自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザインkyouka.edu-c.open.ed.jp/files/folder2830/1doutoku.pdfさらに、「道徳の授業が十分に行われてい...

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道 徳 1 テーマ設定の理由 昭和 33(1958)年に「道徳の時間」が学校教育に位置づけられた。それから 57 年後の平成 27(2015)年 3月、「一部改正学習指導要領」(以下「一部改正」と略す)において、道徳教育の要である「道徳の時 間」が「特別の教科道徳」(以下「道徳科」という)として教科化される。小学校では「道徳の時間」が 教育課程に位置づけられてから節目の 60 年目を向かえる年である、平成 30 年度(2018 年度)から、中学校 では平成 31 年度(2019 年度)から新しい学習指導要領のもと全面実施される。 平成 26 年 12 月の「答申」では、他教科に比べ軽んじられていることや資料の登場人物の心情理解のみ に偏った形式的な指導が行われることが多く「道徳の時間」が形骸化していると指摘された。道徳授業の 質的転換が求められ、教科化に向け教育課程の改善が図られた。道徳教育は大きな改革期を迎えた。この 改訂が行われたことを機にすべての学校、教師が道徳教育を充実、発展するための機会と捉えたい。 「学習指導要領解説特別の教科道徳科編」(以下「解説道徳科編」という)では、「教師による発問は, 生徒が自分との関わりで道徳的価値を理解したり,自己を見つめたり,物事を多面的・多角的に考えたり するための思考や話合いを深める重要な鍵になる」と明記されている。加藤宣行(2012)は、道徳的価値 について「最初からわかりきったことをなぞっているだけなのではないか」と自身の道徳授業を振り返り 「発問」の仕方で思考は深まると断言している。このことから、道徳科において、教材を通して子どもた ちが深く考えるためには教師による「発問」が重要であると感じる。 また、「解説道徳科編」では、「生徒が多様な見方や考え方に接しながら,更に新しい見方や考え方を 生み出していくことができるよう留意すること」と明記されており、自分の考えと他者の考えとを比較す るなどして、自分の考えを再構築できるような授業展開が求められている。さらに、新しい見方や考え方 を生み出すために、「内省し,熟考し,自らの考えを深めていくプロセスが極めて重要である」と明記さ れ、「道徳性の発達の出発点は,自分自身である」とあり、「様々な道徳的価値について,自分との関わ りも含めて理解し,それに基づいて内省することが求められる」とある。道徳性の育成には道徳の授業を 通して自己を見つめることが不可欠である。 東京学芸大学による「道徳教育に関する小・中学校の教員を対象とした調査」(平成24 年)の中で、中 学校の教師を対象としたカテゴリーでは、「道徳の時間が十分に行われているか」という問いで、「十分行 われている」26.1%、「十分行われていない」73.8%となった。さらに、「道徳の授業が十分に行われてい ない理由」の項目では、「指導の仕方が難しい」、「指導が形式化するなどして魅力がない」この2つを合わ せると 57.4%となり、授業の方法論の観点からの悩みが最も多い結果となった。 本研究では、上記のことから多くの教師が課題として捉えている道徳の授業改善に焦点を絞り、そのポ イントとして「深く考え議論する発問」をサブテーマとし、自己を見つめることを通し道徳性を育成する 授業デザインを提唱したい。 研究目標 多くの教師が課題として感じている授業改善の視点を提示し、教師の授業スキル向上と生徒の道徳性を 育む授業構想の手助けとなるようにする。 研究の方針 1 中学校第2学年を対象とした授業を行う。 2 考え、議論するためのきっかけとなる「発問」の作り方のヒントを提案する。 教科研修班 個人研究テーマ 自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザイン ―深く考え議論する発問を通して― 上 間 幹 夫 研究協力委員 川 上 妙 子(那覇市立金城中学校教諭)

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Page 1: 自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザインkyouka.edu-c.open.ed.jp/files/folder2830/1doutoku.pdfさらに、「道徳の授業が十分に行われてい ない理由」の項目では、「指導の仕方が難しい」、「指導が形式化するなどして魅力がない」この2つを合わ

