身体動揺を考慮した人体形状の計測 · 2014-09-12 ·...

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修士論文 身体動揺を考慮した人体形状の計測 大学大学院 16 2 13

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修士論文

身体動揺を考慮した人体形状の計測

指導教官 美濃 導彦 教授

京都大学大学院情報学研究科修士課程知能情報学専攻

舩冨 卓哉

平成 16年 2月 13日

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身体動揺を考慮した人体形状の計測舩冨 卓哉

内容梗概

光切断法による 3次元形状の計測では,スリットレーザーによる走査が必要

なため,計測に時間がかかる.そのため,人体を計測する場合には,レーザー

の走査中に人体が動いてしまい,その結果正確な形状を得られず計測精度が低

下してしまう.そこで本研究では,計測中の人体の動きを計測し,これを用い

て計測形状を補正することで計測精度の向上を目指す.

計測中の人体の動きは,人体がバランスととるために必要な身体動揺である

と考えられる.計測中は被計測者がほぼ直立姿勢を維持していると仮定し,人

体の各部位はほとんど変形しないものとする.人体を多関節剛体とみなすと,身

体動揺は人体の各部位の剛体運動として記述できる.

本手法では,各部位の剛体運動を推定するため,各部位の表面に 3点以上の

マーカを配置し,撮影同期の取れた校正済みのカメラを複数用いてマーカの 3

次元位置を計測する.しかし,計測されたマーカの 3次元位置には誤差が含ま

れており,この誤差が各部位の剛体運動の推定に影響を与える.ここで,身体

動揺は倒立振子としてモデル化でき,計測誤差を白色雑音としてモデル化でき

る.そこで本手法では,マーカ位置の変化に低域通過フィルタを適用すること

で SN比が大きい低周波領域のみを取り出し,マーカの 3次元位置に含まれる

誤差を除去することで,より正確な剛体運動の推定を行う.

実験により,身体動揺の影響を受けた光切断法による計測形状の計測誤差が

10mm 程度であるのに対し,提案手法を適用することで 1mm程度の計測精度

を保つことができることを示した.これは,予備実験で示された剛体運動によ

る位置変化のみを考慮した場合の計測精度とほぼ同程度であった.

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Accurate 3D scanning of trunk swaying human body

Takuya FUNATOMI

Abstract

In this paper, we propose a new method to acquire three-dimensional (3D)

shape of human body accurately.

Using light stripe triangulation, we can acquire accurate 3D shape of an im-

mobile subject in a dozen of seconds. When the subject moves while scanning,

the acquired shape would be distorted. We can correct the distorted shape with

accurate motion estimation of the subject. In our research, we suppose the sub-

ject will keep quiet standing, its body almost never changes the shape. Usually,

people move slightly to keep the balance, called trunk sway. We describe the

trunk sway during scanning as a rigid motion of each part of the body.

To acquire the accurate motion of the human body, we measure 3D position

of some markers, placed on the skin, by several synchronized and calibrated

cameras. The acquired 3D position of the markers might include errors. To

analyze the acquired 3D position, we introduce models for both of the trunk

sway and the errors. The trunk sway is assumed as an inverted pendulum which

oscillates slowly (low frequency) and the errors are assumed as white signal

noise whose energy is uniform over all of frequencies. To eliminate the errors,

we apply low-pass-filter. Then, we can estimate the rigid motion accurately

from the position of the markers.

Experimental results show the accuracy of our measurements. Trunk sway

degrades the accuracy of light stripe triangulation from 1mm to 10mm. By

applying our method, we can maintain the accuracy as good as 1mm.

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身体動揺を考慮した人体形状の計測

目次

第 1章 はじめに 1

第 2章 光切断法による形状の計測と問題点 4

2.1 光切断法の原理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

2.2 光切断法による計測の問題点 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2.1 走査の並列化による計測の高速化 . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.2.2 計測対象の運動を用いた計測形状の補正 . . . . . . . . . . . 8

第 3章 人体の形状計測とその精度 10

3.1 形状計測中の人体の運動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

3.2 身体動揺による人体形状の変化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

3.3 身体動揺が計測精度に与える影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

第 4章 身体動揺の計測とそれを用いた計測形状の補正 13

4.1 ステレオ計測によるマーカの 3次元位置の追跡 . . . . . . . . . . . . 13

4.2 マーカ位置の計測結果が含む誤差の除去 . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

4.3 剛体運動の推定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

4.4 計測形状の補正 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

4.4.1 点群データのクラスタリング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

第 5章 実験と考察 22

5.1 計測精度と人体形状の変化の評価 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

5.2 光切断法による計測のシミュレーション . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

5.3 身体動揺の計測と計測形状の補正 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

5.4 計測精度の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

5.5 光切断法による計測形状への本手法の適用 . . . . . . . . . . . . . . . 35

第 6章 まとめ 37

謝辞 39

参考文献 40

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第1章 はじめに

個人の体の 3次元形状を計測する装置を用いることによって,人体の 3次元

形状を計算機で扱うことが可能となった.個人の 3次元形状を扱うことは,ア

パレル業界や医療など様々な分野での応用が期待されている.例えば衣服を購

入する場合,自分の体の 3次元形状を電子的にもっていれば,仮想的に作られ

た服を試着し,気にいったデザインで自分の体にぴったりなサイズの服を注文

することがどこからでもできるようになるだろう.実計測に基づいた自分の体

の 3次元形状を用いるので,市販されている一般的な人体モデルを使う場合よ

りも現実に近い試着の様子をシミュレーションできるし,従来の古典的な採寸

法に基づいたオーダーメイドよりも自分の体にフィットする立体的な服を設計

することができる.

人体の 3次元形状を非接触で計測する方法は,光切断法や視体積交差法など

が存在する.特に衣服の設計など,人体の詳細な形状が必要となる場合には,高

精度・高解像度な計測が可能な光切断法が用いられる.

光切断法とは,スリットレーザー光を計測対象に照射した様子をカメラで観

測し,三角測量の原理で形状を計測する手法である.スリットレーザーを用いて

いるため高精度・高解像度な計測が可能となるが,計測対象をスリットレーザー

で走査する必要があるため,計測に数秒から数十秒かかるという欠点がある.

形状の計測に時間がかかるため,光切断法では計測対象の形状や位置が計測

中に変化しないことを前提としている.そのため,運動している物体を光切断

法で計測した場合は,計測形状が運動の影響を受けるため形状を正確に獲得す

ることができない.人はじっとしようとしていても完全に静止していることが

できないため,光切断法で人体を計測しても形状を正確に獲得できないという

問題がある.

全身の形状を計測する場合には,自己隠蔽が少ない直立姿勢をとるのが一般

的である.直立姿勢を保つ場合,人体にはバランスをとるために必要な揺れが

存在する.この揺れを身体動揺と呼ぶ.この身体動揺の影響で,光切断法では

正確な形状を獲得できず,静止剛体を計測した場合の精度が 1mm程度であった

ものが,10mm程度まで低下してしまう.そこで本研究では,人体の 3次元形

状を光切断法で計測し,身体動揺があることを考慮して計測形状を補正するこ

とで,1mm 程度の精度を保つことを目的とする.

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獲得された 3次元形状に対する身体動揺の影響を小さくする方法として,2つ

の方法が考えられる.その 1つとして光切断法による形状計測の高速化があり,

複数のスリットレーザーを用いた走査の並列化によって計測を高速化を実現し

ているものがある.しかし,走査を並列化した計測では新たな問題が発生する

ことがある.問題の 1つは,複数になったスリットレーザー光の対応付けが必

要になることである.光切断法では,スリットレーザーの照射方向と物体に照

射されたレーザーのカメラ画像上での位置を使って形状を計測する.そのため,

1つのカメラ画像上に複数のレーザーが写っていた場合,レーザーの照射方向と

画像上のレーザー位置との対応付けが必要となる.この対応付けを誤ると,獲

得されるデータが本来あるべきところとは違うところに発生してしまう.また,

並列化した計測によって獲得される複数の断片的な形状が滑らかにつがらない

という,通常の光切断法では発生しない別の問題もある.

獲得された 3次元形状が受ける身体動揺の影響を小さくする他の方法として,

計測対象の運動を用いて,光切断法で獲得した形状を補正することが挙げられ

る.そこで本稿では,人体の運動である身体動揺を計測し,光切断法によって

獲得された計測形状を身体動揺を用いて補正する手法について述べる.

本手法では人体を多関節剛体とみなし,身体動揺を人体の各部位の剛体運動

として記述する.これは,計測中は被計測者が一定の姿勢を保とうとするため,

人体が多関節剛体とみなせる程度に人体の形状変化が少なくなると考えられる

からである.身体動揺の計測は,各部位の表面に貼り付けた数点のマーカの位

置を撮影同期が取れた 2台のカメラを用いて観測し,これらの位置変化から剛

体運動を推定することで行う.こうして計測された身体動揺を用いて,光切断

法で計測した形状を補正し,計測精度を保つ.

