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1 11. 輪形・鉤頭・顎口・微顎・ 腹毛・有輪・内肛・苔虫・箒虫・ 腕足動物:マイナーな冠輪動物 奈良教集中講義 2017/08/16-20 新潟大学・自然環境科学・宮﨑 勝己 輪形動物門輪形動物門=ROTIFERA ・語源=ラテン語の rota (=wheel)+fera(=to bear) ・「輪形動物」という名称は、 車輪の回転を思わせる輪毛器 の繊毛運動から。 ・1696年 Harrisにより最初に記載。 ・1838年 Ehrenbergにより、初めて多細胞 性が示される。 輪形動物門輪形動物門・体前端に輪毛器を持つ。 ・表皮は多核体で、クチクラを分泌 する。 ・表皮の核の数に一定性がある。 ・多くの群で雄をほとんどあるいは 全く欠き、単為生殖をする。 ・淡水では多く見られるが、海では まれ。 体前端に繊毛環 からなる輪毛器 を持ち、採餌や 運動に用いられ る。 藤田 (2010) 咽頭部に石灰質 の「咀嚼器」を 有する。 藤田 (2010) 咀嚼器を有 することか ら、顎口動 物や微顎動 物等との近 縁性が指摘。 バーンズら (2009) 鉤頭動物門鉤頭動物門= ACANTHOCEPHALA ・語源=ギリシア語の acanthias (=prickly「棘がある」) + cephalo (=head) ・「鉤頭動物」という名称は、吻 の先端に棘を有する事から。 ・1684年 Rediにより最初に発見・記載。 ・1771年 Kohlreutherにより、 Acanthocephalaの名称が提唱。 鉤頭動物門

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  • 1

    11. 輪形・鉤頭・顎口・微顎・腹毛・有輪・内肛・苔虫・箒虫・腕足動物:マイナーな冠輪動物

    奈良教集中講義 2017/08/16-20

    新潟大学・自然環境科学・宮﨑勝己

    「輪形動物門」

    輪形動物門=ROTIFERA

    ・語源=ラテン語の rota(=wheel)+fera(=to bear)

    ・「輪形動物」という名称は、車輪の回転を思わせる輪毛器の繊毛運動から。

    ・1696年

    Harrisにより最初に記載。

    ・1838年

    Ehrenbergにより、初めて多細胞

    性が示される。

    「輪形動物門」

    「輪形動物門」・体前端に輪毛器を持つ。・表皮は多核体で、クチクラを分泌する。・表皮の核の数に一定性がある。・多くの群で雄をほとんどあるいは全く欠き、単為生殖をする。・淡水では多く見られるが、海ではまれ。

    体前端に繊毛環からなる輪毛器を持ち、採餌や運動に用いられる。

    藤田 (2010)

    咽頭部に石灰質の「咀嚼器」を有する。

    藤田 (2010)

    咀嚼器を有することから、顎口動物や微顎動物等との近縁性が指摘。

    バーンズら (2009)

    「鉤頭動物門」鉤頭動物門=

    ACANTHOCEPHALA

    ・語源=ギリシア語の acanthias(=prickly「棘がある」) + cephalo (=head)

    ・「鉤頭動物」という名称は、吻の先端に棘を有する事から。

    ・1684年

    Rediにより最初に発見・記載。

    ・1771年

    Kohlreutherにより、

    Acanthocephalaの名称が提唱。

    「鉤頭動物門」

  • 2

    「鉤頭動物門」

    ・体前端に、鉤の付いた反転性の吻を持つ。

    ・表皮は多核体で、核の数に一定性がある。

    ・全て寄生性で終宿主は、必ず脊椎動物。

    鉤の付いた反転性の「吻」を持つ。

    藤田 (2010)

    形態は寄生に伴い、多くの点で退化的。

    藤田 (2010)

    生活史は食物連鎖と密接に関わり、終宿主は必ず脊椎動物。

    町田 (2000)

    吻は反転性で、これを使って脊椎動物の消化管に寄生する。

    Hickman Jr. et al. (2015)

    ・表皮の多核性と、核数の一定性の特徴

    が、輪形動物と共通しており、両者を多

    核皮動物(Syndermata)とまとめるこ

    とがある。

    ・多核皮動物の単系統性は確からしいが

    輪形が側系統群である可能性も高い(ウ

    ミヒルガタワムシが飛び出す)。

    鉤頭動物と輪形動物の系統関係

    表皮の多核性が、輪形動物と鉤頭動物で共通している。

    輪形動物

    鉤頭動物

    Storch (1979)

