自転車コミュニティサイクルの可能性 について...1...

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1 自転車コミュニティサイクルの可能性 について ―エコポイント制度による普及政策― 慶應義塾大学 経済学部 4 大沼あゆみ研究会 12 学籍番号:21211850 下平 京右 要約 2020 年東京五輪に向け、東京都は環境に優しい交通手段として自転車の活用 を打ち出している。海外では、2012 年のロンドン五輪をきっかけにロンドンは “自転車革命”を成し遂げるなど、自転車に対する考え方が近年変わってきて いる。本論文では、なぜ自転車への関心が高まっているか、自転車コミュニテ ィサイクルという事業の実態・メリットとデメリットについてまとめる事。こ の結果をもとに、千代田区など鉄道・バスなどの公共交通網の発達した地域で も自転車コミュニティサイクルを普及させる事が出来るかを検証する。結果と して、自転車は5㎞以内での利便性が最も高い事、自動車を利用する人は最近 では女性や高齢者が多い事、自動車の利用目的は買い物や用足しが多い事、自 動車の利用は5㎞以内での使用が多い事が判明した。この結果をもとに、女性・ 高齢者をターゲットにした自転車コミュニティサイクルにエコポイント制度を 導入するという促進策を提案する。自転車利用の潜在的ニーズに合わせたこの エコポイント制度について考察をする。 キーワード 自転車・自動車・コミュニティサイクル・放置・二酸化炭素・健康・地域活性化

