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(1) 1 〔京都学園法学 2011年 第 1 号〕 《論 説》 イギリス会社法における取締役の 受託者的義務違反に係わる会社の救済 ──エクイティの働きに着目して── 小野里光広 目  次 Ⅰ はじめに 1 .本稿の目的 2 .受託者的義務(fiduciary duty)違反に係わる救済の概要 Ⅱ 取締役の受託者的義務違反に係わる請求とその救済 1 .擬制信託(constructive trust) 2 .利得のアカウント(account of profit) 3 .エクイティ上の損失補償(equitable compensation) Ⅲ 第三者に対する請求とその救済 1 .不正直な補助(dishonest assistance) 2 .認識を伴う受領(knowing receipt) Ⅳ 結びに代えて Ⅰ は じ め に 1 .本稿の目的 筆者はかつて,イギリス2006年会社法における取締役の一般的義務(general duties of directors)について,受託者的義務(fiduciary duty)と非受託者的義務 1) 2) 取締役の一般的義務は,2006年会社法第10編第 2 章に規定され, 7 つの義務からなる。すなわ ち,①権限の範囲内において行為すべき義務(同法171条),②会社の成功を促進すべき義務(同 法172条),③独立した判断を行うべき義務(同法173条),④合理的な注意,技量および勤勉さを 用いるべき義務(同法174条),⑤利益相反を回避すべき義務(同法175条),⑥第三者から利益を 1)

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〔京都学園法学 2011年 第 1号〕

《論 説》

イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済

──エクイティの働きに着目して──

小 野 里 光 広

  目  次Ⅰ はじめに  1.本稿の目的  2.受託者的義務(fiduciary duty)違反に係わる救済の概要Ⅱ 取締役の受託者的義務違反に係わる請求とその救済 1.擬制信託(constructive trust)  2.利得のアカウント(account of profit)  3.エクイティ上の損失補償(equitable compensation)Ⅲ 第三者に対する請求とその救済  1.不正直な補助(dishonest assistance)  2.認識を伴う受領(knowing receipt)Ⅳ 結びに代えて

Ⅰ は じ め に

1.本稿の目的

 筆者はかつて,イギリス2006年会社法における取締役の一般的義務(general

duties of directors)について,受託者的義務(fiduciary duty)と非受託者的義務1) 2)

取締役の一般的義務は,2006年会社法第10編第 2章に規定され, 7つの義務からなる。すなわち,①権限の範囲内において行為すべき義務(同法171条),②会社の成功を促進すべき義務(同法172条),③独立した判断を行うべき義務(同法173条),④合理的な注意,技量および勤勉さを用いるべき義務(同法174条),⑤利益相反を回避すべき義務(同法175条),⑥第三者から利益を

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(non - fiduciary duty)の観点を中心に「禁止的義務(proscriptive duty)アプ

ローチ」に注目して論じた。本稿は,そこで課題として残した一般的義務にお

ける(いわゆる善管注意義務を除く),受託者的義務違反に係わる当該会社の救

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受領してはならない義務(同法176条),⑦取引または取決めの計画に対する利害関係を申告すべき義務(同法177条),である。第 2章には,その他に,通則として「一般的義務の範囲および性質(同法170条)」が,補則として「一般的義務の違反による民事上の効果(同法178条)」,「一般的義務が重畳適用される場合(同法179条)」,「社員による同意,認許,または授権(同法180条)」,「チャリティ会社に関する規定の修正(同法181条)」が,規定される。なお,第171条以下に規定される取締役の一般的義務は,取締役が会社に対して負う受託者的義務の全てを成文化したものではない(同法178条⑵項)。本稿では,イギリス法における fiduciary duty を,「イギリス会社法制研究会(代表者 川島

いづみ早稲田大学教授)」の訳出と同様,「受託者的義務」とした(第10編会社の取締役(a company’s directors)の部分については,中村信男・田中庸介「イギリス2006年会社法⑵」比較法学41巻 3 号(2008年)189頁以下,参照)。アメリカ会社法における,取締役が会社および株主に対して負う信認義務(fiduciary duty)は,善管注意義務と忠実義務,さらに文脈に応じ,誠実義務,情報取得の上決定すべき義務(duty of informed judgment),誠意(honesty),公正義務(duty of candor),情報取得義務(duty to become informed),開示義務(duty of disclosure)なども包含するものである(カーティス・J・ミルハウプト編『米国会社法』(有斐閣,2009年)65頁)のに対し,イギリス会社法において取締役が,原則,会社に対してのみ負う受託者的義務(fiduciary duty)は,少なくとも注意義務とは区別されたものである(ただし,特定の事案において,取締役と株主の間の特別な事実上の関係が立証される状況においては,取締役は,株主に対する fiduciary duty を負うとされる。Peskin v Anderson [2001] 1 BCLC 372, 379)。「禁止的義務(proscriptive duty)アプローチ」とは,受託者的義務が,「no conflict rule」と「no profit rule」に基づき,明確に制限され,不忠実を禁止する自己利益否認のアプローチを指し,幅広くある行動を受認者に要求する「指示的義務(prescriptive duty)アプローチ」と対立する見解をいう。2006年会社法は,「指示的義務アプローチ」を取ったと思われるが,イギリスを含め北アメリカ以外の学説は,伝統的な禁止的義務アプローチを取る論者が比較的多いと思われる。論者によってそのニュアンスも異なるが,例えば,Worthington は,自己否定(self-denial)を必要とする禁止的義務としての「忠実の受託者的義務(fiduciary obligations of loyalty)」を,受託者的義務違反とはならない「エクイティ上の信頼義務(equitable obligations of confidence)」,「エクイティ上の誠実に,そして適切な目的のために権限を行使する義務(equitable obligations to exercise powers in good faith and for proper purposes)」を区別する。(Sarah Worthington, ‘Corporate Governance: Remedy ing and Ratifying Directors’ Breaches’ (2000) 116 LQR 638, 640 and 655)。その他,禁止的義務アプローチに立つ代表的なものとして,Peter Birks, ‘The Content of Fiduciary Obligation’ (2002) 16 TLI 34; Robert Flannigan, ‘Fiduciary Duties of Shareholders and Directors’ (2004) JBL 277; Matthew Conaglen, Fiduciary Loyalty: Protecting the Due Performance of Non-Fiduciary Duties (Hart Publishing, 2010).拙稿「イギリス会社法における取締役の受託者的義務―Fiduciary duty と Non-fiduciary dutyの観点を中心として」京都学園法学63号(2010年)43頁以下。取締役の一般的義務のうち,何が受託者的義務であるかについては,法文上第178条⑵項により,注1)の④「いわゆる善管注意義務である174条」以外が受託者的義務であることになるが,仮に「禁止的義務アプローチ」の学説的見解に従うとすると,「no conflict rule」「no profit fule」に基づく⑤175条,⑥176条,⑦177条のみが「受託者的義務」であり,①171条,②172条,③173条,④174条は,「非受託者的義務」と捉えられることになる。取締役が,注意義務に違反した場合には,その救済はコモンローの原則,すなわち,因果関係(causation),予見可能性(foreseeability)などに基づき,その違反に対して損害賠償責任を負う(Dorchester Finance Co Ltd v Stebbing [1989] BCLC 498; Re D’Jan of London Ltd [1994] 1 BCLC 561; Re Simmons Box (Diamonds) Ltd [2000] BCC 275)。なお,注意義務については,川島

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

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済について,近時の状況も踏まえて検討するものである。むろん,英米法にお

ける救済は,利益の吐き出しによる救済など,わが国のそれとは相違するが,

救済も取締役の行為の標準レベルに影響を与えるものである以上,比較法的な

観点から基礎的特徴の把握を行う意義をなしとしない。

 イギリス法における取締役の受託者的義務(fiduciary duty)は,歴史的にア

メリカ法における取締役の信認義務(fiduciary duty)と同様,受託者(trustee)

