防波堤構造開発検討調査 -...

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防波堤構造開発検討調査 1.業務概要 本検討では、防波堤の上部工に対してダメージ トレラント構造等の設計思想を導入し災害復旧時 の迅速且つ簡便な復旧が行える上部工構造の検討 を行うものである。 2.業務内容 2-1 波圧エネルギーの検討 通常、防波堤に作用する波力は合田式を用いた 波圧分布を算定し、安定性の検討を行う。一方、 上部工をある一定の高波浪で滑動させるようなダ メージトレラント構造の場合、本来上部工に作用 していた波圧が作用しなくなることはもとより、 に示すように防波堤が低天端になることに 図-1 より下部ケーソンに作用する波圧が低減すること が期待できる。 この波圧低減の効果を既往研究を基に調べると、 設計波については合田式に対する0.83の波力とな った。また、この波圧低減効果を考慮して上部工 が被災した場合に回避できる力積(エネルギー)を 算定すると に示すとおり20~30%となり、 図-2 波高が大きくなるほど回避できる力積の割合は大 きくなることが分かった。 図-1 上部工が移動した場合の波圧のイメージ 上部工の移動 上部工 ケーソン 上部工 上部工の 移動 低天端 合田式 低天端による波圧 の低減 上部工 ケーソン 合田式 図-2 力積算定結果 2-2 期待総費用の計算 (1)検討方法 ダメージトレラント構造を防波堤上部工に適用 した場合、 に示すように、ある一定の高波 図-3 浪時に上部工が被災しても下部ケーソンの安定を 保持するように設計された防波堤全体の初期建設 費と、上部工が被災した場合の復旧費を加えた総 費用が最低になるように防波堤断面および上部工 の大きさ、すなわち安全率を決定する必要がある。 本業務では、下迫ら(1998)の期待滑動量の概念お よび合田ら(1999)の期待総費用の概念を適用して、 最適な上部工の構造検討を行った。この期待滑動 量と期待総費用の概念は上部工の移動モデルとモ ンテカルロ法を組み合わせて、確率論的に供用期 間中の上部工の滑動量および被災回数を求め、供 用期間中の総復旧費を算定し、防波堤の初期建設 費を加えた期待総費用を算定する方法である。具 体的には に示す手順に基づき計算するもの 図-4 である。 図-3 適切な上部工構造選定の基本的なイメージ 0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 8 9 10 11 12 13 14 15 16 堤前波高Hmax(m) 力積(kN・t/波) 上部工有り 上部工なし 1年 3年 5年 10年 15年 30年 50年 40年 25年 20年 100年 回避できる 力積 上部工 合田式×0.83 (低天端による 波圧低減) 設計波(50年確率波) 現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上 合田式 上部工が被災(転落)する限界の波高 (上部工がケーソン上に残っている状態) 現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上 耐用期間中の総費用 (トータルコスト) 初期建設費 上部工が被災した 場合の復旧費 最適断面 上部工 ケーソン 上部工 合田式×0.83 (低天端による 波圧低減) 設計波(50年確率波) 現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上 ケーソン 上部工 合田式 上部工が被災(転落)する限界の波高 (上部工がケーソン上に残っている状態) 上部工 現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上 耐用期間中の総費用 (トータルコスト) 初期建設費 上部工が被災した 場合の復旧費 上部工の大きさ 費用 最適断面

