調査報告から見た...

15
研究論文子ども社会研究3号ノ0"r"α/q/Ch"dSr"dy,Vol.3,June,1997:2943 調査報告から見た わが国の児童虐待の実態と今後の課題 内山絢子 はじめに わが国においては、欧米諸国に比べると、児童虐待は極めて少ないといわれているが、一 方では、「児童虐待」という視点を欠いているために、その実態が把握できていないという声 も聞かれている。とはいえ、最近では、児童虐待のさまざまな事例がコミックとして登場(') したり、全国児童虐待防止研究会が発足(2)するなど、虐待への関心も高まりつつある。今ま で、児童虐待は事例研究については、いろいろな学会誌等に症例報告はされているものの、 調査報告という視点ではあまり研究例が多くは見られていない。この論文中では、わが国で 行われた児童虐待に関するいくつかの調査報告を概観し、わが国の児童虐待の現状を把握し、 その問題点を検討すると共に、アメリカで実践されている虐待防止対策について紹介し、わ が国の虐待防止対策樹立のための今後の課題について述べたいと思う。 1児童虐待とは 児童虐待は、その解釈に歴史的な変遷が見られるが、現在では、児童虐待調査研究会が昭 和58年に使用した定義が、一般的には用いられている(3)。すなわち、親または、親に代わる 保護者により、非偶発的に(単なる事故ではない、故意を含む)、児童に加えられた次の行 為をいう。すなわち、l)身体的虐待、2)保護の怠慢ないし拒否、3)性的虐待、4)心理的虐待の 4類型で、それぞれ、以下のように定義されている。 l)身体的虐待: 外傷の残る暴行、あるいは生命に危険のある暴行(外傷としては、打撲傷、あざ〈内出血〉 骨折、頭部外傷、刺傷、火傷など、生命に危険のある暴行とは、首を絞める、ふとん蒸し にする、溺れさせる、逆さ吊りにする、毒物を飲ませる、食事を与えない、戸外に閉め出 す、一室に拘禁するなどが含まれる) 2)保護の怠‘|曼ないし拒否: 遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置(栄養不良や極端な不潔、怠慢な いし、拒否による病気の発生、学校に登校させないなどをいう) 3)性的虐待: 親による近親相姦、又は、親に代わる保護者による性的暴行 4)心理的虐待: (うちやま・あやこ科学警察研究所) 29

Upload: others

Post on 26-Jan-2021

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 研究論文子ども社会研究3号ノ0"r"α/q/Ch"dSr"dy,Vol.3,June,1997:2943

    調査報告から見た

    わが国の児童虐待の実態と今後の課題

    内山絢子

    は じ め に

    わが国においては、欧米諸国に比べると、児童虐待は極めて少ないといわれているが、一

    方では、「児童虐待」という視点を欠いているために、その実態が把握できていないという声

    も聞かれている。とはいえ、最近では、児童虐待のさまざまな事例がコミックとして登場(')

    したり、全国児童虐待防止研究会が発足(2)するなど、虐待への関心も高まりつつある。今ま

    で、児童虐待は事例研究については、いろいろな学会誌等に症例報告はされているものの、

    調査報告という視点ではあまり研究例が多くは見られていない。この論文中では、わが国で

    行われた児童虐待に関するいくつかの調査報告を概観し、わが国の児童虐待の現状を把握し、

    その問題点を検討すると共に、アメリカで実践されている虐待防止対策について紹介し、わ

    が国の虐待防止対策樹立のための今後の課題について述べたいと思う。

    1児童虐待とは

    児童虐待は、その解釈に歴史的な変遷が見られるが、現在では、児童虐待調査研究会が昭

    和58年に使用した定義が、一般的には用いられている(3)。すなわち、親または、親に代わる

    保護者により、非偶発的に(単なる事故ではない、故意を含む)、児童に加えられた次の行

    為をいう。すなわち、l)身体的虐待、2)保護の怠慢ないし拒否、3)性的虐待、4)心理的虐待の

    4類型で、それぞれ、以下のように定義されている。

    l)身体的虐待:

    外傷の残る暴行、あるいは生命に危険のある暴行(外傷としては、打撲傷、あざ〈内出血〉

    骨折、頭部外傷、刺傷、火傷など、生命に危険のある暴行とは、首を絞める、ふとん蒸し

    にする、溺れさせる、逆さ吊りにする、毒物を飲ませる、食事を与えない、戸外に閉め出

    す、一室に拘禁するなどが含まれる)

    2)保護の怠‘|曼ないし拒否:

    遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置(栄養不良や極端な不潔、怠慢な

    いし、拒否による病気の発生、学校に登校させないなどをいう)

    3)性的虐待:

    親による近親相姦、又は、親に代わる保護者による性的暴行

    4)心理的虐待:

    (うちやま・あやこ科学警察研究所)

    29

  • 子ども社会研究3号

    上記l)、2)、3)以外のその他の極端な心理的外傷を与えたと思われる行為(心理的外傷と

    は、児童の不安、怯え、うつ状態凍りつくような無感動や無反応、強い攻撃性、習癖異

    常など日常生活に支障をきたす精神症状が現れているものに限る)

    この4類型は、国際的にほぼ共通した理解となっている。参考までにアメリカ合衆国カリ

    フォルニア州の虐待の定義を示してみよう。

    a・偶発的な方法によらずひきおこされた身体的虐待

    b.性的暴行や性的搾取を含む性的虐待。

    性的暴行は、子供との性的行為、子供の目の前での作為的なマスターベーション、性的

    いたずらを含む。性的搾取は、子供を被写体とするわいせつな性的行為が写っている

    ポルノの準備、販売、配布、幼児売春が含まれる。

    c、故意の残虐な行為や不当な折機

    不当に、子と.もの体若しくは健康に、身体的な痛みや精神的な苦痛あるいは生命の危険

    にさらすような行為を生じさせる。

    d.故意に行われた不法な体罰や傷害で、後遺症として外傷経験となるもの。

    e,子どもに対する保護の怠慢、児童の福祉に責任を持つ人々が、児童に対して保

    護の怠慢が認められた場合、‘深刻な場合’も、あるいは‘それほどでもない場合’

