経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究...

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経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究 報告書 平成 21 年 3 月 March 2009 内閣府経済社会総合研究所

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経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究

報告書

平成 21 年 3 月

March 2009

内閣府経済社会総合研究所

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本報告書は、地震をはじめとした自然災害に対する既存の災害対策を体系的に捉え、そ

の機能を経済学の観点から整理し、そのあり方について検討するために、経済社会総合研

究所において平成 20 年度に実施した、「災害政策体系のあり方に関する研究会」での発表

及び議論を踏まえて、各委員において執筆されたものである。論文は、すべて各委員個人

の責任で執筆されており、それぞれの所属する機関及び経済社会総合研究所の見解を示す

ものではない。

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目 次 総括 災害政策体系のあり方に関する研究 1

佐藤主光 第1章 災害政策体系の整理と提言~被災者支援を中心に~ 15

佐藤主光 第2章 自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革のあり方 43

浅野憲周 第3章 防災政策による災害被害の軽減効果

:都道府県別データを用いたパネル分析 67 外谷英樹

第4章 防災政策が個人の自助努力に与える影響 91

佐藤主光 第5章 地震保険の実務的な課題 115

吉田彰 第6章 災害関連施策における財源措置と地方の役割 137

宮崎毅 「災害政策体系のあり方に関する研究会」委員名簿

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「災害政策体系のあり方に関する研究会」委員名簿 座長 佐藤 主光 一橋大学大学院経済学研究科准教授 委員 外谷 英樹 名古屋市立大学経済学研究科准教授 委員 宮崎 毅 明海大学経済学部講師 委員 浅野 憲周 (株)野村総合研究所社会システムコンサルティング部

上級コンサルタント 委員 吉田 彰 (株)損害保険ジャパン個人商品業務部個人火災グループ

課長代理 <事務局>

井上 裕行 内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官

田中 賢治 内閣府経済社会総合研究所主任研究官

多田 智和 内閣府経済社会総合研究所主任研究官

村上 貴昭 内閣府経済社会総合研究所研究官

(平成 21 年 3 月 31 日現在)

(以上)

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総括 「災害政策体系のあり方に関する研究」

佐藤主光(もとひろ)

一橋大学政策大学院・経済学研究科 1.我が国の災害政策体系

6 千人を超える死者と 10 兆円あまりの損失をもたらした「阪神淡路大震災」(平成 7 年 1月 17 日)以降も、死者 68 名と約1兆 7 千億円の被害となった「新潟中越地震」(平成 16年 10 月 23 日)、「岩手宮城内陸地震」(平成 20 年 6 月 14 日)など、自然災害は後を絶た

ない。改めて我が国が「自然災害大国」であることが認識される。「首都直下地震」では死

者 1 万 1000 人、(経済活動の停滞など)間接費用を含めて経済的損失約 112 兆円兆円が見

込まれる(中央防災会議)。このほか地球温暖化による異常気象や新型インフルエンザなど、

我が国の経済・社会システムにとって脅威となる自然災害は数多い。 本報告では自然災害の中でも大規模地震に着目する。地震を含む大規模災害に備えるべ

く、「自助努力の重要性を踏まえつつ、救助段階から復興段階に至る被災者支援のグランド

デザインを明らかにし、雇用、心と体の健康、人と人とのつながりなどを含めた総合的な

観点から被災者のニーズに対応した多様な支援策を提示すること」(「防災体制の強化に関

する提言」(平成 14 年7月 中央防災会議 防災基本計画専門調査会))が求められている。

「高齢化社会における多数の高齢者の存在、大規模災害と地域経済力の低下に伴う長期失

業者の存在、地域経済の崩壊に伴う世帯収入の減少等の要因により、被災者の自力再建(自助)には限界」(「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(平成 12 年

12 月 4 日))もある。「共助の理念に基づく相互支援策」が不可欠というわけだ。しかし、

(高齢者、低所得者層を中心に)支援を求める被災者が多く見込まれるからこそ、(1)事前

に自助努力できる個人には自助努力を促す仕組み、(2)事後(被災後)に社会的弱者となり

うる個人にも予め自助努力の機会を与えることが求められる。さもなければ、本来救済す

べき(自助努力にもよっても支援が必要な)被災者に十分な支援を行う財源を欠くことに

なりかねない。しかし、住民の意識調査によると、大規模地震に対して関心や不安がある

と答えた人は 9 割以上に上り、国民の災害に対する関心の高さを示している一方で・・大

規模災害に備えて家具等の固定をしている人は 3割未満に留まる(防災白書(平成20年版))。防災意識と行動にギャップが見受けられる。地震保険制度への加入率は全世帯の 2 割(火

災保険加入世帯で 4 割)に留まる。住宅の耐震化についても、自治体が把握しているだけ

で約 1150 万戸(2007 年度末時点)、耐震性が不足している。(1)「結局、国が何とかしてく

れる」という甘えによるモラル・ハザードとも、(2)合理的なリスク認知の欠如ともいわれ

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る。 防災努力の欠如は個人に限ったことではない。「地震防災対策特別措置法の一部を改正す

る法律」(平成 18 年 3 月)により、都道府県自治体は地域防災計画において長期的な被害

軽減目標の設定に努めることにはなった。静岡県等、幾つかの自治体による先進的な試み

はあるものの、多くの自治体では効果的な減災戦略の策定は普及していないのが現状だ。

その理由としては、(1)減災目標に向けた具体的なガイドラインが提示されていないことの

他、(2)「災害前の減災努力の程度に関わらず被災した地域の自治体に対する復旧財政支援

が適用されるしくみになっており、このことが災害前の減災努力に対するインセンティブ

を低下させる一因ともなっている」(浅野(第 2 章))とされる。地域の被災リスク、自治

体の防災努力に関する情報が明瞭かつ分かりやすい形で地域住民に提示する防災行政の

「見える化」が進んでいないことも、地域住民による監視・規律づけを弱めている。また、

被災後には国から災害復旧事業等に手厚い支援が施され、かつ以前よりも災害に強いイン

フラを整備できることから、いつ起きるか分からない災害に備えた防災投資を行うよりも、

敢えて「災害待ち」が行われても不思議ではない。 我が国では、従来、「災害対策基本法」をベースに(1)災害応急救助では災害救助法、(2)

災害復旧では「公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法」(負担法)「農林水産業施設災害

復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律」(暫定法)、及び「激甚災害に対処するため

の特別の財政援助等に関する法律」(激甚法)に基づいて被災地域の住民、自治体に支援を

行ってきた。災害救助法の下では「避難所及び応急仮設住宅の供与」「炊出しその他による

食品の給与及び飲料水の供給」、「災害にかかった住宅の応急修理」など応急措置としての

「現物給付」を中心とした被災者支援がなされる。「災害弔慰金の支給等に関する法律」(災

害弔慰金法)による死亡者の遺族(配偶者,父母等)に対する災害弔慰金支給の制度はあ

ったが、阪神淡路大震災以前の被災者支援は概ね現物給付の形態をとってきた。しかし、「生

活様式の多様化等を踏まえ、・・・現物支給については支給内容の充実・多様化、現金支給

制度の積極的な活用等、多様な支援施策を提示するべき」(中央防災会議「防災体制の強化

に関する提言」(平成 14 年 7 月))との要請を反映するよう被災者生活再建支援法(平成 10年 5 月成立)の改正(平成 16 年 3 月・平成 19 年 11 月)を経て、現金給付の拡充が図られ

てきた。 被災地の災害復旧に当たっては、前述の負担法・暫定法が適用され、「国民経済に著しい

影響を及ぼし、かつ、当該災害による地方財政の負担を緩和し、又は被災者に対する特別

の助成を行うことが特に必要と認められる災害が発生した場合」には激甚法に基づき、「災

害復旧事業に対する国の補助率のかさ上げなど、特別な助成措置を講じ、地方公共団体や

被災者の負担軽減を行う」(防災白書(平成 20 年版))ことになっている。地方自治体の負

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担分(補助裏)についても、特別交付税措置、あるいは災害復旧事業債の元利償還費に対

する交付税措置など国の財源保障が施される仕組みとなっている。被災自治体の財政負担

を大幅に軽減する効果がある一方、「同じような施策でも補助率が低いか補助がほとんどな

い事業は実施されず、補助率の高い事業に偏るという問題が指摘されている」(田近・宮崎

(2008))。事後の復旧費用に対する手厚い支援を期待する「災害待ち」と呼ばれるモラルハ

ザードも助長されかねない(浅野(第 2 章))。また、激甚法、暫定法、負担法等の法律に

おいて、災害復旧事業とは「災害に因って必要を生じた事業で、災害の影響を受けた施設

を原形に復旧する」ことを目的としている。ここで原形復旧とは「被災前の位置に原施設

と形状・寸法及び材質の等しい施設により復旧する(狭義の原形復旧)こと」に他ならな

い(図表1)。防災上、当初の施設に問題があった場合は、改良を加えることは排除されな

いものの、「原形復旧の原則」は国の縦割り行政の弊害も相まって、被災地のニーズに即し

た「総合的な視点」からの災害復興に向けたグランドデザイン(災害に強いまちづくり)

を阻害するだろう。 図表1 災害復旧事業の考え方

出所:国土交通省「災害復旧事業の考え方について」(平成 18 年 2 月 13 日) 本研究では(1)現行制度・政策の現状と実態把握するとともに、(2)経済学の知見による

分析と評価、(3)包括的視点からの政策体系の構築についての政策提言を図っている。現状

把握としては被災者生活再建支援制度、地震保険等、個人に対する事前・事後の政策のほ

か、国・自治体の防災対策を対象とする。税制、耐震構造の促進、自治体の防災対策など

関連する政策群を包括的かつ体系的に捉える。経済学の視点からの災害政策研究はこれま

で多くなかった(例外として永松(2008))がある。)一連の災害対策群は(1)「公助・共助・

自助」に即して、政府と民間、国と地方の役割・責任分担として、(2)災害以前(事前)、

災害直後、復旧・復興と「時間軸」として体系化することができるだろう。こうした体系

化を通じて政策の重複や相互関係を明らかにする。防災政策による被害軽減効果について

はデータでもって、その状況を数量的に把握していく。また、自治体の防災努力を取り上

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げ、その現状と課題を議論する。災害後の交付税、補助金等による国の財政支援が地方自

治体の事後の災害復興、及び事前の防災努力に与える影響についても検証を行う。その上

で、自治体や個人の自助努力を促進するための制度設計(災害リスクに応じた地域の格付

けや耐震構造、防災対策を反映した地震保険の保険料率設定など)を検討する。また、学

術研究に留まらないような、耐震化や地震保険の普及・運用に関わる実務的な課題(再保

険など)についても考察を行っている。その上で、「あるべき」災害政策体系について提言

する。

図表 2 主な被災者支援と本報告との対応関係

防災対策 第 2 章 地震保険 第 4 章・第 5 章

事前 住宅の耐震化 第 4 章

災害復旧事業 第 2 章・第 3 章・第 6 章 被災者生活再建支援制度 第 1 章・第 6 章

事後 被災者

支援 弔意金・資金貸付・税の減免等 第 1 章

2.現行制度の課題 課題1 ハードとソフト 自然災害による被害、防災投資をとることによって、ある程度コントロールすることが

できる。実際、戦後を通じて防災関係投資は災害時の死者の減少に寄与してきた。第 3 章

では、自然災害が生じる前に災害による被害を軽減させる「事前防災政策」、具体的には過

去に生じた自然災害からの復旧を目的とした災害復旧行政投資や治山治水行政投資、土木

費を都道府県単位でとったパネル分析を行い、人的被害として死亡者数、負傷者数、罹災

者数、物的被害として県民一人あたり実質物的被害額に及ぼす影響を検証している。災害

復旧投資は、有意にマイナスの効果があることが示される。災害復旧投資が災害による被

害を軽減させると評価ができよう。しかし、その一方で、災害が発生しないと行われない

災害復旧投資が主に有意にマイナスの効果を持つということは、災害を未然に防ぐという

意味における防災政策としては、不十分なものであるともいえる(外谷(第 3 章))。「災害

復旧投資」ではなく、災害を未然に防ぐことを主眼とした先行投資型の事業が求められる

はずだ。 災害復旧事業等、ハードに比べて、被災者支援等、ソフト面の整備は長らく遅れてきた。

阪神淡路大震災に際しては、平成 10 年度当初まで,災害復旧・復興全体に投じられた国の

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予算措置は 4 兆 5900 億円に昇った。その約半分がインフラ復旧のための公共事業に充て

られている。自治体からの支出もあわせると復興経費は計画ベース(阪神・淡路震災復興

計画)で 10 兆 4000 億円あまりとなるが,そのうち約 48%(約 5 兆円)がインフラ整備

に費やされたと推計されている。その公共財としての性格上,災害後の社会インフラの復

旧は公共部門(政府・自治体)が果たすべき役割である。しかし,こうした国・自治体の

復旧・復興対策が公共事業に偏重,開発主義志向(「公共事業中心主義」)によるという批

判も多かった。 被災者支援について、従来、政府は「私有財産制のもとでは、個人の財産が自由かつ排

他的に処分し得るかわりに、個人の財産は個人の責任のもとで維持することが原則」(村山

総理(当時)参院本会議答弁(平成 7 年 10 月))としていた。しかし、「阪神・淡路大震災

では自宅を再建できない被災者や住み慣れた街から離れた公営住宅にしか住まいを確保で

きない被災者が多く発生した」(「被災者生活再建支援制度見直しの方向性について」(平成

19 年 7 月))とされる。「住宅は単体としては個人資産であるが、阪神・淡路大震災のよう

に大量な住宅が広域にわたって倒壊した場合には、地域社会の復興と深く結びついている

ため、地域にとってはある種の公共性を有しているものと考えられる」(「被災者の住宅再

建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(平成 12 年 12 月4日))との意見もある。そ

のため、政府は「自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって,経済的

理由等によって自立して生活を再建することが困難なもの」を対象に生活再建支援金を支

給する生活再建支援法が平成 10 年 5 月に成立させるに至った。 課題2 被災者支援 災害に対しては、これまでも「公助・共助・自助」の観点から様々な取り組みが講じら

れてきた。自助としては「地震保険」が挙げられる。世帯加入率は全国平均で 2 割(火災

保険に対する付帯率は約 40%)に留まるが、阪神淡路大震災以降、増加してきている。公

助としては、阪神淡路大震災以前にあった「災害救助法」による被災者支援(生業に必要

な資金の貸与、応急仮設住宅の供与)や「弔慰金」(生計維持者の死亡に対しては 500 万円)

等に加え、「被災者生活再建支援制度」が導入・整備されてきた。平成 16 年 3 月の改正(「居

住安定支援制度導入」)を経て、平成 19 年 11 月改正では(i)制度の対象とした経費の実績に

応じた償還払いから「渡し切り」とすることで住宅本体の再建を含め、使途を限定しない、

(ii)支給額は住宅の被害程度(全壊・大規模半壊、半壊)や再建方法(新築、補修、民間賃貸住

宅への転居)のみにより、年齢・所得による制限は撤廃された。「私有財産への補償はしな

い」との従来の方針が実質的に転換され、被災者の住宅再建の支援(生活再建と合わせて

大 300 万円まで支給)にも充てられるようになったわけだ。

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被災者へのきめ細かに対応がなされるようになったとはいえ、「災害救助法」、「災害弔慰

金の支給等に関する法律」、「被災者生活再建支援法」など異なる経緯から成立・改正され

てきた制度が「つぎはぎ的」に分立してきた感は否めない。「日本の災害対策制度は、制度

上各省庁の法律がばらばらに組み入れられており、災害対策全体の調整が不十分なまま、

災害のたびに新たな救済制度が拡充してきた」(宮崎(第 6 章))とも評される。例えば、「阪

神・淡路大震災に対して数多くの特例措置が講じられており、公営住宅家賃についても通

常の家賃より引き下げられているが、・・・こうした家賃でさえなお重い負担となる低所得

の被災者が相当存在することが明らかとなった。このため、・・・阪神・淡路大震災の特別

措置として、減額分の一定割合を国が補助するとともに、当該地方負担について特別交付

税措置を講ずるなどの支援を行うこととした」(国土庁「防災白書」平成9年版)。また、

前述の被災者生活再建支援制度は阪神淡路大震災の後、「「個人補償はできない」という国

の方針に制約されたこともあって、「つぎはぎ的」対応」((兵庫県被災者支援のあり方)と

なり、住宅再建費用や二重ローンに苛まれる被災者に対する手当てが不十分だったとの批

判を受けた形で導入された。しかし、こうした場当たり的に行われる手厚い被災者支援は、

「結局、政府が助けてくれる」というシグナルを人々に送り、事前の自助努力(地震保険

加入・住宅の耐震化等)の誘因を損ねかねない。 課題3 災害に対する自治体の取り組み 被災者支援に限らず、我が国の政府間関係は国が政策を(1)企画(デザイン)、(2)(地方交

付税・国庫支出金などで)財源保障を施して、(3)地方自治体が執行する「集権的分散シス

テム」として特徴付けられてきた。災害政策も例外ではない。 災害時の「災害救助法」による被災者支援(生業に必要な資金の貸与、応急仮設住宅の

供与など)は(第 1 次分権改革で廃止された機関委任事務の後継である)「法定受託事務」

であり、国の詳細な規制の下、執行主体の自治体の裁量は限定される。国の関与がある一

方、地方に対しては手厚い財源保障も施されている。災害復旧事業の多くは自治体の財政

規模と事業費に応じて、国の補助金が入る「補助事業」である。残る地方負担分(補助裏)

についても、特別交付税が措置される、あるいは事業に充当した地方債の元利償還費が(後

年度)交付税措置される。被災自治体の負担は大幅に減じられる仕組みである。「国民経済

に著しい影響を及ぼし、かつ、当該災害による地方財政の負担を緩和し、又は被災者に対

する特別の助成を行うことが特に必要と認められる災害が発生した場合」には、激甚法が

適用され、「災害復旧事業に対する国の補助率のかさ上げなど、特別な助成措置を講じ、地

方公共団体や被災者の負担軽減」が図られる。「激甚災害に指定されると補助率が 1~2 割上昇し、公共土木施設災害復旧事業では 86%、農地等の災害復旧事業等では 92%にも補助

率が嵩上げされる」(宮崎(第 2 章))。

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ただし、前述のように、(1)地域のニーズの高い復旧事業ではなく、補助率の高い事業に

偏る傾向が見受けられてきた(田近・宮崎(2008))。経済学的にいえば、補助金の多く入る事

業の方が補助金の入らない事業(単独事業など)に比べて、自治体の観点からみて割安に

なることで「代替(価格)効果」が働いていることになる。加えて、(2)「原形復旧」を原

則とすることから、地域の復興には必ずしも必要ではない事業が優先的に実施されかねな

い。(3)財政力の乏しい地域では、災害に合わせて、平時には後回しされるような公共事業

を実施する(よって予め防災投資を行わない)「災害待ち」が指摘されてきた。 地方自治体は国の決めた政策を執行しているだけではない。阪神淡路大震災、新潟中越

地震に際して被災自治体が「災害からの復興において、既存の復興施策を補完し、被災者

の救済及び自立支援のために、また、被災地域の総合的な復興対策を長期的、安定的、機

動的に進めるために」復興基金を設立してきた。復興基金は「被災者再建や地域の復興支

援のために通常行政では実施できないような事業を行う」ことで、既存の被災者支援の原

則(「個人補償はしない」)と実態との乖離(「公助」(公的支援)の限界)を埋め合わせて

きたのである。復興基金の制度と運営の実態と課題については宮崎(第 6 章)を参照のこ

と。 自治体は地域の防災(減災)においても重要な役割を果たしている。「地震防災対策特別

措置法の一部を改正する法律」(平成 18 年 3 月)により、都道府県自治体による地域防災

計画策定時に、長期的な被害軽減目標の設定に努めることになった。しかし、(1)「減災目

標の設定はあくまでも努力目標」であること、(2)「具体的なガイドラインが提示されてい

ない」ことから、自治体における効果的な減災戦略の策定は進展していない。(3)減災努力

に関わらず事後に手厚い財政支援を行うしくみがあらかじめ用意されているとともに、過

去において想定外の災害が発生した場合に特別立法により上乗せした財政支援が行われて

きたことが、事後の復旧費用に対する手厚い支援を期待するようなモラル・ハザード(「災

害待ち」)を引き起こす要因になってきたとの指摘もある(浅野(第 2 章))。 課題4 自助努力の促進 防災白書(平成 20 年版)によると、大規模地震に対して関心や不安があると答えた人は

9 割以上に上り、国民の災害に対する関心の高さを示している一方で、大規模災害に備えて

家具等の固定をしている人は(平成 19 年度の内閣府調査でみても)3 割未満に留まる。地

震保険の加入や(特に旧耐震基準の)住宅の耐震化も進んでいない。防災意識と行動にギ

ャップがあるようだ。 このギャップは、(1)被災者に対する事後的救済への期待が事前の自助努力を損なった(事

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前のモラルハザードを助長した)結果かもしれない。「結局、国が何とかしてくれる」と期

待して、自らコストを負担して自宅の耐震化したり、地震保険に加入したりしなくなると

いうわけだ。ここでモラル・ハザードを起こしている個人は、(1)将来を見越して振舞うと

いう意味で「フォワードルッキング」(forward-looking)であり、かつ(2)事後(災害時)

の政府の政策を正しく予見しているという意味で「合理的」である。しかし、大震災を典

型とする「低確率・高損害」のリスクに関する合理的な期待形成は難しいかもしれない。

(2)災害リスクを正しく認知していない(リスクの存在は意識していても、その発生確率を正しく評

価していないこともあり得る。地震保険に加入しない理由として「保険料の高さ」が多く挙げられる

(第 4 章参照)ものの、実際のところ、地震保険料率は「収支の償う範囲内においてできる限り

低いものでなければならない」(地震保険法第5条第1項)ため、「ノーロス・ノープロフ

ィットの原則」に基づき、元受保険会社等の利潤は織り込まれておらず、経費率等につい

ても極力圧縮されたものとなっている(吉田(第 5 章))。政府による再保険制度もあり、

仮に民間だけで提供した場合と比べれば、地震保険の保険料は決して高いとはいえない。

保険料に対する割高感は、被災リスクが過少評価された結果かもしれない。 また、住宅の耐震化に向け政府は「住宅及び特定建築物の耐震化率について、それぞれ

現状の75%を平成 27 年までに少なくとも9割にすることを目標」(国土交通大臣による

基本方針(平成 18 年 1 月 25 日))とすることが掲げてきた。これを受けて、国・自治体は

住宅の耐震診断・耐震改修を補助する制度を整備している。しかし、様々な金銭的なイン

センティブにも関わらず、住宅の耐震化は遅々として進んでいない。自治体が把握してい

るだけで約 1150 万戸(2007 年度末時点)、耐震性が不足していると判断されている。「耐震

化を行うかどうかを決めるのは、事後的な給付の有無よりも、地震リスクに対するそもそ

もの選好、知識、所得水準など他の要素によるものが大きい」(永松「生活再建支援制度の

見直しに対する意見」(平成 19 年 5 月 28 日))ともいえよう。 大規模災害のような「低頻度・高損失」なリスクについては、標準的な経済学が仮定す

るような「合理的」な個人ではなく、リスク認知にバイアスがある個人を想定した自助努

力の促進策が必要といえよう。 課題5 政策の実行可能性 首都直下型地震に際しては、上記の被害想定額に加え、被災者の生活再建のために創設

された「被災者生活再建支援制度」の必要額が 2 兆 8 千億円(内閣府試算)あまりに上る

と見込まれる。しかし、被災者生活再建支援制度も、地震保険制度も巨大災害に備えた積

立金(準備金)が十分ではない。「都直下地震等極めて大規模な災害が発生した場合のフィ

ージビリティ(実現可能性)に対する懸念」(「被災者生活再建支援制度に関する検討会」

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配布資料)が残ったままである。 被災者生活再建支援制度の場合、「都道府県は、・・・(被災者生活再建支援)基金に充て

るために必要があると認めるときは、支援法人に対し、必要な資金を拠出することができ」

(被災者生活再建支援法第 9 条の3)、「国は、第九条・・第三項の規定に基づく都道府県

の支援法人に対する拠出が円滑に行われるよう適切な配慮をするものとする」(同第 20 条)

とされるが、具体的な取り決めがあるわけではない。地方自治体からは「被災者生活再建

支援基金では対応できない規模の大災害が発生した場合には、国の全額保証とするなど所

要の措置を講じること」(全国知事会(2007 年 7 月 12 日))が求められている。結局、「阪

神大震災のような災害に対応するには(被災者生活再建)支援法に限界があり、その時点

で別途対策を検討していくことになる」(井上喜一防災担当相 (2004 年 3 月当時))こと

になりかねない。 一方、地震保険制度の準備金残高は 2007 年度末時点で、(同制度を担う)日本地震再保

険株式会社が 4,338 億円、損害保険会社が 4,742 億円、政府が 1 兆 1,386 億円の合計 2 兆

0,467 億円に留まる。一方、地震保険は一災害あたり、5 兆 5 千億円まで支払い責任を負う

ことになっている。大規模地震や連続地震の発生により危険準備金が枯渇した場合でも、

引き続き巨額の責任を負担し続ける必要があるが、どのように総支払限度額および官民の

負担額を設定するか明確なルールは存在していない。また、地震保険法では、保険金支払

のため、必要となれば、国が保険会社等に対して資金のあっせん・融通に努める旨の規定

が設けられているが、この規定を有効に機能させるためには、具体的な手続き等を事前に

検討することが求められる。 我が国の災害政策は「国の財政は破綻しない」ことを前提としてきた。しかし、首都直

下型地震のような大規模災害において、この前提を当然視することはできない。 3.各章の要約 本報告書は以下の章によって構成される。 第 1 章:災害政策体系の整理と提言 我が国の災害政策体系と被災者支援を巡る議論を概観した上で、経済学の観点から分

析・評価する。災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事前政策と被災者生活再建支

援金等、事後政策との「時間軸」に沿って分類するほか、(2)一般に自立が困難とされる低

所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所得・年齢)による分

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類、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のような「支

援形態」による分類、(4)国・地方自治体、及び民間(地震保険制度など)と支援の「担い手」

による分類を行い、その特徴と課題を明らかにする。また、被災者生活再建支援制度の成

立・拡充の経緯を中心に、「個人補償はできない」としてきた政府の原則と被災者のニーズ

との乖離を(1)地方独自の被災者支援策や(2)復興基金の活用で埋め合わせてきた実情につい

て述べる。「被災者支援の経済分析」としては、(1)被災者支援に関わる二種類のエラー、(2)現行の被災者支援体系には機能の重複・混在、(3)被災者支援政策の実行可能性、及び、(4)被災者支援という災害(非常)時のシステムと平時のセイフティーネット・システムとの断絶を取り上げ

る。その上で、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。個別制度ではなく、保険

機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して論じる。 第 2 章:自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革のあり方 東南海・南海地震や首都直下地震発生の切迫性が高まる中、地域全体の災害対策を牽引

する上で、地方自治体に対して非常に重要な役割が期待されている。しかし、わが国の災

害支援制度においては、災害前の減災努力の程度に関わらず被災した地方自治体に対する

復旧財政支援が適用されるしくみになっており、このことが災害前の減災努力に対するイ

ンセンティブを低下させる一因ともなっている。また、自治体の防災力については、十分

な評価と情報公開が実施されていないため、行政と住民間で大きな情報格差が生じており、

防災行政に対する適切なガバナンスが機能していない。本章では来るべき巨大災害に備え、

地方自治体による減災努力を促進するしくみとして、災害前からの減災努力を要件とした

災害後の財政支援制度への転換を図るとともに、地方自治体の減災努力を監視・評価・改

善するガバナンス改革を提言する。 第 3 章:防災政策による災害被害の軽減効果:都道府県別データを用いたパネル分析

本章の目的は、都道府県のパネルデータを用いて自然災害による人的・物的被害と防災

政策の関係を検証することである。自然災害による被害の指標として、「死者数」、「負傷者

数」、「罹災者数」および「一人あたり物的被害額」を用いた。また防災政策の指標として、

災害を事前に防ぐ目的の「事前政策変数」と災害が発生した際に被害を軽減させる目的の

「事後政策変数」を考えた。事前政策変数として、「一人あたり治山治水投資額」、「一人あ

たり災害復旧投資額」、「一人あたり土木費」を考え、政策の効果にラグがあることを考慮

し、過去 6 年間の平均値を用いた。事後政策変数には、「一人あたり消防費」と「一人あた

り消防署数」を用いた。47 都道府県の 3 期間パネルデータを用いて、固定効果推計を行っ

た結果、自然災害の被害に有意にマイナスの効果を与えている政策は「一人あたり災害復

旧投資額」であることが判明した。また、サンプルを地震による被害と台風による被害に

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分けて推計したところ、「一人あたり災害復旧投資額」はいずれのケースにおいてマイナス

の効果があるが、その効果は対地震に関する方が大きいものである結果となった。 第 4 章:防災政策が個人の自助努力に与える影響 地震保険への加入と住宅の耐震化を中心に高齢者世帯を含めた個人の事前の自助努力に

着目、それを促す仕組みについて議論する。(事前・事後の)災害政策に留まらず、関連す

る他の公共政策・市場も包含した視点に拠る。具体的には既存住宅市場の現状と課題、平

均 31年とされる住宅の耐久期間の延長について論じる。住宅に資産としての価値を持たせ、

耐震化投資が当該住宅の資産価値の増加に結び付く条件を整備することで、耐震化への誘

因付けを図ることが狙いである。また、地震保険の加入促進のためには低所得者を対象と

した保険料補助金制度を新たに提言する。地震保険の保険料には(立地や住宅の耐震性に

関わる)地震リスクを反映させることで保険原理を徹底させつつ、低所得者の地震保険加

入を促進する(災害時の生活資金を確保する)という二つの(一見相反する)目的を追求

する手段となりうる。災害時に社会的弱者となるのは(自宅が被災した)高齢者や低所得

者層である。高齢者世帯住宅の耐震化や低所得者の地震保険加入の促進は彼等が災害に備

える(事前の自助努力をする)術となるだろう。

第 5 章:地震保険の実務的な課題 地震保険制度は、昭和 41 年の「地震保険に関する法律」の制定を受けて、政府と民間の

損害保険会社が共同で運営する制度として発足した。この制度は、「地震等による被災者の

生活の安定に寄与すること」を目的としており、また、地震保険の保険料率は「収支の償

う範囲においてできる限り低いものでなければならない」とされるなど、他の損害保険に

比べ公共性の高い保険といえる。その後、地震保険制度の発足以来、数々の改定が行われ

てきたが、地震保険制度の歴史を改めて整理するとともに、今日の地震保険制度の特徴お

よび課題を整理する。また、各方面における地震保険制度の改善に関する議論を整理し、

地震保険引受の実務面を中心に、災害政策体系における 適な地震保険制度のあり方に関

する議論の再整理を図る。特に実務の観点から、地方自治体が発行する罹災証明書の基準

(被災者生活再建支援制度の支給額に影響)と地震保険の認定基準との整合性、割引保険

料を適用する際の、公的機関の発行書類や住宅性能評価書等、厳格な確認書類取り付けの

ルールに伴う地震保険の引受実務の複雑化に言及する。 第 6 章:災害関連施策における財源措置と地方の役割 本章の目的は、災害時における災害応急対策、災害復旧・復興の体系を、国と地方の役

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割分担と財政負担の視点から整理することである。特に、災害救助法、被災者衣生活再建

支援法、負担法・暫定法・激甚法、復興基金の設立を分析の対象とする。分析の結果、災

害に関連する施策には、次のような特徴があることが明らかとなった。第 1 に、災害関連

の施策には、財源の国庫補助、地方負担分に対する地方債に対しての普通交付税措置など

の国による手厚い財政措置がある。第 2 に、災害関連施策の実施において地方団体の裁量

はほとんどない。第 3 に、交付団体と不交付団体で財政措置に大きな格差がある。被災地

域に対して国の財源保障が十分に大きく、災害事業に対する地方団体の裁量が小さければ、

地方団体は事前における被害 小化への努力を小さくする可能性がある。したがって、災

害関連施策の実施において、今後国と地方の役割分担の明確化が必要だろう。 4.政策提言 政策的含意1:自助努力の促進 首都直下地震など被害額が 112 兆円余りに上るような大規模災害に際して、国の財政自

体が危機的な状況に陥ることが見込まれる。限られた財源を有効に活用するには、救済対

象となる人の数をなるべく少なくするに越したことはない。つまり、自助努力で自立可能

な個人については自立を予め促すことである。具体的には地震保険への加入や住宅の耐震

化など事前の備えを充実させる必要がある。現在、地震保険の保険料を所得税から控除(自

身保険料控除、 高 5 万円)させるなど普及を促しているが、保険の強制化や火災保険へ

の自動付帯なども視野に入れておく必要がある。無論、加入者の増加は災害時の保険給付

の拡大を意味するから、政府との再保険などリスクをヘッジする仕組みの見直しが不可欠

となる。 政策的含意2:地方自治体の防災努力の促進 自治体による減災計画の策定と対策推進を義務づけるとともに、その推進を財政面で支

援する新たな減災法制度が必要と考えられる。具体的には事後の財政支援を事前の減災努

力に関連づけることだ。十分な防災努力を行っていたと評価される自治体に対する支援を

嵩上げ、及び(あるいは)防災努力が不十分だった自治体にはペナルティー(災害復旧事

業に対する補助金の削減など)を課すというものだ。合わせて、自治体防災力評価による

格付制度を導入し、住民からの見える化を図ることにより監視・評価・改善メカニズムを

機能させる。「防災格付け」は地域住民に対して居住地域の災害リスクを明らかにするほか、

災害発生リスク(自然環境条件)が同様な他地域との比較から、自身の自治体の防災努力

の多寡・適正を判断する「ヤードスティック」としても機能するはずだ。

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政策的含意3:国と地方の役割分担 災害時には、国は 低限必要な災害関連事業を実施する一方、地方自治体が地域の実情

に合わせた被災者や地域に必要な事業を実施する。具体的には災害応急救助や災害復旧の

一部など国が全国一律に実施すべきであると考えられる事業は国が担い、それ以外の事業

は国庫負担を大幅に引き下げた上で地方自治体の裁量で行うという役割分担があって良い

だろう。地方の裁量が大きくなることで総合的な視点から、地域のニーズに即した災害復

興か可能になるほか、事前の復旧・復興計画(グランドデザイン)の策定が進むだろう。「災

害待ち」の誘因を是正して、自治体による事前の減災努力を促すこともできるはずだ。 政策的含意 4:予見可能性の改善 我が国の被災者支援は「国は財政破綻しない」ことを前提としてきた。しかし、大規模

災害に際しては、国が無制限に財政負担を負うことは不可能である。従って、災害時に政

府・自治体が救済する範囲(資格要件)と水準(支援金額など)を予め明確にする。「でき

ることとできないこと」を明らかにしておく必要がある。個人は災害に関して自身に課さ

れる自助の範囲(住宅再建、生活再建に対する負担)を正しく理解できるようになるだろ

う。五月雨式に新たな支援制度が導入・拡充される現行体制の下では、「結局、国が助けて

くれる」という甘い期待、あるいは「国はどこまで助けてくれるのだろうか」という不安

が助長されかねない。実行可能性が不安視される手厚い支援よりも、手厚くなくても実効

性の高い支援の方が、政策の予見可能性が改善し、災害に必要な備え(自助努力)をし易

い環境が整うことになろう。 政策的含意 5:多様な被災者ニーズへの対応 同じ被災者でも生活再建の能力は所得水準や年齢によって異なるだろう。特に年金生活

を送る高齢者の場合、住宅再建など災害以前の生活水準を取り戻すことは非常に困難と考

えられる。一方、勤労世帯であれば、当面の生活資金の貸与や二重ローン対策など 低限

の措置を施せば、地震保険の購入や自助努力にとって生活を再建する見通しもある。つま

り、全ての被災者が等しく弱者というわけではないことが重要なのである。限られた財源

の中で、確実な救済を施すためには、(応急仮設住宅の入居者に留まらず)全ての被災者の

実態把握を速やかに行った上で、救済の優先順位を付けていく必要がある。つまり、自立

の も困難なタイプの被災者を重点的に支援するのである。具体的には高齢者の中でも低

所得層については今後、住宅を再建してローンを払いきる見込みが薄いならば、優先的に

公営住宅に受け入れていく。災害で職を失った者に対しては、仕事の斡旋を行い、早い段

階で生活的に自立できる環境を整備する。もともと低所得者で今後とも高い収入が期待で

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きないような被災者は、被災者として特別に優遇するのではなく、(他の低所得者同様)生

活保護の対象者として早い段階で平時のセイフティーネットでカバーすれば良い。 政策的含意 6:価格・市場メカニズムの活用 自治体の防災努力を促すため、その取り組みを指標化し、地震保険料に組み込むことも

あり得る選択肢だろう。つまり、住宅の構造や年数、耐震構造は同じでも、防災に対して

積極的な地域に住んでいる人の保険料の方が割安になるのである。この低い保険料は地域

の災害リスクや自治体の取り組み状況についての「シグナル」となって人々の居住選択(「足

による投票」)や地価に影響を及ぼすだろう。自治体は災害対策に応じて「格付け」される

ことになる。逆に、自治体の防災努力の拡充は(たとえ災害が当面ないとしても)低い地

震保険料という形で住民に還元できることになる。地震保険料という価格が自治体を誘因

づける(規律づける)ように働いているのである。一般に(自治体の防災努力を含む)災

害リスク指標を積極的に開示させることで、不動産価格や賃貸住宅の賃料にも反映させ易

くする。また、地震保険の再保険制度などにも市場メカニズムを活用する余地はある。た

だし、地震保険の普及にあたっては、人々のリスク認知の改善に加え、(1)保険料割引を適

用する際の厳格な確認資料の取り付けルールを維持した場合における引受実務の複雑化、

(2)被災時に地方自治体が発行する罹災証明書の基準と地震保険の認定基準との統一化など

実務面で検討すべき課題があることにも留意が必要だ。 参考文献 田近栄治・宮崎毅(2008)「財政的にみた復旧・復興の体系―新潟県中越地震をケースとし

て」フィナンシャル・レビュー平成 20 年(2008 年)第 4 号 永松伸吾(2008),「シリーズ 災害と社会4 減災政策論入門 巨大災害リスクのガバナンスと 市場経済」,弘文堂

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第 1 章 災害政策体系の整理と提言~被災者支援を中心に~

佐藤主光(もとひろ)

一橋大学政策大学院・経済学研究科 要旨 本章では、被災者支援を中心に我が国の災害政策体系の現状と議論を概観した上で、経

済学の観点から分析・評価する。災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事前政策と

被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」、(2)一般に自立が困難とされる低所得者・

高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所得・年齢)、(3)公営住宅など

現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のような「支援形態」、(4)国・地方

自治体、及び民間(地震保険制度など)と支援の「担い手」による分類を行い、その特徴と

課題を明らかにする。「被災者支援の経済分析」としては、(1)被災者支援に関わる二種類の

エラー、(2)現行の被災者支援体系には機能の重複・混在、(3)被災者支援政策の実行可能性、及

び、(4)被災者支援という災害(非常)時のシステムと平時のセイフティーネット・システムとの断絶を

取り上げる。その上で、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。個別制度ではな

く、保険機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して

論じる。 1.はじめに 災害救助法による避難所・食料の提供や仮設住宅の供給、「災害弔慰金の支給等に関する

法律」に基づく生計維持者の死亡・重度障害に対する災害弔慰金・見舞金の支給、被災者

生活再建支援制度による住宅被害を受けた世帯への給付金、そのほかにも生活資金の貸付、

低利の住宅再建資金の融資など、我が国の被災者支援は災害直後から復興期に至るまで網

羅的に整備されてきた。特に 6 千人以上の死者を出し、被害総額が 10 兆円に上ると推計さ

れた阪神淡路大震災(1995 年 1 月)に際しては、「多様な支援制度が整備されている状況

にも関わらず、・・・自宅を再建できない被災者や住み慣れた街から離れた公営住宅にしか

住まいを確保できない被災者が多く発生した」(「被災者生活再建支援制度見直しの方向性

について」(平成 19 年 7 月)との教訓から、個人の生活・住宅再建への支援の充実が図ら

れた。従来の「個人補償はできない」との政府方針が実質的に軌道修正され、1999 年には

「被災者生活再建支援法」が成立している。当初は年齢と所得制限を課した上で、生活必

需品等に 大 100 万円支給されていた被災者生活再建支援金は、その後、地方自治体や被

災者からの要請を受けて拡充、2004 年度には住宅の解体・整備、民間賃貸住宅に関わる出

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費を対象とした「居住安定支援制度」(支給額 大 200 万円)が新たに加えられた。更に 2007年には年齢・所得の制限が撤廃された上、支給金の住宅再建本体への充足も可能にするよ

う制度の見直しが行われている。 このように被災者に対するきめ細かに対応がなされるようになったとはいえ、「災害救助

法」、「災害弔慰金の支給等に関する法律」、「被災者生活再建支援法」など異なる経緯から

成立・改正されてきた制度が「つぎはぎ的」に分立してきた感は否めない。災害への事前

の備えである地震保険制度や住宅の耐震化との整合性が図られているわけでもない。被災

者生活再建支援制度と地震保険制度は事後的(災害時)にはいずれも被災者の生活基盤の

安定化・再建に資する現金給付であり、機能が重複している。これに関連して、一連の政

府の事後的な被災者救済が個人の事前的な自助努力を損ねかねない(モラルハザードが助

長される)との懸念も出されている。事前・事後の災害対策については国と地方自治体の

双方が複雑に関わり合ってきた。例えば被災者生活再建支援金は国が基準を定めるが、経

費は全都道府県からの拠出金と国からの補助で賄い、被災自治体が支給する仕組みになっ

ている。災害弔慰金・見舞金は国が支給要件・基準を定めるが、実施主体は地方自治体で

ある。また、被災者への支援としては国の制度のほか、兵庫県の被災者自立支援金事業(阪

神淡路大震災)や新潟県の生活再建支援金への上乗せ(新潟中越地震)のような地方独自

の政策もある。被災者に対する責任の所在は必ずしも明瞭ではない。 本章では、被災者支援を中心に、我が国の災害政策体系と被災者支援を巡る議論を概観

した上で、経済学の観点から分析・評価する。自然災害の中でもここでは地震に特化して

話を進めた。具体的には第 2 節において、災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事

前政策と被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」に沿って分類するほか、(2)一般に自立が困難とされる低所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の属性

(所得・年齢)による分類、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とす

る現金給付のような支援形態による分類、(4)国・地方自治体、及び民間(地震保険制度など)

と支援の担い手による分類を行い、その特徴と課題を明らかにする。第 3 節では、被災者

生活再建支援制度の成立・拡充の経緯を中心に、「個人補償はできない」としてきた政府の

原則と被災者のニーズとの乖離を(1)地方独自の被災者支援策や(2)復興基金の活用で埋め合

わせてきた実情について述べる。また、被災者生活再建支援金と同じ事後的な被災者支援

である義援金、及び住宅耐震化や地震保険制度への加入など事前の自助努力(備え)との

整合性・背反関係にも言及する。被災者には雑損控除や災害減免法など税制にとる支援(所

得税・個人住民税の減免)がある。減税金額は被災者(課税所得のある中高所得層)の生

活再建資金となりうるが、被災地以外の納税者との間での(水平的)公平性が問われるかも

しれない。生活に困窮するのは災害ばかりには拠らない。被災者だから支援するというの

では、被災地以外の(経済的に同様の境遇におかれた)個人との公平が図れない。被災者

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には独自のニーズがある、彼等への支援が経済・社会全体にとっても利益になる(経済学

でいう「外部便益」がある)ことが被災者支援の根幹でなくてはならないはずだ。

続く第 4 節は、「被災者支援の経済分析」と題して、ここまでの論点を整理する。論点と

しては、 初に(1)被災者支援に関わる二種類のエラーを取り上げる。本来、事前的自助努力にも

関わらず事後的支援を必要とする個人・世帯を漏れなく救済することが望ましい。しかし、被災者

支援は真にそれを必要とする被災者に行き渡らず、そのため彼等の生活再建が滞るかもしれない。

これを(統計学の仮説検定に従い)「タイプIエラー」と呼ぶ。一方、ばら撒き的な支援は真に救済を

必要としない(自助努力で生活を再建可能な)被災者まで救済することになりかねない。これは「タ

イプIIエラー」にあたる。対象を拡げた手厚い救済はタイプIエラーの減少には繋がるが、タイプIIエ

ラーを高めてしまうなど、両者の背反関係が強調される。また、(2)現行の被災者支援体系には機

能の重複・混在が見受けられる。上述のように被災者生活再建支援金と地震保険はいずれも被災

時の生活資金を提供する現金給付である。制度は違っても、「被災者(住民)の生活の安定」に寄与

する機能は同じだ。地震保険と被災者生活再建支援金は二者択一というわけではないものの、同

じ生活再建という機能を満たす上で、「棲み分け」が必要だろう。

(3)事前に気前の良い被災者支援制度を示すことは政治的には受けが良いかもしれない。しか

し、大災害が起きたとき、実現可能でなければ、被災者らの生活再建、経済の復興が遅滞しかね

ない。そもそも、事前に実効性が疑われる制度であれば、人々からの信認も得られない。災害が起

きた事後になっていから、財源確保を検討していたのでは、被災者の迅速な生活支援は困

難となろう。国・自治体からの支援が不明瞭では、被災者は生活を再建する目処も立てに

くい。(4)更に本章では、被災者支援が災害救助法や被災者生活再建支援法など災害に関わる

諸制度の中で「自己完結」しないことを強調していく。災害で発生ないし「顕在化」した社会的弱者

は、生活保護の受給資格に欠くなど、平時のセイフティーネットの対象にならなければ、被災者とし

て扱われ続けることになる。被災者支援は既存のセイフティ^-ネットの不備を補足する役割を面が

あるわけだ。結果、被災者支援という災害(非常)時のシステムから平時のシステムへの移行は一

向に進まない。

第 5 節では、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。はじめに被災者支援

の原則として(1)救済を必要とする個人・世帯を救済する(原則1)、事後的支援(救済)は

実行可能性を確保する(原則2)、(3)個人・世帯の事前的自助努力(地震保険・耐震化)を

損なわない(原則3)、(4)平時システムとの連続性・迅速な移行を図る(原則4)を掲げ、

各々の含意とそれを実現するための制度設計のあり方を述べる。そこでは災害弔慰金・見

舞金、被災者生活再建支援金、地震保険、公営住宅など個別制度を取り上げるのではなく、

保険機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して論じ

る。「原則1」の徹底のため、被災者の実情把握のための制度の整備を重視する。具体的に

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は平時のシステム(年金や介護・福祉、税制など)に蓄積された(所得を含む)個人の情

報を共有し、住宅の倒壊など被災の実情と連結させて、真に救済の必要な被災者を把握す

るとともに、被災者ごとに生活再建に向けた各種支援のメニュー(「被災者生活再建モデ

ル」)を示す。「つぎはぎ的」な対応に代えて、自身が被災したとき、どのような支援を得られる

のか、あるいは自助が求められるのか、生活・住宅再建への道筋を明らかにする。 2.我が国の災害政策体系:被災者支援を中心に 2.1 我が国の被災者支援制度 はじめに現行の被災者に対する支援制度の概要を述べる。災害直後は「災害救助法」に

よる「避難所及び応急仮設住宅の供与」「炊出しその他による食品の給与及び飲料水の供給」、

「災害にかかった住宅の応急修理」など応急措置としての現物給付を中心とした被災者支

援がなされる。また、「災害弔慰金の支給等に関する法律」(災害弔慰金法)により、死亡

者の遺族(配偶者,父母等)に対しては災害弔慰金が支給される。支給額は生計維持者が

死亡した場合は 大 500 万円、その他の死亡者については 大 250 万円となる。災害によ

る負傷、疾病で精神又は身体に著しい障害が出た被災者には災害障害見舞金が支払われ、

重度の障害を被ったのが生計維持者であれば 大 250 万円、その他の者の場合、 大 125万円となる。 災害弔慰金法に基づく支援としては、給付以外に災害援護資金による貸付がある。これ

は(1)災害で負傷した生計維持者の療養期間、(2)家財の損害、(3)住居への被害(全壊、半壊

等)に応じて 150 万円から 350 万円を限度額に生活の再建に必要な資金を貸し付ける制度

である。償還期間は 10 年以内、貸付利率は年3%で、原則 3 年以内の据置期間(償還期間

に含まれる)中は利子が発生しない。ただし、災害援護資金を受けるには世帯人数によっ

て決められた所得制限がある。災害援護資金の対象となる世帯以外で低所得世帯、生活保

護世帯には、「生活福祉資金制度」から災害援護資金が貸し付けられる。限度額は 150 万円

(償還期間 7 年以内)、貸付率は年3%(2 年以内の据置期間中は無利子)であり、貸付金

は住宅の補修、家財の購入に充てられる。生活福祉資金には災害援護資金のほか、「緊急か

つ一時的」に生計維持が困難になった低所得世帯、生活保護世帯、障害者世帯、要介護者

世帯に対する緊急小口資金の貸付がある。限度額は5万円(償還期間 4 ヶ月以内)、金利は

年率3%(2 ヶ月以内の据置期間中は無利子)である。 生活福祉資金制度の対象にならないような中堅所得層については国税・地方税による特

別措置が施される。被災者は災害により住宅や家財などに損害を受けた場合、確定申告で、

(1)所得税法に定める雑損控除の方法、(2)災害減免法に定める税金の軽減免除による方法の

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どちらかを選ぶことによって、所得税の全部又は一部を軽減できるほか、個人住民税、固

定資産税、自動車税など地方税の一部軽減又は免除を受けられる。このほか、国民健康保

険料・介護保険料の減免、猶予、公共料金・使用料(施設利用料、保育料など)等の特別

措置もなされている。 また、「被災者生活再建支援制度」により、災害で住宅が全壊するなど、「生活基盤に著

しい被害を受けた世帯」に支援金が支給される。同制度は(1)住宅の被害程度に応じた基礎

支援金(全壊 100 万円、大規模半壊 50 万円)と(2)住宅の再建方法に応じた加算支援金(住

宅の建設・購入であれば 200 万円、補修は 100 万円、民間賃貸住宅への入居については 50万円)からなる。両方を合わせると被災者への支援金は 大 300 万円に上る。1998 年 5 月

