脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 ·...

8
平成 月施行の臓器移植法で脳死臓器提 供可能となったが臓器提供施設は限定されて いる救急医療等の関連分野において高度の医 療を行う施設であることとされ具体的には大 学附属病院日本救急医学会の指導医指定施 日本脳神経外科学会の専門医訓練施設( 項) 救命救急センターとして認定された施設 のいずれかとなっている 当院は日本脳神経 外科学会の専門医訓練施設( 項)かつ救命救 急センターであったため当初より脳死臓器提 平成 日受付  京都市東山区本町 丁目 京府医大誌  ), <特集「臓器移植法改正をめぐる諸問題」> 脳死臓器提供を経験した立場から ~現状と改正法に伴う変化について~ 竹上 徹郎,高階謙一郎,池田 栄人 京都第一赤十字病院救急部 抄  録 我々は,平成18年3月に京滋初の脳死臓器提供を経験した.以前より臓器提供マニュアル作成して 準備しており,脳神経外科医を含めた多数の院内臓器移植コーディネーターで対応したことでスムーズ に対応できた.今後,臓器移植法改正によって臓器提供,特に小児が増加すると予測される.事前にシ ミュレーションなど準備しておく事が重要である. キーワード:脳死,臓器提供,小児.

Upload: others

Post on 02-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

は じ め に

 平成�年��月施行の臓器移植法で脳死臓器提供可能となったが,臓器提供施設は限定されている.救急医療等の関連分野において高度の医療を行う施設であることとされ,具体的には大

学附属病院,日本救急医学会の指導医指定施設,日本脳神経外科学会の専門医訓練施設(�項),救命救急センターとして認定された施設のいずれかとなっている1).当院は日本脳神経外科学会の専門医訓練施設(�項)かつ救命救急センターであったため,当初より脳死臓器提

脳死臓器提供を経験した立場から ���

 平成��年�月��日受付 �〒���‐����京都市東山区本町��丁目���

京府医大誌 ���(�),���~���,����.

 <特集「臓器移植法改正をめぐる諸問題」>

脳死臓器提供を経験した立場から

~現状と改正法に伴う変化について~

竹上 徹郎,高階謙一郎,池田 栄人

京都第一赤十字病院救急部*

������������� ����������������������������

�������������������������������� ������������� �

�������������� ���������������������������������

抄  録

 我々は,平成18年3月に京滋初の脳死臓器提供を経験した.以前より臓器提供マニュアル作成して準備しており,脳神経外科医を含めた多数の院内臓器移植コーディネーターで対応したことでスムーズに対応できた.今後,臓器移植法改正によって臓器提供,特に小児が増加すると予測される.事前にシミュレーションなど準備しておく事が重要である.

キーワード:脳死,臓器提供,小児.

��������

  ������������������ ���������������������������������� �������������������������������� ���������������� ������������������������������������� ��������������������������� ��������

������������������������������������������ ������������������������������� ����� ����

������������������������ ���������������������������������� ����������� � ��������������������

���������������������� �� �� ������������������� �������������������������������������� ���������

���������� ���������������� ���� ������� 

Page 2: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

供が行われる可能性が高いと考え準備を行ってきた.そして,平成��年�月��日に脳死臓器提供が行われた.全国で��例目,京滋で初の事であった.当該患者が脳神経外科疾患患者であったことから,脳神経外科医であり院内臓器移植コーディネーターであった筆者が経過に深く関わった.この経験を元に現状と改正法に伴う変化について述べたいと思う.

