子どもの貧困...3 はじめに...

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1 甲南大学 マネジメント創造学部 2016 年度 卒業研究プロジェクト 担当教員 佐藤治正 子どもの貧困 ―だれもが希望をもてる未来へ― 1. 広がる子どもの貧困 2.「相対的貧困」の怖さ 3. 貧困の連鎖を断ち切るために 4. だれもが夢と希望を持てる未来へ 11281151 向井

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甲南大学 マネジメント創造学部

2016 年度 卒業研究プロジェクト

担当教員 佐藤治正

子どもの貧困 ―だれもが希望をもてる未来へ―

1. 広がる子どもの貧困

2.「相対的貧困」の怖さ

3. 貧困の連鎖を断ち切るために

4. だれもが夢と希望を持てる未来へ

11281151 向井 萌

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目次

はじめに

1. 広がる子どもの貧困

1-1「貧困」とは

1-2 数値から見る子どもの貧困

1-2-1 就学援助費受給率

1-2-2 子どもの相対的貧困率

2.「相対的貧困」の怖さ

2-1 母子世帯「就労 8 割、貧困 5 割」

2-2 貧困が与える「不利」

3. 貧困の連鎖を断ち切るために

3-1 貧困の連鎖とそのメカニズム

3-2 子供の貧困への処方箋

4. だれもが夢と希望を持てる未来へ

4-1 各国の子どもの貧困への取り組み

4-2 誰もが希望をもてる社会へ

おわりに

参考文献

3

はじめに

ある日、私はテレビを見ていた。そのテレビ番組の内容は、日本で起こっている「子ど

もの貧困」についてだった。衣食住をも十分でない子ども、服が買えない状況からいじめ

を受け不登校になる子ども、母子世帯でお金に余裕がなく、すべての家事をこなしている

子ども。私は、大きな衝撃を受けたと同時に「貧困家庭にうまれなくてよかった」そう感

じた。しかし、そう感じることにそもそもの疑問を感じた。なぜ、同じ日本で暮らしてい

るのにも関わらず、生まれた環境によって将来の夢や希望が閉ざされてしまうのかと。

私の両親は、私が挑戦したいと思ったことには全力で応援してくれた。貧困家庭の親も

同じ気持ちではないだろうか。多少お金がかかっても、子どもの夢を応援してあげたい、

他の子と同じようにやりたいことをやらせてあげたい、そう考えるのが親というものでは

ないだろうか。そう考えた私は、子どもが貧困に陥る原因は、決して親のせいではなく、

別のところに問題があるのではないかと考え、「子どもの貧困」について執筆するに至った。

本論文では、第 1 章で「貧困」が存在すること、そして「貧困」がどういった状態を指

すのかを認識してもらうことから始まる。2 章では、貧困の現状と原因、そして貧困である

ことがなぜ問題であるかデータ用いて示す。3 章では、貧困の連鎖について触れ、そのメカ

ニズムと処方箋について考察し、4 章では環境に左右されず、誰もが夢と希望をもてるよう

にするためには、社会がどうあるべきかを述べる。

1. 広がる子どもの貧困

本章では「日本に貧困の子どもは本当にいるのか」そう感じている人に、日本に貧困が“存

在する”ことをまずは認識してもらうことを目的とする。そこで、1-1 では貧困の定義につ

いて説明し、1-2 では、日本における子どもの貧困の現状について述べる。

1-1「貧困」とは

貧困の定義については、国や地域によって多少違いがあるものの、概念としては 2 通り

の考え方が支持されてきた。「絶対的貧困」と「相対的貧困」である。「絶対的貧困」は、

衣食住を最低限満たす程度の生活水準以下の場合と解釈されることが多い。つまり、生き

ていくために必要な水や食料、雨風をしのぐための場所や、衣服を欠いている場合「貧困

である」といえる。

それに対し、絶対的貧困が撲滅されたとされる OECD や EU などの先進諸国では、「相

対的貧困」という考え方が用いられる。これは所属する社会の「通常」の生活レベルから

一定距離以上離れた場合「貧困である」といえる。例えば、ほとんどの人たちが水道を享

受している社会では、水道を使用できないことで貧困状態であると判断される。しかし、

発展途上国なで水道が未発達の地域では、水道設備の有無では貧困状態を測ることができ

ない。「相対的貧困」という概念では、このような異なる社会観における文化的な差につい

て考慮しつつ貧困を定義することができる。

4

このように、「絶対的貧困」と「相対的貧困」では定義がそれぞれ異なるため、貧困状態

を測定する計算方法も異なる。絶対的貧困は、世界銀行が 1 日あたり 1.25 ドル以下で暮ら

す人を「貧困状態にある」と定義するのに対し、相対的貧困は、等価可処分所得1中央値の

半分のライン(貧困線)を下回ると「貧困状態にある」と定義する。(厚生労働省「国民生活

基礎調査」より)