光切断法で計測した形状を補正して正確な形状を獲得するためには,計測対

象の正確な運動を推定する必要がある.ところが計測によって身体動揺を獲得

した場合,それは誤差を含んでいる.誤差を含んだ身体動揺を用いて計測形状

を補正しても形状の計測精度は改善されないため,身体動揺の計測誤差を取り

除く必要がある.身体動揺の計測結果に誤差が含まれるのは,マーカの 3次元

位置に計測誤差が含まれているからである.人体の身体動揺は一般に,人体を

単一の剛体とみなした倒立振子運動としてモデル化される [3]-[6].また,マー

カ位置の計測において発生する誤差は白色雑音としてモデル化することができ

る.以上のモデルに基づくと,身体動揺はほぼ 2Hz以下の周期運動とみなすこ

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とができる.一方,白色雑音としてモデル化された誤差は周波数によらずほぼ

一定のパワーを持つ.そのため,計測したマーカ位置の時間変化を周波数領域

へ変換し,誤差による影響が大きい 2Hz 以上の成分を取り除くことで,身体動

揺によるマーカ位置の変化を精度よく推定できると考えられる.こうして身体

動揺による剛体運動をより正確に推定することで,計測形状のより正確な補正

ができるようになる.

本稿の構成は以下のとおりである.第 2章では,光切断法による 3次元形状計

測の原理と,静止していない物体を計測したときの問題点について述べる.第

3章では,人体の形状計測と光切断法による 3次元形状計測の精度に関して考

察する.第 4章では,身体動揺の計測とこれを用いて計測形状を補正する手法

について述べる.第 5章では人体を多関節剛体とみなしたときの計測精度を評

価する予備実験について述べる.また,人体の身体動揺によって受ける影響の

程度や提案手法を適用した場合の計測精度を評価する実験を行ない,提案手法

の有効性を示す.第 6章で結論を述べる.

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第2章 光切断法による形状の計測と問題点

本章では,まず光切断法による 3次元形状計測の原理について述べる.次に,

光切断法で計測した場合,計測によって獲得される形状が計測対象の運動によっ

て受ける影響について述べ,最後にその対策について述べる.

2.1 光切断法の原理光切断法とは,スリットレーザーと固定された校正済みのカメラを用いて 3

次元形状を計測する手法である.この手法は物体の 3次元形状を非接触で高精

度に計測できることから,様々な物体の形状計測に用いられている.

光切断法による 3次元形状計測では,スリットレーザーを物体に照射し,そ

の反射光をカメラで観測する.3次元空間におけるレーザーの照射方向とカメ

ラの射影行列を用いて,物体表面で反射したレーザー光が写っているカメラ画

像上の各ピクセルに対応する,物体表面上の点の 3次元位置を三角測量の原理

に基づいて求めることができる(図 2.1).こうして,レーザー光が照射されて

いる部分の 3次元形状を 3次元空間中の点列として獲得することができる.

CameraSlit laser

Image plane

図 2.1: 三角測量の原理

三角測量に基づいた 3次元位置の計測は,同一の点を異なる 2つ以上の場所

から観測することで行う.ステレオ計測など複数のカメラを用いた計測手法で

は,それぞれのカメラ画像における点の位置をレーザーを用いないで求めるた

め,カメラ画像間での対応点探索が必要となる.対応点の探索には計測対象の

表面テクスチャ情報などを用いるのが一般的であるが,人体のような表面テク

スチャの変化が乏しい物体では対応点探索が困難であるため,精度よく形状を

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獲得することができない.一方,光切断法ではカメラとスリットレーザーを用

いているため,このような対応点探索を容易に行えるため,高精度な計測が可

能である.しかし,物体表面のうちレーザーの反射光をカメラで観測できる部

分の形状しか獲得できないため,物体全体の 3次元形状を獲得するためには,

スリットレーザーで計測対象を走査する必要があり(図 2.2),計測に時間を要

するという欠点もある.静止物体の形状を計測する場合には,計測に時間を要

しても問題ないが,計測対象が運動や変形する場合には正確な形状が獲得でき

ない.

CameraSlit laser

Image plane

図 2.2: スリットレーザーによる物体の走査

2.2 光切断法による計測の問題点本項では,光切断法での計測に時間を要することに起因する,運動物体の形

状を計測したときに起こる問題について説明する.図 2.3は,2 つの物体にそれ

ぞれスリットレーザーを右から左へ走査した様子を示したものである.一方の

静止物体(図 2.3 左)では,その形状を正確に獲得することができる.しかし,

もう一方の上から下へ運動する物体(図 2.3右)では,スリットレーザーを走

査する間に物体が動いてしまうため,計測される形状が歪んでしまうため,正

確な形状が獲得できない.

計測形状が受ける運動や変形の影響を小さくする方法としては,2つの方法

が考えられる.1つは計測にかかる時間を短縮することで,計測形状が受ける運

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Stopped object Moving object

Scanned shape Scanned shape

ObjectTranslation

Laser scan Laser scan

図 2.3: 運動物体の計測形状

動や変形の影響そのものを小さくする方法である.もう 1つは計測中における

計測対象の運動や変形を用いて,計測形状が受けた影響を補正する方法である.

2.2.1 走査の並列化による計測の高速化

計測にかかる時間を短縮するには,レーザー走査の高速化が必要である.し

かし,計測精度を維持したままスリットレーザーの走査速度そのものを上げる

のは困難である.なぜなら,計測精度を維持するためには走査速度を上げると

同時にカメラのフレームレートも上げる必要があり,レーザー光の出力も上げ

る必要がでてくる.人体を計測する場合には,レーザーを高出力で照射するの

には危険が伴うため,好ましくない.

レーザー走査の速度を現状に留め,計測精度を維持したままで計測にかかる

時間を短縮する方法として,複数のスリットレーザーを用いて走査を並列化す

ることが考えられる.図 2.4に,3本のスリットレーザーを用いた並列走査の例

を示す.

Slit laser

Object

図 2.4: 複数のレーザーを用いた並列走査

走査を並列化すると,計測にかかる時間はスリットレーザーの本数に反比例

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するため,スリットレーザーの本数を増やせば増やすほど計測にかかる時間を

短縮することができ,計測形状が運動によって受ける影響を限りなく小さくす

ることができる.しかし,レーザーの本数を増やすと新たな問題が生じる.

問題の 1つは,複数になったスリットレーザーの対応付けが必要になることで

ある.前節で述べたように,光切断法による 3次元形状計測ではレーザーの照

射方向が必要であるため,レーザーを複数用いた場合にはカメラに写ったレー

ザーの反射光がどのレーザーから照射されたものであるかを特定することが必

要となる.カメラ画像上の反射光とレーザーとの対応付けを誤ると,獲得され

る 3次元位置が本来とは異なる(図 2.5)ため,正確な形状を獲得することがで

きない.

Laser plane

Line of sight of the camera

correct

fault

図 2.5: 対応付けの誤りと計測データのずれ

以上の問題は,レーザーの本数が増えれば増えるほど顕著になるため,レー

ザー本数の増加にも限界があり,計測にかかる時間をある程度以上短縮するこ

とができない.この対応付け問題を解決するため,スリットレーザーではなく

ストライプパターン光を用いた空間コード化法 [1] がある.

空間コード化法は空間に図 2.6のようなグレイコード状のパターンを投影し,

その観測画像から物体面位置をコード化されたデータとして得る方法である.n

枚のグレーコードパターンを投影することで,空間を 2n個の領域に分割するこ

とで,2n本のスリットレーザーを用いたのと同じような計測が短時間でできる.

しかし,光切断法と同程度の高解像度な計測を行うためには空間を多くの領域

に分割する必要があるため,細かいパターンを用いる必要がある.

空間コード化法では計測を効率的に高速化できるが,n種類のパターンを照

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射するため計測時間がある程度必要である.そのため,計測対象が運動してい

る場合には,コード化に誤りが生じ,対応付けを誤る問題が生じる.高解像度

な計測を行う場合には空間が細かく分割され,それぞれがパターン光によって

コード化されるが,空間が細かく分割されると計測対象の運動による影響が大

きくなる.そのため,計測精度は計測対象の運動の程度に左右されるため,人

体を計測する上で問題となる.