脳死臓器提供経験するまでの当院の体制

 臓器移植法施行�平成�年��月�及び新ガイドラインの改正(平成��年�月)により,当院は脳神経外科専門医訓練施設(�項)及び救命救急センターであることから臓器提供病院の指定を受けた.臓器提供者が発生した場合,関係部署と関連機関が情報交換をスムーズに行い,当院が臓器提供施設として正確かつ迅速な対応が図れるよう,平成�年��月に脳死判定委員会を設置して手順を取り決め「臓器提供マニュアル」を平成��年�月に作成した. 平成��年��月に京都府院内臓器移植コーディネーター認定制度が発足し,平成��年に�名と平成��年に�名のあわせて�名が京都府院内臓器移植コーディネーターとして認定された.そして,京都府ドナーアクションとして府立医大で毎月院内臓器移植コーディネーターの会に参加し活動報告や症例検討など行ってきた.平成��年より京都府臓器移植院内コーディネーター協議会として脳死や心停止下の臓器提供の啓発(ポスター掲示・意志表示カード配布など)を行い,平素より臓器提供普及活動に複数のスタッフが関与してきた.つまり,府立医大及び日本臓器移植ネットワークの後援を得た京都府院内臓器移植コーディネーター協議会に参加することで,臓器移植に対する知識習得と臓器提供マニュアルの確認を行っていた. 当院の臓器提供マニュアルでは下記の事項を設定していた.“臓器摘出場所及び麻酔医師”について,救命救急センター手術室で実施し必要物品は手術室師長が指示準備し,麻酔医師の協力を要請された場合は麻酔科部長が指示する.これは,臓器提供が平日日中となると一般患者

さんと交差することとなり,適切なプライバシー保護などが図れない恐れや,他定期手術に支障が出る恐れがあるため,中央手術室でなく別階にある救命救急センター手術室を利用する事とした.“関係者待機場所”として患者家族には病棟に個室を準備し,移植コーディネーター,警察関係者,摘出医師団は救命救急センターカンファレンスルームとし,厚生労働省関係者は別の場所を準備する.報道関係者は基幹災害センター研修室を待機場所として院内に入ることを禁止する.更に必要に応じて各部署に監視員を配置し移植関係者には腕章を配布する事とした.これは,関係者との連絡をとりやすくするため内線電話のある場所を待機場所とし,救急病棟から比較的近く出入りの容易な場所とした.また,プライバシー保護の観点から報道関係者の移動を制限する必要があり,別棟の部屋を開放して病棟建物への立ち入りを禁じた.“情報の公開”として原則脳死確定後,当院の指定する時刻と場所において発表し,発表内容は家族の承諾を得て決定することとした.脳死判定や臓器提供の透明性確保するとともに,家族の心情に配慮した情報管理をめざした.院内臓器提供マニュアルにはフローチャートとして図の様なものを作成してあり,実際これが一番役に立った. 当時の病院の状況として脳神経外科は以前より重症頭部外傷に対する低体温治療やバルビツレート療法などを積極的に行っており,脳死状態判断などを日常的に行うことがあった.つまり,ベッドサイドでの脳波検査,聴性脳幹反射検査,脳幹反射検査などを平素より行っており電気生理学的検査などに習熟していた.平成��年�月までに当院では臓器提供実績はなかったが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望された方がおられた.カニュレーション直前まで進むも家族の最終意志統一ができなかたため中止となった経緯であったが,府立医大の先生方に全面的にお世話になる形で行われ臓器提供の流れというものが経験できた.その後,院内で脳死下臓器提供シミュレーション(机上演習)を行うべく準備を行っている時期に,脳死臓器

��� 竹 上 徹 郎 ほか

Page 3: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

脳死臓器提供を経験した立場から ���

図�  脳死からの臓器提供フローチャート

Page 4: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

提供の申し出でがあった.机上演習ではあるが事前準備を行っていた状態であったため,提供の申し出に対し混乱することなく適切な対応を開始する事が出来た.

