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42 43 衛星による緊急被災図作成の世界的動向 Global trends in satellite-based emergency mapping Science 15 July 2016: Vol. 353, Issue 6296, pp. 247-252 DOI: 10.1126/science.aad8728 7月15日号 Review スロー地震の巨大地震との関連性 Connecting slow earthquakes to huge earthquakes Science 15 July 2016: Vol. 353, Issue 6296, pp. 253-257 DOI: 10.1126/science.aaf1512 7月15日号 Review 宇宙航空研究開発機構(JAXA)衛星利用運用センター 国際防災担当 本論文の著者たちに象徴されますように、国際協働による取組みが進められています。私たちは、 「国際災害チャータ」及び「センチネルアジア」を通じてSEM 活動に貢献しています。前者は全世 界を、後者はアジア太平洋地域を対象としています。JAXAは、現在、「だいち2 号」(ALOS-2) が参加し、海外の災害の緊急対応を支援するとともに国内災害発生時は海外機関の衛星の支 援を受けることができます。東日本大震災時は5,000シーン以上の画像を提供頂きました(図 2 参照)。 地球観測衛星により被災状況を 早期把握し災害対応を支援する 地球観測衛星は、広域を繰り返し夜間・悪天 候でも観測できるため、災害発生直後の状況 把握手段として有用であり、図 1に示す 手順 で衛星による緊急被災図作成(SEM)が行わ れる。2000 年にSEM の活動が本格的に開始 されてから、科学者と災害対応者が災害状況 を迅速に評価するために地球観測衛星を利 用することが増えている。本論文は、2000 年 から2014 年にかけての 15 年間の SEM の世界 的動向を、大規模災害の状況把握に衛星が 使われた 1,000 以上の事例を分析することによ り示した。世界中の SEM の取組みの空間的・ 時間的傾向を総合的に分析した結果、SEM がアジアとヨーロッパに最も集中的に展開され ており、世界中の自然災害の地理的・時間的 な分布とよく整合している。今後、観測側の進 展(衛星コンステレーション、高分解能観測セ ンサーなど)と地上側での進展(対応時間の短 縮、大容量データの扱い、データ処理の自動 化・迅速化、国際イニシアティブ間の協調な ど)が相俟って対応能力の向上が期待される。 自然災害は人類が総力を挙げて取り組むべき 課題であり、世界中の 宇宙機関及び 関係機 関が協力して対応していくことが必要である。 Figure and Note 加来 一哉 Kazuya Kaku 宇宙航空研究開発機構 筑波宇宙センター 衛星利用運用センター Stefan Voigt 1 Fabio Giulio-Tonolo 2 Josh Lyons 3 Jan Kučera 4 Brenda Jones 5 Tobias Schneiderhan 1 Gabriel Platzeck 6 Manzul Kumar Hazarika 7 Lorant Czaran 8 Suju Li 9 Wendi Pedersen 10 Godstime Kadiri James 11 Catherine Proy 12 Denis Macharia Muthike 13 Jerome Bequignon 14 Debarati Guha-Sapir 15 1 German Aerospace Center 9 National Disaster Reduction Center of China 2 Information Technology for Humanitarian Assistance, Cooperation and Action 10 Geneva International Centre for Humanitarian Demining 3 Human Rights Watch 11 National Space Research and Development Agency 4 European Commission - Joint Research Centre 12 Centre National d'Études Spatiales 5 U.S. Geological Survey 13 Regional Centre for Mapping of Resources for Development 6 Gulich Institute - Córdoba National University/CONAE 14 European Space Agency 7 Asian Institute of Technology 15 Université catholique de Louvain (UCL) 8 United Nations Office for Outer Space Affairs Contact E-mail:[email protected] 所在地:305-8505 茨城県つくば市千現 2-1-1 U R L:http://www.sapc.jaxa.jp/ 図 1:衛星による緊急被災図作成(SEM) (A)発災後、ユーザの要求により地球観 測衛星で被災地域を緊急観測し衛星画 像を作成、(B)衛星画像を解析し災害情 報(被災域など)を抽出、(C)地理情報を 付加し被災図としてユーザに提供(同時 にHPで公開)。 図 2:国際協働による東日本大震災(2011 年 3月11日発生)時の緊急被災図(Int. J. Disast. Risk Reduct. 12, 134-153(2015)より) (A)13日提供の広域被災状況(台湾宇宙機関観測)、(B)13日提供の詳細被災状況(独国 宇宙機関観測)、(C)14日提供の広域被災状況(JAXA 観測)で、A 及びCの沿岸の黒い部分 が津波冠水域を示す。 スロー地震の発見とその意義 スロー地震は、断層破壊がゆっくりと進行する地震現象で あり、強い揺れを生じない。しかし、スロー地震の多くは沈 み込むプレート境界面上で巨大地震発生域に隣接するこ とから両者の関連性が示唆され、約 20 年前に発見されて 以降、世界中でスロー地震研究が盛んに行われてきた。 その結果、スロー地震の巨大地震に対する役割は次の 3 つにまとめられる。一つ目は巨大地震の類似現象としての 役割である。スロー地震の活動様式が巨大地震と似てお り、高頻度で発生するスロー地震は、巨大地震を理解する ヒントとなり得る。二つ目は巨大地震発生域に働く力の状態 の指標としての役割である。スロー地震は周囲の力の変 化に敏感なため、巨大地震震源域における力の蓄積に応 じて、隣接するスロー地震の活動パターンが変化する可能 性がある。三つ目は、スロー地震が巨大地震を引き起こす という役割である。スロー地震の発生により周囲に力が配 分され、隣接した巨大地震震源域の破壊を促進する可能 性がある。従って、今後もスロー地震の活動を継続的に観 測し、その活動様式や発生原因の解明を進めることによ り、巨大地震の発生過程に関する理解の進展に繋がるこ とが期待される。 Figure and Note 図 1:西南日本で発見された様々なスロー地震 フィリピン海プレートの沈み込みに伴って発生が予想される巨大地震の震源 域を取り囲むように、時定数の異なる数種類のスロー地震が 検出され、ス ロー地震同士だけでなく、巨大地震との相互作用の可能性がある。 新たな現象を発見する醍醐味 サイエンスの醍醐味のひとつは、新たな現象を発見し、原因を解き明かすことです。地球には、まだ知らな いことがたくさんありますが、地球表面に展開した地震計の記録を根気強く観察し、多様な手法で解析・ 可視化することで、新たな発見が可能になります。地震学などの固体地球科学は、まさに発見の醍醐味を 味わえる、とても身近な科学であり、若者たちの斬新な発想を大いに期待します。 写真:東京大学地震研究所 小原研究室メンバー。 図 2:沈み込みプレート境界に沿う様々なすべり特性 沈み込み帯のプレート境界に沿って、巨大地震を引き起こす震源域と定常的 にすべっている領域との間に遷移領域が存在し、そこで時定数の異なるス ロー地震が起きており、すべり特性が深さとともに変化している。 小原 一成 Kazushige Obara 東京大学 地震研究所 教授・所長 加藤 愛太郎 Aitaro Kato 東京大学 地震研究所 准教授 左から加藤 愛太郎、小原 一成 Contact 小原 一成 E-mail:[email protected] 所在地:113-0032 東京都文京区弥生 1-1-1 U R L:http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/ 加藤 愛太郎 E-mail:[email protected]

