公開買付けに関する諸論点① -公開買付けにおける応募契約に ... · 2020. 8....

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©Anderson Mori & Tomotsune 2020 年 8 月 公開買付けに関する諸論点① -公開買付けにおける応募契約に関する実務上の留意点- 弁護士 飛岡 和明 / 弁護士 菅 隆浩 / 弁護士 牧 大祐 / 弁護士 三国谷 亮太 上場会社をはじめとする有価証券報告書提出会社の株式を一定割合以上取得する場合には、公開買付けが 必要になります。公開買付けによる株式の取得には、株式譲渡契約に基づく非上場会社の株式の取得とは異な る種々の論点が存在します。そのような種々の論点のうち、まだ文献その他で十分に説明・議論されていないもの の、実務上実際に公開買付けを行う上で問題になりうる事項について、「公開買付けに関する諸論点」としてシリー ズで継続的に説明をしていく予定です。 今回は、公開買付けを実施する買付者とその公開買付けに応募する株主との間で締結する応募契約に関する 実務上の留意点について説明していきます。 公開買付けを実施しようとする者(「買付者」)は、公開買付けの成立の可能性を高めるために、公開買付けの開 始前に、公開買付けの対象とする株式の発行会社(「対象会社」)の大株主(「応募株主」)との間で、買付者が一 定の条件にて公開買付けを開始した場合に応募株主が当該公開買付けに応募することを義務付ける応募契約 を締結することがあります。応募契約は、株式の取得を目的とするという点において、株式譲渡契約とその性質が 類似しているものの、相対取引ではなく、原則として他の株主からも広く買い集めることを企図とした公開買付けを 通じて株式を取得すること目的とするため、一般の株式譲渡契約では問題となりにくい留意点が複数存在するた め、本レターではその概要について記載することとします。 なお、応募契約は、①応募株主が自身の保有する対象会社株式を売却することを企図している文脈において 作成される場合(応募株主主導)、②買付者が応募株主に対して対象会社株式の売却を依頼する文脈において 作成される場合(買付者主導)の 2 つに大きく分かれますが、以下では、より一般的な場面である②の場面を念頭 M&A NEWSLETTER Contents 応募株主が買付者より応募契約の締結の打診を受けた場合の留意点(インサイダー情報 の管理体制の構築) 応募契約の交渉を行うにあたっての留意点 応募契約の内容に関する留意点 応募契約の締結にあたっての留意点 応募株主による公開買付けの期間中・公開買付け終了後のアクション

