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日消外会誌 20(7)11763~ 1771,1987年 高齢者 における消化器外科手術後 臓器機能障害 福島県立医科大学第1外科 (指導 :元木良 教授) ORGAN INSUFFICIENCY FOLLOHttNG GASTROINTESTINAL SURGERY FOR THE AGED Makoto TAKINAMI First Department of Surgery,Fukushilna Medical C (Director i Prof.Ryoichi Motokl) 70歳 以上の高齢者消化器外科手術症例100例 を対象に, 術後臓器機能障害を著者の基準によ り半J 定し 治療開始後の臓器機能回復の推移を分析 して,そ の成績 と問題点を示 した。 術後経過中70%の 症例に何 らかの臓器機能障害をみ とめ治療の対象 となった。術後早期 (術後 4日 まで)障害は最 も多か った (肝29%,腎 27%,凝 日系25%,呼 吸18%,循 環17%,精 神神経14%,消 化管 4%)が,多 くは軽 ,中 等度障害で術後 7日までには回復傾向をみ とめた。晩期 (術後 8~30日 ) は縫合不全や重症感染症による 2次的障害が中心で,発生率は低 いが高度障害例が増加 した。 手術死亡率は 9 % で, 術前 シ ョックを伴 う緊急手術例の救命が今後の課題 と思われた。 索引用語 :高齢者外科,術後臓器機能障害,高齢者術後管理,MOF I.緒 言 的推移,治療効果などにつ き検 討 し報 告す る。 高齢者は加齢による生理学的老化 に加 え,既往症お H.研究対象ならびに研究方法 よび罹患中の高齢者特有の疾患による病的変化によ 福 島県立医科大学第 1外科において,1980年 10月 り, 顕性 もしくは潜在性の臓器機能障害を伴いやすい 1985年 9 月までに手術を施行 した7 0 歳 以上の高齢者 また,高齢者は侵襲による適応能減退のため,手術侵 186例 中, 消化器外科手術を施行 した男性6 9 例 ,女性31 襲によって被 る影響が大 きく, 回復に長時間を要す る. 例, 計1 0 0 例 を研究対象 とした。最高齢者 は8 9 歳 (80歳 すなわち,術後の臓器機能障害の 発現頻度が高 く,障 以 上10例 ),平均年齢 は74歳 であ った。対象症例の疾患 害が遷延 し 臓器系の機能障害が引 き金 となって他の ならびに施行術式を表 1 に示す。 臓器系 も連鎖的に障害が及が ことが少なくない 。し 術 後臓器機能障害 は表 2 の診断基準 に よ り半J 定し か も, 高齢者は 般に自覚症状が軽微で,他覚所見 も 乏 しいため臓器機能障害が軽視 されやす く, 対処の遅 れから治療困難な重篤な状態 進展 しがちである。 し たがって,高齢者の術後管理に当たっては臓器障害が 発現す るもの と考 え, そ の早期発見につ とめ, 微兆候 を過少評価す ることな く, いち早 く対処 して重篤化を 防 ぐ必要 があると考 えられ る。 著者教室では , こ の原則に従い ,高齢者の術後管理 にあた ってきたが ,今回は70歳 以上の消化器外科患者 を対象 とし,術後の各臓器機能障害の発現状況,経時 <1986年 9 月3 日受理> 別刷請求先 :滝 〒960 福 島市杉妻町4-45 福 島県立医科大学第 1 外科 表 1 対象症例 疾 患 悪性 良性 根治術 姑息 手術 A群 :食 (15例 ) 1 1 B群 :胃に 指腸 (34例 ) 4 3 C群 :肝 (20例 ) 7 5 D群:小腸 大腸 (31例 ) 5 9 計100例

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Page 1: 高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害journal.jsgs.or.jp/pdf/020071763.pdf · また,高齢者は侵襲による適応能減退のため,手術侵 186例

日消外会誌 20(7)11763~ 1771,1987年

高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害

福島県立医科大学第 1外科 (指導 :元木良一教授)

滝 浪 真

ORGAN INSUFFICIENCY FOLLOHttNG GASTROINTESTINAL

SURGERY FOR THE AGED

Makoto TAKINAMI

First Department of Surgery,Fukushilna Medical College

(Director i Prof.Ryoichi Motokl)

70歳以上の高齢者消化器外科手術症例100例を対象に,術後臓器機能障害を著者の基準により半J定し

治療開始後の臓器機能回復の推移を分析して,そ の成績と問題点を示した。

術後経過中70%の症例に何らかの臓器機能障害をみとめ治療の対象となった。術後早期 (術後 4日

まで)障 害は最も多かった (肝29%,腎 27%,凝 日系25%,呼 吸18%,循 環17%,精 神神経14%,消

化管 4%)が ,多 くは軽,中等度障害で術後 7日 までには回復傾向をみとめた。晩期 (術後8~30日)

