現代日本の「基本色彩語」について ―バーリン・ケイ仮説の ...2...

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1 現代日本の「基本色彩語」について ―バーリン・ケイ仮説の検証をもとに― 野島 渓 序論 第1節 研究の動機と目的 ことなる年齢や性別のひとと話をしていると,おなじ色彩語を使用していて も,たがいに違った色領域を想起しているように感じることがある。このような ずれには,自然科学的要因も関与していれば,歴史・文化的要因も関与している ように思う。そこで本稿では,おもに後者の非自然科学的な観点から,現代日本 語の色彩語使用における性差や世代差の実態,ならびにその発生要因の解明を 試みることとした。 また,実際に性差および世代差を追究する色彩語を選定する基準としては, “Basic Color Terms: Their Universality and Evolution” (Berlin & Kay, 1969) で 提唱された「基本色彩語」“Basic Color Terms”の考え方を導入した。しかし,半 世紀前の研究ということもあり,そこに列挙されている日本語の基本色彩語に は,いくつかの疑問が残る。この点についても本稿で検証する。 第2節 先行研究 1. “Basic Color Terms: Their Universality and Evolution” (Berlin & Kay, 1969) 今回の研究や近年の色彩語研究の多くは,冒頭でも言及した Berlin & Kay (1969) に端を発する。彼らは日本語を含む 20 言語の話者を対象に聞き取り調 査を行い,各言語における色彩語の使用から,いくつかの法則を見出した。以下 に,翻訳書 (日髙杏子,2016) から,この法則に該当する部分を引用する。 第 1 に,人類には普遍的な 11 種類の基本の色彩カテゴリーがあり,全て の言語における 11 種類,もしくはそれ以下の基本の色彩語の心理物理的な 起源になっている。第 2に,どの言語の進化過程でも,基本の色彩語のカテ ゴリーは決まった順序で数が増える。この進化過程パターンの可能性として は,以下の仮の 2 種類がある。 (筆者注:図 1 参照) 第 3 に,上記の仮の順 序は,言語文化の進行に並行する。色彩の語彙が少ない言語文化は,相対的 に単純な文化と技術のみで生活している人々が多く,色彩語彙が多い文化は, アクセント史資料研究会『論集』XV(2020.2) - 111 -

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現代日本の「基本色彩語」について

―バーリン・ケイ仮説の検証をもとに―

野島 渓

Ⅰ 序論

第 1 節 研究の動機と目的

ことなる年齢や性別のひとと話をしていると,おなじ色彩語を使用していて

も,たがいに違った色領域を想起しているように感じることがある。このような

ずれには,自然科学的要因も関与していれば,歴史・文化的要因も関与している

ように思う。そこで本稿では,おもに後者の非自然科学的な観点から,現代日本

語の色彩語使用における性差や世代差の実態,ならびにその発生要因の解明を

試みることとした。

また,実際に性差および世代差を追究する色彩語を選定する基準としては,

“Basic Color Terms: Their Universality and Evolution” (Berlin & Kay, 1969) で

提唱された「基本色彩語」“Basic Color Terms”の考え方を導入した。しかし,半

世紀前の研究ということもあり,そこに列挙されている日本語の基本色彩語に

は,いくつかの疑問が残る。この点についても本稿で検証する。

第 2 節 先行研究

1. “Basic Color Terms: Their Universality and Evolution” (Berlin & Kay, 1969)

今回の研究や近年の色彩語研究の多くは,冒頭でも言及した Berlin & Kay

(1969) に端を発する。彼らは日本語を含む 20 言語の話者を対象に聞き取り調

査を行い,各言語における色彩語の使用から,いくつかの法則を見出した。以下

に,翻訳書 (日髙杏子,2016) から,この法則に該当する部分を引用する。

第 1 に,人類には普遍的な 11 種類の基本の色彩カテゴリーがあり,全て

の言語における 11 種類,もしくはそれ以下の基本の色彩語の心理物理的な

起源になっている。第 2 に,どの言語の進化過程でも,基本の色彩語のカテ

ゴリーは決まった順序で数が増える。この進化過程パターンの可能性として

は,以下の仮の 2 種類がある。 (筆者注:図 1 参照) 第 3 に,上記の仮の順

序は,言語文化の進行に並行する。色彩の語彙が少ない言語文化は,相対的

に単純な文化と技術のみで生活している人々が多く,色彩語彙が多い文化は,

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複雑な技術と文化をともなって生活している人々である。 (文化と技術の複

雑さは,客観的に評価したレベルである。

この仮説を,本稿では「バーリン・ケイ仮説」と呼ぶ。彼らは「11 種類,も

しくはそれ以下の基本の色彩語」を「基本色彩語」と称し,下のように定義した。

(1)単一の語彙素でできている。色彩語の意味が,他の 2 つ以上の部分に

分かれて構成されていないことである。 (Conklin 1962 参照) (中略)

(2)他のどのような色彩語でも代わりに意味することができない。 (中略)