ところで、この相対的貧困は価値判断によるところが大きい。というのも日本のように

資本主義の社会においては、ある程度の高い生活水準と、比較的低い水準の人ができてし

まう。つまり、「格差」は多かれ少なかれ存在するのである。だからこそ「貧困」の定義は、

社会のあるべき姿をどう思うか、という価値判断そのものなのである。貧困研究者の岩田

正美氏は、「貧困」と「格差」の違いを決定づける基準について貧困は「許容できないもの」

と定義づけている。つまり、「貧困」は格差が存在する中でも、社会の中のどのような人も、

それ以下であるべきではない生活水準、そのことを社会が許すべきではない、という基準

である。本論文では、貧困状態(=許容できない生活水準)で生活する“子どもたち”につい

て考える。その中で、子どもにとって「許容できない生活水準」とは何かという問題を念

頭に置きながら論じていきたい。なお、本論文での貧困は、相対的貧困を示すものである。

1-2 数値から見る子どもの貧困

日本では、実際どれほどの子が貧困であるのか。子ども貧困の現状について就学援助費

受給率と相対的貧困率という 2 つのデータを用いて「子どもの貧困の広がり」を示すこと

とする。

1-2-1 就学援助費受給率

子どもの貧困の広がりを知るためのデータの 1 つに、就学援助費の受給率がある。就学

援助費とは、低所得世帯の子どもの義務教育にかかる費用(給食費、学用品費、修学旅行費、

PTA 会費など)を国と自治体が支援する制度である。日本では、義務教育は無償であるが、

完全に学費がいらないわけではない。表 1-1 をみると、学校に通う最低限の経費(学校教育

費+給食費)でさえ、公立の小学校の場合年間約 10 万円、中学校では約 16 万円かかってく

る。のちに述べるが、貧困世帯の中で最も貧困の割合が高い母子世帯の平均収入は年間 181

万円であるのを考慮すると、学校に通う最低限の経費でさえ払うことが困難であることが

分かる。

1 世帯の可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いた所謂手取り収入)を世帯人数の平

方根で割り調整した所得

5

表 1-1 学校種別の年間学習費

出典:文部科学省「平成 26 年度(2014)子どもの学習費調査」より作成

就学援助費の話に戻すが、費用の援助を受けるには所得制限があり、1 人 1 人の申請を役

所がチェックしているので信頼性が高いデータである。所得制限は、各自治体が設定して

いるので多少の差はあるが、おおむね生活保護制度の生活保護基準額(夫婦+子 1 人の場合、

東京都区部等では月額 16 万 6810 万円、地方郡部等では 13 万 3120 円)の 1.1 倍から 1.3 倍

に設定されている。つまり、就学援助費を受給しているのは、貧困に近い所得の世帯に属

する子ども達といえる。そして、近年これを受ける割合が急激に増加している。1997 年で

は、公立小中学校に通う子ども達の 6.6%であった受給児童が、2013 年には 15.42%の子ど

もが利用している。

図 1-2 就学援助費の受給額の推移

注:公立小中学校の児童生徒総数に対する割合

出典:文部科学省「平成25年度就学援助実施状況等調査」

都道府県別にみると、この数値の差は大きく、最も低い静岡県の 5.6%にくらべ、大阪府で

は 28.1%と高数値を示している。公立小中学校に通う子どもたちの 6 人に 1 人の家庭が所

得制限以下と認知されていることは、子どもの貧困が一般的になっていることを表してい

単位:円

公  立 私  立 公  立 私  立 公  立 私  立 公  立 私  立

 学習費総額   222,264 498,008 321,708 1,535,789 481,841 1,338,623 409,979 995,295

 学校教育費+給食費 138,557 356,455 102,404 931,728 167,386 1,026,551 242,692 740,144

学校外活動費 83,707 141,553 219,304 604,061 314,455 312,072 167,287 255,151

区 分小 学 校 高等学校(全日制)幼 稚 園 中 学 校

6

る。

1-2-2 子どもの相対的貧困率

就学援助の受給率は、自治体ごとに所得制限が異なること、就学援助費を受給できる資格

があるにもかかわらず制度を知らないなどの理由が受けていない人がいることを考慮する

と、子どもの貧困の実態を知るには少し物足りない。そこで、前章で示した相対的貧困率

を用いることとする。

2012 年の厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、子どもの貧困率は 16.3%と約 6 人

に 1 人の子どもが貧困状態にあるという過去最悪の数値を更新した(図 1-3)。この図からわ

かるように、1985 年にはすでに 10 人に 1 人の子どもが貧困状態であったことが分かる。

図 1-3 平成 24 年度(2012)相対的貧困率と子どもの貧困率の推移

注:平成 6 年の数値は、兵庫県を除いたものである。

出典:厚生労働省「平成 24 年度(2012)国民生活基礎調査」より筆者作成

しかし、日本では長い間、相対的貧困率は公表されてこず、2009 年 10 月にようやく厚

生労働省が「平成 19 年国民生活基礎調査」が発表された。そして、その 3 年後である 2011

年に 1985 年~2009 年までの過去に遡る貧困率の推移が発表されている。なぜ、長い間貧困

率を算出してこなかったのか。その理由は、戦後目覚ましい復興を遂げ、高度経済成長期

を迎えた日本では、一億総中流社会という言葉から見て取れるように「貧困はなくなった」

と考えられてきたのである。確かに、生活保護を受ける世帯に育つ子どもや児童養護施設

で育つ子どもいるであろうが、そのような子どもはごく少数であり、日本の子どもの大多

数は貧困からほど遠く、また多少の差はあるものの、すべての子どもがそれなりの教育を

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うけ、意欲や能力とそれに伴う努力さえすればだれもが未来への可能性をもっていけると