は縫合不全や重症感染症による2次的障害が中心で,発 生率は低いが高度障害例が増加した。

手術死亡率は9%で ,術 前ショックを伴う緊急手術例の救命が今後の課題と思われた。

索引用語 :高齢者外科,術 後臓器機能障害,高 齢者術後管理,MOF

I . 緒 言 的推移,治 療効果などにつき検討 し報告する。

高齢者は加齢による生理学的老化に加え,既 往症お H.研 究対象ならびに研究方法

よび罹患中の高齢者特有の疾患による病的変化によ 福 島県立医科大学第 1外科において,1980年10月よ

り,顕性もしくは潜在性の臓器機能障害を伴いやすい。 り 1985年9月 までに手術を施行した70歳以上の高齢者

また,高 齢者は侵襲による適応能減退のため,手 術侵 186例 中,消化器外科手術を施行した男性69例,女性31

襲によって被る影響が大きく,回復に長時間を要する. 例 ,計 100例を研究対象とした。最高齢者は89歳(80歳

すなわち,術 後の臓器機能障害の発現頻度が高く,障 以 上10例),平均年齢は74歳であった。対象症例の疾患

害が遷延し一臓器系の機能障害が引き金となって他の な らびに施行術式を表 1に示す。

臓器系へも連鎖的に障害が及がことが少なくない。し 術 後臓器機能障害は表 2の 診断基準により半J定し

かも,高 齢者は一般に自覚症状が軽微で,他 覚所見も

乏しいため臓器機能障害が軽視されやすく,対 処の遅

れから治療困難な重篤な状態へ進展しがちである。 し

たがって,高 齢者の術後管理に当たっては臓器障害が

発現するものと考え,そ の早期発見につとめ,微 兆候

を過少評価することなく,い ち早く対処して重篤化を

防ぐ必要があると考えられる。

著者教室では, この原則に従い,高 齢者の術後管理

にあたってきたが,今 回は70歳以上の消化器外科患者

を対象とし,術 後の各臓器機能障害の発現状況,経 時

<1986年 9月 3日受理>別 刷請求先 :滝浪 真

〒960 福島市杉妻町4-45 福 島県立医科大学第 1

外科

表 1 対 象症例

疾 患 悪性 良性

手 術

根治術 姑息手術

期術

待手

急術

緊手

A群 :食 道(15例)

1 1

B群 :胃に 指腸(34例)

4 3

C群 :肝 ・胆 ・陣(20例)

7 5

D群 :小腸 ・大腸(31例)

5 9

計100例

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軽 産 障 害 中奪庄け書 お 庄 障 書

歯 R

BP低 下 (但 しB'≧100,非 ショック〕or SOCデ ータ上泉,所 完

BP<80〔 ショック〕

呼 吸

人工線気を要する呼取不全

腎 。抑 ほ海を要する乏察tとし24h未お〕

o「利尿剤を要する乏尿 (24 h以上)

o,i CH_|く 。 1

崎神神経 泉中行動,指 薦力低下 せん章,泉吾,tほ 痛み制減にのみ反応

' “イし管 ヂ醤境右「鉛ど聖牧残お物400g以 上 の 出五 で,P低下 を伴 わ ない 務矩鮪

ッ分を

壊 □ 系 5万 ≦五J 複ヽ数<10万 3万 ≦工′j 板ヽ強<5万 血小張敏<3万

た。臓器機能障害例に対しては,表 3に 従って治療を

行った。手術当日より術後 4日 までを術後早期,術 後

5日 より7日 までを術後中期,術 後 8日 より30日まで

を術後晩期 とし,術 後30日以内の死亡711を手術死亡 と

した。

III.研究成績

1.術 後臓器機能障害発現頻度

100421中70421,70%にいずれかの臓器に延176の機能

障害がみとめられた。疾患別発現頻度は,A群 1食道

疾患80%,B群 :胃 ・十二指腸疾患62%,C群 :肝 ・

胆 ・陣疾患85%,D群 :小腸 。大腸疾患65%で ,A群

には呼吸,肝 ,凝 固系,B群 には循環,肝 ,腎 ,C群

およびD群 には肝などの機能障害が多 くみられた。臓

器別障害発現頻度は,肝 38%,凝 固系29%,腎 25%,

精神神経系25%,循 環24%,呼 吸23%,消 化管10%の

順であった。

手術術式房U発現頻度は,緊急手術18例中16例88.9%,

待期手術82例中51例62.2%で あった。手術時間別発現

頻度は, 5時 間未満81例中53例65.4%, 5時 間以上19

例中16例84.2%で ,術 中出血量別発現頻度は,1,000ml

未満86例中55例64%,1,000ml以 上14例中14例100%で

あった (表 4)。

2.術 前検査 と術後臓器機能障害

術前検査でみられた異常所見 と術後同一臓器機能障

害 との関係を表 5に 示す。術前の不整脈,肝 機能障害,

腎機能障害,凝 固機能障害などは,術 後に同一臓器系

の異常が半数以上に47Aられた。一方,そ の他の術前異

常では同一臓器系の機能障害発現頻度は低率であら

ブそこ.