(3)その色彩語を使って形容する対象がごく狭く限定されない。 (中略)

(4)インフォーマントにとって,心理学的顕現性のある語である。心理学

的顕現性があるかないかの指標は,(ⅰ)聞かれて思いつく色彩語の中で,は

じめに出る傾向がある。(ⅱ)同じ言語を話すインフォーマントたちが社会で

同様に使い,使う状況も一定である。(ⅲ)同じ言語のインフォーマント全員

が同じ語を使う。 (中略)

(1)から(4)までの条件をクリアできれば,ほとんど全部の言語で基本の色

彩語を限定できる。疑問の残るケースもいくつかあったが,次の付随する条

件がクリアになれば,基本の色彩語と認めた。

(5)疑わしい場合,前にリストアップした基本の色彩語には一律の派生し

た語がつく。 (中略)

(6)なにか物体の特徴を指す色彩語にも疑問が残る。 (中略)

(7)近年加わった外来語は疑問の余地がある。 (中略)

(8)語彙素の分け方が難しい場合は (条件(1)を参照) 付随的な条件として,

語形を重視する。」

この定義に照らして,Berlin・Kay の両氏は日本語にもほかの多くの「複雑な

技術と文化をともなって生活している人々」の言語体系が持つ 11 の基本色彩語

図 1.基本色彩語彙の進化過程

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に対応する,「白」1・「黒」・「赤」・「緑」・「黄」・「青」・「茶」・「紫」・「桃色」・「橙」・

「灰色(鼠色)」の 11 の基本色彩語が存在すると主張した。

2. “The basic color terms of Russian” (Davies & Corbett, 1994)

Berlin & Kay (1969) は,色名体系のもっとも発達した言語は 11 の基本色彩

語を持つと結論付けたが,同時に話者によっては 12 の色彩語がそれに準ずる役

割を担っている例外的な言語が存在する可能性も指摘していた。その一例が,青

を示す色彩語に“синий(sinij)”と“голубой(goluboj)”の 2 語を持つロ

シア語である。

この指摘を受けて Davies & Corbett (1994) は,基本色彩語の定義のなかでも

特に(4)の「心理学的顕現性」に着目し,検証を試みた。それは,77 名のロシア

人を対象に聞き取り調査を行い,回答に各色彩語が現れる頻度とその順序から

「心理学的顕現性」を数値化し,評価するというものだった。その結果,“they

(筆者注:they=sinij and goluboj) denote nonoverlapping regions of color space

rather than goluboj ‘light blue’ being included in the domain of sinij ‘dark blue’,

as Berlin and Kay originally thought. Provided our measures are valid indicators

of basicness, then we must accept that both terms are basic.”とし,前述の 2 語は

それぞれ別の色領域を示す語として互いに独立しており,したがってロシア語

の基本色彩語は「2 つの青」を含む 12 語であると結論した。

3. “On the origin of the hierarchy of color names” (Loreto et al. 2012)

この研究では,バーリン・ケイ仮説にある基本色彩語の出現順序について,図

1 で示した順序となる根拠の解明が試みられた。この論文は,“the time needed

for a population to reach consensus on a color name depends on the region of the

visible color spectrum. If color spectrum regions are ranked according to this

criterion, a hierarchy with [red, (magenta)-red], [violet], [green/yellow], [blue],

[orange], and [cyan], appearing in this order, is recovered, featuring an excellent

quantitative agreement with the empirical observations of the WCS2.”と結論し,

1本稿では混同を避けるため,色彩語を示す場合には「」(外国語の場合は””) 付きの表

現,対して,色領域の名前を示す場合には,JIS 規格により「基本色名」として定められ

ている 13 語に,明度及び彩度に関する修飾語を付した「」なしの表現を用いる。

2 “The World Color Survey” (Kay & Berlin et al. 2009) の略称。

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ある共同体の成員が,特定の色彩語と色領域の結び付きについて合意に達する

までに要する時間は,各色が独自に持つ波長帯,すなわちカラースペクトルの認

知と関係がある。いいかえれば,人間の認知機能と関係しているため,色彩語の

出現順序には個々の文化の歴史や背景を超越した世界的な普遍性が存在する可

能性があると主張した。

この研究において注目すべきもう1つの点は,うすい青色を示す“cyan”がバー

リン・ケイ仮説で提唱された 11 語から,無彩色を示す“black”・“white”・“gray”

と有彩色の“brown”を除いた基本色彩語 7 語に次ぐ,8 番目の位置を占めている

点である。このことは,Davies & Corbett (1994) の「2つの青」に関する主張

を結果的に支持するとともに,うすい青色を示す色彩語がバーリン・ケイ仮説の

最終段階にある各言語において,12 番目の基本色彩語として機能する可能性が

高いことを示唆しているのではないか。

4. 日本語の色彩語に関する先行研究

青を示す色彩語には,日本語にも「青」・「水色」・「紺色」などの多くの色彩語

が存在する。また,「青」の使用範囲に関しても「青信号」・「青野菜」などの用

法から,実際には青以外の色領域とも結び付いている可能性が指摘できる。

このような背景をふまえて,Uchikawa & Boynton (1987) は 10 名の日本人を

対象に調査を行い,日本語の基本色彩語の検証を試みた。この研究により,(1)

