高齢入院患者における発熱の出現頻度と その持続日...

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1079 高齢入院患者 における発熱の出現頻度 と そ の 持 続 日数 に つ い て の検 討 九州大学総合診療部1),医療法人原土井病院臨床研究部2) 池松 秀 之1)2)山 滋2)鍋 篤 子1)2)山 路 浩 三 郎1) 角田 恭 治1)上 野 久 美 子1)林 純1)原 寛2) 白井 洗2)柏 木 征 三 郎1) (平成8年6月10日 受 付) (平成8年7月31日 受 理) Key words : elderly, hospitalized patients, fever, nosocomical infection 院内感染対策の 一環 として,高 齢 入 院 患 者 に お け る発 熱 の 特 徴 を 検 討 す る た め に,F市 内 のH病 院で 院 内 感 染 対 策 委 員 会 を設 置 し,1991年5月 か ら1994年12月 ま で に 登 録 され た,60歳 以上の入院患者にお け る,37.5℃ 以 上 の 発 熱6,809件 につ い て検 討 した. 平 均 月 間 発 熱 登 録 件 数 は,1991年157.1件,1992年165.3件,1993年158.0件,1994年139.3件 と1994年 に は著 し く減 少 し て い た.1件 あ た りの 平 均 発 熱 持 続 日 数 は1991年 か ら1994年 まで そ れ ぞ れ8.0日,6.5 日,7.6日,6.7日 で あ り有 意 な変 化 は 認 め ら れ な か っ た.平 均 月 間 発 熱 登 録 件 数 及 び 平 均 発 熱 持 続 日数 と平 均 気 温 ま た は,平 均 湿度 との間 に明 らか な関連 は認 め られ なか った. 発 熱 持 続 日数 の 分 布 は,1日 の み が 全 体 の47.5%で,月 別 頻 度 で も,1日 のみの頻度がすべての月で 最 も多 く,37.1~56.2%で,明 らか な 季 節 変 動 は認 め られ な か っ た.発 熱 期 間 が1日 の み の もの が 多 い 事 実 は,今 回対象 とした高齢入院患者 における発熱の特徴 の一つと思われた. 院 内 感 染 対 策 委 員 会 の 設 置 及 び そ の 院 内感 染 抑 制 の た め の活 動 が,発 熱 件 数 の 減 少 に,寄 与する可能 性 が 示 唆 さ れ た.高 齢 入 院 患 者 の 発 熱 で,発 熱 期 間 が1日 のみが多数 を占めたが,そ の原因や対策 につ い て は,さ ら に 検 討 が 必 要 と思 わ れ た. 近 年 入 院 患 者 の高 齢 化 は急 速 に 進 行 し て い る. 今 後 本 邦 に お け る超 高齢 化 社 会 の 到 来 は,さ らに この 傾 向 を進 行 させ る と推 測 さ れ る.高 齢入院患 者 の ほ とん ど は何 らか の 基 礎 疾 患 を有 し て お り, 加齢による免疫能の低下と相まっていわゆる Compromisedhostと な っ て い る こ とが 考 え ら れ,感 染症 はその主要な死因 となっていることが 推 定 され る.ま た,近 年 各 種 抗 生 剤 に対 す る耐 性 菌 の 出 現 が 報 告 され,特 にメチシリン耐性ブ ドウ 球 菌(MRSA)に よ る院 内感 染 は,社 会的 に も大 きな問題 となって いる1)~5).しか しなが ら,高 齢入 院 患 者 に お け る感 染 症 の 実 態 に関 す る報 告 は少 な い. 発 熱 は,高 齢 者 に お い て も客 観 的 に評 価 を行 う こ とが で き る 身体 症 状 で あ る.発 熱 を来 す 疾 患 は, 多数存在するが,そ の 中 で 最 も一 般 的 で あ り,日, 常診 療 に強 く関与 す る原 因 は,感 染 症 と考 え られ る.院 内 感 染 の 調 査 を行 うた め の手 段 と して,発 熱 患 者 の 発 生 状 況 の 調 査 は有 用 な手 段 と考 え られ る. 我 々 は,F市 内 の 高齢 者 が 入 院 患 者 の多 数 を 占 別 刷請 求 先:(〒813)福 岡 市東 区青 葉6丁 目40―8 原土井病院臨床研究部 池松 秀之 平 成8年10月20日