道 徳

1

教科研修班

Ⅰ テーマ設定の理由

昭和 33(1958)年に「道徳の時間」が学校教育に位置づけられた。それから 57年後の平成 27(2015)年

3月、「一部改正学習指導要領」(以下「一部改正」と略す)において、道徳教育の要である「道徳の時

間」が「特別の教科道徳」(以下「道徳科」という)として教科化される。小学校では「道徳の時間」が

教育課程に位置づけられてから節目の 60年目を向かえる年である、平成 30年度(2018年度)から、中学校

では平成 31年度(2019年度)から新しい学習指導要領のもと全面実施される。

平成 26年 12月の「答申」では、他教科に比べ軽んじられていることや資料の登場人物の心情理解のみ

に偏った形式的な指導が行われることが多く「道徳の時間」が形骸化していると指摘された。道徳授業の

質的転換が求められ、教科化に向け教育課程の改善が図られた。道徳教育は大きな改革期を迎えた。この

改訂が行われたことを機にすべての学校、教師が道徳教育を充実、発展するための機会と捉えたい。

「学習指導要領解説特別の教科道徳科編」(以下「解説道徳科編」という)では、「教師による発問は,

生徒が自分との関わりで道徳的価値を理解したり,自己を見つめたり,物事を多面的・多角的に考えたり

するための思考や話合いを深める重要な鍵になる」と明記されている。加藤宣行(2012)は、道徳的価値

について「最初からわかりきったことをなぞっているだけなのではないか」と自身の道徳授業を振り返り

「発問」の仕方で思考は深まると断言している。このことから、道徳科において、教材を通して子どもた

ちが深く考えるためには教師による「発問」が重要であると感じる。

また、「解説道徳科編」では、「生徒が多様な見方や考え方に接しながら,更に新しい見方や考え方を

生み出していくことができるよう留意すること」と明記されており、自分の考えと他者の考えとを比較す

るなどして、自分の考えを再構築できるような授業展開が求められている。さらに、新しい見方や考え方

を生み出すために、「内省し,熟考し,自らの考えを深めていくプロセスが極めて重要である」と明記さ

れ、「道徳性の発達の出発点は,自分自身である」とあり、「様々な道徳的価値について,自分との関わ

りも含めて理解し,それに基づいて内省することが求められる」とある。道徳性の育成には道徳の授業を

通して自己を見つめることが不可欠である。

東京学芸大学による「道徳教育に関する小・中学校の教員を対象とした調査」(平成 24年)の中で、中

学校の教師を対象としたカテゴリーでは、「道徳の時間が十分に行われているか」という問いで、「十分行

われている」26.1%、「十分行われていない」73.8%となった。さらに、「道徳の授業が十分に行われてい

ない理由」の項目では、「指導の仕方が難しい」、「指導が形式化するなどして魅力がない」この2つを合わ

せると 57.4%となり、授業の方法論の観点からの悩みが最も多い結果となった。

本研究では、上記のことから多くの教師が課題として捉えている道徳の授業改善に焦点を絞り、そのポ

イントとして「深く考え議論する発問」をサブテーマとし、自己を見つめることを通し道徳性を育成する

授業デザインを提唱したい。

Ⅱ 研究目標

多くの教師が課題として感じている授業改善の視点を提示し、教師の授業スキル向上と生徒の道徳性を

育む授業構想の手助けとなるようにする。

Ⅲ 研究の方針

1 中学校第2学年を対象とした授業を行う。

2 考え、議論するためのきっかけとなる「発問」の作り方のヒントを提案する。

教科研修班 個人研究テーマ

自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザイン

―深く考え議論する発問を通して―

研 究 主 事 上 間 幹 夫 研究協力委員 川 上 妙 子(那覇市立金城中学校教諭)

Page 2: 自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザインkyouka.edu-c.open.ed.jp/files/folder2830/1doutoku.pdfさらに、「道徳の授業が十分に行われてい ない理由」の項目では、「指導の仕方が難しい」、「指導が形式化するなどして魅力がない」この2つを合わ

個人研究

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教科研修班

3 質の高い多様な指導方法を試みる。

4 道徳の授業での評価は数値で表すのはそぐわないとされており、本研究での生徒の変容は主に授業

の発言やつぶやき、ノートの記述等で見取る。

5 本研究の検証授業は「いじめ」に関する内容で実践する。

Ⅳ 研究の内容

1 自己を見つめる

2016年 12月、中央教育審議会答申には、指導方法の改善を図り、「考え、議論する」道徳科への転

換により児童生徒の道徳性を育むものであり、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめる

ことの重要性が示されている。

自己を見つめるとは、瀬戸真(1986)によると、「道徳的価値と照らし合わせてみて、今までの自分

はどうであったか、を見つめることであり、自分の生き方の傾向性に目を向け、自分を知ることであ

る」とある。また、「解説道徳科編」には、「自己を見つめることによって,徐々に人間としての生き

方を育んでいくことが可能となる」と明記されている。「論点整理」では、「指導が読み物教材の登場

人物の心情理解のみに偏り、『あなたならどのように考え、行動・実践するか』を子共たちに真正面か

ら問うことを避けてきた嫌いがある」とある。

本研究では、様々な葛藤や経験の中で、自分を見つめ、自分の生き方を模索するようになる中学生

の発達段階で、「今までの自分に気づき、内省し、これからどのようにするのか」ということに踏み込

んだ発問も考えて行く。その際、道徳科の特質を考慮し、決意表明に終始しないよう心がけ、あくま

で、道徳的実践の基となる、道徳性を育むことをねらいとする。

2 道徳性

「解説道徳科編」によると、「道徳性とは,人間としてよりよく生きようとする人格的特性であり,

道徳性を構成する諸様相である道徳的判断力,道徳的心情,道徳的実践意欲と態度を養うことを求め

ている。これらの道徳性の諸様相は,それぞれが独立した特性ではなく,相互に深く関連しながら全

体を構成しているものである」とある。道徳性を構成する諸様相の説明を表1に示す。

表1 諸様相「解説道徳科編」より

道徳的判断力

それぞれの場面において善悪を判断する能力である。つまり,人間として生きるために道徳的価値が大切なこ

とを理解し,様々な状況下において人間としてどのように対処することが望まれるかを判断する力である。的確

な道徳的判断力をもつことによって,それぞれの場面において機に応じた道徳的行為が可能になる。

道徳的心情 道徳的価値の大切さを感じ取り,善を行うことを喜び,悪を憎む感情のことである。人間としてよりよい生き

方や善を志向する感情ともいえる。それは,道徳的行為への動機として強く作用するものである。

道徳的実践

意欲と態度

道徳的判断力や道徳的心情によって価値があるとされた行動をとろうとする傾向性を意味する。道徳的実践意

欲は,道徳的判断力や道徳的心情を基盤とし道徳的価値を実現しようとする意志の働きであり,道徳的態度は,

それらに裏付けられた具体的な道徳的行為への身構えと言うことができる。

「解説道徳科編」には諸様相について続けてこう説明されている。「これらの道徳性の諸様相には,

特に序列や段階があるということではない。一人一人の生徒が道徳的価値を自覚し,人間としての生

き方について深く考え,日常生活や今後出会うであろう様々な場面及び状況において,道徳的価値を

実現するための適切な行為を主体的に選択し,実践することができるような内面的資質を意味してい

る」とある。

3 「道徳教育」と「特別の教科道徳」(道徳科)

「解説道徳科編」第1章総説には、「学校や生徒の実態などに基づき道徳教育の重点目標を設定し充

実した指導を重ね,確固たる成果を上げている学校がある一方・・・」と、道徳教育をしっかりと行って

いる学校があることを認めつつ、歴史的経緯に影響され、道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があ