    も含む。

    f.上記の虐待のいかなる行為も家庭外で行われた場合も含んでいる。

    特に、カリフォルニア州の例では、性的虐待は日本の定義と比べ、より広範で、性的搾取

    (営利を目的とする管理売春など)や幼児を被写体としたポルノグラフイに関わる写真撮

    影・出版等が含まれている。なお、性的虐待に関わるポルノグラフィの問題は、ヨーロッパ

    の国々においても同様に問題視されており、どのようにして、虐待の事実を把握するかにか

    なりの努力が払われている。近年、インターネットを利用したわいせつ図画からどのように

    して児童を保護するかは国際的に課題とされているところでもある。

    また、これら各虐待を早期に発見するための、類型別の身体的特徴及び行動指標は表lの

    とおりである(4)。

    2調査報告からみた日本の現状

    1)児童相談所の取り扱い

    ア)虐待の類型と加害者

    わが国においては、児童福祉法に基づき、児童相談所が業務として介入する事例が最も多

    く、児童福祉法の第28条に、保護者が児童虐待をした場合の措置(保護者からの隔離措置)

    が定められている。

    1989年に、全国児童相談所長会が実施した調査(5)によれば、昭和63年の4月1日から9月

    30日まで半年間に扱ったケース数は1039件で虐待の類型別では、表2に示すとおりで、保護

    の怠慢(37.6%)や棄児・置き去り(捨て子;22.2%)が多く、身体的虐待は3割以下に止ま

    り、性的虐待は5%未満である。虐待された児童の年齢は、6~10歳(33.6%)、11~15歳

    30

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    表1虐待類型別身体的特徴と行動標識(カリフォルニア州)

    子どもの行動標識身体的特徴

    他者に対する敵意や攻撃的行動

    周辺にいる人に対する恐怖や引きこもり

    自傷行動

    破壊的(窓ガラスを割る、火をつける等)

    口汚く罵倒する

    統制できない行動(怒り、パニック等)

    説明できないような骨折、裂傷、打撲傷

    たばこ、ロープ、熱湯、アイロン電熱器

    等による火傷

    説明できない顔面の傷害(目の周りのあ

    ざ、顎がはずれる、鼻が折れる、血塗れ

    の切れた唇)

    皮下出血、長骨の骨折、様々な治療段階

    にある骨折

    様々な治療段階にある様々な色の打撲傷

    身体的虐待

    ねばりつく、見境のない愛着

    自分自身を孤立させる

    諺状態で受動的

    発育不良

    栄養不良

    気候に合わない衣服

    ひどい悪臭

    きたないぼさぼさ髪

    手当をしていないけが(汚れた火傷痕、

    とびひ)

    保護者の怠慢

    性的行動についての早熟な知識、性的行動の表出

    敵意や攻撃性

    恐怖と引きこもり

    自己破壊的(自傷行動)

    擬似的成熟(歴年齢より成熟して見える)

    接触行動障害

    アルコール中毒一薬物濫用

    家出

    乱雑な行動(乱交)

    性器周辺の打撲傷

    ペニスやワギナの、膨張、膿み

    肛門周辺を含む性器周辺の裂傷

    口・性器周辺の可視的裂傷

    下腹部の痛み

    排尿時・排便時の痛み

    性的虐待

    自尊感情の欠落

    いつも極端に承認を求める

    自立的な行動が不可能(いくつかの行動を選択、

    拒否をおそれる)

    敵意、口汚くののしる、挑発的

    心理的虐待

    表2児童相談所で扱った虐待(平成元年)

    件数類型 %

    身体的暴行

    棄児・置き去り

    保護の怠慢

    性的暴行

    心理的虐待

    登校禁止

    591888

    729462

    223

    506657

    ■岨。■■■

    627462

    223

    計 1039 l(、、0

    (30.5%)、l~5歳(24.8%)、0歳(9.9%)で、10歳以下が約7割となり、年齢が低い段階で虐

    待を受けやすいことが示されている。

    虐待の加害者は、父(39.4%)よりも母(53.3%)が多いが、性的虐待はそのほとんどが父

    親によってなされ、また、身体的虐待は父親がやや多く、保護の怠慢は母親が多いとされて

    いる。但し、「保護の怠慢」の加害者が母親とされることについては、伝統的に、子育ては

    母親の役割であるという一般的認識と無関係ではないと考えられ、父親の責任、あるいは、

    31

  • 子ども社会研究3号

    表3児童相談所で扱った虐待(平成6年)

