環境・エネルギー分野における市民による デジタル...

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採択課題番号:IDEAS201617 1 環境・エネルギー分野における市民による デジタルアースアーカイブの実証的研究開発 渡邉英徳 * 、田村賢哉 * 、河合豊明 ** 、飛鳥井拓、太田弘 *** 、大島英幹 **** 、仙石裕明 ***** 、尾崎正志 ****** 山内啓之 ***** 、沖田翔 **** 、竹島喜芳 ******* * 首都大学東京システムデザイン学部、 ** 品川女子学院、 *** 慶應義塾普通部、 **** NPO 法人 伊能社中、 ***** 東京大学空間情報科学研究センター、 ****** 立命館大学衣笠総合研究機構、 ******* 中部大学国際 GIS センタ 1. はじめに 環境・エネルギーに関するデータベースや学術成果が公開されるようになってきている。環境問題や資源・ エネルギー問題を考えるうえで当事者となる市民もしくは関係者が、このようなデータベースには容易にア クセスできるようになることは有用である。市民がこれらの情報にアクセスできる環境は整ってきているが、 市民側から持続的に情報発信する体制はまだ普及していない。実際に地域の環境問題や資源・エネルギー問 題を把握しているのは市民であるが、市民側の問題認識やローカルな情報がデータとして共有されるに至っ ていない。また、上記データベースの公開によって、市民による利用実態や情報提供の仕方に関する考察は これまで十分になされていない。 過去に本研究グループが人文学の分野において、原爆の歴史資料や証言をデジタル・アースに重ねるプラ ットフォームを開発した。その際、高校生を対象としてワークショップ形式で情報発信・共有する場を開催 し、市民によるデジタルアースアーカイブを作成することができた。本アーカイブは現在もなお市民によっ て更新され、持続的に運用されている。 そこで、本研究では市民の問題意識を共有し、可視化させるためのプラットフォームを構築する。これま で環境・エネルギーに関する情報は GIS(地理情報システム)や統計ソフトが用いられてきているが、これら は一部の研究者や専門家を除き、市民にとって扱いづらいツールである。本研究では市民が容易に情報アク セスおよび情報発信可能なプラットフォームのあり方をワークショップを通じて実証的に明らかにする。 2. 方法 本研究では環境・エネルギー分野における市民によるデジタルアースアーカイブの実証的研究開発を行う。 昨年度は、市民とくに高校生を中心としたデジタルアースアーカイブの開発とその利用のためのワークショ ップを実施し、それらがもたらす効果についての検証を行った。今年度は、アーカイブする情報の収集とビ ジュアライズ手法の調査研究および、市民のためのワークショップ手法の開発を目指す。 本研究は中学生・高校生を主な対象者とし、学校教師と連携しながら、ワークショップを実施することを 計画している。最終的な成果物として、ESD 教育(持続可能な開発のための教育)に関する教育教材とするこ とを目指す。 環境・エネルギーに関するデータベースや学術成果は、GIS(地理情報システム)や統計ソフトによるものが 多く、市民向けとは言い難い。容易な情報アクセスおよび伝わりやすい情報発信が可能なプラットフォーム の在り方が必要である。 これまで、高校生による、プラットフォーム開発から運用について実証を行ってきたが、その可能性と手 法について知見と示唆が出た。そこで、今年度は、これまでのワークショップ手法を体系化し地域課題解決 のためのアクティブ・ラーニング型学習モデル「ふくちやまモデル」として、その定着化を図り継続的な実 施と、地域住民、商店街、行政との連携を模索した。本研究では、デジタルアーカイブの開発とその利用の ためのワークショップの手法を体系化した。

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Page 1: 環境・エネルギー分野における市民による デジタル …gis.chubu.ac.jp/pdf/collabo_report/2016/201617.pdf採択課題番号:IDEAS201617 2 図1 アクティブ・ラーニング型学習モデル「ふくちやまモデル」

採択課題番号:IDEAS201617

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環境・エネルギー分野における市民によるデジタルアースアーカイブの実証的研究開発

渡邉英徳*、田村賢哉*、河合豊明**、飛鳥井拓、太田弘***、大島英幹****、仙石裕明*****、尾崎正志******、

山内啓之*****、沖田翔****、竹島喜芳********首都大学東京システムデザイン学部、**品川女子学院、***慶應義塾普通部、****NPO 法人伊能社中、