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1

自転車コミュニティサイクルの可能性

について

―エコポイント制度による普及政策―

慶應義塾大学 経済学部 4 年

大沼あゆみ研究会 12 期

学籍番号:21211850

下平 京右

要約

2020 年東京五輪に向け、東京都は環境に優しい交通手段として自転車の活用

を打ち出している。海外では、2012 年のロンドン五輪をきっかけにロンドンは

“自転車革命”を成し遂げるなど、自転車に対する考え方が近年変わってきて

いる。本論文では、なぜ自転車への関心が高まっているか、自転車コミュニテ

ィサイクルという事業の実態・メリットとデメリットについてまとめる事。こ

の結果をもとに、千代田区など鉄道・バスなどの公共交通網の発達した地域で

も自転車コミュニティサイクルを普及させる事が出来るかを検証する。結果と

して、自転車は5㎞以内での利便性が最も高い事、自動車を利用する人は最近

では女性や高齢者が多い事、自動車の利用目的は買い物や用足しが多い事、自

動車の利用は5㎞以内での使用が多い事が判明した。この結果をもとに、女性・

高齢者をターゲットにした自転車コミュニティサイクルにエコポイント制度を

導入するという促進策を提案する。自転車利用の潜在的ニーズに合わせたこの

エコポイント制度について考察をする。

キーワード

自転車・自動車・コミュニティサイクル・放置・二酸化炭素・健康・地域活性化

2

「成長を続けるためには、私たちは学び、決断し、実行し、

そして、なおも学び、決意し、実行しなければならない」

スティーブン・R・コヴィー

3

目次

第 1 章 はじめに

第 2 章 自転車について

2.1 自転車の必要性

2.1.1 運輸部門の二酸化炭素排出量

2.1.2 自転車の公共交通機としての可能性

第 3 章 自転車コミュニティサイクル

3.1 コミュニティサイクルの定義

3.2 コミュニティサイクルの実施状況

第 4 章 実地調査

4.1 ちよくるの運用状況

4.2 ちよくるの課題

第 5 章 自転車コミュニティサイクルの必要性

5.1 放置自転車対策

5.2 健康へのメリット

5.3 二酸化炭素削減効果

5.4 地域活性化

第 6 章 自転車コミュニティサイクルの現状の問題点

6.1 自転車専用道路の未整備

6.2 広域実施

6.3 乗り換え

6.4 ポートの距離

6.5 ルール・マナー

第 7 章 政策提言

7.1 自転車の経済効果

7.2 自転車普及のための促進策の比較

7.3 政策の方向性

7.4 政策

7.5 試算

7.6 今後の課題とまとめ

あとがき

参考文献

4

第 1 章 はじめに

2020 年東京五輪に向け、東京都は環境に優しい交通手段として自転車の活用

を打ち出している。2012 年のロンドン五輪をきっかけにロンドンは“自転車革

命”を成し遂げている。他にも、海外では自転車専用道路を整備しシェアリン

グ用の自転車を設置するなど公共交通機関としての自転車の活用が進められて

いる。

一方、日本ではシェアリング用の自転車はおろか、自転車専用道路の整備す

ら海外に比べて低い。都内では、都道の自転車レーンなど自転車走行空間が 2013

年 3 月末時点で計 120 キロと海外に比べて断然低い。1東京都は 2020 年までに

計 232 キロに延伸する計画である。

本論文では、自転車の公共交通機関としての可能性だけではなく、二酸化炭

素削減・健康促進・渋滞緩和など様々なメリットをもたらす自転車コミュニテ

ィサイクルの促進法を提案することを目的として進めていく。

千代田区での主たる環境対策の一環でもあり、私が最も使う交通の足である

自転車に着目にして本論文を書き上げる。2020 年の東京オリンピックや持続可

能な社会の構築に本論文が貢献出来る事を祈る。

第 2 章 自転車について

2.1 自転車の必要性

現在、世界中で自転車の需要が高まってきている。海外では自転車専用道路

が整備され、自転車のシェアリングシステムに関する事業も大規模に開始され

ている。理由として 2 点存在すると考える。二酸化炭素の削減に貢献するとい

う点と公共交通としての可能性があるという点である。この 2 点について以下

に記していく。

2.1.1 運輸部門の二酸化炭素排出量

まず1点目の二酸化炭素の削減に貢献するという点に着目する。温室効果ガ

スインベントリオフィスの「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」の 2013

年度実績によると日本が排出する二酸化炭素は 13 億 1100 万トン存在する。そ

のうち、運輸部門(車・バス・タクシー・内航海運・航空・鉄道)の二酸化炭

1 日本経済新聞 2014 年 11 月 5 日より

5

素排出量は 2 億 2500 万トンと全体の 17.1%を占める(下記、図 1 日本の各部

門における二酸化炭素排出量 参照)。更に、日本の運輸部門での二酸化炭素排出量

の内訳をみると、自動車の占める割合は 82.9%にも達し、自家用乗用車だけで

運輸部門の 48.4%を占めるに至っている(下記図 2 日本の運輸部門における二酸

化炭素排出量参照)。

日本は、京都議定書でも二酸化炭素削減目標を定めており、日本全体の二酸

化炭素排出量の内の約 6分の 1を占める運輸部門の改革は必須であると考える。

京都議定書目標達成計画の進捗状況2によると、運輸部門全体の二酸化炭素排出

量は、基準年の排出量 2 億 1700 万トンに比べると 2012 年の実績は 4.1%増の 2

億 2600 万トンとまだまだ改善の余地がある(下記、図 3 日本の部門別二酸化炭

素排出量の推移参照)。地球温暖化対策推進本部によると、総排出量に森林等吸収

源及び京都メカニズムクレジットを加味すると 2008 年から 2012 年の 5 か年平

均で基準年比マイナス 8.4%となり、京都議定書の目標である基準年比マイナス

6%を実現してはいるものの、改善の余地はある。また、全国地球温暖化防止

活動推進センター(JCCCA)によると、運輸部門の二酸化炭素排出量の推移は

2000 年代前半を機に僅かに減少傾向にある(下記、表 1 温室効果ガスの排出状況

参照)。最近では、COP21 がパリ協定を採択し、世界各国が温室効果ガス削減

に向けて取り組み始めた。現在、公共交通機関としての自転車の普及が海外に

比べて低い日本は、“自転車革命”を起こし、運輸部門での更なる改善の必要が

あると考える。

図 1 日本の各部門における二酸化炭素排出量

2 地球温暖化対策推進本部より 平成 26 年 7 月 1 日時点での情報

6

温室効果ガスインベントリオフィス「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」2013 年度

実績より筆者作成

図 2 日本の運輸部門における二酸化炭素排出量

出典:温室効果ガスインベントリオフィス「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」2013

年度実績より筆者作成

図 3 日本の部門別二酸化炭素排出量の推移

図3 日本の部門別二酸化炭素排出量の推移

出典:温室効果ガスインベントリオフィス「日本の 1990-2013 年度の温室効果ガス排出量

0

100

200

300

400

500

600

日本の部門別二酸化炭素排出量の推移

エネルギー転換部門 産業部門 運輸部門 業務その他部門

家庭部門 工業プロセス 廃棄物 農業・その他

7

データ」2015 年 4 月 23 日発表より筆者作成

表 1 温室効果ガスの排出状況

出典:地球温暖化対策推進本部「京都議定書目標達成計画の進捗状況」平成 26 年 7 月 1 よ

り筆者作成

2.1.2 自転車の公共交通機関としての可能性

2 点目に、自転車の公共交通機関としての可能背について着目する。自転車に

は単なるサイクリングとしての楽しみ以外に、公共交通機関としての可能性を

秘めている。実際に海外では自転車を公共交通機関とすべく様々な取り組みを

行っている。その代表例が自転車コミュニティサイクルへの取り組みである(自

転車コミュニティサイクル自体の詳細については第 3 章を参照)。海外では数千

台規模の自転車で事業が実施されている。中国やヨーロッパには数万台規模で

実施している都市さえある。3実際に、イギリスのロンドン交通局の実施する

Barclays Cycle Hire というサイクル・シェアリングスキームを例にとると、現

在は 8000 台もの自転車を導入してサイクルシェアリングを実施している。一方、

日本では自転車への配慮が海外に比べ著しく少ない。日本では、最大のサイク

ルシェアリング事業でも自転車数が 1620 台、平均すると約 172 台と規模が大き

くない。日本では江戸川区での「e サイクル」で自転車 400 台導入、にいがたレ

ンタサイクルで 200 台、世田谷区での「がやりん」で 550 台という規模である。

国土交通省によると、自転車は移動距離が 5 キロメートル以内の場合に最も

所要時間が短い(下記、図 4 自転車と他交通の時間比較参照)。一方で、移動距離

帯別に見た、代表的な交通手段としては 5 ㎞以内では 20%とまだまだ改善の余

地がある。地方都市では、電車やバスなどの公共交通機関が人口の多い主要都

