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道徳の時間における情報モラルの指導の在り方
奈良市立三碓小学校 教諭 藤 田 紗 代 子
Fujita Sayoko
要 旨
情報通信技術に接する年齢が低年齢化してきていることから、早期からの情報モ
ラル教育の必要性が高まってきている。本研究では、道徳の時間において、内容項
目(勇気・礼儀・友情)に関わって、情報社会における匿名性の問題に留意した指
導を行った。その結果、道徳の内容項目(勇気・礼儀・友情)に対する意識・行動
と情報モラルに対する意識との相関関係が強まり、児童の情報モラルに対する意識
が高まった。
キーワード: 情報モラル、情報社会の倫理、匿名性、道徳の内容項目(勇気・礼
儀・友情)
1 はじめに
『平成 24 年度青少年のインターネット利用環境実態調査』(内閣府 2012)によると、小学
生の 27.5%が携帯電話を所持している。また、81.9%がパソコンを使用し、そのうち 94.5%が
インターネットを利用している。このような現状から、小学校段階からの情報モラル教育の必
要性が高まってきている。
『情報モラル教育実践ガイダンス』(平成 23 年 国立教育政策研究所)では、情報モラルと
は、「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」と定義されている。また、「情
報社会の倫理」、「法の理解と遵守」、「公共的なネットワーク社会の構築」、「安全への配慮」、「情
報セキュリティ」の5分野から成る「情報モラル指導カリキュラムチェックリスト」の中で、
様々な教科等で行われるべき指導事項が示され、「指導を行う教科等の例」として、多くの指導
事項に道徳が記されている。
しかしながら、道徳の時間において、情報モラルの諸問題に留意した指導(以下「情報モラ
ルの指導」という。)に適した資料は少なく、また、「いたちごっこ」(中村、吉澤、篠原、中田、
三浦、2007)と言われるように、急激に変化する情報社会の中で、児童の実態に即した、時宜
にかなう資料を提供し続けることは難しい面がある。
さらに、本来は、道徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを深めることを通して
道徳的実践力を育成する時間であるはずの道徳の時間が、情報機器の使い方や危険回避の方法
といったスキルを学ぶ時間となっている例も見られる。そこで、道徳の時間において、情報モ
ラルの指導をする際に、学習指導要領における道徳のどの内容項目が、情報モラルの指導に効
果的であるのかを検証する必要がある。また、資料の開発にあたり、道徳の内容項目を念頭に
置いて情報モラルに関する題材を取り上げることで、本来の道徳の時間の特質を踏まえた指導
ができると考えられる。
『小学校学習指導要領解説 道徳編』(以下「『解説』」という。)には、道徳の時間における
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情報モラル教育の内容として、「個人情報の保護、人権侵害、著作権等に対する対応、危険回避
やネットワーク上のルール、マナーなど」が挙げられている。また、内容項目との関連につい
ては、「他者への思いやりや礼儀」、「友人関係」、「法や決まりの遵守」が挙げられている。続け
て、「自分のことを明らかにしなくても情報のやりとりができるという匿名性」に伴う「負の影
響」に留意した指導についても言及している。この匿名性に関しては、匿名という状況の中で、
情報を伝える側も受け取る側も、お互いの顔が見える時とどれだけ同じように行動できるかと
いう点から見ると、「情報モラル指導カリキュラムチェックリスト」の「情報社会の倫理」の分
野における指導事項「相手への影響を考えて行動する」に関わるものと位置付けられる。そこ
で、本研究では、情報モラルの諸問題の中でも、相手への影響を考えて行動するという「情報
社会の倫理」の分野について焦点をあて、匿名性の問題に留意した指導に有効な道徳の内容項
目を探ることにした。
2 研究目的及び仮説
『情報モラル教育実践ガイダンス』の「学習指導要領及びその解説における情報モラルに関
する記載箇所」の「a2-1(相手への影響を考えて行動する)」の欄には、例示されている教科等
として、「道徳:内容2-(2)」(以下「2の(2)」という。)が挙げられている。本研究では、そ
こで例示されている2の(2)以外の内容項目として、前述したように『解説』に関連があるとし
て記載されている、第3学年及び第4学年の内容項目2の(1)「礼儀」、2の(3)「友情」(以下
「2の(1)」、「2の(3)」という。)が、匿名性の問題に留意した情報モラルの指導に有効である
かを検証する。また、『解説』に関連があると特に記載されていない、第3学年及び第4学年の
内容項目1の(3)「勇気」(以下「1の(3)」という。)についても有効であるか検証したい。
『解説』によると、2の(1)は、「状況をわきまえて心のこもった適切な礼儀正しい行為がで
きる児童を育てようとする内容項目」とされ、また、2の(3)は、「友達との間に信頼と友情及
び助け合いの精神をもった児童を育てようとする内容項目」とされている。礼儀や信頼・友情