    ・表皮の多核性と、核数の一定性の特徴

    が、輪形動物と共通しており、両者を多

    核皮動物(Syndermata)とまとめるこ

    とがある。

    ・多核皮動物の単系統性は確からしいが

    輪形が側系統群である可能性も高い(ウ

    ミヒルガタワムシが飛び出す)。

    鉤頭動物と輪形動物の系統関係

    ウミヒルガタワムシはSeison1属で綱を作る、変わり者の「ワムシ」。

  • 3

    両者の単系統性は確実視され、鉤頭動物

    を輪形動物門の一綱もしくは亜綱と位置

    づける分類体系が提唱されている。輪形動物門

    半輪形動物綱

    鉤頭動物亜綱

    ヒルガタワムシ亜綱

    ウミヒルガタワムシ亜綱

    真輪形動物綱

    単生殖巣亜綱 (Brusca et al. 2016の例)

    鉤頭・輪形動物の系統と分類 「顎口動物門」

    顎口動物門=GNATHOSTOMULIDA

    ・語源=ギリシア語の gnathos(=jaw) + stoma (=mouth)

    ・「顎口動物」という名称は、咽頭にある顎状の口器から。

    ・1956年

    Axにより発見。扁形動物の一種と

    して記載される。

    ・1969年

    Riedlにより、独立した門と見なさ

    れる。

    「顎口動物門」

    全体的な体制は、扁形動物門渦虫類に類似する。

    田近 (2000)

    咽頭部に「顎」を有することで、扁形動物等と明確に区別される。

    田近 (2000)

    複雑な構造の顎を備えた、非常に特殊化した咽頭により、類似群と区別される。

    無酸素的環境に適応する。日本での正式な報告はないが、非公式には各地で見つかっている。

    無酸素的環境に適応する。日本での正式な報告はないが、非公式には各地で見つかっている。

    1996年に峯岸秀雄(日本女子大附属高)が学会発表

    Achatz & Sterrer (2015)が日本初報告

    香港と日本(和歌山県白浜町)から採集した個体から2種の新種を記載した。

    顎口動物の日本初公式報告

    Achatz & Sterrer (2015)

  • 4

    Austrognathariaorientisと新種記載された日本初記録種。スケールバーは100 μm。

    Achatz & Sterrer (2015)

    顎口動物の日本初公式報告

    ・全体的な形状は、扁形動物に似る

    が、「顎」の形状から、(後述する)

    微顎動物や輪形動物との近縁性が指

    摘される。

    ・分子系統学的解析も、上の考えを概ね支持している。

    「顎口動物門」 「微顎動物門」微顎動物門=

    MICROGNATHOZOA

    ・語源=ギリシア語のmicro (=small)+gnathos(=jaw)+ zoa(=animal)

    ・「微顎動物」という名称は、顎を持つ微小動物であることから。

    ・1994年

    グリーンランドのある湧き水から発

    見。当初輪形動物と同定された。

    ・2000年

    Kristensen & Funchにより、独

    立した動物群(彼らは綱とした)と

    して記載された。

    「微顎動物門」

    体長0.2 mm程度と、動物中最も体が小さい。

    藤田 (2010)

    複雑な構造の顎(咀嚼器)を有する。

    藤田 (2010)

    複雑な構造の顎(咀嚼器)を有する。

    ©Martin V. Sørensen

    「微顎動物門」・体長0.2 mm程度と、動物中最も体が

    小さい。

    ・複雑な構造の顎(咀嚼器)を有する。

    ・発見された湧水は淡水で、海産種が見

    つかっていない数少ない動物門の一つ。

    ・南極海でも見つかっており、実は広く

    分布している可能性がある。

    ・顎の構造に輪形動物、顎口動物と共通

    点があり、三者の近縁性を示していると

    考えられている。

    ・輪形動物との姉妹群関係が有力な鉤頭

    動物を加えた四者をまとめて「担顎動物

    (Gnathifera)」とされることもある。

    ・担顎動物の近縁性は、分子系統でも概

    ね支持される。

    微顎動物の系統関係

  • 5

    「顎」の形態から推測された「担顎動物類」の系統関係

    輪形

    鉤頭微顎

    顎口

    ©Martin V. Sørensen

    輪形動物は淡水プランクトン学、鉤頭動物は寄生虫学の観点からの研究例が、また両者とも水産学的研究が少なくないが、分類や系統学的研究は日本では進んでいない。微顎動物は日本では未発見であり、研究者もいない。

