development of a novel apparatus for single...
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単一微粒子測定装置の開発と基礎的な応用
Development of a Novel Apparatus for Single Particle Analysis
坂本哲夫 Tetsuo Sakamoto
工学院大学工学部電気システム工学科
Department of Electrical Engineering, Faculty of Engineering, Kogakuin University
1.装置開発の背景 大気微粒子はこれまでサンプラーで大量に集め、前処理を施したうえで GC/MS や LC/MS
等を用いて成分分析・定量分析が行われてきた。大量の粒子をバルク的に扱うこのような
手法は感度も良く、信頼性の高いものであり、多くのデータが得られている。しかしなが
ら、粒子を集団として扱うため、あくまで平均的な情報が得られるに過ぎず、また、サン
プリング装置が大型で、長時間の捕集を必要とする点は原理的に避けがたいと考えられて
きた。
一方、二瓶ら 1)は SEM に X 線分光器を取り付けた SEM/EDX 装置を用いて大気微粒子を
一つ一つ分析する粒別分析法を考案し、バルク分析では得られない時間的・空間的変動や、
多数粒子に埋もれてしまうような極少数粒子に着目した解析法を確立した。SEM/EDX は元
素情報しか得られず、また、1粒子に着目したマッピングも現実的には困難である。大気
微粒子解析は無機組成のみならず、有機物にも対応しなければならず、また、1粒子内の
平均組成だけではなく、1粒子内の構造に関する情報も得られればこれまでよりも格段に
優れた解析が行えると考えられた。しかしながら、このような分析手法は存在せず、新た
に開発する必要があった。
筆者らは、JST の先端計測・分析技術機器開発事業に「単一微粒子履歴解析装置」の開発
を応募し、H16 年に採択された 2)。その趣旨は、大気微粒子1個から無機・有機情報が得ら
れ、かつ、粒子の内部構造を分析できるというものであった。幸いにも、装置開発は順調
に進み、目的とした大気微粒子1個の分析が可能であることを示すことができた。次のス
テップとして、バルク分析の専門家とチームを結成し、同一試料に対してバルク側および
単一微粒子側から分析を行い、双方のデータが有機的に結びつくという新しい大気微粒子
解析法を発案した。これは環境省の環境研究総合推進費に採択され 3)、中国・韓国から日本
に移流する越境微粒子の解析を進めている。本シンポジウムでは、装置の原理、開発の経
緯ならびに基礎的な応用例を紹介する。
2.単一微粒子履歴解析装置 2-1 装置開発の目的
本装置は、1990 年代前半に開発が盛んであったレーザーポストイオン化 SNMS とレーザ
ーを使う点は似ているが、大気微粒子(SPM 粒子)一つにつき、有機物を含めた表面組成、お
よび粒子の内部組成分布を測定することを前提に、新規に着想・開発している装置である。
図 1 に示すように、SPM 粒子は種々の発生源から放出され、拡散・長距離移動しながら
粒子の複合化や表面での光化学反応を経るといわれる。したがって、ある場所のある時刻
に捕集された粒子は、粒子本体に発生源の情報が、粒子表面には変化履歴の情報が含まれ
ているはずであり、表面および内部を精密に調べることにより、その SPM 粒子の履歴を辿
ることができる。
図 1:浮遊粒子状物質(SPM)の環境挙動と分析ニーズ
図 2: 単一微粒子測定装置による微粒子分析
2-2 装置のコンセプト
これに堪える既存の分析手法を探そうとすると、粒子ごとの分析ということから、GC/MS
や LC/MS、ICP/MS などの伝統的かつ汎用的方法は先ず除外される。マイクロビームアナリ
シスのなかでは AES (SAM), EPMA, SIMS などが候補となるが、無機・有機両方の情報が必
要なことから、TOF-SIMS が適合するのではないかと思われる。発表者は本装置開発の前に
一般の FIB-TOF-SIMS で SPM 粒子(ディーゼル微粒子)を測定したことがある。確かに感度
が高く、有機物のスペクトルも取得できるのであるが、これが逆に質量スペクトルの解析
を難しくしていることを実感した。つまり、複雑な混合物である SPM 粒子の質量スペクト
ルからは数多くのピークは得られても有用な情報は得られないことが判った 4)。
そこで、本装置の開発では、図 2 に示すようにスパッタ粒子をレーザーによってイオン
化することを特徴としている。また、レーザーを波長可変として原子や分子の励起準位に
精密にレーザー波長を同調させることによりイオン化率が大幅に増大すること
(Resonance-Enhanced Multi-Photon Ionization = REMPI)を利用して、感度と選択性を挙げよ
うという原理である。REMPI 法はガス状試料に対しては藤井、林らにより実燃焼ガス中の
微量有機物のリアルタイムトレンド分析にも適用できることが実証されている 5)。本開発で
は、REMPI 技術を表面分析(SIMS)に利用するとともに、微粒子対応のため、FIB および
TOF-MS も可能な限り性能向上させるべく設計段階から SPM 試料を念頭において製作した。
装置の概観を図 3 に示す。装置には、パルス Ga-FIB (エー・アンド・デイ)、SEM 用小型
電子銃(APCO)、リフレクトロン型 TOF-MS(トヤマ)、超高真空対応の 5 軸ステージ(トヤ
マ)などを製作・組み込み、これらを空気ばね上の定盤にマウントしてある。これに、イ
オン化光源として、Nd:YAG 355 または 532 nm 励起色素レーザー (Spectra Physics)を組み合
わせた。レーザー以外はすべて国内開発機である。その後、レーザーも分子科学研究所、
島津製作所の協力のもと、高繰返し小型レーザー6)を開発し、現在に至っている。
図 3: 単一微粒子履歴解析装置
3-3 開発状況及び基本的な応用例
装置の開発は初期段階を終え、FIB-TOF-SIMS、FIB-REMPI としての実験が可能となって
いる。図 4 は、携帯型の小型エアサンプラーを用いて実際の大気中から捕集した SPM 粒子
の例である。また、図 5 には大きさ約 5 µm の SPM 粒子の内部組成マッピングの結果を示
