世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き...た。wto(世界貿易機関)のデータによると、さまざ...

4
3 世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き 地図にみる現代世界 東京国際大学 教授 髙橋 宏 世界の各地には、地域的な経済統合・貿易協定を構築 し、加盟国の間で貿易・投資等の自由化をまず進めよう との動きが、とくに1990年代に入ってから、加速してき た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511 に上っている(WTO HPによる)。 本稿では、日本でも現在関心をよんでいるTPP(環太 平洋戦略的経済連携協定)を含む地域貿易協定(RTAs: Regional Trade Agreements)とWTOにおけるグロー バ ル な 多 角 的 貿 易 制 度(MTS: Multilateral Trading System)について、第1に貿易自由化の意義と多角的 貿易体制及び地域貿易協定、第2に地域貿易協定の種類、 第3に地域貿易協定は何をねらいとするか、第4に日本 のFTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)、そし て第5にTPPをどう理解するか、以上の五つの項目を取 り上げる。 現代のグローバル経済では、なぜ自由貿易が望ましい とされているのか。その根拠は、貿易利益の実現という ことである。 国際経済学の「比較優位」理論では、各国は自国の得 意とする生産分野(比較優位産業)に特化し、比較優位 商品を輸出して比較劣位商品を輸入することにより、資 源の再配分と所得増大という二つの効果、つまり貿易利 益を実現できると説く。また、他の利益として、海外と の競争による生産性の改善、海外市場向けに生産を拡大 することによる規模の経済(スケール・メリット)、海 外技術の導入・技術革新の促進など、間接的な利益を得 ることもできる。以上が貿易利益の理論的な根拠と貿易 利益の内容を要約したものである。 貿易がこうした利益をもたらすものであるならば、そ れらを制約する貿易制限を撤廃ないし軽減することによ り、貿易利益をそれだけ大きくすることが可能となる。 これが、貿易自由化の論拠である。現実の世界では、ブ レトン・ウッズ体制の下でGATT(関税と貿易に関する 一般協定)が成立し、加盟国間の交渉を重ねて貿易制限 の撤廃・軽減を実現してきた。 GATTの貿易自由化は、多角的貿易制度(MTS)と よばれる。その特徴は、貿易の自由化と最恵国待遇であ る。貿易の自由化は、モノ(財貨)貿易に対する数量 制限と関税を撤廃・削減するものであり、最恵国待遇と は「加盟国は、他のすべての加盟国に対して、他の国の 産品に与えている最も有利な待遇と同等の待遇」を与え るというものである(GATT協定第1条)。最恵国待遇 は、相互主義(互恵)に基づく貿易制限の撤廃ないし削 減であり、これを多くの貿易相手国の間で適用すること は、多くの国々の間における貿易制限の撤廃・削減につ ながる。その意味で、最恵国待遇は「多角的貿易自由化」 にとって不可欠な原則である。 なお、GATTは当初のモノの貿易以外にも、サービス 貿易及び知的所有権に関する取り決めも対象とするよう になり、その後WTOに移行してからは、紛争解決に係 る規則、貿易政策の検討、複数国間貿易協定に関する取 り決めを含めることとなった。 GATT-WTOのMTSにおける多角的自由化に対して、 RTAsは特定の限られた国の間で締結される取り決めで ある。この意味で「多角主義」に反し、「差別的な性格」 をもち、最恵国待遇の原則に反する。しかしGATT協定 は第24条で、加盟国が自由貿易協定や関税同盟を設立す ることを、一定の条件を満たす場合に例外的に認めてい る。この背景として、GATT成立時にヨーロッパでは RTAsを結ぶ動きがすでに存在していて、それを例外的 に認めることが実際的であると考えられたことがある。 GATT-WTO第24条で例外として認められるRTAsは 「自由貿易地域」及び「関税同盟」の二つであるが、現 実の世界経済では他の地域的な協定・経済統合組織など も存在している。また経済学では、世界的な自由貿易体 制を最善の目的としつつも、それ以外に特定地域におけ る一定の国の間で結ばれる自由貿易協定等について一定 の役割を認め、自由化・協力・統合の程度などに応じて、 五つの類型(統合の段階)を分類している(表1 経済 統合の段階)。 はじめに 1.貿易自由化の意義と多角的貿易体制及び地域貿易協定 2.地域貿易協定の種類にはどのようなものがあるか