信じられてきたのである。

また、この子どもの貧困率は国際的にみても高く、ユニセフによる先進 20 ヵ国の子ども

の貧困率を比較したものによると、日本の子どもは 4 番目に貧困率が高い国であるといえ

る。加えて、次章で詳しく説明をするが、日本のひとり親世帯に育つ子どもの貧困率は 58.7%

と突出しており、OECD 諸国の中で最悪である。これは、ひとり親世帯の大部分を占める

母子世帯の貧困率の高さが関係している。

2.「相対的貧困」の怖さ

本章では、 貧困家庭で育つことがなぜ問題なのかについて議論を深める。そのために、

2-1 では子どもの貧困の原因と考えられる養育世帯について取り上げる。2-2 では子どもの

貧困に対する国の認識の甘さから起こった現象について、2-3 では貧困家庭で育つというこ

とはどのような影響を受けるのかについて述べる。

2-1 母子世帯「就労 8 割、貧困 5 割」

子どもが貧困に陥ってしまう背景には、当然、その養育世帯の経済状況が密接に関わっ

ていると考えられる。そこでどのような養育世帯が貧困に陥りやすいのかという点につい

て考えるため、まずは養育世帯の貧困率を見ていくこととする

図 2-1 養育現役世帯の構成別貧困率推移

出典:平成 25 年度(2013)国民生活基礎調査

8

図 2-1 は、「子どもがいる現役世帯2」「大人が 1 人の世帯3」「大人が二人以上の世帯」の

貧困率の推移を表したグラフである。子どもがいる現役世帯 についてみると、15.1%の人

が貧困であり、その中でも、「大人が 1 人の世帯」は 54.6%であることから、ひとり親世帯

が特に貧困状態に陥りやすいことが分かる。

ひとり親世帯とは、つまり母子世帯と父子世帯のことを指す。日本のひとり親世帯を推

計する厚生労働省(2011)「全国母子世帯等調査」によると、2011 年の母子世帯数は 123.万

世帯であり、26 年前の 1985 年の 84.9 万世帯と比較すると約 45%の上昇となっている。父

子世帯では、17.3 万世帯から、22.3 万世帯と、母子世帯と同様上昇傾向にあるが、ひとり

親世帯のうち父子世帯は約 15%に過ぎず、その大半の 85%は母子世帯が占めていることが

分かる。

母子世帯(父子世帯)には、母親(父親)とその子どものみで暮らす場合(これを「独立母子世

帯」)と、母親(父親)の親と同居している場合(「同居母子世帯」)がある。独立父子世帯は 1985

年と比べて 2012 年は若干減少している一方で、独立母子世帯は 55.4 万世帯から 82.1 万世

帯と増加している。親族と同居するということは、住居費や生活費を軽減でき、また、母

親が仕事に行く間に子どもを見てくれる家族がいてくれるなどの利点があり、独立母子世

帯に比べ母親への負担は軽減されるかもしれない。つまり、親との同居は、特に、住居や

就職口の確保が困難である母子世帯になった初期や、子どもが幼少である時期には、1つ

のセーフティネットになるのではないだろうか。しかし、すべての母子世帯が親との同居

を選択できる状態にあるわけではなく、現状として独立母子世帯は増えており、また独立

母子世帯貧困率は 60%を越えているのである。

ひとり親世帯の貧困率の高数値、そしてそのうち母子世帯の割合が8割を超えているこ

とから、母子世帯に育つ子どもの生活水準が、ほかの子どもの生活水準に比べて低いこと

は容易に考えられる。ただ、母子世帯の生活水準が低いことは他の先進諸国でも同じであ

る。問題は、母親の就労率が非常に高いのにもかかわらず、経済状況が悪く、政府や子ど

もの父親からの援助も少ないという点である。

日本の母子世帯の就労率は、80.6%(2011 年度母子世帯等調査)であり、他国と比較すると

明らかに高い数値である。図表 2-5 は、OECD 諸国のひとり親世帯の就労状況による貧困

率を比較したものである。日本と同様、どの国もひとり親のうちほとんどが母子世帯であ

2「子どもの貧困率」は子どものみで算出するが、「子どもがいる現役世帯」の貧困率は、子どもがいる世

帯の大人を含めて算出。 「子どもの貧困率」とは、子ども全体に占める、等価可処分所得が貧困線に満たない子どもの割合「子ど

もがいる現役世帯」の貧困率とは、現役世帯に属する世帯員全体に占める、等価可処分所得が貧困線に満

たない世帯の世帯員の割合をいう。 3現役世帯のうち「大人が一人と 17 歳以下の子どものいる世帯」に属する世帯員の中で、貧困線に満たな

い当該世帯の世帯員の割合をいう。

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る。2012 年 1 月 27 日公表された(2008 年の数値)データでは、ひとり親世帯の貧困率は

「就労あり」が 54.6%、「就労なし」が 52.5%と働いている方が、貧困率が高い。

図 2-2 ひとり親世帯の就労状況による貧困率

出典:OECD,2011a,Doing Better for Families.

つまり、日本の母子世帯は働いても豊かになれない、どんなに頑張っても報われない「ワ

ーキング・プア」であることが分かる。このため、ケネディ駐日アメリカ合衆国大使(第

29 代)からは「日本は、仕事をすることが貧困率を下げることにならない唯一の国」と評

されている。では、なぜ働いても生活水準がこれほどまで低いのだろうか。その理由は大

きく分けて 2 つ考えられる。

1 つ目の理由としては、母子世帯の就労形態の非正規化が進んでいることである。同調査

によると、母子世帯の母親の総数に占める「正規の職員・従業員」(前回調査では「常用雇

用者」)の割合は 39.4%に減少し、それに代わって「パート・アルバイト等」(前回調査で

は「臨時・パート」)「派遣」「不就業」が増えている。2011 年には、今までになかった「会

社などの役員」という項目が増え、男女の平等化を垣間見ることができる一方、依然とし

て非正規雇用が正規雇用より高い。

また、ひとり親の 2010 年の年間収入4では、母子世帯の母自身の平均年間収入5は 223 万

円、母自身の平均年間就労収入は 181 万円、母子世帯の平均年間収入6(平均世帯人員 3.42

4 「平均収入」とは、生活保護法に基づく給付、児童扶養手当等の社会保障給付金、就労

収入、別れた配偶者からの養育費、親からの仕送り、家賃・地代などを加えた全ての収入

の額である。

10

人)は 291 万円となっている。父子世帯の父自身の平成 22 年の平均年間収入は 380 万円、

父自身の平均年間就労収入は 360 万円、父子世帯の平均年間収入(平均世帯人員 3.77 人)

は 455 万円となっている。同じ年の世帯所得の中央値は 427 万円であり貧困線は中央値の

半分と設定されるので、平成 22 年度の貧困線は 213.5 万円となる。母子世帯の平均世帯収

入はなんとか貧困線を上回っているが、同じ年(平成 22 年度)の子どもを持つ家庭の平均世

帯収入 697.3 万円と比較すると母子世帯はその 41.7%しか収入を得ていないことになる。

2 つ目の理由としては、養育費の問題である。ひとり親になった理由別構成割合における、

離婚の割合は 1983 年 49.1%であったのに対し、2010 年には 80.8%にのぼる。離婚の母子

世帯においては、子どもの父親からの仕送り(養育費)は非常に重要である。たとえ妻と別れ

たとしても、父親には子どもに対する扶養義務があり、その子の健全な発育に必要な経費

を負担する責任がある。しかし、日本における離婚ケースのうち養育費の取り決めを行っ

ている母子世帯は 37.7%であり、受け取り率はわずか 19.7%である。約 8 割の母子世帯に

とって、子どもの養育費は母親一人の負担となっているのが現状である。

2-2 貧困が与える「不利」

本節では、貧困家庭で育つ子どもはどのような影響を被るかについて考察する。金銭面

の不足は、単にモノが買えないことや、最低水準での生活を強いられるといったことのみ

が問題ではない。子どもの場合、お金がないことによる問題は、本来得ることのできる様々

な機会が「剝奪」されることである。本節では、様々な機会を剥奪された子どもが、結果

どのような「不利」を被るのかについて、データを用い示していく。

⑴貧困と「学力」

子どもが育つ世帯の所得は、子どもの学力に大きな影響を与えるという。近年、親の所

得と子どもの学力が比例の関係にあることが実証されている。2014 年 3 月 28 日に、文部

科学省が、「平成 25 年(2013)度全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)の追加調査と