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Page 1: 衛星による緊急被災図作成の世界的動向 スロー地震 …...Josh Lyons 3 Jan Kučera 4 Brenda Jones 5 Tobias Schneiderhan 1 Gabriel Platzeck 6 Manzul Kumar Hazarika

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衛星による緊急被災図作成の世界的動向Global trends in satellite-based emergency mapping

Science 15 July 2016: Vol. 353, Issue 6296, pp. 247-252DOI: 10.1126/science.aad87287月15日号 Review

スロー地震の巨大地震との関連性Connecting slow earthquakes to huge earthquakes

Science 15 July 2016: Vol. 353, Issue 6296, pp. 253-257DOI: 10.1126/science.aaf15127月15日号 Review

宇宙航空研究開発機構(JAXA)衛星利用運用センター 国際防災担当本論文の著者たちに象徴されますように、国際協働による取組みが進められています。私たちは、

「国際災害チャータ」及び「センチネルアジア」を通じてSEM活動に貢献しています。前者は全世界を、後者はアジア太平洋地域を対象としています。JAXAは、現在、「だいち2号」(ALOS-2)が参加し、海外の災害の緊急対応を支援するとともに国内災害発生時は海外機関の衛星の支援を受けることができます。東日本大震災時は5,000シーン以上の画像を提供頂きました(図2参照)。

地球観測衛星により被災状況を 早期把握し災害対応を支援する地球観測衛星は、広域を繰り返し夜間・悪天候でも観測できるため、災害発生直後の状況把握手段として有用であり、図1に示す手順で衛星による緊急被災図作成(SEM)が行われる。2000年にSEMの活動が本格的に開始されてから、科学者と災害対応者が災害状況を迅速に評価するために地球観測衛星を利用することが増えている。本論文は、2000年から2014年にかけての15年間のSEMの世界的動向を、大規模災害の状況把握に衛星が使われた1,000以上の事例を分析することにより示した。世界中のSEMの取組みの空間的・時間的傾向を総合的に分析した結果、SEMがアジアとヨーロッパに最も集中的に展開されており、世界中の自然災害の地理的・時間的な分布とよく整合している。今後、観測側の進展(衛星コンステレーション、高分解能観測センサーなど)と地上側での進展(対応時間の短縮、大容量データの扱い、データ処理の自動化・迅速化、国際イニシアティブ間の協調など)が相俟って対応能力の向上が期待される。自然災害は人類が総力を挙げて取り組むべき課題であり、世界中の宇宙機関及び関係機関が協力して対応していくことが必要である。

