世界の今 天然ガス・lngをめぐる世界の状況...コラム(基礎知識)...

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2.天然ガスの生産地域と埋蔵量 産出国が中東にかたよる石油と異なり,天然ガスは世 界各地に広く存在している。油田から石油とともに生産 される天然ガスもあるため中東地域における天然ガスの 生産量・埋蔵量も相当なものではあるが,ガス田はオー ストラリアや東南アジア,ロシアなど,中東以外の地域 においても数多く発見されており,さまざまな国で天然 ガスが埋蔵・生産されている(図3)。近年,これら 天然ガスをLNGとして輸出する国も増えてきており,日 本などのLNG輸入国にとっては調達先を多様化すること で供給安定性を向上(供給途絶のリスクを低減)させる ことができる。天然ガスの埋蔵量は現在全世界で約187 兆㎥と評価されており,これは全世界の天然ガス消費量 の約53年分である。 1.天然ガスとLNG LNGとは「Liquefied Natural Gas」の頭文字を取った もので,日本語では「液化天然ガス」とよばれている。 天然ガスはメタンを主成分としており,もともと気体と してガス田から生産され,世界の多くの地域ではガス田 から需要地までパイプラインを用いて輸送・供給されて いる。しかし,日本のようにガス田から遠く(とくに日 本は島国であり周囲を海に囲まれている),パイプライ ンを敷設することが経済的・物理的に困難な場合に, LNGという形での輸送が採用される。LNGは天然ガス をマイナス160℃という超低温に冷却して液化したもの であるが,液化することで気体のときと比べて体積は約 600分の1となり,タンカーでの輸送が効率的になるの である。そして,LNGは需要地近くで再び気化(ガス の状態に戻す)され,都市ガスや発電所の燃料などとし て使用される(図1)。 天然ガスは化石燃料の一つではあるが,石油や石炭に 比べて同じ発熱量を得る場合に排出される二酸化炭素が 少ない。また,LNGへと液化する段階で,ガス田から生 産されたときに含まれている硫黄分等の不純物はほとん どすべて除去されるため,LNGを気化したガスを燃焼さ せても,硫黄酸化物の発生はなく,また,窒素酸化物の 発生も石油や石炭に比べて非常に少ないという特性があ る。このため,LNGは環境負荷が小さく非常にクリーン な燃料・エネルギー源と考えられている(図2)。 世界の今 天然ガス・LNGをめぐる世界の状況 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 調査部 エネルギー資源調査課 永井 一聡 図1 液化天然ガス(LNG)の供給フロー 図2 硫黄酸化物・窒素酸化物・二酸化炭素の排出量の比較 (出所:JOGMEC作成) (出所:JOGMEC作成) 石炭を100とした場合 硫黄酸化物(SOx) 窒素酸化物 (NOx) 二酸化炭素(CO27 地理・地図資料 2015年度3学期号

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Page 1: 世界の今 天然ガス・LNGをめぐる世界の状況...コラム(基礎知識) 「埋蔵量」と「可採年数」について 3.世界のLNG取引と輸出入の状況

