米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの 大学教育への活用 … ·...

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90 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察 大学は社会を担う人材を輩出していくことが最大の役割である。将来、更なるグローバル化、 情報化が進んだ社会の中で活躍する基礎能力を身に付けるために、大学在学時に自己の専門 と社会との関わりを実践的に学ぶ機会を設けることは、大学にとって必須といっても過言で はない。 筆者は 2014 年に半年間、米国においてアニメ・マンガの受容をビジネスの観点から研究し、 その際に多くの研究者や研究対象である事業者やファンと直接交流した。研究目的に合致した 知見を有する多くの人々と、限られた時間の中で交流することは困難であるが、筆者はポピュ ラーカルチャー・コンベンションに参加することで、この課題を補うことができた。本稿では 筆者が研究において数日間でも大きな成果を得た米国のポピュラーカルチャー・コンベンショ ンが、大学の学外教育の場としても大いに活用できることを提案したい。学生にとっては専門 知識や経験を豊かにするために、さらには研究者にとっては実社会の情報の入手と関係者との 意見交換の場として有効であることを紹介する。 米国では日本のアニメを対象としたコンベンションだけでも、数万人集まる大規模なものか ら数百人の小規模なものまで毎週のように開催されている 1 。本稿では筆者が参加した3つの コンベンション、4 月にアナハイム開催の WonderCon、7月初旬にロサンゼルス開催の Anime Expo(以下 AX)、7 月下旬にサンディエゴ開催のサンディエゴ・コミコン・インター ナショナル(以下 SDCC)のうち、日本の文化のみを対象としている AX と、規模が大きく歴 史も長い SDCC の2つを事例として、いかにして教育や研究の場として活用できるかを述べる。 まずはじめに AX と SDCC はいかなるものか、概要について紹介する。その上で多様なプ ログラムの中から、参加目的別に適したプログラムを抽出し、参加することの意義と具体的な 参加方法をみていく。最後に教育としての効果と課題について考える。 KOIZUMI Mariko 小 泉 真理子 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの 大学教育への活用に関する一考察 1 はじめに:大学の役割とコンベンションの活用

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Page 1: 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの 大学教育への活用 … · 知識や経験を豊かにするために、さらには研究者にとっては実社会の情報の入手と関係者との

― 90 ― 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

大学は社会を担う人材を輩出していくことが最大の役割である。将来、更なるグローバル化、

情報化が進んだ社会の中で活躍する基礎能力を身に付けるために、大学在学時に自己の専門

と社会との関わりを実践的に学ぶ機会を設けることは、大学にとって必須といっても過言で

はない。

筆者は 2014 年に半年間、米国においてアニメ・マンガの受容をビジネスの観点から研究し、

その際に多くの研究者や研究対象である事業者やファンと直接交流した。研究目的に合致した

知見を有する多くの人々と、限られた時間の中で交流することは困難であるが、筆者はポピュ

ラーカルチャー・コンベンションに参加することで、この課題を補うことができた。本稿では

筆者が研究において数日間でも大きな成果を得た米国のポピュラーカルチャー・コンベンショ

ンが、大学の学外教育の場としても大いに活用できることを提案したい。学生にとっては専門

知識や経験を豊かにするために、さらには研究者にとっては実社会の情報の入手と関係者との

意見交換の場として有効であることを紹介する。

米国では日本のアニメを対象としたコンベンションだけでも、数万人集まる大規模なものか

ら数百人の小規模なものまで毎週のように開催されている 1。本稿では筆者が参加した3つの

コンベンション、4月にアナハイム開催のWonderCon、7月初旬にロサンゼルス開催の

Anime Expo(以下AX)、7月下旬にサンディエゴ開催のサンディエゴ・コミコン・インター

ナショナル(以下SDCC)のうち、日本の文化のみを対象としているAXと、規模が大きく歴

史も長いSDCCの2つを事例として、いかにして教育や研究の場として活用できるかを述べる。

まずはじめにAXと SDCCはいかなるものか、概要について紹介する。その上で多様なプ

ログラムの中から、参加目的別に適したプログラムを抽出し、参加することの意義と具体的な

参加方法をみていく。最後に教育としての効果と課題について考える。

KOIZUMI Mariko小 泉 真理子

米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

1 はじめに:大学の役割とコンベンションの活用

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― 91 ―京都精華大学紀要 第四十七号

本稿が、本学だけでなく芸術系の大学やさらには日本の大学の関係者にとっても、海外のコ

ンベンションを学外の教育現場として活用するための一考となれば幸いである。

2 米国のポピュラーカルチャー・コンベンション  (AXと SDCC)の概要

AXは、1992 年より毎年 7月に開催されている北米最大のアニメ・マンガのコンベンション

である。2014 年は 7月 3日から計 4日間、ロサンゼルスのコンベンションセンターで開催さ

れた。来場者数は毎年増加を続け、2014 年はユニーク数 8万人、のべ 22万人にも及んだ。会

場へ入場登録するだけでも 5時間以上かかるのは珍しくない盛況ぶりで、参加者は 20代の若

者が多く、会場は熱気にあふれていた。図1は会場入口付近の様子である。入場料は 4日間で

60ドルと米国の大規模なコンベンションとしては安価であり、その他に 1日券やイベントの

良い席が確保されている高額なプレミア券(2015 年は 225 ドルで即完売)もある。米国の公

益非営利団体である日本アニメーション振興会が主催し、同振興会は米国でアニメ・マンガの

普及や教育を推進し、専門家とファンの交流を促進するための場を提供することを使命として

いる。AXは、もともとカリフォルニア大学バークレー校アニメクラブのメンバーによって、

同振興会とともに 1992 年に設立された。アニメエキスポはその名の通り、日本のアニメーショ

ン、つまり「アニメ」を中心としてマンガやその他の日本のポピュラーカルチャーをも対象と

している。米国企業だけでなく日本企業の出展も多く 2、出展参加者は米国法人からの派遣だ

けでなく日本からの渡米者も多い。2014 年はイベントのゲストとして、日本からは

STUDIO4℃の田中栄子代表取締役、歌手藍井エイルなど 15名以上のアニメーター、脚本家、

歌手らが、米国国内からはアニメ

『美少女戦士セーラームーン』の米

国吹き替え版の声優などが招聘さ

れ、トークやパフォーマンス、サ

イン会を繰り広げた。出展企業数

は 274 社で企業は個別にブースを

展開するとともに、パネルディス

カッション、新作の紹介イベント

なども行った。さらに連日朝の 9

時から夜中の 2時まで、コスプレ

大会、カラオケ大会、ゲーム対戦、 図1:AX会場入口付近の様子(筆者撮影)