Upload: others

Post on 06-Aug-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き...た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511

3

世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き

地図にみる現代世界

東京国際大学 教授 髙橋 宏

 世界の各地には、地域的な経済統合・貿易協定を構築

し、加盟国の間で貿易・投資等の自由化をまず進めよう

との動きが、とくに1990年代に入ってから、加速してき

た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ

まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511

に上っている(WTO HPによる)。

 本稿では、日本でも現在関心をよんでいるTPP(環太

平洋戦略的経済連携協定)を含む地域貿易協定(RTAs:

Regional Trade Agreements)とWTOにおけるグロー

バ ル な 多 角 的 貿 易 制 度(MTS: Multilateral Trading

System)について、第1に貿易自由化の意義と多角的

貿易体制及び地域貿易協定、第2に地域貿易協定の種類、

第3に地域貿易協定は何をねらいとするか、第4に日本

のFTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)、そし

て第5にTPPをどう理解するか、以上の五つの項目を取

り上げる。

 現代のグローバル経済では、なぜ自由貿易が望ましい

とされているのか。その根拠は、貿易利益の実現という

ことである。

 国際経済学の「比較優位」理論では、各国は自国の得

意とする生産分野(比較優位産業)に特化し、比較優位

商品を輸出して比較劣位商品を輸入することにより、資

源の再配分と所得増大という二つの効果、つまり貿易利

益を実現できると説く。また、他の利益として、海外と

の競争による生産性の改善、海外市場向けに生産を拡大

することによる規模の経済(スケール・メリット)、海

外技術の導入・技術革新の促進など、間接的な利益を得

ることもできる。以上が貿易利益の理論的な根拠と貿易

利益の内容を要約したものである。

 貿易がこうした利益をもたらすものであるならば、そ

れらを制約する貿易制限を撤廃ないし軽減することによ

り、貿易利益をそれだけ大きくすることが可能となる。

これが、貿易自由化の論拠である。現実の世界では、ブ

レトン・ウッズ体制の下でGATT(関税と貿易に関する

一般協定)が成立し、加盟国間の交渉を重ねて貿易制限

の撤廃・軽減を実現してきた。

 GATTの貿易自由化は、多角的貿易制度(MTS)と

よばれる。その特徴は、貿易の自由化と最恵国待遇であ

る。貿易の自由化は、モノ(財貨)貿易に対する数量

制限と関税を撤廃・削減するものであり、最恵国待遇と

は「加盟国は、他のすべての加盟国に対して、他の国の

産品に与えている最も有利な待遇と同等の待遇」を与え

るというものである(GATT協定第1条)。最恵国待遇

は、相互主義(互恵)に基づく貿易制限の撤廃ないし削

減であり、これを多くの貿易相手国の間で適用すること

は、多くの国々の間における貿易制限の撤廃・削減につ

ながる。その意味で、最恵国待遇は「多角的貿易自由化」

にとって不可欠な原則である。

 なお、GATTは当初のモノの貿易以外にも、サービス

貿易及び知的所有権に関する取り決めも対象とするよう

になり、その後WTOに移行してからは、紛争解決に係

る規則、貿易政策の検討、複数国間貿易協定に関する取

り決めを含めることとなった。

 GATT-WTOのMTSにおける多角的自由化に対して、

RTAsは特定の限られた国の間で締結される取り決めで

ある。この意味で「多角主義」に反し、「差別的な性格」

をもち、最恵国待遇の原則に反する。しかしGATT協定

は第24条で、加盟国が自由貿易協定や関税同盟を設立す

ることを、一定の条件を満たす場合に例外的に認めてい

る。この背景として、GATT成立時にヨーロッパでは

RTAsを結ぶ動きがすでに存在していて、それを例外的

に認めることが実際的であると考えられたことがある。

 GATT-WTO第24条で例外として認められるRTAsは

「自由貿易地域」及び「関税同盟」の二つであるが、現

実の世界経済では他の地域的な協定・経済統合組織など

も存在している。また経済学では、世界的な自由貿易体

制を最善の目的としつつも、それ以外に特定地域におけ

る一定の国の間で結ばれる自由貿易協定等について一定

の役割を認め、自由化・協力・統合の程度などに応じて、

五つの類型(統合の段階)を分類している(表1 経済

統合の段階)。

はじめに

1.貿易自由化の意義と多角的貿易体制及び地域貿易協定

2.地域貿易協定の種類にはどのようなものがあるか

Page 2: 世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き...た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511

