新自由主義下のスポーツ政策 : 市場化と公共化の対...

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新自由主 --市場化と公共 (1) 新自由主義下のスポーツ政策 はじめに 多国籍企業支援の新自由主義的かつ大国主義的諸 小泉「構造改革」の下で進められている。これはスポー 分野でも例外ではない。国立競技場、スポーツ科学セン ターの運営、スポーツ振輿墓金、学校給食事業などを進め ている「日本体育・学校健康センター」も民営化の圧カを 受けて、現在戦々恐々である。政府の予算削減の一方で文 部科学省を「胴元」としてスポーツ振興投票(サッカーく じ)事業を採用し、ギャンブルの「寺銭」でスポーツ振興 を図るという。本稿では、公的責任を捨て民営化しようと する、あるいはサッカーくじのような新たな集金システム を導入した新自由主義的施策の実態とスポーツの権利・公 共性の具体化との対抗の実態を分析する。 尚、本稿は同様の趣旨に基づいて執筆された 月号の拙稿「イギリス福祉国家とスポーツ政策」 「資本主義社会とスポーツ」(『現代スポーツ評論』6、 年5月刊、創文企画)との姉妹編である。 スポーツの権利・公共性の確立 人類の進化とともに労働から派生し、競技化、プレイ化 したスポーツは、古代ギリシャ時代には競技会が成立して 発展した。それ以降、スポーツ大会は主に公の行事として 開催され、時代の支配者の特権(特別の権利)として占有 されてきた。こうして「スポーツの権利・公共性」は成立 した。一九世紀、イギリスのプルジョアジーは労働者のス

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新自由主義下のスポーツ政策

--市場化と公共化の対抗-

内  海  和

(1) 新自由主義下のスポーツ政策

はじめに

 多国籍企業支援の新自由主義的かつ大国主義的諸政策が、

小泉「構造改革」の下で進められている。これはスポーツ

分野でも例外ではない。国立競技場、スポーツ科学セン

ターの運営、スポーツ振輿墓金、学校給食事業などを進め

ている「日本体育・学校健康センター」も民営化の圧カを

受けて、現在戦々恐々である。政府の予算削減の一方で文

部科学省を「胴元」としてスポーツ振興投票(サッカーく

じ)事業を採用し、ギャンブルの「寺銭」でスポーツ振興

を図るという。本稿では、公的責任を捨て民営化しようと

する、あるいはサッカーくじのような新たな集金システム

を導入した新自由主義的施策の実態とスポーツの権利・公

共性の具体化との対抗の実態を分析する。

 尚、本稿は同様の趣旨に基づいて執筆された本誌本年2

月号の拙稿「イギリス福祉国家とスポーツ政策」と拙稿

「資本主義社会とスポーツ」(『現代スポーツ評論』6、本

年5月刊、創文企画)との姉妹編である。

スポーツの権利・公共性の確立

 人類の進化とともに労働から派生し、競技化、プレイ化

したスポーツは、古代ギリシャ時代には競技会が成立して

発展した。それ以降、スポーツ大会は主に公の行事として

開催され、時代の支配者の特権(特別の権利)として占有

されてきた。こうして「スポーツの権利・公共性」は成立

した。一九世紀、イギリスのプルジョアジーは労働者のス

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一橋論叢 第128巻第2号 平成14年(2002隼)8月号 (2)

ポーツヘの参入を拒否し、独占するために、資本主義確立

期のプルジョア個人主義を取り込んでアマチュアリズム、

そのルール化であるアマチュア規定をうち立てた。つまり

スポーツは個々人の趣昧であり、個々人の財政的負担で行

うものであるという現代に続くスポーツの私事化イデオロ

ギーを形成した。こうして、スポーツのプロ化(高度化)

と大衆化という二つの側面で、スポーツの占有を図り、そ

                      (1)

の二つの側面で労働者階級のスポーツ参加を排除した。

 しかし、一九六〇年代以降の高度経済成長の中で、ス

ポーツのプロ化、つまりスポーツの商品化は資本主義の必

然となり、高度化におけるアマチュアリズムを崩壊させた。

一方、世界の先進諸国は国民の健康問題や、労働のストレ

スからの回復、そして文化要求の向上として、国民全体へ

のスポーツの普及策つまりスポーツ・フォー・オール政策

を採用した。七六年の欧州審議会「ヨーロッパ、みんなの

スポーツ憲章」、七八年のユネスコ 「体育・スポーツ国際

憲章」でのスポーツを享受する権利Hスポーツ権の承認は、

理念としても、現実としてもスポーツの大衆化と高度化の

両面でこれまでの個人主義(私事化)を克服し、アマチュ

アリズムを廃棄した。スポーツ本来の「権利・公共性」を

全面的に復権させる社会の生産・分配水準に到達したこと

を示したものである。

 一」うして、スポーツはその普及によって一方で商品化を、

そして他方で公共性を高めることとなった。だが、資本主

義内での施策として、公共性の側面である「フォー・オー

ル」は予想した程には実現せず、その一方で八○年代に勢

力を伸ばしてきた新自由主義による市場化の中で、国民へ

のスポーツの普及はいっそうの格差拡大を生み、多くの課

      〔2)

題に直面している。

一一日本のスポーツ政策とスポーツ・フォー・オール

1.七二年保体審答申

 日本のスポーツ・フォi・オール政策の実質は、七二年

の保健体育審議会答申「体育・スポーツの普及振興に関す

る基本方策について」で始まった。(以下表-参照)これ

は七三年の「福祉元年」と関わり、六〇年代の公害・健康

破壊対策、劣悪な労働条件の修正、内需拡大として国民の

余暇、福祉の見直しの一環であった。スポーツ政策におけ

る福祉主義と捉えられる。既に六五年に新日本体育連盟の

創立宣言に盛られた「体育・スポーツが少数のひとの独占

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(3) 新自由主義下のスポーツ政策

物であった時代は過ぎました。それは万人の権利でなけれ

ぱなりません」という「スポiツ権」論は、七〇年代に

入って国民の教育権等の「新しい人権」の高揚を背景とし

ながら、あるいはそれと並行しながら七二年以降の七〇年

代に活発に議論され、既述の国際的な欧州審議会やユネス

            (3)