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©Anderson Mori & Tomotsune

2020 年 8 月

公開買付けに関する諸論点①

-公開買付けにおける応募契約に関する実務上の留意点-

弁護士 飛岡 和明 / 弁護士 菅 隆浩 / 弁護士 牧 大祐 / 弁護士 三国谷 亮太

上場会社をはじめとする有価証券報告書提出会社の株式を一定割合以上取得する場合には、公開買付けが

必要になります。公開買付けによる株式の取得には、株式譲渡契約に基づく非上場会社の株式の取得とは異な

る種々の論点が存在します。そのような種々の論点のうち、まだ文献その他で十分に説明・議論されていないもの

の、実務上実際に公開買付けを行う上で問題になりうる事項について、「公開買付けに関する諸論点」としてシリー

ズで継続的に説明をしていく予定です。

今回は、公開買付けを実施する買付者とその公開買付けに応募する株主との間で締結する応募契約に関する

実務上の留意点について説明していきます。

公開買付けを実施しようとする者(「買付者」)は、公開買付けの成立の可能性を高めるために、公開買付けの開

始前に、公開買付けの対象とする株式の発行会社(「対象会社」)の大株主(「応募株主」)との間で、買付者が一

定の条件にて公開買付けを開始した場合に応募株主が当該公開買付けに応募することを義務付ける応募契約

を締結することがあります。応募契約は、株式の取得を目的とするという点において、株式譲渡契約とその性質が

類似しているものの、相対取引ではなく、原則として他の株主からも広く買い集めることを企図とした公開買付けを

通じて株式を取得すること目的とするため、一般の株式譲渡契約では問題となりにくい留意点が複数存在するた

め、本レターではその概要について記載することとします。

なお、応募契約は、①応募株主が自身の保有する対象会社株式を売却することを企図している文脈において

作成される場合(応募株主主導)、②買付者が応募株主に対して対象会社株式の売却を依頼する文脈において

作成される場合(買付者主導)の 2 つに大きく分かれますが、以下では、より一般的な場面である②の場面を念頭

M&A NEWSLETTER

Contents

応募株主が買付者より応募契約の締結の打診を受けた場合の留意点(インサイダー情報

の管理体制の構築) 応募契約の交渉を行うにあたっての留意点 応募契約の内容に関する留意点 応募契約の締結にあたっての留意点 応募株主による公開買付けの期間中・公開買付け終了後のアクション

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において、応募契約の打診・交渉・締結という時系列に沿って説明を行うものとします。

1. 応募株主が買付者より応募契約の締結の打診を受けた場合の留意点(インサイダー情報の管理体制の構築)

買付者が応募株主に対象会社株式の売却を依頼する文脈において応募契約が作成される場合(買付者主

導)、通常、買付者が公開買付けの実施に関する意向の表明を応募株主に行うことで、応募契約に関する交渉

が開始します。買付者における公開買付けの検討状況次第ではあるものの、買付者が応募株主に対して公開買

付けの実施に関する意向表明を行った段階において、既に買付者において公開買付けについての準備が相当

程度進んでいることが一般的には予想され、当該事実は、金融商品取引法(「金商法」)167 条 1 項におけるイ

ンサイダー情報(「公開買付け等を行うことについての決定をしたこと」(金商法 167 条 2 項))に該当していると考

えられる場面も多いものと思料されます。そのため、買付者から公開買付けについての意向表明を受けた場合に

は、応募株主は、①これ以降、公開買付けの実施に関する事実が公表されるまでの間(又は、公開買付けの実

施・検討の中止について買付者が正式に決定することで、インサイダー情報が消滅していると判断されるまでの

間 1)は、対象会社の株券等の買付けができなくなること(金商法 167 条 1 項)に留意する必要があり、また、②

公開買付けに関する情報の管理体制を構築すること(関与する者を限定し、当該情報が不必要に広まり、インサ

イダー取引を誘発する可能性を防ぐこと)が必要となります(金商法 167 の 2 条 2 項参照)。

そのため、買付者としては、検討している取引についての具体的な内容を秘した上で応募株主に対して面談の

打診を行うことが望ましく、また、応募株主としても、買付者からの面談の打診を受けた場合には、提案の内容に

関して一切聞くことなく、まずは、インサイダー情報が伴いうるものであるかどうかを予め確認をすることが考えられ

ます。

上記インサイダー取引規制との関係に加えて、万が一、公開買付けに関する情報がリークされた場合には、対

象会社の株価に大きな影響をもたらしますので、これにより買付者が公開買付けを断念せざるを得ないという事

態も生じえるため、この点においても、買付者より打診を受けた応募株主は、情報の取り扱いには十分に留意す

る必要があります。

2. 応募契約の交渉を行うにあたっての留意点

(1) 応募契約の交渉の過程や応募契約の条件は一般に公表される

買付者及び応募株主の間で応募契約の交渉を行うにあたっての大きな留意点の 1 つとしては、買付者は、

公開買付届出書等の開示書類において、応募株主との間で応募契約を締結したという事実にとどまらず、応

募契約の締結の交渉過程(交渉の開始時期やその内容(価格交渉も含む。))や応募契約の条件その他の具

体的な内容も開示しなければならないということです。すなわち、上場会社が東証等の適時開示ルールに基づ

いて子会社の売却を公表する場合と比較して、非常に詳細な情報が公表されることとなります。公開買付届出

書等に交渉の経緯や主要条件が記載されることで、以下の問題が生じうることを十分に留意する必要がありま

す。

特に応募株主が上場会社である場合には、自身の株主から、より高い金額で、又はより良い契約条件

1 なお、何をもってインサイダー情報が消滅していると判断されるかは必ずしも基準が明らかではないため、慎重な判断が必要とな

ります。

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で売却するべく、もっと交渉するべきではなかったのかという指摘がなされうる

