時代への対応能力を備えた

人材の育成

 いわゆるグローバリゼーションの時代を

迎え、政治、経済、文化、技術等のあらゆる

分野において、ますます国境を越えた連携・

融合・競争が深まり、専門分野間の相互依

存度が高まっています。

 国際総合学類の前身である国際関係学類

は、国際化の時代に十分に適応できる人材

を育成するため、国立大学の中でこの種の

学部としては最も早く 1983年に新設され

ました。その後、国際を冠にいただく学部・

学科が全国にたくさん設立されたことは周

知のとおりです。

 1995年には、国際関係学類が改組・再編

されて、国際関係学主専攻と国際開発学主

専攻から成る国際総合学類が発足しました。

発足以来、国際総合学類は入学志願者状況

や就職状況などから判断して、受験生や社

会の要請に十分に応えており、筑波大学の

看板学類・人気学類のひとつになっている

と自負しております。

グローバルな視野を有し国際舞台で立派に活躍できる人材の育成をめざして

北脇信彦システム情報工学研究科教授 国際総合学類長

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79特集「現場から①学群・学類教育」

「学融合」による問題解決型の教育

 カリキュラムは国際関係学主専攻におけ

る国際関係論・政治学・経済学・国際法・

文化論、および国際開発学主専攻における

社会開発・経済開発・開発工学などを柱と

し、学融合的な内容にしてあります。これ

は、これまでの縦割り的な一つの学問領域

のみの教育では、複雑な国際社会の諸問題

に適切に対応していくことが困難であると

考えるからです。このような学問領域の中

から二つ以上のディシプリンを選んで、そ

れらを体系的に学べるようなカリキュラム

を組んでいます。

 本学類では卒業論文の提出を義務づけて

います。また、三年次には研究準備段階と

しての独立論文の制度があります。これら

は、必ず現実の問題をテーマとして選択さ

せ、学融合的なアプローチをとらせながら

も、自分が選んだディシプリンのスキルを

身につけられるように指導しています。三

年次からは少人数で構成される国際学ゼミ

ナールをとることができ、そのなかで実証

分析的研究の進め方、体系的な論文の書き

方などを学びます。

 本学類の学生には、豊富なディシプリン

の中から自分の専門とするものをはやく見

つけ出し、積極的に自らの能力を高め、積

極性・表現力・国際感覚豊かな若者に成長

することを希望しています。

表現力豊かで積極性・社交性に富む国際人

の養成

 国際的に活躍するには語学が必要なこと

はいうまでもありません。実世界で役立つ

バイリンガルな人材を養成することも目標

の一つです。真の国際人には語学力だけで

なく、表現力豊かで社会性に富み外国人と

自然に接することができること、自国の文

化についても理解し外国人に説明できるこ

とが求められます。そのため本学類では、

一方通行の講義だけでなく学生に積極的に

質問させ、クラス全体で授業の内容につい

ての討議をするように訓練するなど、学生

に表現力と物事に積極的に対応する能力を

身につけさせる教育を行っています。

 本学類には外国人教員、外国人留学生、

帰国生徒が多いことや、外国へ留学する学

生がきわめて多いことが、外国人と自然に

コミュニケーションができる習慣を身につ

けさせることに役立っています。

国際総合学類の課題

 課題のひとつは、少ない教員で多くの

ディシプリンをカバーしていることです。

大学院への進学を重視するなかで、より専

門性を深めたいと考える学生に応えるため

には、ディシプリンが共通する他の学群・

学類との垣根をより低くし、広い枠組みで

専門的な勉学を可能にすることが必要です。

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80 筑波フォーラム70号

 もうひとつの課題は、開発工学の扱いで

す。入学から就職・進学までという意味で、

残念ながら現状では、開発工学分野は独り

立ちできていません。開発工学分野におけ

る国際人を育成するためには、入学から就

職・進学までを一貫して、工学分野・学際

分野の教育・指導ができる仕組みを作らな

ければなりません。

 国際交流については、これまでのように

選ばれた交換留学生だけでなく、ごく普通

の学生による身近な国際交流の促進も必要

です。このために、「通信衛星を用いたe-ラー

ニングによるアジア大学間交流プログラ

ム」を推進しています。また、逆に国際エ

リートの育成も課題です。これには、「国連

での国際インターンシッププログラム」や

「世界銀行プログラムを利用した5年一貫制

修士号取得プログラム」など、いくつかの

施策を試みています。

国際総合学類と他の学類との連携と相互補完

 国際総合学類では、授業科目の履修面で

他の学類間の垣根を低くし、他の学類間の

連携と相互補完を強める努力をしたいと考

えています。

 それと同時に、国際総合学類のアイデン

ティティーをより明確にすることも必要で

す。通信衛星を用いた e-ラーニングによる

アジア大学間交流などは、国際総合学類の

アイデンティティーを高める方策の一環と

して取り組んでいます。情報・通信分野は、

いまや単に技術者だけのものではなく、経

済社会や日常生活に不可欠の存在になって

おり、産業技術的な視点と社会的・文化的

な視点からの取り組みが必要です。

 このたび提示された「学群・学類再編の

考え方と基本骨格」のもとに、国際総合学

類が抱える課題を解決するように努力した

いと考えています。

(きたわき のぶひこ/メディア通信工学)

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81特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

