巻頭対談 メタゲノム解析の 現状と将来性 - yakult3...
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──メタゲノムに関する研究・プロジェクトでは10年来の親交があるお二人。まずは、それぞれの“メタゲノムとの出会い”から話が始まった。服部 私は以前、ヒトの全遺伝子を読み出すプロジェクト「ヒトゲノム計画」に従事していて、それが2003年までに終了しました。その直後だから今から10年ほど前のことだと記憶していますが、ゲノム研究者や腸内細菌研究者が集まった席で、「ヒトの体には腸内細菌を含めて膨大な種類と数の常在菌がいる」という話を初めて聞いたんです。しかも、それらの正体がよく分かっていないという。そこで、このヒトの常在菌に関する研究をゲノム解析の面から進めると大きな発展が見られるんじゃないか、特に腸内細菌が興味深いという話へと発展しました。 私としては、ヒトゲノムを解読するのと同じ解析技術でその研究を進められるだろう、という気持ちがありました。当時、いろいろな種類の腸内細菌が分離され培養されていたのだけれど、腸内細菌の遺伝子情報としてはないに等しい状態でした。それをゲノム解析の技術によって網羅的に調べられるだろう、と。そうなれば、従来分からなかった腸内細菌のさまざまな機能についても、遺伝子やゲノムのレベルで研究できるようになるはずだと思ったのです。大野 私も服部先生とともにその会合にいたのですが、
じつのところ、その時まで腸内細菌のことなど自分の研究と関連して考えたことがありませんでした(笑)。上司である当時のセンター長に会合の声がかかったのですが、「腸管免疫をやっているのだから、おまえが腸内細菌を話す場に出ておけ」といわれて出席していたんです。その当時、腸内細菌の研究といえば栄養学関係の研究者などが手掛けていたものの、免疫研究の分野でその重要性に気づいていた人はほとんどいなかったんじゃないでしょうか。
Special Features 1
「メタゲノム」の活用術
メタゲノム解析の現状と将来性
生物の全遺伝情報を示す“ゲノム”に、より高い(超)次元を意味する“メタ”を加えた用語が「メタゲノム」。そのメタゲノム解析では、(腸内細菌など)ある場所に存在する微生物のDNAを一挙に同定解析することをめざす。これには、どのような背景や目的があるのだろうか。ゲノム解析に詳しい服部正平氏と、腸管免疫の研究に取り組む大野博司氏に語りつくしてもらった。
東京大学大学院教授理化学研究所統合生命医科学研究センターディレクター
服部正平 大野博司 構成◉大朏博善 composition by Hiroyoshi Otsuki写真◉鈴木七絵 photographs by Nanae Suzuki×
巻頭対談
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ヒトゲノムをやってきた服部先生たちしかできない。その頃の私は腸管と免疫を結びつけるものとして、腸管の上皮に多く存在するM細胞の研究を始めたところで、それには腸内細菌の存在も非常に重要だという認識はありました。しかし当時の研究法としては、菌を単離・培養して試験管の中で生化学的性状を見たり、宿主の細胞と混ぜてどんなサイトカインが出るか見るといった研究手法が中心でした。しかしその方法が通用するのは細菌叢のほんの一部で、大部分の菌種は(嫌気性などの理由で)分離・培養が困難という問題があります。 つまり、腸内細菌を試験管に取り出して調べるという研究方法そのものに、どうしても限界がある。ところが、細菌叢のDNA をまとめて解析するメタゲノム解析という方法では、分離・培養という作業なしに細菌叢が持つDNA配列を網羅的に読み出します。それによって腸内細菌のゲノムデータが整理されることになれば、いろいろなレベルで研究が広がるだろうといった期待が生まれますよね。服部 ヒトの体に棲む常在菌の中では、腸内細菌が圧倒的な存在感を持っています。ヒトゲノム計画では、健康とか病気を考えるにはヒト遺伝子の解析が重要だという土台がありました。ところがヒトゲノムのデータが整備されてみると、ヒトの健康や病気には遺伝だけでなく環境要因も影響を与えている、という点に改めて注目が集まることになりました。そうなればまず腸内環境で、食事が健康に影響を与えるというのは以前から分かっていることだし、食事によって腸内の常在細菌の内容が変化するということも以前から分かっている。しかし、食事の内容に関しては科学しにくいし、それに関連した腸内細菌と宿主の相互作用の具体的な正体が分かっていない。だから、ヒトゲノム計画によってゲノム解析の技術が確立したあと、腸内細菌叢のゲノム解析はメタゲノム関連プロジェクトの対象として絶好だろうとなったわけです。大野 さきほどは、腸管免疫の研究があまりメジャーではなかったようなことをいいましたが、その一方で、全身の末梢免疫系に存在する免疫細胞のうちの約7割が腸管免疫系に集積されているのが分かっています。それほど腸管免疫は大きな免疫組織であるし、ヒトの