の義務についての類推で発展してきたとされるが,今日のイギリスでは,取締

役は会社の受託者というよりは,むしろ会社の代理人として会社と信認関係

(fiduciary relation)にあるとされ,義務違反の救済においては,信託との類似

性が強い影響を与えているとされている。わが国では,1950年(昭和25年)の

商法改正後,大阪谷博士が日本の会社法が英米法流に改組されたとして,その

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いづみ「イギリス会社法における取締役の注意義務」比較法学41巻 1 号(2007年) 1頁以下参照。会社を代表してその責任を追及すべき取締役等が責任追及の訴え提起を怠る場合には,株主が会社の有する訴権を派生訴訟(derivative action)として二次的に行使しうるが,これについては,川島いづみ「イギリス新会社法における株主代表訴訟制度」比較法学43巻 2 号(2009年) 1頁以下参照。なお,競業問題において,損害賠償ではなく,取締役が所有する競業会社株式等の会社への移転という効果を認めた裁判例として,東京地裁昭和56年 3 月26日判決(判時1015号27頁)(山崎製パン事件)がある。この処理は,会社の承認のない競業取引が取締役のためになされた場合は,会社の決定により当該取引を会社のためになされたものとみなす「介入権(平成17年改正前商法264条 3 項・ 4項)」の行使,または英米法における擬制信託(constructive trust)に類似したものとされたが,「介入権」は,効果が損害額の推定による賠償責任(会社法423条 2 項)と大きく異ならないため,会社法では廃止されたとされる(江頭憲治郎『株式会社法 第 3版』(有斐閣,2009年)405頁,407頁)。この廃止については,忠実義務違反の効果として,金銭賠償に限らず,利得の引き渡しを広く認めていく方向が望ましいとしてきた立場の学説(例えば,渋谷光子「判批」判例評論1043号(1982年)51頁)からすれば異論がありえると思われるが,立ち入らない。Worthington は,コーポレート・ガバナンスにおいて,取締役の行為の標準レベルを上げるため,法的に大きく 4つの方法があるとする。すなわち,①取締役の行為に係わる開示の強制,②より大きな法的義務の要求,③義務違反に対する負担ある救済を課すこと,④義務違反の取締役を免責する権限の制限,である(Worthington, supra note 3, at 638)。PL Davies, Gower and Davies’ Plinciples of Modern Company Law, 8th edn (Sweet &

Maxwell, 2008) [16-17]. なお,会社に受益的に帰属する資産の現実の支配が法をして取締役をそれら資産の受託者と類似に扱わせるという見解(Re Lands Allotment Company [1894] 1 Ch 616, 631 and 639)は近時の判例でも引用される(Ultraframe (UK) Ltd v Fielding [2005] EWHC 1638 at [1252] (Ch))。1950(昭和25)年改正の検討については,例えば中東正文・松井秀征編著『会社法の選択』(商事法務,2010年)391-402頁。この改正は GHQの経済民主化の一環として,その強い影響下で行われたが,目玉の一つといってもよい取締役会の導入は,GHQ側のイニシアティブで出てきたものではなく,日本側の意向・要望で実現しているとされる(同399頁)。

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改正法の信託的性格を論じたが,近時では,英米のみの比較においても,信託

法理でさえ一様ではない。その意味で本稿は,イギリス会社法における会社の

救済について,その信託との類似性,すなわち,信認法理やエクイティ(衡平

法)の働きに着目して考察を行うものである。

 さて,2006年会社法は,取締役の一般的義務についての救済に関し,その明

確な成文化を意図したものの英国政府は最終的にこれを断念しており,補則の

第178条(一般的義務の違反による民事上の効果)が一般的な規定を置くのみであ

る。その第178条の⑴項は,「第171条ないし第177条の義務の違反(または違反

のおそれ)の効果は,対応するコモンロー・ルールまたはエクイティの原則が

適用された場合に生ずるのと同様である。」とし,同⑵項は,「第171条ないし

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大阪谷公雄「改正会社法の信託的性格」阪大法学 5号(1952年) 1頁以下。大阪谷説は,わが国の会社法の基礎が社団法理から信託法理に変化したと指摘したものであるとするものに,関英昭「新会社法に於ける社団性の検討―社団と信託の接近―」(青山法学論集48巻 1 ・ 2 号,2006年)47頁。一つの例として,アメリカ2000年信託統一法典が,撤回可能信託(revocable trust)を信託の基本としていることが挙げられよう(同法602条)。これは委託者が撤回権を留保しており委託者の意思次第でいつでも撤回が可能な信託であるため,委託者は信託からの利益を受けるとともに,指図権を通じて信託財産の運用にも強い影響力を行使する。旧来のコモンローでは,信託は基本的に撤回不能なものと理解されており,本来の信託の構造から外れるものとも言え,イギリスでは現代でもこうした信託はベア・トラスト(bare trust)‖受動信託(受託者が積極的に信託財産を管理・処分すべき権利・義務を負わない信託)と呼ばれ,場合によっては信託の成立自体が否認されるとされる。新井教授は,このような現在のアメリカ信託制度の大転回に疑念を呈し,撤回可能信託は,信託としてのイレギュラー形態として位置づけるべきものであるとする(新井誠『信託法【第三版】』(有斐閣,2008年)79-81頁)。信託,委任,会社等の制度は連続性を有する一連の制度とみるべきであるとし,財産管理関係を統一的に把握し信託法理で基礎づけるものとして,道垣内弘人『信託法理と私法体系』(1996年,有斐閣)168頁。なお,本稿は,影の取締役に関わる考察は対象外とする。近年の状況については,坂本達也『影の取締役の基礎的考察』(多賀出版,2009年),中村信男「イギリス2006年会社法における影の取締役規制の進展と日本法への示唆」比較法学42巻 1 号(2008年)211頁以下,同「イギリス会社法における影の取締役規制の進展・変容と日本法への示唆」私法71号(2009年)253-260頁。DTI, Modern Company Law for a Competitive Economy: Final Report, URN 01/942 (2001) [15.28]-[15.30]. なお,救済の成文化を十分可能と結論づけていたものとして,R. C. Nolan, ‘Enacting Civil Remedies in Company Law’ (2001) 1 JCLS 245.ただし,第 3章「既存の取引または取決めに対する利害関係の申告」の第183条において,その申告義務違反に関する罪として罰金の規定が,第 4章「社員の認許を要する取締役との取引」の第195条において,190条(重要財産取引にかかる社員の認許の要件)に違反して取決めを締結した場合の民事上の効果が,第213条において197条・198条・200条・201条または203条(金銭貸付等にかかる社員の認許の要件)に違反して取引・取決めを締結した場合の民事上の効果が,第222条において217条・218条・219条に定められる認許を欠いて行われた支払の民事上の効果が,規定されている。

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

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第177条(第174条(合理的な注意,技量および勤勉さを用いるべき義務)を除く)に

おける義務は,会社に対し当該会社の取締役が負うその他の一切の受託者的義

務と同様の方法でこれを強制することができる」とする。

 一方,判例法で確認しうる,取締役の一般的義務違反における会社の救済と

して利用できる主要なものは,差止命令(injunction)・コモンロー上の損害賠償

(common law damages)・エクイティ上の損失補償(equitable compensation)・擬

制信託(constructive trust)・利得のアカウント(account of profit)・契約の取消

(rescission of a contract)などであるが,このうちの受託者的義務違反に係わる救

済の全領域に論及するのは困難であるので,取消,無効や差止命令については

扱わないこととし,スコットランド法(Scots law)を除外した上で,物的救済

(物権的救済:proprietary remedy)と人的救済(債権的救済:personal remedy)の

主要なものを扱うこととする。すなわち,取締役の受託者的義務違反自体につ

いては,物的救済として擬制信託(constructive trust)を,人的救済については,

利得のアカウント(account of profit)とエクイティ上の損失補償(equitable com-

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なお,いわゆる注意義務である第174条についても,救済に係わる明白な条項は,規定されておらず,その義務違反の救済についても判例法によると理解されている(Antony Zacaroli QC, ‘The Company’s Remedies for Breach of Directors’ General Duties’ in Simon Mortimore QC (eds), Company Directors: Duties, Liability, and Remedies, (Oxford University Press, 2009) [16-01])。Davies, supra note 9, at [16-76]; Len Sealy, Sarah Worthington, Sealy’s Cases and Materials in Company Law, 9 th edn (Oxford University Press, 2010) 390.裁判所が,取締役が権限外の行為を行ったと結論するなら,その取引は無効とされる。取引の無効は,不適切な株式発行(Hogg v Cramphorn [1967] Ch 254; Bamford v Bamford [1970] Ch 212; Hunter v Senate Support Services Ltd [2005] 1 BCLC 175)や,不法な配当・資産の分配(MacPherson v European Strategic Bureau Ltd [2000] 2 BCLC 683),取締役への報酬や年金支払の承認決議(Parke v Daily News [1962] Ch 927; Re W&M Roith Ltd [1967] 1 WLR 432)などにおいて用いられてきた。物的救済にはその他に,エクイティ上のリーエン(equitable lien),代位(equitable right of

subrogation)がある(Boscawen v Bajwa [1996] 1 WLR 328; Foskett v McKeown [2001] 1 AC 102)。リーエンは,日本法ではほぼ先取特権に相当する。リーエンも,返還義務者の差押債権者・破産債権者より優先する効果をもたらし,目的財産が第三者に譲渡された場合にも,その取得者が善意有償の第三者に該当しない限り,物的負担として承継される。また,違法行為者が他人の財産を使用して自己の債権者に弁済を行った場合,その債権者が善意有償の第三者に該当すれば擬制信託やリーエンは消滅するが,返還権利者はその債権者に代位することができ,弁済を受けた債権者が担保権を持っていれば,それによって債務者に対する求償債権が担保されることになる(松岡久和「アメリカ法における追及の法理と特定性」林良平先生献呈論文集『現代における物権法と債権法の交錯』(有斐閣,1998年)所収,363頁。Alastair Hudson, Equity and Trusts, 6th edn (Routledge-Cavendish, 2010) 849-850)。