した。Al が表面にのみ存在し、内部
には Mg と Ca が相補的に分布してい
ることが判る。TOF-SIMS 分析時のマ
ッピング面分解能は 40 nm を達成し
ており、いわゆる PM2.5 粒子(注目
すべきは主として 1 µm 以下)もマッ
ピング分析が可能であると考えてい
る。
レーザーイオン化(REMPI)につい
ては、これまでに金属元素の REMPI
ピークを確認している。アルミニウ
ム試料の例を図 6 に示す。基底状態
および最低励起状態からの 2 光子共
鳴イオン化ピークが確認できる。本
委員会研究会で以前、林らが Cs+ビー
ムを使った結果を報告した 7)ように、
スパッタ中性原子の基底状態と最低
励起状態の存在比は種々の実験条件
により変化することがGa FIB照射に
おいても確認され、詳細を検討中で
ある。有機物については、試料ステ
ージを-110℃前後まで冷却したうえ
で、金属板に塗布した多環芳香族炭
化水素類(PAHs)試料のレーザーイオ
ン化スペクトルの確認まで出来てい
る。図 7 に PAHs の質量スペクトルを示す。非共鳴でのイオン化のため、この場合は分子種
選択性は議論できないが、同じ FIB ドーズで測定した TOF-SIMS のスペクトル(下段)と
比較すると、圧倒的に高い感度を有していることが判る。なお、感度は実質的には MCP 検
出器の飽和によって制限されている。
図 4: 実環境大気から捕集した SPM 粒子の FIB 励
起二次電子像
図 5: SPM 粒子の断面分析例 (TOF-SIMS)
従来型レーザーの繰り返し周波数の低さから、
REMPI 測定時のマッピングは現実的ではないが、
これを繰返し 1 kHz の新規開発レーザーに置き
換えることで、有機物やポリマーのマッピング
分析が行えるレベルに達している。
環境科学への直接の応用は、SPM 粒子の履歴
解析に尽きるが、それにより、環境中に放出さ
れる微粒子のその後の変化や、ある環境で捕集
された微粒子の発生源・変化履歴の解析に利用することを想定している。また、純粋に分
析装置としてみた場合、高い面分解能と、REMPI による物質選択性と高感度であるという
特徴は各種材料解析にも応用が可能であると思われ、総合的にみて手ごわい分析対象の一
つである環境試料は分析装置・方法開発を適度に牽引するものであるといえる。
謝辞
本研究は、環境研究総合推進費(課題番号:B-1006)の一環として実施された。
参考文献
1) 例えば、尾張真則、後藤誠、大岩直登、福田昭浩、武藤義一、二瓶好正: 分析化学、34, 523
(1985).
2) http://www.jst.go.jp/sentan.html (先端計測分析技術・機器開発事業 HP)
3) http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/gaiyou/index.html (環境研究総合推進費 HP)
4) T. Sakamoto, A. Yamamoto, M. Owari and Y. Nihei, Analytical Sciences, 20(10), 2004,
1379-1382.
5) 林俊一、鈴木哲也、石内俊一、藤井正明、鉄と鋼、92(4), 2006, 30-35.
6) K. Tojo, N. Ishigaki, A. Kadoya, K. Watanabe, K. Tokuda, Y. Ido and T. Taira, “Intra-cavity
frequency tripling in actively Q-switched ceramic Nd:YAG micro-laser” CLEO2008, CThX3,San
Jose,USA (2008).
7)林俊一、坂本哲夫、石内俊一、藤井正明、学振 141 委員会第 124 回研究会資料、2006, 71-76.
0
2 0
4 0
6 0
8 0
1 0 0
3 0 6 .5 3 0 7 .5 3 0 8 .5 3 0 9 .5 3 1 0 .5W a v e le n g th [n m ]
Inte
nsity
[cou
nts]
Ground State(3p1/2)
Min. Excited State(3p3/2)
Sample: Al
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3 0 6 .5 3 0 7 .5 3 0 8 .5 3 0 9 .5 3 1 0 .5W a v e le n g th [n m ]
Inte
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[cou
nts]
Ground State(3p1/2)
Min. Excited State(3p3/2)
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4 0
6 0
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1 0 0
3 0 6 .5 3 0 7 .5 3 0 8 .5 3 0 9 .5 3 1 0 .5W a v e le n g th [n m ]
Inte
nsity
[cou
nts]
Ground State(3p1/2)
Min. Excited State(3p3/2)
Sample: Al
図 6: Al 試料の FIB-REMPI スペクトル
170 180 190 200
5,720 counts
158 counts
m/z [amu]
Inte
nsity
[Arb
.Uni
ts]
D10-phenanthrene
PyreneAnthracene
FIB+Laser(250 nm)
FIB only (SIMS)
170 180 190 200
5,720 counts
158 counts
m/z [amu]
Inte
nsity
[Arb
.Uni
ts]
D10-phenanthrene
PyreneAnthracene
FIB+Laser(250 nm)
FIB only (SIMS)
図 7: インジウム板に塗布した PAHs の
FIB レーザーイオン化スペクトル(上)
と TOF-SIMS スペクトル(下)。両者は
同じ FIB ドーズで測定。