*****東京大学空間情報科学研究センター、******立命館大学衣笠総合研究機構、*******中部大学国際 GIS センタ

1. はじめに

環境・エネルギーに関するデータベースや学術成果が公開されるようになってきている。環境問題や資源・

エネルギー問題を考えるうえで当事者となる市民もしくは関係者が、このようなデータベースには容易にア

クセスできるようになることは有用である。市民がこれらの情報にアクセスできる環境は整ってきているが、

市民側から持続的に情報発信する体制はまだ普及していない。実際に地域の環境問題や資源・エネルギー問

題を把握しているのは市民であるが、市民側の問題認識やローカルな情報がデータとして共有されるに至っ

ていない。また、上記データベースの公開によって、市民による利用実態や情報提供の仕方に関する考察は

これまで十分になされていない。

過去に本研究グループが人文学の分野において、原爆の歴史資料や証言をデジタル・アースに重ねるプラ

ットフォームを開発した。その際、高校生を対象としてワークショップ形式で情報発信・共有する場を開催

し、市民によるデジタルアースアーカイブを作成することができた。本アーカイブは現在もなお市民によっ

て更新され、持続的に運用されている。

そこで、本研究では市民の問題意識を共有し、可視化させるためのプラットフォームを構築する。これま

で環境・エネルギーに関する情報は GIS(地理情報システム)や統計ソフトが用いられてきているが、これら

は一部の研究者や専門家を除き、市民にとって扱いづらいツールである。本研究では市民が容易に情報アク

セスおよび情報発信可能なプラットフォームのあり方をワークショップを通じて実証的に明らかにする。

2. 方法

本研究では環境・エネルギー分野における市民によるデジタルアースアーカイブの実証的研究開発を行う。

昨年度は、市民とくに高校生を中心としたデジタルアースアーカイブの開発とその利用のためのワークショ

ップを実施し、それらがもたらす効果についての検証を行った。今年度は、アーカイブする情報の収集とビ

ジュアライズ手法の調査研究および、市民のためのワークショップ手法の開発を目指す。

本研究は中学生・高校生を主な対象者とし、学校教師と連携しながら、ワークショップを実施することを

計画している。最終的な成果物として、ESD 教育(持続可能な開発のための教育)に関する教育教材とするこ

とを目指す。

環境・エネルギーに関するデータベースや学術成果は、GIS(地理情報システム)や統計ソフトによるものが

多く、市民向けとは言い難い。容易な情報アクセスおよび伝わりやすい情報発信が可能なプラットフォーム

の在り方が必要である。

これまで、高校生による、プラットフォーム開発から運用について実証を行ってきたが、その可能性と手

法について知見と示唆が出た。そこで、今年度は、これまでのワークショップ手法を体系化し地域課題解決

のためのアクティブ・ラーニング型学習モデル「ふくちやまモデル」として、その定着化を図り継続的な実

施と、地域住民、商店街、行政との連携を模索した。本研究では、デジタルアーカイブの開発とその利用の

ためのワークショップの手法を体系化した。

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図 1 アクティブ・ラーニング型学習モデル「ふくちやまモデル」