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ファンが作成した映像の鑑賞会な

ど、のべ 383 もの多様なプログラ

ムが催され大変な盛り上がりをみ

せた。

次にもう一つのコンベンション、

SDCC についてみていく。AXの

扱う文化は日本文化のみであるが、

SDCC は米国のポピュラーカル

チャーが中心で、アメコミ、映画、

サイエンスフィクションから始ま

り、メディアのエンターテインメ

ント全般へと対象を広げ、日本のポピュラーカルチャーも含む形となり、SDCCはAXに比し

対象とする文化の範囲が広い。SDCCはAXと同じく毎年 7月に、カリフォルニア州サンディ

エゴで 4日間開催され、2014 年には 45周年を迎え人気は高まるばかりである。入場券の入手

は極めて困難で、近年の来場者数は会場の最大許容数の 13万人で推移しており、これ以上増

やすことができない。主催者は非営利の教育団体Comic-Con International であり、その理念

はコンベンションやイベントを通してコミックとその関連の大衆文化への関心と敬意を高める

ことである。多くのメディア・エンターテインメントを対象とし、コンベンションとしての歴

史も長いため、参加者は若者中心のAXとは異なり、子供から年配者まで様々で家族連れも散

見される。入場料は1日 50ドルで前夜祭も含め全期間参加すると、220 ドルにもなる。プロ

グラム内容の構成はAXと類似しており、作品紹介や作家など様々なテーマについてのパネル

と企業の出展ブースが主となっており、出展企業者数は 1,000 社近くにも及ぶ。図2は大規模

なパネルの様子である。その他は、クリエーターによる個人の作品販売ブース、著名人のサイ

ン会、子供映画祭、制作希望のクリエーターと求人企業をマッチングするポートフォリオレ

ビュー、一番の盛り上がりをみせる仮装大会や、コミック界のアカデミー賞と呼ばれるアイズ

ナー賞(The Will Eisner Comics Industry Awards)の発表もある。SDCCはAXに比べ、地

域を問わず多くのポピュラーカルチャーをカバーし、多様な人々が集う伝統あるコンベンショ

ンである。

このように、AXと SDCCはともに大変な盛況を博し、年々盛り上がりを増している。その

プログラム内容は多岐に亘り充実しており、多様な人々が参加し楽しんでいる。

図2:SDCCパネルの様子(筆者撮影)

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3 様々な教育機会となる多彩なコンベンションのプログラム

このように幅の広いプログラムは、大学教育のために様々な活用方法が考えられる。単純に

一般参加者としての見学から、自分の作品を販売したり、研究を発表したり、イベントを企画

するなどの選択肢がある。本章では教育にいかに活用し効果があるのかを考えながら、コンベ

ンションへの多様な関わり方を提案したい。

3.1 日本に伝聞されている情報の深耕

一般入場者として参加するだけでも、すでに持っている知識の正しさを確認し、実際にその

事象がどの程度起きているかを量的に把握することが可能であろう。

「Cool Japan」という言葉が、2000 年過ぎから日本のアニメ・マンガを始めとしたポピュラー

カルチャーの海外における人気を表す言葉としてあまりにも有名になり、本学の多くの学生も

知っている。しかしながら、その真の意味を理解しているものは非常に少なく、政策と関連す

る意味合いとして断片的に、時には否定的に捉えていることが多い。筆者の授業では論を発し

た“Japan’s Gross National Cool”3 から始め、本来のソフト・パワーの定義 4と現在の日本に

おける理解の違いを解説した上で、AXやフランスの JAPAN EXPOの様子を映像で紹介して

いる。学生にとっては、授業の教室で映像をみるだけでも、今まで何となくしか知らなかった

海外での受容の状況、つまり自分の身近なアニメやマンガを、身近ではない海外の人達が本当

に楽しんでいることを、目の当たりにするのは刺激になるようだ。実際にコンベンション会場

に足を運び、この新鮮な驚きを経験すれば、なおさら思考に与える影響は大きいだろう。例え

ば将来、作品制作に携わりたい学生は、作品の対象者として暗に考えていた日本人に加えて外

国人も意識するようになるかもしれない。AXに始めて参加した日本の報道記者は決まってそ

の様子を「人気は知っていたがここまでとは予想しておらず圧倒される」とレポートする。学

生も授業で短い映像をみただけでも同様の感想を持つようだ。

コンベンションの現場を訪れることにより、当然のことながら映像のみに比べてより詳細に

状況を把握できる。授業の映像では外国人へのインタビューで、日本のアニメ・マンガに興味

を持ったことがきっかけで、日本語の単語や会話力を習得したことを話す部分がある。日本の

ポピュラーカルチャーとソフト・パワーとの関係を論じる際に、アニメが好きなため日本文化

全般に関心を持ち、日本語の学習意欲を持つとの話がよくなされる。この事実は正しいが、メ

ディアなどの伝聞だけだとコンベンションにおいて外国人の多くが日本語を話し、他の日本文

化にも関心を持つと解釈してしまいがちである。しかし、筆者自身も昨年の米国滞在によって

始めて明確に認識したが、日本のアニメ・マンガ好きの外国人すべてが日本文化全般に対して

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も興味を持っているわけではない。今回AXで私が様々な場面で出会ったアニメ・マンガファ

