認知機能データ解析による軽度認知障害(mci)の …adas...
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DEIM Forum 2017 I4-1
認知機能データ解析による軽度認知障害(MCI)の早期発見 児玉 直樹†
川瀬 康裕‡ 竹内 裕之†
†高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 〒370-0033 群馬県高崎市中大類町 37-1
‡医療法人社団川瀬神経内科クリニック 〒955-0823 新潟県三条市東本成寺 20-8
†E-mail: †{kodama, htakeuchi}@takasaki-u.ac.jp, ‡[email protected]
あらまし 本研究では,アルツハイマー型認知症および軽度認知障害を対象に、これまでにデータベースに蓄積された
VSRAD およびアルツハイマー型認知症評価スケールである ADAS-Jcog を用い,軽度認知障害の早期発見項目を抽出した。本研
究の対象は、物忘れを主訴としてクリニックを受診、認知機能データベースに登録されたアルツハイマー型認知症患者 192 名、
軽度認知障害患者 138名の計 330名である。VSRAD から得られた VOI内萎縮度、全脳萎縮領域の割合、VOI内萎縮領域の割合、
萎縮比の全てにおいて軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症の間で有意な差が認められた。また、ADAS-Jcog の 11 の下
位検査項目のうち、構成行為のみ有意な差は認められなかったが、それ以外の 10 項目については有意な差が認められた。さら
に、ステップワイズ法による判別分析を行った結果,軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症を判別するのに投入された項
目は,VSRAD から得られた全脳萎縮領域の割合、ADAS-Jcogの下位項目である見当識,単語再生、再生能力、物品呼称の 4項
目の計 5項目であり、判別率は 80.9%であった。この 5項目は軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症を鑑別するのに有用
な指標であると考えられた.
キーワード アルツハイマー型認知症,軽度認知障害,VSRAD,ADAS
1. はじめに
認知症疾患にはアルツハイマー型認知症,血管性認
知症,レビー小体型認知症など様々あるが,認知症の
約半数はアルツハイマー型認知症といわれている.ア
ルツハイマー型認知症は発症の早期においてコリンエ
ステラーゼ阻害剤などによる薬物療法,および脳リハ
ビリテーションもしくは脳活性化訓練などの非薬物療
法,もしくはその両方を併用することにより,病状の
進行を遅らせることが可能であるため,認知症の早期
発見は極めて重要である.
近年、認知症の前駆段階として、軽度認知障害(Mild
Cognitive Impairment: MCI)という考え方が定着し、軽
度認知障害は正常と認知症の境界領域として考えられ、
特に健忘型軽度認知障害の約半数はアルツハイマー型
認知症に移行するといわれている。今後、軽度認知障
害を正確に診断し、効果的な非薬物療法を行うことで、
軽度認知障害の病状の進行を抑えるだけでなく、アル
ツハイマー型認知症の発症予防に役立つものと考えら
れる。
こ れ ま で に 我 々 は , MMSE ( Mini-mental State
Examination)や CDR(Clinical Dementia Rating)など
の認知機能評価スケールを電子化し,非薬物療法の効
果判定を行うことが可能な認知機能データベースを開
発し,2007 年 4 月より医療機関において試験運用を
開始した.その後,データベースの改良等を行い 2010
年 4 月より医療機関に おいて運用を開始している.さ
らに、2016 年 10 月に既存の認知機能データベースを
改良し、ADAS(Alzheimer ʼs Disease Assessment Scale)、
WMS-R ( Wecheler Memory Scale-Reviced )、 MoCA
(Montreal Cognitive Assessment)、VSRAD(Voxel-based
Spesific Regional analysis system for Alzheimer’s Disease)
などの認知機能検査等をデータベースに追加した。こ
れまでに MMSE は 19,700 データ,CDR は 2,600 デー
タ,VSRAD は 7,600 データ、ADAS は 3,200 データ、
WMS-R は 1,050 データ、MoCA は 800 データが認知機
能データベースに蓄積されている [1], [2].