同じく自身の株主から、そもそも当該公開買付けに応募するのではなく、より有利な方法での売却機会

を確保するべきではなかったのかという指摘がなされうる(有利な売却の方法とは、①買付価格よりも市

場価格が高い場合における市場での売却 2や②対抗的公開買付けが実施された場合の当該買付者

への売却に加えて、③対象会社自身による自己株式の取得を目的とする公開買付けを行うよう対象

会社に要求し当該自社株公開買付けに応募すること 3など様々なものが考えられます。)

(2) 対抗的公開買付けが実施される可能性があり、結果的に不利な買付価格を提示する公開買付けに応募

したことが一般に示される可能性がある

公開買付けが開始された場合、対象会社の発行する株券等が公開買付届出書に記載された買付価格に

よる取引の対象となっていることが公に示されるため、①第三者が対抗的公開買付けを開始する場合 4や、②

(対抗的公開買付けが開始されないとしても)対象会社からの賛同を得られることを条件として対抗的公開買

付けを実施する旨の意向が公表される場合 5があります。

このような場合において、結果的に、応募契約を締結した応募株主が、より有利な方法で売却できる可能性

があったにもかかわらず、不利な買付価格を提示する公開買付けに応募することとなり、かつ、その事実が公に

示される可能性が生じえます。

以上のとおり、上記(1)及び(2)の観点から、応募契約の締結は、株主からの応募株主に対する批判へと発

展する潜在的な可能性があることから、応募株主が買付者との間で応募契約についての交渉を行うに際して

は、法律顧問からのアドバイスを踏まえつつ、慎重にこれを行う必要があります。

(3) 他の株主と比べてより有利な条件での売却について応募契約で合意することは困難である

応募株主からの公開買付けの応募は公開買付けの成否に直結するものであるため、買付者にとっては、応

募株主との間で応募契約を締結することは大きな意味のあるものです。もっとも、公開買付けにおいては買付

価格の均一性が求められるため(金商法 27 条の 2 第 3 項、金融商品取引法施行令 8 条)、買付者は、応募

契約を締結する応募株主との間においてのみ、他の対象会社の株主と比較してより有利な条件で買付けを行

2 市場価格が買付価格を上回っていた状況において、公開買付けに応募したこと(公開買付けへの応募を解除しなかったこと)が

取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するとして株主代表訴訟が提起された事例として、東京高裁平成 18 年 10 月 25 日判

決(資料版商事法務 274 号 245 頁)があります(ただし、判決では義務違反がないと認定)。

3 株式会社シティインデックスイレブンスが 2020 年1月 21 日に提出した公開買付届出書によれば、東芝機械株式会社を対象と

する公開買付けに至った一つの経緯として、東芝機械株式会社が自身の所有する有価証券について、より有利な形で売却をしな

かったことが記載されています。すなわち、東芝機械株式会社は自身が保有する株式会社ニューフレアテクノロジーの株式を、公

開買付けにおける応募契約を締結する形で売却しようとしたところ、自己株式取得の公開買付け又は特別配当の実施を伴うスキ

ームに変更するべく交渉するよう、株式会社シティインデックスイレブンスの関係会社が東芝機械株式会社に対して求めたことが記

載されています。

4 HOYA 株式会社による株式会社ニューフレアテクノロジーの株式に対する公開買付け(2019 年 12 月 13 日公表)は、東芝デバ

イス&ストレージ株式会社が株式会社ニューフレアテクノロジーに対して実施していた公開買付け(2019 年 11 月 13 日公表)に対

抗する形で開始されました。

5 ユニゾホールディングス株式会社の 2019 年 10 月 16 日付のプレスリリースによれば、サッポロ合同会社によるユニゾホールデ

ィングス株式会社の株式を対象とする公開買付けの期間中に、ブラックストーングループが、1 株 5000 円で公開買付けを行う意

思が示されたことが明らかになっています。

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うことはできません。また、応募株主が公開買付けに応募することを条件として、公開買付け以外の場面におい

