高校生のプレゼンテーション能力育成において映像メディアによる(自己の)「気...

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第31回 実践研究助成―――171 研究課題 高校生のプレゼンテーション能力育成において映像メディアによる(自己の)「づき」(振り返り)を誘発する記録映像の撮影・編集方法とその効果に関する研究 副題 学校名 大阪府私学教育情報化研究会 プレゼン能力育成ネットワーク 所在地 〒543-0037 大阪府大阪市天王寺区上之宮町3-16 上宮高等学校内 職員数/会員数 20名 研究代表者 竹内 健二 ホームページ アドレス http://www.osaka-sigaku.net 1.はじめに 学校教育において、「調べ学習の発表」や「課題研究発 表」等プレゼンテーション(以下、プレゼンという)は校 種を問わず広く行われている。高等学校においても、「総合 的な学習の時間」や「情報」に関連した授業で数多く実践 されている。しかし多くの場合、生徒たちは発表時に原稿 を読んだり丸暗記するなど、観衆に対して真に語りかける ようなプレゼンのレベルには到達していない場合が多いと いう声が多く聞かれる。 過去2年間、大阪私学教育情報化研究会の研究プロジェ クトの1つである「ICTプロジェクト」では、高校生を 対象としたコミュニケーション能力育成の実証研究を行っ てきた。「ICTプロジェクト」では、他校の生徒と競争し、 協働することで学習動機が高まり自分の存在を再確認でき ることが明らかになり、今まで日本人が苦手とされてきた 自分の考えをより素直に表現し、聞いている情報の受け手 にも共感してもらえる発表能力を身につけさせることがで きた。同時に、教師がプレゼンを指導するにあたって、改 めてどのような指導法や教師個人の能力が求められている かも明らかになった(大阪私学教育情報化研究会ICTプ ロジェクト 2004;大阪私学教育情報化研究会 2004)。 「ICTプロジェクト」ではこれまでの全セッションに おいて指導の様子をビデオ撮影してきたが、映像データに よる効率的なふり返り学習のための指導方法、技術、環境 等の研究が必要であるという認識に至った。本研究におい ては、映像記録の早期フィードバックにとどまらず、指導 者側として「何を気付かせるのか」の意図、そしてそのた めの撮影や編集の方法、さらにはフィードバックのタイミ ングや順序等に関して、認知心理学的アプローチを意識し た実証的研究を行いたいと考えている。 2.研究の目的 生徒のコミュニケーションスキルや表現力の育成をめざ す各種トレーニングにおいて、どのような映像記録を、ど のように提示すればより効果が上がるかを研究することを 最大の目的としている。 これまでの各セッションの撮影や編集作業の中で「この 映像記録を生徒自身が見て、自身あるいはチームのプレゼ ンスキル向上に役立てることができれば‥‥」という思い は絶えずあったが、多くの対面指導上の実証課題をもつセ ッションの最中に、その時間を単純な形で取ることは困難 であった。そこで、映像データによる効率的なふり返り学 習を設定することにより、生徒達が自らのプレゼンテーシ ョンを記録した映像を見て、効率的に「気づき」を得て向 上への意志を高めていけるのではないと考えた。単にビデ オデータを生徒達に返して「これを見て反省材料に…」と 指示するだけでは、時間ばかりを消費して高い効果は期待 できない。「映像による気づきを効果的に引き出す手法」を 確立して行くことができれば、各学校等で同様の取り組み を行う場合に、より効果の高いふり返り学習を実施するた めの指針になるであろうと予想される。 実践研究助成 高等学校

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Page 1: 高校生のプレゼンテーション能力育成において映像メディアによる(自己の)「気 づき」(振り返り)を誘発する … · 協働することで学習動機が高まり自分の存在を再確認でき