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1079

高齢入院患者 における発熱の出現頻度 と

その持続 日数 についての検討

九州大学総合診療部1),医療法人原土井病院臨床研究部2)

池松 秀 之1)2)山 家 滋2)鍋 島 篤 子1)2)山 路 浩 三郎1)

角 田 恭 治1)上 野 久美 子1)林 純1)原 寛2)

白井 洗2)柏 木征 三 郎1)

(平成8年6月10日 受付)

(平成8年7月31日 受理)

Key words : elderly, hospitalized patients, fever,

nosocomical infection

要 旨

院 内感染 対策 の 一環 として,高 齢 入 院患者 にお け る発熱 の特 徴 を検討 す るた め に,F市 内 のH病 院 で

院 内感 染対 策委 員会 を設 置 し,1991年5月 か ら1994年12月 まで に登録 され た,60歳 以 上 の入院 患者 にお

け る,37.5℃ 以 上 の発熱6,809件 につ い て検 討 した.

平均 月 間発熱 登録 件数 は,1991年157.1件,1992年165.3件,1993年158.0件,1994年139.3件 と1994年

に は著 し く減少 してい た.1件 あた りの平 均発 熱持続 日数 は1991年 か ら1994年 まで それ ぞれ8.0日,6.5

日,7.6日,6.7日 で あ り有意 な変 化 は認 め られな か った.平 均 月間発 熱登録 件数 及 び平均 発熱 持続 日数

と平均 気温 また は,平 均 湿度 との間 に明 らか な関連 は認 め られ なか った.

発熱 持続 日数 の分 布 は,1日 のみが 全体 の47.5%で,月 別頻 度 で も,1日 の みの頻 度 がすべ て の月 で

最 も多 く,37.1~56.2%で,明 らか な季節 変動 は認 め られ なか った.発 熱期 間 が1日 の みの ものが 多 い

事 実 は,今 回対 象 とした高齢 入院 患者 にお ける発熱 の特徴 の一 つ と思 われ た.

院 内感染 対策 委員 会 の設置 及 びそ の院 内感 染 抑制 のた め の活 動 が,発 熱件 数 の減少 に,寄 与 す る可能

性 が示 唆 され た.高 齢入 院 患者 の発熱 で,発 熱 期 間が1日 のみが 多数 を占めた が,そ の原 因 や対策 につ

いて は,さ らに検討 が必 要 と思 われ た.

序 文

近年入院患者の高齢化は急速に進行している.

今後本邦における超高齢化社会の到来は,さ らに

この傾向を進行させ ると推測される.高 齢入院患

者のほとんどは何 らかの基礎疾患を有してお り,

加齢 によ る免疫能 の低下 と相 まっていわ ゆ る

Compromisedhostと なってい るこ とが考 えら

れ,感 染症 はその主要な死因 となっていることが

推定される.ま た,近 年各種抗生剤に対す る耐性

菌の出現が報告され,特 にメチシリン耐性ブ ドウ

球菌(MRSA)に よる院内感染は,社 会的にも大

きな問題 となっている1)~5).しかしながら,高 齢入

院患者における感染症の実態に関する報告は少な

い.

発熱は,高 齢者においても客観的に評価を行 う

ことができる身体症状である.発熱 を来す疾患は,

多数存在するが,そ の中で最も一般的であ り,日,

常診療に強 く関与する原因は,感 染症 と考えられ

る.院 内感染の調査を行 うための手段 として,発

熱患者の発生状況の調査は有用な手段 と考えられ

る.

我々は,F市 内の高齢者が入院患者の多数を占別刷請求先:(〒813)福 岡市東 区青葉6丁 目40―8

原土井病院臨床研究部 池松 秀之

平成8年10月20日

1080 池松 秀之 他

Table 1 Age and sex distribution of patients

hospitalized in the referred hospital in December

1994

めるH病 院にて,院 内感染対策委員会を設置 し,

1991年5月 より継続的に高齢入院患者における発

熱 について調査を行って来た.今 回3年8カ 月間

の観察期間中の高齢入院患者における発熱出現頻

度及び季節変動,発 熱持続 日数の分布 とその変化

について検討 した成績 を,若 干の考察を加えて報

告する.