 国立大学法人が 2004年 4月から誕生し、

大学の運営方針も大きく変化をとげつつあ

る。大学における研究活動の活性化、産学

の連携、大学院教育の充実、また社会人や

留学生に対する受け入れ態勢の整備が大き

な課題であるが、それと同時にもっとも基

本となるのが学群、学類における教育の充

実である。

学生の主体性を高める教育

 昔は大学教育はきわめてモーティベー

ションの高い学生のみを相手にしていれば

よかったのかもしれないが、昨今のように

多くの学生が大学に進む時代を迎えると、

大学教育においても学生のモーティベー

ションを高めることが重要になっている。

 学生のモーティベーションを高め、教育

の充実感を増すために、情報学類はいくつ

かの改革を行なってきた。そのひとつは、

一二年の専門基礎科目における大人数講義

の分割である。一二年の必修科目である専

門基礎科目ではクラスを二分割し、一クラ

スが50人以下となるようにした。

 二つ目は、少人数ゼミ型科目の実施であ

る。二三年で実施する情報特別演習Ⅰおよ

びⅡでは、学生が興味や能力に応じて自主

的に演習テーマを設定し、それに適したア

ドバイザ教官を決定し、打ち合わせを行い

ながら演習を実施する。演習は企画力、実

行力、表現力、プレゼンテーション能力を

養うことを目的としており、最後に公開発

表会を行い演習の成果を発表する。また、

技術英語Ⅱは、情報学に関する英語の教材

を用いて、一人の教官あたり数人以下で、

担当教官の指導のもとにセミナー形式で原

書購読を行う科目である。

実験科目の改革

 このほかに、3年次の主専攻実験の改革

がある。主専攻実験においては、数年前か

情報学類における教育改革

田中二郎システム情報工学研究科教授

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82 筑波フォーラム70号

ら実験のテキストを廃止し、教材をすべて

Web上にのせるようにしている。実験テー

マは、学生は主専攻ごとに、定められた 10

近くのテーマから各学期一つを選択する。

Web上には詳細なマニュアルが整備されて

いるので学生はそのマニュアルを読んで

自主的に学習を進めていくことになる。各

テーマにはTAをつけて、学生の質問など

に常時対応できるようにしている。

成績評価の厳格化

 学類教育の充実のもう一つの柱は、成績

評価の厳格化である。大学が社会から期待

される人材を送り出せるようにするために

は、充実した教育を行ない学生に十分な知

識を身につけてもらう必要がある。情報学

類においては、とくに一単位の中身を重く

する単位の実質化に力を入れている。講義

をやりっぱなしにするのではなく、定期的

にアサインメントを出題し、それを提出す

るようにしている。

 また、成績評価の厳格化も併せて実施し

ている、2004年度からほとんどの科目につ

いて、成績評価を絶対評価ではなく、相対

評価でA:B:Cが3:4:3の比になるよう

にしている。科目によって成績評価のやり

かたにばらつきがあるようだと学生は評価

の甘い楽勝科目のみを選択するようになる。

そこで成績評価を相対評価として、楽勝科

目をなくすことを目指している。また、履

修申請の期間を2週間とし、毎学期最初の2

週間に履修科目についてじっくり考える時

間を与えるとともに、単位履修をその後に

放棄した学生には履修放棄ではなく成績D

をつけるようにしている。

プロセス管理としての卒業研究

 現在取り組んでいるのがいわゆる卒研改

革である。卒研にすんなり入っていける学

生は4年次の最初から研究室の中に積極的

に溶け込んで行き、4年次が大学でもっとも

充実した一年となる。反面、研究室で勉強

なり研究を行なうことができず、気がつく

と年末になっているという学生も多い。ま

た卒論にかける時間も、数百時間以上かけ

る学生から数十時間程度でお茶を濁す学生

まで、さまざまである。こうした学生や受

け入れ教官によりばらつきが大きい卒研を

なんとか改善できないかというのが趣旨で

ある。

 そこで現在取り組んでいるのが、卒研を

いくつかのプロセスに分解し、それらをプ

ロセスごとに管理することである。卒研を、

研究テーマ選択、研究実施、卒論執筆といっ

たプロセスに分解し、それぞれのプロセス

について時間管理を行なうための仕組みや

到達度を評価するための枠組みの検討を始

めている。

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83特集「現場から①学群・学類教育」

 また、従来の卒研発表では、公開発表会

には指導教員と関連の学生のみが出席する

ことがほとんどであった。そこで、教員会

議で申し合わせ、2004年度からは、卒論の

公開発表日は教員の出張禁止日とし、全教

員が学生の卒論発表会に手分けして出席し、

卒研の成績評価を出席した教員の合議に

よって決めるようにした。

卒研は必要か?