    「腹毛動物門」

    腹毛動物門=GASTROTRICHA

    ・語源=ギリシア語のgasteros (=stomach) + trichos (=hair)

    ・「腹毛動物」という名称は、腹部体表の繊毛から。

    最初の発見については、はっきりし

    ない。

    1865年 Metschnikoff により、

    Gastrotricha と命名。

    長い間、袋形動物類(偽体腔類)の

    一員とされてきたが、最近では独立

    した動物門とされている。

    「腹毛動物門」 「腹毛動物門」

    ・体は筒状で、背腹に扁平。

    ・腹側にのみ繊毛があり、滑るように基質上を進む。

    ・対になった粘着管を持ち、一方から粘着物質を、もう一方から剥離物質を出し、付いたり離れたりする。

    体は筒状で、背腹に扁平。腹側にのみ繊毛があり、滑るように基質上を進む。

    白山 (2000)

    対になった粘着管を持ち、一方から粘着物質を、もう一方から剥離物質を出し、付いたり離れたりする。

    白山 (2000)

    ・運動様式から輪形動物、クチクラの構

    造から線形動物、上皮の単繊毛性から顎

    口動物との近縁性が、それぞれ主張され

    ている。

    ・分子系統解析では、鉤頭動物、扁形動

    物、顎口動物、脱皮動物との近縁性が示

    されているが、はっきりしない。

    腹毛動物の系統関係

    淡水性のイタチムシ類の分類は、鈴木隆仁(滋賀県立琵琶湖博)が精力的に研究。一方海産のオビムシ類は研究がほとんどされていない。

  • 6

    「有輪動物門」

    有輪動物門=CYCLIOPHORA

    ・語源=ギリシア語の cyclos(=round) + phoros (=to bear)

    ・「有輪動物」という名称は、口の周りに輪状に並ぶ繊毛から。

    1995年Funch & Kristensenにより、北大西洋産アカザエビの口器より発見され、新しい動物門として記載。

    2005年アメリカウミザリガニから2種目が記載。

    「有輪動物門」 「有輪動物門」

    ・体は卵形で、固着盤により基質に付着

    する。

    ・口の周りを繊毛が取り囲む。

    ・消化管はU字型で、肛門は口の繊毛環

    の外に開口する。

    ・複雑な生活史を示す。

    固着盤で基質に付く。

    白山 (2000)

    消化管はU字型。肛門は繊毛環の外に開口。

    白山 (2000)

    非常に複雑な生活史を有する。

    バーンズら (2009)

    ・形態的には、線形・輪形・腹毛・内

    肛・苔虫とそれぞれ共通点が指摘されて

    いる。

    ・有力な共有派生形質は見出されていな

    いが、分子系統では内肛動物・苔虫動物

    との近縁性が概ね支持される。

    有輪動物の系統 「内肛(=曲形)動物門」

    内肛動物門=ENTOPROCTA

    ・語源=ギリシア語の entos(=inside)+proktos(anus)

    ・「内肛動物」という名称は、触手冠の内側に肛門が開口することから。

    ・18世紀後半

    最初の発見・記載がなされる。

    ・~19世紀中頃

    苔虫動物(外肛動物)との外見上の

    類似から、両者をまとめて(広義

    の)苔虫動物としていた。

    「内肛動物門」

  • 7

    ・1888年

    Hatschekによる胚発生の研究結果

    から、苔虫動物との体制の違いが明

    らかにされ、苔虫動物類から分離し

    て、独立の動物門と認められるよう

    になった。

    「内肛動物門」 「内肛動物門」

    ・体が萼部と柄部に分かれる。

    ・内部器官は全て萼部に収まる。

    ・萼部の上部に口と肛門が開き、その周

    りを触手が取り巻く。

    ・一属を除き海産。消化管はU字型をし、肛門は必ず触手の内側に開口する。

    藤田 (2010)

    単体性内肛動物は伊勢戸徹(JAMSTEC)が精力的に研究。有輪動物は日本では未発見であり、研究者もいない。

    「苔虫(=外肛)動物門」

    苔虫動物門=BRYOZOA

    ・語源=ギリシア語の bryon(=moss)+zoon (=animal)