    類型

    身体的暴行

    棄児・置き去り

    保護の怠慢

    性的暴行

    心理的虐待

    登校禁止

    その他

    実人数

    件数

    282

    35

    88

    13

    141

    19

    7

    67.3

    8.4

    21.0

    3.1

    33.7

    4.5

    1.7

    41911帥.0

    父親の子育てへの関与はついては言及されているわけではない。

    被虐待児の約半数に何らかの身体症状が、約6割に精神症状や問題行動が見られ、身体症

    状としては、栄養不良(16.5%)、打撲傷(15.8%)、あざ(13.4%)が、精神症状としては、

    不安.怯え(28.3%)、反社会的行動(21.5%)、非社会的行動(12.0%)が多い。加害者は、

    自分のしている行為が虐待だとは思っていない者が多い(48.3%)。

    イ).加害者の特徴

    岩井ら(6)(7)は、1992年から1993年の間に、全国の27児童相談所で扱った419例について、

    児童を虐待した加害者についてその特性を分析している。なお、この報告においては、虐待

    を、身体的虐待、性的虐待、,L、理的虐待、遺棄・置き去り、保護の怠慢・拒否、登校禁止

    (家への閉じこめ)、その他の7態様に分け分析しているが、児童が受けた虐待のうち約6割

    (61.4%)が1種類のみの虐待を受けているが、残る約4割は2種類以上の虐待を受けており、

    最も多いものは、4種類の虐待を受けていた。虐待の内容としては表3に示すとおり、身体

    的虐待が多い。

    加害者は、実母が最も多く(45.8%)、以下実父(19.1%)、義父・養父(13.1%)、義母・養

    母(6.4%)となる。虐待類型別に見た加害者は前述のとおりで、性的虐待は、ほぼ全部が父

    親、身体的虐待は父と母が半々、その他では母親が多くなっている。年齢については、30

    代(36.8%)、40代(38.9%)の親による虐待が多く、欧米で観察されているような、若年

    (10代)の親による虐待は少ない。また、その学歴等についてみると、不明が4割強ある

    ものの、全体の標本中の34.4%が中学卒業の学歴しか有していない。現在では平均的とされ

    る高校卒業以上の学歴を有する者は、17.5%にすぎない。また、家庭の経済状態を見ると、

    困窮家庭が過半数を占めるなど、虐待が起こる家庭がやや特異である様子が示されている。

    2)警察での取り組み

    また、虐待された児童は、現実には児童相談所の他、保健所、病院、警察等でも相談活動

    や刑事事件の被害者として扱われることがある。内山(8)は、平成4年中に、警察で、事件あ

    るいは少年相談として扱った虐待の事例(身体的虐待、性的虐待、保護の怠慢のみを対象と

    し、心理的虐待は除いた)について、虐待の類型を、嬰児殺(1歳未満の子殺し)、子殺し

    32

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    表4警察で扱った虐待

    (殺人を除く)実数

    |%類型

    6826

    563’51

    嬰児殺

    子殺し

    死体遺棄

    殺人小計

    478.9

    11・3

    35.2

    12.3

    47.5

    11.4

    30.8

    10.8

    41.6

    傷害

    折濫

    暴力系小計

    ヲJブj房州キ

    ワJ勺全一nUl

    082

    101

    性的虐待

    放任

    捨て子

    総計

    520

    253

    却岬犯一

    250250

    (1歳以上の子殺し・傷害致死)、死体遺棄、傷害、捨て子、性的虐待、放任、折桂の8類型

    に分けて分析している。平成4年中に警察で扱った事例の数は250件で、その内訳は表4に

    示すとおりである。

    死亡事例が含まれることや傷害事件が多くなること(児童相談所平成元年調査と比べ)が、

    児童相談所のケースと大きく異なる点である。このほか、被虐待児の年齢については、6~

    15歳が中心ではあるが(6~10歳:27.2%、11~15歳:27.2%)、児童相談所のケースと比べて、

    年齢の低い者(0歳:18.8%)と年齢の高い者(16歳以上:10.8%)の割合がやや多くなる傾

    向が見られる。これは、虐待の結果、死亡する者と虐待を乗り越え生き延びた者(サバイバ

    ー)の両方が含まれるためである。類型別で見ると、身体的虐待の結果死亡した例では、0

    歳児が圧倒的多数を占めており、性的虐待を受けた者は、他の類型に比べれば、年齢が高い

    者が多いが(11~15歳:76%)、平均年齢で見れば13.5歳にしかならない。つまり、性的虐待

    を受けた者は、非常に早い時期(ほとんどが小学生時)から長期間にわたり(虐待期間:1

    年以上が6割、最長は小学校5年生時より8年間)虐待をうけており、ある程度成熟して自

    分の生活の異常さに気づいて本人が自ら、少年相談に訪れ、虐待が発覚した例が多くなって

    いる(44.0%)。なお、被虐待児の死亡例(殺人罪)と捨て子(遺棄罪)を除くと、虐待の主

    体者が刑事罰等に問われることは少なく、刑事罰が問われているのは、傷害例中24.7%が傷

    害や暴行の罪で、性的虐待例中12.0%が強姦罪で送検されているのみである。

    3)医療機関で扱う虐待

    内藤(9)は小児医療の場で扱われる虐待、つまり、被虐待児症候群(BCS、BatteredChild

    SyndrOme)、及び愛情剥奪症候群(DS,DeprivationSyndrome)と診断きれた事例について分

    析している。全国102施設の医療機関(郵送法による調査依頼の回答のあったもの)で上記

    2症候群と診断された208例、及び医学中央雑誌に掲載された症例23施設31例のうち、172例

    の被虐待児症候群、56例の愛情剥奪症候群を分析対象として、以下のような特徴を明らかに

    している。

    33

  • 子ども社会研究3号

    虐待児の年齢は、0歳児が最も多く、3歳以下が65%を占める。また低出生時体重児

    (BCS:42.1%、一般:5.7%)、多胎児(10.4%、一般:1.1%)、先天性異常を有する児童(14.9%、

    一般:5.5%)が多い。虐待の形態・症状としては、殴打等の暴行が全体の約9割に見られ、

    中でも皮下出血(BCS:62.4%、DS:17.0%)、中枢神経系損傷(BCS:50.6%)、骨折(BCS:

    35.6%)が顕著である。また、保護の怠慢は約3割の児童に観察され、成長障害(BCS:

    69.3%、DS:96.4%)や栄養障害(BCS:57.1%、DS:77.4%)が顕著である。その結果として、

    無表情(BCS:48.2%、DS:66.7%)、精神運動発達の遅れ(BCS:61.5%、DS:83.6%)が過半

    数の児童に見られている。こうした状況を生み出す社会的要因として、多子家庭(21.0%、

    一般:1.7%)、単親家庭(13.9%、一般:1.9%)、望まぬ子(11.2%)、経済的に不安定

    (38.5%)、夫婦不和(34.8%)、家族内の葛藤(22.2%)、孤立した家庭(17.6%)等が考えられ

    るとしている。

    ここでは、家庭の社会的背景の不遇さに加え、子どもの側の特徴として、出生時における

    低体重、先天性障害、多胎等が見られ、こうした特異性を持たない子供に比べ、育児に手が

    かかる様子が垣間見られており、何らかのハンディキャップを有する子どもを育てる母親の

    困難さに一層の配慮が必要とされていると考えられる。

    4)一般家庭における虐待の浸透

    虐待防止センターは、家庭内で起こる子どもの虐待を早期に発見し必要な場合には危機介

    入や援助等を行っている民間団体であるが、ここで受け付ける虐待相談件数が1991年の創立

    以来専ら増加しており(1991年:1339件→1995年:2128件)、若い母親が、どうやって子ど

    もを育てていいかわからず、思わず子どもに辛く当たったり、困惑している様子の一端をう

    かがい知ることができる。また、若い母親の中には、子どもを育てながら、自分が子どもに

    対して、厳しい体罰を与えてしまうことを反省している者も少なくなくない(10)。わが国で

    は上記に示したように、警察や児童相談所など公的な機関で扱う児童虐待の件数は決して多

    くはないが、一般家庭の中では、虐待と考えられるものが潜在化しているかも知れない。

    内山ら(ll)は、こうした状況に鑑み、3歳以下の乳幼児を持つ一般の家庭で、母親が子ども

    に対して、虐待もしくは虐待類似行為を、子育ての中で経験しているか否か、また、虐待的

    な行為が起こりやすい状況や母親の特徴について調査した。なお、これらの行為の中には、

    虐待と呼ぶにはふさわしくない行為も含まれているが、ここでは、便宜上、虐待行為と記述

    することにする。

    調査した具体的内容は、以下に示す3類型17態様の行為の経験の有無についてであり、回

    答は、よくある、時々ある、たまにある、一度もないの4件法とした。

    ・暴力系行為:7行為(お尻をたたく、手をたたく・ぶつ、頭をたたく・なぐる、顔を

    平手打ちにする、ひどくつれる、物を使ってたたく、物を投げつける)

    ・遺棄系行為:6行為(泣いても放っておく、食事を与えない、風呂に入れたり下着を

    替えたりしない、子どもを家においたまま出かける、裸のままにしておく、自動車内

    等に放置する)

    ・その他:4行為(大声でしかる、髪を切る、押入れ等に入れる、家の外(ベランダ)

    34

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    表5各態様別母親の経験割合

    五ある|時々 ある|たまにある|ない|NA|よく+時々 'よ狸f々 +

    5337339

    2587666

    7732

    1909372

    5415100

    221

    4244400

    0000000

    お尻をたたく

    手をたたく

    頭をたたく

    顔を平手打ちする

    ひどくつれる

    物を使ってたたく

    物を投げつける

    27.1

    24.5

    61.3

    71.9

    93.3

    93.7

    93.1

    4437067

    7071556

    4522

    18.0

    17.8

    8.6

    3.9

    1.1

    0.7

    0.2

    1140200

    7722000

    暴力系

    87

    41

    832

    巳■■■〃P

    x0

    40

    00

    14.9

    98.3

    泣いても放っておく

    食事を与えない

    風呂に入れたり

    下着を替えたりしない

    子供を家に置いたま

    までかける

    裸のままおいておく

    自動車内に放置する

    54.5

    1.5

    02

    30

    220

    70

    遺棄系

    0.2 2.60.297.22.40.00.2

    lO2

    222

    1572

    100

    0.2

    0.2

    0.0

    788

    777

    899

    630

    012

    1440

    000

    1.1

    0.4

    0.2

    2300

    9453

    81

    7206

    3200

    42400

    0200

    10.6

    93.3

    95.0

    87.0

    大声で叱る

    髪を切る

    押入れ等に入れる

    家の外に出す

    5005

    5252

    41

    3106

    5100

    218.4

    1.1

    0.0

    0.0

    その他

    に出す)

    まず、これらの行為について、1度以上したことがある者の割合についてみていこう。結

    果は、表5に示すとおりである。多いものから順に、①大声でしかる(84.8%)、②泣いても

    放っておく(84.8%)、③「手」をたたく・ぶつ(75.3%)、④「お尻」をたたく(72.5%)、⑤

    「頭」をたたく・なぐる(38.3%)、⑥顔を平手打ちにする(27.7%)、⑦家の外(ベランダ)