 卒業研究は、特に工学系の学部にとって

は、それが大学教育におけるもっとも重要

な科目となっている。情報学類の学生には、

現在、卒業要件として卒論を必修で課して

いるが、今後もそれを続けるべきかとなる

と議論の余地がある。卒論を必修とすると、

前章にも記したとおり、不適応の学生が一

定割合で出てくることになる。

 また国際的に見た場合、修士レベルでも

論文の提出を要求しないコースが増えてき

ている。大学を卒業した学生が将来研究者

になるわけでないことを考えると卒論を必

修とするのではなく、卒論の代わりに企業

でのインターンシップ、留学、ボランティ

ア活動などを一定範囲で単位として認定す

るのでもよいのではないかと思われる。

学生による授業評価の改善

 現在、情報学類のすべての科目について

講義の最後にアンケート形式で学生による

授業評価を実施している。標準的なテンプ

レートを情報学類のカリキュラム委員会で

用意し、各担当教員はその書式を担当講義

に適合するように修正し使用する。これら

は数年前から実施されているものであり、

主として担当教員が講義の改善に用いるこ

とを想定している。アンケートは学生に責

任を持って回答してもらうために記名式と

している。

 しかしながら、昨今、ファカルティデベ

ロップメントが叫ばれるようになり、情報

学類のアンケートについても更なる改善が

必要になっている。学生からアンケート結

果を公表してほしいとの要請もあがってき

ている。アンケートも記名式でなく無記名

とし、アンケートの実施は担当教員ではな

く、教員とは独立の学生組織、あるいはファ

カルティデベロップメント委員会が実施す

べきだとの声もある。これらについて早急

に検討を行い実施体制を整備する予定であ

る。

JABEEアクレディテーションへの対応

 もうひとつ数年前から検討をおこなって

いることにJABEEアクレディテーションの

受審の問題がある。工学系の学科において

は、大半の大学がこのアクレディテーショ

ンを受審するかどうかがこの数年以内に

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84 筑波フォーラム70号

はっきりしてくると思われるが、受審をす

る /しないにも関わらず、JABEEアクレディ

テーションには教育システムのあり方とし

て学ぶ点が多い。

 ともすれば日本の大学教育は教員の都合

を中心に組み立てられてきた感がある。い

わゆる米国の学生と比較した場合、現在の

日本の大学のトータルの学習保障時間は少

ないと思われるし、学習についても「何を

教えたか」という入り口評価でなく、「何を

身につけたか」という結果評価の考え方は

重要であろう。また学習についても、「学生

の最低品質を保証する」という考え方には

(日本でそのまま適用することが適切かど

うかは別として)学ぶものが多い。情報学

類としては、現在までのところ JABEEアク

レディテーションの受審について、最終的

な決断はしていないが、いつでも受審でき

るように各種の検討を進めている。

大学院との連携

 現在では情報学類の学生は80%近くが大

学院へ進学する。このようにほとんどの学

生が大学院に進学するようになると学部教

育と大学院教育をどのように切り分けるか

が問題となる。

 専門的な科目については大学院のほうに

移動し、大学の三四年次の科目と大学院の

科目の共通化を行い基礎的な知識は大学院

に入ってからも学習できるようにすること

が望ましいと思われる。

情報学類の改組

 日本の大学制度は比較的保守的であり、

新しい学問体系に対する対応は後手に回る

傾向がある。情報関係の学科についても、

日本での対応は遅く、工学部の中につくら

れたもの、理学部の中に作られたものの二

種類があり、既存の学部組織に縛られて十

分な対応がなされたとはいいがたいところ

があった。そんな中で筑波大学の情報学類

は日本でも有数な巨大情報関係組織として

十分に先駆的な役割を果たしてきた。

 しかしながら昨今において、他大学にお

いては大学院重点化とともに、情報関連研

究科が設立され、情報関連学科は部局とし

ての存在感を高めている。一方、筑波大学

においては2002年10月に図書館情報大学

が筑波大学と合併し、情報学類が理系、図

書館情報学群が文系という違いがあるもの

の、情報関連学科が二重に存在するという

変則的な状態になっている。

 これからの世界ではITが世界の鍵を握る

ことは議論の余地がないと思われるが、こ

うした状況のなかで情報学類を今後どのよ

うに改組していけばよいのかというのは重

要な検討課題であると思われる。

(たなか じろう/コンピュータサイエンス)

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85特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

1.新しい工学教育をめざして

 工学システム学類では、従来の縦割りの

工学教育(電気工学科、土木工学科等)で

はなく、工学の多くの分野に共通する基礎

的能力を横断的に身に着けるとともに、専

門性をも身に着けるという、融合的・横断

的カリキュラム体系の実現を追求していま

す(図 1を参照して下さい)。しかしこれは

一面ではどっちつかずになる可能性もあり、

なかなか難しい点でもあります。1年生では

数学、物理学などの基礎科目と社会科学な

どを広く学び、2、3年生では4つの主専攻に

分かれてある程度の専門性を身につけます。

そして4年生では物事を総合的に把握・推

入って良かった工学システム学類をめざして

石川本雄システム情報工学研究科教授工学システム学類長

図1 工学システム学類がめざす技術者

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86 筑波フォーラム70号

進する能力、またコミュニケーション能力を

身につけるため、主専攻の枠にとらわれずに、

教員の研究室に配属して卒業研究を行います。

この卒業研究も卒業研究Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに分けて

段階的に確実に力が付くよう設計しています。

 一方、これまで多くの工学教育では技術

者としての観点からは倫理の教育が不足し

ていたように思います。近年少なからぬ企

業の社会的な問題が表面化し、社会倫理の

欠如が露呈しているように感じます。工学

システム学類では一般的な倫理ではなく技

術者としての倫理を必修科目(具体的には

「工学者のための倫理」)として、倫理観あ

ふれる人材を育てたいと思っています。

 ところで、避けて通れない問題に、入学

者の基礎的能力の低下という事態があり、

今後ますます深刻化すると危惧しています。

具体的には、最近の入学生の数学的能力が

多様になっており、大学の数学についていけ

ない学生も目立ってきました。そこで、高校

と大学の数学を結ぶ「数学序論」を開講し、

数学が得意でない学生の底上げを計り、大き

な成果を上げ、多くの学生に喜ばれています。

2. 世界で通用する教育をめざして

(JABEE受審をてこにして)

 世界で通用する教育とはなにを指すのか

ということは難しい問題をはらんでいます

が、教育の日常的な見直しのシステムが存

在し、機能していることもその条件の一つ

ではないかと思っています。工学システム

学類では、図2のような、日常的な教育改善・

改革のシステムを構築してきました。また、

教育改善と言っても何を目標とするのかが

明確でないといけませんので、工学システ

ム学類の教育目標を数年前に決定しました

(数回の改訂を経て現在は、教育理念と目標

とする技術者像にまとめています)。本稿末

の付録に載せていますので、参照して下さい。

 教育改革実現の具体例として、図 3は上

で述べた「数学序論」実現に至った手順を

示しています。担当教員の実感と学生アン

ケートによる学生の切実な希望をFD委員会

や学類教員会議で検討し(Check)、その結果、

学類長が学類教員会議で数学序論の開講を

提案し(Action)、カリキュラム改革検討委

員会で具体的提案が議論されました(Plan)。

これはカリキュラム委員会で具体化され、

担当教員間の意志疎通を図るため数学序論

担当者会議が組織されました(Do)。その

結果は再び学生の授業アンケートや数学担

当教員により評価されています(Check)。

 工学システム学類では、これらの教育改

革を実行してきましたが、それらの成果を

基に JABEEに応募することで、外部の厳し

い評価を受けると共に、JABEE審査をてこ

に更なる教育改革を目指しました。JABEE

の審査を受けるため「自己点検書」を作成

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87特集「現場から①学群・学類教育」

図2 工学システム学類の教育改革システム

図3 教育改革の具体例(数学序論実現)