脳死臓器提供の経過

 平成��年�月に脳死下臓器提供が当院からなされマスコミでも報道されたが,当時の経過についてここで再度整理をしておく.平成��年�月��日夜,くも膜下出血にて脳ヘルニア徴候を呈した入院女性の患者家族よりドナーカードの呈示があった.脳死状態であれば臓器提供したいとの申し出であり,日本臓器移植ネットワークとの連絡を開始した.翌��日朝,臨床的脳死診断を行った上で家族とネットワークのコーディネーターとの面談を予定するも,状況について連絡をとった厚生労働省より鎮静剤使用後であり薬剤中止後��時間,つまり明日朝以降再度臨床的脳死診断するよう指示があった.��日朝,再度臨床的脳死診断を行った上で,家族とネットワークのコーディネーターが面談され臓器提供の承諾をされた.病院長を委員長とする脳死判定委員会が開かれ法的脳死判定開始する事を決定し夕刻より第一回目法的脳死判定を開始した.家族やコーディネーターの見守る中,無呼吸テストを含む判定が行われた.メディカルコーデネーターも来院され臓器の状態検討が行われ摘出予定臓器が決定された.��日未明より第二回目法的脳死判定が行われ判定時間をもって死亡宣告となった.摘出チームの来院集合を待って昼過ぎより中央手術室で臓器摘出手術が行われた.途中,予定通り手術は進んでいるとの連絡が入った.�時間しか遮断できない心臓の摘出時間に合わせ京都市消防局にヘリコプター屋上待機要請し,家族の見守る中クーラーボックスに入った摘出心臓と摘出医師団は大阪空港へ飛び立った.大阪空港ではチャーター機が離陸準備して待機しているとのことであった.引き続き摘出された膵臓と眼球が家族が見守る中,摘出医師団と共に当院を出発され移植患者さまの元へ向かわれた.死亡診断書には死亡時間を二回目法的脳死判定時間と

して記載し,お見送りの時間に合わせて病院の記者会見が行われた.

当時の状況と問題点

���.院内臓器移植コーディネーター 院内臓器移植コーディネーター�名は脳神経外科医(著者),救命救急センター看護師長,救命救急センター看護係長であった.原疾患が脳神経外科疾患で,入院病棟が救命救急センター����であったことが,意思疎通容易で申し送りや部門間調整をスムーズに行えた大きな要因であった.家族の申し出から臨床的脳死診断,臓器移植ネットワークとの面談,法的脳死判定から摘出手術までと長時間を要することとなるも複数の院内コーディネーターがいたことで,勤務調整をしながら交代で対応することができた.���.院内臓器提供マニュアル 当院のマニュアルは府立医大のマニュアルを元に依田先生(当時救命救急センター長)や垣田先生(当時脳神経外科部長)らによって作成されたものであった.現場のスタッフによる作成であったことで即応的であり,実際マニュアル通りに進行した.疑問点が発生してもネットワークから適切な返事がいただけ対応できた.ただ,電子カルテでは法的脳死時間が死亡時間となって退院・退室扱いとなるが,以後も様々な処置がおこなわれるため記録を続ける必要がある.他の記録との整合性を持たせるため,入院管理システムやカルテ記載の方法を予め決めておかなくてはいけない.当院では,法的脳死による退院後はベッドを仮予約として確保しておき経過は外来カルテ部分に記載することとした.���.提供場所と時間帯 法的脳死判定がちょうど金曜日夜から土曜日朝にかけて行われため,他からの干渉なく行う事ができた.もし平日の日中であれば他一般患者様などと交差する可能性があり,プライバシー保護困難やや家族やスタッフの待機室の確保などに支障が出ていた恐れがあった.今回判定場所は����でかつ個室という他の患者様と