ること、他教科に比べ軽んじられていること、形式的な授業で形骸化しているなどの多くの課題が指

摘されていることにも触れている。ここで、「道徳教育」と「特別の教科道徳」(道徳の授業)の位置

づけを確認する。

(1) 道徳教育

① 道徳教育の歴史的背景

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道 徳

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教科研修班

昭和 33年に道徳教育は教育課程に位置づけられた。同年9月、東京都で校長や道徳教育担当教

諭を対象とした「道徳教育指導者中央講習会」が開催された。当初お茶の水女子大学の大講堂で

行われる予定であったが、この講習会に対し反対運動が起こり、会場を東京国立博物館に変更し

たという経緯がある。講習会参加教師は貸し切りバスで警察の護衛付きの移動であった。波乱の

幕開けである。これは、第二次世界大戦での学校の筆頭科目であった「修身科」が今回の道徳教

育に引き継がれるのではないかという懸念から起こったものである。特異な誕生を果たした道徳

教育は、現在まで幾度となく充実を目指し、学習指導要領等で改訂を重ねている。「心のノート」

や「私たちの道徳」の冊子や道徳教育推進教師を新たに分掌として置くなどし、今回の改革に繋

がっている。

② 学校における道徳教育

教育基本法第1条には、「人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者として必

要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われる」としている。「その育成の基盤

となるのが道徳性であり,その道徳性を育てるのが学校教育における道徳教育の使命である。」と

「解説道徳科編」総説には記されている。また「解説道徳科編」から、道徳教育の目標は、「学校

における道徳教育は,特別の教科である道徳を要として学校の教育活動全体を通じて行うもので

あり・・・」 とある。すなわち、学校における道徳教育は、朝の活動から、放課後の部活動指導や

補習指導等を通じて行わなければいけない(図1)。「学校の教育活動全体を通じて」という文言

は昭和 33年当初から学習指導要領に明記されており、今回の「一部改正」までの 57年間一貫し

た方針の下行われている。

学校の教育活動 = 道徳教育

図1 学校の教育活動全体を通じて行われる道徳教育のイメージ

(2) 特別の教科道徳(道徳科)

① 「道徳の時間」が「特別の教科道徳」になった背景

今回の道徳教育の改善に関する議論の発端となったのは、いじめの問題への対応であった。内

閣府で行われる「教育再生実行会議」の第一次提言(平成 25年2月)で取り上げられ、教科とし

て位置づけられた。さらに、「解説道徳科編」には、他教科に比べ軽んじられていること、読み物

資料の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行われていることなど、多くの課題が指

摘されている。すなわち、道徳の時間を席替えや行事の取り決めなど、本来の道徳の授業とは異

なった内容で行ったりしていた。年間 35回の道徳の授業を行っていない現状が多くあるというこ

とである。図2は上間幹夫(2016)が沖縄県の小中学校教諭を対象に調査したデータである。こ

れからも分かるように、まずは年間の道徳の授業を確実に行うことを意識しなければいけない。

また、資料の人物の気持ちを聞く発問のみに偏り、生徒はあらかじめ分かりきった答えを言うの

朝の活動

(清掃・読書・朝の会等)

学校行事

(入学式・運動会・学習発表会・修学旅行・各式

合唱コンクール・職場体験・地域行事参加・卒業式等)

各教科等の授業

(国語・数学・理科・社会・英語・総合学習・学活

音楽・体育・美術・道徳)

給食指導

(準備・食事マナー・片付け・食育等) 清掃指導

(掃除の仕方・協力・衛生指導等)

生徒指導

(規範意識・生活習慣・いじめ防止等)

各部活動指導

(運動部系・文化部系・同好会系等)

生徒会や各委員会指導

(図書委員会・学芸委員会・環境整備委員会等)

帰りの会

(日直等の活性化等)

補習指導

(夏休み講座・各検定講座・放課後補習等)

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個人研究

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教科研修班

みの授業になっていることが指摘されてい

る。その結果、指導方法等に教師間のスキ

ルの差が生じてくる教科に位置づけ、検定

教科書の導入等により道徳の授業が着実に

行われるよう実質化することが求められて

いる。それにより、全国一定の水準で道徳

の授業が行われることが期待される。(道徳

教育に関する専門家会議より 2016)

② 特別の教科道徳(道徳科=道徳の授業)の特質 図2 年間 35コマ道徳授業実施について

道徳の授業では、道徳的価値の押しつけは行わず、その価値の本質について考えるような指導

を行う。「解説道徳科編」ではこう明記されている、「特定の価値観を押しつけたり,主体性をも

たず言われるままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育の目指す方向の対極にあるも

のと言わなければならない」そこで道徳の授業では、他者の意見を聞き、自分の考えと比較し、

多面的・多角的に道徳的価値の本質を捉え自分の考えを再構築する。そして、自分自身はどうで

あったかを見つめ、よりよい生き方を選択する能力を育む。瀬戸は、道徳の授業とは「道徳的価

値を主体的に自覚させる時間」と言っている。

評価に関しては、数値の評価ではなく記述式とする。同時に、指導者側も指導方法の評価を行

う。そうすることにより、教師の指導力が向上する。さらに、指導者側の形態として、基本的に

は担任が行うが、TTで行ったり、保護者や地域の方などのゲストティーチャーの協力を仰いだ

り工夫を凝らすことが求められている。

4 道徳の授業デザイン

昭和 33年の学習指導要領の公示によって新設された「道徳の時間」であるが、その定着・充実のた

めにこれまで先人や研究団体は多大な努力を払ってきた。長年の研究や指導の蓄積の中で、道徳の時

間の特質を踏まえた指導過程も提唱され、広く実践されてきた。その蓄積された効果的な指導方法を

引継ぎ、さらに今回提示された指導方法に触れてみたい。

(参照『「特別の教科道徳」の指導方法・評価等について』 平成 28年7月)

