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患者・家族からの要望を確認し記録する 特 集 2 当院および看護部の概要 当院は静岡県西部に位置し,救命救急セン ター,総合周産期母子医療センターを有する高 度急性期病院です。病床数は750床,常勤職員 は2,000人を超え,そのうち看護師は873人で す。2018年度は平均在院日数10.7日,病床稼 働率89.5%と多くの患者を受け入れ,「人々の 快適な暮らしに貢献するために最適な医療を提 供します」を病院使命として,職員一丸となっ て日々診療を行っています。 看護部は「私たちは,専門職としての社会的 責務を自覚し,高い志を持って最善を尽くす」 を理念に掲げ,次の6つの基本姿勢を大切にし ながら看護の継続的な質向上を追求しています。 ①『患者中心』を最優先にして,看護に専心する ②患者とその家族のQOLを尊重する ③看護のインフォームド・コンセントを大切に する ④患者の持てる力を信じる ⑤質の高い看護を提供するために,自己研鑽する 患者の要望をつなげる看護計画 ⑥一歩踏み込んだ配慮をする 看護部には,看護課長(看護師長)が組織す る7つの管理委員会と,25の職場から選出さ れたリンクナースからなる管理委員会下部組織 である検討委員会があります。 活動目標と看護記録様式, 看護部診療情報委員会は看護課長5人と看護 次長(副看護部長)1人で構成され,各職場の リンクナース25人で組織される看護部診療情 報検討委員会を運営しています。 委員会活動のミッション(使命)は,「診療 情報に関する看護師の責務についての教育・普 及活動を推進する」であり,「実施した看護の 可視化と看護がつながる記録を目指し,患者の アウトカムの向上を果たす」を目標の一つに掲 げ活動しています。 また,2006年より入院・外来共に電子カル テを導入し,フォーカスチャーティング®を用 いた看護記録と,NANDA-I看護診断,看護介 入分類(NIC),看護成果分類(NOC)を用い た看護過程を展開しています。 看護部診療情報検討委員会では毎月の看護計 画の立案率と,看護計画への患者参画率を算出 し,数値化することで検討委員の活動の目標や 目安にしてきました。取り組みの経過をに示 します。 看護部診療情報委員会の 活動目標と看護記録様式, 教育体制 患者参画型看護計画を用いて 看護がつながる取り組み 吉村彩音 総合病院 聖隷浜松病院 看護部診療情報委員会 委員長/C9病棟 看護課長 〈Profile〉 1999年東海アクシス看護専門学校卒業後,総合病院聖隷 浜松病院入職。NICU・GCU,脳外科,脳卒中科,神経内科,耳鼻 科,一般外科を経験。2011年より看護係長,2016年より看護課長。 2020年よりC9病棟看護課長。 病院概要(2018年度実績) 病床数:7対1一般病棟628床,特定入院料病床122床,救命救急 センター(ICU12床,救命救急病棟18床),総合周産期母子医療セ ンター(MFICU15床,NICU21床,GCU20床),小児病棟36床 常勤職員:2,019人(2019年4月1日) 月平均新入院患者数:2万927人  月平均手術件数:1万437件 平均在院日数:10.7日  病床稼働率:89.5% 看護記録:NANDA-I看護診断,看護介入分類(NIC),看護成果分 類(NOC) 35 臨床看護記録 vol.29 no.6

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Page 1: 患者の要望をつなげる看護計画 - nissoken.com · くった言葉で,行っている看護を自分の所属し ている部署以外の看護師や他職種へつないでい

患者・家族からの要望を確認し記録する特 集 2

特集2 患者・家族からの要望を確認し記録する

●当院および看護部の概要 当院は静岡県西部に位置し,救命救急センター,総合周産期母子医療センターを有する高度急性期病院です。病床数は750床,常勤職員は2,000人を超え,そのうち看護師は873人です。2018年度は平均在院日数10.7日,病床稼働率89.5%と多くの患者を受け入れ,「人々の快適な暮らしに貢献するために最適な医療を提供します」を病院使命として,職員一丸となって日々診療を行っています。 看護部は「私たちは,専門職としての社会的責務を自覚し,高い志を持って最善を尽くす」を理念に掲げ,次の6つの基本姿勢を大切にしながら看護の継続的な質向上を追求しています。①『患者中心』を最優先にして,看護に専心する②患者とその家族のQOLを尊重する③ 看護のインフォームド・コンセントを大切にする④患者の持てる力を信じる⑤ 質の高い看護を提供するために,自己研鑽する

患者の要望をつなげる看護計画⑥ 一歩踏み込んだ配慮をする 看護部には,看護課長(看護師長)が組織する7つの管理委員会と,25の職場から選出されたリンクナースからなる管理委員会下部組織である検討委員会があります。