認知機能検査として広く用いられている検査とし
ては MMSE と長谷川式簡易知能評価スケール改訂版
(HDS-R)がある。どちらもグローバルな認知機能評
価バッテリーとして汎用性に優れているが,より詳細
な検査が必要な場合には,ADAS が用いられる.ADAS
は本来,認知機能下位尺度(ADAS-cognitive part)と
非認知機能下位尺度(ADAS-non cognitive part)で構成
されているが,日常診療の場面では ADAS-Japanese
version cognitive part(ADAS-Jcog)が使用されている.
認知機能データベースではこの ADAS-Jcog を蓄積し
ている。
本研究では,アルツハイマー型認知症および軽度認
知障害を対象に、これまでにデータベースに蓄積され
た VSRAD およびアルツハイマー型認知症評価スケー
ルである ADAS-Jcog を用い,軽度認知障害の早期発見
項目を抽出したので報告する.
2. VSRAD
VSRAD とは,1mm スライス厚で撮影された三次元
T1 強 調 矢 状 断 画 像 か ら Voxel-Based Morphometry
(VBM)手法を用いて,健常高齢者の MRI 脳画像デ
ータベースと統計学的に比較することにより,患者の
相対的な脳容積を評価するソフトのことである.
VSRAD の画像解析処理としては,ボクセル等大化
を行い,X,Y,Z 方向に同じ1mm の大きさとする.
次に,MRI 画像の信号強度の不均一を補正したうえで,
脳全体から灰白質,白質,脳脊髄液を自動的に分割す
る.分割された灰白質画像に対して,平滑化処理を行
い,X,Y,Z 方向での大きさの補正を非線形変換によ
り行い,再度平滑化処理を行う.このようにして作成
された灰白質濃度画像に対して,健常高齢者の MRI
画像データベースと比較する.比較するにあたり,健
常高齢者の画像データベースの平均画像と標準偏差画
像を用い,脳局所ごとに個々の患者の灰白質濃度が健
常高齢者の平均濃度から何標準偏差離れているかを表
す Z スコアを算出する.つまり,
Zスコア=(健常高齢者の平均ボクセル値-患者のボ
クセル値)/健常高齢者の標準偏差
である.Zスコア 2.0 とは,平均値から標準偏差の 2
倍を超えたものということになり,危険率 5%で統計
学的有意差があると評価できる.認知症,特にアルツ
ハイマー型認知症において特異的に灰白質容積が減少
する部位は,海馬および扁桃体,嗅内皮質を中心とす
る内側側頭部であり,これらの容積低下が認知症の早
期より認められている.そのため,内側側頭部に関心
領域が設定されており,この領域内の萎縮の程度(Z
スコアの平均値)を算出している.
なお、本研究では、VOI 内萎縮度(VOI 内の 0 を超
える Z スコアの平均)、全脳萎縮領域の割合(全灰白
質内において Z スコアが 2 以上の領域の割合)、VOI
内萎縮領域の割合(VOI 内の Z スコアが 2 以上の領域
の平均)、萎縮比(全脳萎縮を 1 とした割合)の 4 つの
指標を利用した。
3. ADAS
ADAS はアルツハイマー型認知症患者に特徴的な認
知および非認知機能の障害を評価することを目的に開
発された尺度である [3].アルツハイマー型認知症の認
知機能障害の進行や薬物などによる治療の効果を検出
する示標として有用であると同時に,アルツハイマー
型認知症のスクリーニング法としても有用であること
が示され,国際的にも広く使用されている.記憶,言
語,行為・構成の 3 領域に関する計 11 の下位検査項目
から構成されており,70 点満点で,得点が高いほど認
知機能障害が強いことを示している.11 の下位検査項
目とは,単語再生,口頭言語能力,言語の聴覚的理解,
自発語の換語困難,口頭命令,物品呼称,構成行為,
観念運動,見当識,単語再認,教示の再生能力であり,
検査時間は約 60 分,15 点は MMSE の 26 点相当であ
ると考えられている.ADAS は学習効果に関わること
がないので,継続的に複数回施行することが可能であ
り,得点の変化によって認知機能の変化を評価するの
に適している [4].