2.天然ガスの生産地域と埋蔵量

 産出国が中東にかたよる石油と異なり,天然ガスは世

界各地に広く存在している。油田から石油とともに生産

される天然ガスもあるため中東地域における天然ガスの

生産量・埋蔵量も相当なものではあるが,ガス田はオー

ストラリアや東南アジア,ロシアなど,中東以外の地域

においても数多く発見されており,さまざまな国で天然

ガスが埋蔵・生産されている(図3,4)。近年,これら

天然ガスをLNGとして輸出する国も増えてきており,日

本などのLNG輸入国にとっては調達先を多様化すること

で供給安定性を向上(供給途絶のリスクを低減)させる

ことができる。天然ガスの埋蔵量は現在全世界で約187

兆㎥と評価されており,これは全世界の天然ガス消費量

の約53年分である。

1.天然ガスとLNG

 LNGとは「Liquefied Natural Gas」の頭文字を取った

もので,日本語では「液化天然ガス」とよばれている。

天然ガスはメタンを主成分としており,もともと気体と

してガス田から生産され,世界の多くの地域ではガス田

から需要地までパイプラインを用いて輸送・供給されて

いる。しかし,日本のようにガス田から遠く(とくに日

本は島国であり周囲を海に囲まれている),パイプライ

ンを敷設することが経済的・物理的に困難な場合に,

LNGという形での輸送が採用される。LNGは天然ガス

をマイナス160℃という超低温に冷却して液化したもの

であるが,液化することで気体のときと比べて体積は約

600分の1となり,タンカーでの輸送が効率的になるの

である。そして,LNGは需要地近くで再び気化(ガス

の状態に戻す)され,都市ガスや発電所の燃料などとし

て使用される(図1)。

 天然ガスは化石燃料の一つではあるが,石油や石炭に

比べて同じ発熱量を得る場合に排出される二酸化炭素が

少ない。また,LNGへと液化する段階で,ガス田から生

産されたときに含まれている硫黄分等の不純物はほとん

どすべて除去されるため,LNGを気化したガスを燃焼さ

せても,硫黄酸化物の発生はなく,また,窒素酸化物の

発生も石油や石炭に比べて非常に少ないという特性があ

る。このため,LNGは環境負荷が小さく非常にクリーン

な燃料・エネルギー源と考えられている(図2)。

知りたい!

世界の今 天然ガス・LNGをめぐる世界の状況

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 調査部 エネルギー資源調査課 永井 一聡

図1 液化天然ガス(LNG)の供給フロー

図2 硫黄酸化物・窒素酸化物・二酸化炭素の排出量の比較*

(出所:JOGMEC作成)

(出所:JOGMEC作成)*石炭を100とした場合

硫黄酸化物(SOx) 窒素酸化物 (NOx) 二酸化炭素(CO2)

7地理・地図資料◦2015年度3学期号

Page 2: 世界の今 天然ガス・LNGをめぐる世界の状況...コラム(基礎知識) 「埋蔵量」と「可採年数」について 3.世界のLNG取引と輸出入の状況

「埋蔵量」と「可採年数」についてコラム(基礎知識)

3.世界のLNG取引と輸出入の状況

 世界では年間3兆5000億m3(約25億t)(2014年)の天

然ガスが消費されており,そのうちLNGによる供給は約

10%(約2億4000万t)である。天然ガスの消費量は年々

増加しており,LNGの供給量はこれを上回るペースで伸

びている(図6,以下3図次頁)。

 LNGを輸入している国は現在約30か国があるが,日

本は世界のLNG供給量の約4割を輸入している(図7)。

 一方,LNGの輸出国としては,カタール,マレーシア,

オーストラリア,ナイジェリア,インドネシアなど,現

在19か国がある(図8)。

 LNGの取引量は年々増加しており,新たに輸入国・

輸出国となる国も次々と現れてきている。LNGの生産

設備を建設する計画も多数存在し,LNG市場はますま

すの拡大が見込まれている。

 石油や天然ガスといった資源の話をする際には「埋蔵量」や「可採年数」といった言葉がよく出てくる。この言葉の意味・定義は以下の通りである。

・埋蔵量………�一般的に「埋蔵量」といった場合,「確認可採埋蔵量」をさす。これは,「適切な技術・経済条件において,今後採収可能な資源の量」であり,❶既発見,❷回収可能,❸経済性を有する(現在の市場価格(販売価格)が採掘コストより高く事業として成り立つこと),❹残存している,の4条件を満たすものとされている。新規の油田・ガス田発見,市場価格の変動,採掘技術の進歩やコストダウンなどによって変動する。

・可採年数……�「確認可採埋蔵量÷その年の生産量」の計算式で計算される。埋蔵量の評価や生産量が変動すれば可採年数の評価も変動する。

 したがって,埋蔵量はつねに変動する可能性をもっている(図5)。また,「可採年数=30年」となっても資源枯渇までの期間が30年となるわけではない。なお,油田やガス田等において,生産開始以前に地中に存在している石油・ガスの総量を「原始埋蔵量」,経済性を無視すれば技術的には採掘可能な量を「技術的回収可能量」とよぶ。

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イランロシアカタール

トルクメニスタン

アメリカ合衆国

サウジアラビアUAE

ベネズエラ

ナイジェリア

アルジェリア

オーストラリアイラク

兆m3

35302520151050

800

アメリカ合衆国ロシアカタール イラ

ンカナダ中国

ノルウェー

サウジアラビア

アルジェリア

インドネシア

トルクメニスタン

マレーシア

10億m3

7006005004003002001000

図3 天然ガス埋蔵量ランキング(2014年) 図4 天然ガス生産量ランキング(2014年)

図5 埋蔵量の定義イメージ(出所:JOGMEC作成)

(出所:BP統計をもとに作成) (出所:BP統計をもとに作成)