ン 10名に訊ねたところ、10名のうち日本食やその他の日本文化にも関心が高いのは4名であ

り、全く関心がないと明確に答えたものも1名いた。10名にランダムに聞いただけなので全

体的な傾向とは断言できないが、少なくも多くの米国ファンが日本文化に強い関心を抱いてい

るとは言えない状況だ。この例のように、コンベンションに参加することにより、すでに日本

で流布している情報、この場合は日本のアニメ・マンガ好きが日本文化全般への関心に結びつ

くことが、どの程度の量で起きているのかを理解できる。筆者にとっても今回、日本における

報道内容や各所で繰り返し述べられている事実が、実際にどの程度の規模で起きているかがわ

かり、今後の授業内容の向上や、研究調査の方向性を決める上で大変有意義であった。

さらに既知の情報の補正に加えて、現在進行している状況を理解し、新しい知識を獲得する

ためにも当該コンベンションは有効だ。例えば、米国において今どういった作品がどの程度人

気かは、企業パネルや参加者のコスプレのキャラクターから推測できる。企業パネルの内容は

自社作品の紹介が主体で、米国人参加者はお気に入りの作品が登場すると歓声をあげて喜びを

表す。このためどの作品がどれくらい人気か、期待されているかは、参加者の反応によりつぶ

さにわかるのだ。そしてコンベンション会場では、50名に1名程度はコスプレをしており、

そのキャラクターからも推測できる。ちなみに筆者はやはり『ONE PIECE』、『NARUTO―ナ

ルト―』、『美少女戦士セーラームーン』は不動の人気があり、最近の作品では『キルラキル

KILL la KILL』、一時のピークは若干過ぎたが『進撃の巨人』が 2014 年夏時点で人気が高いと

感じた。

このように日本とは環境の異なる現場であるコンベンションは、ただ参加して見学するだけ

でも日本に伝聞されている情報の補正と、現在何が起きているかを知ることができる場となっ

ている。

3.2 調査の場として

さらにポピュラーカルチャー・コンベンションは、明確な目的や視点をもって参加し、分析

することで見識を深めることにも有効だ。

AXでは毎日 100にも及ぶパネルで専門家が話し、聴衆と質疑応答する。例えば参加目的を、

「米国におけるマンガの出版方法の検討」とし、2014 年のプログラムを選ぶと米国でコミック

出版社を起業する方法について議論するパネル、数日間にわたる著作権の初級講座、マンガの

英語翻訳の歴史や仕組みについて議論するパネルなど、次々と関連のパネルが展開される。そ

して企業ブースでは、大手のVIZ Media, LLC や Kodansha USA, Inc.、小規模のMANGA

UNIVERSITYといった出版社の担当者にその場で直接質問したり、自由に会話することがで

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きる。

SDCCでは大学の授業の一貫として、学生によるフィールド調査プログラムがある。

Wittenberg University を中心に全米の大学から希望した学生、今回は 11名が SDCCで実際に

インタビュー調査などを実施し、中間成果をパネルで報告した 。この報告会は学生の登壇者と

聴衆の議論が活発で、今回の調査を学生が今後どのように分析し発展できるかというフィード

バックも聴衆から得ていた。昨年度までの成果はBolling et al. (2014) に纏められている 5。

そして学生だけでなく研究者にとっても、本格的なフィールド調査の場となる。研究調査例

としては、會澤(2013)がある 6。同研究では、2010 年にコネチカット州で開催されたアニメ・

コミックコンベンションConnectiCon2010 において、参加者 83名に日本のポップカルチャー

に関するアンケート調査を実施し、アニメ・マンガに出会ったきっかけなどを明らかにした。

筆者も今回企業ブースにおいて、日本の作品を海外展開する際の海外側の課題、例えば権利処

理や海賊版対策の難しさについて、インタビュー調査を行った。通常、複数企業へのインタ

ビューは各企業を訪問して行うため、特に海外企業ともなれば多くの時間、手間、旅費を要す

る。それをコンベンションの企業ブース会場という一か所で、数社の担当者に数日間で纏めて

話を聞くことができるため大変効率的である。企業の出展者もコンベンションのためだけに時

間を確保しているので、アポイントもとりやすい。

このように当該コンベンションでは、多様なプログラムがあり多くの関係者が集まっている

ため、またとない情報を収集する場となっている。以上、本節まではコンベンションにおいて、

どのような形で米国側の有益な情報に接触し吸収できるかをみてきた。次に、日本側から情報

を発信する方法や効果についてみていきたい。

3.3 作品発表の場として

AXや SDCCでは作品を発表したり販売するプログラムもあり、これには3つの方法がある。

1つはArtist Alley7 と呼ばれる個人のクリエーターによる作品販売ブースである。イメージ

は日本のコミックマーケットの同人誌販売に似ている。2014 年の出店者数はAXでは約 440

組にものぼり、そのエリア面積は全企業ブースの4分の1もあり、SDCCでも約 210組にも及

ぶ。規模のより大きいAXの詳細を紹介すると、商品の幅は狭くポスターが最も一般的で、1

点ものではなく複製可能な商品がほとんどである。値段はA4サイズより少し大きめのポスター

で 1枚 10ドル程度、シールが数ドル、缶バッジが小さめで 2ドルであった。筆者の個人的な

感覚では高いと感じたが売り切れが続出していた。来場者は他の場所では手に入らないお気に

入りの作品を発見し購入するのが醍醐味といった様子であった。その場でみて価値が判断でき

るような商品ばかりで、日本で販売が盛んな同人誌のようなストーリーのある作品は、筆者が

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確認した範囲ではなかった。AXのホームページ 8によると販売する商品について細かい規定