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pensation)を扱うことにする。また,取締役の受託者義務違反に係わった第三

者に対し,会社が請求を行える場合として,第三者の取締役への不正直な補助

(dishonest assistance)と認識を伴う受領(knowing receipt)を,概略にとどまる

が扱うことにする。なお,取締役の責任免除・軽減や,訴訟における防御方法

(出訴期限(limitation),相殺(set - off)他)などについては検討の対象外とする。

 検討の順序として,引き続き,受託者的義務違反に係わる救済を概観した上

で,Ⅱにおいて取締役の受託者的義務違反に係わる物的救済と人的救済を,検

討する。Ⅲにおいて,補論的ではあるが,取締役の受託者的義務違反に係わる

第三者への請求を考察する。Ⅳにおいて,受託者的義務違反に係わる会社の救

済について,エクイティの働きに着目して若干の検討を加え,まとめに代える

こととする。

2 .受託者的義務(fiduciary duty)違反に係る救済の概要

 信託受託者や受認者が,受託者的義務に違反して原財産を処分した場合,原

告である受益者等(取締役の受託者的義務違反については会社)には大略,以下の

方法による救済が可能であるとされている。会社の取締役についても同様であ

るが,①処分された原財産そのものが受認者の手元に存在する場合は,受認

者にそれを元に戻させ,復旧する責任を負わせる特定的原状回復(specific

restitution, restitution in specie)が,②原財産が受認者の手元に存在しないとき

であっても,原財産が形を変えた代償財産を特定することができれば,エク

イティ上の追及権(equitable tracing)を行使し,代償財産に対して擬制信託

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2006年会社法は,第 7章に取締役の責任免除等に関する規定と追認について条項が設けられている。なお,1985年会社法下の取締役の責任免除制度については,重田麻紀子「イギリス会社法における取締役の責任免除制度」法学政治学論究60号(2004年)191頁以下。注意義務違反と同様に,受託者的義務違反に関しても,裁判所の一般的権限による責任の軽減は与えられうる(2006年会社法第1157条)。もっとも,取締役が明らかに無効な契約によって不当に受領した報酬などは除かれる(Guinness plc v Saunders [1990] 2 AC 663)。通常,注意義務・受託者的義務の出訴期限については, 6年の消滅時効にかかるが,取締役によって擬制信託として保持される資産の回復に係わる物的請求など,この制限期間の適用を受けないものもある(1980年出訴期限法第21条⑴項),(Zacaroli, supra note 16, at [16-84]-[16-89])。用語法として,tracing は,目的財産の形態が変化したときに交換的に取得された新たな価値を追及する場合を,following は目的財産を物的に追及して請求の相手方が変化する場合として,

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

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(constructive trust)が認められうる。代償財産が他の財産と混和してしまった

場合でも,混和財産の上に担保権(charge)を設定する選択肢はある,③原財

産またはその価値変形物である代償財産を特定することが難しくとも,受認者

の手に受託者的義務違反によって獲得した利益が存在する場合,原告は利得の

アカウント(account of profit)によって,受認者が得た利益を吐き出させる救

済が与えられうる,④原財産の特定原状回復もエクイティ上の追及権も利用で

きず,受認者の手元に利益も存在しない場合,原告は受認者の義務違反によっ

て被った損失に対し,エクイティ上の損失補償(equitable compensation)を求

めうる。なお,①と②は物的請求(proprietary claim)であり,③と④は,人的

請求(personal claim)である。

 物的救済は,原告が,被告の手中にある,同一性を特定可能な資産への受益

的利益・権利(beneficial interest, beneficial entitlement)を主張するものである。

正当な原告は,原財産だけではなく,その追及可能な代償財産に対しても受益

的権利を持つ。彼の権利は,善意有償の第三者(bona fide purchaser for value

without notice)を除き,原財産あるいはその追及可能な代償財産を取得した関

係者を拘束する。これに対し,人的救済は,被告に対し原財産や被った損失を

回復させるために,支払いをさせ,あるいは権限外の利益を吐き出すように要

求するものである。物的救済は,原告に対し,受認者の一般債権者より優先権

を与えるが,人的救済には,優先弁済権は認められない。

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両者は区別されているようである(Lionel D Smith, The Law of Tracing (Oxford University Press, 1977) 6-10; Andrew Stafford QC, & Stuart Ritchie, Fiduciary Duties: Directors and Employees (Jordan Publishing Ltd, 2008) [9.17]-[9.19])が,本稿では両者を含んで「追及」と述べる。なお,判例が,ある者のアカウントの責任を「擬制信託受託者として責任がある」と述べていたとしても,物的責任としてではなく,人的責任として述べているとされる(Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1517] ; Peter Birks, ‘The Recovery of Misapplied Assets’ in McKendrick (edn), Commercial Aspects of trust and Fiduciary Obligations (Oxford University Press, 1992) 153-154)ので注意を有する。Hudson, supra note 19, at [18.3.1]; G Thomas & A Hudson, The Law of Trusts, 2 nd edn (Oxford University Press, 2010) [32.01]-[32.02]; Worthington, supra note 3, at 659-74. 木 村仁「エクイティ上の損失補償について―イギリス法を中心に―」法と政治57巻 1 号(2006年) 3 -4 頁。Foskett v McKeown [2001] 1 AC 102, 127 and 130A-130E. A J Oakley, Parker and Mellows: The Mordern Law of Trust, 9th edn (Sweet & Maxwell, 2008) 340.

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 なお,擬制信託と利得のアカウントは,受認者が,彼自身の利益のために

取引を行い,本人(principal)への義務と利益相反する場合に利用される救済

である。この場合は,原告が損失を被ったかどうかにかかわらず,受託者的

義務に違反した受認者は利益を吐き出す(disgorge)ことが要求される。対し

て,エクイティ上の損失補償は,義務違反によって生じた原告の損失に対

し,支払いが要求されるものである。コモンローにおける損害賠償請求で

は,因果関係(causation),損害の疎遠性(remoteness of damage),予見可能性

(foreseeability)などの準則によって,被告の義務違反と事実的因果関係が認

められる損害であっても,その因果的な関連性が被告に責任を負わせるにはあ

まりに疎遠な損害であると評価されれば,損害賠償の範囲から除外されること

となるが,エクイティ上の損失補償の場合は,このような制限は作用しないと

されている。

 さて,物的救済は裁量的(discretionary)なものではないため,原告である会

社が,受託者的義務違反によって原財産あるいはその代償財産が違反者の手中

にあることを立証した場合,会社は当該財産に絶対的利益を持つことになる。

従って,物的救済の場合は,義務違反者が利益を吐き出す際に,その者の技量

(skill)や努力(effort)への報酬が考慮される「エクイティ上のアローアンス

(equitable allowance)」の概念は適用されない。これに対し,「利得のアカウン

ト」は,財産権(property rights)に関係せず,裁量的であるとされるため「エ

クイティ上のアローアンス」が適用される余地がある。なお,原告は,救済方

法を選択する権利があるが,人的救済の場合は,重複する回復を避けるため,

27)

28)

29)

30)

一般的に,擬制信託や利得のアカウントによる利益剥奪(profit-stripping)救済の目的は,受認者が,その義務や本人(principal)との利益に相反する取引を行うことを抑止することにあるとされる(Conaglen, supra note 3, at 79-80; Lindsley v Woodfull [2004] EWCA Civ 165 at [30])。なお,アメリカにおける契約論者は,利益吐き出しという救済は当事者が明示的に契約を結ぶことを誘導する契約誘導的(contract-inducing)なものであるとする(Frank H Esterbrook and Daniel R Fischel, ‘Contract and Fiduciary Duty’, 36 JLS (1993) 426, 444.)。藤田友敬「忠実義務の機能」法学協会雑誌117巻 2 号(2000年)292-294頁を参照。Target Holdings Ltd v Redferns [1996] AC 421, 432-434.Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1542]-[1547].Warman International Ltd v Dwyer [1995] 182 CLR 544, 559.