青を示す種々の色彩語のうち,基本色彩語としての役割を確立している語は「青」

のみであり,バーリン・ケイ仮説が主張した 11 語の妥当性が再確認されたこと

一方で,(2)将来的にいくつかの色彩語が基本色彩語となる可能性もあり,「水

色」・「肌色」・「草色」の 3 語は,その最有力候補であること が述べられた。

これに対し Kuriki et al. (2017) は,(1)「水色」が過去 30 年の間に基本色彩

語としての地位を得たこと (2)「紺色」の重要性が増し,対照的に「草色」が廃

れたこと これに伴い,(3)「青」の示す範囲が縮小したこと を主張した。その

うえで,(4)Uchikawa & Boynton (1987) における基本色彩語と,自身の調査結

果から導かれる基本色彩語との相違は,「水色」の増加のみに留まる と結論した。

また,“Here we found no evidence (中略) for the premodern usage of ao as a grue

(green-or-blue) color term.”とし,(5)「青」の前近代的用法たる広い色領域を示

す語としての用法は,現代においては消滅した と結論した。

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第 3 節 研究の方法と対象

本稿ではまず,現代日本語の基本色彩語を調査①によって独自に検証する。そ

の後調査②によって,調査①で選定した各色彩語が,実際にはどの色領域と組み

合わせて用いられているのか,その組み合わせに年齢や性別による差異は存在

するのか,また,その組み合わせはどのような連想イメージと関連しているのか

を追究する。

まず調査①では,Davies & Corbett (1994) の手法にのっとり対面式の調査を

実施した。なお,調査の規模を限定するため大学生のみを対象とし,男子 6 名・

女子 6 名の計 12 名から協力を得た。

一方調査②では,世代ごとの結果を比較できるよう,大学生以外を含む幅広い

世代を対象に調査を実施した。また,より多くの回答を効率的に収集するためと

りあえず Google Forms を利用し,インターネット上でアンケートを実施した。

この結果,男性 43 名・女性 53 名・その他 1 名の計 97 名から回答を得た。

第 4 節 研究の見通し・予想

1. 予想①:「水色」の基本的役割

諸先行研究の成果から,12 番目の基本色彩語としてはうすい青色を示す色彩

語が,最有力であることが窺える。加えて,Uchikawa & Boynton (1987) では否

定されていたが,30 年後の Kuriki et al. (2017) では基本色彩語の1つとして認

められていたことから,「水色」は日本語の 12 番目の基本色彩語としての地位

を確立していると予想される。

2. 予想②:「草色」の衰退と「肌色」の基本的役割

Uchikawa & Boynton (1987) において,日本語の将来的な基本色彩語とされ

ていた「水色」・「肌色」・「草色」の 3 語のうち「水色」は上述したように基本色

彩語としての地位を確立し「草色」は Kuriki et al. (2017) で述べられたように

力を失ったと考えられる。残る「肌色」に関しては,基本色彩語とはいえないが,

多くの被験者から支持を得るのではないかと予想する。

3. 予想③:日常的に使用する色彩語の数にみる男女差

調査①においては,女性のほうが男性よりも多くの色彩語を回答すると考え

る。これは,筆者自身の感覚による予想である。

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4. 予想④:「青」と「水色」の使用範囲にみる世代差

Uchikawa & Boynton (1987) と Kuriki et al. (2017) の比較から,高年齢層で

