高齢者心不全とフレイル、サルコペニア - arterial …8) cheng mh, et al. frailty...

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20 日本人の高齢化は著しい速度で進行しており、高齢者 心不全のパンデミックが予想される。高齢者心不全は若 年者の心不全と似て非なるものであり、高齢者心不全の 予後は心機能よりもむしろ、栄養(体重)や併存症に依存 する 1) 。経カテーテル的大動脈弁置換術(transcatheter aortic valve implantation;TAVI)を施行された大動脈弁 狭窄症の高齢者の予後は栄養とフレイルにより規定され 2) 。高齢者に多い heart failure with preserved ejection fraction(HFpEF)に有効な薬物治療はいまだ存在せず、若年 者でheart failure with reduced ejection fraction(HFrEF) に有効であることが証明されている標準薬物治療が、高 齢者にも有効かどうかは明らかではない。たとえば RAAS 阻害薬はCKDなどの併存症を悪化させることもある。し かし、フレイルやサルコペニアは高齢者心不全の予後を 規定し心血管疾患の進展とも関係することが知られてい ることから 3) 、高齢者心不全の治療ターゲットになる可能 性がある。 フレイル Friedは体重減少、歩行速度低下、筋力低下、易疲労、 身体活動レベル低下の 5 つをフレイルの診断基準として挙 げた。これら身体的側面以外に、認知機能、社会的側面 も重要であることはいうまでもない。慢性低栄養がサル コペニア、そしてエネルギー消費低下から慢性低栄養に 戻る悪循環(フレイルサイクル)を形成することが知られ ている。 フレイルを規定するパラメータのうち歩行速度や筋力、 筋肉量は最大酸素摂取量と関係することから、フレイル と最大酸素摂取量が密接に関係することが予想される。 また、最大酸素摂取量は心機能、肺機能、筋肉に依存す ることから、フレイルは加齢による心機能低下、肺機能 低下、筋肉の質と量の低下(サルコペニア)と関係すると 考えられる。最近の報告で心不全患者のサルコペニアは 内皮機能障害と関係するとされ 4) 、フレイルと血管機能低 下との関係が示唆された。 心不全にフレイルを合併すると生命予後が不良となる 5) 、平均57歳の心不全患者の49%がフレイルであり、 フレイルは低心拍出量と関係すると報告された 6) 1)。 また、体重減少はフレイルの重要な因子であるが、BMI 低下は心不全患者で予後不良と関係し(obesity paradox)、 脳梗塞の増加とも関係する 7) 一方、フレイルは転倒しやすさとも関係する 8) 。これ には、自律神経、平衡機能に代表される脳神経や末梢神 経の機能低下、下肢の筋肉量の低下やインナーマッスル の萎縮などが関係すると考えられている。われわれは、 さまざまな原因で亡くなった患者(剖検時の平均年齢81 歳)において、脳梗塞の既往のない半数に無症候性の脳梗 塞を認めたが(未発表データ)、心不全患者では無症候性 脳梗塞が65%に上った。この無症候性の脳梗塞がフレイ ルと関係している可能性がある。 原田和昌 (東京都健康長寿医療センター副院長) 高齢者心不全とフレイル、サルコペニア 特集:動脈硬化性病変とフレイルの関連性⑤ 補正なし 補正あり β± SE p値 β± SE p値 右房圧(mmHg) 0.5 ± 1.2 0.68 - 0.8 ± 1.2 0.49 肺動脈収縮期圧(mmHg) 6.5 ± 4.2 0.13 3.7 ± 4.5 0.42 肺動脈拡張期圧(mmHg) 4.6 ± 2.2 < 0.04 3.2 ± 2.3 0.17 肺毛細血管楔入圧(mmHg) 3.1 ± 2.3 0.18 0.8 ± 2.4 0.74 混合静脈酸素飽和度(%) - 5.0 ± 2.0 < 0.02 - 3.0 ± 2.0 0.14 心拍出量 (L/ 分、熱希釈法による) - 1.1 ± 0.4 < 0.01 - 0.9 ± 0.4 < 0.05 心係数(L/ 分 /m 2 、熱希釈法による) - 0.4 ± 0.2 < 0.03 - 0.2 ± 0.2 0.16 心拍出量(L/min、Fick法による) - 0.6 ± 0.3 0.05 - 0.8 ± 0.3 < 0.03 心係数 (L/ 分 /m 2 、Fick法による) - 0.2 ± 0.1 0.18 - 0.3 ± 0.1 0.09 心拍数(1 分あたり) 11.3 ± 4.4 < 0.02 9.8 ± 4.6 < 0.05 肺動脈拍動指数 - 0.1 ± 0.6 0.87 0.2 ± 0.7 0.78 右室一回仕事係数 - 0.04 ± 0.08 0.59 - 0.02 ± 0.09 0.81 表1 心不全患者の身体的フレイルと関係する因子(文献 6 より引用) この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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Page 1: 高齢者心不全とフレイル、サルコペニア - Arterial …8) Cheng MH, et al. Frailty as a risk factor for falls among community dwelling people: evidence from a meta-analysis