Figure and Note

加来 一哉 Kazuya Kaku宇宙航空研究開発機構 筑波宇宙センター 衛星利用運用センターStefan Voigt1 Fabio Giulio-Tonolo2 Josh Lyons3 Jan Kučera4 Brenda Jones5 Tobias Schneiderhan1 Gabriel Platzeck6 Manzul Kumar Hazarika7 Lorant Czaran8 Suju Li9 Wendi Pedersen10 Godstime Kadiri James11 Catherine Proy12 Denis Macharia Muthike13 Jerome Bequignon14 Debarati Guha-Sapir15

1 German Aerospace Center 9 National Disaster Reduction Center of China2 Information Technology for Humanitarian Assistance, Cooperation and Action 10 Geneva International Centre for Humanitarian Demining3 Human Rights Watch 11 National Space Research and Development Agency4 European Commission - Joint Research Centre 12 Centre National d'Études Spatiales5 U.S. Geological Survey 13 Regional Centre for Mapping of Resources for Development6 Gulich Institute - Córdoba National University/CONAE 14 European Space Agency7 Asian Institute of Technology 15 Université catholique de Louvain (UCL)8 United Nations Office for Outer Space AffairsContact

E-mail:[email protected]所在地:305-8505 茨城県つくば市千現2-1-1U R L:http://www.sapc.jaxa.jp/ 図1:衛星による緊急被災図作成(SEM)

(A)発災後、ユーザの要求により地球観測衛星で被災地域を緊急観測し衛星画像を作成、(B)衛星画像を解析し災害情報(被災域など)を抽出、(C)地理情報を付加し被災図としてユーザに提供(同時にHPで公開)。

図2:国際協働による東日本大震災(2011年3月11日発生)時の緊急被災図(Int. J. Disast. Risk Reduct. 12, 134-153(2015)より)

(A)13日提供の 広域被災状況(台湾宇宙機関観測)、(B)13日提供の 詳細被災状況(独国宇宙機関観測)、(C)14日提供の広域被災状況(JAXA観測)で、A及びCの沿岸の黒い部分が津波冠水域を示す。

スロー地震の発見とその意義スロー地震は、断層破壊がゆっくりと進行する地震現象であり、強い揺れを生じない。しかし、スロー地震の多くは沈み込むプレート境界面上で巨大地震発生域に隣接することから両者の関連性が示唆され、約20年前に発見されて以降、世界中でスロー地震研究が盛んに行われてきた。その結果、スロー地震の巨大地震に対する役割は次の3つにまとめられる。一つ目は巨大地震の類似現象としての役割である。スロー地震の活動様式が巨大地震と似ており、高頻度で発生するスロー地震は、巨大地震を理解するヒントとなり得る。二つ目は巨大地震発生域に働く力の状態の指標としての役割である。スロー地震は周囲の力の変化に敏感なため、巨大地震震源域における力の蓄積に応じて、隣接するスロー地震の活動パターンが変化する可能性がある。三つ目は、スロー地震が巨大地震を引き起こすという役割である。スロー地震の発生により周囲に力が配分され、隣接した巨大地震震源域の破壊を促進する可能性がある。従って、今後もスロー地震の活動を継続的に観測し、その活動様式や発生原因の解明を進めることにより、巨大地震の発生過程に関する理解の進展に繋がることが期待される。

Figure and Note

図1:西南日本で発見された様々なスロー地震

フィリピン海プレートの沈み込みに伴って発生が予想される巨大地震の震源域を取り囲むように、時定数の異なる数種類のスロー地震が検出され、スロー地震同士だけでなく、巨大地震との相互作用の可能性がある。

新たな現象を発見する醍醐味サイエンスの醍醐味のひとつは、新たな現象を発見し、原因を解き明かすことです。地球には、まだ知らないことがたくさんありますが、地球表面に展開した地震計の記録を根気強く観察し、多様な手法で解析・可視化することで、新たな発見が可能になります。地震学などの固体地球科学は、まさに発見の醍醐味を味わえる、とても身近な科学であり、若者たちの斬新な発想を大いに期待します。

写真:東京大学地震研究所 小原研究室メンバー。

図2:沈み込みプレート境界に沿う様々なすべり特性

沈み込み帯のプレート境界に沿って、巨大地震を引き起こす震源域と定常的にすべっている領域との間に遷移領域が存在し、そこで時定数の異なるスロー地震が起きており、すべり特性が深さとともに変化している。

小原 一成 Kazushige Obara東京大学 地震研究所 教授・所長

加藤 愛太郎 Aitaro Kato東京大学 地震研究所 准教授

左から加藤 愛太郎、小原 一成 Contact

小原 一成 E-mail:[email protected]所在地:113-0032 東京都文京区弥生1-1-1U R L:http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/

加藤 愛太郎 E-mail:[email protected]