は前近代的用法の影響も残存し,「青」の使用範囲が相対的に広いと予想される。

対して,若年齢層では「水色」の使用範囲が相対的に広く,「青」の使用範囲に

縮小が観察されると考えられる。

5. 予想⑤:その他の色彩語の使用範囲にみる位相差

予想③でもふれたように,男性と比較すると女性のほうが日常的に多くの色

彩語を使用すると考えられる。そのため,女性のほうが各色彩語の使用範囲が相

対的に狭くなるなど,小さな差異が認められる可能性は否定できない。しかし,

Kuriki et al. (2017) から,「青」・「水色」の世代間使用差を除けば,各色彩語の

使用に年齢・性別による大きな差異は現れないと予想する。

Ⅱ 本論

第 1 節 調査①に関して

1. 調査の方法・対象・期間

本調査では,Davies & Corbett (1994) の手法にのっと

り種々の色彩語の「心理学的顕現性」を数値化し,大学

生世代における現代日本語の基本色彩語を検証すること

を目的とした。前述のとおり,協力を依頼したのは男子

6 名・女子 6 名,いずれも大学生の計 12 名であり,2019

年の 11 月 8 日から 14 日の 1 週間にわたって,1 人 1 回

ずつ対面式の調査を実施した。各被験者の年齢と性別は

表 1 に示す。また,具体的な調査の流れは,以下に述べ

るとおりである。

まず,紙とペンと色刺激3を用意する。このとき,調査

②をオンラインで実施する都合上,条件を揃えるために

3 マンセル表色系の色彩定義に従って,330 枚の色票を並べた図のこと。垂直方向に色彩の

明度を 8 分割し,水平方向に色相を 40 分割した色票を並べる。かつ,これらの左隣に無彩

色の明度を 10 分割した色票を並べる。このとき,すべての色票の彩度は最大になるように

設定されている。本稿で紹介した多くの先行研究でも,同じ図が用いられている。

被験者 年齢 性別

A 20 女

B 20 女

C 19 男

D 20 男

E 19 男

F 20 男

G 19 女

H 22 女

I 21 女

J 19 女

K 18 男

L 22 男

表 1.調査①の被験者属性

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色刺激はタブレット端末の画面上

に表示した。次に,この色刺激を見

ながら被験者に 5 分間で思いつく

だけの色彩語を自由に紙に書き出

してもらう。最後に,先行研究には

なかった試みだが,各色彩語が被験者にどの程度独立した色彩カテゴリーとし

て認識されているのかを明らかにするため,より大きな色彩カテゴリーに含ま

れると考えられる色彩語は,斜線を用いて語のリストから消去するよう依頼し

た (以降この作業を「斜線ワーク」と呼ぶ) 。

2. 調査の結果

調査の結果,12 名の被験者から 40 のことなる色彩語が得られた。一人あたり

の平均回答語数は 16.75 語で,男子が 16.83 語,女子が 16.67 語となった。

分析を始めるにあたり「心理学的顕現性」を数値化するために,まず,得られ

た 40 語のなかから,半数の 6 名以上から回答が得られた色彩語を回答数の多か

った順に表 2 に示す。 (回答数を「頻度」,回答数を降順に並べた際の各色彩語

の順位を「頻度順位」と呼ぶ) さらに,その色彩語が各被験者の回答に現れた順

序の平均を算出し,平均の値が小さかった順に表 3 に示す。ここでも,回答数の

少なかった語が高い評価を得ることを防ぐために,半数の 6 名以上から回答が

得られた色彩語のみを,計算の対象とした。 (以降出現順序の平均値を「平均順

序」,平均値を昇順に並べた際の各色彩語の順位を「順序順位」と呼ぶ) 最後に,

頻度順位と順序順位の値を合計したものを「顕現性指数」として算出し,この値

が小さかった順に表 4 に示す。 (この順序は「指数順位」と呼ぶこととする)

