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〔論 説〕 住民訴訟を通じての求償権の行使 AusUbung des RUckerstattungs durch Einwohnersklage 西 はじめに 1住民訴訟を通じての求償権の行使 2 国立景観国賠事件における求償権の行使 1 第2段階訴訟での主張の可否 1地方自治法242条の3第2項・第4項の改正趣旨 2 参加的効力の範囲 3 本件訴訟における参加的効力の制限 被告の行為は違法であるか 1 国立景観国賠事件と住民訴訟求償第1段階訴訟 における裁判所の判断 2 本件に類似する個室付浴場業事件 3 批判的検討(その1) 4 批判的検討(その2) 5 批判的検討(その3) 6 批判的検討(その4) 7 批判的検討(その5) 被告に重大な過失があるか 違法性と故意。重大な過失 2 一連の裁判例にみる被告の故意・重大な過失の有無 3 批判的検討(その1) 4 批判的検討(その2) 5 批判的検討(その3) IV まとあ [略語表] 69一

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〔論 説〕

住民訴訟を通じての求償権の行使

AusUbung des RUckerstattungsanspruch

     durch Einwohnersklage

西 埜 お早

目  次

はじめに

 1住民訴訟を通じての求償権の行使

 2 国立景観国賠事件における求償権の行使

1 第2段階訴訟での主張の可否

 1地方自治法242条の3第2項・第4項の改正趣旨 2 参加的効力の範囲

 3 本件訴訟における参加的効力の制限

且 被告の行為は違法であるか

 1 国立景観国賠事件と住民訴訟求償第1段階訴訟

  における裁判所の判断

 2 本件に類似する個室付浴場業事件

 3 批判的検討(その1)

 4 批判的検討(その2)

 5 批判的検討(その3)

 6 批判的検討(その4)

 7 批判的検討(その5)

皿 被告に重大な過失があるか

 ユ 違法性と故意。重大な過失

 2 一連の裁判例にみる被告の故意・重大な過失の有無

 3 批判的検討(その1)

 4 批判的検討(その2)

 5 批判的検討(その3)

IV まとあ

[略語表]

一 69一

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法科大学院論集 第12号

はじめに

1住民訴訟を通じての求償権の行使

 公務員の個人責任についての否定説に立てば,公務員個人は直接被害者に対

して損害賠償責任を負わない。しかし,公務員に故意または重大な過失(重過

失)があるときは,国家賠償法(国賠法)1条2項に基づき,国・公共団体は

その公務員に対して求償権を有する。

 求償権の規定があるものの,現実には求償権の行使はあまりなされていな

いω。公務員が納得して求償権の行使に応じた例はいくらかあるが,訴訟にな

るのは極めて稀である(2)。

 国・公共団体が求償権の行使を怠っている場合に,どのような方法でその解

怠を追及することができるかについては,一考を要するところである。地方公

共団体については,さしあたり,住民訴訟の活用が考えられる③。

 現実に住民訴訟により求償権行使の慨怠が追及された事例としては,水道法

違反の給水承認留保(拒否)により損害を被ったAが市に対して損害賠償を

訴求し,市が請求を認諾してAに損害賠償金を支払ったところ,住民は,給

水承認留保は市長Bの不法行為によるものであり,市はBに対して求償権を

行使すべきであるとして,地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づいて

市に代位してBに損害賠償請求をした事案(東京地判昭和58・5・11判タ504

号128頁。Bに故意があったとして請求認容),市立小学校の教諭Cが体罰に

よって故意に生徒に損害を与えたため,市は示談により被害者に対して損害賠

償金を支払ったところ,住民が,市は教諭Cに対して求償権を行使すべきで

あるとして地方自治法242条の2第1項3号に基づいて住民訴訟を提起した事

案(横浜地判平成14・6・26判例自治241号47頁。教諭Cも被害者に対して

治療費・見舞金等を支払っており,求償するとしても求償額は僅少であるとし

て,請求を棄却),などがある。

一70一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

2 国立景観国賠事件における求償権の行使

 本稿で取り上げる事例も,この類型に属する。別訴において前市長の民間企

業(明和地所)に対する営業活動妨害が違法であることを理由とした国賠訴訟

で市の敗訴判決が確定し(東京高判平成17年(根本判決),平成20・3・11上

告棄却決定),市が当該民間企業に対し損害賠償金(2,500万円)と遅延損害金

(623万9,726円)を支払ったところ,住民が前市長の違法行為は故意または重

過失によるものであるとして,現市長は地方自治法242条の2第1項4号に基

づいて前市長に対して求償権を行使すべきことを求めた住民訴訟である。この

第1段階住民訴訟において,東京地判平成22年(川神判決)は,前市長には

民間企業の営業活動妨害につき重過失があったとして,被告(現市長)による

求償権の不行使は「違法な怠る事実に当たる」と判示している。

 しかし,地方公共団体の首長の行為に故意または重過失があったとして求償

権の行使がなされることについては,疑問がないわけではない。求償権の行使

をあまり行ってこなかった実態を反省し,求償権の行使を怠ってはならないと

いうのが最近の風潮ではあるが,このような考え方が地方公共団体の首長につ

いてもそのまま妥当するものか否か,再検討されなければならない。国賠法1

条2項は,公務員に故意または重過失がある場合の求償権の行使について定め

ているが,首長に故意または重過失がある場合とはどのような場合であるのか

については,これまでの判例・学説は必ずしも十分な考察を加えてこなかった。

本稿においては,地方公共団体の首長の責任を住民訴訟を通じて国賠法1条2

項の求償権行使という形態で追及することの法的問題点について考察する。

1 第2段階訴訟での主張の可否

 最初に,住民訴訟の4号訴訟について,第1段階訴訟で地方公共団体の敗訴

判決が確定した場合に,第2段階訴訟で被告は再度違法性や故意・重過失がな

いことを主張することができるか否かについて考察し,その後に,求償権行使

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法科大学院論集 第12号

の要件等について検討する。本稿の重点は後者にあるが,その前提として,前

者の問題にも簡単に触れておくことにする。

1地方自治法242条の3第2項・第4項の改正趣旨

 平成14年に地方自治法の住民訴訟の規定が改正されたが,改正の趣旨につ

いては,文献において,「第1段階の確定判決は訴訟告知を受けた者と当該地

方公共団体間においても効力を有することから,第2段階における訴訟では再

度違法性や責任を蒸し返すことはできないから,裁判が長引くことはないと考

えられる」(4),「自治法242条の2第1項4号請求の判決に基づいて地方公共団

体が損害賠償等の請求訴訟を提起した場合に,その被告となった当該職員等は

民訴法46条各号の場合を除き,4号請求の判決の判断内容すなわち,判決の

主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断並びに判決理由で

なされた判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断

を争うことはできないことになる(最判昭和45年10月22日民集24巻11号

1583頁,最判平成14年1月22日判夕1085号194頁)」(5),などと説かれてい

る。

 この点について,原告準備書面(1)2頁は,「被告は前件住民訴訟事件の第2

段階訴訟である本訴においては,既に前件住民訴訟事件の判決で決着済みであ

る自己の行為の適法性や無過失などを主張することはできない」として,被告

の主張は失当であると主張している。

2 参加的効力の範囲

 一般的にみれば,上記の文献が説明しているように,第1段階訴訟で訴訟告

知を受け,補助参加した本件被告には参加的効力が及び,第2段階訴訟では,

違法性や故意・重過失がないことを主張することができないかのように考えら

れないでもない。しかし,上記文献も,「民訴法46条各号の場合を除き」と述

べているように,例外がないわけではない。この点については,すでに被告準

備書面(2)3頁で引用されているように,文献において,「補助参加人に対して

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住民訴訟を通じての求償権の行使

不利にはたらく判決の効力は,相手方との関係においても,被参加人に対する

関係においても,補助参加人が自由に訴訟追行をしたか,またはその可能性が

あったことを前提としているから,補助参加人が被参加人に従属する地位から

訴訟追行の現実的可能性がなかった場合には,補助参加人はこれらの事情を主

張立証して自分に対して判決の効力が及ぶことを排除することができる」と説

かれている(6)。また,民事訴訟法のコンメンタールにおいても,「被参加人が参

加人の訴訟行為を妨げたとき」との小見出しの下で,「被参加人が参加人の訴

訟行為を妨げたときも,後日被参加人・参加人間の訴訟において被参加人が判

決の効力を主張するのに対し,参加人はこの訴訟行為をすることができたなら

ば,訴訟の結果は別異であったことを主張できるのであって,……判決の効力

に当然には拘束されない。被参加人が参加人の訴訟行為を妨げたとは,……参

加人の提起した上訴を取り下げたり,……」と説かれている(7)。

3 本件訴訟における参加的効力の制限

 本件においては,第1段階訴訟で国立市が敗訴し,控訴したが,途中で控訴

を取り下げたため,一審の敗訴判決(東京地判平成22年(川神判決))が確定

した。一審判決は,補助参加人(本件被告)の行為が違法で重過失によるもの

であるとして,「被告補助参加人に求償権の行使をせよ」というものであった。

この控訴取下げは,補助参加人の地位にあった本件被告の意向を何ら確認する

ことなく,突然なされたものであった。このような場合にも被告に参加的効力

が及び,第2段階訴訟ではもはや違法性と重大な過失を争えないということに

なれば,補助参加人の地位にあった被告は十分な訴訟追行を行うことができず,

裁判を受ける権利が侵害されることになる。そして,そのことは,わざわざ第

2段階訴訟を設けた立法趣旨にも添わないことになる。

 したがって,本件訴訟においては,改めて,被告の行為の違法性,故意・重

過失の有無について実質的な判断がなされるべきである。地方自治法242の3

第4項の形式的解釈に終始すべきではない。「住民訴訟を通じての首長に対す

る求償権行使の可否」という問題の重要性に鑑みれば,入り口のところで争う

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法科大学院論集 第12号

のではなく,門の内に入って,主題について緻密な論議をすべきであろう(8)。

ll 被告の行為は違法であるか

1 国立景観国賠事件と住民訴訟求償第1段階訴訟における裁判所の判断

 東京地判平成14年(藤山判決)と控訴審の東京高判平成17年(根本判決)

