慢性苔癖状枇糠疹 一滴状類乾癖および急性苔癖状痘...

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日皮会誌:97 (10), 1081^1087, 1987 (昭62) 慢性苔癖状枇糠疹 一滴状類乾癖および急性苔癖状痘塘状枇糠疹との異同, そしてその組織所見についてー 慢性苔癖状枇糠疹(滴状類乾癖)および急性苔癖状 痘唐状枇糠疹を臨床的,組織学的に比較検討し,以下 の知見を得た. 1.歴史的背景また種々の成書の記載より,滴状類乾 癖と慢性苔癖状枇糠疹は同一疾患(同義語)として差 し支えない. 2.慢性苔癖状枇糠疹(滴状類乾癖)と急性苔癖状痘 盾状枇糠疹との異同については,臨床的,組織学的な 両疾患の多岐にわたる類似性,またどちらかも決めか ねる中間的病態の存在より,同一線上の疾患とするの か妥当と考える. 3.滴状類乾癖という疾患名は局面状類乾癖との混 同を避けるため,また急性痘唐状枇糠疹との類似性を 強調するためにも慢性苔癖状枇糠疹とした方が適当と 考える. 4.慢性苔謝状枇糠疹の基本的組織像は表皮真皮境 界部の液状変性,真皮浅層の血管周囲性リンパ組織球 浸潤,角層における部分的不全角化であり,これにと きに表皮細胞の壊死性変化,角層内好中球の存在を伴 うものである.この所見は急性苔癖状痘唐状枇糠疹の 像に極めて類似してトだ. 東京慈恵会医科大学附属青戸病院皮膚科 Ichiro Mihara : Pityriasis Lichenoides Chronica -Is ita synonymous with parapsoriasis guttata? Is it a same entity from pityriasis lichenoides et varioriformis acuta? And what about its his- tological criteria?- Department of Dermatology, Aoto Hopital Jikei University School 0fMedicine 6-41-2 Aoto Katu- shika-ku Tokyo 125Japan Key words : pityriasisi lichenoides chronica, parap- soriasis guttata, pityriasis lichenoides et varior- iformis acuta, histopathology 昭和62年1月5日受付,昭和62年2月13日掲載決定 別刷請求先:(〒125)東京都葛飾区青戸6-41- 2 慈恵医大青戸病院皮膚科 三原一郎 慢性苔癖状枇糠疹(pityriasis lichenoides chronica, PLC)は歴史の古い疾患であるが,本邦では診断名と してこの名称が用いられることは比較的少なく,滴 状類乾癖(parapsoriasis guttata, PG)としての方が 一般的である.しかし,近年の欧米における類乾癖の 分類は,このPLC(PG)と急性苔癖状痘唐状枇糠疹 (pityriasis lichenoides et varioriformis acuta, PLEVA)とを苔癖状枇糠疹群として一括し,他の類乾 癖群とは明確に区別しようという考えが一般的になっ てきており1),滴状類乾癖という病名は使われない方 向にあるようである.一方,PLCとPGは異なる疾患 であるとする考えも一部にあり2),またPLCあるいは PGとPLEVAとの関連にしても同一線上の疾患とし てよいか,全く別個の疾患なのか未だ明確にされてい るとはいい難いようである3).更に, PLCおよび PLEVAの組織学的診断的基準も確立されていない. そこで著者はPLCおよびPGの歴史的背景を文献 的に探ると共に,最近当科で経験したPLC(PG), PLEVAを以下の点を目的とし臨床的,組織学的に検 討した. 1. PLCとPGの異同.両疾患名を同義とみなして よいか. 2. PLCとPLEVAとの異同.両疾患は同一線上の ものか. 3. PLCの組織学的診断基準の確立 対象および方法 過去1年間,慈恵医大青戸病院皮膚科で経験した PLC患者5名, PLEVA患者3名を対象とし,臨床的, 組織学的に検討した.症例は,数力月以上経過を観察 できたものとし,通院を継続できなかった例は,問い 合わせをして経過を聞き出した.診断に際しては,成 書の記載による臨床形態を重視した.すなわち, PLC は淡紅色~暗赤色で5mm位までの軽度に扁平隆起性 皮疹が躯幹~四肢に散在するものとし,PLEVAはさ らに壊死,潰瘍形成傾向の強いものとした.さらに,

