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1. はじめに生徒に英語の音声に慣れさせるためには,

英語の音声的特徴にフォーカスした明示的指導を行うケースと,教科書の本文を利用した日常的な活動の中で音声に慣れさせていくケースがある。後者の具体的指導例については,本誌において岩崎氏,渓内氏,金子氏が詳述されているので,本稿では前者について述べていく。

英語の音の特徴を理解させるためには,生徒の母語である日本語との違いにフォーカスした指導を積極的に取り入れたい。本稿では,紙幅の関係から,アクセント,リズム,語末の子音の指導について述べることとし,個々の音素の指導や,音と文字を結び付ける指導については機会を改めて論じたい。

2. アクセント2.1. 語アクセント1) 英語のアクセントの特徴

アクセントとは,話し言葉において,ある部分を他の部分より音声的に際立たせる役割を持っている。これを「卓立」(prominence) と呼ぶ。卓立の方法は言語によって異なり,日本語は音の高低による「高さアクセント」

(pitch accent) であるのに対し,英語は音の強弱による「強さアクセント」(stress accent) であることはよく知られている。

しかしながら,実際には英語の語アクセントにおける卓立の決め手は,強さ (大きさ) だけではない。Dennis B. Fry (1955, 1958 年) の実験では, 英語のアクセントの知覚上の重要さは,高さ>長さ>強さの順序だったという。

それでは,強弱を強調した音声指導は間違っているのかと言えば,そうとは言えな

い。ある音節を強く発音しようとすると,声帯の振動が速まって声が高くなるのが一般的である。遠くの人に「おーい!」と声をかけるときには,低い声ではなく高い声が出るはずだ。また,ある音節を強く発音しようとすると,呼気が多くなるため,長く発音されやすくなる。すなわち,強く発音しようとすると高さと長さは連動してついてきやすい。一方,長く発音しようとしても高さと強さは連動しないし,高く発音しようとしても長さと強さは連動しない。そうしたことから,指導上,英語の発音において強弱を意識させることは重要な意味を持っていると言ってよい。2) 第 1 アクセントと第 2 アクセント

2 音節以上からなる語については,第 2 アクセントがあることも意識しておきたい。TOTAL ENGLISH で使用されている語の例として,次の 3 語の発音表記を見てみよう。

communication  [k6mjù\n6kéiƒ(6)n]

universal  [jù\n6v^\Rsl]

understand  [∞nd6Rst@nd]

communication の 第 2 音 節,universal の 第 1音節,understand の第 1 音節には,それぞれ第 2 アクセントがあり,そのため母音の発音は弱母音の [6] ではなく,強母音の [ju\] や [5]

が使われる。指導者としては,第 2 アクセントの発音を正確に覚えておきたい。

ただし,単語の第 2 アクセントの強勢は,文の中で発音される際には目立たなくなる。中学校段階で単語の第 2 アクセントの強さを意識する必要性は高くないため,TOTAL ENGLISH の発音表記においては,第 2 アクセントの記号は付していない。教室で発音モデルを示す際にも,第 2 アクセントのある音節については,強く発音することよりも,

(曖昧母音ではなく) 強母音で発音すること

馬場 哲生東京学芸大学 

アクセント,リズム,語末の子音の指導

効果的な音声指導

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3教科研究 TOTAL ENGLISH No.124

に留意するとよいであろう。2.2. 文アクセント1) アクセントを受ける語

単語は単独で使われるよりも,文の中で使われるほうが圧倒的に多いため,文アクセントにフォーカスした音声指導を重視したい。

文アクセントを受けやすい語は,名詞・動詞・形容詞・副詞・指示代名詞・疑問詞・数詞・否定辞である。それ以外の語は,通常弱く発音される。中学生にとって品詞概念の理解は難しいので,まずは教科書の本文の中で,強く発音される語とそうでない語を意識させるようにしたい。

また,同じ品詞であっても,話者の「伝達の焦点」や「関心の焦点」に該当する単語は強く発音される。このことも,教科書本文の実例を通して指導するようにしたい。

例えば,TOTAL ENGLISH Book 1 Lesson 1 Section A に “I like soccer, too.” という文が出てくるが,これは,タクの “I like soccer.” という発言に対してホール先生が「私もサッカーが好きです。」という意味で述べている文であるので,“I” が強く発音される。これに対して,仮にホール先生自身が “I like tennis.” のあとに “I like soccer, too.” と言ったとしたら,「私はサッカーも好きです。」という意味になり,“soccer” の部分が強く発音される。

このように,英語では文字上の文構造は同じでも,文アクセントやイントネーションを変化させることで違った意味を表すことがある。日本語にもそうした現象はあるが,英語においてより顕著であると言える。中学校段階では,本文のリスニングや音読の指導において,音と意味の関係性を個々の事例ごとに理解させていくようにしたい。2) 第 1 アクセントと第 2 アクセント

文アクセントにも,語アクセントと同様に複数の階層が認められる。TOTAL ENGLISH の各レッスン Section A のリスニングコーナーおよび TEACHER’S EDITION の本文において,第 1 アクセントと第 2 アクセントを