は,ともに本件被告の行為の違法性を肯定した。控訴審判決は,本件第1行為

~第4行為の違法性について,「第1審原告らの行為については,全体として

みれば,本件建物の建築・販売を阻止することを目的とする行為,すなわち第

1審原告の営業活動を妨害する行為であり,かつ,その態様は地方公共団体及

びその首長に要請される中立性・公平性を逸脱し(特に本件第1行為及び第4

行為),急激かつ強引な行政施策の変更であり(特に本件第2行為),また,異

例かつ執拗な目的達成行為(特に本件第1,第3及び第4行為)であって,地

方公共団体又はその首長として社会通念上許容される限度を逸脱しているとい

うべきである。/これらの行為について,個々の行為を単独で取り上げた場合

には不法行為を構成しないこともあり得るけれども,一連の行為として全体的

に観察すれば,第1審被告らは,補助参加人らの妨害行為をも期待しながら,

第1審原告に許されている適法な営業行為すなわち本件建物の建築及び販売等

を妨害したものと判断せざるを得ない」と判示している。

 また,東京地判平成22年(川神判決)は,東京高判平成17年(根本判決)

の判断枠組みにほぼ全面的に依拠して,「普通地方公共団体の長が,当該普通

地方公共団体の事務の執行等に当たり,私人の適法な営業活動を妨害する目的

を有していることが明らかで,かつ,他の事情とあいまって,当該長に要請さ

れる中立性・公平性を逸脱し,社会通念上許容されない程度に私人の営業活動

を妨害した場合には,違法性を阻却する事情が存しない限り,行為全体として

当該私人の営業活動を妨害したものとして,当該長が,当該私人に対して負う

職務上の法的義務に違反したと認められ,国家賠償法1条1項にいう違法があ

るということができると解すべきである」との一般論を展開した上で,次のよ

一74一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

うに述べている。「前市長は,①別のマンションに関する懇談会に参加した際,

桐朋学園らを含む出席者に対し,殊更本件建物の建築計画と行政における建設

阻止の困難性を述べ,本件建物の建築反対運動を広げ(本件第1行為),②明

和地所が国立市の行政指導に応じないとみるや,強い意向を示して,国立市を

して本件地区計画及び本件条例の制定という方策に変更させるとともに,本件

建物の工事着工前の制定を目指して自ら積極的にその準備行為をし(本件第2

行為),③市議会においても,複数回にわたって留保を付することなく本件建

物が違反建築物である旨答弁した(本件第3行為)ほか,④上記のとおり行政

側において本件建物の建築計画そのものにはその中止を求め得るだけの法令違

反が存在しないことを十分に知悉しながら,建築指導事務所長に本件建物が違

反建築物であることを前提に建築確認申請の判断をするよう求めたり,本件建

物の一部につき電気,ガス等の供給承諾を留保するよう東京都知事に働きかけ

たりするだけでなく,本件建物の完成後においても,自ら率先して,建築指導

事務所長に対して本件建物に係る検査済証を交付したことに抗議し,国立市と

しては本件建物が違法建築物であると判断している旨の報道を繰り返させた

(本件第4行為)が,⑤これらの行動について誤りを訂正したり,市民が抱く

誤解を払拭する言動をしたりしたことはうかがわれない。/このような経緯に

照らせば,前市長による本件第1行為から本件第4行為までの一連の行為は,

全体的に観察すれば,前市長が,建築基準法に違反しない適法建築物である本

件建物の建築・販売を阻止することを目的として,桐朋学園らにおいて妨害行

為に及ぶことをも期待しながら,明和地所に許されている適法な営業行為すな

わち本件建物の建築及び販売等を妨害するものというべきであり,かつ,その

態様は普通地方公共団体の長として要請される中立性・公平性を逸脱し(特に

本件第1行為及び第4行為),行政の継続性の視点を欠如した急激かつ強引な

行政施策の変更であり(特に本件第2行為),また,異例かつ執拗な目的達成

行為であって(特に本件第1行為,本件第3行為及び第4行為),これにより

害される私人の権利に対して相応の配慮がなされた形跡もうかがわれないので

あるから,社会通念上許容される限度を逸脱しているというべきである。/そ

一75一

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法科大学院論集 第12号

うすると,以上の行為については,前市長が,明和地所に対して負う職務上の

法的義務に違反したものと認められるから,国家賠償法1条1項にいう違法が

あるというべきである」。

 上記の裁判所の判断に共通することは,「一連の行為」「全体的に観察すれば」

「全体としてみれば」などの表現をして,「全体的に観察すれば不法行為を構成

する」という理論構成をしていることである。

2 本件に類似する個室付浴場業事件

 このような考え方は,すでに,山形県余目町の個室付浴場業事件の控訴審判

決においても採られていたところである。仙台高判昭和49・7・8(判時756

号62頁)は,「本件児童遊園はさきに認定したように児童福祉施設としての基

準に適合していたものであるから,客観的にみるとき,本件認可処分それ自体

としては違法ということはできない。/しかしながら,前記認定によると,山

形県および余目町当局は,余目町が条例による指定禁止区域に該当しない現状

においては,控訴会社の本件トルコ風呂営業が適法なものとして許容されるこ

とになる関係上,右トルコ風呂営業を阻止するという共通の目的をもって,間

接的な手段を用いて右営業をなし得ない状態を作り出すべく,本件児童遊園の

児童福祉施設への昇格という方法を案出した。そして余目町としては早急にこ

れを児童福祉施設とすべき具体的必要性は全くなかったのに,山形県は余目町

に対し積極的に指導,働きかけを行い,余目町当局もこれに呼応して本件認可

申請に及んだものであり,結局山形県知事は余目町当局と意思相通じて,控訴

会社の計画していたトルコ風呂営業を阻止,禁止すべく,本件児童遊園を児童

福祉施設として認可したものというべきである(なお,右認定の経過に照らす

とき,余目町がその形式はともかく実質的に全く独自の立場において本件認可

申請に及んだものとは到底認められない)。/してみると,山形県知事のなし

た本件認可処分は,控訴会社が現行法上適法になし得るトルコ風呂営業を阻止,

禁止することを直接の動機,主たる目的としてなされたものであることは明ら

かであり,現今トルコ風呂営業の実態に照らし,その営業を法律上許容すべき

一76

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住民訴訟を通じての求償権の行使

かどうかという立法論はともかく,一定の阻害事由のない限りこれを許容して

いる現行法制のもとにおいては,右のような動機,目的をもってなされた本件

認可処分は,法の下における平等の理念に反するばかりでなく,憲法の保障す

る営業の自由を含む職業選択の自由ないしは私有財産権を侵害するものであっ

て,行政権の著しい濫用と評価しなければならない。すなわち,本件認可処分

は,控訴会社の右トルコ風呂営業に対する関係においては違法かつ無効のもの

であり,控訴会社の本件トルコ風呂営業を禁止する根拠とはなりえないもので

ある(このことは,本件の場合本件児童遊園認可申請の日が本件公衆浴場申請

の日以前であったことによって消長をきたすものではない。)」と判示している。

上告審の最判昭和53・5・26(民集32巻3号689頁)は,原審の判断を是認

している。この仙台高判は,児童遊園の設置認可処分に至る「行政過程を総合

的にみて」,行政権の著しい濫用であるとしたものである⑨。

3 批判的検討(その1)