��� 竹 上 徹 郎 ほか

Page 5: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

もより隔離された環境であったため,法的脳死判定が家族の見守りの元スムーズに行えた.もし,個室でなければ周囲を空床にして衝立を立てるなど物々しい雰囲気になっていた可能性があった.マニュアルでは臓器摘出手術は救急外来にある救命救急センター手術室で行うこととなっていたが,当日は土曜日で救命救急センター外来では多数の救急・時間外患者で混雑していた.プライバシー保護の観点から同手術室利用は困難と判断し,定期手術がなく空いていた中央手術室を利用することとした.緊急手術がはいると混乱でプライバシー保護が困難になる恐れあったため,摘出手術日朝から手術適応となりうるような重症患者搬入を中止し,結果的に��時間に渡って受け入れ制限した.また����もプライバシー保護の観点から入室制限したため救命救急センターとしての機能が大きく低下してしまった.当院は構造上����から手術室への移動に一般廊下を通る必要があり患者移動時に通行遮断を行った.入院患者や外来患者などの来訪者は通行遮断できたが,職員の通行遮断は困難であった.臓器搬出時などは時間的余裕が少ないため,これら動線の確保方法を予め計画し準備しておく必要性がある.���.家族・マスコミ対応 家族待機室は救命救急病棟待機室という多数家族の共用部屋とは別に準備した.家族だけの落ち着いた環境かつプライバシー保護のため静かな病棟の個室を提供し,ここへは特定のスタッフ以外の立ち入りや関与を禁じた.プライバシー保護と家族心情に配慮し記者会見時間を調整することで不要なトラブルを回避できた.法律施行直後は報道陣が多数詰め掛けたとのことであったが当院にて行われた時は京滋初とはいえ全国��例目であり大きな混乱には至らなかった.���.管理・経営面 麻酔医・手術看護師・事務員(マスコミ対応・家族対応・来訪関係者対応・警備)・院内臓器移植コーディネーター等多くの職員が長時間拘束されたため待機場所(特に夜間)の確保に苦慮した.これら職員の時間外手当・待機休憩場所・

食事の手配・夜間の交通手段なども予め決めておいたほう良いと思われた.またどの職員も兼任業務となる事から,��時間体制となる脳死提供には複数職種の複数職員が関われるよう計画しておく方がよい.救急救命センター機能が約��時間にわたって低下した事による直接的収益減少,ベッドコントロール困難による間接的収益低下と約�日間であるが人件費増加は多大なものがあった.ネットワーク等から支援などではとても足りず,病院経営的には大きな負担となった.���.臓器提供意思表示カード 家族より呈示を受けた臓器提供意志表示カードには空欄があった.ネットワークを通じて厚生労働省に連絡し,空欄であるが記載部分のみの脳死臓器提供は可能であるとの見解を得て家族に説明確認し,記載部分のみの臓器提供意志となった.���.検証作業 臓器提供が終了してから厚生労働省より検証フォーマットが呈示された.内容は仔細に及び,記載するのに難渋して主治医に過大なストレスを生じさせた.予め検証フォーマットを入手しておき,それに対応した記録を主治医と共に作成する必要がある.���.情報通信体制 関係者の待機場所として内線電話のある部屋を準備したが,関係者は移動するため可能であれば院内����を配布するのがよい.また臓器移植ネットワークなど外部来訪関係者は,待機室にファクシミリ機やコピー機などの機器設置を希望されるも設備的に困難であったため,救急外来時間外受付にある機器を相互利用することで対応した.

今後体制と改正法による問題点

���.改正法の要点と予想される状況 平成��年�月に臓器移植法が改正された.その内容は脳死は人の死と定義し,臓器提供は本人の拒否がない限り家族の同意で可能で,提供可能の年齢に制限はなく,親族への優先提供も可能というものである.