して行われた「保護者に対する調査」の結果を発表した。これは家庭状況と児童生徒の学

力等の関係について分析するために,児童生徒の家庭における状況,保護者の教育に関す

る考え方等に関する調査である。調査結果によると、家庭所得と全国学力テストの正答率

の関係は、比例の関係にあることが見受けられる(図 2-3a 2-3b)。国語 A・B、算数 A・B 共

に、年収「200 万円未満」と「1500 万円以上」とでは、正答率に 20 ポイント前後の開き

があり、またこの傾向は、中 3 の結果でもさほど変わりはない。所得が高い家庭は、教育

費も高額であり、塾や通信教育など、校外学習の利用も学力に影響を与えていると考えら

れる。

5「自身の収入」とは、母子世帯の母自身又は父子世帯の父自身の収入である。 6「世帯の収入」とは、同居親族の収入を含めた世帯全員の収入である。

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図 2-3a 世帯収入(税込年収)と学力の関係 (小 6)

出典:平成 25 年度(2013)「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」

図 2-3b 世帯収入(税込年収)と学力の関係 (中 3)

出典:同上

また、同調査では、親の学歴と子どもの学力の関係も示されており、親の最終学歴が高

いほど子どもの学力が高い傾向にあることが示されている。しかも、小学校 6 年生と中学

校 3 年生を比較すると、その学力格差は拡大傾向にあり、特に母親の学歴が子どもの学力

により大きな影響を及ぼしていることが分かった。

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親の学歴と子どもの学力が比例の関係にある理由としては、学歴の高い親の方が、より

子どもへの教育に対し、より熱心であることが考えられる。そして、日本では子どもが下

校してから就寝までの間、父親よりも母親と接する時間が多いため、母親の学歴が、より

子どもの学力に影響を与えることが考えられる。

しかし、勘違いしていただきたくないのは、お金があったり、親の学歴が高いからとい

って子どもの成績が必ず良くなるわけではない。むしろ重要なのは、お金があり、親の学

歴が高い家庭の子どもは、そうでない家庭の子どもと比べて、生活環境にどのような違い

があるのかということである。このことについては、次節で詳しく論じるので、ここでは、

親の学歴や世帯収入によって子どもの学力に格差が生じていることを頭に留めておいてほ

しい。

⑵貧困と「健康」

子どもの健康状態と経済状況にも相関がみられることが明らかになっている。貧困の子

ども達は、そうでない子どもに比べて入院などが必要な重篤な病気になるリスクも高く、

ぜんそくや虫歯など健康問題を抱えている割合が高い(阿部 2013、駒村 2009、相田 2010)。

また、カナダの研究者によると、子どもの健康が社会経済階層によって影響され、貧困に

育つ子どもの健康度が非貧困の子どもに比べ低いこと、そしてこの健康格差が子どもの年

齢が上がるにつれて拡大することが明らかになっている(図○Case, Lubotsky et al.2002;

Currie and Stabile 2003)。また、同様にアメリカにおいても、子ども期における健康格差

の存在と、その拡大が確認されている(阿部 2008)。

図 2-4 カナダの子どもの健康格差

13

では、なぜ子どもの健康状態に格差が生じるのか。これは、2 つの説が考えられる。1 つ

目の説は、貧困世帯の子どもは病気やケガをしたとき、経済的理由から医療機関へ連れて

いくことが難しく、結果、病気やケガが重度となってしまうリスクが高まるというもので

ある。2008 年には厚生労働省が初めて厚労省が「無保険(健康保険証明書をもたない)の子

ども」の全国調査を行い、全国に 15 歳以下の無保険の子どもが全国 1 万 8302 世帯、3 万

2776 人に上ることも明らかとなった。つまり、貧困家庭は保険料を支払うことができず、

結果無保険となり、子どもが高熱を出しても、虫歯があってもぜんそくでも、保険証がな

く医療費が高額になり、医療を受けたくても受けられない状態なのである。

2 つ目は、貧困家庭の子どもは、その家庭環境から病気やケガをしやすいというものであ

る(劣悪な住環境、貧相な栄養、親の長時間労働によるケアの欠如など)。東京都内 23 区の

地域データから虫歯の離間率を調査したものによると、その調査結果は、公立小学校低学

年の子が虫歯にかかる率と、子ども1人当たりの課税額(ほぼ年収に比例)を比較したと

ころ、課税額が高い世帯ほど虫歯が低く、逆に課税額が低い=低所得の家庭ほど虫歯にか

かる率が高いことがわかった(図 2-5)。

図 2-5 貧困と虫歯の相関

14

ここで注目すべきは、都内 23 区では学齢の子どもは医療費がかからないということであ

る。つまり、貧困により「虫歯になっても歯医者にかかることができない」「虫歯予防を受

けることができない」という問題よりも、むしろ、親が共働き、またはひとり親世帯で「親

が忙しく子どもを歯医者に連れていけない」という家庭環境に由来するということである。

⑶貧困と「不登校・非行」

一見、貧困と不登校や非行は関連がなさそうに感じるが、相関がみられる。東京都板

橋区で行われた不登校に関する調査では、生活保護や就学援助を受ける世帯における中学

生の不登校発生率は、それらを受けていない中学生の 4.8 倍にのぼるという結果が出た(毎

日新聞 2009 年 1 月 30 日)。また、非行に関しても結果が出ている。2004 年の「矯正統計

年法」(法務省)によると全国の少年院における新収容者 5248 人の出身家庭の生活水準をみ

ると、富裕層が 2.8%、普通層が 69.8%、貧困層は 27.4%と、3 割近くの少年院生が「貧困

状態」に育ったという。少年院の家庭に占める貧困層の割合は、1985 年(31.5%)から、1995

年(20.6%)にかけて減少傾向にあったが、その後反転し、2004 年には 1985 年に近い割合ま

で増加している。また、1985 年から 2004 年の一般保護少年の家庭状況をみると、貧困の

割合は 8.1~14.5%であるのに対し、少年鑑別所に入っている少年の割合は 17.5~26.8%、

少年院では 21.6~31.9%と、少年がかかわった犯罪の度合いが重いほど、その少年が貧困

世帯出身である確率が高いのである。このことから、少なくとも非行の影に貧困という社

会問題が存在することが見受けられる。(岩田 2008)