コのスポーツ権宣言に先行した。

 この答車は国民のスポーツ振輿として初めてのものであ

り、イギリス、ドイツ、フランスなどに学びながら人□規

模に応じたスポーツ施設の設置基準を提起した。これは少

なくとも国、自治体を含めて施設整備の大きな指針となっ

た。2

.八九、九七年答申

 しかし、七三、七八年のオイルショックによって、日本

企業は労働者の低賃金構造や下請けの切り捨て等の企業社

会的管理体制を強化していっそうの輸出構造を推進し、世

界市場を席巻した。これによって先の「福祉元年」を早々

に投げ捨て、公共分野では新自由主義的な都市経営論や日

本型福祉社会論によって、自立自助論、受益者負担論を採

用し、公共責任を放棄し始めた。その一環に、スポーツ行

政の基本的「理論」が八○年に政府と民問の共同組織であ

る総合研究開発機構(NIRA)から『社会サービスの産

(4)

業化』として出された。ここでは後述するように、スポー

ツは「純粋私的財」の近似値として、限りなく民営化に近

い施策として位置付けられ、その後地方行革でそれが全国

に押しつけられた。これ以降、目治体のスポーツ行政にお

ける有料化、ないし使用料値上げが促進された。これはス

ポーツの本質論に基づくものでなく、経済効率論からの押

しつけであった。

 八○年代の国民のスポーツ要求は厳しい経済状況の中で

も高揚した。図ーは家計に占めるスポーツヘの支出である

が、「スポーツ用晶」が大きな割合を占め、次第に「入場

料金」や「月謝」の割合が増している。八○年の約三万五

千円から九〇年の約六万円に伸びている。そして八O年代

は国民、地域住民のスポーツ参加数も確実に増加した。

 しかし、スポーツの主要所管庁である文部省のスポーツ

政策は、七二年答申の路線追求が七〇年代後半には事実上

放棄され、さらに八O年代の中曽根行革の中で、毎年の細

目的内容は実施されてはいたが、グランドデザインを創出

することは出来ず、政策的空白が八○年代を覆った。

 一方、八六年のアジア大会(ソウル)、八八年のオリン

97

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一橋論叢 第128巻第2号 平成14年(2002年)8月号 (4)

図1 家計に占めるスポーツ支出

 80000 70000 60000額重50000位 40000円/30000年〕 20㎜ 10000

ロスポーツ月□■スポーツ入4圃スポーツ用品

且 ≡ j

≡ 冨=一

j≡

≡≡≡

≡≡≡

≡≡

{≡≡≡

圭‡

≡≡

≡≡

ピック(ソウル)において、日本は中国に次いで韓国にも

抜かれた。この「ソウルショック」は軍事的・思想的に大

国化を目指していた中曽根首相をはじめとする政財界の焦

りを買い、それ以降スポーツの高度化がナショナリズム高

揚とも結合して喧伝された。八八年には文部省の機構再編

で「競技スポーツ課」も誕生してこの分野の強化をねらっ

た。その施策を打ち出すべく、そして八八年の首相の私的

懇談会の答申「スポーツの振興に関する報告」に盛られた

「スポーツ振興基金」の創設などへの権威付けを意図して、

保体審八九年答申〕二世紀に向けたスポーツ振興方策に

ついて」が出された。この答申は、このように基本的には

競技スポーツ向上のための初めての保体審答申であるが、

文部省の競技スポーツ振興の補助金は、後の図2に見るよ

うに、この段階でも増加されず、企業からの献金に依存さ

せるものであった。

 九一年から始まった「スポーツ振興基金」は当初、政府

と企業からの基金それぞれ二五〇億円(合計五〇〇億円)

を集め、その果実で補助する計画であったが、二〇〇一年

現在でも企業献金は五六社、四四億円に過ぎず、毎年の補

助金は約八O億円である。それでも文部省の競技スポーツ

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(5) 新自由主義下のスポーツ政策

振興費の三〇億円に比べれぱ倍以上である。でも諸外国と

比較すれぱ絶対的に不足である。

 だか、この過程で、「スポーツ振興基金(仮称)につい

て」(一九九〇年)では、「競技スポーツは、生涯スポーツ

と有機的な関連にあり、国や国民の全面的な支持の下に推

進されるべき性格を有する」「これらの事業が公共的、国

民的な課題に対する取り組みである」と、競技スポーツヘ

の国の援助の理由として「公共性」論を持ち出したことも、

                       (5)

政府文書としては初めてであり、新たな段階を意味した。

 とはいえ九〇年代のスポーツ政策もまた大きな進展がな

く、この間にバプル経済の崩壊と引き続く不況、そして消

費税率の五%へのアップによる国民の消費能カの一気の冷

え込み、そして大企業のいっそうの多国籍企業化による国

内産業の空洞化(失業の増大)、諸規制緩和が進められた。

消費の落ち込みはスポーツをも直撃した。図ーのようにバ

プル経済崩壊後の家計のスポーツ支出も「スポーツ用品」

を中心に落ち込み、九八年は九三年より一万円減である。

国民、地域住民のスポーツ参加の減少により、民間のス

ポーツ産業も倒産が相次ぎ、六〇年代の高度経済成長以降

の企業社会体制の中で、「宣伝・社内統合」として発足し、

日本の競技スポーツを支えてきた多くの企業スポーツチー

            (6)