4

 これらの類型は理念型を表したものであり、自由貿易

地域から始まり、次の段階へと至るにしたがって、域内

貿易の自由化の程度、生産要素の移動性、貿易以外の経

済的な結びつきの強度等が高度化していく。つまり、商

品貿易の効率化のみならず、国境で制約されていた生産

要素の移動の自由化、それによる地域内の生産の効率化

などが実現されるものと理解されている。

 実際のRTAsにはいずれか二つの類型の中間段階も

あれば、いずれかの類型の変種もある。例えばEUは、

1993年に共同市場を形成し1997年に単一通貨ユーロを導

入したことから、共同市場と経済同盟の間にある。ま

た、FTA(自由貿易地域ないし自由貿易協定)の基本

的内容は上の表に示される通りであるが、経済連携協定

(EPA)は、FTAの貿易自由化に加えて、投資・人的移

動・知的所有権・競争政策・協力など広範な内容を含む

ものであり、共同市場の要件の一部を含むと理解できる。

 地域的な貿易協定や経済統合による貿易自由化によっ

て、加盟国はどのような利点を獲得できるのであろうか。

また、なぜ近年になってFTA・EPAがさかんになって

きたのか。次の三つのポイントについてみておこう。

 第1に、自由貿易が生産の効率化と所得の上昇をもた

らし、規模の経済などの間接的利益を実現するものであ

るならば、RTAsのように限られた範囲での自由貿易を

志向せずに、MTSの下でのグローバルな自由化の実現

をめざす方が、より大きな利益を獲得できるのではない

か。これに対しRTAsが志向される根拠は、RTAsも世

界的な自由貿易体制に至る経路の一つ(むしろ近道)で

あると判断されているからである。

 現実の世界貿易の流れは、特定の国同士では密接であ

るが、別の国との間ではさほど密接でないといった「貿

易の緊密度」に違いがある。この違いを生む要素は、地

理的な近さ、資源の有無、産業の補完関係、文化的な親

密度、政治的な利害・友好関係、そして経済・貿易協定

といった制度の有無などがある。つまり、自然的・経済的・

文化的・政治的な要因により貿易関係の密接さが、とく

に地理的に隣接した国々では成立しやすいので、経済交

流の仕組みや貿易自由化協定などの制度を整備すること

により、そうした緊密な関係を強化することが可能とな

る。

 利害関係の対立する国や、もともと貿易緊密度の低い

国の間で多角的な貿易交渉を進めるよりは、経済・貿易

交流を緊密化させる要素を共通にもっている「限られた」

国の間で交渉を進める方が、経済的成果がより大きく早

期に実現できると考えられる。そして、そうした地域

的な協定が世界の各所で生じることになれば、やがて異

