佛教大学における看護学教育の可能性を求めて - bukkyo...

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─ 79 ─ 佛教大学保健医療技術学部論集 第 6 号(2012 年 3 月) その他 佛教大学における看護学教育の可能性を求めて Looking for the possibilities of the nursing science education in Bukkyo University 日隈 ふみ子 Fumiko HINOKUMA 宇多 絵里香 Erika UDA 戦後 40 年間変化の少なかった看護系大学は,この 20 年間で約 20 倍に急増した. その様な時に佛教大学は看護学科を 2012 年に開設することになる.本稿ではこ れまでの看護学教育を振り返るとともに,今,看護学教育に求められているもの は何かを押さえた上で,物質的に豊かな時代に生まれ育ってきた若者を,いかに 人間味あふれる看護師に育てられるか,自ら学ぶ力の育成に重点を置いて,佛教 大学だからこそできる看護学教育について論じることを目的とする. キーワード看護学教育,看護系大学の推移,看護学科の特徴,自ら学ぶ力の育成 戦後から現在までの看護学教育 戦後日本の看護改革は,連合軍最高司令官総司令部(General Headquarters :GHQ)によ る指導のもとで行われた.当時の日本の看護師(「看護婦」から「看護師」への名称変更は 2001 年であるが,本稿では引用文以外は「看護師」と表す)の働きぶりがまるで医師の召使 のようであったことを視察した GHQ の看護当局者は「占領軍の看護改革は,看護の質を向上 させるためのもので,看護の量についてではないこと,看護学校入学の資格を厳密にし,看護 という専門職にふさわしい看護婦の資質を向上させること」 1) を目的に 1945 ~ 1951 年の 6 年 間に看護の免許制度の制定,看護学校制度の確立,病院の看護体制の確立,看護サービスの改 善を成し遂げたのである 2) .つまり,看護師の教育については 1948 年の「保健婦助産婦看護 婦法」制定によって,その入学条件は大学と同じ高校卒業以上で,教育期間は 3 年間とし,国 家試験が導入されるという当時としては画期的な教育改革が図られたのである.しかし,その 抄 録

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Page 1: 佛教大学における看護学教育の可能性を求めて - Bukkyo uarchives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/HO/0006/HO00060L079.pdf · 2020. 6. 3. · ─80─ 佛教大学における看護学教育の可能性を求めて(日隈ふみ子・宇多絵里香)

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佛教大学保健医療技術学部論集 第 6号(2012 年 3 月)

その他

佛教大学における看護学教育の可能性を求めてLooking for the possibilities of the nursing science education

in Bukkyo University

日隈 ふみ子Fumiko HINOKUMA

宇多 絵里香Erika UDA

 戦後 40年間変化の少なかった看護系大学は,この 20年間で約 20倍に急増した.

その様な時に佛教大学は看護学科を 2012 年に開設することになる.本稿ではこ

れまでの看護学教育を振り返るとともに,今,看護学教育に求められているもの

は何かを押さえた上で,物質的に豊かな時代に生まれ育ってきた若者を,いかに

人間味あふれる看護師に育てられるか,自ら学ぶ力の育成に重点を置いて,佛教

大学だからこそできる看護学教育について論じることを目的とする.

キーワード■ 看護学教育,看護系大学の推移,看護学科の特徴,自ら学ぶ力の育成

戦後から現在までの看護学教育

戦後日本の看護改革は,連合軍最高司令官総司令部(General Headquarters :GHQ)によ

る指導のもとで行われた.当時の日本の看護師(「看護婦」から「看護師」への名称変更は

2001 年であるが,本稿では引用文以外は「看護師」と表す)の働きぶりがまるで医師の召使

のようであったことを視察した GHQの看護当局者は「占領軍の看護改革は,看護の質を向上

させるためのもので,看護の量についてではないこと,看護学校入学の資格を厳密にし,看護

という専門職にふさわしい看護婦の資質を向上させること」1)を目的に 1945 ~ 1951 年の 6年

間に看護の免許制度の制定,看護学校制度の確立,病院の看護体制の確立,看護サービスの改

善を成し遂げたのである 2).つまり,看護師の教育については 1948 年の「保健婦助産婦看護

婦法」制定によって,その入学条件は大学と同じ高校卒業以上で,教育期間は 3年間とし,国

家試験が導入されるという当時としては画期的な教育改革が図られたのである.しかし,その

抄 録

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佛教大学における看護学教育の可能性を求めて(日隈ふみ子・宇多絵里香)

