首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン首都圏周辺部における新しい音調の受容...

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首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン -「とびはね音調」と複合語アクセント― 田中ゆかり 林直樹 キーワード:「とびはね音調」・複合語アクセント・首都圏中心部・首都圏周辺 部・秩父 1. はじめに 田中ゆかり(2010:p6)では、東京特別区(23 区)を中心とした 1.5%通勤通 学圏(約 70 ㎞圏)を言語研究における首都圏として、暫定的に設定している。 1.5%通勤通学圏を、日常的な交流のある生活圏とみなしてのことである。 しかし、当然のことながらその内部においてもさまざまな多様性が観察され る。暫定的な言語的首都圏の中には、従来の伝統的方言の違いが反映された多 様性をはじめ、東京中心部からの地理的・時間的距離による中心部性の波及程 度による多様性などが混在している。 本稿の目的は、首都圏中心部(以下、中心部)で近過去に生じた音調にかん する言語変化が、首都圏周辺部(以下、周辺部)ではどのように受容されるの か、ということを観察することである。中心部で近過去に生じた時代・タイプ の異なる言語変化が、周辺部でどのように受容されているかをみていく。 中心部と周辺部をどのように区別するのか、ということもなかなかむずかし いが、鉄道など公共交通機関を用いた中心部との時間的距離が 2 時間以上とな る地域を暫定的に周辺部とする。おおむね 50 ㎞圏外を周辺部としてみていくこ とになる。 本稿で取り上げる中心部で近過去に生じた音調にかんする言語変化は、次の 2種類とする。ひとつは、1990 年代に中心部に生じた新しい問いかけ音調の一 種である「とびはね音調」の広がり、もうひとつは、1940 年代から 60 年代に かけて複数の研究者による指摘が集中する「複合語アクセントの接合型から結 合型へ」という動きである。 「とびはね音調」は、1990 年代に中心部で若い女性が先導するかたちで広ま った「~ナイ形式」を伴う問いかけ音調の一種で、従来の問いかけ音調(従来 1 )では実現される前接部 2 と「ナ]イ」のアクセントの下がり目が無効化され - 17 -

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Page 1: 首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン首都圏周辺部における新しい音調の受容 パターン -「とびはね音調」と複合語アクセント―

首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン

-「とびはね音調」と複合語アクセント―

田中ゆかり

林直樹

キーワード:「とびはね音調」・複合語アクセント・首都圏中心部・首都圏周辺

部・秩父

1. はじめに

田中ゆかり(2010:p6)では、東京特別区(23 区)を中心とした 1.5%通勤通

学圏(約 70 ㎞圏)を言語研究における首都圏として、暫定的に設定している。

1.5%通勤通学圏を、日常的な交流のある生活圏とみなしてのことである。

しかし、当然のことながらその内部においてもさまざまな多様性が観察され

る。暫定的な言語的首都圏の中には、従来の伝統的方言の違いが反映された多

様性をはじめ、東京中心部からの地理的・時間的距離による中心部性の波及程

度による多様性などが混在している。

本稿の目的は、首都圏中心部(以下、中心部)で近過去に生じた音調にかん

する言語変化が、首都圏周辺部(以下、周辺部)ではどのように受容されるの

か、ということを観察することである。中心部で近過去に生じた時代・タイプ

の異なる言語変化が、周辺部でどのように受容されているかをみていく。

中心部と周辺部をどのように区別するのか、ということもなかなかむずかし

いが、鉄道など公共交通機関を用いた中心部との時間的距離が 2 時間以上とな

る地域を暫定的に周辺部とする。おおむね 50 ㎞圏外を周辺部としてみていくこ

とになる。

本稿で取り上げる中心部で近過去に生じた音調にかんする言語変化は、次の

2種類とする。ひとつは、1990 年代に中心部に生じた新しい問いかけ音調の一

種である「とびはね音調」の広がり、もうひとつは、1940 年代から 60 年代に

かけて複数の研究者による指摘が集中する「複合語アクセントの接合型から結

合型へ」という動きである。

「とびはね音調」は、1990 年代に中心部で若い女性が先導するかたちで広ま

った「~ナイ形式」を伴う問いかけ音調の一種で、従来の問いかけ音調(従来

型1)では実現される前接部2と「ナ]イ」のアクセントの下がり目が無効化され

- 17 -

Page 2: 首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン首都圏周辺部における新しい音調の受容 パターン -「とびはね音調」と複合語アクセント―