はないようだ。

コンベンション会場で制作者本人が販売するため、購入者との間で会話がはずむ場面が頻繁

にみられた。作品の人気やクォリティーにはばらつきがあり、予想外に売れ行きがよく商品が

なくなっていたり、全く売れないためか販売者が長期に不在だったり、たまに店の前に人が立

ち止まると買ってもらえるかとの期待でドキドキしながら見守る制作者など、制作者は自己の

作品の市場評価を目の当たりにしていた。制作者はいくらでどういった人がどれだけ購入する

のか、はたまた気に入ってくれたものの購入には至らないのかを、つぶさに体感する。このよ

うにArtist Alley に出展することで、自らの作品が対象者にどのような評価を受けるか、販売

数により客観的に、そして来場者との会話から作品がどのように受け止められているか、自分

の意図が通じているかを理解することができる。

参加希望者のために、具体的な参加方法を記しておく。SDCCの場合は、前年の9月(開催

の 10カ月も前)に申込む。申込書には、基本的なプロフィールとともに作品の種類、成人向

け内容を含むかなどを記入し、審査を受ける。申し込んでも、必ずスペースが確保されるわけ

ではないようだ。費用は、最少のスペース(約1.2平方メートルのテーブル)で 350ドルを支

払う。それ以外の SDCCに支払う費用、例えば売上に応じた支払いなどはない。日本で盛ん

な同人誌の販売活動を経験するメリットとして、作品を作り販売するのに必要な作業や費用を

知ることがある。同コンベンションの作品販売においても同様の効果があろう。

そしてArtist Alley に加えて作品を販売する2つ目のプログラムに、Art Showがある。1

点ものの作品(油絵やアクセサリーなど)をオークション形式で販売するコーナーだ。SDCC

では、コミック以外のポピュラーカルチャーに関する作品が対象である 9。オークション形式

での販売のため、SDCC期間中に亘って作品が展示され、その作品をみた購入希望者は購入希

望金額を提出しておき、会期最終日に最高額の提示者が落札する。制作者は高めの即決価格を

提示することも可能で、その額で納得がいく購入希望者はオークションに参加せずともその場

で購入できる。このプログラムの参加希望者は、プロフィール、作品のジャンル、プロかアマ

かといった情報を書類に記入して申し込む。始めての参加者は、どのような作品を制作してい

るかを示すホームページや写真の提出が求められている。明確な申込み締め切り日はなく、申

込み順に審査し一杯になったところで締め切る。このArt Showはオークション形式のため自

分の作品の市場価格を明確に知ることができる。しかし、前記のArtist Alley と異なり委託販

売なので、購入者との直接的な交流はほぼない。どちらを選ぶかは、販売作品が1点ものなの

かどうかや、作品がコミックよりかどうかによって判断するとよいだろう。

そして3つ目の作品発表の場として挙げられるのが、AXのAMVの鑑賞プログラムである。

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AMVとはAnime Music Video の略で、ファンが既存のアニメ映像に既存の曲を合成、編集し

た映像のことである。日本のMADムービーに近く、米国ではファン活動の一つとして定着し

ている。AXではコンベンション期間中、AMV上映用の専用会場が設けられ、連日朝から晩

まで作品が上映されるとともに、ロマンス、ダンスとジャンル別に優秀作品を表彰するコンテ

ストも開催される。同コンテストは数千人規模の会場で開催される人気のプログラムだ。米国

や日本に限らず、リアルな場でこれだけ大勢の観衆に映像作品を発表する機会は滅多にないだ

ろう。もしコンテストに出場できて米国人の数千人の反応を味わうことができたならば、米国

人はとにかくリアクションが大きいことも拍車をかけて、一生忘れられない経験となるであろ

う。そして他の作品の鑑賞は内容が参考になると同時に、他の作品に対する観衆の反応を知る

ことで、人々が求めるものへの理解にもつながる。

以上のAXやSDCCの3つのプログラムにおいて、自分の作品を販売したり発表することで、

米国人と直に交流したり大勢の反応を知る貴重な機会を設けることができる。

そして長期的な視点を持ってこの効果を考えると、多くの日本の作家が本プログラムに参加

することにより、日本の作品のさらなる多様性にも結び付くかもしれない。先にも述べた筆者

の担当授業では、アニメ・マンガが海外(アメリカ、フランス、ドイツ)で受容された経緯、

課題について学生と考えている。その際に毎年学生から指摘があるのが、日本の作品は暗に日

本向けに制作されていること、作者として海外の視聴者、読者の反応を直に知る機会がないな

ど、日本と海外の交流の希薄さは残念だとの点だ。海外との接触が活発になれば、そもそもの

日本らしさに加えて、新しいタイプの作品も生まれる可能性がある。ただ単に作家が作品制作

後に反応を知るという短期間の効果だけでなく、その反応を知ることによってその後の制作活

動に影響を与え、またその新たな作品から影響を受けた作家が生まれるなど、ひいては日本の

作品の発展につながることも考えられる。米国においてアニメ・マンガは 1990 年代後半から

人気が上がり始め、2000 年に入ってさらなる高まりをみせて久しい。米国で放送された日本

製アニメの初出本数は、2003 年から 2005 年はピークの 30本前後であったが、2013 年には 6

本となった 10。マンガの市場規模は 2007 年に 2億1千万ドルとアメリカンコミックス(以下

アメコミ)4億 3千万ドルの約半分にまで迫った後、その後はゆるやかに落ち込み 2012 年に

は 1億 1千 3百万ドルとなっている 11。2014 年時点現在では一時のブームが落ち着いたかにみ

える。このような先が明るいとは言えない状況の中で、日本らしさを保ちつつも新しい要素も

取り入れ、もともと多様な作品をさらに強化していくことは、日本のアニメ・マンガの発展の

一助となろう。

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― 98 ― 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