ほとんどは厚生省(現在の厚生労働省)管轄の専門学校であった.看護系大学は 1952 年に高

知女子大学,1953 年に東京大学と開設が続いたが,その数年後に聖路加看護大学(1964 年)

ができただけである.その後は 3年課程の短期大学が 1990 年末までに約 70 校の数となるもの

の圧倒的に多いのは 3年制の専修学校であり,看護教育のほとんどは長きに渡って学校教育制

度の中ではなく看護師等養成教育としての域を出ることはなかった.女性が多い職業集団で

あったことも大きな理由と考えるが,看護教育に国としての十分な教育投資はなされなかった

のである 2).

看護系大学の数は,戦後の看護教育改革後,約 40 年間経った 1990 年頃までは 10 校程度で

あったのが,1992 年の「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」制定を契機に増加してき

た.この法律の目的は表 1のとおりである.

表 1 看護婦等の人材確保の促進に関する法律

第 1条 この法律は,我が国における急速な高齢化の進展及び保健医療を取り巻く環境の変化等に伴い,看護師等の確保の重要性が著しく増大していることにかんがみ,看護師等の確保を促進するための措置に関する基本指針を定めるとともに,看護師等の養成,処遇の改善,資質の向上,就業の促進等を,看護に対する国民の関心と理解を深めることに配慮しつつ図るための措置を講ずることにより,病院等,看護を受ける者の居住等看護が提供される場所に,高度な専門知識と技能を有する看護師等を確保し,もって国民の保健医療の向上に資することを目的とする.(下線は筆者による.)

本法律はその名の通り,看護師等の人材確保ではあるが,単にその数の増加だけを狙ったの

ではなく,「高度な専門知識と技能を有する看護師」の確保という質の観点からも看護学教育

の大学化が促進されたのである.何故ならばこれらの背景には,少子高齢社会,疾患構造の変

化,医療経済の逼迫,人々の価値観の変化,人権尊重を背景とした患者権利の向上などがあ

る.また,国際化によって人の移動は地球規模で行われているし,今年の東北地方太平洋沖地

震とそれに連動した福島原発事故など,自然的かつ人為的な大規模災害が地球のどこかで起き

ている.これらの様々な社会の変化に看護師等の活躍が求められているが,それに対応するに

はこれまでの看護学教育では十分とは言えない.つまり,高度な専門知識と技能を有する看護

師への期待はますます高まっており,これが加速度的な看護系大学の増加となっている所以で

ある.

やっと大学における看護学教育が主流になりつつある.これまでの看護師国家試験の受験資

格に「大学」についての記載はなかったが,2009 年の「保健師助産師看護師法」(以下,保助

看法と表す.)の一部改正で,「文部科学大臣の指定した大学において看護師になるのに必要な

学科を修めて卒業した者」が第 1項に位置づけられた.また,日本看護協会の新会長は所信表

明(2011 年 6月 10 日)において,看護基礎教育の大学化と保健師・助産師教育の大学院化を

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佛教大学保健医療技術学部論集 第 6号(2012 年 3 月)

推進すると述べている.これらは大学化の波の中で看護師課程と保健師課程の両方の学びがで

きたいわゆる「統合カリキュラム」,その上に選択すれば助産師の国家試験受験資格も得られ

るという,あまりにも過密なカリキュラムであった「3職種一本化」の考え方から,大学では

看護学教育を重点に置く考え方に移行したことを意味していると筆者は捉える.

看護系大学の推移 3)は図 1の通りである.1大学で複数の教育課程を有する大学があるため

に 2010 年現在,192 課程となっている.大学入学数は 15,394 人で,全看護学入学生のやっと

26%となった.まだしばらく看護系大学の開設数は増えると予測する.

