国際商務における危険の移転 -...

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N. The Mercini (133) 133

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商学研究第52巻第1 ・ 2号

論文

要旨

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するものー

城隆

目次

1.はじめに

II. 国際商務における危険

ill. 危険の移転

N. The Mercini Lady 事件

v. 契約適合性と危険の移転

VI. 結びに代えて

(133) 133

国際商務の課題の一つは,危険の管理である 。 取引当事者は取引に伴う危険をいかに認識しどのよ

うにすれば負担軽減できるかを常に考えている 。 長年に亘っ て繰り返し行われてきた取引の中から形成

された商慣習は,こうした危険の負担の問題解決に有益なツールを提供してきた。 FOB や CIF に代表

されるトレー ドタームズは,取引の目的物に係る売主と買主との聞の危険負担の分界点を示す定型的な

取引条件であるが,統一的な解釈基準の存在をもってしても,個々の取引における問題を完全に解決す

ることはできないようである 。 危険移転後の物品の品質問題を売買契約の視点で見ると,契約適合物品

の引渡し義務との関連として捉えることができる 。 契約に合致した物品の引渡しが受けられないかもし

れないという買主の不安,そうした不安への対応も危険の管理として考えなければならない。

キーワード

インコタームズ,ウィ ー ン売買条約,危険の移転,国際商務, トレー ドタ ームズ,売買契約

134 (134) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

1 .はじめに

国際商取引を,国境を越えて行われる売買取引としてとらえると,その履行には危険が伴う。

ただ一口に危険と言ってもその態様は様々である 。 危険の発生に取引当事者以外の者が関わっ

ており,取引当事者はそれをただ受け入れるだけというような状況もあるだろうし危険が原

因で取引物品に甚大な損害が生じ取引当事者が損失を被るといったこともあるだろう。こうし

た損失が発生したとしても経済的な補填を得られるかもしれないが 例えば買主は必要として

いた期日までに物品を取得することができないであるとか,予定していた転売ができなくなる

といった不利益を被ることになる 。 よって,取引当事者達は出来る限りこういった危険を避け

るために様々な手立てを講じている 。

ところで,こうした取引上の危険に関して,取引当事者達はどこまでこれを認識しどのよ

うな対処をしているのだろうか。 何らかの事象が原因で取引の目的物が滅失あるいは損傷して

しまった場合に売主や買主はどのように対応すべきであろうか。 そこでは危機管理とも言うべ

き検討も必要となるであろう。

国際的な物品売買取引では,その国際性ゆえに国内取引における以上の難しさや煩雑さが存

在する 。 こうした難しさや煩雑さの克服は,当事者間で交渉を重ねることである程度緩和され

るものと期待される 。 彼らは錯誤や誤解を解消することで安全な取引が実現することを願って

いる 。

こうした物品売買取引は隔地取引であるから,通信手段を利用して取引の交渉が行われる 。

交渉の結果,売買当事者間には取引条件に関して共通の理解が生まれる。これが合意であり,

売買契約における合意事項は,契約条件を構成する 。 物品売買取引に係る条件のうち,個々の

取引に応じて取り決められる個別取引条件の中でも特に基本とされるものは,品質・数量・価

格 ・引渡 ・ 決済の五つの条件である 。 このうちの価格条件では, トレードタームズと呼ばれる

定型的な取引条件が利用されている 。 これらの条件は,商人達による長年にわたる取引の過程

の中から形成されてきた慣習であり,国際的な物品売買取引を実務面から支え,促進させてき

たツールの一つである 。

トレードタームズに関しては国際的な統一解釈基準が存在する 。 インコタームズに代表され

る解釈基準は,契約物品の引渡しゃ代金の支払いについて 売主と買主のそれぞれが果たすべ

き義務や,契約物品に係る危険と費用について規定している 。 危険に関しては「危険の移転J

の分界点を示し売買当事者である売主と買主との間で危険を負う者が入れ替わる時点という

ものを定めている 。

本稿では危機管理という面も踏まえて, FOB 慣習を中心に危険の移転という問題を考察す

る。

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (135) 135

ll. 国際商務における危険

異なる国の領域に営業所を置く当事者間で繰り広げられる国際的な商取引では,多く物品の

売買が行われている 。 売買における当事者の最大の関心事は 売主から買主への物品の引渡し

と,買主から売主への代金の支払いというそれぞれの中核的な行為が,安全かつ確実に行われ

うるのかという点にある。そこで当事者達は取引遂行にあたっての様々な取決めを結ぶことに

よって,売買の履行を確実なものにしようとする。この取決めとは,物品売買に関する種々の

約束事である。そのような約束をお互いが守ることで安全確実な取引というものが期待できる 。

さらに,近代的な取引にあっては,売買を契約に基づいて行うことを常態とする 。 上述の取決

めや約束は,契約条件を構成し,契約の履行ということがとりもなおさず売買の実行に他なら

なくなる。国際商取引の実務書の中に,こうした売買契約の締結に特化して執筆されたものを

見るのは,何よりもわが国における国際取引の広がりを示すものに他ならない。

さて,こうした国際商取引実務の重要な課題の一つは,取引を履行するにあたっての危険の

管理である 。 国境を越えて,異なる国の当事者間で履行される売買取引が安全確実に行われれ

ば良いのであるが,取引の履行を危うくするような事態が,あちこちに存在する 。 出来ること

ならこれらを回避したいというのが取引当事者の願いである 。

国際的な商取引というものの歴史を振り返れば 店頭取引形態で行われていた時代に遡るこ

とができる。ここでいう店頭取引とは,近代的な貨物船や通信手段が登場する以前に行われて

いたものであり,売主,買主のいずれか一方が相手方のもとを訪れるというもので,取引の目

的物をお互いが目の前にして取引の交渉を行い,売買が成立し履行されるようなタイプであ

る 。 このような形態の取引では,売買の目的物たる物品は特定物であることが多いので,危険

の移転を始めとして,所有権の移転,物品の検査や受領といったことが明快である。お互いに