図 2.調査に用いた色刺激

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色彩語名 顕現性指数 指数順位

赤 2 1

桃/ピンク 6 2

緑 7 3

青 8 4

橙/オレンジ 9 5

茶 10 6

紫 11 7

4 「橙/オレンジ」・「桃/ピンク」・「灰/グレー」の各ペアに関しては,重複して回答した被

験者がいなかったことに加え,先行研究においても多くの場合,同一の色領域を示す語と

して差しつかえないと結論されているので,本稿でも同一の色彩語として扱うこととし

た。また,漢字や仮名による表記のちがいも無視し,同一色名として扱った。

5 値はすべて小数第 3 位を四捨五入したもの。

色彩語名 頻度 頻度順位

青 12 1

赤 12 〃

黄緑 12 〃

橙/オレンジ4 12 〃

茶 12 〃

緑 12 〃

紫 12 〃

桃/ピンク 12 〃

白 11 9

水 11 〃

黄 10 11

肌 8 12

黄土 6 13

黒 6 〃

紺 6 〃

(灰/グレー) 3 圏外

色彩語名 平均順序 順序順位

赤 3.255 1

黄 3.6 2

白 5.09 3

水 5.91 4

桃/ピンク 5.92 5

緑 6.42 6

青 6.75 7

橙/オレンジ 7.58 8

茶 8.42 9

紫 8.67 10

黄緑 8.75 11

黄土 13.83 12

肌 14.25 13

黒 14.5 14

紺 15.17 15

表 3.各色彩語の順序順位

表 2.各色彩語の頻度順位

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白 12 8

黄緑 12 〃

黄 13 10

水 13 〃

肌 25 12

黄土 25 〃

黒 27 14

紺 28 15

(灰/グレー) (34) 圏外

表 4.各色彩語の指数順位

3. 調査結果の分析と考察

ここでは,はじめに全体の結果を概観しておおまかな考察を述べたのちに,い

くつかの具体的な観点に分けて詳細な考察を述べる。

まず,表 2,3 から頻度順位と順序順位のどちらにおいても,上位の 11 語はバ

ーリン・ケイ仮説とよく一致していることが分かる。このため,2 つの順位から

導き出した指数順位もバーリン・ケイ仮説によく一致している。さらに,有彩色

にかぎってみると語の種類のみならず語の順序に関しても,図 1 に示した順序

とおおまかな一致がみてとれる。これらの理由から,バーリン・ケイ仮説は現代

日本語をとおしてみても,妥当な説だといえる。

また,有彩色にかぎった指数順位は,Loreto et al. (2012) が提示した語の順

序と相関係数 0.68 という強い相関を示した。このことは,日本語の色彩語体系

が歴史・文化的要因のみならず,認知科学的要因からも影響を受けている可能性

を示唆しているとも考えられる。

次に,いくつかの具体的な観点に分けて,考察を行う。

◇「水色」は基本色彩語と呼べるのか

諸先行研究の成果に加えて今回の研究でも,表 4 から分かるとおり「水色」の

指数順位は 10 位と「黒」や「灰」よりも高く「黄」と等しい。順序順位にいた

っては 4 位と非常に高い評価を得ている。これらの結果から,おおむね「水色」

は現代日本語の基本色彩語として認められるように思う。

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しかし,表 5 に示した斜線ワー

クの結果によると,「水色」を回

答した 11 名6のうち,過半数の 6

名が「水色」をより大きな色彩カ

テゴリーに含むことができる語

と認識している。これは,同様に比較的うすい色領域を示す語である「桃/ピン

ク」をリストから消去した被験者が 11 名中 3 名に留まったことを考慮すると,

高い値といえる。この点も考慮すると「水色」の基本色彩語としての妥当性は不

十分であるようにも思える。この点については,調査②の結果も考慮する必要が

あると考えられるため,最終的な結論は後述する。

◇「13 番目の基本色彩語」はどの語か

Uchikawa & Boynton (1987) では,将来の基本色彩語の候補として「水色」・

「肌色」・「草色」の 3 語があげられていた。このうち「草色」に関しては,一度

も回答が得られず,少なくとも大学生の間では完全に廃れたといえる。しかし,

「草色」と類似した色領域を示すと考えられる「黄緑色」は強い支持を受け,頻

度順位・指数順位においては「水色」をも上回る結果となった。すなわち,前述

3 語が示していた色領域は現代においても依然として,重要な役割を果たしてい

ることが分かる。また,Kuriki et al. (2017) で使用が拡大した色彩語として「紺

色」があげられていたが,「紺色」は今回の調査でも高い重要性が確認された。

ただし,「黄緑色」に関しては Berlin & Kay (1969) の定義にしたがうと,複

数の語彙素から構成されているため,基本色彩語とはいえない。同様の理由から,

「黄土色」も基本色彩語にはなりえない。

したがって,13 番目の基本色彩語としては「肌色」と「紺色」が有力といえ

る。しかし,これら 2 語が現時点で基本色彩語と呼べないのは,表 3,4 から明ら

かである。2 語の平均順序と顕現性指数の値は,より上位の語が示す値に比べて

明確に劣る。しかしながら「肌色」に関しては,相対的に高い評価を得ているこ

とに加え,筆者自身の感覚では,ほかの色彩語と示す色領域が重ならない独立し

た色彩語であるため,参考までに調査②の項目に追加することとした。

6 斜線ワークに回答した 12 名のうち,1 名には調査の意図がうまく伝わらなかったため,

この 1 名を除いた 11 名の回答を用いて考察している。

表 5.「水色」と「桃/ピンク」に関する

斜線ワークの結果

斜線を付した回答者の割合

「水色」 54.5%(11 名中 6 名)

「桃/ピンク」 27.3%(11 名中 3 名)