その一方で,18 歳人口は減少しているにもかかわらず,看護職への志望者が多いことから,

これまで非看護系であった大学においても学生の確保を目的に看護学部(学科)の開設が目

立っていることも事実であり,粗製乱造にならない努力が必要と新道 4)は看護系大学での教育

の質低下への懸念を記している.しかし,このことは看護系大学に限らない.大学教育全体の

大きな課題として生じている学生の目的意識の希薄化や学習意欲の低下等から,多様な学生へ

の対応と併せて学士課程で学生が身に付けるべき学習成果を明確にすることが検討され,2008

年に中央教育審議会は,各大学に強制するものではないと断った上で,「学士課程教育の構築

に向けて」において学習成果の参考指針(学士力)5)を示した.

また,看護学分野では 2004 年の文科省検討会 6)において,「今後,すべての看護師等には,

主体的に考え行動することができ,保健,医療,福祉等のあらゆる場において看護ケアを提供

できる能力を,生涯を通じて獲得していくことが求められている.また,患者・家族にとっ

て最適な医療を効率的に提供するため,チーム医療の調整役として,これまで以上に高度なコ

ミュニケーション能力も要請されている」(下線は筆者による.)と,看護実践能力の養成にお

ける課題を記している.

図 1 看護系大学数および入学定員の推移3)

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このような課題を受けて,各大学の理念の基で,看護職のいずれの職種においてもその基盤

となる能力の育成と生涯に渡る看護専門職としての発展につながる能力の育成を目指すこと 3)

を看護学教育の在り方検討会(文科省)は今年 3月に提示している.

佛教大学がめざす看護学科

ここでは上記の課題を念頭に置きながら,佛教大学における看護学科では何を目指し,どの

ような教育をしようとしているのかについて論じる.

佛教大学は,仏教精神のもとに 7つの学部があり,看護学科開設で 14 学科となる総合大学

である.本学の山極学長は,「仏教精神にのっとり,自分の欲望に支配されず,社会の混乱に

立ち向かっていける高い道徳意識を持った人材を産み出していかなければならない.身の回り

にいる人たちの痛みや苦しみをしっかりと受け止めることができ,様々な立場で悩み苦しむ人

たちに対して,自分は何をなすべきか,何ができるのかを正しく判断でき,自然に手をさしの

べる気持ちがもてる人材を,そして気持ちだけでなく,そのための行動力と技術をあわせもっ

た人材を輩出していかなければならない.この目的に向かって邁進していくことが,社会に対

する佛教大学の使命である」と述べている.

また,本学では「共生(ともいき)」という仏教理念も置いている.共生(ともいき)」と

は,「私のいのちは,他のいのちによって生かされており,また,私が生きる意味は,他のい

のちを生かすことによって実現する」ということを内容として,ひとり一人がお互いを認め合

い,お互いを大切にし,共に支え合って生きることを表しており,共生(ともいき)とは,決

して,一人ひとりの個性を抑えて,お互いの調和を図るということでない.「赤い色は赤く輝

き,黄色い色は黄色く輝き,白い色は白く輝く」ということで,共生(ともいき)とは,調和

しつつも,その人らしさが発揮されるもの,ということを意味している 7).

このような仏教精神が佛教大学の理念である.そして,これは,「看護学のベース」となる

考え方でもある.さらに,仏教的な考え方をもつ,あるいは仏教を学ぶことは,とりもなおさ

ず,日本の歴史や日本の文化,日本人としての生き方を学ぶということでもあるのではないか

と考える.

佛教大学看護学科の特徴

佛教大学看護学科は,教育方針(表 2)や教育目標(表 3)に基づき,以下に述べるような

特徴をもっている.