よく話し合い,取引の目的物に関して疑義があれば相手方に直接問いただすことも容易であろ

う 。 納得がいかなければ取引が成立しないというだけの話である 。 ただし取引の対象となっ

ている品が盗品であったり,別の者の財産であったり,他人の権利が付与されていたり,それ

を相手方が気づかなかったりという事態がありうるが,このことは現代においても起こりうる

わけであり,店頭取引だけに特別というわけではない。 こうした危険は常に存在する 。

その後時代が進み,運送手段や通信手段といったものが発達したことによって,危険の移転

であるとか,契約成立の時期であるとかを考慮しなければならなくなった。つまり,技術の発

展は,一面で商取引活動の推進に資することになったが,他方,解決に苦慮する問題を発生さ

せることになった。 例えばその昔,商品の性質から言って腐りやすい物や品質の劣化が早々と

起こる物は,商取引の対象となりにくかったであろう 。 保存性や耐久性といった観点から取引

の対象とするには難しい物があった。時間の経過とともに腐敗や劣化が進行し商売に適さな

くなるであるとか,品質保証を求められても,売主がこれに応じきれないといった事態が発生

136 (136) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

する。その後,品質保証期間を設定したり,取引の目的物に対する責任の分界点を設けたりと

いったことで責任の所在をはっきりさせようとした。 しかしこのことによって,意図的な責任

転嫁であるとか,計画的なクレーム提起であるといった問題を惹起することとなった。取引当

事者間の隔たりが大きくなり 運送という手段を利用しないと物品の引渡しができないような

場合には,運送人の管理や保管下にある間の事態も考慮しなければならない。 すると,取引当

事者以外の者の支配下,管理下に置かれた契約物品の危険負担の問題も考えなければならなく

なったのである 。 つまり商取引が拡大発展すればするほど,それに伴う危険というものも大き

くなると考えられる 。 そこで,こうした取引を履行するにあたっての危険とは何か,今一度考

えてみようと思う 。

国際的な売買取引の分野における危険を考察した昔の研究によれば,英語の risk や peril と

いう語は,保険法上の用語として説明されているのみであり,売買に関する諸文献の中でも,

明確な定義が見あたらなかったようである 1 ) 。 しかし今日では, 実に様々な場面で危険という

言葉が使われている 。 英語で危険を表す“リスク"なる語も頻繁に用いられている 。 さらには,

「危険=事故」といった誤った解釈も散見される 。

経済辞典によれば,1経済主体が起こす行動(意思決定)のおのおのに対応して特定の既知の

結果が生じるような確実性下の世界に反して, どのような結果が生じるかが既知でないとき,

その世界には危険(リスク)がある, もしくは不確実な世界であるという 。 狭義には, 生じう

る可能な結果のおのおのにその確率が付与され,意思決定主体がその確率を既知としている場

合を危険とよび,確率を既知としない不確実性と区別される 。」と説明している 2 ) 。

企業といった視点に立てば 日々の営業活動に支障が出かねないといった事柄が発生するか

もしれないという度合いが高ければ,それを危険と認識する 。 よって 個々の取引活動の履行

を妨げることになるかもしれない出来事をより早く,より正確に予見することができれば,危

険を回避できるとの評価となる 。 つまり,危険とは取引当事者にとっては厄介なものであり,

できることなら排除し軽減させたい類のものであると言えよう 。 誰も望んで危険を抱え込も

うはしないのである 。

先の研究では,国際的な商取引における危険を網羅的に分類していたが,ここではそれらを

元に,今日的な状況を踏まえ,国際商取引実務の観点から指摘される危険を,次のように整理

する。

①取引遂行上の危険

この種の危険は,ビジネスリスクと呼ばれてきたものである 。

国際商務では様々な危険にいかに対処するかが課題となっているため,取引遂行と危険の関

係は深い。 そもそも国際的な商取引はその特徴として取引当事者がそれぞれ異なる国で営

業している 11 取引額,取引量が大きい, iii 取引遂行完了までの時間が長い, lV 取引全体を

規律するための国際的に統ーされた法や規則が十分ではなく個々の契約で具体的に取決めてお

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (l37) 137

なかければならない 3 ) ので,危険に遭遇することが多いと考えられるのである。

こうした隔地者間の取引における危険として具体的に挙げられているのは,信用危険,運送

危険,為替変動危険,法律上の危険,政治危険などであるが4 ) こうした危険が現実のものと

なり,取引当事者に経済的損失が生じることがある。例えば,国際的な商取引が行われるにあ

たっては,長期間の移動が起きるのは必然である 。 こうした取引の目的物の物理的な移動に伴

う事故が予想される 。 新大陸の発見に伴う交易圏の拡大は,一層の大航海を商人たちに強いる

こととなった。 造船技術や航海技術,その他海上運送に関わる諸技術が未熟な時代では,貨物

の滅失や損傷といったことが当然のことのように起こりうる 。 産業革命以後の国際取引の一層

の発展・拡大はこうした危険との戦いであったとも言っても過言ではないだろう 。

その後の通信・衛星・気象といった分野における技術革新は,航海におけるこうした危険を

回避したり,その対応を図ったりするための有益な情報を提供した。運送手段や運送システム

の発達も危険の軽減に貢献した。 20世紀後半に確立された海上コンテナ運送は,海上運送にお

ける革命であり,運送効率の向上,運送コストの軽減を実現させるのみならず,運送中の貨物

の損害を大幅に減らすことになった。

一方の商人達は長年の取引の繰り返しのうちから,このこういった危険を,出来るだけ早く

予測し出来る事なら回避あるいは軽減しようと知恵を絞ってきた。 国際商務において危険を

回避する方法として挙げられてきたものの一つは,事前調査や市場調査である 。 カントリー・

リスクが高い国の業者との取引は慎重を期すであるとか,信用危険への対応としてかつてはわ

が国の貿易取引において義務とされていたような標準決済方法,つまり信用状を活用すること

によって,手形決済を安全に行うことができるとされた。 これに加えて,万一の損害に備えて

の保険制度の利用ということが考えられた。

②契約履行上の危険

物品売買とは,物品と代金の交換であるが,商取引つまり商人間の売買となると,そこには

