宇宙の大規模構造 嶋作一大cosmos.phys.sci.ehime-u.ac.jp/~tani/bball/chap-3.pdf3−1−2...
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宇宙の大規模構造 (嶋作一大) 3−1 総論 3−1−1 銀河の集団と大規模構造 銀河は宇宙空間にばらばらに分布しているのではなく、さまざまな大き
さの集団を作っている。一番小さい集団は銀河群である。一つの銀河群に
は明るい銀河が 2 個から数十個含まれている。銀河群より一回り大きい集団を銀河団とよび、明るい銀河は数十個以上になる。現在の銀河のおよそ
7 割は銀河群か銀河団に属している。いくつかの銀河群や銀河団がゆるく集まって超銀河団を作っていることもある。 銀河群、銀河団、超銀河団は数十 Mpc にわたってフィラメント(ひも)状に連なっていることが多い。宇宙にはこうしたフィラメントが縦横に張り
めぐらされている。フィラメントに囲まれている銀河密度の低い領域をボ
イド(空洞の意味)という。大規模構造とはフィラメントとボイドで特徴づけられる銀河分布のことである。我々の知る限り、大規模構造は宇宙最大
の構造である。 銀河群から大規模構造までの集団のうち、銀河団と超銀河団の間には、
自己重力系か否かではっきりとした境界がある。自己重力系とは、重力に
よって結びついて形を保っている系のことで、恒星、球状星団、銀河など
がそうである。銀河群と銀河団は自己重力系であるが、超銀河団と大規模
構造は重力的結びつきが弱いために自己重力系ではなく、宇宙膨張にひき
ずられて拡大し続けている。大規模構造はこれからさらに「大規模」にな
るのである (それとひきかえに中身は薄まる)。 銀河群と銀河団は、大きさは違うが自己重力系としては同種の天体1であ
り、両者にはっきりとした境界はない。大きな銀河群と小さな銀河団とは
厳密に区別することはできないし、しなくてもいいのである。
1 天体という言葉は自己重力系に対して使われることが多い。
3−1−2 大規模構造の起源 大規模構造をはじめとした銀河集団および銀河自身は、原始密度揺らぎ
が重力によって成長してできたと考えられている。原始密度揺らぎとは、
誕生直後の宇宙に発生したとされるごくわずかな密度のムラのことである。 宇宙空間に、密度の高い領域と低い領域がモザイクのように混在していた
のである。密度の高い領域は平均より重力が強いので、時間とともに物質
が集まって密度がさらに上がり、やがて銀河や銀河集団になる。この過程
を揺らぎの成長という。 1 章で述べたように、宇宙の全物質のうち、質量にして 85%はダークマター(冷たいダークマター)という未知の物質であり、我々のよく知っている原子物質(バリオン)は 15%でしかない。したがって、揺らぎは実質的にダークマターの重力によって成長する。 密度揺らぎはコントラストと領域の広さで表される。コントラストとは、
密度が宇宙全体の平均の何倍かを意味し、山でいえば高さに当たる。広さ
は山の広がりである2。コントラストの高い揺らぎは早く成長し、広い領域
の揺らぎは大きな集団に成長する。冷たいダークマターの揺らぎは、小さ
い領域の揺らぎほどコントラストが高いという特徴があるため、まず銀河
が現れ、その後、より大きな銀河集団が現れる。 3−1−3 大規模構造と宇宙論 銀河は宇宙の物質の分布をなぞっている。たとえば銀河の多い領域には
物質も多い。したがって大規模構造の銀河の分布から密度揺らぎが復元で
きる。3—4 章で述べるように、密度揺らぎは宇宙論や構造形成論にとって本質的に重要な量である。密度揺らぎの起源は宇宙誕生時の量子揺らぎだ
と考えられている。これが正しいとすれば、宇宙最大の構造は最小の素粒
子の世界につながっていることになる。 2 密度が平均より低い揺らぎは谷のようなものである。そうした揺らぎは時間とともに密度が下がり続けるため、銀河やその集団は生まれない。
2−7 章で述べたように、大規模構造にはバリオン音響振動による特徴的な(しかしかすかな)パターンが刻みこまれている。このパターンは、宇宙のどこでも大きさが厳密に同じであるという特筆すべき性質を持っている。
いわば宇宙の物差しであり、これを使って、たとえばダークエネルギーの
正体を探ることができる。 3−2 銀河群と銀河団 3−2−1 銀河群 銀河群は最も小さい銀河集団である。銀河群には明るい銀河が 2 個から数十個含まれている3。このように一口に銀河群といっても規模は一桁以上
幅があるため、このあと挙げる質量などの値はあくまでも典型的な値であ
って、個別に見るとかなりばらつくことに注意してほしい。銀河団につい
ても同様である。銀河群は 103Mpc3に 1 個程度の頻度で存在する。 銀河群の直径は 1Mpc 程度ある。一般に 1Mpc ほど離れた銀河同士は宇宙膨張によって 100km/s 近い速さで互いに遠ざかってしまうが、銀河群の場合は銀河同士が重力によって強く結びついて自己重力系になっているた
め、ばらばらにはならない。 銀河群の典型的な質量は 1012—1013 太陽質量である。あとで述べるよう
に、銀河群には明るい銀河の何倍もの数の暗い銀河が含まれているが、質
量の大部分は明るい銀河にあるらしい。 銀河群の質量を求める方法の一つは、銀河の運動に基づくものである。