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防波堤構造開発検討調査

設 計 室

1.業務概要

本検討では、防波堤の上部工に対してダメージ

トレラント構造等の設計思想を導入し災害復旧時

の迅速且つ簡便な復旧が行える上部工構造の検討

を行うものである。

2.業務内容

2-1 波圧エネルギーの検討

通常、防波堤に作用する波力は合田式を用いた

波圧分布を算定し、安定性の検討を行う。一方、

上部工をある一定の高波浪で滑動させるようなダ

メージトレラント構造の場合、本来上部工に作用

していた波圧が作用しなくなることはもとより、

に示すように防波堤が低天端になることに図-1

より下部ケーソンに作用する波圧が低減すること

が期待できる。

この波圧低減の効果を既往研究を基に調べると、

設計波については合田式に対する0.83の波力とな

った。また、この波圧低減効果を考慮して上部工

が被災した場合に回避できる力積(エネルギー)を

算定すると に示すとおり20~30%となり、図-2

波高が大きくなるほど回避できる力積の割合は大

きくなることが分かった。

図-1 上部工が移動した場合の波圧のイメージ

上部工の移動

上部工

ケーソン

上部工 上部工の移動

低天端

合田式

低天端による波圧の低減

上部工

ケーソン

合田式

図-2 力積算定結果

2-2 期待総費用の計算

(1)検討方法

ダメージトレラント構造を防波堤上部工に適用

した場合、 に示すように、ある一定の高波図-3

浪時に上部工が被災しても下部ケーソンの安定を

保持するように設計された防波堤全体の初期建設

費と、上部工が被災した場合の復旧費を加えた総

費用が最低になるように防波堤断面および上部工

の大きさ、すなわち安全率を決定する必要がある。

本業務では、下迫ら(1998)の期待滑動量の概念お

よび合田ら(1999)の期待総費用の概念を適用して、

最適な上部工の構造検討を行った。この期待滑動

量と期待総費用の概念は上部工の移動モデルとモ

ンテカルロ法を組み合わせて、確率論的に供用期

間中の上部工の滑動量および被災回数を求め、供

用期間中の総復旧費を算定し、防波堤の初期建設

費を加えた期待総費用を算定する方法である。具

体的には に示す手順に基づき計算するもの図-4

である。

図-3 適切な上部工構造選定の基本的なイメージ

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

14000

8 9 10 11 12 13 14 15 16

堤前波高Hmax(m)

力積

(kN

・t/

波)

上部工有り 上部工なし

1年

3年

5年

10年

15年

30年50年

40年

25年20年

100年

回避できる力積

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

14000

8 9 10 11 12 13 14 15 16

堤前波高Hmax(m)

力積

(kN

・t/

波)

上部工有り 上部工なし

1年

3年

5年

10年

15年

30年50年

40年

25年20年

100年

回避できる力積

上部工

ケーソン

上部工

合田式×0.83(低天端による波圧低減)

設計波(50年確率波)

現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上

ケーソン

上部工

合田式

上部工が被災(転落)する限界の波高(上部工がケーソン上に残っている状態)

上部工

現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上

耐用期間中の総費用

(トータルコスト)

初期建設費

上部工が被災した

場合の復旧費

上部工の大きさ

費用

最適断面

上部工

ケーソン

上部工

合田式×0.83(低天端による波圧低減)

設計波(50年確率波)

現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上

ケーソン

上部工

合田式

上部工が被災(転落)する限界の波高(上部工がケーソン上に残っている状態)

上部工

現行基準を満足 滑動安全率 1.2以上 転倒安全率 1.2以上 地盤支持力安全率 1.0以上

耐用期間中の総費用

(トータルコスト)

初期建設費

上部工が被災した

場合の復旧費

上部工の大きさ

費用

最適断面

図-4 期待滑動量、期待被災回数、期待総費用の計算手順

(2)検討結果

は、上部工幅bを変化させた場合の供用期図-5

間中の期待滑動量および期待被災(転落)回数を算

定した結果である。これによると、上部工をコン

クリートとした場合、b=5.5mでは期待被災回数

は約41回であり、供用期間50年のうち約8割に相

当する年で被災が発生することになる。一方、b=

15.5mとした場合には、被災回数は0.002回であり

ほとんど被災しないことになる。この結果から、

現実的な被災回数となる上部工幅bは、8.5m~10.

5mであると考えられる。上部工を石かごとした場

合についても、コンクリートの場合と同様に現実

的な被災回数となる上部工幅bは、8.5m~11.5m

であると考えられる。

図-5 上部工幅と期待被災回数

の期待被災回数の結果に基づいて、上部図-5

工が被災(転落)した場合の期待総費用の算定を行

った。上部工の製作および復旧方法は、以下の4

ケースを想定した。

防波堤前面での H1/3,T1/3

波浪変形計算

一時化による滑動量,

上部工の被災(転落)の有無

高波(沖波)の推算 H0,T0

潮位の設定

水平波力PH 揚圧力PU

レーリー分布

合田式

1 波群の総和

50 年間の総和

1 波での滑動量

1 波群の

繰り返し計算

(1 回の時化)

復旧費の算定

50 年間の

繰り返し計算

(耐用期間)

期待被災回数も

しくは期待滑動量

+

期待総費用

初期建設費 期待復旧費

乱数を考えた

繰り返し計算

(5,000 回)

耐用期間中の総滑動量、

総被災回数および総復旧費の算定

1 波ごとの波浪 H,T

滑動モデル

の部分に推定誤差

および出現分布に対応した乱数を与える

1年間の繰り

返し計算

時化回数:

3回/年

1年間の滑動量,

上部工の被災(転落)の有無

0

10

20

30

40

50

4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 14.0 16.0

上部工幅b(m)

期待

被災

回数

(回)

上部工:コンクリート 上部工:石かご

【計算条件】

は上部工幅bを変化させた場合の初期建設図-6

費、期待復旧費および期待総費用を算定した結果

である。

Case1とCase2の復旧方法では、上部工幅b=13.