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◇本調査の結果からみる色覚の性差

また,予想③において,女子のほうが男子よりも多くの色彩語を回答するとい

う予想を立てたが,前述のように平均回答色彩語数は男子で 16.83 語,女子で

16.67 語と,むしろ男子のほうがわずかに多く回答するという結果となった。よ

って,日常的に使用する色彩語の数に明確な男女差は存在しないと結論できる。

第 2 節 調査②に関して

1. 調査の方法・対象・期間

本調査では,従来日本語の基本色彩語として認められてきた 11 語に,調査①

で高い基本的役割が確認された「水色」,さらに近い将来,基本的役割を担う可

能性が認められる「肌色」を加えた 13 語を用いて,現代日本における基本的な

色彩語と実際の色領域の結び付きを明らかにすることを目的とした。また,その

結び付きが何に起因するのかも追究するため,語から連想するイメージを回答

させる項目も調査に追加した。

まず,1 問目で 13 の色彩語それぞれについて,語が示す色彩ともっともよく

一致すると考えられる色彩 (このような色彩を「焦点色」と呼ぶ) を示す色票を,

調査①でも用いた色刺激のなかから 1 枚だけ選択するよう依頼した。次に 2 問

目では,各色彩語について最低 1 語,可能なかぎり 2 個のイメージを回答する

よう依頼した。このとき,より多面的に分析を行うため,回答は一般名詞に限定

せず,あらゆる品詞の回答を許可した。

調査手法は効率的な回答収集を目指すという目的から,とりあえず Google

Forms を利用したオンラインのアンケート形式を選択した。調査は 2019 年の 11

月 17 日から 12 月 1 日の約半月間にわたって行った。その結果,16 歳から 73

歳にかけての男性 43 名・女性 53 名・その他 1 名の計 97 名から回答を得た。

2. 分析に先立って

調査結果を分析するにあたり,セグメント間の比較を行うために回答者の属

性を年齢と性別7という観点から,いくつかのグループに分類した。性別という

観点からは「その他」を選択した回答者が 1 名しかいなかったために,男性と女

性の 2 グループに,年齢という観点からは表 6 に示す 4 グループに分類した。

7 質問票では出身地も問うているが,有意な結果が得られなかったため,考察を省略して

いる。

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本来であれば,ここで全体の結果を提示すべきだ

が,分量があまりに大きくなってしまうため,一部の

結果のみ考察の際の必要に応じて適宜提示すること

とする。

3. 調査結果の分析と考察

前述のとおり,この節では特筆すべき成果を得られ

た点についてのみ,2 つの質問に対する回答を適宜参

照しながら考察を進めていく。

◇「青」と「水色」の示す色領域の変遷とそれにともなう「緑」の拡大

はじめに,図 3~58はそれぞれ,「青」に関する各世代の「焦点色マップ9」で

ある。図から分かるとおり,世代が若くなるにつれ,明らかに結び付く色相の範

囲が縮小している。

8 26~40 歳のセグメントについては回答者が 6 名のみに留まったため,考察を省略してい

る。以後も断りがなくとも考察を省略する。

9 調査①で使用した色刺激の各色票を,調査②の 1 つ目の質問において対応する色票が焦点

色として選択された割合に応じた濃度で着色し,選択されていない色票を空白化した図を

便宜上このように命名した。

セグメント 回答者数

全体 97

男性 43

女性 53

(その他) 1

25 歳以下 61

26~40 歳 6

41~55 歳 14

56 歳以上 16

表 6.セグメント別回答者数

図 3. 25 歳以下 図 4. 41~55 歳 図 5. 56 歳以上

図 6. 25 歳以下 図 7. 41~55 歳 図 8. 56 歳以上

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一方,図 6~8 は「水色」に関する各世代の焦点色マップである。図から「青」

とは対照的に,世代が若くなるにつれ結び付く範囲が拡大していることが分か

る。これは,Kuriki et al. (2017) の結果とも一致し,近年「水色」の重要性が増

したことを裏付けているといえる。

また,「緑」に関する各世代の焦点色マップを示した図 9~11 から,「青」の縮

小にともなって,「緑」の使用範囲も若年層において拡大していることが分かる。

これら 9 つの図から Kuriki et al. (2017) で言及されていた「青」の前近代的用

法の衰退も確認できるのではないだろうか。

◇焦点色マップに現れる色彩語の使用に関する性差

男女間では,全体として世代間ほど顕著な差異は確認できなかった。しかし,

「赤」・「橙/オレンジ」・「桃/ピンク」・「肌色」の 4 語についてのみ,わずかな差

異が観察された。この 4 語については表 7~1010に示したイメージ調査の結果か

ら分析を試みる。

10 結果は小数第 1 位を四捨五入して 8%を超えたもののみを掲載している。

男性 女性

ミカン 56% ミカン 36%

オレンジ 23% オレンジ 23%

太陽 14% 太陽 19%

― ― 明るい/活気/元気 17%

― ― 柿 9%

― ― 夕日 〃

男性 女性

肌/皮膚など 58% 肌/皮膚など 53%

肌着/下着 9% ファンデー

ションなど 21%

表 10.「肌色」

男性 女性

血/血液 37% リンゴ 28%

情熱 21% 血/血液 26%

火/炎 16% トマト 25%

リンゴ 〃 情熱/情熱的 13%

トマト 12% 炎 9%

表 7.「赤」 表 8.「橙/オレンジ」

男性 女性

モモ 47% モモ 36%

女性/女の子 19% 桜 23%

桜 16% かわいい/ 19%

図 9. 25 歳以下 図 10. 41~55 歳 図 11. 56 歳以上

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一見すると,各色彩語の上位に並んだ事物に男女差はない。ところが「桃/

ピンク」と「肌色」では女性の連想イメージにのみ,化粧品の名称が上位に並

んでいる。また「赤」に対する回答でも,化粧品関連の事物をあげた回答者の

割合は男性で 2.3%,女性で 3.8%とわずかに女性が上回った。一方,「橙/オレ

ンジ」に対する回答には,男女ともに化粧品関連の事物をあげた回答者は現れ

なかった。しかし,実際黄赤系の色味をおびた色彩が化粧品に用いられること

は多く,男性よりも女性のほうが何らかの意識や意図をもって,この色彩にふ

れる機会が多いように思う。そのためか,男性の回答では上位にならばなかっ

た「明るい/活気/元気」といった形容詞が,女性の回答には多く観察された。

このように,男女間では化粧という習慣と強く結び付くと考えられる色彩語

についてのみ,使用にわずかな差異が観察された。このことから,習慣的行動の

ちがいが色彩語の使用に影響を及ぼす場合があり,今回の結果もその一例だと

考えられる。

◇イメージ調査の結果をとおしてみる「水色」の独立性と基本的役割

「水色」をはじめとするうすい青を示す色彩語が,12 番目の基本色彩語とな

りうるのかについての,これまでの議論を整理すると,表 11 のようになる。

肯定的 否定的

・ 比 較 的 新 し い 先 行 研 究 の 成 果

例)Davies & Corbett (1994) /Loreto

et al. (2012) /Kuriki et al. (2017)