についての道徳的価値について考えを深めることで、自分も相手も見えない匿名性の中での礼
儀の在り方やより良い人間関係構築の素地を培えると考える。
同じく、1の(3)は、「よいことあるいは正しいことについて的確に判断し、勇気をもって主
体的に取り組める児童を育てようとする内容項目」であり、「価値観の多様な社会を主体的に生
きる上での基礎を培うため」とあることから、子どもたちが情報社会を生きていく上で、大き
な意味をもつものであると考える。
道徳の時間において、情報社会における匿名性の問題について意識することのできる資料を
用いて、これら3つの内容項目について指導することで、相手への影響を考えて行動するとい
う「情報社会の倫理」の分野に関わる意識が高まるかどうかを検証したい。
以上をまとめると、本研究の仮説は以下のようになる。
3 研究の方法
(1) 事前に「情報に関わる児童の実態」、「情報モラルの諸問題に関する児童の意識」、「道徳教
道徳の時間において、道徳の内容の2の(1)「礼儀」、2の(3)「友情」、1の(3)「勇気」の
3つの内容項目について、情報社会における匿名性の問題に留意した指導を行うことで、相手
への影響を考えて行動するという「情報社会の倫理」の分野に関する情報モラルに対する児童
の意識が高まる。
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95.0
25.6
72.4
92.6
68.8
24.8
5.0
74.4
27.6
7.4
31.2
75.2
0% 50% 100%
1家にパソコン(タブレット等)はありますか。
2自分の携帯電話を持っていますか。
3携帯電話を持っていない人に聞きます。自分の携帯電話を持ちたいですか。
4ゲーム機を持っていますか。
5ゲーム機を持っている人に聞きます。ゲーム機で通信をしたことがありますか。
6 「インターネットや携帯電話、通信機能などを使う時に、心配することや気にな
ることなど、あれば自由に書きましょう」という項目で記述回答した。
はい いいえ
育に関わる児童の意識と行動」に関するアンケート調査を行い、その結果を分析する。
(2) 情報社会における匿名性の問題に留意した指導の視点を有する資料の選定と開発を行う。
(3) 道徳の時間の授業実践とその考察を行う。
(4) 取組後に事前調査同様、「情報モラルの諸問題に関する児童の意識」と「道徳教育に関わる
児童の意識と行動」に関するアンケート調査を行い、その結果から児童の変容について分析
し、取組の成果を検証する。
4 研究内容
(1) 事前調査の結果から
本校の第4学年児童 121 名を対象に、情報に関わる児童の実態調査(以下「実態調査」と
いう。)と情報モラルの諸問題に関する児童の意識調査(以下「モラル意識調査」という。)
を行った。その結果をまとめたものが、図1、図2である。
図1 情報に関わる児童の実態調査結果(7月実施)
図1を見ると、本校の第4学年児童の携帯電話の所持率は 25.6%で、先述した内閣府の調
査とほぼ同様の結果である。また、携帯電話を持っていない児童のうち、持ちたいと考えて
いる児童は 72.4%に達し、ゲームの通信機能を使ったことがある児童が 68.8%いる。また、
同じ調査で、情報機器を扱う際の心配事を尋ねた質問に対して、「知らない人と通信するの
はちょっとこわい。」、「変なことに巻き込まれてないか、気になる。」、「携帯で変な
メールが来るか、心配。」というような記述回答をした児童が 30 人おり、情報に関わる
不安を持っていることが分かる。しかし、その内容は具体性に欠けるものが多く、漠然とし
た形の得体の知れない不安というものを抱えていることがうかがえる。
次に、図2を見ると、特定の相手に対して文字で伝える際に特に気をつけていることがあ
ると答えた児童が 31.4%、不特定多数の相手に対して文字で伝える際に特に気をつけている
ことがあると答えた児童が 21.4%であった。このうち、具体的にどのようなことに気をつけ
ているのか記述回答した児童は、それぞれ 29.0%、14.9%であることから、7割以上の児童
が具体的に相手への影響を考えて気をつけてはいない状況であることが分かる。
「書いたのが自分だと分からなければ、手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。」という
匿名性に対する意識について尋ねた項目では、「そう思わない」、「あまりそう思わない」と回
答した児童は 82.2%いたが、書いてはいけないと思う内容を尋ねた記述回答では、「変なこ
と。」、「こわいこと。」、「あんまりそういうのは書かない方がよい。」というような具体性に欠
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けるものや、根拠を挙げずに「住所」、「名前」などと記した不完全な回答が目立ち、具体的
に回答していると判断される児童の割合は、42.1%であった。
図2 情報モラルの諸問題に関する意識の調査結果(7月実施)
また、道徳教育に関わる児童の意識と行動に関する調査(以下「道徳意識・行動調査」と
いう。)では、学習指導要領の道徳の2の(1)、2の(3)、1の(3)の内容項目の語尾に「する