5mで期待総費用が最低となるが、現設計防波堤の

建設費より高価になる。このため、この復旧方法

ではダメージトレラント構造が成立しない。

Case3の復旧方法では、上部工幅b=8.5m~11.5

mで期待総費用が現設計防波堤の建設費より安価

となり、期待被災回数も数回~10数回程度の現実

的な被災回数となる。このため上部工にダメージ

トレラント構造を採用するメリットがあると考え

られるが、現設計防波堤の建設費との差は約0.5百

万円/mとなり、現設計防波堤に比べ約2.0%のコ

スト低減が図れる。

Case4の復旧方法では、上部工幅bが11.5mで期待

総費用が最低となり現設計防波堤の建設費に比べ

て約0.6百万円/mとなり、現設計防波堤に比べ2.2

%のコスト低減が図れる。また、石かごの上部工

幅b=11.5mの場合、 のとおり期待被災回数図-5

は約1.5回となり、供用年数にすると概ね30年の耐

久性を有する必要があり、石かごの耐久性に問題

があると考えられる。

なお、上部工をコンクリートとした場合、期待

総費用が現設計防波堤の建設費を下回る上部工幅b

=8.5m~11.5mを50年確率波に対する滑動安全率

で表すと0.57~0.77となる。上部工を石かごとし

た場合、コンクリートの場合と同様に期待総費用

が現設計防波堤の建設費を下回る上部工幅b=11.5

m~15.5mを50年確率波に対する滑動安全率で表

すと0.67~0.90となる。

図-6(1) 上部工幅と費用の関係(Case3)

Case1:上部工をコンクリートで製作し、被災(転落)した場合には新たに上部工を製作して設置するとともに、転落した上部工を撤去する。

Case2:上部工をコンクリートで製作し、被災(転落)した場合には新たに上部工を製作して設置するが、転落した上部工は放置しておく。

Case3:上部工をコンクリートで製作し、被災(転落)した上部工を引き上げ、それを元の位置に置き直す。

Case4:上部工を石かごで製作し、被災(転落)した場合には新たに上部工を製作して設置する。その場合、被災した石かご(石かご内の石)をグラブ船で回収して(引き上げて)、新たに製作する上部工(石かご)の材料として用いる。

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5

10

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20

25

30

35

40

4 6 8 10 12 14 16

上部工幅b(m)

費用

(百

万円

/m

初期建設費 期待復旧費 期待総費用 現設計防波堤建設費B=27.1m

Case3 現設計防波堤より安価

図-6(2) 上部工幅と費用の関係(Case4)

2-3 安全性の検討

ダメージトレラント構造を防波堤の上部工に適

用する場合、上部工が移動した後の下部ケーソン

が安定を保つことは当然のことであるが、移動す

る上部工が他の部材に影響を与えないで移動する

ことも重要な要求項目になる。防波堤に波が衝突

した場合に大きく飛び跳ねる複雑な水の動きに伴

って上部工が移動することが予想されるため、粒

子法(MPS法)を適用した上部工の移動シミュレ

ーションを実施し、安全性の検討を行った。

粒子法による上部工の移動シミュレーションを実

施する波浪条件は、50年確率波の最大波H とし、max

計算を行うケーソン幅および上部工幅は、以下に

示す3ケースについて行った。

【計算条件】

50年確率波 H =15.2m T=14.0s (防波堤前面波)max

の粒子法による上部工の移動シミュレー図-7

ション結果を見ると、いずれのケースでも上部工

はケーソン(下部工)上面を比較的滑らかに移動し、

防波堤に衝突した波浪によって上部工が回転した

り、跳ね上ることはない。また、水中落下時も、

ケーソン(下部工)背面に上部工が当たることはな

いことがわかる。

したがって、上部工の移動がケーソン(下部工)

等の他の部材に大きく影響を及ぼすことはなく、

他の部材の安全性は確保できるものと考えられる。

しかしながら、上部工がマウンド上に着底する

際には、比較的速いスピードで衝突する場合が見

られる(特に上部工幅b=8.5mの上部工前置き)。

このことから、上部工そのものがマウンド着底時

にひび割れや破壊を起こすことが懸念される。ま

た、同時にマウンドにも何らかの影響を及ぼすこ

とが懸念される。

0

5

10

15

20

25

30

35

40

4 6 8 10 12 14 16

上部工幅b(m)