3.術 後臓器機能障害の推移

1)循 環機能障害

術後早期には100例中17例に障害をみとめた。軽度お

よび中等度障害は13例で,早 期に 6例 ,中 期に 6例 回

復 した。高度障害 4例 は,術 前の出血性ショック 1例 ,

感染性ショック 1例 ,術 中心停止 2例 で,シ ョック2

例は中期に死亡 し,心 停止例は中期までに 1例 ,晩 期

までに 1例 が回復 した。

術後中期に新たに発生した 3例 は,術 前みられた発

作性上室性頻抽症が突然出現した 1421を含め,い ずれ

も早期から中期にかけて心不全傾向が強まった症例で

あったが,治 療に良 く反応 した。

晩期障害 7例 中,軽 ・中等度障害 4例 は,晩 期に新

たに発生 したもので,縫 合不全,肝 機能障害などによ

り2次 的に循環機能障害が発現したと考えられた。高

度障害の 2例 は心筋使塞の合併によるもので, 1例 は

142(1764)

表 2 臓 器機能障害診断基準

表 3 術 後管理要領

領 疎 :1)行 環動態のモニターにCG,CVP Swan‐ Gan=● atい。ter etc)

2)心 機能の維持《doっom:n。,dobutamlnc,dieLat'● )

0〕 不整脈対策〔ペースメーカー植込,ベ ーシング可 SCC

抗不襲床苅,GlK療 法)

呼 吸 :1)お 正換気工維持 とほ酸素正症防止〔予防的人工換気)

2)適 正輸液 (mPAP<20,mPWPく loの維持)

3)気 道浄イしくネブラてザー,気 管支歳下鳴震除去 oto)

腎 ")乏 尿(l m1/kg/h未満〕改拳(年期利泉鶏使用fur。●●mld●

mannito:,Oo,amtne etoム)

2)早 期人工透析tS≦Cr1 70≦BuN。 「i chol<01)

3〕 必須アミ/酸加高カロリー輸漬 ●tc

肝 il)肝 庇獲用大量投与(G,ycyrrhi2in CtC 3 T日≧3)

2)in3u‖n‐Gulucagon,法 ,ス テロィド療法,志 BCAA輸 液,

M 2プ ロツカ~ ,ラ クッロース社与 ●t c t T B≧1 0 )

3)と 城交換 (TB≧ 20,●。ma)

精神神経 :日代謝騒活用,GIK技 法)

消化管出血 :常をプロッヵ―,結 藤保渡剤,内 祝範的止五,

凝 固 系 :1)血 小額輸五 〔Pにく0万)

2)DIC予 防及び対策`ヘパ リン,gabexate

高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害 日消外会誌 20巻 7号

手行

m03いat●〔FOV〕●to.)

表 4 術 後臓器機能障害発生頻度

障害例 障害臓器 循 環 呼 吸 肝 腎 精神神経 消化管 凝固系

A群 7(47) 10(67) 10(67) 7 5(33) 3 (20) 10(67)

B群 21/ 39 (62) 8 (24) 4 8(24) 9 (26) 7 3(9)

C群 17/ 20 (85) 4(20) 3 11 (55) 5(25) 5 (25) 1(5) 6 (30)

D群 20/ 31 (65) 5(16) 6(19) (29) 6(19) 8 (26) 3 8(26)

計 70/100 (70) 24 (24) 38 (38) 25 (25) 29(29)

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1987年7月

表 5 術 前検査異常と術後同一臓器障害

術 前 検 査 臭 備 術後同一隣器障害〔著者基準による)

143(1765)

表 7 術 後心電図異常合併例

循疎系障書

高度不整lR(,島培ソナ客辞殆ッタ)心虚血性変化

他のECG異 常

高血圧症既往

72例 %

肝草ま肇t練

°T'GPT>50,

腎機能障害 〔BUN>25,Cr>12PSPlョく20%, 'C出。'<05〕

脳血管疾患既往

消化性潰を既往

凝固系機能障害〔Plt<10万 ,PT<70%〕

表6 術 後循環機能障害の推移

( )内 は新たな発生例Ⅲ術前よりのショツク2例,術 中心停止2例,シ ョック2

例は中期まで遷延し死亡,心 停止 2例は回復

心原性ショックから低心拍出量状態を経て多臓器不全

(以下 MOF)と な り死亡した。他の l fllはIII度房室ブ

ロックのため術前にベースメーカー植込術を受けてお

り,心電図変化にやや乏しかったが救命 しえた(表6).

全経過中,循 環系機能障害がみられた症例は24421で

あり, うち13例54.2%に 治療を要する不整脈が合併 し

た.上 室性不整脈 3例 は早期に発生し,治 療に良く反

応 した。心室性不整脈 6911も早期発生が多かったが,

中期,晩期にも各 1711をみとめ,いずれも一過性であっ

た。房室ブロックは早期に 2例 みとめられ, 1例 は麻

酔剤,他 はペースメーカーの故障が原因であった。術

前心電図異常はこれら13例中 9例 69.2%に みとめられ

た (表7)。

2)呼 吸機能障害

術後早期には184/1に障害がみとめられたが高度障害

はなく,軽 度および中等度障害のみであった。人工換

気や positive end‐expiratory prssure(PEEP)などの

管理により中期までに回復したものはわずかに 3例 で

あったが,晩 期までには11例が回復していた。中期の

高度障害の 1例 は術前 より感染性ショックを有した症

表 8 術 後呼吸機能障害の推移

症 例

無気肺 銅

1)大いボリーブ

2)日 癌

3)' 宕

肺 災 0例

1 ) 日 精

2)亡 鵬霜

3)皓 鵬第■

4)と 道お

5)tと な

6)な道有

7)食道宿

9〕食道お

^ | t tSt.phrlococco. .ridrnidi.St..ptococcu. t.G.li.