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佛教大学保健医療技術学部論集 第 6号(2012 年 3 月)

表 2 教育方針

 佛教大学は「仏教精神」を建学の理念とし,100 年の歴史の中で「人間を見つめる総合大学」として発展を続けている.本学保健医療技術学部看護学科においても,次のような教育方針で教育を行う.1.時代のニーズに応じた看護学教育の追求  豊かな人間性と多様な価値観を育み,科学的・文化的素養を備えたヒューマンケアの中核的担い手としての看護師を育成するために,時代のニーズに応じた看護学教育を追求する.2.他学部・学科との連携による医療・保健・福祉への貢献   「保健・医療・福祉」の一体化を図るべく,他学部の中でも特に社会学・社会福祉学・教育学や他学科である理学療法学科・作業療法学科との連携のもと,関連他職種との協働の中で,主体性をもって保健・医療・福祉の促進に貢献する.3.生涯学習に向けた継続的な支援  看護基礎教育を基盤に,将来も大学を拠点に専門職者として生涯にわたって自己研鑚の継続が図られる支援をする.

表 3 教育目標(ディプロマポリシー)

1.看護活動の場において共感性や豊かな人間性を発揮できる力の育成2.看護学および隣接領域に関する学識を看護活動の場において発揮できる力の育成3.基礎的な看護実践能力を備え,それを発揮できる力の育成4.看護活動を通して地域社会への貢献ができる力の育成5.看護学および隣接領域の諸分野と連携して活動できうる力の育成6.医療の高度化,情報化,国際化に対応しうる力の育成

1.総合大学の中で他学部,他学科の学生とともに学ぶ機会があること

総合大学で看護学を学ぶメリットは大きく 2つあると考える.1つは,他学部や他学科の学

生とともに学び,意見交換することで,多様なものの見方や考え方に気付くことである.看護

学は人と人とのかかわりの中で,実践的な活動をいかに展開するかを学ぶ学問である.そのた

めには,ケアの対象となる「人の理解」が重要である.しかし,その対象となる人々の年齢,

学歴,経済的な面,病気の状況などは様々であり,みんなそれぞれの価値観や考え方を持って

いる.このような人々に関わる時,看護する側の価値観や考え方が影響してしまうこともある.

そこで看護学科だけでなく,他学部他学科の中で共に学び合うことが自分の中の価値観や物事

の捉え方の多様性を育み,そのことが「他者理解」に繋がると考えるからである.

もう 1つのメリットは,卒業後のことである.行政職に就くであろう人,学校の先生になる

であろう人,社会福祉士,保育士,臨床心理士とさまざまな場で活躍するであろう仲間と卒業

後も交流できるとすれば,看護師としての幅をさらに広げることになるであろう.ということ

は,4年間での他学部生や他学科生との出会いが一生の財産になるとも考えられる.

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2.卒業後を見据えた「自分をデザインする力」を育むこと

4 年間での学びを図 2 に表した.看護学の

キーワードは,「人間」,「健康」,「環境」,「看

護」である.これらのキーワードをもとに 4年

間にわたって看護学の専門性について学ぶ.人

間にとっての「性」の重要性,人が「生まれ」,

その後の「成長」を経て,「老いる」こと,そ

して,人はいずれ「死」と向かい合うことなど

について学ぶ.また,「心」,「身体」,「病」や

「治療」のあり方について学ぶ.人を取り巻く

「社会」,「教育」,「労働」についての学びも重

要である.人の生きる支えともなる「宗教」,

「歴史」,「文化」を学び,「自己」に向き合い,新たな自分の可能性に気づくこともあるであろ

う.これらは他学部の学生とともに学ぶ教養科目(発展科目)においても深めて欲しい.

さらに「空白の雲」の部分がある.これは自ら計画する部分である.まずは大学生として自

ら学ぶ時間として欲しい.大学は授業にさえ出ればよいというわけにいかない.専門職を目指

すものとして確かな知識を習得するには自ら学ぶ時間が重要なのである.その上で,習得すべ

き科目だけでなく,クラブ活動もよし,国内外でのボランティア活動,アルバイト,旅に出る

こともよいであろう.あるいは,何もしないでボーッとする時間も含めて,様々な体験をどの

ように積む 4年間とするか,「自分をデザインする力」を身につける期間にして欲しいのであ

る. つまり,「空白の雲」の部分には自分なりの計画を入れて,4年間の道筋を自分でつけて

欲しいと願っている.