図 2.6: グレイコード化パターン

また,複数のレーザーを使った光切断法による計測では,通常の光切断法で

は起こらなかった別の問題が発生することがある.それは,表面が滑らかな物

体を計測したとしても,計測形状が滑らかにならない問題である.3本のレー

ザーを使って運動物体を時間 T かけて計測した場合を示した図 2.7を用いてこ

の問題を説明する.図の場合,各レーザーから 3つの断片的な形状 (A,B,C)を

獲得することができる.最終的に獲得される計測形状は 3つの形状A,B,Cをつ

ないだものになる.こうして獲得される形状は,並列化せずに 3T 時間をかけ

て計測した形状よりも運動から受けた影響が小さくなる.しかし,断片的な形

状のつなぎめ (A とB,B とCの間) では,それぞれ形状を獲得した時刻が異な

るため,もともとの計測対象の形状が連続的であったとしてもうまくつながら

ない.この結果,計測形状は不連続になり,計測結果を利用するには不都合が

生じる.

以上のように,複数のレーザーを用いた並列走査のように計測にかかる時間

を短縮する方法では,計測形状が受けた計測対象の運動や変形による影響を解

決できず,計測対象の正確な形状を獲得することができない.

2.2.2 計測対象の運動を用いた計測形状の補正

そこで本研究では,計測対象の運動や変形を用いて計測形状が受けた影響を

補正する方法を用いる.以下では,計測対象の運動や変形を用いた計測形状の

補正について述べる.

時刻 tに計測対象の物体表面でスリットレーザーが照射された部分,つまり

光切断法によって時刻 tに獲得される形状(点の集合)を P t(t) とする.計測

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Multi Scanning

A

B

C

A

B

C

t=t0

t=t0

t=t0t=tT

t=tT

t=tT

Single scanning

t=t0

t=3tT

図 2.7: 並列走査によって獲得される形状

時間が t = [t0, tT ]であった場合,光切断法によって計測対象の全体形状として

獲得される計測形状P を次式で表すことにする.

P =⋃t

P t(t) (2.1)

時刻 t0を基準とした計測対象の運動・変形をW tとして表すと,時刻 tに獲

得された形状P t(t)の各点 pit(t) は,時刻 t0において

pit(t0) = W−1

t (pit(t)), pi

t(t) ∈ P t(t) (2.2)

であったと言える.これを用いて時刻 t0での計測対象の形状P (t0)は

P (t0) =⋃t

P t(t0) =⋃t,i

W−1t (pi

t(t)) (2.3)

とすることで得られる.

計測対象の運動・変形をW tが正確に分かっているならば,光切断法によっ

て獲得された計測形状から時刻 t0における計測対象の形状P (t0)を獲得するこ

とができることを示した.本研究では,時刻 t0 における計測対象の形状P (t0)

を獲得すべき形状とする.

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第3章 人体の形状計測とその精度

人体の 3次元形状を光切断法によって計測する場合,人体は静止剛体ではな

いため,前章で示したとおり通常の光切断法による計測では正確な形状を獲得

することができない.光切断法を用いて人体の正確な形状を高精度に計測する

ためには,人体の運動・変形W t(p)によって計測形状を補正することが必要と

なる.しかし,人体の運動や形状の変形W t(p) を正確に獲得することは一般的

には困難である.そこで本研究では,形状計測中に被計測者が同じ姿勢を維持

していることを前提とする.本章では,同じ姿勢を維持した上で想定される人

体の運動・変形について述べる.

3.1 形状計測中の人体の運動人体の形状を計測する場合,被計測者にとってもらう姿勢が満たすべき条件

として,主に次の 2つが挙げられる.1つは,光切断法ではレーザーやカメラか

ら隠れてしまう部位の形状は計測できないため,そのような隠れ部位が比較的

少ない姿勢であることが望ましい.もう 1つは,人体の形状計測には数秒から

数十秒要するため,その程度の時間は一定に保つことができる姿勢であること

が望ましい.

直立姿勢は人間が普段からとっている基本的な姿勢の 1つであるため,その

姿勢を維持することが比較的容易であり,また直立姿勢は他の基本的な姿勢で

ある座位などと比べて隠れ部位が少ない.そこで本研究では,形状計測におけ

る被計測者の姿勢は直立姿勢であると仮定する.

人体の形状は姿勢の変化にともなう筋肉の収縮によって複雑に変化するため,

その変化を正確に記述することは困難である.しかし,大きく姿勢を変えなけ

れば,筋肉の収縮もほとんど起こらず,局所的には形状がほとんど変化しない

と言える.そこで本研究では,形状を計測している間は被計測者が姿勢を一定

に保つこととし,筋肉収縮などによる変形はほとんどないものとする.

しかし,直立姿勢が一定に保ちやすい姿勢であるといっても,人間は数十秒

間ものあいだ静止剛体のように完全に静止していることはできない.特に直立

姿勢は,2本の足でしか接地していないため物理的に不安定である.この不安

定な姿勢を維持するために必要なバランスをとるため,人体は無意識に周期的

な重心移動をしている.この重心移動にともなう人体の揺れは身体動揺と呼ば

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れている.人体の正確な形状を獲得するためには,この身体動揺による人体の

動きを考慮し,光切断法で獲得した計測形状を補正する必要がある.

被計測者が直立姿勢を維持して大きく姿勢を変化させない場合,静止し続け

ていることはできないが,形状はあまり変化しないといえる.そこで本研究で

は,人体を多関節剛体とみなし,形状計測中における身体動揺による運動を各

部位の剛体運動によって記述する.

3.2 身体動揺による人体形状の変化本節では,人体を多関節剛体とみなすことの妥当性について考察する.直立

姿勢を維持している人体において,剛体運動で表現できない形状変化がどの程

度起こっているかを評価する予備実験を行った.人体形状の変化を評価するた

め,人体の表面に多数のマーカを配置し,直立姿勢を維持している状態でのマー

カ位置をいくつかの時刻で計測した.また,剛体に対しても同様に配置した多

数のマーカの位置をいくつかの時刻について計測した.人体と剛体のそれぞれ

に対し,計測した各時刻におけるマーカ位置から剛体運動を推定し,これを用

いることで,剛体運動以外の要因で発生するマーカ位置の変化を評価した.以

降,このマーカ位置の変化を非剛体的な変化と呼ぶ.実験の手法と結果につい

ては 5.1節で詳述する.

剛体を計測して得られたマーカ位置の非剛体的な変化は,マーカ位置の検出

における計測誤差に起因すると考えられ,マーカ位置の計測精度としてみなす

ことができる.一方,人体を計測して得られたマーカ位置の非剛体的な変化は,

計測誤差に加え,人体に剛体運動で表現できない形状変形があったためと考え

られる.これを人体の剛体運動のみを考慮した場合の計測精度としてみなす.こ

れにより,剛体と人体のそれぞれの表面に配置したマーカ位置の非剛体的な変

化の程度を比較することで,人体を多関節剛体とみなすことの妥当性を評価す

ることができる.予備実験の結果,剛体表面に配置したマーカ位置の非剛体的

な変化の平均が約 0.75mmであったのに対し,人体表面に配置したマーカ位置

の非剛体的な変化の平均が約 1.0mmであり,若干の精度低下が認められた.こ

れは,人体における形状変化が剛体運動では表現できないものを含んでおり,そ

の程度が計測精度を上回っていることを示している.しかし,剛体運動を考慮

すれば約 1mmの計測精度を維持することができており,要求される形状計測精

度が 1mm程度であれば,人体を多関節剛体とみなすのは妥当であるといえる.

11

Page 16: 身体動揺を考慮した人体形状の計測 · 2014-09-12 · 獲得された3次元形状に対する身体動揺の影響を小さくする方法として,2つ の方法が考えられる.その1つとして光切断法による形状計測の高速化があり,

3.3 身体動揺が計測精度に与える影響身体動揺は,医学やスポーツ科学などの分野で身体の平衡機能の指標として

よく用いられている.一般的に,身体動揺は容易に測定可能な重心位置の変化

(重心動揺)として測定され,重心動揺の軌跡長や動揺面積によって評価される.

計 20人の日本人に対して行われた重心動揺の計測 [2]では,開眼直立時で重心

動揺距離の時間平均がおよそ 20(mm/sec),動揺面積がおよそ 100(mm2)となっ

た.形状計測の精度が 1mm程度と比べると十分大きな値であり,計測精度の低

下を招く要因になると考えられる.

12

Page 17: 身体動揺を考慮した人体形状の計測 · 2014-09-12 · 獲得された3次元形状に対する身体動揺の影響を小さくする方法として,2つ の方法が考えられる.その1つとして光切断法による形状計測の高速化があり,

第4章 身体動揺の計測とそれを用いた計測形状の補正

レーザーを走査している間の人体各部の剛体運動を獲得するため,本手法で

は各部位 pの表面にそれぞれNp(> 3)点以上のマーカを配置し,それらの 3 次

元位置を計測する.各部位 pに配置されたNp 個のマーカの 3次元位置を用い

て,計測中の各時刻における剛体運動を推定する.