8地理・地図資料◦2015年度3学期号

Page 3: 世界の今 天然ガス・LNGをめぐる世界の状況...コラム(基礎知識) 「埋蔵量」と「可採年数」について 3.世界のLNG取引と輸出入の状況

といった長期売買契約を締結したうえで,その取引価格

は原油価格に連動して決めるという方式が普通である。

これは,LNGそのものが「特殊な」燃料であることにも

起因している。LNGはマイナス160℃の液体であり,生

産設備を建設するには莫大な投資が必要となるうえ,輸

入する側も専用の受入設備を準備する必要がある。受入

設備をもつものでなければ取り扱うことができないため,

LNGは簡単には他者に売却することができず(ただし契

約上転売を制限している場合もある),また,生産設備

が限られていれば代替の調達先を探すのも非常に難しい

のである。したがって,LNGの生産設備を建設する際に

は,生産者と買い手がそこから生産されるLNGのほぼ全

量を長期間継続して買い取ることを確約することで,生

産者側の投資リスク低減と買い手側の安定調達を確保す

るということが行われてきた。LNGは,いわばオーダー

メイドの取引として発展してきたため,需給や取引市場

という概念が存在しておらず,他燃料である原油の価格

を参考指標としてそのときどきの取引価格を決めるとい

う方法がとられてきたのである。

 しかし近年,先にも述べたように,LNGへ参画する消

費者・生産者が増加し,原油などと同じように市場での

取引が一般化・拡大しようとし

ている。長期契約でないLNG

の売買も行われるようになり,

いわゆるスポット取引の数量も

増加してきている。スポット取

引とは,生産者と買い手が相対

交渉によってその場限りの値段

で売買を行うことであるが,基

本的にはその時点における需給

状況が大きく反映されて価格決

定される。

4.地域ごとに異なる  天然ガス(LNG)の価格決定方式

⑴ 天然ガス・LNG市場の成り立ちと価格体系

 おもに需要と供給のバランスによる市場原理にもとづ

き国際価格が決定する原油に対して,天然ガスおよび

LNGは地域によって価格決定方式が異なる。現在,世

界には三つの主要な天然ガス市場があるとされている

(図9)。

 北米やイギリスにおいてはパイプライン取引がほとん

どで,パイプラインネットワークが結んでいる当該域内

のみの需給バランスにもとづく市場価格が存在している。

一方,イギリスを除くヨーロッパ地域では,パイプライ

ンでの取引が主流であるものの,天然ガスは暖房用に石

油の代替品として使用されていた歴史的背景から,石油

の価格に連動して天然ガスの価格を決定するのが一般的

であった。ただし近年ヨーロッパ地域においても需給を

反映した市場価格の導入と拡大が進んでおり,その割合

は半分近いともいわれている。

 アジア地域,とくに日本においては,LNGによる天然

ガス輸入が主流(ただし中国等の大陸ではパイプライン

輸入もある)となっているが,これらLNGは10年〜30年

図6 世界の天然ガス供給量推移 図7  LNG輸入国・地域とその割合 (2014年)

図8  LNG輸出国・地域とその割合 (2014年)

(出所:IEA Natural Gas InformationをもとにJOGMEC作成)

図9 伝統的な三大天然ガス市場とおもな輸入フロー (出所:JOGMEC作成)

日本37.3%

カタール31.9%

マレーシア10.4%オースト

ラリア9.9%

ナイジェリア8.0%

インドネシア7.3%

トリニダード・トバゴ5.5%

アルジェリア5.3%

ロシア4.4%

オマーン3.2%

イエメン2.6%

ブルネイ2.6%

アブダビ2.5%

その他6.4%

合計2億3900万t

合計2億3900万t

韓国15.7%

中国7.9%

その他11.3%

フランス1.9%

ブラジル2.2%

トルコ2.3%メキシコ2.8%スペイン3.3%イギリス3.5%台湾5.6%

インド6.1%

3,000百万t

天然ガス供給量

■ LNG■ パイプライン2,500

2,000

1,500

1,000

500

1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 20130

(出所:GIIGNLの統計をもとに作成) (出所:GIIGNLの統計をもとに作成)

中東などより

9地理・地図資料◦2015年度3学期号

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⑵ LNGのアジアプレミアムと天然ガス市場が抱える構造的な課題