ことは大切だと思う。」、「している。」という質問項目を設け、それぞれ4件法で回答を得た。
その結果が図3である。
図3 道徳教育に関わる児童の意識と行動の調査結果(7月実施)
これを見ると、どの項目も意識している児童は多いものの、行動として実感できている児
童が少ないことが分かる。自分は、どうあるべきかということは意識できているものの、自
分の行動や経験の中の道徳的価値に気付き、その意味や大切さについて考えを深めきれてい
ない現状があると考えられる。
また、調査時点におけるモラル意識調査と道徳意識・行動調査との相関関係を調べてみた。
統計的処理を行うために、それぞれの回答について得点化を行った。モラル意識調査につい
ては、項目1、2の「ある」を2点、「ない」を1点とし、項目3は逆転項目として、「とても
そう思う」を1点、「そう思う」を2点、「あまりそう思わない」を3点、「そう思わない」を
4点とした。道徳意識・行動調査については、「とてもそう思う」、「いつもしている」を4点
とし、「まあまあそう思う」、「だいたいしている」から「全然そう思わない」、「全然していな
31.4
21.4
68.6
78.6
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、
特に気をつけていることがある。
2 学級新聞や黒板、ホームページや掲示板など、いろんな人が見るとこ
ろに文字で伝えたいことがあるときに特に気をつけていることがある。
ある ない
項 目 割 合
1の項目で相手への影響を考えて具体的に気をつけていることを記述回答していると判断される児童の割合 29.0% 2の項目で相手への影響を考えて具体的に気をつけていることを記述回答していると判断される児童の割合 14.9%
項 目 割 合
3の項目で相手への影響を考えて具体的に書いてはいけないことを記述回答していると判断される児童の割合 42.1%
52.1
51.7
63.3
39.7
38.3
30
8.3
9.2
5
0.8
1.7
(1)正しいと思ったことは勇気をもってしようとしている。
(2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっしている。
(3)友達のことをよく理解し、信じて助け合っている。
いつもしている だいたいしている あまりしていない 全然していない
(%)
(%)
(%)
(%)
4.5 13.4 16.1 66.1
3 書いたのが自分だと分からなければ、手紙や掲示板
に何を書いてもいいと思う。
とてもそう思う そう思う あまりそう思わない そう思わない
82.5
88.4
90.1
14.2
10.7
8.3
3.3
1.7
0.8
(1)正しいと思ったことは勇気をもってすることは大切だと思う。
(2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっすることは大切だと思う。
(3)友達のことをよく理かいし、信じて助け合うことは大切だと思う。
とてもそう思う まあまあそう思う あまりそう思わない 全然そう思わない
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い」の順に3~1点を与えた。
その結果を整理した表1を見ると、どの関係においても有意な相関が示されなかった。
表1 情報モラルの諸問題に関する意識と道徳教育に関わる意識と行動の相関関係(7月実施)
✝ p<.10 * p<.05 ** p<.01
(2) 道徳資料の選定と開発
2の(1)を扱う授業では、道徳の時間のねらいに迫るために、情報社会における匿名性の問
題に留意した指導の視点が明確に意識できる資料を選定するようにした。また、2の(3)と1
の(3)を扱う授業では、情報社会における匿名性の問題に留意した指導の視点を有する自作資
料をそれぞれ開発した。ここで最も腐心したことは、情報モラルの指導のためだけの資料と
ならないように留意し、道徳的価値の自覚及び自己の生き方について考えを深めることで道
徳的実践力を育成する資料となるように努めたことである。また、題材については、①その
道徳的価値を深めるために最も適当でありかつ情報モラルの要素が含まれているものを取り
上げること、②主人公のそれぞれの内容項目に関する道徳的価値の変容を丁寧に追える文章
構成とすることの2点に留意して制作した。2の(3)の題材については、担当する学年の児童
の発達段階に合わせ、学校生活上で起こりうる匿名性の問題に留意した題材を取り上げ、1
の(3)は、インターネット上で起こりうる匿名性の問題に留意した題材を取り上げた。
(3) 道徳の時間の授業実践と考察
3つの内容項目についての道徳の時間の授業実践は、以下のとおりである。
ア 2の(1)の内容項目について
11月6日から8日の間において4年A組(31名)とD組(29名:指定研究員担任学級)で
実践(授業記録はD組のもの)。
(ア) 授業の概要(実際の展開については、巻末資料1を参照。)
○ 主題名 いつでも気持ちをこめて(第3・4学年の2の(1))
○ 資料名 電話の向こうはどんな顔
(文部省『小学校読み物資料とその利用2「主として他の人とのかかわりに
関すること」』)
