脳出血の1剖検例 - core51 (東女医大誌 第39巻 第6号頁503-518 昭和44年6月)...

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51 (東女医大誌 第39巻 第6号頁503-518 昭和44年6月) 〔症例検討会〕 脳出血の1剖検例 (故吉岡正明名誉教授の臨床ならびに剖検報告) 日時 昭和43年12月6日(金)午後1時30分野り 場所 東京女子医科大学本部講堂 (発言者)司会 科:三 十研内科:広 放射線科:石 科:小 剖:小 理:今 菌:吉 受持ならびに文責:沢 沢 弘 美 和教授 七 郎教授 純 一教授 千 代教授 幸 枝助手 三 喜教授 守 正教授 明 子助手 (受付 昭和44年2月21口) 三神:この症例は正明先生の症例でありますの で,先生のご冥福をお祈りいたしまして黙濤をさ さげたいと思いますのでご起立をお願いします. 一黙濤一どうもありがとうございました.大体の 経過はそこにお配りした通りでありますが,受持 の沢井先生に一通りお読みいただきたいと思いま す. 沢井:主訴は昏睡と発熱でございます.既往症 として,昭和31年71才の時急性冠不全にて入院加 療を受けられております.38年78才の時脳血栓で 右の片麻痺をおこされて入院していらっしゃいま す.しかし,その後は不自由ながらも大学へ時々 来ていらっしゃいました.42年7月に脳動脈硬化 症で当内科へしばらく入院されました.また血圧 は昭和32年頃から高く,降圧剤な:どを服用してい らっしゃいました. 現病歴:昭和43年1,月20日午後6時15分頃,食 事中に突然心臓部より右肩にかけて疹痛があり; その痛みは相当に強く,うめき声をあげられる程 度で,酸素吸入,ニトログリセリン,ペルサンチ ンなどで,約40分後に無痛はおさまって,自分で 話をされたようです.しぼらくして再び胸痛があ り,心電図で房室不完全ブPック(Wenckebach 周;期を伴なう)のほか,心筋硬塞の所見はござい ませんでした.1血圧は210/100㎜㎏でありまし た.翌21日胸痛はありませんが,38℃の発熱と頭 痛を訴えられましたが,しきりに起きたいと言わ れるので起こしてあげられたようです.その夜 半,非常に興奮され,午後2時頃失禁され,午後 3時頃から眠り始めその後傾眠状態になり,24日 は37.6℃まで解熱はしましたが,25日は頭痛が強 いためか,絶えず自分の手を項部へもっていかれ ClinicohPathological Conference (64) An autopsy case of cerebral h 一 503 一

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51

(東女医大誌 第39巻 第6号頁503-518 昭和44年6月)

〔症例検討会〕

脳出血の1剖検例(故吉岡正明名誉教授の臨床ならびに剖検報告)

日時 昭和43年12月6日(金)午後1時30分野り

場所 東京女子医科大学本部講堂

(発言者)司会 内 科:三

十研内科:広

放射線科:石

科:小

剖:小

理:今

菌:吉

受持ならびに文責:沢

沢 弘

美 和教授七 郎教授

純 一教授

千 代教授

幸 枝助手

三 喜教授

守 正教授

明 子助手

(受付 昭和44年2月21口)

三神:この症例は正明先生の症例でありますの

で,先生のご冥福をお祈りいたしまして黙濤をさ

さげたいと思いますのでご起立をお願いします.

一黙濤一どうもありがとうございました.大体の

経過はそこにお配りした通りでありますが,受持

の沢井先生に一通りお読みいただきたいと思いま

す.

沢井:主訴は昏睡と発熱でございます.既往症

として,昭和31年71才の時急性冠不全にて入院加

療を受けられております.38年78才の時脳血栓で

右の片麻痺をおこされて入院していらっしゃいま

す.しかし,その後は不自由ながらも大学へ時々

来ていらっしゃいました.42年7月に脳動脈硬化

症で当内科へしばらく入院されました.また血圧

は昭和32年頃から高く,降圧剤な:どを服用してい

らっしゃいました.

現病歴:昭和43年1,月20日午後6時15分頃,食

事中に突然心臓部より右肩にかけて疹痛があり;

その痛みは相当に強く,うめき声をあげられる程

度で,酸素吸入,ニトログリセリン,ペルサンチ

ンなどで,約40分後に無痛はおさまって,自分で

話をされたようです.しぼらくして再び胸痛があ

り,心電図で房室不完全ブPック(Wenckebach

周;期を伴なう)のほか,心筋硬塞の所見はござい

ませんでした.1血圧は210/100㎜㎏でありまし

た.翌21日胸痛はありませんが,38℃の発熱と頭

痛を訴えられましたが,しきりに起きたいと言わ

れるので起こしてあげられたようです.その夜

半,非常に興奮され,午後2時頃失禁され,午後

3時頃から眠り始めその後傾眠状態になり,24日

は37.6℃まで解熱はしましたが,25日は頭痛が強

いためか,絶えず自分の手を項部へもっていかれ

ClinicohPathological Conference (64) An autopsy case of cerebral hemorrhage.

一 503 一

rj2

表ユ 入院時検査成績

Blut

Hb Rete

WeiBe

Thromb.

Reticulo.

Stab.

Seg.

Lymph.

Mono.

Harn S.G.

Eiwe fs

Zucker

Urobilinogen

Hintergrund

14.99紐

468 × 104

17100

14.6400

50>60

90/0

780/.

120/,

10/o

1.032

Arterioloscl.一S: ll

Hypertension-S: I

B.S.G.

1 st.

2st.

C.R.P.

A.S.L.一〇

Blut-W.R.

’ILum’bal-Punction

I Dr[i}’kL’240一(3cc)

150mmH,O BIutig

什.

68田皿「

105mm

十4100Todd

(一)

Nonne-Apelt

Pand’凵f

T.P.

Zucker

Serum

T.P.

Alb.

αゴG.

at,一G.

i(9-G.

7-G.

AIG.

Urea-N

Na

KCl

GOTGPT

128mg/d1

14皿9/d1

7.3 g /dl

480/0

40/0

180/0

130/0

17e/o

O.937mg/dl

ユ45mEq/L

3.7mEq/L

99mEq/L llunit

18unit

LDH 233mm-unit/ml

AI. phos. 5 KAu.

T. Chol. 192mg/dl

ていたようです.夕方39℃に発熱し,その夜26日

午前3時に嘔吐され,その後昏睡となられ,1月

26日午後当院に入院されました.

入院時所見:昏睡状態で呼吸困難強く,脈拍

頻,不整・体温37・8℃・口唇にチアノーゼを認や

ます.血圧は180/90㎜㎏.縮瞳し対光反射は緩

徐で,項部強直強く,ケルニッヒ症候が陽性で

す.心三音界は左が左乳線で,心尖に軽度の収縮

期雑音を聴取しました.肺野にラ音などは聴取し

ませんでした.腱反射は,膝蓋・アキレス腱反射

が減弱している.他は異常なく,右側にバビソ不

キー,チヤドックなどの病的反射を認めました.

