血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の1症例jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/27_1_45.pdf2017/03/27...

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45 中毒研究 27:45-46,2014 はじめに バルプロ酸ナトリウム(sodium valproate,以下 VPA)は,抗てんかん薬として使用頻度が高く,さ らに双極性障害や片頭痛の発症抑制に使用されてい る。しかし,服用により自殺念慮,企図のリスクを 高め,しばしば自損目的に大量内服される 12。今回, VPA 大量内服に対し,VPA 血清中濃度モニタリン グにより血液透析(以下,HD)の適応を判断し, VPA のクリアランスを明らかにした症例を経験し たので報告する。 Ⅰ 症  例 患 者53 歳,男性。 既往歴:反復性うつ病性障害,糖尿病,高血圧。 過去に 3 回ほど大量内服あり。 現病歴:某日,家人が朦朧としている患者を発見 して救急隊を要請し,当院へ搬送された。鞄の中に 大量の薬の空シートがあり,本人の申告と併せて VPA の内服量は約 22 g と推定された。 来院時現症:意識レベル JCSⅠ-2GCS E4V4M6血圧 178/100 mmHg,脈拍 117/ minSpO 2 97%(room air),体温 37.0 ℃。 来院時検査所見:血液・生化学検査で軽度の肝機 能上昇以外には,異常は認められなかった(AST 36 IU/LALT 54 IU/L)。VPA の血清中濃度は総 VPA (以下,t-VPA)濃度が 905 . 2 μ g/mL,遊離型 VPA (以下,f-VPA)濃度が 190 . 1 μ g/mL と,高濃 度であった。 入院後経過:輸液や,活性炭,クエン酸マグネシ ウムを投与後,HD を施行した。カラムは Kf-m10 (川澄化学工業,膜面積 1.0m 2 )を用い,血流量 120 mL/min 6 時間施行した。HD 開始 2 時間後(内 11 時間後)に f-VPA 226 . 1 μ g/mL と一時上昇 したがその後徐々に低下し,HD 開始 6 時間後(内 15 時間後)には t-VPA 濃度は 176 . 6 μ g/mL とな HD を終了した。その後,内服 21.5 時間後の t-VPA 濃度は 88.9 μ g/mL まで低下した(Fig. 1)。 血漿アンモニア値は来院時(内服 6 時間後)が 30 μ g/dL,内服 22 時間後が 50 μ g/dL70 時間後が 43 μ g/dL と正常範囲内であった。その後症状に問 題なく,精神科病院へ転院となった。 原稿受付日 2013 年 2 月 6 日,原稿受領日 2013 年 6 月 3 日 血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の 1 症例 富 永  綾 1) ,伊 関  憲 2)3) ,小澤 昌子 2)3) ,小林 武志 1) 豊口 禎子 1) ,白 石  正 1) 1) 山形大学医学部附属病院薬剤部 2) 福島県立医科大学医学部地域救急医療支援講座 3) 山形大学医学部救急医学講座 Fig. 1 Time course of serum VPA concentration t-VPA:total VPA concentration f-VPA:free VPA concentration Serum VPA concentration Protein binding ratio (μg/mL) t-VPA Hemodialysis f-VPA Time(hr) Protein binding ratio (%) 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 0 5 25 20 15 10 90 80 0 10 20 30 40 50 60 70

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Page 1: 血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の1症例jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/27_1_45.pdf2017/03/27  · 46 富永,他:血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の1

45中毒研究 27:45-46,2014

はじめに

 バルプロ酸ナトリウム(sodium valproate,以下VPA)は,抗てんかん薬として使用頻度が高く,さらに双極性障害や片頭痛の発症抑制に使用されている。しかし,服用により自殺念慮,企図のリスクを高め,しばしば自損目的に大量内服される1)2)。今回,VPA大量内服に対し,VPA血清中濃度モニタリングにより血液透析(以下,HD)の適応を判断し,VPAのクリアランスを明らかにした症例を経験したので報告する。

Ⅰ 症  例

 患 者:53歳,男性。 既往歴:反復性うつ病性障害,糖尿病,高血圧。過去に 3回ほど大量内服あり。 現病歴:某日,家人が朦朧としている患者を発見して救急隊を要請し,当院へ搬送された。鞄の中に大量の薬の空シートがあり,本人の申告と併せてVPAの内服量は約 22 gと推定された。 来院時現症:意識レベル JCSⅠ-2,GCS E4V4M6,血圧 178/100 mmHg,脈拍 117/ min,SpO2 97%(room

air),体温 37 .0℃。 来院時検査所見:血液・生化学検査で軽度の肝機能上昇以外には,異常は認められなかった(AST

36 IU/L,ALT 54 IU/L)。VPAの血清中濃度は総VPA(以下,t-VPA)濃度が 905 .2μg/mL,遊離型

VPA(以下,f-VPA)濃度が 190 .1μg/mLと,高濃度であった。 入院後経過:輸液や,活性炭,クエン酸マグネシウムを投与後,HDを施行した。カラムは Kf-m10