銀河群の中の銀河は、銀河群自身の重力に対抗するために動き回っていな
ければいけない。すなわち、動き回る速度 V、銀河群の半径 R、銀河群の質量 M の間には 𝑉 = 𝑓 𝐺𝑀/𝑅 1/2 という関係がある。ここで f は 1 に近い無次元数、G は重力定数である。V は観測で測ることができ、典型的に200km/s 程度である。半径も測れるので、この式から質量が推定できる。 3 2 個の場合を連銀河とよぶこともあるが、2 個の場合だけ特別視する意味はないので、ここでは銀河群に含める。
ほかにも、銀河群を満たすプラズマガスの観測から推定する方法(銀河団の項を見よ) などがある。 このようにして求まった質量は、個々の銀河に含まれている星やガスを
合算した質量よりはるかに大きい。銀河自身と同様、銀河群も質量の大部
分はダークマターが担っているのである。 比較的近傍にある 2 つの銀河群の画像を図 3—1 に示す。これらの画像には明るい数個の銀河しか写っていないが、実際には暗い銀河がたくさんあ
る。銀河の光度関数(5 章)からわかるように、銀河の真の明るさには大きな幅があり、暗い銀河ほど数が多い。典型的な銀河群には、最も暗い銀河ま
で含めると数十個の銀河が含まれていると考えられている。しかし、観測
しやすい近傍の銀河群といえども、暗い銀河をすべて見つけ出すことはで
きない。この事情は銀河団でも同様であって、銀河群と銀河団を明るい銀
河の数で定義している大きな理由は、暗い銀河の正確な数がわからないこ
とにある。 図のような可視光の画像は星からの光しかとらえていないが、銀河群に
はガスも存在する。星を作る材料となるような低温のガスは電波で、高温
のプラズマガスは X 線で見ることができる。図 3—2 は可視光と波長 21cmの電波4で見たメシエ 81 銀河群である。可視光で離ればなれに見える銀河は、実はガスでつながっているのである。 図 3—1 (1) メシエ 66 銀河群。主な構成銀河は、メシエ 66(画面左下)、メシエ 65(右下)、NGC3628(上)。(2) M96 銀河群(しし座 I 群)。主な構成銀河は、画像中央下のメシエ 96 をはじめとした数個の明るい銀河。
4低温ガスの主成分である水素原子はこの波長の電波を出す。
(1) (2) http://messier.seds.org/Pics/More/m65-66noao.jpg http://messier.seds.org/more/m066gr.html http://messier.seds.org/Pics/Jpg/m96gr.jpg http://messier.seds.org/more/m096gr.html 図 3−2 可視光(左)と波長 21cm の電波(右)で見たメシエ 81 銀河群。中央の大きな渦巻銀河がメシエ 81、上方の小さな銀河はメシエ 82、左下の小さな銀河は NGC3077。銀河間の潮汐力によってガスの分布は帯状になっている。
http://www.aoc.nrao.edu/~myun/ http://www.aoc.nrao.edu/~myun/m81poss.gif http://www.aoc.nrao.edu/~myun/m81hi.gif 明るい銀河の中には、銀河群や銀河団に属さず、ぽつんと孤立して存在
しているものもある。そうした孤立銀河も、よく観測してみると暗い銀河
を従えていることが多い。銀河群のもともとの定義とは異なるが、複数の
銀河が重力的に結びついているという意味で、これらは最小単位の銀河群
と考えることもできる。その意味で、孤立銀河と銀河群は連続した天体な
のである。 銀河系は局所銀河群という群に属している。局所とは英語の local の訳で、地元の、というような意味である。我々の住む銀河系が属しているの
で、地元というわけである。局所銀河群はありふれた銀河群にすぎないが、
最も詳しく観測されているという点で特別である。 局所銀河群の銀河の中で、銀河系とアンドロメダ銀河(メシエ 31)がきわだって明るい。局所銀河群の質量の大部分もこの 2 つ銀河が担っている。 図 3—3 局所銀河群。全部で約 50 個の銀河が見つかっているが、その多くは非常に暗い。 http://www.atlasoftheuniverse.com/localgr.html
図 3—3 に局所銀河群の銀河の分布を示す。50 個ぐらいの銀河が見つかっているが、その多くは非常に暗い銀河である。銀河系やメシエ 31 は、こうした暗い銀河を飲み込んで成長してきたと考えられている。実際、銀河
系の円盤に突入しつつある銀河も見つかっている。なお、銀河系とメシエ
31 も将来は合体して一つの楕円銀河になると考えられている。
図 3—4 コンパクトグループ HCG44(左)と HCG79(右)。
HCG44 http://www.rc-astro.com/photo/id1020.html HCG79 (Seyfert’s Sextet) http://hubblesite.org/newscenter/archive/releases/2002/22/image/a/ 通常の銀河群と同じくらいの数の銀河がずっと狭い空間に集まった、コ
ンパクト銀河群とよばれる銀河群も存在する。図 3—4 はその例である。明るい数個の銀河が密集していることがわかる。コンパクト銀河群は通常の