上下肢ともよく動かしていられまして,もともと

不自由な右側は運動が少ないようでした。

..?@時検査成績:(表1)血液一般;血色素14.9

9畑.赤血球数468万,白血球数17,100,血小板

146,400,」血液像は桿状球9%,分葉球78%,リ

ンパ球12%.単球1%o.尿は比重1.032.タソバ

ク升.糖十,ウロビリノーゲン冊.ウロビリン

十,沈澄は赤血球が5-6/1視野.血清理化学

検査で総タンパク7.39紐.アルブミン48%,

α1一グロブリン4%,α2一グロブリン18%,β一グロブ

リン13%,γ一グPブリソ17%です.A/GO.9。尿

素N37mg/dl,]N「a 145mEq/L, K 3.7mEq/L,α99

mEq/L.アルカリホスファターゼ5KAu.総コレ

ステロール192卑9翅,GpT1.lu・GOT18u・LDH

233unit.腰椎穿刺をしましたら液圧240mmH20,

3ccとり150mmH20,血性で,ノンネアペルト粁,

バンディー甘,総タンパク128皿9畑,糖14㎎/d1です.

眼底検査には出血はとくべつありませんで,

Arteriosclerose, Scheie II , }/lypertension, Scheie 1 .

血沈は1時間値68㎜,2時聞値!05㎜.血清のWa-R(一), C R P 4十, ASL-0100Todd単位.

33

3so

3プ

36’

T T 発 入

LL院丁

死亡

2V! 22 23 24 25 26 27 28 29 30 3t 1/II 2(1968)

図1.経 過

入院後の経過:(図1)昏睡は依然として持続

し,発熱,呼吸困難も強く,酸素テント1を使用し

ましたが1月27日夜半,一時呼吸がヰp,血犀が

下降し,心電図で連発性の心室性期外収縮が見ら

れました.昇圧剤・強心剤・輸液などの持続点滴

および抗生物質等の注射を施行しましたが,次第

に血圧下降し,呼吸困難が強く,喘鳴が出現しt jt

脈拍も次第に微弱となり,入院第8日目の2月2

日,午前7時20分から下顎呼吸となり,昭和43年

2月2日午後7時35分ついに死亡されました.

三神:どうもありがとうございました.

ご年令は83才でいらっしゃいました.こちらに

今度入院されましたのは,昏睡と発熱という状態

で,全然意識はございませんでした.入院されま

してから8日目に亡くなられたのですが,その間

一504 一

or3

全然意識が回復ざれ・なかった状態でございま.し

た.一昏睡がこちらにお入りになる前の日からござ

いましたので,’9日間も昏睡で亡くなられたとい

うことで,矢張り何か脳の方の関係のものである

ということはわかるようでございます.

まず一応読んでいただきました既往歴から,こ

のご病気の本態を考えていきたいと思います.昭

和3i年に,たしか箱根に行った時だと思います

が,急に心臓が苦しくなられまして,すぐ帰って

こられまして入院されたのであります.その時

やはり心臓は非常に苦しいといわれましたので心

電図をお採り致しました.その後38年に,心臓の

発作から7年ぐらい経っている訳でございます

が,これもお魚を釣りに,海に行かれた後でござ

いましたが,急に右の,特に手首から先が利かな

くなりまして,入院されたのでありますが,その

時よく拝見いたしますと,手首がほとんど利きま

せんでしたけれど,やはり足の方もだんだんに

麻痺がおこりました.その際に意識障害はござい

ませんでした.しばらく入院しておられまして,

そして退院されましたけれど,すっかり足も回復

というところまではいきませんでした.しかし,

手の動かなかった状態もだんだんによくなられま

した.しかし多少不随が残っておられたようでご

ざいました.昭和42年の7月,去年でございます

が,非常に興奮状態がございましたので,しぼら

く入院されておりましたけれど,それから血圧も

ずっと高かったようでございます.この入院はあ

まり長い期間ではございませんで,あとはお家で

静養しておられたようでございます.そういう訳

で,降圧剤とか,血管拡張荊とかいうものは常に

用いられておられたのでございます.

そこで既往歴で問題になります昭和31年の急性

冠不全という状態でございますが,これは非常に

心臓の締めつけられるような感じということでご

ざいましたので,これが急性冠不全であるか,心

筋硬塞に類するものであるかということは心電図

を見ないとはっきりわからないと思います.それ

でその時の心電図をスティドにすればよかったん

ですが,うっかりしておりましたが,だいたい

2ヵ月ぐらい入院していられましたが初めからは

.かなり変化が三七いたよ一うに思いますが,広沢先

生に見でいただきましたので7・その時急性冠不全

と病名をつけていいのか,あるいは心筋硬塞みた

いなものであったかどうか,ちよつと御脱明をい

ただきたいと思います.

広沢=スライドがないので言葉だけではちよつ

と説明しにくいかと思いますが要点だけ申し上げ

・ます.昭和31年の5月29日から8月下旬まで十数

枚の心電図があります.28日夜中,:あるいは29日

の明け方と申しましようか,確かその辺の発病だ

づたと思いまナ.夜中に旅先で苦しくなられまし

た15時間ぐらいたった29日の夕方にとった心電図

は,リズムは正常の洞調律,心房波のPに波形の

異常はありません.’P(~はOL15秒で正常の範囲で

す・一QRSは明らかな完全右脚ブロック,c・mpl-

6tとのr・b・b・b・です. QR.Sの巾は0.12秒ぐらい

です.そして病的なQはどこにも見あたりませ

ん.ST-TについてはV2~V4・で’ST-Tの上昇

を認めます.これは後でさがります.それから逆

にV5の↑は平低, V6のTは陰性でかなりはっ

きり下ってます.aVFのTが下っておりました.

ということで,QRSについては右脚ブロックだ

けで心筋硬塞を直接物語るような所見はありませ

んが,ST-Tには前壁に相当する V2~V4のS

T上昇ということで病的な所見が見られました.