3. ふくちやまモデルによる実施内容

本研究では、デジタルアーカイブの開発とその利用のためのワークショップの手法を体系化した。

本研究におけるワークショップは、年間5回で構成されている。各ワークショップにはテーマがあり、デ

ジタルアーカイブに必要な地域の情報収集からデジタルアーカイブの開発までを実施する。

Ⅰ.共感

地域の課題を見つけるため、地域のナレッジや経験を集める。そのために、実地調査とインタビューを実

施する。フィールドワーク・インタビューの手法を学習した後、商店街地域に飛び出し、現地の情報を地域

の人にインタビューを行い、資料を収集した。WS終わりには市民からの講演を実施して意欲を高めた。

【手法】

・フィールドワーク

・インタビュー調査

※情報収集に特化している。

【学習効果】

・インタビュー手法の習得

・コミュニケーションスキルの向上

・空間認識能力の向上

Ⅱ.課題設定

前回集めた情報を地図等に落とし込み、分析・考察を行い、地域の課題を明らかにする。集めた情報を紙・

電子地図に落とし込み、分析・考察を行い、互いに情報共有をし、より身近に感じる情報を的確に届けるソ

リューションを課題とした。今回は、ESRIJapan のストーリーマップを利用し、デジタル・アーカイブを作

成した。

【手法】

・GIS を用いたデータ集計・分析

・地域分析・商圏分析

※情報分析に特化

【学習効果】

・ICT・GIS スキルの向上

・課題発見スキル

・分析・考察スキルの向上

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写真 2 ヒアリングの様子

図 2 高校生が作成したデジタル・アーカイブ

http://arcg.is/2mVkdI7

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Ⅲ.アイデア出し

明らかにした課題に対して、どのようなソリューションがあるか、またその背景にあるものは何かを明確

にする。これを行う最初に、地元の方に講演してもらいアイデアのヒントを出して貰った。課題に対して具

体的なソリューションを考え、必要な情報を追加で収集した。最後に全体で発表を行い、互いに意見交換を

行った。

【手法】

・アイデアソン

・外部環境分析、内部環境分析

【学習効果】

・解決能力の向上

・プレゼン能力の向上

・デザインスキルの向上

【今年のアイデア】

①明智光秀のイメージアップ作戦

②商店街に若者があふれるための広報・イベント

③みんなで福知山の魅力をまとめて共有する地域プラットフォーム作成

④子どもが安心して遊ぶ場所を地図にした子育て世代支援マップ

Ⅳ.プロトタイプ制作

必要な技術や知識をインプットし、出したアイデアをブラッシュアップすることでプロトタイプを制作す

る。前回出たアイデアを類似でまとめ、また実現可能性や社会性が高いものに絞り、専門家による知識と技

術のインプットを行い、4つのプロトタイプを制作した。

【手法】

・ペルソナ分析

・プロトタイプ制作

【学習効果】

・ソリューション開発手法の習得

・現状分析能力の向上

・情報発信能力の向上

Ⅴ.テスト・検証

制作したプロトタイプを想定されるユーザーに触れてもらい、具体的なフィードバックをもらう。制作し

たプロトタイプを、地域の方や市役所の担当者といった想定されるユーザーに対してプレゼンし、検証のた

めのインタビューを行った。

【手法】

・ペルソナによる実証

・広報等に用いられる情報発信

写真 2 アイデア出しの様子

写真 3 プロトタイプ制作の様子

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【学習効果】

・プレゼン能力のさらなる向上

・広報能力の習得

・マーケティング思考の習得

4. 結果

高校生はワークショップ一連の流れを通して、地域課題または地域資源をデジタル・アース上にマッピ

ングする演習を行っている。この演習において、地域情報を収集し、収集した情報をストーリーとして整理

し、情報発信する方法を学ぶ。その結果、4つの地域課題に繋がるアイデアが生まれた(図3〜6)。

これらより、この一連のモデルは、課題の解

決につながる新たな価値観や行動を目指した

ESD 教育(持続可能な開発のための教育)の趣

旨に沿っており、ESD に関する教育教材とし

ても活用が見込まれる。

また高校生を対象にしたアンケートを実施

し、下記のような返答が得られた。

・地域を知り、そこの課題を自分たちの課題として考えられている。

・WS以外でも、自分たちで地域課題について考える時間が増えた。

・自分たちで考えてそれを形にして、自分たちの言葉として伝えられる。

こういったことから地域の情報収集とアーカイブの取り組みにおいて生徒の自主性を促す効果が認められ

る。

5.おわりに

本研究では、主にデジタルアーカイブの開発とそれを目指したワークショップ開発を中心に進めてきた。

そのため、その効果について定性的な調査に限られている。今後は、定量的な調査をもとに高校生の主体性、

自主性を明らかにし、その学習効果について検討する必要がある。

定量的な調査結果を進めることで、高校生以外の広義の市民にも本モデルの応用が可能になると考える。

6. 謝辞

本研究は中部大学問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究 IDEAS201617 の助成を受け

写真 4 テスト・検証の様子

図 3 明智光秀のイメージアップ作戦 図 4 商店街に若者があふれるための 広報・イベント

図 5 みんなで福知山の魅力をまとめて共有する地域プラットフォーム作成

図 6 子どもが安心して遊ぶ場所を地図にした 子育て世代支援マップ

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たものです。この場をお借りして本共同研究の世話役を務めて下さった竹島喜芳教授はじめ、本研究に御協

力頂いた私立福知山成美高等学校、福知山公立大学の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

参考文献・データ

1. 渡邉英徳,坂田晃一,北原和也,鳥巣智行,大瀬良亮,阿久津由美,中丸由貴,草野史興(2011)「“NagasakiArchive”:事象の多面的・総合的な理解を促す多元的デジタルアーカイブズ」;日本バーチャルリアリ

ティ学会論文誌第 16巻第 3号,p497-505

2. King,StephenF.Author,Brown,Paul.(2007)Fixmystreetorelse:usingtheinternettovoicelocalpublicserviceconcerns,ICEGOV'07Proceedingsofthe1stinternationalconference

onTheoryandpracticeofelectronicgovernance,p72-80

3. 奥村裕一, 米山知宏(2014)「オープンガバメントからオープンガバナンスへ :欧米の動向を踏まえて」;日本情報経営学会誌第 34巻第 4号,p104-115

4. 庄司昌彦・三浦伸也・須子善彦・和崎宏(2007)『地域SNS――ソーシャル・ネットワーキング・サービス――最前線Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』アスキー