学生は決して右肩上がりで順調に成長するわけではない.紆余曲折しながら迷ったり,横道

にそれたり,失敗体験もあろう.これらは青年期においては大事な経験である.人間について

学ぶ総合大学で,自分の進むべき道を探索し,卒業時の新たな自分を見いだす.あわせて自主

性,自発性,逞しさ,優しさ,突き進む力を育む期間となろう.そして,それは卒業後の 5年,

10 年の生き方に続いている. 看護師になるためにというだけでなく,看護師としてどう生き

るか,まず自分自身の豊かな生き方を目指すことではないだろうか.ややもすると,国家試験

への合格を 4年間の最大の目的にしてしまいがちであるが,看護師として社会で活躍したいと

思えば,国家試験への合格はそのための通過点にすぎない.大学生という人生で最も多感な時

期を,学ぶべきことはしっかり学んだ上に,それだけではなく,なりたい自分にむけて「自分

をデザインする力」を育む 4年間となるように導けないかと考える.

図 2 4年間の学び

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3.習得すべき能力と「成長の幹」

2011 年 3 月に文部省から,大学における看護系人材養成の在り方に関する検討会の最終報

告が公表され,「学士課程においてコアとなる看護実践能力と卒業時到達目標」3)として,4年

間で修得すべき目標と内容が示された.その目標は次の 5つの項目である.

1)ヒューマンケアの基本に関する実践能力

これは,コミュニケーション力を発揮させ,ケアの対象となる人々の価値観や生き方を尊重

し,また,人々の尊厳と権利を擁護する看護を提供すること,検査や治療に際して選択や決定

ができるように分かりやすい説明ができるなどの援助的関係を形成し,意思決定を支えつつ,

人間的な配慮ある看護提供するなどに関わる実践能力のことである.これは 1年生から 4年生

にかけて,人として,看護師として,核になるものとして必ず身につけて欲しい能力である.

2)根拠に基づき看護を計画的に実践する能力

これは,多様な対象の特性や状態を理解した上で,最新の知識や技術をもとに,必要とされ

る看護を判断し,計画的に必要な看護を実践する能力である.看護の対象となる個人だけでな

く,家族や地域などの全体像を把握した上で看護を展開する.学年の学習進度に合わせて,学

びを深めて欲しい能力である.

3)特定の健康課題に対応する実践能力

これは,人が誕生してから高齢期を迎え,死に至る間の全ライフステージやあらゆる健康レ

ベル,あらゆる状況における健康問題にかかわる中で,問題の特性を理解し,各々のケア能力

を具体的に確実に実践できるようになる能力である.

4)ケア環境とチーム体制整備に関する実践能力

これは,保健医療福祉専門職の多様化,専門化,機能化によって役割分担と協働が推進され

ている中で,施設の内外にあって,対象の状況に合わせたチームを構築し,看護機能を発揮で

きる能力である.看護師間だけでなく他職種とともに安全なケア環境を提供し,チーム間の連

携を図る能力である.

5)専門職者として研鑽し続ける基本能力.

これは,自己の実践を客観的に振り返える力,プロフェッショナルとして生涯に渡って専門

性を高めることができる能力である.

この 5つの大項目を,2つに分類して考えてみる.1つは,1)から 3)と 5)の 4つの大項

目からなる.これらは友と学び合いながらも,自ら努力し成長していけるものとして,「成長

の幹」(図 3)と表現する.学生にはこの「成長の幹」を,学年を追うことに太くして欲しい

と願っている.これらは,人として,看護師としての自分を太くすることに繋がるし,4年間

の成果ともいえる.

そして,その「成長の幹」を上から見たものが図 4であるが,ここでは個体と集合体の 2つ

の側面を表している.まず個体としての「成長の幹」の形はさまざまであることを示した.ど

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佛教大学における看護学教育の可能性を求めて(日隈ふみ子・宇多絵里香)

の項目も均等に,丸く大きく成長している人,同じ丸い形でも真ん中の 1)の部分が成長して

いる人,3)の実践的能力の部分が成長しているが,全体的にはそんなに太くない人 ,その他

に三角形,五角形,六角形,十字形 などの成長の幹の形がある.このことの意味は,4年間

かけて太くする「成長の幹」ではあるが,たとえ小さな幹であったとしても,不十分な点は今

後の課題として取り組む努力をするとして,今の自分は自分でよいという,自分を大切にでき

る人,自分への信頼が持てる人であって欲しいと考える. 詩人・金子みすずの詩ではないが,

「みんな違って,みんないい」.大切なことはどんな形の,どんな太さの「成長の幹」になった

としても,今の自分自身を大切に思えることであるし,それが人としての核になると考える.