P..udomo... ..rscino..

P..udomon.., P.ot.u. Vqle.ri.

P..!don.r.. ..rusano..

Pr.udon.n.., Ent.rob.ct..

Enb..b.ct.r, ProbG dir.bil i .

P..udomon.. ..rssinc.

St..ptococcu. fo.c.l i ., E, ColaSt.phyl...ccs. .t id.rmidi.

str.rtococcu. vi. id.n.P..udono^r. c.c.ci., Ehtdob.cl.f

P..udonon!. c.e.ci., Kl.b.i. l l .

5”

5.

2れ

後術

例であった。晩期には 9例 に障害をみとめ, うち 8例

に肺炎を合併し, 4例 に重症感染が併発していた (表

8 ) .

呼吸障害のみられた症例中,胸 部X線 写真上明瞭な

無気肺あるいは肺炎様陰影を示した症例を11例みとめ

た。無気肺は 3例 で,早 期,中 期に発症し, 2例 に喀

疾中細菌をみとめた。肺炎は晩期に合併し,全 例喀疾

中細菌陽性であった。 1例 は誤飲による肺炎であり,

他は長期人工換気中に肺感染をみたものであった (表

9 ) .

3)肝 機能障害

術後早期には29例に障害がみられた。27例は軽度障

害で,11例 が早期に回復 し,中 期にさらに15例が回復

Ⅲ■□兵中 発現時期 術前異常 主な治療 予後

不盛lR ll例

1)上 室性不盛孫 eal

2)心 な性不豊際 eal

e〕冴とブロック 2例

心窃程8

早 翔

中 期

晩期 IⅢR〕

キ 翔

晩翔|ボ:|

2例 [AI PAT]

3alド鰐:ックJ,切 〔PAC]

,例 に止性変化1

l f l tベーシング中

1例 !ベーシング中J

報   報 ・お性 報 部にい

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 7

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

2 ( 2 )

2 ( 2 )

3 ( 2 )

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 (3)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

1 4 ( 2 )

3 ( 1 )

1

4

3 ( 1 )

2 ( 2 )

( )内 は新たな発生例

表 9 術 後肺合併症例

甚 慶

中 年 度

■ 等 産

 

 

 

 

不 不 不

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144(1766)

した。 1例 は中期に中等度,晩 期に高度障害へと進展

した。 2例 では術後早期から高度障害をみとめたが,

これらは術前から閉塞性黄痘があ り,術 後も回復せず

晩期まで高度障害のまま推移した。

晩期には新たに 7例 が発現し,障害は17例となった。

軽度障害 6例 に対し,高 度障害は11711と著明に増加し

た(表10)。 こ れら晩期における高度障害例を表11に示

す.前 述のごとく,術 前よりの障害が術後晩期まで継

続 したものが 2例 あった。術後早期の障害が進行増悪

したものは 6例 で, 1カ 月以内の肝炎および肝硬変症

の既往,術 中 。術後の出血性ショック,大 量輸血,重

症感染併発などが増悪因子 として考えられた。晩期に

発生 した 3例 は,肝 転移巣からの出血,心 筋梗塞,呼

吸障害などに続発 したものであった。晩期高度障害の

2例 に血奨変換を施行したが,著 明な効果は得 られな

かった。

4)腎 機能障害

術後早期には27例に障害をみとめた。軽度障害14例

と中等度障害11例は,利 尿剤投与により早期の間に10

4/1が回復, 2例 が軽快 し,中 期までにさらに 7例 が回

復 した。早期にみられた高度障害の 2例 は,術前ショッ

ク状態にあった症例 と術後に大量出血をきたした症4/1

で,前 者は中期に死亡した。

表10 術 後肝機能障害の推移

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 22 (4) 17(7)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

27

0

2

1 9 ( 4 )

1

2

6 ( 4 )

0

1 1 ( 3 )

)内 は新たな発生例

高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害 日消外会誌 20巻 7号

晩期は10421に障害がみとめられ, 8例 が利尿剤投与

で回復したが, 2例 に人工透析を必要 とした。これら

の 2例 は,早 期より腎障害が継続 した 1例 と肝膿瘍に

よる感染性ショック例であった (表12)。

5)精 神神経障害

術後早期には14例,中 期には10例,晩 期には11例に

障害をみとめた.術後早期,中期には軽度障害が多く,

晩期には中等度および高度障害が増加する傾向がみら

れた (表13),

これらの障害発現機序は 4群 に大別できた。術前よ

り存在 した器質的脳障害が誘因と考えられたものは 3

例であった。特に誘因がなく,い わゆる高齢者術後特

有の精神神経障害は 6例 で,すべて術後早期にみられ,

表12 術 後腎機能障害の推移

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 10(2)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

6

8

3・

2 ( 1 )

6 ( 1 )