これらの理由としては、低所得の親は、長時間労働に従事していることや、ひとり親であ

るために仕事と家事とのバランスの中で、子どもと向き合う十分な時間が取れないという

状況、あるいはそのような生活から受ける強いストレスに晒されながら子どもと接するこ

とにより、子どもが不安定になったり、怒りやすくなる、衝動的になるといった影響が表

れ、結果的に非行や不登校といった問題となって現れるのではないかと考える。

⑷低自己肯定感

貧困であることは、意欲や希望、自己肯定感にまでも影響を及ぼすという。これについ

ては、大阪市子どもの調査結果を参考にする。詳しくは、埋橋孝文・矢野裕俊「子どもの

貧困/不利/困難を考えるⅠ」(2015)を参照されたい。調査では、子どもに対しては、将来の

夢、友達との関係、食事(孤食と欠食)、学校生活(何が楽しみか)、自己肯定感などについて

訊き、また親に対しては、収入、就労状況、就学援助費などを訊くことで子どもの経済階

層と子どもの状況との関連を見ている。例えば、「将来の夢」を持つ割合に関して、貧困層

の子どもは、そうでない子どもに比べ将来の夢がないと答える割合が多いことが分かった

(図 2-6)。

15

図 2-6 将来の夢はありますか?

<小学 5 年生> <中学 2 年生>

出典:大阪子どもの調査

また、自分のことをどう思っているか(自己肯定感)に関しても家庭の経済状況と密接に関係

している(図 2-7)。それぞれの項目について「思わない」とした子どもの割合を

貧困/非貧困別にみると、どの項目にも大きな差がみられた。なかでも、「自分は価値のある

人間だと思う」については、小学 5 年生では 6%、中学 2 年生では 8%の差がみられた。

16

図 2-7 子どもの自己肯定感:「そう思わない」とした割合

a<小学 5 年生>

出典:同上

b<中学 3 年生>

出典:同上

このように、貧困家庭で育つことは、低学力、不健康、非行や不登校、さらには低自己肯

定感といった様々な「不利」を被るのである。

0 5 10 15 20 25

頑張れば、むくわれる

自分は価値のある人間だと思う

自分は家族に大事にされている

自分は友達に好かれている

不安に感じることはない

孤独をかんじることはない

自分の将来が楽しみだ

毎日の生活が楽しい

貧困 非貧困

(%)

0 5 10 15 20 25 30

頑張れば、むくわれる

自分は価値のある人間だと思う

自分は家族に大事にされている

自分は友達に好かれている

不安に感じることはない

孤独をかんじることはない

自分の将来が楽しみだ

毎日の生活が楽しい

貧困 非貧困

17

3.貧困の連鎖を断ち切るために

前章では、広がりを見せる貧困の現状と、貧困には子ども達の成長へ様々な影響を与え

ることについて示した。しかし、本当の問題は、貧困による悪影響は子ども時代だけにと

どまらず、大人になっても影響を及ぼし次世代へと連鎖すること、すなわち『貧困の連鎖』

が起こることである。そこで、3-1 では連鎖のメカニズムについて議論を深め、3-2 でどの

ようにすれば連鎖を断ち切ることができるのか考察する。

3-1 貧困の連鎖とそのメカニズム

貧困の連鎖は、どのように起こるのだろうか、連鎖のメカニズムについて考察する。前

章で、経済面の不足は、不健康、低学歴、不登校や非行、さらには低意欲という結果を引

き起こすことを示した。しかし、これらの「結果」は、子ども達の現在の生活のみに影響

されるわけではなく、子ども本人の将来にも悪影響を及ぼし、貧困の連鎖を引き起こす「リ

スク要因」となりうるのである。例えば、低所得世帯の子どもは、塾や家庭教師、補助的

な学習教材などの学校教育以外の教育の制限や、より直接的な経済的理由による高校選択

の制限や大学進学の断念せざるを得ない状況に追い込まれる。このように教育機会が限ら

れると、低学力、その先の低学歴へとつながることは前章で述べた通りである。そして、

この学力や学歴による格差が連鎖を起こすリスク要因として働くことで、将来の所得格差

へとつながり、大人になってからも再び貧困状態へ陥るという負の連鎖が起こるのである。

東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「高校生の進路追跡調査第1次

報告書」によると、親の収入と子どもの進学率には比例の関係がみられる(図 3-1)。

18

図 3-1 両親年収別の高校卒業後の進路

出典:東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター(2007)『高校生の進路追

跡調査 第1次報告書』より作成

年収 1000 万以上の世帯の子どもは、6 割以上が 4 年制大学へ進学し、専門学校、短期大

学、そして就職する子どもは少数である。それに対し、年収が低い世帯ほど、就職を選択

する率は高くなっている。高卒と大卒では、高卒の方が 4 年分多く働いているのにもかか

わらず、生涯賃金は 2 割低く (退職金を含まない)、また、非正規雇用者になる割合も低学

歴ほど高いことが指摘されている。

このような連鎖のメカニズムを、より理解し易くするために図式化したものが図 3-2 であ

る。

30.121.4

15.7

10.1

5.6

23.020.1

17.0 15.3

11.010.3

8.7 10.2 11.1

6.8

31.4

43.9

49.4

54.8

62.4

5.2 6.1 7.7 8.7

14.1

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0

400万円以下 400‐600万円 600‐800万円 800‐1000万円 1000万円超

就職など 専門学校 短期大学 4年制大学 受験浪人・未定

(進路・進学の割合)

(年収)