翌5月30日には脚ブロックは消失しております

が,それから波形に関してはその他の点では変わ

りがありません.ただ心房性期外収縮が散見され

ます.それからST-Tは乞ん3日でかなり落ち着

いてしまいました.それと陰性のTは先程あげた

ような誘導に,主に左側の胸部誘導に軽度の陰性

丁が残りました.それからPQが初め0.15秒で正

常だつたんですが,.3日後にだんだん延び出しま

して,約1週間から10日にかけて0.22秒と正常の

枠を越えて第1度房室ブロックの所見を呈し,’tそ

の後正常にもどρております.それか.ら右脚ブn

ックは,7月30日丁度発病から2ヵ月後に,1過

性に出て,8月5日の心電図にもでております

が,8月10日にとりなおしている時にはこれはま

た消えております.ということで8月23日までの、

EKGをみましたが,最後は正常洞調律で不整脈

一 505 一

54

はでておりません.PQは0.17秒であったり0.20

秒であったり多少ゆれておりますが,だいたい正

常の枠の内,それから脚ブロックは結局2度出

没して最後には出ておりません.ST・Tの変化と

しては,左側の胸部誘導で,陰性Tが軽度に出て

おりますが,病的なQは残っておりません.これ

が十何年か前の心電図の所見です.その時臨床症

状は明らかに強い狭心症状,そして時間も長かっ

たと記憶しております.Qが出ておらないので,

いわゆるtransmural貫壁性の硬塞の形ではなく

て,心内膜下にか,あるいは小範囲の,しかし

器質的な変化があったんじゃないかと判断いたし

ます.acute coronary failureという言葉はこの

場合適切かどうかわかりませんが,少なくとも今

日いうところの,中間型intermediate coronary

syndrome,そういう発ypeに属する冠不全の症候

群だつただろうと思います.

三神=どうもありがとうございました.そうい

う訳で,その頃から多少動脈硬化が,基盤にあっ

たのではないかと思います.38年脳血栓に罹患さ

れたとしてありますが,今申し上げましたよう

に,意識障害はありませんで,なんか非常に寒か

ったというようなことで,初め主に右の手首から

先でございましたが,次第に軽い半身不随という

ような状態になりました.これは脳の出血という

よりも,おそらく脳血栓という方がこの診断は適

切ではなかったかと思っております.つまりこれ

はそのようないろいろな動脈硬化性の変化がずっ

と既往歴にあったということでございます.

現病歴でございますが,今年の1月20日の午後

6時15分に,それまで何ともなかったという事で

ございますが,お食事中突然心臓部から右の肩に

かけて非常に痛みがございました.これはうめき

声をあげられる程でございますので,非常に痛か

ったんではないかと思います.前にも心臓の発作

がございますので,お宅で処置されたのでござい

ますが,酸素吸入とかニトログリセリンとかペル

サンチンというようなCoronalgefaseを拡張す

るようなMittelをさしあげ,40分後には痛みが

おさまって,ご自分で話をされるようになってお

ります.またしばらくして胸の痛みがございまし

r・・’∴勝灘議ヨ搬講欝

・・一G・さが窪羅馨蓑激烈灘 嚢翻’--「ヒ

ロ ユ コ コ じ

_こ、,,、,.「論∵.二三三=,擁訟三.髭蕊蕪雛蕪礁 ..

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D・ C.寰O,鷺1灘蟹灘.i

縄}唖多_一一一,: ・.i弓 . ・、;_淵・孝脚a・X碗6‘「匿-li

・鰍鱒懸惣藻iぎq輔1∵鑑歯応噛・…」:t:,:.器・㌧偶。.・詑、1

図2.(a)1968.1.21 吉○正○

一価蝋駈__学訟漏ぜ誕?簿,

暢 ・瓢算一・脚一.・

s

鰻i鍵羅難儀藤棚撰簸酒麟鍵』._藁㌶ 簸ρ葦098.鵜撫ごil =’ 一 ’/rili., ./

臨 一 「、働 櫨』r脚擁

図2,(b)1968.1.21 吉○正○

たそうで,この時にお宅で心電図をとっておられ

ます.この時も心筋硬塞という所見はないという

ことでございまして,房室不完全ブロックという

ことで,ひと安心したという状態でございます

が,その時の心電図はこれだと思います.(図2

-a,b).これはやはり狭心症の発作のようなもので

あったかどうかということは,後でまた問題にな

りますので,もう一度広沢先生にこの心電図につ

いてご説明いただきたいと思います.

広沢:今スライド(図2・a,b)で写し出されて

いるのは1月21日ですから今回の発病の翌日のよ

うです.不整脈が一寸複雑でありますが,基調

になっているのは,一応,洞調律だろうと思い

ます.1分間約70ぐらい,それに,Wenckebach

の周期を伴った2度の房室ブロックが出ているの.

だろうと思います.心房波Pの波形については格

別の異常はなさそうに思います.QRSは明らか

な右脚ブPックの形で出ております.これは今回

一 506 一

55

亡くなるまで心電図が興部かありますが,’通じて

右脚ブロックのままでまいります.図2(a,b)

これは1月21日のBildです.この場合胸部誘導

はこの後に出てくる心電図とそんなに変っており

ません.たとえば図2(a)のスライドの下から

2つのトレースはV、とV2が見えます. V、は

M字形のQRSで,完全右脚ブロックの形を呈し

ております。図2(b)のスライドにはその続き

のVs,4,5.6がありますが,型のごとく,QRSが右

脚ブロックらしく出ています.病的Qは出ており

ません.そしてST・・Tは脚ブロックがあることを

計算にいれると,この胸部誘導だけでとりあげて

特に病的という所見はないように思います.次に

四肢誘導の形を一寸見ておいていただきます.た

とえば1皿皿で言いますと,第皿誘導のQRSは

ほとんどゼロ線に近いようなlow voltage,それ

から第皿誘導の主部ははっきり上を向いており

ます.というような組合せで,それからaVLも低

電位.それからaVFの主棘が上を向いておりま

す.この辺の形は,大体電気軸でいいますと十30。

位でしようかnormalのワクの中の電気軸だと思

います.Goldbergerの単極四肢誘導で見ますと,

aVLが低電位aVFがああいう形ですから,いう

なればsemi・vertical positionとでもいえそうな,

そういう電気軸です.次のスライド(図3a,b)

は1月27日,1週間弱経っている心電図です.不

整脈がありますので非常に複雑になりますが,先

に波形の問題についてふれますと先程挙げました

ような:,第H誘導で主棘が上を向いているという

ことがもう変っております.第皿誘導で主棘が下

を向いています.aVFも同じように主棘が下を

向いてaVLもまた変って来ています.高さは違

いますけど胸部誘導は大体先程の一週間前のパタ

ーンと大体変りありません.そこで前額面でかな

り軸が回転してしまって,上を向いております.

ところが第∬誘導の中を見ますと,上から2本目

のtracingですが,最初に期外収縮らしいものが

見えます.第2拍は主棘が上を向いて,これは1

週間前と同じような形なんですが,それ以後,期

外収縮でない収縮,おそらく上室性と思われるも

のは,5平目から後全部下を向いて大体主になつ

t・

一 』虻辱

・ ・P’・貰ド=虻i轟欝蟹羅.

1鰯轟孫灘醗羅・詳』轡轡F…∵瞥竹謄轡軸≧幽Hl嚇替

・一門1一’・ 理酬轡瞬点き

あ嘱練灘 Mnte 「渥臨。の蛎 奪。轟。 . ダ に

・一・ 蕊1、. L、、,.