2

( )内 は新たな発生例Ⅲ早期 より継続 2例 ,増 悪 1例 で,い ずれ も人工透析施行

)内 は新たな発生例

表11 晩 期における高度肝機能障害例

定 8 策定舜現時カ 行胡泉伸 行後の主 な協日 予 生

B書 韓協 271

1)弾ほ害意

〕々鶴旭常お

遠行増悪 制

1)食遠8

2)食 道宿

3)な 道お

4)肝 ほお

S)着 ほ宙

碗翔発生 0例

1)=道 お

2)=章 お

3 , 日 お

行前 よ り

締前 よ り

術機9日

出A性 ショック

府災既往

肝理変定

出上とショック

肝究踊往

肝 肝

呼吸障書,不 整麻

不垂ほ

 

 

特になし

感染性ショック 0,C

大量輸ユ(3250mlね日)

呼吸様書1不 整係

肝転移巣よりの出エ

控合不全,再 開度

心筋複毒

表13 術 後精神神経障害の推移

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 11(6)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

10

4

0

4 ( 2 )

5 ( 2 )

1 ( 1 )

2

6 ( 5 )

3 ( 1 )

表14 精 神神経障害例

古産てTIA)

不全麻年

器B管 を 1

伸34214早.暁潮中

軽左(指由力低下)

ほをく指南力低下〕

甚庄(指南力低下)

や守度〈嗜眠,

ほ た 1例

Ⅲ等た 0

甚 度 4 7 1

―過性 Gは,法

―過性 C,K球法

(171±92)

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1987年7月

指南力低下を主とする軽度ないし中等度障害で一過性

であった。肝性脳症によるものは 9211で,中 期以後の

発症が多 く,中 等度ないし高度障害が 8例 を占めた。

発症時血清総 ビリル ビン値は10mg/di以 上で,平 均

17.lmg/dlであった。高分岐鎖ア ミノ酸投与,insulin‐

glucagon療法,血 奨交換などが施行 されたが一過性

の効果をみとめただけであった。循環不全に併発 した

ものは 7例 で,出 血性ショック3例 ,感 染性ショック

4例 であり早期ないし中期にみられ,予 後不良であっ

た (表14).

6)消 化管出血

術後消化管出血は104211にみられた。術後早期,中 期

には軽度の出血が多 く,晩 期には高度出血frllが多かっ

た(表15)。症例を表16に示す。既往潰瘍の再燃による

と考えられる残胃からの出血が早期に 3例 あ り,比 較

的軽度であったが, 171jを出血性ショック後の腎障害

と呼吸障害で失った。肝障害,重 症感染症,凝 固障害

などが原因と考えられるものは晩期に発症し,治 療が

困難で成績は不良であった。

7)凝 固系障害

術後早期には25例に障害がみとめられた。血小板輸

注や gabexate mesiiate(FOY)投 与により軽度障害

16例中10例は早期に回復 し,中 等度障害 6例 中 4例 が

表15 術 後消化管出血

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し 96

障 害 例 5 5(4)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

1 ( 1 )

1 ( 1 )

3 ( 2 )

)内 は新たな発生例

145(1767)

軽快 した。中期に新たに 4例 が加わ り計19例に障害を

みとめたが,中 期までに 9例 が回復 した。晩期には軽

度障害 3例 ,中等度障害 24/11,高度障害 3例 をみとめ,

3例 に肝機能障害, 3例 に重症感染症を合併 していた

(表17)。なお,凝 固系障害例の術前血小板 と術後早期

の最低血小板数より求めた血小板減少率は,手 術時間

よりも術中出血量に強い相関をみとめた (図1).

4.死 亡例

死亡421は94/1で,死亡率9,0%で あった。各疾患群の

死亡率はA群 13.3%,B群 88%,C群 5.0%,D群 9.7%

であった。待期手術82例の死亡率は4.9%,緊 急手術18

例では27.8%であった。死亡4219711中,術 前ショック

表17 術 後凝固系障害の推移

早 期 中 期 晩 期

障 害 な し

障 害 例 (4) 8(1)

軽 度 障 害

中等度障害

高 度 障 害

3

2

3 ( 1 )

)内 は新たな発生例

500 1000 1500 2000 2500 mi

術中出血量

(%) 手 術時間と血小板減少率

=へ拭準■〓

朴合併碁■草

表16 術 後消化管出血症例

予緯 ・拷の他

1)日求海

2)十 二指B減 ,

肝 障 害 , 例

工症感来症 erl

l,肝ほ城

3)と はな

2,岩 ほ右

 

24

 

26

‐4

 

 

・4

輸ω∞ わ 0的わ

al小頼 10u

死,感 黎性ショック

死,呼 吸障Ⅲ

死,呼 吸津●

生,,,呼 鳴“●

図1 術 中出血量と血小板減少率

術中出血量と血小板減少率

y=0645x+224

r =0760

Pく O OOS

手行時間

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146(1768) 高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害 日消外会誌 20巻 7号