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Page 1: 慢性苔癖状枇糠疹 一滴状類乾癖および急性苔癖状痘 …drmtl.org/data/097101081.pdf慢性苔癖状枇糠疹 図1 症例1,躯幹にみられた境界不明瞭な鱗屑を有

日皮会誌:97 (10), 1081^1087, 1987 (昭62)

      慢性苔癖状枇糠疹

一滴状類乾癖および急性苔癖状痘塘状枇糠疹との異同,

     そしてその組織所見についてー

三 原

          要  旨

 慢性苔癖状枇糠疹(滴状類乾癖)および急性苔癖状

痘唐状枇糠疹を臨床的,組織学的に比較検討し,以下

の知見を得た.

 1.歴史的背景また種々の成書の記載より,滴状類乾

癖と慢性苔癖状枇糠疹は同一疾患(同義語)として差

し支えない.

 2.慢性苔癖状枇糠疹(滴状類乾癖)と急性苔癖状痘

盾状枇糠疹との異同については,臨床的,組織学的な

両疾患の多岐にわたる類似性,またどちらかも決めか

ねる中間的病態の存在より,同一線上の疾患とするの

か妥当と考える.

 3.滴状類乾癖という疾患名は局面状類乾癖との混

同を避けるため,また急性痘唐状枇糠疹との類似性を

強調するためにも慢性苔癖状枇糠疹とした方が適当と

考える.

 4.慢性苔謝状枇糠疹の基本的組織像は表皮真皮境

界部の液状変性,真皮浅層の血管周囲性リンパ組織球

浸潤,角層における部分的不全角化であり,これにと

きに表皮細胞の壊死性変化,角層内好中球の存在を伴

うものである.この所見は急性苔癖状痘唐状枇糠疹の

像に極めて類似してトだ.

東京慈恵会医科大学附属青戸病院皮膚科

Ichiro Mihara : Pityriasis Lichenoides Chronica

 -Is ita synonymous with parapsoriasis guttata?

 Is it a same entity from pityriasis lichenoides et

 varioriformis acuta? And what about its his-

 tological criteria?-

Department of Dermatology, Aoto Hopital Jikei

 University School 0fMedicine 6-41-2 Aoto Katu-

 shika-ku Tokyo 125Japan

Key words : pityriasisi lichenoides chronica, parap-

 soriasis guttata, pityriasis lichenoides et varior-

 iformis acuta, histopathology

昭和62年1月5日受付,昭和62年2月13日掲載決定

別刷請求先:(〒125)東京都葛飾区青戸6-41- 2

 慈恵医大青戸病院皮膚科 三原一郎

一 郎

           緒  言

 慢性苔癖状枇糠疹(pityriasis lichenoides chronica,

PLC)は歴史の古い疾患であるが,本邦では診断名と

してこの名称が用いられることは比較的少なく,滴

状類乾癖(parapsoriasis guttata, PG)としての方が

一般的である.しかし,近年の欧米における類乾癖の

分類は,このPLC(PG)と急性苔癖状痘唐状枇糠疹

(pityriasis lichenoides et varioriformis acuta,

PLEVA)とを苔癖状枇糠疹群として一括し,他の類乾

癖群とは明確に区別しようという考えが一般的になっ

てきており1),滴状類乾癖という病名は使われない方

向にあるようである.一方,PLCとPGは異なる疾患

であるとする考えも一部にあり2),またPLCあるいは

PGとPLEVAとの関連にしても同一線上の疾患とし

てよいか,全く別個の疾患なのか未だ明確にされてい

るとはいい難いようである3).更に, PLCおよび

PLEVAの組織学的診断的基準も確立されていない.