(1) 道徳の授業の基本的な流れ

どの授業をとってみても、ねらいを設定し、そこから指導内容を吟味し、評価を行うことは共通

していることである。道徳の授業も例に漏れない。道徳の授業において蓄積された指導過程は一般

的に「導入・展開・終末」の3段階で構成されている。さらに、展開の部分は「展開前段」と「展

開後段」に分けられることが多い。それぞれの段階をもう少し詳しく提示する(表2)。

例として、ねらいとする内容項目は「B・主として人との関わりに関すること。(6)思いやり」

とする。 表2 一般的な指導過程

各段階 発問等 指導内容や発問のねらい等

導 入

「親切にしたことはありますか」と発問する。 ねらいとする道徳的価値の焦点化を図る発問を

する。

導入にはあまり時間をとらない。

展開前段

展開後段

資料(教材)を読み、「このときの主人公はどんな気持

ちでしょうか」と発問し、主人公の心情を考えさせる。

思いやりや親切について、「あなたは今までどのような

受け止めをしていましたか。」と発問する。

この発問では、主人公の気持ちを聞くことによ

り、主人公と生徒自身が重なり合い、自分の気持

ちを主人公を通して表出できる。

展開前段では資料を通して発問等を行う。

資料から離れて、自分自身を振り返る。自己を

見つめ、内省する場面を作る。

終 末 教師の体験談等を話す。 ねらいに関する教師の説話をする。

表4の流れは、ある程度の型があり、新任教師もベテランの教師も、一定水準の道徳の授業を行

うことができる。このような「指導過程」を参考にしながら目の前の生徒の実態や状況に応じた授

業改善を行うことが大事である。「『特別の教科道徳』の指導方法・評価等について」(平成 28年7

月以下「指導方法・評価等について」という)には、「その認識のもと、質の高い道徳教育の実現に

向けて取り組んできた。他方で、既に昭和 43年の学習指導要領改訂に基づき作成された現在の学習

対象:小中学校教諭

実施し

た 45% 実施し

ていな

い 55% n=428

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道 徳

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教科研修班

指導要領解説に当たる『指導書道徳編』が『指導の型』の『形式化、固定化を招いたり、実際の指

導場面でそれらに固執したりするようであっては、かえって指導の効果を低下させるであろう』と

指摘しているにもかかわらず、主題やねらいの設定が不十分なまま、これらの指導過程に過度に固

執したり、これを『型』どおりに実践していればよいと捉えたりする姿勢も一部には見られ、指導

が固定化・形骸化しているのではないか、読み物の登場人物の心情の読み取りのみに偏っているの

ではないか、望ましいと思われることを言わせたり書かせたりする指導に終始しているのではない

かといった指摘につながっている」とあり、今から 49年も前から、現代の授業改善に繋がる助言が

なされている。型は型として捉え、生徒の実態を考慮した、柔軟な発想と工夫が必要とされている。

(2) 深く考え、議論する発問の工夫

① 発問の重要性

「解説道徳科編」では、「教師による発問は,生徒が自分との関わりで道徳的価値を理解したり,

自己を見つめたり,物事を多面的・多角的に考えたりするための思考や話合いを深める重要な鍵

となる」と明記されており、発問の工夫が授業改善の大きな要素であることを示している。

発達段階を考えると、中学生は、道徳的価値をある程度理解はしていると思われる。出前講座

や検証授業等で、生徒に質問してみると、善悪の判断はできている。例えば、「いじめ」は良いこ

とですか、悪いことですか、と聞いてみると、「悪いことです」という答えが返ってくる。この場

合、深く考える発問としては、「いじめはなぜ悪いことなのか」と問えば「良い」「悪い」で答え

るのではなくきちんと根拠を示した理由を考えた回答が返ってくるので思考が深まる。

加藤(2012)は、「分かりきったことを答えさせるのは、新しい発見をするというより、常識的

なことの見直しや再確認のようなもの」とあり、そのような発問を「閉じた発問」と言っている。

逆に、生徒が「ああ、そう考えればこれにも意味があるな。だったら・・・」とか「そうか、主人

公の行動がいいなぁと思った理由はそういうことだったのか」「なるほど、そんなこと考えたこと

もなかった」というように、思考がどんどん広がっていく発問が「開かれた発問」と述べている。

② 深く考え、議論する発問

永田繁雄(2011)は、資料の登場人物の気持ちや考えを聞く発問を「場面発問」と言い、資料

のテーマそのものに関わってそれを掘り下げたり、追求したりする発問、人物の生き方や資料の

全体や変化などに着目して子ども自身の考えを問う発問を「テーマ発問」と言っている。

本研究では、様々な角度から考えることができる、加藤の「開かれた発問」と永田の「テーマ

発問」を参考に、それらの発問をベースに「深く考え、議論する発問」として研究を進める。ま

た、永田は発問をいくつかの区分に分類している(図3)(図4)。

図3 問う対象による分類

図4 様々な立ち位置による分類

①場面を問う ②人物を問う ③資料を問う ④価値を問う

~はどんな気持ちか

~は何を考えている

か ~はどんな人か

~についてどう思う

この話にどんな意味があるか

この話をどう思うか

友情についてどう考えるか

自分の友情はどうか

①は場面発問、②から④はテーマ発問の性格が強くなる

A共感的な発問 B分析的な発問 C投影的な発問 D批判的な発問

~がそうしたのはなぜか

~から学ぶことは

~もしも自分が~ならばどうす

るか

~がしたことをどう思うか

本当にそれでいいのか

~はどんな気持ちか

~は何を考えているか

登場人物の気持ちや

考えを想像する

登場人物に対して自分の考え

をもつ

登場人物に自分を置き換えて

考える

登場人物の考え方から学ぶ

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個人研究

6

教科研修班

生徒に考えさせ、議論するために、生徒の実態に合わせこれらの発問を活用する。心情理解の

発問は非難を受けている印象が強いが、問題は「心情理解の発問に偏った」ということである。

発達段階や実態によっては心情理解の発問は有効であることを留めておく必要がある。

(3) 本県小中学校教諭の課題調査

本研究の主題設定の項目では、東京学芸大学の「道徳教育に関する小・中学校の教員を対象とし

た調査」(平成 24年)を紹介した。そこでは多くの先生方が授業の方法論、すなわち授業改善に関

する課題意識があることが分かった。では、本県ではどのような状況なのか、沖縄県の小中学校教

諭を対象に「道徳の授業で困っていることは何ですか」という複数回答可のアンケートを実施した

(図5)。

図5 道徳の授業で困っていること

このグラフから、本県の小中の教員が課題と考えている項目のトップが発問の工夫を含めた授業

改善であり 73.2%と多い。

(4) 道徳科における質の高い3つの指導方法

「指導方法・評価等について」には、質の高い多様な指導方法として、以下の3つを示している。

1「読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習」、2「問題解決的な学習」、3「道徳的行

為に関する体験的な学習」である。次に、3つの指導方法の特徴を表3に示す。

表3 3つの指導法の特徴(「指導方法・評価等について」より)

1 読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習

教材の登場人物の判断や心情を自分との関わりにおいて多面的・多角的に考えることを通し、道徳的諸価値の理解を深めることにつ

いて効果的な指導方法であり、登場人物に自分を投影して、その判断や心情を考えることにより、道徳的価値の理解を深めることがで

きる。

2 問題解決的な学習

児童生徒一人一人が生きる上で出会う様々な道徳的諸価値に関わる問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養うこ