る臓器機能の低下 した状態を障害と定義し,臓 器機能

の廃絶 した不全状態とはこれを区別 した。著者の臓器

機能障害診断基準は,臨 床の場で最も速やかに発見し

うる徴候を中心 とし,特 に軽度障害基準は早期治療を

目的に作られ,従 来の MOF基 準に比べ緩やかなもの

になっている。一方高度障害基準は人工透析や血奨変

換などの高度の治療手段が必要な極めて臓器不全に近

い状態を示している。一般に,臓 器障害判定基準が緩

ければ障害発現頻度および治癒率は高値を示す。著者

対象症例においても軽度以上の機能障害発現頻度は実

に70%と 高率であった。 さ らに障害発現頻度は手術侵

襲の程度に関係が深 く,食 道および肝 ・胆 ・膵手術な

どのいわゆる大手術,緊 急手術,長 時間手術,術 中大

量出血例において高率であった。

高齢者は生理的または病的因子により,術 前から臓

器機能障害を有することが多く, これが術後機能障害

発現の一因と考えられている1レ)。そこで,術 前検査異

常所見 とその同一臓器系における術後臓器機能障害の

発現との関連をみたが,術 前の高度不整脈,肝 機能障

害,腎 機能障害,凝 固機能障害は術後にも発現する頻

度が高 く,術 前異常例の50%以 上に術後機能障害をみ

とめた.他 の異常例では20~40%の 症例に発現 したに

すぎず,予 想に反 して低率であった。これは手術術式

などに若子の考慮が払われた結果かもしれないが,む

しろ術後の障害発生は術前検査からは必ず しも予測し

えないことを示すものと思われた。

術後の臓器機能障害の推移をみると,臓 器により若

子の相違がみられたが,一 般に早期は軽度障害が多発

し,晩 期は発生数は減るものの重篤化する傾向がみと

められた。

まず循環系では,術後の血圧低下を中心に判定され,

術後早期の発生率は17%と 比較的少なく,多 くは軽 。

中等度障害であった。高齢者は動脈硬化症,虚 血性心

疾患などにより循環障害を代償する予備力が少なく,

障害は遷延して他臓器に影響を及ぼす可能性が高い。

したがって,循 環動態の異常を速やかに補正し維持す

る必要がある.一 方,高 齢者は体液過剰に弱い傾向が

あ り,水 分バランスには細心の注意を要する。著者は

Swan‐Ganz catheterによる肺動脈潔入圧 (PWP)あ

るいは中心静脈圧 (CVP)を 参考に輸液管理し1り~20,

心筋機能低下には dopamine,dobutamineを 中心 とす

る血管作働薬を使用2りして対処し,軽度・中等度障害例

の多 くは回復をみた。

不整脈 も術後循環障害の主な原因の一つであ り,内

表18 死 亡症例

状態にあったものは 5例 あり,縫 合不全から重篤な感

染性ショックに陥った症例も2例 みとめた。これらの

症例は循環障害から回復できずに複数臓器の機能障害

へ進展 したと考えられ,特 に肺,肝 障害の合併が重篤

化に大きく影響したと思われた (表18).

I V . 考 察

高齢者外科手術成績の向上をめざした多数の研究に

より数々の有力な知見が得られてはいるがll~い,一 方

では手術適応が拡大され,今 日でも高齢者の手術成績

は若年者に比べ,不 良である。教室では従来より高齢

者術後管理に関する研究を進めてきたが"~11),術後臓

器機能障害の早期回復をはかることが重篤な合併症を

防ぎ,ひ いては手術成績の向上につながる一つの方策

と考えるに至っている.手 術侵襲により術後患者の臓

器機能は一過性に低下し,多 くは機能障害にとどまり

間もなく回復する。 し かしながら,高 齢者では種々の

原因により障害の回復が遅れやす く,そ の結果,当 該

臓器障害のみならず他臓器あるいは他臓器系の障害も

誘発しやすい。したがって,高 齢者の術後管理では臓

器機能障害に対して速やかに,か つ積極的に対拠 し,

早期に回復をはかるべきであ り,著 者教室ではこの観

点から各臓器機能障害診断基準を作成し,早 期治療開

始の指針 としてきた。

さて,Tllneyら 12),Baue13),Eisemanら 14),Fryら15)