 (1)個室付浴場業事件と本件との相違

 国立景観国賠事件判決や住民訴訟求償第1段階訴訟の各判決は,個々の行為

を単独で取り上げれば不法行為といえないかもしれないが,一連の行為を全体

として観察すれば不法行為に該当する,としている。個室付浴場業事件の控訴

審判決も,客観的にみれば認可処分それ自体としては違法とはいえないが,行

政過程を全体としてみれば行政権の著しい濫用である,としている。

 しかし,個室付浴場業事件と本件国立景観国賠事件とを同列にみることはで

きない。個室付浴場業事件においては,個々の行為は違法とはいえないが,行

政過程をを全体的にみれば,行政権の権限濫用といわれてもやむを得ないもの

であった。それ故,児童福祉施設の設置認可を適法とした一審判決(山形地判

昭和47・2・29判時661号25頁)の評釈において,「裁判所が,形式的皮相的

理由づけをして,姑息で好智にたけた本件児童遊園設置の認可を正当づけるこ

とは,自ら最後の頼りどころとしての裁判所の使命と機能を放棄することにな

り,国民の不信を買う結果をもたらす。憲法17条は,国又は公共団体の違法

一77一

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法科大学院論集 第12号

な権力行使による被害を可及的に救済しようとして設けられたものであること

を銘記して欲しい。裁判所がこの原点に立ち,可及的救済方法として役立つあ

らゆる理論構成を編み出すことが期待されているのである。この視点に立った

とき,本判決のように,本件児童遊園設置申請が時間的に先順位であるかどう

かによって事をきめるのではなく,そのような先順位になった実質的背景に目

が向けられるべきであろう」と説かれているのである⑩。しかし,国立景観

国賠事件では,個室付浴場業事件とは異なり,果たして全体的にみて不法行為

を構成するといえるか否か,疑問となるところである。

 個室付浴場業事件においては,余目町長は当初は個室付浴場の開設について

好意的に対応していたにもかかわらず,婦人団体や地域住民の反対運動に直面

したために,急遽,阻止に方針転換したものである。その場所に急いで児童遊

園を設置する必要性がなかったのであり,その目的は,明らかに個室付浴場業

の阻止であった。児童遊園は,法律上,「児童に健全な遊びを与えて,その健

康を増進し,又は情操をゆたかにすること」を目的に設置される施設であるか

ら(児童福祉法40条),特定の個室付浴場業の営業を阻止する目的であれば,

それは児童遊園設置の法律上の趣旨・目的と異なることになる(1’)。したがっ

て,「行政の姑息な,好智にたけた手段」と批判されてもやむを得ないもので

あった。これに対して,国立景観国賠事件では,長年にわたる住民の景観保護

活動が背景にあるのであり,「行政の姑息な,好智にたけた手段」とはいえな

いのである。それ故,個室付浴場業事件では全体的にみて違法であったとして

も,国立景観国賠事件では,全体的にみても違法とはいえないものである。文

献においても,両事件の相違を指摘するものがある(12)。

 ② 個室付浴場業事件判決の文献における評価

 ところで,本稿においては,上記のように,個室付浴場業事件における仙台

高判,それを是認した最高裁判決を妥当と評価したが,文献においては,この

判決に対しては,批判的なものが少なくない。その代表的なものとしては,

「現実目前の行政需要に応えるたあ自治体当局者は法の不備にもめげず血のに

一78 一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

じむような努力を重ねている。本件の場合も条例による禁止地域の指定が正道

であったが,その時間的余裕がなかったたあ,上記のような方法がとられた。……

本件における全体としての行政過程は,上記の現行実定法上におけるトルコ風

呂営業規制の内容性格,現代行政法における法と行政の新しい関係などのほか,

本件の具体的事情を考慮すると,必ずしも違法とは断定できないものがある。……

本件の全体の行政過程を適法とみる余地も十二分にあるものといえる」との見

解⑬,「トルコ風呂のような,ともすると不健全になりがちな営業につき,そ

の自由を強調し,その阻止を主観的に意図するところの行為であれば,これを

ただちに形式論理的に違法であると断ずることには問題がないではない。……

児童福祉施設の設置が結果的にはトルコ風呂の設置を妨げる効果をもつとして

も,だからといって,トルコ風呂の設置されるのを知りながら,それに先んじ

て地方公共団体が児童福祉施設を設置することが,つねにトルコ風呂営業への

違法な侵害となるものとはいえない。……昨今では,地方公共団体は地域環境

を保全し地域住民の環境権を保護することをその重要な使命に加えるに至って

いるのであり,住民の意向を反映して健全な町づくりに努むべき地位にある。

これらの事情を考えると,町が,住民の反対運動を契機にして従来の政策を深

く反省し,トルコ風呂などのない健全な環境のもとに児童福祉施設の充実をは

かるべく在来の政策を変更することは,町として当然の対応であり,むしろ望

ましい場合すらあるといえる。あえてトルコ風呂に義理だてして,環境悪化を

甘受しなければならないことはないはずである。町の児童福祉施設の設置は,

事情によっては,いわば環境防衛という行政目的達成のための緊急避難的要素

をもつ場合もありえよう」どの見解(且4),「個室付浴場業は,営業の自由を享受

するとはいえ,周知の通り管理売春の疑いがあって,不健全な営業であるから,

価値は低いし,地方公共団体は地域の環境の悪化を防止する責務を負うのであ

るから,急遽児童遊園を整備したくらいでは,違法と評価するほどのことはな

いとも考えられる」との見解㈲,などがある。

 個室付浴場業事件の最高裁判決の評価については,私見は,上記の批判的な

見解と必ずしも軌を一にするものではないが,上記の引用箇所については共鳴

79一

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法科大学院論集 第12号

するものがある。長文にわたって引用したのは,そのためである。上記の批判

的見解は,本件国立景観国賠事件を検討するに際して,大いに参考となり得る

ものである。

4 批判的検討(その2)

 先に紹介したように,東京高判平成17年(根本判決)は,個々の行為を単

独で取り上げれば不法行為を構成しないこともあり得るが,一連の行為として

全体的に観察すれば不法行為を構成する,と判示している。個々の行為が違法

ではない(適法である)のに,全体的にみれば何故に違法となるのかの問題も

あるが(16),全体的に観察しても,本件の一連の行為に違法性を認めることは困

難であろう。以下,この点について検討することにする。

 本件の一連の行為は,国立市の景観を保全するために,市民の意向を踏まえ,

市議会による条例の制定等を経て行われたものである。このことは,東京地判

平成14年(藤山判決)とその控訴審の東京高判平成17年(根本判決)も認め

ているところである。しかし,両判決とも,本件一連の行為は明和地所に対す

る営業妨害であるといい,住民訴訟求償第1段階訴訟の東京地判平成22年

(川神判決)は,このことを強調している。営業妨害が違法行為に当たること

は当然であるが,そもそも営業妨害に当たるか否かが問題になっているのであ

るから,不用意に「営業妨害」という言葉を使用すべき場面ではない。文献の

中には,「『本件建物の建築・販売を阻止することを目的とする行為』が,ただ

ちに『Xの営業活動を妨害する行為』とされている点についてはやや短絡的

にすぎ疑問がある」と評するものがある(17)。営業妨害は,明和地所からみた結

果であり,明和地所からみた一方的な評価てあって,本件被告らが本来意図し

たものではないのである。あくまでも景観保護という行政目的を推進した結果

であって,この視点を欠落させてはならない。そうでなければ,行政の行う規

制は,すべて営業妨害になってしまうおそれがある。文献の中には,東京地判

平成14年(藤山判決)について,「本判決は,建築主の行為の悪質性を全く認

定していない。たまたま法的拘束力のある高さ制限がないことにつけ込み,地

一80一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

域住民が守ってきた景観を破壊するような行動に出,それが阻止されたからと

いって,保護を与える必要があるのか,疑問を禁じ得ない」と説くものがある

が㈹,傾聴すべき指摘である。

 それにしても,一連の行為の違法性を明和地所が主張するのであれば,私企

業としての立場上やむを得ないところかもしれないが,原告国立市が主張する

というのは,いかに市長が交代し,本件が住民訴訟の第2段階訴訟であること

を考慮しても,大きな違和感を払拭できない。

5批判的検討(その3)

 訴状において,原告国立市は,被告の一連の行為について,「その態様は普

通地方公共団体の長として要請される行政の中立性及び公平性を逸脱し,………」

と主張している。この点については,すでに東京高判平成17年(根本判決)

や東京地判平成22年(川神判決)が説示していたところである。東京高判平

成17年(根本判決)は,「地区計画及び条例の内容自体は有効・適法なもので

あり,その制定手続に蝦疵がないとしても,その制定主体である地方自治体な

いしそれを代表する首長が,私人の適法な営業活動を妨害する目的を有してい

ることが明らかで,かつ,他の事情とあいまって,地方公共団体及びその首長

に要請される中立性・公平性を逸脱し,社会通念上許容されない程度に私人の

営業活動を妨害した場合,違法性を阻却する事情が存しない限り,行為全体と

して私人の営業活動を妨害した不法行為が成立することがあるというべきであ

る」「その態様は地方公共団体及びその首長に要請される中立性・公平性を逸

脱し(特に本件第1行為及び第4行為),………地方公共団体又はその首長と

して社会通念上許容される限度を逸脱しているというべきである」と判示して

いる。

 しかし,「首長に要請される中立性・公平性」とは一体何を意味するのであ

ろうか。一般職の公務員とは異なり,首長については,その意味は必ずしも明

確なものではない。この点については,すでに,被告準備書面(1>15頁以下が

指摘しているところであり,「行政の中立性」を「政策決定段階での異なる利

一81

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法科大学院論集 第12号

益・価値の間での中立の問題」に置き換え,また,「行政の公平性」を「政策

実行段階での扱いの公平の問題」に置き換えた上で,「政治的中立・価値中立

を意味する前者の『中立性」は,首長の行為の基準にはなり得ない。公約を掲

げて選挙にのぞみ,住民(有権者)によって選出された首長は,公約を遵守し,

住民によって付託された政策を遂行しなければならない。これが住民自治を体

現する首長の憲法上の責務であり,首長が公約や住民の選択を捨てて中立の立

場をとることは,自らを首長に選出した住民を裏切ることにしかならない」と

主張している。

 文献においても,次のように説くものがある。求償訴訟ではなくて住民訴訟

4号請求訴訟に関してであるが,求償訴訟においても参考となり得るものであ

る。すなわち,「裁判所は,往々にして,首長の判断過程にそってその合理性

いかんを審理することなく,事後的に事実を認定し,その観点から首長の行為

の違法性・過失を判断するし,民事上の責任と組織上の責任を区別することな

く,ミスがあったら即賠償責任があるとしている傾向にある。/しかし,首長

は政治家であり,組織の長として判断するから,その責任については政治的責

任と法的責任,組織の責任と個人の責任を分けて考えるべきである。/そして,

誤った判断とされる行為に関与した議会とか部下が責任を問われず,首長だけ

が法的に全責任を負わせられることには慎重であるべきである」。「首長はその

職務を一人で処理するのではなく,多数の部下を使い,組織を運営して判断す

る。/したがって,その職務は,法的な枠はあるものの,基本的には行政的・

政治的な任務であり,その責任の基本は政治的責任である。重大な失政があれ

ば,リコールされる(地方自治法81条)可能性があるし,そうでなくても再

選はおぼつかない。そのミスも政治的なものにとどまるものが少なくない。ミ

スがあればすべて法的責任を追及するというのでは,怖くて,誰も首長になれ

ないだろう。そのミスの中で,政治的な責任にとどまるものと,法的な責任に

なるものを整理することが肝要である」。「議会の同意がある場合,首長が議会

を欺岡したとか,強引だったという場合は………ともかく,原則的にいえば首

長に賠償責任はなく,少なくとも過失相殺すべきである。あるいは,このこと

一 82一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

は首長の裁量権逸脱の有無を判断する重要な要素というべきである」ω。

 東京高判平成17年(根本判決)や東京地判平成22年(川神判決),さらに

は訴状が,「首長に要請される中立性・公平性」の意味を明確にすることなく

説示しているということは,その意味は自明であると考えているのかもしれな

い。しかし,一般職の公務員とは異なり,首長については決して自明であると

はいえない。自明なのは,むしろ,首長の職務が政治的な任務であるというこ

とのほうであろう。中立性・公平性という言葉は,一般的感覚としてはわかり

やすい言葉ではあるが,事案から離れて独り歩きして,一般市民を惑わす危険

性を有していることに注意すべきである。何故に首長の行為に中立性・公平性

が要請されるのか,その要請される中立性・公平性はどの程度であるのか,な

どについてきめ細かな説明をしなければ,その説示は極めて説得力を欠くこと

になる。

 原告準備書面(1)6頁は,このような批判を考慮したためか,目的と手段を分

けて,目的が正当であっても,手段が正当でないことがあるという。このこと

自体は当然なことであって,格別異論を述べる必要もない。しかし,そこで主

張されている内容をみると,目的と手段を自ら混同しており,総論と各論に整

合性が認められないものになっている。

6 批判的検討(その4)