とができる。

問題場面について児童生徒自身の考えの根拠を問う発問や、問題場面を実際の自分に当てはめて考えてみることを促す発問、問題場

面における道徳的価値の意味を考えさせる発問などによって、道徳的価値を実現するための資質・能力を養うことができる。

3 道徳的行為に関する体験的な学習

役割演技などの体験的な学習を通して、実際の問題場面を実感を伴って理解することを通して、様々な問題や課題を主体的に解決す

るために必要な資質・能力を養うことができる。

問題場面を実際に体験してみること、また、それに対して自分ならどういう行動をとるかという問題解決のための役割演技を通して、

道徳的価値を実現するための資質・能力を養うことができる。

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

教材選び

授業改善

評価

教材研究

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

秋田

全国

沖縄

よく行った

15.6%

40.0%

28.9%

48.4%

47.4%

73.2%

45.2%

n=428

図6 道徳の時間において、生徒自らが考え、話し合う指導(学校質問紙)

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道 徳

7

教科研修班

道徳の授業においても「資質・能力の3つの柱」とリンクした授業展開を行い、生徒の考える力

や生きる力等を育成することを意識している。平成 28年度の全国学力・学習状況調査(中学校)で

は、秋田県と沖縄県、全国とを比較してみると、秋田では、全国や沖縄に比べ、考え、話し合う道

徳の授業を実践していることがわかる(図6)。

(5) 検証授業について

前年度の道徳個人研究は小学校低学年と高学年で実践した。指導方法は上記の3つの指導方法の

1 つである「問題解決的な学習」に焦点を絞って行った。今年度の研究対象は、小学校から中学校

へ移し、発達段階に応じ、指導方法もいろいろな視点からアプローチした。研究協力委員の川上妙

子教諭の協力のもと、那覇市立金城中学校2年2組 34名のクラスで行った。

① 検証授業の内容

本研究では3回の検証授業を実施した。3回の検証授業の内容はどれも「いじめ」に関する内

容で扱った。なぜなら、2013 年(平成 25 年)に「いじめ防止対策推進法」が施行され今年で4

年目に入るにもかかわらず、いじめを原因とした自殺が後を絶たないという現状があるからであ

る。いじめによる自殺の情報はマスメディアを通し知ることができるが、自殺しないまでも世間

に出ていないいじめの実態は少なくない。道徳教育や道徳の授業が充実すれば、いじめはなくな

るかといえば、全くなくなることはないであろう。しかし、予防をしたり、いじめを減らしたり

することは可能であると考える。

この状況を受け、平成 28年 11月、松野博一文部科学大臣がメッセージを発信した。メッセー

ジの最初には、「平成 30年度から全面実施となる『特別の教科道徳』の充実が、いじめ防止に向

けて大変重要だと思っています」とあり、メッセージの最後には、いじめに関する道徳の授業に

ついて、「道徳の特別の教科化の全面実施をまたずにできることです。学校や児童生徒の実態を踏

まえつつ、できることから、いじめに関して考え、議論する授業を積極的に展開していただきた

い」と締めくくられている。

② 検証授業で取り扱う教材と内容項目

使用する教材は、教材選びの幅を広げるため、持ち込み教材、「私たちの道徳」、金城中で採用

している副教材〈「みんなで生き方を考える道徳2」(日本標準)〉と3つのパターンで試みた。ま

た、生徒の意識を高めるため、実話や実際にあるであろう状況を想定した教材を活用した。3つ

の教材は、授業者や生徒の実態に応じ、ねらいとする道徳的価値がいくつかあげられる内容であ

る。第2回では、授業終了後、保護者と話合いを促し、いじめについて一緒に考えてもらう宿題

も出した。

ア 第1回 教材名 「わたしのいもうと」松谷みよ子 著(偕成社)

内容項目 D-(19)生命の尊さ 【いじめられる側の立場を中心として】

イ 第2回 教材名 「卒業文集最後の二行」一戸冬彦 著(私たちの道徳)

内容項目 D-(22)よりよく生きる【いじめる側の立場を中心として】

ウ 第3回 教材名 「わたしのせいじゃない」レイフ 著(副教材)

内容項目 C-(11)公正、公平、社会正義 【傍観者を中心として】

(6) 検証授業の実際

① 授業デザインの視点「わたしのいもうと」

実話をもとにした絵本である。転校先の学校でいじめにあい、そのいじめが原因で命を落とす、

という内容である。この教材では、いじめられる側の立場から授業

の構成を考えた。

ア 座席形態

通常の形態で実施(写真1)。全員が黒板に顔を向けた形式の座

席で、教師が生徒全員の表情等の活動の様子を把握しやすい。

イ ねらい 写真1

いじめによって命を失うことがあることに気付かせる。また、いじめる側はそのことを忘れ

てしまうことを知り、いじめられる側の心の傷はその後も残ることを理解し、いじめの本質を

知る。さらに、実話であることを告げ生徒の学習意識を高める。

ウ 授業の工夫

展開で、教材提示の場面で「わたしのいもうと」の絵本は使用せず、ユニバーサルデザイン

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個人研究

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教科研修班

としても活用できるICTでの提示を試みた(写真2)。そうするこ

とにより、全員が教材内容に集中でき、視覚的にもイメージしやす

いと考える。

エ 発問の工夫

導入では、発問1「いじめとは何か」ということを問うことで、

本時の学習の焦点化を図った。展開前段では、発問2(中心発問)