銀河群ほどありふれてはいないが、決してまれな存在ではない。銀河の込
み具合では、コンパクト銀河群は銀河団の中心部に匹敵しており、銀河同
士の合体がひんぱんに起きていると考えられる。 3−2−2 銀河団 銀河群より一回り大きい集団は銀河団とよばれている。銀河団は宇宙で
最も重い自己重力系である。銀河団の直径は銀河群よりも大きく、5Mpcに達するものもある。一般に銀河団は、中心部に近いほど銀河が密集して
いる。銀河団内部の平均密度は宇宙の平均の 100 倍以上あり、コントラストの高い集団である。銀河団は 106Mpc3に 1 個程度の頻度で存在する。 銀河団の典型的な質量は 1014—1015 太陽質量である。質量の内訳は、約
85%がダークマター、残りがバリオンである。銀河団も重力的にはダークマターに支配されている。バリオンの質量のうち星は 1 割にも満たず、残りは 1 億度近い高温のプラズマガスである。銀河団に大量のプラズマガス(銀河団ガス)が満ちていることは、X 線望遠鏡が打ち上げられて初めて判明した驚くべき事実であり5、X 線天文学の最大の発見の一つとされている。銀河団ガスについては 14—4 章を見よ。 図 3—5 は可視光と X 線で見たかみのけ座銀河団である。可視光では星しか写らないため、銀河と銀河の間には何もないように見えるが、実際はプ
ラズマガスが充満している6。 図 3—5 X 線(左)と可視光(右)で見たかみのけ座銀河団。
理科年表「徹底解説」より転載。 http://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/tenmon/img/rika-ast015fig1.jpg 銀河団の銀河も動き回っている。その速度は銀河群の場合よりずっと大
きく、典型的に 1000km/s もある。3—2—1 章でみたように、動き回る速度は 𝐺𝑀/𝑅 !/!に比例する。銀河団のほうが速度が大きいのは、銀河群より
GM/R が大きいからである。また、重い銀河団ほど速度が大きい傾向がある。 5 地球の大気は X 線を通さないので地上から観測することはできない。 6 もちろんダークマターも分布している。
銀河団の質量は、銀河の運動速度からビリアル定理(4—2—3 を参照。本質的には 3—2—1 の𝑉 = 𝑓 𝐺𝑀/𝑅 1/2の式)を用いて求められるが、プラズマガスの X 線観測から求められることも多い。プラズマガスは銀河団の重力によって閉じ込められている。すなわち、プラズマ自身の圧力による外向きの
力と、全物質の重力による内向きの力が釣り合っている(静水圧平衡)。圧力は X 線観測から測れるので、釣り合いの式が解けて質量が推定できる。 重力レンズ効果(4—2—3)も有力な質量推定法である。銀河団の背後の銀河は、銀河団の重力レンズ効果によってゆがんだ像として観測される。そこ
で、銀河団全体にわたって背後の銀河のゆがみの度合いを測ることで、銀
河団の質量が推定できるのである。この方法はたくさんの背景銀河のわず
かなゆがみを銀河団全体にわたって測る必要があるので、高画質の広視野
カメラを備えたすばる望遠鏡が活躍している。 我々から最も近い銀河団は、約 17Mpc の距離にあるおとめ座銀河団である。おとめ座銀河団は非常に詳しく調べられており、暗いものまで含め
ると 2000 個以上の銀河が見つかっているが、銀河団としては規模が小さいほうである。 規模が大きい銀河団で最もよく調べられているものは、距離約 100Mpcにあるかみのけ座銀河団だろう。図 3—6 はかみのけ座銀河団の中心部の拡大画像である。2 つのきわめて明るい銀河を中心にたくさんの銀河が分布している。この 2 つの明るい銀河の間隔は銀河系とメシエ 31 の間隔の 1/3程度しかない。銀河団の中心部では銀河の密度が非常に高いのである。 図 3—7はエイベル 1689銀河団という z=0.18にある大きな銀河団の中心部の画像である。楕円形や円形のぼやっとした天体はすべてこの銀河団の
銀河である。かみのけ座銀河団と同様、銀河がきわめて密集しているため、
ほとんどの銀河は楕円銀河か S0 銀河である(5 章の形態-密度関係を見よ)。 なお、銀河系は銀河団には属していないので、局所銀河団という天体は
ない。 図 3—6 かみのけ座銀河団の中心部。
http://www.rc-astro.com/photo/id1164.html % 木曽の写真でもよいが、画質はやや劣る。 図 3—7 エイベル 1689 銀河団(赤方偏移 z=0.18)の中心部。重力レンズ効果が詳細に調べられている銀河団の一つ。
http://hubblesite.org/gallery/album/entire/pr2010026b/large_web/ 3−3 超銀河団 いくつかの銀河団や銀河群がゆるく集まった集団を超銀河団という。超
銀河団は重力的な結びつきが弱いので、形のいびつなものが多く、周囲と
の境界もはっきりしない。ある集団を超銀河団と認定するかどうかは意見
がわかれることもある。しかし境界や定義の曖昧さは本質的な問題ではな
い。超銀河団は、それなりに独立して見える大集団ではあるが、物理的に
はフィラメントの一部といってよく、あえて超銀河団だけを切り出して研