第31回 実践研究助成―――171

高等学校

研究課題

高校生のプレゼンテーション能力育成において映像メディアによる(自己の)「気

づき」(振り返り)を誘発する記録映像の撮影・編集方法とその効果に関する研究副題

学校名 大阪府私学教育情報化研究会 プレゼン能力育成ネットワーク

所在地 〒543-0037

大阪府大阪市天王寺区上之宮町3-16 上宮高等学校内

職員数/会員数 20名

研究代表者 竹内 健二

ホームページ アドレス http://www.osaka-sigaku.net

1.はじめに

学校教育において、「調べ学習の発表」や「課題研究発

表」等プレゼンテーション(以下、プレゼンという)は校

種を問わず広く行われている。高等学校においても、「総合

的な学習の時間」や「情報」に関連した授業で数多く実践

されている。しかし多くの場合、生徒たちは発表時に原稿

を読んだり丸暗記するなど、観衆に対して真に語りかける

ようなプレゼンのレベルには到達していない場合が多いと

いう声が多く聞かれる。

過去2年間、大阪私学教育情報化研究会の研究プロジェ

クトの1つである「ICTプロジェクト」では、高校生を

対象としたコミュニケーション能力育成の実証研究を行っ

てきた。「ICTプロジェクト」では、他校の生徒と競争し、

協働することで学習動機が高まり自分の存在を再確認でき

ることが明らかになり、今まで日本人が苦手とされてきた

自分の考えをより素直に表現し、聞いている情報の受け手

にも共感してもらえる発表能力を身につけさせることがで

きた。同時に、教師がプレゼンを指導するにあたって、改

めてどのような指導法や教師個人の能力が求められている

かも明らかになった(大阪私学教育情報化研究会ICTプ

ロジェクト 2004;大阪私学教育情報化研究会 2004)。

「ICTプロジェクト」ではこれまでの全セッションに

おいて指導の様子をビデオ撮影してきたが、映像データに

よる効率的なふり返り学習のための指導方法、技術、環境

等の研究が必要であるという認識に至った。本研究におい

ては、映像記録の早期フィードバックにとどまらず、指導

者側として「何を気付かせるのか」の意図、そしてそのた

めの撮影や編集の方法、さらにはフィードバックのタイミ

ングや順序等に関して、認知心理学的アプローチを意識し

た実証的研究を行いたいと考えている。

2.研究の目的

生徒のコミュニケーションスキルや表現力の育成をめざ

す各種トレーニングにおいて、どのような映像記録を、ど

のように提示すればより効果が上がるかを研究することを

大の目的としている。

これまでの各セッションの撮影や編集作業の中で「この

映像記録を生徒自身が見て、自身あるいはチームのプレゼ

ンスキル向上に役立てることができれば‥‥」という思い

は絶えずあったが、多くの対面指導上の実証課題をもつセ

ッションの 中に、その時間を単純な形で取ることは困難

であった。そこで、映像データによる効率的なふり返り学

習を設定することにより、生徒達が自らのプレゼンテーシ

ョンを記録した映像を見て、効率的に「気づき」を得て向

上への意志を高めていけるのではないと考えた。単にビデ

オデータを生徒達に返して「これを見て反省材料に…」と

指示するだけでは、時間ばかりを消費して高い効果は期待

できない。「映像による気づきを効果的に引き出す手法」を

確立して行くことができれば、各学校等で同様の取り組み

を行う場合に、より効果の高いふり返り学習を実施するた

めの指針になるであろうと予想される。

実践研究助成

高等学校

Page 2: 高校生のプレゼンテーション能力育成において映像メディアによる(自己の)「気 づき」(振り返り)を誘発する … · 協働することで学習動機が高まり自分の存在を再確認でき

172―――第31回 実践研究助成

3.研究の方法

複数の学校からの参加者のコミュニケーション能力、プ

レゼンテーション能力のスキルアップを目標に、各Phaseで

トレーニングセッションを実施し、セッションの映像記録

を生徒および指導教員にフィードバックをする中で修正・

改善を行っていく所謂「ふり返り学習」の期間を設定する。

その「ふり返り」の期間に「気づき」を誘発し自分達で自

己研鑽できる効果的な材料を与えたい。従来であれば記録

した映像をそのまま配布して見せていたが、それだけでは

効果が高まりにくい。撮影の段階でどんな項目を意図し、

何をどのような方法で撮れば、また 終的にどのように編

集してどんな順序で生徒に還元すれば、生徒達がその映像

記録を見て自らのコミュニケーション能力を高めて行きた

いという向上への意志に繋がっていくのかを、明らかにし

ていきたい。

4.研究の経過と内容

各Phaseでそれぞれトレーニングセッションを行い、コミ

ュニケーション能力及び自己表現能力の向上を図った。ま

た各セッションでは「ふり返り」「気づき」の時間を設け、

自己深化を図った。それぞれのセッションは2台のディジ

タルビデオカメラで撮影したが、撮影にあたっては個人の

映像、ディスカッション中の参加者の発言を積極的に記録

し、各個人の気づきが誘発されやすいように配慮した。

【1st Phase】時期:5月~6月

参加者のレディネスを高め、相互コミュニケーションの

重要性を認識する中で、さまざまな視点から問題を検討し

テーマへのアプローチができるよう、ブレーンストーミン

グとディスカッションの技術を身につける。

内 容:自分を表すシールを貼った名札を利用して自己

紹介。ファシリテータ(教員)とともに参加者が学校

自慢を考える。ディスカッションを通して、自分の意

見を出すことの重要性、他人の意見を聞くことの重要

性を再確認し、コミュニケーションとしてのプレゼン

を認識する。

ふり返り:スプレッド型電子掲示板(BB; Brainstroming

Board)を使用して、気づきの共有及び文字ベースのふ

り返りによる自己深化。記録を迅速にWebにアップ

ロードし、自己のふり返りを促す。(各セッション共

通)

