淡路製タイル発見 アフリカと貿昴か · dk...

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Page 1: 淡路製タイル発見 アフリカと貿昴か · dk 」、どのようなものが使わ密がみられ、ザンジバ たの日タ ⇒ 下に dantok「 れたかは分かっていなルと日本の関係を更に

東アフリカ沖・ザンジバル

淡路製タイル発見({]

東アフリカ沖のインとみられる。マジョリ

いう。模したものだった。日

ド洋にあるザンジバルカタイルは大正から昭マジョリカタイルは本製マジョリカタイル

で、長崎大多文化社会和初期にかけ、中国、「和製ビクトリアンタは

1908

(明治41)

学部の増田研准教授東南アジアを中心に日イル」とも呼ばれ、当年、淡路島の淡陶(現

(社会人類学)が、淡本から大国に輸出され初は英国風のタイルをダントーホールディン

警など日本製の美したが、アフリ

い「マジョリカタイル」力まで広がっ

を見つけた。大正後半ていた可能性

-3ろに生産されたものが高まったと

H

本製の「マジョリカ」10枚

アフリカと貿昴か大正後期

毎日新聞(兵庫県版)2017年11 月 6 日

グス)、不二見タイルーた地。現在はタンザニ先は東アフリカとイン路島工場長は

「戦後ま

社(愛知県)がほぽ同アの一部となっているドらしい。多くが内装でマジョリカタイルは

時に英国同様の「乾式が、元々は大陸とは別や家臭などに使われて作っていたが、タイル

製法」のタイル生産をの国だった。

一いたものという。はシンプルなものが主

始め、大正、昭和期に増田准教授は、ザン淡路島でタイルにつ流となり生産

されなく

は生産量の7、

8

割をジバルと日本の物質的いて発掘調査を行った

なった。社内では現物

輸出に充て、英国風に交流の可能性があるもこともある県立考古博は残っているが、詳し

加え、輸出先の好みにのとしてタイルに着自物館の深井明比古学

芸一い記録は残っ

ていな

合わせた文様、更に特し、3

回自のザンジバ員は「国内で現在、マい」としている。

注品など多様な品が生ル訪問となった今年

9

ジョリカタイルは生産

増田准教授は「ザン

産された。月、旧市街で世界迎産されておらず、生産しジバルには

20世紀前

ザンジバルは古くかになっている「ストーていた会社も既になく半、多くの日本の船舶

らインド洋交男で栄えンタウン」の骨董店でなっているところが多が神戸か

らヨーロッパ

10枚のマジョリカタイいため、資料に乏しい

に向かう途中に立ち寄

ルを見つけ購入した。

古い記録で『輸出はアっていた。大衆音楽で

ヨ供ジ提

10枚のタイルは150

フリカにも』との記述大正琴の人気が高かっ

S154

l

炉四方。1枚はあったが、どこで、たなど他にも日本の影

〖臼

製ル准

本イ田は裏面中央に「

DK」、どのようなものが使わ密がみられ、ザンジバ

日タ

たの⇒下に「DANTok

れたかは分かっていなルと日本の関係を更に

AISHAJAPA

かっただけに貴重な発調べたい」と話してい

し手虹

入淡

Z」の刻印があり、淡見だ」と話す。またダる。

陶の製品であることがントーの清水康弘・淡

でルがバ

側分かった。このほかの

タイルでは、愛知県の

ジ左

ン段

佐治タイルや不二見夕

ザ上

イル社の刻印が確認さ

れた。骨董店がこれら

” 准夕田ヵのタイルをいつ入手し

たかは不明だが、入手

増リ

【姫野聡】