に成立した当初は基礎支援金部分のみだったが、2004 年 3 月の改正で民間賃貸住宅の家賃、

住宅の解体(除却)・撤去・整地費などに充てる「居住安定支援制度」( 大 200 万円)が

加わり、更に 2007 年 11 月には従来の所得・年齢制限が撤廃された。(被災者生活再建支援

制度の設立・拡充の経緯は第 3 節参照。) 被災者の住宅購入、補修に対しては「災害復興住宅融資制度」がある。低所得世帯、障

害者世帯、及び高齢者世帯であれば、「生活福祉資金制度」(ただし災害援護資金を受ける

世帯は適用除外)による住宅資金の貸付を受けられる。住宅の補修、保全、増築、改築等

に必要な経費を貸し付けるもので貸付限度は 250 万円以内(償還期間 7 年)、貸付利率は 年3%(据置期間 6か月)となる。「災害によって住宅を失い、現に住宅に困窮しているこ

とが明らか」な被災者については、同居親族要件(現に同居、または同居しようとする親

族がいる)と入居収入基準(月額 26 万8千円以下)を住宅困窮要件として公営住宅への入

居が認められる。公営住宅の家賃は収入に応じて設定されるが、必要があると認められる

場合は一定期間、家賃を減免する措置が講じられる。なお、災市街地復興推進地域に指定

された地域では同居親族要件、入居収入基準はない。公営住宅への入居資格がない中堅所

得の被災者は都道府県、市町村、地方住宅供給公社等が供給する特定優良賃貸住宅に入る

ことができる。 このようにわが国の被災者支援は、低所得者・高齢者から中堅所得層まで生活再建のた

めの給付金や貸付金、住宅再建資金の貸し付け、及び公営住宅等の提供などきめ細かく施

されてきた。しかし、「災害救助法」、「災害弔慰金の支給等に関する法律」、「生活福祉資金

制度」、「被災者生活再建支援法」、公営住宅など異なる制度が分立しており、大きな災害が

起きる度に現行制度の不備を補うよう「つぎはぎ的」」に拡充されてきた感が否めない。例

えば、事前の自助努力(災害への備え)としての地震保険への加入や住宅の耐震化投資と

災害後の被災者支援制度との関係も整理されないままである。また、第 3 節で詳述するよ

うに、被災者生活再建支援制度は、阪神淡路大震災の際、「個人補償はしない」という原則

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の下にあった当時の災害政策体系では住宅再建費用や二重ローンに苛まれる被災者に対す

る手当てが不十分との批判を受けた後に成立した。総じて「災害に備えて」制度を見直す

というよりも、災害を契機に改革を行う「災害待ち」の対応だった。 2.2 タイプに応じた分類 本章では被災者支援に関わる政策・制度について個別にその理念(目的)や効果を論じるの

ではなく、制度横断的かつ時間軸(災害の前後)に即して「包括的」な観点から体系的か

つ総合的に捉えていく。そこで以下では被災者支援の諸政策をタイプに基づき分類、異な

る政策間の補完、あるいは代替(背反)関係を明らかにする。具体的には(1)地震保険・住

宅の耐震化など事前政策と被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」、(2)一般に自

立が困難とされる低所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所

得・年齢)、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のよう

な「支援形態」、(4)国・地方自治体、及び民間等、支援の「担い手」を取り上げる。

図表 1-1:被災者支援の分類 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2.2.1 時間軸による分類 時間軸を災害の前後によって(i)事前と(ii)事後に区別する。事後(災害後)の災害政策と

して挙げられるのが、前節で概観した災害直後の災害救助法による避難所・応急仮設住宅

などの現物給付、災害弔慰金・災害障害見舞金、生活福祉資金制度による各種貸付金、災

害復旧期の被災者生活再建支援制度、公営住宅・災害復興住宅の提供などである。後に詳

述する復興基金による住宅再建支援や二重ローン対策、被災地の中小企業への融資、雇用

促進なども事後の政策に位置づけられる。一方、事前政策には地震保険への加入や住宅の

耐震化がある。自治体による防災努力(災害に強い街づくり)も事前政策となる。いずれ

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も災害に備えた自助努力であり、災害が起きたときの被害の軽減(減災)、迅速な被災者の

生活再建、地域経済の復興に寄与する。 (成立の経緯や理念はともかく)こうした事前と事後の政策の効果は互いに独立してい

るわけではない。手厚い事後的支援に対する期待は、しばしば事前の自助努力を怠るモラ

ルハザードを誘発してきたとの批判が多い。住宅が被災したとき、被災者生活再建支援制

度など各種支援を受けられるならば、それを当てにした個人は敢えてコストの掛かる地震

保険や住宅の耐震化投資を行う誘因を持たなくなるということだ。 とはいえ、政府としては事後(災害後)の被災者の実情に支援を行わざるを得ないかも

しれない。事後的には既に事前の自助努力はサンクしており、その欠如を責めても、被災

者の窮状は如何ともならない。メディア等を通じて被災者の窮状が広く認知されると彼等

への同情心から支援への政治圧力も高まるだろう。被災地の速やかな復興のためにも、事

後的支援が求められるはずだ。しかし、皮肉なことに事後的救済は事前の自助努力を損ね、

結果的に事後の救済を必要とする被災者を多く生み出すことになりかねない。災害が起き

る度に被災者の実情や批判に応じて制度を見直すといった場当たり的な対応をみれば、「結

局、国が何とかしてくれる」という期待を人々に与え、次の災害への備えが疎かになって

しまうからだ。これは「時間整合性問題」(あるいは「サマリア人のジレンマ」)として知

られる。これを以って、被災者生活再建支援制度など事後的支援を否定するべきではない

が、その制度設計(給付水準や資格要件の設定)にあたっては、(i)事前の自助努力の誘因に

及ぼす効果を織り込み、かつ、(ii)事前に定めた制度設計にコミットすることが望まれる。 2.2.2 被災者の属性による分類 ここでは現行の被災者支援制度を対象となる被災者の属性に応じて分類してく。被災者

が(税を納めている)中高所得層であれば、(i)雑損控除あるいは災害減免法に定める税金の

軽減免除のいずれかによって所得税を軽減できる。(ii)公営住宅には「住宅困窮要件」や「同

居親族要件」のほか、収入基準があり、低所得の被災者への支援となる。(iii)貸付金(融資)

にも低所得層を対象としたものが多い。災害援護資金(「災害弔慰金法」)は災害による負

傷・住宅・家財の損害を被った世帯に対して所得制限を付けて生活資金の貸付を行ってい

る。この制度の対象にならない低所得世帯・生活保護世帯などをカバーしたのが「生活福

祉資金」の災害援護資金や住宅資金であり、住宅の新築、補修や家財の購入資金を貸し付

ける。ただし、もともと民間の金融機関等からの借入が困難な世帯向けの融資のため、高

い回収リスクが見込まれる。実際、災害援護資金については阪神・淡路大震災時の貸付金

の焦げ付きが指摘されている(田近・宮崎(2008))。

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図表 1-2:被災者支援の対象

一方、(iv) 所得とは関係なく(住宅の被害・再建方法のみに応じて)行われる支援とし

ては被災者生活再建支援制度がある。同制度は 1998 年 5 月に成立した当初は年収と年齢に

よる制限があり、年収 800 万円以上、あるいは年収 500 万以上で世帯主が 44 歳以下(障害

者世帯は除く)であれば給付対象にならなかった。その後、2004 年 3 月、2007 年 11 月の

改正を経て、所得・年齢制限が撤廃された。この背景には被災者生活再建支援金制度以前

の被災者支援が災害で死亡あるいは障害を負った世帯に対する災害弔慰金や災害障害見舞

金、上述の低所得者向けの融資制度や公営住宅の提供などに限られたことから、阪神淡路

大震災のような大災害の際には、自宅が損害を被り二重ローンを抱え込んだ中所得者層な

ど、いずれのカテゴリーにも入らない被災者が多く取り残され、生活再建が遅れた経験が

ある。被災者生活再建支援制度の対象を拡げることで、被災者救済に取りこぼしがないよ

うにしたわけだ。 2.2.3 給付形態による分類 被災者への(事後的)支援は大きく(1)給付、(2)(生活福祉資金制度・災害復興住宅

融資のような)貸付、(3)国税・地方税の減免からなる。このうち、給付の形態は更に(i)現金給付と(ii)現金給付に分けられる。前述の被災者生活再建支援制度は現金給付の典型例

だ。災害弔慰金や災害障害見舞金も同様に現金給付に分類される。一方、国の「災害救助

法」による(i)避難所、仮設住宅、(ii)医療、食料などの生活必需品の供与などは現物給付の

例となる。公営住宅・災害復興住宅の提供も現物給付にあたる。「個人補償はしない」との

原則の下、被災者支援は長らく現物給付を中心としてきた。しかし、「 近では、都市のあ

り方、地域のあり方、社会政策などの点からみてどのような社会を目指すのかという視点

に立って考える必要性が言われており、住む地域を制限するような従来の現物給付による

応急対策には限界がある」(田近・宮崎(2008))との指摘がなされている。

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現物給付の中核を担う公営住宅への批判も多い。阪神淡路大震災の際は、住宅復興とし

て公営住宅が 4 万 2 千戸あまり供給された。「ひょうご住宅復興三ヵ年計画」で見込まれた

住宅の所要戸数 12 万 5 千戸の3分の1を公営住宅で賄った計算である。「社会主義国のよ

うな政策」とも評される(永松(2008))。しかし、公営住宅の大量供給の結果、住宅市場

に供給過多が生じた。1997 年末には兵庫県住宅供給公社、神戸市住宅供給公社の完成在庫

数は各々350 戸、230 とで、全国ワースト 1 位と3位の在庫数を記録した(本間(1999))。公営住宅の過剰供給は阪神間の賃貸住宅の家賃を低下させ、再建した賃貸住宅の経営に悪

影響を及ぼした(永松(2008))。公営住宅の立地が被災者のニーズ(交通の便や慣れ親し

んできたコミュニティとの距離など)への配慮に欠いていたため、需要と供給にミスマッ

チが生じたほか、社会福祉の一環としての性格上、高齢者や低所得者などを選別して入居

させた結果、必然的に「公営住宅団地が相対的に社会的弱者ばかりを集めたコミュニティ」

になったとされる(永松(2008、58 頁))。 こうした中、「生活様式の多様化等を踏まえ、・・・現物支給については支給内容の充実・

多様化、現金支給制度の積極的な活用等、多様な支援施策を提示するべき」(中央防災会議

「防災体制の強化に関する提言」(2002 年 7 月)との提言などもあり、近年では、被災者

支援の比重が公営住宅等の現物給付から被災者生活再建支援制度のような現金給付に移り

つつある。実際、被災者のニーズを充足し「もって住民の生活の安定と被災地の速やかな

復興に資する」(被災者生活再建支援制度第 1 条)ためには、規格が一律な現物給付よりも、

使途を限定しない形での現金給付が望まれる。自らのニーズを知る被災者自身に生活再建

の手法(住宅の再建に充てるか、賃貸住宅への入居費用とするかなど)の判断を委ねられ

るからだ。 2.2.4 支援の担い手による分類 被災者支援の担い手は多様である。「災害救助法」により都道府県・市町村が処理するこ

ととされる事務は第一号法定受託事務となる(災害救助法 32 条の2)。この法定受託事務

とは、地方分権一括法(2000 年 4 月施行)で廃止された機関委任事務の後継であり、地方

自治体は国の指示の下で決められた政策を執行しなければならない。国は避難所の設置期

間や応急仮設住宅の設置基準など細かく規定する。もっとも、救助の弾力的実施(被災地

の実情に即した救助)を確保するため、災害に応じた特別基準が認められている。災害救

助法以外でも、災害弔慰金・災害障害見舞金は、いずれも国が定める災害弔慰金法に基づ

くが実施主体は地方自治体である。被災者生活再建支援制度も「生活基盤に著しい被害を

受けた世帯」の基準や支給額は国レベルで決められるが、地方自治体が執行を担っている。

財政面でも国と地方は密接に関わり合ってきた。自治体による公営住宅の建設や家賃減免

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の経費には国からの補助がある。被災者生活再建支援制度の支給金は国と都道府県(全体

が拠出した基金)が折半している。災害復興における国・地方の財政関係については田近・

宮崎(2008)が詳しい。 被災者支援に限らず、我が国の政府間関係は国が政策を(1)企画(デザイン)、(2)(地方交

付税・国庫支出金などで)財源保障を施して、(3)地方自治体が執行する「集権的分散シス

テム」として特徴付けられてきた。国の過度な関与(義務付け・枠付け)への批判がある

一方、地方の甘え(モラルハザード)も取りざたされているが、どちらも集権的分散シス

テムの一面を捉えているに過ぎない。結果、責任の所在が曖昧になってきた。地方自治体

が住民のニーズに応えられないのは、自治体の非効率性によるか、国の規制が地方の実情

にそぐわないためか明らかではないからだ。また、両者の意思疎通に齟齬があると現場を

混乱させることもある。実際、前述の災害救助法の特別基準は申請ベースのため、阪神淡

路震災のときには、制度を理解しない自治体が国の基準による実施を指示して被災者の不

満を高め、国は自治体が申請しないことを放置した結果、避難所や仮設住宅の設置の対応

が遅れたとされる(高寄(1999))。互いに責任を擦り付け合ったまま、どちらも責任を免

れることになる。以下でも度々強調するように被災者支援等、現行の被災者支援政策の不

備は災害に特有なのではなく、平時のシステム(ここでは集権的分散システム)の矛盾や

弊害が露呈した結果ともいえる。 図表 1-3:支援の担い手 近年の地方分権改革の中では「国と地方の役割分担を徹底的に見直すことで不明確な責

任関係がもたらす両者のもたれ合い状態から脱却」を図る動きもあるが、この集権的分散

システムを転換させるには至っていない。「防災基本計画」は(1) 災害予防・事前対策,災

害応急対策,災害復旧・復興という対応の時間的順序を考慮した防災・被災者救済対策を

構成するとともに,(2)対策について「誰が」(省庁・自治体・指定公共機関),「何を」すべ

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きかを具体的に記述して各機関の責務を示すとしている。国と地方の責任関係を明瞭にす

ることは、この基本計画の方針にも適うものだろう。 地方自治体は国の決めた政策を執行しているだけではない。地方独自の被災者支援も数

多い。阪神大震災後,兵庫県と神戸市が共同で出資した財団法人阪神・淡路大震災復興基

金は被災者個人への「公助」(公的支援)の限界を埋め合わせる上で重要な役割を果たして

いた。(基金を迂回する形をとったため既存制度の枠外となる。)住宅対策として復興基金

は被災者が借り入れた住宅金融公庫をはじめとする公的住宅融資,あるいは,民間住宅融

資に対する利子補給を行うほか,「住宅債務償還特別対策」として,既住宅債務のうち 400 万円以上が未償還として残っている被災者を対象(所得制限あり)に借入残高の一部を補助

している。また,民間賃貸住宅への家賃補助も復興基金の事業として実施された。「民間賃

貸住宅家賃負担軽減事業」は,年齢,世帯人数も考慮した所得制限を設け,一般の民間賃

貸住宅,公団・公社の一般賃貸宅に入居している比較的低所得者世帯に対し, 高 3 万円

までの家賃補助を実施している。加えて,災害復興準公営住宅の建設費への補助(利子補

給を含める),完成した後に入居した被災世帯への家賃補助も行っている(「災害復興準公

営住宅建設支援事業補助」)。被災者自立支援金事業は 1997 年 3 月に 62 歳以上を対象に所

得制限を加えて現金給付を行った「生活再建支援金」を前身に、「被災者生活支援法」の可

決(1998 年 5 月)を受け、同年 6 月から実施された。住宅が全壊・半壊した世帯に対して、

世帯主の年齢・世帯人数、世帯の総所得、要援護の有無に応じて、 大 120 万円を支給す

る。支給実績は 1999 年 5 月までに支給世帯約 13 万 3 千、支給額は約 1286 億円に上った。 鳥取県西部地震(2000 年 10 月 6 日)の際には、県・市町村独自の住宅再建支援が行わ

れている。被災前と同一市町村内での再建を条件に、住宅再建の世帯あたり支給額は 300万円(県負担 200 万円、市町村負担 100 万円)となる。所得や年齢制限はない。住宅補修

や石垣の補修にも 大 150 万円を補助している。この対応は当時の被災者生活再建支援金

には所得・年齢制限があり、かつ住宅再建本体に充てることが出来なかった不便を補う形

で実施された。2004 年 3 月の改正で創設された「居住者安定支援制度」の先駆けとなった。

新潟中越地震の後には、県の復興基金から被災者生活再建支援金に上乗せするよう全壊・

大規模半壊に 100 万円、半壊に 50 万円が支給されている(表4)。この復興基金は生活再

建のほか、住宅再建のための資金の貸付と利子補給、公営住宅への入居支援( 低家賃と

の差額分を補助)、民間賃貸住宅の家賃補助(月額 3 万円を上限)も行っている。

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図表 1-4:地方独自の被災者支援

3.被災者支援を巡る議論 3.1 個人補償の是非 「高齢社会における 初の都市型災害」だった阪神淡路大震災を契機に仮設住宅・公営

住宅等、現物給付を中心にとした従来の被災者支援への批判が高まった。「多様な支援制度

が整備されている状況にも関わらず、阪神・淡路大震災では自宅を再建できない被災者や

住み慣れた街から離れた公営住宅にしか住まいを確保できない被災者が多く発生した」

(「被災者生活再建支援制度見直しの方向性について」)」とされる。このため、被災者の生

活・住宅再建への支援(現金給付の拡充)を求める動きが出てきた。しかし、政府は当初、

「私有財産制のもとでは、個人の財産が自由かつ排他的に処分し得るかわりに、個人の財

産は個人の責任のもとで維持することが原則」(村山総理(当時)参院本会議答弁(1995年 10 月))とした。有識者らからは財産喪失への補償は持てる者のみへの優遇であり、被

災者への一律な支援金は国家賠償・損失補償における「焼け太り禁止の原則」との均衡に

欠くとの意見も出されている(阿部(1995))。しかし、「被災者が求めているのは生活基盤

の回復であって失われた財産の回復ではない」ことから支援金は政府による個人の財産形

成への補助にはあたらないし,自立していける状態にはない被災者に対して「自己責任」

を求めることは妥当ではないという反論がなされた(浦部(1997)。 「実際、被災者の住

宅や生活の再建が速やかに行われれば、地域の経済活動が活性化し、その復興を促進する

ことになる」との向きもある。

570万円30万円住宅補修

支援法(当時)と同じ所得制限

福岡県西方沖地震に係る被災住宅応急修理支援事業補助金

福岡県

10.9億円200万円住宅の再建・購入・新築・補修

年収800万円以下

兵庫県居住安定支援制度補完事業

兵庫

100億円300万円住宅の再建・購入・新築・補修

所得制限なし

鳥取県被災者住宅再建支援制度

鳥取

100億円100万円生活再建経費・住宅補修・改築・賃貸

所得制限なし

新潟県中越地震被災者生活再建支援事業補助金

新潟

実績最大支給額対象制度都道府県

570万円30万円住宅補修

支援法(当時)と同じ所得制限

福岡県西方沖地震に係る被災住宅応急修理支援事業補助金

福岡県

10.9億円200万円住宅の再建・購入・新築・補修

年収800万円以下

兵庫県居住安定支援制度補完事業

兵庫

100億円300万円住宅の再建・購入・新築・補修

所得制限なし

鳥取県被災者住宅再建支援制度

鳥取

100億円100万円生活再建経費・住宅補修・改築・賃貸

所得制限なし

新潟県中越地震被災者生活再建支援事業補助金

新潟

実績最大支給額対象制度都道府県

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「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(2000 年 12月4日)は

「住宅は単体としては個人資産であるが、阪神・淡路大震災のように大量な住宅が広域に

わたって倒壊した場合には、地域社会の復興と深く結びついているため、地域にとっては

ある種の公共性を有しているものと考えられる」とした上で、「住宅は基本的には個人資産

であり、公的支援には一定の限界があるため、国民がお互いに助け合う共助の精神に基づ

く全住宅所有者の加入を義務付ける新たな住宅再建支援制度の創設」が妥当とした。同報

告書に先立って兵庫県を含む被災自治体は「地震等自然災害による被災者支援制度の創設

について」(1997 年 5 月)の中で「被災者が生活復興を行うためには,住宅の再建と生活

の再建が不可欠」であるとし,生活再建については住宅ローンなどを抱える中堅所得層を

含む被災者が 低限の生活を維持していくことへの公的支援のための基金制度を「住宅再

建については,国民の相互扶助精神に基づく住宅地災害共済制度を新たに創設する」こと

を提言している。とはいえ、「過大な事後給付は、生命と財産を守るうえで不可欠な事前の

自助努力(安全な土地の選択、耐震改修、火災保険・地震保険等への加入など)を阻害す

るのではないかとの指摘や、首都直下地震等極めて大規模な災害が発生した場合のフィー

ジビリティ(実現可能性)に対する懸念」 (「被災者生活再建支援制度に関する検討会」

配布資料)も出されている。 「防災体制の強化に関する提言」(2002 年7月中央防災会議)は、「行政としては、被災

者の生活再建を支援するという観点から、住宅の所有・非所有に関わらず、真に支援が必

要な者に対し、住宅の再建・補修、賃貸住宅への入居等に係る負担軽減などを含めた総合

的な居住確保を支援していくことが重要」であり、「生活様式の多様化等を踏まえて,現物

支給について支給内容の充実・多様化,現金支給制度の活用」など「多様な支援施策を提

示」するべきとした。「私有財産である個人の住宅が全半壊した場合に、その財産の損失補

てんを公費で行うことは、持家世帯と借家世帯との公平性が確保されるか、自助努力で財

産の保全を図る意欲を阻害しないかなどの問題がある。これに対する備えとしては、地震

保険や共済制度への加入により対処することが基本」としている。 3.2 被災者生活再建支援制度の成立と拡充 生活再建支援法が 1998 年 5 月に衆議院で可決・成立した。生活再建支援金は「自然災

害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって,経済的理由等によって自立して

生活を再建することが困難なもの」に対して支給されるものである。具体的には自然災害

によって住宅が全壊,倒壊防止等のため解体が必要になった世帯,災害が継続し,長期に

渡って居住不可能な状態が継続することが見込まれる世帯に対して年収と世帯主の所得に

応じて 大 100 万円までが支払われることになる。「個人補償はしない」との原則は維持さ

れた。被災者生活再建支援制度に合わせて、実施された被災者自立支援金制度(兵庫県復

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「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(2000 年 12月4日)は

「住宅は単体としては個人資産であるが、阪神・淡路大震災のように大量な住宅が広域に

わたって倒壊した場合には、地域社会の復興と深く結びついているため、地域にとっては

ある種の公共性を有しているものと考えられる」とした上で、「住宅は基本的には個人資産

であり、公的支援には一定の限界があるため、国民がお互いに助け合う共助の精神に基づ

く全住宅所有者の加入を義務付ける新たな住宅再建支援制度の創設」が妥当とした。同報

告書に先立って兵庫県を含む被災自治体は「地震等自然災害による被災者支援制度の創設

について」(1997 年 5 月)の中で「被災者が生活復興を行うためには,住宅の再建と生活

の再建が不可欠」であるとし,生活再建については住宅ローンなどを抱える中堅所得層を

含む被災者が 低限の生活を維持していくことへの公的支援のための基金制度を「住宅再

建については,国民の相互扶助精神に基づく住宅地災害共済制度を新たに創設する」こと

を提言している。とはいえ、「過大な事後給付は、生命と財産を守るうえで不可欠な事前の

自助努力(安全な土地の選択、耐震改修、火災保険・地震保険等への加入など)を阻害す

るのではないかとの指摘や、首都直下地震等極めて大規模な災害が発生した場合のフィー

ジビリティ(実現可能性)に対する懸念」 (「被災者生活再建支援制度に関する検討会」

配布資料)も出されている。 「防災体制の強化に関する提言」(2002 年7月中央防災会議)は、「行政としては、被災

者の生活再建を支援するという観点から、住宅の所有・非所有に関わらず、真に支援が必

要な者に対し、住宅の再建・補修、賃貸住宅への入居等に係る負担軽減などを含めた総合

的な居住確保を支援していくことが重要」であり、「生活様式の多様化等を踏まえて,現物

支給について支給内容の充実・多様化,現金支給制度の活用」など「多様な支援施策を提

示」するべきとした。「私有財産である個人の住宅が全半壊した場合に、その財産の損失補

てんを公費で行うことは、持家世帯と借家世帯との公平性が確保されるか、自助努力で財

産の保全を図る意欲を阻害しないかなどの問題がある。これに対する備えとしては、地震

保険や共済制度への加入により対処することが基本」としている。 3.2 被災者生活再建支援制度の成立と拡充 生活再建支援法が 1998 年 5 月に衆議院で可決・成立した。生活再建支援金は「自然災

害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって,経済的理由等によって自立して

生活を再建することが困難なもの」に対して支給されるものである。具体的には自然災害

によって住宅が全壊,倒壊防止等のため解体が必要になった世帯,災害が継続し,長期に

渡って居住不可能な状態が継続することが見込まれる世帯に対して年収と世帯主の所得に

応じて 大 100 万円までが支払われることになる。「個人補償はしない」との原則は維持さ

れた。被災者生活再建支援制度に合わせて、実施された被災者自立支援金制度(兵庫県復

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興基金事業)でも「失われた個人の財産を補償するものではなく、恒久住宅への移転を契

機に生活の再建ができるよう、移転に伴い必要となる経費を支援する」(1998 年7月1日)

ことが強調されている。 この生活再建支援法では「国民的保障制度」のもう一翼を担うとされた住宅再建の支援

は見送られたものの,その附則第 2 条において「自然災害により住宅が全半壊した世帯に

対する住宅再建支援の在り方については,総合的な見地から検討を行うものとし,そのた

めに必要な措置が講ぜられるものとする」とされ,引き続き議論が行なわれることになっ

た。しかし、被災自治体は国の結論を待ってはいなかった。地方自治体の中で独自に住宅

再建支援制度を模索する動きが広がり、前述の通り、鳥取県は鳥取西部地震に際し,被災

者の住宅再建を支援するため一律 300 万円の「住宅復興補助金」を交付した。宮城県連続

地震(2003 年 7 月)でも、宮城県は 100 万円を上限とする「被災者住宅再建支援金」の支

給を実施している。 こうした流れを受けて、2004 年 3 月に被災者生活再建支援制度が拡充、「居住安定支援

制度」( 大 200 万円)が新たに加わった。この新たな制度は民間賃貸住宅の家賃・仮住ま

いのための経費、住宅の解体(除却)・撤去・整地費、住宅の建設、購入のための借入金等

の利息、ローン保証料その他住宅の建替等に係る諸経費を対象とする。しかし、「個人の資

産形成となる住宅再建には公的支援をしない」との原則により、住宅本体の建築費・補修

費は支援対象から外されるなど、「使い勝手の悪さ」が指摘されていた。「居住安定支援に

係る支援金を受給した世帯数は、被災者生活再建支援制度の適用となった世帯の半数程度

であり、その支給限度額に対する支援金の支給割合は1/2程度に止まっているなど、制

度目的を達成するための十分な機能を果たしていない」(「被災者生活再建支援制度の見直

しに関する緊急要望」(全国知事会(2007 年7月12日))とされる。地方自治体から「被

災者生活再建支援制度の適用となった約8,000世帯のうち、居住安定支援に係る支援

金を受給したのは、約4,300世帯、約54%に止まっている。」(全国知事会(2007 年

7月12日))など不満が多く出た。そのため、2007 年 11 月、(i)制度の対象とした経費の

実績に応じた償還払いから「渡し切り」とすることで住宅本体の再建を含め、使途を限定

しない、(ii)支給額は住宅の被害程度(全壊・大規模半壊、半壊)や再建方法(新築、補修、民

間賃貸住宅への転居)のみにより、年齢・所得による制限は撤廃されることに至った。

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図表 1-5:被災者生活再建支援制度の経緯 1995 年 1 月 阪神淡路大震災 1998 年 5 月 被災者生活再建支援法成立 2003 年 7 月 全国知事会「自然災害被災者支援制度の創設等に関する緊急決議」 10 月 「住宅再建支援制度の創設に伴う運営資金の拠出に関する申し合わせ」 2004 年 3 月 被災者生活再建支援法一部改正(「居住安定支援制度導入」) 2004 年 11 月 新潟県中越地震 2007 年 7 月 全国知事会「被災者生活再建支援制度の見直しに関する緊急要望」 11 月 被災者生活再建支援法一部改正(年収・年齢等の支給要件撤廃、支援金使

途の限定なし、定額支給) 3.3 被災者支援の論点 3.3.1 被災者生活支援制度のメッセージ 年齢・所得制限を撤廃した被災者生活再建支援制度は被災者を「広く」支援し、早期の

生活再建を促すものだろうが、その一方で、支援の「効果」には疑問が残る。(所得が高い

など)本来、支援が必要ではなかった被災者まで救済することは、資源(予算)の制約上、

より重点的に支援すべき被災者への手当てが少なくなるともいえるからだ。被災者支援の

限られた資源(予算)の配分に「メリハリ」を欠く結果になりかねない。そもそも、被災

者を一括りに「弱者」とみなすは妥当ではない。予め地震保険に加入するか、事後的に貯

蓄を取り崩す(自己保険を利かせる)ことで自力再建の可能な被災者(具体的には高所得

者層)もいるだろう。一時的に生活難に陥っても、当面の生活資金を借り入れることがで

きれば、元の生活水準を取り戻せる被災者もいる。逆に、被災者の中には災害前から既に

社会的弱者だったが認知されず(平時のセイフティーネットの対象にならず)にいた被災

者もいる。彼らの多様なニーズに応えるよう「多様な支援施策を提示」することは、支援

をばら撒くことと同義ではない。加えて、度重なる支援の拡充は「時間整合性問題」とし

て挙げたように、「結局、国が何とかしてくれる」というメッセージ(シグナル)を人々に

伝えるだろう。災害に対する「当事者意識」(危機意識)に欠き、事前の備え(自助努力)

への関心も薄くなるかもしれない。 3.3.2 被災地以外との公平性

被災者を支援するのは、彼らが被災者だからではなく、彼らを支援することに社会的な

価値が見出されるからだ。生活に困窮するのは災害ばかりには拠らない。被災者だから支

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援するというのでは被災地以外の(経済的に同様の境遇におかれた)個人との水平的公平

(「均等者均等待遇」の原則)に適わない。これに関連して、雑損控除や災害減免法などの

所得税の減免について、「生活に通常必要な動産類については、その譲渡損益がともに所得

計算の埒外におかれることとされているのに、それが「災害」等によって損失を被った場

合のみ、その事実が所得計算に反映され」、他の納税者との(事後の)水平的公平に欠くと

の見解もある(渡辺(2008))。更に渡辺(2008)は「事前の観点からは、納税者に無料の

保険を提供するのと同様の効果を持っている」とする。この保険を享受できるのは、主と

して担税力のある中高所得層だから、事前的には「垂直的公平」(所得再分配)が問われる

かもしれない。無論、次節で強調するように被災者支援には災害のリスクをヘッジ(分担)

する保険としての機能がある。被災者の生活再建の促進が、「地域コミュニティの再生と地

域経済の活性化を実現」、被災地の早期復興に繋がる限り、そこには経済学でいう「外部便

益」(被災者自身が享受する利益を超えた社会的価値)が見出されよう。ただし、保険であ

れ、外部便益であれ、社会的価値があるから無制限に支援を拡充して良いわけではない。

便益に見合った水準・範囲の支援が望ましい。 3.3.3 現物給付と現金給付 個人補償は私的財産の形成に寄与するものとの立場から被災者生活再建支援制度以前の

被災者支援は応急仮設住宅や公営住宅など現物給付が中心だった。現金給付であれば、「私

有財政の形成」になるが、現物給付はそうではないというわけだ。しかし、(無料で)仮設

住宅に入居した被災者は国・自治体から暗黙裡に家賃分の補助を受けているに等しい。公

営住宅の市場価格よりも安価な家賃や更なる家賃の軽減も(こちらは明示的だが)同様で

ある。この結果、さもなければ自分の所得から支払っていた家賃を貯蓄に回したり、他の

財貨の購入に充てたりすることができる。例えば、民間賃貸住宅であれば家賃が月額 5 万

円のところ、公営住宅ならば月々6 千円で済むとすれば、この現物給付の価値は差額の 4 万

4 千円の現金給付にあたる。この半分が貯蓄されるならば、月に 2 万 2 千円の個人資産の形

成に寄与していることになる。現物給付によって、自身で支出しないで済んだ経費(ここ

では家賃)が私有財産に回る格好だ。これは支援の「ファンジビリティー」(流用可能性)

による。被災者支援体系を見直すにあっては、制度(ここでは現物給付・現金給付)やそ

の理念(個人補償の是非)に留まらず、その経済的帰結(支援の「ファンジビリティー」)

に即した議論が必要であろう。

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4.被災者支援の経済分析 4.1 被災者支援に関わる二種類のエラー タイプIエラー:被災者支援は真にそれを必要とする被災者に行き渡らず、そのため彼等

の生活再建が滞るかもしれない。阪神淡路大震災後の被災者支援の基準が住宅の被害状況

(全壊・半壊)、所得や年齢だったことは、「生活困窮度を正確に反映した措置であったか

どうかは疑問」との意見がある(高寄(1999))。高齢者を優先したことも、結果的に中年

層・自営層に不利が生じたことは否定できない(高寄(1999))。本来、(制度的な資格要件

に留まらず、社会的合意に基づき支援制度が「意図」したはずの)救済すべき被災者を救

済できないことを本章では統計学の検定に従い「タイプIエラー」と呼ぶ。帰無仮説を(所

定の支援水準で)「被災者を救済すべき」、対立仮説を「当該被災者は救済すべきではない」

としたとき、帰無仮説が正しい(所定の支援を必要としている)にも関わらず、誤って棄

却する(支援が皆無ではないが、過少になる)状態を指す。 執行におけるタイプIエラー(例):被災者生活再建支援金の支給額を決める住宅の被害状

況は「罹災証明書」によって認定される。この罹災証明書は「自治事務」として市町村が

現地調査等を行い、確認した事実に基づき発行するもので、全壊、大規模半壊、半壊、一

部損壊等からなる。このうち、大規模半壊とは「損壊等部分が、延床面積の5割以上7割

未満若しくは経済的被害(主要構造物の被害額)が4割以上5割未満に達する程度のもの」

で、半壊とは「住居の損壊が甚だしいが、補修すれば元通りに再使用できる程度のもの。

損壊等部分が延床面積の2割以上7割未満のもの、または、経済的被害が2割以上5割未

満程度のもの」とされる。しかし、両基準の境界は必ずしも明確ではない。実際、阪神・

淡路大震災でり災証明の判定に不満が相次ぎ、再調査発生率は同市で15%。芦屋市では31%にもなったとされる(神戸新聞(2004 年 6 月 30 日))。罹災証明書は被災者生活再建支援

金以外に義援援金配付や税・国民健康保険料の減免等,各種の被災者救援施策の適用の基

礎となる。このため本来、大規模半壊のところ半壊と判断されてしまうと、受けられる支

援が大幅に減じられかねない。これもタイプ1エラーにあたる。(逆に半壊が大規模半壊と

認定されると、支援は過大になってしまう。) タイプ II エラー:逆に、自助努力で生活を再建可能な(自力再建困難な被災者同様には救

済すべきではない)被災者まで救済すること(よって支援が過剰)もあり得る。「当該被災

者は救済すべきではない」ところ、誤って帰無仮説の「被災者を救済すべき」を受容して

しまう(一般化すれば、必要な水準以上に救済してしまう)誤りは「タイプ II エラー」に

あたる。ばら撒き的な支援はこのタイプ II エラーを助長する。結果、災害後の支援コスト

が高くつくだけではなく、事前の自助努力(地震保険の加入や住宅の耐震化)が可能な個

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人まで支援を当てにして、その誘因も損なうかもしれない。被災者支援に所得制限がある

とき、被災者の所得捕捉率がタイプ II エラーに影響する。「クロヨン」あるいは「トーゴー

サン」と呼ばれる業種間の所得捕捉の格差は所得税の公平性を損ねてきたとされる。平時

の所得税制だけではなく、被災者支援においても、自力再建できる所得(よって貯蓄等資

産)を有しているにも関わらず、捕捉率の低さから低所得者と認定し、手厚い支援を施す

かもしれない。(無論、所得捕捉が低い自営業や農家は災害で事業資産の減失など大きな損

害を被る。しかし、事業の再建については生活・住宅再建とは別途の支援が施されてきた。)

もっとも、所得捕捉に起因するタイプ II エラーは被災者支援独自ではなく、平時のシステ

ム(税制)の不備によるところが大きい。 両タイプエラーは所得捕捉、住宅の被害認定など制度運営に起因するかもしれない。あ

るいは(現物給付中心の)旧態依然とした制度設計(国の支援基準)が多様化した被災者

の実情から乖離していることによるかもしれない。前述の通り、「どの被災者をどの程度救

済すべきか」(被災者支援の範囲と水準)は国が法令によって一方的に決められるものでは

ない。被災者等の実感や社会的合意が反映されなければ、経済的にはエラーが解消された

ことにはならないのである。被災者・国民一般からの被災者支援制度への信認も得られな

い。 こうしたエラーの間の背反関係は強調に値する。タイプIエラーを減じるよう(被災者

生活再建支援制度の所得・年齢制限を撤廃したように)支援の資格要件を緩めることは、(制

度的には資格があっても、経済的には)支援を必要としない、自力再建の可能な被災者に

も支給され、タイプ II エラーが増加する。逆にタイプ II エラーを解消しようとすれば,認

定基準・審査が厳格になって,今度は救済するべき被災者まで支援から排除してしまう。

ただし、背反関係の程度は(解消できなくとも)緩和することができる。従来、応急仮設

住宅入居者以外については、十分な実態把握がなされたとはいえなかった(兵庫県「震災

対策国際総合検証事業」(2000 年 4 月))。被災者の生活再建を促し、復旧・復興施策を実

のあるものにするには、被災者の実態把握が不可欠である。執行(制度運営)面では罹災

証明書の適正と迅速性を図るべく「的確な判断、被害認定を成し得る「罹災証明士」等の

制度の創設と、レベルの維持向上に向けた継続的な取組みの充実等も必要」(新潟県地震被

災住宅再建支援研究会(2008 年8月)「地震被災個人住宅の再建支援のあり方について報告

書」)となる。 4.2 機能の重複・混在 経済学では個別の制度や政策(事業)ありきではなく、「機能」(効能)に基づき分析・

評価を行う。この観点からすれば現行の被災者支援体系には機能の重複と混在が見受けられる。

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例えば地震保険は「地震等による被災者の生活の安定に寄与することを目的」(地震保険法第1

条)とするが、被災者生活再建支援制度も「自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受け

た者に対し、・・・その生活の再建を支援し、もって住民の生活の安定と被災地の速やかな

復興に資する」(被災者生活再建支援制度第 1 条)ものである。無論、地震保険は「地震保険

責任を政府が再保険する」とはいえ、民間保険であり、事前の「自助努力」にあたる。一方、都道府

県・国からの拠出金で賄われる被災者生活再建支援制度は「共助の理念に基づく相互支援策」と

して位置付けられる。このような理念(自助か共助か)や支給額(被災者生活再建支援制度であれ

ば、最大 300 万円、地震保険であれば火災保険の 3 割~5 割)に違いがあっても、被災者の生活

力の回復を支援する「現金給付」としての役割に変わりはない。二者択一ではないまでも、

効果に重複がある以上、その「棲み分け」(役割分担)、あるいは再編成が必要だろう。さもなけれ

ば、国民・被災者等にとって、制度が分かりにくいばかりではなく、(1)被災者生活再建支援制度の

充実が事前に地震保険の加入の誘因を損なうといった(一方の政策が他方の政策を損なう)「クラ

ウディングアウト(締め出し)効果」や(2)誘因付けとしては補助金で十分なところ税制上の優遇

措置まで拡充するなど制度の膨張や無駄が生じかねない。

被災者支援にあたっては保険と福祉(再分配)の機能が区別されなくてはならない。いうまでもな

く、地震保険は災害時の家屋・家財の損害(に伴う生活機能の低下)リスクをヘッジする保険機能

を果たす。事前(災害前)の観点からすれば、被災者生活再建支援制度にも保険の側面がある。

災害は何時、何処を襲うか分からないリスクである。被災者生活再建支援制度基金への拠出金を

賄うための国税・都道府県税の支払いは保険料、最大 300 万円の支援金が保険金に相当すると

みなすことできよう。いわゆる「無知のベール」の下での社会契約だ。しかし、保険としての地震保

険と共助(社会契約)としての被災者生活再建支援制度を分けているのは、給付と負担(保険料・

税)との関係である。

保険が保険であるのは保険料が「保険数理的に公平」、つまり、保険料が受け取る保険金の「期

待値」に(事務経費等があるため、厳密に一致することはないまでも)対応しているところにある。当

然、リスクが高い、あるいは保険金額が高いほど保険料は高くなる。現行の地震保険でも、保険料

率は都道府県(等地別)、木造・非木造、及び住宅の耐震性(建築年割引、耐震等級割引、免震

建築物割引、耐震診断割引)に応じて決まる。地震リスクの低いところに立地、あるいは耐震性の

高い住宅に居住していれば保険料は安くなる。これに対して、被災者生活再建支援制度の「共助」

は、個々人の地震リスクを織り込んではいない。そのため、事後的には無論のこと、事前にも地域

間・個人間(所得が高く、比較的安全な地域に居住している個人から所得が低い(よって税負担が

低く済んでいる)、あるいは災害リスクの高い地域に居住している個人)での再分配がある。結果的

なリスクシェアは否定しないまでも、被災者生活支援制度の機能は福祉にある。この福祉としての

支援制度が社会的な価値を持つのは、災害で住宅等生活ストックを毀損した被災者の生活機能

の回復が社会的な公平(連帯)に適っているからであり、「地域コミュニティの再生と地域経済の活

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性化を実現」する外部便益が見込まれるからだ。

(耐震化への誘因づけを含め)地震保険のリスク管理(保険)機能と被災者生活再建支援制度の

共助・連帯(再分配)との間での整合性を確保する制度設計が求められる。例えば、福祉の部分を

被災者が生活再建する上で必要最小限(ナショナル・ミニマム)に押さえ、それを超えた生活復興

は地震保険で賄うよう役割分担を明確にすれば、前述のクラウディングアウト効果が抑えられる。公

的支援の範囲が明らかになれば、「結局、国が何とかしてくれる」という期待や災害後のアドホック

な支援の拡充に対する抑止効果にもなるだろう。

これに関連して、永松(「生活再建支援制度の見直しに対する意見」(2007 年 5 月 28 日))は住

宅の地震リスクに関する総合的な制度設計として「包括的地震防災基金」を提言している。(1)被

災者生活再建支援制度を全ての世帯に一定の住宅再建資金を保障する「基礎保障分」として位

置づけ、(2)それ以上の保障については任意加入の地震保険・共済制度によるものとするものだ。

我が国の公的年金制度に類似した二階建て制度であり、一階(基礎保障部分)は福祉の機能に拠

り、二階部分(任意保障分)については保険の原理(機能)を徹底する。同提言では、(3)地震保険

については保険料率や加入条件などの自由化を進め、耐震性能や地盤状況などによって保険会

社が高リスクと判断した物件については保険契約を拒否できるようにする。地震保険における保険

原理の徹底は斉藤誠(2005)によっても主張されている。その保険料の設定については、地震リス

クをよりきめ細かく反映するよう工夫するべきであり、再分配上の配慮は保険というリスクファイナン

ス機能には不適切とする。事前の所得再分配的な政策は公的な防災投資によるリスクコントロール

機能の発揮で対応することが望ましい(第 4 章参照)。

保険としては、地震保険に限らず、(経済学でいう「予備的動機」による)貯蓄の取り崩しは「自己

保険」となる。また、災害時の生活資金の借入や低利の住宅資金の融資の制度も個人の出費の

変動を緩和し消費(生活水準)を現在と将来に渡って平準化するという意味で保険的な役

割を担う。澤田康幸(2005)は「震災後の暮らしの変化から見た消費構造についての調査」

(兵庫県(1997))から、阪神・淡路大震災の被災世帯の震災への対処・生活復興資金の出

所について実証分析、「人々は,小さなショックに対しては貯蓄の取り崩しで対処した.家

屋の全壊・全焼というような大きなショックについては,借り入れで対処した」という結

果を得た。ただし、担保になる資産を十分に持たない世帯については(生活福祉資金等、

公的融資を除けば)借り入れをすることができず、震災の影響(ショック)を緩和できな

かった(よって被災後の消費が大きく落ち込んだ)とされる。借り入れが重要な保険機能

となるのは、一般に所得の比較的高い層であろう。であれば、こうした被災者については、

福祉ではなく金利の減免等、融資に関わる優遇政策を充てれば良いことになる。本来、自力

再建(自助)の可能な被災者に必要なのは福祉ではなく、地震保険や借り入れのような保険機能

である。一方、真に自立の困難な被災者は福祉によるしかない。

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図表 1-6:被災者支援の機能配分 機能 対応する制度・政策 保険 リスク分担 地震保険

融資の優遇政策 福祉(共助・連帯) 再分配( 低限の生活資金再建保証) 被災者生活再建支援制度 4.3 実行可能性 中央防災会議がまとめた「首都直下型地震」(東京湾北部地震 M7.3)の被害想定による

と、建物全壊棟数・火災焼失棟数は 大で約85万棟、死者数約 1 万 1 千人に及ぶ。その

経済的な被害は甚大となり、建物・インフラ設備の損害だけで復旧費用は 66.6 兆円、こ

れに(被害地内外に渡る)生産活動の低下に伴う間接被害を加えると、経済被害は約11

2兆円(国内総生産の約 2 割)に達すると試算されている。首都直下型地震に際しては、

上記の被害想定額に加え、被災者の生活再建のために創設された「被災者生活再建支援制

度」の必要額が 2 兆 8 千億円(内閣府試算)あまりに上ると見込まれる。一方、地震保険

は一災害あたり、5 兆 5 千億円まで支払い責任を負うことになっている。 しかし、被災者生活再建支援制度も、地震保険制度も巨大災害に備えた積立金(準備金)

が十分ではない。被災者生活再建支援制度の場合、都道府県の拠出金は 600 億円、国から

の補助を加えても、現行制度の枠内で可能な支給額は 大 1200 億円に過ぎない。「都道府

県は、・・・(被災者生活再建支援)基金に充てるために必要があると認めるときは、支援

法人に対し、必要な資金を拠出することができ」(被災者生活再建支援法第 9 条の3)、「国

は、第九条・・第三項の規定に基づく都道府県の支援法人に対する拠出が円滑に行われる

よう適切な配慮をするものとする」(同第 20 条)とされるが、具体的な取り決めがあるわ

けではない。地方自治体からは「被災者生活再建支援基金では対応できない規模の大災害

が発生した場合には、国の全額保証とするなど所要の措置を講じること」(全国知事会(2007年 7 月 12 日))が求められている。結局、「阪神大震災のような災害に対応するには(被災

者生活再建)支援法に限界があり、その時点で別途対策を検討していくことになる」(井上

喜一防災担当相 (2004 年 3 月当時))ことになりかねない。しかし、災害が起きた事後に

なっていから、支援を別途検討していたのでは、被災者の迅速な生活支援は困難となろう。

国・自治体からの支援(支給額・支給時期、支給要件)が不明瞭では、被災者は生活を再

建する目処も立てにくくなる。 一方、地震保険制度の準備金残高は 2007 年度末時点で、(同制度を担う)日本地震再保

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険株式会社が 4,338 億円、損害保険会社が 4,742 億円、政府が 1 兆 1,386 億円の合計 2 兆

0,467 億円に留まる。「制度上」、地震保険は一災害あたり、5 兆 5 千億円まで支払い責任を

負うことになっている。大規模地震や連続地震の発生により危険準備金が枯渇した場合で

も、引き続き巨額の責任を負担し続ける必要があるが、どのように総支払限度額および官

民の負担額を設定するか明確なルールは存在していない。その実行性を担保する仕組みが

あるわけではないのである。 首都直下型地震のような巨大災害時の復旧に際しては、被災者の生活再建支援として、

上述の被災者生活再建支援金や地震保険金支払い、及び経済復興のための交通・通信等社

会資本の復旧に莫大な財政負担が予想され、かつ、短期間に多額の資金調達が必要となる。

復旧・復興費用の確保に手間取れば、それだけ経済復興が立ち遅れる。いうまでもなく、

首都機能の喪失は被災地のみならず、全国民の生活に深刻な影響を及ぼすだろう。また、

国際的競争が増すグローバル経済において、経済復興の遅れは、我が国の企業の国際競争

力の低下、企業立地(投資)を巡る国際競争上の不利を意味する。震災という一時的ショ

ックが我が国の経済力・国際社会における経済的地位の低下を招き、長期に渡って悪影響

を及ぼしかねない。加えて、高齢社会にあっては、迅速な支援を必要不可欠とする高齢者

が多く存在する。医療・介護施設の復興、住宅の整備は早急に行われなくてはならない。

これに関連して、「首都直下地震の復興対策のあり方に関する検討会」(2007 年3月)はそ

の報告書において、財政面における検討課題として、(1)復興対策のための国の財源確保、

(2)地方財政の安定のための措置、(3)効果的・効率的な復興対策のための財源配分上の優

先順位付け、(4)被災者支援対策のための財政手段、(5)義援金の活用を挙げている。 4.4 平時のシステムとの連結 大規模な災害は生活再建の困難な被災者を多く生み出すだろう。「高齢化社会における多

数の高齢者の存在、大規模災害と地域経済力の低下に伴う長期失業者の存在・・等の要因

により、被災者の自力再建(自助)には限界」(「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討

委員会」報告書(2000 年 12月4日))もある。高齢者(富裕層は除く)の場合、災害で一

旦、住宅が被災すると新たに借入を行って住宅を建替え・補修するのは難しい。低所得層

も(職場が被災して)失業するようなことになれば、手持ちの貯蓄も少なく生活に困窮し

かねない。このような被災者は元の生活を取り戻す目処が立たないか、時間が掛かってし

まう。阪神淡路大震災では応急仮設住宅の設置期間は原則 2 年以内と定められているが、

全ての入居者は退去したのは、震災から 5 年後の 2000 年 1 月になってからである。中越地

震の場合でも、被災(2004 年 10 月)から 4 年あまり経過した現在(2008 末)でも、497世帯(1222 人)が仮設住宅に留まる(ちなみに被災後の仮設住宅入居世帯は 大 3224 世