もう 1つは,図 4の集合体の側面である.これは全項目の中の 4)の項目で,ケア環境と

チーム体制整備に関する実践能力にあたる.チームを組んでともに働くには,大きく成長した

人にも,それなりに成長した人にも,さまざまな役割があり,さまざまな力の出し方があると

考える.形としては表現していないが,隙間の部分の役割を果たす人も実は必要な人であるは

ずである.小さな形の人をできない人と非難するのではなく,それぞれの良さを出し合えるは

ずという「人に対する信頼」を持つことも重要である.つまり,小さな幹でありながらも自分

図 4 ケア環境とチーム医療整備に関する実践能力

図 3 成長の幹

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佛教大学保健医療技術学部論集 第 6号(2012 年 3 月)

なりの核が育っていると,他者とのかかわりやディスカッションできる力が育つであろう.他

者や他職種との連携が持てる能力とは,「自分への信頼」「自分への自信」が育って,初めて発

揮できるものと考える.

5.4年間における特徴的な科目の概要

まず本学全学の取り組みとして,1年次の 1年間を通して「入門ゼミⅠ・Ⅱ」という科目が

ある.看護学科ではこれを 6~ 7人の小グループによるゼミ形式とする.先に記した「なりた

い自分」とはどんな自分なのか,自分をどのようにデザインするかなどもここで仲間とディス

カッションする.そして,自ら疑問を見出し,自分で調べ,専門書を読みこむ力,異年齢の人

と交流する力,討論する力,さらに深く調べる力,レポートにまとめる力など,大学生活のス

タートにあたり大学での学び方を学ぶ機会となるように計画している.これは 5月末に計画し

ている「ふれあい実習」と連動している.ふれあい実習とは,京都の山奥に美山町という地域

があるが,その地域に行って,人々と交流し,人々の日常生活や生活基盤となる価値や考え方

に触れることにより,生活者の視点に立つことの意味を体験的に学習することである.また,

自己のコミュニケーション力を客観的に振り返るきっかけとなることも狙っている.

入門ゼミⅡでは,「ふれあい実習」での体験を生かした上で,課題をもって「クリニック探

索」「病院の外来訪問」など健康予防,健康維持,健康回復などのさまざまな場に赴き,看護

の役割について考え,調べ,まとめて,他学科他学部の学生にプレゼンテーションを行う機会

なども考えている.これらは 1年次の開講科目であるが,2年次でも,3年次でも参加できる

ような時間割にする予定である.よって 2年目以降のこの入門ゼミは他の学年,あるいは他学

部の学生にも参加してもらって学び合う機会とする.

国際看護学は,1年次早々から開講する.それは看護学を学ぶにあたってグローバルな視点

をもつことを重視したいからである.日本は緑豊かで四季があるという恵まれた自然環境,充

実した教育制度,医療や社会制度など,日本だけを見ていると気付かないが,グローバルな視

点をもって日本を見直すとまた違った見え方となるであろう.そして,その後の学びを将来に

どのように発展させるか,国内外での自分の可能性を考える機会ともなろう.また,夏休み等

の長期休暇中に,佛教大学が提供している海外での語学研修や学外で提供されている国内外で

のボランティア活動への自主参加などに繋げることもできる.これは,2年次,3年次でも受

講できるのでこの科目も複数の学年の学生が共に学ぶ機会となる.なお,この科目ではフィリ

ピンで実際に医療活動をしている現役の看護師であり助産師である方も非常勤講師としてこの

科目を担当予定である.