L一 ::一 N 醒 町眠

図3L (a)1968. i.27 吉○正○

;、… 丸押脚瀬「瓢・・直1・,..:↑・、.漁期,鱗職韓

1燦砂煙羅

縫難熱騨孫i難繋灘・鷲轡・・4一 v 1一

4¢ 催 幅r Pt 螺覧

図3.(b)1968.1..27 吉○正○

ている波形は数日前と違って軸が上を向いてしま

った.そういう形になっています.病的なQと名

付けられるようなものはやはり出ておりません.

この中にもA-Vblockがあって, Ersatzsystoleと

思われるような波形が期外収縮と別に出ておりま

す.たとえぽ第1誘導で,またV2の終りから3

拍目あたりはErsatzsystoleではないかと,Block

がおこってその後に比較的下の,しかしA-V

nodeの中から,補充収縮が出たんじゃないかと

思われるような,そういう不整脈です.したがっ

て基調になるのはやはり洞調律だろうと思います

が,それに房室block,大体PQ延長ですが一部

2度の不完全Block,それに今触れました房室結

節から出た補充収縮,そして心室性期外収縮,リ

ズムに関してはそういう所見が見られます.心房

波Pについて,格別の異常は認められないようで

あります.あといくつかありますが,図4,5

一 507 一

sc

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灘解室『『㌔晦冥凶驚ζ肇鵡劉三無。膿:二mu∴、∴・「1

図4.1968.1..28 みm3.50 宣○正○

ム みがゑ ・一年・一 ㌦ 幽 鵡,卜

》職鱗・舞魂7キ瞬湘♂・ ’・話調臼函}甲露噸∵

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ー嚇噸胤 裸 図5.(a)1968.1.28Am 8.40

ぢ《〆卵糟事.瞬,

転義覇・醗諏嚢 トド コ ヨぜゆよ

”・ ∵・畠一周 ㎞『 め ヤ ゆ

一州雌 ド ゆつ・幌豪州酬曝鎗 一 り.一・ 障一 , 竃馬「一一h

蜘、欄耀1警 謡駅“

壱。‘⇔

駅摩榊幽懸離 e図5.(b)1968.1.28 Am 8.40

(a,b)本質的に変りありません.そして心室性

の期外収縮が頻発するという形だけがつけ加わっ

てきます.これは心筋の状態としてかなり重篤に

なって来たことをあらわしていると思われます.

先程ふれました電気軸が前額面でかなり動いて

しまったということについては,ずD.と最後の

監race重で同じですr ・ 1.1:,

三神:.どうもありがとうございました..このよ

うに心筋の状態がかなりschwerであるというこ

とで,やはり心臓の方の狭心症のような発作もr

緒になったのではないかということも否定できな

いのでございます.20日の日にそういう狭心症で

はないかと思うような発作がございましたが,こ

の時には意識ははつぎりしていられた訳でありま

すL、翌日は疹痛はございませんが,今度は熱が出

てまいりました.そして非常に頭痛を訴えてまい

ります.これは前の日にはなかったことでござい

まして,頭痛を訴えられまして,起きたい起きた

いということでお起こしになったということです

が,、その夜中に非常に興奮されまして,そして午

前2時頃から失禁をされ,午後3時から眠り始め

て,傾眠状態になられた,ということでありま

す.21日の晩にそういう状態になられまして,そ

れからずっとそういう状態が続いていた訳であり

ます.お熱は38。Cから,翌日24日37℃になりまし

たけれども,やはり意識はずっとはっきりはしな

かったということでございます.25日に頭痛が強

いためと思われますが,手を首の所,項部へもっ

ていかれておりますので,恐らく頭痛がひどかっ

たんじゃないかと想像されます.夕方には39℃に

なりまして,頭痛が始まりまして5日目でござい

ますが,26日には,午後3時頃に嘔吐されて,そ

れ以後は全くの昏睡になられております.そして

26日の午後に入院されました.

以上が入院されるまでのAnamneseでござい

ます.すなわち初めは胸痛というようなことで意

識ははっきりしておりましたのに,次の日から熱

が出まして,その次の次の夜中から少し熱が出て

頭痛がして,その次の夜明けから意識が少し聖油

してきて,熱は初め低かったのが,昏睡が始まり

ましてから39℃に発熱されております.こういう

状態で来られたのでございますが,昏睡になられ

たということに対しまして,いろいろな病気が考

えられるのでございます.今までの経過から,何

かやはり脳血管性障害ではないかということが一

番頭に浮んでまいります.しかし昏睡の原因とい

たしましてはたくさんございますので,入院され

r一 508 一

57

ましてからいろいろな検査を行なった訳でありま

す.-

入院時の所見は,意識は全くなく昏睡で,お呼

びしてもいつもお答:えはございませんでした.そ

れから一・一t般状態はあまりよくございまぜん.・・すな

わち呼吸困難がございまして,呼吸数は1分間40

で.した.そして非常に頻脈でございまし七,先程

ご説明がございましたように不整脈でございます

が,これは主として心室性期外収縮でございまし

た.体温は37.8℃,Cyanose’がございます.血圧

はお家に!いらりしやる時には.210/100rnmH9まで

昇りましたが,こちらに来られまして180/90m

}{9という状態でございます.それから瞳孔でござ

いますが,対光反射は弱いながらございますけ

ど,非常に小さく,縮瞳しております.しかし,

針の先でついたようなそれ程の縮瞳ではございま

せんでした.それからもう一つ重要なことは,項

部強直が非常に強くございまして,Kernigの徴

候がございました.

問題の心臓でございますが,これはやはり左の

方への心音界の拡張がございました.大体左乳線

ぐらいです.それから心尖部に収縮期雑音を聴取

いたしましたが,そんなに強いものではございま

せんでした.せいぜいll~皿度(Levine)ぐらい

のところでございます.肺野には変化ございませ

ん。問題になりますのはやはり腱反射の状態でご

ざいます.腱反射は非常にみな減弱しておりま

すeそして病的反射は右の方t/こバビンスキー,チ

ャドックのような病的反射を認めております.運

動の方はどうかと言いますと,左側はしきりによ

く動いておりますが,右側はもともと少し不自由

でございますので,少し運動はにぶいかと思うよ

うでございましたが,全然動かないという訳では

ございません。そういう訳でここで一番とりあげ

なければならないのは,一般状態があまりよくな

いということと,項部強直,ケルニッヒの徴候が

陽性であるということ,それから神経学的に,腱

反射が減弱しておりまずけれども,右側にはバビ

γスキーとかチャドックのような病的反射が認め

られるということ,今まで不自由であった右側の

手足の動きが少し悪いということでございます.

こういうことで何か脳の方に障害があるのではな

いかと考えまして,いろいろの検査をおこなった

訳でございます.