 そこで著者はPLCおよびPGの歴史的背景を文献

的に探ると共に,最近当科で経験したPLC(PG),

PLEVAを以下の点を目的とし臨床的,組織学的に検

討した.

 1. PLCとPGの異同.両疾患名を同義とみなして

よいか.

 2. PLCとPLEVAとの異同.両疾患は同一線上の

ものか.

 3. PLCの組織学的診断基準の確立

         対象および方法

 過去1年間,慈恵医大青戸病院皮膚科で経験した

PLC患者5名, PLEVA患者3名を対象とし,臨床的,

組織学的に検討した.症例は,数力月以上経過を観察

できたものとし,通院を継続できなかった例は,問い

合わせをして経過を聞き出した.診断に際しては,成

書の記載による臨床形態を重視した.すなわち, PLC

は淡紅色~暗赤色で5mm位までの軽度に扁平隆起性

皮疹が躯幹~四肢に散在するものとし,PLEVAはさ

らに壊死,潰瘍形成傾向の強いものとした.さらに,

Page 2: 慢性苔癖状枇糠疹 一滴状類乾癖および急性苔癖状痘 …drmtl.org/data/097101081.pdf慢性苔癖状枇糠疹 図1 症例1,躯幹にみられた境界不明瞭な鱗屑を有

1082   三原 一郎

表1 症例のまとめ

症例 年齢 性 皮疹の分布 治癒例の罹病期間 治療および経過

45

24

13

 9

27

躯幹,四肢

躯幹,四肢

躯幹,四肢

全身

躯幹,四肢

皮疹継植

皮疹継続

1年,

8ヵ月

皮疹継続

ステロイド(ス)の全身投与でやや軽快,以後ス外用で2ヵ月間治療も,以後来院せず.現在,初発より6年以上経過し,皮疹はかなり軽快したが,依然皮疹の新生あり.

ス外用にて軽快せず.一時自然治癒したが再発,全経過6ヵ月の現在も皮疹継続する.

ス外用にて徐々に皮疹は軽快.全経過約1年で色素脱失斑を残して治癒.

ス外用にて軽度軽快も皮疹継続.全経過8ヵ月で治癒

ス外用にて軽度軽快.全経過的1年の現在も皮疹継続

PLEVA

15

9

58

躯幹,一部上肢

躯幹,四肢

躯幹,四肢

2ヵ月

4ヵ月

3年略治

ス内服,外用にて軽快傾向.全経過2ヵ月で色素斑を残して治癒.

ス外用も効果なく,全身に皮疹汎発する.その後軽快に向い全経過4ヵ月で治癒.

ス外用,内服無効. DDS投与にて軽快.現在,色素沈着斑を残して時雨状態. DDS継続,経過観察中.

表2 病理組織所見のまとめ

症例 細胞浸潤パターソ

リンパ・組織球以外の

炎症細胞の混在

液状変性

 表皮細胞 壊死変化(dyskerato tic cell)

表皮細胞間浮腫

表皮内細胞浸潤

赤血球血管外漏出

角層内の好中球

角層における不全角化

浅在性

浅在性

浅在性

浅在性

浅在十深在性

-

皺皺皺

-

新旧皮疹の混在,軽微な自覚症状,治療に対する抵抗

性なども診断の参考にした.

 組織標本は各症例より典型的と思われる皮疹を生検

し,HE染色標本で検討した.

          結  果

 1.臨床像

 症例を一括して表にして示した(表1). PLC例は9

歳から45歳まで,男2例,女3例であり,PLEVA例は

9歳から58歳まで3例で,3例とも男である.両疾患

とも若年者から中年齢層まで幅広く分布してみられ

た.自覚症状としての癈悍は全ての症例においてほと

んど訴えず,皮疹の分布においては,すべての症例が

躯幹および四肢に皮疹が多発していた.個疹はPLC

では鱗屑を有する軽度に扁平隆起性の淡紅色丘疹が典

型で(図1~図2),PLEVAでは暗赤色ないし紅色の

扁平隆起性丘疹ないしは局面で中央部の壊死傾向ある

いは潰瘍形成が特徴であり(図3),新旧皮疹の混在は

両疾患に共通してみられた所見であった.個疹の配列

に特徴はみられなかった.なおPLC例では一部の皮

疹は暗赤調を呈し,軽度の壊死傾向を伴ったものも

あった.