究する意義はあまりないからである。 図 3—8 局所超銀河団。一つの点が一つの銀河を表す(実際の銀河は点よりもずっと小さい)。銀河系は図の中心にある。右方にある銀河の密集した領域はおとめ座銀河団。
「銀河 I」図 10.2 と同じ。Tully 1982, ApJ, 257, 389 http://ads.nao.ac.jp/abs/1982ApJ...257..389T 銀河系は局所超銀河団という超銀河団に属している。局所という言葉は
ここでも英語の local の訳である。局所超銀河団はおとめ座銀河団を中心とした約 40Mpc の大きさの集団である。図 3—8 に局所超銀河団の銀河の分布を示す。平べったい形をしていることが見てとれる。銀河系はこの超
銀河団の中で端のほうにある。図 3—9 は銀河系の周囲の超銀河団の分布を示したものである。 図 3—9
銀河系から約 160Mpc 以内の超銀河団の分布。
http://www.atlasoftheuniverse.com/nearsc.html 3−4 大規模構造 3−4−1 大規模構造の姿
銀河団以上のスケールに注目して銀河の分布を見てみると、銀河の集ま
った数十 Mpc の長さのフィラメント状の構造が宇宙空間に張りめぐらされていることがわかる。これとボイドの織りなす構造が宇宙の大規模構造
である。銀河群や銀河団や超銀河団の多くはフィラメントの一部として存
在している。孤立銀河の多くもフィラメントの中にある。フィラメント内
部の銀河の密度 (銀河団など銀河の密集した領域を除いた、いわば典型値) は、宇宙全体の平均の数倍程度であり、コントラストは高くない。
図 3—10 スローン・ディジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)によって描き出された銀河系から約 900Mpc 以内の銀河の分布。一つの点が一つの銀河を表す(実際の銀河は点よりもずっと小さい)。大規模構造を見やすくするために赤緯 -2°から+2°の銀河だけが描かれている。銀河系は円の中心にある。デー
タのない部分は観測しなかった天域。網の目のように見えるのが宇宙の大
規模構造。
Gott et al. 2005 http://ads.nao.ac.jp/abs/2005ApJ...624..463G http://iopscience.iop.org/0004-637X/624/2/463/fulltext/fg2.h.gif 図 3—10 は、スローン・ディジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)という銀河サーベイに基づいて描かれた、銀河系から約 900Mpc 以内の銀河の分布を示している。円の中心に銀河系があり、動径方向が距離を表す。銀河ま
での距離は後退速度からハッブルの法則(後述)を用いて求めている。観測された銀河をすべて描き入れると三次元分布が重なって見づらくなってし
まうので、この図では、銀河系を通る平面で宇宙空間を輪切りにした断面
付近の銀河だけが描かれている。スイカを 2 つに割ったときに現れる種の
分布に相当する。 図で、網の目ように見える数十 Mpc スケールの構造が大規模構造である。網の糸に当たるのがフィラメント、フィラメントに囲まれた領域がボイド
である。フィラメントやボイドは、形や大きさやコントラストはまちまち
であるものの、観測領域全体を覆っている7。大規模構造はありふれた構造
なのである。一方、100Mpc を大きく超える大きさの単独のフィラメントやボイドは見られない。 宇宙論の分野では、宇宙はどの場所も同じであると仮定して8 (宇宙原理) 宇宙の幾何学や進化を記述するが、大規模構造の中では場所によって銀河の密度が異なるので宇宙原理はあまり良い精度では成り立っていない。
大規模構造を大きく超えるスケールまで「ならして」見ることで初めて、
宇宙原理が良い精度で成り立つようになる。カメラを目一杯ピンぼけにし
て白黒の網目模様を撮影するとほぼ灰色一色に写るようなものである。 3−4−2 銀河の特異運動 [不要、もしくは銀河の章か] 銀河群や銀河団の中で銀河は動き回っているが(3—3)、じつは大規模構造の中でも銀河は運動している。ここでいう運動とは、宇宙膨張によって銀
河が互いに遠ざかっていくことを指すのではなく、宇宙膨張からずれた運
動のことである。たとえば、銀河団の周囲の銀河は、銀河団との距離とハ
ッブルの法則から予想される後退速度よりも、ゆっくりと銀河団から遠ざ
かっている。銀河団の重力によって後退速度にブレーキがかかっているの
である。非常に近くの銀河はむしろ銀河団に近づいている。宇宙膨張から
ずれたこうした運動を特異運動とよぶ。 宇宙膨張は、たくさんのシールの貼られた風船がふくらむ様子にたとえ
られる。風船の表面が宇宙空間、シールが銀河である。シール同士は風船
7遠くに行くにつれて銀河が少なくなっているのは、明るい銀河しか観測で
きないことによる見かけの効果である。 8 正確にいえば、宇宙はどの場所も同じ(一様)で、どの方向を見ても同じ(等方的)であるという仮定。
がふくらむにつれて離れていく(ハッブルの法則)。特異運動まで表現したい場合はシールの代わりに蟻を使えばよい。ふくらんでいく風船の上で蟻