る。主として同意要求の機能をもつ(田中ゆかり 1993,2009,2011)。この問いか

け音調の「従来型」から「とびはね音調」へという変化は、音調変化に加え、

意味の変化も伴う。「従来型」は単純な疑問を主とする3が、「とびはね音調」は同

意要求を主たる機能としている。

前接部が共通語アクセントでは起伏型の形容詞Ⅱ類「高い」が「とびはね音

調」で実現された場合の F0 曲線を以下に示す4。図1からは、従来型では実現

される「タ]カク」と「ナ]イ」におけるアクセントの下がり目が無効化され、

文末に向けて上昇を続ける音調となっていることがわかる。

図 1. 「高くない?」の「とびはね音調」F0 曲線

中心部における複合語アクセントの接合型から結合型へ5という動きを記述し

たものとして、金田一春彦(1943)、和田實(1952)、秋永一枝(1957,1967,1996)

がある。

いずれも、複合のゆるやかな、前接部のアクセントを生かした接合型から、

複合アクセント規則に則った結合型へという変化が中心部において観察される

という報告で、上述先行研究の公刊時期を勘案すると 1940 年代から 60 年代に

は中心部ではすでにこの傾向は顕著なものとなっており、結合型への変化は終

盤にさしかかっていたことが推測される。秋永一枝(1996)では、この変化を

「東京式アクセントの地域で 20 世紀最大の変化」とし、「江戸アクセントから

東京アクセント」への大きな流れの中に位置づけている。具体的事例としては、

複合名詞としては「ア]カトンボ」から「アカト]ンボ」へ、複合動詞として

は「イタ]ミイル」から「イタミイ]ル」へというようなものである。これは、

アクセント型の変化という音調変化のみで意味の変化は伴わない6。

- 18 -

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2. データ

本稿における分析では、日本大学文理学部国文学科の授業の一環として 2012

年 8 月に実施された方言調査(荻野綱男編 2013)に基づくデータを使用する。

調査地域は埼玉県秩父市吉田地区(旧吉田町)である。この地域は、70 ㎞圏

に位置しており、中心部とのハブとなる池袋駅から特急で約 1 時間、さらにバ

スで約 1 時間、計 2 時間程度の時間的距離にあり、典型的な周辺部と位置づけ

ることができる。

秩父市の方言的特徴としては、東京アクセントの古態が残る地域であること

が指摘されている(佐藤亮一他 1998)。複合語アクセントにおける接合型の出

現は、ここでも東京アクセントの古態の指標として示されている。

調査に参加したのは教員 2 人・大学院生 2 人・学部学生 14 人の計 18 人7。調

査回答者は計 38 人である。調査回答者の内訳を年層・男女別に人数(括弧内は

各属性別の年層%)を示したものが表1。高年層が多く、中・若年層が少ない

データとなっている8。

表 1. 2012 年度秩父調査年層別話者数

年層 男性 女性 計

高年層 (60 代-) 16(42.1) 9(23.7) 25( 65.8)

中年層(40 代-50 代) 7(18.4) 1( 2.6) 8( 21.1)

若年層(20 代-30 代) 3( 7.9) 2( 5.3) 5( 13.2)

計 26(68.4) 12(31.6) 38(100.0)