 2.治療および経過

 PLCの5例中治癒したのは2例で共に小児であり,

それぞれ8ヵ月および1年の経過で治癒し, PLEVA

と診断した3例中でも治癒した2例は共に小児でそれ

ぞれ2ヵ月,4ヵ月で治癒した.治癒例中色素脱失斑

を残したものはPLCに1例あり(症例3),色素沈着

斑を残した例はPLEVAに1例(症例6)あった.成

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慢性苔癖状枇糠疹

図1 症例1,躯幹にみられた境界不明瞭な鱗屑を有

 する扁平隆起性淡紅色丘疹

人例のPLC,PLEVAでは全ての症例が数力月から数

年の経過で皮疹が継続した.治療はなるべく病態の自

然経過をみるという意味で,基本的にはステロイドの

外用にとどめた.ステロイド外用で軽度軽快する例も

みられたが,これにより治癒したと思われた症例はな

かった.また症例1では短期間少量のステロイド全身

投与を行ったが殆ど効果はみられなかった.症例8で

は各種治療の後, DDS (diaphenylsulfon)を試み皮疹

の軽快をみた.

 3.組織学的所見

 各症例の種々の組織所見を一括して表に示す(表

2).PLCおよびPLEVAで共通してみられた所見は

表皮真皮境界部の液状変性,角層における部分的不全

角化,軽度かつ限局性の海綿状態,表皮内リンパ球浸

潤,そして真皮浅層ときに深層におよぶ血管周囲性リ

ンパ組織球浸潤であり,この浸潤細胞内には好酸球あ

るいは好中球などの混在はなかった.表皮細胞の壊死

性変化(dyskeratositc cell)はPLC中3例に, PLEVA

では全例に観察され,この所見はPLEVAで顕著で

あった.赤血球の血管外漏出はPLCで2例に,

PLEVAでは全例にみられた.角層内の好中球はPLC

で2例に,PLEVAでは全例に観察された.尚,血管炎

1083

図2 症例5,下肢にみられた暗赤色扁平隆起性丘疹

図3 症例6,躯幹に多発する壊死傾向の著明な皮疹.

 痴皮を被る潰瘍が散見される.

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1084

三原 一郎

図4 症例1,表皮真皮境界部における液状変性,表皮細胞間浮腫,リンパ球を主体

 とした表皮内細胞浸潤がみられ,角層は部分的な不全角化を示す.

図5 症例5,好中球を混ずる不全角化,表皮真皮境界部の液状変性,真皮浅層から

 深層におよぶリンパ・組織球浸潤がみられる.

の所見は全ての症例に認められなかった(図4~図

6).

          考  按

 1. PLCおよびPGの歴史的展開

 PLCの歴史は1894年Neisser4),Jadassohn5)により

それぞれ独立して報告されたPityriasis lichenoides"

に始まるようである.その数年後, 1899年にJulius-

berg6)はPityriasis lichenoidesのchronic variantに

対じPityriasis lichenoides chronica"という疾患名

を用いている.これとは別に1902年Brocqは原因が不

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慢性苔癖状枇糠疹

図6 症例6,部分的な不全角化,表皮細胞のびまん性壊死,表皮真皮境界部の液状

 変性がみられる.

表3 類乾癖の新しい分類(注:文献1より抜粋)

1085

新しい疾患概念 臨  床  症  状

苔孵状枇糠疹(pityriasis lichenoides)

  急性(同義語:PLEVA)

  慢性(同義語:PLC)

小局面型類乾柳(small plaque parapsoriasis)

  亜型ニdigitate dermatosis

大局面型類乾iS (large plaque parapsoriasis)

  悪型:retiform parapsoriasis

汎発する紅褐色の落雁性丘疹でしばしば壊死傾向,出血傾向を伴い,

新旧皮疹が混在する.