値段の交渉であるとか 万一の事故発生における対処であるといった,売買を履行するうえで

の数々の出来事を想定する必要がある 。 売買取引たる国際商取引では,異なる国の領域に営業

所を構える売主・買主双方は,その取引内容を明確化するためにも,それを文言の形で表し,

将来の不測の事態に備える 。 またこのような文言で表すことによって,双方が行うべき事柄を

明確にして履行内容をはっきりさせている。売主は自らの物品引渡しの履行義務を果たすこと

で,買主に対する代金請求が可能となり,手形を取り組むなどによって代金回収を図ろうとす

る 。 そこでは,自らの義務を積極的に果たしたうえで,相手方の履行を待つ,あるいは,履行

を促すことに努める姿をみることができる 。

このように売主は,売買契約で定められた物品を買主に引渡す義務を負うわけであるが,時

として,合意された時期・場所・方法によって引渡しができないような場合や契約通りの物品

を提供することができないことがある。買主としては,契約条件に合致しない物品の引渡しを

138 (138) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

受けてしまうかもしれない。

一方買主は,売買契約に基づいて代金を支払う義務を負う 。 普通,支払い義務は売主の引渡

しの義務に先行しないので,売主が物品の引渡しを完了した後に支払いを行えばよいのだが,

売主が契約に従って物品の引渡しを行った後に物品が滅失したり,あるいは損傷を被って商品

価値が下がったりした場合であっても,買主は代金を支払わなければならないのかという問題

が存在する。

このように売買契約の履行という面で考えると 契約に合致した物品を引渡すことができな

くなるかもしれないという危険や何らかの事由によって売買の目的物が滅失したり損傷を受け

たりするかもしれないという危険 それでも代金を支払わなければならないのかという危険が

存在する 。 こうした危険は取引を行う限り避けては通れないのである 。

m. 危険の移転

さて,前項で示したような種々の危険を伴う国際商取引であるが,決して衰退するというわ

けではなく,今日においても盛んに行われている 。 国際的な物品の交流活動である物品売買は,

必然的に起こりうる経済活動であり,産業革命以後の世界的な取引活動の急伸は,社会経済が

求めた結果である。幾多の危険を商人たちは予測し 回避・軽減を図りながら取引を行ってき

た。そこでみられるのは商人達の様々な工夫や試行である。本節では前節で取り上げた危険の

うち,二つ目の売買契約履行上の物品に関する危険の負い方について検討する 。

原始的に考えれば,他人の過失によるのではなく, 自らの作為や不作為によって自分の物を

失くしてしまった者は 失くしてしまったことを他人の責任に転嫁することは到底できない。

失くしてしまった場合は,自らがその責任を負うことは自明のことだと考えられる。この考え

に従えば,国際商取引において危険を負う とは, まず, 自らのものである物品に生じた滅失や

損傷といった物理的な損害といった事態に所有者として責任を持つことである。しかし自ら

のものとは自分が所有権を持っているということであるが,所有権は当事者の意思によって移

転するのが原則であるから その時期を判断するのは難しいため いま一つの考え方として物

品の現実的な占有を移転させる行為すなわち引渡しと危険とを結びつけることもできる 。

隔地取引たる国際商取引では,売主から買主への物品引渡しは 運送人を介したものになる

のが一般的である 。 したがって,売買取引の目的物である物品の現実的な占有が,売主と買主

のいずれにもない期間が発生する 。 この間物品は,運送中の事故などにより滅失するかもしれ

ないし損傷を被るかもしれない。 一つの売買取引の当事者とは売主と買主の二人であるから,

売買の目的物に滅失や損傷が発生するかもしれないという危険は 売主と買主のいずれかが負

うことになる 。 このときの危険の負い方とは,ある時点を境として,それ迄とその後につき,

売主と買主とがその物品の危険を負担するのが当然であると考えられるのである 5 ) 。 なぜなら,

売主か買主の一方がず、っと危険を負い続けるであるとか,負担の時期が売主と買主との間で二

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (139) 139

転三転するというのは合理的とは言えないからである。

売買取引が実行され,物品が相手のものになった後,つまり買主に物品の所有権が移転した

後も売主が品質保証という形でサービスを提供することがあるけれども,それは,売買契約と

は別物である 。 あるいは,法の定めるところにより,責任を負わなければならないような場合,

例えば製造物責任の観点からその品質を保証するようなことが要求されることがあるけれど

も,売買契約履行上の問題ではない。さらに,売買後の目的物の使用目的に関して,売主がこ

れについて保証をしないとの条項を設けることがあるが,これも売買契約の本質的な部分では

ない。

国を越えて物品が移動する国際商取引にあっては,国内取引における以上の懸念事項が存在

し,その活動に従事する商人たちは,長い年月をかけて安全な取引を実現させるために多大な

努力を払ってきた。彼らは自由な契約とは言いながらも,やはり自己に有利な条件を引き出そ

うと懸命であったことは容易に想像できる 。 彼らが繰り返し行ってきた取引のやり方は,やが

て慣行・慣習という域に達し,同じ環境で取引に参加する者であれば,当然知っており,また

そういった慣行や慣習に沿って取引を行わなければならないものになる 。 商慣習に対する無知

は許されざることになり,理解と寛容が求められていく 。

国際商取引では売買物品に係る危険の負い方に関して FOB や CIF といったトレードターム

ズと呼ばれる特殊な用語を示すことで,その詳細を商人間で了解するという商慣習が形成され

ている。このトレードタームズの解釈に関しては,国際的な機関が編纂する解釈基準が存在し

その基準の中に危険移転の詳細な規定が用意されている 。 この解釈基準は,国際的な売買契約

の中でこうしたトレードタームズが使われた際,売主と買主 それぞれが果たさなければなら

ない義務が列挙されており,そこに記された義務をきちんと履行することで安全確実な取引が

行われることを期待している。

トレードタームズの国際的な解釈基準の一つであるインコタームズは危険に関して,

"transfer of risks" という表現で危険の移転を規定している 。 冗ransfer of risks" という英語の

日本語訳はもっぱら「危険の移転」という表現となっており,ここでの危険とは,偶発的な事