【2nd Phase】時期:6月~7月

さまざまな視点から問題を検討し明確化していくため、

ブレーンストーミングの手法を使い問題解決にいたる力を

養成する。自己を「他」視点、「多」視点から見ることによ

り客体化し、他者とのコミュニケーション力を高める。

内 容:自己プレゼンテーション「This is Me!」をファ

シリテータとともにグループでブラッシュアップし、

グループの代表としてプレゼンを行う。

ふり返り:BBによる気づきの共有化、Webによるふり

返りのほか、セッションの映像をDVD化したものを

利用して、セッションのふり返り及び気づきの誘発を

試みた。

【3rd Phase】時期:7月~8月

的確で端的な言葉、状況に合わせた言葉や構成を考えて

いく中で、効果的なプレゼンとは何かを考える。また聞き

手との双方向コミュニケーションの重要性を考える。

内 容:複数のシチュエーションを設定し、状況に合わ

せたプレゼンを臨機応変に行う。とっさの状況で人を

どう説得するか、自分の言いたいことを相手にどう理

解してもらうかを訓練する。

ふり返り:前述の方法の他、動画撮影可能なディジタルカ

メラを利用して映像によるリアルタイムのふり返りを

行った。

【4th Phase】時期:9月~10月

言語感覚のブラッシュアップ及びプレゼンテーション・

ソフトウェアを利用した視覚に訴えるプレゼンの技術習得。

終発表のための具体的な情報提示の方法を考え、大会で

の発表を前提にプレゼンを完成させる。

内 容:集めてきた情報を再構築し、 小限の言葉で表

す。商品のキャッチコピーを考え画像と組み合わせる

ことにより、どのようなプレゼンが効果的かを学ぶ。

プレゼンをより効果的なものにするのに必要な言葉、

コミュニケーション、画像、身のこなしなど多面的に

分析する。

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第31回 実践研究助成―――173

高等学校

ふり返り:ビデオクリップ・サーバを利用して当初からの

「気づき」を再確認するとともに、「気づき」を内発的

動機づけとしてより大きなテーマに取り組めるようリ

ードする。

【5th Stage】10月30日

「プレゼン甲子園」での発表。

内 容:1つのテーマを提示し、それについてのプレゼ

ンを各校対抗形式で行う。

ふり返り:発表後ファシリテータを中心に、意図、工夫し

た点、苦労した点などについて意見交換。「気づき」を

共有し、メタ認知的能力の育成を図る。

5.研究の成果と今後の課題

動画撮影可能なディジタルカメラの使用

遊び感覚で気軽に1人で、また複数で使用でき効果が高

い。 近のデジカメは液晶画面も大きく、再生を見るのも

問題がない。また 近の携帯電話の進化を考えると、デジ

カメの役目を携帯電話で肩代わりできる可能性がある。

セッションの撮影及び編集

利用意図により必要とするシーンが異なることもあり、

撮影の段階から利用法に沿った作業が必要である。編集に

ついても同様で、指導者側の問題意識のさらなる共有が必

要とされる。あるいは撮影者を限定せず、上記のデジカメ

のようなデバイスでクリップを撮影してサーバに蓄積して

いく方が多様な視点から見ることができる可能性もあり、

今後の課題として考えていきたい。

ビデオクリップ・サーバ

自分や友人の発表・表現を思いついたときオンデマンド

で何度も見直すことができ、非常に効果が高い。ただ個人

が特定されかねない内容であり、セキュリティーへの配慮

が重要である。今回は二重のセキュリティーをかけ、学校

や自宅からもアクセスできるよう設定した。ポータブル・

ミュージック・プレイヤーの普及もあり、セキュリティー

を確保したPodcast形式で配布できればより有効性を高めら

れることも考えられ、今後の課題としたい。

教材・題材、評価のパッケージ化、データベース化

作成教材やトレーニング方法、有効なビデオクリップを

データベース化し、どの学校でもプレゼンテーション能力

育成を行うことができるよう、カリキュラム整備やサーバ

の安定的稼働を行っていきたい。

成果のアウトプット

3年間のプレゼントレーニングの成果をふまえ、生徒の

自己表現能力、相互コミュニケーション能力育成技術獲得

のための教員向けセッションや研修、また直接生徒への

「出前授業」など、この実践の成果を広く共有しまた批判

も受けながら、研究を次のステップに進めていきたい。

6.おわりに

他校の生徒と共に実践を進めていく中で、相手の気持ち

を思いやりながら自己主張をする態度、相互コミュニケー

ションを元にしながらものを創っていく態度が育成されて

きた。また映像クリップをもとにした「ふり返り」や「気

づき」によって、学習動機がより高まり、自分の存在を再

確認することにもつながってきた。ただ映像クリップを作

成する場合、より効果的な映像の作成や映像のタイムリー

な提示、提示方法の改良など、指導する側の綿密な意思疎

通が今まで以上に必要であることも明らかになった。今後

この研究で明らかになった成果や課題をもとに、生徒たち

の能力をより引き出すことができるような活動となるよう、

実践を続けていきたい。

後にこの研究の機会を与えたくださった(財)松下教

育研究財団に厚くお礼申し上げます。

7.参考文献

大阪私学教育情報化研究会(2004) 表現の汗をかけ

プレゼン甲子園2003、実教出版、16pp、じっきょう情報教

育資料別冊

大阪私学教育情報化研究会ICTプロジェクト(2004)

「高校生の情報化と国際化に対応できるコミュニケーショ

ン能力育成に関する実証研究」、(財)松下教育研究財団、

第29回実践研究助成報告書、p.158-160