調査は、面接調査で行った。当該項目を含むリストを提示し、「地元の親しい

人とおしゃべりをするような調子で発音してください」という指示の上、回答

者に読み上げてもらう形式で実施した。

2種類の音調項目のうち、問いかけ音調は「高くない?」「赤くない?」とい

う文章を提示し、「高いか(赤いか)どうか質問するように」と指示した上で発

話を求めた「質問」場面と、「高いよね(赤いよね)と同意を求めるように」と

指示した上で発話を求めた「同意要求」場面の2種類の場面を調査した。

複合語アクセントは、リストを提示し、単語単独と短文の2種類の形式で発

話を求めた。先に示した先行研究で用いられた調査項目を中心に、複合名詞8

項目(金太郎・台布巾[ダイブキン・ダイフキン:食器を拭く布巾とは別に食

卓などを拭く布のこと9]・缶切り・せんひき[線引き:定規のこと10]・書き初

め・ひいじいさん・赤とんぼ・くいしんぼう)、複合動詞6項目(書き出す・取

り出す・蹴飛ばす・痛み入る・かぶりつく・かじりつく)を調査語とした。

- 19 -

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3. 分析方法

問いかけ音調では、それぞれの話者の「タカクナイ」「アカクナイ」という発

話がどのようなアクセントと音調で現れるのか、聞き取りを行った11。なお、そ

の際「~ナイ」以外の形式(例:「タカカンベ」)が出現した場合は、「その他形

式」、「「タカクナイ」とはいえない」というような回答の場合は「使わない」に

分類した。

複合語アクセントも同様に聞き取りを行った12。ここでは、出現したアクセン

ト型を大きく接合型とそれ以外に分類した。接合型以外のアクセント型は、ほ

ぼ以下に示す結合型に含まれるが、それ以外のアクセント型も現れた。それぞ

れの調査語における接合型・結合型として期待されるアクセント型は以下の通

りである(○数字はアクセント型をあらわす)。

接合型

複合名詞:金太郎①・台布巾①・缶切り①・せんひき①・書き初め①・

ひいじいさん①・赤とんぼ①・くいしんぼう①

複合動詞:書き出す①・取り出す①・蹴飛ばす①・痛み入る②・かぶり

つく②・かじりつく②

結合型

複合名詞:金太郎⓪・台布巾③・缶切り③・せんひき③・書き初め⓪・

ひいじいさん③・赤とんぼ③・くいしんぼう③

複合動詞:書き出す③・取り出す③・蹴飛ばす③・痛み入る④・かぶり

つく④・かじりつく④

4. 分析結果

4.1. 問いかけ音調

まず、「とびはね音調」が顕在的に確認できる「高くない?」の分析結果を示

す。出現音調を年層別にまとめたものが図2・3。欠損値や複数回答を得たも

のもあるため、回答度数の総計は、表1の回答者数と必ずしも一致しない。

- 20 -

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図 2. 年層別「高くない?(質問)」 図 3. 年層別「高くない?(同意要求)」

出現音調(図中の数値は出現度数) 出現音調(図中の数値は出現度数)

図2の「質問」においては、年層による音調ごとの出現率にあまり違いがな

く、従来型が年層を問わず主流である。「とびはね音調」(0-0↑)はほとんど出

現しておらず、新しい音調として受容が期待される若年層においてもまったく

現れていない。

一方、図3の「同意要求」は、年層により音調ごとの出現率が異なっており、

若くなるほど「従来型」が減少し、「とびはね音調」が増加している。若年層で

は半数以上が「とびはね音調」となっている。

次に、質問(図2)と同意要求(図3)を比較すると、場面によるふるまい

が年層によって明瞭に異なることが確認される。

若年層では、「質問」における主たる音調が従来型なのに対して、「同意要求」

では「とびはね音調」となっており、場面によって主流となる音調がふりわけ

られている傾向の強いことがわかる。

それに対して、中高年層は場面による主たる音調というものが認めらない。

中年層と高年層の間では、音調ごとの出現率は異なるものの、機能による音調

のふりわけがみられないという点は共通している。この点、場面による音調の

ふりわけが明瞭に確認される若年層とは、ふるまいが大きく異なっている。と

はいえ、「とびはね音調」は、「質問」「同意要求」どちらの場面においても高年

層よりも中年層に出現率が高い。機能によるふりわけは伴わないものの、音調

そのものは徐々に受容が進んでいるようにもみえる。

以上を踏まえると、中高年層は音調としての「とびはね音調」の受容は少数

派ながら認められる一方、若年層のように「同意要求」という機能と結びつけ

1

1

2

1

1 4

4

14

1

6 1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

(n=5)

(n=8)

(n=23)

0-0↑(とびはね) 1-0↑

0-1↑ 1-1↑(従来型)

その他ア その他形式

使わない 系列8

3

2

1

2

2

1

1

1

3

13

1

4 1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

(n= 5)

(n= 8)

(n=22)

0-0↑(とびはね) 1-0↑

0-1↑ 1-1↑(従来型)

その他形式 使わない

- 21 -

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た「とびはね音調」の受容が進んでいわけではないことがわかる。若年層にお

いてはじめて、当該の音調が「同意要求」という機能とセットとなり、急速に

受容が進んだことがわかる。

次に、前接部の共通語アクセントが平板型のため、アクセント下降の無効化

が顕在化しない「赤くない」の出現音調を、年層ごとに示す(図4・5)。

図 4. 年層別「赤くない?(質問)」 図 5. 年層別「赤くない?(同意要求)」

出現音調(図中の数値は出現度数)出現音調(図中の数値は出現度数)