市より未発達な場合が多く、駅と駅の距離が 5 ㎞よりも離れている事がある。

その場合に、自転車の利用が日常の行動範囲を大幅に押し広げると考えている。

また、人口の多い主要都市においても自転車の利便性を地域活性化・二酸化炭

3 大和総研グループ 環境調査部 主任研究員 小黒 由貴子さん「コミュニティサイクル」

より

8

素削減に結び付けて自転車促進策を進めていけば、自転車の利用がより一般的

になると考えている。

図 4 自転車と他交通の時間比較

国土交通省「自転車利用を取り巻く環境」より筆者作成

第 3 章 自転車コミュニティサイクル

3.1 コミュニティサイクルの定義

「要説 改正自転車法」4では、レンタサイクルと区別してコミュニティサイ

クルを定義している。レンタサイクルとは、「鉄道駅に隣接して設置された 1 つ

のサイクルポートを中心に往復利用の鉄道端末交通に供されるシステム」と定

義されている。一方、コミュニティサイクルは「相互利用可能な複数のサイク

ルポートが設置され、面的な都市交通に供されるシステム」と定義されている。

コミュニティサイクルシステムの自転車貸出場所は、「ポート」や「ドッキング・

4 全国自転車問題自治体連絡協議会 平成 7 年 3 月より

9

ステーション」と呼ばれている。コミュニティサイクルとシェアリングのあり

方は同じであり、本論文ではコミュニティサイクル=シェアリングとして取り

扱っていく。

以下、図 5 コミュニティサイクルとレンタサイクルの違いにコミュニティサイク

ルとレンタサイクルの違いを図示したものを記す。また、図 6 コミュニティサイ

クルの実施例には実際にコミュニティサイクルが行われている場所の写真をまと

めたものを記す。

レンタルした場所に返却する場合の長所・短所を以下に箇条書きにする。5

長所

・自転車の状況は貸出所で一元的に把握できるので管理上の負担は少ない。

・利用者は利用圏域内に滞留する時間が長くなることから、貸出所のあるエリ

アにおける賑わい創出という効果が期待できる。

短所

・利用者は借りた場所に戻ってこなくてはならず利用圏域が狭くなる

次に、レンタルした場所以外でも返却できる場合の長所・短所を以下に箇条

書きにする。

長所

・利用者は移動先近傍の貸出所に自転車を返却することが出来るため、利用範

囲の自由度が高く、広域的な回遊性の創出という面で効果が期待できる。

短所

・車両不足が無いように、需要以上の自転車を用意する必要がある。

・各貸出所の自転車配備の均衡を図るため、返却された自転車の再配置に必要

な運搬コストなどの管理上の負担が大きい。

5 秋山さん 海口さん「観光に資する交通の研究」参考

10

図 5 コミュニティサイクルとレンタサイクルの違い

出典:安全で快適な自転車利用環境創出の促進に関する検討委員会

「コミュニティサイクルの普及について」

図 6 コミュニティサイクルの実施例

出典:住信基礎研究所 全国コミュニティサイクル担当者会議より

11

3.2 コミュニティサイクルの実施状況

実際に国内、海外でのコミュニティサイクルの導入状況はどのようになって

いるのかをまとめる(下記、表 2 日本と海外の自転車シェアリングシステム参照)。

日本と海外ではコミュニティサイクルに対する取り組みの姿勢が大幅に異なる

事が分かる。海外では、2003 年から規模も日本の比にならないほどの大きさで

コミュニティサイクル事業を始めていた。一方、日本が本格導入や実証実験を

始めたのはそれよりも後で、規模も海外の 10 分の 1 程になっている。

料金体系としては、1 回限りの利用の場合時間単位で料金が計算される。一方、

月額会員になると一定金額を支払った場合、30 分以内の利用なら何回乗っても

無料という料金体系になっている(下記、表 3 千代田区での自転車コミュニティサ

イクルの料金表表 4 イギリスでのシェアリングシステムの料金体系参照)。

表 2 日本と海外の自転車シェアリングシステム

出典:上脇さん「環境負荷低減を狙った自転車シェアリングシステムに関する研究」

国土交通省「コミュニティサイクル導入の現状と課題」平成 24 年 1 月 24 日作成の 2 つを

もとに筆者作成

12

表 3 千代田区での自転車コミュニティサイクルの料金表

出典:千代田区コミュニティサイクル実証実験 HP6より

表 4 イギリスでのシェアリングシステムの料金体系

出典:「Barclays Cycle Hire にみる公共交通としてのコミュニティサイクルシステム」 濱

田さん

2013 年 1 月時点。 1£=140 円

ロンドンの Barclays Cycle Hire は 2010 年に開始された。当初はロンドン市

街中心部の 44 ㎢の範囲に 5000 台の自転車と 315 か所のドッキング・ステーシ

ョンしかなかった。2012 年にはサービス提供範囲は 65 ㎢にまで広がり、自転

車台数は 8000 台に、ドッキング・ステーションは 570 か所にまで広がった。面

積だけで考えれば、半径約 4.55 ㎞の円の範囲となり、JR 東京駅を円の中心と

した場合、南北はレインボーブリッジ付近から JR 鶯谷駅まで、東西は江東区役

所から明治神宮野球場までがイメージ出来る7。ロンドンの Barclays Cycle Hire

は年 929 万回利用されており、1 日に 25000 回の利用がある計算になる。1 台

が 1 日につき利用される回数は 4.2 回であり、効率的な利用がなされている8。

また、日本での運用実績を以下の表 5 コミュニティサイクルの運用状況にまとめ

る。自転車の共同利用の推移・規模についても図 7 世界における自転車の共同利

6 http://docomo-cycle.jp/chiyoda/timeandprice/ 7 「Barclays Cycle Hire にみる公共交通としてのコミュニティサイクルシステム」 濱田

さん 8 古倉さん 住信基礎研究所より

13

用導入の推移 図 8 世界における自転車の共同利用導入の規模比較にまとめる。図か

ら分かる通り、自転車への着目は 2000 年の初めからであり、ここ数年で急速に

その利用が促進されるようになった。世界と比較した時に日本の自転車共同利

用の規模がどれほどなのかを一目で判別する事が出来る。

表 5 コミュニティサイクルの運用状況

出典:国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」を元に筆者作成

図 7 世界における自転車の共同利用導入の推移

出典:「自転車共同利用の事業規模とサービスの世界的な拡大について」

青木さん

14

図 8 世界における自転車の共同利用導入の規模比較

出典:「自転車共同利用の事業規模とサービスの世界的な拡大について」

青木さん

第 4 章 実地調査

独自に千代田区役所への取材を行った。取材により得た情報を以下に記す。

(ちよくるとは、千代田区の実施する自転車コミュニティサイクル事業の愛称

である。第 4 章 1 節で詳細記述。)

4.1 ちよくるの運用状況

千代田区でのコミュニティサイクル事業実証実験は回遊性の高まる街の魅力

向上、地域・観光の活性化、放置自転車対策をはじめ、自動車から自転車への

転換による二酸化炭素排出量の削減、環境意識の向上、健康増進などを目的と

して実施された。実施主体は千代田区であるが、運営主体は株式会社 NTT ドコ

モと提携して行っている。予算としては、平成 26 年度の初期費用として 1 億

5000 万円、運営費として 5000 万円を、平成 27 年度には初期費用として 5000

万円を計上している。期間は平成 26 年 10 月 1 日~平成 29 年 3 月 31 日を予定

しており、まだまだ始まったばかりである。対象地域は千代田区全域である。

15

規模として、サイクルポート 30 か所以上、自転車台数 300 台以上としている。

千代田区の自転車コミュニティサイクルということで“ちよくる”という愛称

で親しまれている。ちよくるの主な特徴としては、自転車の管理を自転車だけ

で完結するという点にある。自転車コミュニティサイクルは、一般的な場合に

は自転車のポート(自転車の保管場所)に設置してある設備によって数を把握

している。一方、ちよくるは自転車自体に通信機能・GPS・遠隔制御機能・IC

カード対応リーダーを搭載しており、自転車の現在地などを把握することが出

来る。

千代田区への取材により判明した自転車コミュニティサイクル“ちよくる”

の問題点は、他のコミュニティサイクルにも当てはめて考える事が出来ると考

える。

以下、ちよくるの写真を図 9 図 10に載せる。

図 9 ちよくるの設置状況

筆者撮影

16

図 10 ちよくるの実際の写真

筆者撮影

千代田区コミュニティサイクル事業実証実験の平成 26年 10月~平成 27年 8

月までの結果を以下に箇条書きで記す。また、利用者の属性について図 11 図 12

に載せる。

・自転車台数 300 台以上

・ポート数 36 か所

・登録者数 約 12200 件

内訳 一回会員 10800 件

月額会員 420 件

1 日パス 880 件

法人会員 100 件

・利用回数 約 118300 回(平成 26 年 10 月~平成 27 年 8 月)

平成 27 年の 8 月分は 約 15300 回

(自転車1台につき1日1.65回利用されている)