その頃までの免疫研究の主な対象といえば、やはり一次免疫組織(免疫細胞を作る組織)である胸腺と骨髄か、それが働く二次免疫組織の脾臓とかリンパ節。要するに、体の中で免疫細胞がどうやってできて、どう分化して、どのように刺激を受けて、どういう機能を発揮するかという研究が主流でした。つまり、腸管免疫というのは本流ではありませんでしたから、免疫に関わる研究テーマとして腸内細菌のゲノムに関わっている人となると、当時いなかったのではないかと……。
分離・培養なしにDNA配列を読み出せる服部 うーん、まだそういう時代だったかもしれませんね。しかし会合に出席していた専門家によれば、腸内細菌は健康や病気と関係しているのが分かっている。だったら、免疫の研究もやらなければならないだろう、というのが各分野の専門家の意見でした。それもゲノムだけでなく、そこで得られたデータを基に多角的に研究する必要があるということで大野先生が同席された、というわけでしょう。私としては、自分の専門として続けてきたヒトゲノム解読とほぼ同じ技術で細菌叢をメタゲノム解析できる。そして、こうしてゲノム研究者や大野先生のような腸管免疫の専門家がいる。それらが出会ったのだから、腸内細菌のメタゲノムを一緒にやりましょうということになったのです。大野 腸内細菌のゲノム解析という仕事そのものは、
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健康や病気に関して非常に重要な“水際”なんですね。実際、腸で特殊な分化をする特異的な免疫細胞とか、他では見られないさまざまな細胞が見つかっていて、それがまたいろいろな腸内細菌と相互作用を起こすと考えられています。服部 逆にいえば、1つや2つの腸内細菌を調べてもその総体である“腸内細菌叢”としての機能は分からない。大野 なにしろ、我々の腸内にはヒトの体細胞数(約60兆)の10倍ほどにあたる細菌細胞が常存菌として存在していて、その遺伝子数にいたっては100倍にもなる。それがおなかの中で、我々の代謝よりさらに盛んな新陳代謝をしているのだけれど、それらの遺伝情報に関するカタログがこれまであったわけではありません。さらに、常在菌が病原菌に抵抗を示したり競合する様子などを、その現場である体内で見られたわけでもありません。常在菌のDNAを総ざらい的に解析しようというメタゲノム解析は、腸内細菌叢の機能を遺伝子レベルで解析する新しいアプローチになると期待されるわけです。服部 ただし、メタゲノムの成果として、そこまでいくには時間が必要でしょうね。ヒトゲノムの例からも
分かるように、第一ステップはとにかく腸内細菌叢が持つ塩基配列のすべてを知ってしまうことです。続いて、そのゲノムデータを土台とするさまざまな研究が行われることによって、実際の機能分析を積み上げていくことになります。ヒトの生理機能や健康・病気などを、腸内細菌とヒト遺伝子との相互作用という面から理解するための研究テーマは、そのデータを基にして生まれる。つまり私の役目は、メタゲノム解析によって腸内細菌の塩基配列データを得るという“土俵作り”をすることで、大野先生のような花形のスター(研究者)は相撲取りのようにそこで頑張って闘って、成果を出してくれというわけです。
メタゲノムの歴史はまだ若い──このような性質を持つメタゲノム解析研究が可能になってきた背景には、どんな事情があったのか。そして、さらなる進展のためには何が必要なのだろうか。服部 大野先生のような免疫学者の他に微生物学者とかゲノム研究者、そしてバイオインフォマティクス(生物情報学)の専門家が同じ目的に集まる形で、コンソーシアムを作ったのが2005年のことでした。ほぼ同時に私が外国のゲノム研究者にも声をかけて、国際ワークショップなどを開きました。つまり、メタゲノム研究が具体的に始まったのが約10年前といえます。アメリカのNIH(国立衛生研究所)が国家プロジェクトを立ち上げ、EU(欧州連合)がコンソーシアムを作った。そして国際コンソーシアムが作られたのが2008年ですから、メタゲノムの歴史はまだかなり若いといえます。大野 当初はメタゲノムという言葉もなくて、環境ゲノムとか名前をいろいろと考えたものでしたね。それに何よりも当時問題だったのは、DNAの塩基配列を解析するシーケンサーの性能上の問題から、メタゲノム解析は時間的・コスト的に非常に高額な研究だったということでしょう。具体的には、どのような具合だっ