検査成績は表1のごとくです.血液の方で一つ

問題になりますのは,白血球が17,000でございま

す、それからリンパ球が12%というように減少し

ております.それからHarnに,比重は濃縮され

ておりますので高いですけれども,タンパクと糖

とウロビリノーゲンが陽性でございます.それか

ら眼底所見はあまり変化がないのでございまし

て,出血というようなものは証明されませんでし

た.それから血沈はやはり少し速い,それから

C.R.P.が(柵)で陽性であります.こういうよう

な所見で,白血球の増多というものは何を意味す

るか,それから,タンパク,糖は陽性であります

が,これは以前から陽性であったかどうかという

ことが問題になるかと思います.それからCRP

が(冊),1血沈も非常に充青しておるということで

あります.それから,項部強直がございましたた

めに,脳脊髄液の検査をしなければならないとい

う訳で腰椎穿刺を致しました.圧は少し高くなっ

ておりますが,そんなにひどくなく,たとえぽ髄膜

炎の時のように高くはありません.少しあがって

おります.240mmH20で,3ccとりまして150mmH20ということでございます.問題はその液

が血性であるということで煉ります.そのため

に,もちろんタンパク反応でありますとか,タンパ

クの含有量とかいうものが多くなっております.

ただ糖が14mg/dlというように非常に少ないんです

が,これは少し間をおいてから測ったかどうか,と

いうことは今のところわかりませんが,これが非

常に少ないのであります.それから,血清の方で

は,多少アルブミンの減少がありますので,AIG

比が0.9というふうに逆転しておりまずけれども,

特別なことは考えられそうにありません.ただ尿

素Nが37mg/dlと非常にふえております。しかしG

OTとかGPTというものは上っておりません.

ここで一番問題になりますのは,腰椎穿刺の所見

であると思います.血性のLiquorということに

なりますと,項部強直とか,頭痛とかいうものカミ

ありますと,脳脊髄膜の中ですか,出血があると

一 509 一

ss

いうことでありますので,一番考えられますのは

クモ膜下出血であります.それからクモ膜下出血

に致しましても,原発性のクモ膜下出血もありま

すし,あるいは続発性に二次的に脳室のBlutung

が脊髄の腔内に出てまいりまして,そして血性で

あるということもありうるわけであります.とに

かく,クモ膜下出血であるというような状態であ

るということが,この血性のLiquorを見るとう

なずかれると思います.心臓の方は,とにかくそ

れ程ひどい心筋硬塞みたいなショックをおこすよ

うな状態でもありませんでしたので,やはり今度

の昏睡の原因と致しましては脳の出血,それがど

こから出血したかはわかりませんが,脳の出血で

あろうということを考えたわけであります.とい

う考えのもとに治療を行なったのであります.こ

れは胸部のお休みになっている時の写真でありま

すが,胸部の,レ線写真をとってみました(図

6).これはどういうことになりますか,石原先

生,心臓から大動脈あたりの御意見を伺いたいと

思います.

図6.1968.1.26

石原:胸部のX線写真をみますと(図6),心

臓は左の方に確かに拡大しております.左の第四

弓をみていただきます.左の胸壁にほとんど接す

るぐらいまでふくらんでおりますt,それと対称的

に,左の第一弓あたりの所が,非常に強く左の方

に突出して見えております.辺縁の所はよくわか

らないのですが,ある程度不整ではあってもそん

なにぎざぎざではないような感じがします.カル

シウムの存在についてはここからではよくわかり

ませんが,下の丁度Aorta descendensあたりの所

に少し見えておるようにも思います.こういう所

見の場合は,当然色んな考え方をしなければなり

ませんが,やはり第一に考えるのは血管と関係の

あるものではないかということです.左の第四弓

があのように拡大しておりますし,年令の点とか,

血圧の点とか,考えますと,ある程度のScleroseの

存在ということは考えられますから,そういうこ

とから考え合ぜますと,Aortaに関係のある所見

ではないかと思います.特にこういうふうに大き

くなっています場合は,正面だけで判定してはい

けないかもしれませんが,やはり血管の一部がふ

くらんでいるのではないかというふうに考えよれ

ます.Tumorの類ではなさそうに思います.そ

れから肺野の方はそれ程はつきりしたものは出て

いませんし,まず,普通ではないかと思いますが。

三神=これは今度のご病気の時のでございます

が,大動脈弓のところがふくらんでおり,この膨

らみは血管に関係あるものであろうと言われまし

たが,今度より前に入院されました時の大動脈の

状態はどんなであるかということを比較してみた

図7.1967.7.31

一 510 一一

59

議、

・講1’

図8.1963.10.30

、懸

盤9.1956.8.10

のであります.図7は昨年入院されました時のも

のでございます.今のと比べてみましよう.図9

は初めのHerzのAttackの時のでございまして,

図8が37年の脳血栓の時でございます.大体37

年と31年の大動脈の状態は同じようで,心臓左

第4弓は出ておるということは同じでございま

す.大動脈の第1弓のところも同じでございまし

て,まあ普通の大動脈の大きさでございます.と

ころが今度のは特別はつきり大きくなっていると

いうことがわかります.ですから,これから見ま

すと,いつの時か今度いつ始ま・pたのかわかりま

せんけれど,やはりそこに大動脈の大きくなる事

件があったのだ,すなわち大動脈瘤というような

ものができたのだと考えていいんじゃないかとい

うふうに思ったのでございます.

そこで,次にクモ膜下出血があるということは

わかりまずけれども,ただここで問題になります

のは,原発性のクモ膜下出血でありますと,割合

に昏睡の時間が短いというのが普通でございま

す.またHerdsymptomeというものが割合はつ

きり出てこないのであります.先生のは非常に昏

睡の時間が長い,しかしHerdsymptomeは割合

にないということで,原発性のものか,続発性の

ものかが判断に苦しみます.ついでに入院後の経

過まで申し上げまして診断を皆さんに考えていた

だきたいと思います.

入院後の経過は図1のように熱が不定にありま

す。入院されまして高くなられましたが,とに角

ずっと熱がございました.その間全く昏睡で,呼

吸困難という状態でありました,入院された翌

日,呼吸が止って血圧が下りまして,その時に先

程お見せしましたが非常に沢山の期外収縮が見ら

れたのであります.それから,あらゆる現在でき

るいろんな治療を致しましたけれども,だんだん

血圧が下りまして,Stridorが出るという具合で,

ついに8日目の2月2日の午後7時35分に遂に亡

くなられたと,こういう状態であります.図4は

その期外収縮が頻発したという時の心電図でござ

いますが,先程と全く変りまぜんでしょうか?

期外収縮以外は.

広沢:変らないようですね.期外収縮の形で,

岡目誘導で下向きのQRSパターン, aVFでも同

じような形が出ております.私はこの波形に意味

があるんじゃないかと思いました.