    に出す(13.0%)、⑧子どもを家においたまま出かける(12.1%)となる。

    逆に、母親が行うことの少ない行為は、①食事を与えない(1.7%)、②裸のままにしてお

  • 子ども社会研究3号

    自分の行為をどう感じているのだろうか。自己の行動を合理化する「仕方がなかった」と感

    じる者が最も多い(54.8%)が、「子どもがかわいそうになった」(49.9%)、「自分がいやにな

    った」(32.3%)等後悔や自責の念にかられることも多い。「押し入れ等に入れる」、「泣いて

    も放っておく」などの行為だけを行っている者はあくまで、これらの行為を、しつけの一環

    として行っているので「仕方がなかった」と自分の行為を専ら合理化するのみで、反省する

    傾向は少ないが、暴力系の行為をも行っている母親は、「仕方がなかった」と思う反面、「二

    度とやるまい」という後悔の念や「自分がいやになった」と自責の念に駆られる者も多く、

    アンビバレントな状態におかれている。

    こうした母親の行動がどのような時に起こっているかを尋ねた結果、子と、もが「親がして

    はいけないといったことをした」時(77.5%)、「言うことをきかない」時(64.5%)、「乱暴な

    ことをした時」(31.0%)等、どちらかといえば、子どもの反抗的な行動が発端になっている

    ことがほとんどであるが、母親の「自分の思い通りにならない」(11.2%)とか「自分のした

    いことができない」(10.4%)といった余裕のなさやストレスから、子どものに対して暴力的

    な反応をしてしまうことも少なくない。

    また、子どもに対して虐待行為を行ってしまう母親の状況について分析した結果、以下の

    ような特徴が見出されている。

    まず、虐待行為の対象となった子ども側の要因に関しては、①子どもに「短気・かんしゃ

    く・攻撃的」、「落ちつきがない」、「わがまま」、「泣いたりぐずつたりすることが多い」、「偏

    食、食欲のムラ、遊び食い等食事に関する心配」、「友達と遊ぼうとしない」といった特性が

    見られること、②子どもの発達について、言葉や知的側面の発達に遅滞があるのではないか

    と母親が認知している者が多く見られた。次に、母親側の要因として、③①に示した子ど

    もの行動「異常」についての問題を「気になる」とする傾向がみられること、④また、虐待

    行為の対象となった子ども以外に障害児や病児がいて、その子どもに手がかかること、⑤子

    育てに不可欠な行為(授乳・おむつの交換・離乳食を作るなど)や子育て中によくある出来

    事を「大変だ」と思う傾向があること、⑥子育てによる身体的・精神的疲労やストレスを感

    じている者が多い。さらに、家族の要因としては、⑦夫・家族(とくに親)との関係が良好

    でないこと、⑧夫をはじめとする家族から、子育ての支援をあまり期待できないことがそれ

    ぞれあげられる。

    さらに、⑨子育てについて困った問題が生じた場合、かかりつけの医師や保健所に相談す

    る等専門家を頼ることなく自分で困った状態におかれたままになっていること、⑩育児雑誌

    などの子育ての情報を問題解決に役立てず、むしろ、自分の子どもと他の同年齢の子どもの

    発達とを比較する材料として使うことがあるといったことが見出された。

    4現状の問題点

    l)虐待の潜在化・虐待の定義について

    以上いくつかの調査報告例から、わが国における現状を概観した。それぞれが、「児童虐

    待」という大きな課題の下に、一定の規準を設定して行われた調査ではないので、虐待の全

    今〆

    JO

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    体像が見えにくいことは否めない。また、調査は、医学・保健学・心理学・社会学・法律学