を「なぜ、妹は7年も経っているのに亡くなってしまったのか」と問い、ねらいのひとつであ

る、「いじめによって命を失うことがあることに気付かせ、いじめの本質を知る」に迫った。一

人で考えさせた後、ペアで意見交換をし、他者の考えを聞く場を設けた。ペアでの話合いでは、

「1 人で生きることが辛くなったから」「生きる必要がないと思ったから」等、妹自身の立場か

らの意見が多かった。よって、問い返し発問を行った。「引きこもっている時も、お母さんは寄

り添っていたのではないか」と問い、それでも亡くなってしまうほどの心の傷の深さを気付か

せることができた。展開後段では、自己を見つめること(自我関与)を意識した発問3「今ま

でに人を傷つけたこと、また、傷ついたこと」を聞き、その回数をおおよそで思い出させ、傷

つけた回数と傷ついた回数を比較することによりねらいのひとつである「いじめる側はそのこ

とを忘れてしまうことを知り、いじめられる側の心の傷はその後も残ることを理解する」に迫

った。そして、授業を通し、いじめに関して、感じ方や受け止め方に変化が現れないか見取る

ため、授業の最後にもう一度導入での発問「いじめとは何か」を聞いた。

オ 板書の工夫

妹はいじめを受け7年後に命を落としている。いじめた当事者たちは卒業して、妹には直接

接する機会はなくなったにもかかわらず、なぜ、7年間引きこもりその結果亡くなってしまっ

たのかを考えることができるような板書を試みた(写真3)。

写真3 「わたしのいもうと」板書

② 授業デザインの視点「卒業文集最後の二行」

一戸氏の回想録であるこの教材は、自分の T子さんに対する言動は悪いこととわかっているの

にやめられず、自責の念をいだいたまま大人になるといった内容である。いじめる側の立場から

授業の構成を考えた。

ア 座席形態

お互いの顔を見ながら議論ができるよう、机をお互いに向き合わ

せ3名で一つのグループを作り実践した(写真4)。

イ ねらい

人間理解の視点から、悪いとわかっているが、そのような言動を

してしまう人間の弱さがあることを理解し、それを乗り越えること

が必要であることを知る。

いじめられる立場になって、心情を理解し、いかなる理由があっ 写真4

てもいじめる理由にはならないことを理解する。

ウ 授業の工夫

導入で、前時「わたしのいもうと」での気づいたことや感想等を提示し、このクラスの4人

に1人がいじめられた経験があることを伝え、いじめは身近に起こりうることであると意識さ

せた。グループの座席なので、発問時、他者の意見を聞き自分の考えの再構築する場を設けた。

また、授業の最後に、「妹をいじめた人と一戸さんの違い」、「一戸さんはこれからどうしたら

妹とクラスの時間経過をグラフ

に示し双方の心情を視覚的に分

かるように工夫した。

写真2

転校前、学校生活を楽し

みにしている絵と転向後

のいじめにあって辛い様

子を対にして提示し比べ

る板書の工夫

Page 9: 自己を見つめ道徳性を養う道徳の授業デザインkyouka.edu-c.open.ed.jp/files/folder2830/1doutoku.pdfさらに、「道徳の授業が十分に行われてい ない理由」の項目では、「指導の仕方が難しい」、「指導が形式化するなどして魅力がない」この2つを合わ

道 徳

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教科研修班

よいでしょう」という二つの問を出し、人間には少なからずとも、よりよく生きようとする心

があることに気づかせるように試みた。さらに、いじめに関して保護者との話し合いのきっか

けづくりを設定した。

エ 発問の工夫

前回の「わたしのいもうと」でのクラスの感想等を提示した。そこで、「妹がいじめられる原

因はあるのか」発問してみた。その結果、全員が「いじめられる理由はない」と回答した。み

んなの考えに触れることを通して、授業を受ける心構えをつくる導入である。前時の授業を想

起させた後、自分に置き換えて考える発問を行った。「あなたがいじめにあっているとき、あな

たの気持ちを教えてください」と「いじめにあっているとき、周りの人たちにしてもらいたか

ったことは何ですか」を問うことで、いじめられる人の気持ちといじめに対する対処等を振り

返ることができる。対処法では、いじめられている人に声をかけたり、相談にのったり、そし

て、先生や大人に相談する、といった発言が出た。

次の発問では、「一戸さんは、悪いと思いながらも、なぜ、T子さんへのいじめをやめられな

かったのか」、「T子さんは今まで耐えてきたのに、なぜ、カンニングを責められたとき、泣い

たり、叫んだりしたのでしょう」、「一戸さんは最後の二行を読んだとき、なぜ、泣いたのでし

ょう」と「なぜ」を問うことにより人間の弱さの部分を考えさせる。

③ 授業デザインの視点「わたしのせいじゃない」

いじめが起こったときの周りにいる取り巻きを描いた絵本で、周りに居る人が助けることなく

傍観者であり、加害者になるといった現実的にある内容である。

ア 座席形態

通常の形態で実施(写真1参照)