・利用動向

利用ピーク時間 平日:通勤時間帯

休日:午後

17

図 11 ちよくる利用年代

千代田区への取材より筆者作成

図 12 ちよくる利用性別

千代田区への取材より筆者作成

4.2 ちよくるの課題

取材により判明したちよくるの問題点を以下に記す。

年代

~20代

30代

40代

50代

60代~

男女比

男性

女性

無回答

18

ちよくるの主な課題としては、ポート用地の確保・自転車走行空間の整備・

広域連携・採算性の確保(副次的収入の確保)・自転車利用のルール・マナーの

徹底などがある。

ポート用地の確保に関しては、道路・交通管理者と連携を取るだけでなくポ

ートの設置に法律の壁も存在するため、法整備を進めていく必要がある。どこ

にどれだけポートを設置するかと言う配置バランスを見極める必要もある。ま

た、道路だけでなく観光・宿泊施設との連携によりちよくるの効果を更に発揮

できるという事が取材により判明した(第 6 章でポートの距離について詳細を

記述)。

自転車走行区間の整備に関しては、利用者の安全確保に努めるのはもちろん

の事、国や東京都、区関係部署との連携を進め、自転車専用道路の普及をして

いく必要があると取材により判明した(第 6 章で自転車専用道路について詳細

を記述)。

広域連携に関しては、利便性向上のためや 2020 年の東京オリンピックに向け

て千代田区だけでなく他の 3 区(中央区、港区、江東区)と連携して 2016 年 2

月 1 日より広域サービスの提供が始まる。海外にも引けを取らない広域サービ

スを目指している。

採算性の確保としては、自転車コミュニティサイクルの認知度向上により使

用率が上昇し、もうすぐ黒字化を目指せるとのことであった。しかしながら、

雨の日や寒い時期にはどうしても使用頻度が低下してしまうという欠点もある

ため、付帯事業によって黒字化を恒常化させたいと述べていた。付帯事業とし

て自転車に広告を掲載するなどの広告収入等をこれから見込んでいる。しかし、

こちらも道路交通法などの法律の許可の問題があり法整備を進めているところ

である。

自転車利用のルール・マナーの徹底に関しては、利用者の増加・道路交通法

の改正を受け、ルール・マナーの普及啓発を促進している。ルール・マナーと

しては、自転車は車道の脇を左通行で走るというルール・マナーを守ることを

促進している(第 6 章で自転車のルール・マナーについて詳細を記述)。

第 5 章 自転車コミュニティサイクルの必要性

自転車コミュニティサイクル、ひいては自転車を使用するメリットは様々あ

る。その中で、本論文では放置自転車対策・健康へのメリット・二酸化炭素削

減・地域活性化について着目していく。

19

5.1 放置自転車対策

駅周辺や中心市街地における放置自転車は駐輪場の整備等により年々減少し

ているものの、未だ約 12 万台存在しており、より一層の放置自転車対策が求め

られている9。中井さん10によると、1 台の放置自転車には撤去・保管・処分で合

計 9646 円コスト(2004 年 9 月)がかかり、引き取り時の本人負担額は 4000

円程度である。つまり、差し引き 5646 円の行政の負担になる。12 万台の放置

自転車を改善すれば単純計算で 6 億 7752 万円の効果が見込まれる。

牧さん11のヒアリング調査によると民間事業者の駐輪場建設・機材購入などの

初期費用の回収機関の準備が 6 年かかることが判明している。また、牧さんに

よると「改札の地下駐車場に隣接するコンビニで一定額の買い物をすれば駐輪

料金が無料になる」というサービスについて評価したところ、条件によって収

入が増加するという事が分かった。牧さんによると、地下鉄事業者による地下

駅の余空間を活用した駐輪事業は、自治体によって整備・運営される駐輪場に

比べて過剰な整備の必要がなく、利便性が高く、運営も効率化される事が判明

した。そして、自治体が自ら整備する場合の建設費の約 13~23%を補助金とし

て地下鉄事業者へ提供すれば、民間駐輪場事業者が初期投資回収の期限とする 6

年で回収する事が分かった。また、小売店との提携という公共駐輪場では困難

であった収益向上策によっても、駐輪場の採算性を向上出来る事が判明した。

自転車コミュニティサイクルを使用する際は、ポートに駐輪する事が基本と

なるため、必然的に放置自転車対策になる。自転車コミュニティサイクルの導

入は、放置自転車による外部不経済を取り除く事が出来る。

5.2 健康へのメリット

自転車を使用するメリットは、使用者の健康にも良い影響がある。WHO の調

査報告書(2014 年)12によると、欧州の大都市が現在の自転車のモーダルシェ

アを 26%(デンマークのコペンハーゲンと同程度)まで引き上げると健康への

プラスの影響として 1 万人の早期死を予防し、7 万 7000 人の雇用を創出出来る

としている。

9 国土交通省 「自転車交通」より 10 中井 八千代さん「自治体の自転車レンタル・シェアリング事業」より 11 「地下鉄事業者による駐輪場事業の可能性の検討」より 12

http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0003/247188/Unlocking-new-opportuniti