○ 本時のねらい
母からの言葉に、電話の向こう側の相手について考え始めた陽一の気持ちを考える
ことで、いつでも真心をもって接しようとする心情を育てる。
(イ) 授業を振り返って
自作ではなく以前からある資料を使い、授業を行った。「礼儀」の道徳的価値を深めるため
の話合いの中で、教師が情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもって、問い返し
平均値
標準 偏差
2-(1)
意識
2-(1)
行動
2-(3)
意識
2-(3)
行動
1-(3)
意識
1-(3)
行動
平均値 3.87 3.41 3.88 3.55 3.79 3.44
標準偏差 .407 .692 .369 .672 .483 .644
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.31 .466 .177 .169 .019 .163 .064 .038
2 学級新聞や黒板、ホームページや掲示板など、いろんな人が見るところに文字で伝えたいことがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.21 .412 .123 .081 .000 .137 -.079 .029
3 書いたのが自分だと分からなければ手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。
3.44 .888 -.112 .078 -.174 -.179 -.105 -.034
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の発問を数回行った。授業記録の一部を以下に示す。
授業後の感想には、「私も陽一君のようになっていたと思うけど、この勉強をして、見えて
いなくても、気持ちはつながっているのがよく分かりました。なので、私も気持ちを伝わる
ようにやりたいです。礼儀は言葉だけじゃないんだと思いました。」や「相手が見えなくても
礼儀正しくすることはとても大事だと思い、これからは自分もまねていきたいなと、学習で
思った。」といったものがあり、「礼儀」についての道徳的価値を深めるという本時のねらい
に迫ることができたのではないかと思われる。また、「見えていなくても、気持ちはつながっ
ている。」、「相手が見えなくても礼儀正しくする。」という感想もあり、匿名性の問題に関す
る意識も高めることができたのではないかと考えられる。こうした取組の成果をインターネ
ット上でのやりとりなど、様々な状況下でも応用できるかが課題となる。
イ 2の(3)の内容項目についての
11月 11日から 13日の間において4年B組(30名)とD組(29名:指定研究員担任学級)
で実践(授業記録はD組のもの)。
(ア) 授業の概要(実際の展開と自作資料については、巻末資料2を参照。)
○ 主題名 友達だから向き合って(第3・4学年の2の(3))
○ 資料名 放課後の教室で(自作資料)
○ 本時のねらい
ひろ子の気持ちの変化について話し合うことを通して、友達と互いに理解し合い、
信頼しようとする心情を育てる。
【情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもった問い返しの発問①】 (Tは教師の発言、Cは児童の発言。数字は授業内の発言順を示し、下線部は問い返しを示す。) T20:じゃあ、ちょっと聞いていい?陽一君は、もし岩井さんが今、目の前にいてたら、同じ行動してたと思う? C30:してない。 T21:なんでしてないの?だってマンガ読みたいし、同じようにお母さんを呼ぶっていう状況でも、岩井さんが目の前にいてたら、
違うと思う? C31:待ってたら時間がもったいないからお母さんにしゃべってもらえたらマンガが読める。 T22:でも、待たしているのは一緒だよね。 C32:電話では、相手の顔が分からないし、声だけしか聞こえないから、こちらの様子が分からなくて、失礼なことをしてても大丈
夫だけど、前でやってたら声とか顔とか全部分かるから、ずっとそんな失礼なことしてたら、失礼な人やなって思われるから、マンガをいったん置いて、呼ぶと思う。
T23:この態度って、失礼なことしてると思う? C33:うん、思う。(口々 に。)
【情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもった問い返しの発問②】 T43:でも、先生思うに、陽一君結構礼儀正しかったと思うで。「はい、少しお待ちください。」とか、「どなたですか。」とか、電話
に出る態度はすごく良かったと思うで。何があかんの? C62:電話は声だけ聞こえることが多いから、声はちゃんと礼儀正しくして、態度を全く礼儀正しくしていなくて、マンガを読んだ
りしていたから、だめだと思います。 T44:それも、相手が見えてるか、見えてないかで変わる態度やったってことかな?ということはこの、今、気持ちを込めないとっ
て言ってくれたよね。 (「気持ちをこめて」というフラッシュカードを貼る。)
T45:どんなふうに気持ちを込めなあかんのかなっていったら、相手のことを考えて気持ちを込める?でも、相手と顔を合わしている時だけ気持ちを込めてたらいいの?どう思う?