・ 比 較 的 古 い 先 行 研 究 の 成 果

例)Berlin & Kay (1969) /Uchikawa &

Boynton (1987)

・今回の調査で示された指数順位と世

代別使用範囲

・斜線ワークの結果

表 11.うすい青色を示す色彩語に関するこれまでの議論の要点

つまり現時点では「水色」は日本語の新たな基本色彩語として認められる可能

性が高いというものだった。では,調査②の質問 2 に対する回答をふまえて検

討するとどうだろうか。

かわいらしい

かわいい 9% 女の子など 17%

― ― 口紅 9%

表 9.「桃/ピンク」

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表 1211は「青」・「水色」・「赤」・「桃/ピンク」の 4 語に対して,今回の調査に

回答した全 97 名が回答した連想イメージの上位数語を集約したものである。

表から,色彩語名に影響された「水」を除けば「青」・「水色」の両語から回答

者らが連想したイメージは,ほぼ完全に一致していることが分かる。

一方で,「赤」と「桃/ピンク」に対する回答では,上位に並んだイメージのな

かに重複する部分が一切なく,回答者らが 2 つの語からまったくことなるイメ

ージを連想していることが分かる。2 つの色彩語のペアは,ともにかぎりなく近

い色相同士の,あかるい色彩を示す語とくらい色彩を示す語を組み合わせたペ

アであるという点で一致しているにもかかわらず,今回の調査に対する回答で

は,大きなちがいが確認された。

以上のイメージ調査の結果と,表 11 に示した根拠を総合して,今回の調査に

おいては「水色」はたしかに,新たな基本色彩語として非常に高い妥当性をもっ

ているが,現時点で完全に独立した基本色彩語としての機能を十分に獲得して

いるとは,評価できないと結論する。

「青」 「水色」 「赤」 「桃/ピンク」

空/青

空 61%

空/青空/

晴天 45% 血/血液 31% モモ 40%

海/湖 60% 水 19% リンゴ 23% 桜 19%

― ― 海 12% 情熱/情熱的

/熱血 19% 女性/女の子など 18%

― ― ― ― トマト 〃 かわいい/かわい

らしいなど 14%

― ― ― ― 火/炎 12% ― ―

表 12.「青」・「水色」・「赤」・「桃/ピンク」の各語に対する回答上位イメージ

◇その他の調査結果について

今回の調査では,上述した顕著な差以外にも,いくつかの世代差を確認できた。

しかし,紙幅の都合上すべての点について詳述することはできないので,ここで

は表形式での簡単な紹介に留める。

11 回答者の割合が 10%を超えた語のみ掲載している。

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確認できた世代差 より具体的な内容

・「赤」・「橙/オレン

ジ」・「桃/ピンク」の使

用における世代差

世代が若くなるにつれ「桃/ピンク」の範囲が拡大/と

もなって「赤」と結び付く色領域の中心が黄赤方向に

遷移/押し出されるように「橙/オレンジ」と結び付く

色相の幅が縮小

・「茶」の使用における

世代差

若年層で「茶」の範囲がわずかに縮小/イメージ調査

の結果を参照しても原因は不明

・「肌色」の使用におけ

る世代差とその基本

的役割

「肌色」の範囲は全世代でほぼ同一/イメージ調査の

結果も考慮すると長い間「準基本色彩語」であった可

能性/当分基本色彩語とはならず同様の役割を担い続

けると予想

表 13.調査②でその他に確認された世代差

Ⅲ 結論

第 1 節 予想に照らして

1. 【予想①:「水色」の基本的役割】に対する結論

うすい青色を示す色彩語に関する先行研究の成果に加えて,今回の研究では,

(1)現代の大学生の間では「水色」は非常に高い心理学的顕現性を有しているこ

と が確認された。一方で,(2)半数以上の使用者は「水色」をより大きなカテゴ

リーに含めることができる色彩語として認識していること (3)語から連想する

イメージが類似した色領域を示す色彩語「青」とほぼ同一であること も確認さ

れた。これらを総合して,本稿では「水色」は現代日本語における完全な基本色

彩語としては,依然として十分な機能を備えていないと結論する。

2. 【予想②:「草色」の衰退と「肌色」の基本的役割】に対する結論

まず,「草色」に関しては,調査①で少なくとも大学生の間では廃れたことが

明らかになった。しかし,これに代わるように類似した色領域を示す「黄緑色」

が台頭し,今や「水色」にも匹敵する,あるいはそれ以上の心理学的顕現性を獲

得したことも明らかになった。よって,「草色」は語としては廃れたが,その語

が示していた色領域は,依然として日本語話者に重要な領域として認識されて

いると考えられる。

また,「肌色」に関しては「水色」や「黄緑色」ほど,強い心理学的顕現性は

確認されず,将来の基本色彩語として位置付けるのが妥当かと思われた。ところ

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が,調査②において世代間での語の使用に大きな差異が確認されなかったこと