脳死臓器提供を経験した立場から ���

Page 6: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

 昭和��年に脳死判定基準(いわゆる竹内基準)が発表され2),平成�年に臓器移植法が制定,平成��年より脳死下臓器提供のための法的脳死判定が行われている.これまで約��年を経過しながら��例にしか達しておらず,今後改正法によって選択肢が広がり提供数増加するであろうが劇的な増加は期待できない.ただ,今年�月の����総会で臓器移植目的の海外渡航の自粛)が要請されたことから,小児の提供希望と世論の高まりからの提供数は増加するであろう.���.小児脳蘇生の可能性 深昏睡に無呼吸,脳幹反射消失が加われば脳幹を含めた不可逆性全脳機能の喪失,すなわち脳死になった事を示す.それは小児においても成人の場合と同様であり,診断は基本的に成人の場合と変わらない.小児では低酸素や脳虚血,脳外傷によって生じる脳機能障害からの回復が成人に比してよいといわれているものの,細胞レベルでの神経細胞蘇生限界は約�時間以内と考えられるため,適切な観察期間をおいた脳死判定による脳機能障害は不可逆的と判断してよいといえる.一方,小児では脳死になっても条件がよければ一定期間生体内のホメオスタシスを維持することはできる.下垂体機能が一部残存していたり,胸腺など他の部位からホルモン産生されていることがあるためであるが,しかし基本的に脳機能を他末梢組織での代償には限界があり,無呼吸テストを含めた適切な脳死判定された脳死症例での回復例はない3). 平成��年の厚生労働省小児脳死研究班の調査4)では,���例中��例(�����%)が心停止まで��日以上脳死状態が続いた.一般に小児では成人に比べて脳死期間が長いことが知られており,成人に比較して基礎疾患の少ない小児では脳死状態が遷延する事を知っておく必要がある.ちなみに昭和��年の厚生省研究班の調査では���例の脳死例のうち,心停止までの期間は平均���日で��日以上の例はわずか��例(����%)であった5)6).���.小児例の親に対する対応 子供の権利条約にみるように,小児の自由な

意志を尊重することは基本的重要である.発達心理学では,�才までの大部分の小児が死の三大要素である不可逆性,不動性(機能消失性),普遍性を理解しているといわれるものの7),意志力となると家庭環境,教育環境,成熟度なども関与するため年齢で線を引くことは不可能である.最終的に親が子供の意志表示を代理することとなり,家族の精神的ケアやサポートがより重要で,小児の脳可逆性に関する家族の思いや理解を得られるよう担当医師は充分な知識の習得と面談時間をかける事が大切であろう.愛する家族との死別が切迫しているという非日常的状態にある比較的若年夫婦に対し,小児科・脳神経外科・救急科・心療内科などを含めた共同体制を構築しておく必要がある.���.被虐待児脳死例の除外 幼小児を対象とするときの問題点として虐待の問題がある.本来,脳死判定や臓器提供という面から考えると虐待か否かは直接関係ない問題であるが,社会的問題であり除外対象となる.現在,硬膜下血腫に眼底出血などを来せばゆさぶられっ子症候群として被虐待児の可能性を疑うが,その断定は非常に困難といわれる.平成��年の日本小児科学会小児脳死臓器移植基盤ワーキング委員会のアンケート調査8)でも被虐待児においては親の�~�割が虚偽申告を行い虐待の診断に時間を要するとしている.当院でも虐待か否かの判断には非常に困難で多大な労力と時間を要しており,一ヶ月をこえることもしばしば見受けられる.我が国の小児死因の第�位は不慮の事故9)であるが,外因性疾患による脳死診断例では虐待を完全に除外する必要があり,暫くは内因性疾患児からの提供になるであろう.���.親族の臓器提供希望 脳死判定については従来通りで臨床的脳死判定とその不可逆性の説明を行う事になるが,提供の意味を正しく理解されているかを確認する必要がある.意志表示カードに本人記載がなく,家族判断となると周囲の状況に大きな影響を受ける事になる.主治医との関係も影響を及ぼすこととなり,セカンドオピニオンを希望さ

��� 竹 上 徹 郎 ほか

Page 7: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

れる可能性もでてくるであろう.主治医以外に当該施設担当者やネットワーク担当者などからも統一的な説明を受けられる機会を作り,同意された後でも頻回の意思確認や,提供後も含めた家族の心のケアは意志表示カード呈示時以上に重要であろう.しかし,せっかくの家族意志表示に対し家族合意形成に慎重になりすぎ,時間的機会を逸することのないよう注意しなければならない.���.親族の優先提供 今回の改正で親族への臓器優先提供を表明できるようになった.平成��年�月に日本で一例目の親族提供があった.心停止後の角膜提供臓器で,角膜ヘルペスを患って視力低下していた妻へ移植された.夫婦確認は保険証と住民票でなされたとのことであった.今後高齢化社会を迎えるに当たって,親族への提供は増えていく者と思われ,医療者は提供の相談に適切に対応しなければならない.���.意志表示に関する現状と今後 臓器提供意思表示カードの配布枚数は平成��年�月末には�億�千万毎を越え,平成��年の内閣府世論調査10)では���%が脳死後提供を表明している.