対象と方法

1.対 象

F市 内の定床556のH病 院に1カ 月以上入院 し

た60歳 以上の患者を対象 とした.1994年12月 の入

院患者の性別年齢別構成 をTable1に 示す.入 院

患者の平均年齢 は79.2歳 で,年 齢別では,80歳 台

が47.0%と 最 も多 く,次 いで70歳 台が24.6%で 両

者で全体の7割 を占めていた.男 女比 は1:2.5で

平均年齢 は男性74.2歳,女 性81.2歳 であった.今

回の検討では,入 院患者中,癌 化学療法 目的の患

者,術 後1カ 月以内の患者,イ ンターフェロン治

療患者 は対象より除外した.こ の観察期間中,対

象病院の診療科目や診療内容,入 院患者数 に大き

な変化は見られていない.

2.調 査方法

37.5℃ 以上の発熱が見られた患者の氏名 を病棟

ごとに毎朝報告することを義務づけた.院 内感染

対策委員会ではこれ らの患者氏名 を確認 し,前 日

までの報告 との比較を行 った.解 析 を容易にする

ために発熱エピソー ドの定義を行い,こ れを一つ

の解析単位 とした.発 熱エピソー ドの定義は7日

以上の非有熱期 の後 に37.5℃ 以上 の発熱 を来 た

Fig. 1 Definition of an episode. Onset of an epi-

sode is defined as the first day when a fever is

observed after a non febrile period of over seven

days. The end of an episode is defined as the last

day after which fever is not observed for more

than seven days.

Episode 1 Episode 2

し,次 に7日 以上の非有熱期を得 るまでを一つの

エピソー ドとした(Fig.1) .発 熱初 日が見 られた

当月をそのエピソー ドが属する月とした.臨 床症

状の有無や臨床検査異常値の有無 はエピソー ドの

登録及びその持続日数決定の際には考慮に入れな

かった.1991年5月1日 から1994年12月31日 まで

に出現し,1995年3月 末日までに終了 した6,809エ

ピソー ドについて今回の解析 を行った.

3.気 温及び湿度

気象台より出されたF市 の各月の平均気温,平

均最高気温,平 均最低気温,平 均湿度 をその月の

値 として用いた.

成 績

1.発 熱エピソー ドの月別登録件数

1991年5月 より1994年12月 までの月間発熱エ ピ

ソー ド登録件数をTable 2に 示す.月 間の登録件

数は116件 か ら196件 と各月ごとにかなりの差が認

められた.1月 から12月 における,発 熱エピソー

ド件数の月別の平均は,3月 の175.0件 が最高で,

9月 の137.5件 が最低であった.し か し,3月 の発

熱エピソー ド件数は,1992年,1993年,1994年 と

もその年度での最高ではなかった.ま た,9月 の

発熱エピソー ド件数は,1991年,1993年 で最低で

あったが,1992年 と1994年 では,そ の年度での最

低 とはなっていなかった.年 度により,月 間発熱

エピソー ド登録件数の月別分布様式 は異なってい

た.

各年度ごとの平均月間発熱エピソー ド数は1992

感染症学雑誌 第70巻 第10号

高齢入院患者 にお ける発熱 1081

Table 2 Number of fever episodes in each month from May 1991 to December 1994

Number of the episodes per month

年の165.3件 が最高で,1994年 は139.3件 と減少し

ていた.各 月の前年同月比を見 ると,ほ とんどの

月で減少 していたが,増加が見 られ る月もあった.

特定の月 に著 しい減少が毎年見 られる事はなかっ

た.発 熱エピソー ドの原因 としては,臨 床症状及

び経過,白 血球増加,CRP上 昇のいずれかより,

感染症 と考 えられ るものが,9割 以上を占めてい

た.感 染症では,臨 床的に,尿 路感染症 と考えら

れるものが約2割,下 気道炎 と考えられるものが

約2割,上 気道炎 と考 えられるものが約2割 で

あった.

1992年2月,3月 にインフルエンザの院内流行

が確認されているが,こ の2カ 月の発熱件数はこ

の年の平均値より高値であった.1992年5月,6

月にも発熱件数の増加が見 られた.こ の時期に下

痢 を中心 とする消化器症状を呈する患者が多数認

め られたが,そ の原因を明 らかにする事 は,出 来

なかった.1993年1月 にもインフルエ ンザの流行

が見 られ,こ の月の発熱件数は196件 で,こ の年の

最高値であり,平均値 より20%以 上高値であった.

