沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
内科 杉下裕勇 松葉啓文 塚本裕 仲里信彦 永田恵蔵
高血糖高浸透圧症候群(HHS)に合併した浸透圧性脱髄症候群(ODS)の一例
【主訴】 歩行困難・構音障害
【現病歴】
来院1ヶ月前から倦怠感があり、食欲低下を認めていた。3日前に体動困難が出現し、食事を摂取することができず、ジュースを飲んで過ごしていた。 受診当日は歩行困難と呂律難も伴っていたため救急搬送となった。
めまいや頭痛なし。口渇・多飲あり。発熱なし。
【既往歴】 虫垂切除、陳旧性脳梗塞
【常用薬】 なし
【生活歴】 独居
【嗜好歴】 機会飲酒、喫煙20本/日(20〜60歳) 【家族歴】 特記なし
70歳 男性
【来院時身体所見】
身長155㎝、体重44kg BMI18 意識清明 全身状態は脱力様 血圧140/70mmHg 脈拍78回/分・整 呼吸数18回/分 体温36.6℃ SpO298%(室内気) 頭部) 眼球結膜に貧血・黄疸なし 口腔内乾燥、口臭なし、総入れ歯 頸部) 頸部リンパ節腫脹なし 胸部) 呼吸音:清 左右差なし 心音:不整 雑音なし 腹部) 平坦軟・腸蠕動音正常 四肢) 浮腫なし 皮膚) 乾燥著明、皮疹なし
#左顔面神経麻痺 #軽度構音障害・嚥下障害 #左上下肢軽度運動麻痺 #左上下肢優位の四肢運動失調 #体幹失調
【神経学的所見】
以上より主症状は、 座位保持はどうにか可能 立位保持・歩行不可能
(脳神経系) 眼裂狭小なし 眼位正中 瞳孔径3.0/3.0対光反射は迅速 眼球運動制限なし 複視なし 左口角下垂 舌運動は緩慢だが制限はなし 軽度構音障害(呂律は緩徐、聞き取れる) 水飲みで軽度むせ込みあり
(感覚系) 表在覚:四肢で触覚と温痛覚正常 深部覚:位置覚正常、振動覚正常
(運動系) 上肢バレー徴候: 左のみ前腕回内とわずかな下垂 下肢バレー徴候: 下肢挙上は下垂ないが左側で動揺強い 上肢MMT: 上腕三頭筋5/5-‐ 上腕二頭筋5-‐/5-‐ 下肢MMT: 大腿四頭筋5/4 大腿二頭筋5/4 前脛骨筋5/4 腓腹筋・ヒラメ筋5/4
(協調運動) 指鼻試験:左有意に拙劣 回内回外試験:両側拙劣 膝踵試験:左に優位に拙劣
(腱反射) 上肢・下肢ともに亢進減弱なし
来院時検査所見
血算
WBC 8,200 /μL
RBC 5.2×106 /μL
Hgb 15.7 g/dL
Hct 45.8 %
Plt 354×103 /μL
血液ガス(静脈血)
pH 7.377
PCO2 43.5 mmHg
HCO3 25.0mEq/L
Lac 2.5mEq/L
AG 13.0
生化学
Na 128 mEq/L
K 5.9 mEq/L
Cl 90 mEq/L
Ca 10.8mg/dL
BUN 24 mg/dL
Cre 1.15mg/dL
eGFR 48.6
TP 9.3g/dL
Alb 4.9g/dL
AST 22 IU/L
ALT 24 IU/L
ALP 351 IU/L
γ-GTP 30 IU/L
T-Bil 1.0 mg/dL
血糖 647 mg/dL
Hb-A1c 19.0 %
S-Osm 313 mOsm/kg
尿検査 色 淡黄色
清濁 (-)
比重 1.033 pH 6.0
尿糖 (4+) 尿蛋白 (-) 潜血 (-)
ケトン体 (-) 尿沈RBC <1/HPF
尿沈WBC <1/HPF
U-Osm 581 mOsm/kg
U-Na 26 mEq/L
U-K 39.1 mEq/L
U-Cl 36 mEq/L
【胸部X線・心電図】
心電図: 洞調律・整、左軸偏位、完全右脚ブロック
胸部X線: CTR44.5%、浸潤影なし
【頭部画像検査】
頭部CT検査(上)および 頭部MRI検査(右) 上図の頭部CT検査では陳旧性脳梗塞を疑う。 右図頭部MRI検査では拡散強調像、T2、FAIR画像において、橋中心に高信号域を認める。
T1
T2
DWI
FLAIR
【診断】
神経巣症状に関して、左の軽度不全麻痺は頭部CTで見られる陳旧性右脳梗塞の所見と一致する。