C63:目を合わせていなくて、電話で顔が見えないから、マンガを読みながら話してたから、ほんまに気持ちを込めて礼儀正しいっていうことじゃないから、会ってるときでも会ってないときでも、いつも話し合ってるから、ちゃんと頼まれたこととか、自分が言ったことを実行しないといけないと思った。
T46:なるほど。これがほんまに心のこもった礼儀っていうふうに思った。みんなどう? (「いいと思います。」と口々 に言う。)
T47:顔を合わせている、合わせていない、目が合っている、合っていないじゃなくて、 (「いつでも」というフラッシュカードを貼る。)
C64:だれでも。 T48:だれでも、そうやなあ。いつでも、気持ちを込めるっていうことが、心のこもった礼儀なんやね。それをきっと陽一君は、今
回のことで学んだ。
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(イ) 授業を振り返って
担当する学年の児童の発達段階に合わせ、学校生活上で起こりうる匿名性の問題に留意し
た題材を用いた自作資料を使い、授業を行った。「信頼・友情」の道徳的価値を深めるための
話合いの中で、教師が情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもって問い返しの発
問を行った。授業記録の一部を以下に示す。
授業後の感想には、「相手の気持ちを考えることは、とっても大切なんだなぁ、と思いまし
た。私も友達とけんかしたらまゆみちゃんたちみたいな仲直りをしたいなぁ、と思いました。」
や「友達を信頼して、言うことをしっかり言い合い、本当の友達に、できるだけ多くの人と
友達になりたいです。」といったものがあり、「信頼・友情」についての道徳的価値を深める
という本時のねらいにある程度迫ることができたと思われる。「いやなことがあっても、相手
に伝えることが大切。」、「言葉で伝える。」というような理解し合うための方法について意識
することができた感想もあった。しかし、信頼し合うことの大切さや素晴らしさといった道
徳的価値や、情報化社会における匿名性の部分については、話合いがやや深まらなかった点
があり、課題が残る授業であった。その要因としては、資料中の出来事のインパクトが児童
にとって強すぎ、話の筋の方に思考が集中してしまったことが考えられる。熟慮を重ねたは
ずの資料ではあったが、題材と児童の実態との間にズレが生じていたと考えられる。
ウ 1の(3)の内容項目について
11月 18日から 20日の間において4年C組(30名)とD組(29名:指定研究員担任学級)
で実践(授業記録はD組のもの)。
(ア) 授業の概要(実際の展開と自作資料については、資料3を参照。)
○ 主題名 勇気をもって(第3・4学年の1の(3))
○ 資料名 わかっているだけじゃない(自作資料)
○ 本時のねらい
まきの手をつかんで、止めようと行動したみゆきの気持ちを考えることで、正しい
と判断したことは、勇気をもって行おうとする心情を育てる。
(イ) 授業を振り返って
インターネット上で起こりうる情報社会における匿名性の問題に留意した題材を取り上げ
た自作資料を使い、授業を行った。「勇気」の道徳的価値を深めるための話合いの中で、教師
が情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもって問い返しの発問を行った。授業記
録の一部を以下に示す。
【情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもった問い返しの発問】 (Tは教師の発言、Cは児童の発言。数字は授業内の発言順を示し、下線部は問い返しを示す。) T9:さあ、そのばつ印を書いたとき、ひろ子はどんなことを考えていたでしょう。
C4:ひろ子ちゃんはまゆみちゃんのことが我慢の限界だったから、イライラが止まらなかったからばつ印を机の上につけちゃった。 C5:まゆみちゃんが悪いからって思った。
C6:まゆみちゃんのことがむかついて、仕方が無かったんだと思う。 C7:まゆみちゃんが悪いんだから、もう書いちゃえって思った。
C8:まゆみどんな顔するだろうな。 C9:もう友だちじゃないから書いちゃえ。
C10:倍返しだ。 T10:何に対する倍返しなの?
C11:しっかりしてよって言われたことへの倍返し。 T11:言われたことへの倍返し。これされたら、言われたことよりもつらい、いや?
C12:書かれてもいややし、友だちに見られても「えーっ。」て思われる。 T12:要するに、その場でぱっと言われるよりも、こうやって書かれてあるのを見た方が、倍返し、つまり、つらいことやねんな。
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授業後の感想には、「勇気を出すことは難しいけど、出した後は気持ちがいいんだと思った。」
や「私も今までなかなか勇気が出せなかったけど、このお話を聞いて、勇気を出そうと思い
ました。」といったものがあった。また、勇気を出した時「すっきりした。」、「よかった。」と
いった自分の生活場面への振り返りができていることから、「勇気」をもって行動することの
素晴らしさを共感し、「勇気」についての道徳的価値を深めるという本時のねらいに迫ること
ができたと思われる。同時に、上記のような話合いから、情報モラルについての意識も高め
ることができたと考える。
今回、D組においては、これまでの3時間の授業についての感想を求めたところ、「前の道
徳でも、机にバツ印をしてしまったことを最後に言ったことも、勇気なのかなぁと思った。」
と書いた児童がいたことも特筆すべき点である。この児童は、匿名性の問題の根底にある人
間の弱さ、もろさを克服するうえで必要となる道徳的価値の存在に気付くことができたのか
もしれない。
5 結果と考察
道徳の時間の授業実践後、事前調査と同様にモラル意識調査と道徳意識・行動調査を行った。
表2は、道徳意識・行動調査の結果を比較したものである。意識に関わる項目の回答率を比
べると、3つ全ての内容項目において、「とてもそう思う」と回答した児童の割合が増えた。行
動に関わる項目の回答率を見ると、3つ全ての内容項目において、「とてもそう思う」と回答し
た児童の割合は 15 ポイント以上増加している。t検定の結果、2の(1)の項目については平均
値に有意な差が認められ、2の(3)、1の(3)についても有意傾向を示す差が認められたことか
ら、取組後の行動に関わる調査の平均値は高まったと言える。これは、自分の行動や経験の中
の道徳的価値に気付き、その意味や大切さについて考えを深めることができたことを示してお
り、これらの授業や授業で用いた資料が道徳の時間の本質やねらいに迫るものとして適切であ
【情報社会における匿名性の問題に留意した視点をもった問い返しの発問】 (Tは教師の発言、Cは児童の発言。数字は授業内の発言順を示し、下線部は問い返しを示す。) T10:これってやっぱり嫌なこと?