es-jobs-in-green-and-health-transport-Eng.pdf

20

程琦さん13は補助金によって自動車の利用を軽減しようすることによって得

られる経済効果と費用を比較する研究を行った。程琦さんによれば、補助金支

給政策による総費用と医療費削減の比較は、以下の表 6のようになる。(施策の

導入に対する効果として、施策参加者の健康効果を対象として行い、交通量の

減少に伴う交通渋滞の緩和、二酸化炭素削減などを考慮に入れていない。)補助

金支給による医療費削減の効果は、一人当たり約 1500 円~2000 円となってい

る。健康面からの評価だけでは、補助金支給政策の効果は低いが、推奨する自

転車コミュニティサイクルと組み合わせて、二酸化炭素削減効果・放置自転車

対策効果などを組み込めば更なる効果が発揮できると考える。 一方で、施策参加者への経済的メリットを見ると、医療費削減だけでなくガ

ソリン代の削減・補助金の授与などのメリットが考えられる(下記、表 7参照)。

施策参加者にとってのメリットは大きく、施策が実施されれば参加者が大勢出

ると予想される。そこで、補助金支給額によって得られる経済効果をキチンと

明らかにし、黒字化をする事が出来るなら補助金支給策を導入していくべきだ

と考える。

表 6 補助金政策から得るメリット

出典:程琦さん「通勤交通における自動車利用から徒歩・自転車への転換施策による健康

促進効果分析」

13 「通勤交通における自動車利用から徒歩・自転車への転換施策による健康促進効果分析」

21

表 7 補助金政策によって参加者が享受するメリット

出典:程琦さん「通勤交通における自動車利用から徒歩・自転車への転換施策による健康

促進効果分析」

5.3 二酸化炭素削減効果

自転車の使用は、代わりに使用するはずであった他の交通機関から排出され

る二酸化炭素を削減するという効果もある。自動車に取って代わって自転車が

使用されることをこの論文では検討している。

高山さん14は混雑緩和・環境問題の観点から自動車利用の抑制を市民に促すと

いう実験を、金沢市で開催された全国都市緑化フェアの期間前・中・後の 3 回

行った。結果としては、主婦が最も有意に自動車利用を抑制した。会社員より

も主婦の方が自由目的の移動が多く、交通行動を変更しやすいことなどが考え

られる。一方で、学生は要請する事によって自動車利用を抑制する傾向は見ら

れなかった。また、元々環境意識の高かった被験者はそれ以上、環境意識を向

上させ、自動車利用を減少させることは難しく、むしろ、元々環境意識が低か

った人の方が環境意識を向上させ、自動車利用を抑制する事が判明している。

第 2 章でも述べたとおり、運輸部門全体の二酸化炭素排出量は未だに多く、

改善する余地があると考える。表 8 には、自動車 1 台の 1 回あたりの使用につ

き移動する距離を載せる。国土交通省出典のこの図によると、1 回あたりの使用

で移動する距離が 5 ㎞以内の場合は、全体の約 4 割を占める。第 2 章でも述べ

た通り、5 ㎞以内の移動は自転車が最も利便性は高く、自転車を利用する潜在的

14 「自動車利用抑制の直接要請に関する自動車利用削減効果に関する研究」

22

需要は高いと考える。

表 8 自動車 1 台の 1 回使用当たりの移動距離

出典:国土交通省「自転車利用を取り巻く環境」より筆者作成

5.4 地域活性化

自転車コミュニティサイクルは、地域経済を活性化させるという例もある。

ドイツでは、200 以上の長距離サイクリング・ルートがあり総距離数は 7 万キ

ロにも及ぶ自転車専用道路が発達しており、自転車と地域経済が密接に関係す

る例として最適である。会員 11 万人を擁する非営利団体「一般ドイツ自転車ク

ラブ(ADFC)」という団体も存在し、自転車走行環境に関して日本より断然に

進んでいる。Susanne ELFFERDING15さんによると「既存の観光産業は、自

転車旅行者のニーズに対応する形で大きく変容し、その結果ドイツ国内の観光

収入のうち、3.6%を自転車ツーリズムが占めることとなった。特に、ミュンス

ター地方では、観光収入の約 3 割が自転車ツーリズムによるものである。」と語

っている。自転車の普及は少なからず、地域の活性化に影響を及ぼすという事

が分かる。

国土交通省の「コミュニティサイクル導入の現状と課題」によると「コミュ

ニティサイクルによって行動範囲は広がったか」と「立ち寄るお店や目的地が

増えた」というアンケート調査に対し、どちらも 80%以上が「思う」または「少

しそう思う」という結果を得た。自転車コミュニティサイクルの活用は、利用

者の行動範囲を広げ、新たな消費を生むということが推察出来る(下記、図 13

日本のコミュニティサイクルに関するアンケート結果参照)。

15 「ドイツの長距離自転車道と自転車ツーリズムの実態分析から見た整備・運営方法のあ

り方」

23

図 13 日本のコミュニティサイクルに関するアンケート結果

出典:国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」

第 6 章 自転車コミュニティサイクルの現状の問題

自転車コミュニティサイクルの現状の問題点についてこの章では述べる。第 4

章のちよくるの課題でも一度触れたが、この章で更に深く言及していく。自転

車コミュニティサイクルの問題点としては、自転車専用道路の普及率が低い、

広域の実施が行われていない、自動車から自転車への乗り換えが少ない、ポー

ト間の最適な距離が不定、利用目的を明確化する必要がある、自転車のルール・

マナーを徹底させるなどの問題点がある。本論文では、その中からいかに自動

車から自転車への乗り換えを促進させるかについて考察を加えていく。この章

では、まず自転車コミュニティサイクルの現状の問題点をそれぞれ詳しく述べ

ていく。

6.1 自転車専用道路

7 万キロにも及ぶ自転車専用道路を有するドイツを例に自転車専用道路につ

いて述べる。会員 11 万人を擁するドイツの非営利団体「一般ドイツ自転車クラ

ブ(ADFC)」によると、延長 150 ㎞以上、または 2 泊 3 日以上の旅が出来る距

離が必要だと推薦している。これは、単なる自転車の利用だけでなく自転車ツ

ーリズムを目的としており、この条件によって宿泊する旅行を可能にし、旅行

会社も魅力的な商品を販売できることを前提としている。

自転車専用道路の 2012 年での整備状況としては、東京では 100 ㎞ほどしかな

24

いが、パリでは 440 ㎞、ベルリンでは 450 ㎞、ロンドンでは 680 ㎞、ブリュッ

セルでは 150 ㎞ある。また、人口規模・面積が比較的類似する名古屋とミュン

ヘン市を比較しても、自転車専用道路の距離は約 7.8 倍もの開きがあることが分

かった(下記、図 14参照)。

自転車専用道路を建設することは、自転車の普及に必要なだけでなく交通事

故を減らすという効果ももちろん存在する。近年では、自転車関連事故件数が

減少する一方で、「自転車対歩行者」の事故件数が過去 10 年間で約 1.3 倍に増

加している16(図 16参照)。また、自転車が歩道と車道を走行する時の事故率を

比較しても、車道を走行中の方が、歩道走行中よりも事故率が低い(下記図 17

参照)。自転車専用道路は、一般的には歩道と車道の間に整備されることからも、

自転車専用道路の整備が交通事故の軽減につながるということが分かる。

自転車コミュニティサイクルの普及のためには、こうした自転車専用道路の

整備も同時に行っていく必要がある。

表 9 日本と海外の自転車専用道路の距離比較

出典:古倉さん「住信基礎研究所」

16 国土交通省 「自転車交通」より

25

図 14 名古屋市とドイツの自転車専用道路の延長距離比較

出典:日本自動車工業会「自転車との安全な共存のために」

図 15 全交通事故件数

出典:国土交通省「自転車交通」

26

図 16 自転車対歩行者事故件数