ムも廃部・休部に追い込まれた。企業再編の中で、それら

の「宣伝・社内統合」がもはや「効率的でなくなった」か

らである。

 八九年答申以降の九〇年代の生涯スポーツと競技スポー

ツの振興政策は大きな進展もなく、国民のスポーツ支出と

参加数は落ち込み、そして国全体のスポーツ施設は公共増

もなく、一方で民問施設が三万も減少するという厳しさを

迎えた。(後述)

 こうした中、九六年の中央教育審議会答申辺りから新自

由主義的教育政策、例えば公立学校の民営化の一環として

のスリム化が声高に提唱され始めた。その第一の標的にさ

れたのが部活動であった。受け皿もないのに地域に委譲せ

よと、まことしやかに主張され始めた。また、九五年から

は総合型地域スポーツクラブ作りも提唱されており、既に

この頃からクラブには会費が必須であり、全て畠治体が面

倒を見るのは良くないという、「自立化”有料化」「公共援

助H悪」論が、少しずつ灘したてられ始めていた。

 九七年の保体審答申は政策的には前回の八九年答申に対

して大きな変化はない。それというのも、これまでの答申

ω

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一橋論叢 黄言128差…… 責;2号 平成14年(2002年)8月号 (6)

に盛られた政策が実現されていないために、ここでも提起

しなければならなかったからである。そればかりではなく、

この答申の前文には、「財政的な保障をすること」との但

し書きが付くほど、答申が無視され続けてきたことへの審

議会の「怒り」と再度無視される事への懸念の表現までつ

、一一一。

し十^

3.スポーツ振興基本計画

 九八年には「スポーツ振興投票の実施に関する法律」

(サッカーくじ)が多くの反対を押し切って成立し、その

収益金の配分を睨んだ「スポーツ振興基本計画」確立の基

礎としての保体審答申「スポーツ振興基本計画の在り方に

ついて  豊かなスポーツ環境を目指して  」が二〇〇

〇年八月に提出され、これをほぼ踏襲して、「スポーツ振

興基本計画」(二〇〇〇年九月)が出された。

 そもそもスポーツ振興基本計画は一九六一年のスポーツ

振興法でその策定が決定されていたものだが、政府はこの

間その責務をないがしろにしてきた。やっと出来た振興基

本計画にも関わらず、スポーツ振興の世界的到達点である

スポーツ権の明記や国家的な財政援助もなく、サッカーく

じの寺銭頼みという、政策論として理念と方策がおよそ貧

困なものと言わざるをえない。

 具体的な政策では、二〇一〇年までに週一回のスポーツ

参加者を現在の三五%から五〇%に引き上げ、生涯スポー

ツではこの間進めてきた総合型地域スポーツクラブ育成に

ほぼ一本化し、各自治体に最低一つ設置する、そして

NPO化して行政から切り離すという行政のスリム化の一

環として計画されている。また、施設の絶対的な不足の中

で、施設建設についてはPFIの導入程度以上には実質的

に触れず、企業依存も目処が立たない中で、クラブ運営を

無理矢理に有料化しようとしている。「これまでの行政主

導だと、住民が行政依存になる」という論理を行政自らが

持ち出して、「目立」という行政からの放逐を画している。

総合型はドイツのクラブ組織の一部に真似たものであるが、

九〇%が単一種目クラプの日本に、しかもそれらさえ施設

不足によって運営の不安定な中で、こうした総合型が上か

ら強引に組織されている。それは新たな地域統合策である。

しかも土日の学校から部活動を放逐してそこを使わせ、あ

るいは公共施設を使用している既存クラブを総合型のため

に追い出している。

 一方、競技スポーツ振興では九六年のオリンピックのメ

100

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(7) 新自由主義下のスポーツ政策

表1 保健体育蕃議会答申の概要

年 度 保体審答申名 方策の重点 答中の特徴

1972 体育・スポーツの普及振 生涯スポーツヘの方策。 日本全体の余暇重視政策(昭和47) 輿に関する基本方策にっ 人口比での施設設置基準 の一環。スポーツの権利

いて の提示 高揚を背景とした初のス

ポーツ・フオー・オール政策。

1989 21世紀に向けたスポーツ 競技スポーツ策が前面 72年答申の福祉主義を放(平成元) の振興方策について に。72年の施設設置基準 棄し、新自由主義政策へ

を破棄。 転換。「ソウルショック」

後の競技スポーツの強調。バブル絶頂期にあり

企業献金へ依存。

1997 生涯にわたる心身の健康 健康とスポーツの合同答 答申前文に「予算措置を

(平成9) の保持増進のための今後 申。部活動も検討。施策 執れ」と明記。企業スの健康に関する教育及び は生涯スポーツと競技ス ポーツ、プロスポーツを

スポーツの振興の在り方 ポーツだが、前回と大差 取り込む。

について なし。

2000 スポーツ振輿基本計画の 総合型地域スポーツクラ 新自由主義によるスポー(平成12) 在り方について ブ設置を地域スポーツの ッ振興事業の市場化、放

軸に。施設は部活動を土 任、財源はサッカーくじ

日に止めさせ、そこを使 頼み。総合型地域スポー

わせる。競技スポーツで ックラプの上からの編はメダル目標値を提起し 成。

た。

2000 スポーツ振輿基本計画(平成12)

現在

問題は

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概観し

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新自

上 福祉主義か

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で引き

上げる

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獲得数が

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低下し

101

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一橋論叢 第128巻第2号 平成14年(2002年)8月号 (8)