 2011年の東日本大震災で原子力発電所が停止して以降,

日本はLNG輸入を急増させその輸入価格の高騰はアジ

アプレミアムと称されていた。ここで説明しておくと,

アジアプレミアムとは,

 ❶原油価格に連動して決まるLNG価格

→2011〜2014年は原油価格が100ドル/バレルで高止

まりが続くという歴史的にも特異な油価高騰時代

であり,これに連動するアジア向けLNG価格も高

 ❷ 世界の各ガス市場(北米,欧州,アジア)間を横断するような取引がなく別個に価格決定

→地域ごとに価格決定メカニズムがあり,価格差を

解消する機能がない

 ❸ 日本(北東アジア)は天然ガス調達手段がLNGのみで,売主に対しての交渉力が弱い

→天然ガスパイプラインをもつ欧州などはLNGによ

る調達と競合させることができ,石油価格が高騰

した際にも価格引下げの交渉が可能

といった天然ガスの市場構造と原油価格高騰が複合した

ことで,2011〜2014年前半にかけてアジア地域向けLNG

価格が他地域に対して相対的に高かった状況をさしてい

る。一部の報道などでは,日本(ないしは日本のLNG買

主企業)が不当に高いLNGを売りつけられている,とい

う印象を与えるような記載も散見されたが,そうではな

く,上記のように地域ごとに価格決定方式が異なるとい

う構造的な問題と原油価格の高騰に起因して発生したも

のである。そして,これこそが日本を含むアジアの天然

ガス・LNGの買主が懸念している構造的な課題である。

 なお,2014年中盤からの原油価格下落以降は,これに

呼応して日本のLNG輸入価格は低下し,現在は2013年時

点における輸入価格の約半値となっている。ヨーロッパ

地域のLNG輸入価格と比較しても,ほぼ同等の水準で

ある。

5.アメリカ合衆国からのLNG輸出開始が  天然ガスの市場構造を変えていく

 アメリカ合衆国では2000年代後半のシェールガス革命

(掘削技術の進歩により,これまでは経済的な採収が不

可能と考えられていた頁けつ

岩がん

という地層に含まれるガスの

商業生産が可能になったこと)に伴う天然ガス生産量増

加を受け,それら天然ガスをLNGにして輸出しようとい

うプロジェクトが多数提案されており,いよいよ2016年

初頭にもアメリカ本土として初めてのLNGの輸出が開始

される。このLNGは北米域内の市場価格(ヘンリーハブ

価格とよばれる)に連動した価格体系で輸出され,他地

域への転売等に関する条項も緩いといわれている。これ

が意味することは,これまで世界で分断されていた天然

ガス市場につながりが生まれ,流動的な取引が促進され

るということである。原油価格次第で価格がつり上がっ

てしまうLNGを輸入しているわれわれ日本にとって,他

地域の市場を反映した価格決定方式をもつLNGを導入す

ることは,アジアプレミアムのような独歩的な価格高騰

のリスクを低減させる手段の一つとなる。

 さらに,アメリカ合衆国から輸出されるLNGの量は,

現在建設されている生産設備の分だけでも,現在の世界

のLNG取引量の約4分の1にも相当する規模である。量

的な意味でも,LNGの供給能力を大幅に増加させること

となり,LNG市場の拡大につながる。

6.天然ガス・LNG市場の拡大と  今後への期待

 現在,中東地域に生産国がかたよる原油には国際市場

があるのに,世界広範で生産される天然ガスには統一さ

れた国際市場は存在しない。そのようななか,近年LNG

へ参画する輸入者と生産者は増加し,その市場規模は拡

大を続けている。同時に,アジアプレミアムを経験した

買い手の意向も含め,天然ガス・LNG市場構造に変化が

生まれようとしている。今後数年の間には,上記に述べ

たアメリカ本土からのLNGに加え,オーストラリアやロ

シアなどでも新たなLNG生産プロジェクトが多数立ち上

がる予定であり,ますますLNGの生産能力が拡大する。

天然ガスの市場拡大,ひいては世界的な市場の形成に向

かって,LNGが大きな推進力となっていくとみられている。

 天然ガスは環境面,資源量の面でも優位性をもったエ

ネルギー源である。IEA(国際エネルギー機関)の予測

によれば,今後世界のエネルギー需要は2040年までに約

30%増加し,そのなかで天然ガスは最大のエネルギー源

になるとされている。再生可能エネルギーは技術的にま

だまだ発展途上であり,将来の持続可能社会に向けて,

まずは天然ガスを安定的・効率的に利用していくことが

求められている。そのためにも健全な天然ガス・LNG市

場の形成・発展が必要であり,大きな期待を背負ってい

る。

10地理・地図資料◦2015年度3学期号