はあちこち動き回る。これが特異運動である。蟻同士がぶつかったりする
こともあるだろう。これは銀河同士の合体にあたる。 宇宙の質量分布はなめらかではないので、宇宙空間の重力場もでこぼこ
している。したがって実質的にすべての銀河は特異運動をしている。銀河
系も約 500km/s の特異速度を持つ。逆の見方をすれば、銀河の特異速度を測れば宇宙の質量分布が力学的に推定できる。実際そのような研究も行わ
れている。 銀河団のような非常に重い系も、周囲の銀河団の重力に引かれて特異運
動をすることがあり、場合によっては銀河団同士が合体してしまう。合体
の最中だと思われる銀河団も見つかっている。
3−5 大規模構造の観測 3−5−1 大規模構造の発見
大規模構造は銀河の三次元分布なので、その姿を正しくとらえるには、
銀河の天球面上の位置(赤経と赤緯)に加えて、距離を知る必要がある。一般に、銀河の距離 dは赤方偏移 zから求められる。zを測って後退速度 v=czを計算し、ハッブルの法則の式 v=H0 d を逆に使って求めるのである9。こ
こで c は光速度、H0はハッブル定数である。 赤方偏移を測るには、銀河を分光してスペクトルを取らねばならないが、
銀河の分光は以前はたいへん手間がかかった。第一に、検出器の感度が非
9銀河の距離をハッブルの法則を用いて後退速度から求める場合は、特異運
動に注意する必要がある。観測される後退速度には特異運動の成分が加わ
っているからである。真の後退速度が遅い近傍の銀河ほど影響が大きい。
少なくとも、銀河系からおよそ 10Mpc までの銀河は、別の方法で距離を求めるのが安全である。
常に低かった。高感度の検出素子である CCD の普及は 1980 年代になってからである。分光は光をたくさんの波長に分ける必要があるので、感度の
低い観測は長い時間がかかる。第二に、銀河の分布を描くには 100 個の桁の銀河が必要だが、以前の分光装置は一度に一個の銀河しか分光できなか
った。これらの理由から、大規模構造の発見は 1970 年代後半まで待たねばならなかった。
その発見について説明する前に、大規模構造の存在だけなら分光観測を
しなくても推測できることを示しておこう。図 3—11 は南天の 4300 平方度という広い天域の銀河の天球分布を描いたものである。銀河の分布に大き
なスケールの濃淡があるが、これはまさに大規模構造を見ているのである。
いろいろな距離にある大規模構造を奥行き方向につぶして見てしまってい
る上に、距離が測られていないので絶対的な大きさも分からないが、大き
なスケールで銀河が集団を作っていることが推測できる10。 図 3—11 南天の銀河の天球分布。
Maddox et al. 1990, MNRAS, 246, 433 http://ads.nao.ac.jp/abs/1990MNRAS.246..433M APM サーベイ。この論文の図は分解能が低い。 現代宇宙論で使用されている図はもっときれい。提供してもらう。
10 たとえば銀河の典型的な大きさは既にわかっているので、濃淡の幅や長さが銀河何個分に相当するかを測れば、大きさの見当はつく。
グレゴリー(S. A. Gregory)とトンプソン(L. A. Thompson)は 1978 年、赤経 11.5h—13.3h、赤緯 19°—32°という横長の天域にある 238 個の銀河の三次元分布を発表した。図 3—12 がその分布図である。三角形の下側の頂点に銀河系があり、斜辺は銀河系からの距離(上にいくほど遠い)、上辺は赤経に対応する。赤緯の幅(三角形の厚さ)が 13°しかないので、赤緯の情報はつぶして描かれており、SDSS の図と同様、実質的に宇宙の断面図と見なしてよい。このような図は、その形から扇図(あるいはパイ図)とよばれている。銀河系は扇の要にあたる。もっと広い範囲の赤経を観測すれ
ば、扇が開いて SDSS の図のようになる。 図 3—12 グレゴリーとトンプソンが描き出した大規模構造。 Gregory & Thompson 1978, ApJ, 222, 784, Fig.2(a)を使う。 http://ads.nao.ac.jp/abs/1978ApJ...222..784G
図を見ると、銀河の集中して
いる領域とほとんど見つからな
い領域があることがわかる。最
も目立つのは距離 100Mpc付近を東西に横切る帯のような領域
であるが、これは大規模構造の
フィラメントである。帯の東端
と西端付近にある銀河の集中した場所は、それぞれかみのけ座銀河団とエ
イベル 1367 銀河団である11。一方、この帯の手前側には、いくつかの銀河
群を除いて銀河はほとんど見られない。これはボイドの一部とみなせる。 なお、図では両銀河団の銀河の分布が視線方向に伸びているが、真の分
布はそうではない。じつは銀河団の銀河は 1000km/s もの速さで動きまわっている。周囲の銀河も銀河団に向かう大きな特異速度を持っている。観
測された後退速度は、宇宙膨張による後退速度にこうした運動の成分が足
されたものなのである。銀河の距離の計算ではこうした成分は補正されて
いないので(なぜなら正確な補正量がわからない)、距離に誤差が生じ、見かけ上、銀河の分布が視線方向にばらけるのである。これはどの銀河団に
も見られる現象である。伸びた様子が指のように見えることから、神の手