光切断法によって獲得された計測形状を補正するためには,身体動揺による

各部位の正確な剛体運動が必要である.しかし,身体動揺による剛体運動は,

マーカの 3次元位置を用いて推定しているため,マーカの計測誤差の影響を受

ける.このような剛体運動の推定値を用いると,計測形状の正確な補正ができ

なくなるため,マーカ位置の計測誤差を取り除くことが必要となる.

そこで本章では,身体動揺によるマーカ位置の変化と誤差のモデルを導入し,

誤差の影響を抑える手法について述べる.本手法では,身体動揺を倒立振子に

よる運動としてモデル化し,マーカ位置の計測誤差は白色雑音としてモデル化

する.身体動揺による倒立振子運動は約 2Hz以下の低周波成分をもった運動で

あるのに対し,白色雑音は各周波数成分のパワーが一定であることから,マー

カ位置の変化において低周波成分では SN比が大きく,高周波成分では SN比が

小さいということができる.そこで,本手法ではマーカ位置の変化を低域通過

フィルタによって処理することで,計測誤差の影響を抑制する.

人体の各部位の剛体運動を推定することにより,これを用いて光切断法で獲

得した計測形状を補正することができる.人体の運動は部位ごとに獲得されて

いるため,光切断法で獲得した計測形状を人体の各部位へクラスタリングする

必要がある.これには,円筒や半球などを組み合わせて各部位を表現した人体

モデルを用いたクラスタリング手法 [9]を用いる.この手法によって各部位にク

ラスタリングされた形状データ各々に対して,そのデータが獲得された時刻を

元に位置の補正を行なう.

4.1 ステレオ計測によるマーカの3次元位置の追跡本節では,身体動揺による人体各部の剛体運動を獲得するため,体表に配置さ

れたマーカの 3次元位置を複数のカメラを用いて計測する手法について述べる.

光切断法では,計測対象に照射したスリットレーザーの反射光をカメラで観

13

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測するため,計測は一般的に暗所で行なわれる.これは,形状を精度よく獲得

するためには,カメラ画像上で検出されるレーザー光を精度よく検出する必要

があり,他の光の影響が少ないことが望ましいためである.一方,カメラ画像

におけるマーカ位置の検出では輝度値を用いるため,マーカがカメラ画像上で

検出できる程度に写っている必要がある.この 2つは相反している状況を必要

とするため,1 台のカメラで同時に実現することは困難である.そこで本手法

では,光切断法で用いるカメラとは異なる撮影同期のとれた校正済みのカメラ

を用い,露出やゲインを調節することで,それぞれレーザーの反射光やマーカ

位置の観測を行うこととする.

こうして光切断法による形状の計測と同時に,体表に配置したマーカの位置

変化を観測することができる.なお,すべてのマーカは 2台以上のカメラで観

測されているものとし,他の部位の隠蔽などによって各カメラ画像からマーカ

が消失することはないものとする.以上の条件の下で,マーカを観測していた

各カメラの映像から以下の手順でマーカの 3次元位置を追跡する.

1. 各マーカに対し,そのマーカを観測したカメラの初期フレームにおけるマー

カの位置を手動で与える

2. 各カメラの各フレームでマーカ位置を追跡する

時刻 tのカメラ jの画像上におけるマーカ位置M ji (t) は,カメラ画像の輝

度値に基づいて検出されたマーカMiが写っている領域の重心位置とする.

先の手順で与えられた時刻 t0におけるマーカ位置M ji (t0)を元に,各時刻

のマーカ位置を逐次的に求める.その手順を図 4.1を用いて示す.

まず,時刻 tn−1から tnまでのマーカ位置の変化量は身体動揺によるもので

あるため微小であるとする.そのため,時刻 tnにおけるマーカ位置M ji (tn)

は,時刻 tn−1におけるマーカ位置M ji (tn−1)の近傍にあると考えられる.そ

こで,時刻 tnに獲得されたカメラ画像 F j(tn)に対し,時刻 tn−1における

マーカ位置M ji (tn−1)(△)を中心とする矩形領域D1の輝度値を調べる.

矩形領域D1のピクセルの中から,その輝度値が時刻 tn−1におけるマーカの

輝度値Cji (tn−1) にもっとも近く,その中でもっともM j

i (tn−1)に近接して

いるピクセルを,時刻 tnにおけるマーカの推定位置 Mj

i (tn)(○)とする.

こうして得られたマーカの推定位置 Mj

i (tn)をもとに,マーカMi が写っ

ている領域の重心位置を求める.マーカMiが写っている領域が全て領域

D1に含まれていない可能性があるため,あらためて Mj

i (tn)を中心とする

14

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矩形領域 D2を調べる.矩形領域 D2内の各ピクセルの輝度値と推定位置

Mj

i (tn)の輝度値の差があらかじめ設定された閾値 Tcよりも小さいピクセ

ルを,マーカが写っている領域D3として抽出する.こうして抽出された

領域D3の重心位置を,時刻 tn におけるマーカ位置M ji (tn)(×)とする.

なお,カメラの輝度値における距離はHSV表色系における重み付き和を用

いる.

Marker center

and color on tn-1

Estimated marker position

Gravity of marker area

(marker center on tn)

1st check area D1

2nd check area D2

Detected marker area D3

D3

D2

D1

図 4.1: マーカの追跡

3. 各カメラの射影変換行列に基づいて,各時刻における各マーカの 3次元位

置を求める

マーカMiをカメラ j0, j1で観測したとすると,それぞれの射影変換行列と

時刻 tにおけるマーカ位置M j0i (t),M j1

i (t)を用いて,時刻 tにおける 3次

元位置M i(t)を計算することができる.それぞれのカメラ jで,射影変換

行列と画像上のマーカ位置M ji (t) から,レンズ中心と 3次元空間における

カメラ画像上のマーカ位置を結んだ半直線である視線を求めることができ

る.この視線はマーカMi の中心を通るはずである(図 4.2)が,カメラ画

像から求めたマーカ位置M ji (t)は誤差が含むため,視線がマーカMi の中

心を通らないことがある.そのため両方のカメラの視線が交わらず,マー

カの 3次元位置を正確に獲得することができない.そのため,本手法では

マーカの 3次元位置M i(t)として,両カメラから求められた視線からの距

離(誤差)を最小とする点を求める.

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Marker

Camera j0

Camera j1

図 4.2: カメラの視線

以上の手順により,形状計測中における各マーカMiの 3次元位置M i(t)を

すべての時刻について獲得することができる.

4.2 マーカ位置の計測結果が含む誤差の除去前節の手法によって獲得されたマーカの 3次元位置M i(t)には,計測誤差が

含まれる.身体動揺による運動は低周波成分が大きいとモデル化されるのに対

し,誤差は周波数によらず一定のパワーを持つとモデル化される.そこで本手

法では,低域通過フィルタを用いて,獲得されたマーカ位置が含む計測誤差を

小さくすることを試みる.

倒立振子による身体動揺のモデル化 人体に備わったバランス制御に関する研

究は主に生理学の分野で行われており,人体を倒立振子としてモデル化するこ

とで直立姿勢における身体動揺を解析した報告がいくつかある [3]-[6].

人間は,力学的構造上不安定な直立姿勢を保つため,足首による荷重移動な

どによる制御を行っている.図 4.3(a)は,矢状面(人体を正面から見て上下に

切った平面)と前頭面(人体を側面から見て上下に切った平面)における直立

した人体のモデルを示したものである.

このモデルにおいては,次式が成り立つ [3].

(px − x) = − Isa

Whx (4.1)

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h

W W

z..x..

x z

Rv Rpx pz

R

O

sagittal plane frontal plane

(a) 直立している人体のモデル化

θ

Invertedpendulum

Wh

K

x

(b) 倒立振子

図 4.3: 身体動揺のモデル化

(pz − z) = − If

Whz (4.2)

ここで,hは重心の高さ,W は体重(から足の重さを引いたもの)である.ま

た,矢状面上において,xを重心と足関節との距離,pxを足関節にかかる垂直

抗力Rと足底面が床から受ける抗力Rv の中心との距離,Isa を足関節に関する

身体の慣性モーメントとし,前頭面上において,zを重心と両足の中点(原点)

Oとの距離,pz を両足関節にかかる垂直抗力と原点との距離,If を原点に関す

る身体の慣性モーメントとする.人体の直立姿勢の維持は,px, pzによって x, z

を制御する倒立振子モデルとして考えることができる.

倒立振子(図 4.3(b))では重力の働きによって振子は倒れようとするが,振

子の根元に付けられたバネの作用により振子が倒れないで振動する.振子が鉛

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直方向となす角度を θ,バネ係数をK(Nm/rad)とすると次式が成り立つ.