急性型に類似も程度は低く,多様性にも乏しい.ときに落雁著明

主に躯幹に生じる,浸潤を触れない淡青色から黄色調の斑で境界明瞭で規則性のある辺縁を有し通常径5センチ以内

上記病変のいくつかが裡状に配列する

軽度に浸潤を触れる淡紅青色の落雁性局面で,不規則な辺縁を有し主に殿部,四肢中枢側に生じる.通常径10センチ以上.しばしば萎

縮性.

汎発する紅色から褐きの光沢を有する落雁性扁平丘疹で編目状に配列し,通常萎縮が著明.

明で,慢性の経過をとり,治療に抵抗し,癈痛など症

状に乏しいという特徴を有する疾患群をparap-

soriasisという用語で一括し,この疾患群をen

guttes, en plaque, lichenodeの3型に分類した.こ

こでBroCq7)はparapsoriasisen guttesをそれ以前に

報告されていたpityriasis lichenoidesと同義とした

のである.

 その後, 1916年にMuCha8)は壊死性痘唐様皮疹を呈

する症例をacute pityriasis lichenoidesとして報告

し,さらに1925年にはHaberman9)はこの様な症例を

総括し, pityriasislichenoides et varioliformis acuta

と命名し, pityriasislichenoides chronica とは異なっ

た疾患概念として位置付けた.この新たな疾患概念へ

の提唱に対しては当初よりPLCのvariantに過ぎな

いとする意見と,これら2つの疾患は全く異なるもの

とする意見があり,現在は同一疾患とするのが支配的

ではあるが,この議論は未だ決着をみていないようで

ある.

 2.類乾癖の新しい分類と用語の混乱そしてPLC

とPGの異同について

 さてPLCとして提唱された疾患がBrocqにより

parapsoriasis en guttes と別の名称を付され, parap-

soriasis群に帰属されたのではあるが,その後parap-

soriasis en guttesは他のparapsoriasis群とは臨床

的,組織学的に明確に区別し得る疾患であるとの報告

が相次ぎ,今日ではPLC(PG)は他のparapsoriasis

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1086             三原 一郎

表4 PLCとPLEVAの臨床像の比較(注:文献3を参照し作成)

PLC PLEVA

発症年齢

皮疹の分布

個 疹

新旧皮疹の混在

色素脱失斑あるいは沈着斑

治療に対する反応

ステロイド療法

DDS療法

PUVA療法

経過

どの年齢層にもみられるが10~30歳台に多い

躯幹,四肢に好発

鱗屑を付着する3mm~5mm位の扁平隆起性丘疹一部の皮疹に壊死をみるのは希ではない

あ る

しばしば残す

各種治療が試みられているが決定的なものはない

ときに有効

有効例が多く報告されている

有 効

つぎつぎと皮疹を繰り返しながら極めて緩慢に経過するのが通例.

自然治癒は2年以内にみられることが多い

幅が広くみられるti\ 10~20歳台

に多い

躯幹,四肢に好発

壊死,潰瘍形成をきたし黒褐色痴皮をかぶる皮疹が特徴もPLCにみられるような皮疹も混在する

あ る

しばしば残す

同 左

しばしば有効

有効例が多い

有 効

短いもので数週,長いもので数ヵ月で治癒するも,数年にわたり皮

疹の発生をみる症例もある

群とは全く異なった疾患とするのが大勢である.この

様な観点より現在一般的になりつつある類乾癖群の分

類およびその臨床像は表に示すごとくである(表3).