件(事故) (fortuitous events(accidents)) にかかわる物品の滅失または損傷。oss or damage) で

あるとされている 6 ) 。 ただしそこでは,但し書きが添えられているので,ケースに応じてその

解釈が微妙であることが窺い知れる 。 そこでこうした危険ならびにその移転に関してどのよう

に捉えていけばよいのか,これまでの論究を整理してみよう 。

わが国における貿易慣習・実務の先駆的研究者の一人である上坂酉三教授は, FOB 本船渡条

件の危険の移転に関して次のように述べておられる 。 「買主は,売主の引渡義務が終った時から

起った一切の滅失致損に対して,その危険を負わなければならない。 従って,本船船積以後に

発生する海上の危険を cover した海上保険は勿論,それで担保されない特殊の危険(例えば戦

時危険の如き)や,到着港で該貨陸揚に際して生ずる陸揚鮮の危険などは,すべて買主の負担

140 (140) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

に属するもので,これに対する保険契約や,損害貨物に対する保険会社への求償などに関する

手続や費用は,一切買主の責任範囲にあるものである。J (旧漢字・仮名遣いは現代漢字・仮名

遣いとした) 7J

国際商取引において危険の移転が考慮されなければならなくなるのは 契約物品に関する損

害発生によって取引当事者が経済的な負担を強いられるような場合である。保険制度が確立さ

れた今日では,保険金という形での補填が期待できるが,そうした保険契約の締結や保険金請

求の際に売主あるいは買主のいずれが危険を負担するのかが解決されなければならない。 この

ように,付保との関連で危険というものをとらえれば,危険を負担するとは,事故などによっ

て売買の目的物に物理的な損害が発生した場合 それによる損失を負うということになる。

海外の研究者である Schmitthoff 教授は, I the risk of accidentallossJ 8) という言葉でこの危

険を表現している 。 そして,持ち込み渡し条件 (deliveryfranco domicile of the buyer) における

危険の移転に関する当事者の意思を推測する方法として支払い条件と保険契約をあげ,代金が

前払いで買主が保険を付けなければならない場合 物品は買主の危険で運送されることはほと

んど疑いがないと述べている 9 ) 。

このように国際商務の分野では, I危険の移転」と言ったときは 「物品の物理的な滅失また

は損傷を意味し遅延またはその他の理由による契約の不履行などの,その他の危険を含まな

いJ 10 ) という解釈となり,つまりは事故などの理由によって取引当事者が経済的な損失を被る

ことになるかもしれないという可能性のことを危険と考える 。そしてそうした危険については,

「危険の移転」として,売主から買主へと危険を負う者が変わると理解してきている 。 こうした

解釈に沿って国際商取引の実務書などでは, FOB 条件では売主は船積みを行えばそれによって

引渡しの義務を完了することとなり,その後の物品に係る危険は買主が負担するので,売主は

一切負わなくてよいと説明されている 。

ところでこうした「危険の移転J という場合の危険とは このような売買の対象物たる物品

の滅失や損傷についてのものとされているのではあるが,たとえば物品の品質低下や品質劣化

といった事態にはどう対処すればよいのであろうか。 生鮮品をはじめとする商品に関しては,

品質の劣化が避けられない。 そうした物品が売買の対象になったのであれば,何らかの措置や

対応をとらなければ品質を維持することができない。 こうした場合の危険の負い方はどう考え

ていけばよいのであろうか。 前出の Schmitthoff 教授は, I運送中の事故に因る滅失の危険と物

品の悪化(deterioration) の危険とを混同すべきではないJ 1]) と 言っている 。 しかし売買の目

的物たる物品の品質に関する劣化や相違は,売買における本質的な部分についてのアクシデン

トではないだろうか。

物品売買が履行されるにあたって売主が買主に引渡す物品については 品質条件と数量条件

によって条件づけられる。物品の性質によっては品質障害や数量障害が避けられない場合があ

り,例えば目的物の数量に関して,水分蒸発によるごく自然の目減りによって量が変動するこ

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの (141) 141

とがある 。 こうした事態に備えて,前もって数量緩和条件を取引当事者が合意しておくことが

ある 。 こうした条件は両当事者の合意に基づき,売買契約全体の一部を構成するわけであるか

ら,危険の負担,移転とは切り離して考えられる 。 一方の品質条件は 売買の目的物の種類を

明示するものであって 売主はその条件に合致した種類の物品を買主に提供しなければならな

い。品質というのはその評価や判断において主観的な要素が入る余地が大きいと言われている 。

見本売買においては見本に合致することが要求されるし買主から仕様が示されたならばそれ

に沿わなければならない。工業製品の場合は見本と寸分違わずといったことも可能であろうが,

手工芸品といった類のものであれば 見本との微妙な相違もあるだろう 。 さらに土地の収穫物

のようなものの標準品売買では,船積み時及び場所におけるその季節の出荷品の平均中等品質

を引渡商品の標準品質とするような慣習が存在する 1 2) 。 商品によっては科学的な測定手法に

よって品質条件を測定するという手法もとられている。売買契約に合致した物品が引渡されな

いということは,危険の問題とは別の,契約履行上の問題としてとらえるべきものなのであろ

うか。

売主と買主との間に売買契約が締結されると,売買取引について両当事者の間に債権債務関

係が発生する。売主は契約条件に合致した物品を買主に引渡すという義務を負い,買主は代金

を支払う義務を負う 。 売主が買主に引き渡すべき物品とは 商取引上の合理性を備えたもので

なければならない。 この点に関して,物品売買に関する様々なケースにおける判例を集大成化

した英国の物品売買法はその第14条で売買契約の目的物たる物品が持っておらなければならな

い品質に関して次のように定めている 。

「売主が取引過程において物品を売却した場合,契約に基づいて提供される物品は商品として

可能な品質を持つという黙示条件が存在する 。 ただし, (a) 契約が締結される前に特に買主の注

意をヲ|いた欠陥について, (b)契約が締結される前に買主がその物品を検査してその検査によっ

て明らかにされるべき欠陥については除く J 13)