帯(約 1 万人)だった)。

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また、災害前は認知されていなかった社会的弱者が「顕在化」するかもしれない。実際、

「応急仮設住宅入居者のうち、震災前は、民間賃貸住宅居住が約半数、公的借家が約1割

となっており、入居家賃については、月4万円以下の比較的低家賃のものが回答者の 7 割を超える結果」(「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(2000 年 12月4日))となっていた。同じ報告書によると、「震災後の恒久住宅として約7割の者が

公的借家を希望し、民営借家を希望しているのは3%にも満たない」。被災後に新築される

民間賃貸住宅の家賃が彼等には高過ぎるからだ。しかし、公営住宅の家賃さえも間々なら

ない被災者も少なくなかった。「公営住宅家賃についても通常の家賃より引き下げられてい

るが、・・・こうした家賃でさえ、なお重い負担となる低所得の被災者が相当存在すること

が明らかとなった」(国土庁「防災白書」1997 年版)。このため、災害復興住宅の家賃(40 で 3 万円程度)を低所得の被災者については 5 年間引き下げる対策が講じられた。減額

分の一定割合を国が補助するとともに、当該地方負担について特別交付税が措置される。

例えば、「神戸市の 40 の公営住宅の場合、年収に応じて(夫婦世帯で年収 100 万円程度以

下の層では家賃 6 千円程度、150 万円以下では 1 万 1 千円程度)段階的に引き下げられる

ように、支援を行う」(被災者住宅対策等について(1996 年 6 月 20 日)。その後、減額期

間は入居から 10 年に延長(2006 年 10 月~2010 年度まで)されている。 このような被災者は被災者としてではなく、(災害で生じた、あるいは顕在化した)社会

的弱者として長期の支援を必要とする人々かもしれない。再建の目処の立たない被災者に

ついては、一定期間経過の後、被災者支援ではなく生活保護など平時のセイフティーネッ

トの中で支援されるべきであろう。同様に困窮している他の地域の貧困層との間の(水平

的)公平性も確保できる。被災者に対する支援が必ずしも被災者対策の枠内で「自己完結」

されなくてはならないという理由はない。しかし、被災時の救済の資格要件(年齢・所得

等)と平時のセイフティーネットが課す要件は一般に異なる。例えば、雇用期間・労働時間

が基準に満たない非正規労働者の場合、雇用保険に加入していないため、被災して失職しても保

険給付は受けられない。ワーキングプアの多くは(親族からの扶助が見込めるなどの理由から)生

活保護の受給資格に欠く。生活維持者を失った遺族は災害弔慰金が支給されても、年金の加入

期間が短ければ(国民年金加入期間(25 年)の 3 分の 2 に満たない)、遺族年金を受けられない。

平時のセイフティーネットの対象にならないとすれば、こうした弱者は被災者として支援され続けな

くてはならない。被災者支援は既存のセイフティ^-ネットの不備を補足する役割を担うのである。

結果、被災者支援という災害(非常)時のシステムから平時のシステムへの移行は一向に進まな

い。

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図表 1-7:システムの連続性

災害は現行のセイフティーネットの不備を露呈させる。現行の被災者支援制度が多様な支援ニ

ーズに応えられていないというよりも、現行のセイフティーネットが社会的弱者の多様なニーズに対

応していないのかもしれない。本来は被災者支援を拡充するのではなく、このセイフティーネ

ットを見直すべきであろう。経済学の観点からすれば、災害救助法や被災生活再建支援制

度等が定める被災者支援も生活保護や基礎(国民)年金、雇用保険といった平時のセイフ

ティーネットも財政の「再分配機能」であることに変わりはない。相違は両者が適用され

る「経済状態」(災害時か平時か)にある。しかし、この状態は災害直後から復旧・復興を

経て「連続的」に変化していく。であれば、(資格要件の違いなど)両システムの間に断絶

があることは望ましくない。切れ目のない支援を実現するにも、両者の連続性・連結が求

められる。無論、手厚すぎる(給付水準が高い・資格要件が緩い)支援は受給者のモラル

ハザードを助長し、自立を阻害しかねない。しかし、この誘因問題は被災者支援に固有で

はなく、災害対策を含めた我が国のセイフティーネット全体のあり方の中で対処されるべ

きことだろう。 5.被災者支援制度の再構築 5.1 被災者支援の原則 これまでの議論から本章では事前・事後の被災者支援制度の原則として次の 4 原則を挙

げることにしたい。これらの原則は現行の制度に対する評価とともに、あるべき制度改革

の方向についての指針となるものである。

原則1:救済を必要とする個人・世帯を救済する 原則2:事後的支援(救済)は実行可能を確保する 原則3:個人・世帯の事前的自助努力(地震保険・耐震化)を損なわない

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原則4:平時システムとの連続性・迅速な移行を図る 原則1は、「救済するべき被災者をもれなく救済する」(タイプ I エラーの回避)を掲げる。

阪神淡路大震災の際には、多様な支援制度が整備されている状況にも関わらず、対応が「つ

ぎはぎ的」となり、被災者の不満を募られたばかりか、彼らの生活再建が立ち遅れる要因

となった。高齢社会の都市型災害においては多様な支援ニーズを持った被災者が発生、あ

るいは社会的弱者が顕在化するだろう。「原則1」を徹底するには、被災者の実情把握の制

度が整備されなくてはならない。具体的には平時のシステム(年金や介護・福祉、税制な

ど)に蓄積された(所得を含む)個人の情報を共有し、住宅の倒壊など被災の実情と連結

させて、真に救済の必要な被災者とそのニーズを迅速に把握する必要がある。 求められているのは堅実で実行可能な被災者支援体制の構築である(原則2)。災害時に

政府・自治体は「できることとできないこと」を明らかにすることで、諸個人は災害に関

して自身が直面するリスクと自己責任(自助努力)を正しく理解できるようにする。五月

雨式に新たな支援制度が導入・拡充されるならば、「結局、国が助けてくれる」という甘い

期待、あるいは「国はどこまで助けてくれるのだろうか」という不安が助長されかねない。

支援の対象の範囲を予め適切に限定しておくことは,(政治的には不人気でも)被災者支援

政策への信頼性を高めることに貢献するだろう。実行可能性が不安視される手厚い支援よ

りも、手厚くなくても実効性の高い支援の方が、政策の予見可能性が改善し、災害に備え

る(自助努力する)環境が整い易い。 大規模災害に際しては、(高齢者、低所得者層を中心に)支援が必要な被災者が多く見込

まれるからこそ、事前に自助努力できる個人には自助努力を促す、あるいは自助の機会を

与える仕組みが求められる。具体的には(1)地震保険への加入、(2)住宅の耐震化投資など

を指す。事後的支援がこうした自助を損なうものであってはならない。換言すれば、事後

的支援の範囲と水準は事前の自助努力への誘因効果を織り込んだ上で決定される必要があ

る。災害対策基本法は国・自治体の責任と合わせて、「地方公共団体の住民は、自ら災害に

備えるための手段を講ずる・・ように努めなければならない」(災害対策基本法第七条2)

としている。原則3はこの趣旨に即するものである。なお、事前の自助努力は災害政策に

留まらず、住宅政策や税制など平時の制度・政策とも密接に関わる。第 4 章で詳述するよ

うに自助を促すには、事前と事後の災害関連政策の中で「自己完結」させるのではなく、「制

度横断的」な視点からの取り組みが不可欠なのである。

経済学は災害弔慰金・見舞金、被災者生活再建支援金、地震保険、公営住宅など個別の

制度・政策ありきではなく、制度・政策の「機能」を重視する。被災者への支援だから被

災者支援制度の枠内で実施しなければならないという理由はない。被災者支援の機能は大

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きく「保険」と「福祉」(再分配)に分けられよう。前者は自力再建可能な被災者の再建を

補助するもので、事前のリスク分担である。この機能を充足する制度が地震保険や被災後

の公的融資・利子補給等となる。後者は再建の目処が立たない、あるは被災によって顕在

化した社会的弱者としての被災者を支えることを狙いとする。この機能は被災者支援制度

に限らず、生活保護等平時のセイフティーネットによっても満たされる。被災者支援は恒

久化されるべきではなく,(既得権益化しないよう)期限を限定することが望ましい。再建

困難な被災者はこの平時のセイフティーネットに速やかに移行させる。平時と災害時の支

援に資格要件など制度的な「断絶」が無いよう両者間の調和が必要になるだろう。災害は

しばしば平時のシステムの不備(平時において「救済するべきを救済できていない」)を露

呈する。被災者支援は平時のシステムの見直しと無関係ではない。 5.2 被災者の実態把握と支援メニュー 前述の通り、一口に被災者といっても属性は様々である。高所得者であれば事前に地震

保険に加入したり、住宅の耐震性を高めたり自助努力できるはずだ。一方、住宅以外の資

産に乏しい高齢者(特に年金生活者)の場合、災害で一旦、住宅が被災すると新たに借入

を行って住宅を建替え・補修するのは難しい。低所得層も(職場が被災して)失業するよ

うなことになれば、取り崩す貯蓄が少なく生活再建の困難な被災者となる。中所得層であ

っても被災で住宅の建替え・補修のため、(既存のローンの残額と合わせて)二重ローンに

苛まれたりする。災害前から社会的弱者とされる生活保護世帯や障害者世帯等の窮状は言

うまでもない。本来は、こうした被災者の多様性を勘案した上で、必要な支援を施すこと

が望ましい。 しかし、阪神淡路大震災の際には、被災者支援が「つぎはぎ的」対応となって、「将来の

生活再建計画を立て難い状態が続いた」(「兵庫県被災者支援のあり方」)。また、「応急仮設

住宅入居者以外については、十分な実態把握がなされたとはいえない」(兵庫県「震災対策

国際総合検証事業」(2000 年 4 月))。被災者の間でも、「避難所=>応急仮設住宅=>災害

公営住宅という公的支援志向の被災者には手厚い支援が与えられる一方、自力で住宅を見

つけて、移住した者などについては実質的な支援は極めて限られていた」(高寄(1999))との不公平も指摘されている。 被災者の実態把握(支援ニーズ)を把握して、生活・住宅再建への道筋を明らかにする

必要がある。本章では平時のシステム(年金や介護・福祉、税制など)に蓄積された(所

得を含む)個人の情報と住宅の倒壊など被災の実情と連結させて被災者のタイプを分類す

る「被災者登録制度」を提言したい。分類された被災者のタイプごとにカスタマイズされ

た各種支援のメニュー(「被災者生活再建モデル」)を提示する。「被災者生活再建モデル」

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は(1)復旧・復興期の時間軸に沿うように、(2)給付(現金・現物)、融資、税の減免等の支

援からなる。(3)従来の申請ベースに代えて、登録被災者には行政サイドから支援内容が所

定の時期に案内される仕組みにする。(何が、どれだけ、いつ支援されるかを明らかにする

ことで)被災者にとって生活再建の見通しを立てやすくする。無論、再建過程で当初は予

期されなかった事態が起こるかもしれない。被災者の登録情報は平時のシステムに移行す

るまで定期的に更新、必要に応じて再建モデルを見直すようにする。

図表 1-8:被災者再建モデル(例)

5.3 事前の復興プラン 東京都は「公園・緑地をはじめとするオープンスペースの確保」をはかり、「木造住宅密

集地域の解消を視野に入れた、抜本的な都市改造を強力に推進する」べく(事前の)復興

グランドデザインを策定している。例えば、「環状 7 号線、平和通り周辺、中川沿い;木造

住宅や老朽化した中小の事業所が密集しており、建物の消失による大損害が生じる。・・・

復興においては・・土地区画整理事業を中心とした面整備事業により必要な都市基盤を整

備する。補助 110 号線(平和橋通り)の沿道及びその周辺の市街地では、沿道の市街地の

復興と併せて、公園、緑地を整備する」。このため、大被害地域(建物の大半が焼失した地

域)は復興都市計画の策定まで一定期間、建築制限を課すほか、幹線道路と市街地を一体

的に整備する地区は土地収用法を活用した新復興土地区画整備事業により抜本的な市街地

整備を進める。加えて、「復興の理念や考え方は、平常時の都市づくりの活かすとともに、

実施可能な制度や手法については、平常時の都市計画にも具体的に反映していく」とする。 こうした事前の復興デザインの一環として、被災時に(住宅が倒壊した)土地を買い上

げる、あるいは自治体に売却する「オプション契約」を事前に交わすことも一案だろう。

自治体からすれば、区画整理、公園整備など被災地復興が進め易くなる。被災者、特に住

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宅再建が困難な高齢者にとっては賃貸住宅への入居など被災後の生活に充てる、まとまっ

た資金が手に入ることになる。オプション料は固定資産税に反映させればよい。即ち、(1)

自治体が買い上げ権(コール・オプション)を購入するならば、固定資産税を一定額減免、

(2)住人が売却権(プット・オプション)を得るにはオプション料相当分、固定資産税額を

上乗せする。買い上げオプションを結ぶ住宅所有者には地震保険への加入も義務付けこと

で、自助を促すように計らうこともあり得る。 災害復旧・復興のような事後の対応を事後になってから決めるとなれば、被災者間、あ

るいは被災者と自治体との間の利害対立が表面化しやすい。利害の調整が付かないまま、

事業が遅延するとなれば、地域経済の復興も間々ならない。我が国の防災政策は(国から

の補助による)復旧事業によって、以前よりも災害に強い街づくりが実現してきた。「災害

待ち」の感があるが、同じ待つならば、予め計画を決め、地域住民からの事前合意を取り

付けておくことで、混乱なく復興が進むはずだ。 参考文献 阿部泰隆(1995)「大震災被災者への個人補償 政策法学からの吟味」『ジュリスト』1070, p

135-142 浦部法穂(1997)「被災者に対する「公的支援」と憲法」『自由と正義』1997 年 8 月号 斉藤 誠(2005)「リスクファイナンスの役割:災害リスクマネジメントにおける市場シス

テムと防災政策」 多々良裕一・高木朗義編著「防災の経済分析:リスクマネジメント

の施策と評価」第 5章 勁草書房

澤田康幸(2005)「家計分析から見た生活復興のあり方」神戸大学阪神・淡路大震災 10 周

年学術シンポジウム

高寄昇三(1999)「阪神淡路大震災と生活復興」 勁草書房

田近栄治・佐藤主光(1999)「生活再建のための公的支援の課題とあり方」阪神・淡路大震

災 5 周年記念事業「震災対策国際総合検証報告会」2000 年 1 月 田近栄治・宮崎毅(2008)「財政的にみた復旧・復興の体系―新潟県中越地震をケースとし

て」フィナンシャル・レビュー平成 20 年(2008 年)第 4 号 永松伸吾(2007) 「生活再建支援制度の見直しに対する意見」(平成 19 年 5 月 28 日)

永松伸吾(2008),「シリーズ 災害と社会4 減災政策論入門 巨大災害リスクのガバナンスと 市場経済」,弘文堂

本間正明(1999)「震災復興財源の課題とそのあり方」阪神・淡路大震災 5 周年記念事業「震

災対策国際総合検証報告会」2000 年 1 月 渡辺智之(2008)「災害と課税」フィナンシャル・レビュー平成 20 年(2008 年)第 4 号

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第2章 自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革のあり方

(株)野村総合研究所 社会システムコンサルティング部 上級コンサルタント

浅野憲周(Asano Kazuchika)

要旨

東南海・南海地震や首都直下地震発生の切迫性が高まる中、地域全体の災害対策を牽引

する上で、自治体に対して非常に重要な役割が期待されている。しかし、わが国の防災法

制度には総合的な減災対策を支援するしくみが不足しているとともに、災害前の減災努力

の程度に関わらず被災した地域の自治体に対する復旧財政支援が適用されるしくみになっ

ており、このことが災害前の減災努力に対するインセンティブを低下させる一因ともなっ

ている。また、自治体の防災力については、十分な評価と情報公開が実施されていないた

め、行政と住民間で大きな情報格差が生じており、防災行政に対する適切なガバナンスが

機能していない。以上を踏まえると、来るべき巨大災害に備え、自治体による減災努力を

促進するしくみとして、災害前からの減災努力を要件とした災害後の財政支援制度への転

換を図るとともに、自治体の減災努力を監視・評価・改善するガバナンス改革が望まれる。

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本文

1.はじめに

戦後のわが国の防災政策は、突然発生する災害に対して事後の特別立法による後追い的

な対応を繰り返し実施してきた。阪神・淡路大震災(1995 年 1 月)においても、想定してい

なかった膨大な被害が発生し、事後の特別措置による対応が行われた。巨大地震は、発生

時期の予測が困難な不確実性の高い事象であり、一度発生すると膨大な被害が生じる。こ

のような事態に向けて、巨額の投資が必要な減災対策を平時から行うことは、非常に困難

である。いつ発生するかわからない災害への事前投資を避け、事後の復旧費用に対する手

厚い支援を期待する「災害待ち」と呼ばれるモラルハザードが生じても不思議ではない。

実際に、阪神・淡路大震災の経験から 10 年以上が経過したにも関わらず、建築物の耐震化

や防災上危険な老朽木造密集市街地の整備が十分に進められているとは言い難い。今世紀

前半にも発生する可能性が高いとされている東海地震、東南海・南海地震や首都直下地震

では、阪神・淡路大震災を遙かに上回る経済被害額が想定されている。地方における減災

対策がこのまま進められなければ、災害後に求められる国の財政負担は増大する一方であ

り、国の財政破綻リスクも伴う。このような状況を踏まえると、今後想定される巨大地震

に備えたリスクの低減を早急に図る必要がある。そのためには、自治体による事前の減災

努力を促進する国の災害支援制度改革のあり方について、十分な議論が必要である。

本章では、以上の問題意識に基づき、第2節では、わが国の災害支援制度変遷の経緯と

特徴について整理した上で、それが自治体の減災努力に与えている影響について述べると

ともに、国の災害支援制度のあり方について論じる。第3節では、自治体の減災努力を促

進するしくみの一つとして、監視・評価・改善メカニズムを導入したガバナンス改革の必

要性について述べ、現状の取り組み動向を整理、検討した上で、問題点を指摘する。第4

節では、わが国の災害支援制度改革への示唆を目的に、米国連邦政府による政策動向に関

する事例調査を行い、その特徴を整理する。第5節では、以上の整理、検討を踏まえて、

自治体の減災努力を促進する上での現在の災害支援制度の問題点を再整理するとともに、

災害支援制度改革に向けた提言を行う。

2.国の災害支援制度が自治体の減災努力に与える影響と課題

阪神・淡路大震災(1995 年 1 月)では、被災地の復旧・復興のために、想定していなかっ

た膨大な財政需要が発生した。そのため、国は「阪神・淡路大震災に対処するための特別

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の財政援助及び助成に関する法律」等の特別立法措置により、既存の災害支援制度では不

足する部分を補填する政策をとった。過去の大規模災害時においても、同様の事後対応が

繰り返し行われている。このような対応は、自治体に対して「もし被災しても、国が何と

か助けてくれる」といった期待を抱かせ、そのことが地方における災害前の減災努力を阻

害する可能性がある。阪神・淡路大震災以前には、「関西では大地震は発生しない」と信じ

られてきたこともあり、被災地において耐震化等の減災対策が十分に進められてこなかっ

たことは否定できない。このような事前の減災努力の不足は、将来想定される災害時にお

ける膨大な国の財政負担の要因になる。

自治体に対する国の災害支援制度は、「国の財政は破綻しない」ことが大前提となって

いる。しかし、阪神・淡路大震災の経済被害額が約 10 兆円(兵庫県 2005)との推計に対

して、今後想定される巨大地震では、このまま減災対策が実施されなかった場合、首都直

下地震で約 112 兆円(中央防災会議 2005)、東南海・南海地震で約 57 兆円(中央防災会議

2003)など、阪神・淡路大震災を遙かに上回る膨大な経済被害の発生が予測されている。

このような未曾有の被害をもたらす巨大災害に対しては、国による事後措置だけでは対

応可能な範囲や程度に限界があるため、国、自治体をはじめとする社会のあらゆる構成員

が総力を挙げて対処し、リスクを低減化させる必要がある。特に事前の減災努力と事後の

復旧・復興支援の観点から、国と自治体との役割分担のあり方について今のうちから十分

な議論を行う必要がある。

このような問題意識から、本節ではわが国の災害支援制度の特徴を整理した上で、それ

が自治体の減災努力に与える影響について考察し、事前の減災努力を促進していく上で考

えられる課題について論じる。

2.1 災害対策基本法制定の経緯と特徴

わが国では、1953 年の台風 13 号や 1959 年の伊勢湾台風など、大規模災害が発生するた

びに個別に災害特例法を制定することによって、想定していなかった膨大な復旧・復興需

要に対処してきた。実際に、1953 以降、1961 年までの 9 年間で 91 件にのぼる災害特例法

が制定されている1。しかし、このような事後的な対応は、特例法制定までに時間を要する

ため、迅速な被災地支援が行えないこと、災害ごとに適用措置が異なり不公平が生ずるこ

と、事業ごとに個別の立法措置がなされるため、事業間の調整がなされず全体として統一

1災害対策制度研究会(2002),309 頁より

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された効率的な対応が行えないなどの問題点が指摘されていた。また、事後の立法措置に

よる財政支援の強化は、自治体による計画的な被害軽減対策の実施インセンティブを阻害

してきたとも考えられる。

そこで、1959 年に発生した伊勢湾台風を契機に、このような問題点を是正するとともに、

わが国の災害対策全般について総合的かつ計画的な防災制度を確立するため、すべての防

災対策を包括する一般法として「災害対策基本法」が 1961 年 11 月 15 日に制定された。災

害対策基本法において、自治体による地域防災計画の策定と災害予防対策等の実施が定め

られる一方で、激甚災害時における国の特別の財政援助又は助成の制度を定めた法律を制

定すべきものとし、1962 年に制定された激甚災害法の立法指針が明らかにされた。しかし、

災害対策基本法では、「ハードによる予防対策が法のカバーする範囲から除外されている。

2」との指摘があるように、災害応急対応の実施に必要となる施設や体制の整備・改善に関

する事項が定義される一方で、「災害に強いまちづくり」や「減災(mitigation)」の概念が

不足している。そのため、災害対策基本法を根拠に自治体において策定される地域防災計

画にも減災に関する記述が不足するなど、地方における総合的かつ計画的な減災対策の推

進における課題が残されたままであった。

2.2 阪神・淡路大震災を契機とした制度改革の特徴

阪神・淡路大震災(1995)では、全壊建物約 10 万棟、死者 6,432 人3にのぼる甚大な被害

が発生した。社会的、経済的にも影響は大きく、様々な制度改革が行われた4。特に死者の

約 8 割が家屋の倒壊等に伴う圧死・窒息死5であったこと、阪神高速道路3号神戸線が倒壊

するなど公共土木構造物の耐震性に対する信頼性が揺らいだこと、市役所の庁舎や病院の

建物が被災し、応急対応活動に支障が生じたことなどから、建物の耐震化や都市の構造改

革による減災対策の重要性が再認識された。このような教訓から、予防対策の強化を目的

とした地震防災対策特別措置法(1995 年 6 月 16 日法律 111 号)が制定された。また、静

岡県などの一部の自治体では、総合的な減災対策の推進に向けた独自の取り組みも実施さ

れるようになってきた。

2 永松(2008),211 頁より 3 自治省消防庁調べ(1999 年 1 月 11 日)より 4 阪神・淡路大震災を契機とする制度改革の詳細については、災害対策制度研究会(2002),32 頁~45 頁に

紹介されている。 5兵庫県監察医務室の調べによる

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2.2.1 予防対策の強化を目的に創設された地震防災対策特別措置法の特徴

地震防災対策特別措置法では、地震による災害から国民の生命、身体及び財産を保護す

ることを目的に、全国を対象として都道府県における地震防災緊急事業五箇年計画の作成

と事業実施に向けた国の財政上の特別措置について定めている。また、同法に基づき設置

された地震調査研究推進本部において、活断層や海溝型地震の発生特性に関する調査研究

が詳細に行われるようになり、首都直下地震や東南海・南海地震などの巨大地震が 21 世紀

前半にも発生する危険性が高いことが明らかにされた。それに伴い中央防災会議において

これら地震発生時の被害想定の実施や各地震に対する政府の地震対策大綱が策定され、新

たに「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(2001 年)、「日

本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(2009

年)が制定されるなど、地震防災対策の強化が図られることとなった。

図表2- 1 地震予防対策に関する国の法制度

(備考)内閣府防災情報のページ(http://www.bousai.go.jp/index.html)より作成

しかし、地震防災対策特別措置法における財政支援の対象となっている施設は、避難地、

避難路、消防用施設等の 28 施設6に限定されており、長期的かつ総合的な地域の減災対策

の推進を目指すものというよりは、応急対応活動上の拠点施設の緊急整備・補強が中心と

なっている。

新潟中越地震(2004 年 10 月 23 日)が、それまで活断層の存在が確認されていない地域で

発生したことから、全国において頻発する地震に対して効果的・効率的な地震防災対策の

6 具体的な対象施設については地震防災対策特別措置法 第三条を参照。

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実施が喫緊の課題であるとの認識が高まった。そのような認識から 2005 年 3 月に行われた

中央防災会議において、大規模地震に対して被害想定に基づく定量的な減災目標の設定を

行う「地震防災戦略」を策定することが決定した。加えて、2006 年 3 月に「地震防災対策

特別措置法の一部を改正する法律」により、都道府県自治体による地域防災計画策定時に、

長期的な被害軽減目標の設定に努める点が言及された。

図表2- 2 「地震防災対策特別措置法の一部を改正する法律」の改正内容のポイント

(備考)地震防災対策特別措置法の一部を改正する法律(2006)より作成

しかし、都道府県自治体による減災目標の設定はあくまでも努力目標であること、減災

目標の設定方法に関する具体的なガイドラインが提示されていないこと、地域の総合的な

減災目標達成のために必要となる事業と、当該法律による財政支援対象施設との関連性が

不十分であることなどの課題から、自治体における効果的な減災戦略の策定は進展してい

ない現状にある。

2.2.2 自治体発の先進的な取り組み

減災に関する国の災害支援制度の整備が不十分である中、一部の自治体において先進的

な取り組みが進められている。

東海地震の脅威が指摘され地震防災対策に高い意識を持って取り組んでいる静岡県で

は、阪神・淡路大震災において、事前の減災努力の重要性を痛感し、第三次地震被害想定

実施後に、“減災”理念を導入した「静岡県地震対策アクションプログラム 2001」を作成

した。しかし、このプログラムには具体的な数値目標の設定が無く、進捗管理が出来ない

という課題があった。そこで、減災のための数値目標を設定し、進捗管理する「静岡県地

震対策アクションプログラム 2006」を策定した。これは、静岡県防災局がアクションプロ

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グラムの趣旨をその他の各部局に説明した上で、減災のための事業の立案と数値目標の設

定を依頼し、各部局が提出した成果をとりまとめ、公表するしくみである。静岡県では、

アクションプログラム 2006 導入以前から建築物の耐震化の進捗を数値で表現して指導す

る管理手法に一定の成果を挙げており、この成功が自信となり、防災対策全体への適用に

踏み切ることができた。また、既に 2000 年から全庁レベルで推進している業務棚卸による

政策評価システムにおいて、政策目標数値も設定されており、このことが、このプログラ

ムに対する各部局からの協力を容易にしたものと考えられる。また、このような取り組み

を県庁内にとどめず、県下 41 市町村にもアクションプログラムの策定を要請し、2008 年

11 月時点で既に 31 市町村が策定を終えているなど、静岡県と各市町村全体での取り組み

を実施している。静岡県の取り組みは、「減災」に着目し、数値目標を定め、それを達成す

るために必要な具体的な事業への重点投資と実施目標を設定して、定期的に進捗管理する

PDCAサイクルを構築した点で高く評価できる。

しかし、このような「アクションプログラム」の策定は、国の法的根拠が無い任意の計

画であるため、自治体による実施インセンティブが弱く、発生確率が高いとされる太平洋

側のプレート型地震による影響を受ける一部の都道府県自治体7にとどまり、その他の都道

府県や市町村自治体には普及していないなど、自治体間での取り組み格差が見られる。ま

た、計画実現のために必要な事業に必要となる財源が十分に確保できないなどの問題があ

る。

2.3 国の災害復旧財政制度の特徴

わが国の災害復旧財政制度は、対象施設ごとに異なる法律に基づき、災害復旧事業費用

に対する一定の割合を国庫補助するとともに、自治体による自己負担分に対して、地方債

の充当許可及び元利償還金に対する地方交付税措置の実施により対応するしくみになって

いる。また、「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(激甚災害法)」

によって、各法律に基づく復旧事業に対して適用される国庫補助率の嵩上げ等が行われる8。

国庫補助率は、被災自治体の税収入等の規模に対する被害額の大きさから算定されるも

ので、自治体による事前の減災努力の状況等とは無関係に計算される。考え方によっては、

事前の減災努力を怠っている自治体ほど災害時の被害規模が大きくなり、国からの事後の

7永松(2008),219 頁より 8 復旧財政制度の詳細については、災害対策制度研究会(2002)を参照。

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財政支援額が増加するしくみといえる。特に、税収入の少ない自治体ほど災害時の復旧事

業に対する補助率が高くなるため、地方においては平時の公共投資は控えて災害時に当該

制度を活用した公共整備を図る「災害待ち」の状態が発生しているとの指摘もある9。この

ように、事前の減災努力に関わらず事後に手厚い財政支援を行うしくみがあらかじめ用意

されているとともに、過去において想定外の災害が発生した場合に特別立法により上乗せ

した財政支援が行われてきたことが、いつ発生するかわからない巨大地震に対する事前の

減災投資よりも事後の救済を期待するようなモラルハザードを引き起こす要因となってい

る。

各法律に基づく災害復旧は、被災した施設を原形に復旧することを目的としており、法

律ごとに定められる特定財源により使途が限定されている。また、各法律間相互の調整機

能が無いため、被災地域の特性に柔軟に対応した長期的かつ総合的な減災対策の推進が行

い難いこと、人口減少等、国土のダウンサイジングに対応した効率的な財源投資が行われ

ない恐れがあることなどの問題点を有する。

このような復旧財政制度は、国の財政破綻が生じないことが前提となっているが、施設

ごとにバラバラの財政支援が行われるため、災害時に必要となる復旧・復興需要の全体像

を把握してマネジメントすることが難しいしくみといえる。そのため、今後想定される巨

大地震に対しては、国全体のリスクマネジメントの観点からも課題が残るしくみといえる。

図表2- 3 災害復旧財政制度の特徴と課題

(備考)災害対策制度研究会(2002)を参考に作成

3.自治体の防災努力の監視・評価・改善システム導入の意義と課題

阪神・淡路大震災(1995 年)の経験から 14 年以上が経過する中で、自治体の防災力は

9 「災害待ち」に対する指摘については、永松(2008),177~178 頁において紹介されている。

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本当に向上しているのであろうか。来るべき首都直下地震、東海地震、東南海・南海地震

等の巨大地震に対処するためには、各自治体は事前にどの程度の減災対策を進めるべきで

あり、目標水準と現在の水準とのギャップや地域格差はどの程度なのであろうか。現状で

は、それらを正確に把握するための指標が無く、評価の実施と公表のルールも整備されて

いない。行政と住民との間には防災政策に関する情報の非対称性が存在しており、自治体

防災行政が適切にガバナンスされていない。

本節では、自治体の減災努力を促進するしくみとして、自治体防災行政の監視・評価・

改善メカニズムの導入によるガバナンス改革の意義と課題について、現状の取り組み事例

の整理と検証を通じて論じる。

3.1 自治体防災力評価の現状と課題

自治体の防災力評価に関しては、従来からいくつかの取り組みが見られる。近年の代表

例としては、総務省消防庁による「地方公共団体の地域防災力・危機管理能力評価指針」、

静岡県による「市町村防災体制実情調査」が挙げられる。いずれも行政組織による事後の

災害対応力に焦点を当てており、地域の災害危険度や現状の減災水準を評価するものでは

ない。また、防災行政担当者における自己評価方式による内部管理を原則としており、住

民に対する防災行政の見える化等によるガバナンス改革を意図したものではない。

一方、民間企業の防災力を評価して、格付けすることにより、優遇金利での融資を行い、

企業の防災対策の推進を支援するしくみとして、日本政策投資銀行による「防災格付融資

制度」が提示されている。このような取り組みは、自治体の防災格付け等の適用意義と可

能性を検討する上で参考となる事例といえる。

3.1.1 自己評価による対策推進をねらいとした防災力評価指針の策定

総務省消防庁は、自治体の防災担当者が統一基準で評価された全国平均との比較から、

自らの防災力を認知し、防災力の充実を図ることをねらいとした「地方公共団体の地域防

災力・危機管理能力評価指針」(2003 年 11 月 10 日)を提示している。この評価指針に基づ

き、2004 年に都道府県を対象とした評価を試行的に実施した上で、本評価を 2006 年に実

施しており、市区町村版を 2005 年、2006 年に実施している。

この評価指針では、災害発生確率が地域により異なること、海岸地域の有無など地域に

よって保有するリスクの内容が異なることから、標準指標による災害リスクの定量化は困

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難であるとの判断から、評価対象を自治体防災組織の災害対応力に限定している。

実施方法は、総務省消防庁が提示する YES/NO 方式のチェックシートに基づき、自治体

の防災担当者自身が自己評価する方式を採用している。2004 年及び 2006 年に都道府県に

対して実施した際には、全国の評価結果が点数化され公表されている。しかし、自治体が

保有するリスク特性が異なり、回答の仕方により点数が変化する等の恣意性が高いために、

点数化による相対評価を適正に行うことは困難であるとの認識から、市区町村版に関する

評価結果の公表は行われていない。総務省消防庁では、「評価指標と評価ツールの提示によ

り、国による一定の役割は完了した10」としており、同庁主導による評価の継続や評価結

果に基づく自治体に対する指導・支援等は予定されておらず、各自治体に今後の運用が委

ねられている。

総務省消防庁の取り組みは、後述する静岡県による取り組みを参考にしながら、それを

全国の都道府県及び市区町村に広げた点で評価できる。しかし、各自治体の防災担当者に

よる自己評価方式を採用しており、評価の実施継続と結果の公表の有無は自治体に委ねら

れているなど、監視・評価・改善メカニズムを機能させることにより自治体による防災努

力を促進することを意図したものとはなっていない。

3.1.2 外圧による防災対策促進をねらいとした防災力評価の取り組み

静岡県では、前述した総務省消防庁による取り組みに先行して、市町村の防災力評価に

関する独自の取り組みを実施している。

静岡県は、阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて、1995 年に「365 日アクションプログラ

ム」を策定し、県の災害対応力の緊急強化に努めている。同時に、市町村自治体の防災力

強化を促進するしくみづくりとして、1996 年からチェックリスト作りに着手し、1999 年に

合計 800 項目以上からなるチェックリストを完成させている。そして、県下4地域に配置

された県の出先機関である地域防災局が主体となり、このチェックリストに基づく市町村

による防災力評価の実施を促し、評価結果を県に集約するしくみを導入している。その際

に、地域防災局は各市町村自治体の防災力に関する弱点を明らかにして、市町村自治体に

対してその改善を促すとともに、弱点を解消するために必要となる施策に対して、県独自

の補助事業により予算化を図っている。

静岡県の取り組みは、総務省消防庁と同様、自治体による自己評価方式を採用している

10 総務省消防庁ヒアリングより

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ものの、外圧として地域防災局がその実施を促し、結果に対する評価・指導を行うなど、

監視・評価・改善メカニズムを機能させることを意図したものである。また、財政支援制

度と関連づけて利用されており、限られた財源の効果的な投入を促している点で評価され

る政策といえる。しかし、この政策は、県や市町村自治体が自らの防災力を把握して、そ

の結果を随時更新することにより、防災力強化に対する取り組みを内部管理することをね

らいとしており、他市町村との比較や住民に対する情報公開は意図されていない。災害特

性が異なる市町村を客観的に相対評価することは困難であり、評価結果が公表された場合、

その結果が単なる順位付け等による話題提供に利用されるなど、必ずしも適切に取り扱わ

れない恐れがある。そのような理由もあり、評価結果を非公開にしているものと推察され

るが、住民に対する防災行政の見える化は、大きな課題として残されている。

3.2 日本政策投資銀行による防災格付けによる融資制度の創設

日本政策投資銀行では、2006 年から、企業の防災への取り組みを総合的に評価する「防

災格付」に基づき優遇金利を設定した融資制度を実施している。これは内閣府が提示して

いる「防災に対する企業の取り組み」自己評価項目表をベースに「防災対応促進事業評価

表」を構築し、それに基づく企業の防災力評価を実施し、評価結果に基づき融資適用の可

否を判断し、金利水準を設定して優遇金利による融資を行うしくみである。既に制度創設

以来 2008 年末までの段階で融資実施件数 10 件以上の実績があり、オフィスの免震化等の

減災対策の推進に利用されている。制度適用を受けた企業は、優遇金利による融資が受け

られるだけでなく、「防災格付」によるPR・アナウンス効果が期待される。安田倉庫は「防

災格付融資」を受けた後、株価が上昇したとの報告11もなされている。

日本政策投資銀行の取り組みは、民間企業を対象としたものであるが、防災力評価に基

づき組織を格付けすることにより、減災対策を推進するための金融政策に利用するととも

に、企業のPR・アナウンス効果の創出も意図している点で特徴的であり、自治体への適

用可能性を感じさせる取り組みといえる。自治体の減災努力の実施状況に応じた格付けを

行い、政府による支援政策と関連づけることにより、第2節で論じた自治体のモラルハザ

ードを回避するしくみとして参考になるとりくみといえる。

11 野田(2007)

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4.制度改革に向けた示唆 -米国連邦政府の政策事例研究より

自治体による減災努力を促進するために必要となる社会システムを検討する上で、日本

と同様に地震、風水害等の災害リスクを抱える米国連邦政府の政策が参考となる。本節で

は、減災対策を重視し事前の減災努力を要件とした事後の財政支援政策を導入するととも

に、監視・評価・改善メカニズムを導入している米国連邦政府の政策事例を紹介する。

4.1 事前の減災努力を要件とした災害支援制度の導入

米国連邦政府による自然災害対策は、連邦危機管理庁( Federal Emergency

Management Agency、略称:FEMA)が一括して担当している。FEMA は、国土安全保

障省(U.S.Department of Homeland Security、略称:DHS)に属し、洪水、ハリケーン、

地震および原子力災害を含む、その他の災害に際して、連邦機関、州政府、その他の地元

機関の防災業務の調整を請け負っている。また、被災地の復旧・復興時における資金面か

らの支援を行う。FEMA が実施する政策の特徴は、自治体による事前の減災計画の策定と

対策の実施を法律により明確に義務づけるとともに、事前の減災努力を要件とした災害支

援制度を導入している点にある。また、被災後の復旧・復興に、次の災害に備えた長期的

な減災ビジョンを導入している点も特徴の一つといえる。

4.1.1 連邦災害軽減法に基づく減災計画の策定と効果的な対策実現の義務づけ

米国連邦政府は、将来発生が見込まれる地震、津波、ハリケーン、洪水、山火事といっ

た自然災害時における人命や財産の喪失軽減を目的に、州、地方自治体に長期的かつ総合

的な減災計画の策定を促すため、2000 年 10 月 30 日に「連邦災害軽減法(The Disaster

Mitigation Act of 2000)」を制定している。この法律は、既存の「The Robert T Stafford

Disater Relief Act」に、自治体による減災対策の実施を促すインセンティブとペナルティ

制度に関する規定を付加して修正されたものである。

同法では、将来発生が見込まれる災害に対する減災対策を実施しなければ、連邦政府に

よる事後の出費が増加し続けるとの考え方から、州政府や地方自治体に対する事前の減災

計画の策定を義務づけるとともに、その実施を要件とした災害後の財政支援プログラムを

規定している。代表的な支援プログラムとしては、FEMA による「災害軽減助成プログラ

ム(Hazard Mitigation Grant Program:略称 HMGP)」が挙げられる。これは、大規模

災害後に大統領宣言により地域指定がなされた州政府や地方政府に適用され、長期的な減

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災対策の推進に要する費用を助成するプログラムである。わが国の復旧財政制度が“原形

復旧”を原則として、法律ごとに異なる個別施設に適用されることと比較して、このプロ

グラムが、将来の災害に備えた長期的な減災ビジョンの実現を目的とすること、民間施設

も含めた地域の総合的な減災対策の推進に必要となる施策に適用可能である点を特徴とす

る。また、プログラムの適用要件として、自治体による減災計画の策定と費用対効果の高

い事業への予算の重点配分の実施を義務づけており、申請自治体において適切な減災計画

が策定されているか、費用対効果の検討や事業選定が適切に行われているのか、事業実施

に関する効果測定等の実施プロセスが構築されているのか、といった詳細な評価が FEMA

の担当官によって行われ、プログラムの適用有無が判断される。FEMA による費用負担は

全体の 75%を上限に設定され、費用対効果の高い適切な減災計画を提示した州政府に対し

て、より多くの助成金を配分する一方で、適切な減災計画を策定していないなど、法が定

めるプログラム適用要件を満たさない自治体に対しては、10 年以内に同種の災害で被災し

た場合に連邦政府による費用負担割合を 小で 25%まで減額するなどといったインセン

ティブとペナルティ制度を導入している。

図表2- 4 災害軽減助成プログラムの概要と適用要件

(備考)「The Disaster Mitigation Act of 2000)」条文より作成

なお、連邦政府による災害支援策の権限は FEMA に集中している。また、全米統一の

災害基金「National Pre Disaster Mitigation Fund」が大統領により創設されており、災

害軽減法に基づき、FEMA によって基金からの出費が執行される。災害支援策の実施判断

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と基金の執行権限が FEMA に集中していることが、このような事前の減災努力要件と事

後の財政支援策の関連づけを容易にしているものと考えられる。

図表2- 5 全米災害基金の創設と執行

(備考)「The Disaster Mitigation Act of 2000)」条文より作成

日本と同様に地震災害リスクを抱えるカリフォルニア州では、カリフォルニア州地震災

害軽減法(California Earthquake Hazards Reduction Act of 1986)を創設して、「カリ

フォルニア州地震防災委員会(California Seismic Safety Coomision:略称 CSSC)12」

に対して、カリフォルニア州地震被害軽減計画(California Earthquake Loss Reduction

Plan)の策定や計画実現に必要となる事業の優先順位付けを義務づけている。CSSC は、

同法の規定に基づき、防災に関連する学術研究、経済、建築物、復興など全部で 11 の分

野における長期的かつ総合的な減災計画を策定している。また、各計画の実現に必要とな

る事業を具体化して、その重要性を 3 段階評価により優先順位付けしている。

また、カリフォルニア州危機管理室(Office of Emergency Service,略称:OES」)が州

内の地方政府に対して減災計画の立案を指示し、要件を満たした地方政府に対して、

FEMA による「災害軽減助成プログラム(Hazard Mitigation Grant Program)」に基づ

く予算を配分している。地方政府から申請された各事業は、FEMA が提供するシミュレー

ションソフトを利用し、費用対効果を定量評価して、予算配分の優先順位が決定されるな

ど、財源の有効活用への工夫がなされている。

12 1975 年 1 月 1 日発効の州法に基づき設立された州知事の諮問委員会。地震防災や経済等の専門性と経

験を備えた 17 人の委員から構成される。

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図表2- 6 カリフォルニア州における災害軽減助成プログラム採択の流れ

(備考)カリフォルニア州政府ヒアリングより作成

4.1.2 自治体による減災努力を加入要件とした国家洪水保険制度

米国では、過去において「ダムや堤防などの洪水防御施設の設置による被害の軽減」と

「災害後の被害者に対する救援」を2本柱とする「洪水防御プログラム」が実施されてい

た。しかし、洪水多発地域への急速な人口・資産の集中と洪水危険区域居住者の防災意識

の希薄化により、洪水被害や災害救援費用の増大に歯止めをかけられなくなったことをき

っかけに、1968 年に国家洪水保険法(The National Flood Insurance Act)が制定され、

同法に基づき「自治体による減災努力の促進」と「自治体及び住民の防災意識の向上」を

ねらいとする国家洪水保険制度(National Flood Insurance Program,略称:NFIP)が創

設された。

同制度では、水害時の保険金支払リスクを全面的に連邦政府が負担する一方で、住民等

の保険制度への加入要件として居住地域の自治体による同制度への参画を定めている。自

治体は、減災計画を策定し土地利用コントロール等の減災努力を実施することを条件に、

同制度への参画が認められる。

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図表2- 7 国家洪水保険制度の加入手順の概要

(備考)Answers to Questions About the NFIP より作成

自治体による制度への参画は、任意の判断に任せられているが、参画しない場合には地

域住民の保険購入が認められない。また、連邦政府により洪水危険地域に指定された自治

体が保険制度に参加しなかった場合、大統領宣言に基づく大規模災害時において、被災建

物等の修繕・建て替え等の復旧・復興に対する FEMA による財政的な支援措置が得られ

ない等のペナルティが設けられている。このようなインセンティブとペナルティ制度の導

入により、自治体を中心とする地方における減災努力を促進している。

図表2- 8 国家洪水保険制度におけるインセンティブとペナルティの概要

(備考)Answers to Questions About the NFIP より作成

4.2 監視・評価・改善システムの導入

FEMA が実施する政策のもう一つの特徴として、自治体の防災力評価の実施と財政支援

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を関連づけている点にある。ここでは、各種災害やテロ等に対する州政府の危機管理能力

の向上を目的とした支援プログラム(Emergency Management Performance Grant,略

称:EMPG)を例に、その特徴を整理する。併せて、カリフォルニア州が独自に実施する監

視・評価システムについて紹介する。

4.2.1 防災力評価と関連づけて適用される FEMA による財政支援制度

FEMA は、各種災害やテロ等に対する州政府の危機管理能力の向上を目的とした支援プ

ログラム(Emergency Management Performance Grant,略称:EMPG)を用意している。

州政府がこのプログラムの適用を受ける際には、現状の危機管理能力の客観的な評価の実

施とその結果に基づく危機管理能力の維持及び向上に関する計画書(Work Plan)を策定す

ることが義務づけられている。州政府は、FEMA の地域オフィスに計画書を提示し、支援

プログラム適用の認定を受けることになっている。

州政府による危機管理能力の評価については、いくつかの評価ツール利用が推奨されて

いる。そのうちの一つに、危機管理認証プログラム(Emergency Management

Accreditation Program,略称:EMAP)がある。EMAP は、連邦政府の支援により設立さ

れた NPO 法人が運営するプログラムで、自治体からの独立性が確保された第三者機関と

しての性格を持つ。EMAP における評価者は、災害現場で実際に対応活動経験を有する十

分な能力を備えた人材から選出され、特別の研修制度を経て任命される。また、連邦政府

が定める危機管理基準(Emergency Management Standard)を評価基準としている。こ

の評価基準は、応急対応活動に関する基準である全米標準の危機管理システム(National

Incident Management System:略称 NIMS)や相互応援システム(the Mutual Aid

System)等に代表される応急対応活動に関する基準のほか、被害想定等のリスクアセスメ

ントや減災(Hazard Mitigation)に関するものなど 63 種類の基準13から構成されている。

州政府が EMAP による評価・認証を受ける場合、EMAP がオンラインで提供する自己評

価ツールに基づく評価を実施し、その結果に関するレポートを作成して、EMAP 事務局に

提示する。EMAP 事務局がレポートを受理して、その内容を確認した上で、次のステップ

に進めて良いのかを判断する。次のステップが認められた州政府は、オンサイトでのアセ

スメント実施への申請を行い、EMAP 評価者(Assessor Team)による評価が開始される。

評価結果は、連邦機関が指名した 10 名の専門委員(EMAP Commision)により構成される

13 詳細は、EMAP(2007)を参照。

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60

委員会(Program Review Committee)で報告され、認証の有無が決定される。認証された

州政府は、アニュアルレポートの提示と5年ごとの認証見直しが義務づけられる。なお、

FEMA は、州政府等の危機管理能力の評価指標(Capability Assessment for Readiness:

略称 CAR)を提示しているが、今後 EMAP による認証プロセスに移行していく見込みであ

る。

図表2- 9 EMAP 認証の手順

(備考)EMAP ホームページ(http://www.emaponline.org/)より作成

FEMA は、このように州政府に対する財政支援プログラムの提示に際して、第三者の評

価機関を活用した客観的評価と課題への対応を義務づけ、全体の危機管理能力の標準化と

強化を促進するしくみを導入している。

4.2.1 カリフォルニア州地震防災委員会による監視・評価システム

米国カリフォルニア州では、州法に基づく第三者機関を設置し、自治体の減災進捗状況

を調査・評価し、報告・指導するしくみを導入している。前述のカリフォルニア州地震防

災委員会(以降 CSSC)がその実施主体に指定されており、政府及び企業における災害の

軽減及び復興の目標及び優先順位の決定、州政府機関に対する地震等の防災対策を推進さ

せるための基準策定の要求、減災施策の実施状況に関するモニタリング活動と州政府、自

治体、企業に対する指導、研究奨励を行うことが義務づけられている。

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図表2- 10 CSSC の位置づけ

(備考)CSSC ヒアリングより作成

CSSC は、1986 年から1~2年ごとに、各地方政府の防災対策の進捗状況をモニタリン

グしている。そして、2年ごとに各地方政府に対して、防災対策の達成度合いに関する平

均進捗程度との比較結果を公表・報告し、改善を促している。CSSC は、事務局を含めて

現場の行政担当者と距離を置いた完全な第三者機関であり、評価に必要な専門能力を備え

た多彩かつ優秀な人材と膨大で定常的な調査を継続させるために必要となる十分なマンパ

ワーを確保している。また、行政の執行部局とは切り離された独自財源を持つことにより、

監視・評価・改善のメカニズムを十分に機能させている。

5.おわりに -日本の災害支援制度改革に向けた提言

本章では、自治体による減災努力を促進するために求められる国の災害支援制度改革の

あり方について検討することを目的に、わが国の災害支援制度が自治体に与える影響の検

討、監視・評価・改善メカニズムの導入によるガバナンス改革、これらに関連する米国事

例からの示唆について整理、検討してきた。具体的には、第2節では、わが国の災害支援

制度変遷の経緯と特徴について整理した上で、それが自治体の減災努力に与える影響につ

いて述べてきた。また、今後想定される首都直下地震や東南海・南海地震等の巨大地震の

経済被害は、既存災害時の規模を遙かに上回るものと想定されており、このような未曾有

の被害をもたらす災害に対処するためには、従来のような事後措置による対応だけでは限

界があり、自治体による事前の減災努力の促進が重要である点について言及した。第3節

では、自治体の減災努力を促進するためには監視・評価・改善メカニズムを導入したガバ

ナンス改革が必要であるとして、関連する取り組み動向の整理と検証を通じて、現在行わ

れている自治体防災力の評価は、自治体防災行政の内部管理を目的としたものであり、評

価結果の公表によるガバナンスを意図したものでは無いこと、行政と住民との間には防災

政策に関する情報の非対称性が存在していることを指摘した。一方で、日本政策投資銀行

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が民間企業向けに実施している「防災格付」融資制度を紹介し、自治体への適用可能性に