(川澄化学工業,膜面積 1 .0 m2)を用い,血流量 120

mL/minで 6時間施行した。HD開始 2時間後(内服 11時間後)に f-VPAが 226 .1μg/mLと一時上昇したがその後徐々に低下し,HD開始 6時間後(内服 15時間後)には t-VPA濃度は 176 .6μg/mLとなり HDを終了した。その後,内服 21 .5時間後のt-VPA濃度は 88 .9μg/mLまで低下した(Fig. 1)。血漿アンモニア値は来院時(内服 6時間後)が 30

μg/dL,内服 22時間後が 50μg/dL,70時間後が43μg/dLと正常範囲内であった。その後症状に問題なく,精神科病院へ転院となった。

原稿受付日 2013 年 2月 6日,原稿受領日 2013 年 6月 3日

血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の 1症例

富 永  綾1),伊 関  憲2)3),小澤 昌子2)3),小林 武志1)

豊口 禎子1),白 石  正1)

1)山形大学医学部附属病院薬剤部2)福島県立医科大学医学部地域救急医療支援講座

3)山形大学医学部救急医学講座

Fig. 1 Time course of serum VPA concentration

t-VPA:total VPA concentrationf-VPA:free VPA concentration

Serum VPA concentration P

rotein binding ratio

(μg/mL)

t-VPA

Hemodialysis

f-VPA

Time(hr)

Protein bindingratio

(%)1,000

900

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46 富永,他:血液透析で治療したバルプロ酸大量内服の 1症例 中毒研究 27:45-46,2014

Ⅱ 考  察

 VPAの大量内服により低体温,循環不全,肝障害,脳浮腫,意識障害(傾眠,昏睡),痙攣,呼吸抑制,高アンモニア血症などが発症する3)。その治療は下剤,活性炭の投与が行われ,さらに血中濃度が高値である場合や意識障害,循環不全を認めた場合には血液浄化法,とくに HDが施行される3)。VPA大量内服に対する HDの意義は必ずしも確立していないが,t-VPA濃度が 850μg/mL以上で HDの導入が推奨されている1)3)。 Licariらは,VPA大量内服の 2症例について報告している。輸液療法などのみで対処した症例では,脳浮腫やアンモニア濃度の上昇をきたし集中治療に11日を要した。HDを導入した症例では,VPA血清中濃度やアンモニア濃度が迅速に低下し集中治療は 3日で終了した2)。また,Thanacoodyは VPA大量内服症例の体外除去について検討した3)。HDを行った 15症例では 1回の HDの時間は 4~10時間で,4時間の症例が 6症例ともっとも多かった。HD施行回数が 1回のみの症例が 11例ともっとも多かった。また,HDが導入されたさいの t-VPA濃度は 670~2 ,120μg/mLであった3)。 VPAは分子量が 144 Daであり,内服後速やかに吸収され,単回投与の場合,血清中濃度のピークは内服後 1~4時間後に現れる3)。治療濃度は t-VPA

で 50~100μg/mLである3)。分布容積は小さく(0 .1

~0 .5 L/kg),主にアルブミンと結合し,血清中VPA濃度が 100μg/mLまでは蛋白結合率は 90%であるが,200μg/mL以上では 80%以下4),さらに1 ,000μg/mL以上では 15%にまで低下する3)。このため f-VPAを HDにより除去することが可能となる。 VPAの効果は t-VPAではなく f-VPAに依存するが,f-VPAについて検討した報告は少なく,f-VPA

濃度と蛋白結合率の変動について今回検討した。本症例では入院時の t-VPA濃度が 905 .1μg/mLであり,蛋白結合率は 79 .0%であった。t-VPA濃度が850μg/mL以上で HDの導入が推奨されていること,また f-VPA濃度が高値であったことから,HD

を施行した1)。6時間の HDにより蛋白結合率は54 .4~64 .8%に低下した。除去率は t-VPAで 73 .4

%,f-VPAで 48 .4%であった。また,本症例ではHD中の蛋白結合率や f-VPA濃度の変動が大きかったが,これまでの中毒症例でも同様の変動が報告されている5)。その要因としては,HD中における可逆的な蛋白結合状態の変化,遊離脂肪酸による結合阻害,濃度による結合状態の変化などがあげられており,本症例でも同様の要因で蛋白結合率が変動した可能性が考えられた。

結  語

 大量内服により血清中 VPA濃度が高値であった症例を経験した。本症例において,HDは VPAの排泄促進に有効と考えられた。

 【文  献】

1) 黒田浩光,土屋滋雄,杉野繁一,他:アセチルサリチル酸と大量バルプロ酸ナトリウムの服用後に重症急性膵炎と急性肝不全を生じた 1例.日救急医会誌 2005;16:163-8.

2) Licari E, Calzavacca P, Warrilow SJ, et al:Life-threatning sodium valproate overdose:A comparison of two approaches to treatment. Crit Care Med 2009;37:3161-4.

3) Thanacoody RH: Extracorporeal elimination in acute valproic acid poisoning. Clin Toxicol 2009;47:609-16.

4) Gugler R, Mueller G:Plasma protein binding of valproic acid in healthy subjects and in patients with renal disease. Br J Clin Pharmacol 1978;5:441-6.

5) 太田美由希,平田純生,和泉智,他:遊離型 Valproic Acid(f-VPA)が変動する透析症例;VPA蛋白結合率の変動要因について.TDM研究 2001;18:307-11.