(fingers of God)とよばれている。 グレゴリーとトンプソンの観測は大規模構造の一端を描き出したという
点で画期的だったが、調べた領域が狭すぎて大規模構造の全体像や普遍性
まではわからない。大規模構造の全体像をとらえ、それを定量的に研究す
るには、図 3—10 のようにずっと広い領域の銀河の三次元分布を調べる必要がある。それには赤方偏移サーベイが有効である。 3−5−2 赤方偏移サーベイ 赤方偏移サーベイとは、ある天域に見つかる一定の見かけ等級より明る
い銀河をすべて分光して赤方偏移を測る観測手法のことである。グレゴリ
ーとトンプソンの観測も、その天域内にある見かけ等級が 15 等より明るい銀河をすべて分光したという意味で、小規模な赤方偏移サーベイと見な
せる。 赤方偏移サーベイは多数の銀河の距離を測る観測でもある。銀河の研究
にとって距離はきわめて重要である。なぜなら、真の明るさや質量などの
基本物理量は、距離が分かって初めて求められるからである。その意味で
11 帯全体はかみのけ座超銀河団とよばれている。
赤方偏移サーベイは、銀河の三次元分布を描くだけではなく、銀河の研究
の土台となる観測である。 これまでに行われた主な赤方偏移サーベイには、ハーバード—スミソニア
ン天体物理学研究センター(CfA)サーベイ(約 18000 銀河)、ラスカンパナス(Las Campanas)赤方偏移サーベイ(約 26000 銀河)、2dF 銀河赤方偏移サーベイ(約 22 万銀河)、SDSS(約 93 万銀河)、6dF 銀河サーベイ(約 12.5 万銀河)などがある。銀河の数では SDSS が群を抜いている。これらのサーベイでは分光は中小口径の望遠鏡で行われている。 ずっと狭い天域を非常に暗い銀河まで分光するというサーベイも行われ
ている。これも赤方偏移サーベイの一種だが、おもな目的は大規模構造で
はなく、銀河の過去の性質を調べることにある。暗い銀河の多くは遠く(すなわち過去)にあるからである。狭い天域を遠くの宇宙まで調べるので、サーベイ領域を三次元的に見ると鉛筆のように細長い。そのためペンシルビ
ームサーベイとよばれることもある。非常に暗い銀河を分光する必要があ
るため、すばる望遠鏡クラスの大望遠鏡が使われている。 最近のすべての赤方偏移サーベイには、CCD を搭載した多天体分光器が使われている。CCD は高感度の検出素子であり、入射した光子の大部分をとらえることができる12。多天体分光器とは、視野に入る多数の天体を一
度に分光できる分光器のことで、各天体の光をスリットや光ファイバーで
受けてグリズムなどの分散素子(光をスペクトルに分ける光学部品)に導く。ただし、望遠鏡の視野が狭いと、分光したい銀河が少ししか視野に入らず、
せっかくの多天体分光器は宝の持ち腐れになる。明るい銀河は数が少ない
ので特にそういう事態になりやすい。そこでたとえば SDSS では、一辺2.5°もの広い視野を持つ口径 2.5m の望遠鏡を建設し、それに 640 個の天体を分光できるマルチファイバー式の多天体分光器を取り付けて行われた。 3−6 大規模構造の理論
12 天文観測でかつて主流だった写真乾板は感度が非常に低く、望遠鏡が集めた光の数%しか捕捉できなかった。光の利用という点では、CCD を導入することは、望遠鏡の主鏡を数倍大きくすることに等しい。
3—6—1 銀河分布の定量化 銀河は宇宙の物質の分布をなぞっている。大規模構造の銀河の分布13を
定量化する目的は、密度揺らぎの統計的性質、特にパワースペクトルを求
めることである。パワースペクトルとは、平たくいえば、スケールごとに
どれだけ物質の密度が揺らいでいるか(コントラストがあるか)を表す関数である。 パワースペクトルは宇宙論や構造形成論にとって重要な量である。宇宙
論については、パワースペクトルの形からダークマターの性質やインフレ
ーションモデルが調べられる。構造形成論にとっての意義は、パワースペ
クトルがわかれば銀河とその集団の進化の骨格が決まることである。銀河
とその集団は、単純にいえば、密度揺らぎが重力的に成長したものである。
ある揺らぎがどう重力的に成長するかは理論的に十分理解されており、あ
とは、実際の宇宙にどんな揺らぎがあるか、すなわちパワースペクトルが
わかればよい。
3−6−2 2 点相関関数 大規模構造を見るとフィラメントやボイドに目が行きがちであるが、こ
れらは数十 Mpc という大きなスケールの揺らぎである。銀河の分布を定量化する際は、目立つ構造にとらわれず、あらゆるスケールを同じやりかた
で定量化する必要がある。また、我々は特定の場所の揺らぎに興味がある
のではなく、宇宙全体の揺らぎの統計的性質を知りたい14。 2点相関関数は、そうした目的で最もよく用いられているもので、次の
13 大規模構造という用語はフィラメントやボイドという大きな構造に対する用語だが、本節では便宜上、こうした大きな構造を含むあらゆるスケ
ールの銀河の分布を指すことにする。本文でも述べたように、理論的研究
にはすべてのスケールの情報が必要だからである。 14 揺らぎを山にたとえるとすれば、我々が知りたいのは、どんな高さの山がいくつあるかということである。
ような量である。長さ r の棒を宇宙空間に無作為に置いたとき、ちょうど両端に銀河が見つかる確率を P(r)とする。一方、現実と同じ数の銀河がでたらめに分布している仮想的な宇宙を考え、同じように棒を無作為に置い