この規定の考え方によると,売買の目的物たる物品は,商品としての価値 (merchantable

quality),商品性 (merchantability) というものを持ち合わせていなければならないし引渡され

るものについて他の者の権利が付いているような状態で引渡しが行われてはならないのであ

る 。

このように物品の引渡しに関して,個々の契約で要求されている条件を満たしているとか,

適品質であるとかといったことは,商取引を履行するにあたっては当然のこととされる場合が

多い。 しかしながら,品質低下による売買の目的物の非商品性が,売主の責によるものであっ

たならば事情が変わってこよう 。品質の低下や劣化が引渡しの前に起こったというのであれば,

契約に合致した物品を引渡さなければならないという売買契約上の引渡し提供に関する義務違

反である 。 国際商取引で品質決定の時期を別途に決めるということが行われなければ,選択さ

れたトレードタームズなどから類推するしかない14) 。

142 (142) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

さらに,品質に関するトラブルは,売主・買主以外の者の不注意や怠慢によっても起こる。

例えば,物品の粗暴な取り扱いが原因で物理的な損傷を受けてしまうことがある 。 こうした不

適合品質に関して発生した係争事件から, FOB 慣習についての新たな判断が示され,これに対

して示唆に富む論評が出たので,次にこれを検討する 。

N. The Mercini Lady 事件

国際的な物品売買契約における FOB 慣習に関して 欧州のジャーナルにあるケースが紹介

されていた問。 そこでの論者は FOB慣習に関する未解決な問題が残っていると指摘する 。 本節

ではそれをまとめてみよう 。

まず本件の概要であるが16) 本取引は, FOB Antwerp による軽油(gasoil) の売買である 。 契

約条項では,沈殿物 (sediment) を含めてその品質に関して船積み時に満たしておかなければな

らない様々な仕様 (specification) が示されていた。 一方,契約に示された明細(description) 以

外に何ら明示や黙示の保証(guarantees, warranties) や表明 (representations),商品性

(merchantability )や特別の目的やその他に対する適切さ(白tness),適合性 (suitability) もなかっ

た。 軽油の品質と数量に関しては慣習的なやり方に沿って,船積施設でお互いが同意した独立

の検査官が測定すると定め その決定を最終的なものとし両当事者を拘束すると定めた(ただ

し詐欺行為や明らかな誤りがあった場合は除く)。船積みに先立つて採取された見本を分析し

たところ沈殿物も含めて規定されていた仕様に合致していた。 しかしながら, 目的地に着いた

軽油は契約の仕様,特に沈殿物についてそれを満たさなかった。 こうした事態において,買主

は受取りを拒否し 売主の契約違反を訴えたのである。

FOB 条件では,危険は船積みの時点で買主に移転すると考えられるので,船積み後の物品の

変質については,買主がその危険を負担するのが妥当であると考えられた。しかしここで本件

を担当した判事が次のような議論を行ったので話が変わってきたというのである 。 「物品が買主

に送付されることになっている場合 売主の義務は 船積みの時点で満足な物品を提供するこ

とであるが,船積み後合理的な期間は,品質は満足のいくままの状態であることが求められる 。

本件では,軽油は,船積み後僅か4日間という合理的な期間内に目的地に到着したが,到着した

時点、で沈殿物によって明らかに契約に定められた明細に沿ったものではなかった。検査官の品

質に関する証明書 それは船積み時の軽油の状態についての証明にすぎない。J 17)