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88 筑波フォーラム70号

しましたが、それは同時に工学システム学

類の現状を把握し反省する機会にもなりま

した。昨年の審査の正式決定は今年の 6月

ですが、認定されるものと確信しています。

(認定が速報されました。)

3. 学生の意見が反映しやすい工学システ

ム学類を目指して

 工学システム学類では、学生の意見をで

きるだけ学類運営に反映していこうとして

います。具体的にはクラス連絡会を活性化

し、学生の要望を聞くとともに、要望は聞

きっぱなしにはしないようにしてきました。

 最近の例では、学生の要望により中国語

の授業を開講したことが挙げられます(こ

の場をお借りして、関係部局のご配慮に心

からのお礼を表明致します)。

 また、雨降りの日など非常に危険なので

改修してほしいと、学生から訴えがあった

ペデの改修を、一度は学生と一緒に直接担当

副学長に訴えることもしました。直後に改修

工事が実現し、学生達も感激するということ

がありました。また一度は関係の研究科、支

援室からも全面的なご配慮を頂き、危険個所

の改修を実現しました。このときの例を図4

に示しめしています。この改修も学生に喜ば

れるとともに大いに評価もされています。

4. 入って良かった工学システム学類をめ

ざして

 今後も、日常的な改革を進展させ、入学

した学生が入って良かったと思い、また担

当の教員・職員が力を発揮し、打ち込める

工学システム学類をめざしますので、多面

的なご教示、ご援助をお願い致します。

図4 学生の要望による環境改善具体例(危険なペデ改修の実現)

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89特集「現場から①学群・学類教育」

付録1.工学システム学類の教育理念

 工学システム学類は、学生個人の自己の

存在基盤の確立を助け、これからの社会の

リーダーとして、科学技術の成果としての

人々の生活を支える人工システムを、広い

視野に立って開発・設計・製作・管理・運

用してゆくことのできる、高いポテンシャ

ルを持つ技術者を養成することを教育理念

とする。

 そのために、工学システム学類では、

(1) 科学技術と社会・全世界・地球全体と

の関連、

(2) システム全般に適用される汎用手段と

しての基礎科目・基礎技術、

(3) 広範囲な知識と専門分野への導入を目

的とした系統的なカリキュラム、

(4) 具体的な目的に対する知識の応用と問

題解決の経験、

(5) コミュニケーション能力・プレゼン

テーション能力、

(6) 各個人の指向性に即したきめの細かい

指導、

を重視して教育を行なう。

付録2. 工学システム学類が目標とする技

術者像

 今後一層高度化する人間生活を支えて牽

引してゆくためには、分野毎に細分化され

た縦型の工学技術ではなく、横断的にそれ

らを再構築した新しい工学技術の体系を身に

つけたシステム指向の技術者が必要である。

 工学システム学類では、そのために次の

ような技術者像を目標として教育を行なう。

(1) 広い分野に応用できる基礎能力を有す

る技術者

 1.1 論理的・数学的な思考力と解析力

 1.2 物理的な自然現象に対する理解

 1.3 コンピュータを利用し情報を取得・

処理する能力

(2) 広い視野を持って仕事が遂行できる技

術者

 2.1 科学技術と社会・全世界・地球全

体との関連を理解する能力

 2.2 広範囲な工学知識を基に、専門分野

における最新知識を獲得する能力

 2.3 与えられた問題を適切な手法によ

り解決する能力

 2.4 具体的なシステムを設計し運用す

る能力

 2.5 新たな技術を企画・立案する能力

(3) 社会人・職業人としての基本を身につ

けた技術者

 3.1 国際的にも活躍できるコミュニ

ケーション能力

 3.2 プレゼンテーション能力

 3.3 自主性と行動力

 3.4 社会性と責任感・倫理感

(いしかわ もとお/構造エネルギー工学)