たときに両端に銀河が見つかる確率を<P>とする。<P>は銀河の平均密度だけで決まり、r にはよらない。これら 2 つの確率を用いて、2 点相関関数ξ(r)は P(r) = <P> (1+ξ(r)) で定義される。2 点相関関数とは、2 つの離れた場所に銀河が見つかる確率の、平均からのずれを意味するのである。 ある r でξが正の場合、距離 r だけ離れた銀河ペアの数が、でたらめな分布の場合よりも多いことを意味する。r という間隔を銀河が好んでいるわけであり、r というスケールで銀河が群れているとも言える。ξが負の場合はその間隔を銀河が避けている。銀河がでたらめに分布している場合
はどの r でもξ=0 である15。2 点相関関数はスケールごとの銀河の群れ具合を教えてくれる。 銀河の三次元分布のデータから 2 点相関関数を求めるには、いろいろなr に対して、実際にペアの数を数え、でたらめな場合のペアの数と比較すればよい。でたらめな場合のペアの数は、実際のデータと同じ数の銀河を
データと同じ三次元空間にでたらめにばらまいて、実際と同じように数え
て求める。幅広い r について 2 点相関関数を精度よく求めるには、たくさんの銀河を含む広い体積の赤方偏移サーベイが必要である。 図 3—13 は 1000 個の銀河がでたらめに分布している例である(簡単のため空間は二次元とした)。偶然によって分布に多少の濃淡はできているが、実際の銀河の分布のようなはっきりとした構造は見られない。なお、でた
らめな分布とは、銀河の存在確率がどこでも等しい分布のことであって、
銀河が等間隔に並んでいるような分布ではないことに注意してほしい。
図 3—13
15 2 点相関関数は銀河の絶対数とは無関係である。いくら銀河がたくさんあっても、でたらめに分布していれば 2 点相関関数は 0 となる。逆に、数は少なくても分布のコントラストが高ければ 2 点相関関数(の絶対値)は大きくなる。
でたらめな銀河分布の例。一様乱数を使って平面に 1000 個の銀河をでたらめに分布させたもの。
2 点相関関数の測定例を図 3—14 に示す。これは SDSS から求められたものだが、他のサーベイも同様の結果を与えている。r が小さいほど 2 点相関関数が大きい。短い距離スケールほど銀河は強く群れているのである。 両対数表示でほぼ直線になっていることからわかるように、データのあ
る r<100Mpc において、ξは r のベキ関数で近似できる16。2 つの定数 r0, γを使ってξ(r) = (r/r0)-γと表すとすると、r0=8Mpc、γ=1.8 となる。r0
はスケール長とよばれる定数で、この値が大きいほど銀河は強く群れてい
る。 厳密には、r0やγは銀河の性質によって異なっており、明るい銀河や早
期型の銀河では値が大きいことが知られている。概して、明るい銀河や早
期型の銀河は強く群れているのである。2 点相関関数を物質の密度分布に焼き直す際は、銀河の性質による分布の違いを考慮する必要がある。
16 2 点相関関数がベキ関数で近似できるのは r=100Mpc 程度までであり、r>100Mpc ではベキ関数から外れる。そもそもベキ関数はすべての r で正であるが、平均値からのずれを意味する 2 点相関関数は、すべての r で正になることはあり得ない。いずれにしても r>100Mpc の 2 点相関関数は値が非常に小さいため、正確に求めるのは難しい。
図 3—14 SDSS から求められた 2 点相関関数。黒い点がデータで、2 本の直線はデータへのベキ関数のフィット。r は H0=100km/s/Mpc で計算されている。
http://ads.nao.ac.jp/abs/2005ApJ...630....1Z Fig.7 バリオン音響振動 (2 章を参照 )という現象によって、2 点相関関数はr=150Mpc 付近にピークを持つ。きわめて弱いピークだが、SDSS で探査された非常に広い領域の明るい銀河を用いて 2005年に初めて検出された。ピークの現れる r の値は宇宙の時代や場所によらない。いわば宇宙に置かれた物差しのようなものである。この性質を利用してダークエネルギーの
性質を探ることができる。
3−6−3 パワースペクトル 2 点相関関数をフーリエ変換(数学的操作の一つ)して理論的に扱いやすくしたものがパワースペクトルであり、P(k)と表記する。パワースペクトルは波数(k)ごとの揺らぎの強度を意味し、音や光のスペクトルと似た概念
である。波数とは波長(λ)の逆数17のことで、値が大きいほど波長が短い(スケールが小さい)。 SDSS の銀河データおよび他のいくつかの観測から得られた、現在の宇宙のパワースペクトルを図 3—15 に示す。いろいろな宇宙時刻の観測に基づいているが、すべてのデータは人為的に現在までスペクトルを成長させ
てある18。図から、パワースペクトルはλ=500Mpc 付近で折れ曲がる滑らかな関数形をしていることがわかる。少し難しくなるが、本節ではパワー
スペクトルの宇宙論的な考察を 3 つ挙げる。 まず、500Mpc 付近の折れ曲がりは、パワースペクトルが成長の途中に変形を受けたものだと考えられている。すなわち、もともとのパワースペ