表2 福祉主義から新自由主義へ

72年答申 スポーツ振興基本計画

理 念 スポーツ・フオー・オール公共責任の強調 スポーツ組織の自立化という自冶体の減量化

公共スポーツ施設

基本方策の最重点対人口比の設置基準 公共でなく民間資金(PFI)施設建設の展望無し公共施設の民営化

スポーツ活動競技力向」二 自主的スポーツクラブの育成 総合型地域スポーツクラブの強調。有料化・会費化の強調

財 源 国・自治体の財源サッカーくじ、会費、企業献金PFl

ポーツ政策と新自由主義の一つの「到達点」である二〇〇

〇年の「スポーツ振興基本計画」とを対比して、表2に示

す。その対立点は極めて対照的であり、後者からスポー

ツ・フォー・オールの実現は望めない。

一二 新自由主義とは何か

 ここで新自由主義とは何かを概観しておこう。それは、

自由(競争)、市場化、効率、個人主義、平等否定を基本

理念とする政治経済的概念であり、多国籍企業化に伴いそ

の御用理論として機能してきた。国家的な保護を拡大する

福祉国家は、国民の平均賃金を上昇させる。それは資本の

自由(市場化)、競争の障害であり、国民の平等に多額の

金をつぎ込むのは非効率であり、その平等が国民の怠惰を

助長するとして、ま・さに多国籍企業の世界進出にとっての

障害物は打倒の対象とする。従って、これまでの福祉を崩

し、民営化し、大企業・多国籍企業による市場化とそのた

めの障害は全て規制緩和して除去する。近年の大型店舗規

制法や中小企業保護諸施策を規制緩和という名で撤廃し、

福祉や医療の国民保護策も規制緩和して、民営化や国民負

担の拡大を推進している。

 イギリスのサッチャリズム、アメリカのレーガノミック

ス、そして中曽根行革以後の、特に九六年以降の橋本六大

改革から小泉「構造改革」に連なる政策は、それぞれの国

と特殊性を持ちながらも、新自由主義的施策で貫かれてい

201

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(9) 新自由圭義下のスポーツ政策

る。しかしイギリス、アメリカでは九〇年代の中盤以降、

それぞれ若干の修正が加えられてきたが、日本の場合は相

                (8)

変わらず新目由主義の暴走が続いている。

 目治体では、これまでの業務の民営化、あるいは受益者

負担による住民負担の増大、それらが出来ない場合には減

量経営などによりサービス業務の縮小も迫られた。

四 スポーツ関連予算

1.文部省のスポーツ予算の推移

 図2は文部省のスポーツ振興予算(学校教育費は含まな

い)である。先のスポーツ政策の歴史展開を予算面から見

たものである。八○年代は国民、地域住民のスポーツ要求

が増大したが、これで見ると、八二年の約三〇〇億円(図

2の三項目の合計)を頂点に、八○年代は深刻な低下を来

たした。八○年代後半はバプル経済となり漸増し、九三年

にやっと八三年水準を回復したが、それ以降は漸減である。

物価上昇、インフレなどによる貨幣価値を考慮すれば、九

〇年代も実質的に減少である。その予算の大半は「施設整

備」であるが、「生涯スポーツ普及振興」や「競技スポー

ツの充実」の予算は一貫して三〇億円前後で推移し、増え

図2文部省スポーツ関連予算

一’一施股邊o十生垂スポーツ■里垣與一■■固抗スポーツΦ充竈

1914    19-0    1918 1000    198!    1904    1000 1900    1990 1992    1994    1990    190壇

{百万円〕

00.OOO

里5.㎜

20000

15.000

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301

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一橋論叢 第128巻 第2号 平成14年(2002年)8月号 (1O)

ていない。

2.自治体のスポーツ予算の推移と施策

 一方、図3は全国市町村の社会体育予算である。七二年

当時総額五〇〇億円程度であったが、八○年代にも落ち込

まず九〇年には五五〇〇億円となり、国と比べれぱ地域住

民のスポーツ要求に応えようとした。九〇年代の不況の中

でも、その伸びの傾向は多少鈍っても、一貫して上昇し九

六年には七六〇〇億円となった。これは、政府による国と

地方自治体の役割分担による自治体への押しつけもあるが、

一方、地域住民のスポーツ要求に直結する自治体であるが

ゆえに、それに対応せんとした結果である。だが、内容的

にはバ一ブル経済崩壊以降、「資本的支出」(土地や施設)が

減少している。また、「債務償還費」が確実に伸びており、

目治省等への多額の借金をしながら独目事業としてスポー

ツ施設を建設していることが分かる。「公共事業五〇兆円、

社会事業二〇兆円」構造のうち、スポーツ施設は後者に入

るが、その場合でも自治体は多大な負担が強いられている。

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{百万円〕

900.000

800.OO0

100.000

600.OO0

500.OO0

400.000

300.OO0

200,OO0

100,OO0

   0

出奥.「地方;

104

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(11) 新自由主義下のスポーツ政策

五 スポーツ施設数に見る新自由主義的政策

 スポーツ振興の基盤ないし前提は施設整備である。ヨー

ロッパ諸国のスポーツ・フォー・オール政策は先ず身近に

スポーツ施設を建設することから始まった。これは福祉国

家の第二段階を支えた高度経済成長が国民の福祉を軸に成

長したからである。スポーツ振興施策には他に「行事・事

業開催」「クラブ・指導者養成」「青報提示」等があるが、

ここでは施設問題に絞って述べてみたい。

 日本のスポーツ施設総数の推移は図4に示される。施設

は文部省ばかりでなく、建設省、厚生省、労働省等の補助

金で立てられた施設もあり、それら全てを含んでいる。六

九年の約一五万から八五年の約三〇万までは一貫して増加

した。その間、「学校体育施設」「公共スポーツ施設」「民

間営利スポーツ施設」「民問非営利スポーツ施設」そして

「職場スポーツ施設」の全てが順調に伸びた。しかし八五

年段階でも、七二年の保健体育審議会答申の設けた対人口

比設置基準の約五〇%程度であった。つまり八五年の時点

でも圧倒的な施設不足であった。そして、九六年の数値は

意味深長である。(九〇年は企業データが十分に集まらな

図4体育・スポーツ施設設置数

■民間非営利スポーツ施設口職場スポーツロ民間営利スポーツ施設■公共スポーツ施設固学校体育施設

500.OO0

450.OO0

400,OO0

350,O00

300.O00

O  O

o  o

o  o

O  0

25 20

施設数

150,OO0

100,OO0

50.OOO

2000199百1990         1969      1975      1980      1985

出典’文部省「我が国の体育・スポーツ施設」1993.98年より作成.