ついて論じた。第4節では、米国連邦政府及びカリフォルニア州の政策事例の特徴を整理

し、米国では連邦災害軽減法に基づき自治体による総合的な減災対策の推進を義務づける

とともに財政面で支援するプログラムが導入されていること、事前の減災努力の実施を要

件として被災後の財政支援が行われること、第三者機関による危機管理能力評価による認

証を前提とした財政支援プログラムが用意されていることを示した。以下では、これまで

の整理、検討成果に基づき、自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革に向けた提

言を行う。

(1)長期的・総合的減災対策推進を促す新たな減災法制度の創設

災害対策基本法では、建物の耐震化や都市の構造改革等による総合的な減災対策の推進

に関する事項が含まれておらず当該法に基づき策定される地域防災計画においても、関連

する対策が明確に位置づけられてこなかった。阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて成立し

た地震防災対策特別措置法においても、その整備対象は、災害後の応急対応活動の拠点と

なる施設が中心といえる。限られた財源の効果的投入の面でも問題点が残る。地震防災対

策特別措置法の改正により、都道府県自治体による地域防災計画策定時における長期的な

被害軽減目標の設定に努める点が言及された。しかし、実施はあくまでも努力目標である

こと、同法の整備対象施設の範囲が限定的であり、地域の総合的な減災対策を推進する上

では限界があること、都道府県や市町村において実施を促すための具体的なガイドライン

が提示されていないことなどの問題点も残っている。一部の先進的な自治体により、自発

的な減災計画の策定が行われている事例も見られるが、このような取り組みは一部にとど

まり、明確な法的根拠に基づくものでは無いことから、自治体による計画策定インセンテ

ィブや事業に必要となる財源確保面での限界がある。また、わが国の復旧財政支援制度の

基本理念が“原形復旧”であること、地域において長期的な視点に立った減災計画が策定

されていないことから、災害後の復旧・復興事業が次の大規模災害への備えといった観点

から効果的に行われない恐れがあると考えられる。特に人口減少等の過疎化が進展する地

域や防災上危険な老朽木造密集市街地、将来発展に向けて閉塞感のある地方都市の中心市

街地等においては、災害後に早急な“原形復旧”を目指すよりも、平時から、長期的かつ

総合的視野に立った減災ビジョンを策定するとともに、その内容について地域住民や企業

等との合意形成を図っておき、震災を契機に将来における持続的な地域発展に向けた都市

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の構造改革を実現することの方が望ましいものと考えられる。

一方、米国では連邦災害軽減法に基づき自治体による総合的な減災対策の推進を義務づ

けるとともにその推進を財政面で支援する政策が導入されている。また、減災目標を明確

化し、目標達成に向けた財源の有効活用のしくみやノウハウが整備されている。例えば米

国カリフォルニア州では、減災目標の設定と目標達成に向けた寄与度を踏まえた事業の優

先順位付けを行い、防災予算を効果的に配分するしくみが導入されている。事業の優先順

位付けには、FEMA が開発した標準ソフトウエアが活用されている。

このような問題意識から、わが国においても、自治体による減災計画の策定と対策推進

を義務づけるとともに、その推進を財政面で支援する新たな減災法制度が必要と考えられ

る。

(2)事前の減災努力を要件とした事後の災害支援制度への移行

わが国の復旧財政制度では、自治体の税収入規模に対する被害額の割合に応じて財政的

な支援が行われる。また、既存の枠組みを超える被害が発生した場合には、特別立法措置

により不足分がさらに補填される。事前の減災努力が不足している自治体ほど災害時の被

害額が大きくなり、国からの財政支援額が増加する。このような制度を適用してきた影響

として「災害待ち」と呼ばれるモラルハザードが生じても不思議ではない。

来るべき首都直下地震等の巨大地震に対して、このまま事前の減災対策が進展しなけれ

ば、被害規模が膨大となり、現行の国の災害支援制度が破綻する可能性もある14。阪神・

淡路大震災が発生してから 14 年以上が経過しているにも関わらず、多くの自治体は明確な

減災目標やその達成のための具体的なビジョンを持たず、住宅や公的施設の耐震化も十分

に進展していない。

一方、米国では、自治体による事前の防災・減災努力の実施と連邦政府による事後の金

融・財政的支援措置の適用をセットで考えるしくみが整備されている。FEMA による被災自

治体への財政支援プログラムでは、自治体が事前に減災計画を作り減災努力を実行するこ

とが財政支援プログラム適用の要件となっている。さらに、国家洪水保険制度(NFIP)では、

参加要件に自治体による減災計画の策定と土地利用コントロールの実施を定めるとともに、

特別洪水危険区域に指定された自治体が同制度に参加しなかった場合、洪水被害に関わら

14 例えば田近・宮崎(2008)において、首都直下地震時の生活再建支援法の制度破綻について言及されて

いる。

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ず、大規模災害時の大統領宣言に基づく FEMA による復旧財政支援が得られないといったペ

ナルティを設けている。

多くの自治体は、明確な減災目標やその達成のための具体的な戦略を持たず、住宅の耐

震化も十分に進展していない。このような現実を考えると、わが国においても、事前の減

災努力を要件とした事後の財政支援策への転換を図るべきである。なお、その際には、(1)

で提言した自治体における長期的・総合的な減災対策の実行を促す新たな減災法制度の創

設とあわせて行わうことが条件となる。

(3)自治体防災力評価による格付け制度の導入

自治体防災行政の 大の利害関係者である住民は、自分たちの居住地域の安全性や防災

行政の是非を判断するために必要となる十分な情報が与えられていない。そのため、居住

地域の選択や自治体に対する防災行政への改善要望、選挙による首長や議員の審判、自治

体による公助の限界を踏まえた自助努力の実施判断といった合理的な行動判断が困難な状

況にある。このような状況は、防災行政の執行者側に、災害が発生しなければ実施効果が

顕在化しにくい減災政策よりも、普段からメリットがわかりやすく市民に評価されやすい

政策を重視する傾向を引き起こしやすい。

一方、米国では、第三者機関による危機管理能力評価による認証を前提とした財政支援

プログラムが用意されており、それにより自治体の危機管理力の標準化と強化が促進され

ている。また、カリフォルニア州では、州法に基づき設置された第三者機関が地方政府の

防災対策の進捗を調査・評価し、結果を公表するとともに、当該自治体に改善を促すしく

みを整備している

自治体による減災努力の促進を目的としたガバナンス改革として、自治体防災力評価に

よる格付制度を導入し、住民からの見える化を図ることにより監視・評価・改善メカニズ

ムを機能させるとともに、自治体の減災努力の程度に応じた防災格付を行い、一定水準の

格付取得を国の災害支援制度適用の要件とするなど、減災努力へのインセンティブづけの

工夫が求められる。

以上が、現在のわが国における災害支援制度改革に関する本章の検討結果である。わが

国においては、事前の減災努力をしていないからという理由で、被災した自治体への財政

的支援を行わないという懲罰的な政策を実施することは現実的には考えられないといった

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指摘がある。また、自治体が減災努力を行うために必要とされる独自財源が不足している

ことも事実である。特に過疎地域における財源不足の問題はより深刻である。本章におい

ても、事前の減災努力を強力にサポートする新たな減災法制度の創設が必要であると主張

しているが、自治体の独自財源の拡充については、別途検討されるべき重要な課題である。

一方で、これからの本格的な人口減少時代に相応しい災害支援制度のあり方について、減

災努力もままならない過疎地域の問題に着目した議論も必要である。

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参考文献リスト

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第 3章 防災政策による災害被害の軽減効果:都道府県別データを用いたパネル分析

名古屋市立大学 外谷英樹

要旨

本稿の目的は、都道府県のパネルデータを用いて自然災害による人的・物的被害と防災

政策の関係を検証することである。自然災害による被害の指標として、「死者数」、「負傷者

数」、「罹災者数」および「一人あたり物的被害額」を用いた。また防災政策の指標として、

災害を事前に防ぐ目的の「事前政策変数」と災害が発生した際に被害を軽減させる目的の

「事後政策変数」を考えた。47 都道府県の 3 期間パネルデータを用いて、固定効果推計を

行った結果、自然災害の被害に有意にマイナスの効果を与えている政策は事前政策変数で

あり、その中でも「一人あたり災害復旧投資額」が、災害による人的・物的被害を軽減す

る役割があることが判明した。また、サンプルを地震による被害と台風による被害に分け

て推計したところ、「一人あたり災害復旧投資額」は両ケースにおいてマイナスの効果があ

るが、その効果は対地震に関する方が大きいものである結果となった。

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1.はじめに

古今東西、自然災害は我々の生活に多大な影響を与えてきた。例えば 2004 年に発生した

スマトラ島沖地震は東南アジア諸国において 20 万人以上の死者をもたらした。また 2005

年に米国で発生したハリケーン・カトリーナは 1000 人以上の死者をもたらし、100 億ドル

以上の経済的被害を与えた。一方、日本においても例えば 1995 年に発生した阪神・淡路大

震災や 2004 年に生じた新潟県中越地震は多大な人的・物的損失をもたらし、また毎年発生

する台風は日本列島を上陸することによって各地に大きな人的・物的被害を与えてきた。

ここで留意しなければならないことは、「地震や台風などの自然現象の発生」は基本的に

我々がコントロールすることが困難な外生的現象と考えられるが、「自然災害による被害」

は、我々が防災行動をとることによって、ある程度コントロールすることができるという

点である。近年、世界各国で見られる甚大かつ深刻な自然災害による被害を受けて、どの

ような経済的・社会的要因が自然災害による被害を軽減させる効果があるのかという研究

が見受けられるようになってきた(Kahn(2005), Anbarci, Escaleras, and Register(2005),

Toya and Skidmore(2007))。これらの研究では国際比較データを用いた実証分析が行われ、

所得水準や学校教育水準、所得不平等、国際的開放度、政治的安定度などが自然災害の被

害に影響を与えていることが示されている。

本稿の目的は、国際比較の観点から分析されてきたこれらの一連の研究を日本の都道府

県レベルに適用し、日本国内において自然災害による被害を軽減させる政策とはどのよう

なものであるのかについて検証することである。ただし国際比較データを用いた研究で示

された所得水準や学校教育水準、所得不平等、国際的開放度、政治的安定度などの諸要因

は都道府県レベルではそれほど差がないことが考えられ、本稿では、各都道府県における

自然災害による被害に影響を与える要因として、政府の行う防災政策に焦点をあてた分析

を行っていく。

防災政策として、本稿では 2 種類の政策を考える。一つは、自然災害が生じる前に災害

による被害を軽減させる政策であり、これを「事前防災政策」とする。具体的には過去に

生じた自然災害からの復旧を目的とした災害復旧行政投資や治山治水行政投資、土木費を

考える。もう一つは、自然災害が発生した際に災害による被害を軽減させる政策であり、

これを「事後防災政策」とする。具体的には、災害が発生した際に行う救助に係る消防費

や、救助活動を行う拠点となる消防署数を考える。

また自然災害による被害に関しては、本稿は災害による人的被害と物的被害を考える。

人的被害として、自然災害による死者数や負傷者数、罹災者数を用い、物的被害には自然

災害による物的被害額を考える。これら災害による人的・物的被害と上述した防災政策と

の関係を分析することによって、都道府県政府が行う防災政策の効果を検証していくこと

にする。

本稿は以下のように構成される。次節では関連する研究を概観し、本稿の位置付けを明

らかにする。3節では実証分析に用いられるデータについて述べ、4節は実証分析の手法お

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よび結果を示す。そして 5節で結論と今後の課題を述べることにする。

2.関連研究

近年、世界各地で発生している自然災害による大惨事を受け、自然災害が我々の社会・

経済に与える影響が注目されるとともに、自然災害に関するデータや経済データが整備さ

れ、その利用が可能となってきたことより、自然災害による被害に影響を与える要因を検

証する研究が多く見られるようになってきた。

Kahn(2005)は、クロスカントリーデータを用いて一人あたり所得水準が大きい国ほど自

然災害による被害が減少し、更にデモクラシーの進んだ国やより質の高い政府の統治能力

がある国ほど自然災害による被害が少なくなることを示している。また Anbarci, Escaleras,

and Register(2005)は、地震による死亡者数は所得不平等とプラスの関係にあることを示

している。Toya and Skidmore(2007)では一人あたり所得水準に加えて、学校教育年数や貿

易と自然災害による被害がマイナスの関係にあることが示されている。これらの先行研究

ではクロスカントリーデータを用いて、自然災害による被害に影響を与える経済的・社会

的要因の検証が行われている。本稿は、これらの先行研究の分析手法を適用し、クロスカ

ントリーデータではなく都道府県別データを用いることで、日本国内の自然災害による被

害に影響を与える政策の検証を試みることにする。

日本国内における自然災害による被害に影響を与える経済的・社会的要因の検証につい

ては、個々の自然災害に関する事例研究は、例えば永松(2008)で示されているように数多

くあるものの、都道府県別データを用いて包括的に検証した研究は、著者の知る限り少な

く、本稿で分析対象とする防災における地方自治体の役割を検証した研究は見受けられな

い。その意味で、本稿の分析は、日本における政府による防災政策の効果を評価する際の

一つの材料を提示することを目的としている。

3.データについて

本稿は、自然災害による被害と地方における防災政策の関係について実証分析を行うが、

ここで分析に用いるデータを見ていくことにしよう。本稿の分析は、47 都道府県における

3期間のパネルデータを用いる。したがって、サンプル数は最大で 141 個である。3期間と

は、1986 年-1991 年、1992 年-1997 年、1998 年-2003 年であり、6 年間の平均値を考える。

6年間の平均値を取ることは、自然災害による被害に関しては、例えばある年に突発的に発

生した甚大な自然災害による影響を取り除くことがある程度可能となり、異常値の影響を

回避できると考えられる。また、防災政策に関しては、政策は単年度ですぐに効果が現れ

ると考えるよりも、ある程度の年月がかかることを考慮したものである。

3.1 自然災害による被害の指標

自然災害による被害は、本稿は人的被害と物的被害を考える。人的被害の指標に、「死亡

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者数」、「負傷者数」、「罹災者数」の 3 つを用い、物的被害の指標には「県民一人あたり実

質物的被害額」を用いる。これらのデータは消防白書(各年度)の自然災害による都道府

県別被害状況から作成し、図表 3-1 は自然災害による被害の記述統計量を示している。

図表 3-1 自然災害による被害の記述統計量

死亡者数 負傷者数 罹災者数 県民一人あたり

実質物的 被害額

平均 9.7 73.9 2514.7 6526.9

標準偏差 88.2 556.1 16901.2 26772.3

変動係数 9.1 7.5 6.7 4.1

最大値 1048.3 6589.3 200661.7 313836.2

兵庫(92-97) 兵庫(92-97) 兵庫(92-97) 兵庫(92-97)

最小値 0 0.5 0.3 0.1

埼玉(92-97,98-03) 山梨(92-97) 愛知(92-97) 三重(92-97) 奈良(92-97)

和歌山(98-03) 香川(92-97,98-03)

山梨(92-97) 滋賀(86-91)

富山(92-97)

大阪(86-91)

(備考)消防庁「消防白書:自然災害による都道府県別被害状況」より作成。 図表 3-1 は自然災害の被害の中で、最もばらつきの大きいのは「死亡者数」であり最も小

さいのは「県民一人あたり実質物的被害額」であることを示している。物的被害は各都道

府県で毎年起こりうる事象であるのに対し、災害による死亡は大規模な自然災害において

発生する希な事象であると考えられよう。また各被害において、最も大きい地域はいずれ

も 1992 年-1997 年の兵庫県であった。これは、1995 年に発生した阪神・淡路大震災を反映

したものである。一方最も小さい地域は、各被害によって各地に点在しており、特に大都

市圏である埼玉、愛知、大阪で見られると同時に、各地方においても見受けられ、特に特

徴的なことは見受けられない。

3.2 防災政策の指標

防災政策の指標は、本稿では 2 種類の政策を考える。一つは、自然災害が生じる前に災

害による被害を軽減させる政策であり、これを「事前防災政策」と呼ぶことにする。具体

的には「県民一人あたり実質災害復旧行政投資」、「県民一人あたり実質治山治水行政投資」、

「県民一人あたり実質土木費」を考える。「県民一人あたり実質災害復旧行政投資」とは行

政投資の目的別投資におけるその他の投資に含まれるものであり、過去に生じた自然災害

からの復旧を目的としたものである。復旧を目的としているが、復旧・更新された資本設

備がより自然災害に頑強なものとなっている場合、この投資は自然災害の被害を軽減する

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効果があると考えられる。「県民一人あたり実質治山治水行政投資」は行政投資の目的別投

資における国土保全投資に含まれるものであり、この投資も災害復旧投資と同じように自

然災害による被害を軽減する効果があると考えられる。「県民一人あたり実質土木費」は地

域住民の生活環境の整備を図るため、道路、住宅などの公共施設の建設、整備のために要

する経費である。この投資は、特に河川海岸費が含まれており、自然災害による河川の氾

濫を食い止める効果があると考えられる。

以上、3つの事前防災政策指標について、これらの政策の効果にはラグがあることを考慮

して、本稿では事前防災政策指標の一期前の値を用いることにより自然災害による被害と

の関係を検証していくことにする1。すなわち、被説明変数である自然災害による被害が1986

年-1991 年の値に関しては 1980 年-1985 年の事前防災政策指標を用い、同様に災害による

被害が 1992 年-1997 年の値には 1986 年-1991 年の防災指標を、また災害による被害が 1998

年-2003 年の値には 1992 年-1997 年の防災指標を用いる。

次に防災政策の指標として、自然災害が生じた際に災害による被害を軽減させる政策を

考え、これを「事後防災政策」と呼ぶことにする。本稿では、具体的な指標として災害が

発生した際に行う救助に係る「県民一人あたり実質消防費」および、救助活動を行う際の

拠点となる「県民一万人あたり消防署数」を用いることにする。「県民一人あたり実質消防

費」とは、火災を予防、警戒、及び鎮圧し、地域住民の生命や財産を保護するとともに、

水害、地震等の災害による被害を軽減し、地域住民の公共の福祉を増進するために要する

経費のことである。したがって、この値が大きい場合、自然災害による被害は軽減される

ことが予想される。また「県民一万人あたり消防署数」については、本稿では消防本部・

署数および消防団・分団数の合計を都道府県の人口で割った値を用いる。消防署および消

防団はその定義において、火災の予防、警戒、鎮圧、その他の災害の防除及び災害による

被害の軽減活動の第一線に立って行う機関であることより、この値が大きい場合、自然災

害による被害は減少することが予想される。

以上の防災政策に関する指標は、地域統計 2006 より作成した。図表 3-2 は防災政策変数

の記述統計量を示している。

1災害復旧費、治山治水費、土木費の政策効果にラグがある理由として、1)これらの各投資

事業が完遂するのに、中・長期的な時間がかかること、2)特に災害復旧費は、災害による

被害が発生した後に実施されるため、その効果が現れるのに時間がかかること、が挙げら

れる。

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図表 3-2 防災政策変数の記述統計量

事前防災政策変数 事後防災政策変数

県民一人あたり実質災害復旧行政投資

県民一人あたり実質治山治水行

政投資

県民一人あたり実質土

木費

県民一人あたり実質消

防費

県民一万人あたり消防署数

平均 10482.9 35172.2 85948.2 18649.6 3.7

標準偏差 8602.5 16574 34170.3 4851.1 1.5

変動係数 0.8 0.5 0.4 0.3 0.4

最大値 53325.2 94570 203862.6 33912.3 6.9

島根(80-85) 島根(92-97) 高知(92-97) 青森(98-03) 長崎(98-03)

最小値 89.5 4206.3 20066.7 10550.7 0.8

神奈川(92-97)

東京(80-85) 神奈川(80-85)

兵庫(86-91) 大阪(86-91)

(備考)地域統計 2006 より作成。

図表 3-2 の変動係数を見ると、防災政策変数は自然災害による被害と比較して、都道府県

におけるばらつき度が小さいことが示されている。これは、各都道府県における自然災害

による被害状況の相違と対照的に、防災政策はある程度都道府県において画一的であるこ

とを示すものである。しかしながら、最大値と最小値を比較した場合、県民一人あたり実

質災害復旧行政投資は約 600 倍の違いがある。これは災害復旧行政投資が、災害の発生し

た地域の復旧を目的とした投資であるため、自然災害の発生頻度に応じて、その違いが生

じることを反映したものと考えられる。またその他の防災政策変数についても 3 倍から 20

倍の違いがあることから、防災政策に関しても都道府県ごとに違いがあることが見受けら

れる。また最大値と最小値の都道府県を見ると、最大値の県は島根県、高知県、青森県、

長崎県のいわゆる地方圏であるのに対し、最小値の県は神奈川県、東京都、兵庫県、大阪

府の大都市圏であることも特徴的なことであり、地方に厚い公共事業投資を表す結果とな

っている。

3.3 その他の指標

自然災害による被害における防災政策の効果を検証するに際し、防災政策以外の経済

的・社会的要因をコントロールする必要がある。本稿では、その他の要因として以下の二

つを用いることにする。第一に「期首における県民一人あたり実質所得」を用いる。これ

は Kahn(2005)、Toya and Skidmore(2007)で示された、「所得水準と自然災害による被害が

マイナスの関係にある」ことを考慮したものである。第二に自然災害による人的被害に関

しては、「期首における人口規模」を用いる。これは、他の条件が同じであれば人口規模が

大きい地域ほど、自然災害による人的被害が大きくなることを考慮したものである。これ

らのデータは地域統計 2006 から用いた。

また自然災害の種類・規模をコントロールするために、本稿では都道府県における地震

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73

および台風の規模を考慮した。地震・台風は、日本における自然災害の中でも、我々の社

会・生活に大きな影響を与える主要な災害である。地震に関しては、「各期間において震度

5弱以上の地震が期間内に発生した年平均数」を用いた。また台風に関しては「各期間にお

いて 17.2m/s 以上の台風の中心が通過した年平均数」を用いた。地震のデータは気象庁の

「震度データベース検索」より作成し、台風のデータは防災科学技術研究所の「台風災害

データベースシステム」より作成した。

上記の変数以外にも、自然災害による被害に影響を与える要因は、いくつか考えられる。

例えばクロスカントリーデータを用いて分析が行われた Kahn(2005), Anbarci, Escaleras,

and Register(2005), Toya and Skidmore(2007)等の研究では、所得水準の他に学校教育水

準、所得不平等、国際的開放度、政治的安定度などが自然災害の被害に影響を与えている

ことが示されている。しかしながら、本稿の分析対象は都道府県データであり、これらの

変数が大きく異なり、災害による被害に影響を与えるとは考えにくい。また、データの利

用可能性の問題および防災政策に議論の焦点を与えるため、本稿では防災政策変数以外の

要因について、地域ごとの違いに関しては都道府県ダミーを、また技術水準などの期間ご

との違いに関しては期間ダミーを用いることで対処することにする。

4.実証分析

3 節で述べてきたデータを用いて、この節では自然災害による被害と防災政策の関係を検

証していくことにする。

4.1 推計方法

サンプルに用いるデータは、47 都道府県における 3 期間のパネルデータであり、サンプ

ル数は最大で 141 個である。推計方法は、都道府県ダミー変数を考慮した固定効果による

OLS 推計を行う。推計式は以下の通りである。

自然災害による被害=f(防災政策変数、その他の変数、都道府県ダミー、期間ダミー)

被説明変数である自然災害による被害は、人的被害として死亡者数(log(killed))、負傷

者数(log(injured))、罹災者数(log(affected))の対数値を、また物的被害として県民

一人あたり実質物的被害額(log(damage))の対数値を用いる2。防災政策変数には、事前防

災政策として、一期間前の県民一人あたり実質災害復旧行政投資(log(inv_saigait-1))、一

期間前の県民一人あたり実質治山治水行政投資(log(inv_chisuit-1))、一期間前の県民一人

あたり実質土木費(log(dobokut-1))の対数値を用い、事後防災政策としては、当該期にお

ける県民一人あたり実質消防費(log(shobot))および、救助活動を行う際の拠点となる県

2 人的被害に関しては 0 のサンプルがあるために、(1+人的被害者数)の対数値を用いてい

る。

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74

民一万人あたり消防署数(log(shoboshot))の対数値を用いる。その他の変数として、期首

における県民一人あたり実質所得(log(y0))および人口規模(log(pop0))の対数値を用い

る。また災害の種類・規模を表す指標として、震度 5 弱以上の地震が発生した年平均回数

(quake)および台風が上陸した年平均回数(typhoon)を用いる。データの定義・出所に

関しては補論 1を、またデータの記述統計量に関しては補論 2を参照されたい。

4.2 推計結果

4.2.1 自然災害と防災政策

図表 3-3 は、推計結果を示している。防災政策について、1式から 3式は自然災害による人

的被害との関係を検証したものであり、4式は物的被害との関係を検証したものである。

図表 3-3 自然災害による被害と防災政策

固定効果推計

1 2 3 4

log(killed) log(injured) log(affected) log(damage)

log(y0) 3.425 3.219 -5.939 1.937

(0.949) (0.830) (-1.143) (0.595)

log(pop0) 1.057 10.588 -17.673

(0.301) (2.073) (-1.858)

log(inv_saigait-1) -0.616 -0.800 -1.134 -0.750

(-3.982) (-3.499) (-5.321) (-4.291)

log(inv_chisuit-1) -0.249 0.066 -0.663 -0.353

(-0.354) (0.063) (-0.404) (-0.511)

log(dobokut-1) 0.561 1.204 0.477 0.918

(1.156) (0.844) (0.262) (0.912)

log(shobot) -1.174 0.533 3.173 -2.815

(-0.742) (0.215) (1.129) (-1.385)

log(shoboshot) -3.885 -4.397 -15.110 3.734

(-1.277) (-0.875) (-1.584) (0.921)

サンプル数 141 141 141 141

都道府県数 47 47 47 47

Adj. R2 0.351 0.373 0.508 0.942

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.災害の規模を表す変数および期間ダミーの推計結果は省略している。

まず事前政策変数から見ていくことにしよう。図表 3-3 は、事前政策において「県民一

人あたり実質災害復旧行政投資(log(inv_saigait-1))」が、人的被害および物的被害ともに

有意にマイナスの関係があることを示している。人的被害の1式および物的被害 4 式に基

づいて、自然災害による被害と log(inv_saigait-1)の関係を図示したのが、図表 3-4 および

図表 3-5 である。これらの図表から、このマイナスの関係は、異常値によってもたらされ

たのではなく、サンプル全体において成り立つものであることがわかる。

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-8

-7

-6

-5

-4

-3

-2

-1

4 5 6 7 8 9 10 11

log(inv_saigait-1)

log(

kille

d)

-9

-8

-7

-6

-5

-4

-3

-2

4 5 6 7 8 9 10 11

log(inv_saigait-1)

log(

dam

age

)

図表 3-4 災害による死亡者数と災害復旧投資の関係

(備考)1.図表 3-3 の 1 式で推計された偏相関を示している。 2.縦軸 log(killed)は、log(inv_saigait-1)以外の説明変数で説明

されていない値である。

図表 3-5 災害による物的被害と災害復旧投資の関係

(備考)1.図表 3-3 の 4 式で推計された偏相関を示している。 2.縦軸 log(killed)は、log(inv_saigait-1)以外の説明変数で説明

されていない値である。

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この結果は、「過去に自然災害が発生したことにより災害復旧投資が行われた地域は、その

後の自然災害による被害が少なくなる」ことを示すものである。したがって、災害による

被害を軽減させる意味において、災害復旧投資は効果的であったと考えられるが、一方で、

この投資は災害が起きないと施行されないという、いわゆる「災害待ちの投資」であるこ

とを考えると、真の意味で災害を未然に防ぐ防災政策としては十分なものであるとは言え

ないであろう。災害の有無に関わらず、投資が行われる「治山治水投資」や「土木費」が

災害による被害を軽減させる効果があれば、更に防災政策の役割が確認されるのであるが、

図表 3-3 は、「治山治水投資」や「土木費」は災害による被害に有意な影響を与えていない

結果を示している。

次に事後防災政策であるが、図表 3-3 の 4 式より対物的被害において「消防費」が、ま

た対人的被害を示す 1式、3式において「一万人あたり消防署数」が、限界的に有意なマイ

ナスの効果が得られているものの、効果があると言える水準ではない。事後防災政策がと

もに有意にマイナスの効果が得られなかった原因として「災害による被害から事後防災政

策のプラス関係」が影響していると考えられる。すなわち本稿では、事後防災政策が充実

することにより災害による被害が軽減されるという、「事後防災政策から災害による被害」

の関係の検証を試みているが、大きな災害が起きることにより、救助活動に必要な「消防

費」が増加することや、より自然災害の多い地域に消防署が配置される等、災害による被

害が事後防災政策に影響を与える逆の因果関係があると思われる。

また、図表 3-3 で用いられている防災政策変数間で高い相関がある場合、得られる推計

結果は多重共線性の問題が生じる可能性がある。図表 3-6 は防災政策変数間の相関係数を

示したものである。

図表 3-6 防災政策変数間の相関係数

log(inv _saigait-1)

log(inv _chisuit-1)

Log(dobokut-1) log(shobot)

0.65 log(inv_chisuit-1)

(10.15) log(dobokut-1) 0.46 0.69

(6.14) (11.10) log(shobot) 0.24 0.47 0.68

(2.96) (6.33) (10.94)

log(shoboshot) 0.77 0.70 0.53 0.40

(14.31) (11.72) (7.46) (5.10)

(備考)括弧内は相関係数の有意性検定の t値である。

この表より、防災政策変数は互いに有意なプラスの関係にあることが確認される。そこで、

図表 3-3 のように全ての防災政策変数を同時に回帰式に入れて推計するのではなく、個々

に入れた推計を行った。推計結果は、補論 3 の図表補論 3-1 から図表補論 3-4 に示されて

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77

いる。しかしながら個別に行った推計結果は、図表 3-3 で得られた推計結果と本質的に同

様なものであった。すなわち防災政策変数において、災害による人的被害・物的被害に有

意にマイナスの効果があるのは、災害復旧投資(log(inv_saigait-1))だけである。

これまでの推計は、各都道府県における全ての自然災害による人的・物的被害が対象で

あった。この中のサンプルには、期間中に大きな地震が全くないサンプルや、全く台風が

上陸していないサンプルが存在する。したがって推計では、災害の種類・規模を「震度5

弱以上の地震が発生した年平均回数(quake)」や「台風が上陸した年平均回数(typhoon)」

でコントロールしているものの、自然災害の種類によって防災政策が自然災害の被害に与

える影響を必ずしも十分考慮したものではない。

一般に、台風は夏から秋にかけて特定の時期に日本国内に影響を与える災害であると同

時に、現在の予報技術において、ある程度、台風の接近する場所や時間が特定できる意味

で、予測可能な自然現象であると考えられる。一方の地震は、地震が起こりやすい地域は

ある程度把握できるであろうが、それは向こう何十年に起こる確率で示されるものであり、

現在の予測技術では台風ほど正確な場所や時間が特定できない、予測不可能な自然現象で

あると考えられる。したがって、このように予測可能性において性質の異なる災害を同じ

サンプルとして取り扱うことは、防災政策の有効性を検証する上で、適切でないかもしれ

ない。

そこで、本稿ではサンプルを「主に地震によるケース」と「主に台風によるケース」に

分け、防災政策の効果を検証していく。サンプルを、期間内に震度 5 弱以上の地震があっ

た都道府県を「主に地震によるケース」とし、期間内 6年間の内で 3年に 1回以上 17.2m/s

以上の台風が上陸し、かつ震度 5 弱以上の地震が期間内に 1 回以下しか起こらなかった都

道府県を「主に台風によるケース」として分類した。その結果、「主に地震によるケース」

のサンプル数は 38 都道府県における 60 個、「主に台風によるケース」のサンプル数は 42

都道府県における 67 個となり、両ケースに重複したサンプル数は 20 個となった3。

4.2.2 地震災害と防災政策

まず、「主に地震によるケース」を見ていくことにしよう。図表 3-7 は、推計結果を示し

ている。この表は、全ての自然災害のケースを対象とした図表 3-3 の結果と同様に、災害

復旧投資(log(inv_saigait-1))が有意にマイナスの効果があることを示している。また推

定された係数の絶対値の大きさは、図表 3-3 と比較すると 4 倍程度大きいものであり、地

震災害における災害復旧投資の役割が大きいことがわかった。その他の防災政策変数に関

しては、一万人あたり消防署数(log(shoboshot))の係数がプラスであり、特に 3式、4式

において有意なものである。これは先述したような、「地震による被害から事後防災政策へ

のプラスの関係」が影響していると考えられる。

3都道府県における災害別の被害データが利用できないためこのような分類を行った。

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図表 3-7 主に地震による被害と防災政策

1 2 3 4

log(killed) log(injured) log(affected) log(damage)

log(y0) -1.537 -1.354 -6.202 -5.983

(-0.300) (-0.205) (-0.483) (-0.956)

log(pop0) 16.269 23.973 28.895

(1.407) (1.136) (1.344)

log(inv_saigait-1) -2.262 -2.427 -2.490 -2.543

(-7.536) (-7.148) (-4.376) (-7.891)

log(inv_chisuit-1) 0.823 1.746 3.032 2.593

(0.863) (1.071) (1.466) (1.644)

log(dobokut-1) 0.316 -1.451 -1.346 -0.250

(0.412) (-0.697) (-0.632) (-0.122)

log(shobot) 1.917 2.653 3.675 -1.628

(0.831) (0.615) (0.809) (-0.499)

log(shoboshot) 21.581 29.225 49.644 24.792

(1.777) (1.630) (2.210) (3.539)

No. of Obs. 60 60 60 60

都道府県数 38 38 38 38

Adj. R2 0.699 0.614 0.601 0.912

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.期間ダミーの推計結果は省略している。

防災政策変数間における多重共線性を考慮し、防災政策変数を個々に入れて推計した結

果は、図表補論 3-5 から図表補論 3-8 に示されている。災害復旧投資(log(inv_saigait-1))

は、図表 3-7 の結果と同様に、全てのケースにおいて有意にマイナスの効果がある。一方、

図表 3-7 と異なる点は、治山治水投資(log(inv_chisuit-1))が対人的被害(死亡者数およ

び負傷者数)に関して、また消防費(log(shobot))が対物的被害において、有意にマイナ

スの効果を持つことである。

4.2.3 台風災害と防災政策

次に、「主に台風によるケース」を見ていくことにする。図表 3-8 は、全ての自然災害の

ケースを対象とした図表 3-3、および地震のケースである図表 3-7 の結果と同様に、災害復

旧投資(log(inv_saigait-1))が有意にマイナスの効果があることを示している。しかしな

がら推定された係数の絶対値の大きさは、地震のケースと比べると小さい。これは、現在

の予報技術において、台風がある程度予測可能であることから、個々人が台風に備えるこ

とによって、予測が困難な地震のケースと比べると政府の防災政策の役割が小さくなるこ

とを示唆している。

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図表 3-8 主に台風による被害と防災政策

1 2 3 4

log(killed) log(injured) log(affected) log(damage)

log(y0) 7.860 9.054 -2.879 8.750

(1.739) (1.554) (-0.640) (2.469)

log(pop0) -5.885 14.884 1.590

(-0.922) (1.272) (0.106)

log(inv_saigait-1) -1.731 -1.654 -2.043 -1.486

(-4.088) (-2.835) (-4.905) (-3.838)

log(inv_chisuit-1) 1.554 1.380 -1.823 -0.849

(1.041) (0.629) (-0.775) (-0.770)

log(dobokut-1) -3.414 -0.958 -1.497 -1.372

(-1.517) (-0.264) (-0.315) (-0.799)

log(shobot) -2.686 5.870 14.553 0.591

(-0.878) (1.264) (3.707) (0.172)

log(shoboshot) -3.331 -4.138 -7.117 -3.278

(-0.522) (-0.475) (-0.841) (-0.676)

No. of Obs. 67 67 67 67

都道府県数 42 42 42 42

Adj. R2 0.488 0.318 0.697 0.956

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.期間ダミーの推計結果は省略している。

防災政策変数を個々に入れて推計した結果は、図表補論 3-9 から図表補論 3-12 に示され

ている。災害復旧投資(log(inv_saigait-1))は、これまでの結果と同様に、全てのケース

において有意にマイナスの効果がある。図表 3-8 と異なる点として、土木費(log(dobokut-1))

が対物的被害に関して限界的にではあるが有意にマイナスの効果を持つことがあげられる。

また消防費(log(shobot))が対人的被害(負傷者数および罹災者数)においてプラスの効

果がある結果となった。これも地震のケースのように、「台風による被害から事後防災政策

へのプラスの関係」が影響していると考えられる。

以上、自然災害による被害と防災政策の関係についての推計結果をまとめたのが、図表

3-9 である。この表から確認されることは、まず事前防災政策は、災害復旧投資が主に災害

による被害とマイナスの効果があることである。しかしながら、災害が発生しないと行わ

れない災害復旧投資が有意にマイナスの効果を持つことは、災害を未然に防ぐという意味

での防災政策としては、不十分なものであると言わざるをえない。一方、事後防災政策は、

自然災害による被害とプラスの関係にある場合が見受けられた。これは、事後防災政策は

災害が発生した際に、救助・援助等が必要なことからプラスの関係がり、事後防災政策が

災害の被害を軽減させる効果を上回ることによると考えられる。

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図表 3-9 まとめ:自然災害における防災政策の効果

log(killed) log(injured)

全て 地震 台風 全て 地震 台風

事前防災政策

log(inv_saigait-1) -- -- -- -- -- --

log(inv_chisuit-1) - - log(dobokut-1)

事後防災政策

log(shobot) +

log(shoboshot) + +

log(affected) log(damage)

全て 地震 台風 全て 地震 台風

事前防災政策

log(inv_saigait-1) -- -- -- -- -- --

log(inv_chisuit-1) log(dobokut-1) -

事後防災政策 log(shobot) ++ log(shoboshot) ++ +

(備考)符号が二つあるケースは、防災政策変数を同時に入れたケースと、個々に入れたケースともに有意であることを示している。一つのケースは、そのうちのどちらか一方が有意であることを示している。

5.結論 本稿は、防災政策が自然災害による被害にどのような効果があるのかについて、都道府

県パネルデータを用いた分析を行った。防災政策を自然災害が起こる前に災害に備えるこ

とで被害を軽減させる「事前防災政策」と、災害が起きた後の 救助・援助活動を通じて

被害を軽減させる「事後防災政策」に分けて、その効果を検証した。その結果、自然災害

の被害を軽減させる効果があったのは事前防災政策であり、その中でも災害復旧投資はそ

の効果が強いことが確認された。また、災害を主に地震によるケースと台風によるケース

とに分けて推計を行った結果、どちらのケースにおいても、災害復旧投資は災害被害を軽

減させる結果が得られたが、その効果は地震のケースの方が大きいものであった。 災害復旧投資が災害による被害を軽減させることは、防災政策が効果的に行われている

という評価ができようが、一方で、災害が発生しないと行われない災害復旧投資が主に有

意にマイナスの効果を持つということは、災害を未然に防ぐという意味における防災政策

としては、不十分なものであると言わざるをえない。本稿で用いた他の事前防災政策であ

る治山治水投資や土木費が、より計画的に施行され、災害による被害を軽減させる効果を

持つことが期待される。

災害復旧投資以外の事前防災政策や事後防災政策が、自然災害の被害に有意にマイナス

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の効果が得られなかった理由として、防災政策を施行する上での問題があるかもしれない。

今回使用した防災政策データは、都道府県で行われた支出ベースによるものであるが、そ

の支出の決定が、果たして地方政府主体によるものなのか、それとも国など別の機関によ

るものなのかは、データ上区別できない。一般に、地方における防災政策において地方政

府の自主性は制約されている現状を考慮すると、今回の推計で得られた結果は、防災政策

において、地方政府が地域住民のニーズに合わせて、より自由に行えるようになることが、

より効率的な防災政策につながることを示唆していると思われる4。

4例えば宮崎(2009)は、災害関連施策の実施において地方団体の裁量がほとんどないことを

報告している。

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補論 1 データの定義・出所

変数 定義 出所

log(killed) 1+自然災害による死亡者数の対数値 消防白書 log(injured) 1+自然災害による負傷者数の対数値 消防白書 log(affected) 1+自然災害による罹災者数の対数値 消防白書 log(damage) 県民一人あたり実質物的被害額の対数値 消防白書 log(inv_saigait-1) 一期間前の県民一人あたり実質災害復旧

行政投資の対数値 地域統計 2006

log(inv_chisuit-1) 一期間前の県民一人あたり実質治山治水行政投資の対数値

地域統計 2006

log(dobokut-1) 一期間前の県民一人あたり実質土木費の対数値

地域統計 2006

log(shobot) 当該期における県民一人あたり実質消防費の対数値

地域統計 2006

log(shoboshot) 県民一万人あたり消防署・団数の対数値 地域統計 2006

log(y0) 期首における県民一人あたり実質所得の対数値

地域統計 2006

log(pop0) 期首における人口規模の対数値 地域統計 2006

quake 各期間において震度 5弱以上の地震が期間内に発生した年平均数

気象庁:震度データベース検索

typhoon 各期間において 17.2m/s 以上の台風の中心が通過した年平均数

防災科学技術研究所:台風災害データベースシステム

補論 2 データの記述統計量

平均 標準偏差 サンプル数

log(killed) 0.92 0.83 141 log(injured) 2.54 1.30 141 log(affected) 5.87 1.86 141 log(damage) 6.21 3.18 141 log(inv_saigait-1) 8.80 1.19 141

log(inv_chisuit-1) 10.35 0.52 141

log(dobokut-1) 11.28 0.42 141

log(shobot) 9.80 0.26 141

log(shoboshot) -8.01 0.50 141

log(y0) 14.97 0.21 141

log(pop0) 14.49 0.72 141

quake 0.13 0.25 141

typhoon 0.34 0.28 141

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83

補論 3 自然災害による被害と防災政策:個々による推計

図表 補論 3-1 自然災害による死者数と防災政策:全ての自然災害のケース

被説明変数:log(killed)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -0.585

(-3.940)

log(inv_chisuit-1) -0.523

(-0.660)

log(dobokut-1) 0.006

(0.006)

log(shobot) -0.655

(-0.527)

log(shoboshot) 0.299

(0.080)

サンプル数 141 141 141 141 141

都道府県数 47 47 47 47 47

Adj. R2 0.372 0.280 0.277 0.278 0.277

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、災害の規模を表す変数、および期間ダミーの

推計結果は省略している。

図表 補論 3-2 自然災害による負傷者数と防災政策:全ての自然災害のケース

被説明変数:log(injured)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -0.753

(-3.302)

log(inv_chisuit-1) -0.266

(-0.250)

log(dobokut-1) 0.650

(0.398)

log(shobo) 1.086

(0.499)

log(shobosho) 0.808

(0.139)

サンプル数 141 141 141 141 141

都道府県数 47 47 47 47 47

Adj. R2 0.396 0.331 0.331 0.331 0.330

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、災害の規模を表す変数、および期間ダミーの

推計結果は省略している。

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84

図表 補論 3-3 自然災害による罹災者数と防災政策:全ての自然災害のケース

被説明変数:log(affected)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -1.086

(-5.077)

log(inv_chisuit-1) -1.515

(-1.001)

log(dobokut-1) -0.600

(-0.336)

log(shobot) 4.117

(1.521)

log(shoboshot) -6.410

(-0.717)

サンプル数 141 141 141 141 141

都道府県数 47 47 47 47 47

Adj. R2 0.516 0.455 0.450 0.457 0.452

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、災害の規模を表す変数、および期間ダミーの

推計結果は省略している。

図表 補論 3-4 自然災害による物的被害額と防災政策:全ての自然災害のケース

被説明変数:log(damage)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -0.718

(-4.624)

log(inv_chisuit-1) -0.683

(-0.819)

log(dobokut-1) -0.056

(-0.038)

log(shobot) -2.138

(-1.085)

log(shoboshot) 2.936

(0.716)

サンプル数 141 141 141 141 141

都道府県数 47 47 47 47 47

Adj. R2 0.943 0.933 0.932 0.933 0.933

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、災害の規模を表す変数、および期間ダミーの推計結果

は省略している。

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85

図表 補論 3-5 自然災害による死者数と防災政策:主に地震によるケース

被説明変数:log(killed)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -2.161

(-6.672)

log(inv_chisuit-1) -4.236

(-2.241)

log(dobokut-1) -2.166

(-0.998)

log(shobot) -2.511

(-0.907)

log(shoboshot) 41.770

(1.969)

No. of Obs. 60 60 60 60 60

都道府県数 38 38 38 38 38

Adj. R2 0.722 0.127 0.015 -0.010 0.089

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

図表 補論 3-6 自然災害による負傷者数と防災政策:主に地震によるケース

被説明変数:log(injured)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -2.340

(-5.719)

log(inv_chisuit-1) -4.744

(-2.067)

log(dobokut-1) -3.638

(-1.134)

log(shobo) -1.139

(-0.331)

log(shobosho) 48.536

(1.953)

No. of Obs. 60 60 60 60 60

都道府県数 38 38 38 38 38

Adj. R2 0.651 0.248 0.201 0.140 0.227

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

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86

図表 補論 3-7 自然災害による罹災者数と防災政策:主に地震によるケース

被説明変数:log(affected)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -2.286

(-4.330)

log(inv_chisuit-1) -3.789

(-1.347)

log(dobokut-1) -2.824

(-0.960)

log(shobot) 0.495

(0.122)

log(shoboshot) 69.045

(2.852)

No. of Obs. 60 60 60 60 60

都道府県数 38 38 38 38 38

Adj. R2 0.610 0.349 0.328 0.305 0.416

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

図表 補論 3-8 自然災害による物的被害額と防災政策:主に地震によるケース

被説明変数:log(damage)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -2.007

(-5.781)

log(inv_chisuit-1) -3.713

(-1.334)

log(dobokut-1) -2.118

(-0.599)

log(shobot) -5.652

(-2.124)

log(shoboshot) 0.151

(0.010)

No. of Obs. 60 60 60 60 60

都道府県数 38 38 38 38 38

Adj. R2 0.902 0.767 0.750 0.755 0.743

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準および期間ダミーの推計結果は省略している。

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図表 補論 3-9 自然災害による死者数と防災政策:主に台風によるケース

被説明変数:log(killed)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -1.695

(-3.839)

log(inv_chisuit-1) 0.883

(0.754)

log(dobokut-1) -2.338

(-1.146)

log(shobot) 1.295

(0.444)

log(shoboshot) 8.885

(0.745)

サンプル数 67 67 67 67 67

都道府県数 42 42 42 42 42

Adj. R2 0.544 -0.189 -0.182 -0.196 -0.184

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

図表 補論 3-10 自然災害による負傷者数と防災政策:主に台風によるケース

被説明変数:log(injured)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -1.747

(-3.242)

log(inv_chisuit-1) 1.520

(0.997)

log(dobokut-1) 0.764

(0.329)

log(shobo) 10.044

(2.486)

log(shobosho) 6.896

(0.418)

サンプル数 67 67 67 67 67

都道府県数 42 42 42 42 42

Adj. R2 0.415 0.019 0.006 0.093 0.009

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

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図表 補論 3-11 自然災害による罹災者数と防災政策:主に台風によるケース

被説明変数:log(affected)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -2.236

(-5.933)

log(inv_chisuit-1) -1.572

(-0.685)

log(dobokut-1) -1.990

(-0.477)

log(shobot) 18.914

(4.720)

log(shoboshot) 0.640

(0.039)

サンプル数 67 67 67 67 67

都道府県数 42 42 42 42 42

Adj. R2 0.659 0.347 0.342 0.489 0.339

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準、人口規模、および期間ダミーの推計結果は省略している。

図表 補論 3-12 自然災害による物的被害額と防災政策:主に台風によるケース

被説明変数:log(damage)

1 2 3 4 5

log(inv_saigait-1) -1.525

(-3.854)

log(inv_chisuit-1) -1.313

(-1.201)

log(dobokut-1) -3.792

(-1.823)

log(shobot) 1.326

(0.469)

log(shoboshot) -8.514

(-1.116)

サンプル数 67 67 67 67 67

都道府県数 42 42 42 42 42

Adj. R2 0.961 0.904 0.909 0.902 0.905

(備考)1.括弧内は分散不均一性を考慮したt値である。 2.所得水準および期間ダミーの推計結果は省略している。

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参考文献

『消防白書』 (各年度) 消防庁

『震度データベース検索』 気象庁

http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/shindo_db/shindo_index.html 『台風災害データベースシステム』防災科学技術研究所

http://ccwd05.bosai.go.jp/DTD/search_jsp/login.jsp 『地域統計 2006』 (2006) インデックス株式会社

永松伸吾(2008)『減災政策論入門―巨大災害リスクのガバナンスと市場経済』、弘文堂

宮崎 毅(2009)「災害関連施策における財源措置と地方の役割」『経済学的視点を導入し

た災害政策体系のあり方に関する研究報告書』第6章

Anbarci N., Escaleras M., and C. A. Register (2005) “Earthquake Fatalities: the

Interaction of Nature and Political Economy”, Journal of Public Economics, 89,

pp. 1907-1933

Kahn, M.(2005) “The Death Toll from Natural Disasters: The Role of Income, Geography,

and Institutions” Review of Economics and Statistics, 87, pp. 271-284.

Toya, H., and M. Skidmore.(2007)“Economic Development and the Impacts of Natural

Disasters” Economics Letters, 94, pp. 20-25.