6.学生の習熟度に合わせた臨地実習形態

看護学教育では多くの時間を占める臨地実習であるが,その中でも 3年次以降の実習(図 5)

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佛教大学における看護学教育の可能性を求めて(日隈ふみ子・宇多絵里香)

について記す.3年次後半の実習では,成人系と老年を対象とした実習となる.つまり,大人

の患者さんに対して,計画的に実践する力を習得する.その上で,4年次の実習では,応用的

な知識や技術が求められる母性や小児,精神の領域や病院ではなく在宅での実践も行う.そし

て,統合実践実習では,自分の関心のある領域を選んで,4年間の集大成としての実習を,自

ら計画して行えるように考えているが,その詳細は今後の検討となる.

保健師を目指す学生は選抜制となるが,その臨地実習は看護学の実習をほぼ終えた後に計画

している.つまり,本学における学生の臨地実習の特徴は,習熟度を考慮した実習形態である

ことと,実習と実習の間には可能な限り,自己学習の期間を設けていることである.臨地実習

とは学内での様々な学びを実践の場で統合して習得する機会である.よって,その実習を通し

て新たな学びの時間や自分のケアを客観的に振り返る時間が必要となる.実習の場から少し

離れて,実習を深く振り返る時間として 3年次にも 4年次にも設けている.つまり,実習が始

まったら実習の終了に向けてただひたすら突っ走るだけというようなことにならないように計

画している.これらは 65 名という少人数だからこそできる実習形態でもあるし,「自ら学ぶ姿

勢」の育成を常に重視する本学科の特徴といえる.

教員にとっての課題

大学によっては,保健師国家試験受験資格が得られる.さらに選択すれば,助産師国家試験

受験資格が得られる大学もある.しかし,本学では,あえて看護学教育を中心に据えたカリ

キュラムとしている.それは,過密なカリキュラムになることを避けたかったからである.と

いうのも,本学科が目指すのは,学生が「自ら学ぶ力を育むこと」と考えているからである.

図 5 3~ 4年次の臨地実習概要

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佛教大学保健医療技術学部論集 第 6号(2012 年 3 月)

「めまぐるしく変化する現代社会を生き抜くには,人は教えられる以上のことを自発的に学

習する必要があり,その基盤には専門分野だけでなく教養科目においてもしっかりとした学習

の蓄積が必要となる」.さらに,看護師には前述した通り,これまで以上の高度なコミュニケー

ション能力と主体的に考え行動する能力が求められている.しかし,「日本の学生は教えられ

ることや与えられる課題に対する意欲は高いが,与えられないこと,答えのない課題に向かう

意欲は極端に低い」と溝上 8)は指摘する.また,「学生がどれだけ自らの視点で世界を見ても

のを考え,自分の見方や考えを言葉にして他者に伝えられるか,そのために必要な知識をどこ

でどうやって身につけるか,そうした一連の学習方法がこれからの大学では本質的に問われる」

と問題を提起している.

学生が「自分をデザイン」し,「自ら学ぶ姿勢」を育むためには,教員側の力量が試される.

教員には現代に即した新たな教育法が求められるし,学び続けることが課せられる.教員自身

が生き生きと教育や研究に取り組む姿勢が,教員としてだけでなく,人として,先に生まれた

先輩として,学生に何らかのよい刺激となるように努力する必要があると考える. 教える人

が教員で,教えられる人が学生であるとは限らない.互いに学び合う者として刺激し合える場,

教員と学生がともに学びあう場が佛教大学の看護学科でありたいと考えている.

引用文献1)金子光編:初期の看護行政,日本看護協会出版会,6,19922)日隈ふみ子:看護婦の歴史―看護が専門職となるまで―,フェミニストジャーナル vol.39,2-3,1999

3)大学における看護系人材養成の在り方に関する検討会:最終報告,2011.3.114)新道幸恵:広島大学保健ジャーナル,106-109,20045)中央教育審議会答申:学士課程教育の構築に向けて,2000.126)看護学教育の在り方検討会:看護実践能力育成の充実に向けた大学卒業時の到達目標,1994.3.267)今井 悟:和順の里リーフレット8)溝上慎一:連載 「大学」の条件,第 1回~ 5回,大学ジャーナル,2007

(ひのくま ふみこ 作業療法科)

(うだ えりか 二条キャンパス事務部)

2011 年 9 月 30 日受理

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