なった地域協定同士の結び付きを強化することも可能と

なる。それゆえ、RTAsは「内向き」の動きとしてよりは、

世界的な自由貿易に向かう一つの経路ないし段階として

理解できる。RTAsの動きは、以上のように整理できる。

 第2のポイントは、RTAsが1990年代に入ってから注

目され、とくに2000年代になって徐々に加速してきた理

由は何かということである。それは、現在のWTO貿易

交渉が膠着状態に陥っており、グローバルな自由化の進

展が望み難いと判断されていることにある。MTSによ

る交渉の膠着状態から脱して自由貿易の利益を速やかに

実現するためには、利害関係の比較的一致しやすい国同

士が二国間で、あるいは少数国間で貿易協定を結ぶこと

が有効であるとの判断が働いているからである。

 ここで、GATT-WTOにおける自由化のための貿易

交渉を簡単に振り返り、その成果と現状をみておこう。

MTSでの自由化交渉は、これまで九つの「ラウンド」

とよばれる多国間交渉の場で実施されてきた。第1回か

ら第5回までのラウンドでは、関税引き下げ交渉の基盤

がつくられ、若干の成果を生んだに留まった。しかし、

第7回のケネディ・ラウンドで関税引き下げに大きな成

果を生み、同時に農業問題と非関税障壁への取り組みの

足場が築かれた。第8回の東京ラウンドでは、関税引き

下げに成果を生むと同時に、非関税障壁問題についても

いくつかの協定が成立するといった成果を生んだ。さら

に引き続くウルグアイ・ラウンドでは、WTOの成立と

いう世界貿易体制の大転換が実現された。

 WTOの下でのドーハ・ラウンドでは、貿易制限の削

表1 経済統合の段階

自由貿易地域加盟国の間で関税その他の障壁を撤廃する。しかし、対外的には各国の自主的な対応とし、共通関税を設けない。

関税同盟域内の貿易制限を撤廃するとともに、域外国に対して共通関税を設ける。

共同市場加盟国間における貿易制限の撤廃に加え、労働力・資本など生産要素の移動制限も撤廃する。

経済同盟加盟国は、共同市場を基に、金融・通貨・財政など経済政策の調整を行う。

完全な経済統合 経済同盟に加え、政治的統合を実現する。

(出典:ベラ・バラッサ著、中島正信訳(1963) 『経済統合の理論』ダイヤモンド社に基づいて作成)

3.地域貿易協定は何をねらいとするか        ー加速するFTA・EPAについて

Page 3: 世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き...た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511