図4の「質問」では、図2同様、すべての年層で従来型の音調が半数以上を

占めていることがわかる。中若年層には、「ナ]イ」のアクセントの下がり目が

無効化する「浮き上がり調」(川上蓁 1963)も出現している。

図5の「同意要求」でも、すべての年層で従来型の音調が出現している。中

若年層に「浮き上がり調」が出現している点も、「質問」と共通する。

図4と図5を比較すると、「質問」と「同意要求」という場面による主たる音

調はどの年層でも認められない。前接部が平板型の場合、「従来型」と「ナイ」

部分のアクセントの下がり目が無効化された「浮き上がり調」という対立とな

るため、場面による音調のふりわけが明瞭ではないと推測される。質問場面は

「従来型」、同意要求場面は「浮き上がり調」という機能による音調のふりわけ

も期待されたが、そのような傾向は確認できなかった。

前接部にアクセントの無効化というわかりやすい合図をもつ「タカクナイ」

では、質問場面では「従来型」、同意要求場面では「とびはね音調」というふり

わけが若年層では顕著であったこととは対比的である。

2

3

3

5

19 4 1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

(n=5)

(n=8)

(n=24)

0-0↑ 0-1↑(従来型)

その他 使わない

3

3

1

2

4

17 1

1

2 1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

(n=5)

(n=8)

(n=22)

0-0↑ 0-1↑(従来型)

2-0↑ その他

使わない 系列6

- 22 -

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4.2. 複合語アクセント

複合語アクセントにおいて出現したアクセント型を確認する。

まず、複合名詞に現れたアクセント型を接合型13・結合型・「その他」に分類

し、年層ごとに出現度数をみたのが図6。なお、複合名詞は単語単独・短文の

2つの形式による調査を行ったが、平板型と尾高型が区別されるものもあるの

で、ここでは短文形式の結果を示す。図6では、接合型の出現度数が多い語か

ら降順に示した。

全体をみると、語によって接

合型の出現傾向が異なること

がわかる。年層を問わず、接

合型が多く出現する語は、「缶

切り」「せんひき」である。日

常的な語であるのと同時に、

いずれも名詞+動詞タイプで

ある。

ついで「金太郎」「ひいじい

さん」に接合型が多い。ただ

し、「金太郎①」は中年層にも

1 度数現れるが、「ひいじいさ

ん①」の出現は、高年層に限

られる。中年層以下は、いず

れも結合型が主たる型となっ

ている。「台布巾」の接合型は、

中高年層より若年層に多く現

れており、この点、他の項目

とは傾向が異なる。

「赤とんぼ」「くいしんぼう」

の接合型は、高年層にわずか

に現れるに過ぎず、「書き初め」

は高年層にも接合型は現れな

い。

以上から、周辺部である秩

父においても、複合名詞アク

セントは、「缶切り」「せんひ

き」「台布巾」を除くと、ほぼ

中心部同様、接合型から結合

型へという変化が完了してい

1

2

2

1

9

1

12

5

6

18

4

7

22

5

6

21

5

7

22

5

8

16

3

4

18

5

8

15

5

7

13

1

1

1

2

2

1

1

7

4

5

1

5

1

2

0% 20% 40% 60% 80% 100%

書き初め

くいしんぼう

赤とんぼ

台布巾

ひいじいさん

金太郎

せんひき

缶切り

接合型 結合型 その他

図 6. 年層別複合名詞出現アクセント型

(図中の数値は出現度数)

- 23 -

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ることが確認された。「缶切り」「せんひき」は家庭の日常生活で使用される頻