    等の研究者がそれぞれの関心からあるいは、行政担当者が行政上の必要性から行ったもので

    あるので、調査の視点も方法もそれぞれ異なっている。しかしながら、これらの調査により、

    我が国の児童虐待の一端を窺うことができる。アメリカ合衆国カリフォルニア州での虐待件

    数:535千件(1989年)に見られるような欧米諸国での虐待の発生に比べれば、虐待が顕在

    化し、公的機関が関与する例は数としては、決して多いとは言えないが、質的にはそれらと

    同等の事象が発生している様子が見て取れる。多くの関係者が指摘しているように、「虐待」

    というフィルターを通して物事を見つめる習慣がないため、「虐待」という事象を認知でき

    ないでいるという指摘はある程度、的を得ているかもしれない。今後、虐待の全体像を把握

    するためには、どのような行為を虐待と言うのか、客観的な基準を示し、一般の人々も含め

    て知らしめる必要があろう。冒頭にカリフォルニア州の例を示してあるが、育児の方法、子

    どものしつけの仕方あるいは生活習慣がアメリカとは異なるわが国の場合には、表lで示し

    た虐待に特有な身体的特徴や行動特性のうち、アメリカでの特徴がそのまま当てはまるもの

    とそうでないものとがあるように思われる。また、これらの特徴以外にも、わが国で特有な

    虐待の形態もあるかもしれない。わが国独自の虐待による身体的傷害の部位や行動特性の指

    標を設定する必要もある。今後の医学・心理学・社会学等の分野にまたがる学際的な調査・

    研究が期待されるところである。次に、定められた基準に従い、公的機関のどこかに窓口を

    設けて、病院・児童相談所・警察等で同時に、実態を把握する必要もあろう。もしかしたら、

    突然死とされている子どもの死亡の中に虐待の結果であるものが含まれているかもしれな

    い。また、性的虐待については、その定義も欧米諸国とは異なってより狭義にしか捉えてい

    ないので、今後の検討が必要とされよう。さらに、性的虐待の場合、妊娠を除いては、身体

    的特徴が外見上把握しにくいということもあり、特に「虐待ではないか」という特別の目を

    もって見つめなければ、その現象が見えてこないので、注意が必要である。しかしながら、

    性的虐待がその後の人格発達に及ぼす影響は大きいことが指摘されており、早期発見のため

    の組織作りや人的資源が必要とされよう。

    いずれの虐待にせよ、もし、虐待されている児童に対して、早期に手を差し伸べたり、保

    護施策が取られていれば、死なずに済んだ子や人間性を失うことなく生きながらえる者が多

    数いるかもしれないから。例えば、警察・病院での調査結果と児童相談所・一般家庭の調査

    を比べてみると、前者には、かなり重度の傷害や死亡例が含まれていたが、後者には医者の

    治療を受けた例が極めて少なく、この両者の間には大きな隔たりがあるように思われる。こ

    れは、虐待が発生するような家庭にあっては、医学的な治療を必要とするような傷害を負っ

    た場合でも、保護者がこれを放置し、ひん死の状態にならなければ、病院に連れていくこと

    をしないようなことが起こりがちであることを反映しているのかも知れない。カリフオルニ

    ア州の身体的虐待の身体的特徴として、「治療されないケガや骨折の痕跡」等があるのはこ

    うした事情を背景としている。

    2)危機介入の基準

    しかしながら、調査報告例4)で見られた、一般の家庭で母親が「思わず自分の子どもに

    手をあげてしまう」と悩んでいる事例や、あるいは子どもの育児相談電話にかけてくるよう

    37

  • 子ども社会研究3号

    な母親の訴えが、危機介入が必要とされる児童相談所での養護相談として扱う事件や警察で

    扱う事件と同質で、連続性を有しているか否かに関しては、今後十分検討しなければならな

    い。つまり、自ら子どもに対して暴力的だと悩んでいる母親と、子どもにケガをさせながら

    虐待の自覚がない親とは、どこまで連続性があるのだろうか。むしろ、自ら、暴力をふるう

    ことで悩む母親は、それを繰り返すうちに、子どもがひん死の状態になるまで病院につれて

    いこうとしない母親になってしまうのだろうか。この事に関しても、今後の調査・研究が期

    待されるところである。

    なお、私的な感想という段階に止まるものであるが、一般調査で虐待傾向ありとされた母

    親の多くは、将来的にも危機介入は必要ないのではないかと考えられる。それは、4)の対

    象者の多くが、l)-イ)で示された虐待者の生活状況や社会的背景のプロフィールと大き

    く異なるからである。もし、将来的に虐待予備軍とでも考えられるグループは、「虐待行為

    の経験が4種類以上あった」7%の者達かもしれない。このグループに対する詳細な分析を

    する必要があろう。いずれにせよ、子育てに関して、困っている母親に対しては、虐待とは

    異なるいろいろな形での子育てのための援助が必要とされよう。

    3)一般的な育児相談の開設の必要性

    とはいえ、危機介入の必要がないからといって、育児に悩む母親をそのまま放置しておく

    わけには行かない。従来子育ては、拡大家族の中で同居の母親や姑に尋ねながら、あるいは、

    隣近所の人々に尋ねることによって、子育てに関する些細な疑問は解消されてきたと考えら

    れる。しかしながら、都市化・工業化に伴う経済的な発展、あるいは、核家族化の増加と共

    に、わが国での地域社会として共同体が失われ、それぞれの家庭が、相互に干渉することな

    く生活するようになった現在、従来どこの地域社会でも存在していた「地域としての子育て」

    もまたその機能を失い、子育てが孤立した核家族の家庭の中だけで行われるようになってし

    まったと考えられる。つまり、子どもを育てる母親は、気軽に子育ての質問をする場所を失

    ってしまったのである。その代替として、子育ての‘マニュアル化,現象が出現し、マニュ

    アルの1つとして多くの育児雑誌が出版されるようになった。多くの若い母親は、同居別居

    のおばあちやんに聞くよりは、こぞって育児雑誌を読むようになってしまった。しかしなが

    ら、標準的な教則本が作りにくいのが子育てであり、たとえ、標準的な育児書が作成された

    としても、それが個性豊かな子ども達の母親の教科書にはなりにくいのも現状であろう。子

    どもを育てる過程で、子どもが病気になったり、突然反抗的な態度にでたりして途方に暮れ、

    誰かに相談したいと思う事象は、一般の家庭で頻繁に生ずるであろうが、手頃な相談機関が

    ないために、母親は困っているのに、どうしてよいかわからず一層孤立し、家庭の中だけに

    閉じこもってしまいがちになるのではなかろうか。こうした状況では、万が一虐待が行われ

    ていても、子育ては、家庭の外部から見えず、ほとんど観察不可能になっていく。虐待防止

    センターへの電話の増加は、そうした育児相談の一環として受け止めた方がよい者もかなり

    含まれているのではなかろうか。現在、保健所等がこうした育児相談の機能を有していると