5

減と新たな貿易ルールの策定により世界貿易体制の大幅

な改革をめざしている。しかし、それ以前までの諸ラウ

ンドで決着の難しかった農産物問題について、ドーハ・

ラウンドでも困難な交渉を迎えた。理由は、農産物の自

由化を進めたいアメリカ合衆国など、農産物の保護・助

成を確保したい日本やEUなど、そして特別な保護を求

める開発途上国の三者間で利害の対立が厳しく、議論が

進展しなかったからである。また、先進国と途上国の間

の対立が、途上国を中心とした新規加盟国の増大でさま

ざまな分野で激化していることも進展を妨げている。こ

うした現状を打破するための方策としてRTAsの役割が

認められている。

 第3のポイントは、前述した貿易緊密度の要素のうち、

狭義の経済的利益(貿易・投資などの活発化による経済

の成長・発展=繁栄)のみでなく、地域内及び国内にお

ける繁栄の均きん

霑てん

と格差是正などによる社会的な安定、さ

らには地域の繁栄と安定を基礎にした政治・軍事的な安

全保障なども視野に入れる必要がある点である。

 経済的な繁栄を遂げる場合、歴史の教訓によると、国

によっては政治的・軍事的な側面での強勢大国への方向

を突出させ、それが周辺諸国との対立を発生させる恐れ

が大きい。このような利害の対立の発生を防ぐ意味で、

地域的な貿易協定や経済協力関係を構築し、繁栄と安定

の利益を共有していくことは重要な意義がある。

 自由貿易に対する日本の姿勢は、MTS及びRTAsの観

点からみて、どのように判断できるであろうか。次の三

つの事実を確認しておくことが重要である。

 第1に、日本の貿易自由化は、2000年以前にはGATT-

WTOを中心に実施し、世界主要国の中で関税率は低く、

自由化の程度はかなり高いものであった(表2)。

 したがって、日本は保護主義的であるとか、「平成の

開国」が必要であるとかいう議論は、例えば一部の農産

物の輸入制限が高いことや、日本のサービス分野に残る

閉鎖性に対する諸外国からの批判などをそのまま受け入

れたものであり、正しくない見方である。

 第2に、FTAやEPAは一つの国が複数の協定を同時に

締結することが可能であり、また二国間FTAを締結しつ

つ、同時に同じ国を含む地域を対象にしたFTAをも締結

するといった「重層的な協定・地域的貿易自由化」に参加

できる。実際、日本はASEANの個々の国とのEPAを締結

するとともに、ASEAN全体を一つの相手とする包括的

なEPAも締結している。さらに、上述したようにFTAな

どはGATT第24条の規程で一定条件のもとに認められて

いる地域的な自由貿易化の枠組みであり、GATT-WTO

と「二者択一」の関係にあるのではなく、補完関係にある。

 なお、日本のEPAの特色は、関税削減・サービス貿

易自由化の他に、投資・人的移動・政府調達・知的財産権・

ビジネス環境整備など、従来の貿易交渉の範囲を大きく

超える広い分野に及んでいる。相手国と「連携」して経

済交流の拡大・緊密度の強化をめざすものであり、「包

括的な」連携を含んでいる(図1)。

 第3に、日本のFTA・EPAが開始されたのは、2002

年に署名・発効したシンガポールとのEPAであり、そ

の後2005年にはメキシコとのEPAが、そして2006年

以降は他のASEAN諸国とのEPAが順次結ばれた。そ

して2008年12月にはASEAN地域全体との間にAJCEP

(ASEAN・日本包括的経済連携協定=ASEAN Japan

Comprehensive Economic Partnership)が発効した。

 日本がASEANとのEPA締結に積極的な理由は、日本

とASEANとの間には、1980年代半ば以来、日本の企業

進出がさかんに行われ、現在では生産・流通のグロー

バル・ネットワークが日本とASEANの間はもちろん、

ASEANが世界への供給基地の役割を強化するにしたが

い、他の国との間にも構築されていることがある。こ

のようなグローバル・ネットワークに基づく経済交流を

4.日本のFTAとEPA

表2 主要各国の関税率の状況(1999 年時点における関税率の単純平均)

国・地域

項目日本

アメリカ合衆国

EU カナダ

全品目平均譲許税率* 4.8% 3.8% 7.2% 5.0%

鉱工業品平均譲許税率

1.5% 3.5% 3.6% 4.8%

(出典:経済産業省)

注* 譲許税率:WTO などの通商協定において協定加盟国が個々の産品に対して国際的に約束した上限税率。

図1 FTA(自由貿易協定)と EPA(経済連携協定)

(出典:JETRO「FTAの潮流と日本」)

投資規制撤廃 人的交流の拡大

2か国以上の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃する協定。

各分野の協力 知的財産制度、競争政策の調和

物品の関税を削減・撤廃

サービス貿易の障壁等を削減・撤廃

EPA(経済連携協定)

FTA(自由貿易協定)

FTAを柱に、ヒト、モノ、カネの移動の自由化、円滑化を図り、幅広い経済関係の強化を図る協定。

FTA(自由貿易協定)とは

EPA(経済連携協定)とは

Page 4: 世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き...た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511