クトルは右上がりのまっすぐな関数形だったが、宇宙の輻射優勢の時代(2章参照)に短波長の揺らぎが成長を抑えられた結果、短波長側のパワーが相対的に弱くなったのである。 次に、折れ曲がりより長波長側のパワースペクトルは、揺らぎの誕生時
の関数形を保存している。この部分を P(k)∝knと表すとすると、観測から
ほぼ n=1 である。インフレーションモデルは n=1 に近い揺らぎを発生させることから、観測はインフレーションモデルを支持しているといえる19。 最後に、パワースペクトルの形からダークマターの性質が推定できる。
ダークマターの候補には、バリオン・ダークマター、熱いダークマター、
冷たいダークマターがあるが(2 章参照)、図 3—16 に示すように、バリオン・ダークマターと熱いダークマターは、冷たいダークマターに比べて短波長
のパワーがきわめて弱いことが予想される。図 3—15 からわかるように、観測と合うのは冷たいダークマターである。驚くべきことに 4 桁もの波長にわたってデータに非常によく一致しており、ダークマターが冷たいこと
の強い証拠と考えられている。
17 正確には k=2π/λ。 18 パワースペクトルは時間とともに成長(値が増大)するので、同一の宇宙時刻で比べる必要がある。 19 インフレーションモデルには多くの変種があり、それぞれ n の値はわずかに異なるので、n が精密に測れればモデルを絞り込める。
図 3—15 いろいろな観測に基づくパワースペクトル。下の横軸は波数、上の横軸は
対 応 す る 波 長 ( い ず れ も H0=100km/s/Mpc を 想 定 。 現 実 的 な
H0=70km/s/Mpc での値にするには、k には 0.7 をかけ、λは 0.7 で割ればよい)。各観測は異なった宇宙時刻での測定であるため、線形成長理論を使って現在の値に変換してある。たとえば、宇宙マイクロ波背景輻射のデー
タは、元々は宇宙が 38 万歳のときの値だが、図に表示されているのは現在まで成長させた値である。曲線は冷たいダークマターモデルの予想。
http://ads.nao.ac.jp/abs/2004ApJ...606..702T 図 3—16 いろいろなダークマターを仮定したパワースペクトル。ダークマターによ
る違いは短波長側に現れる。どのダークマターも輻射優勢期に成長が抑制
されるが、それに加えて、バリオン・ダークマターは光子との相互作用に
よって、熱いダークマターは高速で飛び回ることによって、短波長のパワ
ーがさらに弱められる。 松原、現代宇宙論、図 8.3 を転用。
3−6−4 冷たいダークマターに基づく構造形成論 冷たいダークマターに基づく構造形成論とは、冷たいダークマターを仮
定して銀河やその集団の形成と進化を記述する理論のことである。単に、
冷たいダークマターモデルとよばれることが多い。冷たいダークマターの
英語である Cold Dark Matter の頭文字をとって、CDM モデルともよばれる。2 章で見たように、我々の宇宙の組成はダークエネルギー(Λ項)が卓越している。パワースペクトルの形や揺らぎの成長は宇宙の組成にも依存
するので、より正確に、ΛCDM モデルとよばれることもある。 観測されたパワースペクトルをΛCDM モデルに組み入れることで、揺
らぎの重力的成長が完全に決まる。いつ、どんな質量の銀河や銀河集団が
現れるのかが記述できるのである。 図 3−17 に示したように、CDM モデルの揺らぎは、軽い質量(小さい体積)の揺らぎほど標準偏差(典型的なコントラスト)が大きい20。したがって、
軽い銀河がまず出現し、その後、より重い銀河、銀河群、銀河団が現れる。
これは遠方の銀河や銀河団の観測結果とも合っている。銀河は z>7 でも見つかっているが、銀河団は z〜2より過去にはほとんど見つかっていない。超銀河団や大規模構造に相当する大質量の揺らぎは、標準偏差が小さすぎ
20 折れ曲がりより短い波長のパワースペクトルは右下がりになっているので、一見すると短い波長ほど揺らぎが弱い印象を受けるが、質量と標準
偏差の関係を見るには、P(k)そのものではなく、それから導出される図 3—17 のσ(M)を用いなければならない。
るために、現在までに自己重力系になることはできない。 図 3—17 揺らぎの標準偏差を質量の関数として描いたもの。大きな体積の揺らぎは
それだけたくさんの物質を含むので、横軸は揺らぎの体積と等価である。
標準偏差は、各質量の揺らぎが典型的にどれだけのコントラストを持って
いるか(でこぼこしているか)を意味する。標準偏差が大きいと、自己重力系になれるような高コントラストの揺らぎが多く存在する。
重力的進化は銀河やその集団の進化の骨格を決めるが、もちろんそれが
進化のすべてではない。銀河は単に物質が集まっただけの系ではないから
である。星形成をはじめとしたさまざまなバリオンの物理を組み込んで初
めて、理論として完成する。重力的成長という骨格にバリオンの理論を肉
付けするのである。重力だけを考えればよいダークマターと違って、バリ
オンは電磁相互作用もするため扱いが非常に複雑であり、物理の基礎方程
式から理論を組み上げていくのは現実的ではない。そこで、現象論的なモ
デルを作り、それを観測と比較することで、モデルをテストし、物理的理
解につなげてゆくというやり方が取られている。