27)

28)29)30)

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(9) 9

利得のアカウントかエクイティ上の損失補償による救済かを選択しなくてはな

らないとされている。

 以上が救済の概要である。会社の取締役の場合は,むろん会社財産の受託者

ではないが,取締役が会社に負っている受託者的義務の違反は信託違反

(breach of trust)として扱われ,これが信託違反に適用される物的救済をもた

らすことになる。なお,救済において,「会社財産(company property)」の概

念が問題となるが,これには,取締役が受託者的義務違反において受領した

賄賂(bribe),秘密報酬(secret commission)を始め,知的財産(intellectual

property),営業権(goodwill),契約の利益(benefit of a contract),株式や銀行預

金などが含まれる。機密情報(confidential information)については,これを会

社財産とするものとしないものに判例は見解が分かれている。

Ⅱ 取締役の受託者的義務違反に係わる請求とその救済

1.擬制信託(constructive trust)

( 1)物的救済と擬制信託

 取締役の受託者的義務違反の場合に,会社財産とされるものが,取締役によ

って,会社のために擬制信託として保有されているとみなされる場合がある。

この信託は,取締役が財産を獲得した取引の結果としてではなく,受託者とし

ての彼の地位によって生ずるとされる。取締役に対しての物的な救済は,彼の

31)

32) 33) 34)

35)

36)

これに関しては JJ Harrison (Properties) Ltd v Harrison 判決が以下のように述べている。①定款によって取締役に授けられた会社財産を処分する権限は , 会社の目的と利益のために,取締役により行使されなければならない,②この意味で,取締役はそれらの権限に関し,会社に受託者的義務を負っており,これらの義務違反は信託違反として扱われる,③義務違反と認識しつつ,その会社財産を受領した者は,信託によってそれを保有しているものと見なされる([2002] 1 BCLC 162 at [25] and [26] (CA) per Chadwick LJ)。Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1526].Don King Productions Inc v Warren [2000] Ch 291, 342.Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1491].機密情報(confidential information)を会社財産とするものに,Satnam Investments Ltd v Dunlop Heywood [1999] 3 All ER 652. 会社財産としない見解に,Thomas v Farr plc [2007] ICR 932がある。なお,会社の機会(corporate opportunity)が,会社財産と同様にみなされた場合には,取締役が利益を生んでいなかったとしても,会社は第三者による機会の奪取によって作られた利益を回復することが可能とされている(Davies, supra note 9, at [16-98])。Paragon Finance plc v DB Thakerar & Co [1999] 1 All ER 400, 408-409 (CA); JJ Harrison

31)

32)33)34)35)

36)

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10 (10)

会社財産の受領と,その原財産あるいは追及可能な代償財産を彼が保有してい

ることによる。会社財産が取締役によって保有維持されている財産の中に追及

することができる限り,会社はその財産に絶対的権利を持ち,この権利は,擬

制信託よって,返還義務を負う者の差押債権者・破産債権者に優先する。物的

な請求は,善意有償の第三者(bona fide purchaser for value without notice)を除

き,当該財産やその追及可能な利益を保有するどんな者に対しても適用され,

善意有償の第三者であることの立証責任は防御を主張する被告側にある。当該

財産が,善意有償の第三者に移転され , さらにその第三者からの財産の転得者

が悪意である場合には,その者に対しても請求を許される。擬制信託による救

済において,対第三者効を伴う保護を受けるのは,リーエンと同様,原財産に

ついてだけでなく,売得金・収益(proceed)や生成物(product)である代償財

産についても同様である。

( 2)制度的(institutional)擬制信託と救済的(remedial)擬制信託

 英米法諸国における擬制信託は周知のように「制度的(institutional)」擬制信

託と「救済的(remedial)」擬制信託に区別される。アメリカ,カナダなどにお

いては「救済的」擬制信託が十分受け入れられているが,イギリスのそれは

「制度的」なものであり,「救済的」擬制信託が定着することはありそうにな

いとされている。

 アメリカ法に注目すれば,そこでは擬制信託が不当利得(unjust enrichment)

を救済する手段として働いている。すなわち,不当利得が存在する場合で,か

つ人的救済によっては十分な救済が得られないときに,当事者間の信認関係の

37)

38)

39)

40)

41)

(Properties) Ltd v Harrison, at [25]-[29].Green v Gaul [2005] 2 All ER 700 at [172]-[174]. Barclays Bank plc v Boulter [1998] 1 WLR 1, 8.AJ Oakley, Constructive Trust, 3rd edn (Sweet & Maxwell, 1996) Ch. 3; メイトランド『エクイティ』(商事法務研究会,1991年)125-126頁。Sarah Worthington, Equiyt, 2nd edn (Oxford University Press, 2006) 269.なお,アメリカ法の倒産事例における擬制信託を論究したものに,植本幸子「アメリカ原状回復法における優先的取戻し―連邦倒産事例における擬制信託―⑴」北大法学論集56巻 1 号(2005年)277頁以下,同( 2・完)北大法学論集56巻 2 号(2005年)359頁以下。

37)38)39)

40)41)

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(11) 11

存在を要求せずに,裁判所が,幅広く擬制信託の成立を認めて追及を許す。従

って,その救済以前には財産的利権(proprietary right)を持っていなかった者

にその権利を,裁判所が与える裁量的な「救済的」擬制信託である。この擬制

信託は,不当な利得が存在する場合に,当事者の意思とは無関係に法の働きに

より,利得者を受託者とし,その利益を受くべき者を受益者として信託を擬制

するものであるため,明示信託(express trust),復帰信託(resulting trust)とは

異なり,Restatement (Third) of Trusts の信託の定義に含まれず,Restatement

(First) of Restitution が適用される。

 これに対し,イギリス法は,一般的に,信認関係の存在をエクイティ上の追

及権行使の要件とし,取締役の手中にある会社財産もしくはその利益の同一性

による「制度的」擬制信託の立場を取っている。これは,擬制信託が生じる状

況の日から自動的に法の作用として生じ,裁判官の裁量として認められるもの

ではないとされる。以上から,擬制信託に関するアメリカ法とイギリス法の特

徴は,この信託の成立に信認関係を有するか(アメリカ法は不要説,イギリス法

は必要説),擬制信託を不当利得という観念と関係づけるか否か(アメリカ法は

肯定的,イギリス法では一般化していない)と整理されてきたのである。

 結局,イギリス法において,取締役が受託者的義務に違反して,会社財産と

みなされる財産,あるいはその追及可能な代償財産として同一性を特定できる

財産を保持しているなら,会社は物的救済を受ける権利を持つことになる。そ

42)

43)

44)

45) 46)

47)

48)

49)

アメリカの原状回復法リステイトメント(RESTATEMENT (FIRST) OF RESTITUTION (1937))§160は,「財産に対する権原(title)を保有する者が,それを引き続き保有することになれば不当に利得することになるであろうという理由で,他にそれを移転すべきエクイティ上の義務を負う場合に,擬制信託が成立する」とする。木下毅『アメリカ私法』(1998年,有斐閣)214頁。RESTATEMENT (THIRD) OF TRUSTS §1 cmt. e (2003).Re Diplock [1948] Ch. 465.イギリス法の擬制信託を論じたものとして,石尾賢二「エクイティ上の追及効と擬制信託について―ヘイトン教授に依拠して―」商大論集50巻 5 号(1999年)287頁以下,同「イギリス法における擬制信託に関する一考察」商大論集51巻 5 号(2000年)239頁以下。Westdeutsche Landesbank Girozentrale v Islington London Borough Council [1996] AC 669, 714-715.松岡・前掲注19),362頁。近時の擬制信託のリーディング・ケースとされているのが,Attorney-General for Hong Kong v Reid 枢密院判決([1994] 1 AC 324)である。この事例は,贈収賄に係わる事件であるが,収

42)

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47)

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12 (12)

の他,取締役が会社財産を横領した(misappropriated)場合も考えられるが,

この場合は,コモンロー上の財産権(legal interest)もエクイティ上の財産権

(equitable interest)も依然として会社にあるとされ,復帰信託(resulting

trust)として保有されていると見なされる。

2 .利得のアカウント(account of profit)

( 1)利得のアカウントとアカウンタビリティの原理

 アカウントは,受託者的義務違反に対する裁量的(discretionary)救済である

だけでなく,作られた利益はアカウントすべきであるという受認者の主要な義

務でもある。会社が,受認者たる取締役の受託者的義務違反に対する救済に利

用できるのが「利得のアカウント」であるが,その目的は受認者の権限外の利

益を吐き出させることにある。この準則は,受認者が,その受認者としての地

位から利益を得ることを許されるべきでないという理由付けによるものであっ

て,被告の不当利得(unjust enrichment)や,原告のための補償(compensation)

とは異なるものである。すなわち,受認者のアカウンタビリティの基礎的原理

50)