黒丸の大小で示している。ただし,厳密には,文アクセントには第 1・第 2 だけでなく,より多層的な構造が認められる上,卓立の程度を機械的に特定することは困難である。 リ ス ニ ン グ コ ー ナ ー や TEACHER’S EDITION において大きな黒丸や小さな黒丸の付された語は,それぞれ常に全く同じ強さで発音されるとは限らない。これらの表記は,ひとつの目安として参考にするのがよいであろう。

3. リズム3.1. リズムの等時性

日本語は,すべての音節 (厳密にはモーラ) がほぼ同じ長さで発音される syllable-timed rhythm (厳密には mora-timed rhythm) を持つのに対して,英語は,強勢を受ける音節が ほ ぼ 等 間 隔 で 発 音 さ れ る stress-timed rhythm を持つ。これは,リズムの「等時性」

(isochronism) と呼ばれることもある。例えば,“My dad will be at the station in a minute.” という文において,dad と station と minuteは,ほぼ等間隔に発音される。

ただし,英語のリズムの等時性については異論があり,英語母語話者の発話の測定結果から,等時性はないと結論した研究もある。確かに,英語母語話者の発話においても,メトロノームのように正確に強勢が等間隔に現れるわけではない。しかしながら,強勢が等間隔で発話される力が働いていると考えることができ,その力の効き具合が,日本語母語話者は英語母語話者に比べて弱くなる傾向にある。

このことから,手拍子などでリズムをとって英語の強勢を等間隔に発音することは,やや極端ではあるが,英語のリズムに慣れさせる練習として意味があると言えるだろう。3.2. リズム練習における注意点

一方で,チャンツやラップなどを用いて,英語の強勢音節を機械的に等間隔で発音させる練習については,「やり過ぎは禁物」とい

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う認識が必要であろう。前述のように,もともと「等間隔」自体に無理がある上,チャンツやラップでは,フレーズやセンテンスを

「2 拍子 (または 4 拍子)×偶数個の小節」という音楽的なリズムの枠組みに合わせるために,音節の長さのゆがみが大きくなりがちだからである。この練習をし過ぎると,かえって自然な発話リズムが崩れてしまう危険性もある。

また,教科書本文の音読で強勢拍のリズムを重視し過ぎると,音の強弱やリズムにばかり注意が向き,肝心な意味の伝達が疎かになる恐れがある。教科書本文の音読や役割練習をはじめ,意味のやりとりを中心とした活動においては,文脈内の意味に寄り添った自然な強弱とリズムで練習させるようにしたい。

4. 語末の子音4.1. 母音挿入

日本語の基本的な音節構造は「子音+母音」(CV) であり,「ん」で終わる単語を除くほとんどすべての単語の語末が母音であるのに対して,英単語は dog, bed, hot のように

「子音+母音+子音」(CVC) の音節構造を持つものが多い。こうした語の発音において,日本語母語話者は,語末の子音のあとに母音を挿入してしまいがちである。この現象を vowel epenthesis という。具体的には,[t] [d]

のあとには「オ」を,[tƒ] [dΩ] のあとには「イ」を,その他の子音のあとには「ウ」を入れてしまうことが多い。

母音挿入は,英単語および英語の音節数を変え,リズムも変えてしまうために,聞き取りやすさ (intelligibility) にも影響を与えてしまう。子音で終わる単語の発音に母音挿入しない練習を,折に触れて行いたい。4.2. [n] と [N]

英語で語末が子音である単語でも,日本語母語話者が母音挿入しないケースがある。それは pen [pen] のように [n] で終わる単語の場合である。[n] のあとに母音「ウ」を挿入す

ると「ペヌ」という発音になるが,このように発音する日本語母語話者は皆無であろう。実際には,[n] を撥音「ン」[Ñ] で代用して「ペン」[peÑ] と発音してしまうことが多い。語末の [n] は歯茎鼻音であり,舌先と歯茎で閉鎖ができるのに対して [Ñ] は後舌面後部と口蓋垂の間で緩い閉鎖ができる音であり,両者はまったく別の音である。[n] は日本語ではむしろ「ヌ」に近い音なので,pen の発音においては,「ペンヌ」と言うつもりでしっかり [n] の音を出す練習をさせたい。4.3. 音の連結

英語には音の連結とそれに伴う音変化という 現 象 が あ る が, 特 に 注 意 し た い の は, “come and” のように,子音で終わる単語のあとに母音で始まる単語が続く場合である。リスニングコーナーには音の連結箇所が記号で示されているので,練習時に活用したい。

ただし,語末の子音のあとに母音挿入した状態で次の単語の頭の母音と連結させても正しい音にはならない。“But I” は「バトアイ」になってしまう。同様に,語末の [n] を [Ñ] に置き換えている状態で次の単語の頭の母音と連結させてもうまくいかない。いくら速く発音しても an orange は「アンオレンジ」のままである。an を [an] と発音して初めて「アノーレンジ」のような連結が可能になる。したがって,音の連結の指導は重要であるが,それ以前に語末の子音を正確に発音する練習を十分にさせることが肝要である。

5. 終わりに授業では,教科書の本文を用いた活動の中

で,英語の音声の特徴に慣れさせていきたい。これには,1) 英語の音声インプットで英語の音に自然と慣れさせる,2) 英語の音声と文字の結合を強める,3) 音の知覚と発音をトレーニングする,などのタイプがある。具体例については,本誌掲載の岩崎公一氏,渓内明氏,金子健次郎氏の実践例を参照していただきたい。

[特集]効果的な音声指導

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