 しかし,現実は当院入院患者で意思表示カードが呈示されたことはほぼ皆無であり,危篤状態の入院患者家族に対して提供の意志があるかないかのオプション呈示を行うと応対が険しくなったり無視されることが多い.つまり,脳死は理念として理解しているが現実となると受け入れられていないのが現実である.今後,改正法で脳死が人の死とされたことで国民的関心が高まり,様々な議論が起こることでオプション呈示がしやすくなることに期待する.ただ,脳死臓器提供はプライバシー保護の関係で救急搬入制限や手術室利用制限することとなってしまう.経営・労働両面に多大な負荷が発生することから,今後これらへの対策も同時に講じていく必要がある.

ま と め

 臓器移植法改正により臓器提供の意志決定権が親族にも与えられ提供数が増えると推定される.院内臓器提供マニュアルの作成とシミュレーションを行い,複数の院内臓器移植コーディネーターで対応する体制を構築する必要があると考えられた.�

��)法的脳死判定マニュアル:厚生省厚生科学研究費特別研究事業脳死判定手順に関する研究班平成��年度報告書.�������)厚生省厚生科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班」昭和��年度研究報告書�脳死の判定指針及び判定基準.日医雑誌 �������������������)武下 浩,竹内一夫,加藤浩子監修.脳死判定基準.東京:真興交易.������������)厚生省厚生科学研究費特別研究事業「小児における脳死判定基準に関する研究班」.平成��年度報告書:小児における脳死判定基準.日医雑誌 �������������������

���)厚生省厚生科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班」昭和��年度研究報告書日本医事新報 ������

������������

���)厚生省厚生科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班」昭和��年度研究報告書日本医事新報 ��������������������

���)������������������ ��������’����������������������������� ���������������������������������

����������� �������������������������������

���)日本小児科学会小児脳死臓器移植基盤整備ワーキング委員会:脳死小児から被虐待児を排除する方策に関する提言.日小児会誌 ��������������������)厚生労働省「平成��年人口動態統計」�������)内閣府大臣官房政府広報室「臓器移植に関する世論調査」�����

脳死臓器提供を経験した立場から ���

文     献

Page 8: 脳死臓器提供を経験した立場から · 2010-09-07 · たが,その少し前に心停止下腎臓提供を希望さ れた方がおられた.カニュレーション直前まで

��� 竹 上 徹 郎 ほか

竹上 徹郎� ������������� � 所属・職:京都第一赤十字病院救急部医長

 略  歴:����年�月 和歌山県立医科大学医学部卒業

      ����年�月 京都府立医科大学脳神経外科

      ����年�月 京都府立医科大学大学院脳神経外科

      ����年�月 同修了

      ����年�月 公立山城病院脳神経外科

      ����年�月 国立滋賀病院脳神経外科

      ����年��月 京都府立医科大学脳神経外科

      ����年�月 ~現職

専門分野:脳神経救急,脳神経血管内治療,小児脳神経外科

主な業績:���.�������������� �������������������������������� ��������������������������������� ������

����������� ����������������������������������������������� ���� ������������������������ �

��������������� ����������������������������� ���������������������������������� ��

�������������� � ���� ��������� ����������������� �������������������������������������

��������������� ���������������

���.�������������� ���������������������������������������� ����������������������� ���

�������������������������� ��������������������������� ����� �� ������������������ �����

����������� �����

���.丸山大輔,竹上徹郎,栗岡宏樹,濱崎公順,光藤伸人,木原美奈子,垣田清人.新生児脳室内出血

後水頭症の検討.小児の脳神経����������������.

���.������������������ ��������������������������� ��������� ������ �������������������

���������������� �������������������������������� ������������������������ ��� ���������

���������� ������������������������

著者プロフィール