イ ねらい

いじめが起きない集団にする態度を育てる。

ウ 授業の工夫

導入で、前時の二つの授業を振り返る発問「妹とT子さんは、いじめられる理由があります

か」を問い、いじめられるのに理由はないことを想起させた。教材提示の場面で「わたしのい

もうと」と同様、教材は使用せず、ICTでの提示を試みた(写真2参照)。ICTでの絵場面

の提示後、絵本の絵を黒板に貼りそれぞれの場面で何があったか等、想像を促す発問を行った。

エ 発問の工夫

いじめが起こった場合、「どのような立場の人がいるのか」を問い、傍観者というキーワード

を引き出す。それぞれの絵場面で、「何があったと思いますか」、「どんなことが起こったと思い

ますか」、「その子はどんなふうに変わっているのかな」、「その子が何も言わなければ知らんふ

りでいいのですか」、「本当に助けを求めるサインはだしていなかったかな」を問い、自己を見

つめることを通して、集団を見つめることを試みた。そうすることにより、傍観者をなくし、

いじめを見かけたときはどうすればよいかという問題解決的な考えを導き出す。

オ 板書の工夫

第1回、第2回の検証授業を想起(復習)し、ICT提示の後、各場面の絵を貼り視覚可し

生徒の発言等を板書し、思考の流れを整理できるようにした(写真5)。

今回の板書スタイルは右から左への縦書きである。右から教材内容の流れによって発問し生

徒の発言を板書する。

写真5 「わたしのせいじゃない」板書

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個人研究

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教科研修班

5 検証授業の振り返り

3つの授業を振り返り、自己を見つめることを通しての道徳性の高まりについて考察してみる。

(1) 「わたしのいもうと」

発問のポイントとして、授業の最初と最後

に同じ発問をし、一人で考え、自分の考えを

伝え、他者の考えを聞いて、再度一人で考え、

自分の考えを再構築する。という流れで行っ

た。授業の最初と最後の発問「いじめとは」

を問い、他者の考えを聞くことを通し、授業

前と授業後の「いじめ」に関しての感じ方や

受け止め等の変容を見取った。図7は、最初のいじめに関する捉えが、状況や行動面等の記述であ

ったのが、最後は内面に関しての捉えとして受け止めている(抜粋)。いじめの本質に迫った受け止

めと考える。

自己を見つめさせる発問では、人を傷つけたこと、傷つけられたことについて記述させた。机間

指導でその割合を見た。すると、約 15%の生徒が傷つけたことがある、と回答し、約 50%の生徒

が傷つけられたことがあると

回答した。その数値の差を生徒

に伝え、妹の最後の手紙とリン

クさせ、「いじめた人はそのこ

とをすぐに忘れてしまうけど、

いじめられた人は忘れない」と

いうことと「いじめによって、

命を失うことがある」ことに気

づかせた(表4)。

(2) 「卒業文集最後の二行」

人間理解の視点から、人には

良いと思っていても実行できない弱さがあることに気づかせる中心発問「悪いと思いながらも、な

ぜ、T子さんへのいじめをやめられなかったのか」を聞いてみた。

指導する側は、「自分自身の心の弱さ」に関しての発言が多いと予想したが、ほとんどの生徒は、

「かばうと逆に自分がいじめられるから。みんながいじめているから」などであった。そこで、問

い返し発問として、「相手が反論せず、見ていてイライラしたら、いじめていいのではないか」と聞

いてみた。すると、「いじめても良い」と発言した生徒が 2 人いた。その発言を受け止めつつ、「あ

なただったら、そういう場合、いじめるのですか」と聞くと、ふたりとも「いじめはしない」と発

言した。なぜかと問うと、「それはいけないことだから」と返ってきた。生徒は基本的に、いじめを

やってはいけないことだということを意識の底では分かっていると感じた。3名グループでの話合

いを中心とした活動で授業を展開していった(写真6)。表5は授業で学んだことや感想等である。

表5 グループでの話合いを通した生徒の学んだことや感想等(抜粋)

(3) 「わたしのせいじゃない」

ICT提示後、絵場面の提示で、クラスで、いじめがあったこと、暴言

や暴力等があったこと、大勢でやっていること、何が変わっていて、それ

がいじめる理由になるのか、その子はサインを出していないのか、などの

発問で、想像をすることにより発言がでるよう試みた。

授業最初 → 授業最後 (抜粋)

・ばかにすること、殴ること。 → 一生心に残る辛いこと

・嫌がることをする。 → 人の心を傷つけること。

・複数の人がやること。 → 人を苦しめること。

・相手が嫌がること。 → 最悪の場合、死につながること。

・やったらダメなこと。 → 人それぞれの考え方の違いからでるダメなこと。

・人の心を傷つけるもの → 人の心を傷つけて、ボロボロにすること。

・あらためていじめがきつくて苦しいものか分かった。あと、いじめた方はすぐ忘れるけど、

いじめられた方はずっと心に残っている。

・いじめている人はいじめていることをすぐに忘れて、いじめられている人は一生忘れない。

・いじめは、人の心に傷をつけるだけではなく、命を奪うこともある。悲しいこと。

・いじめを受けているのならばすぐに先生に言う。いじめでその人が死ぬかもしれないことが

分かった。 ・一生その気持ちを忘れられず、死なせてしまうことがある。

・7年間も無言な日々を過ごし、時間が経っても死ぬことがあることが分かりました。

・いつもよりいじめについて考えさせられました。いじめられている人の気持ちを知ることが

できた。

・いじめられた人は、遊ぶことも、勉強することもできないから、人生に大きく関わることが

分かった。

・いじめられている人は、本当はとても優しくて友達と仲良くしたかったことが分かり、人前で泣いたり、弱音を吐いたりしない人

だと分かりました。いじめている人は勇気など、あと少しだけ頑張れることができない人だと思いました。

・いじめは小さなことから始まっている。先生とかが気づいて、助けて欲しい。

・いじめた人も、いじめられた人も、それぞれ後悔や罪悪感、辛い気持ちと悲しい気持ちなど、どちらも良い思いはしないし、決し

て良いものではないと改めて感じました。また、自分以外のグループの人の話を聞いて、自分と違った意見や共感できる部分があ

って、学べたことがたくさんあった。いじめを減らせるように、自分と向き合ってがんばっていきたいです。

・服とかは汚いと自分は分かっているけど、心まで汚いと言われたのが辛かったのではないか。

図7 いじめの受け止め方等の変容

写真6

表4 生徒の学んだことや気づいたこと

等の記述(抜粋)

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道 徳

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教科研修班

また、「自分ならどう考え、行動するか」に踏み込んだ発問を行った。表6は授業で学んだことや感

想等である。 表6 授業の感想等(抜粋)

(4) 生徒の自己評価より

3回の検証授業前と後とで2つのアンケートを実施した。1つ目は、いじめに認識に関するアン

ケートを実施した。2013年度文科省「いじめの定義」によると、このアンケートの項目はすべてい

じめに値する(表7)。 表7 いじめであると回答した割合(n=31)

各項目で、「いじめと思う」

と回答した生徒の割合を示して

いる。各項目でポイントが伸び

ているが、100%に達している

項目は④から⑧である。各検証

授業の教材内容が主に精神的

に傷つくいじめであったこと、

指導過程で金銭関係等の事例

を紹介するなどの工夫が必要

であったと振り返る。

⑨の項目は、いじめられてい

る人にも原因があると思う生徒

が小数ながらいるのではないか

と予想し設定した。授業前と後

を比べると、いじめられても仕

方がない理由が7つから2つに

減少した。これは、議論する場

面で他者の意見に触れ、自分の

考えを再構築した生徒がいたか

らではないかと考える。表8は

クラスで共有した生徒の意見で

ある。 表8 クラスで共有した生徒の意見(抜粋)