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90 筑波フォーラム70号

特集「現場から①学群・学類教育」

 大学の行政法人化から 1年が経ち、筑波

大学も新しい道を歩み出した。法人化につ

いては実施後の姿を想像して期待に満ち

た夢も語られ、おおむね歓迎された状況で

あったと思う。数年前から筑波大学でも大

学院重点化が実施され、それと共に大学の

重点が大学院に移されて来た。あれだけ慣

れ親しんだ学系の機能が、ほとんど忘れ去

られようとしている。大学や教員の評価が

研究を中心に加速的に傾いてきているので

当然の変化であろう。

 ところで学類はこの一年「盆と正月が一

緒にきたような」忙しい状態だった。教育

の最前列に位置する学類が大学でおかれて

いる立場は元来それほど強くはなく、法人

化後は大学院組織が中心となる体制から考

えて、学類に対する影響はそれほど大きい

ものとは考えなかった。しかしながら法人

化とは別の要因、たとえば筑波大学の特殊

事情(学群学類の再編)や新学習指導要領

の元で教育を受けた学生の受け入れなど社

会的要因が加わるため、学類は一転、難し

い問題に直面した。学群学類再編はご存じ

のように学内の組織の形態を変える事であ

る。そのきっかけは、如何に優秀な学生を

集めるかを中心とした対外的な課題と、大

学院組織との整合性のずれの解消である。

後者は大学院が先行して新しい体制を取っ

たため、学類と整合性の取れない部分が出

てきたからである。しかし、出発点では「整

合性が取れない」=「新しい組織」と考え、

学問上や教育上の新規性が期待されたわけ

で、意図的になされた事でもあった。いず

れにせよあたらしい試みの結果は、すでに

充分に検討され、見直しには適当な時期と

考えられる。

 元来、人事は実質的に学系によって管理

されていて、学類は単に教官に戸籍を与え

てきた程度である。しかし大学院も学類と

同様で、いわば同等の立場にあったといえ

行政法人化と学類の行方

喜多英治数理物質科学研究科教授 第三学群工学基礎学類長

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91特集「現場から①学群・学類教育」

る。ところが今回の変革では、簡素化のた

め学系と大学院の専攻をほぼ同一視する組

織が多くなり、様子は変わった。大学院の

専攻は学系の人事権を引き継ぎ、さらに予

算通過ルートとなり、大きな力を得ること

となった。競争的資金を積極的に取ってく

ることが推奨され、校費が減少傾向にある

ことは皆さんご存じのところである。さら

に以前の学系ルートに比べ、ミドルマンが

1段増えたきらいはある。学類でも資金獲

得の考え方が取り入れられ、それに対する

仕事も増えつつある。教育において競争資

金にかなうような新規性が主張できる余裕

のある組織はごく少数だろう。

 工学基礎学類は今回の学群学類再編にお

いて、大学での役割や大学院との関係を再

確認される立場に置かれた。新米の学類長

には突然わき上がった問題のように思えた

のだが、その発端は大研究科の発足時にす

でに出発点があったように思える。見通し

の良い御仁には学系から研究科専攻への管

理体制の移行が予測され、学類が研究科の

影響をこれほどに受ける事を予測されてい

たかも知れない。元々、学群教育は学類を

単位として長年培われてきたもので、学類

の単位を崩さない改変は学類の本質である

教育内容についてそれほど大きな軌道修正

を伴うものではない。しかし学外(受験生

や就職対象としての社会)へのアピール度

を考え直し、学類の位置づけを再構築する

には非常によい機会となった。かくて学類

は「盆と正月が一緒にきたような忙しさ」

にみまわれるのだが、これはかなり好意的

な(たとえば商売繁盛のような)表現であ

る。もっと悲観的な表現の方がうまく当て

はまるかも知れない。

 ここで学類が直面する教育分野での質的

変化について考えてみる。高等学校新課程

の修了者を待つまでもなく、学生の質的変

化は確実に大学に到達している。法人化と

は別の次元で対応を必要とする事項である。

高校以前の教育課程で習得しなくなった教

科の個別の単元は明らかに学修上の障害と

して表面に現れている。しかしながらこれ

だけではなく、自主的な行動指針や社会的

な判断力の欠落にまでに及ぶのではないだ

ろうか。歴史や理科などをバランス良く習

得して、はじめて社会に対する判断力が養

われるとすれば、それらも大学で学ぶこと

(教えること)となるのだろうか。かねてか

ら「大学生になれば一人前」という考え方

を放棄する必要があることを感じている。

一人暮らしにあこがれて親元を離れる学生

が生活を乱し、学業に専念できなくなる事

態が生じても不思議ではない。学生間のつ

ながりの希薄さも指摘される。こうなれば

学生の生活指導に高校的な要素を加味し、

保護者の参加にたよるしかないのではない

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92 筑波フォーラム70号

か。教員以上に「親身」になれるのはやは

り父母兄弟である。本学類では特に 1、2年

生の保護者に対して「大学に入れば一人前」

という考えを捨ててもらい、親身に見守っ

て頂くよう働きかけを検討している。これ

は学類での対応の一例であるが、学生への

教育成果を高めるためには、カリキュラム

の再構成以外にも今までにない多様な対応

を考えていく必要がある。

 学類に要求される第一の仕事は、学生の

教育である事は紛れもない事実である。こ

のことを第一に考えると、理科系の大学教

育にとって新課程の修了者に対処すること

が最優先の事項と思える。法人化の影響で

大学中が新しい秩序を模索している状況で

はなかなか集中できるものではない。地道

な分析と対策が十年後に後輩からも評価さ

れる事を願う。

 法人化は国立大学にとって、開闢以来の

大変革である。準備の良い大学では数年前

から対策が検討されていたと聞く。筑波大

学でもこの際に不都合のある部分を改善し

ようとする努力がなされ、いくつかの検討

委員会で議論がなされた。これが新しい大

学を作るのならば、理想により近い制度実

現が可能かも知れない。しかしすでに組織

が存在している場合、「慣性の法則」は実行

段階で大きな影響を及ぼし、改革は中途半

端になってしまう。制度の改革を行う場合、

付帯条件を付けないと機能しない場合があ

る。以前の学類中心の制度を大学院中心に

変更する場合、大学院組織が学系に代わり

学類教育に責任を持つ立場になり、この責

任を厳しくまた正しく評価する制度が必要

である。これなしに大学院中心の制度に移

行すれば、学類は人材と資金から見放され

荒廃してしまう。

 法人化と同時進行した大学院中心への制

度移行では、簡素化を期待した。また実際

に実現された気がする。しかし学類の立場

に身をおくと、以前の学系制度に郷愁を感

じる。大学院=研究中心に振り回されるこ

となく学類教育への努力を正当に評価する

制度の構築が急がれる。法人化したことに

より教育面での評価も多様な方法(たとえ

ば給与面)で行える可能性がある。守りに

入らず積極的に法人化が利用されることを

祈る。

(きた えいじ/磁気機能工学)

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93特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