度の高い身近な道具類であるため、古いアクセント型である接合型が若年層に

も保持されていると推測される。「台布巾」の接合型が中高年層にほとんど現れ

ない理由はよくわからない。

次に、複合動詞に現れた型を

みていく。出現した型を年層別

に示したのが図7。複合動詞は、

アクセント型を接合型・平板型14・結合型・その他に分類した。

ここでも、接合型の出現度数の

高いものから降順に示してい

る。

複合動詞は、複合名詞に比べ

て接合型の出現度数が少ない。

前接部のアクセントを生かし

た接合型が出現するのは、出現

度数が多い順に「蹴飛ばす」「か

じりつく」「痛み入る」「かぶり

つく」の4語で、その出現もほ

ぼ高年層に限られる。

中心部におけるより新しい

変化である平板型から結合型

へという変化傾向は、すべての

項目において確認できる。「蹴

飛ばす」「取り出す」「書き出す」

などはその傾向が明瞭である。

これらは先行研究で指摘さ

れている傾向に従う(相澤正夫

1992,秋永一枝 1996,塩田雄大

201315)。

以上の複合語アクセントの

傾向をまとめて比較するため、複合名詞・複合動詞それぞれにおいて、年層別

にアクセント型の平均出現語数16をみたものが図8・9。

中心部ではほとんど観察されなくなった接合型が、若年層においても出現し

ているという点、佐藤亮一他(1998)の指摘と重なる。首都圏外周部である山

梨県芦安村においても同様の傾向が観察されており(秋永一枝 1996)、中心部

における変化が 30-50年遅れで周辺部・外周部に受容されていることがわかる。

2

1

3

4

1

5

1

3

20

1

3

20

1

2

2

1

1

4

17

4

5

5

4

5

5

5

7

20

5

6

16

5

7

20

4

3

3

1

1

4

1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

書き出す

取り出す

かぶりつく

痛み入る

かじりつく

蹴飛ばす

接合型 平板型 結合型 その他

図 7. 年層別複合動詞出現アクセント型

(図中の数値は出現度数)

- 24 -

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本調査の結果からは、接合型から結合型へという変化は動詞のほうが名詞に

比べ早く進んだこともうかがえる。これも先行研究(金田一春彦 1943、和田實

1952、秋永一枝 1957、同 1967、同 1996)で示された中心部の変化パターンに

従うものとなっている。

図 8. 年層別にみた複合名詞アクセント平均出現語数

図 9. 年層別にみた複合動詞アクセント平均出現語数

0

1

2

3

4

5

6

7

8

(n=24)

(n=8)

(n=5)

平均出現語数

接合型

(語数=8)

結合型

(語数=8)

その他

(語数=8)

0

1

2

3

4

5

6

(n=24)

(n=8)

(n=5)

平均出現語数

接合型

(語数=6)

平板型

(語数=6)

結合型

(語数=6)

その他

(語数=6)

- 25 -

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名詞・動詞を問わず接合型平均出現語数の年層による推移をみると、若くな