2つ目のアンケートは、自我関与に関すること(①)。道徳的価値について自分の考えを持ち、他

の人に伝えることができたかということ、話合いや議論の過程の評価(②③④)。道徳的な心の状態

を基として、どう行動するか(⑤)。3回の授業を通して、認知的にも心情的にも理解したこと(⑥)。

以上の項目で自己評価を通し生徒の変容を見取った(表9)。

項 目 授業前 授業後

①人からゲームやお金を借りてわざと返さない 78.7% 93.5%

②買い物や食べ物の代金を他の人に無理に払わす 72.7% 90.3%

③自分の持ち物を無理に他の人に持たせる 66.6% 96.6%

④悪口を言ったり、ありもしないことを言いふらす 87.8% 100%

⑤嫌がるあだ名や気にしていることを人前で言う 87.8% 100%

⑥無視する 63.6% 100%

⑦物を隠したり、落書きしたり、壊したりする 96.9% 100%

⑧SNSなどで悪口や嫌がらせを書く 87.8% 100%

⑨いじめられても仕方が無いと思う人は理由を書いてください

・自分がいじめにあったり、いじめを目撃したりした場合、周りの大人に相談する。

・価値観が違うからといじめてはいけない。人はみんな違うからいじめる理由はないと思う。

・今日の授業では普段ありそうなことなので、深く考えさせられた。

・いじめられる側が悪いと言葉はただの言い訳。いじめている人は、いじめられている人の心をもっと知った方が良い。

・いじめを見たら、助ける。周りもいじめはいけないと思っていると思うので、味方につける。

授業前

・いじめたことがある人。

・いじめられる理由はないと思うけど

嫌われる理由はあると思う。

・言うことを聞かない自己中の人。

・いじめられる人はどこに行ってもい

じめられる。

・何日もお風呂に入らずくさい人。

・性格が悪い人。

・会話に急に入ってくる人。

授業後

・自己中心的な人

・性格が悪い人。

・人には人権というものがあるし、いじめていい理由など、どこにもないと思う。文の中(教材内容)の理由でいじめられている人がい

るのなら、それはおかしいと思うし、いじめている人にも苦手なところがあると思うから、いじめはだめだと思う。人はみんな違うか

らいじめる理由はないと思う。

・人と違う、自分と違うと考える人は、自分を基準にしているからで、その人の価値観ということになる。自分が完璧だと思っているの

だろうか?そんな考え方をする人が、世界中にいて、人をけなしているからだめだと思う。

・いじめられる側が悪いという言葉はただの言い訳。自分がそんな理由でいじめられていたら、そんなの言い訳じゃないかと思う。だか

らいじめている人もいじめられている人の心をもっと知った方がいいと思う。

・何度言っても聞かない人をいじめてはだめだと思う。もっと分かりやすく説明してあげたり、その人に直してほしいところがあるのな

ら、優しく教えてあげればいいと思う。

・動きがにぶくて、何度言っても聞かなくても「そういう性格なんだ」って受け止めれば良い。「人と違う」は理由になっていない。人

はそれぞれ違うからそれを理由にいじめちゃだめです。

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個人研究

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教科研修班

表9 3回の道徳検証授業での自己評価(n=33)

項 目 できた わからない できなかった

① 教材の中の人物に対し、もし自分だったらこうしようと考えることができた。 84.5% 12.1% 3.4%

② 自分の考えを持つことができた。 93.2% 3.4% 3.4%

③ 自分の考えを言うことができた。 41.5% 27.5% 31.0%

④ 他の人の考えを聞くことができた。 100% 0% 0%

⑤ これから自分は、こうして学校生活を過ごそうと意識することができた。 65.6% 34.4% 0%

⑥ いじめとはどういうものか理解することができた。 93.1% 6.9% 0%

①の項目は(ア)「自分がいじめられたらどうしますか」(イ)「いじめられている人を見かけたらど

うしますか」という発問からみてみる。(ア)では「先生や大人に相談する」が 74%を占め、問題を

よりよく解決しようと考えている。(イ)は傍観者になってはいけないという指導者側のねらいがあ

る。80%の生徒が「先生や大人に言う。声をかける。みんなで話合いをする」などの傍観者にはなら

ない考え方を見取ることができた。

②の項目では、例えば、授業の最初と最後の発問を同じ発問で問い、自分の考えを再構築できたか

が確認できる自己評価である。93.2%とほとんどの生徒が自分の考えを持つことができたと回答してい

ることから、他者との議論を通し、自分の考えを持つことができた。

③の項目では、半数以下の生徒が自分の考えを言うことができなかったと回答している。これは、

議論する場の設定で、グループ内で発言する順番を決めるなりの工夫が必要であった。生徒の実態を

考慮した取組を考えたい。

④の項目では、できると回答した生徒が 100%になっている。発言をすることが苦手な生徒でも、

聞くことは負担無くできているからではないかと考える。聞くことに関して、クラス全体が授業に積

極的に参加している現れとみることができる。

⑤の項目では、例えば、発問「いじめに関して今までの自分の受け止め方はどうでしたか」を聞き、

自己を見つめることをねらいとした。この発問からは「簡単に相談できない」「いじめている人も悪い

けど、何も抵抗などしないいじめられている方も悪いのではないか」などの意見があった。自己を見

つめた後、これからどう生きていくか、授業で学んだことを身近な生活につなげてよりよく生きてい

こうとする気持ちをみることができた。ワークシートで見取ると自分のことや相手を大切にするよう

な記述がみられた。

⑥の項目では、いじめの本質について理解できたかをみる自己評価で、いじめは、心と身体、健康

状態に悪影響を及ぼす、人権侵害であるという認識が向上した。

以上の自己評価から、意識して工夫を取り入れ、生徒の実態に合った道徳の授業を行えば、道徳的

諸価値(道徳性)が連動して高まることが期待できる。

Ⅴ まとめ

今回の研究を通して道徳の授業の重要性が再確認できた。まず、子供の伸びる能力を信じ、授業のねら

いを意識し、年間 35回の授業を確実に実施する。その際、授業スタイル、発問の種類等偏りなく、児童生

徒の実態に合わせた取組が大切である。ポイントとして、1時間の授業の中で、児童生徒の考える時間と

他者の意見に触れる時間を確保するなどを意識するとよい。

道徳性の育成は長いスパンを見通して行われる。道徳教育は学校の教育活動全体を通して行われる。そ

のことは昭和 33年から今まで一貫して述べられている。よって、道徳教育は学校長をリーダーとして学校

職員全員で取り組んでいくことが必要である。

〈主な参考文献〉

文部科学省 国立教育施策研究所 2016 『平成 28年度 全国学力・学習状況調査 報告書・調査結果資料』

文部科学省 2016 「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について」 月刊『道徳教育』2016 2014 明治図書

加藤宣行 他 2016 『一期一会の道徳授業』 東洋館出版 文部科学省 2015『学習指導要領解説特別の教科道徳編』

瀬戸誠 他 1986 『自己を見つめる』 教育開発研究所