これ らの成績 より,イ ンフルエンザの流行 は,高

齢入院患者の発熱件数を増加 させる重要な因子で

あることが確認 された.1994年 にはインフルエ ン

ザの流行 は確認 されておらず,1994年 の発熱件数

が少ない要因の一つ と考えられたが,5月 か ら12

月で各年度を比較 しても,1994年 の発熱件数は最

も少な く,1994年 には発熱件数がそれ以前に比 し

減少 していた と考 えられた.

2.気 候 との関連

各月の登録された発熱エピソー ド件数 と各月の

平均気温,平 均最高気温,平 均最低気温,平 均湿

度 との関連 をFig.2に 示す.発 熱件数 とその月の

気温 ・湿度 との問には統計学的に有意な相関は認

められなかった.

3.発 熱エピソー ド持続 日数

各月の登録 された発熱エピソー ドの平均発熱持

続 日数の解析では,長 期間の発熱症例の有無によ

りその月の平均値が変動することにより,そ の影

響を軽 くするために,持 続日数が22日 以上の発熱

は,今 回全例25日 として解析 した.そ の結果 を

Table3に 示す.1991年 より1994年 の各年度の発

熱持続 日数 は8.0日,6.5日,7.6日,6.7日 で登録

件数の減少 とは対照的に大 きな変化 は見 られな

かった.各 月の平均値 は4.5日 か ら10.5日 に分布

し,一 定の傾向を見いだす ことは出来なかった.

発熱エピソー ドの持続 日数 と気候 との間には統計

学的に有意な相関は認められなかった.

4.発 熱エ ピソー ド持続 日数の分布

発熱エピソー ド持続 日数 は,持 続 日数1日 が

45.7%,次 いで2~7日 が30.2%,8~14日 が

10.4%,15日 以上が11.8%で あり,持 続 日数1日

が最 も多かった.1994年5月 から1994年12月 まで

の1日 のみの発熱の症例では,臨 床症状および検

査成績から,臨 床的に尿路感染症 と考えられるも

のが約3割,上 気道炎と考えられるものが約2割

であった.

各月の発熱エ ピソー ド持続 日数 の分布 をFig.

3に 示す.す べての月で持続 日数1日 が最も多 く,

次いで2~7日,8~14日,15日 以上の順であっ

た.各 月の発熱持続 日数の分布 には若干の差が見

平成8年10月20日

1082 池松 秀之 他

Fig. 2 Correlation between climate and an incidence of episodes. Number of

observed episodes in each month showed no significant association with aver-

age monthly tempareture (A), monthly average of high tempareture for each

day (B), monthly average of low tempareture for each day (C), nor monthly

mean humidity.

A

C

B

D

られた もののその分布様式 は極 めて類似 してい

た.発 熱持続 日数の分布様式には,明 らかな季節

変動 は見 られなかった.イ ンフルエンザ流行月に

おいて もその分布 に著 しい変化 は見 られなかっ

た.こ の成績 より,高 齢入院患者の発熱では,持

続 日数1日 のみの ものが最も多 く全体の4割 以上

を占めていると考えられた.

考 察

発熱は,高 齢入院患者において非常 に一般的な

兆候の一つである.実 際今回の検討でも,556床 の

病院で月150件 程度の発熱エ ピソー ドが認め られ

てお り,実 に高齢入院患者の4人 に1人 が,月1

感染症学雑誌 第70巻 第10号

高齢入院患者における発熱 1083

Table 3 Average duration of fever episodes for each month

Average duration of the episodes, days

Fig. 3 Distribution of episode duration. Episodes were stratified according to the

duration of episode; durations are described as one day (black bar), from two

to seven days (hetched bar), from eight to fourteen days (bright gray bar), and

over fifteen days (gray bar).

回程度の発熱 を来 していることになる.従 って発

熱の予防は,高 齢者が入院患者の多数を占める病

院において重要な課題であると考 えられる.