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第4章 防災政策が個人の自助努力に与える影響

佐藤主光(もとひろ)

一橋大学政策大学院・経済学研究科

要旨

本章では、地震保険への加入と住宅の耐震化を中心に高齢者世帯を含めた個人の事前の

自助努力に着目、それを促す仕組みについて議論する。(事前・事後の)災害政策の枠内で

「自己完結」させるのではなく、他の政策・制度、具体的には住宅市場の活性化との関係

に着目していく。住宅に資産としての価値を持たせ、耐震化投資が当該住宅の資産価値の

増加に結び付く条件を整備することで、耐震化への誘因付けを図る。また、地震保険の加

入促進のためには低所得者を対象とした保険料補助金制度を新たに提言する。地震保険の

保険料には(立地や住宅の耐震性に関わる)地震リスクを反映されることで保険原理を徹

底させつつ、低所得者の地震保険加入を促進する(災害時の生活資金を確保する)という

二つの(一見相反する)目的を追求する手段となりうる。

1.はじめに

阪神淡路大震災(1995 年 1 月)は高齢化の進んだ都市を直撃した災害であり、多くの高

齢者が被災した。実際、被災から 1 年後の時点で仮設住宅に入居する世帯に占める高齢者

の割合は約 42%に上っていた(兵庫県「被災者の住宅支援のあり方に関する検討委員会資

料)。これは神戸市全体の高齢者世帯(世帯主が 65 歳以上)の比率 13.6%(平成 5年時点)

をはるかに上回る。若年者層(現役世代)とは異なり、改めて住宅資金のローンを組むこ

とも難しく、高齢者層の生活再建は遅々として進まなかった。阪神淡路大震災に限らず、「高

齢化社会における多数の高齢者の存在」は自力再建(自助)の困難な被災者を多く生み出

すことになる。神戸市のインナーシティー問題のように、災害前には社会的に認知されて

こなかった社会的弱者が被災者となって顕在化することもあり得る。彼等の生活を再建す

るためにも公的、あるいは「共助の理念に基づく」支援(義援金や被災者生活再建支援金

など)が不可欠となる。

しかし、(高齢者、低所得者層を中心に)支援を求める被災者が多く見込まれるからこそ、

(1)事前に自助努力できる個人には自助努力を促す仕組み、(2)事後(被災後)に社会的弱

者となりうる個人にも予め自助努力の機会を与えることが求められる。全ての被災者を満

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足のいく水準まで迅速に救済するたけの資力は国・自治体にはない。救済対象となる被災

者が多くなるほど、各被災者への支援は薄くなり、かつ滞りがちになる。「真に救済すべき」

被災者に対して支援が行き届かない(第 1 章で紹介した「タイプIエラー」が高まる)か

もしれない。ここでいう自助努力とは事前(災害前)の備えであり、具体的には(1)地震保

険への加入、(2)住宅の耐震化投資を指す。このうち、地震保険から支払われる保険金は生

活資金として「被災者の生活の安定に寄与」するだろう。住宅の耐震化は倒壊による生命

の危機、及び重度の障害を被るリスクを減じる。居住性能が維持されるならば、被災者は

住居を確保できるほか、再建・補修への出費もない。高齢世帯が行き場を失うこともない

はずだ。速やかな被災者の生活再建が可能になるだろう。災害対策基本法は国・自治体の

責任と合わせて、「地方公共団体の住民は、自ら災害に備えるための手段を講ずるとともに、

自発的な防災活動に参加する等防災に寄与するように努めなければならない」(災害対策基

本法第七条2)としている。

本章では、地震保険への加入と住宅の耐震化を中心に高齢者世帯を含めた個人の事前の

自助努力に着目、それを促す仕組みについて議論する。(事前・事後の)災害政策に留まら

ず、関連する他の公共政策・市場も包含した視点に拠る。具体的には既存住宅市場の現状

と課題、平均 31 年とされる住宅の耐久期間の延長について論じる。住宅に資産としての価

値を持たせ、耐震化投資が当該住宅の資産価値の増加に結び付く条件を整備することで、

耐震化への誘因付けを図ることが狙いである。また、地震保険の加入促進のためには低所

得者を対象とした保険料補助金制度を新たに提言する。地震保険の保険料には(立地や住

宅の耐震性に関わる)地震リスクを反映されることで保険原理を徹底させつつ、低所得者

の地震保険加入を促進する(災害時の生活資金を確保する)という二つの(一見相反する)

目的を追求する手段となりうる。前述のように災害時に社会的弱者となるのは(自宅が被

災した)高齢者や低所得者層である。高齢者世帯住宅の耐震化や低所得者の地震保険加入

の促進は彼等が災害に備える(事前の自助努力をする)術となるだろう。

本章は次のように構成される。第 2 節では、事前的自助努力としての住宅の耐震化や地

震保険への加入を促す現行の諸制度とその効果を概観する。耐震化に向け政府は「住宅及

び特定建築物の耐震化率について、それぞれ現状の75%を平成 27 年までに少なくとも9

割にすることを目標」(国土交通大臣による基本方針(平成 18 年 1 月 25 日))とすることが

掲げられてきた。これを受けて、国・自治体は住宅の耐震診断・耐震改修を補助する制度

が整備されている。「個人財産の形成を補助しない」という従来の災害政策の原則に関わら

ず、耐震化を補助する根拠としてはその公共性が挙げられる。即ち、人的被害の減少や、

住宅倒壊による火災延焼の危険性の低下、倒壊住宅による道路閉塞を防止することで救

援・消火活動が円滑化、発災後の瓦礫など災害廃棄物の発生を抑制することである。また、

地震保険には災害時の生活資金を確保する(よって事後的な支援へのニーズを減じる)効

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果があるだけではなく、その保険料に住宅の耐震性を反映させることで「新築であれ改修

であれ、耐震化促進へのインセンティブを付与する」ことが期待される。実際、地震保険

の保険料率は都道府県、木造・非木造の区別に加え、建築年数や建築基準法(1981 年)が

定める耐震基準、耐震性、免震構造に応じた 10%から 30%の割引がある。更に 2007 年以降、

損害保険料控除に代え地震保険料控除が所得税に導入されており、税制面でも保険加入の

促進が図られている。しかし、様々な金銭的なインセンティブにも関わらず、住宅の耐震

化は遅々として進んでいない。自治体が把握しているだけで約1150万戸(2007年度末時点)、

耐震性が不足していると判断されている。増加傾向にあるとはいえ、地震保険の加入率も

世帯の 2割、火災保険世帯の 4割に留まってきた。

では何故、事前の自助努力は進まないのだろうか?個人は災害時(事後)の公的な支援

を期待して、敢えて努力を行わないモラル・ハザードが発生しているのかもしれない。あ

るいは地震リスクに対する認知が高くない可能性もある。「地震リスクに対するそもそもの

選好、知識、所得水準など他の要素によるものが大きい」との見方もできるだろう。第 3

節では、近年盛んになってきた行動経済学の知見から、この問題について考察していく。

経済学では通常、「合理的個人」が仮定される。合理的な個人は「経済モデル」(自身の置

かれた経済環境)を正しく理解する。本章の文脈でいえば、(1)災害の発生確率、(2)災害

に伴う損失(被害)、(3)耐震化等、減災投資の効果についての理解が共有されているとい

うことだ。しかし、実際のところ、地震の発生リスクに対する認知は人によって様々だ。

正しい経済モデルについて人々の間で合意があるわけでもない。リスクの客観的確率と主

観的確率は乖離しうる。この乖離は「認知バイアス」にあたる。加えて、人々は与えられ

た情報を「活用」するよりも、情報に「左右」されているのかもしれない。行動経済学で

は「フレーム効果」と呼ばれる現象だ。大規模災害のような「低頻度・高損害」なリスク

の場合、特に合理的な経済(損得)計算は難しく、よって、補助金等「金銭的インセンテ

ィブ」の効果も明らかではない。個人の合理性を当然視した政策はミスリーディングとな

ろう。

住宅の耐震化が進まないことは災害時の被害が拡大する「原因」であるとともに、現行

の住宅市場の不備の「結果」といえる。我が国では住宅の耐久期間が平均 31 年あまりと欧

米諸国に比べて短くなっている。「住宅(上物)の資産価値については、取得後直ちに低下

が始まり、築後 20~30 年程度でほとんどゼロ査定とされるのが一般的」なため、個人の資

産としての価値が認められてこなかった(「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」(2007

年6月4日))。実際、市場取引に占める既存住宅の割合は国際的にみて低い。仮に既存住

宅を売買する市場が成熟していれば、住宅の耐震性が住宅価格(資産価値)に反映される

ようになるだろう。その結果、住宅所有者は資産価値増加の観点から耐震化投資を行うよ

う促されるはずだ。特に(自らの住宅使用(生存)期間の短さから)長期的な視点を持ち

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にくい高齢者世帯にとっては、この住宅価値への「資本化」が誘因づけとして重要になる。

第 4 節では、耐震化の促進は防災対策の枠内で完結させるのではなく、我が国の住宅市場

のあり方とした捉えるべきことを強調していく。住宅市場と合わせて他の関連諸制度も整

備されなくてはならない。例えば、高齢者が耐震化に必要な資金を借り入れるには土地を

担保に融資を受け、返済については借受人死亡時に担保不動産を処分して清算するリバー

ス・モーゲージの制度が必要となる。また、耐震改修市場の充実も不可欠だ。現行の耐震

改修は標準化された技術がなく、改修工事の質(耐震性能の評価改善)と改修費用との間

に明らかな関係はないとの指摘もある(永松(2008))。そもそも、我が国の耐震化の基準

は「 低限」のもので、震災時に倒壊を防ぎ、「 終的に崩壊から人命の保護を図る」とし

ても補修・建て直しが必要となれば、その価値は毀損する。災害後も引き続き資産価値を

有するには、建築基準法の定める、つまり国や自治体が奨励する基準以上の耐震化が求め

られる。

耐震化と合わせて、低所得者の地震保険への加入を促進していくことが望ましい。地震

保険は彼らの迅速な生活再建を可能にするだろう。その一方で保険原理を徹底させるため

には、保険料は住宅の立地や耐震性によるリスクに応じてきめ細かく設定する必要がある。

立地自治体の防災努力も保険料に反映することもあり得るだろう。そうした保険料は地震

リスクに関する情報伝達機能を果たすことにもなる。しかし、保険原理を追求すれば保険

料が高くなり、本来ニーズの高い低所得者が地震保険から排除されるかもしれない。低所

得者の加入促進という公共性と保険のリスクファイナンス機能を両立させる制度設計が求

められるのだ。第 5 節ではこの課題に対処すべく、所得税を払っていないため「地震保険

料控除」の恩恵を受けない低所得層に対する地震保険料補助金制度を提言する。保険とし

ての地震保険の機能(リスク分担、耐震化の促進)を発揮させつつ、低所得者への所得再

分配(合わせて加入の促進)の要請に応えるものである。第 6節は結語である。

第 2 節 事前的自助努力と災害政策

2.1 住宅の耐震化の促進

住宅の耐震化の社会的便益としては、人的被害の減少に加えて、住宅倒壊による火災延

焼の危険性の低下、倒壊住宅による道路閉塞を防止することによる救援・消火活動が円滑

化、発災後の瓦礫など災害廃棄物発生の抑制が挙げられる。自身は被災していないため、

被災地で初期支援に参加する人の増加も期待できよう。「被災者を救済する制度については、

その支援枠をむやみに拡大するのではなく、公共負担のフィージビリティー(実現可能性)、

公平性、耐震改修動機を持たせることの3つを十分に検討するとともに、震災前の耐震改

修制度の効果的に連動し、事前に耐震策を講じることで国土全体としての損失を減らすよ

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95

うな政策誘導の方策について検討が必要である」(規制改革・民間開放の推進に関する第3

次答申」(2006 年 12 月))。「個人の財産形成を補助しない」という原則に関わらず、公費

による支援が進められてきたのは、耐震化の公共性による。本節では、住宅の耐震性向上

に向けた国・地方自治体の諸政策(補助金・優遇税制)を概観していく。

「建築物の耐震改修の促進に関する法律の一部を改正する法律」(2005 年 11 月)は、(1)

建築物の地震に対する安全性の確保等について、国民の努力義務を規定(第 3条)と定め、

(2)道路を閉塞させる恐れのある住宅については所有者に耐震改修の努力義務が課せられ

るとともに、地方公共団体の指導及び助言の対象とした。合わせて(3)国土交通大臣は、建

築物の耐震診断及び耐震改修の促進を図るための基本方針を定め(第 4 条)、(4)都道府県

は基本方針に基づき耐震改修促進計画を作成する(第 5 条)ことになった。国、地方自治

体、住宅所有者が一致して耐震化を進めていくということだ。続く国土交通大臣による基

本方針(2006 年 1 月 25 日))は「住宅及び特定建築物の耐震化率について、それぞれ、現状

の75%を、平成 27 年までに少なくとも9割にすることを目標」に掲げている。この数値

目標を達成するには、住宅の耐震改修は約 100 万戸、(学校・病院等)特定建築物の耐震改

修は約3万棟の実施が必要となる。このため、「地方公共団体は所有者に対する耐震診断・

耐震改修に係る助成制度等の整備や耐震改修促進税制の普及に努め、国は必要な助言、補

助・交付金、税の優遇措置等の制度に係る情報提供等を実施」するとされる。

具体的には住宅・建築物耐震改修等事業として、(1)民間が実施する住宅の耐震診断には

3 分の 2(国1/3 地方1/3)を補助、地方自治体が実施する場合は国が 2 分の1を補

助するとされる。(2)戸建て住宅の耐震改修については、既成市街地で震災時に倒壊により

道路閉塞が生じるおそれのある地区であることを「地域要件」として、改修費用の 15.2%

(国と地方が折半)が補助される。 ただし、緊急輸送道路沿道の住宅及び建築物や避難所

等建築物への補助率は 3 分の 2(同)に嵩上げされる。また、収入分位が 40%以下の世帯

に対しては、地域要件を撤廃の上、改修費用の 23%(同)を補助する。

補助金のほか、税制面からの支援も行われている。「耐震化促進税制」は納税者が 2006

年4月1日から 2008 年 12 月 31 日までの間に、国・地方自治体が定めた耐震化事業区域内

において、旧耐震基準(1981 年5月 31 日以前の耐震基準)により建築された住宅の耐震改

修を行った場合には、その耐震改修に要した費用の 10%相当額(20 万円を上限)を所得税

額から控除する。更に、1982 年1月1日以前から所在する住宅で、2015 年までに完了した

耐震改修に係る費用が 30 万円以上であることなどを条件に一定の耐震改修を行った住宅に

係る固定資産税(120 相当部分まで)の税額を 大 3 年間 2 分の 1 に減額する。減額期間

は早期の耐震改修事業ほど(2008 年~09 年であれば 3年間、2010~12 年ならば 2年間)長

くなる。

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地方自治体の中には国の支援に上乗せ、あるいは独自に耐震化支援を行う動きもある。東

京都に至っては 23 区内の旧耐震基準住宅を対象に、「『10年後の東京』がめざす災害に強い

東京を実現」すべく、独自の「耐震化促進税制」を実施しており、2015 年を期限に「建替

え」「耐震改修」した場合、固定資産税・都市計画税を一定期間(1 年~3 年度分)全額減

免する。この優遇措置による減収額は「建替え」及び「耐震改修」の合計で約 60~70 億円

程度(平年度)の見込みとされる。

図表 4-1:東京都耐震化促進税制

(出所)東京都主税局

2.2 地震保険と耐震化への誘因づけ

地震保険には被保険者に災害時の生活資金を提供することで、「地震等による被災者の生

活の安定に寄与する」(地震保険第1条)ことに加え、住宅・建物の耐震性を保険料に反映

させることで、耐震化への誘因づけとしての役割を果たしうる。耐震性の向上による被災

リスクの低下を災害時(「事後」)の人的・物的損害の軽減としてではなく、保険料の軽減

という形で「事前」に還元することができるからだ。後述するように、大規模災害のよう

な低頻度・高損害については、耐震化による恩恵(事後的損害の軽減)が実感しにくい。

むしろ、事前の投資の利益を事前に(ここでは保険料の軽減として)享受できる仕組みが

必要なのである。

規制改革会議でも「地震保険を含め一般的に地震に対する被災者救済にかかる保険や助

成制度については、個々の建物の耐震性能についての評価を踏まえつつ、リスクに応じた

負担や給付となるよう、不断の見直しを行うべき」(規制改革・民間開放の推進に関する第

3次答申」(2006 年 12 月))ことが強調されている。「耐震性が低く倒壊や全壊の危険性が

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高い建物に対しては、そのリスクに応じた高い保険料を設定し、耐震性が高く安全な建物

に対しては低い保険料を設定することを通じて、新築であれ改修であれ、耐震化促進への

インセンティブを付与することが重要である。・・・、民間の自助努力によって国民の生命

や財産を守るストックが形成されていくという好循環に資する」(「規制改革推進のための

第2次答申」(2007 年 12 月 25 日))というわけだ。

実際、2001 年に割引制度が導入されて以降、現行の地震保険制度にも建築年数や耐震性、

免震構造に応じた被災リスクが織り込まれるようになってきた。住宅の耐震性を高めれば、

保険料が安くなる仕組みである。具体的には、対象建物が「住宅の品質確保の促進等に関

する法律」の規定する日本住宅性能表示基準に定められた耐震等級 または国土交通省の定

める「耐震診断による耐震等級 の評価指針」に定められた耐震等級を有している場合、「耐

震等級割引」として保険料が 10%から 30%ほど減じられる。「免震建築物割引」は 「住宅の

品質確保の促進等に関する法律」に基づく「免震建築物」を対象に 3 割の割引が適用され

る。また、対象建物が 1981 年 6 月 1 日以降に新築された建物(建築年割引)、あるいは地

方公共団体等による耐震診断または耐震改修の結果、建築基準法(1981 年 6 月 1 日施行)

における耐震基準を満たすと判断された場合(耐震診断割引)、10%保険料が割り引かれる

(地震保険制度の詳細については本報告の第 5章参照)。

無論、地震保険への加入が進まなければ、保険料を介した耐震化の誘因づけは機能しな

い。そのため、地震保険に対する税制面からの支援が強化されてきた。2007 年には「損害

保険料控除」が原則廃止され、代わって、所得税(2007 年~)・住民税(2008 年~)に地

震保険料控除が導入されている。年間保険料 5 万円を上限に所得税から保険料の全額、住

民税からはその半額が控除される。増加傾向にあるとはいえ、全世帯の 2 割、火災保険加

入世帯でも 4割に留まっている地震保険への加入を促進する狙いがある。

2.3 進まない住宅耐震化

こうした税制、補助金、地震保険料を通じた様々な金銭的なインセンティブにも関わら

ず、住宅の耐震化は遅々として進んでいない。自治体が把握しているだけで約 1150 万戸

(2007 年度末時点)、耐震性が不足していると判断されている。結局、「耐震化を行うかど

うかを決めるのは、事後的な給付の有無よりも、地震リスクに対するそもそもの選好、知

識、所得水準など他の要素によるものが大きい」(永松「生活再建支援制度の見直しに対す

る意見」(2007 年 5 月 28 日))のかもしれない。次節で概観するように、低頻度・高損害

なリスクについては、経済学が仮定する「合理的な個人」による費用対効果の計算は期待

しにくい。価格が下がれば需要が喚起される(「需要法則」)ように、耐震費用が軽減され

れば、投資が増加するというわけではなさそうだ。

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図表 4-2 耐震化の実績

出所:「地震対策のうち建築物の耐震化及び住宅の再建(国土交通省説明資料)」(2008 年9

月 22 日)

また、現行の耐震基準自体を疑問視する向きもある(東京財団政策提言(2009 年 2 月))。

国の耐震基準は、「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する 低の基準を定めて」(建

築基準法第一条)いるに過ぎない。(1)中地震(震度 5強程度)に対しては、建築物の機能

を保持する一方、(2)耐用年限中に一度遭遇するかもしれない程度の大地震(震度 6強から

震度 7 程度)に対しては、建築物の架構に部分的なひび割れ等の損傷が生じても、 終的

に崩壊からの人命の保護を図る(新耐震基準「建築基準法施行令の一部を改正する政令」(昭

和 55 年政令第 196 号))というレベルだ。つまり、「「震度6強の地震が来ても倒壊しない

(すなわち建物の中にいる人は死なない)」という程度のものにすぎない。当然震度6強で

も半壊し建て替えが必要になるケースもある」(東京財団政策提言(2009 年 2 月))。同じ報

告書によれば、「震度6強の地震にも対しても補修負担額200万円以下の比較的小さな被

害を望む消費者が全体の50%」以上であるにも関わらず、「基準法における 低限の耐震

性能しか持たない住宅ではこの要望に応えられていない」。「建築確認を通ったことで国の

お墨付きを得たような錯覚が生じて」しまっているものの、多くの人々は 低基準の住居

に住み続けているのが実態なのである。

第 3 節 自助努力の経済分析

3.1 「合理的個人」対「不合理な個人」

被災者生活再建支援制度など被災者の事後的救済が事前の自助努力を損なうとの批判が

多い。特に「時間整合性問題」(あるいは「サマリア人のジレンマ」)として知られるよう

に、政府が事後(災害時)の観点から(よく言えば機動的、悪く言えば場当たり的に)被

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災者に手厚い支援を施すことは事後の公平には適っていても、それを見越した人々(潜在

的被災者)の事前的モラル・ハザードを助長しかねない。「結局、国が何とかしてくれる」

と期待して、自らコストを負担して自宅の耐震化したり、地震保険に加入したりしなくな

るというわけだ。

ここでモラル・ハザードを起こしている個人は、(1)将来を見越して振舞うという意味で

「フォワードルッキング」(forward-looking)であり、かつ(2)事後(災害時)の政府の政

策を正しく予見しているという意味で「合理的」である。しかし、大震災を典型とする「低

確率・高損害」のリスクに関する合理的な期待形成は難しいかもしれない。Kunreuther=

Pauly(2006)は不確実性下における合理的選択である「期待効用仮説」(効用の「客観的期

待値」を 大化)に代えて、発生確率の低い事象(リスク)を無視する代替モデル(「逐次

的選択モデル」(A sequential model of choice))を示している。このモデルではリスク

と合わせて低頻度の災害に対する政府の支援を個人が事前に織り込むことはない。従って、

こうした支援に係わる事前のモラル・ハザードの余地もない。しかし、リスクを勘案しな

いため、事前に備えることもない。

合理的な個人であれ、不合理な個人であれ、低頻度・高損害なリスクに対する事前の減

災努力に欠くことに変わりはない。ただし、(1)前者は政府の支援を正しく織り込むからで

あり、(2)後者はリスクを無視するためと理由は異なる。理由が異なる以上、事前の努力を

喚起するための方策も異なってくる。(1)合理的な個人を前提にした政策(金銭的誘因づけ)

を不合理な個人に適用すること、逆に(2)不合理な個人のための政策(情報提供・啓発)を

合理的な個人に対して行うことのいずれもミスリーディングである。

3.2 行動経済学モデル

「合理的個人モデル」は全ての経済主体が(i)「経済モデル」(自分のおかれた経済環境)

を共有し、かつ(ii)正しく認識していることが仮定されている。本章の文脈に即して言え

ば、(1)災害の発生確率、(2)災害に伴う損失(被害)、(3)耐震化等、減災投資の効果について

の理解が共有されているということだ。しかし、実際のところ、地震の発生リスクに対す

る認知は人によって様々だ。楽観的(希望観測的)な見通しを持つ個人もいれば、危機意

識のある個人もいる。以下では行動経済学の知見に従い、リスクに対する認知が不完全(不

合理)なときの個人の事前選択について概観していく。

不確実性とリスク:経済学では、その性質(発生確率や損失額など)が知られた「リスク」

とそれが定かではない「不確実性」を区別する。不確実性の場合、リスクの存在は認識さ

れていても、その発生頻度を含む経済モデルが知られているわけではない。平時の金融市

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場における資産価格の変動は、損益の確率分布について概ねの理解があるという意味で「リ

スク」である。金融危機に際して市場がパニックに陥る理由の一つには、この確率分布が

不明瞭になり、「不確実性」に陥ることによる。低頻度・高損害な災害は典型的な不確実性

モデルといえる。このとき、人々の反応は極端に分かれてくるかもしれない。即ち、(「知

らぬが仏」を決め込んで)リスクを放置するか、逆に(「石橋を叩いて渡る」が如く)ゼロ・

リスク(リスクの完全排除)を志向するかということになる。分からないことは無視する

か、分からないことは起きないように計らうかである。前者であれば、事前のリスク回避

(減災)努力は皆無であり、逆に後者の場合、努力は過剰(期待される便益に見合わない)

になってしまう。

リスク認知:人々は(損失は低くとも)発生確率の高いリスクに偏った反応を示すかもし

れない。実験経済学の“Urn Game”では被験者に期待値が等しく発生確率の異なる一連の

リスク(例えば、発生確率 1%・損失 1 万円のリスク、発生確率 10%・損失千円のリスクな

ど)を示し、保険購入の有無を尋ねる。標準的な期待効用仮説に従えば、危険回避的な個

人はいずれに対しても(保険を購入してリスクヘッジすると言う意味で)同様に振舞うは

ずだ。しかし、実験では高確率・低損害リスクに対して保険選択を行う被験者が多い(逆

に低確率・高損害リスクで保険を購入する被保険者は少ない)ことが示される。身近なリ

スクに敏感に反応する(確率の高さに誘導される)傾向が見受けられる。この結果によれ

ば、自動車事故のような「身近なリスク」に対しては保険を掛ける一方、地震のような「身

近ではないリスク」については敢えて保険加入をせず、防災投資もしない。

主観的確率:個人は認識するリスクの発生確率と客観的(真の)確率は一致しない。一般

に人々は低頻度・高損害のリスクを客観水準よりも高くに評価する(逆に高頻度・低損害

のリスクは主観的には低く評価される)ことが知られている。つまり、(1)個人は首都直下

型地震のような大規模災害のリスクを過大評価していることになる。(2)この主観的確率はリ

スク情報の影響を被る。例えば、災害のニュースや被災経験が主観確率を高めたりする。遠方で

起きた災害は自分の地域の災害リスクとは何ら関係ない(統計的にいえば二つのリスク(事象)は互

いに独立している)。しかし、個人は災害への危機感を増すかもしれない。(3)また、リスクの主観的

確率は客観的確率よりも高いが、その感応度が低い。被災のリスクは災害の発生確率のほか、住

宅の耐震性など減災投資の程度にも依存する。(災害の発生リスクと被災リスクは必ずしも一致し

ない。)ただし、高い「被災」確率を認知する個人は、減殺の「限界」効果を低く評価する(減殺投資

を行っても被災を避けることはできないと考える)かもしれない。このことは、大災害の危険を客観確

率よりも多角評価しているにも関わらず、耐震化を怠る事前選択の説明となる。

フレーム効果:人々のリスク認知はリスクの提示の仕方(フレーミング)に依存することが

知られている。例えば、生存確率 60%の治療と死亡確率 40%の治療は合理的には等価である

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にも関わらず、実験の被験者は前者に偏った選択をする傾向が観察される。また、個人は

一般的なリスク(例:損害)よりも、それが内包する、よって発生確率は低くとも、具体

化された特定リスク(例:テロ攻撃)により敏感に反応する(保険に加入するなどリスク

ヘッジする)傾向がある。このことは耐震化・地震保険加入など事前の自助努力は金銭的

インセンティブや(ハザードマップなど)情報提供に留まらず、その「示し方」への工夫

が必要だ。

「プロスペクト理論」:リスクに対する人々の行動原理を説明するモデルとして「プロスペ

クト理論」が知られている。この理論では通常の(危険回避的な)効用関数に代えて、「価

値関数」が用いられる。価値関数は(1)参照値と呼ばれる状態(現在の所得・消費など)を

起点に、そこからの乖離(増減)によって評価される。ここで「価値」は参照値からの相

対値に等しい。効用関数のような絶対評価ではなく、参照値が変わるたびに価値も変化す

る。(2)人々は利得よりも損失を重視する「損失回避性」を持つ。この損失回避性の性格に

より、価値関数は参照値で屈折することになる。つまり、1万円の利益からの価値の増加よ

りも、同額の損失によって価値は大きく低下する。(3)価値関数の感応度は逓減する。利得

については(効用関数同様)限界便益は逓減する。参照値からの小さな損失による価値の

低下は大きいが、損失が大きくなるにつれ、限界的な価値の低下が小さくなる。参照値を

境に価値関数は利得の範囲で凹関数、損失の範囲で凸関数の形状を持つ。このことは人々

が利得に対して危険回避的、損失に対して危険愛好的に振舞うことを意味する。地震によ

る事後の被害も、事前の地震保険料あるいは住宅の耐震化投資も、現状(何もしない状態)

からみれば、いずれも「損失」に他ならない。プロスペクト理論に従えば、損失に対して

人々は敢えて危険愛好的、従って、リスク回避しないことを選択する。

3.3 市場メカニズムの役割

個人が地震リスクを認知していなくても、住宅市場がそれを織り込んでいれば、耐震化

による被災リスク(人的・物的損害リスク)の減少は、資産価値として事前に還元(資本

化)されることになる。このとき、住宅所有者は災害時(事後)の被害軽減のためではな

く、事前に資産価値を高めるよう耐震化投資を行う誘因を持つはずだ。

実際のところ、市場価格は災害リスクを反映して決まっているのだろうか?山鹿・中川・

斉藤(2002)はヘドニック・アプローチにより、東京都のデータから地震リスクと耐震性

が賃貸住宅の家賃(フロー価格)に与える影響を検証している。結果、(1)旧耐震基準の物

件に比べて新耐震基準の物件のほうが高いこと、(2)建物危険度は旧耐震基準による物件の

家賃に対してマイナスの影響を与え、(3)新耐震基準に基づいた木造住宅の地震危険度の感

応度はプラス(地震リスクの高い地域ほど、耐震化が進んだ住宅は高く評価されている)

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ことを示している。また、山鹿・中川・斉藤(2003)は地震リスクを含んだ地価(ストッ

ク価格)関数を推計、家計や企業が地震災害の高い地域での立地(居住)を回避している

(危険回避的に振舞っている)ことを実証している。実証研究では、1980 年以降、東京都

の 7時点のクロスセクション・データを用いているが、80 年代に比べて 90 年代以降、地震

リスクへの反応が統計的にも有意に高まっていることが分かる。これは地震災害に対する

都民の認知が高まっていることによると筆者等は解釈する。家賃(フロー価格)、地価(ス

トック価格)とも地震災害リスクを織り込んでいることから、(1)耐震化等減災投資の収益

を現在価値に還元する上で、市場メカニズムが働く余地があるといえよう。ただし、その一方で、リス

クが反映される度合いから(2)保険市場や公的制度によって地震リスクが十分にシェアされていな

いことも示唆される。「わが国では保険メカニズムが効果的に機能せず、家計や企業の一定の物

的・人的資本が地震リスクにさられている」(山鹿・中川・斉藤(2003)4 頁)分、リスク・プレミア

ムが上乗せされた形で市場価格から割り引かれているということだ。

これらの研究で推計された家賃関数から耐震性の改善による家賃増加が算出される。例

えば、山鹿・中川・斉藤(2003)は「墨田区、駅から距離 9 分、都心まで 30 分、面積 30

平米、一階、築年数 22 年」をモデルケースとしたとき、耐震性を旧基準から新基準に高め

ることで、地域の災害危険度に応じて 1 万円~1 万 9400 円の家賃増加が見込めるとする。

その現在価値と耐震費用を比較したとき、危険度の高い地域における木造住宅の耐震化投

資が収益的となる。(1)こうした地域では(資本還元さえ認知されていれば)比較的低い補

助率で耐震投資を促すことができるはずだ。一方、(2)危険度の低い地域は耐震費用の半分

を補助しないと住宅保有者にとって純利益がプラスにならない。仮に住宅の耐震性の改善

による外部便益(災害時の住宅倒壊の防止など)が十分に高ければ、補助率が 5 割であっ

ても、社会的には有益(社会的便益が費用を超過する)かもしれない。

第 4 節:住宅市場の活用

4.1 原因と結果

耐震化が進まないのは、災害時の被害拡大の「原因」としてだけではなく、現行の住宅

市場・住宅政策など他の制度・政策の不備による「結果」として捉えることができるだろ

う。災害対策に限ったことではないが、我が国の公共政策論は(霞ヶ関の教育、社会保障、

災害、国土開発、農林水産等、「部門別」細分化(縦割り行政)の影響か)各々の政策部門

の中で「自己完結」するよう政策評価・政策提言を行うことが多い。災害政策も例外では

ない。しかし、住宅の耐震化等、事前の災害対策(防災対策)は、住宅市場など他の政策

分野とも密接に関わってくる。第 1 章では災害時のシステム(被災者支援)と平時のシス

テム(社会的弱者への支援・再分配)との間の連続性(時間軸上に位置する政策間の連結)

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を強調していた。事前(災害前)においても、異なる政策間の整合性・調和が求められる。

前節で述べたように住宅所有者が地震災害リスクを正しく認知していなくても、住宅市

場がそれを評価していれば、耐震性の改善は当該住宅の資産価値を高めるはずだ。耐震化

投資からの利益は地震後(事後的)に初めて実現するのではなく、投資後の資産価値増と

して事前に還元される。このとき、住宅所有者は「万が一への備え」(災害時における人的・

物的被害の軽減)のためではなく、現在の住宅資産の価値を高めるべく耐震化投資を行う

よう誘因付けられるはずだ。しかし、このメカニズムを阻害する障害が幾つかある。

第 1 に既存住宅を適正価格で売買する中古住宅市場が成熟していないことだ。「住宅を新

規に建築するにあたり既存住宅としての流通を想定」していない。つまり、住宅が(他の

資産のように)売却可能資産となっていないのである。一方、「欧米諸国では、住宅取得後、

必要なメンテナンスを行えばそれが適正に評価され資産価値が向上・・・家計部門におけ

る重要な資産形成の手段となっている」とされる(「今後の住宅産業のあり方に関する研究

会」(2007 年6月4日))。実際、同じ報告書によると「我が国の住宅取引量に占める既存住

宅の割合は 13%であり、米国(78%)、イギリス(89%)、フランス(66%)に比較して著

しく低い」。結果、我が国では住宅を長くも持たせる理由もなく(自身が居住する期間だけ

使えれば良く)、「諸外国に比べて壊されるまでの年数(平均)が 31 年と、アメリカの 44 年、

イギリスの 75 年と比べて短い」ことになる。

第 2 に我が国の耐震基準は「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する 低の基準」(建

築基準法第一条)に過ぎない。「「震度6強の地震が来ても倒壊しない(すなわち建物の中

にいる人は死ない)」という程度のものにすぎない。当然震度6強でも半壊し建て替えが必

要になるケースもある」だけだ((東京財団政策提言(2009 年 2 月))。国からの「お墨付き」

が「国民の間に一種の“安全幻想”のようなもの」を生んでいるものの、既存の住宅・マ

ンションの多くは、この 低基準に張り付いたレベルの耐震性に留まっている。一方、住

宅市場が求める耐震性は災害時の人的・物的被害の軽減に留まらず、住宅資産としての継

続利用を保証するものである。現行の耐震基準はこれを満たしていない。震災時に倒壊を

防ぎ、「 終的に崩壊からの人命の保護を図る」としても補修・建て直しが必要となれば、

その価値は毀損する。国の基準どおり耐震化しても、市場で評価されるレベルには達しな

いのである。災害後も引き続き資産価値を有するには国や自治体が奨励する基準以上の耐

震化が必要となる。

第 3 に現行の借地借家法の弊害も挙げられよう。山鹿・中川・斉藤(2002)は「耐震改

修に反対する賃借人がいる場合に,家主から借家契約の解除を行うためには,限定的に解

釈されている正当事由が必要となる」や,「家賃の値上げに反対する既存賃借人がいる場合

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に,調停及び訴訟を経なければ新賃料が決定されない」ことを借地借家法がもたらす家主

側のリスクとする。「このように借地借家法によって既存の賃借人の権利が手厚く保護され

ている状況下では,実際には耐震改修費用以外のコストが存在し,改修を実施できないケ

ースが多いことが予想される」(山鹿・中川・斉藤(2002)).

図表 4-3:耐震化促進の阻害要因

(1) 既存住宅を取引する市場の未整備(既存の住宅の「流動性」の欠如)

(2) 住宅の資産価値を保証しない 低水準に留まる建築基準法の耐震基準

(3) 借地借家法に起因する家主側のリスク

など

「住宅及び特定建築物の耐震化率について、それぞれ現状の 75%を平成 27 年までに少な

くとも9割にする」(国土交通大臣による基本方針(2006 年 1 月 25 日))べく、国・地方自

治体は耐震診断・補修に対して補助金や税制による支援を施してきた。しかし、耐震化を

促進するには、関連する他の制度や政策(ここでは住宅市場、耐震基準、及び借地借家法)

の不備への取り組みが不可欠といえよう。災害政策の枠内の制度・政策を与件とし、災害

政策として利用可能な政策手段(耐震化への補助金・税の減免)を(次善策として)「部分

適化」するのではなく、「包括的視点」から災害に関わる制度・政策全体を見直す「全体

適化」が求められる。

図表 4-4:制度間の調和

住宅市場政策

活性化促進 現状

耐震化補助 耐震化の普及 防災政策

補助なし

住宅の耐震化は進まな

いまま

4.2 我が国の住宅流通市場の活性化

「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」(2007 年 6 月 4日)によれば、我が国の住宅

は従来、長期の使用を前提とした、市場から評価される(市場で売買可能な)個人の資産

としての位置づけが弱かった。「住宅(上物)の資産価値については、取得後直ちに低下が

始まり、築後 20~30 年程度でほとんどゼロ査定とされるのが一般的」で、住宅ローンの支

払い終了時点では建物には資産価値が認められていない。既存住宅の流通が想定されてい

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らず、耐震化等住宅のメンテナンスの成果が市場で評価される仕組みになっていない。こ

のため、メンテナンスも適切に行われない悪循環に陥っている。一方、我が国とは対照的

に欧米諸国では、「住宅取得後、必要なメンテナンスを行えばそれが適正に評価され資産価

値が向上・・・家計部門における重要な資産形成の手段」となり、また「老年期には、リ

バースモーゲージや住み替えを通じて住宅資産を有効に活用し、老後の生活に役立ててい

る」。

実際、前述の通り、(1)「我が国の住宅取引量に占める既存住宅の割合は 13%であり、米

国(78%)、イギリス(89%)、フランス(66%)に比較して著しく低い」上、(2)「我が国

の住宅は諸外国に比べて壊されるまでの年数(平均)が 31 年と、アメリカの 44 年、イギ

リスの 75 年と比べて短い」。

住宅の「流動性」の欠如は、住宅ローン(固定的負債)を抱えた世帯にとって、(負債に見

合う住宅価値が確保されない分)住宅保有が(分担できない)「リスク」となることを意味

する。その結果、こうした世帯は住宅以外の危険資産を回避するようになる。経済財政白

書(平成 20 年版)によると、資産に占める株式等危険資産の保有割合は住宅ローンを持つ

世帯の方がローンの無い世帯よりも低い。住宅市場の不備は耐震化による資産価値の保

持・増加への誘因を阻害するだけではなく、「貯蓄から投資へ」として家計の危険投資を促

進する国の政策にとっても障害になっているのである。

「少子高齢化、地球環境問題、安全性の確保などの社会的課題に応じて、住宅が担うべ

き役割が高度化・多様化する」にも関わらず「耐久性、耐震性、バリアフリー、省エネル

ギ-性等の面で、多くの住宅ストックの質は未だ低いレベルにある。」(社会資本整備審議

会住宅宅地分科会「新たな住宅政策のあり方について建議」(2003 年 6 月 24 日))現状を

打開し、住宅市場を活性化させるための議論が起きている。「住宅産業は我が国住宅市場に

おける旺盛な新築需要を背景に成長してきたが、少子高齢化が進む中で、従来の新築需要

に依存したビジネスモデルでは限界があり、産業としてさらなる成長のためのフロンティ

アの創造が喫緊の課題」(「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」)とされる。新たな住

宅政策の基本理念としては、「新規供給重視・公的直接供給重視から市場重視・ストック重

視」へと転換するとともに、「中古住宅の流通を円滑化し、住替えが円滑に行えるように」

図る。「新たな住宅政策のあり方について建議」(2003 年 6 月 24 日)によれば、「高齢社

会においては、高齢者が安心して居住できる環境への住替えや保有資産の約3分の2を占

める住宅資産の現金化は、高齢者の生活面における将来の負担への不安の軽減や住宅資産

の有効活用の観点から重要である。また、ストックを有効活用していくため、リフォーム

等により住宅を適切に管理し、住宅の質を維持・向上することが重要であり、また、リフ

ォーム等が適切に行なわれるためにも、中古市場において、このような住宅が適正に評価

されることが重要」となる。「取得した住宅をメンテナンスなどにより維持管理し「住み継

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ぐ」ことが無理なく行える住宅システム」を構築することで、「欧米諸国のように、住宅(上

物)が資産価値を維持し、家計部門における重要な資産形成の手段となるような住宅」を

実現、特に高齢者にとって「リバース・モーゲージや住み替えを通じて資産として有効に

活用し、老後の生活等に役立てることができるもの」(「今後の住宅産業のあり方に関する

研究会」)にしていくというわけだ。そのため、(1)「住宅の履歴(家歴)情報の蓄積とオー

プン化」(「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」)をすることで中古住宅に関わる「非

対称情報(逆選抜)」を是正するとともに、(2税制面では「住宅ストックの円滑な流通を図

る観点から、住宅の流通段階でかかる税について、主要国における課税の動向も踏まえ、

住宅取引への消費税課税のあり方を含め十分な議論が必要」(「新たな住宅政策のあり方に

ついて建議」)とされる。

また、東京財団(2009)は「住宅市場の 大の問題点は、“安全幻想”による国民一般の

認識の歪みと、情報の非対称性により住宅市場が機能せず、質の競争が起こっていないこ

とにある」として、これに対処すべく、(1)建築基準法の目的改正と耐震基準専門家委員

会の設置。建築基準法1条の“目的”を改正し、「現代の 新の科学的知見に基づいた基準

を定める」旨を規定、専門家委員会を組織し、 新の知見に基づいた耐震基準を定期的(た

とえば5年おき)に更新する、(2)建築基準法上の 低基準を標準規準へ転換し、+2~

-2までの耐震等級の幅を定める、(3)住宅の販売者や賃貸人に、購入者や賃借人に対し

その建物がどの耐震等級で建てられているかについての表示・説明義務を課すことを提言

している。

もっとも国の基準を超えて耐震化を行い、市場メカニズムを使って、その住宅価値を高

めることができるのは、一定の資金(あるいは必要な借入を行えるだけの信用力)のある

所得層に限られるかもしれない。その場合、低所得の住宅保有者に関しては人的被害を防

止するための 低限の耐震化を促していく必要がある。住宅市場が充実していれば、耐震

化への補助はこうした低所得者をターゲットにしたものにできるはずだ。

4.3 課題

既存住宅の売買を円滑化するよう住宅市場を活性化するには、克服すべき課題が多い。

第 1に、住宅の質に関わる情報の非対称性がある。「建築物という財は、消費者がその耐震

性能について知ることができないという性質を持っている。消費者は専門家ではないため

設計図面を見てもその妥当性について判断することはできず、実際に大地震が来てみない

限り耐震性能はわからない」(東京財団政策提言(2009 年 2 月))。経済学では「逆選抜」と

して知られるが、取引対象の財貨の質が予め知られていないとき、買い手は質の悪い財貨

を掴まされるリスクを見越して、低い価格でしか購入しようとはしない。しかし、価格の

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低下はコストこそ嵩むが真に質の高い財貨を市場から排除してしまう。その結果、情報の

非対称性⇒市場価格の低下⇒相対的に質の高い財貨の撤退⇒市場で供給されている財貨の

平均的な質の低下⇒(質の低下を予見した消費者の提示する)市場価格の一層の低下⇒質

の高い財貨の更なる撤退という悪循環に陥ることになる。「悪貨は良貨を駆逐する」のであ

る。この逆選抜問題に対処するため、「住宅の履歴(家歴)情報の蓄積とオープン化が必要」

(「今後の住宅産業のあり方に関する研究会」)となる。具体的には住宅の履歴情報のオー

プン化により、住宅の点検情報、メンテナンスプログラムの実施情報を活用して住宅スト

ックの価値を客観的に査定できる仕組の構築をする。また住宅の耐震等級についての表示

と説明義務を課す。消費者が「正確な認識を持ってはじめて、建設・不動産業界にも適切

な質の競争を行うインセンティブを与えることができる」(東京財団政策提言(2009年2月))

はずだ。

第 2 に、耐震改修市場の充実も不可欠だ。「わが国のリフォーム投資は、住宅総投資の約

1割であり、4割から6割を占める欧米主要国と比べて極めて低いことから、リフォーム

の潜在需要は大きく、その活性化により、大きな経済効果」が見込まれる(「新たな住宅政

策のあり方について建議」)。しかし、現行のリフォーム市場には「悪質業者」が横行する

など、多くの不備が指摘されている。静岡県の助成制度を利用して行われた耐震改修工事

のデータからは改修工事の質(耐震性能の評価改善)と改修費用との間に明らかな関係は

見出させいないとの研究もある(永松(2008))。そもそも耐震改修工事は必ずしも標準化

された技術になっていない。加えて、少額工事が多いため事業者の「営業努力」のインセ

ンティブがないことが指摘されている(永松(2008))。また、「建築基準法の定める 低限

の耐震性能を1としたとき(住宅品確法における耐震等級1)、その 1.25 倍(耐震等級2)、

1.5 倍(耐震等級3)にするために必要なコストはそれぞれ1~3%、3~5%にすぎな

い。・・・アンケート調査によれば、耐震強度1.25 倍にするためにコストはどのくらいか

かるかという問いに対し、・・・80%以上の一般国民が耐震強度を高めるコストを実際より

高く見積もっている」(東京財団政策提言(2009 年 2 月))とされる。リフォーム市場・耐

震改修市場におけるコスト・質の情報提供、耐震改修技術の標準化が求められる。

第 3 に高齢者が耐震化に必要な資金を借り入れるには土地を担保に融資を受け、返済に

ついては借受人死亡時に担保不動産を処分して清算するリバース・モーゲージの制度が必

要となる。「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(2000 年 12月4

日))は、このリバース・モーゲージについて「基本的には平時の施策として先ず検討され

るべきものであるが、大災害時における施策という観点からの必要性も指摘」しつつ、「地

価が下落した場合に担保割れリスクがあることや法制上の問題などの課題が指摘されてお

り、さらに検討を要する」としている。実際、バルブ崩壊後の我が国の「失われた 10 年」

や米国のサブプライムローン問題とその後の金融危機・世界同時不況に象徴されるように、

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住宅価格は景気(マクロ経済)の動向と密接にリンクしてきた。リバース・モーゲージの

貸し手(金融機関)は清算時に景気が後退局面にあると住宅価格の下落による担保割れの

リスクを負うことになる。借り手(高齢者)サイドには潜在的資金需要があるだろうにも

関わらず、リバース・モーゲージのような仕組みが普及しないのは、貸し手(金融機関)

のリスク回避の姿勢によるところが大きいようだ。しかし、我が国の住宅ローンの貸し手

が従来、(耐震偽装のような)瑕疵責任を含めてリスクをとってこなかったこと自体を問題

視するべきかもしれない。日本の標準的な住宅ローンは担保の範囲を限定しないリコース

ローンの形態をとるため、住宅物件のリスク(倒壊など)が顕在化しても、住宅所有者が

その損失を負っている。被災後に「二重ローン」問題が生じるのもこのためだ。一方、担

保の範囲が土地家屋に限定されるノンリコースローンであれば(債務者が担保を放棄する

と債権者の銀行が担保物件を引き受けることから)住宅ストックのリスクが購入者と銀行

の間で分担されるようになる。リバース・モーゲージの活用は、ノンリコースローン化を

含め住宅ローン契約の設計(貸し手と借り手のリスク分担)自体に関わる。(住宅ローンの

リスク分担契約と住宅市場の活性化は一橋大学「近未来の課題解決を目指した実証的社会

科学研究推進事業(研究代表者:一橋大学経済学研究科教授 斉藤誠)」などにおいて研究

が進められている。)

第 5 節:地震保険と低所得者支援

5.1 地震保険への加入

事前の自助努力としては(1)住宅の耐震化に加えて、(2)地震保険への加入がある。事後的

(災害時)には、「被災者の生活の安定に寄与する」(地震保険法第1条)ことが期待され

る。被災者が速やかに生活再建できれば、応急仮設住宅・公営住宅の提供や家賃の減免な

ど他の被災者支援の負担が少なくて済む。その分、自立の目処の立たない被災者に対して

支援を重点化できる(支援にメリハリを付けられる)ようになるだろう。であればこそ、「保

険会社等が負う地震保険責任を政府が再保険することにより、地震保険の普及」を図る公

共性が見出させるのだ。

事前の観点からすれば低所得世帯・高齢世帯(高所得層を除く)を被災時(事後)に自

立困難な被災者と同一視する必要はない。予め地震保険に加入していれば、被災しても一

定の生活再建の資金を確保できるからだ。低所得者の場合、(1)高所得層と異なり、いざと

いうときに貯蓄を取り崩すなど「自己保険」を利かせる余地は限られる上、(2)当面の生活

資金の借り入れも、生活福祉資金制度など公的な制度に頼るしかない。更に、(3)持ち家世

帯であれば、被災した自宅の補修・建替えは(被災者生活再建支援金から 大 200 万円の

支給があるとはいえ)難しい。結局、自宅を再建できず、公営住宅等への転居を余儀なく

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されかねない。こうした低所得層(特に持ち家世帯)の地震保険に対するニーズは高いも

のと考えられる。彼らの地震保険への加入を促進していくこと(再保険として国費が投入

されている)地震保険の公共性にも適っている。

図表 4-5:地震保険の必要性

持ち家 借家(賃貸)