51)

52)

53)

54)

賄の受認者はその義務違反によって,利益を得ることを許されず,受認者が賄賂を受領した場合は,直ちにアカウントすべきであり,その権限外の利益は,被告によって擬制信託として保持されるとした。この判決は,その後の判決で従われている(例えば,NABB Brothers v Lloyds Bank International (Guernsey) Ltd [2005] EWHC 405 at [72] (Ch); Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1490])。従って,取締役の受託者的義務違反となる秘密報酬(secret commission),賄賂(bribe)などは会社財産として擬制信託による救済が課せられうる(Zacaroli, supra note 16, at [16-08])。かつては,Hussey v Palmer 判決におけるように,復帰信託と擬制信託を区別しない判例も存在した ([1972] 1 WLR 1286, 1289-1290 per Lord Denning MR) が,現在では主要な学説も含めてこれには批判的であるとされる(植田淳「イギリス法における復帰信託と共同意思擬制信託」神戸外大論叢48巻 1 号(1997年)33頁)。Warman International Ltd v Dwyer (1995) 182 CLR 544, 559.信託受託者の場合には,信託財産を受領すると直ちにその管理に関してアカウントをする義務が発生する。受託者は信託財産の収支を計算して帳簿を作成し,受益者の求めがあればそれを開示する義務を負い,そして計算と実際の信託財産の状態に齟齬があれば,金銭支払などの方法によってこれを調整する義務を負うことになる(R Pearce, J Stevens, & W Barr, The Law of Trusts and Equitable Obligations, 5 th edn (Oxford University Press, 2010) 842-844)。なお,2006年会社法において,会社が作成を求められる計算書類(accounts)および報告書(reports)の作成・備置などに関する要件は,第15編に定められている。Attorney-General v Guardian Newspapers Ltd (No 2 ) [1990] 1 AC 109, 262E-262F; Murad v

Al-Saraj [2005] EWCA Civ 959 at [108].Warman International Ltd v Dwyer, at 557.

50)

51)52)

53)

54)

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(13) 13

は,概略,①受託者的義務に違反した受認者は,作った利益をアカウントする

責任が生じる,②この場合,信託受託者や会社取締役など受認者は,彼の本人

(principal)に対し権限外の利益を生んだと見なされる,③受認者のアカウン

タビリティの準則は,受認者が個人的利益の考慮によってその心を揺り動かさ

ないよう,また,彼らが個人的利益のために,その信認の地位を濫用しないよ

うに課されるものとされる。

 さて,物的救済は,権限外の利益を保持している取締役,あるいは取締役の

受託者的義務違反の結果生じた利益を受領し保持している第三者に対しても適

用されるが,取締役がその利益を費消し,また追及できる価値変形物である代

償財産も存在しない場合,会社は,取締役に対し「利得のアカウント」によっ

て,利益の吐き出しを請求することになる。利得のアカウントの責任は,義務

違反した受認者の人的責任(personal liability)である。従って,取締役は,彼

の義務違反の結果として生じた利益を会社へ支払うために,彼がその時点で利

益を保持しているか否か,それらの収益が追及可能かどうかにかかわらず,ア

カウントする責任がある。受認者たる取締役がアカウントを要求される利益は,

賄賂(bribe)や秘密報酬(secret commission)など直接的なもののみならず,会

社財産の売却や株式価値の増加など間接的に作られた利益も該当する。受認者

は,彼が生んだ利益全体をアカウントするように要求され,アカウントする必

要のない利益であることの立証責任は受認者側にある。

 上記を踏まえ,2006年会社法の取締役の一般的義務に関する利得のアカウン

トの救済については,no conflict ルールと no profit ルールに基づく,第175条

(利益相反を回避すべき義務),第176条(第三者から利益を受領してはならない義務),

第177条(取引または取決めの計画に対する利害関係を申告すべき義務)の違反を伴

55)

56)

57)

58)

59)

60)

61)

Boardman v Phipps [1967] 2 AC 46, 111.Cook v Deeks [1916] 1 AC 554, 565 (PC); Regal (Hastings) Ltd v Gulliver [1967] 2 AC 134, 143 (HL): Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1550].Chan v Zacharia (1984) 154 CLR 178, 198-199.Zacaroli, supra note 16, at [16-40].Phipps v Boardman [1967] 2 AC 46, 127; Murad v Al-Saraj, at [62] and [85].CMS Dolphin Ltd v Simonet [2001] EWCH 415 at [97] (Ch).Murad v Al-Saraj, at [77].

55)56)

57)58)59)60)61)

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14 (14)

うと一般的には考えられているようである。

 なお,利得のアカウントに関しては,受認者に対し彼の行ったサービスや出費

のために,その利益についてエクイティ上のアローアンス(equitable allowances)

が認められる場合がある。以下では,救済のプロセスに従って,該当する利益

の査定(assessment of profits)と,査定された利益に関する裁判所の裁量によ

るアローアンスの考慮を考察する。

( 2)利益の査定(assessment of profits)

⒜取締役の受託者的義務違反と作られた利益の関係

 利得のアカウントにおいて査定される利益は,事例の事実と性質に適合して

いなくてはならないが,それに必要とされるのは数学的な正確さではなく,合

理的な近似値であるとされる。

 また,受認者がアカウントする責任がある利益は,伝統的に,当該信認関係

を「理由とし,その過程で(by reason and in the course)」作られたものである

とされてきた。近時の判例も明らかに因果関係(causation)の術語は採用しな

いが,義務違反とアカウントされるべき利益の間の関連性は指摘する。すなわ

ち,受認者は「受託者的義務違反に適切に起因する利益(the profits properly

attributable to the breach of fiduciary duty)」についてアカウントすべきであり,

義務違反と受認者がアカウントすべき利益の間には,「合理的な関連(reasonable

connection)」がなければならないなどと判示されている。

62)

63)

64)

65) 66)

67)

68)

Zacaroli, supra note 16, at [16-39].Murad v Al-Saraj, at [88].Re Coomber [1911] 1 Ch 723, 728-729; Warman International Ltd v Dwyer, at 559.My Kinda Town v Soll [1982] FSR 147, 159; Warman International Ltd v Dwyer, at 558.なお被告は,収入から経費を差し引くことが許される(Celanese International Corporation v BP Chemicals [1999] RPC 203 at [109])。Swain v the Law Society [1982] 1 WLR 17, 37 per Lord Oliver.CMS Dolphin Ltd v Simonet, at [97]. また,Ultraframe (UK) Ltd v Fielding 判決も,アカウントが命令される利益は「立証された義務違反に,合理的な関連を持っていなくてはならない(must bear a reasonable relationship to the breach of duty proved)」とする(at [1588] per Lewison J)。

62)63)64)65)66)

67)68)

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(15) 15

⒝取締役が利害関係を持つ第三者である会社によって作られた利益の場合

 受認者たる取締役が,第三者の会社の利害関係者(株主など)として利益を

得るために,会社の機会(corporate opportunity)などを利用した場合には論争

が生じうる。法人格の否認が問題にならない事例では,近時判断は分かれた。

CMS Dolphin Ltd v Simonet 判決は,取締役と彼が利害関係を持っていた第三

者たる会社が信託違反において,共同参加(joint participation)として共同責任

(jointly liable)があるとし,取締役は彼が利害関係を持っている第三者たる会

社によって作られた権限外の利益をアカウントする責任があるとした。一方,

その後のUltraframe (UK) Ltd v Fielding 判決は,CMS Dolphin Ltd v Simonet

判決で言及された信託違反における共同参加は,オーストラリア法の訴訟原因

(cause of action)として知られる信託違反における「認識を伴う参加(knowing

participation)」の反映であるが,イギリス法では根拠を持たないとして,取締

役の第三者たる会社によって生じた利益についての利得のアカウントの責任を

拒否した。Lewison 判事は,取締役が,会社財産を受領した第三者たる会社に,

認識を伴って相当な利害関係を持っているという単なる事実は,取締役に人的

責任は生じさせず,取締役は,彼自身が作った利益のみをアカウントする責任

があり,第三者によって生じた利益については,利得のアカウントの責任はな

69)

70)

71)

72)

73)

74)

本稿Ⅲで考察するように,第三者たる会社が,取締役の受託者的義務違反における不正直な補助者(dishonest assistant)や利益の認識を伴う受領者(knowing recipient)に当たる場合は,原告の当該会社は,第三者たる会社に請求が可能である。しかし,この場合は,原告は,第三者たる会社の「不正直(dishonesty)」や「非良心性(unconscionability)」を立証しなければならない。また,第三者たる会社の支払能力も問題になる。第三者たる会社が,当該取締役のいわゆる「分身(alter ego)」と見なされうる場合,裁判所