月別の発熱登録件数は夏期に比 し冬期にやや多

い傾向が認められたが,6月,7月,8月 に発熱

件数の多い年 も見 られた.気 候 との関連について

はうつ熱などの可能性が予想されたが今回検討 し

た範囲では,発 熱患者発生頻度 と気候 との間に有

意の相関は,見 いだされなかった.こ の理由とし

て,現 在病室には空調が設備 され,屋 外の環境に

関係な く,室 内環境が比較的一定に保たれている

ことが考えられる.気 候 と発熱 との関連について

検討する為には,今 後,屋 外の環境のみならず,

病室内の温度 ・湿度 ・風量等の連続測定 も必要で

あると思われる.

高齢入院患者 においてインフルエ ンザは重要な

院内感染症である.イ ンフルエンザは高齢者にお

いては重症化 しやす く,肺 炎合併率が高 く,時 に

平成8年10月20日

1084 池松 秀之 他

死因 となることを以前 に報告 した6)7).今回の観察

期間中にも2度 のインフルエンザの流行を経験 し

た.特 に1993年1月 のインフルエンザ流行時の発

熱件数は,そ の年の最高値を示 し,平均値より20%

以上増加 してお り,イ ンフルエ ンザは,発 熱件数

増加の重要な因子の一つであると考 えられた.イ

ンフルエンザワクチンは高齢者において有用な発

熱頻度抑制 の方法 として考慮され るべ きで あろ

う.

今回の観察期間中に,発 熱件数は漸減傾向を示

した.発 熱持続 日数やその分布 には,著 しい変化

が見 られなかったことより,あ る特定の発熱要因

が減少 した と考えるより,む しろ全体的に減少 し

て来ていると考えられる.観 察開始時に,院 内感

染対策委員会を設置 した意義 も大 きかった可能性

が考えられる.院 内感染対策 として,1)消 毒方法

の標準化,2)手 洗い消毒の徹底,3)学 習会 によ

る医療従事者の知識向上,4)感 染源 となる物の

取 り扱い方法の改善などを行った.ま た感染症 と

思われる症例 に対 して,細菌培養 を積極的に行 い,

起炎菌の同定 に努めると共 に,抗 生剤の使用を慎

重に行 うように努めた.以 上の活動は,一 般的に

MRSAを 中心 とした院内感染の予防に重要であ

ると考 えられてお り8)~10),今回見 られた発熱件数

の減少が院内感染対策の効果であった ことが期待

される.

発熱の持続期間の分布の検討により,高 齢入院

患者の発熱 においてはその持続期間が1日 のみの

ものが4割 以上 を占めているという実態が明 らか

となった.持 続期間が1日 のみの発熱は季節を問

わず,か なり高頻度に見 られる.1日 のみの発熱

の原因は,現 在明らかではないが,白 血球増加や

CRP上 昇が出現する例が多数を占めることから,

中枢性の体温調節機構 の障害などよりも,感 染症

が主要な原因 と考えられる.実 際,限 定 された期

間の1日 のみの発熱の症例で,臨 床的に尿路感染

症 と考えられるものが約3割 に見 られ,上 気道炎

と考えられるものが約2割 に見 られている.高 齢

入院患者は何 らかの合併症 を有 してお り,特 に脳

血管障害は今回対象において も最 も重要な基礎疾

患であった.従 って,こ れらの患者は加齢による

免疫低下の影響のみならず基礎疾患の存在 により一般成人に比 し,易 感染症 の状態 におかれている

と考えられる.し か し,主 要な原因が,感 染症で

あるとすると,何 故,発 熱の持続期間が1日 のみ

であるものが多数見 られるのかについては,不 明

である.白 血球増加やCRP上 昇 を認める症例中

に,解 熱剤や消炎剤,抗 生剤の投与 を受けずに,

解熱する症例 も少なか らず見 られている.高 齢入

院患者 はその身体状況の変化 より,一 般成人に比

し,感 染症に対 し発熱が出現 しにくくなっている

可能性 も考えられる.今 後,こ れ らの病因 ・病態

の解明が必要であると考えられる.ま た,こ の持

続期間が1日 のみの発熱の多発 という特徴が,今

回の対象 に固有のものであるか,あ るいは,普 遍

的なものであるかについては,さ らに他集団にお

ける調査が必要であると考えられる.

謝辞 院内感染サーベイランスに御協力下さった諸先生

並びに看護部門の方々,今 回の論文の作成に協力頂いた岸

原尚美氏に深謝いたします.