 東京地判平成14年(藤山判決)は,被告らの一連の行動を「行政の一貫性

を欠く」ものであるといい,控訴審の東京高判平成17年(根本判決)は,「急

激且つ強引な行政施策の変更」であるとしている。訴状も,「行政の継続性の

視点を欠如した急激且つ強引な行政施策の変更」であるとしている。しかし,

国立市の長年にわたる景観保護の歴史をみれば,被告準備書面(1)~(3)をみるま

でもなく,本件被告の一連の行為は,その延長線上に位置づけられるものであ

り,一貫性を欠いたり,急激な行政施策の変更であるとはいえないものである。

仮に行政施策の変更であるとしても,選挙による市長の交代によって施策が変

更されることはしばしばみられることであり,それが公約に基づくものである

一83一

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法科大学院論集 第12号

以上,施策の変更が適法であることは当然のことである⑳。後は損失補償の

要否の問題が残るだけである。行政の一貫性を欠くとか,急激かつ強引な施策

の変更であるとかの説示は,景観保護を軽視し,私企業の営業活動の保障を過

度に重視するものというべきである。私企業にも社会的責任があることを忘れ

てはならない(21)。

7批判的検討(その5)

 (1)第1行為~第4行為の違法性について

 念のために,個々の行為(第1行為~第4行為)の違法性についても一瞥し

ておくことにしよう。いずれの点についても,被告の準備書面のほうが説得力

を有しているように思われる。

 ①第1行為の違法性について

 訴状は,本件被告が桐朋学園らを構成員とする三井不動産マンションに関す

る懇談会出席者に対し,明和地所のマンション建築計画があることを話した上

で,「皆さん,このマンション問題も大事ですが,あそこの大学通りにマンショ

ンができます。いいんですか皆さん。はっきり申し上げて行政は止められませ

ん」などと述べ,その結果,桐朋学園ら周辺住民に明和地所のマンション建築

反対運動が広がった,と述べている(原告準備書面(1)10頁以下も同趣旨)。こ

れに対して,被告準備書面(1)59頁は,「被告が,上記発言によって『東京海上

跡地から大学通りの環境を考える会』を結成させたのではない。被告によるトッ

プダウンで市民運動を作るなどありえないのである」と反論している。

 ② 第2行為の違法性について

 訴状は,第2行為として,①新指導要綱に基づく事前協議や標識設置の要請,

②建物の高さを低くすることの指導,③建物の高さのルールについての都市計

画課長の発言,④標識の撤去要請,⑤明和地所からの指導内容不明確との指摘

に対する回答,⑥地区計画の告示・施行,⑦建築確認申請の取り下げ要請,⑧

条例案の提出,条例の公布・施行,などを挙げている(原告準備書面(1)11頁

以下も同趣旨)。これに対して,被告準備書面(1>60頁以下は,それぞれ理由を

一84 一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

示して詳細に反論している。

 ③第3行為の違法性について

 訴状は,「被告は,平成13年3月6日と同月29日の国立市議会の定例会に

おいて,保全事件の下級審決定である平成12年の高裁決定(東京高決平成12

年(江見決定),筆者注)の法的な拘束力に留保をつけずに,適法建築物であっ

た明和地所のマンションについて,同決定があるから本件建物が条例に違反す

る建築物である旨の答弁をした」と述べている(原告準備書面(1)11頁以下も

同趣旨)。これに対して,被告準備書面(1)77頁は,「そもそも,被告の答弁は,

同決定の法的な拘束力が問題となった質問に対してなされたものではなく,裁

判官,弁護士,学者など民事訴訟の専門家でもない市長に対し,法的拘束力に

ついて留保をつけるよう要求すること自体が酷である」として,違法建築であ

るとの高裁決定がすでに新聞等で大きく報道されていたことを指摘している。

 ④第4行為の違法性について

 訴状は,第4行為として,①テレビ朝日のインタビューに答えて,明和地所

にマンションを「建てさせない手段を,市が持っているものを使っていく」

「例えば下水道をつながないとか」などと発言していたこと,②東京都多摩西

部建築指導事務所長に対する文書の送付,③東京都知事に対する働きかけ,④

検査済証の交付に対する東京都建築主事への抗議,を挙げている(原告準備書

面(1)11以下頁も同趣旨)。これに対しても,被告準備書面(1)79頁以下は,それ

ぞれ詳細な論拠を付して反論している。

 ② 考  察

 上記の第1行為~第4行為は,個々的にみても,いずれも違法とはいえない

ものである。そのことは,被告準備書面(1>55頁以下,被告準備書面(3)5頁以下

が詳細に論証しているところであり,それ以上に格別付加することはない。国

立景観国賠事件の東京高判平成17年(根本判決)も,一連の行為として全体

的に観察すれば不法行為が成立するとしたものの,「本件地区計画決定及び本

件条例の制定それ自体をとらえて第1審被告国立市の不法行為が成立すると解

85

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            法科大学院論集 第12号

することは困難である」と判断せざるを得なかったのである。

皿 被告に重大な過失があるか

1違法性と故意・重大な過失

 国賠法1条2項の求償権の行使には,加害公務員に故意または重大な過失

(重過失)が必要である。仮に被告の一連の行為が違法であったとしても,さ

らに故意または重過失がなければならない。軽過失があるにすぎない場合には,

求償されることはない。判例によれば,「重大な過失とは,通常人に要求され

る程度の相当な注意をしないでも,わずかの注意さえすれば,たやすく違法有

害な結果を予見することができた場合であるのに,漫然これを見すごしたよう

な,ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指す」ということである(最

判昭和32・7・9民集11巻7号1203頁。ただし,失火責任法に関する判例)。

重過失と軽過失との間に質的な相違は存在せず,量的な相違があるにすぎない

から,その区別を理論的に明らかにすることは困難である(22)。

2一連の裁判例にみる被告の故意・重大な過失の有無

 東京地判平成14年(藤山判決)は,「国立市長らには,同各行為により原告

らの権利を侵害することの故意があったものということができ,また,前記(3)

に判示したところによれば,被告国立市長による前記信用殿損行為につき,被

告国立市長には少なくとも過失があったことは明らかであるから,被告国立市

は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,これらの行為により原告が被っ

た損害の賠償をすべき義務があるというほかない」と判示している。これに対

して,その控訴審の東京高判平成17年(根本判決)は,被告らの行為は全体

としてみれば不法行為が成立すると判示したものの,本件被告の故意・重過失

については判断していない。

 東京地判平成22年(川神判決)は,「前市長は,前記(1>のとおり,建築基準

法に違反しない適法建築物である本件建物の建築・販売を阻止することを目的

一86一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

として,一連の本件違法行為が,普通地方公共団体の長として要請される中立

性・公平性を逸脱し,急激かつ強引な行政施策の変更又は異例かつ執拗な目的

達成行為であると評価することができる基礎事実を十分に認識しながら,本件

違法行為に及んで明和地所の適法な営業活動を妨害したと認められる以上,少

なくとも重大な過失があることは明らかというべきであ(る)」と判示してい

る。

3 批判的検討(その1)

 文献においては,「故意」とは,当該行為を違法であると知りつつ行うこと

であり,「過失」とは,違法でであることを認識すべきであったのに不注意で

認識せずに行うことをいう,と説明されている(23)。また,別の文献においては,

「違法に他人に損害を生ぜしめるという結果について予見可能性があり,回避

可能性があるにもかかわらず,結果回避のための行為義務をつくさないこと

(予見義務違反ないし回避義務違反)を過失といい,結果発生を現に予見しつ

つ,あえて,これを意図しまたは容認して行動することを故意という」と説か

れている(24)。これらの文献によれば,公権力の行使は,一般に私人の権利侵害

を伴うものであるから,権利侵害を予見したただけでは故意や過失は存在しな

いのである(25)。松川国賠訴訟の控訴審判決(東京高判昭和45・8・1下民集21

巻7=8号1099頁)も,「一般に,不法行為における故意とは,一定の結果の

発生と,それが違法であることを認識しながらあえて行う心理状態をいい,過

失とは,一定の結果の発生とその違法を認識すべきにかかわらず不注意によっ

てこれを認識しないで行動をした心理状態をいう」と説示している。

 このような故意・過失の概念を本件訴訟に当てはめてみれば,本件各裁判例

は違法性の認識あるいは認識可能性にほとどんど触れていない。国立景観国賠

事件の東京地判平成14年(藤山判決)は,国立市長らには故意があったとし

ているが,明和地所の利益侵害を認識しただけでは故意とはいえないのであり,

それが違法であることを認識していなければならない。そうでなければ,利益

侵害行為にはすべて故意があるということになってしまうのである。このこと

一87一

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法科大学院論集 第12号

は,過失についても同様であり,違法性の認識可能性あるいは予見可能性がな

ければならない。住民訴訟求償第1段階訴訟の東京地判平成22年(川神判決)

は,違法性の認識可能性・予見可能性に全く触れておらず,単に「営業活動の

妨害」の認識をもって重過失と判断しているように思われる(26)。

4 批判的検討(その2)