4. 対象および方法
本研究の対象は、物忘れを主訴としてクリニックを
受診、認知機能データベースに登録されたアルツハイ
マー型認知症患者 192 名、軽度認知障害患者 138 名の
計 330 名である。アルツハイマー型認知症患者は
NINCDS-ADRDA 基準で Probable AD と診断されてお
り、かつ CDR1 に該当する軽度のアルツハイマー型認
知症とした。軽度認知障害患者は Petersen らの提唱し
た MCI の基準を満たしている。MRI 装置は Siemens
社製の Magnetom( 1.5T)を使用した.MRI 画像は
VSRAD 撮像推奨条件(3DT1 強調水平断画像)により
撮影した.また、ADAS-Jcog は十分にトレーニングを
受けた者が実施した。
本研究では, VSRAD から得られる VOI 内萎縮度、
全脳萎縮領域の割合、VOI 内萎縮領域の割合、萎縮比
の 4 つの指標,ADAS-Jcog の 11 の下位検査項目につ
いて検討するとともに,ステップワイズ法による判別
分析により軽度認知障害を判別するのに有効な項目の
抽出を行った.なお,ステップワイズ法(変数増減法)
の投入有意確率は 0.05,削除有意確率は 0.10 とした.
結果は平均値±標準偏差で示した.
5. 結果
軽度認知障害および軽度アルツハイマー型認知症
における VSRAD から得られた VOI 内萎縮度、全脳萎
縮領域の割合、VOI 内萎縮領域の割合、萎縮比の結果
を表 1 に示す。表 1 より、VOI 内萎縮度、全脳萎縮領
域の割合、VOI 内萎縮領域の割合、萎縮比の全てにお
いて軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症の間
で有意な差が認められた(p<0.05)。
表1 VSRAD の結果
VOI 内萎縮度 MCI 1.572±0.821
軽度 AD 2.679±1.326*
全脳萎縮領域
の割合(%)
MCI 4.263±2.202
軽度 AD 7.435±3.721*
VOI 内萎縮領
域の割合(%)
MCI 27.418±27.112
軽度 AD 55.460±32.361*
萎縮比 MCI 6.140±5.598
軽度 AD 7.953±5.061*
*p<0.05
ADAS-Jcog 合計点の結果を表 2 に示す。表 2 より、
軽度認知障害は 9.16 点、軽度アルツハイマー型認知症
は 20.25 点であり、統計的に有意な差が認められた( p
<0.05)。また、ADAS-Jcog 合計点と VOI 内萎縮度、
全脳萎縮領域の割合、VOI 内萎縮領域の割合、萎縮比
それぞれの相関係数を求めたところ、全てにおいて有
意な相関が認められた。最も相関係数の高かった
ADAS-Jcog 合計点と全脳萎縮領域の割合(r=0.538、p
<0.05)について図 1 に示す。
表2ADAS-Jcog 合計点の結果
MCI 軽度 AD
ADAS-Jcog
合計点 9.16±4.67* 20.25±10.14
*p<0.05
次に、ADAS-Jcog の 11 の下位検査項目の結果を図 2
に示す。11 項目のうち、構成行為のみ有意な差は認め
られなかったが、それ以外の 10 項目については軽度認
知障害と軽度アルツハイマー型認知症との間で有意な
差が認められた。
軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症の間で
有意な差が認められた 14 項目についてステップワイ
ズ法による判別分析を行った結果,軽度認知障害と軽
度アルツハイマー型認知症を判別するのに投入された
項目は,VSRAD から得られた全脳萎縮領域の割合、
ADAS-Jcog の下位項目である見当識,単語再生、再生
能力、物品呼称の 4 項目の計 5 項目であった.判別分
析によって抽出された 5 項目を使用した場合、軽度認
知障害と軽度アルツハイマー型認知症の判別率は
80.9%(267/330)であった。
図 1 ADAS-Jcog 下位検査項目の結果
6. 考察
認知症の診断については,症状や認知機能検査,MRI
などの画像検査などの結果を総合的に判断し,診断を
下している.認知症の診断は現在においても熟練した
医師の主観に頼る部分が多いため,経験の短い医師に
とって診断は難しい.そのため,認知症の客観的診断
手法に関する研究が数多くなされている.我々は医師
の負担軽減と認知症の診断支援を目的とした認知機能
データベースをこれまでに開発してきた.これまでに
蓄積された大量のデータを解析することで,認知症の
診断,さらには軽度認知障害の診断に繋がるものと考
えられる [5],[6].
