Transcript
  • はじめに

    環境規制の強化に伴ってxEV市場は急激な拡大が予想されている。xEV向けインバータで発生するエネルギー損失の大部分は中核部品であるパワー半導体モジュールに帰するため、パワー半導体モジュールには低損失化が求められる。またマイコンなどの一般的な電子部品と比較したパワー半導体の特徴として、一素子の発熱量が500W余りと桁違いに大きく、高効率な冷却も重要となる。高い冷却性能を得るために、発熱源であるパワー半導体チップからヒートシンクまでの熱経路には熱伝導率の高いセラミクス基板と銅の配線や、銅製ヒートシンクなどを用いて低熱抵抗な実装が行われる。

    とりわけ車載用途のパワー半導体モジュールの特徴としては、小型化と低コスト化への要求が厳しい市場であることから、電鉄などの他用途向けと比較してパワー半導体チップの電流密度を高めた条件で使用することがある。高電流密度すなわち高出力密度を実現するために素子の最高許容接合温度(Tj,max)を高める一方で、水冷による高効率な冷却を行っている。この結果、半導体チップと配線金属および基板との熱膨張係数差による熱的サイクル負荷が増大し、熱応力による疲労破壊が寿命の支配要因となる。設計開発は高密度化と信頼性のトレードオフを高次元でバランスすること

    が重要となる。本稿では日立パワーデバイスが取り組んできた

    xEV向けのパワー半導体モジュールの高温対応と高出力密度化を示し、製品価値としての小型化と低コスト化の達成についての概要を示す。

    日立パワーデバイスの取り組み

    当社では、車載向けとして一般的な耐圧600Vから750V、電流定格400Aから800Aクラスのパワー半導体モジュールを中心に製品を展開してきた。図 1 に当社の車載向けパワー半導体モジュール製品のトレンドを示す。上段には高出力密度化につながる指標の1つとして、半導体チップの最高許容接合温度を縦軸に製品量産時期の年次推移をプロットした。当初125℃を限度としていた素子の最高接合温度は、主に実装技術による高信頼化によって150℃へ上昇し、さらに現在では175℃を可能としている。

    図 1 の下段には、低損失化の指標としてシリコンIGBTチップの導通損失を示すコレクタ―エミッタ間飽和電圧(Vce(sat))の推移を示した。2008年の製品で既に導通損失の少ないトレンチゲート型構造を採用して開発したシリコンIGBT1)を用いていたが、2013年の製品ではパンチスルー構造(PT)をノンパンチスルー構造(NPT)に変更して生産性を向上した。そして2020年現在の最新製 品MBB500TX7B(750V、500A、6in1 IGBT モ

    ㈱日立パワーデバイス 

    安Yasui井 感

    Kan*1、串

    Kushima間 宇

    Takayuki幸*2、

    石Ishibashi橋 亨

    Kohsuke介*3、齊

    Saito藤 克

    Katsuaki明*4

    *1 設計開発本部第一部 主任技師*2 設計開発本部第一部 主任技師*3 設計開発本部第一部 技師*4 Chief Technical Officer〒101-8608 東京都千代田区外神田1-18-13☎070-4825-5147

    ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••

    xEVに対応する高温高出力密度パワー半導体モジュール

    解説[実装・パッケージ]

    特集 次世代モビリティを支えるパワー半導体の開発動向

    56

  • ジュール)では、日立独自のサイドゲート構造のIGBT2)を初めて採用し、さらなる損失低減を達成した。

    図 2 にMBB500TX7Bの外観写真を示す。インバータ用途のパワー半導体モジュールの内部構成は、シリコンIGBTなどのスイッチング素子とこれに逆並列で接続されるダイオード素子の一対の回路をアームと呼ぶ単位としている。車載向けでは2アームを直列に接続した2in1構成、または2アーム直列回路をさらに3並列にして1つのパッケージにまとめた6in1構成が一般的である。図 2の開発品モジュールも6in1構成をとる。横長のパッケージには独立な2in1回路が3つ並列配置されており、電流を取り出すための3組の端子群を配置する。三相モータを駆動するインバータに必要な三相分の回路を1つのモジュールに小型化している。ベースプレートは銅製で、裏面には直接水冷による冷却効率に優れたピンフィン形状のヒートシンクが一体化されている3)。熱伝導率が高い実装材料を用いるため、例えば500Wと大きなIGBTチップの発熱量に対してもチップの温度上昇ΔTjは約100 Kに留まる。

    以上をまとめると、パワー半導体モジュールの開発は、顧客価値としての小型化と低コスト化を追求するため、損失を低減するパワー半導体チップの改善と小型高信頼なパッケージの改善の両輪で進めてきた。続いて各々の取り組みについて説明していく。

    サイドゲートIGBTによる低損失化

    パワー半導体モジュールのシリコンIGBT素子は電源から流れる電流の切り替え動作を担っている。ダイオード素子はモータなどからの電源と逆向きの回生電流を逃がす役割がある。xEV用途では素子温度が上昇しやすいシリコンIGBTの低損失化が重要となる。シリコンIGBT素子の損失は、直流の通電時ロスに相当する導通損失と、素子のオンオフに伴うスイッチング損失に分類される。両者の寄与は同程度のため双方を削減したいが、IGBTでは主要な設計パラメータを変更しても両者にトレードオフ関係があるため、独立には