るほど接合型・「その他」の平均出現語数が減少し、結合型が増加する傾向がみ

られる。

複合名詞において中年層から若年層にかけて接合型が若干上昇しているのは、

「台布巾」のような特殊なふるまいをする語があるためである。また、複合名

詞に現れた「その他」の型としては、台布巾④・赤とんぼ⑤などがあるが、こ

れらの型は若年層にはほとんど出現しない。

複合動詞は、接合型が高年層においてもほとんど現れず、平板型から結合型

へという新しい変化が確認される。

以上、全体として接合型よりも結合型が優勢な点、若くなるほど結合型の平

均出現語数が高くなる点から、当該地域の複合語アクセントにおいては、中心

部から 30-50 年遅れで、結合型への「単純化(秋永一枝 1996)」が段階的に進

んでいると考えられる。複合語アクセントについては、中心部での変化パター

ンがほぼトレースされているといっていいだろう。

5. 考察

以上の分析を踏まえ、近過去に首都圏中心部で生じた、タイプの異なる2種

類の音調変化における首都圏周辺部における受容パターンの違いの背景を検討

する。

まず、新しい問いかけ音調の一種である「とびはね音調」の受容を、音調と

「同意要求」という機能がセットとなったものと考えると、その受容は中高年

層では生じておらず、若年層において急激に受容が進んだことになる。音調と

しての受容に限れば、「とびはね音調」は、中高年層でも、わずかながら受容さ

れているようすがうかがえる。

一方、複合語アクセントの接合型から結合型へという変化は、「台布巾」のよ

うな例外的なふるまいをする語を除くと、高中若と段階を踏んで徐々に受容が

進んだことがわかる17。

どちらも中心部で生じた音調変化を受容していることに違いはないが、その

受容パターンは大きく異なる。なぜ、このような違いが観察されたのだろうか。

まず、単純に、それぞれの変化の生じた時期の違いが反映されたという解釈

が可能である。最近発生した変化は、まだ中高年層には波及しておらず、若年

層にのみ一気に進行しているようにみえ、古い変化は、すでに中高年層にも変

化が波及しており、その変化が段階的に受容されているようにみえている、と

いう考えである。実際に、先行研究において初期的に報告された時期から、ふ

たつの音調変化が中心部で急激に進展した時期を推測すると、「とびはね音調」

は 1990 年代前後(田中ゆかり 1993)、複合語アクセントの「接合型」から「結

合型」への変化は、少なくとも 1940 年代までには生じていたものとみることが

- 26 -

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できる(金田一春彦 1943)。

その一方で、変化時期の新旧とは別の要因として、当該の変化のカバーする

単位や範囲の違いが変化パターンの違いを生んだという別の見方もできそうだ。

ひとつは、イントネーションと語アクセントの双方にかかわる変化か、語ア

クセントのみにかかわる変化か、という違いが、パターンの違いに反映されて

いるというものである。文末音調の変化を伴うことが多いイントネーションは

耳立つために気づきやすく、語アクセントよりも受容が進みやすい、という考

え方である。その結果、「とびはね音調」の受容は若年層において急激に受容が

進んだ、と考えることもできる。

もうひとつは、「とびはね音調」は、音調、すなわち形式が新しいだけでなく、

「同意要求」という機能の変化を伴うものであるのに対して、複合語アクセン

トは、語アクセント、すなわち形式のみが違っており、意味の違いを反映する

変化ではないため受容がゆるやかに進行した、という解釈である。

つまり、形式と機能をセットで受容する変化の方が、形式のみの変化よりも

中心部で生じた「新しさ」の受容という点において「対費用効果が高い」ため、

受容速度が速く、その結果、結合型アクセントの受容に比べ「とびはね音調」

の受容が急激に進行した、という考え方である。

形式と機能がセットになった言語変化としては、外来語の平板型の受容が急

速に進んだことの解釈にも適用できるかも知れない。平板型アクセントの拡張

期において、平板型には新しい意味が付与されがちであった(井上史雄 1992)、

ということと無関係ではないとも推測される。

一方、場面によるふりわけを問わなければ、中高年層にも「とびはね音調」(0-0

↑)は、、わずかずつではあるが現れる。このことからは、音調としての受容は

アクセント型の受容同様、徐々に進み、機能とセットでの受容は、ある程度音

調が受容されたのちに一気に進展したという解釈もなりたちそうだ。

6. まとめ・今後の課題

以上、秩父市吉田町方言調査に基づくデータを用いて、首都圏中心部におい

て近過去に生じた言語変化が周辺部においてどのように受容されているのか、

ふたつの事象を取り上げ、対比的にみてきた。

その結果、今回分析対象とした問いかけ音調と複合語アクセントの新しい形

式の受容パターンは、異なる様相を呈していることがわかった。その背景とし

て、中心部における変化の生じた時期や、変化にかかわる言語単位の違い、形

式のみの変化か形式と機能がセットとなった変化か、などがかかわると推測さ

れる。

今後の課題として、さまざまなタイプの新しい音調の受容のパターンを集積

し、それら受容パターンの類型化を試みたい。とりわけ、今回の検討から浮か

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Page 12: 首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン首都圏周辺部における新しい音調の受容 パターン -「とびはね音調」と複合語アクセント―

び上がった、「形式と機能」がセットになった変化は、形式のみに関与する変化

に比べ、「対費用効果」の観点から変化が早いとみるべきか、音調の受容がある

程度進まないと、機能面は受容されないのか、などといったことの検証を行い

たい。

また、首都圏内部の多様性の背景には、このような中心部で生じた変化の受

容パターンの遅速などが関連している可能性も考えられる。これについても、

今後の検討課題としたい。

引用文献

相澤正夫(1992)「進行中のアクセント変化―東京語の複合動詞の場合―」『国立国語研究

所報告 104 研究報告書 13』.

秋永一枝(1957)「アクセント推移の要因について」『国語学』31.

秋永一枝編(1958)『明解日本語アクセント辞典』三省堂.

秋永一枝(1967)「江戸アクセントから東京アクセントへ」『国語と国文学』44(4).

秋永一枝(1996)「東京・芦安両アクセントにみる接合型の衰退」『国文学研究』118.

井上史雄編(1988)『東京・神奈川言語地図』私家版.

井上史雄(1992)「業界用語のアクセント<専門家アクセントの性格>」『月刊言語』21(2).

荻野綱男編(2013)『2012 年度 秩父市方言調査報告書』私家版.

川上蓁(1959)「標準語アクセント習得の急所」『音声学会会報』100.

川上蓁(1963)「文末などの上昇調について」『国語研究』16.