三神:今お話がありましたように,第皿誘導の

期外収縮が一寸形が普通のと変っているという所

に何かあるんじゃないかというお話でございます

ので,また今井先生の方のお話を参考にすると非

常に面白いんじゃないかと思います。こういうこ

とで,先生のご病気は,脳血管性障害と,それに

一511一

60

心臓の方も心筋の障害が強かったということでご

ざいますが,問題は今お話しいたし・ましたよう・

に,この脳の血管性障害が,’原発性のクモ膜下出

血であるか,あるいは続発性のものであるか,も

し続発性のものとしますとどこにHerdがあるの

かという点がまず第1に問題になるところであり

ます.先程いいましたように原発性のクモ膜下出

血というのは,昏睡の時間があまり長くないので

あります.それから昏睡から醒めてもHerdsym-

ptomeというものが残らないのでありますが,先

生のは非常に昏睡のが長いですね.すなわち22日

からでありますから10日ぐらいであります.そう

いう点と,もう一つは,いろいろな所見といた

しましてHarnの所見でありますが,タンパクが

(什),糖が(十)出ております.これが平素から

こういう状態であったということでありますが,

その前のカルテを見ますと糖は出ておりません.

糖尿はないんです.それからタンパクも出ていな

いのであります.そうしますと,これは発作に伴

うところの一つの症状であろうということが考え

られます.それから白血球が17,000というふうに

非常に増えております.こういう点は昏睡が非常

に深くて,その上脳の自律神経の中枢が刺激され

た状態だと思います.この所見からかなり脳圧も

高くなっているんじゃないかということが考えら

れ,原発性のクモ膜下出1血というよりもむしろ本

当の脳出」血で,非常にgroBe Blutungであって,そ

れが二次的にクモ膜下出血となって現れている二

次的なクモ膜下出血ではないかというζとを考え

たいのであります.しかし,Herdsymptomeが余

りはっきりしておりません,というのは,バビン

スキーとかチァドヅクというのは認められまず

けれども,これは前に右側に軽いPareseがござ

~・ますので,今度の発作によって,昏睡状態であ

りますのでこういうものが余計はつきり出てくる

というふうにも考えられます.それならぽ手足の

運動障害は新しくどこかに出血したかどうかと申

しますと,左の方は全然よく動きます.ただ右手

の方は多少動きが悪いのでもし出血があったとし

ますと,以前にありました脳血栓の側に出血があ

ったんじゃないかと考えられますが,そういう大

出血にしては,右側も全然動かない訳じゃないん

でありまして,麻痺と出血の程度と漆平行・しない

ような感があります.そういうことで,脳出血と

大体考えまずけれども,それにいたしましては場

所がはつぎりっかめないといううらみがございま

す.それから,大出血の場合によく眼底に出血

があるということが知られておりまずけれど,眼

底はそれ程所見がありません.むしろ高血圧とか

動脈硬化の所見が割合に軽いということが言える

ようであります.それから大動脈の方の変化でご

ざいますが,時々この痛みが (今度胸痛で始ま

ってきておりますので)心臓の心筋障害もさるこ

とながら,あるいはその時に大動脈が急に膨れて

ですね,何かそういうAortalgieというような,

そういう痛みがあったんじゃないかという考え方

もここで成り立つようであります.そんなこと

で,先生のご病気は心臓の方の所見を病理の方で

よく伺うということ,大動脈瘤がどのくらい大き

いものであるか,時にはDissekansというものが

非常に痛みが強いと聞いておりますが,そういう

ような状態のものであったかどうか,それから

Hirnももし脳出血といたしますと,脳出血の場

所はどこにあるのかというような,そういういく

つかの疑問を臨床的には残しているようでござい

ます.そんなことで今井先生にバトンをゆずりま

すが,臨床的に非常に考えさせられる一つの症例

というふうに私どもは考えているのでございま

す.何か,今までのことでこご質問がございまし

たら,まだこういうところを知りたいということ

がありましたら受持の人がおりますので,どうか

おっしゃっていただきたいと思います.

広沢:血圧の数字が少ししかかき出されてない

んですが, 210/100rnmH9というのは非常に特殊

な事情で計られた状態,それから入院された時

180/go,後は数値の記載がありませんで,血圧は

高かった,降圧剤を使用しておったという程度の

記述なんですが,Hirnにしても,Herzにして

も,あるいは.問題になってたAortaにしても,

血圧がどうであったかということと密接につなが

ると思うんですが,血圧の数値が大体どんなもの

であったかという傾向だけ教えていただきたい、

一 512 一

6}

三神:今度ご入院の時ですか?その前からです

か.

広沢:入院前からですね。

三神:よく,ちょいちょい一血圧を測っていられ

た小山教授に正常時の血圧を一寸申し上げていた

だきたいと思います.

小山:昭和31年第1回目の入院以後,ずっと時

蒔血圧を測定していた訳ですが,大学の方へ余り

お出にならなくなってからは,専ら御自宅でお測

りになっていました.それで,ここ数年間は,ほ

とんどお測りしていませんでした.測定していま

した頃は,大体最:高は170~180rmH9で,最:低は

100imnH9前後だつたと記憶しています.200mmH9

近くなったことは余りなかったと思います.

三神:210/100㎜㎏というのは,この時の発

作の直後の,何ていいますか異常の時でふだんよ

りも高かったということがいえるようでございま

すね.それでよろしゅうございますか.その他何

かございませんか?.

石原:結核性疾患の既往がおありになりました

か?

三神:結核はありませんでした.その他,小野

先生.

小野:Harnの糖の経過と血糖値について教え

て下さい.

沢井:42年4月にご入院なさいました時には尿

所見はタンパク(一),糖(一)になっておりま

す.今回ご入院の時糖(十)に出ておりまずけれ

ども,血糖はやっておりません.しかし27日では

尿糖は陽性ですけれど,29日目時は尿糖は陰性に

なっております.

三神=別にございませんようでしたら,時間も

せまりますので剖検所見を今井先生からご説明い

たsきたいと思います.

広沢:Herzとして狭心症状があった訳ですが

正体は何か考えておく必要があると思います.

三神:Infarctではない…….

広沢:QがないけれどもあのEKGには普通一寸見られないような強い変化がでております.先

程指摘しましたようにQRSの軸が著しく変って

しまった,その辺Herzにも何がしかの変化が必

らずあったんじゃないかと考えたいんです.A6晦

のDissekans.というこどになりますと,臨床症

状はHerzに直接問題がなくても胸痛発作があっ

てもおかしくないということになってしまいま

す.その辺をどういうふう’に理解したらいいの

か.あるいは,Hirnに問題がありますがHirn

とのNeurobahnその他を通じての因果系列が成

り立つものかどうか,あるいは全体を通じて一つ

のAtiologieの上に出た、HerzはHerz, Hirnは:

Hirnとそう考えていいのかということ.その辺.

を論じておく必要があると思います.心電図の変

化が相当にびどい変化だものですから.

三神:はあ,で広沢先生はどういうふうにお考

えになりますか?

広沢:結論としてQはありませんがHinter一一

wandに何か相当心筋の変化があるんじゃない

かということをこのパターンからは推定してみた

い.と申しますのはQRSが後壁と逆に上を向い

てしまっているということ,それから期外収縮の

Originが先程指摘しましたように後壁であれば

話が合うようなパターンを呈しておる.そして

これはm・nofocalで大体同じ;期外収縮が晶晶の

traceの中に全部同じように出ているということ

で,元形的な:transmuralの心筋硬塞ではないか

もしれないけれども可能性としては狭心症状はそ

のHinterwandのできごとと関連があり得ると考’

えてみました.