メタゲノム
ショットガン
メタゲノムライブラリー
シークエンシング
■ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析
腸内細菌叢のメタゲノム解析では、糞便中のすべての腸内細菌の遺伝子をショットガンで多数の断片に分解し、それぞれの塩基配列を解析し、リスト化する。
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たのですか?服部 たしかに、その頃のシーケンサーは今からみると旧世代となる、サンガー法を用いたもので手間も時間も、そしてお金もかかりましたよ。メタゲノムという以上、ヒトの糞便に含まれる腸内細菌のゲノムを網羅的に解析するわけですが、1人の被験者に1000万円を費やしていました。
最初のプロジェクトは“カタログ作り”大野 うーむ、1人のメタゲノムに1000万円ですか !?服部 そう1000万、そのくらいかかったんですよ。世界的にみても先行していた私たちのグループは2年ほどかけて、2007年に13人のゲノムを解析した論文を出しています。腸内細菌の内容は人によって異なるから、ある程度以上の人数についてのデータがないと意味がないと考えたんです。大野 だって、腸内細菌の種類や構成は人によって異なりますからね、何百、何千といった人数分が集まってやっとデータとしての意味を持つわけでしょう。服部 ところが、2006年にアメリカの研究者が2人の解析結果について「サイエンス」に発表、これが初めてのメタゲノム論文ということになってしまった。私たちは世界で2番目となって、遺伝子の数としては当時として最も多い66万で発表しています。 それが2008年になると次世代シーケンサーが登場していて、今では400万とか500万という遺伝子の数が報告されている。それも、1人分を解析するのに数万円という費用ですみます。1人の被験者から何十万という遺伝子が見つかるのですが、常在菌の内容・種類・構成は一定ではなく非常に多様で、人によって異なるしバラつきも多いという特徴があります。したがって10人とか20人程度の被験者のデータでは何もいえない。100人、1000人という数になって、その解析結果がやっとデータらしくなるものですから、プロジェクトも大型になりますね。大野 でも、それで新しい知見が得られるかといえば、そう簡単にはいかないのがメタゲノムプロジェクトの難しいところですね。注意が必要なのは、最初に進められるプロジェクトは、あくまでも“カタログ作り”であるという点でしょう。たとえば、ある集団と別の
「メタゲノム」の活用術集団ではゲノムデータに統計学的な違いがあるとしましょう。それが病気の原因じゃないか?あるいは逆に、病気を抑えている原因になるのではないか?と考えます。それが遺伝子の変異であったら、その遺伝子がどのように機能するのかという調査を別の研究でやる必要が出てくる。マウスに同じような変異を作ると同じような病気になるか、といったような検証が行われる必要があるわけです。 ある病気を考えるにしても、正常な人のメタゲノムデータはこんな内容なのに対して、病気の人では別の内容を持っているとします。では、その見えている差が本当に病気の原因なのか、それともそうじゃないのか。ほかに本当の原因があるのでは、といった検証研究が必要となります。そもそも、腸内細菌が変化したから宿主が病気になったのか、宿主が病気になったから腸内細菌が変化したのか。原因なのか結果なのか、というのを見つけていかなければならないわけです。服部 そこなんですよね。誤解されてはならないのが、「ゲノム情報が分かると病気が治せる」とか「ゲノム情報が健康維持の理解につながる」といった短絡した発想で、これは危ない。たとえば、健常者の腸内細菌と糖尿病患者の腸内細菌を比べて、そこに有意な違いがあった場合──糖尿病の発症に関わるリスクが腸内細菌の中にある可能性が見えてきます。ではそれは何かということについては臨床の医師など、患者に近い研究者が自分のテーマとして積み重ねることで、“宿主遺伝子のリスク以外に常在菌のリスクがある”という点に迫れる可能性が出てきます。 