 (1)法令の解釈の誤りと過失

 本件訴訟の被告には故意・重過失がないことは勿論のこと,そもそも過失が

あるか否かも問題となる。いわゆる「法令の解釈の誤りと過失」の問題である。

この問題については,一般に,①判例・学説が分かれている場合,②判例・学

説が分かれていない場合,③判例・学説がない場合,の三つに分けて論じられ

ている(27)。ここでは,一応,①の類型として考察すれば十分であろう。法令の

解釈について判例・学説が分かれている場合には,公務員がそのうちの一つの

見解を正当と解して公務を処理し,それが結果的に違法であったときに,当該

公務員に過失があったといえるか否かが問題となる。

 この点についての最高裁の判例としては,最判昭和41・7・15(訟月12巻8

号1189頁),最判昭和43・4・19(訟月14巻7号765頁),最判昭和44・2・

18(判時552号47頁),最判昭和46・6・24(民集25巻4号574頁),最判昭

和49・12・12(民集28巻10号2028頁),最判平成3・7・9(民集45巻6号

1049頁),最判平成16・1・15(民集58巻1号226頁)等がある。これらの最

高裁判例はすべて同趣旨であり,例えば,最判昭和46・6・24は,執行吏の行っ

た未登記立木の強制執行について,「ある事項に関する法律解釈につき異なる

見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の

根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚し

て公務を執行したときは,のちにその執行が違法と判断されたからといって,

ただちに右公務員に過失があったものとすることは相当でない」と判示してい

る(当時,立木の強制執行の方法として三説があった)。このような最高裁の

判例は,それまでの下級裁判所の裁判例を収敏したものであり,その後の裁判

一88一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

例は,明示的,黙示的にすべてこの流れに沿って,

を有するときは過失はない,と判示している。

その解釈自体が相当の根拠

 ② 最高裁の最近の判例

 この点に関して参考となる最近の最高裁判決は,神戸市外郭団体派遣職員へ

の人件費違法支出損害賠償等請求事件の上告審判決(最判平成24・4・20判時

2168号35頁)である。被告準備書面(1)33頁以下も,この最高裁判決に言及し

ている。同判決は,次のように判示している。

 「地方公共団体が派遣先団体等に支出した補助金等が派遣職員等の給与

に充てられることを禁止する旨の明文の規定は置いていない。また,記録

によれば,派遣法の制定の際の国会審議において,地方公共団体が営利法

人に支出した補助金が当該法人に派遣された職員の給与に充てられること

の許否に関する質問に対し,自治政務次官が,明確に否定的な見解を述べ

ることなく公益上の必要性等に係る当該地方公共団体の判断による旨の答

弁をしており,派遣法の制定後,総務省の担当者も,市や他の地方公共団

体の職員に対し,派遣先団体等における派遣職員等の給与に充てる補助金

の支出の適否については派遣法の適用関係とは別途に判断される旨の説明

をしていたこと,また,本件補助金等の支出当時,市のほかにも多くの政

令指定都市において,派遣先団体等に支出された補助金等が派遣職員等の

給与に充てられていたことがうかがわれる。さらに,法人等に派遣された

職員の給与に充てる補助金の支出の適法性に関しては,派遣法の施行前に

支出がされた事例に係る裁判例はこれを適法とするものと違法とするもの

に分かれており,派遣法の施行後に支出がされた事例につき,本件補助金

等の支出の時点で,派遣法と上記の補助金の支出の関係について直接判断

した裁判例はいまだ現れていなかった。/これらの事情に照らすと,本件

補助金等の支出当時の市長であったAにおいて,派遣法6条2項の規定

との関係で,本件各団体に対する本件補助金等の支出の適法性について疑

一89

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法科大学院論集 第12号

義があるとして調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとま

ではいえず,その支出をすることが同項の規定又はその趣旨に反するもの

であるとの認識に容易に至ることができたとはいい難い。そうすると,本

件補助金等の支出当時の市長であったAにおいて,自らの権限に属する

財務会計行為の適法性に係る注意義務に違反したとはいえず,また,補助

職員が専決等により行う財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の

義務に違反したともいえないから,本件補助金等の支出につきAに市長

として尽くすべき注意義務を怠った過失があったということはできない

(最高裁平成2Q年(行ヒ)第432号同22年9月10日第二小法廷判決・民

集64巻6号1515頁参照)」。

(3)学説の動向

学説は,判例と同様に,その解釈自体が相当の根拠を有するものであるとき

は公務員に過失はない,と解している

い。

)。この点については,異論はみられな

 〔4)一連の国立マンション事件における裁判例の動向

 この問題点について考察するについては,多数の国立マンション事件の裁判

例のうち,本件訴訟の被告側の主張に近い裁判例に注目しておくことが肝要で

ある(29)。ここでは,建築禁止仮処分申立事件の東京高決平成12年(江見決定),

建築物除却命令等請求事件の東京地判平成13年(市村判決),建築物撤去等請

求事件の東京地判平成14年(宮岡判決)をみておくことにしよう。

i 東京高決平成12年(江見決定)は,概略次のように判示している。

①相手方明和地所においては,本件土地の取得後,当時の法令の許容す

  る範囲内で本件マンションの建築を計画したものの,高層建物の建築に

 ついて,これにより日照被害を受ける者を含め,長年にわたって維持さ

 れてきた当該地域の景観の破壊を危惧した住民から強く抵抗を受けた。

一90一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

  国立市においては,住民と当該地域のあるべき姿を維持するための行動

  として条例を改正したとみることができる。

②相手方らは,国立市が本件マンションの建築計画を阻止するために,

  いわば狙い撃ち的に本件建築物制限条例を制定したことなどを理由に,

  同条例が無効であると主張する。しかしながら,「国立市議会における

  条例の制定手続の当否は,優れて政治的な問題として,裁判所が判断を

  控えるべき性質の事柄であり,制定手続の故に条例が無効とされること

  はない。また,右条例は,相手方明和地所の本件マンション建築計画に

  対して狙い撃ち的に制定されたとしても,その故に無効となることはな

  い。国の法律,地方自治体の条例いずれであれ,生じ得る事態を想定し

  て制定されるものではあるが,経済活動や犯罪が従前予想しなかった態

  様により行われるとともに,これらを規制するための立法が後追い的に

  されることは,常にあることで,異とすべきことではない」。

③本件建築物制限条例が施行された標記の日時当時,本件土地上には,

  「現に建築の工事中の建築物」(建築基準法3条2項参照)が存在してお

  らず,したがって,本件マンションは,本件建築物制限条例に適合しな

  い範囲すなわち高さ20メートルを超える範囲において,建築基準法に

  適合しない建物に当たる。

④相手方明和地所は,本件土地を購入するに当たり,当該地域が景観上

  も評価の高い地域であり,同所に高層マンションを建築するとすれば,

  住民の強い抵抗を受けることを十分知っていたか,またはこれを予想し

  ながら,敢えてこれを取得し,本件マンションの建築を進めた。当該地

  域においては,これまで,景観等の地域の住環境の保全のために住民が

  熱意をもって活動してきた実績があることは公知の事実に属し,東京海

  上が本件土地の再利用を断念した経緯があることも同相手方は知ってい

  たと推認される。

ii また,東京地判平成13年(市村判決)も,概略次のように判示してい

 る。

一91一

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法科大学院論集 第12号

 ①本件建物は,概ね高さ20メートルの並木を中心として連なる大学通

  りの景観を大きく破壊することは明らかであるから,大学通りの景観を

  維持し,都市環境を維持・保全するという本件建築条例,建築基準法の

  前記のような行政目的を著しく阻害している。

 ②本件地区のうち高さ制限地区の地権者は,本件建築条例及び本件地区

  計画により,それぞれの区分地区ごとに10メートルまたは20メートル

  以上の建築物を建てることができなくなるという規制を受けているが,

  「規制を受ける者の景観に対する利益を十分に保護しなければ,景観の

  維持という公益目的の達成自体が困難になるというべきであることなど

  を考慮すると,本件建築条例及び建築基準法68条の2は,大学通りと

  いう特定の景観の維持を図るという公益目的を実現するとともに,本件

  建築条例によって直接規制を受ける対象者である高さ制限地区地権者の,

  前記のような内容の大学通りという特定の景観を享受する利益について

  は,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むもの

  と解すべきである」。

③本件高さ制限地区の地権者の大学通りの景観に対する利益は,建築条

  例及び建築基準法によって保護された法律上の利益に該当する。

血 さらに,東京地判平成14年(宮岡判決)も,概略次のように判示して

 いる。

①被告明和地所の担当者は,本件土地の購入に先立ち,国立市の担当者

  から,大学通りの景観を巡って再三の住民運動が起こっており,景観権

  訴訟も係属中であることや,本件土地が景観条例において景観形成重点

  地区の候補地になっていることなどを聞かされており,現地調査等によっ

  ても,本件土地及び周辺の土地の従前の利用状況等を当然に認識してい

  たのであるから,本件土地上に高層マンションを建築した場合には,近

  隣住民の強い反発を呼び,国立市からも建築を規制する指導等を受ける

  ことを当然に予想し理解したはずである。

②被告明和地所は,当初近隣住民に対する説明会を予定しておらず,個

一92一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

 別訪問して近隣説明書を手交もしくは投函するという手法を採用してい

 たこと,近隣説明書に景観保護を訴える近隣住民を敵視する過激な文言

 をことさら記載していたこと,などの事実に照らすと,被告明和地所が

 本件土地購入時から近隣住民の反対を予期し,説明会を開くことを極度