3.4 米国の専門家による作品評価

米国でマンガ家としてデビュー

する方法はいくつかあるが、その

一つとして重要な役割を果たして

いるのが、コンベンションにおけ

るポートフォリオレビュー・プロ

グラムである。SDCCの本プログ

ラムでは、制作希望のクリエーター

と、求人中の企業をマッチングす

る。本会場には 10 個程度の個別

ブースが設けられ、制作希望のク

リエーターは、希望する企業の面接を入口カウンターで予約し、スケジュールに沿って、作品

を持込み個別に面接を受ける。本会場だけは活気のある他会場に比べて、真剣な雰囲気に包ま

れていた。図3に会場ブースの様子を示した。SDCCではWalt Disney Animation Studios、

Cartoon Network Studios、LEGO Systems, Inc. などが発注側の企業として参加していた。筆

者の友人のアメコミ作家も毎年 SDCCのポートフォリオレビューに赴いている。彼によると

参加の目的は受注だけでなく、今後の制作のために作品の長所、短所をプロから指摘を受けた

り、企業のニーズを把握したり、自分でスケジュールを管理する中で制作期間の節目になるこ

ともあるという。クリエーターを目指す、特に海外を作品の発表の場として考えている学生や、

すでにプロとして活躍する教員にも適しているプログラムだ。技術が習熟してきた学生にとっ

て、参加を目標におくことは腕を磨くために有効であろうし、米国や海外向けに作品制作を考

えている者は仕事を得る機会ともなる。AXや SDCCでは一同に様々な人々が会しており、本

ポートフォリオレビュー・プログラムに限らず、人生の転機となるような人との出会いもある。

日本でマンガアシスタントをしていた米国人も、SDCCで講談社の編集者と出会ったことが

きっかけだと聞いた。

3.5 研究発表の場として

大学院生や研究者向けの学術研究の発表プログラムもある。AXはアニメとマンガ、SDCC

ではコミックに関する学会の大会が、コンベンションのプログラムの一つとして全日に亘って

開催される。

AXでは、2014 年で 4回目となる“AX2014 Anime and Manga Studies Symposium”におい

て、基調講演、ラウンドテーブル、研究発表の分科会が開かれた。アニメとマンガを研究する

図3:SDCCポートフォリオレビューブースの様子(筆者撮影)

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多様な分野の発表者をつなぐことにより、意見を交換し新しいコミュニティを作ることを目的

としている。発表者は大学教員と大学院生が中心で、分科会ではそれぞれの研究を発表し議論

するなど、通常の学会大会と同じである。異なるのは一般向けのコンベンションで開催されて

いるため、聴衆が研究者だけでなく一般大衆も含んでいることだ。今回の分科会のテーマは、

作品の登場人物、作品に登場する日本の歴史、ファン活動、著作権であった。2014 年はメディ

アミックスを取り上げる研究が目立った。メディアミックスの手法は、日本で広く活用されて

いるが米国でもここ 2、3年展開する商品の幅が拡大している。米国のアメコミでは、以前は

コミック、映画、テレビ、簡単な人形やTシャツ程度の関連商品に留まっていたが、最近は

例えば、ギター、充電器などと非常に多様になってきている。この社会の動きが研究の活発化

の背景として考えられる。その他の研究には、サウスカロライナ大学准教授のDavis Northrop

氏が、膨大なインタビュー調査を基に、戦後から現在に至るまでの、日本のマンガ・アニメ制

作者とハリウッドの映画・テレビ制作者が、相互の作品から受けた影響について報告した。

400名ほどの会場は一杯で活発な議論がなされた。本学会大会は、様々な分野の研究報告があ

るため、専門以外にアニメ・マンガに関しどのような研究があるかを垣間見る良い機会となる。

発表希望者は発表の要旨と履歴書により3か月前に応募し、査読後発表者が決定される 12。

AXでは日本からの渡米者も多いが、ビジネス目的がほとんどで一般参加者や研究者は非常

に少ない。今回の 35の発表のうちゲスト講義以外で、日本名を持つ者の発表は米国大学に属

している研究者1名のみで、日米の共同研究と推測されるものも一つもなかった。そして発表

者・聴衆を含めて、日本人の参加者はゲストスピーカーとその関係者、発表者1名、そして筆

者のみ程度であった。この研究交流の希薄さは、日本側からのアプローチだけでなく、米国側

からのアプローチにも課題があるかもしれない。ある分科会では、聴衆からアニメ・マンガを

研究するにあたり、どの程度の日本語が必要かとの質問に対し、最近は研究が活発化している

ので日本語は必須ではないという米国の研究者の発言も聞かれた。そして日本人にとっては一

般的な事実、例えばマンガ雑誌と単行本との関係を理解せずに分析している研究もあった。研

究が世界で本格化しはじめたのはここ 10年と歴史は浅い。今後の海外における誤解のない研

究のためにも、日本側からも海外の研究者と交流する努力を、海外の研究者においても日本へ

の見識ある理解と姿勢を持つことが望まれる。

そして SDCC でも類似の、2014 年で 22 回目となった学術プログラム“Comic Arts

Conference”がある。5つのパネルディスカッション、10個の分科会、そしてポスターセッショ

ンから構成されていた。図4はポスターセッションの様子である。その目的は、コミックとい

うメディアの本格的な研究に関して、研究者、コミックに関係した職業の従事者、批評家、歴

史家が一堂に会し交流することである。そのためコミックが研究対象であれば、あらゆる学問

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― 100 ― 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