三神:前に31年の時に心臓に変化がございまし

たので,やはり今度の痛みというものもそういう

ものと同じように心筋の方の1つの変化という考

えが成り立つと思います.しかしExtrasystoleが

頻発しているということは心筋の方の障害だけで

あるか,脳の方の,やはりそういう時にくる何かそ

の心臓の刺激伝導障害,そういうようなものであ

るかどうかということについては,先生は心臓の

方であるというふうにお考えですね.その点につ

いてどなたかご意見ありませんか.それで原発ば

脳の出血,それに続発性のクモ膜下出血というふ

うに考えまずけれども,初めの心筋の狭心症様の.

痛みというものはやはり何か心臓のものと関係が

あるんじゃないか,それとももう一つやはり大動

一513一

62

脈瘤と,いうものと関係があるんじゃないか,こう

いうふうな結論でございますが.今井先生どうぞ

その点を明らかにしていただきたいと思います.

今井:病理の方から今まで討論になったこと全

部はおそらく明らかにならないと思います.疑問

の点も残ると思いますがそれは後でまた臨床の先

生方のご意見もうかがいたいと思います.

先生は83才の寸劇でいらっしゃいましたから,当

然方々の動脈に硬化が考えられる訳です.人によ

って,動脈硬化の程度はかなり違いますが,先生の

は非常に強い方に属します.大動脈はもち論のこ

写真1.大動脈弓より下行大動脈にわたる動脈瘤

腹部大動脈の高度の硬化

と,その他のいろいろの臓器動脈にもかなり強い

硬化がありまして,全経過を通じてでてきた症状

がほとんど動脈硬化から来ていると言うことがで

きると思います.まず,大動脈から見ていきたい

と思います.大動脈の方はレントゲンでもお分か

りのように,大動脈弓が左の方にとび出して,

Aneurysmaが考えられた訳ですが,その通り,大

動脈にはかなり大きなAneurysmaがあります(写真1).上行大動脈の終りから大動脈弓,下行大

動脈にかけてが,丁度こぶしより少し大きいくら

いの動脈瘤を作っております.その中には相当多

量の血栓ができております.この血栓はだんだん

にできていったようで,その切口は年輪状になつ

駐 撃繋

;stv

難船淋鞭

写真2.大動脈瘤の壁,中膜の菲薄化,一部断

裂,外膜の高度肥厚,外膜の外は癒着

している肺の組織.

ています.この血栓のために,むしろここの内意

は普通の所より狭いかと思われるような状態でし

た.剥離性にはなっておりません.その下の方を

ずっと見ていきますと,少し硬化の軽いところが

あって,また腹部の大動脈は相当強くなっていま

す.ここでは潰瘍性で,血栓も少しついておりま

ずけれど,動脈瘤にはなっていません.大動脈は

全体に拡張性です.組織標本(写真2)で分るよ

うに,動脈瘤の部は内膜と中膜の内側がなくなっ

ており,ここに血栓がついて,コレステリンがか

なり沢山出ております.外膜のせんい性肥厚があ

り,これにより動脈壁が補強されているうえに,

内側に血栓がついていて,現在破れるような傾向

はありません.

次は各臓器の変化にうつりますが,まず問題に

なるのは脳と心臓です.脳の症状としては,大き

く分けると,まず昭和31年の脳血栓症の症状があ

る.それから脳動脈硬化症といわれる症状が昨年

あって,今回脳出血から二次的と思われるクモ膜

下出血があったということで,そのそれぞれに相

当する変化をみる訳です.まず最初に新しい変化

から見ます.脳出血とともにクモ膜下出血もあり

ます.三神先生の言われるように,二次的なクモ

膜下出血ということができます.その場所は普通

には割に少ない場所です(写真3).右側の前頭葉

の前極の近くに大きい出血がありまして,ここか

ら外にこわれてクモ膜下出血がおこっておりま

す.これは新しい出血で,この囲りにはまだほと

一514一

63

a.右左

19レ「

K

b.右左

右前頭葉の出血およびくも膜下出血

。.

写真3.陳旧軟化巣の組織像

んど反応がありません.出血部は一部基底核にか

かっています.脳動脈の硬化は非常に強く,拡張

性硬化の傾向が強い.一般に動脈硬化のため内腔

が狭窄に傾くものと,拡張に傾くものとありま

す.狭窄というのは内膜に沈着がおこるためであ

り,拡張の方は壁が弱くなるため内圧に負けて拡

張する訳です.先生の場合には割合に拡張性の変

化が強い.第2の脳症状は,脳動脈の硬化症と臨

床的に診断されたもので,これに相当する変化と

1して脳全体の萎縮と実質の小脱落巣があります.

脳は1,0909で,脳回転の萎縮があります.また

割面において灰白質,白質を問わず小さい脱落が

右後頭部の陳旧軟化巣

ありますが,i基底核を中心として最も多く,また

脳幹,橋あたりにも少しあります.さらに右後部:

割面に大きい変化があらわれます。右側の後頭葉

の外側にかなり大きな古い軟化巣があります.

以上を総括してみますと,1)新しい出血が右

の前頭頂にあり,それに付随してクモ膜下出血が

ある.2)基底核を中心とした小さい陳旧性の脱

落巣が散在している.3)右後頭葉の外側の所

に,これも古いクルミ大の陳旧脱落がある.臨床

症状に照らし合せてみて多少納得がいかないとい

われるかもしれません.クモ膜下出血と脳出血の

方は臨床とよく合致しますが,偏麻痺についてで

す.大きい軟化巣は右後頭葉にありますが,これ

は麻痺との関係はないようです.むしろ小さな脱

落が錐体路にかかっていた.それは数多い小軟化

巣のうち,たとえぽPonsのものや,内乳のもの

です.

脳の方は一応終りにしまして,こんどは心臓の

方です.広沢先生がいろいろ症状を分析して下さ

いましたが,これについても問題点があると思い

ます.心臓は3509あり,左心室の肥大は中等度1

にあります.心筋硬塞といわれるようなmassiv

なNekroseは認められません.変化としては間

質のFibroseが主で,中には小さい心筋の変性は.

一515一

.64

写真4.左心室後壁の心筋内城癩痕

写真5.左肺の高度の吸引性肺炎

あります(写真4).間質の増加は余り場所的な

特徴がなく,前壁でも側壁でも後壁でも大体内層

の方にこういう変化が強いのです.弁や内膜には

異常所見がない.血管は心臓でも脳と同じで,大

体は拡張性の硬化です.前下行枝にある一部の狭

窄性の変化を除いては大体内腔の拡張する型の硬

化です.拡がるからといって循環がよくなるとい

うことではなく,壁が硬化して拡がるのですから

循環に対する血管内腔の適応が失われる..これも

臓器循環の不全をおこす一つの原因になると思い

ます.また,3509というと中等度の肥大があり

ます.