 に警戒していたことが認められる。そして,このように,被告明和地所

 が本件土地購入の時点で近隣住民の反対を予期していたことは,本件土

 地に高層建築物を建築することが,単に多くの近隣住民の意向に反する

 というだけでなく,大学通りの良好な景観を破壊し,周辺地権者らの犠

 牲のもとに自己のみが利益を得る行為であることを十分認識していたこ

 とを意味する。

③被告明和地所は,本件建物の建築について,本件土地に公法上の強制

 力を伴う高さ規制がない以上建築を強行できると判断して本件土地の購

 入に踏み切ったものであり,この被告明和地所の思惑は,近隣説明書に

 記載された「悪法もまた法律である」等の文言に如実に現れている。

④被告明和地所は,行政から再三の指導を受けたにもかかわらず,文言

 が不明確であるなどと反駁し,審議会に出席を求められても応じず,勧

 告や事実の公表という重大な処分を下されたことについても真摯に受け

 止めず,近隣住民からの強い反対にも最後まで誠意のある対応をするこ

 とがなかった。また,国立市の多くの市民が本件建物の建築に反対する

 署名をし,その民意が行政に多大な影響を与えたことについてもこれを

 認めずに,行政の一貫性の欠如であるなどと非難する態度に終始した。

⑤建築物の建築等により他者に日照等の被害を与えた場合,公法上の規

 制さえ遵守していれば不法行為が成立しないというものでないことは,

 いくつもの裁判例が繰り返し判示しているところである。それにもかか

 わらず,被告明和地所は,本件建物の建築計画を近隣住民らに説明する

 に当たり,このような裁判例の存在を無視し,終始,公法上の規制を遵

 守する限り,その公法が悪法であっても,それさえ遵守すれば不法行為

 が成立することはなく,不法行為の成立を主張する者こそ法律を守らな

一93一

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法科大学院論集 第12号

   い者であると決めつけるという態度で臨んでいた。

  ⑥被告明和地所は,このように大学通りの景観を守ろうとする行政や住

   民らを敵視する姿勢をとり続ける一方で,自らは本件景観の美しさを最

   大限にアピールし,本件景観を前面に押し出したパンフレットを用いる

   などしてマンションを販売した。いかに私企業といえども,その社会的

   使命を忘れて自己の利益の追求のみに走る行為であるとの非難を免れな

   い。

 それぞれ訴訟の目的・内容は異なるものの,このように,一連の国立マンショ

ン事件の裁判例の中には,本件被告の考え方に近い立場を示すものがあり,裁

判例の間で景観に関する基本的な見解が異なっている。国立景観国賠訴訟で敗

訴した国立市が,当初,前市長に求償権の行使をしなかったのも,故意・重過

失が認められないと判断したものと推測することができる⑳。

 (5>国立マンション事件の裁判例に対する学説の評価

 一連の裁判例については,相当数の判例評釈がなされている。東京地判平成

14年(藤山判決),東京高判平成17年(根本判決)等に対しては批判的なも

のが比較的多く,東京地判平成14年(宮岡判決),東京地判平成13年(市村

判決)等に対しては賛意を表するものが比較的多いのではないかと思われる。

それらのいくつかを次に紹介することにする。これらの評釈は,いずれも被告

の第1行為~第4行為が行われてから数年後のものではあるが,行為当時にお

いても,少なくとも学説(見解)が分かれていたことの一端をを示しているも

のといってよい。

 東京地判平成14年(藤山判決)については,「本判決は,建築主の行為の悪

質性を全く認定していない。たまたま法的拘束力のある高さ制限がないことに

つけ込み,地域住民が守ってきた景観を破壊するような行動に出,それが阻止

されたからといって,保護を与える必要があるのか,疑問を禁じ得ない。本判

決は,「景観の保持の観点から私有財産権の行使が制約されるとの考え方は一

般的なものとはいい難い』と述べていることから,景観利益に対する消極的評

一94一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

価がその判断の根底にあるものと思われる。………このような価値観を共有し

うる場合には,本判決の判断もそれなりに肯定できるかもしれない。しかし,

景観保持のために建築物の20mを超える部分の撤去請求を認めた前掲東京地

判2002年12月18日や,仮処分であるが同じく景観保護のために建築差止を

認めた名古屋地決2003年3月31日判タ1119号278頁が登場してきており,

かような価値観や景観保持のために財産権の行使が制約されるとの考え方は一

般的ではないという認識は,妥当性を失いつつあるように思われる。また,景

観一般については本判決のような価値判断が仮に妥当であるとしても,本件で

問題になっている景観については別異に考えられるのではないだろうか」と説

かれている(31)。

 また,東京高判平成17年(根本判決)については,本判決が地区計画と条

例の適法性を肯定した点を評価しながらも,「もっとも,そうであるとすれば,

不法行為の認否に関する判断自体においてそのような考慮事項が『違法性を阻

却する事情』に当たらないかという点が,より十分に審理されてしかるべきで

あったように思われる。「本件建物の建築・販売を阻止することを目的とする

行為』が,ただちに『Xの営業活動を妨害する行為」とされている点につい

てはやや短絡的すぎ疑問がある。そもそも本件判旨が,本件土地に関して規制

が強化される蓋然性と事業者側におけるその予測可能性を認めていることから

すれば,市側の『急激かつ強引な行政施策の変更』,「異例かつ執拗な目的達成

行為」とされた一連の行為についても,市側の自主的解釈として本件建物を違

法視することが必ずしも不当とまではいえないなど,本件土地を含む一帯の土

地に固有の事情や事業者側の強引な営業方針との関係で吟味される必要があっ

たと考えられる」と説かれている(32)。

 さらに,東京地判平成14年(宮岡判決)について,「宮岡コート判決は,国

立・大学通り事件をめぐる一連の訴訟の中で,はじめて景観破壊の原因となる

建物部分の撤去を認めた(差止請求を認容した)ものであり,その結論におい

ても,また,その理由中で(個別的環境権としての景観権ではないとしても)

景観利益の保護を図った点においても,画期的であり,注目すべき判決である」

一 95一

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法科大学院論集 第12号

と説き,東京地判平成13年(市村判決)について,「この判決は,前記引用し

たような一定条件のもとで,景観を享受する住民の利益が権利=景観権として

保護されることをはじめて判示したものであり,注目すべき判決と評すること

ができる」と説くものがある(33)。

 そのほか,東京地判平成14年(宮岡判決)に好意的な評釈(34),東京高判平成

16年(藤山判決)に批判的な評釈(35),東京高判平成16年(大藤判決)に批判的

な見解㈹,などがある。

 ⑥ 重大な過失の有無

 このことを前提にして,住民訴訟求償第1段階訴訟の東京地判平成22年

(川神判決)が被告の前市長に重大な過失があるとしている第1行為~第4行

為についてみることにする。まず,第1行為は,本件被告が桐朋学園らを構成

員とする三井不動産マンションに関する懇談会出席者に対し,明和地所の建設

予定マンションの建築計画があることを話した上で,「皆さん,このマンショ

ン問題も大事ですが,あそこの大学通りにマンションができます。いいんです

か皆さん。はっきり申し上げて行政は止められません」などと述べ,その結果,

桐朋学園ら周辺住民に明和地所のマンション建築反対運動が広がった,という

ものである。この点については,被告準備書面(1)55頁が主張しているように,

明和地所のマンション建築計画は不動産業界においてすでに明らかになってい

たものであり,市民団体「東京海上跡地から大学通りの環境を考える会」が結

成されたのは,国立市民の間で以前から景観についての意識が高く,市民運動

が幅広く行われていたからである。ここで争われているのは法解釈という程の

ものではないが,本件被告の行為にも相当の根拠が認められるものである。上

記の判例・学説の動向からすれば,過失が否定されてよい事案である。

 第2行為は,①新指導要綱に基づく事前協議や標識設置の要請,②建物の高

さを低くすることの指導,③建物の高さのルールについての都市計画課長の発

言,④標識の撤去要請,⑤明和地所からの指導内容不明確との指摘に対する回

答,⑥地区計画の告示・施行,⑦建築確認申請の取り下げ要請,⑧条例案の提

一 96一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

出,条例の公布・施行,などである。これらの行為についてはは,見解の対立

があるにしても,被告準備書面(1)60頁以下が主張しているように,本件被告

の各行為には相当の根拠が認められるから,過失はないことになる。

 第3行為は,平成13年3月6日と同月29日の国立市議会の定例会において,

保全事件の下級審決定である平成12年の高裁決定(東京高決平成12・12・22

(江見決定))の法的な拘束力に留保をつけずに,適法建築物であった明和地所

のマンションについて,同決定があるから本件建物が条例に違反する建築物で

ある旨の答弁をした,というものである。この点についても,見解が対立して

いて,被告準備書面(1)75頁以下,被告準備書面(3)25頁以下が主張しているよ

うに,被告の行為にも相当の根拠が認められるのであり,過失はないことにな

る。国立景観国賠事件の東京地判平成14年(藤山判決)が,東京高裁決定を

「一応の判断を示した,いわゆる傍論にすぎない」として,被告の言動を正当

化することができないとしていることには疑問を払拭できない。

 第4行為は,①テレビ朝日のインタビューに答えて,明和地所にマンション

を「建てさせない手段を,市が持っているものを使っていく」「例えば下水道

をつながないとか」などと発言していたこと,②東京都多摩西部建築指導事務

所長に対する文書の送付,③東京都知事に対する働きかけ,④検査済証の交付

に対する東京都建築主事への抗議,などである。この点についても,見解が対

立していて,被告準備書面(1)79頁以下が主張しているように,被告の各行為

にも相当の根拠が認あられるのであり,過失はないことになる。

 このように,被告の各行為には相当の根拠が認められる。住民訴訟求償第1

段階訴訟の東京地判平成22年(川神判決)は,「営業活動の妨害」という点を

重視するあまり,別の見解も十分存立し得ることを軽視したものである。客観

的にみれば,被告の各行為には相当の根拠があり,前述の判例・学説の基準か

らすれば,過失が否定されてよい事案である。

一97一

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法科大学院論集 第12号

5批判的検討(その3)