    思われるが、1ケ月検診等は、主に、病気・発育不全の発見に重きが置かれ、母親のケアに

    まで、手が届かないのが実態かとも思われるが、今後、是非領域を拡大して、あるいは他の

    公的機関で、母親の立場に立ってじっくり話を聞いてあげられる普通の母親の子育ての支援

    38

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    のための相談窓口が設置されることを期待したい。

    4)危機介入する際の問題点

    危機介入にあたっては、まず、早期に虐待の事実を把握する必要がある。虐待の場合、児

    童に一番近い所にいる親が加害者である場合が多いので、それ以外の児童の周辺にいる誰か

    (学校の教師・医師あるいは隣近所の人等)が、虐待が疑われる児童の身体的特徴や行動特

    性が虐待児童のそれと一致するか確認する必要がある。希な例では、親が自分のしているこ

    とが虐待と気付かなかっただけで、注意して態度や行動が改まることもある。それですめば

    それにこした事はない。しかし、多くの場合、態度や行動を改める気配がないのに、児童を

    自分の支配下に置き続けようとする親が多い。その場合には、そのまま放置しておけば、子

    どもの命に関わることもあるので、児童相談所・医師・保健所・場合によっては警察等関係

    機関が連絡を取り合い、施設収容等を考えなければならないこともある。関係機関が相互に

    援助しあう体制一地域ネットワークの構築が不可欠である。

    また、施設収容を考える場合、児童相談所の一時保護を除くと、親権者である親の同意を

    必要とするため、なかなか親の同意が得られないという問題、あるいは、子どもは親の下で

    育てられるのが一番良いという暗黙の了解の下、「施設入所の方が良いのではないか」とい

    う関係者の判断が実行に移せないという問題が生じている。また、諸外国の制度として見ら

    れるように、これらの中間的な処遇方法ともいうべき「里親制度の導入」(虐待された児童

    を登録してある里親に委託するなどの制度等)が積極的に検討されて良いかもしれない。

    5)虐待後のアフターケア

    最近では、児童期に虐待を受けたことが原因で多重人格となるなどの問題もよく知られる

    ようになり、児童期に虐待を受けるということが後々まで人格的な影響を及ぼすほどの深刻

    な問題であることが理解されつつある。したがって、虐待を受けた後のアフターケアが必要

    だという認識が深まってきている。しかしながら、実際には、学校は、児童相談所に引き継

    げば、そして、児童相談所は施設入所を決定すれば1件落着となって、職員の一人一人が、

    気にはなっているのだろうが、その子どもがその後どうなったのかさえも追跡できないのが

    現状である。まして、そのようなケアをしてくれる組織や設備、そして人的資源もないのが

    実態である。早急に、こうしたケアをするための組織作りがなされて欲しいと願っている。

    6)虐待の世代間連鎖

    虐待に関してよく指摘されているのは、虐待の「連鎖」あるいは「世代間継続」と呼ばれ

    るもので、親から虐待を受けて育った者は、自分で親になった時、同じように子どもを虐待

    するということである。上記に示した調査報告の中にも、「虐待の連鎖」をうかがわせる傾

    向が散見されるものの、親の側からの情報が不十分であるために、十分な裏付けがなされて

    いない。これについても、今後の研究が待たれている。

    4アメリカ合衆国における虐待防止対策

    最後に、虐待に関しての法的整備や虐待された児童の諸施設での受け入れ体制が進んでい

    るアメリカの例について紹介してみよう。これが、わが国での施策を考える上で参考になる

    可Qリン

  • 子ども社会研究3号

    かもしれない。

    1)アメリカ合衆国カリフォルニア州の児童虐待通告法

    (TheCaliforniaChildAbuse&NeglectReportingLaw)

    アメリカ合衆国では、1974年に、全米的に「児童虐待の予防と治療に関する法令」(Child

    AbusePreventionandTreatmentAct)が公布され、以下に示すように、教育・医療・福祉・司

    法関係者は報告が義務づけられ、報告が正確であるか確かめられた後、親の監護権について

    は少年裁判所で決定され、福祉関係の法律の下、被虐待児が保護されることになっている。

    ア報告しなければならない理由

    この通告法の第一の目的は、子供の保護である。虐待されている子供を保護することは、

    同じ家庭で生育し、現在は虐待されてなくても、将来親から虐待される可能性がある他の子

    供たちに対して、保護する機会を提供することになる。「児童虐待」という現象が、さまざ

    まな問題を有する家族にとっては、その家族に対して、注意を向けてもらうための1つのサ

    インで、児童虐待についての報告されることによって、その家族の家庭環境に変化をもたら

    すきっかけが得られるかも知れない。

    イ児童虐待は何か

    刑法によれば、「児童虐待」とは‘他の人から偶発的な手段以外の方法で負わされた身体

    的傷害,として定義されている。このほか、児童虐待は、家庭以外の場での、心理的虐待、

    性的虐待、保護の怠慢をも含んでいるが、‘未成年同士のけんか,や特殊な状況下での‘警

    察官による必要な権力の行使,、‘合理的で、子供の年齢に見合った、重大な傷害に至るとは

    考えられないお尻をたたくような行為'、は除外される。詳細は前述のとおりである。

    ウ.誰が報告するか

    法的に報告義務があるのは、以下に示すような人々である。

    a,児童の保護に関わる職にある者

    公立私立学校の教師、補助教員・職員、児童保護局の行政職員.スーパーバイザー、学校の

    人事管理担当者、公立私立の青少年センター職員、青少年向け活動プログラム従事者、地域の青少

    年施設職員、ソーシャルワーカー、保護観察官、カウンセラー、虐待防止プログラムの担当

    者等

    b.医療関係者等・健康管理者等

    内科医、外科医、精神科医、心理学者、歯科医、実習生、インターン、足病学者、指圧療法

    士、看護婦、歯科衛生士、視力検定者;結婚カウンセラー、ソーシャルワーカー、緊急医療

    従事者、未成年の性病罹患者を治療する州あるいは市の公衆衛生院職員、検屍官、子どもを

    診断・検査・治療する宗教実践家等

    c・児童保護機関担当局職員

    警察、保護観察官(筆者注:近年、保護観察の仕事は司法省から社会福祉省へと移管された)、児童

    福祉局職員

    d.写真処理業者

    報酬を得て、撮影したフイルムを現像、プリントする写真業者をいう。ここには、公務員

    40

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    は含まれない。写真処理業者は、14歳以下の児童の性的行為の描写を報告する義務がある。