最後に呼吸困難が強くなったということ,熱,

LeukozytOseのような感染症状がおこったのは肺

写真6.5.の組織標本:高度の気管支炎と肺炎

炎によるものです.肺は左が7509,右が4509

と大分目方が増えておりますが,それは気管支肺

炎が相当ひどくおこっているためです.写真5,

6両方とも下葉の後部に気管支肺炎が相当強く

て,一部分は軟化をおこしています.気管支炎も

強く,内腔には汚いものがつまっている.これは

昏睡状態で長くおられたので滲出物の喀出が悪い

し,下の方は循環も悪いためにこういう病人でお

こりがちなものです.肺は全体として老人性の荒

廃があります.それは肺全般についていえること、

です.

腎臓は大した変化はないと思います.全体に老

人性の萎縮があって,動脈硬化が多少あります

が,特に動脈硬化のための局所的な萎縮は割に少

ない腎臓です.

三神:どうも有難うございました.そうします

と大体脳出血で,その場所が普通にあるような所

でなくて,前頭葉にあったというようなことで,

それが脳内のみでなく,脳外に破れたというよう

なことで二次的なクモ膜下出血をおこしたという

ことになろうと思うのでございます.はじめの痛

みというのは,狭心症様の痛みというのは結局ひ

どい心筋硬塞みたいなものではなくて,やはり心

臓の方々にあった心筋障害に付随したと考えてよ

ろしいんでしょうか?

今井:今までの私の説明の中で,脳の所見と心

臓の所見と結びつけるのを忘れましたが,臨床的

にはまず心臓の方の症状が出て,,間もなく脳の症

状が出たというおはなしです.心臓の方も,先程

一516一

65

鄭いましたように,.Infarktでなく狭心症め発作

のようです.食:事中に痛みがおこったということ

ですから,食事をどることにより腹部内臓に血液

があつまり,調節能力を失った冠動脈による心臓

の循環に循環不全がおこる,すなわち急に心臓の

玉scha面ieがおこったと考えたいのです.一方,.

脳の出血がこの心臓発作に関係があるかどうかと

.いうことになると,あまりはっきりと申上げられ

ません.少なくとも心臓の変化に関係しだ器質的

な脳の循環障害,たとえぽ栓塞とか血栓をおこす

とかは見出されません.

三神:どうも恐れ入ります.広沢先生その後の

心電図との関連いかがでございますか.

広沢:心電図にはかなり目立つた異常を示して

おったので,必らずや何か背景にと思ったんです

が,ちょっとスカを喰った形.で時間的な経過を

見ましたら,二枚目のQR.Sの軸がひどく変った

心電図は一枚目から6日経ってる訳ですね,この

間のブランクがある訳なんで,狭心症状はむしろ

最:初のFilmの前に症状があった訳ですね.最初

と申しますのは期外収縮も出ておらない,QRS

の軸は10年前と変りがないと,そういう状態の前

に狭心発作が終つちゃってる訳ですね.その辺む

しろ2枚から後のひどい変化は直接狭心症状に結

びつけていいかどうかその点で疑問になる.それ

からかなり重症の状態で,お宅でご自分のお家で

治療していらっしゃったので,それこそ全身状

態,栄養の補給,そういったことも何か問題がな

いかなとこれは全く想像になりますけど,そんな

ふうなことで.それからHirnとHerzとの関連

というのは,いろんな径路を通じて可能性がある

と思うんですが,この場合相当の血圧上昇が二次

的におこっているんですが,こういうことは何か

Hirnのできごとのきっかけとはならないんでし

ょうか,Blutungということで,いかがでしよう

か.

今井:もちろん,血圧が下っても上っても,こ

のような脳血管の状態では出血をおこし得ると思

います.

広沢=私なりには得られた目の前にある材料か

らはHirnの方はむしろそんな因果系列がつくん

じゃないかど考えます.もつ匙も血管の異常が

Bodenにあること.は分かりますが. Herz・の方は

ど.うもよくわかりません.

三神:あれだけの一二のBlutungということ

になりますとやはり視床下部の圧迫とかいろんな

ことで心臓の方のリズムというようなものも多少

変ってきますでしょうか.

広沢:そう説明しようとするとむしろ非特異的

になると思うんですけど,あり得ると思います.

しかし先程言いましたのはそういう非特異的なこ

とでなくて全てが集やくしてHinterwandのでき

ごととして説明できないかということです.たと

えぽHinterwand lnfarct tlこは下向きの起電力が

なくなってしまいますから上を向く,QSパター

ンが∬皿aVFで出ます.期外収縮の形が他の上

室性のパターンと同じ様にH皿aVFで下を向い

ているということはやはりそこにFocusがあって

期外収縮が出ている,つまり病変は,Hinterwand

だということを物語ると思うんです.それからも

う一つ房室blockがおこってます,これにHinter-

wandに比較的多く特異性を求められるべきもの

と思います.そういう点でしゅうやくしてHinter一一

wandがくさいなと思ったんですが.それから軸

の変化だけでしたら,左脚の一部が障害されても

おこり得ると思いますし,広汎な変化でなくても

説明できるかもしれません.

三神=どうもありがとうございました.今まで

の臨床,それに付ずいした病理の解説,そういう

ものに対して何か.

今井:後頭部の大きい軟化巣が出来た時期につ

いて,臨床的に何かお分りになりますか.

三神:あれだけの大きなErweichungをおこし

たというふうな近頃臨床的症状は伺われないんで

すが,守正先生いかがでしたかお家で.

吉岡=何度かあった脳症状に直接このErwei-

chungに結びつくものは一寸思い当りません.

三神:後の方の場所というのは直接手足の動き

とか,そういうことには関係ない場所ですね.で

すから臨床的にはそういうのがはっきりした時が

ないとすれば,やはり前のHemiplegieの脳血栓

といわれた時に同時におかされたとしてもいいん

一.5ユ7一

66

ですが,だNh右側で,臨床的にも右のHemiplegie

ですよね.ですからあそこの場所は直接関係がな

くて,左側に小さなHerdがその当時あったんじ

ゃないかというふうに考えるんで,今はある程度

治っているかもしれないんですけど.今度の場所

が手足の運動と関係のない所であって,Innere

Kapselのところとは関係がないんですね,そん

なことで右側にあれ程大きな出血があるにもかか

わらず左の手足は自由に動いていたというような

ことでございます.その他学生さんありません

か.

いろいろな臨床的に短い間ではありますが,多

彩な症状をおこされまして,最後に病理解剖の方

でも思わぬ所見を発見できたというふうで,先生

が非常にわれわれに亡くなられた後でもいろいろ

教えて下すつたんじゃないかと思いまして,心か

ら感謝致しております.それでは本日はこれで検

討会を終ります.有難うございました.

一518一