 (1)外部関係と内部関係

 通説によれば,求償関係における公務員の故意または重過失は,内部的なも

のであり,被害者に対する関係のものとは必ずしも同じではない。国・公共団

体と被害者との間の訴訟で公務員に故意または重過失があることが認定されて

いても,求償権の行使については国や求償訴訟の裁判所はこれに拘束されない

で判断することができる。したがって,国家賠償訴訟の確定判決において公務

員の故意または重過失が認められていても,求償訴訟にはその既判力は及ぼな

い(37)。

 (2)例外的な場合

 これを本件についてみると,本件求償訴訟においては,内部関係におけるも

のとして重過失の有無が判断されなければならない。仮に外部関係において首

長の重過失が肯定されたとしても,首長の行為の特殊性,市長選における公約

の実行,国立市の市議会や審議会の動き,景観保護のための市民運動等を考慮

すれば,求償関係において首長の重過失が肯定されるのは例外中の例外という

べきである。本件がこれに該当するとは考えられない。東京地判平成22年

(川神判決)は,この点の検討を行っておらず,理由不備の諺りを免れないで

あろう。判例評釈においては,「本判決には,Z(前市長,筆者注)がなした

上記の一連の本件違法行為につき,不法行為の認定に係る判示に加えてこれを

重大な過失を認めるに十分な首長としての一線を越えたものと区別する積極的

な説示を認あることはできない。選挙により住民の意思を受けた首長が政策の

転換をするとしても,行政の継続性に対する信頼保護の観点から,あるいは新

政策の実行行為の目的やその態様によって,一定の場合,付随して発生した損

害に対する賠償が認められるべきである。しかし,このようなケースは限定的

でなければ,新政策に基づく首長の行為が抑制されることにもなりかねない。

ましてや求償権を行使して首長個人に対する賠償責任が認められるには,別途,

一98

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住民訴訟を通じての求償権の行使

さらなる検討が加えられる必要があろう。さもなければ,選挙を通じた健全な

民主主義制度の機能が阻害されかねない。以上のことを踏まえれば,本件にお

ける重過失の認定はやや短絡的といえ,疑問の余地が残るものであって,少な

くともより十分に審査を加え,言葉をつくされるべきであったのではないだろ

うか」と評されており(38),傾聴すべきである。被告準備書面(1)96頁以下が主張

しているのも,この趣旨ではないかと思われる。

 原告準備書面(1)18頁は,「被告は,また,国家賠償法第1条第2項に基づき

首長への求償が認められるのは,個人的事情に起因する場合であり,私利私欲

に基づく場合,自治体へ重大な損害を与えることをおよそ顧慮していない場合,

明白かつ重大な法令違反が介在している場合に限定されるべきである旨主張す

るが,このような限定をすべき合理的理由はない」とし,仮にそうであるとし

ても,被告の行為は明白かつ重大な法令違反行為であるからこの限定的な場合

に当たる,と反論している。しかし,上記の理由からすれば,被告の各行為が

限定的な場合に当たると判断するのは極めて困難であろう。

 (3)最近の最高裁判例における補足意見  ’