看護部診療情報委員会の活動目標と看護記録様式,教育体制

 看護部診療情報委員会は看護課長5人と看護次長(副看護部長)1人で構成され,各職場のリンクナース25人で組織される看護部診療情報検討委員会を運営しています。 委員会活動のミッション(使命)は,「診療情報に関する看護師の責務についての教育・普及活動を推進する」であり,「実施した看護の可視化と看護がつながる記録を目指し,患者のアウトカムの向上を果たす」を目標の一つに掲げ活動しています。 また,2006年より入院・外来共に電子カルテを導入し,フォーカスチャーティング®を用いた看護記録と,NANDA-I看護診断,看護介入分類(NIC),看護成果分類(NOC)を用いた看護過程を展開しています。

患者参画型看護計画を用いて看護がつながる取り組み

 看護部診療情報検討委員会では毎月の看護計画の立案率と,看護計画への患者参画率を算出し,数値化することで検討委員の活動の目標や目安にしてきました。取り組みの経過を表に示します。

看護部診療情報委員会の活動目標と看護記録様式,教育体制

患者参画型看護計画を用いて看護がつながる取り組み

吉村彩音総合病院 聖隷浜松病院 看護部診療情報委員会委員長/C9病棟 看護課長〈Profile〉1999年東海アクシス看護専門学校卒業後,総合病院聖隷浜松病院入職。NICU・GCU,脳外科,脳卒中科,神経内科,耳鼻科,一般外科を経験。2011年より看護係長,2016年より看護課長。2020年よりC9病棟看護課長。

●病院概要(2018年度実績)病 床数:7対1一般病棟628床,特定入院料病床122床,救命救急センター(ICU12床,救命救急病棟18床),総合周産期母子医療センター(MFICU15床,NICU21床,GCU20床),小児病棟36床

常勤職員:2,019人(2019年4月1日)月平均新入院患者数:2万927人  月平均手術件数:1万437件平均在院日数:10.7日  病床稼働率:89.5%看護記録:NANDA-I看護診断,看護介入分類(NIC),看護成果分類(NOC)

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 当院では,2012年より患者の要望を反映する看護記録,看護計画の立案を推進し1),「つながる記録」を合言葉に看護記録に取り組んできました。「つながる記録」とは,当院の看護部診療情報委員会の活動内容を表すためにつくった言葉で,行っている看護を自分の所属している部署以外の看護師や他職種へつないでいく取り組みです2,3)。 当院では従来,入院患者の看護計画は,患者の退院時に終結されていました。しかし,治療の場が入院から外来へ移行されるようになり,退院後も継続して看護問題を抱える患者を支える看護が必要となっています。「患者の退院=看護問題の終結」ではなく,外来での継続看護へとつなげ,患者の生活と治療を支える看護展開が求められています。そのため,患者の問題や要望を入院と外来の間で断ち切るのではなく,看護計画を入院から外来へと継続していく方法を検討委員会の中で検討しました。 次に,入院と外来の間で看護計画を継続した事例と,入院前支援が開始され,入院前から看護計画を立案した事例の2事例を紹介します。

事例紹介 事例1  入院と外来の間で

看護計画を継続した事例 この患者は外来で化学療法を行っており,体

調不良時に入院加療しながら化学療法を継続しています。患者には化学療法が始まる時に「どんな副作用が出るか心配。最小限に抑えたい」という思いがありました。それに対し,副作用についての指導や症状緩和・対処について看護計画を立案しました(資料1)。その際,次の点に留意しました。・ 看護計画を継続して使用していくことが分かるように,コメントの欄に「継続要」と入れる。

・ 「介入行動」へ副作用に対する具体的な内容を追記する。

 患者に合わせた成果指標,介入行動を記すことで,個別性のある看護計画にもなっています。 外来から看護計画を立案することで,入院時にその評価をし,副作用について患者がどの程度自覚し,対応できているかが把握できています。入院中は,看護計画に対して毎日看護記録を記載し,日々の変化や患者の思いを記録として残しています(資料2)。そして退院後,入院中の看護を外来につないでいくことができています(資料3)。 患者参画型看護計画を入院と外来の間で継続していくことで,患者の要望も継続することができます。これこそ「患者中心」の看護の形ではないかと感じています。

事例紹介

2012

2013

2014

2015

2016

2017

2018

27.0%

29.7%

38.5%

35.6%

43.9%

60.1%

患者参画率=患者参画型看護計画立案患者数÷看護計画立案患者数(クリニカルパス適用患者を除く)

年度 患者参画率 取り組み

参画型看護計画に患者の要望を明記することを開始

標準計画を個別性にアレンジしていくことを推進

検討委員会でコーチング,要望の引き出し方を学習

各職場で強化したい看護に焦点を当て参画を推進

検討委員会で患者参画型看護計画の立案手順を明確にしたフローチャートを作成。新人教育へ活用できるものとなった

「つながる記録」をCQI活動として実施。「記録が変われば看護が変わる」ことが感じられた

「個別性のある看護計画」について,検討委員会,課長係長検討会で検討。看護計画への意識向上を促すと共に,現実的で実践可能な記載方法が具体的に示された

表●看護計画への患者参画率と取り組み

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 事例2  入院前に看護計画を立案した事例

 A病棟(外科)は平均在院日数が8.2日であり,3日以内に退院する患者も多くいます。また,1日の入院患者数が10人以上になる日もあります。大勢の入院を受け入れる中で,入院当日に一人ひとりの患者から13領域を用いて情報を収集してアセスメントし,個別性のある参画型看護計画を立案することに難渋していました。当院では2019年度からは入院前支援が開始され,入院前に情報を収集し,アセスメント,看護計画の立案を行っています。これにより,A病棟では患者が入院する前から患者情報