19

図 3-2 貧困の連鎖のメカニズム

出典:埋橋(2015)をもとに作成

貧困(紫の部分)により、経済面が不足(青の部分)することから、適切な教育や心身の発育

の機会を剥奪、また、親がもつ文化・社会面の不足も貧困を助長し、親からの教育や、大

人としての適切な考え方や価値観を得る機会も奪われていることがわかる。このような機

会の剥奪が、子どもの低学力、不健康、低意欲=「意欲格差」という結果を生みだし、こ

れらが貧困の連鎖を起こすリスク要因(緑の部分)となることで、将来に不利になるような選

択を行い(または、そのような選択肢しか残されていない)、再び貧困状態に陥るという負の

連鎖が続くのである。

また、連鎖の循環を図式化したことから、貧困の連鎖を断ち切るためにはどの部分に注

目すればよいのか明確になった。まず、連鎖をなくすには、単純に考えると連鎖を引き起

こす「リスク要因」をなくせばいいのである。そして、そのなくすためのアプローチ方法

は 2 つ考えられる。

1つ目は、リスク要因を引き起こさないよう「事前に軽減・防止する」という方法であ

る。これは、リスク要因を引き起こしている「さまざまな機会の剥奪」をなくすための支

援、つまり、子どもを取り巻く、環境や社会構造に対する取り組みが必要である。例えば、

経済的支援(現金給付、現物給付)があげられる。

2 つ目は、リスク要因を被った後、そのダメージから回復する力(高い自己肯定感)を身に

着けるという方法である。これについて説明を加える。例えば、同じ程度の貧困家庭で育

った子どもでも、再び貧困になる子どもと、貧困から抜け出せる子どもの 2 パターンが存

在する。その差に注目すると、後者の子どもは、貧困による「不利」や「困難」を乗り越

20

え、連鎖から脱却できる「困難に負けない力」を持っている、もしくは生きている過程で

身に付いたと考えられるのではないだろうか。そして、「困難に負けない力」として近年、

社会福祉の分野で注目されているのが「自己肯定感」である(埋橋・矢野 2015)。なぜか。

自己肯定感や自尊感情といった自己に対する評価が高いことは、さまざまな逆境におかれ

ても、それに屈せず、むしろ、それをバネとして貧困から抜け出す原動力となると考えら

れるからである。児童精神科医の古荘純一は、「自尊感情の高い子どもは、(中略)逆境に強

いことです。いじめに屈することも少なく、他人の目を気にしない、失敗に動じない、悪

い仲間の誘いを断り、「嫌だ」と拒否をすることができるといった報告がある」(古荘 2009)