文 献1) Barrett FF, McGehee RF, Finland M:

Methicillin-resistant Staphylococcus at Boston

City Hospital. New Engl Med 1968; 279-441.

2) Crossley K, Loesch D, Landesman B, Mead K,

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caused by strains of Staphylococcus aureus resis-

tant to methicillin and aminoglycosides. J

Infect Dis 1979; 139: 273-279.

3) Linneman CC Jr, Moore P, Staneck JL, Pfaller

MA: Reemergence of epidemic mehicillin-

resistant Staphylococcus auteus in a general

hospital associated with changing sta-

phylococal strains. Am J Med 1991; 91: 238S.

4) 島 田 馨, 安 達 桂 子, 田中 喜 久子, 他: セ フ ェ ム

を含 む多 剤耐 性 黄 色 ブ ドウ球 菌 の分 離状 況 と41抗

菌 剤 に対 す る感 受性. Chemotherapy 1983; 31:

835-841.

5) 永 武 毅, 松 本慶 蔵, 宍 戸 晴美, 他: 老人 病 院 に

お け る細 菌 性 肺 炎 と褥瘡 感染 の起 炎 菌 に 関す る検

討 (第1報) 院 内感 染 菌 として のMRSA. Chemo.

therapy 1986; 34: 240-249.

6) Kashiwgi S, Ikematsu H, Hayashi J, NomuraH, Kajiyama W, Kaji M : An outbreak ofinfluenza A (H3N2) in a hospital for the elderlywith emphasis on pulmonary complication. Jpn

J Med 1988; 27: 177-182.7) 鍋 島 篤 子, 池 松 秀 之, 山 家 滋, 林 純, 原

感染症学雑誌 第70巻 第10号

高齢入院患者 における発熱 1085

寛, 柏木征三郎: 高齢者 におけるインフルエ ンザ

についての研究. 1992年 度院内流行の解析. 感染

症誌1996; 70: 801-807。

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染症 とその対策に関する研究-特 に発病 メカニズ

ム, 化学療法剤選択 による年次的 コアグラーゼ型

別変化 と病院環境改善 の成果-. Chemotherapy

1993; 41: 239-249.

9) 那 須 勝: MRSAの 院 内 感 染 対 策. 日 内 会 誌

1992; 81: 1657-1661.

10) 真 崎宏 則, 吉嶺 裕 之, 渡辺 浩, 他: 老 人病 棟 に

お け る院 内 感染 対 策 継 続 に よ る菌血 症 お よび 院 内

肺 炎 の減 少 と起 炎 菌 の 変貌. 感 染症 誌1995; 69:

390-397.

Incidence and Duration of Febrile Episodes in a Hospitalized Geriatric Cohort

Hideyuki IKEMATSU1)2), Shigeru YAMAGA2), Atsuko NABESHIMA1)2),Kouzaburo YAMAJI1), Kyouji KAKUDAI), Kumiko UENO1),

Jun HAYASHI°, Hiroshi HARA2), Takeshi SHIRAI2)& Seizaburo KASHIWAGII)

1)Department of General Medicine, Kyushu University Hospital2)Department of Clinical Research , Hara-Doi Hospital

Fever is a common and important clinical symptom observed among hospitalized geriatric

patients.To investigate the frequency and duration of fever episodes, we surveyed fever episodesin a hospital where the frequency of patients over 60 years of age exceeds 90 per cent of the

patients. Fever episodes with body temperature of over 37.5°C were registered from May in 1991to December in 1994, and 6809 episodes were subjected to anlaysis. The average incidences per

month were 157.1, 165.3, 158.0, and 139.3 in 1991, 1992, 1993, and 1994, respectively. The numbers

of episodes per month did not show any significant correlation with temperature or humidity.Average duration of the episodes were 8.0, 6.5, 7.6, and 6.7 days for 1991, 1992, 1993, and 1994,

respectively. Episodes of one day duration were the most frequent in all months, and thefrequencies of that ranged from 37.1% to 58.6% with a mean of 47.8%. The average duration

of episodes and the frequency of one day episodes did not change significantly irrespective of a

notable decrease in the total incidence. The high frequency of one day episodes and their

consistency through the observed period suggest that fevers with one day duration are one of thecharacteristic features of the febrile symptoms in geriatric patients. Causality and prevention

methods for these one day fever episoders should be investigated.

平成8年10月20日