Kθ − Wh sin θ = −Iθ (4.3)

動揺による角度が十分に小さいとすると

θ ≈ sin θ =x

h(4.4)

とおくことができ,式 4.3は

Kx

Wh− x = − I

Whx (4.5)

となる.この式は,KxWhが pxや pzと等しいとすれば,式 4.1や 4.2と等しくな

る.このシステムはK > Whであれば安定であり,周期運動をする.この周期

運動の角振動数 ωは足関節の粘性係数Ke = K − Whを用いて

ω =

√Ke

I(4.6)

と表すことができる.

このモデルに基づいて,身体動揺の周期について考察する.慣性モーメント I

は,姿勢を維持している限りはほぼ一定であると言える.一方,足関節の粘性Ke

に関しては,直立姿勢における両足の間隔によって変化することがWinterら [3]

によって示された.両足の間隔が股関節の幅の 50%程度である場合,Ke = 900

前後で安定しているが,両足の幅が 150%であった場合には値が増加し,直立姿

勢を維持している間にもKeが大きく変動することが確認された.Winterらによ

ると,102.4秒間の計測において 12.8秒毎に粘性係数を調べた結果,被験者の 1

人では粘性係数がおよそ 4000-10000まで変化していた.直立姿勢で人体形状を

計測する場合には,レーザーやカメラから隠れる部分が少なくなるよう足を広く

開いていており,その場合には足関節の粘性が変動するため,身体動揺の周期も

大きく変動することになる.身体の慣性モーメント Iを [3][7]と同様に約60(Nm)

として身体動揺の周波数 f = ω2π

(Hz)を計算すると,Ke = 900, 4000, 10000 で

それぞれ f = 0.62, 1.30, 2.05(Hz)となり,身体動揺は主に約 2Hz以下の周波数

成分をもつ周期運動であるといえる.

計測誤差のモデル化 一方,計測誤差は主にカメラ画像で検出したマーカ位置

のズレや量子化誤差が原因と考えられる.そこで本手法では,計測誤差を白色

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雑音 εw(t) として扱うこととする.白色雑音 εw(t)は,すべての周波数において

一定のパワーを持つとしてモデル化される.

以上を踏まえると,身体動揺は約 2Hz以下の低周波成分が大きく,計測誤差

はすべての周波数成分が均一に含まれていることになる.つまり,低周波領域

では SN比が大きく,高周波領域では SN比が小さいことになる.そこで本手法

では,観測されたマーカ位置の変化に対して低域通過フィルタを適用すること

で,2Hz以下の周波数成分を取り出し,計測誤差を取り除く.

4.3 剛体運動の推定時刻 tにおける人体の部位 pに配置されたマーカMiの 3次元位置M i(t)は,

部位 pの身体動揺による剛体運動W pt を用いて

M i(t) = W pt (M i(t0)) (4.7)

と表される.剛体運動の自由度は 6であるため,部位 pに配置された一直線上

にないNp(Np ≥ 3)個のマーカの 3次元位置からW pt を求めることができる.

各マーカの 3次元位置M i(t)が正確に得られていれば,次の連立方程式を解

くことによって剛体変換W pt を獲得することができる.

M 1(t) = W pt (M 1(t0))

...

MNp(t) = W pt (MNp(t0))

(4.8)

しかし,前節の手法では計測誤差を完全に取り除くことはできないため,誤差を

含んだマーカの 3次元位置では式 4.8の等号が成り立たたず,剛体変換W pt を獲

得することができない.そのため,式 4.9によって定義される誤差関数Ep(W )

が最小となる剛体変換W を,時刻 tにおける部位 pの剛体運動の推定値 W pt と

する.

Ep(W ) =∑

i

||M i(t) − W (M i(t0))|| (4.9)

本手法では,Powellの収束法 [8]を用いて誤差関数Ep(W )を最小化する剛体

変換W を求めた.

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4.4 計測形状の補正前節の手法によって,各時刻 tで各部位 pにおける剛体運動の推定値 W p

t を

獲得することができる.これを用いて,光切断法によって計測した人体の歪ん

だ形状P を補正し,時刻 t0における正確な形状P (t0)を獲得する.

計測された形状P を補正するためには,まず形状データを人体の各部位へ分

類する必要がある.計測した形状データの人体各部位への分類については,人体

形状を計測したデータである点群に対して表面を再構成する手法 [9]を用いる.

4.4.1 点群データのクラスタリング

点群データの部位へのクラスタリングは,人体の構造に基づいて構築した人

体モデルを用いて,次の 2段階の手順で行う.

1. 点群への人体モデルのマッチング

人体の各部位を楕円筒や半球を組み合わせたモデルで表現し,これらを接

続して全身を表現した人体モデルを用意する(図 4.4(a)).光切断法によっ

て計測された点群に対してこの人体モデルをマッチングする.

点群は被計測者の体表の位置を表すものであり,そのままでは人体の内外

の情報を持たない.そのため,まったく位置合わせができていない人体モデ

ルをマッチングさせるのは困難である.そこでまず,松岡らの手法 [10]を用

いて点群からボリュームモデルを構築し(図 4.4(b)),点群から人体の内外

の情報を推定する.こうして得られたボリュームモデルに対して人体モデ

ルのマッチングを行うことで人体の大まかな位置合わせができる.その後

点群を使って各部位のモデルの位置や長さ,太さを微調整する(図 4.4(c)).

2. 人体モデルに基づいた点群のクラスタリング

点群にマッチングされた人体モデルを用いて,各部位のモデル表面の近傍

に位置する点群をその部位にクラスタリングする.しかし,1つの点が複

数の部位にクラスタリングされることがあるため,そのような点はクラス

タリング先を 1つに絞り込まなければならない.そこで複数の部位にクラ

スタリングされている点については,その近傍にある点群の分類先に基づ

いて,クラスタリング先の絞り込みを行う.

以上の手法を適用するためには,計測された形状P がある程度人体の形をし

ている必要がある.本研究では形状計測のあいだは被計測者が直立姿勢を維持

していることを仮定しており,計測された形状P は歪んではいるが人体の形を

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Human model

(a) 人体モデル

Point Cloud Volume Data

(b) ボリュームモデルの構築

Estimated pose

(c) マッチング結果

図 4.4: 人体モデルの点群へのマッチング

している.そのため,各部位 pへの計測形状P のクラスタリングには手法 [9]を

十分に利用することができる.

こうして人体の各部位 pへ分類された形状データ P pを,各部位の剛体運動

の推定値を用いて補正する.形状データP pのうち,時刻 tに計測されたデータ

P pt (t)は,部位 pの剛体運動の推定値 W p

t を用い,式 2.2と同様に時刻 t0での

形状P pt (t0)に補正される.

P pt (t0) = W p

t

−1(P p

t (t)) (4.10)

各部位 pの補正された形状P p(t0)は式 2.3と同様に

P p(t0) =⋃t

P pt (t0) =

⋃t

W pt

−1(P p

t (t)) (4.11)

によって獲得され,全身の時刻 t0における形状P (t0)は次式によって獲得される.

P (t0) =⋃p

P p(t0) (4.12)

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第5章 実験と考察

本章では,まず人体形状の計測精度を調べるために行った予備実験について

述べる.次に,光切断法が受ける身体動揺の影響や本手法の有効性を示すため

に行った実験について述べる.最後に,実際に光切断法を用いて形状計測を行

い,本手法を適用した結果を示す.

5.1 計測精度と人体形状の変化の評価本節では,直立姿勢を維持している人体において剛体運動以外の形状変化が

どの程度起こっているかを評価するために行った予備実験について述べる.

実験方法 剛体と人体の各部位に対して計測を行い,それぞれの計測精度を評価

する.形状変化を調べるため,本実験では剛体と人体のそれぞれの表面にN 個

のマーカMi (i = 1 · · · , N)を配置し,時刻 tにおけるそれらの 3次元位置M i(t)

を 4.1節で述べた手法で計測する.

カメラを用いて 3次元計測をおこなうため,計測したマーカ位置には誤差が

含まれる.剛体の表面に配置したマーカの位置関係が不変であることを用いて,

カメラを用いた 3次元計測の精度を評価する.精度評価の手法を以下に述べる.

4.3節と同様の手順により,任意の 2つの時刻 tu, tv における N 個のマーカ

の 3次元位置M i(tu),M i(tv)を用いて,tuから tv までの剛体の運動の推定値

W tu,tv を獲得することができる.推定された剛体運動を用いて,次式より残差

平均E(W tu,tv)を求めることができる.

E(W tu,tv) =

N∑i=1

||M i(tv) − W tu,tv(M i(tu))||N

(5.1)

残差平均E(W tu,tv)は,剛体運動以外の要因で発生するマーカ位置の変化の

和であり,時刻 tu, tv におけるマーカ位置の計測誤差として評価することがで

きる.

マーカの 3次元位置を獲得した時刻 t = [t0, · · · , tT ]の全て組 {tu, tv}に対し,以上のような手法で残差平均E(W tu,tv)を求め,この平均値を用いて計測精度

を評価する.