たとえば糖尿病の場合、リスク遺伝子とされるものだけで 200個ほどが見つかっています。それだけの遺伝子があると、個々の遺伝子について調べても何が分かるのだろうと思いますよね。しかも、それが環境要因とどのように、どの程度の重みで関係しているのかも分かりません。ところが、ヒトの遺伝情報と腸内細菌の情報とを合わせることによって、その病気になるメカニズムが詳しく見えてくる、というわけです。大野 免疫系の疾患でも、ヒトのさまざまな遺伝子と摂食とか栄養といった外部要因が複雑に絡んでいる。ヒトが持っているゲノムは、親から受け継いだ遺伝情報だから変わらないけど、メタゲノムの場合は細菌だ
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けに変わり得るので“原因か結果か”というのが分からないところがあるんですね。そういう意味では、メタゲノムが明らかになっている人たちを時間経過の中で観察していく(コホートで見ていく)と、ヒトゲノムとメタゲノムの関係として興味深いデータが得られるかもしれませんね。服部 そのためにも、まず、腸内細菌叢のDNAを徹底して解析する“カタログ作り”がしっかり行われる必要があるわけですよ。
全体としてデータを見ていく──腸内細菌と健康との関係について、日常的には“善玉菌、悪玉菌”という言葉が使われることがある。そのような、腸内細菌それぞれの性質や機能といったことも判明してくるのだろうか。服部 私たちの場合は、今までいわれてきた善玉菌とか悪玉菌といった“一般的区分”にこだわることなく、これからのメタゲノムによって善玉とか悪玉といったことを具体的に知りたいわけです。大野 「いわゆる善玉細菌」といった表現で一般向けに分かりやすく話すことはありますけれど、善玉と悪玉を画然と分類できているわけではなく、科学的な用語とはいえないでしょう。服部 歴史的に見た場合、細菌学というのは病原菌の研究から始まっているため、特定の菌が病気を起こすという概念が強く働きがちです。実際に、特定の犯人(病原菌)によって起きる病気も確かにあります。そういったことから、菌を個別に見て善玉か悪玉かという発想になりやすいと思うんですね。しかし常在菌の研
究はそういう発想ではなくて、さまざまな菌がチームワークで機能する、ということを前提にしている。野球でいえば 1人のエースがいるだけでなくて、9人のチーム全体で試合をしていることを前提としている。そういう発想でデータを見ていきましょうというわけです。 いってみれば腸内細菌叢の構造が変わるとでもいうのか、組成が変動することで宿主との相互作用の内容も変化する。すると、おそらく代謝物なども変化して宿主の生理状態に影響を及ぼすだろう……そういう見方をした方がいい。全体としてデータを見ましょうと言っているんです。大野 私も菌のバランスが重要だと思っています。なにしろ何百種類もの腸内細菌が、何百兆個とかそれ以上いるといわれているのだけれど、メジャーな菌が重要なのか、それとも今まで知られていない少数菌であってもその変動が問題なのか、まだ分かっていません。 たとえばビフィズス菌の場合、徹底的に酸素を嫌う偏性嫌気性菌なので、少しでも酸素がある体内器官では生きられない。そんな理由から、腸管免疫と関連してプロバイオティクスの対象として語られています。しかしビフィズス菌だけで腸内環境を説明できないからこそ、服部先生がいわれるチームとしての菌叢解析が意味を持つわけですね。服部 そのビフィズス菌ですが、「腸内細菌の中でビフィズス菌が最も多いのは日本人の特徴」というデータがあります。欧米の人たちの腸内細菌と比べてビフィズス菌が占める割合が多いんです。大野 なぜ、ですかね。食事なども影響しているのか……。服部 いや、そういう調査結果があるだけで、今のところ理由は分かっていません。そして遺伝子レベルでいうと、DNAを修復する遺伝子は欧米の人たちの方にずっと多い。つまり修復が必要な傷が多いから修復遺伝子が多いと考えられるのですが、日本人ではそれが圧倒的に少ないんです。その理由は分からないのですが、欧米の方が大腸がんの発症率が高いことと関係があるのかどうか……。食べ物の違いと関係あるのかどうかも今のところ分からないのですが、そのような
