層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物における li 脱離時 …...ったli...

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63 Section B SPring-8 利用研究成果集 2011B1962 BL19B2 層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物における Li 脱離時の結晶構造変化 Crystal Structure Analysis of Layered Lithium-Nickel-Manganese Oxide during Li de-Intercalation/Intercalation Process 笹川 哲也 a , 原田 康宏 a , 浜尾 尚樹 b , 鹿島 徹也 b , 北村 尚斗 b , 井手本 b Tetsuya Sasakawa a , Yasuhiro Harada a , Naoki Hamao b , Tetsuya Kashima b , Naoto Kitamura b , Yasushi Idemoto b a ()東芝 研究開発センター, b 東京理科大学理工 a Corporate Research and Development Center, Toshiba Corp., b Faculty of Science & Technology, Tokyo University of Scienc 次世代高エネルギー密度リチウムイオン電池正極材料として期待される Li 過剰層状マンガン系 酸化物 Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 について、初回充放電過程における粉末 X 回折を測定した。初充電過程において、六方晶(003)ピーク及び(018)ピークの半値幅が増大し、ま た半値幅の増大は充電レートを高めることで抑制されることを見出した。これらの結果は、初回 充放電時に生じる層間距離の乱れが、充電レートを高めることで軽減されることを示している。 キーワード: 二次電池、正極、粉末回折 背景と研究目的: リチウムイオン二次電池の車載用電源をはじめとする大型用途への展開が進むにつれ、正極材 料の更なる高エネルギー密度化が求められている。リチウムを過剰に含む層状マンガン系正極材 Li 2 MnO 3 -Li(Ni,Co,Mn)O 2 は、4.5 V 以上まで充電することにより 250 mAh/g 以上の放電容量を 示すことから、次世代高エネルギー密度正極候補として注目されている [1,2] 。我々がこれまでに行 った Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 の初回充放電後の放射光 X 線回折測定では、充放電過程で原子再配列が生じ ていることが示唆された [3] 。さらに我々は層状マンガン系酸化物 Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 を合成し、対極負極Li 金属またはチタン酸リチウムを用いたセルの充 放電特性を評価した。その結果、負極種の違いによる正極の初期充放電特性の差異は小さかった ものの、初回充電レートを高くすることで、その後の放電時の容量が増大することが明らかにな った。このことから、層状マンガン系酸化物における、充放電時の結晶構造変化と高容量出現の 関係を明らかにする上で、結晶構造変化の初回充電レート依存性を調べることは意義深い。そこ で本研究では、初回充放電過程における層状酸化物 Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 の放射光粉末 X 線回折を測定し、リートベルト解析を行うことによって、その結晶構造変化の充 電レート依存性を明らかにすることを目的とした。 実験: 層状酸化物 Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 は、酢酸塩熱分解法によって合成した。 リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトの各酢酸塩を化学量論比どおりに水溶液中で混合し、 80°C で乾燥させた。乾燥させた試料は 600°C で仮焼成した後、900°C で焼成し、室温まで急冷さ せた。合成した層状酸化物 Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 は、それぞれ導電材及び結 着材と混合して電極化し、対極に Li 金属を用いたセルを作製した。セルは、充電レート 0.08 C 3 C(1 C = 250 mA/g)4.8 V まで充電した後、放電レート 0.2 C 2.0 V まで放電する過程にお いて、100 mAh/g 充電、200 mAh/g 充電、4.8 V 充電、100 mA/g 放電、2.0 V 放電の各状態で抜き 取り、Ar 雰囲気のグローブボックス内で解体し、キャピラリー0.3 mmφ,リンデマンガラス製封管することで測定用試料を得た。Li 1.2 Ni 0.2 Mn 0.6 O 2 及び Li 1.2 Ni 0.13 Mn 0.54 Co 0.13 O 2 4.8 V 充電時の 充電容量はそれぞれ 335 mAh/g360 mAh/g であり、 2.0 V 放電時の放電容量はそれぞれ 235 mAh/g256 mAh/g であった。

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Page 1: 層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物における Li 脱離時 …...ったLi 1.2Ni 0.2Mn 0.6O 2の初回充放電後の放射光X線回折測定では、充放電過程で原子再配列が生じ

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Section B SPring-8 利用研究成果集

2011B1962 BL19B2

層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物における Li脱離時の結晶構造変化

Crystal Structure Analysis of Layered Lithium-Nickel-Manganese Oxide during Li de-Intercalation/Intercalation Process

笹川 哲也 a, 原田 康宏 a, 浜尾 尚樹 b, 鹿島 徹也 b, 北村 尚斗 b, 井手本 康 b

Tetsuya Sasakawaa, Yasuhiro Haradaa, Naoki Hamaob, Tetsuya Kashimab, Naoto Kitamurab, Yasushi Idemotob

a(株)東芝 研究開発センター, b 東京理科大学理工

aCorporate Research and Development Center, Toshiba Corp., bFaculty of Science & Technology, Tokyo University of Scienc