て、買付者が応募株主に対して何らかの便宜を付与することも、当該買付価格の均一性に反するものとみなさ

れる可能性があります。したがいまして、たとえば、公開買付けに応募することを条件に、別途買付者が応募株

主に対して、一定の手数料の支払いを行うことや、公開買付け以外の場面での取引において応募の見返りとし

て応募株主に対して優遇すること等は困難であると考えられます。

ただし、応募契約において以下のような規定を設けることは、通常は、買付価格の均一性に反するものでは

ないと考えられています。

応募契約において買付者に係る表明保証条項を設けた場合、応募株主は、その違反を理由とする損

害賠償請求権(表明保証違反による損害賠償請求権)を、買付者に対して有する可能性があり、その

結果、応募契約を締結する応募株主が一般の株主よりも金銭を多く得る可能性があります。もっとも、

応募契約の表明保証条項は、あくまで公開買付けの手続外での買付者及び応募株主の間の合意によ

る補償義務であり買付価格の増額ではないため、買付価格の均一性の問題は生じないと解することも

可能であると考えられます。

応募契約において買付者の公開買付けの実施義務(一定の条件が整えば公開買付けの実施が義務

付けられる条項)を設けた場合、応募株主は、その違反を理由とする損害賠償請求権を、買付者に対

して有する可能性があります。たとえば、買付者がそもそも公開買付けを開始しない場合や、合意した

価格よりも低い公開買付価格で公開買付けを開始した場合がこれに該当する可能性がありますが、こ

れについても、あくまで公開買付けの手続外での買付者及び応募株主の間の合意による補償義務であ

り買付価格の増額ではないと解することも可能であるため(そもそも、買付者が公開買付けを開始しなか

った場合には、公開買付けにおける買付価格の均一性の問題ではないとの整理も可能です。)、実務

上、買付価格の均一性の問題とは考えられておりません。

3. 応募契約の内容に関する留意点

(1) 応募契約にて合意されることが多い条項

個別の公開買付けごとに検討する必要があるものの、応募契約において合意されることが一般的に多い条

項としては、以下のようなものがあげられます。ただし、買付者と応募株主の意向により、非常にシンプルな内容

の契約となることも実務上あります。

項目 概要

応募義務

一定の条件による公開買付けが実施された場合、一定の時期ま

でに当該公開買付けに応募を行うことが義務付けられ、かつ当該

応募の解除を禁止する旨の規定です

金商法上は、応募株主は、公開買付けに応募した後であっても、

公開買付期間中はいつでも当該応募を解除することが可能であ

り、かつ、買付者は、解除されたことについて応募株主に対して損

害賠償又は違約金の支払を請求することはできないとされていま

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項目 概要

すが(金商法 27 条の 12 第 1 項及び第 3 項)、買付者と応募株

主の間の応募契約において、応募を義務付け、また解除しないこ

とを合意すること自体は可能であると解釈されており、一般的にそ

のような合意がなされています

ただし、当該合意はあくまで私人間での合意でしかないため、株主

が当該合意に違反し、金商法 27 条の 12 第 1 項に基づいて応募

を解除する可能性はありえます

応募の前提条件

前提条件に関する事項としては、通常、以下の項目が盛り込まれ

ることが多いです

1. 公開買付けが適法に開始されており、かつ撤回されていないこ

2. 応募契約に基づき公開買付けの開始までに買付者が履行し又

は遵守すべき義務の履行及び遵守をしていること

3. 買付者の表明及び保証に誤りがないこと

4. 公開買付けの実施のために法令等に基づき必要な手続が完了

していること

5. 司法・行政機関等に対して、公開買付けを禁止又は制限するこ

とを求める旨の訴訟等又はその申立ても係属しておらず、かつ、

公開買付けを禁止又は制限する旨の法令等又は司法・行政機

関等による判決等も存在しないこと

6. 対象会社の取締役会が公開買付けについて賛同する旨の意見

表明の決議をしており、かかる決議を撤回又は変更していないこ

と(応募推奨まで求める場合もあります)