また,直立姿勢を維持した人体の表面に配置したマーカについても 3次元位

置の計測をおこない,同様の手法によって求めた残差平均E(W tu,tv)を剛体か

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ら求めた残差平均と比較することで,剛体運動以外の形状変化の程度を評価す

ることができる.

実験環境 本実験では剛体としてマネキンを用意し,その表面に配置した 3mm

程度のマーカのうち,58点に対してその 3次元位置を計測した(図 5.1(a)).ま

た,20代男性の右背部,右上腕部に配置した同程度の大きさのマーカのうち,

それぞれ 72点,25 点に対して 3次元位置を計測した(図 5.1(b)).マネキンは

人が抱えた状態で計測することで,マネキンが身体動揺と同じような剛体運動

をするようにした.本実験では,撮影同期が取れた 2台 1セットのカメラを 2

セット用いて,15fps で約 10秒間(約 150フレーム)マーカ位置を観測した.

(a) 剛体(マネキン) (b) 人体

図 5.1: マーカ位置計測の様子

実験結果 まず,マネキンの表面に配置したマーカの 3次元位置の計測から 4.3

節と同様の手順で推定した剛体運動を図 5.2に示す.図 5.2(a)は,時刻 t18, t123

(Frame:18,123)において計測されたマーカ位置からワイヤーフレームモデルを

構築し,これを示したものである.この 2つの時刻で計測されたマーカ位置か

ら,Powell収束法を用いて剛体変換 W t18,t123を推定し,t123におけるマーカ位

置に推定された剛体変換を適用したものと t18におけるマーカ位置を重ねたも

のを図 5.2(b)に示す.図より剛体運動がうまく推定できていることがわかる.

次に,マネキンと人体のそれぞれから計測したマーカ位置に対して,任意の

時刻の組 {tu, tv}で求めた残差平均の平均値と最大値を表 5.1に示す.

マネキン表面に配置したマーカ位置の残差平均の平均値が約 0.73mmであっ

たのに対し,人体表面に配置したマーカ位置の残差平均の平均値が約 1.0mmで

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Frame 18

Frame 123

(a) マーカ位置の計測結果 (b) 剛体変換の推定結果

図 5.2: 剛体表面のマーカ位置計測結果

表 5.1: 残差平均の平均値と最大値

計測対象 平均値 (mm) 最大値 (mm)

マネキン 0.73 1.39

人体 背部 0.99 1.39

人体 上腕部 1.00 1.75

あり,若干の精度低下が認められた.これは,人体における形状変化が剛体運

動では表現できないものを含んでいることによると考えられる.しかし,剛体

運動を考慮すれば約 1mmの計測精度を維持することができることが示された.

5.2 光切断法による計測のシミュレーション本節では,身体動揺を考慮せずに光切断法によって形状を計測した場合,計

測精度がどの程度低下するかを評価するために行った実験について述べる.

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実験方法 2台以上のカメラを用いて,人体表面に配置した多数のマーカの 3次

元位置をある時間について計測し,光切断法をシミュレートして計測したマー

カ位置と比較することで,身体動揺の影響を受けた光切断法による計測精度を

評価する.

まず,2台のカメラを用いて光切断法によるマーカ位置の計測をシミュレー

トする方法について述べる.時間 T = [t0, tT ]においてマーカを観測したカメラ

jC , jLから獲得された画像列を用いて光切断法のシミュレーションを行う.ス

リットレーザーの平面がカメラのレンズ中心を通る場合,物体に照射されたレー

ザーの反射光はカメラ画像上で直線になる.そこで,スリットレーザーの平面

がカメラのレンズ中心を通り,カメラ画像のX軸に並行で,Y軸方向に走査さ

せることとする.時刻 ti におけるカメラ jLの画像 IjLti で,スリットレーザーの

反射光が,画像 I の正規化座標 (x, y) : (0 ≤ x ≤ 1, 0 ≤ y ≤ 1)を用いて次式に

よって表される直線になるとする(図 5.3).

y =i

T(5.2)

Slit laser

Laser:t0

Laser:tT

Scanning

Image planeCamera

X

Y

図 5.3: カメラを用いたレーザー走査のシミュレーション

カメラ jLの各時刻の画像から式 5.2の直線上にある画素を取り出し,すべて

の時刻について統合して得られる画像(図 5.4)を,走査画像 I ′と呼ぶことと

する.

この走査画像を用いて光切断法をシミュレートすることで,身体動揺の影響を

受けたマーカ位置を獲得することができる.マーカの 3次元位置を計測するため

には,カメラ jLから生成された走査画像上のマーカMの位置M′Lに対応する,

25

Page 30: 身体動揺を考慮した人体形状の計測 · 2014-09-12 · 獲得された3次元形状に対する身体動揺の影響を小さくする方法として,2つ の方法が考えられる.その1つとして光切断法による形状計測の高速化があり,

Scan image : I’

IT

Ik

I0

図 5.4: 走査画像

カメラ jC におけるマーカ位置が必要となる.走査画像上のM′L = (M

′Lx ,M

′Ly )

で検出されたマーカは,時刻 tM ′Ly /T にカメラ jLで観測された画像の画素を用

いたことになり,カメラ jCで獲得した時刻 tM ′y/T における画像上の同一のマー

カ位置を用いて 3次元位置を計算する.

こうして光切断法をシミュレートして獲得された各マーカの 3次元位置M ′

と,カメラの画像 IjLt , IjC

t から獲得される時刻 tでのマーカの 3次元位置M(t)

とを比較することで,身体動揺によって影響を受けた光切断法の計測精度を評

価することができる.

実験結果 20代男性の右背部,右上腕部に配置した 3mm程度のマーカのうち,

それぞれ 72点,25点に対して 3次元位置を計測した.撮影同期が取れた 2台 1

セットのカメラを 2セット用いて,15fpsで約 30秒間(約 450フレーム)観測

した.光切断法のシミュレーションを行うために生成した走査画像を図 5.5に

示す.

また,上記の手法でシミュレートした光切断法で獲得したマーカの 3次元位

置から構築したワイヤーフレームモデルを図 5.6(a)(b)に,時刻 t0に獲得した

マーカの 3次元位置から構築したワイヤーフレームモデルを図 5.6(c)(d)に示す.

光切断法のシミュレーションによって獲得されたマーカMiの 3次元位置M ′i

と,時刻 tにおいて計測されたマーカの 3次元位置M i(t)との距離E ′i(t)の平均

値や最大値を求めることで,身体動揺の影響を受けた光切断法の計測結果の計

測精度を評価した.ここで距離E ′i(t)は以下の式で表される.

E ′i(t) = ||M ′

i − M i(t)|| (5.3)

光切断法のシミュレーションによって獲得されたマーカ位置と,各時刻で計

26

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図 5.5: 生成された走査画像

測されたマーカ位置との距離を求め,比較を行った.その結果を表 5.2に示す.

なお,時刻 t294において,M ′iとM ′

iの差の平均が最小となり,時刻 t96におい

て差の平均が最大となった.

表 5.2: 光切断法で獲得されたマーカ位置との差

比較対象 計測対象 平均値 (mm) 最大値 (mm)

t0 上腕部 8.61 11.62

背部 5.51 11.41

全時刻 上腕部 6.39 14.99

背部 5.58 11.66

t294 上腕部 2.07 5.56

(最小誤差) 背部 2.68 11.99

t96 上腕部 14.99 18.57

(最大誤差) 背部 11.66 18.93

マーカ位置の平均誤差の全時刻に対する平均が約 6mm,最大誤差の全時刻に

対する平均が約 13mmであることが確認された.また最も誤差が大きい時刻で

はマーカ位置の平均誤差が約 13mm,最大誤差が約 19mmとなり,最も誤差が

小さい時刻においても,マーカ位置の平均誤差が約 2.5mm,最大誤差が約 9mm

となることが確認された.以上の結果より,光切断法で獲得されたマーカ位置

27

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Upper arm

Back

(a)光切断法で獲得されるマーカ位置(正面)

Upper arm

Back

(b)光切断法で獲得されるマーカ位置(側面)

Upper arm

Back

(c) 時刻 t0 におけるマーカ位置(正面)

Upper arm

Back

(d) 時刻 t0 におけるマーカ位置(側面)

図 5.6: 獲得されたマーカ位置

はどの時刻におけるマーカ位置とも異なっている.以上のことから,身体動揺を

考慮せずに計測を行なった場合には計測精度が大きく低下することが示された.

5.3 身体動揺の計測と計測形状の補正前節の光切断法のシミュレーションで獲得した被計測者の背部,上腕部に配

置した多数のマーカを本研究における計測形状P とし,背部,上腕部に配置し

たマーカのうち,それぞれ 3つずつの 3次元位置M (t)を用いて計測形状P の

補正を行った.本実験で補正に用いたマーカを図 5.7 に示す. また,補正に用

いたマーカのうち,背部,上腕部それぞれ 1つずつの 3次元位置の変化を図 5.8

28

Page 33: 身体動揺を考慮した人体形状の計測 · 2014-09-12 · 獲得された3次元形状に対する身体動揺の影響を小さくする方法として,2つ の方法が考えられる.その1つとして光切断法による形状計測の高速化があり,

に示す.