〃OOO年は『スポーツビジョン21』遍産省、1990年の予測値.

‡1996年の「民間施設」は営利施睡と非営利施殴を含む.

501

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一橋論叢 第128巻 第2号 平成14年(2002年)8月号 (12)

いとして、公表されなかった。)八五年と九六年の比較で

見ると、「学校体育施設」と「公共スポーツ施設」の広義

の公共施設はほほ増減無しであるが、民問施設は営利、非

営利、職場を含め、総計で約三万も減少した。これは不況、

リストラの直撃である。こうして、日本のスポーツ施設総

数が九〇年代は増加どころか減少し、学校、地域の公共施

設の比重が増した。そういう中にあっても、文部省のス

ポーツ施設政策は「整備する」程度にしか述べず、主要に

は学校開放と既存の施設内でのクラプ再編計画にのみ集中

してきた。

 こうして、スポーツ振興における最も基本的な矛盾であ

るスポーツ施設の絶対的不足となっている。二〇〇〇年段

階でも、国民が「公共スポーツ施設に望むこと」の最も強

いものは、「身近に利用できるよう、施設数の増加」か三

               (g〕

○.五%で最も強い要求となっており、活動中のスポーツ

クラプのスポーツ行政当局への要望においても「スポーツ

施設確保・整備促進」が四二・七%で二位以下をダントツ

      (10)

で引き離しており、施設不足は深刻である。

 尚、図4の二〇〇〇年の数値は九〇年に通産省のスポー

          (u)

ツ産業研究会が出した予測であるか、「民問営利スポーツ

施設」の数値が圧倒的に大きい。こうして、民間施設建設

に大きな補助金、あるいは多様な優遇措置を与えながら描

こうとした市場化、民営化路線は、九六年の実数が示すと

おり、完全に叩きのめされた。

六 スポーツ施設の公共率

 図4におけるスポーツ施設総数に占める公共率(公共ス

ポーツ施設と学校体育施設の割合。この逆の数値は民営率

である)をそれぞれの年度で見ると、六九年(九五・五

%)、七五年(九二・四%)、八O年(九一・六%)、八五

年(八五%)と漸減した。つまり民問施設の割合が次第に

増えた。その延長上で二〇〇〇年の予測では六一・一%ま

で低下することになっていた。しかし、九〇年代の不況で

九六年は九二・六%であり、七五年以前の水準に戻り、公

共施設の割合、役割がいっそう増した。次いで、この点を

種目別施設の公共率で見てみよう。

1.種目別施設の公共率の推移

 図511壬4は種目別施設の公共率の推移を見たもので

ある。(尚、グラフは民営率として示してあるが、ここで

は逆転して公共率として見て欲しい。)九六年度調査の時

106

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(13) 新自由主義下のスポーツ政策

点で、五〇%以上、四九壬二〇%、 一九{一〇%、そして

九%以下の四グループに分類した。(また、九〇年度調査

は民間施設を掲載していないので省略した。そして六九年、

七五年、八○年、そして八五年調査は民問施設も「非営

利」と「営利」のそれぞれがあったが、九六年調査が「民

間」だけの範曙なので、それらは合算して「民問」で一括

した。)

 ①公共率五〇%以下(民営率五〇%以上)一ここに入る

のはボーリング、ゴルフ、空手道場、アイススケート(屋

内)、そして馬場である(図511)。これらは過去約三〇

年問いずれも率が低く(逆に民営率が高く)、また、いず

れも個人種目に多い。九六年調査から新たに加わった種目

としてスカッシュ、スカイスポーツ、テニスコート(屋

内)、ダンス場である。

 ②公共率五一{八○%一ここにはローラースケート場

(屋内)、射撃場、スキー場、ボクシング場、そしてトレー

ニング場、水泳プール(屋内)が入る(図5-2)。

 ③公共率八一{九〇%一これはグラフでは下の方に位置

し、キャンプ場、ローラースケート場(屋外)、山の家、

アイススケート場(屋外)、ゲートボール場、そしてオリ

エンテーリング場が入る(図5-3)。

 ④公共率九〇%以上一ここには大きく二つの範曉がある

(図5-4)。一つは九六年度調査で九〇%以上であるが過

去に大きく変動した種目施設である。アーチェリー場、冒

険遊具(例えばフィールドアスレチックス等)、海の家・

海水浴場やサイクリングロード、剣道場とテニスコート

(屋外)等である。もう一つの範曙は、大きな土地や施設

を比較的少人数で使用する種目、グループ種目、つまり陸

上競技、野球場、球技場、運動広場、体育館、バレーボー

ル場(屋外)、バスケットボール場(屋外)、水泳プール

(屋外)、漕艇場、ランニングコース等があり、あるいは競

技人口があまり多くない相撲場、柔剣道場、弓道場、レス

リング場等が入る。これらは一貫して公共率が高い。逆に

言えば民営化しにくい。

 以上、民営率の高い種目はボーリングなどのいわゆる

「(客の)回転の速い領域」かゴルフなどのように会員権や

プレイ代の極めて高価な種目のみであり、個人種目、つま

り「個人の消費行動」として対象化しやすいものである。

」方、民営化しにくい種目はグループ種目、あるいは広大

な土地や施設を活用する種目である。過去二〇年は民営化

107

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図5-1種目別施設の民営率

十ボウ1ルグ幻十ゴルフ幻十ゴルフ饒習4■■一スカツシュー■一ケンスむ十空手他i↑スカイスボ’アイススケート幻咽  内)‘テニス屋内十貫幻

1969    1975    1980    1985    1996

%         図5-2種目別施設の民営率

十ローラースケート  (屋内〕十射呂珂一■スキーo一■一水詠プール個丙一■一ボクシング4+トレーニング■

100908070605040302010 0

1969      1975      1980      1985      1996

108

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109

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一橋論叢 第128巻 第2号 平成14年(2002年)8月号 (16)