誓約事項

買付者が遵守するべき誓約事項のうち、典型的なものは、以下の

ものが考えられます

1. 公開買付けにおいて法令上必要となる書面を作成する義務

2. 応募契約に基づく取引に必要となる許認可の取得に向けて努

力する義務

表明保証

買付者が行う典型的な表明保証としては、以下のものが考えられ

ます

1. 適法な設立及び有効な存続

2. 応募契約の締結及び履行に関する有効な権限及び権能の

保有

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6

項目 概要

3. 応募契約の有効性、法的拘束力及び強制執行可能性

4. 応募契約の締結及び履行について法令等との抵触の不存

5. 買収資金を十分保有していること又はその確実な見込みが

あること

6. 反社会的勢力等との関係の不存在

応募者が行う典型的な表明保証としては、以下のものが考えられ

ます。通常の株式譲渡契約と異なり、対象会社に関する事項につ

いての表明保証については規定されないことも多いです

1. 適法な設立及び有効な存続

2. 応募契約の締結及び履行に関する有効な権限及び権能の

保有

3. 応募契約の有効性、法的拘束力及び強制執行可能性

4. 応募契約の締結及び履行について法令等との抵触の不存

5. 反社会的勢力等との関係の不存在

解除条項・終了に関する条項

典型的な解除又は終了事由としては以下のものが考えられます

1. 公開買付けが撤回された場合

2. 一定期間までに公開買付けが実施されない場合

3. 相手方当事者の契約違反・表明保証違反

4. 相手方当事者の倒産手続等の開始

損害賠償

応募契約上の当事者の表明保証事項のいずれかが不実若しくは

不正確であることが判明した場合、又は応募契約に定める義務に

違反した場合に、それに起因して相手方当事者が被った損害及

び費用を補償する義務を規定する例もあります

その他

公開買付けの決済開始日以前を基準日とする対象会社の株主

総会が開催される場合には、当該株主総会に関する株主としての

権利行使の代理権を付与する旨の合意がされることがあります 6

その他の条項としては、契約の交渉・締結に関する費用負担を定

めた条項、秘密保持義務を定めた条項、契約上の地位の譲渡を

禁止する条項、相手方当事者への通知方法を定めた条項、公表

6 議決権行使の代理権の付与をもって、買付者と応募株主が実質的特別関係者(金商法 27 条の 2 第 7 項 2 号)に該当すると

は実務上考えられていません(株券等の公開買付けに関するQ&Aの問4)。

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項目 概要

の方法について定めた条項、準拠法・管轄に関する条項、誠実協

議義務を定めた条項等の一般条項が規定されることが多いです

(2) 応募契約にて合意することが検討されることがある条項

応募契約において典型的に合意される条項ではないものの、実務上、以下のような条項が合意される場合

もあります。

項目 概要

公開買付けの実施義務

買付者が、一定の期日までに一定の条件での公開買付けを実施

する義務を負担することがあります。公開買付けの実施義務を買

付者が負担する場合には、当該義務の履行に関する前提条件が

付されることもあります

対抗的公開買付けが発生した場

合の撤回(フィディシャリーアウト

条項)

公開買付価格よりも高い買付価格による対抗的公開買付けが実

施された場合、応募株主が、買付者による公開買付けへの応募

を撤回し、当該対抗的公開買付けへの応募を許容する条項が合

意されることがあります

当該条項が合意された場合、応募株主は、応募義務にかかわら

ず、買付者による公開買付けへの応募を撤回し、対抗的公開買

付けに対して応募することが可能となります。ただし、実際に、当該

条項に基づき対抗的公開買付けへの応募を行うためには、例え

ば、①対抗的公開買付けの買付価格が買付者の買付価格に比

べて一定金額以上高いこと、②買付者が対抗的公開買付けに対

抗して一定期間以内に買付価格を上げなかったこと、③公開買付

けへの応募をすることが善管注意義務違反を構成する可能性が

あることを示す弁護士の意見書の提出が求められる等、様々な条

件が課されることが一般的です

本条項により、応募契約を締結する株主が、不利な買付価格を

提示した公開買付けへの応募を取りやめることができるという点に

おいて、株主からの批判を回避する上で(上記 2(2)を参照)、有

用な手段の一つと思料されます

なお、対抗的公開買付けがなされた場合には、単に誠実協議を

行うという規定にとどめる場合もあります

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項目 概要

ブレイクアップフィー

上記フィディシャリーアウト条項の発動により、対抗的公開買付け

に応募する場合において、応募株主が買付者に対して損害賠償

の合意として金銭を支払うことが規定されることがあります(いわゆ

る、ブレイクアップフィー)