(「うん。」「いやや。」と頷く。) T11:あんたなんか知らないっていう言葉、そんなにきつい?なんかひどいこと?
(口々 に話す。) C6:なんか違う感じする。 C7:あんたなんか知らないっていう言葉は、なんかそんなきつい言葉じゃなさそうに聞こえるけど、誰が書いたか分からへんのに、
パソコンで書き込まれたりしたら、ほんまに自分が知らん人に書かれてるみたいで…。顔が分かって普通に言われているより、パソコンとかで誰が書いたか分かれへんし、ダメージがきつい。
C8:なんであんたなんか知らないって書くん?だってさ、夕飯の写真とかテレビの感想の所にさ、書いてあるのに、なんであんたなんか知らないって書くんかな?
T12:なんでやと思う?まきちゃんが、のぞみちゃんのブログにこんなこと書いたと思う? C9:グループで研究するはずだったのに、友達と遊ぶ約束をしてしまったから。 T13:それに腹を立てて、それを書くことによってどうしようとしたん? C10:消えて欲しい。 T14:あ、それぐらい腹が立ったん?腹立つ気持ちを伝えるために? C11:謝って欲しかった。 T15:でも、これ名前書いてないでしょ?誰が書いたか分かんないのに、謝って欲しくて書いたの?謝って欲しかったら、謝ってよ、
まきって書いたらいいんと違うん?それか、正面切って言ったらいいやん。研究のためになんでちゃんと協力しないの?そんな遊ぶ約束するんやったら謝ってよって言ったらいいのに、なんでこんなふうにしたん?
C12:名前とか書いたりして知られたら、怒られたりして…。 T16:あ、余計に物事がこじれるのが面倒くさい? C13:分からんけど、名前書かれてなくて、パソコンとか見ただけやったら、余計きついやろうなって。 T17:つまりまきは、のぞみを傷付けたかったんや。痛い目に合わせたかった。直接言ったら確かに相手は痛い思いするかもしれへ
んけど、それよりももっと傷つく方法を取ろうと思ったわけ。それが今、○○ちゃんの言った、名前書かんかったら、余計にこの言葉が相手にぐさっと来るやろうという予測のもとやったんや。
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ったことが示唆される。
表2 道徳教育に関する児童の意識と行動の変容(D組)
注.✝ p<.10 * p<.05
注.✝ p<.10 * p<.05
次に、それぞれのクラスで取り上げた道徳の各内容項目に関わる意識・行動と情報モラルの
諸問題に関する意識との関係を分析するために、ピアソンの積率相関係数を算出した。その結
果が表3である。7月と 11月の変化を比較してみると、7月ではどの関係においても相関が見
られなかったが、11月では数種の項目同士において有意な相関が表れた。特に、2の(3)には、
2つの項目と有意な相関が見られた。この結果から、3つの内容項目について情報社会におけ
る匿名性の問題に留意した指導を行うことが、両者の相関関係を強める可能性をもっているこ
とが分かった。
表3 情報モラルの諸問題に関する意識と道徳教育に関わる意識と行動の相関関係(11月実施)
✝ p<.10 * p<.05 ** p<.01
4年 D組の道徳教育に関わる 児童の意識の回答率(%)
調査 時期
とても そう思う
まあまあ そう思う
あまりそう 思わない
ぜんぜん そう思わない
(1)正しいと思ったことは勇気をもってすることは大切だと思う。
7月 83.3 16.7 0.0 0.0 11 月 96.6 3.4 0.0 0.0
(2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっすることは大切だと思う。
7月 86.7 13.3 0.0 0.0 11 月 93.1 3.4 3.4 0.0
(3)友達のことをよく理かいし、信じて助け合うことは大切だと思う。
7月 90.0 6.7 3.3 0.0 11 月 100.0 0.0 0.0 0.0
4年D組の道徳教育に関わる児童の意識の
平均値と標準偏差およびt検定の結果
7月 11 月 t値
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
(1)正しいと思ったことは勇気をもってすることは大切だと思う。 3.83 .384 3.97 .186 1.68 (2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっすることは大切だと思う。 3.90 .310 3.90 .409 0.00 (3)友達のことをよく理かいし、信じて助け合うことは大切だと思う。 3.93 .258 4.00 .000 1.44
4年 D組の道徳教育に関わる児童の行動の
平均値と標準偏差およびt検定の結果
7月 11 月 t値
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
(1)正しいと思ったことは勇気をもってしようとしている。 3.55 .572 3.83 .384 1.98✝ (2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっしている。 3.31 .660 3.62 .494 2.77
* (3)友達のことをよく理かいし、信じて助け合っている。 3.57 .573 3.75 .441 1.72✝
4年D組の道徳教育に関わる 児童の行動の回答率(%)
調査 時期
いつも している
だいたい している
あまり していない
ぜんぜん していない
(1)正しいと思ったことは勇気をもってしようとしている。 7月 56.7 40.0 3.3 0.0 11 月 82.8 17.2 0.0 0.0