図6施設種別収支率(1975年度〕

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:〆出典:「公的余暇施設の現状と問題点一余暇関連公的施般の整備等に関する鯛査詰果報告■一」行政

管理庁行政監察局垣、19η年2月、より作成

が強力に推進された時期であるが、そうであっても、九〇

年代に入っての民間スポーツ施設の大幅な減少と民営率の

低下は、公共的役割をますます強めている。

 スポーツ種目の中にも市場化、民営化に乗るものと、そ

うでないものとがあることはこれによって一目瞭然であり

スポーツを一括して市場化、民営化の対象とする事、また

そうしたイデオロギーを実態が否定している。

 また、通産省の二〇〇〇年の予測の極端な空想性は明ら

かである。それは単にバブル経済が崩壊したからというだ

けでなく、スポーツそのものを単なる「個人の消費行動」

として経済効率でしか考えない市場主義者のスポーツ論の

原理的な破産である。

七 スポーツ施設の収支比率

 次いで、公共施設の収支比率、つまり収入/支出の割合

である。民間施設の場合これが「一・○」以上でないと利

潤を生まない。しかし公共施設の場合、収入の不足分を目

治体が公的資金で補填して施設を住民に提供する。この点

で、収支比率はその施設ないし自治体経営の「公共度」の、

バロメーターでもある。

011

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(17) 新自由主義下のスポーツ政策

1.七〇年代の収支比率

 七三年の「福祉元年」を受けて、余暇行政における公共

機関の責務が未だ強く自覚化されていた七五年に、公的余

          (12)

暇施設の運営が調査された (図6)。このうちスポーツ施

設の運営形態を見ると調査した一〇八施設中五施設(四・

六%)が委託されただけで、あとの九五%は自治体の直営

方式が採られていた。また、収支比率は「一〇%以下」が

四六%、「一〇{三〇%」が四一%、「三〇∫五〇%」が八

%、「五〇{八○%」が二・五%、そして「八O%以上」

が二・五%であり、八七%の施設が三〇%以下の収入(入

場料徴収)であった。これは博物館、公民館等の他の社会

教育施設の六四%に比べても遥かに低い率であった。そし

て種目別の施設の収支比率は最も高い方から「勤労青少年

体育施設」の三〇%、「水泳プール」二四%、「野球・ソブ

トボール場」二一・六%であり、「陸上競技場」「連動広

場」「体育館」「テニスコート」が一〇%台、それ以外は一

〇%以下である。支出の主な項目は人件費と施設の維持管

理費である。前者は支出の大半を占め、自治体が負担して

いる。後者については六七%の自治体が受益者負担の考え

方を採っている。これらは七五年当時の一般的傾向を反映

していると見て良い。受益者負担の原則を掲げてはいるが、

しかし、現実にはこのように公共機関が未だ八O壬八五%

近くを補填する実態であった。ここに、七〇年代までの公

共機関の責任の現実的姿があった。

2.八O年代の転換

 NIRAは八O年の『社会サービスの産業化』で、ス

ポーツ施設(それは付随的にスポーツないしスポーツ事業

も含めて)を次のように規定した。つまりスポーツ・レ

ジャーセンターは「純粋公共財」と「純粋私的財」の中問

領域にあって限りなく後者に近く、受益者負担の度合いも

「高負担」の部分に位置付けた。(図7)ここに八○年代以

降の公共機関のスポーツ政策・行政の上で、スポーツが私

的財の近似値、個人の消費行動として判断された。これが

歴史的悲劇の分水嶺である。これ以降、行政施策の中での

スポーツの位置付けは全て純粋私的財の近似値として、高

い使用料金の対象とされた。例えば、翌八一年に国土庁は

第三次全国総合開発計画(七七年一一月閣議決定)の定住

圏構想に沿って二般に高次な社会的サービスについては、

需要が選択的かつ弾力的であることから、民問部門の供給

に委ねていく方が、より良いサービスが供給されるものと

111

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一橋論叢 第128巻第2号 平成14年(2002年)8月号 (18〕

図7財の性格区分と事業主体

鈍 枠 私 的 財受益者負担

の度合

○有 料 道 路 高負担

○流通センクー○スポーツ・レジャーセンター

函○高速適路

○国 鉄 国中間領城

○駐車場○公共住宅○病 院

○学 校 低負担

卸 枠 公 共 財 無 む

}π口^r排全廿一一1椚曲量仲11叩n蛇

思われ、そのためには、民間部阿を積極的に参入させるた

めの条件の整備が必要」(序文)であり、「教育、文化、厚

生・福祉、スポーツ等の施設の整備に関わる『準公共的事

業』の推進について、民問部門の活力を活用していくこと

 (旧)