ブレイクアップフィーの定め方はいろいろな条件が考えられます

が、取引価格(買付価格×応募株式数)の数パーセントという形で

合意される場合があります

取引保護条項(no talk / no go

shop 条項)

応募株主が、買付者による公開買付けの応募と矛盾・抵触しうる

行為に関する提案、勧誘、情報提供、協議、交渉を行うことを禁

止することを目的とする条項です

また、第三者からこれらの行為に関する提案又は勧誘を、応募株

主が受けた場合には、応募株主による買付者に対する報告義務

が規定されることもあります

4. 応募契約の締結にあたっての留意点

(1) 応募契約の締結のタイミング・応募契約の締結のための機関決定のタイミング

応募契約の締結は、通常、公開買付けの公表の直前になされます(より具体的には、公表日に締結すること

が一般的です。)。これは、買付者と応募株主の間で応募契約を締結することによって、応募株主が、金商法

上の大量保有報告制度における変更報告書の提出義務を負担することになるためです(金商法 27 条の 25。

変更報告書にて応募契約の締結の事実を記載する必要があります。)。その結果、買付者による公開買付け

の公表に先立ち、大量保有報告書の変更報告書にて公開買付けの事実が公表されかねない事態が生じえま

す。そのため、応募契約の締結は、公開買付けの公表に近いタイミング(公表日、又は大量保有報告書の変

更報告書の提出期限が、公開買付けの公表日以降となるようなタイミング)で締結がなされることが一般的で

す。

また、応募株主が上場会社であり、応募株主にとって、応募契約の締結が、適時開示事由となる場合も留

意が必要です。すなわち、当該株主の応募契約の締結に関する取締役会決議のタイミングが、公開買付けの

公表予定のタイミングよりも早く到来する場合には、買付者が公開買付けを公表する前に、応募株主が応募契

約の締結の事実を適時開示ルールに則り公表しなければならないという事態が生じかねません。そのため、応

募株主が応募契約に係る機関決定を行う場合には、適時開示ルールによる開示の要否を確認の上、買付者

と公表のタイミングについてすり合わせをすることが望ましいと言えます。

(2) 応募契約の締結と開示

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応募株主は、応募契約の締結により、典型的には以下の書類の提出・公表が求められることがあります。

項目 概要

プレスリリース

(上場会社の場合)

典型的には以下の事由を理由とする適時開示を検討する必要があります

子会社の異動(有価証券上場規程 402 条(1)号 q)

当該上場会社の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重

要な事項であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの(同 402

条(1)号 ar)

有価証券の処分による業績予想値の修正(同 405 条)

臨時報告書

(有価証券報告書の提出

会社の場合)

典型的には以下の事由を理由とする臨時報告書の提出を検討する必要があ

ります

特定子会社の異動(企業内容等の開示に関する内閣府令 19 条 2 項 3

号)

提出会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に著しい影

響を与える事象が発生した場合(同 12 号)

当該連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に著し

い影響を与える事象が発生した場合(同 19 号)

大量保有報告書の

変更報告書

(対象会社の株式等に関

して大量保有報告書を提

出済みの場合)

応募契約を締結した事実を、「当該株券等に関する担保契約等重要な契約」

の欄に記載する必要があります

(3) 応募契約の締結と、有価証券通知書の提出義務・目論見書の交付義務

買付者と応募株主の間での応募契約の締結は、応募株主による有価証券の売却を目的とするものであるた

め、発行者関係者等による有価証券の売出しに関する規制(より具体的には、対象会社の議決権の 10%以上

を所有している主要株主による売出しを理由とする有価証券通知書の提出及び目論見書の交付義務)に服

するかが実務上問題となります(金商法 4 条 6 項、13 条 1 項後段)。この点については、主要株主が公開買

付けに応じて応募する行為は売出しに該当しないことが金融庁により明らかにされていますが(平成 21 年 12

月 28 日付の金融庁パブリックコメントの 62 番)、応募株主が、単なる応募にとどまらず、第三者が公開買付け

を行うよう、より積極的に働きかける行為(たとえば、上場子会社の売却のために買主選定プロセスを主導し、

候補者に対して公開買付けによる取得を働きかける行為)について有価証券通知書・目論見書が不要となる

かは必ずしも明らかではありません。応募株主が買主選定プロセスを主導した場合であっても、他の株主の応

募も期待されているような場面においては、公開買付けの条件については買付者だけではなく対象会社も交渉

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に関与し決定されることが通常であり、応募株主の行為は売出しには該当せず、有価証券通知書・目論見書