は,第三者たる会社の法人格を否認し,当該取締役と第三者たる会社は,連帯責任(jointly and severally liable)として,権限外の利益をアカウントする責任があることになる(Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1550]-[1576])。原告は,この権利のためには,第三者たる会社が「責任の回避や隠蔽のための,真実を隠す仕掛けあるいは外見(device or facade to conceal the true facts, thereby avoiding or concealing liability)」であったということを,立証しなければならないとされる(Gencor ACP Ltd v Dalby [2000] 2 BCLC 734, 744 per Rimer J)。[2001] EWHC 415 (Ch).At [103].[2005] EWHC 1638 (Ch).ただし,取締役が,自らの会社のビジネスや契約を,自らパートナーとして,パートナーシップとした場合は,彼のパートナーが利益の一部を持つ権利があったとしても,取締役は利得のアカウントの責任があることが承認されている。その根拠は,共同で信託違反に関連したパートナーは,連帯責任を負うということである(Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1566] and [1574])。

69)

70)

71)72)73)74)

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16 (16)

いとする。

 このUltraframe 判決は,利得のアカウントについて,先例からいくつかの

原則を引き出しているが,その主要なものは次のようなものである。すなわち,

①受認者は,彼の受認者の地位から権限外の利益を作ってはならない,②アカ

ウントは,原告に不当利得(unjust enrichment)を得させるように機能すべき

でない,③アカウントが命令された利得は,立証された義務違反に合理的な関

係を持っていなくてはならない,④事例によっては,期間を限定したアカウン

トや,特定の財産あるいは特定の顧客から得た利益に制限されたアカウントが

適切である,⑤利得のアカウントについては,受認者に対し,彼の技量,労働,

ビジネスリスクを推定し,その利益に適切なアローアンスを与えうるというこ

とである。

( 3)エクイティ上のアローアンス(equitable allowances)

 利得のアカウントの責任がある信託受託者は「自由なものさしで(on a liberal

scale)」報酬のアローアンスを許されるべきであるとされている。受託者的義

務に違反した取締役の事例においても,利益が吐き出される際に,利益を得る

ことに対する技能や努力などのアローアンスが取締役に与えられる場合がある。

裁判所の権限は,受認者に対し義務違反を奨励しないように行使されるが,ア

ローアンスに係わる基準は裁量を束縛する故か明確ではなく,また,必ずしも

安易に与えられるわけでもないようである。

75)

76)

77)

78)

79)

80)

At [1574] per Lewison J.At [1588] per Lewison J.Boardman v Phipps, at 104.Hudson, supra note 19, at 561-562.近時の判例でも,会社の機会を奪取していた元取締役に対する利得のアカウントにおいて,彼が行っていた仕事のためにアローアンスが与えられたもの(Kingsley IT Consulting v McIntosh [2006] BCC 875)もあれば,アローアンスを与える裁判権の行使は,取締役の利益を少しでも彼らの義務と相反する立場に置く場合は認められないとして,アローアンスを与えることを拒絶したもの(Quarter Master UK v Pyke [2005] 1 BCLC 245)もあり,その基準を見出すのは難しいようである。Stafford は,被告にエクイティ上のアローアンスが与えられるのが適切な場合を考察し,主要なものとして以下を挙げている(Stafford, supra note 23, at [9.166])。すなわち,①被告が賄賂を受領していた場合は,アローアンスが与えられるということは考えづらい,②被告が不正直に

75)76)77)78)79)

80)

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(17) 17

3 .エクイティ上の損失補償(equitable compensation)

 取締役の受託者的義務違反について,原告たる会社は,擬制信託や利得の

アカウントなどの救済が適切ではない場合,エクイティ上の損失補償(equitable

compensation)によって金銭的な救済を求めることが可能である。この損失補

償は,原状回復(restitution)とのアナロジーによって,義務違反の結果として

の損失を,原告に回復するものとされる。この補償の主要な目的は,受託者的

義務違反の抑止的機能もないではないが,義務違反が抑止されなかった場合に,

被告の損失を修復することである,などと説明される。

 また,コモンロー上の損害賠償とエクイティ上の損失補償との区別は不鮮

明になっているとされるが,エクイティ上の損失補償は,コモンロー上の損

害賠償(damages)の請求とは異なり,原則として因果関係(causation)や損害

の疎遠性(remoteness of damage)の準則は適用されない。もっとも,以下の原

則は適用される。すなわち,①請求された損害が被告の不正な行為(wrongful

act)によって起こされたに相違なく,違反がもしなかったら(but for)損失は

生じなかったということを原告が立証すること,②原告が,現在も補償などの

81)

82)

83)

84) 85)

(dishonestly),あるいは不誠実に(bad faith)行動をしていた場合は,アローアンスが与えられる可能性は低い,③被告が既に原告から報酬を支払われていれば,アローアンスは与えられそうにない,④被告が,原告に対し特別なサービスを提供しており,本来であれば,そのようなサービス金額は他者に支払われなければならないようなものであったとすれば,アローアンスとして考慮される,⑤被告が,利益の獲得のために時間と努力を費やしたことは,その報酬に対しアローアンスを与えられる可能性がある,⑥アローアンスが与えられない場合,利得のアカウントにおいて,原告の不当利得になる場合は,アローアンスが与えられる可能性が高い,⑨アローアンスは,被告にとって,市場価格よりも低いレベルの報酬となる可能性が高い。Target Holdings Ltd v Redferns, at 434-439.Conaglen, supra note 3, at 94-96.Davies, supra note 9, at [16-78].イギリス契約法においては,違反当事者が契約締結時に合理的に予見可能であった損害についてのみ損害賠償を負い(Hadley v Baxendale (1854) 156 ER 145),不法行為法においても,被告のネグリジェンスによって生じた損害のうち被告が賠償責任を負うのは,その損害の種類が合理的に予見可能であったものに限られる(Overseas Tankship (UK) Ltd v Morts Dock & Engineering Co Ltd (The Wagon Mound (No.1 )) [1961] AC 388)というのが原則である。なお,詐欺のような故意による不法行為においては,損害が合理的に予見できたか否かにかかわらず,被告は当該不法行為から直接に生じた損害全てについて賠償する責任を負うとされている(Doyle v Olby (Ironmongers Ltd) [1969] 2 QB 158; Smith New Court Securities Ltd v Citibank NA [1997] AC 254)。ただし,Target Holdings Ltd v Redferns 判決は,エクイティ上の損失補償についても,因果関係類似の common sense view によって,違反によって生じた損失を評価するCanson Enterprises Ltd v Boughton & Co 判決((1991) 85 DLR (4th) 129, 163)を承認している。

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被害に対する支払を得ていない状況に置かれ続けている,ということである。

 なお,通常,「利得のアカウント」と「エクイティ上の損失補償」は,互い

に両立しない救済として,原告はいずれかを選択しなければならないとされる。

その理由は,利得のアカウントによる利益返還請求は受認者の利益相反を問題

とし,その取引を必ずしも無効とせずに,あるいはその行為を肯定した上で受

認者が得た利益に焦点を当ててなされるものであるのに対し,エクイティ上の

損失補償は,受認者の義務違反行為を否定することを前提として原告の損失に

基づいてなされるものであるためである。ただし,救済の選択は,判決時まで

にすればよいとされ,判決時までは変更可能であり,原告が十分な情報を持っ

ていない状況での選択を強制されることはないとされている。

 近年の判例においても,エクイティ上の損失補償の適用可能性は,理論的に

明確な展開を見せていないとされるが,取締役の受託者的義務違反については,

例えばGwembe Valley Development Company Co Ltd v Koshy 判決が,取締

役は,その業務範囲における受託者的義務違反の結果として,会社に損失を被

らせた場合には,会社にエクイティ上の損失補償を行う人的責任があるとし,

この補償を一般的に適用可能とする。ともあれ,2006年会社法下においても取

締役の受託者的義務の違反において,エクイティ上の損失補償は利用されて

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Target Holdings Ltd v Redferns, at 432 and 434.Conaglen, supra note 3, at 79-80.Tang Man Sit v Capacious Investments [1996] AC 514. 木村・前掲注25),19頁。そもそも伝統的見解では,エクイティ上の補償は,no conflict ルールと no profit ルールの違反のためには,利用可能ではないとされてきたとされる(Sealy & Worthington, supra note 17, at 406)。従って,伝統的見解では,no conflict ルールと no profit ルール違反の場合は,原状回復が不可能であればアカウントが主要な救済と考えられることになる。しかし,このような見解に対しては,「エクイティ上のアカウントは,継続的で保管・管理的な典型的トラスティーシップの信認関係以外では,損失の救済のために簡単には利用できない(Joshua Getzler ‘Equitable Compensation and the Regulation of Fiduciary Relationships’ in P Birks and F Rose (eds), Restitution and Equity: Resulting Trusts and Equitable Compensation, vol 1 (Mansfield Press, 2000) 235, 250)」などの批判がある。Tang Man Sit v Capacious Investments, at 521. 原告が「利得のアカウント」と「エクイティ上の損失補償」の両者の救済を利用可能であれば,義務違反の受認者の得た利益が原告の損失よりも大きい場合には利得のアカウントを,受認者の得た利益より原告の損失の方が大きい場合は,損失補償を選択することになろう(木村・前掲注25),20頁)。Stafford, supra note 23, at [9.168]; Conaglen, supra note 3, at 85-94 and 164-172.[2003] EWCA Civ 1048.At [142]-[144] per Mummery LJ.