高 所

得者

耐震性の高い住宅に居住・自己保険も利

用可能

保険加入は一般に不要

中 所

得者

保険加入が重要・住宅再建の不足分は借

入・貯蓄の取り崩しで対応可能

当面の生活資金の確保のための保険加

入・自己保険を利かせる余地もあり

低 所

得者

保険加入が極めて重要・保険金がなけれ

ば生活・住宅再建は公的支援に依存

当面の生活資金の確保のため保険加入

が重要

出所:野崎(2009)より作成

しかし、所得の低い世帯の地震保険加入は進んでいない。一橋大学「近未来の課題解決

を目指した実証的社会科学研究推進事業(研究代表者:一橋大学経済学研究科教授 齊藤

誠)」は、株式会社野村総合研究所(NRI)に委託して、インターネットによる「地震保険に

関する消費者意識調査」を実施した。実施期間は 2008 年 12 月 12 日~15 日で、3,381 人(う

ち世帯年収 500 万円未満 860 人、500 万円以上 1,000 万円未満 862 人、1,000 万円以上 1,500

万円未満 853 人、1,500 万円以上 806 人)から回答を得た。アンケート調査では、(1)大規模

災害への危機意識、(2)地震保険の必要性、(3)地震保険への加入状況、(4)地震保険未加入の

理由や(5)地震保険に関する知識等について質問している。

調査の結果、(1)「近い将来、あなたが住んでいる地域で大地震が起こると思うか」とい

う質問に対して、「起こると思う」が 31.6%、「もしかしたら起こると思う」が 47.9%で、持

ち家世帯(N=2,553)の約 8割が大規模な地震について危機意識を持っていることが分かっ

た。また(2)地震保険加入の必要性について保険加入者(サンプル数N=923)の 87.4%、

地震保険未加入者(N=2458)であっても、その 46.5%が「必要だと思う」と答えている。

保険未加入者で「必要とは思わない」と回答したのは 17.2%に過ぎない(残りは「わから

ない」と回答)。しかし、(3)地震保険への加入率はサンプル(持ち世帯)全体で 30.8%、低

所得者ほど加入率が低くなる傾向が見受けられた。世帯年収が 250 万円未満に限ると持ち

家世帯(N=129)の加入率は 11.6%と、世帯年収 1000 万円以上の世帯の年収別加入率 36%

の 3分の1に満たない。世帯年収 250 万円~500 万円未満の持ち家世帯についても年収別加

入率は 2割弱に留まっている(図表6参照)。本来、地震保険に必要性の高いはずの低所得・

持ち家世帯の加入が進んでいない現状が明らかになった。

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図表 4-6: 世帯年収別 地震保険加入率(持ち家世帯)

出所:「地震保険に関する消費者意識調査」(NRI,一橋大学)

(4)地震保険(居住建物)に加入しない理由(複数回答)として挙げられるのが、「保険料

の高さ」(50.1%)である。特に年収の低い世帯ほど保険料の高さを挙げる割合が多く、年

収 250 万円未満で 51.8%、年収 250 万円~500 万円未満で 53.6%となっている。「地震保険

では建物の再建ができないから」とする回答も 22.3%あった。これは地震保険金の支払い

が火災保険の 3割~5割に留められていることを反映する。ただし、年収 500 万円未満の未

加入世帯で「保険金額の不十分さ」を挙げたのは 17.5%に留まる。低所得者にとっては保

険料の高さが加入の障害になっているものと考えられる。また、(5)このアンケート調査で

は地震保険に関する知識についても聞いている。(i)火災保険では地震による建物・家財の

損壊、地震により発生した火災による延焼が補償されないことについて、7割強が「知って

いた」、「なんとなく知っていた」と回答している。しかし、(ii) 地震保険料は政府の介入

(再保険・非営利原則)により(民間単独で販売したときよりも)安く抑えられていること

については、「知っていた」、「なんとなく知っていた」合わせても 37.6%に留まる。また、

(iii) 「耐震性能や建築時期による割引」や「地震保険料控除」を知っていた、何となく

知っていた回答者は 5 割に満たない(「知らなかった」との回答が各々53.3%、52.1%)。

一般論として地震保険の必要性は感じていても、地震保険制度が十分に理解されていない

ことがわかる。

この「地震保険に関する消費者意識調査」の分析の詳細は、株式会社野村総合研究所(NRI)

11.6%

19.7%

28.3%

28.6%

36.0%

0% 10% 20% 30% 40%

250万円未満

250万円~500万円未満

500万円~750万円未満

750万円~1,000万円未満

1,000万円以上

N=129

N=330

N=329

N=294

N=1,471

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から「ニュースリリース」(2009 年 2 月 6日)されたほか、一橋大学「近未来の課題解決を

目指した実証的社会科学研究推進事業」において詳細な分析が進められている。

5.2 保険か福祉か

地震保険制度は、(1)事前的自助努力としての「保険」であるととともに、(2)「保険会社

等が負う地震保険責任を政府が再保険することにより、地震保険の普及を図り」((地震保

険法第 1条)、その保険料率は「収支の償う範囲においてできる限り低いものでなければな

らない」(同第 5条)とする「公共性」を兼ね備えている。保険原理を徹底させるためには、

保険料は住宅の立地や耐震性によるリスクに応じてきめ細かく設定することが望ましい。

保険料とリンクさせることで、(保険料軽減を志向した)住宅の耐震化への誘因づけとなる

はずだ。しかし、保険原理を追求すれば、結果、保険料が高くなり、本来ニーズの高い低

所得者が地震保険から排除されるかもしれない。公共性(特に低所得層への地震保険の普

及)を重要視するならば、上のアンケート調査からも明らかになった加入の阻害要因であ

る保険料の引き下げが必要となろう。地震保険料には、(1)「リスクファイナンス」(保険と

してのリスク分担と事前の耐震化投資の促進)と(2)低所得者を含めた加入の促進の二つの

(かつ相反する)役割が求められている。

図表 4-7:地震保険の機能

役割 保険料への含意

保険 リスク分担と事前の耐震化投資

の促進

住宅の立地や耐震性に応じたリ

スクを反映

公共性 低所得者を含めた加入促進 低所得者が負担に耐えられる水

準まで引き下げ

斉藤誠(2005)は地震保険の「リスクファイナンスの役割」を重視、公的な建築基準に

基づく構造評価、地域の特性を加味するなど、「保険料の設定については、地震リスクをよ

りきめ細かく反映するよう工夫が必要」としている。また、市場メカニズムをより積極的

に活用するよう地震保険の契約内容や保険料設定の自由化を提言する。地震保険制度への

公的関与については、政府が高いレイヤー(保険金支払い規模)に係る損失に再保険を提

供していることが現行制度のメリットに挙げつつ、中・低レイヤー(約 1 兆円以下の保険

金支払い部分)は民間市場で十分に受容可能であり、政府の再保険機能は高レイヤーに純

化すべきとする。事前の所得再分配(社会保険のような連帯・共助)は保険というリスク

ファイナンス機能には不適切であり、むしろ「公的な防災投資によるリスクコントロール

機能の発揮で対応」することが望ましい(斉藤誠(2005))。

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保険原理への純化であれば、個人の耐震化投資に加えて、自治体の防災努力を促すべく、

その取り組みを指標化した上で地震保険料に組み込むこともあり得る選択肢だろう。つま

り、防災に対して積極的な地域に住んでいる人の保険料を割引く仕組みである。この低い

保険料は地域の被災リスクや自治体の取り組み状況についての「シグナル」となって人々

の居住選択(「足による投票」)や地価に影響を及ぼすだろう。自治体の防災努力の拡充は

(たとえ災害が当面ないとしても)低い地震保険料という形で住民に還元できる。地震保

険料という価格が自治体を誘因づける(規律づける)ように働くのである。更に(自治体

の防災努力を含む)災害リスク指標を積極的に開示させることで、不動産価格や賃貸住宅

の賃料にも反映させ易くすれば良い。

これに関連して、永松(2007)は地震保険も含めた住宅の地震リスクに関する総合的な

制度設計(「生活再建支援制度の見直しに対する意見」(2007 年 5 月 28 日))を提言してい

る。具体的には(1)「基礎保障分」として、生活再建支援制度によってすべての世帯に一定

の住宅再建資金を保障、(2)それ以上の保障については、「任意保障分」として任意加入の地

震保険や共済制度による。(3)地震保険は生活再建支援制度による保障分については免責と

し、保険会社の支払いリスクを軽減する一方、(4)地震保険については政府による再保険を

廃止して、保険料率や加入条件などの自由化を進める。(5)保険会社は耐震性能や地盤状況

などによって保険会社が高リスクと判断した物件については保険契約を拒否できることを

認める。

5.3 地震保険補助金の活用と機能分離

低所得者の加入促進という公共性と保険のリスクファイナンス機能を両立させる制度設

計が求められている。この課題に対処すべく、本章では、所得税を払っていないため「地

震保険料控除」の恩恵を受けない低所得層に対する「地震保険料補助金制度」を提言する。

(1)世帯年収が一定以下(上のアンケート調査でいえば、500 万円以下など)の持ち家世帯と

する。(2)補助金は 低レベル(火災保険の 3 割)の保険金に対する標準的な(平均的な住

宅の耐震性に基づく)保険料と一致させた、定額払いとする。保険料補助の財政コストを

懸念する向きもあろうが、地震保険を受け取る低所得者が自力で生活再建できれば、公営

住宅の整備や家賃補助などに掛かる事後的な救済の費用が少なくて済むはずだ。地震保険

料自体については斉藤(2005)、永松(2007)にように完全自由化まで、当面は踏み切らな

いまでも、保険の原理を徹底、居住地の地震リスク、住宅の耐震性や地域の防災努力など

をきめ細かく反映させる。なお、住宅の耐震性については、国の定める「 低基準」に留

まらず、建築基準法上の 低基準を標準規準へ転換し耐震等級の幅を定める(東京財団政

策提言(2009))、あるいは「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づく「免震建築

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物割引」(現行 3割)を拡充するなど、優良物件に対する保険料の軽減(よって耐震化への

誘因づけ)を図る。

地震保険料補助金を「定額払い」にするのは、耐震化投資を行い地震保険料の割引を受

けたとすれば、その減額分は当該個人の利益に還元させるためだ。耐震化への誘因を損な

わないための措置である。更に、低所得者が耐震化時点で必要な現金を確保できるよう前

述の「耐震化促進税制」のうち固定資産税の軽減分(120 相当部分まで固定資産税の税額

を 大 3年間 2分の 1に減額)を先払いさせる。

低所得者を対象とした定額払いの地震保険料補助金は、(1)保険としての地震保険の機能

(リスク分担、耐震化の促進)を発揮させつつ、(2)低所得者への所得再分配(合わせて加

入の促進)の要請に応えるものである。保険と再分配(福祉)の機能を分離、地震保険料

は保険機能に、保険料補助金は再分配に各々特化させることができるはずだ。

図表 4-8:個人の事前的自助努力の促進(まとめ)

自助努力 対象 自助努力の促進 耐震性

中高所得層

住宅市場の活用

地震保険料控除

資産価値を維持する

水準

住宅の耐震化

地震保険への加入

低所得層 耐震化への補助

地震保険料補助金

人的被害を抑える

低限水準

6.結語

高齢社会における都市型災害では生活再建の困難な多くの被災者(特に高齢者層・低所

得層)が見込まれる。であればこそ、(1)事前に自助努力できる個人には自助努力を促す仕

組み、(2)事後(被災後)に社会的弱者となりうる個人にも予め自助努力の機会を与えるこ

とが必要となる。住宅の耐震化はその一環である。耐震化には国・自治体による補助金・

税制面での優遇措置が行われてきたものの、十分な効果を出すには至っていない。その理

由としては、(1)事後的な支援を期待したモラル・ハザード、あるいは(2)被災リスクに対す

る「不合理」な認識が挙げられてきた。この問題は災害政策の枠内で「自己完結」できる

ものではない。平時の住宅市場の不備が、耐震化への誘因を阻害してきた面もあるからだ。

つまり、(3)耐震化投資を行うことが「資産」としての住宅価値を高めるメカニズムの欠如

である。住宅市場の活性化を図ることが、耐震化を促す上で不可欠といえる。

耐震化に加えて、地震保険制度への加入も事前の自助努力となる。しかし、低所得層を

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中心に地震保険は普及してこなかった。本章では、地震保険料に対する補助金制度を提言

している。この補助金は低所得者の保険料負担を軽減するだけではなく、(1)保険(リスク

ファイナンス)としての地震保険制度と(2)低所得層を含め「被災者の生活の安定に寄与す

る」(地震保険法第1条)制度の公共性(福祉)の機能を両立させることができる。即ち、

地震保険料には地震保険のリスクをきめ細かく反映させる保険の原理を徹底させ、低所得

者への配慮(福祉)は補助金が担うという役割分担(機能分離)である。 自助努力を促すには税制や補助金など「既存」の制度・政策を拡充するだけではなく、(1)

住宅政策など他の制度・政策との調和や(2)地震保険料補助など新しい政策手段の活用とい

った「工夫」が求められる。

参考文献

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月4日)

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115

第5章 地震保険の実務的な課題

株式会社損害保険ジャパン

個人商品業務部 個人火災グループ

吉田 彰

【要 旨】

地震保険制度は、1966 年の「地震保険に関する法律」の制定を受けて、政府と民間の損害保険

会社が共同で運営する制度として発足した。

地震保険制度は、「地震等による被災者の生活の安定に寄与すること」を目的としており、また、

地震保険の保険料率は「収支の償う範囲においてできる限り低いものでなければならない」と

されるなど、他の損害保険に比べ公共性の高い保険といえる。

地震保険制度の発足以来、数々の改定が行われているが、地震保険制度の歴史を改めて整理す

るとともに、今日の地震保険制度の特徴および課題を整理する。

また、各方面における地震保険制度の改善に関する議論を整理し、地震保険引受の実務面を中

心に、災害政策体系における最適な地震保険制度のあり方に関する議論の再整理を図る。

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116

1.地震保険制度の特徴

1.1 地震保険制度の特徴および概要

1.1.1 地震保険の仕組み

一般的に損害保険では、大量のデータに基づき適正な保険料率を定める「大数の法則」

によって安定した保険料率を算出することが可能となる。

しかしながら、地震災害の発生頻度は非常に少なく、その発生回数を予測することは非

常に困難であり、損害保険の前提となる「大数の法則」に乗りにくいという問題がある。

また、大規模な地震が発生した場合、その被害地域は広範囲なものとなり、損害が巨額

なものとなる特徴がある。

このような保険化が困難な地震リスクの特徴から、地震保険制度は、政府と民間の損害

保険会社とで共同で運営する特徴的な制度となっている。また、地震保険の商品内容全般

は、保険業法(平成 7 年法律第 105 号)における共同行為として私的独占の禁止及び公正

取引の確保に関する法律(昭和 22 年法律第 54 号。以下「独禁法」という。)の適用除外

とされており、全社共通商品となっている。

地震保険制度においては、政府の再保険1により、政府と民間の損害保険会社で保険責任

を分担する仕組みを取っている。

地震保険に関する法律(昭和41年法律第73号。以下「地震保険法」という。)の第

3条(政府の再保険)において、「政府は、地震保険契約によって保険会社等が負う保険

責任を再保険する保険会社等を相手方として、再保険契約を締結することができる。」と

規定されており、地震保険の再保険を専門に扱う「日本地震再保険株式会社」(以下「地

再社」という。)が、地震保険の創設時(1966 年)に設立され、地震保険制度の再保険を

担っている。

政府、民間の損害保険会社および地再社との間の再保険の仕組みは次のとおりとなって

いる。

(1)民間の損害保険会社(元受保険会社)と地再社の再保険契約

日本国内で営業している民間の損害保険会社(元受保険会社)は、地再社との間で、

「地震保険再保険特約(A)」(以下「A特約」という。)を締結している。

1 再保険とは、元受保険会社が、その引き受けた保険責任の全部または一部を、他の保険会社等

に転嫁し、リスクの分散を図る仕組みである。

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このA特約に基づき、元受保険会社は、地震保険契約の保険責任のすべてを地再社に

出再し、地再社が出再された保険責任のすべてを引き受けることになる。

(2)地再社から政府への再々保険契約

地再社は、政府との間で、「地震保険超過損害額再保険契約」(以下「C契約」という。)

を締結している。

このC契約に基づき、1回の地震等に基づく保険金の合計額が一定額以上になった場

合に、政府から地再社に再保険金が支払われることになる。

(3)地再社から元受保険会社への再々保険契約

地再社は、上記(1)のA特約によって引き受けた再保険責任のうち、政府に出再した部

分以外の責任の一部を、元受保険会社に再々保険するために、「地震再保険特約(B)」

(以下「B特約」という。)を締結している。

このB特約に基づき、地再社の保険責任を元受保険会社各社との間で分散を図ってい

る。

上記(1)から(3)までの契約をまとめると、図表5-1のとおりである。

上記の政府の再保険による保険責任の分担に加え、保険金の支払いのために、特に必

要があるときは、政府による資金のあっせん又は融通が行われるなど、政府のバックア

ップによる官民一体のシステムを構築している。

また、1回の地震等による保険金支払の総支払限度額の設定、地震保険の引受限度額

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設定および簡略な損害認定と定型的な保険金支払方法の導入等、特徴的な制度を構築し

ている。

1.1.2 地震保険の対象・補償内容等

地震保険は、居住用建物(住居のみに使用される建物および併用住宅)および家財を

対象としており、地震・噴火またはこれらによる津波を原因とする火災、損壊、埋没、

流失によって居住用建物、家財に損害が生じた場合に、保険金が支払われる。損害の程

度に応じた保険金の支払額は、図表5-2のとおりである。

居住用建物や家財を対象とする火災保険に加入すると、原則として自動的に地震保険

がセットされる方式を取っている。ただし、火災保険の契約時に、地震保険の契約を希

望しない場合には、契約申込書の「地震保険ご確認欄」に捺印を行うことにより、火災

保険だけに加入することができる「原則自動付帯」の方式を採用している。

地震保険に加入する際の保険金額は、地震保険法により、地震保険がセットされる火

災保険の保険金額の 30%から 50%の範囲内で設定するよう規定されている。ただし、建

物については 5,000 万円、家財については 1,000 万円の限度額が設けられている。

また、大地震が発生した場合には、巨額な損害となる可能性がある一方で、政府およ

び民間の損害保険会社として無限に責任を負うことができないため、1回の地震等によ

って政府と民間の損害保険会社が支払う保険金の総支払限度額が設けられている。この

総支払限度額は、2008 年 4 月 1 日の改定により、5 兆 5,000 億円となっている。

図表5-2 地震保険の支払保険金

損害の程度 支払保険金

全 損 建物の地震保険金額の全額 (時価額限度)

半 損 建物の地震保険金額の50%(時価額の50%限度) 建物

一部損 建物の地震保険金額の 5%(時価額の 5%限度)

全 損 家財の地震保険金額の全額 (時価額限度)

半 損 家財の地震保険金額の50%(時価額の50%限度) 家財

一部損 家財の地震保険金額の 5%(時価額の 5%限度)

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1.1.3 地震保険の料率

地震保険の料率は、「純保険料率」と「付加保険料率」から構成されている。「純保険

料率」とは、事故が発生したときに支払われる保険金にあてられるものであり、「付加

保険料率」とは、損害の調査や事務処理等にあてられるコストおよび、保険会社が保険

契約の引受け業務を行う代理店に対して支払う代理店手数料から構成される。

地震保険の料率は、その公共性の高さから、「収支の償う範囲内においてできる限り

低いものでなければならない。」(地震保険法第5条第1項)とされている。このため、

地震保険料率は、料率水準を極力低く抑えるために、「ノーロス・ノープロフィットの

原則」に基づき、元受保険会社等の利潤は織り込まれておらず、経費率等についても極

力圧縮されたものとなっている。

また、地震保険料率は、損害保険料率算出団体に関する法律(昭和 23 年法律第 193

号。以下「料団法」という。)で、基準料率として定められている。基準料率は、損害

保険料率算出団体が算出し、料団法に基づいて金融庁に届出を行い、審査等の手続きを

経て定められることとなる。料率算出団体の会員である損害保険会社は、金融庁との間

の簡略化された手続きを経て基準料率を使用することができる。

料率算出団体が基準料率を算出し、会員の利用に供することは、原則として独禁法の

適用除外とされており、全ての損害保険会社で同一の料率によって販売されている。

なお、地震保険の基準料率は、直近では 2007 年 10 月に改定実施されている。それ以

前の地震保険の基準料率は、1966 年の地震保険制度創設以来、国立天文台編纂の理科年表

に掲載されている過去約 500 年間の 375 個の被害地震に基づき算出されていたが、この改

定により、2005 年 3 月に公表された地震調査研究推進本部(推本)の「確率論的地震動

予測地図」に基づき、今後被害をもたらす可能性があるとして推本が想定した全ての地震

(震源数:約 73 万震源モデル)を対象として算出された基準料率に改められることとな

った。

1.2 地震保険の歴史

1.2.1 地震保険制度の創設

地震リスクは、巨大損害の可能性、発生時期・頻度の予測の困難性および広域災害の

可能性などの特性から、短期間での収支が均衡することは困難であり、民間の損害保険

会社で引き受けることが困難であるため、地震リスクを対象とした保険は、実現できて

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いなかった。

しかしながら、1964 年に発生した新潟地震を契機に、地震保険制度を求める世論が高

まり、当時開催されていた保険審議会において、地震保険制度を検討するにあたっての

種々の問題点が検討されることとなった。

1965 年 4 月に保険審議会で取りまとめられた「地震保険制度に関する答申」の主な

内容は次のとおりである。

(1)政府の再保険面でのサポート

地震リスクの特性から、収支が均衡するためには非常に長期間を通じて考える必要

があり、通常の企業経営においてベースとされる期間では対応不可能であるため、

これを超えた超長期間をもとに保険収支を考え得る政府の関与が必要。

(2)補償内容の制限

支払保険金は、地震によって損害を受けた物の復旧に相当程度寄与するものでなけ

れば社会的意味が少ない。他方、保険者の負担力には限界があるため、保険金額に

は一定の制限を設けることが必要となる。

また、総支払限度額については、社会的要請と損害保険事業の公共性に照らし、で

きる限りの負担がなされるべきであり、少なくとも関東大震災程度のものが再来し

た場合においても支払保険金が削減されることが無いよう配慮すべき。

上記の保険審議会の答申に沿って、地震保険制度発足に向けた準備が進められ、1966

年 5 月に「地震保険に関する法律」が公布、施行された。各損害保険会社においても発

売に向けた準備を進め、1966 年 5 月に大蔵大臣に地震保険の認可申請を行い同年 6 月

に認可取得を行った。また、すべての損害保険会社が出資して設立した日本地震再保険

株式会社も、同年 6 月に大蔵省から免許を受け、地震保険が発売されることとなった。

1.2.2 地震保険制度の変遷

1966 年に創設された地震保険制度は、各種制約が設けられたものとなっていたが、そ

の後の世論の改善要望および社会・経済情勢の変化などにより、地震保険制度は数度の

改定により改善が進められてきた。

主な改定は次のとおりである。

(1) 1972 年 5 月改定

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地震保険制度の創設当初は、地震保険の火災保険への付帯方法は、契約者の選択の

余地の無い「自動付帯」だけであったが、1972 年 5 月の改定により、契約者に特

別の事情がある場合には付帯しないことができる「原則自動付帯」に改められた。

(2) 1975 年 4 月改定

地震保険の火災保険への付帯方法が、さらに改定され、契約者の選択に任せられる

「任意付帯」と改められた。

(3) 1980 年 7 月改定

1978 年 6 月に発生した宮城県沖地震の発生を受けて、地震保険の改善要望が高ま

り、次の改定が行われた。

・ 半損担保の導入

制度創設当初は全損担保のみであったが、半損担保を導入

・ 原則自動付帯方式への変更

任意付帯方式から、契約者が地震保険の付帯を希望しない場合には付帯しない

ことができる「原則自動付帯方式」に改定。

・ 付保割合の引き上げ

制度創設当初は、付保割合は火災保険金額に対して一律 30%であったが、30%

から 50%の範囲に拡大。

(4) 1991 年 4 月改定

1987 年の千葉県東方沖地震や、1989 年の伊豆半島東方沖地震の際に多数発生した

一部損壊を機に、世論の改善要望が高まり、一部損担保が導入された。

(5) 1996 年 1 月改定

1995 年1月に発生した阪神・淡路大震災は、都市直下型地震であり、社会・経済に

大きな影響を与えた。当時は、地震保険における家財の損害認定は、建物の損害認

定に従うと規定されていたため、阪神・淡路大震災において、家財に深刻な被害を

受けたにもかかわらず地震保険金が支払われない事例が生じた。

このようなことから、家財単独の損害認定を地震保険に導入することとなった。

また、家財の半損に対する支払割合を、保険金額の 10%から 50%に引き上げるこ

ととなった。さらに、加入限度額を、現在の加入限度額である建物 5,000 万円、家

財 1,000 万円に引き上げられた。

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(6) 2001 年 10 月改定

阪神・淡路大震災の調査・研究等を受けて、政府の「規制緩和推進 3 ヵ年計画」に

おいて、住宅の耐震性能を保険料率に一層反映させるべきであるとの要請が出され

た。また、2000 年の住宅性能表示制度のスタート等を受けて、地震保険料率に住宅

の耐震性能に応じた割引制度が導入されることとなった。

導入された割引制度は次の2つである。

・ 建築年割引

現行建築基準法に基づき、1981 年 6 月以降に新築された住宅について適用する

割引。(割引率 10%)

・ 耐震等級割引

住宅性能表示制度による住宅性能評価書等の耐震等級により適用する割引。(耐

震等級に応じて、10%・20%・30%の割引)

(7) 2007 年 10 月改定

阪神・淡路大震災が発生した 1995 年 7 月に設置された「地震調査研究推進本部(推

本)」の調査・研究成果である「確率論的地震予測地図」に基づいた、地震保険料

率に改定するととともに、新たに「免震建築物割引」および「耐震診断割引」が導

入されることとなった。

・ 免震建築物割引

住宅性能評価書により免震建築物であると評価された場合に適用する割引。(割

引率 30%)

・ 耐震診断割引

耐震診断または耐震改修により、建築基準法に定める現行耐震基準に適合して

いることが確認された場合に適用する割引。(割引率 10%)

図表5-3 地震保険制度の変遷 実施日 補償条件 保険金の支払割合 加入限度額

1966 年 6 月 全損 全 損:建物・家財 100% 付帯割合:地震保険が付帯される火災保険契約の保険金額の 30%相当額

限度額 :建物 90 万円 家財 60 万円

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実施日 補償条件 保険金の支払割合 加入限度額 1972 年 5 月 同上 同上 限度額 :建物 150 万円

家財 120 万円

1975 年 4 月 同上 同上 限度額 :建物 240 万円 家財 150 万円

1980 年 7 月 建物:全損・半損 家財:全損および全

損に至らない損害で当該家財を収容する建物が全損または半損となった場合

全 損:建物・家財 100%半 損:建物 50% 家財 10%

付帯割合:地震保険が付帯される火災保険契約の保険金額の 30%以上 50%以下相当額

限度額 :建物 1,000 万円 家財 500 万円

1991 年 4 月 建物:全損、半損および一部損

家財:全損および全損に至らない損害で当該家財を収容する建物が全損、半損または一部損となった場合

全 損:建物・家財 100%半 損:建物 50%

家財 10% 一部損:建物・家財 5%

同上

1996 年 1 月 建物:全損、半損および一部損

家財:全損、半損および一部損

全 損:建物・家財 100%半 損:建物・家財 50%一部損:建物・家財 5%

限度額 :建物 5,000 万円 家財 1,000 万円

2001 年 10 月 建築年割引、耐震等級割引の新設 2007 年 10 月 免震建築物割引、耐震診断割引の新設

1.2.3 地震保険の普及促進の歴史

1996 年の地震保険制度の創設以降、1978 年の宮城県沖地震、1987 年の千葉県東方沖

地震、1989 年の伊豆半島東方沖地震の発生

などを受けて、徐々に地震保険の普及率は

高まっていった。

しかしながら、1995 年に発生した阪神・

淡路大震災においては、関西地域における

地震に対する関心が低かったこともあり、

地震保険の普及率は十分ではなく、当時の

兵庫県での世帯加入率2は 7.6%と低水準な

ものとなっていた。(1995 年 1 月末時点)

2 世帯加入率とは、地震保険契約件数を住民基本台帳に基づく世帯数で除した数値。

図表5-4 地震保険世帯加入率推移

年度世帯加入率

(%)1994年度末 9.01995年度末 11.61996年度末 13.11997年度末 14.21998年度末 14.81999年度末 15.42000年度末 16.02001年度末 16.22002年度末 16.42003年度末 17.22004年度末 18.52005年度末 20.12006年度末 20.82007年度末 21.4

(備考)損害保険料率算出機構データによる

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この状況を受けて、地震保険の必要性の理解促進と、一層の普及拡大努力を政府と損

害保険業界ですすめることとなった。

日本損害保険協会によるマスメディアを利用した広告・宣伝活動に加え、損害保険会

社各社による地震保険おすすめハガキの出状などを通じ、地震に関する世論の関心の高

まりと相まって、地震保険の普及率は確実に上昇し、2008 年 3 月末時点では、世帯加

入率は、21.4%まで上昇することとなった(図表5-4参照)。また、火災保険への地震

保険の付帯率3についても、44.0%まで

上昇した(図表5-5参照)。

また、地震保険の契約件数の増加に

あわせて、地震保険の総支払限度額は、

制度創設時の 3,000 億円から数回にわ

たって引き上げられ、2008 年 4 月に

は 5 兆 5,000 億円となっている。

図表5-6 地震保険総支払限度額の変遷

政府 保険会社

1966年6月 3,000億円 2,700億円 300億円

1972年5月 4,000億円 3,400億円 600億円

1975年4月 8,000億円 6,775億円 1,225億円

1978年4月 1兆2,000億円 1兆0,163億円 1,838億円

1982年4月 1兆5,000億円 1兆2,715億円 2,285億円

1994年6月 1兆8,000億円 1兆5,258億円 2,742億円

1995年10月 3兆1,000億円 2兆6,884億円 4,116億円

1997年4月 3兆7,000億円 3兆1,974.5億円 5,025.5億円

1999年4月 4兆1,000億円 3兆4,891.3億円 6,108.7億円

2002年4月 4兆5,000億円 3兆7,626.7億円 7,373.3億円

2005年4月 5兆円 4兆1,221.9億円 8,778.1億円

2008年4月 5兆5,000億円 4兆3,915億円 1兆1,085億円

実施日 総支払限度額内訳

3 付帯率とは、当該年度中に契約された火災保険契約(住宅物件)に地震保険契約が付帯されて

いる割合。

図表5-5 地震保険付帯率推移

年度付帯率(%)

2002年度末 33.32003年度末 34.92004年度末 37.42005年度末 40.32006年度末 41.72007年度末 44.0

(備考)損害保険料率算出機構データによる

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125

1.2.4 損害保険料控除の廃止と地震保険料控除の創設

従来の火災保険・傷害保険等に対する損害保険料控除は、2006 年 12 月末をもって廃

止となり、2007 年 1 月から、「地震保険料控除」が創設され、国税は 2007 年分以後の

所得税、地方税は 2008 年度分以後の個人住民税について適用されることとなった。

2.地震保険制度の課題

2.1 再保険スキーム

前述のとおり、地震保険において1回の地震等で支払われる総支払限度額は、地震保険

の加入件数増に伴うPML(Probable Maximum Loss: 予想最大損失額)の増加にあわせ

て、数回にわたって引き上げを行っている。

制度創設時には、総支払限度額は 3,000 億円であったが、2008 年 4 月の改定により、5

兆 5,000 億円にまで引き上げられた。

政府および民間の責任負担の方法

(再保険スキーム)を図示したもの

が、図表5-7である。支払保険金

が 1,100 億円以内であれば民間が

100%負担し、1,100 億円超、1 兆

7,300 億円以内の部分については、

政府と民間で 50%ずつ負担し、1 兆

7,300 億円を超える部分については、

政府が 95%、民間が 5%を負担する

こととなる。(2009 年 3 月現在)

この再保険スキームに基づく政府と民間

の負担額を示したものが、図表5-8であ

り、再保険スキームにおける負担部分の単

純合計額を示したものである。前述のとお

り、発生頻度が高い損害額の低い部分について、民間が 100%負担する仕組みとなってい

るため、過去の地震保険の支払い実績としては、民間の負担が多く発生している。

図表5-7 地震保険再保険スキーム

5%

50%

 政府負担分

 民間負担分

5兆5,000億円

1兆7,300億円

1,100億円

図表5-8 政府と民間の負担額

政府

民間

合計

4兆3,915億円

5兆5,000億円

1兆1,085億円

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126

図表5-9は、地震保険の支払実績をまとめたものであるが、1,100 億円を超える支払

実績は無く、政府が実際に負担した地震は、阪神・淡路大震災のみとなっている。(当時

は、660 億円までの部分が民間 100%負担となっていた。)

図表5-9 地震保険金支払実績

地震名 発生年月日支払保険金

(単位:億円)

1 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災) 1995年1月17日 783

2 芸予地震 2001年3月24日 169

3 福岡県西方沖を震源とする地震 2005年3月20日 168

4 平成16年新潟県中越地震 2004年10月23日 149

5 平成19年新潟県中越沖地震 2007年7月16日 81

6 福岡県西方沖を震源とする地震 2005年4月20日 63

7 十勝沖地震 2003年9月26日 60

8 平成20年岩手・宮城内陸地震 2008年6月14日 59

9 岩手県沿岸北部を震源とする地震 2008年7月24日 29

10 鳥取県西部地震 2000年10月6日 29

(備考)日本損害保険協会『地震保険による保険金の支払い』

※日本地震再保険株式会社調べ(2008年3月31日現在)。 ただし、平成20年岩手・宮城内陸地震および岩手県沿岸北部を震源とする地震は日本損害保険 協会調べの見込み額。※岩手県沿岸北部を震源とする地震の支払保険金は2,885百万円。 鳥取県西部地震の支払保険金は2,868百万円。

このように、発生頻度の高い損害額が小さい部分については、民間で負担し、巨額な損

害が発生した場合には、政府が主に負担する仕組みとなっている。

図表5-10は、2007 年度末

時点の政府の責任準備金および

民間の危険準備金残高を集計し

た数値であるが、1 兆 7,300 億

円以下の損害が発生した場合に

は、民間の負担額は 9,200 億円

となり4、概ねこれらの準備金残高で賄うことができるよう、再保険スキームがつくられて

いる。

4 図表5-7より、1,100 億円以下は全額民間負担、1,100 億円超 1 兆 7,300 億円以下は 50%の

民間負担となるため、以下の算式より民間負担額は 9,200 億円となる。 1,100 億円+(1 兆 7,300 億円-1,100 億円)×50%=9,200 億円

政府

民間

合計

(備考)日本地震再保険株式会社    『日本地震再保険の現状(2008)』,20頁

1兆1,386億円

9,080億円

2兆 467億円

図表5-10 2007年度末時点の政府の責任準備金       および民間の危険準備金残高

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127

今後、地震保険の普及がすすんだ場合には、さらなる総支払限度額の引き上げが必要と

なる可能性があるが、その場合でも、安定的な制度運営のために、民間の負担額と準備金

残高との関係を引き続き維持する必要がある。

また、地震保険の総支払限度額は、「1回の地震等」に対する限度額設定であるため、

大規模地震や連続地震の発生により危険準備金が枯渇した場合でも、引き続き巨額の責任

を負担し続ける必要がある。しかしながら、大規模地震や連続地震発生時に、どのように

総支払限度額および官民の負担額を設定するか明確なルールは存在しておらず、制度運営

上の課題となっている。

上記の課題に加えて、地震保険法では、保険金の支払のため必要があるときは、政府が

保険会社等に対して資金のあっせん・融通に努める旨の規定が設けられているが、この規

定をより有効に機能させるためには、具体的な手続き等について事前に検討することが必

要である。

2.2 支払条件

図表5-11は、今後大きな地震災害が想定される地域の世帯加入率等を集計したもの

であるが、大規模地震が発生した場合には、民間の損害保険会社がその機能自体を維持す

るとともに、数百万件の契約について、損害認定をスムーズに行い、地震保険金の迅速な

支払を行う必要性が生じる。「被災者の生活の安定に寄与する」という地震保険法の趣旨

を踏まえ、大規模地震発生時においても、被災者の納得感を維持しつつ、保険金が迅速、

円滑かつ公平に支払われるように対策を講じる必要がある。

現状の地震保険においては、地震保険独自の区分である「全損」、「半損」および「一部

損」の認定基準に従って保険金を支払う。(図表5-12参照)

他方、2007 年 12 月に改正・施行された被災者生活再建支援法においては、「全壊」、「大

規模半壊」および「半壊」の区分に基づき、地方自治体が発行する罹災証明書によって支

援金が支給される。(図表5-13参照)

損害保険会社の損害調査体制の整備はすすめられているものの、地震保険の保有契約件

数は 1,164 万件を超えており(2008 年 11 月末時点)、さらなる普及・促進による件数増

加が見込まれている中、地震保険金を迅速、円滑かつ公平に支払うという課題は、さらに

顕著になることが想定される。

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128

大規模地震発生時における地震保険金の支払を円滑化し、官民の認定基準が異なること

による混乱の回避のためには、地方自治体が発行する罹災証明書の基準と地震保険の認定

基準との整合を図るということは、検討に値すべき課題である。

図表5-11 大きな地震災害が想定される地域の世帯加入率

(平成20年3月31日現在)

地 震 名世帯数(A)(千世帯)

件 数(B)(千件)

保険金額(百万円)

世帯加入率(B/A)(%)

今後30年以内に発生する確率

関 東 大 地 震 22,925 5,925 47,763,504 25.85 ほぼ0%~1%

首都直下地震 16,149 4,290 34,273,727 26.57 70%程度

東 海 地 震 21,796 5,876 47,248,247 26.96 87%(参考値)

東 南 海 地 震 20,722 5,076 40,893,859 24.50 60%~70%程度

南 海 地 震 28,316 6,575 53,285,743 23.22 50%程度

東京、埼玉、千葉、神奈川、山梨、静岡、茨城、栃木、群馬、長野、愛知東京、埼玉、千葉、神奈川、茨城東京、神奈川、山梨、静岡、愛知、岐阜、三重、埼玉、千葉、長野静岡、愛知、三重、大阪、奈良、和歌山、岐阜、滋賀、京都、兵庫、千葉、神奈川、徳島三重、大阪、兵庫、奈良、和歌山、岡山、徳島、香川、愛媛、高知、京都、広島、山口、大分、宮崎、

                千葉、神奈川、静岡、愛知、島根、福岡、熊本、鹿児島(注)1.損害保険料率算出機構の直近被害想定にもとづく、主な被災都府県を対象として当社で作成。   2.今後30年以内に発生する確率は政府の地震調査研究会推進本部の「全国を概観した地震動予測地図」2008年版による。    首都直下地震の確率は南関東のM7程度の地震の確率とした。

(備考)日本地震再保険株式会社『日本地震再保険の現状(2008)』,21頁

南 海 地 震 ( 2 府 21 県 ) :

関 東 大 地 震 ( 1 都 10 県 ) :首 都 直 下 地 震 ( 1 都 4 県 ) :東 海 地 震 ( 1 都 9 県 ) :東 南 海 地 震 ( 2 府 11 県 ) :

図表5-12 地震保険の損害認定基準

区分 建物 家財

主要構造部の損害額が建物の時価の50%以上焼失・流失床面積が建物の延床面積の70%以上主要構造部の損害額が建物の時価の20%以上50%未満焼失・流失床面積が建物の延床面積の20%以上70%未満主要構造部の損害額が建物の時価の3%以上20%未満建物が床上浸水または地盤面より45cmを超える浸水を受け、損害が生じた場合で全損または半損に至らないとき

損害額が家財全体の時価の80%以上

損害額が家財全体の時価の30%以上80%未満

損害額が家財全体の時価の10%以上30%未満

全損

半損

一部損

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2.3 料率

前述のとおり、住宅の耐震性能を保険料率に一層反映させるべきであるとの要請を受け

て、地震保険においては、2001 年 10 月の建築年割引および耐震等級割引、2007 年 10 月

の免震建築物割引および耐震診断割引の制度を導入している。

しかしながら、耐震性能の保険料率への反映という観点に加え、耐震化促進へのインセ

ンティブとするために、より一層、住宅の耐震性能を保険料率に反映すべきとの声がある。

たとえば、規制改革会議が 2007 年 12 月 25 日に公表した「規制改革推進のための第2

次答申」においては、「地震保険についても、耐震性が低く倒壊や全壊の危険性が高い建

物に対しては、そのリスクに応じた高い保険料を設定し、耐震性が高く安全な建物に対し

ては低い保険料を設定することを通じて、新築であれ改修であれ、耐震化促進へのインセ

ンティブを付与することが重要である。」と記載されている。

地震保険制度の公的性格から、割引の適用にあたっては、公的機関が発行する書類や住

宅性能評価書の取り付けを必要としており、割引適用時の条件が厳格に規定されている

(図表5-14参照)。現行どおり、厳格な確認書類取り付けのルールを維持しつつ、割

引のバリエーションを増加させた場合、地震保険の引受実務の複雑化は回避できない問題

となる。引受実務の複雑化は保険契約者にとっても煩雑でロードが増えることを意味する

ことから、割引制度の検討にあたっては、地震保険の引受実務面についても十分に配慮す

ることが必要である。

また、より一層住宅の耐震性能を保険料率に反映させるためには、建築年代のみならず

メンテナンスの状況および地盤の状況等を勘案することが考えられるが、割引適用の実務

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運用を可能とするためには、住宅履歴書など住宅の性能情報に関するインフラ整備が前提

となる。

地震保険は、火災保険とセットで販売することにより、販売コストを削減し、可能な限

り地震保険の保険料水準を低くおさえているが、この割引資料の取り付けは火災保険では

必要とされない地震保険固有の実務となっており、募集実務の複雑化が、保険料水準の引

き上げにつながらないように対策を検討することが必要である。

図表5-14 地震保険の割引制度 割引の種類 対象・割引率・確認資料

建築年割引 対象 :昭和 56(1981)年 6 月 1 日(建築基準法に定める現行耐震基準実施日)以後に新築された居住用建物およびこれに収容される家財

割引率 :10% 確認書類:建物登記簿、重要事項説明書(宅地建物取引業者が建物の売買、

交換または貸借の相手方等に対して交付)等 耐震等級割引 対象 :耐震性能が耐震等級 1~3 に該当する居住用建物およびこれに収

容される家財 ※耐震等級とは、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に規

定する日本住宅性能表示基準に定められた耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)、または国土交通省の定める「耐震診断による耐震等級の評価指針」に基づく耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)をいう。

割引率 :次のとおり 耐震等級 割引率

3 極めて稀に(数百年に1度程度)発生する地震による力(建築基準法施行令第 88 条第 3 項に定めるもの)の 1.5 倍の力に対して倒壊、崩壊等しない程度

30%

2 極めて稀に(数百年に1度程度)発生する地震による力(建築基準法施行令第 88 条第 3 項に定めるもの)の 1.25 倍の力に対して倒壊、崩壊等しない程度

20%

1 極めて稀に(数百年に1度程度)発生する地震による力(建築基準法施行令第 88 条第 3 項に定めるもの)に対して倒壊、崩壊等しない程度

10%

確認書類:住宅性能評価書(登録住宅性能評価機関から交付)または耐震性能評価書(登録住宅性能評価機関または指定確認検査機関から交付)

耐震診断割引 対象 :耐震診断または耐震改修により、建築基準法に定める現行耐震基準に適合していることが確認された居住用建物およびこれに収容される家財

割引率 :10% 確認書類:次のとおり

確認書類 確認書類の発行者

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割引の種類 対象・割引率・確認資料 耐震基準適合証明書(中古住宅の購入または増改築をした住宅について、住宅ローン減税等を受ける際に提出)

登録住宅性能評価機関 指定確認検査機関 建築士

住宅耐震改修証明書(地方公共団体等の定める地域内の既存住宅について、耐震改修を行ったことにより所得税減税を受ける際に提出)

地方公共団体の長

耐震化促進を目的とする減税(平成17 年度・18 年度の税制改正により導入)の適用を受ける際に提出される、建物が建築基準法に定める現行耐震基準に適合していることが確認できる右のいずれかの書類

地方税法施行規則附則第 7 条第 6 項の規定に基づく証明書(既存住宅について、耐震改修を行ったことにより固定資産税減税を受ける際に提出)

登録住宅性能評価機関 指定確認検査機関 建築士 地方公共団体の長

耐震診断の結果により、国土交通省の定める基準(平成 18 年国土交通省告示 185 号)に適合することを地方公共団体、建築士、指定確認検査機関、登録住宅性能評価機関が証明した書類

登録住宅性能評価機関 指定確認検査機関 建築士 地方公共団体の長

免震建築物 割引

対象 :免震建築物と評価された居住用建物およびこれに収容される家財割引率 :30% 確認書類:住宅性能評価書(登録住宅性能評価機関から交付)

(備考)損害保険料率算出機構『地震保険基準料率のあらまし』

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3.地震保険制度の改善に関する議論

地震保険の普及・促進のための商品改善、耐震化促進に資する制度改善等の議論が行われてい

るが、これらの議論は、「地震保険の商品改善に関する議論」、「耐震化促進の観点での地震保険の

商品改善に関する議論」、「地震保険の販売方法に関する議論」および「地震保険金の支払方法の

改善に関する議論」に分類が可能である。

それぞれの議論についての実務上の課題等は下記のとおりである。

3.1. 地震保険の商品改善に関する議論

3.1.1 料率水準の引き下げ

普及・促進のために料率水準を引き下げるべきとの議論がある。

既に家計分野の地震保険の料率水準は、企業分野向けの地震リスクをカバーする特約よ

りも大幅に低いものとなっており、日本は、世界でも稀な地震リスクの集積地域であるこ

とに鑑みると、十分に割安であるという意見もある。

また、現行の料率水準は、ノーロス・ノープロフィットの原則に基づき設定されており、

料率水準を引き下げる場合は、政府および民間の損害保険会社にロスが発生することにな

る。

料率水準の引き下げは、地震保険の普及・促進に資することが明らかではあるものの、

これらの課題について、整理することが必要である。

3.1.2 付保割合の引き上げ

現状では、地震保険の引受は、火災保険の保険金額の 50%が上限となっているが、地

震保険の普及・促進のためには、これを 100%まで引き上げるべきとの議論がある。

付保割合を引き上げた場合には、PML(Probable Maximum Loss: 予想最大損失額)

が大きく増加することが想定され、とりわけ民間保険会社のリスク負担能力の問題が顕

著となる。また、地震保険法の趣旨を踏まえ、引受時の危険選択を行っていないことか

らもリスク管理が難しいといえる。

このため、PMLの大幅増加時においても、民間の負担額と準備金残高との関係を引

き続き維持する方針を明確化しない限り、制約を設けずに付保割合をアップすることは

難しいと言える。

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133

他方、現状においても耐震等級割引等の地震保険の割引制度を適用する際には、確認

資料の取り付けを行う実務が定着していることを勘案すると、耐震性能に応じて付保割

合の引き上げを行うことは、一定程度、検討に値すると思われる。

3.2 耐震化促進の観点での地震保険の商品改善に関する議論

3.2.1 新耐震基準への適合物件の料率水準の引き下げ

建物の耐震化を促進させるために、建築基準法に定める現行耐震基準(新耐震基準)

に合致している場合の料率水準を引き下げるべきという議論がある。

仮に料率水準を引き下げる場合には、地震保険料の総額を現状と同水準とする前提に

おいては、新耐震基準に適合しない物件について料率水準を大きく引き上げることが必

要となる。

このため、耐震改修を希望しても行えない世帯層が、実質的に地震保険に加入できな

くなる虞がある。

耐震化促進の政策と、新耐震基準の適合有無による料率差の拡大との最適なバランス

を模索する必要がある。

3.2.2 新耐震基準への適合物件のみを地震保険の引受対象とすること

上記 3.2.1 の議論をさらにすすめ、地震保険の加入を、新耐震基準に適合している場

合に限定するという議論がある。

仮にこのような限定を行った場合には、新耐震基準に適合していない建物の居住者に

ついては、地震保険の引受を拒絶することとなり、影響が大きい。

上記 3.2.1 と同様に耐震改修を希望しても直ちには行えない世帯層に対する配慮が必

要であり、耐震化促進の政策との最適なバランスを模索する必要がある。

3.3 地震保険の販売方法に関する議論

3.3.1 地震保険の単独販売

地震保険への加入は、民間の損害保険会社の火災保険への加入が前提となることから、

消費者の選択の自由度を高くするために、地震保険を単独販売すべきとの議論がある。

地震保険を火災保険とセットで販売することにより、地震保険の販売コストが削減さ

れ、低廉な保険料で地震保険を提供することが可能となっている。

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地震保険の単独販売を行った場合には、火災保険料は不要となるが、地震保険料は現

行水準よりも高くなることが想定される。

また、火災保険とセットで販売される地震保険の保険料と、単独販売される地震保険

の保険料について格差が生じることについて、整理が必要である。

3.3.2 地震保険の強制付帯

地震保険の普及をより促進するために、火災保険への地震保険の強制付帯を行うべき

との議論がある。

仮に火災保険に地震保険を強制付帯させるとなると、自己責任に基づいて地震保険を

必要としないと判断した契約者にも、地震保険料の負担を強いることになる。

他方、保険料負担の観点から、火災保険の加入をもあきらめざるを得ないケースが生

じる可能性がある。

地震保険制度の創設時には、特定の火災保険商品に自動付帯する方式で、地震保険は

販売されていたが、その後の議論を経て、現行の「原則自動付帯」方式に改められた経

緯を踏まえた議論が必要であると考えられる。

3.4 地震保険金の支払方法の改善に関する議論

3.4.1 地震保険の保険金支払を罹災証明書によって行う

現行の地震保険の保険金支払は、独自の基準および損害認定に基づいて行われている。

大規模地震発生時における地震保険金の迅速な支払いの実現のため、官民の基準を統一

することで、地方自治体の発行する罹災証明書を損害認定に活用できるのではないかと

の議論がある。

被災者生活再建支援法の改定が行われた現状においては、損害認定要員の有効活用お

よび被災者の損害認定に対する納得感の観点からも、罹災証明書に基づく認定方法は、

検討に値する課題である。

なお、罹災証明書が発行されないケース(賃貸住宅の居住者や、一部損の場合等)へ

の対応方針について整理が必要である。

4.まとめ

地震保険は 1966 年の制度発足以降の歴史の積み重ねがあり、民間の損害保険会社の引受実務

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も既に確立されている。このため、現状の実務を大きく変える改定については、フィージビリテ