VSRAD から得られた VOI 内萎縮度、全脳萎縮領域
の割合、VOI 内萎縮領域の割合、萎縮比の 4 項目につ
いて、軽度認知障害および軽度アルツハイマー型認知
症の間において有意な差が認められた。このことから、
軽度認知障害に比べて軽度アルツハイマー型認知症の
方が側頭葉内側部の萎縮が強いこと、また脳全体の萎
縮が進んでいるものと考えられる。また、ADAS-Jcog
合計点および下位検査項目 11 項目のうち 10 項目で軽
度認知障害および軽度アルツハイマー型認知症の間に
おいて有意な差が認められた。ADAS-Jcog はアルツハ
イマー型認知症患者に特徴的な認知および非認知機能
の障害を評価することを目的に開発された尺度であり、
アルツハイマー型認知症のスクリーニング法としても
有用であることが示されている。そのため、ADAS-Jcog
合計点および下位検査項目の 10 項目で有意な差が認
められたものと考えられる。
次に,軽度認知障害と軽度アルツハイマー型認知症
の間で有意な差が認められた 14 項目についてステッ
プワイズ法による判別分析を行った結果,軽度認知障
害と軽度アルツハイマー型認知症を判別するのに投入
された項目は,VSRAD から得られた全脳萎縮領域の
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
0 20 40 60
全脳萎縮領域の割合(%)
ADAS合計点
0
1
2
3
4
5
6
7
単語再生
口頭言語
聴覚理解
換語困難
口頭命令
物品呼称
構成行為
観念運動
見当識
単語再生
再生能力
MCI 軽度AD
割合、ADAS-Jcogの下位項目である見当識,単語再生、
再生能力、物品呼称の 4 項目の計 5 項目であった.小
森らの研究では,アルツハイマー型認知症患者におい
て ADAS は記憶や言語に関する側頭葉機能や視空間認
知や行為に関係する側頭葉機能の低下に高い感度を示
す こ と が 示 さ れ て い る [7] . 本 研 究 に お い て も
ADAS-Jcogにおける記憶や言語に関する項目が判別分
析で抽出されており,同様の結果であると考えられる.
以前の我々の MMSE の研究では,MMSE 下位項目であ
る計算,想起の項目が認知症の早期発見に有効である
と報告した [5].本研究では ADAS-Jcog の見当識,単
語再生、再生能力、物品呼称の 4 項目が抽出されてい
る.この 4 項目は軽度認知障害と軽度アルツハイマー
型認知症を鑑別するのに有効な項目であると考えられ,
この 4 項目を定期的にフォローアップすることで軽度
認知障害から軽度アルツハイマー型認知症への進行を
予測することが可能になるものと考えられる。
謝辞
本研究の一部は日本学術振興会科学研究費補助金基
盤研究(C)26350902 により行われた.
参 考 文 献 [1] 児玉直樹,川瀬康裕:認知機能データベースの開
発とそのデータ解析による軽度認知障害と認知症の鑑別,医学と生物学,vol.153, pp.7-13, 2009
[2] 児玉直樹 , 川瀬康裕:介入効果判定のための認知 機能データベースの開発 , 日本早期認知症学会論 文誌 , vol.1, pp.29-33, 2007
[3] Mohs RC: The Administration Manual for the Alzheimer ʼs Disease Assessment Scale, 1994 Revised Edition.
[4] 本間昭,福沢一吉,塚田義男:Alzheimer's Disease Assessment Scale(ADAS)日本語版の作成.老年精神医学 , vol.3, pp.645-655, 1992
[5] 児玉直樹,川瀬康裕,竹内裕之:医療機関の大規 模データ処理による認知症の早期診断,第 6 回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム,DEIM Forum 2014 F6-3,2014
[6] 児玉直樹,川瀬康裕,竹内裕之:医療機関の大規 模データ処理による認知症の早期発見項目の抽出,第 8 回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム,DEIM Forum 2016 G7-3,2016
[7] 小森賢治郎,池田学,田邉敬貴:痴呆の神経心理学.総合臨床,vol.51, pp.59-66, 2002