などにより,複数臓器系の進行障害,すなわち MOFの

概念が導入されて以来,臓 器不全に対 して関心が持た

れ,著 者教室の基準を含め種々の診断基準が提唱され

ている。MOFの 概念および診断基準は必ず しも統一

されておらずIめ,MOF研 究の目的にも相違があ り,回

復不能の重症感染症1つや現在の治療技術の限界点を示

唆する考え方 もあって,概して判定基準は厳格である。

これに対し,著 者は何らかの治療手段により回復 しう

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1987年7月

山ら2ゆは高齢者手術死亡例の64.4%に 循環系合併症を

みとめ,そ の17.2%が心筋障害および不整脈であった

としている。不整脈治療上の問題点 として,一 般に抗

不整脈剤は心筋に対し抑制的に作用する傾向がある221

ことから,低 酸素血症や低カリウム血症など他の不整

脈の原因がないことを確認 した上で投与すべ きであ

る。対象症例中,不 整脈による死亡は 1例 で心筋梗塞

に伴 うものであった。

術後早期にみられた高度の循環障害は術前,術 中よ

りのショックの遷延によるものであ り,術 後晩期の高

度障害は重症感染症などの合併症による2次 的な障害

と心筋梗塞の合併による障害であった。心筋梗塞は手

術侵襲よりほぼ回復 し,心 電図モニターなどによる監

視を中止した晩期以降にも突然発症することがあり,

高齢者術後管理では常にその可能性を考慮し徴候の発

見につとめるべきである。

呼吸機能障害については,人 工換気を要 したものを

障害あ りとした。一般に術後症例では,呼 吸運動抑制

と気道分泌物の喀出力低下の傾向がみられ,低 酸素血

症を伴 うことが多い.特 に高齢者ではこの傾向が著し

いばか りでなく,た とえ短時間の低酸素血症でも顕性

不顕性臓器障害を増悪させ,心 筋障害,腎 不全,肝 不

全などの重篤な合併症を起こす可能性が大きい。教室

ではこれを防止するため, リスクの高い症pllについて

は術直後 か ら積極 的 に人工換気 を行 い Pa02を80

HImHg以 上に維持することを原則 とした.このような

予防的人工換気を行い24時間以内にこれを不要 とした

症例を除いて,著 者の診断基準により呼吸障害あ りと

判定されたものは23%に 及んだが,術 後早期には Flo2

0.7以上を要 した高度障害例はなく,多 くは軽度。中等

度障害にとどまっていた。ただし,軽 ,中 等度障害例

でも人工換気からの早期離脱は必ずしも容易でなく,

Fio2 0・5以下の軽度障害ながら術後中期まで遷延する

症例が多かった。晩期には Fio2 0'7以上の人工換気を

要 した高度障害例が増加した。

胸部X線 写真上,異 常をみとめた症例を検討したと

ころ,早 期,中 期には無気肺を散見したにすぎなかっ

たが,晩 期には喀疾細菌検査も陽性を示す肺炎が多 く

みられた。

著者は予防的人工換気は呼吸障害の発生予防に有効

であると考えているが,Schmidtら2つも肺合併症予防

を 目的 とした挿管 とcontinuous positive airway

pressure(CPAP)が 有効 としている。 し かし,人 工換

気が肺感染をじゃっ起しやすいことも事実のようで,

147(1769)

Cross and Roup2めによれば人工換気例には高率に肺

炎の合併をみたとしている。恐 らく長期間の人工換気

は,咽 頭から下気道への感染や気道吸引カテーテル,

レスピレーターなどを介した感染の機会を増す可能性

があ り,ま た起因菌 として腸内細菌がみとめられたこ

とからも, これら医原性感染を否定できない。一方,

長期間の人工換気を要した症421をみると,重 症感染併

発例が多 く,Richardsonら2いの指摘するように重症感

染症による肺の感染防止機能低下も肺炎の一因と考え

られた。 1例 に誤飲による肺炎があったが,Huxley

ら2のによると正常人でも45%,意 識障害者では70%に

咽頭分泌物の誤飲があるとされ,高 齢者の意識障害に

関して,特 に鎮静剤投与には慎重を要するものと考え

られた。

術後肝障害の判定基準は問題のあるところである

が,著 者は最も測定の簡単な血清総 ビリルビン値 (以

下 TB)で 判定した。水戸ら2めによれば,術 後肝障害の

原因は術中の低血圧や肝門部操作による肝低酸素のほ

か麻酔剤,抗 生剤,抗 癌剤などの影響や血清肝炎など

があり,必 ずしも手術侵襲 とのみ関連するものではな

いが,術 後早期には29%の 症例が TB 3.Omg/dl以 上

を呈した。これらの93%は TB 10mg/di未 満の軽度黄

痘例であ り,ほ ぼ半数が早期に回復し, 2例 を残 して

他は中期までに回復 した。すなわち,高 齢者では術直

後の肝障害は予想以上に多発するものの,多 くは軽度

障害で治療に良く反応するものと思われた。しかし,

晩期には11例にTB 20mg/di以 上の高度障害をみ と

めた。この うち術後早期に軽度障害が発現し,次 第に

増悪 した ものは術中術後の出血や重症感染症を経過

し,原 因として肝血流量の減少が示唆された。また肝

炎,肝 硬変症の既往も障害の増悪に関与 した可能性も

否定できなかった。早期に障害がなく遅れて発症 し,

重篤化した症例は,b筋梗塞などの合併症による循環障

害にもとづ く2次 的な障害で,多 臓器不全の部分現象

としてとらえるべきものであった。

腎機能障害は乏尿を中心に判定した。教室の安藤2ゆ

が報告した自由水クリアランス (CH20)は ,術 後急性

腎不全の早期発見の指標 として極めて有効である.し

かし必ず しも全例に頻回かつ速やかに行えない点に問

題がある。周知のごとく,術 後の乏尿は侵襲に対する

生体反応の一部であ り必ずしも器質的腎障害によるも

のではないが,高 齢者では体液過剰に対する適応力が

弱 く,乏 尿による体液貯留が直ちに呼吸,循 環に悪影

響を招きやすい。そこで著者は術当日を除き,乏 尿に

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148(1770) 高齢者における消化器外科手術後の臓器機能障害 日消外会議 20巻 7号