の提出は不要という整理ができるのではないかと考えられますが、たとえば、ディスカウント TOB 等、専ら応募株

主のみの応募が期待されており、公開買付けの条件も応募株主と買付者のみの間の交渉で決定されるような

例外的な場面もありうるため、実際の案件ごとに法律顧問によるアドバイスを受けつつ、検討を進める必要があ

ります。

5. 応募株主による公開買付けの期間中・公開買付け終了後のアクション

(1) 公開買付期間中のアクション

買付者が公開買付けを開始した後、応募株主は、応募契約に基づいて、公開買付けに実際に応募を行うこ

ととなります。応募に際しては、公開買付代理人である証券会社にて証券口座を開設する必要があります。な

お、応募を行うためには、公開買付代理人の指示に従い、本人確認書などの書類等の提出等が必要となる点

についても留意が必要です。特に、応募契約においては、公開買付けの開始から何営業日以内に応募を行う

といった義務が課される場合もありますので、応募手続が完了するタイミング等は、公開買付代理人と予め協

議を行っておくことが望ましいと言えます。

(2) 公開買付け終了後のアクション①:大量保有報告書の変更報告書(短期大量譲渡)

公開買付けが成立した場合、応募株主は、応募した株式について買付者に売却することが確定となりますの

で、大量保有報告書の変更報告書を提出する必要があります。ここで留意しなければならないのは、公開買付

期間の最終日から何営業日後に決済がなされるかという点です。一般の株式譲渡の場合において、株式譲渡

契約の締結日と株式譲渡の実行日の間が 6 営業日以上空いている場合には、「締結日」から 5 営業日以内

に売買契約の締結の事実を記載した変更報告書に加え、「実行日」の 5 営業日以内に売買契約に基づく株式

譲渡の実行の事実を記載した変更報告書を提出することが求められています(株券等の大量保有報告に関

するQ&Aの問 16)。

公開買付けにおいても、公開買付けが成立した場合には、公開買付期間の最終日に売買契約が締結され

たものと取り扱いますので、その結果、公開買付期間の最終日から決済の開始日までに 6 営業日以上空いて

いる場合には、応募株主は、①公開買付期間の最終日から 5 営業日以内に、また、②公開買付けの決済日

から 5営業日以内に、変更報告書を提出する必要があります。他方で、公開買付期間の最終日から決済の開

始日まで 5 営業日以内の場合には、応募株主は、公開買付期間の最終日から 5 営業日以内に変更報告書

を 1 回提出すれば足ります(その後、実際に決済がなされた場合でも、改めて変更報告書を提出する必要は

ありません。)。

なお、上記に加えて、応募契約に基づく公開買付けへの応募は、その所有する全ての株券等を応募するこ

とが通常であるため、短期大量譲渡(27 条の 25 第 2 項)に該当する可能性が高く、使用する変更報告書の

様式が異なる場合がありますので留意する必要があります(具体的には、第二号様式を使用し、「譲渡の相手

方」及び「単価」を記載する必要があります。)。

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(3) 公開買付け終了後のアクション②:主要株主による売買報告書

応募株主は、対象会社の主要株主(総株主等の議決権の 100 分の 10 以上の議決権を保有している株主)

に該当する場合が多いものと思われますが、公開買付けの決済が行われた日の翌月の 15 日までに売買報告

書を作成の上、財務局長宛てに提出する必要があります(金商法 163 条)7。

7 なお、公開買付けにより売却した対象会社の株券等について取得した時期が 6 か月以内である場合には、短期売買利益の返還

の問題が生じえます(金商法 164 条 1 項及び 2 項)。

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