6

さらに円滑化するためにも、EPAの締結を通じて貿易・

投資・その他の経済交流を活発化させ、地域の経済成長・

発展といった繁栄を促進することが重要となる。

 なお日本は、ASEANだけでなく、その他の地域の国々

とのFTA・EPA締結にも取り組んでいる。

 最後に、RTAsの一つであるTPP(Trans -Pac i f i c

Strategic Economic Partnership Agreement)について

簡単にふれておきたい。

 TPPは、2005年に環太平洋の4か国(シンガポール、

ブルネイ、チリ、ニュージーランド)で調印し、2006年

に発効した多角的な経済連携協定 (EPA)であり、経済

の自由化をめざしている。その後、アメリカ合衆国、オー

ストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーが加盟交

渉国として加わり、2011年現在9か国による交渉が合意

に達し、2012年内の最終合意に向けて、物品・サービス

や知的財産など20以上の分野で話し合いが進められてい

る。この過程で、日本は交渉参加に向けた各国との協議

に入ると表明したものの、オブザーバー参加や交渉参加

前の条文案の共有は認めないという加盟国の方針により、

2012年3月に開始されたメルボルンでの9か国交渉でも

日本は情報共有やオブザーバー出席すら認められていな

いのが現状である。

 日本がTPPへの参加の可否を議論するときに、一方

で「保護から自由貿易へ」「鎖国から開国へ」「他の国に

遅れるな」といった安易な推進論に与することを戒める

べきはもちろん、他方で「アメリカの陰謀」「日本農業

は壊滅する」「金融・医療サービスの市場原理化を食い

止めろ」といった観念的反対論に終始するべきでもな

い。基本的に理解すべきことは、MTSであれEPAなど

のRTAsであれ、貿易制限を軽減・撤廃す

ることは、加盟国に利益と損失の二つを必

ずもたらすものであり、自由化の効果を評

価するときには、直接的な利害と間接的・

動態的な利害などを総合的にとらえ、また

中長期的な視点から分析しなくてはならな

い点である。同時に、自国の経済的繁栄・

社会的安定・国家の安全などを、責任をもっ

て確保するのは、自国以外にない。RTAs

はそのための枠組みを与えるものであって、

RTAsに加盟すれば自動的にそれらが実現

されるといった受け身の考えで臨んでは決

してならない。むしろ、RTAsへの加盟を

てこに、国内の諸課題をグローバルな視点から解決する

こと、そして自由化の利益をいかに増大し、損失をいか

に最小化するかということ、その一方で加盟交渉におい

て自国に有利な条件を獲得するよう取り組むこと、以上

が重要である。つまり、経済分析を基礎にして高度に政

治的な判断に立ち、地域の共通利益をめざしつつも、自

国の利益を確保することが求められる。

 上でみた日本のEPAからわかるように、経済的に密

接な関係のある国々と連携協定を結ぶことは、その加盟

国全体の利益につながり、地域の繁栄が各加盟国の利益

をさらに促進するといった好循環をもたらしうるもので

ある。貿易の効果はいずれの場合も、ゼロサムゲーム(つ

まり、誰かの利得は他人の損失で、利得と損失を合計す

るとゼロになる取引)ではなく、プラスサムゲーム(つ

まり、参加者全員が得をし、利得合計が損失合計を上ま

わる取引)である。

 交渉参加において日本が留意すべきことは、たんに日

本の非競争的な分野を守るといった守勢に立つことでな

く、積極的に他の加盟国(とくに開発途上国)の経済開

発の推進、貿易・経済制度の構築(貿易手続きの共通

化・簡素化などや二重課税を避ける租税条約の制定な

ど)、産業構造転換の円滑化、都市と地方との格差の解消、

社会保障制度の整備・効率化など、社会の動態的な変化

に対処しつつ、経済的な繁栄と社会的公平・安定・均衡

などを地域全体で志向するための方策を主導すべきこと

である。なぜなら、加盟国における自由化の例外措置を

交渉過程で極力抑制するために、相手国の比較劣位分野・

非競争産業などの改革に向けた協力・連携関係を構築す

ることにより貿易自由化からの利益を最大限に引き出せ

るようにすることが肝要であるからである。

図2 平成25年度『標準高等地図』p.114「日本のFTAの状況」

メキシコ  2005年

チ リ 2007年

フィリピン  2008年

ブルネイ 2008年

マレーシア 2006年

シンガポール 2002年タ イ 2007年

インドネシア 2008年

ベトナム 2009年ASEAN 2009年スイス 2009年

5.TPPをどう理解するか