論者はこの判断に対して幾つかの疑問を投げかけている 。

まず,船積み時の確認について,船積み時にすでに軽油には問題があって検査官が見誤った

のではないか推測されるものの,船積み時における検査官のクリーンな評価報告書を決定的な

証拠とする条項があるので その意義を強調する 。 つまり船積み以後の品質劣化の危険は買主

の負担とする解釈が妥当であるのに,到着時の不具合つまり品質的に問題ありとの状態を申し

立てればそれが覆るというのであれば,証拠条項の意味がなくなってしまう。また,本件では

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (143) 143

売主は物品の品質に関する保証を行わない,つまり“明示的であれ黙示的であれ保証や表明,

石油の商品性,特別な目的のための適切性,適合性といったもの"を明確に排除しているにも

かかわらず,この免責条項 (disclaimer) がなぜ有効に機能しないのかと述べている。さらにこ

うした疑問に加え FOB 条件であっても売主は船積み後の品質劣化に責任を負わなければなら

ないとなると,その条件は FOB 条件と言えなくなってしまうと指摘する 18) 。

国際商取引における売買物品の品質に関わる問題で難しいのは 売買の目的物たる物品の損

傷というのは買主のもとに届いて買主が検査した時点において発覚することが多いということ

である。したがって,実際の損傷が起こった時点というのは検査の前である 。 さらに遡って船

積みの時点を基準とすれば,損傷発生とは船積み完了以前かそれ以後(つまり運送中)という

ことになる。そこで, もし運送中に貨物に損傷が生じるような事態が起きなかったのに,到着

時に物品が不適格であったのであれば,貨物は船積み時すでに内在的な欠陥を持っていたに違

いないという推測が成り立つと主張されるのである日)。そうなると,売主は契約に合致した物

品を引渡したかどうか,そしてそれを判断する時期というものをはっきりさせなければならな

くなる。こうした品質上の欠陥が引渡し当時すでに存在していた際に,売主がそれに対して責

任を負わなければならないことは昔から指摘されてはいるが20) はたしてそのことをどうやっ

て明らかにしていけばよいのであろうか。

論者が指摘するように本件では 少なくとも船積みの時点において契約に定められた物品を

引渡したものと考えられ 売主はそのことを船積み地でクリーンな評価報告書という方法で証

した。 よって,売主は引渡しに関する義務を果たしているわけであり, FOB 条件によって船積

み後の危険は買主に移転するわけであるから 更に追加的とも思える船積み後の一定期間の品

質保証の義務を何故負わなければならないのであろうかとの疑問は当然起こりうるのである 。

船積み後の売主の追加的とも言える品質保証義務に関連してこの論者は 2 つの考え方を示し

ている。一つの考え方は, I合理的な期間内,物品は実際によい状態のままであると売主が保証

する」というものであり,いま一つは, I船積みの時点で,合理的な期間はよい状態にあるよう

な(非常事態がないとして)物品を提供するのが売主の義務である」とみなすものである 。 こ

れらは大差のないように見えるかもしれないが,前者の考え方では,そうした保証にもかかわ

らず品質が低下していたならば買主は貨物到着時の状態の悪さを示せばよいが,後者の考え方

では,買主は船積み時に何らかの問題があったことを申し立てなければならなくなる。船積み

時のクリーンな評価報告書の存在は買主には不利である 2)) 。 このように買主にとって,品質低

下の立証に差が出てくることになる 。

トレードタームズ如何に関わらず,海上運送が利用される国際商取引においては,船積みの

時点、というのは非常に重要である 。 こうした隔地取引たる物品売買では,物品の引渡しは海上

運送人に代表される仲介者の手を介して行われる。言うなれば,間接的な引渡しが行われてい

る 。 買主に現実に引渡される以前であっても,買主に送付されることを目的として運送人の手

144 (144) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

に委ねられた時点をもって買主に引渡されたものとみなすような慣習に従えば,船積みの完了

によって売主は引渡し提供の義務を果たしたことになり,売買の目的物たる貨物は買主に引き

渡しうる状態に置かれ,売買の目的物として特定され,これによって危険は買主に移転するも

のと考えられる。当然のこととして売買契約上売主は,約定品をただ船積みすればよいのでは

なく,契約に適合した物品を提供し運送人に引き渡さなければならない。先の論者は国際的な

物品売買に関する統一法であるウィーン売買条約(国際物品売買契約に関する国際連合条約;

United nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods) の考え方を引合いに

出しこの点を指摘している。

ウィーン売買条約の第36条第1項は, I売主は,契約及びこの条約に従い,危険が買主に移転

した時に存在していた不適合について責任を負うものとし当該不適合が危険の移転した時の

後に明らかになった場合においても責任を負う 。 J 22) というものである 。 この考え方に従えば,

危険移転時が契約適合性の判断基準となる 。 したがって, FOB 慣習においては,船積み時が危

険移転時となるため,その時点が契約適合性の判断,つまり品質・数量条件に合致した物品が

引渡されたかどうか判断されることになる 。 この時点での適合性の欠落 例えば品質不良は契

約に適合していないわけであるから,物品給付に関しての売主の履行危険が現実のものになっ

たのである 。 するとここで 引渡した物品の適格性 つまりは契約条件である品質条件や数量

条件への適合'性の問題を危険移転と関連して考えてみる必要がある 。

v. 契約適合性と危険の移転

契約に合致した物品を引き渡すというのは,売買契約上の売主の義務である 。 国際商取引で

は,品質条件ならびに数量条件への合致の時点に関する慣習に従い,船積みの時点が基点とし

て判断されることが多い。 したがってこの場合契約に適合するとは 引渡しの時点とされる船

積みの時点で売買契約の目的物が契約条件の内の品質条件並びに数量条件を満たしていなけれ

ばならないということになる 。 そしてこのことを実務上は船積み完了後,第三者たる検量業者

などによって発行される証明書などを使って品質および数量を証拠だてている 。先の事件では,

契約に基づいて船積み地で検査官が貨物の品質に関しての評価報告書を発行しており,これに

よって売主は契約どおりの物品を船積みした すなわち引渡したという証であると考えられる

とされた。

これに対して契約不適合とは,品質条件や数量条件に合致しない物品が提供されたような場

合である 。 たとえ船積みが完了したように見えても,不適当な品が船積みされたのであれば,

売買契約上引渡しの義務が果たされていない。 先程のケースで示された 売買契約によって販

売された物品が持っていなければならない適合性についてのウィーン売買条約の考え方に沿え

ば,船積み完了以前に目的物の品質が劣化していたなどの契約不適合の場合は,たとえ FOB 条

件であっても売主は品質に関して責任を負わなければならないと考えるのが妥当となる 。 そし

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (145) 145

て,売主は適法な引渡しを行わなかった,ないしは,引渡し時点で契約不適合の状態の物品を

引渡していたのであるから,引渡し自体が行われておらず,危険も移転していないものとも考

えることができる 23) 。

しかしここで考えてみると,国際商取引では契約不適合ということがわかるのは,やはり買

主の元に届いてからのことが多い。すると買主は,契約どおりの物品が提供されないかもしれ

ないという危険を負っていることになる 。 この種の危険は,売主から買主へと移転するという

ような性質のものではなく,物品売買の合意を結んだ時点で買主に発生する危険と言えるだろ

う 。 前節で見たように, r危険の移転」という場合とは,滅失や損傷の発生という事態を想定

し,その危険を負う者がある時点を境にして売主から買主へと切り替わることをいう。これに

対して,引渡しの時点において契約に合致した物品が引渡されるかどうかということに関して

も危険の存在というものを考えておかなければならない。

国際商取引における船積み完了後運送中における品質劣化に関連して,先の論者は幾つかの

事例を紹介しつつも,運送中に悪化した物品を扱った前例は決して決定的ではないと言ってい

る 。

古いケース(Beerv. Walker (1877) 46 IJ (CP) 677) として紹介されているのは,食品が売買さ

れて運送されるような場合,その食品は目的地に到着した時に良い状態であることを売主は保

証しなければならないというものである。そこでは,運送中の食品の腐敗というのは通常の運

送過程において起こりうることだと強調されている 。 つまり 発送した時点というのが腐りだ

した時点に違いないというわけである 24) 。 次に,出荷時に食べることができたのだけれど到着

時には悪臭を放っていた魚の売主が,公衆衛生規則上販売のために陳列したことは有罪である

と判断された事件 (Ollett 双 Jordan [1918] 2 KB 41) をあげ,売主は船積み時のみならずず、その後の

合理的な期間内はその状態について保証しなければならないとの判断を示している2却5日)

これとは対照的に,いささか異なる問題が明らかとなったケース (Mash & M urrell Ld v.

Joseph 1 Emanuel Ltd [1961] 1 WLR 862) も挙げている 。 この事件は,正しく船積みされたが,

陸揚げされたときには腐っていたポテトのケースである 。 そこでは,物品は通常の運送に耐え

うるような状態でなければならず,到着した時に商売可能な状態にしておかなければならない

のは売主の義務であるとされた26) 。

最後のケースにあるように,国際物品売買契約における売買の目的物の品質劣化は,不十分

あるいは不適当な包装によっても発生することがある 。 トレードタームズの解釈基準であるイ

ンコタームズの手引書によれば 「物品の滅失または損傷の危険の移転は,偶発的な事件(事

故)の危険にかかわるものであり,売主または買主によって引き起こされた滅失または損傷,

例えば,物品の不適切な包装または荷印によるものを含まない。 J 27 ) とあり,約定物品の包装

に着目して,運送に必要な耐航性の包装を売主に求めている 。 この点に関して着目すべきは,

FOB 条件と CIF 条件とでの相違である。

146 (146) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

CIF 条件の場合,売主は自らの義務として運送を手配しなければならないのであるから,物

品の運送のために必要な包装を決定するのに,よい立場にあるとされている。したがって品質

低下や品質障害が予想されるような場合には,何らかの手立てをとることが容易であろう。た

だしその後の一切の品質を担保する義務を負わせているわけではない。

これに対して FOB 条件では,運送の手配は買主の義務であり,売主は買主が手配した船舶

に船積みすればよい。したがって 船積み後の運送過程や航海過程について売主は知るところ

が少ないものと考えられる。買主は船積み以後の危険を負わなければならないわけであるから,

包装に関しては十分な指図を施す必要があるだろう。

この点に関してインコタームズの手引書は FOB 条件においても CIF 条件においても,物品

の輸送に必要な包装を施すことを売主の義務として明記しているが, FOB 条件では,注釈の中

で例として“隣国への短い輸送"と“大陸間海上運送"を挙げ,この二種にはかなりの相違が

あることを指摘している 。 つまりそこでは,長期間かつ遠距離の輸送において発生するかもし

れない,物品の破損,湿気や結露から生じる腐食の危険をいうものを既に想定しているのであ

る 28)