 医学類における教育はすなわち医学に関

する学部教育であり、医学の基礎知識、基

礎的技能と態度を涵養して、卒業後に研修

医、さらに専門医、あるいは医学の研究者、

行政官などの道に進むのに必要な基礎能力

を修得するものである。卒業時点で資格認

定試験としての国家試験を受験し、合格す

ることが教育目標の一つである点も医学の

学類教育の大きな特徴と言える。

 これまで、医学の学類教育は講義と実習

から成り、学生は講義を通して膨大な医学

知識の体系を受け身の形で聴き、臨床実習

も見学型が主体で能動的実習体験は困難で

あった。医学知識は日々新たに変化してお

り、そのすべてを講義の形では到底学生に

伝えることができないし、また学生も十分

に理解・消化できない傾向が強まっている。

また、見学型実習は臨床現場で応用可能な

実践的知識の修得や臨床経験の蓄積に十分

対応できないなどの問題点が指摘されてい

る。本学医学類ではこれらの問題点を克服

し、よりよい医学教育を目指して、長年に

わたる議論をへてカリキュラムの大改革に

踏切っている。新しいカリキュラムは平成

16年度の1年次生より施行され、年次進行

している。

 ここでは医学類でこれまで行ってきた教

育と進捗しつつあるカリキュラム改革につ

いて述べてみたい。

1. 筑波大学医学専門学群医学類の教育目

標と教育システム

 基本的臨床能力および基礎的な医学研究

能力を備えた卒業生の育成を目標にし、そ

の目標を達成すべく全国に先駆けて一般教

育から専門教育までの6年一貫のカリキュ

ラムを導入した点が本学医学教育の特徴で

あり、原点でもある。すなわち 1年次より

一般教養科目に加え、臨床人間学や介護医

療施設の見学実習など早期体験学習などの

筑波大学医学専門学群医学類における教育

大塚藤男人間総合科学研究科教授 医学類長 

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94 筑波フォーラム70号

専門科目を取り入れ、学習への動機づけを

強めるとともに、学生が分野や領域を超え

て統合的に学習できるような専門科目のカ

リキュラムを編成している。具体的には、

専門分野や診療科の組織とは独立した「医

学教育企画評価室(Planning and Control of

Medical Education)」の下で臓器別・症候別

コースごとにコーディネーターの教員を置

き、各分野の基礎的知識・技術とその応用

原理などを関連性をもって修得できるよう

に授業・実習等を編成している(統合カリ

キュラム)。「医学教育企画評価室」には専

任、兼任の教育担当教員とともに教育専門

の技術職員を配置している。統合カリキュ

ラムの立案・評価や学生の成績の分析・評

価、さらに教育・実習支援の実務的をも担

当する広範な機能を持つ組織である。

2.教育活動の実績と評価

 昭和51(1976)年以来、医学教育に関する

シラバスや時間割が全て明示され、講義内

容、5万題を超える試験問題、学生の成績も

すべて資料データとして蓄積している。試

験問題は正解が公開され、正解率、解答率、

識別指数等を試験終了後に各出題教員へ

フィードバックするとともに、学生の疑問・

質問に出題教員が回答するシステムを確立

している。学生による講義や実習の評価も

集計・解析されて、毎年のカリキュラムの

改編に反映している。学習目標達成度や講

義や実習の評価の分析結果は、教員・学生

にフィードバックされ、教員の教授能力の

向上および学生の学習目標設定に利用され

ている。

 このような教育体制は医師国家試験の合

格率が長年トップクラスであることや臨床

現場での本学卒業生の医療者としての高い

評価に寄与しており、平成10(1998)年の「筑

波大学医学教育外部評価報告書」でも高く

評価されている。これまでの教育実績を基

盤に医学教育改革の新しい方向性を目指

した「先進的な医学教育を推進する支援シ

ステム」が平成 15(2003)年度の「特色ある

大学教育支援プログラム」(いわゆる教育

COE)に選定されたのも、このような評価

と関連するものと考えている。

3.医学教育改革

 これまで述べてきたように、本学医学

類は優れた教育体制、実績を有している

が、近年の医学知識・技術の著しい進歩に

伴って医学教育の基本的あり方が問われ

るようになってきている。例えば、近年の

医学・生命科学の進歩に伴う爆発的な知

識量の増加に対応するために、全国規模で

の医学の学習内容の精選・標準化(コア・

カリキュラム)が提唱されている。コア化

された学習内容を応用可能な医学知識に

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95特集「現場から①学群・学類教育」

転化し、さらに最新の医学知識を修得する

には、従来の知識伝授型の教育手法は充分

ではなく、自主的な学習態度の涵養が不可

欠である。また、高齢化、生活習慣病の増

加、患者意識の変化などを背景として医師

には患者に対する全人的診療能力が求めら

れるようになってきており、生命・医療倫

理、コミュニケーション技法、安全対策チー

ム医療の重要性などを体系的に教育する

必要性もある。これらの諸要素に対応すべ

く、医学類では平成 16(2004)年度より、こ

れまでの統合カリキュラムの実績を生かし

ながら、少人数による問題基盤型のテュー

トリアル教育を導入した。また、臨床実習

も従来の見学型から診療参加型、いわゆる

clinical clerkship方式に切り替えて、“on the

job training”を試行することにした。カリ

キュラムを図1のように大幅に改革してい

る。

 新カリキュラムの「医療概論」は1~5年

次のすべての学年に設置され、①患者体験、

②職種間連携、③コミュニケーション、④

医療倫理、⑤健康へのアプローチ、⑥医療

安全・感染予防の項目を自主的学習、繰り

返し体験実習することにより医療人に重要

な人間性や倫理性、コミュニケ-ション技術

を育むことを意図している。

 新カリキュラムのPhaseⅠでは、基礎医学

から臨床医学までの全てのコースについて、

問題解決型少人数グループ学習(テュート

リアル)方式を導入した。これは、事例問

題を中心に自学・自習し、また討論を通し

て問題点を抽出し、さらに自己学習するも

ので、問題解決能力を養うと同時に、グルー

プ討論の中で様々な立場と考え方のあるこ

とを理解して、自分の考え方を纏め、相手

に伝えるなど、コミュニケーション能力や

協調性の習得に役立つ。「今の医学知識を

図1 筑波大学 医学専門学群における新カリキュラム

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96 筑波フォーラム70号

暗記する」のではなく、自己学習能力の向

上を図り、最新の医学知識に基づく医療を

提供するための生涯学習習慣を身につける

ことを目的としている。

 PhaseⅡの臨床技能実習では診療参加型

の臨床実習(クルニカルクラークシップ)、

即ち学生が診療チームの一員として、患者

の同意と指導医の監督のもとで自らの能力

に見合う範囲で実際の診療に参加する実習

形式を本格的に導入する。学生はPhaseⅠで

問題解決能力・自己学習能力を身につけ、

医師としての学習意欲を高めた上で、診療

参加型の臨床実習に臨み、実際の医療現場

で、担当患者の診療を通じた体験に裏付け

られた知識・技能を身につけ、かつ、能動

的に患者に関わり患者と信頼関係の構築を

繰り返し学習する。

 6年次のPhaseⅢは長期間の自由選択実習

で、学内外、国内外の施設において自分の

興味を持った分野を体験・実習し、社会に

向けてのインターンシップとして仕上げを

する。国内の 3次救命救急センターやホス

ピス(緩和ケア)、僻地の診療所などを含む

国内の様々な医療機関、研究室、海外の医

療機関や研究室が実習先で、その選定や申

し込みも、教員の助言のもと基本的に学生

自らが行なう。

 このような新しい意欲的な医学教育を推進

するには教員能力開発(Faculty Development:

FD)の充実が必要不可欠である。これま

でカリキュラムプランニングのための FD、

テュートリアル教育での小グループ討論

に同席するテューターを養成するための

FDほか、随時医学教育関連の講演会を開催

している。テューターは医学系の全教員約

300名が、カリキュラムプランニングには

3分の1にあたるおよそ100名の教員が直接

関わっているが、その多くはFDを受けて円

滑な教育遂行に協力している。

 このような医学類の取り組みによって、

豊かな人間性を有し、他者への理解力に富

み、問題解決能力を持ち合わせた卒業生を

数多く養成し、社会に大きく貢献できるこ

とと期待している。

(おおつか ふじお/病態制御医学、皮膚病態医学分野)

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97特集「現場から①学群・学類教育」

特集「現場から①学群・学類教育」

はじめに

 学類教育について述べるようにと依頼さ

れましたが、医学専門学群、看護・医療科

学類は名前からも推察可能なとおり、看護

学主専攻と医療科学主専攻という2専攻か

ら組織される教育組織です。看護学主専攻

は看護師・保健師等の看護専門職の養成を、

医療科学主専攻は検査技術学を学び、医療

分野のテクニシャンの養成を中心として教

育しています。両専攻はどちらも医療に携

わる専門職者の養成が主な目的ではありま

すが、専門基礎教育のうち数科目は共通で

すが、専門科目はほとんど共通点がありま

せんので学類としてまとめて話すことが適

当とは思われません。したがいまして、今

回は看護・医療科学類のうちの看護学主専

攻についての教育事情であることをまずお

ことわりしておきます。

保健医療現場の今日的問題

 急加速で訪れた少子・高齢社会、核家族

の増加に伴う家族機能の変化や養護力の低

下、人々のライフスタイルや価値観の多様

化などにより、国民の抱える保健医療の問

題は非常に複雑になってきています。また、

医療や経済の進歩・発展によって、多くの

人は寿命を全うすることができるように

なりましたが、同時に悪性新生物、心疾患、

脳血管疾患を代表とする慢性疾患が増加し、

治療よりもむしろ日常の介護を中心とした

支援を必要とする人々の増加に拍車をかけ

ました。さらに、医療施設内では医療技術

の革新的な進歩・発展に伴い、医療がます

ます高度化・専門化しており、看護はもち

ろんのこと、保健医療活動はさまざまな専

門職がそれぞれの専門性を生かしながら協

力・連携することが不可欠となってきてい

ます。そして、こうした現象が看護の活動

の場と役割を一層拡大させることになりま

始まったばかりの4年制看護教育

江守陽子人間総合科学研究科教授 看護学主専攻長

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98 筑波フォーラム70号

した。

わが国の看護教育

 看護は成長・発達のあらゆる段階にある

人々の健康を保ち、より健康になるように、

あるいは病気や健康障害から回復するよう

に、それもかなわぬ場合には安らかな死を

むかえられるように援助することであり、

人々が自立して自分の健康を保ち生活する

ことができるような援助法や技術を解明・

開発する学問であるということができます。

 そのためには、看護を担うのにふさわし

い専門職集団としての高い見識と専門知

識・技術を修得する必要があります。看護

教育は戦後長い間、主に高等学校卒業後 3

年間の専修学校における教育が中心でした。

しかし、医療の進歩や国民の看護に対する

期待に後押しされ、看護の質を保障するた

めの教育内容の見直しが求められたことも

あって、短期大学での教育の時代を経て、

大学における高等教育として看護学を教授

するように変わってきました。

 平成 3年まで、全国の看護系大学はわず

かに 10校足らずでしたが、平成 17年には

127校、大学院は57課程を超えるに至りま

した。筑波大学には今から27年前に国立大

学の中でも最も早く医療技術短期大学部

が設置されましたが、その後、各大学が看

護系の短期大学を次々と4年制に移行して

いったのに比べ、どうしたことかそのまま

の状態を維持し続け、平成 15年になって

やっと看護・医療科学類となって第1回生

を迎えるに至りました。そんな訳で、現在

はまだ 3年目に入ったばかりですので、こ

のように教育をしています、こんな工夫を

しています、などと胸を張って公言できる

状況にはありません。

筑波大学での看護教育の現状

 学生はもちろんですが、教員も半数以上

が胸を躍らせて各地から筑波大学にやって

きた新参者ばかりです。看護・医療科学類

の母体となった、筑波大学医療技術短期大

学部は 27年間ほとんど施設のメインテナ

ンスをしなかったのでしょうか、設備・備

品など全体が老朽化し、教育環境としては

お世辞にも十分とは言いがたいものがあり

ます。おまけに3年制の短大から4年制へと

移行の際は、通常 1学年分の学生・教職員

増に伴う教育・研究棟の増築が認められる

はずなのに、予算の関係で平成18年4月以

降まで建設できないことが判明したことか

ら、急遽プレハブ教室を設置し、何とかそ

の間をしのぐことになるなど、毎日毎日驚

いたり、失望したり、先の読めないスリリ

ングな日々を送っています。

 私などは小・中・高校とも第1次ベビー

ブーマーが通り過ぎた直後の教育を受けて

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99特集「現場から①学群・学類教育」

育ったので、中学校には運動場の片隅に工

事現場の飯場かと見まがうようなプレハブ

教室があったのを妙に懐かしく思い出した

りいたしました。もっとも、今のプレハブ

教室は昔のものと違って「こんな家に住み

たい!」と思わせるほどモダンで空調設備

も備えていて、かえって短大の教室のほう

が見劣りするくらい快適です。難点をあげ