費用

(百

万円

/m

)初期建設費 期待復旧費 期待総費用 現設計防波堤建設費B=27.1m

Case4 現設計防波堤より安価

ケーソン幅B=20.0m 上部工幅b=5.5m 上部工前置きケーソン幅B=20.0m 上部工幅b=8.5m 上部工前置きケーソン幅B=20.0m 上部工幅b=8.5m 上部工中央置き

(上部工幅 b=8.5m、上部工前置き)(上部工幅 b=8.5m、上部工中央置き)

図-7 粒子法による上部工移動シミュレーション

2-4 費用対効果の検討

の検討結果より、期待総費用が現状設計2-2

防波堤の建設費を下回る(ダメージトレラント)の

は以下のとおりである。

Case3の場合、上部工幅b=8.5m~11.5mの費

用対効果は若干ばらつきがあるものの、0.3百万円

/m~0.5百万円/mであり、上部工をダメージトレ

ラント構造とすることによる一定の効果は表れる

ことが分かった。

一方、Case4の場合は、上部工幅b=11.5mの時

に約0.6百万円/mの費用対効果が期待できる。ま

た、上部工幅b=12.5m以上では費用対効果が低減

するが、現設計防波堤よりは安価となる。単純な

費用対効果の比較を行うと、Case4の上部工幅b=

11.5mが効果的であるが、 に示すとおり、図-5

この時の期待被災回数は約1.5回で供用年数にする

と約30年の耐久性を必要とし、ダメージトレラン

ト構造による設計思想からは少し逸脱するものと

考えられる。

ダメージトレラント構造の設計思想を効果的に

取り入れる構造を考えた場合、5年から10年に1

度は被災するような、Case3の上部工幅b=8.5m

から10.5mのものが適した構造であることが分か

った。

上部工:コンクリート 幅 b=8.5m~11.5m(Case3):石かご 幅 b=11.5m~15.5m(Case4)

図-8 現設計防波堤

図-9 ダメージトレラント構造を適用した防波堤構造案

項目 安全率

滑動 1.22≧1.20

転倒 1.70≧1.20

地盤支持力(簡易ビショップ法)

1.00≧1.00

設計条件

H1/3=7.6m

HD=13.7m

周 期 T1/3=13.2sec

海底勾配 θ=1/100

防波堤前面波高

3.実現に向けての課題

以上の検討結果を踏まえ、防波堤上部工に対し

てダメージトレラント構造を実際に導入するため

の課題を示す。

(1)水理模型実験の実施

上部工が被災(転落)する現象をある程度の精

度で再現できる数値計算として、粒子法(MPS

法)を適用した。しかしながら、上部工の挙動等

以下に示す内容を精度良く解明するためには、

水理模型実験により確認することが望ましい。

①高波浪来襲時の上部工の挙動把握

②滑動モデルおよび粒子法(MPS法)による

計算方法の妥当性評価

③上部工被災後の低天端状態での波圧低減効

果の把握および検証

④斜め入射波に対する上部工の挙動把握

(2)上部工が被災した場合の港内静穏度に与える

影響と経済的損失の検討

(3)摩擦係数による検討

期待滑動量および期待被災(転落)回数の検討

においては、動摩擦係数の正確な値が既往研究

では明らかでないため静止摩擦係数を用いてい

るが、より精度良く検討するため、動摩擦係数

を用いて検討することが望ましい。

(4)施工による検討

今回の検討においては、上部工が被災(転落)

した場合にはそれを回収(再利用)すると仮定し

た場合のみダメージトレラント構造が成立して

いるが、実際の施工においては以下についても

課題と考えられる。

①上部工被災後の回収方法の検討

②上部工転落後のリサイクル率向上の検討

③ストッパー等の設置による転落回数低減の

検討

4.まとめ

今回の検討においては、上部工をコンクリート

および石かごとし、上部工幅を8.5~15.5m程度と

することにより、期待総費用が現設計防波堤の建

設費を下回り、ダメージトレラント構造が成立す

ることがわかった。また、上部工移動時の安全性

の検討を行うため、粒子法(MPS法)により上部

工の移動シミュレーションを実施した結果、上部

工がケーソン(下部工)等の他の部材に大きな影響

を与えないことがわかった。

今後は、仮定での施工方法の検討や港内静穏度

による影響等について、引き続き実現に向けて検

討を進めていきたいと考えている。