BackUpper arm

図 5.7: 補正に用いたマーカ

このようなマーカの位置M (t)に対して,16種類の低域通過フィルタ (LPF)

を適用した.それぞれのカットオフ周波数は f = 1532

k(k = 1, · · · , 16)である.

LPFを適用して獲得された各時刻のマーカ位置を LP k(M (t))と表す.なお,

マーカ位置はカメラのフレームレートである 15Hzで観測されているため,k =

16, f = 7.5Hzの LPFを適用してもマーカ位置M (t)は変わらない.カットオ

フ周波数が k = 2, f = 0.94Hzの LPF を適用した結果 LP 2(M (t))を図 5.9に

示す.

LPFを適用した 3つのマーカ位置 LP k(M (t))を用いて 4.3節で述べた方法

により剛体変換を推定し,光切断法のシミュレーションで獲得された形状P を

補正して形状P (t0)を獲得した.図 5.10に LP 2(M (t))を用いて補正した形状

P (t0)を示す.

5.4 計測精度の比較補正した形状P (t0)と時刻 t0において計測された形状との比較を 5.2節と同

様の手法で行い,本手法の計測精度を評価した.求めたマーカ位置の差の平均

値と最大値を表 5.4に示す.

LPFのカットオフ周波数と計測精度の関係をグラフにしたものを図 5.11に

示す.

結果より,計測した身体動揺を用いて光切断法による計測形状を補正するこ

とで,計測精度が平均誤差で約 1.4mm,最大誤差で約 4mmになることが示さ

れた.また,身体動揺の計測結果に適切なカットオフ周波数のLPFを適用した

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25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-6.0

-5.0

-4.0

-3.0

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-9.0-8.0-7.0-6.0-5.0-4.0-3.0-2.0-1.00.01.02.03.04.05.06.07.08.09.0

10.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

X-axis

Z-axis

Y-axis

図 5.8: マーカ位置の変化

ものを用いて計測形状を補正することで,計測精度が平均誤差で約 1.0mm,最

大誤差で約 2.5mmになることが示された.

5.1 節の実験で示した通り,人体の計測精度は平均誤差で約 1.0mm,最大誤

差でも約 1.5mmであった.また,5.2節の実験で示した通り,身体動揺により影

響を受けた光切断法では計測精度が平均誤差で約 6mm,最大誤差で約 13mmで

あった.計測した身体動揺を用いることで,計測精度を大きく向上させ,本来

30

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25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-8.0-7.0-6.0-5.0-4.0-3.0-2.0-1.00.01.02.03.04.05.06.07.08.09.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-5.0

-4.0

-3.0

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

25 50 75 100 125 150 175 200 225 250 275 300 325 350 375 400 425 450

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0 (mm)

(frame)

Upper arm

Back

X-axis

Z-axis

Y-axis

図 5.9: 0.94Hzの LPFを適用したマーカ位置の変化

の計測精度まで近づけることができた.また,上腕部では約 1Hz,背部では約

0.5Hzの LPFを用いることで,計測精度を平均誤差で約 1.4mmから約 1.0mm,

最大誤差を約 4mmから約 2.5mmに改善することができた.これは,LPFによっ

て身体動揺の計測誤差がある程度除去でき,より正確な剛体運動を推定できた

ためと考えられる.

また,5.1-5.3節と同様の実験を全身各部に対して行い,精度評価を行った.30

31

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Original shape on t0 Scanned shape Adjusted shape

図 5.10: 補正されたマーカ位置

表 5.3: 補正したマーカ位置との差

計測対象 上腕部 背部

Cut off 平均値 (mm) 最大値 (mm) 平均値 (mm) 最大値 (mm)

0.47Hz 1.10 2.06 1.09 2.82

0.94Hz 0.97 1.80 1.19 3.44

1.41Hz 1.04 2.06 1.20 3.68

1.88Hz 1.06 2.26 1.25 4.04

2.34Hz 1.07 2.45 1.29 4.27

2.81Hz 1.06 2.48 1.29 4.30

3.28Hz 1.06 2.53 1.30 3.96

3.75Hz 1.04 2.31 1.30 3.65

4.22Hz 1.05 2.26 1.31 3.61

4.69Hz 1.08 2.55 1.31 3.50

5.16Hz 1.12 2.72 1.31 3.57

5.63Hz 1.11 2.78 1.31 3.61

6.09Hz 1.13 2.96 1.32 3.62

7.03Hz 1.13 3.07 1.32 3.82

7.50Hz(None) 1.39 3.12 1.33 4.41

代男性の頭部,前腕,上腿,下腿に対して約 30,胸部,腹部に対して約 70のマー

カを配置した.まず,5.1節と同様の実験をおこない,剛体運動で表現できない

形状変形の程度を評価した.次に,5.2節と同様の実験をおこない,光切断法に

よる計測形状が受ける身体動揺の影響を評価した.最後に 5.3節と同様の実験

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Average error

0.90

1.00

1.10

1.20

1.30

1.40

0.47 0.94 1.41 1.88 2.34 2.81 3.28 3.75 4.22 4.69 5.16 5.63 6.09 7.03 7.50

(mm)

(Hz)

BackUpper arm

Maximum error

1.50

2.00

2.50

3.00

3.50

4.00

4.50

0.47 0.94 1.41 1.88 2.34 2.81 3.28 3.75 4.22 4.69 5.16 5.63 6.09 7.03 7.50

(mm)

(Hz)

BackUpper arm

図 5.11: 補正したマーカ位置との差

をおこない,提案手法による計測精度を評価した.それぞれの実験から得られ

たマーカ位置の平均誤差をまとめて表 5.4に示す.なお,呼吸による形状変化

を小さくするため,実験中は被験者に息を止めてもらっていた.

33

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表 5.4: 各部位における計測精度 (単位:mm)

計測対象 頭部 胸部 腹部 前腕 上腿 下腿

形状変化 0.69 0.70 0.89 1.14 1.16 1.87

光切断法による計測精度 10.32 7.48 6.56 7.16 3.94 3.35

0.47Hz 2.09 1.91 1.86 2.99 1.36 2.28

0.94Hz 0.78 1.31 1.50 2.29 1.17 2.45

1.41Hz 0.75 1.21 1.44 1.98 1.13 2.57

1.88Hz 0.80 1.29 1.49 1.90 1.16 2.46

LPF 2.34Hz 0.83 1.35 1.46 1.84 1.21 2.51

Cut-off 2.81Hz 0.92 1.42 1.50 1.89 1.24 2.49

周波数 3.28Hz 0.89 1.40 1.45 1.88 1.25 2.50

と 3.75Hz 0.91 1.44 1.47 1.88 1.26 2.53

補正後の 4.22Hz 0.91 1.42 1.46 1.85 1.28 2.66

計測精度 4.69Hz 0.98 1.46 1.49 1.89 1.28 2.65

5.16Hz 1.01 1.42 1.47 1.87 1.28 2.70

5.63Hz 1.05 1.49 1.51 1.92 1.26 2.62

6.09Hz 1.06 1.46 1.49 1.94 1.24 2.60

7.03Hz 1.03 1.45 1.53 1.94 1.25 2.59

7.50Hz 1.09 1.47 1.56 1.99 1.25 2.64

結果より,下腿を除く全身の各部位において,剛体運動で表現できない形状

変化が 1mm程度であることが示された.下腿については約 2mmの形状変化が

示されており,ほかの部位よりも大きな変化をしている.これは,人体が下腿

の筋肉によって直立姿勢を維持しているため,ほかの部位ではあまりなかった

筋肉の収縮による形状変形があったためであると考えられる.また,光切断法

による計測精度が人体上部ではおよそ 10mm程度となることが示された.一方,

人体下部では計測精度がさほど低下しておらず,身体動揺による影響が人体の

上部でより顕著にあらわれた.

また,様々なカットオフ周波数の LPFを用いて提案手法を適用したところ,

ほとんどの部位において 1.41Hzでもっとも計測精度が改善され,約 1mmとな

ることが示された.しかし,下腿部においてはより低い 0.47Hz,前腕部ではよ

34

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り高い 2.34Hzでもっとも計測精度を改善することができた.以上より,身体動

揺がほとんどの部位においてほぼ同じ周波数を持っているが,下腿部ではより

低周波,また前腕部ではより高周波であることが推測される.

5.5 光切断法による計測形状への本手法の適用スリットレーザーを用いた光切断法により人体の一部の形状を計測し,同時

に計測した身体動揺を用いて本手法を適用する実験を行った.