 以上のごとくいわゆる「類乾癖」は整然と分類され

たかにみえるが,新しい疾患名と古い疾患名との解釈

には混乱がみられる.上述ごとくPGはPLCと同義と

解釈されることが一般的であり,ほとんどの成書にも

そのように記載されているのではあるが,一部の学

者2)10)は新しい分類における小局面型類乾癖に対し,

PGという疾患名を用いている.ここに今日のPGの

混乱があるようである.小局面型類乾癖はPLCとは

異なり比較的大型の斑状の皮疹を呈する疾患であり,

PLCとは臨床的に明確に区別し得る疾患である.歴史

的背景からみても滴状類乾癖という疾患名は慢性苔癖

状枇糠疹と同義と扱うのが妥当であろ気

 3. PLCとPLEVAの臨床的,組織学的比較そして

両疾患の異同について

 PLCおよびPLEVAの一般的な臨床像を表にして

比較してみた(表4).このような比較してみると,個

疹における壊死傾向(痘唐様皮疹),経過が主たる相違

点であり,その他例えば発症年齢層,皮疹の分布,個

疹の基本的性状,各種治療に対する反応など両者間に

かなりの類似点が指摘できる.自験例においても,発

症年齢,皮疹の分布,新旧皮疹の混在など個疹の基本

的性状には類似性が認められた.すなわちPLCと診

断した例は確かに皮疹は軽微であり,PLEVAの典型

例とはかなり異なる印象を受けたが,一部の皮疹には

壊死傾向を示すものもあり,PLEVAとの異同が問題

  表5 PLCおよびPLEVAの組織学的所見

PLC

 I)浅在性血管周囲性リンパ主体の細胞浸潤で好酸球,好

  中球を混在しない

 2)表皮真皮境界部における液状変性

 3)軽度の表皮細胞間浮腫(海綿状態)

 4)ときに好中球を混在する部分的不全角化

 5)ときに表皮内の壊死性角化細胞(dyskeratotic cell)

 6)赤血球の血管外遊出

PLEVA

 1)真皮浅層から深層に及ぶリンパ球主体の細胞浸潤

 2)表皮真皮境界部の液状変性

 3)表皮内の壊死性角化細胞.ときに表皮のびまん性壊死

 4)しばしば好中球を混ずる部分的不全角化

 5)表皮内および表皮細胞間浮腫

 6)赤血球の血管外遊出および表皮内リンパ球浸潤

となる症例もあった.

 また経過においてもPLEVAの方が,PLCに比し急

性で,軽快も早い傾向にはあったが,このような症例

は共に小児で,成人例ではかなり慢性の経過をとって

おり,一方, PLCにおいても小児例は1年以内には軽

快していることを考え合わせると両疾患間には予後,

経過にそれ程大きな違いはないといえよう.

 病理組織所見においては,PLCおよびPLEVAに共

通した所見がいくつか得られた.すなわちこの2疾患

の組織像は表皮真皮境界部における液状変性,軽度の

表皮細胞間浮腫,真皮浅層~深層の血管周囲性リンパ

組織球浸潤を基調とし,それにときに好中球に混ずる

種々の程度の不全角イヒ,表皮細胞の壊死性変化を伴う

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慢性苔癖状枇糠疹

ものである.両疾患の組織所見の差は,表皮細胞の壊

死傾向の多寡,細胞浸潤の深さにあり,これは両疾患

の根本的な違いではなく,程度の差と考えるべきもの

であった.例えば,症例5は臨床的にはほとんど壊死

傾向を伴わない軽度に鱗屑を有する淡紅色扁平丘疹を

主体とし,臨床像よりPLCとすることに問題がない

と思われた.しかし,組織像では図5に示すごとく細

胞浸潤は真皮深層におよび,液状変性も著明であり,

さらに好中球を混ずる不全角化など表皮細胞の壊死性

変化に乏しい点を除けばPLEVAの典型例と鑑別で

きない組織所見を呈した.もちろん,皮疹の採取時期

の問題,どの程度の皮疹を採取したかなどの問題も十

分考慮する必要があるが,このことは組織学的にも両

疾患には相互の移行が存在することを示していると思

われた.