ィを見極めた上で、契約者に与えるメリットおよびデメリットを慎重に検討する必要がある。

また、民間の損害保険会社が、さらに地震保険の普及・促進を図るためには、PML増加に対

する民間損害保険会社のリスク負担能力の観点から、現状の官民の負担額の設定方法を継続する

ことが必要である。

一民間企業であり、株主に対して説明責任を負う損害保険会社が、地震保険の普及・促進を図

るためには、何らかのインセンティブまたは普及・促進に伴うリスク負担額の増加等のデメリッ

トの解消が必要であり、少なくとも地震保険制度の現状の課題について整理し、方向性を明らか

にする必要がある。

以上

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<参考文献>

損害保険料率算出機構(2008)『日本の地震保険(平成 20 年 4 月版)』

損害保険料率算出機構(2008)『地震保険基準料率のあらまし』

日本地震再保険株式会社(2008)『日本地震再保険の現状(2008)』

内閣府『災害に係る住家の被害認定の概要』

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「6 章 災害関連施策における財源措置と地方の役割」

明海大学経済学部講師 宮崎 毅

要旨 本稿の主目的は、災害時における災害応急対策、災害復旧・復興の体系を、国と地方の

役割分担と財政負担の視点から整理することである。特に、災害救助法、被災者衣生活再

建支援法、負担法・暫定法・激甚法、復興基金の設立を分析の対象とする。分析の結果、

災害に関連する施策には、次のような特徴があることが明らかとなった。第 1 に、災害関

連の施策には、財源の国庫補助、地方負担分に対する地方債に対しての普通交付税措置な

どの国による手厚い財政措置がある。第 2 に、災害関連施策の実施において地方団体の裁

量はほとんどない。第 3 に、交付団体と不交付団体で財政措置に大きな格差がある。被災

地域に対して国の財源保障が十分に大きく、災害事業に対する地方団体の裁量が小さけれ

ば、地方団体は事前における被害 小化への努力を小さくする可能性がある。したがって、

災害関連施策の実施において、今後国と地方の役割分担の明確化が必要だろう。 1.はじめに 日本の災害対策制度は、制度上各省庁の法律がばらばらに組み入れられており、災害対

策全体の調整が不十分なまま、災害のたびに新たな救済制度が拡充してきた。阪神・淡路

大震災後には、被災者の生活再建や住宅再建支援の必要性から被災者生活再建支援制度が

発足し、新潟県中越地震後には同制度の年収・年齢要件、使途の制限が撤廃された。発災

時には、災害救助・応急対策、被災者支援制度、災害復旧事業、災害復興について様々な

支援措置を順次適用し、国が中心となって災害時に要請される事業を実施してきた。様々

な施策が準備されているが、上述のように、各省庁の法令を全体としてうまく調整する機

能が十分ではなかったために、制度間で事業の重複がある等問題点も指摘されている。 こうした一連の災害対策事業の制度に関する研究は、実務上の必要性から概観した書物

が中心だった1が、財政面から各制度の特徴や問題点などを指摘した研究は阪神・淡路大震

災以降増えてきた。宮入(1996)は、阪神・淡路大震災の被害の特徴や災害対策の問題点

として個人被害補償の手薄さや公共施設復旧対策への偏重、小規模な復興基金等を挙げな

がら、国・県・市の震災復興財政の特徴をまとめている。舟場(1998)は、阪神・淡路大

震災時の神戸市の財政では、災害救助費や住宅費及び商工費において不要額の割合が非常

に高く、繰り越し割合が大きいことを指摘している。水野(1998)は、阪神・淡路大震災

の救助・復旧復興事業費について財源の経路と規模を推計し、国と地方の復興財政の規模

1 例えば、災害対策制度研究会編著(2002)。

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は約 5 兆円程度と述べている。安田他(2000)は阪神・淡路大震災の被災地方団体を対象

に、震災対策としてどの事業にいくら資金が投入されたのかを調べ、復興資金の総額を 9兆 7,000 億円と推計している。 このように、阪神・淡路大震災を中心に、復旧・復興期の財政規模や資金需要などを算

出した研究が蓄積されてきている。本稿では、新潟県中越地震のケースも含めて、災害対

策施策における国と地方自治体の実施体制と財源負担の状況に焦点を当てて、災害対策財

源の実情を明らかにする。発災時からの適用順に、災害応急救助では災害救助法、被災者

支援では被災者生活再建支援法、災害復旧では「公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法」

(以下、負担法)と「農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律」

(以下、暫定法)、「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」(以下、激

甚法)、災害復興期の復興基金を取り上げ、国と地方自治体間の役割の違いを分析する。 第 2 節では、本稿で関心のある災害救助法、被災者生活再建支援法、負担法・暫定法・

激甚法、復興基金の制度を説明する。第 3 節では、阪神・淡路大震災と新潟県中越地震の

被災状況や上記の制度の適用状況と財政措置、財源にかかる特別措置を概観する。第 4 節

では、自然災害リスクの特徴を踏まえた地震被害想定の考え方と被害想定の災害復興にお

ける活用状況を簡単に紹介する。第 5 節が、結論である。 2.災害関連施策における国と地方の財政措置 2.1 災害時の応急対策 2.1.1 災害救助法 災害救助法の目的は「災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体及

び国民の協力の下に、応急的に、必要な救済を行い、災害にかかった者の保護と社会の秩

序の保全を図ること」(災害救助法第一条)で、災害発生後における応急時の国の対応を定

めている。図表 6-1 にあるように、災害現場では応急救助は都道府県が国の機関として救

助の実施に当たるが、市町村長はこれを補助するように定められており、必要であれば都

道府県は救助に関する事務を市町村長が行うこととすることが出来る。なお、都道府県が

処理することとされている事務、及び市町村が処理することとされている事務は法定受託

事務とされている(同法第三十二条の二)。(第一号)法定受託事務は、「国が本来果たすべ

き役割に係るものであつて、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものと

して法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの」とあり、国政選挙や旅券発行等の事務

であることから、地方が独自の政策を行う等裁量を行使する余地はほとんどない。

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139

図表 6-1:災害対策施策の実施体制と地方の裁量

(備考)関係法令などを参考に作成。

費用負担は、「・・・救助に要する費用(救助の事務を行うのに必要な費用を含む。)は、

救助の行われた地の都道府県が、これを支弁する。」(同法第三十三条)とあるように、都

道府県が支弁するとされているが、費用が都道府県の標準税収の一定割合を超えると、国

も 高9割まで負担する。図表 6-2 にあるように、救助に要した費用の合計額が、普通税

について標準税率で算定した収入見込み額について、次の区分に従って国庫が負担する(同

法第三十六条)。 (1)収入見込み額の百分の二以下の部分については、その額の百分の五十、 (2)収入見込み額の百分の二をこえ、百分の四以下の部分については、その額の百分の八十、 (3)収入見込み額の百分の四をこえる部分については、その額の百分の九十。 従って、収入見込み額に対して費用が大きくなるようであれば国庫負担の割合は増加し、

例えば阪神・淡路大震災時のときの兵庫県に対する国庫負担は 80/100 以上であった(石

井他、1995)。

時期 項目 根拠法など 関係省庁 内容 実施機関 事務の種類

災害救助・応急対策

災害救助 災害救助法 厚生労働省

応急仮設住宅の供与、住宅の応急処理、炊出しその他による食品の給与、避難所の設置

都道府県が実施し、市町村がこれを補助する。事務の一部は市町村長が行うこととできる。

第一号法定受託事務

生活再建支援・住宅再建支援

被災者生活再建支援法 内閣府生活再建のための被災者生活再建支援金の支給

都道府県又は委託を受けた支援法人。都道府県又は当該支援法人は事務の一部を市町村に委託できる。

公共土木施設災害復旧事業 公共土木施設災害復旧事業

費国庫負担法農林水産省、国土交通省

河川、海岸、砂防設備、林地荒廃防止施設、地すべり防止施設、急傾斜地崩壊防止施設、道路、港湾、漁港、下水道、公園

国(国直轄事業)都道府県、市町村(法定受託事務)

法定受託事務(国補助事業)

農林水産業施設等災害復旧事業

農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律

農林水産省、国土交通省

農地、農業用施設、林業用施設、漁業用施設、共同利用施設

都道府県国庫補助事業

激甚災害指定

激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律

内閣府、各省庁

地方公共団体の行う災害復旧事業等への国庫補助の嵩上げや中小企業に対する低利融資など、特別の財政助成措置。

都道府県、市町村(各法令に準拠)

災害復興 復興基金

条例方式:地方自治法第241条普通交付税措置について 地方交付税法附則第6条

総務省(起債と普通交付税措置が関係)

災害からの復興において、既存の復興施策を補完し、被災者の救済及び自立支援のために、また、被災地域の総合的な復興対策を長期的、安定的、機動的に進める。

支援法人、市町村

災害復旧

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図表 6-2:災害施策の財源措置

財源措置の模式図 1 災害救助法

その他に、「災害救助費×0.4」に

ついて特別交付税措置

2 被災者生活再建支援法 3 公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法(負担法)

時期 項目 根拠法など 国庫負担など 地方債 普通交付税 特別交付税

災害応急対策

災害救助 災害救助法

事業量/標準税収入     補助率2/100以下の部分       50/1002/100超4/100以下の部分  80/1004/100超の部分         90/100

(激甚の対象団体)災害対策債  地方負担額の100%

(現年災Bの一部)災害救助費×0.4(地方負担限度額)(災害特例債)災害対策債の元利57%

生活再建支援・住宅再建支援

被災者生活再建支援法

国の補助            1/2被災者生活再建支援法人 1/2 基金は全国の都道府県が拠出。

(地方債の特例)地方債を拠出に要する経費と出来る。

公共土木施設災害復旧事業

公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法

(現年災)国庫負担率 事業費/標準税収入      補助率  0 ~ 1/2以下          2/3  1/2 ~ 2以下          3/4  2超                 4/4国直轄事業 地方の負担は、上記と同じ。

補助災害復旧事業債(現年災害は地方負担額の100%、過年災害は90%)

単独災害復旧事業債(負担額の100%)

農林水産業施設等災害復旧事業

農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律

国庫補助率農地          (事業費の)5/10農業用施設             6.5/10林地荒廃防止施設         6.5/10奥地幹線林道            6.5/10その他林道             5/10漁業用施設             6.5/10共同利用施設           2/10・甚大な被害を受けた地域農地      8/10(政令で定める部分、9/10)農業用施設  9/10(同部分、10/10)奥地幹線林道 9/10(同部分、10/10)その他林道   7.5/10(同部分、8.5/10)漁業用施設  9/10(同部分、10/10)

補助災害復旧事業債(現年災害は地方負担額の80%、過年災害は70%)

単独災害復旧事業債(負担額の65%)

災害復興 復興基金

普通交付税措置について 地方交付税法附則第6条

なし

事業費の一定割合について、95%を普通交付税措置(阪神淡路大震災、新潟県中越地震のケース)

災害復旧補助災害復旧事業債の元利償還金のうち95%を基準財政需要額に算入(現年災と過年災は同じ)

特別交付税措置一般:下記の項目の合算額○都道府県分 (現年災A) 国庫関連災害復旧事業費×0.015 (現年災B) り災世帯数×17,600円 農作物被害面積(ha)×3,100円 死者・行方不明者数×875千円 障害者数×437,500円 災害救助費×0.4 (過年災:前年度分) 公共土木災害復旧事業:元利償還金の95% 単独災害復旧事業及び小災害:元利償還金の47.5%○市町村分 (現年災A) 国庫関連災害復旧事業費×0.015 (現年災B) 被災世帯数×23.5千円 全壊戸数×161千円 半壊戸数×80,600円 床上浸水家屋×4,600円 床下浸水家屋×2,600円 農作物被害面積(ha)×6,000円 死者・行方不明者数×875千円 障害者数×437,500円 (現年災C) 現年災Aの算定額×0.5 現年災Bの算定額×0.2

国庫負担 1/2

被災者生活再建支援法人 1/2

(地方債を基金の拠出に充てること

が出来る)

国庫負担 2/3~

(事業量/標準税収入に応じて措置)

災害復旧事業債の元利償還金のうち 95%

を普通交付税措置 地方の負担

国庫負担 1/2~

(事業量/標準税収入に応じて措置)

災害対策債の 57%を特別交付税措置 地方の負担

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4 農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律(暫定法) 5 単独災害復旧事業 6 激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(激甚法) 7 復興基金

(備考)関連法令や石井他(1995)をもとに作成。現年災とは、特別交付税についてはそ

の年の 1月 1日から 10 月 31 日までの間に発生した災害(火災を除く)。

なお、災害救助事業においては地方の負担分は、特別交付税措置や災害対策基本法に規

定する地方債(以下、「災害対策債」)の発行が行われる2。当該年度(災害の発生した年の

1 月 1 日から 10 月 31 日)に発生した災害のために、災害救助法の規定によって負担する

経費に 0.4 を乗じて得た額が特別交付税措置される3(特別交付税に関する省令第二条)。

また、地方負担は全額災害対策債の発行が可能で、元利償還金の 57%が特別交付税措置さ

れる。 2.2 被災者支援、災害復旧のための施策 2.2.1 被災者生活再建支援法4 本節では、阪神・淡路大震災における個人補償の手薄さから、生活再建のための支援策

として成立した被災者生活再建支援法を概観する。ただし、被災者生活再建支援制度は佐

2 ただし、地方負担についての災害対策債の発行は可能だが阪神・淡路大震災まで発行がなかった。阪神・淡路大震災

では地方負担の 100%に災害対策債を充当し、元利償還金の 95%を特別交付税措置している(石井他、1995)。 3 ただし、算定された額が都道府県の負担額を上回る場合には、都道府県負担の全額とする。 4 被災者生活再建支援制度は、佐藤(2009)を参照されたい。

国庫負担 2/10~

(事業によって率が異なる)

災害復旧事業債の元利償還金のうち 95%を普通

交付税措置

単独災害復旧事業債 元利償還金の 28.5~57%を普通交付税措置

小災害復旧事業債 元利償還金の 66.7~95%を普通交付税措置

暫定法の例

国庫負担 2/3~

(事業量/標準税収入に応じて措置)

激甚災害の嵩上げ

地方負担分の 50~

災害復旧事業債の元利

償還金のうち 95%を普

通交付税措置

地方の負担

地方の負担

地方債の利払いの一定割合(新潟県中越地震では 5/6)

95%を普通交付税措置

地方の負担

地方の負担

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藤(2009)が詳述していることから、本章では国と地方の役割分担と費用負担を中心に説

明する。 阪神・淡路大震災では、収入や資産の不足により事前の保険加入、住居等の耐震化や事

後の生活再建を行えない人々が多数存在した上に、義捐金は 1 戸当たり数十万円が限界で

あったため、被災者に対する必要 小限の公助(セーフティネット)の必要性が指摘され

た5。この経験を踏まえ、1999 年に被災者生活再建支援制度が創設され、生活必需品に対

して 高 100 万円まで支給されるようになった。その後、個人財産への公費の支出には問

題があるとの見方もあったが、2004 年 4 月 1 日の改正では住宅の再建・補修や賃貸住宅

への入居などを支援の対象とする居住安定支援制度が創設され、生活関連経費と合わせて

支給限度額が 100 万円から 300 万円に引き上げられた。その後様々な議論等を踏まえ、

2007 年 12 月には改正被災者生活再建支援法が成立した。この改正では被災地の訴えが反

映されて、住宅の再建にかかる費用だけではなく住宅本体への支給が認められている。 次に、被災者生活再建支援制度の概要を述べる。都道府県が被災世帯主の申請に基づい

て被災者生活再建支援金の支給を行うが、都道府県は支援金の支給に関する事務の全部を

「被災者生活再建支援法人6(以下、支援法人)」に委託することができる(図表 6-1)。都

道府県又は委託を受けた支援法人は、支援金の支給に関する事務の一部を市町村に委託す

ることが出来、基本的には申請の窓口は市町村となる。事業内容は、申請者の要件を審査

して支援金を支給するという業務なので、ほとんど地方団体の裁量はないと考えてよいだ

ろう。実際、新潟県中越地震では全壊世帯の 40%程度しか居住関連経費を上限まで支給さ

れておらず、年齢・所得制限によって使い勝手が悪かったと指摘されている。被災世帯に

とっては一刻も早い支給が望まれていたが、審査に時間が掛かるため、迅速な対応ができ

なかったという意見もある。なお、支援金の申請期間、支給方法やその他の支援に必要な

事項は政令で定められる。 支援金は、図表 6-2 にあるように支援法人が支援業務を運営するために設立した基金か

ら支弁される。都道府県は世帯数やその他地域の事業を鑑みて、基金に当てるための資金

を拠出しており、約 1,200 億円(2009 年 2 月現在)が積み立てられている。都道府県の

拠出に要する経費については、地方財政法第五条に規定する経費に該当しないものについ

ても、地方債をその財源とすることができる(被災者生活再建支援法第十九条)。なお、国

は支援法人が支給する支援金額の 2 分の 1 を補助する。 2007 年の改正後は被災者によって使いやすい制度になっているが、一方で支給要件を大

幅に緩和したため、巨大地震が起きれば制度が破綻しかねない7。内閣府(首都直下地震

対策専門調査会)の試算では首都直下型地震では、 悪で 1 万 1 千人が死亡、全壊、火

災消失棟数は 85 万棟を超えて、被災者生活再建の支給額は 3 兆 4 千億円(朝日新聞の試

5 阪神・淡路大震災においては、被災者への現物支給だけではなく、現金支給も行うべきであるという要望が出され、

応急的な対応として、復興基金から 100 万円を上限として支給された。 6 改正前は、「被災者生活再建支援基金」と称されていた(被災者生活再建支援法第三章)。 7 朝日新聞、2007 年 12 月 14 日朝刊。

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算)にも達する。そのため、このような大規模地震が発生すれば、制度自体が機能しなく

なる恐れがある8。 2.2.2 負担法・暫定法・激甚法 道路・港湾・農地等の公共土木施設の被災については、公共の福祉の確保の観点からも

災害からの迅速な復旧が必要になる。こうした災害復旧事業として国は様々な事業を用意

しているが、本論文では、激甚法に基づく激甚災害制度とともに、国の災害復旧制度の恒

久的な確立を目的としている負担法及び暫定法を概観する。 負担法における災害復旧事業は災害によって必要を生じた事業で、被災した施設を原形

に復旧することを目的とするが、原形に復旧することが「著しく困難又は不適当な場合」

には代わるべき必要な施設をもって代替する(負担法第二条)。対象は図表 6-1 に記載した

公共土木事業施設に関する災害復旧事業で、該当する地方団体或いはその機関が実施する

ものについては、国が事業費の一部を負担する。なお、小額の災害復旧事業9などについて

は負担法は適用されない。地方団体が施行する事業は都道府県が市町村に関する事務を行

う権限を持つこともあるが、基本的には地方団体の裁量は小さい。 国が一部を負担する災害復旧事業費の国庫負担率は、現年災害については災害復旧事業

費の総額を標準税収と比べた比率によって、次のように定められている。 (1)地方団体の当該年度の標準税収入の 2 分の 1 までは、3 分の 2 (2)地方団体の当該年度の標準税収入の 2 分の 1 を超え 2 倍に達するまでの額、4 分の 3 (3)地方団体の当該年度の標準税収入の 2 倍を超える額、4 分の 4 図表 6-2 にあるように、地方負担は一般的な特別交付税措置によって充当される他、残る

地方負担分は、現年災害にかかる費用については全額災害復旧事業債を起債することが出

来、そのうちの 95%が普通交付税措置される。なお特別交付税は、一般的な特別交付税措

置だけではなく災害救助事業への支援を含めて算定した額の合算額となる。また、災害復

旧事業は出来るだけ速やかに実施することと目的としており、原則として国直轄事業は 2年、補助事業は 3 年で完了することとなっている。 負担法と同じく、暫定法の災害復旧事業とは被災した農地等を原形に復旧すること、或

いは原形に復旧することが著しく困難又は不適当な場合において代替施設を整備すること

となっている。事業は都道府県が実施し、国は災害復旧事業費の一部を予算の範囲内で補

助する。事業計画の策定や事業成績等の提出が求められることがあり、法定受託事務であ

る負担法の災害復旧事業とは異なるが、都道府県の事業における裁量は小さいだろう。特

別交付税措置や災害復旧事業債の発行等は負担法による事業と同じだが、「甚大な被害を受

けた地域」を除いて国庫補助率は負担法と比べて小さい。 激甚法は、災害対策基本法に規定する著しく激甚である災害が発生した場合における国

8 被災者生活再建支援制度に関する検討会では、首都直下地震や東海地震などの大規模震災ではこの点も議論された。 9 都道府県と指定市においては 120 万円、市(指定市を除く)町村においては 60 万円に満たないもの。

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の地方公共団体に対する特別の財政援助又は被災者に対する特別の助成措置を目的とする

(激甚法第一条)。特別の援助の対象となるのは、公共土木施設災害復旧事業等10や農地等

の災害復旧事業等11、中小企業支援のための特例、公立・私立教育施設の災害復旧事業等

である。公共土木施設の激甚災害指定は、昭和 59 年以降阪神・淡路大震災だけとなって

おり、豪雨による災害では各地の地方自治体から激甚災害指定の要望が出ていたにも関わ

らず、全国的な被害を基準とした激甚災害(以下、「本激」)には指定されなかった。そこ

で、2000 年 3 月に激甚災害指定基準が改正され、公共土木施設に激甚な被害が発生した

場合には速やかに激甚災害に指定できるようになった。 政令で定める基準に該当する都道府県又は市町村(以下、「特定地方公共団体」)への交

付金の交付額或いは負担金の減少額は、事業ごとの地方団体の負担額を標準税額と比べた

割合に応じて、率を乗じて算定される(図表 6-2)。例えば都道府県の公共土木施設災害復

旧事業の特別財政援助額は、次のように算定される。 (1)標準税収の 10/100~50/100 に相当する額については、50/100 (2) 標準税収の 50/100~100/100 に相当する額については、55/100 (3) 標準税収の 100/100~200/100 に相当する額については、60/100 (4) 標準税収の 200/100~400/100 に相当する額については、70/100 (5) 標準税収の 400/100~600/100 に相当する額については、80/100 (6) 標準税収の 600/100 を超える額については、90/100 なお、農地等の災害復旧事業等に係る補助については、国が予算の範囲において、政令で

定めた額を交付する。公共土木施設災害復旧事業においては、都道府県の場合 0.66~0.76の補助・負担率が 0.76~0.86 程度にかさ上げされる。また、残る地方団体の負担分は、負

担法や暫定法と同じように、特別交付税措置されるほか、元利償還金を基準財政需要に算

入できる災害復旧事業債を起債できることから、 終的な地方団体の負担額は大幅に減少

する。 2.3 復興事業 復興事業として、復興基金のあり方と制度を説明する。復興基金は、災害からの復興に

おいて、既存の復興施策を補完し、被災者の救済及び自立支援のために、また、被災地域

の総合的な復興対策を長期的、安定的、機動的に進めるために設立される(内閣府、2005)。図表 6-3 にあるように、2001 年 9 月に雲仙普賢岳噴火災害で地域の実情に応じたきめ細か

な被災者等の救済策を実施することを目的に設置され、その後被災者の生活再建や住宅再

建のために北海道南西沖地震、阪神・淡路大震災などでも県の出資や義援金により設立さ

れた。 基本的に都道府県により設置された財団が対象事業の決定や助成金の交付決定を行い、

10 公共土木施設災害復旧事業等には、負担法に規定された災害復旧事業のほか、公立学校の災害復旧事業、公営住宅

法や生活保護法、児童福祉法、老人福祉法などに規定された施設の災害復旧事業も含まれる。 11 暫定法の適用を受ける災害復旧事業とこの事業と合併して行う必要のある災害関連事業から成る。

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申請書の受理や審査、補助金等の交付決定などの事務手続きを市町村が実施する。2 次の

受付を復興基金が行うが、実質的な審査は 1 次受付の窓口である市町村が行うことが多い

ようである。被災者の生活再建や住宅再建など、地域住民の早期の自立を支援することを

目的としていることから、図表 6-3 にあるように、事業内容は被災者生活再建事業、被災

者住宅再建事業(住宅取得費の助成を含む)、中小企業を中心とした商工業復興事業などが

中心となる。財団方式による運営12のため、国や県など行政が支出できない事業に対して

も助成を行うことが出来るため、既存の被災者生活再建事業や災害復旧事業などが対処で

きないきめの細かい事業展開が可能となる。 図表 6-4:復興基金の仕組み:新潟県中越大震災復興基金のケース

(備考)新潟県資料より作成。

また、復興基金は事業資金の財源措置の方法に特徴がある。復興基金は被災者再建や地

域の復興支援のために通常行政では実施できないような事業を行うことを目的としており、

都道府県や市町村が出資して財団が運用益を事業費に充てている。条例方式で設立された

北海道南西沖地震の復興基金で財源とされた義援金はそのまま事業費と出来るが、図表

6-4 にあるように、財団方式では出資者と銀行、復興基金の間で次のような仕組みが構築

される(林、2007)。 (1)被災した自治体(県が中心)が金融機関引き受けで債券を発行する。 (2)起債で得た資金は、財団として設立する復興基金に無利子で貸付けないし、出資す

る。 (3)基金は得た資金で金融機関から債権を購入し自治体から、債権利子を受け取り事業

資金とする。 (4)国は自治体に地方交付税で債権利子の大半を補給する。

12 北海道南西沖地震では条例方式が採用されたが、出資金が義援金なので事業を決定する際に使途の制約は弱い。

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図表 6-3:復興基金の概要

(備考)内閣府(2005)、防災白書(各年度版)より作成。

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出資金の運用益を事業費としており、出資金の利払いの一部を地方交付税措置している

ことから、復興基金の事業費を地方交付税で支える仕組みということができる。なお、図

表 6-3 にあるように、事業費の一部だけを交付税措置するのは、公的資金を被災者の住宅

再建や個人資産の形成に用いるのは問題があり、交付税措置されていない財源で上記のよ

うな施策を実施するという考えに基づいている。ただ、どこまでが公的資金による事業な

のか判別が出来ないし、また地方財政における普通交付税の問題としても議論されている

ように、普通交付税措置によって必要のない事業まで実施されてしまう可能性はあるだろ

う。 3.新潟県中越地震の災害対策事業:阪神・淡路大震災と比較して 3.1 被災状況

2004 年 10 月 23 日の 17 時 56 分に、新潟県川口町で震度 7 を記録する大規模な地震が

発生した。都市部における地震ではなかったため、阪神・淡路大震災と同程度の地震の強

さを観測したが、人的被害は阪神・淡路大震災よりも非常に少なく、死者 59 名、重傷者

635 人、軽傷者 4,160 人であった(2006 年 2 月 1 日現在)。死者 59 人のうち地震時の家

屋倒壊やがけ崩れなどの直接的原因で死亡した人は 4 分の 1 の 16 名と少なく、大規模な

火災も発生しなかったので焼死者もいなかった。なお、住家被害は全壊 3,175 棟、半壊

13,772 棟(うち大規模半壊が 2,163 棟)、一部損壊が 103,603 棟となっているが、豪雪地

帯での災害であったために、住宅の多くが積雪に耐えうるように丈夫に設計されていたお

かげで、倒壊した住家の下敷きになって死亡した者は少なかった。 図表 6-5 は阪神・淡路大震災と新潟県中越地震の直接被害額だが、今回の地震の被害額

は 1 兆 6,542 億円と推計されている。なお、この被害額には商工業における大企業の被害、

公共事業とされない斜面の崩壊等の被害、国の補助対象とならない被害については除外さ

れている。建築物の被害額が も大きく、全体の 68.5%を占めている。内訳は住家が 6,389億円、公共建物、工場、車庫などからなる非住家が 4,949 億円で、住家と非住家の双方と

も被害が大きかった。また、公共土木施設等の被害額は 1,934 億円(全体の 11.7%)だが、

道路の被害額が 1,160 億円で公共土木施設等の被害のうち約 6 割を占めている13。農作物

の被害は少なかったものの、農業用水路、農道や林道など農業インフラの被害が大きく、

農林水産施設等の被害額が 1,305 億円(同 7.9%)であった14。

13 その内訳は、県管理道路が 498 億円、市町村管理道路が 256 億円、国管理道路が 157 億円、高速道路が 246 億円で

ある。 14 その内訳は、農業インフラが 948 億円、農地が 156 億円となっている。

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147

出資金の運用益を事業費としており、出資金の利払いの一部を地方交付税措置している

ことから、復興基金の事業費を地方交付税で支える仕組みということができる。なお、図

表 6-3 にあるように、事業費の一部だけを交付税措置するのは、公的資金を被災者の住宅

再建や個人資産の形成に用いるのは問題があり、交付税措置されていない財源で上記のよ

うな施策を実施するという考えに基づいている。ただ、どこまでが公的資金による事業な

のか判別が出来ないし、また地方財政における普通交付税の問題としても議論されている

ように、普通交付税措置によって必要のない事業まで実施されてしまう可能性はあるだろ

う。 3.新潟県中越地震の災害対策事業:阪神・淡路大震災と比較して 3.1 被災状況

2004 年 10 月 23 日の 17 時 56 分に、新潟県川口町で震度 7 を記録する大規模な地震が

発生した。都市部における地震ではなかったため、阪神・淡路大震災と同程度の地震の強

さを観測したが、人的被害は阪神・淡路大震災よりも非常に少なく、死者 59 名、重傷者

635 人、軽傷者 4,160 人であった(2006 年 2 月 1 日現在)。死者 59 人のうち地震時の家

屋倒壊やがけ崩れなどの直接的原因で死亡した人は 4 分の 1 の 16 名と少なく、大規模な

火災も発生しなかったので焼死者もいなかった。なお、住家被害は全壊 3,175 棟、半壊

13,772 棟(うち大規模半壊が 2,163 棟)、一部損壊が 103,603 棟となっているが、豪雪地

帯での災害であったために、住宅の多くが積雪に耐えうるように丈夫に設計されていたお

かげで、倒壊した住家の下敷きになって死亡した者は少なかった。 図表 6-5 は阪神・淡路大震災と新潟県中越地震の直接被害額だが、今回の地震の被害額

は 1 兆 6,542 億円と推計されている。なお、この被害額には商工業における大企業の被害、

公共事業とされない斜面の崩壊等の被害、国の補助対象とならない被害については除外さ

れている。建築物の被害額が最も大きく、全体の 68.5%を占めている。内訳は住家が 6,389億円、公共建物、工場、車庫などからなる非住家が 4,949 億円で、住家と非住家の双方と

も被害が大きかった。また、公共土木施設等の被害額は 1,934 億円(全体の 11.7%)だが、

道路の被害額が 1,160 億円で公共土木施設等の被害のうち約 6 割を占めている13。農作物

の被害は少なかったものの、農業用水路、農道や林道など農業インフラの被害が大きく、

農林水産施設等の被害額が 1,305 億円(同 7.9%)であった14。

13 その内訳は、県管理道路が 498 億円、市町村管理道路が 256 億円、国管理道路が 157 億円、高速道路が 246 億円で

ある。 14 その内訳は、農業インフラが 948 億円、農地が 156 億円となっている。

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148

図表 6-5.新潟中越大震災と阪神・淡路大震災の比較 (単位:億円) 施 設 等 中越大震災(構成比%) 阪神・淡路大震災(構成比%)

1 建築物 11,338(68.5) 58,000(58.4)

2 鉄 道 625(3.9) 3,439(3.5)

3 公共土木施設等 1,934(11.7) 18,525 (18.7)

(1)高速道路 249(1.5) 5,500(5.5)

(2)国管理道路・河川等 237(1.4)

(3)県管理道路・河川等 652(3.9)

(4)市町村管理施設等 440(2.7)

(5)斜面崩壊 356(22)

2,961(3.0)

(6)港湾 10,000 (10.1)

(7)埋立地 64(0.1)

4 文教施設 172(1.O) 3,352(3.4)

5 農林水産施設等 1,305(7.9) 1,181(1.2)

6 保健医療・福祉施設 15(0.1) 1,733(1.7)

(1)県立病院 1

(2)医療機関 6

(3)社会福祉施設 8

7 水道施設 38(0.2) 541(0.6)

8 電気・ガス施設 89(0.5) 4,200( 4.2)

9 通信・放送施設 32(0.2) 1,202(1.2)

10 商工関係施設 781(4.7) 6,300(6.3)

11 その他の公共施設 13(0.1) 795(0.8)

12 その他 200(1.2)

合 計 16,542(100.0) 99,268(100.0)

(備考)新潟県中越大震災記録誌編集委員会(2006)。

次に、阪神・淡路大震災と被害状況を比較してみると、新潟県中越地震では農林水産施

設等、建築物の割合が高く、公共土木施設等、高速道路、電気・ガス施設、通信・放送施

設、商工関係施設の構成比が低い。阪神・淡路大震災が都市における巨大地震だったのに

対して、新潟県中越地震が中山間地域で発生した巨大地震だったためと考えられる。 3.2 阪神・淡路大震災の災害対策事業 3.2.1 国と地方の財政負担 阪神・淡路大震災は未曾有の大災害であったが、災害対策に要する国と地方の費用負担

も莫大なものとなった。まず、平成 6 年度と平成 7 年度の補正予算から政府の阪神・淡路

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149

大震災に対する予算措置を概観し、その後災害救助費と災害復旧事業費の推移、災害復旧

事業債の発行状況を、国と地方の財政負担に焦点を当てながら考察する。 図表 6-6:阪神・淡路大震災の補正予算

85,278 55,744

34,283

323,595

185,993

149,767

54,410

91,270 11,960 30,000

平成6年度補正予算2号 災害救助費

その他災害救助等関係費

災害廃棄物処理事業費

公共土木施設,農林水産業施設等の災害復旧事

業費及び災害関連事業費その他災害復旧等事業費

一般公共事業関係費

施設等災害復旧費

災害関連融資関係経費

その他の阪神・淡路大震災関係経費

地方交付税交付金単位:百万円

63,864135,503

128,189

757,775766,132

110,687

146,545 54,326

平成7年度補正予算災害救助費

その他災害救助等関係費

災害廃棄物処理事業費

災害復旧等事業費

一般公共事業関係費

施設等災害復旧費

災害関連融資関係経費

その他の阪神・淡路大震災関係経費

単位:百万円

(備考)「平成 6 年度・平成 7 年度補正予算等の説明」より作成。 図表 6-6 は、平成 6 年度と平成 7 年度の阪神・淡路大震災にかかる補正予算措置である。

まず、災害救助等関係経費(災害救助費とその他災害救助等関係経費)の中では、災害救

助費の占める割合が高いことが分かる。災害救助費の災害救助等関係経費に占める割合は、

平成 6 年度補正予算では 60.5%、平成 7 年度補正予算では 32%となっている15。また、平

成 6 年における災害復旧事業などの費用(公共土木施設、農林水産業施設等の災害復旧事

業費及び災害関連事業費、その他災害復旧等事業費、施設等災害復旧費)の中では、公共

土木施設と農林水産業施設等の災害復旧事業費(及び関連経費)の割合が高い。災害復旧

15 なお、災害救助費の内容については詳しく説明していないが、応急仮設住宅の供与、住宅の応急修理に要する費用

が大きな割合を占める。

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150

事業には河川や道路などの復旧に資する公共土木施設災害復旧事業、農地や水産施設など

を対象とする農林水産施設等災害復旧事業のほかに、公立学校などを対象とした文教施設

等災害復旧事業、社会福祉施設や医療施設などを対象にした厚生施設等災害復旧事業等が

あるが、公共土木施設と農林水産施設の災害復旧と関連する事業への支出が多いというこ

とだろう。また、一般公共事業関係費は、災害復旧事業や災害関連事業を除いた公共事業

関係費で、今回は阪神・淡路大震災震災による治水治山、道路などの諸施設の災害復旧等

に必要な経費だが、平成 7 年度補正予算では、災害初期の緊急的な災害復旧事業から本格

的な災害復旧復興が始まり、一般公共事業関係費の予算が増嵩されていることが分かる。 図表 6-7:災害救助費の推移

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

120,000

140,000

平成6年

平成7年

平成8年

平成9年

平成10

百万

地方負担額

国費

(備考)『防災白書』より作成。

図表 6-8:災害救助法における費用の負担

国 地方 国 地方平成6年 86% 14% 99.3% 0.71%平成7年 82% 18% 99.1% 0.89%平成8年 50% 50% 97.5% 2.5%平成9年 50% 50% 97.5% 2.5%平成10年 50% 50% 97.5% 2.5%

負担割合 実質負担割合

(備考)実質負担割合は、交付団体において地方負担分の全額

に災害対策債を発行した場合の特別交付税措置を考慮して計算。

ただし、利払いは除外している。

次に、災害救助費の国と地方の負担を検証する。まず、災害救助費は発災直後の災害救

助や応急対策に必要な経費であるため、災害発生直後の費用負担額が非常に大きく、その

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151

後急速に減少する。図表 6-8 にあるように平成 6 年には国庫負担割合が 86%、平成 7 年に

は 82%と地方の負担は小さく、平成 8 年以降の国庫負担は通常の負担割合である 50%とな

っている。さらに、災害対策債の特別交付税措置を考慮すると都道府県の負担額は大幅に

減少する。阪神・淡路大震災では災害救助費には全額災害対策債の充当が認められ、なお

かつ災害対策債の元利償還金に 95%の普通交付税措置がなされた。そのため、地方負担分

の全額に災害対策債が発行された場合、地方負担は平成 6 年で 0.7%と 7 年で 0.9%、平成

8 年以降でも 2.5%まで小さくなる16。

図表 6-9:公共土木施設災害復旧事業費の推移

0

200,000

400,000

600,000

800,000

1,000,000

1,200,000

平成6年

平成7年

平成8年

平成9年

百万

地方負担額

国費

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

図表 6-10:農林水産業施設災害復旧事業費の推移

020,00040,00060,00080,000

100,000120,000140,000160,000

平成6年

平成7年

平成8年

平成9年

百万

地方負担額

国費

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

16 なお、実質地方負担は、各地方団体の負担額から計算したのではなく、地方負担の総額に対して制度を適用して計

算している。

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今度は、本稿で関心のある負担法と暫定法、及びこれらの根拠法に基づく事業に関する

激甚法にかかる災害復旧事業費の推移を検討する。図表 6-9 は平成 7 年度災害に対する公

共土木施設災害復旧事業費(「公共土木施設事業費」とすることもある)の推移、図表 6-10は平成 7 年度災害に対する農林水産業施設災害復旧事業費(「農林水産業施設事業費」と

することもある)の推移である1718。災害復旧事業の規定により、国直轄事業は 2 年、補

助事業は 3 年で事業は終了するため、平成 9 年までの事業費を載せている。まず、公共土

木施設事業と農林水産業施設事業の双方とも、平成 7 年の事業費が非常に大きいが、平成

8 年と 9 年には急激に減少していることがわかる。公共土木施設災害復旧事業費は平成 7年には 9,930 億円だったのが、平成 8 年には 550 億円と約 94%も減少しているし、農林水

産業施設災害復旧事業費も平成 7年の 1,370 億円から平成 8年には 140 億円と約 90%も事

業費が減少している。また、公共土木施設事業費と農林水産業施設事業費の双方とも地方

負担の割合が低く、特に農林水産業施設では地方の負担割合が 10%にも満たない程度であ

る。 図表 6-11.災害復旧事業債の許可状況:都道府県

0

50,000

100,000

150,000

200,000

250,000

平成4年

平成5年

平成6年

平成7年

平成8年

平成9年

平成

10年

百万

補助災害復旧事業

単独災害復旧事業

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

17 したがって、平成 8 年の数値は平成 8 年に実施された平成 7 年災害に対する事業費で、平成 9 年も同様である。 18国直轄事業の地方負担を反映するために、基本的に国直轄事業の地方負担が補助事業の国と地方の負担割合と同じこ

とを利用し、補助事業の国と地方の負担割合から国と地方の負担額を計算している。

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153

図表 6-12.災害復旧事業債の許可状況:市町村

0

10,000

20,000

30,000

40,000

50,000

60,000

70,000

80,000

90,000

100,000

平成4年

平成5年

平成6年

平成7年

平成8年

平成9年

平成10年

百万

補助災害復旧事業

単独災害復旧事業

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

図表 6-13:補助災害復旧事業債と単独災害復旧事業債の発行比率

平成4年 平成5年 平成6年 平成7年 平成8年 平成9年 平成10年補助事業 97.40% 96.85% 54.19% 38.66% 71.34% 89.27% 92.18%単独事業 2.60% 3.15% 45.81% 61.34% 28.66% 10.73% 7.82%補助事業 90.50% 91.45% 57.18% 37.27% 60.65% 81.33% 86.13%単独事業 9.50% 8.55% 42.82% 62.73% 39.35% 18.67% 13.87%

都道府県

市町村

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

図表 6-11 と図表 6-12 は、補助事業と単独事業別にみた、都道府県と市町村における災

害復旧事業債の発行状況である。補助事業と単独事業ともに、都道府県と市町村でほぼ同

じような動きをしているが、双方とも平成 7 年で発行額が大幅に増加していることがわか

る。平成 6 年の都道府県災害復旧事業債は約 1,911 億円、平成 7 年は約 3,700 億円だが、

その他の年は 500 億円から 1,000 億円の間で推移している。市町村でも、平成 6 年の災害

復旧事業債の発行高は約 566 億円、平成 7 年は約 1,400 億円だが、その他の年は 280 億円

から 600 億円程度となっている。また、図表 6-11 と図表 6-12 からも分かるように、平成

6 年と平成 7 年を除いた年では単独災害復旧事業債の発行高は補助災害復旧事業債に比べ

て大幅に少なかったが、この 2 年間は単独災害復旧事業債の起債が急激に増えている。図

表 6-13 は全体に占める補助事業と単独事業の災害復旧事業債の発行比率であるが、都道府

県で約 3%となっているように、平成 4 年と 5 年の単独事業債発行割合は非常に低いが、

平成 7 年には都道府県と市町村において 60%以上で、平成 6 年から 7 年にかけての増加率

は都道府県で 93.7%、市町村で 145.6%と急激に増加している。当然、道路や河川といっ

た公共土木施設への被害が甚大であったために補助災害復旧事業の採択基準を満たさない

事業や災害に関連した公共事業への拠出が増大したことが影響しているだろう。また、特

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154

例措置によって、阪神・淡路大震災では民間等が運営する高速道路、鉄道などへの地方団

体の補助金や公営企業の災害復旧事業への繰出金に対して単独災害復旧事業債の発行を認

めたことが理由のひとつであろう。さらに、阪神・淡路大震災では単独災害復旧事業債の

元利償還金に対する普通交付税措置率を引き上げた。そのため、通常の措置率では起債し

ないような災害復旧事業に対しても単独災害復旧事業債を発行していたかもしれない。 3.3 新潟県中越地震の災害対策制度 図表 6-14:新潟県中越地震の災害対策にかかる地方財政措置

項目 主な内容

災害救助事業、災害清掃費

・応急修理の補助額上限:45万円→60万円(豪雪地帯であることを考慮)・応急住宅修理の完了期限:2005年3月まで延長・新潟県中越地震被災者住宅応急修理制度:大規模半壊で100万円、半壊で50万円、所得などの要件を撤廃

・新潟県中越地震被災者生活再建支援事業補助金:全壊100万円、大規模半壊と半壊50万円給付、収入と年齢要件を撤廃

(1)ライフライン、インフラ都市施設(補助率1/2→8/10)、農林水産業共同施設(補助率1/2)、農業集落排水施設(補助率1/2→8/10)、水道施設(補助率2/3→8/10等。給水の施設1/2)、公立火葬場(補助率1/2→2/3)、公立と畜場(補助率1/2→2/3)、災害廃棄物処理については地域の実情に即して対応(補助率1/2)、一般廃棄物処理施設(補助率1/2→8/10)、消防施設(耐水性貯水槽)(補助率1/2→2/3)、警察施設(補助率 交通安全施設1/2→8/10、庁舎等1/2→2/3)(2)教育・福祉・医療専修学校、各種学校(補助率1/2)、社会福祉施設(補助率1/2→2/3等)、介護老人保健施設(補助率1/3→1/2)、公立・公的病院(補助率2/3→2/3等)、精神病院(補助率1/2→2/3等)、精神障害者社会復帰施設(補助率1/2→2/3)(3)地域産業水産動植物(鯉)の養殖施設(補助率9/10:従来は6/10)、商店街振興組合等の共同施設(補助率1/2)、工業用水道(補助率45/100→80/100)

復興事業・復興基金:地方債を許可し、貸付金3000億円の5/6について利払いの95%を普通交付税措置

平成16年度補正予算

・新潟中越地震による災害対策費約3000億円(一部試算)

災害復旧事業

(備考)「新潟県中越地震に係る財政上の支援について」(2004 年 12 月内閣府)などを参

考に作成。 最初に新潟県中越地震における災害救助法、被災者生活再建支援法、負担法・暫定法・

激甚法の適用、復興基金の設立状況を、実際の実施状況にも触れながら説明する。特に、

現行の制度を超えた、中山間地域における大災害である新潟県中越地震の災害対策として

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155

実施された特別措置にも言及する。 図表 6-15.災害救助法の適用状況

2004年度 2005年度 合計

16841 78.7 16919.7

国 3151.7 3151.7

県 4481.63 4481.63

824.31 824.31

1688.29 1688.29

2246.84 78.7 2325.54合計

項目

応急仮設住宅の供与

住宅の応急修理

炊出しその他による食品の供与

避難所の設置等

(備考)単位は百万円。新潟県資料より作成。国は災害救助

法、県は新潟県の制度。

新潟県では 1964 年の新潟地震以来の大地震となった新潟県中越地震では、2004 年 10

月 23 日に 54 市町村で災害救助法が適用された。震災による避難者数は 2004 年 10 月 26日が最も多く 103,178 人で、その後次第に減少していき、同年 12 月 21 日には避難者数が

0 となった。応急仮設住宅は 2004 年 12 月 15 日に 13 市町村に 3,460 戸建設され、最大

9,484 人が入居していたが、その後減少して 2007 年 12 月 31 日に完全退去している。新

潟県中越地震では、被災地が豪雪地帯である等の地域事情に鑑みて、図表 6-14 にあるよう

に住宅の応急処理による給付の最高額を 45 万円から 60 万に引き上げた。図表 6-15 にあ

るように、救助費は 2004 年度には 224 億 6,840 万円、2005 年度には 7,870 万円が支出さ

れている。2006 年に災害救助費が増加しているのは、応急仮設住宅の撤去費用による支出

のためである。2004 年度分の救助種類別内訳は、応急仮設住宅の供与が 168 億 410 万円、

住宅の応急処理が 31 億 5,170 万円、炊出しその他による食品の給与が 8 億 2,431 万円、

避難所の設置等が 16 億 8,829 万円となっており、応急仮設住宅への支出額が多いことが

わかる。事業の財源については、災害対策債は激甚災害以外ではこれまで発行実績がない

が、新潟県中越地震では激甚災害に指定されたことから災害対策債を 48 億円程度発行し

財源措置した19。

19 新潟県のヒアリングによる。

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156

図表 6-16:被災者生活再建支援制度の支給状況

2004年 2005年 2006年 計国の制度 金額 81,337 3,390,172 2,746,082 6,217,591

件数 7,066 9,765 2,934 19,765金額 3,403,650 5,362,990 1,599,360 10,366,000

新潟県の制度

(備考)単位は千円。実際に補助が支出された金額と件数。新潟県資料と

『防災白書』より作成。

また、「100 世帯以上の住宅全壊被害発生した都道府県」という要件を満たし、2004 年

10 月 23 日には新潟県全域で被災者生活再建支援法が適用された。被災者生活再建支援法

は被災者に対する必要最小限の支援の必要性という見地から設けられた制度だが、新潟県

中越地震では地震災害としては初めて 2004 年に改正された新制度が実施された20。支給状

況は、2009 年 1 月 31 日現在で支給決定件数が 5,207 件、金額が 73 億 4,867 万円であっ

た(内閣府資料)。支給限度額に対する支給額の割合は、生活関連経費では上限 100 万円

に対して平均支給額が 78 万 2,458 円で上限に対し 91.8%給付されていたのに対し、居住

関連経費の場合限度額 200 万円に対し平均支給額が 91 万 6,532 円で同 60.0%まで支給さ

れている21。被災者生活再建支援制度は、既述のように都道府県と政府が折半して拠出し

た被災者生活再建支援基金から成るが、現在の積立額は約 1,200 億円で 1999 年に 600 億

円と 2004 年に 600 億円の積み増しがされた。都道府県の負担額は 80%が世帯数割、20%が均等割で決まるが、新潟県は 1999 年に 5 億円、2004 年に 5 億円を拠出している。なお、

拠出金は 100%で地方債の発行が認められ、元利償還金のうち 4/5 が普通交付税措置され

る。年度別の支給状況は図表 6-16 のとおりである。 2004 年 12 月 1 日には、「平成 16 年度新潟県中越地震による災害についての激甚災害及

びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」により、激甚災害として指定され、公

共土木施設や農林水産業施設に対する特別な措置が講じられた。図表 6-17 には、激甚法に

かかる事業の特別措置が載せてある。公共土木施設災害復旧事業等に関する特別の財政援

助は負担法、農地等の災害復旧事業等に係る補助の特別措置、及び農林水産業共同利用施

設災害復旧事業費の補助の特例は暫定法にかかる災害復旧事業についての国庫負担・補助

の嵩上げで、激甚法の適用により 1~2 割程度補助率がかさ上げされる。土地改良区等の行

う湛水排除事業は一般災害の場合、国庫補助制度がないので、激甚災害に指定されて初めて国

庫補助が行われる。公共土木施設や公立学校、農地などの災害復旧事業でも 1箇所の事業費が

小規模である場合には各根拠法に基づく補助の対象にならないが、小災害債に係る元利償還

金の基準財政需要額への算入等により、新潟県中越地震では小災害復旧事業に伴って発行

された地方債の元利償還金の基準財政需要への算入が認められた。

20 詳しくは、佐藤(2009)を参照されたい。 21 「被災者生活再建支援制度に関する検討会」(第 2 回)における新潟県知事泉田裕彦氏の資料。

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157

図表 6-17.新潟県中越地震による激甚災害指定の状況

措置 告示団体、対象 財政援助の内容

(1)激甚災害指定基準(本激)

公共土木施設災害復旧事業等に関する

特別の財政援助(負担法)

特定地方公共団体:1 県 26 市町

国庫補助率のかさ上げ:

71%→86%(過去 5年間の平均)

農地等の災害復旧事業等に係る補助の

特別措置(暫定法)