や重篤な合併症につながるものでもないが,造 血能の

低下している高齢者では gabexate mesilateなどの投

与により血小板の消耗を防止し,必 要なら血小板の補

充をする方が安全 と思われる。術後早期の血小板減少

は術中出血量と相関したが,晩 期の血小板減少は肝不

全 と重症感染症に伴 うもので治療効果は多 くを望めな

かった。

以上,術 後臓器機能障害を時期別にみると,術 後早

期は障害発現率は高いものの軽 。中等度障害が多数を

占め,治 療に反応 してほとんどの症911は回復しえた。

すなわち,早 期治療の目的を十分に達したと考えられ

る成績であった。術後早期に少数ながら高度障害4211が

みられ, これらは術前術中に各種のショックを経過 し

ており回復は極めて困難であった。

術後晩期は障害発現率は低いが高度障害例の占める

害J合が多 く,早 期治療に抵抗 した難治例や中期以降新

たに発生した感染症合併例が含まれ, これらの回復も

困難であった。このことは死亡例をみても明らかで,

緊急手術例 と術後重症感染合併pllが高い死亡率を示 し

ていた。緊急手術例に対しては,手 術侵襲をできる限

り少なくした適確な手術が望まれ, さらに術後感染症

合併の予防には術前栄養の改善,正 確な手術,術 野の

汚染防止などの徹底が必要であろう。

V . 結 語

過去 5年 間に当科で消化器外科手術を施行した70歳

以上の高齢者100例を対象として,術後の臓器機能を検

討 し次の結果をえた。

1)100421中70例70%に 術後臓器機能障害がみ られ

た。食道疾患群および肝 ・胆 ・陣疾患群では80%以 上

の障害発現率を示 した。

2)術 前検査異常所見は必ず しも術後同一臓器障害

を示唆するものではなかったが,高 度不整脈,肝 機能

異常,腎 機能異常,凝 固異常を有する症例では術後当

該臓器障害を生じる傾向がみとめられた。

3)術 後早期には中期,晩期に比べ各臓器系とも障害

例が多 く,大 部分は軽 ・中等度障害であった。術後早

期の高度障害4/1は術前術中にショックを経過したもの

であった。

4)術 後晩期には全体の障害発現率は低いが,中等度

以上の障害例,す なわち重症例が多 く,早 期の難治例

や晩期に発生した縫合不全,重 症感染症などによる2

次的臓器障害例であった。

5)死 亡例は 94/1,死亡率 9%で あった。待期手術死

亡率4.9%に 対 し,緊 急手術死亡率は27.8%と 高率で

対 して主 として furosemideomannitol混合液3いを点

滴 し,症 例によっては dopamineを 併用31)して,1.0

m1/kg/h以 上の尿量を確保した。これらの利尿剤を投

与された症例は,全 例腎障害あ りと判定され,そ の結

果早期には27%に 腎障害の発現をみとめたが,軽 度,

中等度障害がそれらの93%を 占め,人 工透析を要 した

高度の腎障害は 3例 のみであった。一般に乏尿は遷延

する傾向をみとめ,中 期に至るまで利尿剤投与を必要

とした症例が多かったが,尿 量を確保 し他臓器系への

影響を排除しようという目的は達 しえた,

高齢者の精神神経障害の発現機序は一様でなく,器

質的原因や重篤な代謝性の原因によるもの以外に,特

に誘因のないものが比較的多くみとめられた。特に誘

因をみとめず軽度の障害を呈 した症例は術後早期にみ

られ一過性に経過 した。西浦および元村3分によれば,精

神科の立場からみた高齢者の術後のせん妄の原因は,

麻酔後の意識水準低下に不安,恐 怖が加わったもので

ICUと いう疎外された環境,断 眠状態なども関与する

としている,教室の川西3り,岡野ら30は

精神神経症状を

有する高齢者は赤血球内カリウム値が低下しているこ

とから,GIK療 法の有効性を報告 している.GIK療 法

は脳におけるブドウ糖の利用効果を高めて症状の改善

につながるものと考えられ,試みるべき方法であろう。一方,高 度の精神神経障害は肝障害の進展によること

が多 く,これらは寛解,増悪を繰 り返 し予後不良であっ

た。

術後の消化管出血は他の臓器障害 とは発現機序が着

千果なり術後臓器機能障害診断基準に含めないむきも

みられる3,が,腎 障害の引き金になることがまれでは

ない3●。そこで著者は術後管理上重要な臓器障害 とみ

なし,H2レ セプタープロッヵ―,粘 膜保護剤投与など

を早期から行い重篤化を防止すべきであると考えてい

る。術後早期には軽度出血例が多 く,薬 物治療が有効

であったが,晩 期の出血例は肝障害や重症感染症を基

礎に発症しており,予 後は不良であった。

術後の凝固系障害は血小板数により判定した。一般

には DICを もって凝固異常とされることが多いが,著

者は完成された DICは 回復が不能かあるいは著 しく

困難であることから,最 も速やかに察知 しうる血小板

板減少をもって凝固障害 とし,対 処すべきであると考

えている。著者症例では術後早期には25%,中 期でも

20%に 血小板減少をみとめた。術後早期には血小板数

10万未満, 5万 以上の軽度障害例が多 く術後出血量を

増加させる傾向があった。血小板減少は必ずしもDIC

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1987年7月

あった。死亡4/1中5例 に術前ショックをみとめ, これ

らの多 くは循環不全からMOFに 進展 したものであっ

ブ(こ.

稿を終えるに臨み,御 指導御校閲を賜った元木良一教授

に謹んで謝意を表します。また多大の御協力を頂いた教室

員各位に感謝いたします。

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