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日本人の高齢化は著しい速度で進行しており、高齢者心不全のパンデミックが予想される。高齢者心不全は若年者の心不全と似て非なるものであり、高齢者心不全の予後は心機能よりもむしろ、栄養(体重)や併存症に依存する1)。経カテーテル的大動脈弁置換術(transcatheter aortic valve implantation;TAVI)を施行された大動脈弁狭窄症の高齢者の予後は栄養とフレイルにより規定された2)。高齢者に多いheart failure with preserved ejection fraction(HFpEF)に有効な薬物治療はいまだ存在せず、若年者でheart failure with reduced ejection fraction(HFrEF)に有効であることが証明されている標準薬物治療が、高齢者にも有効かどうかは明らかではない。たとえばRAAS阻害薬はCKDなどの併存症を悪化させることもある。しかし、フレイルやサルコペニアは高齢者心不全の予後を規定し心血管疾患の進展とも関係することが知られていることから3)、高齢者心不全の治療ターゲットになる可能性がある。

フレイルFriedは体重減少、歩行速度低下、筋力低下、易疲労、

身体活動レベル低下の5つをフレイルの診断基準として挙げた。これら身体的側面以外に、認知機能、社会的側面も重要であることはいうまでもない。慢性低栄養がサルコペニア、そしてエネルギー消費低下から慢性低栄養に戻る悪循環(フレイルサイクル)を形成することが知られ

ている。フレイルを規定するパラメータのうち歩行速度や筋力、

筋肉量は最大酸素摂取量と関係することから、フレイルと最大酸素摂取量が密接に関係することが予想される。また、最大酸素摂取量は心機能、肺機能、筋肉に依存することから、フレイルは加齢による心機能低下、肺機能低下、筋肉の質と量の低下(サルコペニア)と関係すると考えられる。最近の報告で心不全患者のサルコペニアは内皮機能障害と関係するとされ4)、フレイルと血管機能低下との関係が示唆された。

心不全にフレイルを合併すると生命予後が不良となるが5)、平均57歳の心不全患者の49%がフレイルであり、フレイルは低心拍出量と関係すると報告された6)(表1)。また、体重減少はフレイルの重要な因子であるが、BMI低下は心不全患者で予後不良と関係し(obesity paradox)、脳梗塞の増加とも関係する7)。

一方、フレイルは転倒しやすさとも関係する8)。これには、自律神経、平衡機能に代表される脳神経や末梢神経の機能低下、下肢の筋肉量の低下やインナーマッスルの萎縮などが関係すると考えられている。われわれは、さまざまな原因で亡くなった患者(剖検時の平均年齢81歳)において、脳梗塞の既往のない半数に無症候性の脳梗塞を認めたが(未発表データ)、心不全患者では無症候性脳梗塞が65%に上った。この無症候性の脳梗塞がフレイルと関係している可能性がある。

原田和昌(東京都健康長寿医療センター副院長)