服部正平(はっとり・まさひら)東京大学大学院新領域創成科学研究科教授(情報生命科学専攻)。1979年大阪市立大学大学院工学研究科博士課程修了、84年九州大学遺伝情報実験施設助手、87年カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員、91年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター助教授。99年理化学研究所ゲノム科学総合研究センターチームリーダー、2002年北里大学北里生命科学研究所教授、06年7月から現職。
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の即効性をメタゲノムに求めるという考え方もあるでしょう。しかし、もっと基本的な面で人の健康とは何か、より健康になるというのはどういう意味か、といったことを環境との関連で理解しようというのがメタゲノムのひとつのポイントだと思うのです。たとえば、病態は同じでも西洋人と東洋人では遺伝的に異なるから腸内細菌などの環境リスクファクターも異なると考えられる。 同じかもしれないけど、それならそれで興味深い現象だといえます。さらにいえば、“腸内細菌のバランス”とひとくちにいっても、その人のゲノムと腸内細菌の相関関係まで説明できないと、科学的とはいえません。そうした理解を深めるためのカタログ作りこそ、メタゲノムの果たすべき仕事として理解してほしいですね。服部 とりあえず大事なのは、常在細菌としての腸内細菌をコントロールすることで、健康維持とか病気治療などに対する選択肢が、間違いなく1つ増えるということでしょう。10年前には、何か菌がいるといった程度の認識だったし、漠然と健康に良い食品・飲料などとされるものがあった。ところがほんの10年で、サイエンスに裏付けされた形で腸内細菌の影響が語られようとしている。健康や病気は遺伝的要因と環境要因の両方が関係していて、その症状や病気によって両者が関わる割合が違う、というのは今や常識です。ヒトゲノムなどによって遺伝子情報が積み重ねられてきた中で、今度はメタゲノムによって環境要因の中でも重要な腸内細菌の情報が蓄積されようとしている。その期待は大きいというわけです。
こともメタゲノムが進むと何か分かってくるかもしれませんね。
有用菌や遺伝子産物に対して特許を取れる──では、メタゲノムの今後の進展によって何が見えてくるのだろうか。研究者たちは何を見ようとしているのだろうか。大野 最も分かりやすいのは、メタゲノム解析によって得られた常在菌の中から有用菌や遺伝子産物に対して特許を取って、新たな医薬品を開発しようとする動きでしょうね。メタゲノムによるデータから、どのような腸内細菌がいて、その菌がどのような遺伝子を持っていて、それがどのようなタンパク質となって働いて、どのような機能を持つか。 あるいは、どういった代謝産物がどのような影響を生体に与えるか、といった研究を進めることができる。アレルギーは外来物質に対する反応だし、炎症性腸疾患は腸内細菌などに対する免疫系のズレというか、恒常性の破綻によって起きるわけだから、根本的な治療法が開発できる可能性があるわけです。日本ではそう進んでいませんが、特許による囲い込みが盛んなアメリカなどでは熱心なようです。服部 病気の治療というか患者に近い医療関係者としては、メタゲノムによるデータを積み重ねることで、宿主遺伝子が持つリスクと常在菌が持つリスクの両方を合わせることによって、その病気になるメカニズムに迫れます。そうなれば、今までのヒトの遺伝子だけを見た薬対応から腸内細菌まで考慮した医薬品へと、ドラッグデザインがより正確になるということはあるでしょう。 たとえばアメリカを見ると、国家的なメタゲノムプロジェクトHMPが5年でひと区切りついた後、継続プログラムは予算が見かけ上減ったんです。でもこれは収束したというより、派生的なプログラムに分散している。じつは、いろいろな疾患が腸内細菌と関係しているようで、糖尿病はもちろん、高血圧とか循環器系の疾患といったものまで関連が考えられるようになった。それでメタゲノムの第2段階として、それぞれの病態との関連研究が始まったようなのです。大野 そのように、病気の治療法といったある意味で
大野博司(おおの・ひろし)理化学研究所統合生命医科学研究センター恒常性医科学研究部門粘膜システム研究グループディレクター。1983年千葉大学医学部卒業後、同麻酔学教室に入局。91年千葉大学大学院医学研究科修了、千葉大学医学部助手。94年米国立衛生研究所でポスドクとしてタンパク輸送制御機構の研究、97年千葉大学助教授、99年金沢大学がん研究所教授、2002年から現職。
(図版提供:服部正平)
Special Features 1「メタゲノム」の活用術