が必要」(六頁)であると認識した。こうして、ソーシャ

ル(ナショナル)ミニマムは公共で対応するが、それ以外

は民営で対応するとの観念が形成された。

 こうしたスポーツの位置付けや思想がいかなる理論的根

      拠、背景の下に形成されたのかは一切分か

      らず、また、ソiシャル(ナショナル)ミ

       ニマムに言及はするが、内容は検討しない。

      そして根本的な問題点として、この分類は、

  年

  ㏄

  ”    スポーツの権利性、公共性、社会教育にお

  ■

  業   ける国民の教育権、つまりスポーツ権や国

  産

  の

  “   民の学習権の考慮は全くなく、もっぱら経

  針   済効率の視点からのみ分類されている。

  社

  『

  冊    しかしこうした政策的イデオロギーがそ

  …

       の後の地方行革の推進と結合して自治体の

       スポーツ政策の根本に位置付けられて行っ

       た。七〇年代の福祉主義は八O年代には事

実上反故にされ、その後の保健体育蕃議会答申は、本心と

しては公共的支持を得たいにも関わらず、文面上は民営化

を強調せざるを得ない矛盾に追いやられたのである。

3.九〇年代末の収支比率

            (M)

 九〇年代後半には東京都目体と同時に東京区部で多くの

自治体改革が進められ、公共施設の運営における住民の受

益者負担率(収支比率)が大きな議題となった。

 「北区緊急財政対策」(九九年八月)では「利用者負担率

211

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(19) 新自由主義下のスポーツ政策

(収支比率)」は表3のようであり、行政サービスを横軸の

ように「基礎的サービス」と「選択的サービス」に分け、

縦軸を「非採算的サービス」と「採算的サービス」に分類

する。これで見ると公共性の最も強い第-象限は〈基礎

的・非採算的サービス〉、利用者負担率は「○ないし二五

%」であり、小中学校や障害者施設と幼稚園が該当する。

第2、第4象限はそれぞれ利用者負担率五〇%の領域とさ

れる。スポーツ施設は第3象限の〈選択的・採算的サービ

ス〉となり、利用者負担は七五%である。「民間において

は市場原理により提供されているサービスであるが、行政

としても提供しているサービス」と考えている。最も一〇

〇%は駐輪場であり、スポーツ施設(野球場、テニスコー

ト、サッカー場、体育館、トレーニングセンター、プー

ル一温水も含む)はすべて七五%負担である。

 葛飾区の「使用料等の見直しについて」(九九年八月)

は、スポーツ(社会体育施設)は第2象限〈基本的・採算

的サービス〉の五〇%に位置し、北区とは異なる。また新

宿区の場合、スポーツ施設は第4象限「非市場的・選択

的」に「スポーツセンター」、「野球場」等が位置付けられ、

第3象限「市場的・選択的」な領域に「スポーツセンター

表3 東京北区の受益者負担

第4象限 非採算的サーヒス 第1象限

{選択的・非採算的サービス》

50%一博物館、健康増進センター く基礎的・非採算的サービス》市場原理によっては提供され

0%一小中学校、障審者施設にくいサーピスで行政が中心 25%一幼稚閲

選 になって提供しているサービス 基択 礎的 的サ サ

I{選択的・採算的サービス》 {基礎的・採算的サービス》

ビ ビ

ス 75%一体育・文化施設 50%一当面なし ス

100%一駐輸場

民問においては市場原理により 法令等に基づき提供してい

提供されているサービスである る行政サービスであり、区

が、行政としても提供している 民が日常生活を営む一ヒで基

サービス 本的・必需的なサービス

第3象限 採算的サービス 第2象限

311

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一橋論叢 第128巻 第2号 平成14年(2002年)8月号 (20)

(大・小体育室、プール、大会議室)」「コズミックセン

ター(大・小会議室、プール、大会議室)」「勤労福祉会館

(集会室、サークル室、体育館、トレーニング室)」「テニ

スコート」そして「いきいきハイキング」等が位置付けら

れている。こうして、スポーツとスポーツ施設観は同じ都

内でも一定の開きがある。

 東京区部の場合、分類の範購がある共通のテキストに基

づいているように患えるが、同じスポーツ(社会体育)施

設でも、第2、第3、第4象限にまたがっている。(しか

し第-象限はない。)このことはスポーツ観、スポーツ施

設観に首尾一貫した理論が無いことの証明である一方で、

高料金化では共通している。

4.自治体の抵抗

 埼玉県U市の社会体育施設の収支比率は図8のとおりで

ある。支出には人件費が含まれておらず、もしそれをも含

めるなら、収支比率の割合はもっと小さくなるであろう。

八○年代当初は一七∫八%で全国平均であったが、八O年

代後半から九〇年代前半には低下して九二年には三%にま

でなった。これは施設の修理費支出があり、一方利用者収

入が減ったためである。しかし九〇年代に入ってもその比

図8埼玉県U市勤労者スポーツホールの収支率(%〕

5

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(21) 新自由主義下のスポーツ政策

率は平均一五%程度である。こうして、住民の負担率を出

来るだけ低く抑えながら、施設を提供している。

 以上のように、全ての自治体が地方行革の方針、新自由

主義的な市場化、民営化、あるいは有料化(独立採算化)

で貫徹されているわけではない。全国の小さな自治体では、

社会体育の「途上地域」として社会体育の普及がこの一〇

年に大きく進んだ所や、自治体規模が小さくて民営化に適

さず、自治体直営で、しかも施設使用料を無料で開放して

           (帖)

いる所も未だ多いと推測する。そればかりでなく、大都市

圏でもその収支比率を低く抑えている所も多い。また、ス

ポーツ運動、自治体職員の国民、地域住民のスポーツ権を

発展させる活動が、多くを切り開いている。

新自由主義政策によるいくつかの結果

 以上、七〇年代以降のスポーツ政策、特に七〇年代初頭

の福祉主義から八○{九〇年代の新目由主義への主流の変

化はスポーツ政策において、いくつかの特徴を示している。

 ①スポーツの権利・公共性はスポーツ・フォー・オール

政策でその復権が始まったが、資本主義の限界による社会

的格差の一要因として、スポーツもまた「フォー・オー

ル」は達成できないまま、八O年代以降の新自由主義に突

入した。新自由主義は福祉主義の平等、権利を否定し、ス

ポーツの権利・公共性も嫌い、ソーシャル(ナショナル)