次世代高エネルギー密度リチウムイオン電池正極材料として期待されるLi過剰層状マンガン系

酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2について、初回充放電過程における粉末 X 線回折を測定した。初充電過程において、六方晶(003)ピーク及び(018)ピークの半値幅が増大し、ま

た半値幅の増大は充電レートを高めることで抑制されることを見出した。これらの結果は、初回

充放電時に生じる層間距離の乱れが、充電レートを高めることで軽減されることを示している。 キーワード: 二次電池、正極、粉末回折 背景と研究目的: リチウムイオン二次電池の車載用電源をはじめとする大型用途への展開が進むにつれ、正極材

料の更なる高エネルギー密度化が求められている。リチウムを過剰に含む層状マンガン系正極材

料(Li2MnO3-Li(Ni,Co,Mn)O2)は、4.5 V以上まで充電することにより 250 mAh/g以上の放電容量を示すことから、次世代高エネルギー密度正極候補として注目されている[1,2]。我々がこれまでに行

った Li1.2Ni0.2Mn0.6O2の初回充放電後の放射光 X線回折測定では、充放電過程で原子再配列が生じていることが示唆された [3]。さらに我々は層状マンガン系酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2 及び

Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2を合成し、対極(負極)に Li金属またはチタン酸リチウムを用いたセルの充放電特性を評価した。その結果、負極種の違いによる正極の初期充放電特性の差異は小さかった

ものの、初回充電レートを高くすることで、その後の放電時の容量が増大することが明らかにな

った。このことから、層状マンガン系酸化物における、充放電時の結晶構造変化と高容量出現の

関係を明らかにする上で、結晶構造変化の初回充電レート依存性を調べることは意義深い。そこ

で本研究では、初回充放電過程における層状酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2 及び Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2

の放射光粉末 X線回折を測定し、リートベルト解析を行うことによって、その結晶構造変化の充電レート依存性を明らかにすることを目的とした。 実験: 層状酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2は、酢酸塩熱分解法によって合成した。

リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトの各酢酸塩を化学量論比どおりに水溶液中で混合し、

80°Cで乾燥させた。乾燥させた試料は 600°Cで仮焼成した後、900°Cで焼成し、室温まで急冷させた。合成した層状酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2は、それぞれ導電材及び結

着材と混合して電極化し、対極に Li金属を用いたセルを作製した。セルは、充電レート 0.08 C及び 3 C(1 C = 250 mA/g)で 4.8 Vまで充電した後、放電レート 0.2 Cで 2.0 Vまで放電する過程において、100 mAh/g充電、200 mAh/g充電、4.8 V充電、100 mA/g放電、2.0 V放電の各状態で抜き取り、Ar雰囲気のグローブボックス内で解体し、キャピラリー(0.3 mmφ,リンデマンガラス製)に

封管することで測定用試料を得た。Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の 4.8 V充電時の充電容量はそれぞれ 335 mAh/g、360 mAh/gであり、2.0 V放電時の放電容量はそれぞれ 235 mAh/g、256 mAh/gであった。

Page 2: 層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物における Li 脱離時 …...ったLi 1.2Ni 0.2Mn 0.6O 2の初回充放電後の放射光X線回折測定では、充放電過程で原子再配列が生じ

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Section B SPring-8 利用研究成果集

粉末 X 線回折の測定は、SPring-8 の BL19B2 大型デバイシェラーカメラを用いて行った。波長は 0.5 Å、露光時間は 15 min、測定温度は 300 Kとした。また、リートベルト解析は Rietan-2000を用いて行った[4]。 結果および考察: 図 1に Li1.2Ni0.2Mn0.6O2未充電試料の XRDパターンとリートベルト解析結果を示す。また、図 2及び図 3 に層状酸化物 Li1.2Ni0.2Mn0.6O2 と Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2 における(003)ピーク及び(108), (110)ピークの初回充放電に伴う変化を示す。充電レートは 0.08 Cとした。未充電状態の XRDパターンは、2θ = 7°付近の層内超格子構造に伴うピークを除いて、いずれも空間群 R-3m でフィッティング可能であった(図 1)。しかしながら、Liの脱離に伴い、図 2に示すように、(003)ピークは

低角側にシフトすると同時に、酸素脱離反応が始まるとされている 100 mAh/g以上の充電でピーク幅の増大が確認された。図 3に初回充放電過程における(108)ピークと(110)ピークの変化を、図

4 にこれらのピークの半値幅の変化を示す。ピークの半値幅の増大は、(003)ピークと同様に(108)

ピークでも観測されたが、六方晶 c 軸方向に垂直な層間距離に寄与しない(110)ピークの半値幅は

充放電過程でほとんど変化しない。これは、充電過程で酸素脱離反応が生じるとともに層間距離

の乱れが生じることを示している。(003)ピークと(108)ピークの半値幅は、放電に伴い減少するこ

とから、層間距離の乱れは Li の再挿入により徐々に消失することがわかる。また、Co フリーサンプルに比べて、Co添加サンプルは充電に伴う層間距離の乱れがより顕著であることがわかった。