(2)れいぎ正しく、だれに対しても心をこめてせっしている。
7月 40.0 50.0 10.0 0.0 11 月 62.1 37.9 0.0 0.0
(3)友達のことをよく理かいし、信じて助け合っている。 7月 60.0 36.7 3.3 0.0 11 月 75.0 25.0 0.0 0.0
2-(1)・・・A組とD組・2-(3)・・・B組とD組3-(1)・・・C組とD組の調査結果
平均値 標準 偏差
2-(1)
意識
2-(1)
行動
2-(3)
意識
2-(3)
行動
1-(3)
意識
1-(3)
行動
平均値 3.83 3.42 3.86 3.58 3.93 3.59
標準偏差 .422 .649 .395 .653 .254 .591
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.60 .491 .092 .040 .409
** .108 .274
* .301
*
2 学級新聞や黒板、ホームページやけいじ板など、いろんな人が見るところに文字で伝えたいことがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.62 .489 .309
* .138 .220✝ -.008 .061 .098
3 書いたのが自分だと分からなければ手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。
3.74 .651 .071 .215 .061 -.087 .155 -.028
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また、3つの授業実践を行った4年D組の情報モラルの諸問題に関する児童の意識の変容を
まとめたものが表4である。これを見ると、どの項目においても取組前と比べ、取組後の方が
有意な上昇が確認された。
表4 情報モラルの諸問題に関する児童の意識の変容(D組)
平均値と標準偏差およびt検定の結果 【11月の調査は第3・4学年の2の(1)の授業後のもの】
7月 11 月 t値
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.24 .435 1.76 .435 4.85
*
*
*
2 学級新聞や黒板、ホームページやけいじ板など、いろんな人が見るところに文字で伝えたいことがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.17 .384 1.76 .435 5.56
*
*
*
3 書いたのが自分だと分からなければ手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。
3.25 .928 3.96 .189 3.87
*
*
*
注.*** p<.001
注.** p<.01 *** p<.001
注.* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
さらに、「書いたのが自分だと分からなければ、手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う」と
いう項目について、否定的な回答をした児童に対して、書いてはいけないと思う具体的内容を
尋ねた質問における記述回答の回答数と割合を比較したものが表5である。
表5 情報モラルの諸問題に関する児童の記述内容の変容
項 目 時期 A組 B組 C組 D組 全体
「書いたのが自分だと分からなければ、手紙やけいじ板などに何を書いてもいいと思う。」という項目で、「あまりそう
思わない」、「そう思わない」と回答した児童の中で、相手への影響を考えて具体的に書いてはいけないことを記述回答していると判断される児童の数とその割合
7月
17(30)
56.7
12(30)
40.0
11(31)
35.5
11(30)
36.7
51(121)
42.1
11 月
23(29)
79.3
23(30)
76.7
20(30)
66.7
22(29)
75.9
88(118)
74.6
上段:回答数(全数)/下段:%
これを見ると、7月の回答率はD組が 36.7%(11名)・学年全体で 42.1%(51名)であった
のに対し、11月ではD組が 75.9%(22名)・学年全体で 74.6%(88名)と 30ポイント以上上
昇した。その内容は、「人の傷つくことは書かない。」、「怖い思いをさせないようにする。」、「見
た人が嫌な気持ちになるようなこと。」、「相手にとって失礼なこと。」といったような、相手へ
の影響に配慮した内容が多数見られるようになった。このことも、相手への影響を考えて行動
するという情報モラルに対する児童の意識が高まったことを示唆している。
また、自由回答欄の「情報をやり取りするときのルールやマナーで大切だと思うことをいく
平均値と標準偏差およびt検定の結果 【11月の調査は第3・4学年の2の(3)の授業後のもの】
7月 11 月 t値
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.25 .441 1.86 .356 6.46
*
*
*
2 学級新聞や黒板、ホームページやけいじ板など、いろんな人が見るところに文字で伝えたいことがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.18 .390 1.79 .418 5.67
*
*
*
3 書いたのが自分だと分からなければ手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。