暫定法の指定:45 市町村(農地・

農業用施設)、激甚法の指定:4

市町村(農地・農業用施設)、46

市町村(林道)

国庫補助率のかさ上げ:

84%→92%(過去 5年間の平均)

農林水産業共同利用施設災害復旧事業

費の補助の特例(暫定法)

特別の財政援助適用地域:22 市

町村

国庫補助率のかさ上げ

20%→30~90%

水産動植物の養殖施設の災害復旧事業

に対する補助

特別の財政援助適用地域:7市町

鯉養殖施設復旧事業への補助

土地改良区等の行う湛水排除事業に対

する補助

長岡市八丁潟団地 国庫補助:9/10(1/10 は土地改良

区などの負担)

事業協同組合等の施設の災害復旧事業

に対する補助

事業協同組合や商工組合等 国が経費の 2/3 を補助(経費の 3/4

以下への県の補助)

公立社会教育施設災害復旧事業に対す

る補助

国が公立社会教育施設災害復旧事

業の 2/3 を都道府県などに補助

私立学校施設災害復旧事業に対する補

国が私立学校施設災害復旧事業の

1/2 を学校設置者に補助

市町村が施行する感染症予防事業に関

する負担の特例

特定地方公共団体 市町村が行う感染症予防事業の支

弁について、都道府県が 1/3、国が

2/3 を負担

罹災者公営住宅建設等事業に対する補

助の特例

特別の財政援助適用地域:6市町

補助のかさ上げ:2/3→3/4

小災害債に係る元利償還金の基準財政

需要額への算入等

小災害の復旧事業費に充てるため

に発行が許された地方債に係る元

利償還金を基準財政需要額に算入

(2)局地激甚災害指定基準(局激)

中小企業信用保険法による災害関係保

証の特例

中小企業信用保険の保険限度額の

別枠化、てん補率の引き上げ、保

険料率の引き下げ

小規模企業等設備導入資金助成法によ

る貸付金の償還期間等の特例

貸付金の償還期間を 2 年間以内に

おいて延長

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158

(備考)田近・宮崎(2008)に加筆修正。

図表 6-18.(財)新潟県中越大震災復興基金の概要

○設立 2005 年 3 月 1 日

○財団の財産等

・基本財産 50 億円

使途 財団の内部管理経費

運用利率 年 1.4%(年 70 百万円の運用益→支出へ)

運用方法 地方債購入

・運用財産 3000 億円

調達方法 県から無利子貸付

使途 個別支援事業の実施

運用利率 年 2.0%(年 60 億円(10 年間で 600 億円)→支出)

運用方法 指名債権譲渡方式

取崩型財産 5415 百万円

復興宝くじ分、寄付金

○事業の取組状況

・復興基金事業(メニュー)の募集

(1)第 1次募集 2005 年 3 月 18 日~4月 8日

(2)第 2次募集 2005 年 11 月 1 日~11 月 15 日

(備考)田近・宮崎(2008)。

また、震災からの早期復興のために、2005 年 3 月 1 日には(財)新潟県中越大震災復

興基金が設立された(図表 6-18)。2004 年 12 月には、10 年間で 600 億円規模の事業を実

施するために 3,000 億円規模の復興基金の設立に必要な地方債が許可され、その利払いの

5/6 に対して 95%普通交付税措置されることが決定された。

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159

図表 6-19:復興基金の種類と実施状況

件数 助成金額 件数 助成金額 件数 助成金額 件数 助成金額 件数 助成金額 割合

被災者生活支援対策事業 34 58 28,691 857 1,239,102 2,294 4,560,066 2,308 5,737,492 5,517 11,565,351 38.7%

雇用対策事業 6 90 307,923 7 443,534 372 130,321 668 929,273 1,137 1,811,051 6.1%

被災者住宅支援対策事業 17 2,231 654,112 7,884 2,376,909 7,377 2,226,723 7,963 1,625,862 25,455 6,883,606 23.1%

産業対策事業 16 872 572,340 1,211 658,268 984 547,054 654 433,418 3,721 2,211,080 7.4%

農林水産業対策事業 27 1,319 358,957 3,368 1,340,155 2,022 1,553,324 818 1,515,492 7,527 4,767,928 16.0%

観光対策事業 2 21 323,912 29 377,681 14 286,918 48 523,186 112 1,511,697 5.1%

教育・文化対策事業 9 21 21,101 10 19,120 31 151,699 21 245,067 83 436,987 1.5%

記録・広報 2 1 4,708 2 93,427 11 213,133 14 311,268 1.0%

地域復興支援 6 7 84,864 33 262,116 40 346,980 1.2%

2重被災者緊急対策 7 5 2,288 5 2,288 0.0%

合計 126 4,612 2,267,036 13,367 6,459,477 13,103 9,634,396 12,529 11,487,327 43,611 29,848,236 100.0%

合計分野 実施事業数

2005年 2006年 2007年 2008年

(備考)新潟県資料より作成。助成金額は千円。対象は助成金を交付した事業。2008 年度は、2009 年 1 月 30 日までの数字。事業数は 2008

年 12 月 11 日までの採択数。

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160

早期の復興を図り被災者等の声を反映した支援策を実施するため、復興基金は、2005年 3 月と 11 月に事業のメニューを公募した。支援事業の数は 2008 年 2 月 12 日には 123事業にまで増加し、約 314 億円の支援策を決定・実施している。図表 6-19 が年度別に算

出した復興基金による事業の種類と事業数で、被災者生活支援対策事業が約 116 億円

(38.7%)、被災者住宅支援対策事業が約 69 億円(23.1%)と比率が高く、被災者の生活

と居住など生活に密着した分野への配分が大きい。復興基金は財団が補助を行うので、施

策の期間や対象について行政よりも弾力的に運用できる。新潟県の復興基金でも国や地方

には難しい事業を実施したが、主に(1)災害復旧事業の対象だが、補助率等が十分でない事

業、(2)災害復旧事業の対象だが、補助対象とならない事業、(3)行政が対象と出来ない事業

への補助率嵩上げや経費の補助がある。例えば、被災者生活支援対策事業の「社会福祉施

設等災害復旧支援事業」は今回災害復旧事業の対象となっている社会福祉施設や介護老親

福祉施設への補助を上乗せする制度で(1)に相当する22。(2)には事業規模が小さいために災

害復旧事業の対象とならない施策などがあり、例えば農林水産業対策事業の「手作り田直

し等支援事業」は 1 件当たり 40 万円以下で災害復旧事業の要件を満たしていないが必要

な事業であると判断され、復興基金の施策メニューとして実施されている。(3)に該当する

のは、住宅ローンの利子補給に当たる、被災者生活支援対策事業の「生活福祉資金貸付金

利子補給事業」や「母子寡婦福祉資金貸付金利子補給事業」、被災地住民の生活のケアを行

う「生活支援相談員設置事業」や「健康サポート事業」、公的な役割も有する、町内会など

が維持管理する私有地などの復旧を行う「地域共用施設等復旧支援事業」などである。 3.4 新潟県中越地震の復旧・復興財源 3.3 節では、新潟県中越地震における主な災害対策の実施状況と特別の財政措置などを

概観してきた。本節では、各施策の実施状況や国と地方との負担額の推移等から、財政面

特に地方財政面における施策の特徴を述べる。 新潟県中越地震は 2004 年 10 月 23 日に発生したため、初年度の経費等は平成 16 年度

補正予算で対応している。そのため、2004 年度には 7 月 13 日の新潟・福島豪雨、7 月 17日の福井豪雨、台風第 18 号、台風第 23 号など多くの災害が発生しており、必ずしも新潟

県中越地震だけの予算措置ではないが、震災被害の程度が大きく災害対策関連の経費に占

める割合が高いと予測されるので、災害対策関係の平成 16 年度補正予算によって震災対

策費用の傾向を確認できると考えられる。図表 6-20 が、災害対策関係の平成 16 年度補正

予算内訳である。災害救助等関係経費は災害救助法の適用に伴う支出である災害救助費と

その他災害救助等関係費から成るが、災害救助費は関係経費の 81.3%を占めており、初年

度における災害救助、応急対策で主要な施策であることがわかる23。また、災害復旧事業

や災害関連事業など、災害後の早期復旧を目的とした施策の経費である災害復旧等事業費

22 他に、農林水産業対策事業の「災害査定設計委託費等支援事業」や「災害復旧事業費等負担金支援事業」などは、

委託費や負担金の支援で、(1)に分類される。 23 なお、この補正予算には過年災害に対する補正予算も含まれていることに注意が必要である。

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161

には、公共土木施設の災害復旧事業費及び災害関連事業費と農林水産業施設等の災害復旧

事業費及び災害関連事業費、その他災害復旧等事業費が含まれるが、公共土木施設の災害

復旧に関する費用が災害復旧等事業費に占める割合は 72%と非常に高く、農林水産業施設

では同比率は 23.6%となり、この 2 つの項目だけで 95.6%を占めていることから、災害復

旧事業において重要な施策であるといえよう。公共土木施設の災害復旧に関する費用は平

成 16 年度補正予算(災害対策関係)全体の 45.3%、農林水産業施設では全体の 14.8%を

占めていることから、この 2 項目は災害救助・応急対策期において予算配分が大きいこと

が分かる。 図表 6-20:平成 16 年度補正予算:新潟県中越地震にかかる予算

17,9474,129

24,140

617,060

202,12937,690

234,687

51,071

95,83749,380 27,698

平成16年度補正予算 災害救助費

その他災害救助等関係経費

災害廃棄物処理事業費

公共土木施設の災害復旧事業及び災害関連事

業費農林水産業施設等の災害復旧事業及び災害関

連事業費その他災害復旧等事業費

一般公共事業関係費

施設等災害復旧費

施設等災害予防費

災害関連融資関係経費

その他の災害対策費単位:百万円

(備考)「平成 6 年度・平成 7 年度補正予算等の説明」より作成。

図表 6-21.災害救助法にかかる事業費の推移

19,475

38 118

3,259

38 118

‐2,000

3,000

8,000

13,000

18,000

23,000

2004

2005

2006

百万

県負担国費

(備考)『防災白書』(各年版)より作成。

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162

図表 6-22:災害救助法における費用の負担

国 地方 国 地方2004年 86% 14% 93.8% 6.16%2005年 50% 50% 78.5% 21.5%2006年 50% 50% 78.5% 21.5%

負担割合 実質負担割合

(備考)実質負担割合は、地方負担分の全額に災害対策債を発行

した場合の特別交付税措置を考慮して計算。ただし、利払いは

除外している。

図表 6-21 は、災害救助費の推移である。2004 年の支出が飛びぬけて大きく、その後は

急激に減少していることがわかる。2005 年は応急仮設住宅の供与以外の事業は行われてお

らず、2004 年度に大半の事業が完了するよう比較的迅速に災害救助・応急対策が実施され

たのではないかと思われる。また図表 6-22 にあるように、災害救助費における地方負担割

合は非常に小さく、国庫負担の割合が大きい。2004 年は事業費がかさんだため国庫負担が

86%となっていたが、2005 年以降は規定の国庫負担割合である 50%となっている。また、

新潟県負担分の全額に災害対策債を充当した場合の負担割合が実質負担割合だが、地方債

発行額の 57%を特別交付税措置できるので、地方の負担はさらに小さくなる。 図表 6-23:補助災害復旧事業費:新潟県

0

10,000

20,000

30,000

40,000

50,000

60,000

70,000

80,000

2004

年 2005

年 2006

年 2007

百万

県負担

国負担

(備考)新潟県資料より作成。

図表 6-23 と 6-24、新潟県における費用負担別の補助災害復旧事業費と補助普通建設事

業費の推移である24。補助事業のみであるが、災害復旧事業なので 2004 年の額が大きく、

2005 年以降急激に減少する。新潟県中越地震は激甚災害に指定されたためだと思われるが、

災害復旧事業は普通建設事業に比べて地方負担の割合が低い。また図表 6-25 は、新潟県中

24 なお、単独事業は基本的に全額が地方負担となっている。

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163

越地震に関連する予算のうち、災害復旧事業と普通建設事業における、事業費でみた補助

事業の割合である。災害復旧事業では 99%ぐらいが補助事業で占められている一方、普通

建設事業は 2004 年こそ 94.8%が補助事業だったが、その後補助事業の比率は低下し、2007年には 19.8%にまで減少する。災害復旧事業では国が主導しながら原形復旧により迅速に

インフラ整備を終え、災害復旧事業にならないような事業については県が一般財源で実施

するという構図がある。 図表 6-24:補助普通建設事業費:新潟県

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

35,000

40,000

2004

年 2005

年 2006

年 2007

百万

県負担

国負担

(備考)新潟県資料より作成。

図表 6-25:災害復旧と普通建設事業における補助事業比率:新潟県

2004年 2005年 2006年 2007年

災害復旧事業 99.7% 99.5% 98.3% 100%

普通建設事業 94.8% 72.3% 56.1% 19.8%

(備考)新潟県資料より作成。直轄事業は除いて計算。

図表 6-26 は、2001 年度から 2006 年度までの新潟県における災害復旧事業債の発行状

況である。新潟県中越地震や新潟・福島豪雨災害などがあった影響で 2004 年の発行額が

補助事業、単独事業ともに急増しているが、補助事業の発行額が 6.4 倍なのに対して単独

事業の発行額が 110 倍と桁違いに増加していることがわかる。2004 年には新潟県にとっ

て未曾有の大災害が続けて発生したために単独事業の必要性が増したことや、激甚災害指

定によって補助事業が拡充したために周辺事業の要請から単独事業も増加したと考えられ

る。なお、2006 年における単独事業の元金償還額は約 16 億円だが、2003 年までの単独

災害復旧事業債残高が 6 億 8,500 万円だったことから、2006 年には既に 2004 年に発行さ

れた事業債が償還され始めていることがわかる。また、単独事業は 2005 年以降の発行数

は 2003 年以前に近い水準に戻っているが、補助事業の 2005 年以降の発行高は 2004 年と

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164

同じく高水準であることから、2005 年以降の災害復旧では単独事業はほとんど実施されず

補助事業が中心であった。実際に、図表 6-23 と 6-24 にあるように、災害復旧事業では災

害の発生から時間が経過するにつれて補助事業の割合が上昇し、反対に普通建設事業では

徐々に単独事業の比率が高まる。 図表 6-26:新潟県の災害復旧事業債

2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年

3,562 4,355 2,242 14,213 11,948 12,190

元金 7,379 7,508 7,233 7,099 7,342 12,121

利子 1,255 1,045 841 678 617 622

46,529 43,377 38,386 45,500 50,106 50,175

69 109 44 4,833 263 227

元金 115 115 118 115 120 1,613

利子 19 15 12 11 21 26

765 759 685 5,403 5,546 4,160

単独事業

当年度発行額

年度償還額

年度末現在高

補助事業

当年度発行額

年度償還額

年度末現在高

(備考)単位は百万円。『新潟県統計年鑑』(各年度版)より作成。

図表 6-27.復興基金の助成額割合

0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%

100%

2005

年 2006

年 2007

年 2008

2重被災者緊急対策

地域復興支援

記録・広報

教育・文化対策事業

観光対策事業

農林水産業対策事業

産業対策事業

被災者住宅支援対策

事業雇用対策事業

(備考)新潟県資料より作成。

図表 6-27 は、年度別にみた復興基金の事業の実施状況である。2005 年と 2006 年には

被災者住宅支援対策事業や産業対策事業の比率が高かったが徐々に減少し、2006 年以降被

災者生活再建支援対策事業の割合が上昇し、2008 年には総事業額の半分を占めるまでに拡

大している。農林水産業対策事業や観光対策事業も災害から時を経るに従い、徐々に規模

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165

が縮小している。被災者の生活再建支援は既存の災害制度では対象とならないが、被災者

や被災地域にとって必要な復旧復興事業が多く、被災地の声を事業に反映させるために事

業の開始や交付に時間が掛かっている。例えば、2007 年度は被災者生活再建支援対策事業

の中で、町内会などが設置・維持管理している私有道路、消雪パイプなどの復旧に要する

経費を補助する「地域コミュニティー施設等復旧支援事業」が 1,236 件数、助成金額が 30億 1,859 万円で最も規模が大きく、全体の 66%を占めていた。一方、住宅の支援や産業対

策事業は、住宅再建のための利子補給、復旧工事の補助や工法の調査への補助など比較的

すぐに被災者の需要が把握できる事業であったり、震災に関係した融資を受けた中小企業

を対象にする等、要件の確認が容易な事業が多い25。 3.5 災害施策の実施状況 阪神・淡路大震災と新潟県中越地震の災害対策実施状況をもとに、これまで災害救助事

業、被災者生活再建支援制度、災害復旧事業、復興基金について制度的特徴と財政面を中

心に分析を進めてきた。本論文では主に、政府と地方団体の災害対策事業における役割に

焦点を当てて、個別事業の事務区分や実施体制、及び財政負担や地方財政措置の状況を分

析してきた。これまでの分析から、災害対策に関連する施策には次のような特徴があるこ

とがわかった。 第 1 に、災害関連施策の実施における地方団体の裁量が小さい。災害救助や災害復旧事

業の多くは法定受託事務や国補助事業であり、地方が施策の中身や補助対象の給付要件を

決めるということができない。第 2 に、多くの災害関連施策において国による手厚い財源

保障があり、地方の負担が非常に小さい。まず、災害救助費は救助や応急対策の事業量に

応じて国庫負担率が変わるが、大規模災害では負担率は 80%以上に上るし、激甚災害に指

定されると災害復旧事業の補助率は 1~2 割嵩上げされ、公共土木施設等災害復旧事業や

農林水産施設災害復旧事業では国の負担補助率は 7~9 割にも達する。国庫負担されない

支出は地方が負担することになるが、この地方負担分は起債が認められ、その元利償還金

は交付税措置されている。第 3 に、災害救助・応急対策及び災害復旧の初期には、国が負

担する事業費の割合が高く、災害復旧・災害復興期には地方の負担割合が高くなる。災害

発生段階では、国庫補助負担率の高い災害救助や被災者生活再建事業、災害復旧事業が実

施され、地方団体はそうした事業の窓口になる必要があり、また災害復旧事業は期限が決

められているのでそれまでに事業を完了する必要がある。一方、災害復旧の後期には補助

事業、単独事業ともに事業量が大幅に減少し、防災対策などを含む震災に関連した公共事

業が多く実施されることになる。第 4 に、災害救助及び災害復旧における、都道府県の財

政的負担は比較的小さい。前段落の内容とも関連するが、発災時の災害救助等に要する経

25借入金の利子補給に関する事業には、被災者住宅対策支援事業の「被災者住宅復興資金利子補給事業」や産業対策事

業の「平成 16 年度大規模災害対策資金特別利子補給」、「市町村震災関連制度融資特別保証料負担金」などがある。ま

た、一番最後に紹介した制度は、「市町村震災関連制度融資特別利子補給」とともに、災害救助法適用市町村が実施す

る震災関連制度融資を受けた中小企業を対象としている。

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166

費は膨大な額になるが、国庫負担される部分が多いため都道府県の負担は小さくなる。第

5 に、交付団体と不交付団体で、災害対策施策の負担が大きく異なる。災害救助事業、災

害復旧事業等の国庫負担率や激甚災害指定の要件や嵩上げ率は自治体の税収額に依存する

ため、担税力の低い団体ほど自己負担額が小さくなる。また、経費に地方債を充当した場

合にも、元利償還金は普通交付税措置されることから、不交付団体では交付税措置率が高

くても全く利点がない。 4.震災被害想定と復旧・復興のあり方 4.1 自然災害リスクと被害想定 4.1.1 自然災害リスクの特徴 震災後の災害救助と応急対策、災害復旧復興について国と地方自治体の役割に着目しな

がら検討してきたが、これまでの議論では震災リスクの評価やリスクマネジメントという

視点からの自治体の復旧復興対策を考慮してこなかった。第 4 節では、震災リスクと地震

による被害想定の測定方法を概観した上で、自然災害リスク評価に着目した地方自治体の

リスクマネジメントについて述べる。特に、自治体の「業務継続計画(以下、「BCP」)」に焦点を当て、具体例を参考にしながら、地方自治体のリスク評価と BCP の考え方を述

べる。 地震、台風、豪雨、津波等の自然現象はそれ自体が災害被害をもたらすのではなく、そ

の自然現象自体が人間活動に被害をもたらすことによって災害が発生する(多々納、2003)。したがって、被害対象が存在することが自然災害発生の要件であるが、近年の都市への人

口流入や産業集積が災害被害の拡大をもたらしたといえる。 災害被害を軽減するには自然災害リスクの特徴を把握して適切に対処する方法を考案す

る必要があるが、自然災害リスクには災害被害を軽減することを困難にする特徴がある26。

多くの研究者が指摘しているように、自然災害リスクは発生頻度は低いけれども、ひとた

び発生すると甚大な被害をもたらすという特徴がある(多々納、2006)。その他にも、自

然災害の発生頻度が低いために自然災害の発生確率や被災規模の計測に不確実性が存在す

ることや自然災害による外部性、自然リスクマネジメントにおける情報の非対称性が指摘

されている(田中、2008)。 このように発生頻度が低いために自然災害リスクを評価することには困難が伴う。リス

ク評価は災害リスクの頻度やその影響を正確に推測すること、推定した災害リスクが許容

できるレベルにあるのかどうかを評価することの 2 段階からなる(小林、2005)。リスク

評価においては基本的に、「リスク=被害の大きさ×被害の発生確率」でリスクを把握して

きたが、低頻度で巨大な被害をもたらす自然災害に対してこのような期待被害額という概

念を用いてリスク評価することは適切ではないと考えられてきた。災害についての知識を

26 詳しくは、小林(2005)や田中(2008)を参照されたい。

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費は膨大な額になるが、国庫負担される部分が多いため都道府県の負担は小さくなる。第

5 に、交付団体と不交付団体で、災害対策施策の負担が大きく異なる。災害救助事業、災

害復旧事業等の国庫負担率や激甚災害指定の要件や嵩上げ率は自治体の税収額に依存する

ため、担税力の低い団体ほど自己負担額が小さくなる。また、経費に地方債を充当した場

合にも、元利償還金は普通交付税措置されることから、不交付団体では交付税措置率が高

くても全く利点がない。 4.震災被害想定と復旧・復興のあり方 4.1 自然災害リスクと被害想定 4.1.1 自然災害リスクの特徴 震災後の災害救助と応急対策、災害復旧復興について国と地方自治体の役割に着目しな

がら検討してきたが、これまでの議論では震災リスクの評価やリスクマネジメントという

視点からの自治体の復旧復興対策を考慮してこなかった。第 4 節では、震災リスクと地震

による被害想定の測定方法を概観した上で、自然災害リスク評価に着目した地方自治体の

リスクマネジメントについて述べる。特に、自治体の「業務継続計画(以下、「BCP」)」に焦点を当て、具体例を参考にしながら、地方自治体のリスク評価と BCP の考え方を述

べる。 地震、台風、豪雨、津波等の自然現象はそれ自体が災害被害をもたらすのではなく、そ

の自然現象自体が人間活動に被害をもたらすことによって災害が発生する(多々納、2003)。したがって、被害対象が存在することが自然災害発生の要件であるが、近年の都市への人

口流入や産業集積が災害被害の拡大をもたらしたといえる。 災害被害を軽減するには自然災害リスクの特徴を把握して適切に対処する方法を考案す

る必要があるが、自然災害リスクには災害被害を軽減することを困難にする特徴がある26。

多くの研究者が指摘しているように、自然災害リスクは発生頻度は低いけれども、ひとた

び発生すると甚大な被害をもたらすという特徴がある(多々納、2006)。その他にも、自

然災害の発生頻度が低いために自然災害の発生確率や被災規模の計測に不確実性が存在す

ることや自然災害による外部性、自然リスクマネジメントにおける情報の非対称性が指摘

されている(田中、2008)。 このように発生頻度が低いために自然災害リスクを評価することには困難が伴う。リス

ク評価は災害リスクの頻度やその影響を正確に推測すること、推定した災害リスクが許容

できるレベルにあるのかどうかを評価することの 2 段階からなる(小林、2005)。リスク

評価においては基本的に、「リスク=被害の大きさ×被害の発生確率」でリスクを把握して

きたが、低頻度で巨大な被害をもたらす自然災害に対してこのような期待被害額という概

念を用いてリスク評価することは適切ではないと考えられてきた。災害についての知識を

26 詳しくは、小林(2005)や田中(2008)を参照されたい。

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得るのは実際に災害の経験を通してであるため、発生頻度の低い大規模災害の被害を学習

する機会が少なくなる。また、Fischoff et al.(1981)は「稀にしか生じない災害の被害規

模は小さく見積もられ、発生頻度が高い災害の被害規模は大きく見積もられる」ことを明

らかにしているし、Viscussi(1992)は客観的なリスクの限界的な上昇の一部しか、個人

の認知リスクを上昇させないため、リスク軽減行動の効果が小さく見積もられることを示

している27。このように実際のリスクと認知リスクには乖離があるため、認知リスクのバ

イアスを軽減させ、不適切な災害政策に陥るのを防ぐためにも、情報共有の促進を含むリ

スクコミュニケーションの重要性が指摘されている。 また、このようなリスク認知のバイアスは、リスクマネジメントの経済的効果の測定を

困難にするという問題も有する。発生頻度の低い災害のリスクが低く見積もられれば、通

常の合理的個人であれば加入するようなリスク中立的な災害保険に加入しないため、災害

による被害をうまくリスクファイナンスできないだろう。また、費用便益分析で期待収益

が正をもたらすような防災投資が実行されないために、社会的余剰を増加させるような減

災政策が実施されないために適切なリスクコントロールが実現しない可能性がある28。

4.1.2 地震リスク分析 このように自然災害リスクのマネジメントには困難性が伴うが、内閣府をはじめ、都道

府県を中心に多くの地方公共団体が震災の被害想定を発表している。次に、地震被害リス

クがどのような考えのもとに計算方法が確立され、具体的にどのように計算しているのか

を概観したい29。

図表 6-28:地震リスク分析の方法

項目 モデル 分析内容

想定地震 地震活動度モデル大小多数の想定地震を設定することで、日本全体の地震活動度を表現

地震動の大きさ 地震動予測モデル地震が発生したときの分析対象地域での地震動の大きさの計測

予想損失額 被害損失予測モデル 地震動が被害予測対象に及ぼす被害額を推定

損失予測の不確実性 リスク算定モデル 想定地震による予想損失額からリスクを評価

(備考)兼森(2005)より作成。

一般に人々は様々なリスクにさらされており、意識的或いは無意識的にリスクを回避す

る行動をとって生活しているわけだが、リスクとは何かについて理解していないことが多

27 この点については、山口他(2000)が詳しい。 28 山口他(2000)はこの問題を指摘し、主観的な効用をもとに社会的便益を評価することは望ましくないと主張して

いる。 29 地震リスク分析は兼森(2005)が詳しい。

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い。ここでのリスク分析とは、このような曖昧なリスクを科学的な手法を用いて定量化す

ることである。本稿で関心のある地震のリスク分析では、いつ発生するかわからない大震

災の経済的損失とその発生確率を分析する。しかし、地震リスクの被害は地質や地形構造

を把握するのが難しく、地震の発生頻度が低いこともあり、そのリスクを高い信頼度を持

って予測するのは困難である。地震の経済的損失額を評価する方法には幾つかの方法があ

るが、中央官庁や地方自治体で関心のある広い地域における被害損失額の予測にはポート

フォリオ地震リスク分析が用いられる。ポートフォリオ地震リスク分析は膨大な数の建物

等を分析対象とするため、必要最小限の基本情報を用いた簡便な分析手法が用いられる。

図表 6-29:リスクカーブと損失許容限界

許容できる範囲許容できない範囲

予想損失額

年超過確率

現状のリスクカーブ

損失許容限界

(備考)兼森(2005)。

実際に良く用いられている簡便な地震リスク分析の方法は、基本的に図表 6-28 のような

手順にしたがう30。まず、地震活動度モデルで、日本全国に存在する地震被害を与える可

能性のある想定地震の震源を設定し、日本全域の地震活動度を求める。次に、地震動予測

モデルから、地震動の距離減衰式等を用いながら、地表最大化速度や地表最大速度で想定

地震が分析対象地域にもたらす地震動の大きさを予測する。地震被害データの統計分析結

果を利用して被害損失額を予測するのが被害損失予測モデルである。現実の建物被害デー

タを利用して、損傷度合いに関係する建物の基本情報ごとに分類した、地震動の大きさと

予想損失額との関係を示す損失率曲線を求める31。その後、地震活動度モデルで設定した

想定地震に対して、被害損失予測モデルから各地震に対応する地震被害損失額を計算する。

それぞれの想定地震に対して横軸に予想損失額、縦軸に年超過確率をとって求められた曲

線をイベントカーブと言い、イベントカーブ上の値は地震被害の予想損失額とその発生頻

30 この段落の内容は、兼森(2005)に基づいている。 31 一般的には、地震による予想損失額を保有資産が現状復帰するために必要な再建費用と定義している。

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度を表し、累積確率は年間期待損失額といい、1 年当りの平均的な損失額を表す。イベン

トカーブからは期待損失額が計算できるが、実際には損失予測から得られる予想損失額に

は不確実性が伴う。地震の発生に関する 1 次の不確実性だけではなく、地震による被害損

失額の予測に関する 2 次の不確実性が存在する。そこで、イベントカーブに 2 次の不確実

性を考慮した上で予想損失額と損失に関する超過確率を計算し、経済損失の発生確率をも

とにしたリスクカーブを算出する(図表 6-29)。地震による予想被害額と発生確率が許容

範囲を超えていれば、リスクコントロールやリスクファイナンスといった対応策を検討す

る必要が出てくる。

4.1.3 地震被害想定 自然災害リスクは発生頻度が低いためにリスク認知にバイアスが生じるという問題があ

るが、一方でこうした自然災害リスクを定量化し、地震による予想被害額とその発生確率

を算出する方法が生み出されてきた。実際に、内閣府は東海地震、東南海地震、首都圏直

下地震などで被害想定を発表しているし、各都道府県では対象とする地震を選定した上で

管轄地域の震災被害想定を計算している。では、地方自治体はこうした地震リスクにどの

ように対処しているのだろうか。本節では、こうした地震リスク分析の結果を利用した災

害被害軽減策と関連付けながら、地方自治体の「業務継続計画(BCP)」のあり方と現状

を述べる。 内閣府による東海地震、東南海地震、首都直下地震はもとより、こうした大地震による

被害甚大であると予想されている東京都、静岡県等の都道府県、また政令指定都市である

横浜市をはじめとした市町村でも地震被害想定が推定されている。被害想定は、想定した

地震が発生したときにどのような被害が発生するのかをあらかじめ予測しておき、防災対

策の基礎資料となるものといえる。実際、地震被害が予測されていなければ、防災対策を

はじめ発災時の応急救助や災害復旧・復興対策を計画しておくことが出来ないし、具体的

な減災目標や目標実現のための方策を定めることもできない。つまり、災害対策にかかる

計画が、具体性のない、実際に役に立たない計画となってしまう。 次に、具体的に都道府県等が公表している被害想定の特徴を整理する。いくつかの被害

想定で共通しているのは、どのような気象条件のもとで震災被害を算定するのかで結果が

異なることである。したがって、気象条件の選び方が重要となるが、東京都の「首都直下

地震による東京の被害想定(2006年5月)」では冬の夕方18時と朝5時の風速3m/s、6m/s、15m/s、兵庫県の震災被害想定では被害が季節・時刻によって大きく変動することから時

刻を朝 3 時から夜 19 時までを 6 区分に分け、季節は夏・春秋・冬で区別しているが、風

速は 3m/s に固定した上で被害状況を算出している。一方、静岡県は時間帯を 5 時、12 時、

18 時に区分しただけで残りの気象条件に関する区分けは行っていない。このように気象要

件の条件付けは法令などで定められておらず、どの被災状況を比べればよいのか判断が難

しい。東京都は最も被害が大きい冬の夕方 18 時の結果を主要な結果としているが、この

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ように被害想定を作成する地方団体側が何らかの基準を示す必要があるだろう。 また、各自治体は地域性に配慮した独自の視点から震災被害想定を推定している。東京

都は 1991 年には関東大震災を、1997 年には阪神・淡路大震災を踏まえて直下地震を想定

した被害想定を公表してきた。2006 年 5 月には、都市構造の変化や中央防災会議首都直

下地震対策専門調査会が首都直下地震の被害想定を公表(2005 年 2 月)したことを受け

て、「首都直下地震による東京の被害想定」を作成した。区市町村が震災対策に活用できる

よう、区市町村別の被害想定を算出している他、エレベーターの閉じ込めや企画困難者数

の予測等、都市型災害を踏まえた分析も行っている。静岡県は、第 1 次・2 次地震被害想

定(1978 年、1993 年)に続き、2001 年 5 月に「第 3 次地震被害想定結果」を公表した。

鉄道や高速道路の事故について定性的な検証行うとともに、発災後の災害救助や避難活動

の進行状況の時系列的分析である応急対応シナリオ想定についても触れており、地震対策

を見直すための基礎資料としての活用が期待されている。兵庫県では過去に実際に発生し

た地震災害の様子から、今後発生することが見込まれる地震の被害想定を行っている。

1995 年阪神・淡路大震災以来、兵庫県では活断層のもたらす地震被害への認識が高まって

おり、発生可能性を考慮して有馬-高槻断層帯~六甲・淡路島断層帯地震、山崎断層帯地震、

中央構造線断層帯地震、日本海沿岸地震、南海地震の被害想定を行っている。このように、

地域で晒されている地震災害が異なることから、想定される地震の種類や規模、考慮すべ

き気象条件、被害想定で重点的に推定する項目等が異なっており、地方団体は国による全

国一律的な被害想定にはない地域独自の被害想定を作成する傾向にある。 4.2 地震被害想定と災害対応 4.2.1 被害想定と発災直後の災害対策 このように、地域によって被害想定の作成理念は若干異なるが、被害想定を被災後の災

害復旧・復興においてどのように活用しているのだろうか。地域防災や災害救助・応急対

策の計画策定においては、これまで地震被害想定を積極的に活用してこなかった。永松

(2008)は、防災行政は(1)アセスメント、(2)被害想定、(3)計画作成、(4)実施、(5)評価と

いう防災の行政サイクルが重要であるが、これまではアセスメントや被害想定の議論が行

われずに計画が作成されたり、計画の記載事項が実施されないという問題があったと述べ

ている。岡田(2005)は、事後対応的、緊急対応的、対応マニュアル型アプローチ、事前

確定的計画、個別セクター型対応アプローチという特徴を持つ旧来の防災計画に対し、今

後 PDCA サイクルを基本とした事前対応的、災害リスク軽減型、先見的・事前警戒的、総

合政策的といった特徴を有する総合防災計画の必要性を説いている。災害対策基本法の第

40 条と 42 条では、都道府県防災会議と市町村防災会議は防災基本計画に基づき、地域防

災計画の作成及び修正が義務付けられているが、地方自治体の中には防災対策の手段とし

て利用していない自治体も多いようである。 しかし首都直下地震など大規模災害への準備の必要性が叫ばれる中で、近年地震被害想

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定を活用した、災害対策や震災被害軽減に役立つ地域防災計画や自治体 BCP が作成され

るようになりつつある。例えば、東京都は 2006 年の被害想定結果を踏まえて 2007 年に東

京都地域防災計画を修正し、「都民の生命、身体及び財産を保護し、「震災に強い東京の実

現」を図る」という目標に基づいて、住宅の倒壊や火災による死者の半減等の減災目標を

掲げている。静岡県は、東海地震の第 3 次地震被害想定に基づき、減災という考えを明示

した「静岡県地震対策アクションプログラム 2001」を策定して減災に努めた結果、2007年度までの 5 年間で死者を 1,020 人軽減したと発表している。さらに、数値目標や達成時

期を盛り込んだ「静岡県地震対策アクションプログラム 2006」を策定し、2001 年のプロ

グラムと合わせて死者数を半減させるという減災目標を掲げている32。また、2006 年には

徳島県は、今後 30 年以内に 50%の確率で発生すると言われている南海地震の被害想定を

前提に、発災後の初動体制確保、災害応急対策等の非常時優先業務の整理と実施体制の確

保など災害対応業務の遂行のための自治体 BCP を作成した。このように、減災や被災後

の業務継続を実現するためには、有効かつ具体的な災害対応の計画を策定するために被害

想定を活用しているようである。 4.2.2 地震被害想定の活用と災害復旧復興 発災後の災害救助や応急対策、震災被害軽減では被害想定が活用され始めているようだ

が、震災からの復旧・復興期において被害想定はどのように活用されているのだろうか。

東京都は 1997 年の被害想定に基づいて既存の復興マニュアルをまとめた「東京都震災復

興マニュアル」を策定しているが、その他には事前に復興計画を策定している地方団体は

ほとんどない。そのため、発災後の混乱期に、災害救助や応急対策と同時に復興計画を策

定する必要が生じ、行政職員の確保等震災からの復興を円滑に推進する上で問題となって

いる。災害からの復旧や初期の復興は、国補助事業が中心の災害復旧事業に依存せざるを

得ないのが現状である。 そこで、災害復旧復興という視点から、原形復旧が原則である災害復旧事業の特徴を概

観したい。これまで日本の災害対策を支えてきた災害復旧事業には主に次のような特徴が

ある。第 1 に、災害からの復旧が迅速である。発災後、所轄中央官庁から派遣された災害

査定官が災害現地に赴き実地調査を行って、災害復旧事業費が決定される。被災状況の報

告には期限が設けられている上、災害復旧事業にも期限が設けられているため、主務省も

なるべく早く事業に着手することを目指す。元の状態に戻すだけなので、復旧事業に伴う

利害対立や意見調整の必要がないので、円滑に事業に着手できる。新たに復旧のための計

画や設計図を作成する必要もない。第 2 に、事業の実施にほとんど市町村間で格差がない。

災害復旧事業のほとんどが補助事業なので国庫負担補助の比率が非常に高く、さらに地方

負担分については高率で普通交付税措置されており、交付団体であれば事業費の負担は極

端に軽減される。そのため、財政力による市町村間の事業実施の格差はほとんどない。例

32 静岡県の取り組みについては、浅野(2009)を参照されたい。

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えば、新潟県中越地震で激甚な被害に見舞われた山古志村の災害復旧事業費は 74 億円

(2004 年度)であったが、国庫負担率は 99.8%で、山古志村の負担は数百万円であった(永

松、2008)。第 3 に、事前に災害被害を正確に予測した復旧計画を策定する必要がない。

原形復旧が原則なので、被災状況に応じたきめ細かい復旧計画は特に必要がない。また、

原形復旧では再度災害による被害が生じる恐れがある場合、災害防止を目的とした工事も

認める改良復旧や災害関連事業が実施されることもあるが、これらの事業は原形復旧に近

いか災害復旧事業と合併して実施されることが多く、原形復旧から大きく逸脱した事業で

はない。 一方、近年原形復旧の問題点も指摘されている。一番大きな問題点は、原形復旧によっ

て不必要な事業が実施されることである33。震災後、損害が著しく大きいために住民が帰

村諦めたような地域にも立派な道路や砂防ダムを建設するという事態が生じる。本来、被

災後に地域の将来像を見据えた上で必要な事業を実施し、地域の実情に合った災害復旧が

望まれるが、既存の制度では全国一律の復旧事業しか行われない。実際、永松(2008)に

よると、19 名の死者を出した 2003 年の水俣土石流災害では、宝川内集地区で総額 32 億

3,200 万円の災害復旧事業が実施されたが、復旧が完了した 3 年後にも集落に戻ってきた

住民は半数で住宅の建設されない造成地が目立つ現状がある。第 2 に、事業を主導する中

央省庁間の調整が行われていない。公共土木施設の災害復旧事業は国土交通省と農林水産

省、農林水産施設等は農林水産省、文教施設等は文部科学省、厚生施設等は厚生労働省と

いうように、各災害復旧事業には所管省庁が決められており、被害状況の調査から事業費

の交付まで基本的には所管省庁が決定する仕組みとなっている。第 3 に、国庫負担補助率

が高いためにコストの無駄が生じる。各災害復旧事業でも効率の国庫負担補助があるが、

激甚災害に指定されると補助率が 1~2 割上昇し、公共土木施設災害復旧事業では 86%、

農地等の災害復旧事業等では 92%にも補助率が嵩上げされる。したがって、担税力が弱く

平時には後回しにされるような公共事業を災害時に実施するという、いわば「災害待ち」

ともいえる状況があった(永松、2008)。自力でも十分に復旧できるような被害に対して、

自己負担が少ないために災害復旧事業で実施してもらうということも十分にあるだろう。

また、補助災害復旧事業と単独災害復旧事業によって、交付税措置率が異なっており、補

助事業への偏向が見受けられる。既述のように、公共土木施設と農林水産業施設等の災害

復旧事業では補助災害復旧事業債の 95%が普通交付税措置されるのに対し、単独災害復旧

事業債では 47.5~85.5%となっている。本稿の分析でも、災害復旧事業では補助事業の割

合が高く、特に復旧の後期には補助事業の割合が大きいことが示されていた34。もちろん、

補助事業で実施できないが必要性のある事業を単独事業で実施している面もあるが、補助

率が高いために単独事業では計画しないような事業を実施することもあると思われる。 このように、原形復旧の原則により迅速に災害復旧事業に取り掛かれるという利点もあ

33 同じ問題は、馬場(1997)、田近・宮崎(2008)も指摘している。 34 馬場(1997)も同じ問題を指摘している。

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173

るが、一方で被災地の実情に合わせた柔軟な災害復旧が行われない、或いはコストの無駄

が生じるという問題点も無視できないだろう。そのため今後、日本の災害復旧と災害後の

防災に貢献してきた原形復旧制度の利点を活かしながらも、原形復旧にとらわれない災害

復旧のあり方を考えるべきだろう。 5.結論 本稿では、災害発生時から復興までの主要な災害対策施策を時系列に分析してきた。災

害救助・応急対策として災害救助法、被災者対策として被災者生活再建支援法、災害復旧

事業として負担法・暫定法・激甚法、復旧事業として復興基金を取り上げ、各施策の特徴

及び阪神・淡路大震災と新潟県中越地震における実施状況を分析した。特に、これらの施

策を実施するに当たっての国と地方の役割分担、並びに国と地方の財源負担に焦点を絞り、

現行制度の利点と問題点を指摘することに注力した。 災害対策には、次のような特徴があることが判明した。第 1 に、災害関連施策の実施に

おいて地方自治体の裁量はほとんどない。ほとんどの事業は法定受託事務や国補助事業で、

事業の内容や適用条件、補助割合等が全て法律で定められており、地方団体は規定に従っ

て窓口の受付など事務作業を行うだけで、事業の運用に関する裁量を持っていない。災害

救助法にかかる事務は法定受託事務であるし、被災者生活再建支援制度は事業が法律で定

められている。災害復旧事業は、国補助事業の割合が高く、一部が法定受託事務である。

ただ復興基金は、行政が実施できない事業のために設立され、財団の事業なので、比較的

地方の裁量は大きい。このように一部の災害復興事業を除いて、ほとんどの災害救助や災

害復旧事業では地方の裁量がないため、大災害のたびに、被災者や被災地域から制度の使

い勝手の悪さが指摘されてきた。阪神・淡路大震災では被災者の生活再建や住宅再建への

救済措置が不十分であるとして、復興基金やその後の被災者生活再建支援制度が創設され

てきたし、新潟県中越地震では新潟県や被災市町村独自の住宅応急修理制度や被災者生活

再建支援制度が設けられてきた。 第 2 に、災害関連施策において国の手厚い財源保障があるために、実質的な地方の負担

は非常に小さい。災害救助法では事業費の半分が国庫補助されるほか、地方負担分は全額

が災害対策債を起債することができ、元利償還金のうち 95%が特別交付税措置される。さ

らに大規模災害では負担率は 80%以上になるほか、災害救助費の 40%についても特別交付

税措置される。また、公共土木施設等災害復旧事業では国庫負担率は平均 7 割程度で、農

林水産業施設等災害復旧事業でも事業によって同じ程度の国庫補助がある。さらに、激甚

災害に指定されると 1~2 割程度補助率が嵩上げされ、国の補助率は 7~9 割にも達する。 地方負担については起債が認められ、その元利償還金は約 90%程度が普通交付税措置され、

地方自治体の実質的な負担は非常に低くなる。復興基金の事業費についても、これまでは

約 80%に地方債を充当することができ、元利償還金の 95%が普通交付税措置されている。

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第 3 に、災害応急救助と災害復旧の初期には、国の事業費負担が大きく、災害復旧害復

興期には地方の負担割合が上昇する。発災時の災害救助事業、災害復旧事業には、災害救

助法や被災者生活再建支援法、負担法、暫定法などにかかる事業が実施されるが、これら

の事業は国庫補助率が非常に高い上、地方負担分についても起債と元利償還金の交付税措

置が認められている。さらに、激甚な震災については、激甚法による補助率のかさ上げも

実施される。こうした災害復旧事業では国直轄事業で 2 年、国補助事業で 3 年という完了

までの期限が設けられており、必然的に発災直後にはこうした国負担の大きい事業を優先

させることになる。災害から時間が経過して災害復旧復興期になると、災害復旧事業に含

まれない防災・災害対策関連の公共事業が実施されるようになるが、単独事業が多いだけ

でなく一般公共事業なので国庫補助率は低くなる。復興基金は地方債の元利償還金に対し

て交付税措置があるものの、国庫負担がないために地方団体の事業費負担は比較的大きい。

したがって、発災時に実施される事業は規模の割に地方負担が小さいが、発災から時間が

経過すると同じ事業を実施するにしても自己負担が増えることを認識しておく必要がある。

また、発災後すぐに地方債の償還が始まるため、地方自治体の負担が徐々に増していくこ

とも考慮しておく必要がある。 第 4 に、災害応急救助と災害復旧にかかる事業では、地方団体の財政的な負担は比較的

小さい。災害救助や災害復旧では国庫負担が大きいために、国負担だけでなく、普通交付

税措置を考慮すると、地方団体の実質的な負担は非常に小さくなる。ただ、災害発生後 2、3 年して復興のために新たな事業を実施する段階になると、災害復旧事業以外の公共事業

などにより、都道府県の負担は大きくなると思われる。 第 5 に、交付団体と不交付団体で災害対策事業にかかる負担が大きく異なる。災害救助

法や激甚災害指定の適用には、地方団体の標準的な税収入に対して事業費が一定割合を上

回っている必要があり、災害支援事業の対象になるかどうかに自治体の担税力が影響する。

また、災害応急救助、災害復旧事業等の国庫補助率や激甚災害指定や嵩上げ率も、自治体

の担税力と事業費の大きさで異なる。さらに、元利償還金は普通交付税措置されることか

ら、経費に地方債を発行すると、交付団体では普通交付税措置によって地方の負担が小さ

くなるが、不交付団体では交付税措置率が高くても自己負担額には影響がない。 第 6 に、地震被害想定を活用せず、原型復旧を原則とした災害復旧事業を中心とした復

旧復興が実施されてきた。自然災害リスクには認知バイアスがあるために、個人が客観的

かつ正確にリスクを認識してリスクマネジメントを実施することが困難であった。地震の

ような大災害は発生頻度が低いために正確な地震リスク分析は難しいが、一方で地方自治

体はこれまで幾度も地震被害想定を改正して、正確な地震被害の把握に努めてきた。近年

では地震被害想定を活用した地域防災計画や BCP が地方自治体でも策定されるようにな

ってきたが、一方で事前に災害復旧復興の計画を策定している自治体はほとんど存在せず、

被害想定を活用した災害復興は実現できていない。そのため、地方自治体はこれまで災害

復旧と災害復興の初期には、国の補助事業を中心とした災害復旧事業に依存してきた。

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このように、これまでの災害対策事業は国補助事業や法定受託事務が多く、事業実施の

裁量と財政面から国への依存が大きく、地方自治体の役割は非常に小さかった。国による

全国一律の災害対策事業が迅速な災害救助と災害復旧を実現し、日本の災害被害軽減に大

きな役割を果たしたことは確かだが、一方で地域の実情に合わせた将来を見据えた新しい

復旧復興のあり方を考える必要があるだろうし、災害対策事業の効率性の面から疑問も呈

されている。 そこで、本稿では、事業の実施面と財政面から国と地方の役割分担を見直すことを提案

したい。まず、国は最低限必要な災害関連事業を迅速に実施し、地方団体が地域の実情に

合わせた被災者や地域に必要な事業を実施する。災害応急救助や災害復旧の一部など国が

全国一律に実施すべきであると考えられる事業は国が実施し、それ以外の事業は国の実質

的な負担を大幅に引き下げた上で地方自治体の裁量で実施する。地方が実施する事業は国

の実質的な負担を大幅に引き下げるが、その中でも災害復旧事業など補助率の高い事業の

補助率は比較的高くし、現行の単独事業や復興基金など地方の裁量が大きかった事業への

国の負担は相対的に低くするということが考えられる。地方の裁量が大きくなることで事

前の復旧・復興計画を策定する誘引が働くだろうし、費用負担の増大によって自治体の事

前における減災努力を促すことができるのではないだろうか35。 参考文献リスト 赤井伸郎・永松伸吾(2003)「地方財政制度における災害保険機能とそのあり方について

-阪神・淡路大震災の財政措置の実態と性質」『商大論集』54(5)、619-639. 浅野憲周(2008)「自治体の災害対策を促進する基盤について」『フィナンシャル・レビュ

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義編著『防災の経済分析』勁草書房、49-71. 小林潔司(2005)「災害リスクとそのマネジメント」多々納裕一・ 木朗義編著『防災の

経済分析』勁草書房、3-21. 小林均(1999)「経済復興と公共投資」藤本建夫編『阪神大震災と経済再建』勁草書房、

35 自治体の減災努力の現状と問題点については、浅野(2009)が詳しい。

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93-111. 災害対策制度研究会編著(2002)『新日本の災害対策』ぎょうせい. 災害対策制度研究会編著(2003)『必携 激甚災害制度の手引き』大成出版社. 佐藤主光(2005)「災害時の公的支援に対する経済学の視点」『会計検査研究』No.32、33-50. 佐藤主光(2009)「災害政策体系の整理と提言」『経済学的視点を導入した災害政策体系の

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憲夫・多々納裕一編著『総合防災学への道』京都大学学術出版会、60-66. 多々納裕一・ 木朗義(2005)「災害リスクマネジメント施策の経済評価」多々納裕一・

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