と述べており、臨床的にも鬱、摂食障害、自傷行為、自殺、慢性疾患などが子どもの自己

肯定感の低さと関連があるとしている。また、マーク・W・フレイザーらは、その著書「子

どものリスクとレジリエンス――子どもの力を活かす援助」(2009)の中で自己肯定感が、貧

困リスクへの重要な防御促進要因としてとらえられている(フレイザー 2009)。

しかし、貧困層の子どもの自己肯定感が低いことは、多くの文献で指摘されている。ま

た、本節で用いる「大阪子どもの調査」でも、貧困層の子どもは、そうでない子どもに比

べて自己肯定感が低いことが分かっている。すなわち、自己肯定感は、貧困の連鎖のリス

ク要因に抗う重要な防御促進要因であるのにもかかわらず、その自己肯定感自信が様々な

貧困による不利(低学歴など)によって低下してしまうと考えられる。そこで、たとえ、貧困

状態であっても自己肯定感の低下を防ぐ(または向上させる)要因を探り、それらをいかに増

長するかが、子どもの貧困へのもう 1 つの対策となりうると考える。

では、自己肯定感の低下を防ぐ(または向上させる)要素は何であろうか。首都大学東京都

市教養学部 教授である阿部氏は、「子どもの自己肯定感を計量的に把握し、家庭の経済状

況と子どもの自己肯定感との関係を明らかにすること」と「貧困による自己肯定感の低下

を緩和する要素は何かを検討すること」の 2つを目的とした調査を行っている(埋橋 2005)。

調査の対象は、大阪市の公立校に通う小学 5 年生と中学 2 年生約 6000 名であり、子どもら

の自己肯定感の測定と、自己肯定感の低下を緩和する防御促進要因の探索を行っている。

この調査の結果によると、学力と自己肯定感、そしてスポーツや音楽、美術といった能力

と自己肯定感の間には強い相関がみられた。加えて、貧困世帯であるといった事実自体、

子どもの自己肯定感との相関が認められた。つまり、「学力と学力以外の能力をコントロー

ルできたとしても、貧困ステータスの影響が残り、貧困であることが学力低下や能力低下

を起こし、それが自己肯定感を下げるという経路以外にも、貧困であること自体が自己肯

定感を低下させている」のである。

また、良好な親子関係や、良好な教師との関係は、貧困による自己肯定感の低下を緩和

する要因となり、また、この防御促進効果は、貧困世帯の子どもにより大きく表れること

が分かった。これは、次節で紹介するが、昨今子どもの貧困対策として注目を浴びている

無償の学習支援や「居場所」づくりなど、子どもとスタッフの 1 対 1 の関係を築く取り組

みが子どもの自己肯定感低下を防ぐ効果が期待できることを示唆している。

21

3-2 連鎖を断ち切る処方箋

本節では、貧困の連鎖を断ち切る処方箋となりうる取り組みを整理し、課題点を見つけ

ることで 4 章のまとめへとつなげる。

子供の貧困対策として、「全ての子供たちが夢と希望を持って成長していける社会の実現

を目指し、子供の貧困対策を総合的に推進する」ことを目的とした「子どもの貧困対策法」

が 2013 年に作られ、その具体的な対策を定めた大綱が 2014 年 8 月に発表された。この大

綱に記述されている 4 つの柱を参考にしながら、支援の現状を見ていく。なお、「子どもの

貧困対策」の大綱は、教育支援、生活支援、保護者に対する就労支援、経済支援の 4 つの

柱から成り立っている。

⑴教育支援

まずは、教育支援の現状について述べる。これについては、民間が早い時期から対策を

講じており、近年貧困家庭の子どもの「学習支援」や「居場所づくり」を行う民間団体が

増加している。その中で先駆けといわれているのは、1987 年に東京都江戸川区ではじめら

れた「江戸川中 3 勉強会」である。この団体は、生活保護世帯のケースワーカーや福祉事

務所、区職員有志が始めたものである。毎年 5 月から 2 か所の集会所を会場とし、週に 1

回 2 時間の学習支援を行っている。この江戸川中 3 勉強会の注目すべき点 3 つある。1 点目

は、スタッフと子どもの関係を重視しているところにある。スタッフは、彼らの発言を否

定せず、まずは聞くということをマニュアルに明記しており、これにより生徒は、自己肯

定感を持つことができ、精神面から社会とのつながりを感じることが出るという。2 点目は、

援助者がボランティアであり事業化していないことから、早急な成果を求めないで子ども

主体で 1 人ひとりに合わせた援助が可能であるところである。そして、3 点目は、援助者が

専門性の高いケースワーカーであることから、専門的に子供の状況を把握し、家庭まで踏

み込んだ支援が実際には可能であるとことである。ケースワーカーは、貧困世帯に育つ子

どもの置かれている厳しい状況を誰よりもよく理解し、子どもに寄り添う人であり、子ど

もにとっては親以外の「大人モデル(=ロールモデル)」となるのである。この民間が行う子

どもへの支援は、単に教育への支援を行うだけではなく、子どもにとっての親以外の信頼

できる大人となることで、前節で挙げた貧困の連鎖の防御要因となる自己肯定感の向上に

つながるということである。このように、勉強だけでなく、信頼関係の構築や日常生活

にわたる支援が必要である。

⑵生活支援

生活への支援としては、2 つ例として挙げる。1 つは NPO が取り組んでいる「フードバ

ンク」が挙げられる。簡単に説明すると、食品関連企業や量販店、農家、個人などから賞

味期限内でまだ食べられるのに商品として流通できなくなった食品の寄贈を無償で受け、

22

食べ物に困る人や施設などに無償で配布するという、いわゆる「食料銀行」である。フー

ドバンクとして、日本で最初に活動を始めたのがセカンドハーベストジャパンであり、ス

ポンサーや協賛企業として同意書を結んだ企業・団体は食品企業だけでなく、IT 企業や金

融業界など、さまざまな企業を合わせて 691 にのぼる(例:味の素冷凍食品株式会社、アサ

ヒ飲料株式会社、パナソニック株式会社など)。この活動の注目すべき点は、育ち盛りの子

どもへ食料を受給できることだけではなく、企業側としても廃棄コスト・環境負荷の削減、

行政としても食品ロスの削減へ一役買っているところである。

2 つ目は、地方公共団体の取り組む「医療費の無料化」が挙げられる。実は子どもの医療

費助成制度は全国一律ではなく地方自治体によりバラバラであり、助成対象(年齢)、所得制

限の有無、自己負担額の割合といった面から全く違ったものとなっている(図 3-3)。

図 3-3 全国主要都市の子ども医療費助成一覧

出典:厚生労働省(2014)「乳幼児等に係る医療費の援助についての調査」

これは、都道府県が基準を決め、各市区町村が助成を上乗せすることで制度の差ができ、

財政に余裕がある自治体や、子育て世代を引きこもうと力を入れている自治体ほどその制

度は充実しているのである。例えば、全国の主要都市の中での手厚さは、東京の千代田区

23

がトップであり所得制限、自己負担額は無く、助成対象は高校卒業までと、助成してくれ

る期間がかなり長い。

また、この医療費助成を地方自治体が利用し、市の人口減少を抑制する動きもみられる。

北海道の南富良野町では、2011 年の 8 月から子どもの医療費助成の対象を大学・専門学生

まで広げ、22 歳になった年度末までは医療費を全額助成するという。進学のため親元を離

れた、町外に出た学生も対象としている。町は、全国的にも注目されている子育て支援を

推進することで、子育て世代の定住、移住を促す考えである(日本経済新聞 2011.3.9)

⑶親の就労支援

ひとり親の就労支援と、市が抱える問題である介護の働き手不足解消の一挙両得解決し

ようとする 地方公共団体の動きもある。浜田市(合併前の市町村も含む)の人口は、1960

年には 9 万人近くいたにもかかわらず、現在 5 万 7 千人へと減少し、さらに 3 人に 1 人が

65 歳以上と過疎高齢化が進んだことにより介護の人材確保が課題となっていた。そこで、

市は今回の移住促進策で、先進国の中で最も貧困率が高いひとり親家庭の支援と合わせて

課題解決をめざそうという考えである。対象は高校生以下の子がいる母子・父子家庭で、

市内の介護事業所と1年間の雇用契約を結べば、転居費などの一時金30万円が支給され

る。月給は最低15万円で、加えて市から養育費が月3万円。契約通り1年間働けば、さ

らに一時金100万円が出るという。また、住まいは市が月1万~3万円の公営住宅を確

保し、空きがなければ民間の賃貸住宅を紹介、2万円を上限に家賃の半額を補助する。車

がない人にはネッツトヨタ島根が中古のコンパクトカーを無償提供する。自動車税などの

諸費用は自己負担だが、車両整備費 20 万円は市が負担してくれるという(朝日新聞 2015 年

3 月 27 日)

このような市が抱える問題と、貧困世帯の親が抱える問題とを併せ持つ支援も考えるこ

とも、1 つの策ではないかと考える。

⑷経済支援

最後に、経済支援である。経済支援に関しては、あまりにも課題点が多くあり、子どもの

貧困対策としても一番のネックとなっている部分である。そこで、経済支援のみ、課題点

を中心に挙げることとする。実を言うと、子どもの貧困対策の大綱をみると、その予算は、

文部科学省より学校へのスクールソーシャルワーカー7の配置や地域の無料学習支援塾を設

置する事業などに 5150 億円、厚生労働省より児童相談所の相談態勢の強化や児童養護し越

の学習支援などに 3591 億円、内閣府より、支援情報を集約する事業などに 1 億 2 千万円(、

合計 8742 億 2 千万)と児童付与手当や給付型奨学金の拡充、医療費の窓口負担ゼロ、社会

保険料、税負担の軽減など必要な経済的支援は、財源をめぐる問題から予算が付かなかっ

7社会福祉などの資格をもつ福祉の専門家(心のケアを行うスクールカウンセラーとは異な

る)