3.25 .928 3.86 .591 3.12
*
*
平均値と標準偏差およびt検定の結果 【11月の調査は第3・4学年の1の(3)の授業後のもの】
7月 11 月 t値
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
1 手紙やメールなど、決まった相手に文字で伝えることがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.24 .435 1.66 .484 4.45
*
*
*
2 学級新聞や黒板、ホームページやけいじ板など、いろんな人が見るところに文字で伝えたいことがあるときに、特に気をつけていることがある。
1.17 .384 1.69 .471 4.85
*
*
*
3 書いたのが自分だと分からなければ手紙や掲示板に何を書いてもいいと思う。
3.25 .928 3.75 .799 2.10
*
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つでも自由に書きましょう。」の内容について比較すると、7月の調査では、「家の人に聞いて
する。」、「嫌な言葉は書かない。」、「分からない。」、「ルールや約束を守る。」といった他律的な
ものや具体性に欠ける記述が多かったのに対して、11 月の調査では、「情報をやり取りする人
が、知らない人だったらやらない。」、「知った情報で悪口や相手を傷つける言葉を言ったり、打
ったりしない。」、「掲示板のルールを守る。」、「相手の時間に合わせてメールをする。」、「手紙や
ブログなどで悪口を書いてはいけない。パソコン・ケータイなどで分からないことは親に聞く。
住所電話番号などを友達に伝えていいか先に親に聞く。」等、自律的なものや条件・場面等を踏
まえた様々な情報モラルの諸問題に関する事項が具体的な記述内容に反映されている。7月か
ら 11月までの間の児童の経験や他の学習による影響の程度は把握できないが、今回の取組によ
って高まった意識により、それまでは、生活の中で見聞きしたり触れたりするだけだった情報
伝達における問題点を見出せるようになり、情報モラルに対する感覚が鋭くなったと考えられ
る。
6 今後の課題
本研究において、道徳の時間に3つの内容項目(2の(1)、2の(3)、1の(3))について、情
報社会における匿名性の問題に留意した指導を行うことで、各内容項目に対する意識・行動と、
情報モラルに対する意識との相関関係が強まり、相手への影響を考えて行動するという「情報
社会の倫理」に関わる情報モラルに対する意識が高まる可能性が示唆された。しかし、2の(3)
の内容項目についての実践後の振り返りで触れたように、児童の実態に合わせた資料選定や開
発を行うこと、指導の計画を立てる際に情報モラルの指導の視点をどの程度要素として取り入
れるかということ等は、取り組む際の課題と考える。
情報モラル教育は、今回扱った「情報社会の倫理」以外にも、「法の理解と遵守」、「公共的な
ネットワーク社会の構築」、「安全への配慮」、「情報セキュリティ」といった項目の内容も合わ
せて行うものである。『情報モラル教育実践ガイダンス』には、「情報セキュリティ」以外の全
ての項目で、指導を行う教科等の例として道徳の時間が挙げられている。今回扱った「情報社
会の倫理」以外の項目の道徳の時間の指導の在り方の実践的研究に取り組むことも今後の課題
である。
7 おわりに
学校の教育活動全体を通して行われる道徳教育の要として、それを補充、深化、統合する役
割を担う道徳の時間は、社会の変容に呼応して、求められるものは大きく、多岐にわたるもの
となってきている。本研究で取り上げた今回の情報モラルのように、新たな内容を取り入れよ
うとすると、その捉え方や扱い方に頭を悩ませることになる。そこで忘れてはならないのは、
児童一人一人が道徳的価値の自覚及び自己の生き方について考えを深めることで道徳的実践力
を育成するという、道徳の時間の本質である。この本質を踏まえた上で、行動だけではなくそ
れを支える心の成長に光を当てることが大切であろう。また、目の前の児童の実態を念頭にお
き、時宜にかなった資料や授業内容を構築していくことができれば、道徳の時間の可能性は飛
躍的に広がるだろう。その可能性の広がりこそ、児童に育みたい「豊かさをもった人間性」、ひ
いては「生きる力」につながるものと信じ、今後も道徳における情報モラルの指導の在り方を
追究していきたい。
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参考・引用文献
(1) 内閣府(平成 25 年)『平成 24 年度 青少年のインターネット利用環境実態調査 調査結果』
http:// www8.cao.go.jp/youth/youth-harm/chousa/
(2) 国立教育政策研究所(平成 23年)『情報モラル教育実践ガイダンス』
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/jouhoumoral/guidance.pdf p.1 pp.3-4 p.6
(3) 中村祐治、吉澤良保、篠原正敏、中田朝夫、三浦匡(2007)『日常の授業で学ぶ情報モラル』
教育出版 p.4
(4) 文部科学省(平成 20 年)『小学校学習指導要領解説 道徳編』東洋館出版 p.97 p.98
p.42 p.43 p.40 p.41
(5) 文部省(平成4年)『小学校読み物資料とその利用2「主として他の使途とのかかわりに関
すること」』国立印刷局 pp.26-29