初回充放電時の半値幅増大への充電レートの寄与を調べるために、充電レート 0.08 C及び 3 Cで

初充電を行った後、0.2 Cで放電した試料の放電過程における回折パターンを測定した。図 5と図6 に、各条件で充放電した際の回折パターンの変化と(003)ピーク及び(108)ピークの半値幅の変化

をそれぞれ示す。4.8 V充電状態における(003)及び(108)ピークの半値幅は、充電レート 0.08 Cの時と比べて、3 Cの時の方が狭く、層間距離の乱れが小さいことがわかる。この半値幅の充電レートによる差異は、100 mAh/gだけ放電した試料においても観測されたが、2.0 Vまで放電すると消失した。 以上のように、Li過剰層状マンガン系正極材料における初回充放電過程での粉末 X線回折測定

から、初回充電時、酸素脱離反応が生じるとともに層間距離の乱れが生じることを確認した。ま

た、この層間距離の乱れは、初回充電レートを高くすることで軽減されることを明らかにした。

図 1.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2未充電試料の粉末 X線回折パターンとそのリートベルト解析結果 (2θ = 7°付近の超格子ピークを除く)

Inte

nsity

(cou

nts)

2θ (deg.)

5 10 15 20 25 30

-10000

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100000

g x y z B

Li1 3a 0.955(1) 0 0 0 0.7

Ni1/Mn1 3a 0.045(1) 0 0 0 0.7

Ni2/Mn2 3b 0.245(1) 0 0 0.5 0.1

Li2 3b 0.755(1) 0 0 0.5 0.1

O 6c 1 0 0 0.2416(1) 0.56

Rwp=5.44%, Re=3.56%

Li1.2Ni0.2Mn0.6O2 (未充電)R-3m a=2.8606(1) Å, c=14.2641(2) Å

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(a.u

.)

2θ (deg.)

100mAh/g充電

200mAh/g充電

4.8V充電

2.0V放電

100mAh/g放電

未充電

(a) (b)

108

110

108

110

図 2. (a)Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び

(b)Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の粉末 X線回折パターンにおける(003)ピークの

初回充放電に伴う変化

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5.6 5.8 6 6.2 6.4

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400000

500000

600000

5.6 5.8 6 6.2 6.4

Inte

nsity

(a.u

.)

2θ (deg.)

100mAh/g充電

200mAh/g充電

4.8V充電

2.0V放電

100mAh/g放電

未充電

(a) (b)

003

003

図 3. (a)Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び

(b)Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の粉末 X線回折パターンにおける(108)及び(110)

ピークの初回充放電に伴う変化

0.5

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2.5

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未充電 100mAh/g 充電

200mAh/g 充電

4.8V 充電 100mAh/g 放電

2.0V 放電

Nor

mal

ized

FW

HM

(110)

(003)

(108)

DischargeCharge

図 4.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2の粉末 X線回折パターンにおける(003), (108)及び(110)ピークの 半値幅の初回充放電に伴う変化

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今後の課題: Li 過剰層状マンガン系正極材料における高容量出現メカニズムの詳細を明らかにするためには、

初回充放電過程における結晶構造変化の更なる理解が不可欠であり、今後、層間距離の乱れを含

めた結晶構造モデルを検討し、Li脱離時の結晶構造変化を明らかにする予定である。 参考文献: [1] M. M. Thackeray et al., J. Mater. Chem., 17, 3112 (2007). [2] A. Ito et al., J. Power Source, 183, 344 (2008). [3] 原田康宏 他, SPring-8利用報告書 2011A2020. [4] F. Izumi and T. Ikeda, Mater. Sci. Forum, 321-324,198 (2000).

JASRI (Received: April 2, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)

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5.7 5.9 6.1 6.30

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19.5 19.7 19.9 20.1 20.3 20.5

Inte

nsity

(a.u

.)

2θ (deg.)

(a) (b)

108

110

003

3C充電

0.08C充電 0.08C充電

3C充電

4.8V充電

100mAh/g放電

2.0V放電

Li1.2Ni0.2Mn0.6O2

図 5.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2の 0.08 Cレート及び 3 Cレートで初回充電した後の放電過程における (a)(003) (b)(108), (110)ピークの変化

図 6.初回充放電過程における Li1.2Ni0.2Mn0.6O2粉末 X線回折パターンの充電レートに 対する(003)及び(108)ピーク半値幅の変化

0.5

1

1.5

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未充電 100mAh/g 充電

200mAh/g 充電

4.8V 充電 100mAh/g 放電

2.0V 放電

Nor

mal

ized

FW

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DischargeCharge

(003)

(108)

3C

0.08C