分野の研究が含まれるし、研究者

だけでなく業界関係者、一般参加

者が集う。発表希望者は、研究要

旨により応募し査読後発表者が決

定される 13。今回の発表では、個々

の作家や作品についての分析、ジェ

ンダー研究、新聞の風刺漫画の民

族と政治の研究、デジタル著作権

など近年のビジネス環境の変化が

コミックの創造性について与える

影響などがあった。このようにコ

ミックに関連した様々な分野の研究が一般向けに報告され、これらの研究成果の一部は、

International Journal of Comic Art などの学術雑誌に論文として纏められる。本学会で発表し、

受けた講評をもとにブラッシュアップし同雑誌に投稿するのもよいだろう。

このAXと SDCCの学術発表プログラムが他の学会大会と違う点は、先にも述べたように、

聴衆が研究者からファンまでと広いことだ。聴衆と研究発表者の活発な議論が多くみられ、一

般参加者からの質問内容は、学術的バックグラウンドはないかもしれないが、そのまま研究テー

マとして意義があると思うものもあり、聴衆の視野の広さや意識の高さが感じられた。このよ

うなポピュラーカルチャーに関する、一般を中心にクリエーター、事業関係者、学術関係者が

一堂に会し、交流する大きなイベントは日本にはおそらく存在しないのではないだろうか。ポ

ピュラーカルチャーを研究対象としている研究者は、その享受者である一般大衆やファンと接

することが、新しい示唆の獲得や深い分析へと結びつくこともあるであろうし、研究者である

筆者も再度参加して研鑽したいと考えている。

3.6 日本からの米国のアニメ・マンガ関係者への情報提供

前節までは本学を中心に大学の教育のために、米国のポピュラーカルチャー・コンベンショ

ンをどう活用するかについて考えてきた。本章の最後に、我々が米国のファンなどに向けて、

日本の大学内の知的資源を活かしてどのように貢献できるかを考えてみたい。

米国のファンは、日本でどの作品が流行しているか、いつ新しい作品がリリースされるかと

いった情報にはとても敏感である。しかしながら、アニメをみてマンガを読む日本人ならば誰

もが常識として持つ事象や背景は必ずしも持ち合わせていない状態で、アニメやマンガに親し

んでいる。この状態を全否定はしないが、米国滞在中に誤解を残念に思う場面も多々あり、そ

図4:SDCCポスターセッションの様子(筆者撮影)

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― 101 ―京都精華大学紀要 第四十七号

の背景をファンに説明すると興味を示し多くの場合正しい解釈により作品を楽しもうとした。

このような情報にある程度の関心はあるが、情報源と接する機会がないため、理解が進んでい

ないように感じた。ここに本学や日本側からのアプローチが果たす役割があるのであろう。

このために、当該コンベンションにおいてパネルやワークショップを日本側が主体となり開

催してはどうだろうか。AXにおいてはアニメ・マンガを中心として、SDCCはエンターテイ

ンメントに関係して、あらゆる内容のイベントが開かれている。本目的に適したイベントのテー

マを現在のプログラムやその参加者の反応から類推すると、アニメ・マンガの制作側の立場に

なるためには何をすべきなのか、またはどうすれば制作能力を向上できるかに関心が高い。本

内容は、まさに本学は最適な情報提供機関の1つであろう。ここでは、今後プログラムの主催

を検討するために、実際に行われたプログラムを2つほど紹介したい。

過去のコンベンションでも度々行われているのが、マンガ制作のワークショップである。今

回のAXでは、国際日本文化研究センター教授の大塚英志氏とマンガ家中島千晴氏が講師とな

り、翻訳者が入る形で2日間に亘り計2時間 30分かけて行われた。参加者は1回目は 120名

程度で、2回目は 30名強であった。まず1回目は講義から始まって、2回目には宿題を持参

し講評を受ける。1回目は大塚氏によるマンガに取り込まれている映画の手法についての講義

が中心で、絵コンテの宿題が出された。翌日の2回目は提出された宿題1つ1つをスクリーン

に映し、マンガ家である中島氏が空間の取り方や、全体のコマのバランスなどをコメントし皆

で聞いていく形であった。2日目は課題を制作し連続で出席してきているだけあり、真剣に聴

講し静かに集中している雰囲気で、実践的な話には非常に関心が高かった。参加者の制作能力

は素人の筆者の判断であるがそれほど高くはない。参加者の 6割から 7割が手塚治虫氏を知っ

ており、また参加者には本学への留学に関心のある者もいた。英語のマンガの描き方の教科書

は数多く出版されているが 14、キャラクターなどの絵の描き方を教授するものが大半で、本ワー

クショップでコマ割りやストーリーの重要性、さらに映画との関連について学び新たな視点を

持てたことは、わずか2時間半とはいえ参加者にとって今後の取り組み姿勢に示唆を与えたの

ではないだろうか。

そしてAXでは“How To Draw Manga And Portfolio Review”と題し、もう一つマンガの

描き方の講座があった。こちらは、ワークショップではなくパネルであった。米国人の英語マ

ンガの出版事業者と、マンガの描き方講座と題しているがマンガ家ではない、米国で活躍する

日本人アニメーターの計2名がパネリストとして通訳なしで実施された。会場は 200名の聴衆

で満席であった。内容はアニメーターが、米国で人気を博している『キルラキルKILL la

KILL』のキャラクターをソフトで描く様子をスクリーンで映し出し、参加者がそれを見なが

ら手元の紙に真似して描くという内容であった。単純な内容だが満足度は高かったようで、最

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― 102 ― 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

後の議論の時間は多くの質問が飛び交った。

前者のワークショップは本格的に作家になりたい人へ示唆を与える深い内容であり、後者は

より広範な層を対象とし米国人のニーズを捉えたパネルであった。ワークショップはパネルよ

りもより密な交流が可能であろう。本学としては京都国際マンガミュージアムが主体で、欧州

などでマンガ制作ワークショップを行った過去の経験も活用したい 15。

次に制作講座以外のイベントで、日本の専門家が参加すれば、聴衆が断片的な情報の組み合

わせではなく体系的な理解に寄与すると感じたパネルを一つ紹介する。SDCCでは、“Making

a living in Manga in Japan”と題し、つまり日本でマンガ家になり生活していくための方法を

実践的に伝えるパネルがあった。司会はマンガ!コミックス!マンガ!編集長のDeb Aoki氏、

討論者は5名の米国人で日本人はおらず、米国のマンガ流通事業者であったTOKYOPOP, Inc.