れば、隣の部屋の声が筒抜けで、大きな声

での話し合いが難しいことくらいでしょう

か。

入学試験状況

 少子化が進み、大学受験人口もじわじわ

と減少の傾向にある中、開設 2年目の平成

16年度入学試験では、学類の存在自体がま

だ世間に周知されていなかったことも一因

であったと思いますが、推薦入学の定員 20

名のところ受験倍率は約2.5倍、前期日程1.4

倍、後期日程2.8倍と、筑波大学内でも最低

倍率となり、先行き心細い思いをいたしま

した。優秀な学生を獲得するためには、ま

ずは受験生あるいは高校生に対する広報活

動の徹底が重要と考え、大学説明会をはじ

め、夏休みには高校生向けの体験学習講座、

予備校説明会、高校生の大学見学の受け入

れ、頼まれたら絶対断らない中学・高校へ

の出前講義、ウェブ・サイト上の主専攻紹

介ページの充実、在学生の出身高校への筑

波大学紹介パンフレットを携えての帰省時

挨拶などなど、あらゆる機会をとらえて広

報活動に力を入れました。その成果が少し

はあったのか、平成17年度は推薦入学が2.8

倍、前期日程 2.9倍、後期日程では 8.3倍と、

他学類と比べれば依然低い倍率ではありま

すが、受験生数の漸増傾向という結果とな

りました。もっとも、入学者の出身地別で

は全体の約半数が関東近県者で、そのうち

25%が茨城県出身者で占められており、学

生が日本各地から集まってくるといわれる

筑波大学にあっては、まだまだ全国的な広

報活動の展開の余地があるように思います。

取得資格と教育のユニークな点

 他大学の医療・看護系の養成機関では、

取得免許は看護師・保健師あるいは助産師

が主流ですが、本学の看護学主専攻では看

護師・保健師、助産師の他に養護教諭 1種

の資格取得を可能にした教育課程となって

います。

 専門基礎教育課程の履修後は、ヒューマ

ンケアの中核的担い手になりうる基礎的な

専門能力(知識・技能・態度)を身につけ

た看護学士となるよう、将来は看護・医療

専門職として医療施設のみならず地域社会

において看護師、保健師、助産師あるいは

養護教諭の資格を生かした活動を行えるよ

うな教育をめざしています。また、将来的

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100 筑波フォーラム70号

には、看護学分野の教育や研究に携わり、

指導的役割を担うことのできる人材として

の資質をも期待しており、そのための大学

院(看護科学専攻)開設も並行して準備し

ています。

 ところで、看護教育においてより質の高

い教育とはどのようなものかについては次

の3点にまとめることができると思います。

1.自発的な学習能力を育成する

2. 対象のニーズに応じた看護実践能力を

育成する

3.現状を変革できる力を育成する

 このような教育の目標実現に向けて、看

護学主専攻では新しい教育方法の工夫、教

員側の能力開発(教育・研究)の活性化、

教員・大学組織と教育実習場とのユニフィ

ケーションなどの方策を立てています。

 なかでも、本学独自の新しい教育方法の

工夫としては、4年次学生(1学期終了時予

定)に対し、各看護領域の臨地実習が修了

した段階で、看護実践能力評価試験OSCE

(Objective Structured Clinical Examination)を実

施する予定でいます。看護の臨地教育方法

は、学生が1人の患者を受け持ち、その患者

および家族とのかかわりの中で、看護ニー

ズを判断、看護計画を立案、実行可能な部

分を実践、結果を評価するという形式で行

われるものですが、近年、医療機関におい

ては医療の安全管理体制の強化が進められ

る一方、患者および家族の医療に対する意

識の変化等も加わり、これまで患者を対象

として実施されてきた看護学生による看護

技術トレーニングは、その内容や機会が大

幅に制限される傾向にあります。学生が看

護師免許を持たないゆえに、看護実習内容

については法的・倫理的に解決しなければ

ならない課題も大きいとはいえ、基礎教育

における看護実践能力の育成のためには大

きな障害となってきています。これを補う

ためには、学内において模擬患者によるト

レーニング体制を整備するしかありません。

 OSCEは、他の看護系教育機関でも少し

ずつ試みられ始めているようですが、まだ

確立された教育方法とはなっていません。

本学では、模擬患者を活用しての教育とと

もに、実践能力の質を保障するための教育

の一環として位置付け、人々の健康上の問

題を解決するため、科学的根拠に基づく基

礎的な実践能力が講義・演習・実習で培わ

れたか否かを学生、教員が双方向に確認す

る目的で行うよう計画しています。

学生を磁石のようにひきつけて離さない教育

 看護職が働く組織(病院)の給与条件や

仕事の満足度が高いとき、あるいは看護職

の自立性を促し、意欲を損なわず生きがい

を持って働くことのできる組織(病院)は、

看護職を磁石のようにひきつけて職場に定

Page 81: 筑波フォーラム第70 (抜粋) · 2013. 3. 27. · 筑波フォーラム第70号目次(抜粋) 特集「現場から①学群・学類教育」 生物学類の新たな挑戦

101特集「現場から①学群・学類教育」

着させることができます。看護職が辞めな

ければ、質の良いケアを維持しつつ人々に

提供することができますから、このような

組織(病院)はマグネット・ホスピタルと

呼ばれ、高く評価されています。

 教育プログラム、一人ひとりの教員、教

員組織・大学組織がしっかりしていれば、

学生に対する教育の質は保障されます。

しっかりした教育を受けることができた看

護学生は、やがて質の良い医療を人々に提

供することができるようになります。

 本学類がまさに、マグネットのように学

生をひきつけ、そらさないような魅力的な

組織・集団になることを強く念じていると

ころです。

(えもり ようこ/ヒューマン・ケア科学)