このように FOB 条件であっても,船積みすればそれで完了といった考え方ではなく,船積

み後の運送状況を考慮した物品の危険への対応といったものが考慮されなければならない。 さ

らに, I損傷が危険の移転後に起こっても,損害が,物品が契約に従って引渡されなかったとい

う事実に起因すると考えることができる場合には,売主は,依然として責任があるかもしれな

い。 J 29) と注釈を入れている 。 売主から買主への移動中,国際商取引の場合は特に海上運送中

の事故その他のトラブルが発生する可能性が高いわけであるから,この間の危険の負担者を売

主買主いずれとするかを決めておく必要がある 。 トレードタームズの意義はここにある。

一方契約適合性に関しては 売買当事者間で契約適合の時点を特に意識して合意するような

ことは稀であろう 。 売買当事者が重視するのは,引渡しの場所であったり,国際的な海上運送

が利用されるときには船積みの場所であったり あるいは 運送人への引渡しが行われる輸出

港(船積港)は何処なのかということである 。

物品の移動を伴う売買契約においては 移動の結節点を判断時点としてそこでの適合・不適

合や一致・不一致を見るわけだが,たとえ証明書等が発行されるとしても,その時点での証明

にすぎないというわけである 。 売買される物品の特性を考え,起こりうるだろう事態に備えて

おくことが肝要である 。

このように考えてくると 国際商取引においては 引渡しの時点,危険移転の時点,契約適

合の時点それぞれが重要な意味を持ちその時点を境にして売主と買主の立場が大きく変わる 。

特定物が売買の対象となる店頭取引や相対取引の場合であれば,契約適合物の引渡しコ引渡し

提供の完了コ物品の検査・受領コ危険の移転という流れを踏むのであるから,契約適合物が引

渡されなかったから引渡し提供が行われなかったわけであり,危険は移転するとは考えづらい。

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの一 (147) 147

これに対して,不特定物の売買契約が行われる隔地取引たる国際商取引では 売主から買主へ

の移動・運送,引渡し時点と物品検査時点の相違といったことから根本的に懸念要素が含まれ

ている。こうした状況を踏まえた危機管理が求められるのである 。

5. 結びに代えて

国際商取引におけるトレードタームズの効用とは,これが商慣習として数多くの商人の知る

ところとなっているため,詳細について必要以上の交渉を要しないところにある。加えて,統

一的解釈基準の存在は,売主買主双方が行わなければならない行為義務が明らかにされている

ため,それらを確実に履行することで,安全確実な売買履行が期待されうる 。 さらに,危険の

移転の時期を明快にすることによって,万一の事故等によって発生するかもしれない経済的損

失を負う当事者を決定するにあたっての煩雑さを取り払うことができる。

買主が実際に目的物を手にする以前の段階でさえ危険を負担させることを良しとするのは,

国際的な商取引に付随するところの,売主から買主への移動中の運送人の手にある聞の事故等

による事態を考えてのことである 。 海上保険制度はこういった危険に対処することで発達して

いった。

本稿で検討したのは,危険移転後の相当期間の品質劣化への対応で、ある。契約に合致した物

品を引渡さなかったというのであれば,引渡しの義務を果たしていないことになり,引渡しそ

のものが行われていないのであるから,危険は移転しない。しかし契約に合致していないこ

とがわかるのは買王の元に届いてからのことであるから,引渡しが行われていないと解するの

ではなく,引渡しは完了し危険は売主から買主に移転したと解する 。 そして,品質劣化の危

険を負うというのではなく,契約違反について売主は責を負うと解釈すべきではないかと考え

る。

本来 FOB 慣習では,売主は船積みまでの危険を負担しなければならないが,それ以降の危

険については買主が負担する。ここでいう危険の負担とは,万一発生した物理的な滅失や損傷

といった事態によって発生する経済的損失を負わなければならないという意味である 。 これに

対して,品質劣化によって売買の対象物が売り物にならないというような商業的損失は品質条

件に関する違反であり債務不履行であるから,これを価格条件であるトレードタームズの問題

として考えていくことに無理がある 。

トレードタームズは 1. 運送手段の発達 ii. 通信手段の発達. iii. 取引形態の多様化,

といった要因の影響を受けてきた。 運送手段に関しては,運送スピードの迅速化ということも

さることながら. 20世紀中葉に登場したコンテナ運送サービスならびに異種運送形態を組み合

わせた複合運送体系の確立が商慣習に与えた影響が大きい。 このような貿易を取り巻く環境が

変化する中で,安全かつ安心のできる取引というものが求められる 。 商慣習は商人たちの長年

に亘る繰り返しの取引活動の過程から生まれたものであるが,取引が継続する限りにおいては,

148 (148) 商学研究第52巻第1 ・ 2号

絶えず変化するものと考えられる。国際商取引を取り巻く,あるいはそれを支える諸制度の変

化が常に新しい仕法というものを生み出す。われわれはこれらを注意深く見ていく必要があ

る。

1)朝岡良平 iCIF 契約における所有権と危険の移転(三・完)J r早稲田商学J 第196号, 1967年, 17頁。

2) r経済学辞典』有斐閣, 1960年, 245頁。

3) 椿弘次『入門・貿易実務<第3版>.1日本経済新聞出版社, 2011年, 24頁。

4) 向上書, 18~23頁。

5) 朝岡良平『貿易売買と商慣習』東京布井出版, 1976年, 139頁。

6) 国際商業会議所日本委員会 Dcc インコタームズ2000の手引き.1 2000年, 124頁。例えば, FOB 条件,売主

の義務 A5 危険の移転の注釈 (Comments) を参照。

7) 上坂酉三『貿易取引条件の研究J 東京泰文社, 1938年, 93頁。

8) Clive M. Schmitthoff, Schmitthoff's Export Trade: The Law and Practice of International Trade , 7th ed. , 1ρndon,

1980, p.80. 9) Ibid. , p.81. 10) 国際商業会議所日本委員会,前掲書, 74頁。

11) C. M. Schmitthoff, op. cit. , p.81. 12) 浜谷源蔵著 椿弘次補訂, r最新貿易実務〔補訂新版J.1同文館, 2008年, 39頁。

13) Sale of Goods Act, 1979, $14-2(2) Where the seller sells goods in the course of a business, there is an implied condition that the goods supplied under the contract are of merchantable quality, except that there is no such condition-(a) as regards defects specifically drawn to the buyer's attention before the con仕actis made; or (b)江

the buyer examines the goods before the contract is made, as regards defects which that examination ought to reveal.

14) 椿弘次,前掲書, 65頁。

15) Andrew Tettenborn, "Of fob sales, sellers'obligations and disclaimers" イCase and Comment on Bominβot 飢

Petroplus (The Mercini Lady )) [2009] LMCLQ 417.

16) KG Bominflot Bunkergesellschαβ Fur Mineralole mbh & Co KG v. Petroplus Marketing AG (The Mercini Lady)

[2009] EWHC 1088 (Comm)

1η A. Tettenborn, op. cit. , p.417. 18) Ibid. , p.417, 419.

19) Ibid. , p.418.

20) 上坂酉三, iFOB 契約の私経済的考察J r早稲田商学J 第6巻第l号, 1930年, 113頁。

21) A. Tettenborn, op. cit. , p.418.

22) Vienna Sale Convention @ 36-1 iThe seller is liable in accordance with the contract and this Convention for

any lack of conformity which exists at the time when the risk passes to the buyer, even though the lack of conformity becomes apparent only after that time.J 邦訳は外務省資料による h抗p://www.mofa.go.jp/mo同/

gaiko/treaty /pdfs/treaty 169_5.pdf (2012年3月 2 日アクセス)

23) この点に関しては,ウィーン売買条約に先行する「物品の国際売買に関する統一法に関する条約

Convention Relating to a Uniform Law on the International Sale of goodsJ では,物品の引渡しがあったかど

うかを交付された物品の契約適合性の有無で判断したため,不適合な物品が交付された場合には「引渡し」

がされていないことになり,売主は無期限に危険を負担するという不都合があったとされる。潮見佳男・

中田邦博・松岡久和編『概説国際物品売買契約』法律文化社, 2010年, 73頁。

24) A. Te仕enborn, op. cit. , p.418. 25) Ibid. , p.418. 26) Ibid. , p.418.

国際商務における危険の移転一近年の海外事例が示唆するもの (149) 149

27) 国際商業会議所日本委員会,前掲書, 124頁。

28) 向上書, 126頁。

29) 同上書, 124頁。