から,「肌色」は日本語の伝統的な「準基本色彩語」であり,当分それに相当す

る役割を維持し続けると予測するに至った。

3. 【予想③:日常的に使用する色彩語の数にみる男女差】に対する結論

この予想に対してはすでに述べたとおり,大学生が日常的に使用する色彩語

の数に,性差は存在しないと結論する。

4. 【予想④:「青」と「水色」の使用範囲にみる世代差】に対する結論

この予想に対しては,調査②によってほぼ完全に一致する結果が得られた。高

年齢層では,前近代的用法の影響も残存し,「青」の回答が相対的に幅広い色相

にわたって散在していた。ところが,若年層においては「青」の範囲は明らかに

縮小し,これに代わって「水色」が,使用範囲を拡大したことが分かった。

5. 【予想⑤:その他の色彩語の使用範囲にみる位相差】に対する結論

この予想に対しては,表 13 に示した多くの世代差が確認されたことに加え,

化粧品関連の事物に用いられる色彩を示す語に関しては,わずかな男女差も確

認されたことから,予想に反し多くの位相差が存在するという結果になった。

第 2 節 ほかに分かったこと

◇指数順位と Loreto et al. (2012) における成果の類似性

調査①の結果から導き出された指数順位は Loreto et al. (2012) が提示した色

彩語の階層と,相当程度の一致を示した。このことは,日本語の色彩語体系も文

化的背景のみからではなく,認知プロセスという自然科学的要因からも,何らか

の影響を受けている可能性があることを示唆しているように思える。

また,反対に今回の結果を当該研究を支持する成果と解釈することもできる。

これは同時にバーリン・ケイ仮説の根幹をなしていた,色彩カテゴリーに関する

人類普遍のルールの存在をも示唆する興味深い結果ともいえるように思う。

第 3 節 全体の総括と今後の課題

今回の研究では,これまでに記してきたような多くの成果が得られた。全体を

とおしてみると,50 年前にバーリンとケイが提唱した仮説に一致する結果が多

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かったように思う。また,今回筆者が主たる関心を置いていた,現代日本語の色

彩語使用に関する位相差については,男女間でこそ,顕著な差を確認することは

できなかったが,世代間では,興味深い結果を得ることができた。したがって,

現代日本語に色彩語使用に関する位相差はたしかに存在し,差異の程度は男女

間より世代間においてより顕著に観察されるというのが,最終的な結論となる。

一方,今回の研究は現代日本語の色彩語使用という広範なテーマに対して簡

単に論じたものにすぎないため,各色彩語が持つ歴史や背景をも考慮した総合

的な分析にまでは手が及ばなかった。ほかにも,調査②で実施したイメージ調査

の結果に対する詳細な考察や化粧品に用いられる色彩を示す語についての追究,

色刺激の配列と指数順位の関係の追究,基本色彩語の定義の見直しなど,複数の

課題に対して,今後さらなる研究が展開されていくことを筆者は願っている。

Ⅳ 参考にした文献の一覧

・Berlin, B. & Kay, P. (1969), Basic Color Terms: Their Universality and

Evolution, University of California Press

・DAVIES, IAN & Corbett, Greville. (1994). The basic color terms of Russian.

Linguistics. 32. 65-90. 10.1515/ling.1994.32.1.65.

・Ichiro Kuriki, Ryan Lange, Yumiko Muto, Angela M. Brown, Kazuho Fukuda,

Rumi Tokunaga, Delwin T. Lindsey, Keiji Uchikawa, Satoshi Shioiri; The

modern Japanese color lexicon. Journal of Vision 2017;17(3):1. doi:

https://doi.org/10.1167/17.3.1.

・ Kay, P. & Berlin, B. et al. (2009), The World Color Survey, Stanford

University Center for the Study of Language and Information

・Uchikawa, K. & Boynton, R. M. (1987), “Categorical color perception of

Japanese observers: Comparison with that of Americans”, Vision Research,

27(10), 1825-1833. doi: https://doi.org/10.1016/0042-6989(87)90111-8

・Vittorio Loreto, Animesh Mukherjee, Francesca Tria; On the origin of the

hierarchy of color names. Proceedings of the National Academy of Sciences May

2012, 109 (18) 6819-6824; DOI: 10.1073/pnas.1113347109

・バーリン, B・ケイ, P (日髙杏子訳) (2016) 『基本の色彩語―普遍性と進化

について』, 法政大学出版局

―文化構想学部複合文化論系言語文化ゼミ―

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