出典:国土交通省「自転車交通」

図 17 車道歩行時と歩道走行時での事故率の比較

出典:日本自動車工業会「自転車との安全な共存のために」

27

6.2 広域実施

日本の自転車シェアリングは未だに小規模という点が問題である(第 3 章 2

節の表 3 参照)。国土交通省17によると、都市中心部での利用ニーズは存在して

いるため、路上等において利便性を上げれば日常の通勤・業務利用が発生する。

また、観光地施設を中心とすれば観光利用に適するなど利用目的に応じてコミ

ュニティサイクルを実施する必要があるとした。また、導入台数が少なくても

(数百台でも)導入目的(商業、観光等)に応じた適切なポート配備やシステ

ムであれば利用される可能性は高いと考察している。そのため、小さな規模か

ら始め、段階的に拡大していく可能性も高いとしている。更に、ポートの密度

つまり、どれほどの規模で自転車コミュニティサイクル事業が行われるかと 1

台当たりの利用回数は比例関係にある程度比例関係にあるということが分かっ

た(下記、図 18参照)。

図 18 ポート密度と 1 台当たりの利用回数の関係性

出典:THE BIKESHARE PLANNING GUIDE

6.3 乗り換え

17 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」平成 24 年 1 月 24 日作成より

28

自転車普及のためには、他交通機関からの交通手段の転換が必要である。自

動車から自転車への交通手段の転換はどれほど起こっているのかを下図 19 図

20 にまとめた。国土交通省によるとコミュニティサイクルを使っている人は

元々徒歩やバス利用者が多いという事が分かった。二酸化炭素の排出量の多い

自動車から自転車への交通手段の転換は、自転車コミュニティサイクルを導入

しただけでは起こりづらく、何かしらの推進策が必要だと思われる。

しかしながら、自動車から自転車への潜在的な交通機関の転換者は多いと考

える。近年、日本で自動車の利用が高まっている理由として、女性と高齢者の

利用頻度の増加にある(下記、図 21 図 22参照)。また、自転車が最も有効な距

離である 5 ㎞以内の利用は、全体の約 4 割を占めている(第 5 章 3 節参照)。

自動車から自転車への交通手段の転換に向けて女性・高齢者を対象にする事

が自転車コミュニティサイクル普及への鍵になると考える。

図 19 日本での他交通手段からの転換実態

出典:国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」より筆者作成

図 20 ロンドンでの他交通手段からの転換実態

29

出典:国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」より筆者作成

図 21 自動車利用者の性別

出典:日本自動車工業会「2011 年度乗用車市場動向調査」より筆者作成

図 22 自動車利用者の年齢

出典:日本自動車工業会「2011 年度乗用車市場動向調査」より筆者作成

30

6.4 ポートの距離

自転車コミュニティサイクルを運営するうえで、自転車を停めておくポート

の距離・規模についても考察が必要である。佐藤さん18が名古屋市での CCS(コ

ミュニティサイクルシステム)の社会実験結果を用いてどのような場所にステ

ーションを配置すべきかを定量的に検討した。判明した結果を以下に箇条書き

にする。

・ポートから最寄り駅までの距離は、CCS の利用の抵抗となるため、駅の近く

にステーションを配置すると利用頻度が高くなる傾向がある。

・貸出ポートと同一のポートに返却する事や貸出ポートからの距離が 1.5 ㎞前後

で効用が高くなる。

よって、ポートの密度を高めるだけでなく、このことも念頭に置くことで自転

車コミュニティサイクルの質向上を図れると考える。

6.5 利用目的

自転車コミュニティサイクルは、利用目的によってもそのあり方を変える必

要がある。観光用に自転車コミュニティサイクルを整備する場合は、観光施設

付近にポートを建設する。あるいは通勤・通学用には駅の近くにポートをより

多く配備するなどである。ロンドンの Barclays Cycle Hire の利用者への調査に

よると会員の利用目的の第一位が通勤であり、これが会員の利用全体の 46 パー

セントを占めていた。平日の利用は全体の 82%、週末の利用は 18%という結果

からみてもロンドンの都市交通として観光というよりも日常の公共交通として

機能していると分かる。

日本での自転車コミュニティサイクルの利用目的を都市別に図 23 に記す19。

サンプル数の少ない都市も存在するが岡山市・金沢市・広島市では観光目的と

して使用される事が多い。一方で、千代田区・北九州市・仙台市などは通勤・

自由(買い物・食事)目的が多い。このように、都市によって自転車コミュニ

ティサイクルの需要は異なっており、見極めが必要である。

一方で、自動車がどのような目的で利用されているかを以下の図 24 表 10 主

運転者の使用用途に示す。近年は、買い物・用足しでの自動車の利用が多い。自

18 「コミュニティサイクルシステムの利用実態とステーション配置に関する研究」より 19 国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」より

31

動車の利用者は、女性が増えている事も踏まえると女性・高齢者の買い物・用

足しをターゲットにした自転車コミュニティサイクルの促進策などが効果を発

揮すると考える。

また、三宅さん20は食育分野で実施されてきた地産地消の行動だけでなく、買

い物交通手段の選択を取り入れた環境負荷の小さな買い物行動を促進するため

のワークショッププログラムを開発した。このプログラムの実施によって、環

境に配慮した食材選択行動・交通手段選択行動に関する心理要因が活性化した。

また、買い物頻度が多い層と女性層に対しては開発した教材を使ったワークシ

ョップによる公害ショッピングセンターへの車の利用頻度の抑制効果が大きい

事が確認された。自動車利用増加の大きな要因の一つに女性の利用増加が挙げ

られているために、この結果は大いに役立つと考える。

図 23 自転車コミュニティサイクルの都市別の利用目的

出典:国土交通省 「コミュニティサイクル導入の現状と課題」

20 「環境に配慮した買い物行動に関するワークショッププログラムの開発と態度・行動変

容効果」より

32

図 24 自動車利用の目的

出典:日本自動車工業会「2011 年度乗用車市場動向調査」より筆者作成

表 10 主運転者の使用用途

出典:日本自動車工業会「2011 年度乗用車市場動向調査」より筆者作成

6.6 ルール・マナー

自転車の普及をするにあたって、ルール・マナーの普及も同時に必要である。

以下に、日本政府による自転車のルール・マナーを記す(下記、図 25 参照)。

自転車は車道が原則で歩道は例外という点と自転車は自動車同様に左側通行と

いうのが一般的に広まっていないルールである。このルールを認知している人

33

はいるが、それを現実には実行に移せていないという問題をなんとか改善して

いくことも今後必要になってくると考える。

図 25 日本の自転車ルール・マナー

出典:古倉さん「住信基礎研究所」より筆者作成

第 7 章 政策提言

7.1 自転車の経済効果

自転車の経済効果を以下に記す。欧州サイクリスト連合21によれば、自転車利

用による推定便益は年間 2000 億ユーロ、EU 市民一人当たりでは 400 ユーロと

される。医療費抑制の効果は 1100 億ユーロで渋滞緩和や化石燃料の節税効果は

330 億~453 億ユーロ、観光産業を含めた自転車関連産業への便益は 620 億ユ

ーロと見積もられている。

本論文では、この数値を参考にして以下のようにする。

(1€=125 円、EU の人口が 5 億人、日本の人口が 1 億人計算)