高齢者心不全とフレイル、サルコペニア

特集:動脈硬化性病変とフレイルの関連性⑤

補正なし 補正ありβ±SE p値 β±SE p値

右房圧(mmHg) 0.5 ± 1.2 0.68 - 0.8 ± 1.2 0.49肺動脈収縮期圧(mmHg) 6.5 ± 4.2 0.13 3.7 ± 4.5 0.42肺動脈拡張期圧(mmHg) 4.6 ± 2.2 < 0.04 3.2 ± 2.3 0.17肺毛細血管楔入圧(mmHg) 3.1 ± 2.3 0.18 0.8 ± 2.4 0.74混合静脈酸素飽和度(%) - 5.0 ± 2.0 < 0.02 - 3.0 ± 2.0 0.14心拍出量 (L/ 分、熱希釈法による) - 1.1 ± 0.4 < 0.01 - 0.9 ± 0.4 < 0.05心係数(L/ 分 /m2、熱希釈法による) - 0.4 ± 0.2 < 0.03 - 0.2 ± 0.2 0.16心拍出量(L/min、Fick法による) - 0.6 ± 0.3 0.05 - 0.8 ± 0.3 < 0.03心係数 (L/ 分 /m2、Fick法による) - 0.2 ± 0.1 0.18 - 0.3 ± 0.1 0.09心拍数(1分あたり) 11.3 ± 4.4 < 0.02 9.8 ± 4.6 < 0.05肺動脈拍動指数 - 0.1 ± 0.6 0.87 0.2 ± 0.7 0.78右室一回仕事係数 - 0.04 ± 0.08 0.59 - 0.02 ± 0.09 0.81

表1 ● 心不全患者の身体的フレイルと関係する因子(文献 6より引用)

この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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サルコペニア加齢や心不全、慢性低栄養により筋肉が萎縮する。こ

れまでサルコペニアと、カヘキシアは区別して考えられてきたが、Ankerらは両者を合わせてMWD(muscle wasting disease)と呼ぶことを提案している9)。筋肉減少の機序としては、炎症性のサイトカインであるTNF-α やユビキチン-プロテアソームシステムの関与が示唆されている。また、握力は生命予後のみならず心血管疾患の進展にも関係するリスクマーカーであることが報告された10)。

心不全患者のサルコペニアにミオスタチンが関わっていることが示唆された11)。ミオスタチンは主に骨格筋で合成されるマイオカインのひとつで骨格筋の増殖を抑制する。血中ミオスタチン濃度は有酸素運動によって低下すること、運動不足によるインスリン抵抗性にも関わっていることが示された。運動によりサルコペニアが改善する機序のひとつと考えられる。

鉄欠乏心不全患者では鉄欠乏が多い。貧血、鉄欠乏、CKDが

あると心不全の予後は悪化する12)。鉄欠乏はしばしば貧血と関係するが、貧血なしでも骨格筋の機能低下と関係する13)。鉄欠乏を合併すると心不全の予後は不良となることから14)、心不全かつ鉄欠乏の患者で、鉄の静脈内投与の効果が2つの臨床試験により検証され、その結果に基づき、ESC急性・慢性心不全ガイドライン2016年版は、HFrEFに対する治療として鉄の静脈内投与を推奨した(class Ⅱa)。

貧血は女性、高齢者、慢性肺疾患患者に多くみられ、心筋リモデリング、炎症、容量負荷と関係する15)。貧血

患者は心不全の自覚症状が強く、心機能分類が悪く、心不全入院のリスクが高く生存率が低い。炎症があると肝臓で産生されるヘプシジンが上昇し鉄の吸収を阻害するが、HFrEFの心不全患者に大量の経口鉄剤を投与しても貯蔵鉄を表す血清フェリチン値は上昇しなかった16)。心不全が炎症と関係する証拠と考えられる。また、炎症により血清アルブミンは低下する。鉄欠乏や貧血、低アルブミン血症は直接フレイルと関係するが、これらは炎症と関係することから、動脈硬化と関係する可能性がある。

CKDと低体重メタ解析によると、CKDでは2.5〜5.9倍フレイルに

なりやすい17)。CKD患者は血圧で補正しても脳梗塞の合併が多く、炎症を含む何らかの動脈硬化促進因子の存在が示唆されている18)。また、BMIの低い心不全患者では脳梗塞が多い 7)。フレイルやCKDにおける体重減少、eGFRの低下、低栄養、炎症は動脈硬化と関係し、心不全の予後を悪化させるのかもしれない。

おわりに高齢者心不全の予後はフレイル、低栄養と併存症に規

定される。フレイルは体重減少や鉄欠乏、貧血、低アルブミン血症、CKDなどと関係するが、これらはいずれも炎症と関係があり、その意味で動脈硬化と関係する。フレイルやサルコペニアと動脈硬化との直接的な関係は明らかではないが、フレイルやサルコペニアに対する運動介入、栄養補充、鉄補充は心不全を改善し、健康寿命を延伸させる可能性がある。

特集⑤

1) 日本心不全学会高齢心不全患者の治療に関するステートメント策定委員.高齢心不全患者の治療に関するステートメント.http://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/Statement_HeartFailurel.pdf

2) SchoenenbergerAW,etal.Predictorsof functionaldecline inelderlypatientsundergoing transcatheteraorticvalve implantation(TAVI).EurHeartJ2013 ;34 :684 -92 .