の元編集者Lillian Diaz-Przybyl 氏、マンガ雑誌(講談社)に連載経験を持つ米国人マンガ家

Felipe Smith 氏、日本でマンガアシスタントをしていた Jamie Lynn Lano 氏、そして日本から

インターネット経由で米国人のマンガ家Steven Cummings 氏が参加した。時間は 1時間で開

始直後は 50名ほどと少なかったが最終的には 100名程度になっていた。登壇者は、日本にマ

ンガ家、マンガアシスタント、編集者として滞在した経験について、特に印象に残った点を語

り合った。つまり米国人にとって驚いた事実、例えばマンガ家と編集者の密な関係、アシスタ

ントはマンガ制作の手伝い以外の雑用もこなすこと、連載におけるスケジュールの過密さなど

の話題が提供された。そしてマンガ家として生活するための実践的内容、例えば日本で連載マ

ンガ家になるためには、マンガの収入が得られるまでにアシスタントを雇う費用がいくら必要

といった内容もあった。これらの情報は、日本の滞在経験者の生の話であり真実ではある。し

かし日本と米国でのシステムが違う理由や背景の説明、米国人にとって特殊であろう、例えば

アシスタントがマンガ家になるためのキャリアパスであるといった説明はなかった。情報が足

りないために聴衆の米国人にとっては、なぜそのような大変な仕事が存在するのかといった雰

囲気であった。日本から体系だった話ができる登壇者がいれば、聴衆にとって異文化のインパ

クトのある事実だけでない深い理解につながったであろう。

日本からの情報提供や教育の方法としてはパネルやワークショップ以外には、企業ブースへ

の出展も考えられる。企業ブースでは米国の教育機関も出展していた。AXでは、American

University of Health Sciences、SDCC では Academy of Art University、Art Instructions

Schools、Gnomon School of Visual Eff ects、Los Angeles Academy of Figurative Art、UCLA

Extension Writers’ Programがブースを構えていた。これらの中で、日本のアニメ・マンガに

特化したプログラムを提供している教育機関はないようであった。Art Institutions Schools は、

1914 年から主に通信制でカトゥーンの描き方を教えてきた伝統ある教育機関で、『ピーナッツ』

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で有名なCharles Schulz氏は修了生である。歴史があり充実したコース内容を展開しているが、

マンガについては教育していないと広報担当者が話していた。サンディエゴ州立大学図書館コ

ミックコレクションの司書も述べていたが、マンガについて教育したりコレクションを充実さ

せたいと思っているが、どう手をつけてよいかわからないという。世界最大のコミック研究機

関を持つオハイオ州立大学に別機会に訪問した際にも、マンガコレクションの担当者以外はマ

ンガへの関心はあるが知識は乏しく能動的に行動するほど必要性も高くないと推測された。マ

ンガの知識を持った人材もいないし、教育の必須というほどニーズが高い分野でもないといっ

たところが、マンガが置かれている現実なのかもしれない。この現状に求められている人材を

マッチングすることができれば新しい動きが生まれる可能性もある。このような教育機関や図

書館には本学の卒業生が活躍する場があるのではないだろうか。企業ブースへの出展は、他の

教育機関や企業とのネットワーキングにもなろう。本学は過去の東京国際アニメフェアなど日

本における展示会の経験を海外版として発展させることもできよう。筆者がAXで出会った一

般参加者の中には本学について知っているものもあり、本学の英語パンフレットを渡すと目を

輝かせていた。このような人達や機関と出会う機会としても当該コンベンションは役立つであ

ろう。

4 おわりに:コンベンション参加のための課題

以上のように、作品制作においても、研究においても、アニメ・マンガを通した日米の相互

理解のためにも、当該コンベンションが様々なチャンスに恵まれた場だと理解して頂ければ幸

いである。ここまで主に参加の効果について論じてきたが、最後に参加のための課題とその対

策について考えてみたい。

まずは、海外渡航費や入場料といった費用が必要である。費用の節約策としては、コンベン

ションでボランティアをする方法がある。AXでは1,500人以上のボランティアが運営に携わっ

ており、40時間の労働と事前研修を受けることで、基本的な食事と宿、4日間の入場チケッ

トが提供される。米国は宿泊費が高いため大幅な費用の節約になるだけでなく、コンベンショ

ン運営の舞台裏を見たり、一般参加者、出展企業、コンベンション主催者との交流も経験できる。

グループとして参加する場合には、少人数のみが渡米するか米国の参加者の協力を得て、日

本と会場をインターネットで中継するイベントの企画も考えられる。今回もあるパネルでは、

日本からパネリストがテレビ会議スタイルで参加しており、大勢が渡米しなくても、ファンら

との交流がインターネット経由でも実現できるだろう。

そして、もう一つの大きな課題は英語力だ。英語力があるに越したことはなく、その語学力

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― 104 ― 米国ポピュラーカルチャー・コンベンションの大学教育への活用に関する一考察