24

た。また、予算だけでなく貧困率の改善に対する具体的な数値目標の導入も見送られた。

このように国の対策が不十分な中で、安倍政権は民間の資金を頼りにしようと昨年の 10 月

1 日に「子供の未来応援基金」を設置したが、寄付金総額は、11 月末時点で約 300 万円に

とどまっているという。加えて、軽減税率導入により財源を確保するため「子育て給付金8」

が廃止された一方で自民党の合同部会は昨年の 12 月 17 日、低所得の年金受給者に 3 万円

を支給することを決定している。

政府としては、子供は社会全体の財産であり、貧困を社会全体の問題と捉え、国民一人

ひとりが誰でも活動に参加できる事業の一つとして、まずは『基金』という象徴的な方法

を選んだと説明しているが、国がより具体的な政策(現金給付・現物給付など)を示して必要

な支援を拡充してからでなければ、民間の理解を得るのは難しいのではないかと考える。

ここまで、4 つの柱から支援の具体例を参考にみてきた。これらを考察すると、子供をも

つ世帯に対する経済面など、子供を取り巻く環境や社会構造に対する取り組みは、国や地

方公共団体が役割を担うべきである。しかし、行政の手が行き届かない支援がある。それ

は、サービスの面である。成長の支援や、学力の向上に向けた支援など、子ども自身にサ

ービスを提供する取り組みは、より子どもに寄り添い丁寧な支援を施すことができる民間

団体が補うべきではないだろうか。このように、官公民それぞれが役割を分担し、かつ連

携することで貧困への処方箋となるのではないかと考える。

しかし、<経済的支援>で述べたように、経済的支援はあまり手をつけられておらず、

サービスや個別支援にばかり関心が集まっているのではないかと考えざるを得ない。たし

かに、貧困から脱却するために「困難に負けない力=自己肯定感を育むこと」への必要性

については論じたが、貧困世帯の子供が貧困の連鎖を断って自立していくためには、うま

れてから成長するまでの間、経済的な面で安定した環境で生活することが必要不可欠であ

る。そして、子供自身に対する教育などの支援は、経済的な環境整備を前提に行われるも

のではないだろうか、と改めて問いたい。

4.夢と希望を誰もが持てる未来へ

前章では、貧困の連鎖のメカニズムとそれに対する処方箋について議論を深めた。しか

し、日本の現状としては、貧困をなくすための処方箋は完全ではなく、多くの課題点が明

らかとなった。そこで本章では、全ての子どもが生まれた環境に左右されず「夢と希望を

誰もが持てる未来」にするには何をすべきかを考える。

1 つ目は経済的支援とサービスの拡充である。経済的支援については、現金給付について

考える。現金給付は、「ばらまきである」「財源規模が大きすぎる」など批判の対象になり

やすい。なぜなら、現金給付は、そのお金を親がどのように使うかを限定できないためで

8 子育て世帯臨時特例給付金:2014 年 4 月に消費税 8%に伴い、所得が一定以下の子育て

世代に対する給付金で、1333 万人の子どもを対象に 2015 年は 1 人あたり 3000 円支給され

た。

25

ある。しかし、現金給付でしか解決できないものもある。それが、家庭における金銭的な

ストレス、つまり「生活苦」「家計の苦しさ」の緩和である。これは、子どもに対する現物

給付をしても緩和することができない。子どもにかかる費用が削減されることによって、

波及的に家計が楽になることもあろうが、そもそも、学費どころか、家賃や電気代も払え

ない状況であれば、まず、生活苦をなんとかしてくれ、となるだろう。

家計を補うために、母子世帯の母親が 2 つ、3 つの仕事を掛け持ちしているというような

家庭においては、現金給付によって、母親の夜の仕事を少なくすることができるかもしれ

ない。夕方以降に家族が一緒にいるというのは、子どもの成長にとって、何よりも重要で

あるのは自明のことだろう。政府が、「お母さん」サービスを給付することは不可能だから

である。24 時間の保育サービスを設備するのではなく、せめて、夜は母親が子どもと一緒

に過ごせるように現金給付をすることは、「家族を大切にする」家族との時間を大切にする

という観点からも賢明な選択肢なのではないだろうか。

サービスの拡大については、前章に示した学習支援や居場所づくりのさらなる拡大を求

めるとともに、子どもと接する大人たちへの教育もひつようである。というのも、学校の

教師や保育士など日常的に子どもと接する職に当たる人たちにおいても、「貧困」について

理解していない人が多い。特に相対的貧困は見えにくいことから、その存在に気づかない

ことも多いのである。しかし、子どもと接する最前線の大人であるからこそ、貧困の実態

と背景、それに対する支援などについて教えることで、貧困家庭で暮らす子どもをより、

見つけやすく、さらに支援へとつなぎやすくなるのではないだろうか。

2 つ目は、私達国民が「相対的貧困」に対し考え、理解を示すこと、つまり意識改革であ

る。というのも、私達日本人の心理の底には、やはり人と比べて貧困である状態は、それ

ほど大した問題ではなく、我慢することでなんとでもなると考えているのではないだろう

か。また、貧困が問題であると感じていても、親や子ども本人の責任であると考えている

のではないだろうか。そうだとするならば、日本人の根本的な意識改革をしなければ貧困

の根絶など到底できない。

現在、国は多くの課題点が残るものの、子どもの貧困対策への第一歩を踏み出したとい

える。しかし、国が第一歩を踏み出しても私たちが足踏みしたままでは、貧困根絶は成し

遂げられるわけがない。私たちは、「貧困=子どもにとっての許容できない生活水準とは何

かを改めて考え、今のままではいけないという危機感を抱いた時こそ、本当の意味で子ど

もの貧困がなくなるのではないだろうか。

おわりに

論文を執筆するにあたり、『子どもは親を選べない』という言葉を度々目にした。この言

葉は、単に生まれた環境によって子どもの将来が左右されてしまうことに対する懸念を表

しているのかもしれない。しかし、このように捉えることもできる。「子どもが貧困になる

のは親の責任であり、親が原因で子どもは貧困下での生活を強いられる。子どもは好きで

26

この家庭に生まれたわけではない。」と。果たして、貧困世帯の子どもは本当にこのように

考えているのだろうか。もしそうだとするならば、相対的貧困に置かれている 6 人に 1 人

の親は「悪い親」であり、先進国の中でも高い貧困率を誇る日本は、悪い親であふれてい

るのだろうか。そんな寂しい考え方でいいのだろうか。

私は、本論文を執筆することで、子どもの置かれている「不利」な状況の中で、子ども

に「普通」の生活をさせてあげるために必死になって働き、子どものために頑張る親を垣

間見ることができた。そして、もしこの論文を読んでくださる方がいれば、親のがんばり

にもかかわらず貧困から抜けだけない子どもがいる社会について「おかしい」とまずは感

じていただけたら幸いである。

最後に、本論文を執筆するにあたって指導教員である佐藤先生には本当にお世話になっ

た。先生は、私の論文を読むたびに、「この論文で何を伝えたいのか、なぜ今これを書くの

か」を訊ねてくださった。最初の頃は事実だけをただ述べるレポートだった論文も、今で

は伝えたいことが少しでも、伝わる論文となっていれば幸いである。

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12. 山野良一(2014)『子どもに貧困を押し付ける国・日本』光文社新書

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