ミニマムは公共でと言いながら、実質は市場化を強調して

いる。その結果、新目由主義的市場化による格差拡大が増

幅されている。

 ②スポーツ普及の前提は施設建設であり、それは福祉国

家の一環にスポーツ・フォー・オールを位置付けた先進諸

国の教訓でもある。しかし日本では福祉国家的施策が極め

て不十分なまま新目由主義的な施策に突入したために、ス

ポーツ施設が極めて貧困である。そして九〇年代の施設は、

絶対数不足のなか、公共施設は増えず、一方民間施設は倒

産し、施設不足は更に進行した。

 ③公共施設の収支比率においても新目由主義的な民営化

の一環である受益者負担主義の強制下にあっても、多くの

自治体が簡単に民営化へ進んでいる訳ではない。比較的大

きな自治体は、住民のスポーツ参加に格差拡大をもたらし

ている一方で、規模の大きくない自治体はスポーツ施策を

簡単には民営化しえず、その分無料での提供も多い。九〇

年代の商業スポーツ施設の激減は、バブル崩壊後の不況、

115

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一橋論叢 第128巻第2号 平成14年(2002年) 8月号 (22)

消費税率アップの影響などが交錯しての結果である。

 ④福祉主義の提起した公共責任の達成が不十分なまま

「総合型地域スポーツクラブ」は無理矢理に有料化し、地

域住民に「納得」させようとしている。そして「行政主導

は行政依存をつくる」と極めてイデオロギー性の強い意見

をまき散らしている。

 ⑤国のスポーツ政策が停滞ないし衰退する一方で、全国

の自治体では厳しい財政状況の中でも、住民のスポーツ要

求に細々ながらも一貫して対応してきている。しかし資本

的支出の多くを借金に頼っており、もっと国からの援助を

必要としている。

 ⑥スポーツ振興墓本計画とはスポーツの権利・公共性に

沿って、もっと公共責任を明確にすべきである。例えば施

設の公営率・民営率の検討で明自になったように、民営化

に馴染まない施設が多い。もし無理矢理民営化すれば、住

民は活用できずに地域からのスポーツ衰退が生じる。また

現に生じている。こうしたことを止め、地域のスポーツ文

化を活性化させるためにも、スポーツの権利・公共性の復

権、その保障は急務である。

 以上、八O{九〇年代の新自由主義的スポーツ政策を見

てきたが、七〇年代に始まり掛けた日本のスポーツ・

フォー・オール政策も大きな打撃を受け、大きな衰退を示

している。このまま進めぱ、日本におけるスポーツの全般

的な衰退の危機にある。このことは、スポーツの特に大衆

化という分野が新目由主義政策が期待するほどに市場化、

商品化とは適合しないことを示している。スポーツ領域が

広義の冒田止領域、教育そして文化活動として今後発展し、

その本来的な「スポーツの権利・公共性」を顕現させて

「フォー・オール」を実現するためには、何よりも「権

利・公共性」を保障する公共の施策が必要であることを示

している。

(1) 内海和雄『スポーツの公共性と主体形成』不昧堂出版、

 一九八九年。本書では、スポーツの所有と言う視点からス

 ポーツの起源から現代までを史的唯物論に基づき分析した。

(2) 内海和雄「スポーツの権利・公共性と新自由主義H個

 人的消費主義との対抗(2)-八O年代のスポーツ動向と

 政策-」『人文科学研究 39』 一橋大学研究年報、二〇〇

 二年一月。

(3) 内海和雄『戦後スポーツ体制の確立』不昧堂出版、 一

116

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(23) 新自由主義下のスポーツ政策

 九九三年。

(4) 総合研究開発機構(NIRA)『社会サーヒスの産業

 化』一九八○年。

(5) これはその前年に出された拙著(注1)の反映とも取

 れる。と同時に、スポーツの公共性を論じる必要性が一般

 化してきたことの反映でもある。

(6) 広畑成志「企業とスポーツを考える-競技スポーツヘ

 の支援と杜会的責任、貢献として」『経済』新日本出版社、

 二〇〇一年七月号。九一{二〇〇〇年までに一七六件と

 なっている。

(7) 内海和雄「保健体育審議会『答申』の背景と内容」

 『一橋論叢』 一橋大学一橋学会、第一二一巻第二号、 一九

 九九年二月。

(8) 二宮厚美『現代資本主義と新自由主義の暴走』新日本

 出版社、一九九九年=一月。

(9) 内閣総理大臣官房広報室「体力・スポーツに関する世

 論調査」二〇〇〇年一〇月調査。

(ro) (財)日本スポーツクラブ協会『スポーツクラブ白書

 二〇〇〇一生涯スポーツ社会の実現に向けて1』厚有出版、

 二〇〇一年四月、二〇頁。

(11) 通産省スポーツ産業研究会『スポーツビジョン21』 一

 九九〇年。

(12) 行政管理庁行政監察局『公的余暇施設の現状と問題点

 -余暇関連公的施設の整備等に関する調査緒果報告書1』

 一九七七年一二月。

(13) 国土庁計画・調整局『社会的サービスと地域政策-二

 十一世紀への選択-』ぎょうせい、一九八一年。

(M) 伊賀野明「公共スポーツ施設への『利用料金制』導入

 をなぜ問題にするのか」『議会と自治体」二〇〇一年五月

 号。

(15) 上野敏夫「住民にとってのスポーツ施設とは」『月刊

 社会教育』国土杜、二〇〇一年一〇月号。

          (一橋大学大学院社会学研究科教授)

117