    ・「苔虫動物」はコケを思わせる形状から。「外肛動物」は触手冠の外側に肛門が開口することから。

    ・16世紀

    最初の記載例が見られる。

    ・1729年

    それまで動物と植物の中間生物とさ

    れてきたが、Peyssonalにより、

    動物である事が示される。

    「苔虫動物門」

    ・1888年

    Hatschekによる胚発生の研究結

    果から、内肛動物の分離と、箒虫

    動物・腕足動物との近縁性が認め

    られ、三者を合わせた「触手冠動

    物門(Tentaculata)」が提唱され

    る。

    「苔虫動物門」 「苔虫動物門」

    ・群体性で、多数の個虫から構成される。

    ・個虫は寒天質、クチクラ質あるいは石

    灰質の虫室に収まる。

    ・触手冠を持ち、中央に口が開口する。

    ・肛門は触手冠の外側に開口する。

    消化管はU字型。肛門は必ず触手冠の外側に開口する→外肛動物。

    バーンズら (2009)

  • 8

    内肛動物(上)と

    苔虫動物(下)で

    は、触手が起こ

    す摂食流の方向

    が真逆。

    バーンズら (2009)

    ・内肛動物と外見が類似し、かつては同

    じ分類群に入れられていた。

    ・肛門の位置以外に、体腔性、卵割パ

    ターン、摂食のための水流の向き、原腎

    管の有無などが異なることから、内腔と

    の近縁性は概ね否定されてきた。

    ・分子系統解析や幼生形態の類似から、

    有輪を加えた三者の単系統性が有力視。

    苔虫動物の系統

    (上)幼生が定着する際の形態変化のプロセスが類似。(左)苔虫+内肛+有輪=多虫動物(Polyzoa)Hickman Jr. et al.

    (2015)

    有輪 内肛 苔虫

    苔虫

    内肛

    Nielsen (2012)

    「箒虫動物門」

    箒虫動物門=PHORONIDA

    ・語源=ギリシア語のPhoronis「ゼウスの恋人」

    ・「箒虫動物」という名称は、触手冠をホウキの先に見立てたことから。

    ・1846年

    Müllerが幼生(アクチノトロカ幼

    生)を発見。当初これが成体と考え

    られていた。

    ・1856年

    Wrightにより成体が発見される。

    「箒虫動物門」

    ・1867年

    Kowalevskyが、アクチノトロカ幼

    生が変態して成体になるのを発見。

    ・1888年

    Hatschekによる、苔虫・腕足と合

    わせた「触手冠動物門」の提唱。

    「箒虫動物門」

    「箒虫動物門」

    ・自身が分泌したキチン性の棲管に住む。

    ・体は長虫状で、柔らかい。

    ・触手冠を持つ。

    ・消化管はU字型で、肛門は触手冠の外

    に開口する。

    棲管は自身が分泌して作る。

    バーンズら (2009)

  • 9

    消化管はU字型で、肛門は触手冠の外に開口する。

    バーンズら (2009)

    かつて成体と考えられていたアクチノトロカ幼生(左)が変態する。

    馬渡 (2000)

    「腕足動物門」

    腕足動物門=BRACHIOPODA

    ・語源=ギリシア語の brachium(=arm) + poda (=feet)

    ・「腕足動物」という名称は、シャミセンガイ類の肉茎の形状から。

    ・17世紀

    少なくとも化石種の存在が認められ

    ていた。19世紀までは軟体動物に

    分類されていた。

    ・1888年

    Hatschekによる、苔虫・腕足と合

    わせた「触手冠動物門」の提唱。

    「腕足動物門」 「腕足動物門」・2枚の貝殻を持つが、貝殻は背腹に位

    置し、左右に位置する軟体動物の二枚貝

    類とは異なる。

    ・触手冠を持つ。

    ・消化管はU字型で、肛門は触手冠の外

    に開口する。

    ・現生種より化石種の数が遙かに多い。

    バーンズら (2009)

    殻の蝶番の有無で、無関節類(シャミセンガイ類)と有関節類(ホオズキガイ類)に分けられる。

    貝殻の主成分はリン酸カルシウム⇔軟体動物は炭酸カルシウム。脊椎動物の骨と同じだが、形成に関与する遺伝子セットが異なる。

    バーンズら (2009)

    ・苔虫動物と触手冠、肛門の位置、U字型の消

    化管等が共通しており、かつては三者を併せて

    「触手冠動物」にまとめられていた。

    ・分子系統では触手冠動物の単系統性は支持さ

    れず、苔虫が外へ出るが、腕足・箒虫の単系統

    性は支持される→「腕動物(Brachiozoa)」

    ・腕動物は、後腎や循環系等に共通点を持つ。

    腕足・箒虫動物の系統

    廣瀬雅人(北里大海洋生命科学部)が苔虫動物を中心に、箒虫動物・腕足動物も含め、精力的に研究。椎野勇太(新潟大理学部)が腕足動物の古生物学や機能形態学を精力的に研究。