川上蓁(2006)「最近の首都圏語のアクセント変化」『音声研究』10(2).

金田一春彦(1943)「国語アクセントの史的研究」『国語アクセントの話』春陽堂.

佐藤亮一・篠木れい子・新井小枝子・篠崎晃一(1998)『東京周辺地域におけるアクセント

の古態性に関する調査研究』科学研究費研究成果報告書.

塩田雄大(2013)「NHK のアナウンサーのアクセントの現在―複合動詞を中心に-」相澤

正夫編『現代日本語の動態研究』おうふう.

田中ゆかり(1993)「「とびはねイントネーション」の使用とイメージ」日本方言研究会第

56 回研究発表会発表原稿集.

田中ゆかり(2009)「「とびはね音調」とは何か」『論集』Ⅴ.

田中ゆかり(2010)『首都圏における言語動態の研究』笠間書院.

田中ゆかり(2011)「とびはね音調は同意要求表現か?」『論集』Ⅶ.

田中ゆかり(2013)「「とびはね音調」はどのように受けとめられているか―2012 年全国聞

き取りアンケート調査から―」相澤正夫編『現代日本語の動態研究』おうふう.

和田實(1952)「赤とんぼ-いわゆる「基本アクセント型」におちいる語の処置など-」『国

語アクセント論叢』法政大学出版局.

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Page 13: 首都圏周辺部における新しい音調の受容パターン首都圏周辺部における新しい音調の受容 パターン -「とびはね音調」と複合語アクセント―

参考サイト

秩父市 HP http://www.city.chichibu.lg.jp/

秩父市の地域特性

http://www.city.chichibu.lg.jp/secure/2053/houkokusyo_3.pdf

【付記】

本研究は、以下の研究の一環である。

科学研究費基盤研究(C)(課題番号 24520509 代表者:田中ゆかり)2012~2014 年

度 「「とびはね音調」の実態とその機能の解明」

2012 年度日本大学文理学部人文学研究所共同研究費「学部・学科教育への反映を視野

に入れた日本語学ならびに日本語教育と書学研究の融合(代表:田中ゆかり)」

また、本稿は、林・田中による以下の口頭発表の内容に大幅な加筆・修正を加えたもので

ある。

“ Patterns of Response to New Pronunciation in the Metropolitan Periphery:

Tobihane Intonation and Compound-Word Accent” 平成25(2013)年8月17-19日(発

表日:8 月 18 日)・Urban Language Seminar 11 Hiroshima[広島市・広島市文化

交流会館]

秩父市における調査に際しては多くの方にご協力いただいた。改めてお礼申し上げる。

―日本大学文理学部―

1 「タ]カクナ]イ↑(1-1↑)」。なお、本稿ではアクセントの下がり目を「]」で示す。ア

クセント型については、要素ごとに下がり目の位置を数字や○数字で示すこともある。 2 前接部が起伏型の場合、アクセントの下がり目の無効化が顕在化する。平板型の場合、ア

クセント型は変わらない。前接部が形容詞の場合を例にすると、共通語アクセントで起伏

型をとるⅡ類はアクセントの下がり目が無効化されるが、共通語アクセントが平板型のⅠ

類の場合は平板型のままとなる。Ⅱ類の例として「タ]カク(ナイ)」が「タカク(ナイ)」

のように、前接部「タカク」の部分のアクセントの下がり目が無効化される。Ⅰ類の場合、

共通語アクセントが「アカク(ナイ)」であるため、アクセントの下がり目の無効化が顕在

化しない。詳細は田中ゆかり(2009)参照。 3 近年では、「浮き上がり調」(川上蓁 1963)が単純な疑問の主たる音調となっており、「従

来型」は「疑念」の意味をもつようになってきている(田中ゆかり 2011)。これは、従来型

の最終拍の上昇が上昇の遅れとして捉えられた結果と推測される。 4 田中ゆかり(2013)における「2012 年全国聞き取りアンケート調査」で使用した刺激音

声の F0 曲線。北海道出身の収録時 30 代の女性アナウンサーによるもの。 5 接合型・結合型という捉え方は、秋永一枝による。「アクセント習得法則」(秋永一枝

1958:pp(2)-(68))では、複合語をアクセントの観点から以下のような3タイプに分類してい

る。「癒合語」「複合の度合いがもっとも強く、もとの語のアクセントの影響があまりみら

れないようなもの」、「結合語」「複合の度合いが中間で、もとの語のアクセントによって定

まるもの」、「接合語」「複合の度合いがもっとも弱く、前部の語のアクセントを生かす傾向

にあるもの」。秋永一枝(1958)では、これらとは別に2つ以上の形態素からなる語相当の

ケースにおいて、アクセント型としては形態素ごとにピッチの立て直しを伴うものを「分

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離語」と呼び、「前部の語と(中部の語)後部の語が複合せず、息の切れ目があって、それ