    20202015 Year(SOP)

    20102005

    1.0

    0.8

    0.6

    0.4

    0.2

    0.0

    200

    175

    150

    125

    1002005 2010 2015 2020

    Trench PT Trench NPT Side Gate

    IGBT

    MBM600JU6BMBM400MU6

    MBB600TV6A

    MBB500TX7B

    V ce(

    sat) 2

    5℃(相対比

    )T j,

    max

    (℃)

    図 1  日立パワーデバイスの車載向けパワー半導体モジュール製品のトレンド

    ベースプレート

    主端子

    主端子

    制御端子

    図 2 xEV向けパワー半導体モジュール外観(開発品MBB500TX7B)

    フローティング p層

    n+

    np

    サイドゲート

    広幅トレンチ

    n+

    np

    MOSチャネル

    サイドゲート構造(新規)

    トレンチゲート構造(従来)

    厚い酸化膜

    エミッタ エミッタ

    コレクタ コレクタ

    pp

    Cres CresMOSチャネルトレンチゲート

    n- n-

    図 3 IGBT素子の断面比較図

    572020年9月号(Vol.68 No.9)

  • 低減できない。そのため、トレードオフ関係を超える新規のデバイス構造の技術開発を進めてきた。日立が提案したサイドゲート構造IGBTの断面を図 3 に示す。左側には比較として従来トレンチゲート構造を並べた。

    従来のトレンチゲート構造では、ウェハ表面に溝(トレンチ)を掘って酸化後にゲート電極となるポリシリコンを埋め戻す形に特徴がある。電流は図では下から上に、デバイスの表裏を貫通するように流れる。効率良く電流方向にMOSチャネルを形成することで低い導通損失を実現している。新開発のサイドゲート構造では、電流方向にMOSチャネルを形成するトレンチゲート構造の利点はそのままに、電気伝導に寄与しないゲートの反対側のフローティングp層を取り除いた。具体的にはゲート形成時に広幅のトレンチを掘って酸化後、いったん所定の膜厚まで埋めこんだゲート電極のポリシリコン膜をエッチバックして自己整合サイドウォール構造のゲートを作成している。フローティングp層に代えて絶縁体である厚い酸化膜を埋めた構造のため、コレクタ側から見たゲート電極のキャパシタンスである帰還容量Cresを大きく低減できる。Cresは図 3 でゲート電極周囲の点線で示した部分の面積に比例する。Cresはコレクタ電極とゲート電極間をキャパシタとみた容量であり、最も薄い絶縁層が図の点線部に相当するためである。この効果は後に説明する。

    また、LSI分野でも微細構造を形成する際に用

    いられる自己整合サイドウォールプロセスを使うため素子の微細化が可能で、チャネル密度を増やして導通損失を低減できる。図 4 にサイドゲートIGBTの損失改善効果を示す。IGBTの導通損失と、ターンオフのスイッチング損失Eoffは一般にトレードオフ関係にあるため、横軸に導通損失の指標として飽和電圧Vce(sat)を、縦軸にEoffをプロットした。原点方向ほどトレードオフ関係が改善される。サイドゲートIGBTは従来のトレードオフを超えて特性を改善し、トレンチゲートIGBTの従来製品に対して20%のVce(sat)低減と40%のEoff低減を同時に達成できた。

    続いて帰還容量Cres低減の効果について説明する。サイドゲート構造はCresを従来トレンチ構造の1/4以下に低減している2)。効果としては次の3つがある。

    ①ターンオン時のゲート電圧跳ね上がりの抑制②リカバリの電圧変動速度(dV/dt)の低減③スイッチング時のゲート電荷QGの低減とこ

    れによるEoffの低減IGBTがオンする時、コレクタ側電位が大きく

    変動するため容量結合によって本来デリケートな扱いが必要なゲート電位がオーバーシュートしやすいが、この結合の容量Cresが小さいためにゲート電位が振られにくい。結果、ゲート信頼性が高まるとともにゲートドライバーでの制御性も改善することができる。過剰なターンオン挙動を抑制できるため、ゲートに接続する直列抵抗を調整してスイッチング速度を制御して、対となるダイオードのリカバリ電圧変動速度dV/dtも低減できる。過剰なdV/dtはモータ絶縁等の劣化にもつながるため適切な制御が必要である。以上が上記1と2の効果に関連する。

    図 5 にIGBTスイッチング時のターンオン波形の比較を示す。左上に示すように、ゲート電圧VGEの局所ピークをサイドゲート構造により73%低減した。また右上に示すコレクタ電流Icのオーバーシュートも17%低減した。上記3の効果に関係するゲート電荷量QGは左下のゲート電流IGの積分面積に相当する。サイドゲートIGBTではゲート電極の容量が小さいことから、スイッチングに必要なゲート電荷量QGを80%低減できた。ゲ

    Vce(sat)@Jc=300A/cm2、150℃[arb. unit]

    E off@

    I c=40

    0A、 V

    cc=4

    00V[

    arb.

    uni

    t] Trench GateSide Gate

    1.510.50

    -40%

    -20%

    0.0

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    図 4 IGBTトレードオフ改善

    58


Top Related