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

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いる。

 取締役の一般的義務における受託者的義務違反に係わっては,このエクイテ

ィ上の損失補償の請求は,no conflict ルールと no profit ルールに基づいた

2006年法第175条(利益相反を回避すべき義務),第176条(第三者から利益を受領し

てはならない義務),第177条(取引または取決めの計画に対する利害関係を申告すべ

き義務)の義務違反に比し,第171条(権限の範囲内において行為すべき義務),第

172条(会社の成功を促進すべき義務),あるいは第173条(独立した判断を行うべき

義務)の義務違反の事例で生ずる可能性が高いとされる。

Ⅲ 第三者に対する請求とその救済

 取締役による受託者的義務違反に係わる,会社の第三者に対する主要な請求

は,①第三者の当該取締役への「不正直な補助(dishonest assistance)」と,②

第三者による会社財産の「認識を伴う受領(knowing receipt)」の 2つの範疇で

ある。以下では,補論的ではあるがその概略を考察する。

1 .不正直な補助(dishonest assistance)

 「不正直な補助」による救済は,元来,第三者が信託受託者と共謀して,受

託者が信託違反を実行するのを補助したことから,受益者を保護することにあ

った。取締役の受託者的義務違反を不正直に補助した第三者も,同様の責任を

会社に対して負わされる場合がある。これは,次の 3つの要件が立証された場

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Multi-Installations Ltd v Varsani [2008] EWHC 657 (Ch); PNC Telecom plc v Thomas [2007] EWHC 2157 (Ch).Zacaroli, supra note 16, at [16-27]. Sealy & Worthington, supra note 17, at 406. 受託者的義務を no conflict rule と no profit rule に基づく禁止的義務に限定する立場に立てば,その義務違反の救済は,擬制信託や利得のアカウントなどに限定され,エクイティ上の損失補償は含まれないと考える余地もあるが,2006年会社法は,このような禁止的義務アプローチをとっていない。Davies, supra note 9, [16-97]; Zacaroli, supra note 16, [16-62]Barnes v Addy (1874) LR 9 Ch App 244, 251-252.Royal Brunei Airlines Sdn Bhd v Tan 判決は,枢密院(Privy Council)判決であるが,不正

直な補助は,信託違反でも受託者的義務違反でも課されるとした。([1995] AC 378, 392 (PC) per Lord Nicholls). 同様に,受託者的義務違反における不正直な補助についての責任を認めたものにCaring Together Ltd v Bauso [2006] EWHC 2345 (Ch); Attorney-General of Zambia v Meer Care & Desai [2007] EWHC 952 (Ch).

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合とされている。すなわち,①受認者が,不正直に(dishonestly)行動してい

たと示される必要はないが,受認者が受託者的義務に違反していたこと,②第

三者がその違反を補助していたこと。ただし,信託財産・会社財産の単なる受

領は補助とはみなされない,③被告の第三者が「不正直に(dishonestly)」行動

していた,の 3つである。

 「不正直(dishonesty)」という術語について,Royal Brunei Airlines v Tan

枢密院判決は,これを「その状況において,単に正直な人として行為しないこ

とである」と定義し,これは,客観的な要素を伴う基準であり,個人の道徳基

準によって異なるものではないとしていた。近時の判例であるBarlow Clowes

International Ltd v Eurostrust International Ltd 判決は,不正直な補助の責任

が課せられる場合を,補助者が,その行為が通常の正直な行為の標準に反する

ことを認識していた場合とし,その標準について熟考していたかどうかは問わ

ないとする。

 イギリス法において一般的に,不正直な補助者としての責任が,「擬制信託

受託者として責任がある(accountable as a constructive trustee)」と述べられて

きたとしても,物的な擬制信託による救済ではなく人的救済であるとする見解

が有力と思われる。その主な理由は,①不正直な補助者の責任が,原財産やそ

の代償財産を受領した財産ベースに基づいたものではないこと,②原告と不正

直な補助者の間に信認関係はなく,イギリス法において,既述のとおり,「救

済的」擬制信託が認められていない以上,物的な救済としての擬制信託はあり

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Royal Brunei Airlines Sdn Bhd v Tan, at 384-385.Brown v Bennett [1999] 1 BCLC 649, 659 (CA); Twinsectra v Yardley [2002] 2 AC 164, 194; Royal Brunei Airlines Sdn Bhd v Tan, at 387.Zacaroli, supra note 16, at [16-64].[1995] AC 378 (PC).At 389 per Lord Nicholls.[2006] 1 WLR 1476 at [17] (PC). Zacaroli は,Barlow Clowes International Ltd v Eurostrust International Ltd 判決は,その後の判決(Barnes v Tomlinson [2006] EWHC 3115; Attorney-General of Zambia v Meer Care & Desai [2007] EWHC 952など)で従われており,現在のイギリス法を代表しているとする(Zacaroli, supra note 16, at [16-64])。Sinclair Investment Holdings SA v Versailles Trade Finance Ltd [2007] EWHC 915 at [126]-[127] (Ch).Royal Brunei Airlines Sdn Bhd v Tan, at 387.

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(21) 21

えないためである。不正直な補助に関する確立している救済は,エクイティ上

の損失補償であり,利得のアカウントについては近年においても判例は,その

責任を認めるものから認めないものまで様々で見解は分かれているようである。

 なお,この補助者の責任については,イギリス判例法は,第二次的責任

(secondary liability)とする立場に立っている。Royal Brunei Airline Sdn Bhd

v Tan 枢密院判決は,不正直な補助の責任の基礎は,契約違反を誘因するこ

と(inducing a breach of contract)の責任の基礎をなしているものと同様である

とし,近時の判例も第二次的責任の立場に従っている。なお,請求において原

告は,不正直な補助が損失を生じさせたことを立証する必要はなく,単に損失

が,不正直に補助された受認者による受託者的義務違反に起因したことを立証

しさえすればよく,補助と損失の間に,厳密な原因となる繋がりを示すことは

必要でないとされている。

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Grupo Torras SA v Al-Sabah (No 5 ) [2001] LIoyd’s Rep Bank 36; Attorney-General of Zambia v Meer Care & Desai (a firm) [2007] EWHC 1540 (Ch).Stafford は大きく 3 つのアプローチに分類されるとする(Stafford, supra note 23, at [9.195])。すなわち,①不正直な補助者は,連帯責任(joint and severally liable)として,義務違反の受認者によって生じた利得のアカウントの責任があるとするもの(Markel International Insurance Co Ltd v Surety Guarantee Consultants Ltd [2008] EWHC 1135 (Comm)),②補助者が不正直に受認者の忠実をそそのかし,その得た利益を保持するのは原告に対し非良心的(unconscionable)であるとの理由付けで,補助者は自身が生んだ個人的利益についてアカウントの責任があるとするもの(Ultraframe (UK) Ltd v Fielding; Tajik Aluminium Plant v Ermatov [2006] EWHC 7 (Ch)),③そもそも,不正直な補助者には,彼が個人的に作った利益について利得のアカウントの命令を生じさせるような責任の関係はないとするもの。この見解は,権限外の利益をアカウントさせるための信認関係が原告と不正直な補助者の間に存在せず,補助者による財産の受領や濫用も存在しないことをその理由とする(Sinclair Investment Holdings SA Ltd v Versailles Trade Finance Ltd)。第二次的責任は,直接に第一次的責任を負う者(受認者たる取締役)が別にいて二次的に責任を負うものであるが,「不正直な補助」を独自の不当な行為であると考え,第一次的責任(primary liability)が課されるとする学説もある(Pauline Ridge ‘Justifying the Remedies for Dishonest Assistance’ (2008) 124 LQR 445)。[1995] 2 AC 378.At 385. また,近年において,契約違反を誘因すること(inducing a breach of contract)が,第二次的責任の不法行為(tort of secondary liability)であるとしたものに,OBG Ltd v Allan [2007] 2 WLR 920 (HL).Grupo Torras SA v Al-Sabah (No 5 ), at 62; Ultraframe (UK) Ltd v Fielding, at [1506].Casio Computer Ltd v Sayo [2001] EWCA Civ 661 at [15] and [52].