・自転車による推定便益一人当たり 年間 5 万円

・医療費抑制効果一人当たり 年間 2 万 6400 円

・渋滞緩和、化石燃料の節税効果一人当たり 年間 8250 円~1 万 1325 円

・自転車関連産業への便益(一人当たり) 年間 1 万 5500 円

21 EUROPEAN CYCLISTS’ EEDERATION より

http://www.ecf.com/wp-content/uploads/Economic-benefits-of-cycling.pdf

34

清水さん22によると、東京・高松・ウィーンにおける自動車及び自転車の外部

費用を比較したところ、どの対象都市においても自動車の外部費用は自転車の

5倍程度であった。(外部費用には走行時空間機会費用、駐車時空間機会費用、

道路建設費用、道路維持管理費用、駐車場建設・維持管理費用、交通事故費用、

大気汚染費用、地球温暖化費用、放置自転車費用を含む。)

この結果をもとに政策の試算を後に行っていく。

7.2 自転車普及のための促進策の比較

自転車普及のため、自転車コミュニティサイクルや自転車専用道路の設置以

外に実施されている政策を記す。欧州の一部では、自転車通勤促進に向けて奨

励策を導入している。自転車通勤の奨励策は、従業員の自転車購入に助成金を

支給するものや、通勤距離に応じて非課税の手当てを支給するものまである。

イギリスでは、従業員の自転車購入に対して約 40%の助成金を支給している。

2012 年までに 1 万 5 千社を超える企業、40 万人を超える従業員が利用してい

る23。また、オランダ、デンマーク、ドイツ、ベルギーでは企業を対象に従業員

の時自転車通勤に対して1㎞当たり一定額の手当てや社会保険料の免除を行っ

ている。

例として、ベルギーでは 2014 年には企業に対して 0.22 ユーロ/㎞の女性スキ

ームを実施しており、フランスでも 2014 年 6 月から実験対象の企業の従業員に

0.25 ユーロ/㎞の支給を開始している。フランス政府は、年間 1 億 900 万ユーロ

の税収減となるが自転車通勤促進により医療費の支出を 3500 万ユーロ節約で

きるとし、自転車通勤者が最大で 50%まで増えるというメリットを強調してい

る24。

7.3 政策の方向性

今までの考察により、以下の方向性で政策を提言する。

・近年の自動車利用増加の担い手となっている女性・高齢者をターゲットにす

る事で政策をより効果的にする。

・近年の自動車利用の主要因である買い物・用足しをターゲットにする。

・公共交通機関の一員として自転車コミュニティサイクルを普及させるだけで

なく、“コミュニティ”という名がつくように、地域住民・経済に恩恵をもたら

22 「都市における自転車と自動車の外部費用の試算」より 23 Eltis http://www.eltis.org/discover/case-studies/uk-bike-2-work-scheme-uk-wide より 24 EuroVision&Associates 「欧州の自転車利用推進政策」2014 年 7 月より

35

す政策を考案する。

7.4 政策

本論文では、「サイクル・エコポイント」を提言する。

「サイクル・エコポイント」の仕組みとしては、自転車コミュニティサイク

ルを利用して買い物をした場合、ポイントが加算され、そのポイントが現金と

同様の価値を持つものとして消費される仕組みを考案する。

千代田区では、「500 円ワンコイン・ドリーム」と題して子育て・高齢者世帯

を中心に消費生活支援を行っている。この仕組みを、自転車コミュニティサイ

クルにも形を変えて導入するという提案である。この「500 円ワンコイン・ドリ

ーム」では、18 歳未満もしくは 65 歳以上に対してスタンプカートが配布され

る。このスタンプカードは千代田区の加盟店で 500 円以上の品物を購入した場

合、1 つスタンプを獲得し、スタンプが 10 個たまると 500 円分の商品券になる

というものである。

この政策は、自転車コミュニティサイクルを利用する事でポイントが加算さ

れ、そのポイントを使って地域経済での消費の際に使用できるという政策であ

る(下記、図 26参照)。自転車コミュニティサイクル利用が一回限りの方には、

一回使用ごとにポイントを付与し、自転車コミュニティサイクルを月額会員の

方には一定のまとまったポイントを契約の際に付与するという政策である。

この政策のメリットとしては、ただ単に自転車コミュニティサイクルを普及

させるだけでなく、地域経済へ良い影響を与えるという点が挙げられる。

36

図 26 政策イメージ 筆者作成

7.5 試算

第 4章のちよくるのデータ・第 7章の自転車の経済効果をもとに試算を行う。

上記のデータを以下にまとめる。

自転車の経済効果

(1€=125 円、EU の人口が 5 億人、日本の人口が 1 億人計算)

・自転車による推定便益一人当たり 年間 5 万円

・医療費抑制効果一人当たり 年間 2 万 6400 円

・渋滞緩和、化石燃料の節税効果一人当たり 年間 8250 円~1 万 1325 円

・自転車関連産業への便益(一人当たり) 年間 1 万 5500 円

37

ちよくるのデータ

・初期費用 1 億 5000 万円

・運営費 年間 5000 万円

・ポート数 36

・自転車台数 300

・1 台の 1 日あたりの使用回数 1.65 回

・1 台の年間使用量 約 600 回

・1 台あたりの初期費用 50 万円

・1 台当たりの運営費 約 16 万円

・自転車コミュニティサイクルの 1 回あたりの収益 150 円

・千代田区の人口 約 6 万 5000 人

・ちよくるの普及率 約 20%

(登録人数 12200 人

÷千代田区人数 65000 人)

(今回は、単純化のため全て 1 回限りの使用で月額会員はいないものとする。)

政策の仮定

・1 回の使用で 1 ポイントたまり、10 回分で 150 円のポイントになる。

・政策の実行主体は行政である。

・規模としては、ちよくるをベースにする

全体の収益

・自転車コミュニティサイクルによる収益

150 円/台 × 600 回/台 × 300 台 =2700 万円

・自転車の経済効果

65000 人 × (5 万円/人+2 万 6400 円/人+8250 円/人+1 万 5500 円/人)