ぞれのアクセントをそのまま生かすもの」と定義している。複合の程度という観点からは、

「分離語」は「接合語」の前段階と考えられる。なお、本稿では、秋永一枝(1958)を踏

まえた上で、前接部のアクセント型を生かしたものを「接合型」、前接部のアクセントは反

映されずに「アクセント習得法則」における複合規則に則ったアクセントタイプを「結合

型」と呼んでおく。「アクセント習得法則(秋永一枝 1958)」では、「動詞+動詞」の結合動

詞のうち、「前部が起伏式動詞」の場合、「原則として平板型。但し、若い層の人人は中高

型に発音する傾向が強い」としている。複合動詞アクセントは、前接部のアクセントと式

が交替するタイプが伝統的な型で、前接部の式にかかわらず中高型となるタイプがより新

しい型と指摘されている(川上蓁 1959,同 2006)が、ここでは、前接部のアクセントを生

かさない型をまとめて「結合型」としておく。また、本稿の議論では、「結合」と「癒合」

との区別はとくにせず、「結合型」として取り扱う。「分離語」については、「接合語」の前

段階と捉える。 6 「コキツカウ①」のような型が強調形として残存しやすいことは、「強めの意をもつ結合

動詞は、前部動詞のアクセントを生かす傾向にある(秋永一枝 1958)」の通り。この場合、

情的な意味がアクセント型と結びついている。ただし、語の意味そのものがアクセントに

よって異なるわけではない。複合名詞においても「ウミボーズ①」など恐ろしいものなど

に接合型が残存する傾向があることが秋永一枝(1967)などで指摘されているが、「アカト

ンボ」などのような例では、接合型(①)でも結合型(③)でも、語の意味は変わらない。 7 田中・林(当時院生)ともに調査に参加している。 8 平成 25 年度の人口(推計値)では、65 歳以上が 27.9%。高年層の比率の高い地域となっ

ている(秩父市の地域特性 http://www.city.chichibu.lg.jp/secure/2053/houkokusyo_3.pdf)。 9 すべての年層で、「ダイブキン」「ダイフキン」どちらの発話もみられた。内訳は次のとお

り。「ダイブキン」:若年層 1 人、中年層 4 人、高年層 9 人。「ダイフキン」:若年層 4 人、

中年層 3 人、高年層 15 人。また、「ダイフキ」という回答も中年層に 1 名のみにみられた。

この回答はダイフキ 0 型であったため、結合型として処理した。なお、この語はリストに

漢字で「台布巾」を提示して調査を行った。そのため、インフォーマントの中には読み方

がわからず、調査者が「ダイフキンです」といって回答を促した場合がある。ただし、そ

の際でも「台布巾」そのものがわからないという回答はなかった。 10 井上史雄編(1988:p28)において「定規(プラスチック製)」の意の新方言形として調査

項目となっている。「センヒキ」は、東京都・神奈川県の高年層でも一定量分布しており、

若年層ではさらに分布地点数を増やしている。 11 本稿分析のための聞き取りは林が行った。 12 本稿分析のための聞き取りは林が行った。 13 「ひいじいさん」では、「分離語」相当のアクセント型(「ヒ]ージ]ーサン(1-3)」)が、

出現した。図6では前接部のアクセント型を生かした型と解釈し、「接合型」に含めている。 14 図 9 で「結合型」として示した型は、より新しい変化則が反映された中高型。前接部ア

クセントとは式の入れ替わる「古則(川上蓁 2006)」に従う平板型は、別にその現れ方を図

中に示した。 15 塩田雄大(2013)は、NHK のアナウンサーを対象とした聞き取りによる調査結果で、「一

般のことばに比べて保守的」な「放送標準語」における指摘。 16 図8は、複合名詞 8 語に現れた接合型、結合型の年層別平均語数を示した。図9は、複

合動詞 6 語に現れた接合型、平板型、結合型の年層別平均語数を示した。 17首都圏外周部の山梨県芦安村における調査結果も同様の傾向を示している(秋永一枝

1996)。

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