    エいつ報告する か

    法的に報告が義務づけられた者が、職業上理解した上で、自分の力の及ぶところで、虐待

    が行われたことを知った時、あるいは行われていると観察された時、若しくは、虐待ではな

    いかと‘合理的に考え、その可能性が疑われる,時、児童虐待は報告されねばならない。

    ‘合理的に考え、その可能性が疑われる,というのは、同じように訓練された同じような立

    場にいる人が、同様に虐待と判断できる事実に基づいているということである。報告はま

    ず直ちに電話でなされなければならない。最初の報告から36時間以内に、書面による報告が

    司法省に提出されねばならない。報告のための書式用紙は、警察、保護観察所、郡福祉事務

    所に用意されている。

    オ 報告 場所

    報告は、‘児童保護機関,に報告されなければならない。児童保護機関は、郡の福祉事務

    所、保護観察所あるいは警察である。例外は、写真処理業者で、この場合は法執行機関に報

    告がなされなければならない。

    2)アメリカ合衆国ハワイ州での虐待防止プログラム

    さて、以上のように、アメリカ全土で、虐待通告法によって子どもを見守り、虐待に関し

    てその実態を把握するシステムができあがっているとはいえ、子どもにとって最も良いのは、

    虐待にあわないこと、つまり虐待を予防することである。同じくアメリカ合衆国のハワイ州

    では、長年の調査・研究に基づき、虐待を防止するためのプログラムが開発され、虐待が発

    生するかもしれない家庭に対して、家庭訪問をして子どもの成長をチェックし、母親に子育

    ての援助をし、虐待を未然に防ぐためのシステムができている(13)。簡単にそれを紹介しよ

    う。

    アメリカ合衆国ハワイ州健康局の母子健康課では、「HealthyStartModel」により、実際

    に虐待が発生した家庭に対して調査を実施し、虐待が発生しやすい家庭を選び出すためのチ

    ェックリスト(24歳以下の母親、未婚、住所がすぐ、に変わり一カ所に長期間定住しない、

    学歴;高校卒業以下等)を作成した。

    つまり、ハワイ州の中の7地域を抽出し、その地域内で誕生したすべての子どもに対して、

    母子健康課で開発した上記のチェックリストによるスクリーニングシステムを完成させ、虐

    待防止のためのプログラムを実践している。つまり、アメリカの病院では、新生児誕生後2

    日で、母子が退院してしまうので、出産のための病院入院中に、虐待を生み出しやすい状況

    にあると思われる母子を選び出し、民間ボランティアがその母親と接触をして、その後の定

    期的な家庭訪問により、子どもの育て方等を教えたり、育児の相談にのったりすることによ

    り、虐待を未然に防止しようとするプログラムである。家庭に配布するブックレットには、

    発達月数に応じた成熟の目安(言葉がしゃべれる、ひもが結べる等)や発達に応じた適切な

    玩具の用意などが示されており、必要な場合には、ボランティア組織に寄付された育児用具

    (乳母車等)や玩具の貸し出しも行っている。また、育児に行き詰まったり、困ったときに

    は、いつでも相談ができるようなホットラインが用意されており、必要に応じてボランテイ

    4ユ

  • 子ども社会研究3号

    アの家庭訪問が受けられるようなシステムができあがっている。

    このプログラムの実践により、1991年度の例で見ると、対象者総数の約8割が‘虐待の可

    能性が少ない,と判定され、残る約2割の約半数が‘やや虐待の可能性が懸念される,とい

    うことで家庭訪問サービスを受けた。こうした虐待防止プログラムの実践の結果、全対象者

    中、身体的虐待:0.7%、保護の怠慢:0.3%が確認されたにすぎず、防止う°ログラム実践以前

    の虐待の発生率に比べ大幅に減少し、このプログラムが効果を上げていると評価されている。

    まとめ

    我が国で実施された児童相談所、病院、警察で扱った児童虐待の実態に関する調査を概観

    した。まず、わが国においては、欧米諸国に比べ、児童虐待が少ないと指摘されているが、

    質的には、死亡例も含めて、先進諸国で見られるのと同様の虐待が見られている。一般的に、

    「児童虐待」という枠で、現象を捉えていないことも一因と考えられる。これは、先進諸国

    がたどってきた経過でもある。さらに、虐待が一般家庭にどの程度見られているかを検討し、

    提起される問題点と今後なされるべき研究・施策について提案した。虐待されている児童を

    保護するためには、子どもを取り巻く多くの人々に虐待に気づいてもらう必要がある。その

    ためには、虐待を発見するためのシステム、また、虐待された児童をケアするための組織や

    受け皿が必要とされよう。そのために、わが独自の形態も含めた、虐待を見つけるための家

    庭特性・児童の身体的特徴・行動指標等に関する研究、また、危機介入・施設収容のための

    基準等も明示される必要があろう。今後の研究が期待される。

    また、虐待防止のために、母親のための育児相談窓口の開設、虐待された児童に対する長

    期的ケアの方策等に関しても研究がなされると同時に、行政施策も必要とされていると考え

    られる。

    文献

    (1)ささやななえ・椎名篤子『凍りついた瞳』集英社1995

    椎名篤子編『凍りついた瞳が見つめるもの』集英社1995

    ささやななえ・椎名篤子「続・凍りついた瞳』集英社1996

    (2)全国児童虐待防止研究・大阪大会実行委員会「全国虐待防止研究」大阪大会報告書1996

    (3)池田由子『児童虐待j中央公論社1987

    (4)StateDeparimentofSocialServicesOfficeofChildAbusePreventionTheCalifomiaChildAbuse&Neglect

    ReportingLawIssuesandAnswersforHealthPractitionersl991

    (5)全国児童相談所長会「子どもの人権侵害例の調査及び子どもの人権擁護のための児童相談所の役割

    についての意見調査」の報告1989

    (6)岩井宜子・内山絢子・佐藤典子・宮園久栄『児童相談所で扱った児童虐待の実態常習的暴力加害者

    に関する研究』文部省科学研究費による研究成果報告書1996

    (7))岩井宜子・宮園久栄「児童虐待問題への一視点一児童相談所介入例の調査を通して-」『犯罪社

    会学研究j21145-1681996

    (8)内山絢子児童虐待の類型別特性に関する分析科警研報告防犯少年編、35-2、P85-951994

    (9)内藤和美「被虐待児・被放置児の実態と対応に関する研究」『小児保健研究」48-3p368-3781989

    (10)橘由子『子と‐もに手を上げたくなるとき』学陽書房1992

    42

  • 調査報告から見たわが国の児童虐待の実態と今後:内山

    (11)内山絢子・石井トク・後藤弘子・小長井賀與『一般の母親が乳幼児に対して行う虐待行為の実態

    常習的暴力加害者に関する研究」文部省科学研究費による研究成果報告書1996

    (12)StateDepaltmentofSocialServicesOfficeofChildAbusePreventionTheCalifOrniaChildAbuse&Neglect

    ReportingLawlssuesandAnswersfOrHealthPractitionersl991

    (13)GailF.Breakey,BetsyPrattandLindaK.Elliot,HealthyStan,HawaiiDepartmentofHealthl994

    43