 PLC,PLEVAの組織所見については,種々の成書

に記載かあるが,表皮細胞間浮腫,表皮内細胞浸潤,

真皮細胞浸潤,表皮細胞の壊死性変化などの断片的な

所見の記載に留まり,明確な診断的所見,両者の差異

については言及していない.とくに,今回の著者の検

討でこれら2疾患にもっとも特徴的な所見とした表皮

‐真皮境界部における液状変性についてはほとんど触

れていない.2疾患の特徴的な組織学的所見をリスト

アップして表5に示したが,これらの組織所見の組合

                        文

  1) Lambert we, Everett MA : The nosology of

   parapsoriasis,J Am Acad Dermatol,5 ■. S13

   -395, 1981.

  2) Ingram JT : Pityriasis lichenoides and parap-

   soriasis. Br J Dermatol, 65'. 293-299, 1953.

  3)高田善雄:滴状類乾癖群.現代皮膚科学体系,中山

   書店,東京, 1980, p96-121.

  4) Neisser A : Zur Frage der lichenoiden

   Eruptionen, Verh L:)tscJt Dermatol Ges,4:

   495-506, 1894.

  5) Jadassohn J : Ueber ein eigenartiges psor-

   iasiformes und lichenoides Exanthem. Verh

   Dtsch DemudolGes.4". 524-535, 1894.

  6) Juliusber F : Ueber die Pityriasis lichenoides

   chronica (psoriasiform lichenoides Exanthem),

   Arch DermatotSybh (Wien),50 : 359-374, 1899.

  7)Broch L : Les parapsoriasis, ノ1n Dermaか/

   Sybhilisr (Paris),3:433-468, 1902.

1087

せは,他の皮膚疾患にみられることの少ないパターン

で,極めて診断的であり, PLCおよびPLAVAは組織

のみでも十分診断可能な疾患ではないかと思われた.

 今回の検討で, PLCおよびPLEAVAには極めて類

似した組織所見が得られたわけであるが,両疾患を分

離した一独立疾患と主張している学者11)はPLEVA

における血管炎の所見を重視し,PLEVAでは血管の

変化が主体で,表皮の変化は2次的であり,これに対

し, PLCではその本質的病変は表皮にあるとし,この

ことからこの2疾患は本質的に発症病理の全く異なっ

た別個の疾患であるとしている.しかし,著者の経験

からまた自験例にもみられるように,PLEVAに血管

炎の所見をみることはむしろ希なことであり,また表

皮の壊死性変化は全く血管炎のないPLEVAにも,ま

たPLCでも認められることより,PLEVAにみられる

表皮の壊死性変化は血管炎による2次的なものではな

く,この疾患の本質的病理所見と考えられた.

 以上,臨床像における両疾患の多岐にわたる類似性,

中間的病態の存在,両者間の移行,また組織像におけ

る基本的所見の一致などより,PLCとPLEVAは同一

範時の疾患として苔癖状枇糠疹群として包含する近年

の分類は妥当と考えられた.

 稿を終えるに当り,御校閲を賜った新村貝人教授に深謝

致します.

  8) Mucha v : Uber einen der Parakeratosis var-

   iegata (Unna) bzw, Pityriasis lichenoides

   chronica (Neisser・Juliusberg) nahestehenden

   eigentumlichen Fall, Arch Dermaiol S沙h

   限

  9) Haebennann R ; Uber die akut vereaufende,

   nekrotisierende Unterart der Pityriasis li-

   chenoides (Pityriasis lichenoides et variolifor-

   mis acuta),Derwatoi Z,45". 42-48, 1925.

 10) Ackerman AB : Guttata Parapsoriasis, 召is-

   iolosic D砥部�s ofInflammatory Stein Diseases,

   Lea & Febiger, Philadelphia, 1978, pp236-237.

 11) Szmanski FT : Parapsoriasis and pityriasis

   lichenoides et varioliformis acuta, Z)iぴ附�

   Mtfioloey, \n Graham JH, Johnson we, Helwig

   EB, editors, Harper & Row Inc, Hagerstown,

   1972, p325-332.