撮影同期のとれた校正済みの 4台のカメラを用いた.そのうち,2台のカメ

ラで身体動揺を計測し,残りの 2台でスリットレーザーを観測して形状を計測

した.20代男性の右背部,右上腕部にそれぞれ約 3mmのマーカを配置し,ス

リットレーザーで約 30秒間走査した.この様子をカメラで観測し,形状と身体

動揺を計測した.計測中のそれぞれのカメラ画像を図 5.12に示す.

Marker tracking Laser scanning

図 5.12: レーザーとマーカを観測したカメラ画像

光切断法により,人体表面の形状が点列として獲得された.この点列に対し,

ドロネー網 [11]を構築して構成したパッチモデルを図 5.13(a)に示す.本実験で

は人体の一部(背部と右上腕部)の形状しか計測しなかったため,全身が計測

されていることを前提としているクラスタリング手法 [9]を適用することができ

ない.そのため,この点列を手動により背部と上腕部に分類した.背部,上腕

部のそれぞれに配置したマーカのうち 3つに対して 3次元位置の計測を行なっ

た.計測された 3次元位置に対し,背部,上腕部にそれぞれ 0.47Hz,0.94Hzの

LPFを適用したものを用いて,光切断法で獲得した点列の補正を行った.補正

35

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された点列に対してドロネー網を構築して構成したパッチモデルを図 5.13(b)に

示す.

Scanned shape

(a) 光切断法で獲得した形状

Adjusted shape

(b) 本手法を適用して獲得した形状

図 5.13: 獲得された形状

図 5.13から,光切断法で獲得した形状では,身体動揺の影響によって歪みが

発生しているのに対し,本手法を適用した結果では身体動揺の影響を取り除く

ことができていることが分かる.

36

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第6章 まとめ

本稿では光切断法によって人体の 3次元形状を計測した場合,計測形状が身

体動揺の影響を受けるために正確な計測ができないことを示し,形状計測と同

時に計測した身体動揺を用いて計測形状を補正することで計測精度を向上させ

る手法について述べた.また,光切断法による計測形状が受ける身体動揺の影

響の程度や提案手法の有効性を実験により評価した.

形状計測中では被計測者が直立姿勢を維持していることを前提とすることで

人体を多関節剛体とみなし,身体動揺を人体の各部位の剛体運動として記述し

た.剛体と直立姿勢を維持した人体のそれぞれに対し,表面に配置した多数の

マーカの 3次元位置をカメラで計測した予備実験により,人体を多関節剛体と

みなしても 1mm程度の計測精度が達成できることを示した.

本手法では,光切断法で獲得した計測形状に対して,形状と同時に計測した

身体動揺を用いて補正を行うことで計測精度を向上させる.身体動揺を獲得す

るために,人体の各部位に 3点以上のマーカを配置し,これらの 3次元位置か

ら各部位の剛体運動を推定する.これらのマーカの 3次元位置は複数のカメラ

を用いて計測をする.このとき,計測したマーカの 3次元位置には誤差が含ま

れているため,本手法では計測結果に低域通過フィルタを適用し,誤差を取り

除く.

人体の直立姿勢は倒立振子としてモデル化することができ,身体動揺はその

振子運動とみなすことができる.そのため,身体動揺はおよそ 2Hz 以下の周波

数成分を持つ周期運動であるといえる.また,計測誤差はすべての周波数成分

で一定のパワーを持つ白色雑音としてモデル化される.以上より,計測された

マーカ位置の変化のうち,低周波領域では SN比が大きく,高周波領域では SN

比が小さいということがいえる.そこで本手法では,低域通過フィルタ (LPF)

を適用することで低周波領域の変化を取り出し,計測誤差の影響をできる限り

小さくする.

こうして各部位に配置されたマーカ位置の変化から,Powellの収束法を用い

て各部位の剛体運動を推定する.各部位へクラスタリングされた計測形状に対

し,推定された各部位の剛体運動を用いて補正を行うことで,身体動揺を考慮

した計測精度の高い形状を獲得することができる.

本手法の有効性を評価するために実験を行った.まず,人体表面に配置した

37

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多数のマーカをカメラで撮影した映像を用いて光切断法をシミュレートするこ

とで,身体動揺を考慮しなかった場合には光切断法の計測精度が 10mm程度ま

で低下することを実験により示した.光切断法をシミュレートして獲得した多

数のマーカに対して本手法を適用することで,1mm程度の計測精度を保つこと

ができることを示した.また,全身の各部位に対してマーカを用いた計測精度

の評価をおこない,提案手法が全身に対して適用でき,ほぼ 1mmの計測精度を

達成できることを確認した.

今後の課題としては以下の 2つが挙げられる.

まず 1つめに,全身の計測形状への本手法の適用が挙げられる.本稿では人

体の背部・上腕部の形状を計測し,提案手法を適用した結果を示したが,全身

の計測形状に対して提案手法を適用し,有効性を確認する必要がある.

2つめに,身体動揺のより詳細な解析が挙げられる.5.4節で行った実験から,

部位によって異なる周期の運動をしていることが示唆された.地面に近い下腿

部ではより低周波な,地面から離れた末端である前腕部ではより高周波な周期

運動をしていると考えられる.本手法では全身を単一倒立振子として身体動揺

をモデル化したが,以上の性質を反映することができない.そのため身体動揺

をより詳細に解析し,身体動揺のさらに詳細なモデル化ができると考えられる.

38

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謝辞

本研究を行うにあたり多くの御教示,熱心な御指導を賜わりました美濃導彦

教授に深く感謝致します.また,予備審査におきまして貴重な御意見を賜りま

した奈良先端科学技術大学院大学の木戸出正繼教授に深く感謝いたします.そ

して,貴重な助言を数多く頂きました美濃研究室の角所考助教授,飯山将晃助

手に心より感謝致します.また,数々の助言を頂きました美濃研究室モデルグ

ループの方々,並びに美濃研究室の皆様に深くお礼を申し上げます.

最後に,人体形状データを提供してくださいましたデジタルヒューマン研究

センターの持丸正明博士に感謝の意を表します.

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参考文献

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[2] 社団法人 人間生活工学研究センター, 高齢者身体機能データベース,

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[3] Winter DA, Patla AE, Prince F, Ishac M, and Gielo-Perczak K. “Stiffness

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[4] Winter DA, Patla AE, RIETDYK S and Ishac M. “Ankle Muscle Stiffness

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[7] Loram ID, Kelly SM and Lakie M: “Human balancing of an inverted pen-

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[11] 杉原厚吉:“データ構造とアルゴリズム”, 共立出版 (2001)

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予備審査報告書に対する回答書

題目 : 身体動揺を考慮した人体形状の計測

所属 : 京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻

氏名 : 舩冨 卓哉

提出日 : 平成 16年 2月 13日

修正要件(1)人体の形状計測についての従来手法を踏まえ,本研究が目標とする計測精度

を示す必要がある.

回答身体動揺がないとしたときの人体形状の計測精度を 5.1 節(p.22)の予備実

験によって検証した.その結果(p.24,表 5.1),人体に対しては 1mm程度の計

測精度が可能であることを示し,これを目標精度とした.一方,従来の人体形

状の計測手法である光切断法では,計測形状の計測精度が身体動揺の影響で低

下し,平均誤差で約 6mm,最大誤差の平均では 10mm以上となることを 5.2節

(p.24)の実験の結果(p.27,表 5.2)から示した.

修正要件(2)提案手法で用いる身体動揺モデルが,目標精度を達成するために十分である

かを議論し,提案手法が適用できる範囲を明確にする必要がある.

回答本手法では,人体を多関節剛体とみなした上で,身体動揺を各部位の剛体運動

として記述した.人体を多関節剛体としてみなしても 1mm程度の計測精度が実

現可能であることを,5.1 節(p.22)の予備実験によって検証し,3.1節(p.10)

において議論を行った.また,本手法で用いた身体動揺モデルの適用可能条件

は,人体を多関節剛体とみなせることであり,この条件は形状計測において被

計測者が直立姿勢を維持している状況で満足されることを述べた.

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修正要件(3)本研究では身体動揺のモデル化をテーマとしているため,

• 提案手法で用いたモデルが身体動揺のモデルとして適しているか• そのモデルによって本研究が目標とする精度を達成できるかを評価できる実験を行なう必要がある.

回答要件における 2つの項目は,提案手法を適用することで目標精度が達成でき

ること示すことで評価できる.提案手法によって達成される計測精度を評価す

るため,5.4節(p.29)に示した実験を行った.様々なカットオフ周波数を持つ

LPFを適用した実験(p.32, 表 5.4)から,倒立振子によって身体動揺のモデル

化することで計測精度が向上し,目標である 1mm 程度の計測精度が達成され

ていることを示した.

以上

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