=約 65 億円

よって、合計 65 億 2700 万円×20%=約 13 億円の経済効果がある。

全体の費用

・自転車コミュニティサイクルによる費用

(50 万円/台+16 万円/台)×300 台=1 億 9800 万円

・政策による費用

150 円/回×600 回/台×300 台=2700 万円

よって、合計 2 億 2500 万円である。

単純計算ではあるが、以上の結果より行政は政策を実行すべきと考える。

38

7.6 今後の課題とまとめ

日本においては、女性と高齢者の自動車利用が高まっており、買い物や用足

しに自動車が利用されているという結果から、「サイクル・エコポイント」の政

策を提案した。この政策は、行政目線からであったため自転車からの便益以外

にも、医療費抑制効果・渋滞緩和、化石燃料の節税効果・自転車関連産業への

便益を含めた。

課題としては以下の事が挙げられる。

・自転車による医療費削減・渋滞、化石燃料の節税効果・自転車関連産業への

便益に関する数値をより正確なものにする。

・試算では、規模の経済などを用いなかったため、規模によって費用がどのよ

うに変わってくるのか、収益がどのように変わってくるのかを見極める必要が

ある。

・今回は、単純計算で合ったためこの計算が経年変化によってどのように変わ

るのかを考察する必要がある。

まとめとしては、以下の事が挙げられる。

・近年、海外では公共交通機関としての自転車の可能性に対して関心が高まっ

ている。

・海外では、大規模な自転車コミュニティサイクル・大規模な自転車専用道路

の整備が行われている。

・自転車及び、自転車コミュニティサイクルには放置自転車対策、健康へのメ

リット、二酸化炭素削減、地域活性化などのメリットがある。

・自動車から自転車への潜在的な需要は高いと考えられる。

・自動車の主な担い手である、女性・高齢者をターゲットにし、また買い物・

用足しを満たすように自転車を普及させるべきである。

・一方で、自転車コミュニティサイクルの実現には自転車専用道路の未整備、

広域での未実施、自動車から自転車への乗り換えの少なさ、ポートの距離、ル

ールやマナーの普及、法律の問題など乗り越えるべき壁が存在する。

・「サイクル・エコポイント」制度を導入する事は地域経済への活性化につなが

る。

・行政は、単なる収益つまりマネーフローを見るのではなく自転車から得られ

る経済効果を考慮すべきである。

39

主要参考文献

「観光振興におけるレンタサイクルの活用に関する研究」

著者:橋口 結樹さん 十代田 朗さん 津々見 崇さん

URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/48/3/48_1101/_pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「ドイツの長距離自転車道と自転車ツーリズムの実態分析から見た整備・運営

方法のあり方」

著者:Susanne ELFFERDING さん 卯月 盛夫さん

URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejd/63/1/63_1_24/_pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「Barclays Cycle Hire にみる公共交通としてのコミュニティサイクルシステム」

著者:濱田 啓介さん

URL: http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/hamada.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「コミュニティサイクル導入の現状と課題」

出典:国土交通省 平成 24 年 1 月 24 日作成

URL: http://www.mlit.go.jp/common/000189512.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「日本の自転車政策とコミュニティサイクルのレビュー」

出典:国土交通省 平成 23 年 3 月

URL: http://community-bike.com/photos/2011/04/kikuchi110303.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「地方都市における公共交通網評価システムに関する研究」

著者:桜井 博隆さん 廣畠 康裕さん

URL:http://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00039/200311_no28/pdf

/315.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「自転車交通」

出典:国土交通省 平成 27 年 3 月作成

URL: http://www.mlit.go.jp/common/001085121.pdf

40

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「鉄道駅端末の自転車交通を対象とした規制と取締りの社会的費用に関する研

究」

著者:室町 泰徳さん 原田 昇さん 太田 勝敏さん

URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalip1984/17/0/17_0_863/_pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「欧州の自転車利用推進政策 パート1」

出典:EuroVision&Associates 2014 年 7 月作成

URL: http://www.hilife.or.jp/pdf/EuroVision&Associates_part1.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「都市生活パターンに着目した自転車共同利用システムの評価」

著者:羽藤 英二さん 藤井 敬士さん 原 祐輔さん

URL: http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/200911_no40/pdf/305.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「駐輪施設の選択行動を配慮した施設料金の設定方法に関する研究」

著者:高田 和幸さん 宮川 昌美さん

URL:

http://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00039/200406_no29/pdf/20.p

df

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「心理的要因を加味した駅前の駐輪行動時の社会的費用に関する研究」

著者:椿 高範さん 原田 昇さん 太田 勝敏さん

URL:

https://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00039/200211_no26/pdf/179

.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

「鉄道事業者による駐輪場事業の有用性と実現可能性の検討」

著者:牧 浩太郎さん 大森 宣暁さん 原田 昇さん

URL: http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/200311_no28/pdf/184.pdf

最終閲覧日:2016 年 1 月 28 日

41

あとがき

今回、自転車コミュニティサイクルという耳慣れない題材を扱った理由とし

て、私の住む町でも実施されている環境事業について興味を持った事、また車

を持たない私が最も愛用する自転車をより良く普及させたいという思いからで

ある。2020年の東京オリンピックでは恐らくすさまじい交通渋滞が予想される。

その時に、自転車が公共交通機関の一因を担っていることを願う。今まで、自

転車は“なんとなく良い”という漠然としたイメージしか持っていなかった。

しかし、それを詳細に見ていくと一言に自転車と言っても実に多くのメリット

や問題点がある事を知り、自転車普及の難しさについて思い知らされた。そん

な中でも、大沼先生との相談を経てどこに一番の問題点があり、自分が論文を

どう構築していきたいのかを明確にする事が出来ました。この論文が、自転車

交通促進の一因になることを願う。

最後になりますが、本論文を完成させるうえでお話を聞かせて頂いた千代田

区役所の方、そして何より、分析を進めるうえでアドバイスを下さった大沼先

生、同期の仲間には心から感謝致します。環境と経済という一見相容れない二

つを両立させるこの学問は、自分にとって最初分からない事だらけでした。そ

んな中で、ゼミ活動や先生の教えを頂く中で自分なりの解釈を築き、ゼミ活動

での教科書発表、新聞発表、インゼミ論文、卒業論文を仕上げる事が出来まし

た。本当に有難う御座います。

ゼミ活動での2年間、真剣に向き合ってきたこの経験をこれからの人生の糧

にしていきたいと思います。

改めて、大沼先生、小村さん、ゼミ生の皆さん、本当に有難う御座いました。