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2 .認識を伴う受領(knowing receipt)

 取締役の受託者的義務違反の結果として,会社財産を受領した第三者は,会

社に対し,「認識を伴う受領(knowing receipt)」として責任を負わされる場合

がある。「認識を伴う受領」に関わる請求の本質は,元来,信託において,第

三者が信託財産を受領したことに伴う原状回復的(restitutionary)なものであ

る。従って,もし受領者が財産を保持しているなら,原告は,物的な請求が認

められるが,そうでない場合は,原告は,受領者に対し,人的責任として,利

得のアカウントあるいはエクイティ上の損失補償を求めることとなる。

 また,「認識を伴う受領」の責任が課されるには,以下のことが,立証され

なければならないとされている。すなわち,①取締役の受託者的義務違反によ

って会社財産の処分があったこと,②被告が,会社財産を表す追及可能な

(traceable)財産を,自己のために受領したこと,③被告が,取締役の受託者

的義務違反のために,財産が追及可能であることを認識した上で行動してい

た,ということである。なお,「認識ある(knowledge)」の意味するところに

ついては,Royal Brunei Airlines Sdn Bhd v Tan 枢密院判決は,「不正直

(dishonesty)」という術語が望ましいとしていたが,その後の Bank of Credit

and Commerce International SA (Overseas) Ltd v Akindele 控訴院判決は,こ

れとは異なり,被告の認識の状態が,彼が財産の利益を保有し続けるために,

「非良心的(unconscionable)」であったかどうかという基準を採用した。この

ため,近時の判例は,その適用における文脈で相違するものの,「非良心的

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Ultraframe v Fielding, at [1486].会社財産が,取締役の受託者的義務違反によって第三者に移された場合,当該会社は,第三者がその原財産あるいはその代償財産を持っていないとしても,会社はその財産を擬制信託として復帰を求めうるとされる(El Ajou v Dollar Land Holdings Plc [1994] 2 All ER 685, 700 (CA))。しかし,第三者が原財産や代償財産を保有しているなら,物的擬制信託あるいは追及権が可能であるが,そうでなければ,擬制信託によって課された責任は人的責任であるとされる(Davies, supra note 9, [16-98])。Stafford, supra note 23, at [9.210].El Ajou v Dollar Land Holdings, at 700.[1995] 2 AC 378 (PC).At 392 per Lord Nicholls.[2001] Ch 437.At 455F per Nourse LJ.

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

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(unconscionable)」という基準に従っているとされている。

Ⅳ 結びに代えて

 以上,取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済について,エクイティ

の働きに着目して検討してきた。判例法は必ずしも安定していないが,その救

済内容と特徴を要約すれば,以下のようなものである。

 擬制信託は物的救済(proprietary remedy)であり,利得のアカウントは人的

救済(personal remedy)であるが,その救済の目的が,受認者たる取締役から

権限外の利益を剥奪することによって,その利益相反行為を抑止することにあ

るとしている点では共通する。イギリス法の擬制信託は,アメリカ法などの

「救済的(remedial)」なそれと異なる「制度的(institutional)」擬制信託である

が,会社法分野においても,その特徴が反映している。従って,擬制信託によ

る救済には,会社と取締役との間の「信認関係」の存在と,原財産である会社

財産あるいはその代償財産が取締役の手中にあることが特定できることが前提

である。

 エクイティ上の損失補償は,受託者的義務違反の抑止的機能もその目的とし

て皆無ではないが,主要な目的は,被告の損失の修復である。利得のアカウン

トとエクイティ上の損失補償については,以下のことが言える。①取締役が,

その受託者的義務違反の結果,自身で利益を生んだ場合,取締役は利得のアカ

ウントあるいはエクイティ上の損失補償の責任が生じる,②利益が,取締役が

利害関係を持っている第三者たる会社などによって生じた場合は,その会社が,

当該取締役の責任回避や隠蔽のための単なる外見として法人格が否認されるよ

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Criterion Properties plc v Stratford UK Properties LLC [2003] 1 WLR 2108 at [32].Zacaroli, supra note 16, at [16-70]. Wexham Drinks v Corkery [2005] EWHC 1731; Pakistan v

Zardani [2006] EWHC 2411.取締役の責任制度に関し,わが国の学説が,会社の損害の回復自体を目的とするか(損害填補機能),取締役が任務懈怠することを防止する手段的役割のものか(抑止機能)という問題では,損害填補機能を重視する傾向を捨てておらず,取締役の人材確保を困難にしかねないため,抑止機能を重視する立場から解釈等を再検討する必要がある,との指摘がある(江頭・前掲注7),430頁)。

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うなものでない限り,取締役にはその利益に責任は生じない,③しかし,第三

者たる会社が,取締役の受託者的義務違反に係わる「不正直な補助者

(dishonest assistant)」とみなされれば,エクイティ上の補償(場合によっては利

得のアカウント)の責任を負い,「認識を伴う受領者(knowing recipient)」とみ

なされれば,擬制信託や利得のアカウントあるいはエクイティ上の損失補償の

責任を負うことになる。「不正直な補助」について,必ずしも利得のアカウン

トが認められないのは,会社と補助者の間に信認関係がないだけでなく,直接

的な会社財産の受領などもないためであるが,これは「制度的」な擬制信託と

のアナロジーといってもよいと思われる。

 なお,アメリカ法との比較を行える準備は整っていないが,周知のようにア

メリカ会社法の信認義務(fiduciary duty)は,注意義務(duty of care)と忠実義

務(duty of loyalty)を包摂しているものであり,取締役は,これを会社また

は株主に対して負っている。これに対して,イギリス会社法の受託者的義務

(fiduciary duty)は,少なくとも注意義務が,その範疇に入らないものであり,

取締役はこれを通常,会社に対して負っている。救済においては,擬制信託は

「制度的」なそれであり,利得のアカウントにも制度的擬制信託のアナロジー

がみられるとすれば,信託的性格・信託法理がより維持・あるいは残存してい

るという評価も可能なように思われる。コーポレート・ガバナンスについて言

えば,アメリカにおいては1990年を前後して,Easterbrook & Fischel によっ

て,会社は明示的,黙示的契約の複合体であると「契約の束としての会社」が

論じられたが,イギリスにおいては1990年代中頃,経営者を株主の代理人と考

えるエージェンシー理論と対照的な,取締役会を会社財産の受託者と考えるト

ラスティシップ理論をKay & Silberston が論じていたという事実も興味深い。

124)

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126)

イギリス会社法の一般原則によれば,取締役は会社に対して受託者的義務(fiduciary duty)を負い,個々の株主または集団としての株主に対して受託者的義務を負うことはない。しかし,特定の事案において,取締役と株主の間の特別な事実上の関係が立証される状況においては,取締役は株主に対する fiduciary duty を負うとされる(Peskin v Anderson [2001] 1 BCLC 372, 379 (CA))。なお,川島いづみ「イギリス会社法における株主の反射的損害と固有の損害」比較法学42巻 1 号(2008年)115頁-118頁参照。Frank H Easterbrook and Daniel R Fischel, ‘The Corporate Contract’, 89 CLR (1989) 1416.

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イギリス会社法における取締役の受託者的義務違反に係わる会社の救済(小野里)

(25) 25

このトラスティシップ理論の法的な検討は,他日,試みることにしたい。

 また本稿では,受託者的義務に関し,一般的義務の個別の条文の具体的適用

や,会社の機会(corporate opportunity)の奪取などとの関連について,紙幅を

割くことはできなかった。別稿に譲ることにしたい。

 [付記] 筆者は,京都学園大学総合研究所の助成により,2010年 9 月から2011年 8 月まで,英国オックスフォード大学法学部において在外研究を行った。本稿はこの研究成果の一部である。

127)

John Kay and Aubrey Silberston, ‘Corporate Governance’, 153 NIER (1995) 84. トラスティシップ理論は,取締役会を会社財産の受託者(トラスティ)と考えるものであるが,その受託者の責任は,会社株式の価値とは異なる(従業員の技能,顧客および仕入先の期待,地域社会における会社の評判などを含む)会社財産の維持にあるとする(at 90-91. なお,邦語文献による簡易な紹介として,日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム編『コーポレート・ガバナンス―英国の企業改革―』(商事法務研究会,2001年)189頁)。なお,イギリスにおける取締役の競業規制については,北村雅史『取締役の競業避止義務』(有斐閣,2000年)86-90頁。

126)

127)

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