3) NarumiT,etal.Sarcopeniaevaluatedby fat-freemass index isanimportantprognosticfactorinpatientswithchronicheartfailure.EurJInternMed2015 ;26 :118 -22 .

4) DosSantosMR,etal.Sarcopeniaandendothelial function inpatientswith chronicheart failure: results from theStudies InvestigatingComorbiditiesAggravatingHeartFailure(SICA-HF).JAmMedDirAssoc2017 ;18 :240 -5 .

5) VidánMT,etal.Prevalenceandprognostic impactof frailtyand itscomponentsinnon-dependentelderlypatientswithheartfailure.EurJHeartFail2016 ;18 :869 -75 .

6) DenfeldQE,etal.Frequencyofandsignificanceofphysicalfrailty inpatientswithheartfailure.AmJCardiol2017 ;119 :1243 -9 .

7) Abdul-RahimAH,etal; Investigatorsof theControlledRosuvastatinMultinationalStudyinHeartFailure(CORONA);GISSI-HeartFailure(GISSI-HF)CommitteesandInvestigators.Riskofstroke inchronicheart failure patientswithout atrial fibrillation: analysis of theControlled Rosuvastatin inMultinational Trial Heart Failure(CORONA)andtheGruppoItalianoperloStudiodellaSopravvivenzanell'InsufficienzaCardiaca-HeartFailure(GISSI-HF)trials.Circulation2015 ;131 :1486 -94 .

8) ChengMH,etal.Frailtyasarisk factor for fallsamongcommunitydwellingpeople:evidencefromameta-analysis.JNursScholarsh2017 ;49 :529 -36 .

9) AnkerSD,etal.Musclewastingdisease:aproposalforanewdisease

classification.JCachexiaSarcopeniaMuscle2014 ;5 :1 -3 .10)LeongDP,etal;ProspectiveUrbanRuralEpidemiology(PURE)Studyinvestigators.Prognosticvalue ofgrip strength: findings from theProspectiveUrbanRuralEpidemiology(PURE)study.Lancet2015 ;386(9990):266 -73 .

11) IshidaJ,etal.Myostatinsignaling isup-regulated in femalepatientswithadvancedheartfailure.IntJCardiol2017 ;238 :37 -42 .

12)DammanK,etal.Renal impairment,worseningrenal function,andoutcomeinpatientswithheartfailure:anupdatedmeta-analysis.EurHeartJ2014 ;35 :455 -69 .

13) JankowskaEA, et al. Irondeficiency andheart failure: diagnosticdilemmasandtherapeuticperspectives.EurHeartJ2013 ;34 :816 -26 .

14) JankowskaEA,etal. Irondeficiencydefinedasdepleted ironstoresaccompaniedbyunmetcellularironrequirementsidentifiespatientsatthehighestriskofdeathafteranepisodeofacuteheart failure.EurHeartJ2014 ;35 :2468 -76 .

15)O’MearaE,etal.Heartfailurewithanemia:novelfindingsontherolesofrenaldisease, interleukins,andspecific leftventricularremodelingprocesses.CircHeartFail2014 ;7 :773 -81 .

16)LewisGD, et al;NHLBIHeartFailureClinicalResearchNetwork.EffectofOral IronRepletiononExerciseCapacity inPatientsWithHeartFailureWithReducedEjectionFractionand IronDeficiency:The IRONOUTHFrandomizedclinical trial. JAMA2017 ;317(19):1958 -1966 .

17)WalkerSR,etal.Associationoffrailtyandphysicalfunctioninpatientswithnon-dialysisCKD:asystematicreview.BMCNephrol2013 ;14 :228 .

18)KendrickJ,etal.Nontraditionalriskfactorsforcardiovasculardiseaseinpatientswithchronickidneydisease.NatClinPractNephrol2008;4:672 -81 .

文献

この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.