に応じて適切なプログラムを選ぶしかないだろう。フィールド調査には高い英語力が必要であ

ろうが、作品を販売するだけであれば販売までの手続きなどは日本で英語力があるものに支援

を受ければ、さほどの英語力は求められない。また、研究発表は時々海外の学会大会でもみら

れる光景だが、日本で翻訳原稿を用意しそれを発表時に読むという方法もある。パネルでは許

可を得て録音し後で翻訳を依頼するか、インタビューでは通訳に同伴してもらう方法もあるで

あろう。実際、今回日本人パネリストの多くが通訳を介しており、通訳はプロではなく他のパ

ネリストで日本語堪能なものか、大学院日本研究科に所属する学生であった。

 英語力などの課題がある場合は、本稿で提案してきた色々な参加方法の中で、当該コンベ

ンションの参加経験ないままにイベントを企画することはハードルが高いであろう。環境が許

すならば企画成功のためには、1回参加して企画の要件を理解した上で、翌年以降に実施する

のが望ましい。筆者自身も、半年間の米国滞在でようやく理解できたことや、日本の常識を米

国にもあてはめて判断を誤ることがあると痛感した。例えばアンケート調査の準備段階で気づ

き内容を補正した重要な点として、日本ではアニメとマンガを楽しむ層は重なりが多いが、米

国ではマンガは読むがアニメはみない、または逆という人が多く存在することだ。渡米以前に

本知識を持ちえなかったのは、勉強不足もあるが二次情報のみではなかなか把握しにくい。本

事実は筆者の研究のアンケート調査において必須の知識で、知らずに調査を実施したならば適

切な分析はできなかった。日本と米国で環境が違うからこそ実際に訪れる意義がある反面、深

い関わり方をする場合には留意も必要だ。

 このように留意点や課題もあるわけだが、これらを軽減して参加できたならば、単に専門

知識を深めるだけでなく、国際的な視野、企画力、行動力も培うことになるであろうし、能動

的に学ぶ意欲の向上といった日々の学生生活に好影響を与えるのではないか。そして学生だけ

でなくプロの作家である教員にとっても、研究者にとっても研鑽する機会となりうることは紹

介してきた通りである。ファン、事業者、作家、研究者など多くの人が一堂に会する米国のポ

ピュラーカルチャー・コンベンションに、大学がより主体的に参加することなどが積み重なっ

て、アニメやマンガ分野の更なる活性化に少しでも繋がればと願う。

本稿では、日本のポピュラーカルチャーに関するコンベンションについて述べてきたが、米

国では他の専門分野のコンベンションも多く開催されている。他分野の学生の教育や研究にも

コンベンションを有効に活用する検討のために、本稿が何らかのヒントとなれば幸いである。

1 世界のアニメコンベンションの情報を提供するサイト“ANIMECONS.COM”によると、全米に

おいて 2015 年の 1年間でアニメのコンベンションは 184回も開催される。

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― 105 ―京都精華大学紀要 第四十七号

ANIMECONS.COM, “Convention Schedule,” http://animecons.com/articles/article.shtml/1478/

Ten_Largest_North_American_Anime_Conventions_of_2014(2015 年 4月 9日確認).

2 例えば 2014 年は Kyoto Animation Co.,Ltd.、NTT Solmare Corporation、現地法人では、VIZ

Media, LLC Kodansha USA, Inc.、Toei Animation Inc.、BANDAI NAMCO Entertainment

America Inc.、Koei Tecmo America Corporation など。

3 McGray, Douglas, “Japan’s Gross National Cool,” Foreign Policy, May/June, 2002, pp. 44-54.

4 定義は「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力」であり、軍事力などのハード

パワーに対する語である。(ジョゼフ.S.ナイ Jr.『不滅の大国アメリカ』読売新聞社 , 1990 年 ,

47-48 ページ .)

ソフト・パワーの源泉には文化だけでなく、外交政策、政治的価値観がある(ジョセフ・S・ナイ

『ソフト・パワー』日本経済新聞社 , 2004 年 , 34 ページ .)。

5 Bolling, B., and M. J. Smith, It Happens at Comic-Con: Ethnographic Essays on a Pop Culture

Phenomenon , McFarland & Company, Inc., Publishers, 2014.

6 會澤まりえ「イノベーション普及理論からみる北米のクールジャパン現象」『尚絅学院大学紀要』

第 66 号 , 2013 年 , 75-90 ページ .

7 SDCCにおける名称はArtists’Alley。

8 Anime Expo, “Artist Alley,” http://www.anime-expo.org/artist-alley/(2015 年 4月 9日確認).

9 SDCCだけでなくAXにおいてもプログラムのパンフレットにはArt Show開催の記載があるが、

筆者は参加しなかったため詳細は不明である。

10 本数値は、地上波テレビ、ケーブルテレビ、PPV、インターネット配信を含む。(一般財団法人デ

ジタルコンテンツ協会編『デジタルコンテンツ白書 2014』一般財団法人デジタルコンテンツ協会 ,

2014 年 , 173 ページ . )

但し、落ち込みの要因については人気の影響だけでなく、過去に蓄積された人気の作品が放送し

終わり作品が枯渇したとの指摘もあり、詳細な検討が必要である。

11 但し、本数値は紙媒体のマンガであり電子コミックは含まない。電子コミック全体における日本の

マンガの割合は不明だが、電子コミックの市場規模は、2012年で 700万ドルであるため、この数

値を加味しても落ち込んでいるといえる。参考として、アメコミ市場は2007年以降変動があるも

のの伸びており、2012年には 4億 7千 5百万ドルとなった。(一般財団法人デジタルコンテンツ協

会編『デジタルコンテンツ白書2014』一般財団法人デジタルコンテンツ協会 , 2014年 , 176ページ .)

12 2015 年の応募ウェブサイトは以下である。

ANIME AND MANGA STUDIES, “Call for Papers: AX 2015 Anime and Manga Studies

Symposium,” https://animemangastudies.wordpress.com/2015/02/15/call-for-papers-ax-2015-anime-

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and-manga-symposium/(2015 年 4月 9日最終確認).

13 2015 年の応募ウェブサイトは以下である。

The Comic Arts Conference, “Comics Arts Conference ‒ SDCC,” http://www.surveymonkey.com/

s/BZD3DRD(2015 年 4月 9日最終確認).

14 米国の書籍販売サイトアマゾンでは 373 種も取り扱っている。(Amazon.com, http://www.

amazon.com/(2015 年 5月 1日確認).)

15 小川剛「マンガ教育の国際化に向けて――海外版ワークショップ〈マンガの描き方教室〉の実施

報告 ――」『京都精華大学紀要』第 41号 , 2012 年 , 86-110 ページ .