しかし、
新たに出現したと思われる構音障害、軽度の嚥下障害および四肢や体幹の失調に関しては脳幹部の病変が疑われた。
頭部MRIでみられた橋中央部の異常所見は、1週間以内の新規発症と思われ、その部位から代謝性を含む変性疾患との関連が考えられた。
• 口渇とソフトドリンク多飲 • 口腔内の著明な乾燥 • 高血糖(BS647mg/dL)、Hb-‐A1c19.0 % • 代謝性アシドーシスなし • 血漿浸透圧の上昇(313 mOsm/kg) ➡高血糖高浸透圧症候群(HHS)と診断
高血糖高浸透圧症候群(HHS)に伴う急激な浸透圧変化により 浸透圧性脱髄症候群(ODS)を合併していた、 と診断した。
以上より本症例は、
【経過】
細胞外液の大量補液およびインスリン持続投与により、入院翌日には血糖は安定し脱水所見も改善した。
血糖補正後も、構音障害・体幹失調による立位困難保持や水分摂取時の嚥下障害に関しては持続していた。
左の軽度不全麻痺、失調及び嚥下障害に関しては、リハビリテーションを行った。
糖尿病に関して抗GAD抗体は陰性であったが、尿中Cペプチド20.8μg/日と低値のため、持効型・速効型インスリン皮下注で血糖コントロールを行った。
本症例では失調と嚥下障害は徐々に改善し、入院2週間程度で独歩が可能になった。
HHSに関して ODSに関して
【考察】
• 本症例は、HHSに伴う高浸透圧性の変化に伴いODSを発症したと思われた。
• 来院前に症状が完成しており、すでにODSを合併していたと考えられ、頭部MRI画像でもODSに矛盾しない変化がみられた。
• インスリンによる血糖コントロールとリハビリテーションを施行し、入院後2週間の経過でODSは改善した。
浸透圧性脱髄症候群(ODS)について
39.4%
21.5%
4.8%
4.8% 2.5%
2% 15% 慢性アルコール中毒
低Na血症の補正時
肝移植後
肝硬変
熱傷
糖尿病
その他
ODSの合併疾患
• 痙性四肢麻痺、仮性球麻痺、意識障害、外眼筋麻痺、構音障害、
嚥下障害、など多彩な神経症状を示す。 • 急激な浸透圧変化の2〜6日程度で発症してくるとされるが、
10〜14日経過してから所見が現れてくることもある。 • MRI画像では、初期1週間は所見に異常なく、1〜2週間後に橋を
中心とした病変が出現する。
ODSの症状・画像所見
正常な脳細胞
高浸透圧血症の持続 急激な血漿浸透圧の変化
脳細胞の浮腫・脱水
高浸透圧性脱髄症候群(ODS)
危険因子: 慢性低Na血症、慢性アルコール中毒、低栄養、ビタミン欠乏、慢性肝障害など
ミエリン鞘の破壊 血液脳関門の破綻による神経細胞の脱髄
ODSの発生機序 ODSの治療・予後 ・ODSに対する治療は特にない。 ・低Na血症の治療に伴うODSの予防には、急激な浸透圧変化をきたさぬよう、その補正スピードに十分注意する必要がある。 ・また神経学的異常の新たな出現や遷延に注意する必要がある。 ・ODSが生じると改善には数カ月以上かかることがあり、障害が残ることもある。
本症例のように、HHSに伴う高浸透圧性の変化に伴いODSを発症しうる。
【結語】
• 今回、高浸透圧高血糖症候群(HHS)に合併した 浸透圧性脱髄症候群(ODS)の一例を経験した。
• 糖尿病合併の神経症状には、高血糖、脳梗塞、DKAに加えて、浸透圧変化に伴うODSも念頭に置く必要がある。
• ODSを疑った場合には、神経学的異常の出現や 遷延がないか注意する必要がある。
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参考文献
研修医の皆さんへ伝えたいこと
• 糖尿病に合併する急性の神経症状の原因は多彩です。経過や身体所見から神経障害部位の診断を行い、それに必要な検査と治療をしていくことが大切です。
• 浸透圧変化を伴う血糖異常や電解質異常では、ODS
も鑑別にあげ、神経学的異常の遷延や新たな出現がないか診察を繰り返し、注意して経過観察する必要があります。