 この点について参照すべきなのは,先にも紹介し,被告準備書面(1)33頁以

下でも取り上げられているが,神戸市外郭団体派遣職員への人件費違法支出損

害賠償等請求事件の上告審判決(最判平成24・4・20判時2168号35頁)にお

ける千葉勝見裁判官の補足意見である。次のように説示している。

 「国家賠償法においては,個人責任を負わせる範囲について,同法第1

条2項が公権力の行使に当たる公務員が故意又は重大な過失のあった場合

に限定しているのと比べ,住民訴訟においては,個人責任を負う範囲を狭

めてはおらず,その点が制度の特質となっている。/ところで,住民訴訟

制度が設けられた当時は,財務会計行為及び会計法規は,その適法・違法

が容易にかつ明確に判断し得るものであると想定されていたが,その状況

は,今日一変しており,地方公共団体の財政規模,行政活動の規模が急速

一99一

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法科大学院論集 第12号

に拡大し,それに伴い,複雑多様な財務会計行為が錯綜し,それを規制す

る会計法規も多岐にわたり,それらの適法性の判断が容易でない場合も多

くなってきている。そのような状況の中で,地方公共団体の長が自己又は

職員のミスや法令解釈の誤りにより結果的に膨大な個人責任を追及される

という結果も多く生じてきており(最近の下級裁判所の裁判例においては,

損害賠償請求についての認容額が数千万円に至るものも多く散見され,更

には数億円ないし数十億円に及ぶものも見られる。),また,個人責任を負

わせることが,柔軟な職務遂行を萎縮させるといった指摘も見られるとこ

ろである。地方公共団体の長が,故意等により個人的な利得を得るような

犯罪行為ないしそれに類する行為を行った場合の責任追及であれば別であ

るが,錯綜する事務処理の過程で,一度ミスや法令解釈の誤りがあると,

相当因果関係が認められる限り,長の給与や退職金をはるかに凌駕する損

害賠償義務を負わせることとしているこの制度の意義についての説明は,

通常の個人の責任論の考えからは困難であり,それとは異なる次元のもの

といわざるを得ない。国家賠償法の考え方に倣えば,長に個人責任を負わ

せる方法としては,損害賠償を負う場合やその範囲を限定する方法もあり

得るところである。(例えば,損害全額について個人責任を負わせる場合

を,故意により個人的な利得を得るために違法な財務会計行為を行った場

合や,当該地方公共団体に重大な損害を与えることをおよそ顧慮しないと

いう無視(英米法でいう一種のreckless disregardのようなもの)に基づ

く行為を行った場合等に限ることとし,それ以外の過失の場合には,裁判

所が違法宣言をし,当該地方公共団体において一定の懲戒処分等を行うこ

とを義務付けることで対処する等の方法・仕組みも考えられるところであ

る。)しかし,現行の住民訴訟は,不法行為法の法理を前提にして,違法

行為と相当因果関係がある損害の全てを個人に賠償させることにしている。

そのことが心理的に大きな威嚇となり,地方公共団体の財務の適正化が図

られるという点で成果が上がることが期待される一方,場合によっては,

前記のとおり,個人が処理できる範囲を超えた過大で過酷な負担を負わせ

一100一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

る等の場面が生じているところである」。

 (4)粉飾決算商工共済協同組合監督権限不行使事件との比較

 この点では,粉飾決算商工共済協同組合監督権限不行使事件での前知事の責

任とは大きく異なるものである。この事件は住民訴訟ではないが,前知事に対

して県が求償権を行使したという点では共通する面がある。これは,中小企業

等協同組合法に基づいて設置された佐賀商工共済協同組合が,多額の債務超過

を粉飾経理操作によって隠蔽したまま事業を継続し,破産したが,商工共済の

組合員らが,これは当時の佐賀県知事が監督権限行使を怠ったためであるとし

て,県に対して損害賠償請求訴訟を提起したところ,知事の監督権限不行使は

国賠法1条1項の適用上違法で過失があるとして県の損害賠償責任が肯定され,

確定したので,県が原告らに認容された損害賠償額を支払った後に,当時の知

事に国賠法ユ条2項に基づいて求償権の行使を行ったという事案である。佐賀

地判平成22・7・16(判時2097号114頁)は,「被告は,経営再建の可能性の

有無を慎重に検討することなく,具体的な根拠のない極めて安易な見通しに基

づき,経営再建の可能性を認めて,本件監督権限を行使することなく,これを

放置したのであり,被告には,本件監督権限不行使につき,前記認定の過失を

超えて重大な過失があったものというべきである」と判示している。

 この事案における知事の行為(監督権限不行使)は,首長としての知事の行

為の特殊性,知事選における公約の実行,県議会や審議会の動き,市民運動等

は何の関係もないものであり,通常の規制権限不行使事例とほぼ同様に扱って

よいものである(39)。

 (51水道給水留保事件との比較

 水道給水留保事件の市長に対する求償権行使の事案は,住民訴訟におけるも

のであり,本件訴訟と近似するところがあるが,故意・重過失の判断において,

本件訴訟とは異なるところがある。前述したように,東京地判昭和58・5・ll

(判夕504号128頁)は,「給水承認の留保は,水道法15条1項の規定に違反

一101一

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法科大学院論集 第12号

し,Aに対する不法行為を構成するものであり,また,被告木部(市長)は,

承認留保につき故意を有していた」と判示して,求償権の行使を認めた。水道

法15条の「正当の理由」の有無の判断は,同判決が説示するように,「「正当

の理由」とは,水道事業の適正な運営を図るという水道法の目的から判断して

やむを得ないと認められる事由であることを要する」のであり,これに違反す

れば給水承認留保が違法であることは明確となるから,市長の行為に故意・重

過失が認められてもやむを得ない事例である。同種の事案である武蔵野市マン

ション事件において,最決平成元・11・8(判時1328号16頁)は,「原判決の

認定によると,被告人らが本件マンションを建設中の山基建設及びその購入者

から提出された給水契約の申込書を受領することを拒絶した時期には,既に,

山基建設は,武蔵野市の宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わ

ない意思を明確に表明し,マンションの購入者も,入居に当たり給水を現実に

必要としていたというのである。そうすると,原判決が,このような時期に至っ

たときは,水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては,

たとえ右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があっ

たとしても,これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは

許されないというべきであるから,これを留保した被告人らの行為は,給水契

約の締約を拒んだ行為に当たると判断したのは,是認することができる。/ま

た,原判決の認定によると,被告人らは,右の指導要綱を順守させるための圧

力手段として,水道事業者が有している給水の権限を用い,指導要綱に従わな

い山基建設らとの給水契約の締結を拒んだものであり,その給水契約を締結し

て給水することが公序良俗違反を助長することとなるような事情もなかったと

いうのである。そうすると,原判決が,このような場合には,水道事業者とし

ては,たとえ指導要綱に従わない事業主らからの給水契約の申込であっても,

その締結を拒むことは許されないというべきであるから,被告人らには本件給

水契約の締結を拒む正当の理由がなかったと判断した点も,是認することがで

きる」と判示している。

 文献においても,「水道法15条1項にいう正当理由とは,水道料金の滞納等,

一102一

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住民訴訟を通じての求償権の行使

あくまでも水道法上の枠内で考えられる理由であり,水道法と直接関連のない

行政指導に対する不服従をもって給水拒否ができるとすることは,法律の解釈

として許されないといわざるを得ない」(4°),「従前の指導要綱の中には,指導要

綱に従わない業者に対して,水道の供給を停止したり,下水道の使用を禁止し

たりする制裁規定を置いているものが少なくなかったが,指導要綱違反を理由

として,このような制裁を科すという意味で指導要綱に外部効果を持たせよう

とすることは,法律による行政の原理に違反する。………裁判所は,指導要綱

は行政指導の指針を定めたものにすぎないから,その違反を理由として給水を

拒否することは原則としてできないと判示した(最決平成元・11・8判時1328

号16頁・百選195事件)」(4’),などと説かれている。

 これによれば,判例においても学説においても,ほぼ一致して給水留保は違

法であると解されているのである。この事例は,法令の解釈について判例・学

説が分かれていない場合に該当し,故意はともかく,少なくとも重過失が認定

されてもよい事案であった。

 本件訴訟においても,被告が電気・ガス・水道の供給承諾を留保するように

働きかけたということが指弾されている。しかし,本件では,被告は,供給承

諾を留保するよう東京都知事に働きかけただけであり,直接留保したのではな

いから,上記の水道給水留保事件と相違している。一歩譲って,留保を働きか

けたこと自体は望ましいことではないとしても,これをもって過失とまではい

えず,ましてや重過失とはいえないであろう。

IV まとめ

 東京地判平成14年(藤山判決),東京高判平成17年(根本判決),東京地判

平成22年(川神判決)の考え方とは異なる裁判例や学説を長々と引用してき

たのは,景観権や景観の利益について考察するためではない。上記の裁判例と

は異なる裁判例や学説が少なくないということを示すことによって,本件被告

の各行為は,法律解釈(広い意味での)について見解が分かれている場合に,

一103一

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法科大学院論集 第12号

相当の根拠をもってなされたものであることを明らかにし,本件被告に故意・

過失が認められないことを,ましてや重過失が認められないことを論証したも

のである。

 仮に本件被告の行為の一部に違法な点が存在したとしても,求償権の行使に

ついては,さらに,被告に故意または重過失が認められなければならない。本

件においては,被告が各行為を違法であると認識しながら行ったわけではない

から,故意は問題とならない。重過失については,前述のように,最高裁の判

例によれば,「重大な過失とは,通常人に要求される程度の相当な注意をしな

いでも,わずかの注意さえすれば,たやすく違法有害な結果を予見することが

できた場合であるのに,漫然これを見すごしたような,ほとんど故意に近い著

しい注意欠如の状態を指す」(最判昭和32・7・9民集11巻7号1203頁)とい

うことである。この定義からすれば,本件被告の行為にこのような意味での重

過失があったとはいえないであろう。あえて重過失を認定するとなれば,それ

は最高裁判例に反することになるといわざるを得ない。

                〈注〉

(1) この問題点を追究した最近の文献として,阿部泰隆「国家賠償法上の求償権の

  不行使からみた行政の組織的腐敗と解決策」自治研究87巻9号3頁以下(2011

  年)がある。

(2) 西埜『国家賠償法コンメンタール』630頁以下(勤草書房,2012年)参照。

(3) 西埜・前掲注(2)632頁参照。

(4)佐藤英善「住民訴訟の請求」園部逸夫編『住民訴訟〔最新地方自治法講座④〕』

  (ぎょうせい,2002年)267頁。

(5) 石津廣司「住民訴訟の訴訟手続」園部編・前掲注(4)303-304頁。

(6) 地方自治制度研究会編『改正住民訴訟制度逐条解説』(ぎょうせい,2002年)

  70頁。

(7) 秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法1〔第2版〕』(日本評論社,2006

  年)456頁。

(8) 大西達夫「判批(東京地判平成22・12・22)」判例自治346号(2011年)101

  頁,日置雅晴「住民訴訟と議会・首長を巡る法的な問題」五十嵐敬喜=上原公子

  編著『国立景観訴訟一自治が裁かれる』(公人の友社,2012年)138頁以下参

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住民訴訟を通じての求償権の行使

  照。

(9) 田村和之「判例解説」別冊ジュリスト『行政判例百選1〔第5版〕』(有斐閣,

  2006年)65頁,中原茂樹「行政権の濫用一余目町個室付浴場業事件」論究ジュ

  リスト3号(有斐閣,2012年)12頁参照。

(10) 古崎慶長「判批」判評161号(1972年)9頁。

(11)桑原勇進「判批(東京地判平成14・2・14)」自治研究80巻1号(2004年)

  144頁参照。

(12)

(13)

(14)

(15)

  学ll』(有斐閣,

(16)

  以下が反論している。

  「全体的にみれば不法行為を構成する」ということにはならないのであろうか。

(17) 安達和志「判批(東京高判平成17・12・19)」判評576号(2007年)5頁。

(18) 桑原・前掲注(11)148頁。

(19) 阿部泰隆「住民訴訟4号請求訴訟における首長の責任(違法性と特に過失)

  (上)」判時1868号(2004年)3頁以下。

(20)

(21)

(22)

(23)

桑原・前掲注(ll)144頁以下。

遠藤博也「判批」時の法令912号(1975年)14頁以下。

原田尚彦「判批」自治研究52巻1号(1976年)146頁以下。

阿部泰隆「国家補償法』(有斐閣,1988年)94頁以下。なお,同「行政法解釈

      2009年)459頁以下参照。

この点については,被告準備書面(3)39頁以下が批判し,原告準備書面(1}8頁

         因みに,この論法で行けば,明和地所の一連の行為も,

  〔第6巻〕』(有斐閣,

  2006年)215頁。

(24) 遠藤博也『国家補償法上巻』(青林書院新社,1981年)181-182頁。

(25) 稲葉・前掲注(23)45頁,遠藤・前掲注(24)182頁参照。

(26) そもそも「営業活動の妨害」に当たるのかどうかも問題であるが,この点につ

  いては先に批判的に検討した。

(27) 西埜・前掲注(2)447頁以下。

(28) 古崎慶長『国家賠償法』(有斐閣,1971年)154頁),遠藤・前掲注(24)205頁,

  秋山義昭『国家補償法』(ぎょうせい,1985年)55頁,阿部・前掲注(15)「国家

  補償法』)171頁等。

(29) 一連の裁判例については,河東宗文「国立マンション訴訟」日本弁護士連合会

  行政訴訟センター編『実例解説行政関係事件訴訟《最新重要行政関係事件実務研

  究2》』(青林書院,2009年)185頁以下参照。

桑原・前掲注(11)145頁以下参照。

中村一彦「企業の社会的責任』(同文館,1980年)1頁以下参照。

西埜・前掲注(2)628頁以下参照。

稲葉馨「公権力の行使にかかわる賠償責任」雄川一郎ほか編『現代行政法大系

        1983年)45頁,同『行政法と市民』(放送大学教育振興会,

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法科大学院論集 第12号

(30) 小谷真理「判批(東京地判平成22・12・22)」判例自治352号(2012年)19

  頁以下参照。

(31)桑原・前掲注(ll)148-149頁。

(32)安達・前掲注(17)5頁。

(33) 淡路剛久「景観権の生成と国立・大学通り訴訟判決」ジュリ1240号(2003年)

  68頁以下。

(34)吉田克己「判批(東京地判平成14・12・18)」判夕ll20号(2003年)67頁以

  下。

(35) 大塚直「判批(東京高判平成16・10・27)」NBL 799号(2004年)4頁,松尾

  弘「判批(東京高判平成16・10・27)」判タ1180号(2005年)ll9頁以下。

(36)吉田克己「今期の主な裁判例[不動産]」判夕1173号(2005年)92頁。

(37) 古崎・前掲注(28)203頁,秋山・前掲注(28)95頁,西埜・前掲注(2)628頁以

  下等参照。

(38) 小谷。前掲注(30)20頁。

(39) ただし,この事件について,求償訴訟を提起する前の段階で佐賀県が行政法研

  究者(小早川光郎教授と宇賀克也教授)の意見を求あたところ,小早川教授は,

  このような事案においてさえも,当時の知事等に重過失があったとまではいえな

  い,との意見を述べている(佐賀県ホームページhttp://www.pref.saga.lg.jp/

  web/-8132.html参照。なお,板垣勝彦「判批(佐賀地判平成19・6・22)」自

  治研究87巻2号(2011年)141頁参照)。

(40) 櫻井敬子=橋本博之『行政法〔第3版〕』(有斐閣,2011年)151頁。

(41) 宇賀克也『行政法概説1〔第4版〕」(有斐閣,2011年)289頁。

(本稿は,国立景観訴訟の一つである住民訴訟求償訴訟第2段階訴訟の被告弁護団か

ら依頼された「意見書」を基礎にして,論説として形を改めたものである。)

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住民訴訟を通じての求償権の行使

[略 語 表 ]

1 訴状・準備書面等

 ・訴状……平成23年12月21日付けの本件訴状

 ・答弁書……被告の平成24年3月8日付けの「答弁書」

 ・被告準備書面(1)……被告の平成24年5月17日付けの「準備書面(1)」

 ・被告準備書面(2)……被告の平成24年7月13日付けの「準備書面(2)」

 ・被告準備書面(3)……被告の平成24年7月13日付けの「準備書面(3)」

 ・原告準備書面(1)……原告の平成24年10月25日付けの「準備書面(1)」

2 一連の国立マンション事件の裁判例

 ・東京高決平成12年(江見決定)……東京高決平成12・12・22(判時1767

 号43頁。建築禁止仮処分申立事件)

 ・東京地判平成13年(市村判決)……東京地判平成13・12・4(判時1791号

 3頁。建築物除却命令等請求事件)

 ・東京地判平成14年.(藤山判決)……東京地判平成14・2・14(判時1808号

 31頁。国立市条例無効確認請求事件・損害賠償請求事件。「国立景観国賠事

 件」)

 ・東京高判平成17年(根本判決)……東京高判平成17・12・19(判時1927

 号27頁。上記の東京地判平成14・2・14の控訴審判決)

 ・東京地判平成14年(宮岡判決)……東京地判平成14・12・18(判時1829

 号36頁。建築物撤去等請求事件)

 ・東京高判平成16年(大藤判決)……東京高判平成16・10・27(判時1877

 号40頁。上記の東京地判平成14・12・18の控訴審判決)

 ・東京地判平成22年(川神判決)……東京地判平成22・12・22(判時2104

 号19頁。住民訴訟求償第1段階訴訟)

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