を把握し看護計画が立案されるため,入院時に看護計画書を基に患者に説明し,介入していくことができています。 この事例は,慢性閉塞性肺疾患の患者が消化器手術のために入院となった事例です。全身麻酔での手術であるため,術後の疾患を中心とした問題としては,呼吸管理に重きが置かれる症例です。しかし,入院前より痛みに対する不安

患者の要望を含めた内容を「その他」へ追記

入院と外来の間で看護計画を継続していくことが分かるようにした

資料1●事例1の看護計画

資料2●入院時のフォーカス記録 資料3●退院後の外来でのフォーカス記録

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を強く訴えていた患者であり,「痛みのないように」という患者の健康上の問題や要望もとらえ看護計画に取り入れたことで,入院当日に要望を含めた計画を提示し,患者と共有することができています(資料4)。患者からは「入院前からいろいろ聴いてもらったから安心した」とのフィードバックがありました。さまざまな不安を抱えて入院してくる患者に寄り添った看護計画を立案し,それを基に介入していくことで,患者との信頼関係がより強くなっていくことを実感しています。

個別性のある看護計画への取り組み

 2つの事例を紹介しましたが,このような看護計画がすべての患者に立案できているわけではありません。表に示したように患者参画率は年々増加してきてはいますが,2017年度までは50%を切っていました。そこで,2018年度に「個別性のある看護計画」に取り組み,そこ

から参画型看護計画書の立案へとつなげていきました。 「個別性」を看護計画に反映するためには,まず患者の要望をとらえることが必須となり,患者の話を聴くことから始めなければなりません。しかし実際には,多くの業務をこなす中で患者に寄り添い話を聴く時間を確保することが難しい,経験が乏しく患者の要望を引き出すかかわりや問い掛けがうまくできないなど,さまざまな課題がありました。そこで,検討委員会と看護管理者へ働きかけを行いました。

検討委員会での活動 検討委員会では,グループワークを行いながら,次のように看護計画についての検討を続けていきました。2018年5月:個別性のある看護計画に関する現状把握と課題の抽出,行動計画の立案

 検討委員個々で職場の「現状はどうか」「できていない部分の原因は何か」「課題は何か」を考え,検討委員としての具体的な活動と計画を立案しました。8月:「個別性のある看護計画」について考える 改めてこのテーマで話し合うことで,形を整えるだけでなく,患者・家族と共に看護計画を作成・実施・評価することが「個別性のある看護計画」だと考えることができました。10月:各部署での取り組みの共有 患者から要望を引き出す場面を実演し,みんなで考える機会をつくったり,患者参画率が意識できるように,毎月の患者参画率や参画できた看護計画の実例などをトイレやカンファレンスルームの扉に掲示したりするなど,活動には

個別性のある看護計画への取り組み

資料4●事例2で入院後に患者に提示した看護計画書

入院前支援で確認した患者の要望を反映

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部署それぞれの創意工夫がありました。2019年1月:最終評価 グループワークを通して,他部署の取り組みを知ることで自部署へ生かしたり,自分たちの抱えている課題を言葉にし,発信することでヒントをメンバーから得たりすることもできてきました。 そして,そのグループワークには,検討委員会を運営している看護課長がファシリテーターとして入り,話し合いがより効果的に進むように介入しています。時には話し合いが愚痴の言い合いになり,マイナス思考で話し合いが展開していくこともあります。また,「患者参画率の上昇」など数値ばかりに目が向くと,看護師の中に患者参画型看護計画を「立案しなければならない」という意識が生じ,それが「やらされてる」という意識に変化していきます。そのような時には,ファシリテーターとして介入している看護課長が「自分たちの目指している看護」や看護部6つの基本姿勢を再確認し,自分たちができることは何かを建設的に話し合い,実践につなげていけるように支援しています。

看護管理者への働きかけ 看護課長・係長の研修会で「『患者中心の看護』を可視化するために,個別性のある看護計画の立案の充実に向けて管理者としての役割を考えよう」をテーマに,次の内容で研修を行いました。〈研修の内容〉①事前課題:個別性のある看護計画を自分自身で,またはほかのスタッフと共に立案し,研修当日持参する。②実践報告:看護部診療情報検討委員でもある看護係長が「個別性のある看護計画立案,スタッフへの働きかけ」について発表を行う。③グループワーク:個別性のある看護計画への取り組み(実践の共有),管理者としてどの

ようにスタッフへかかわっているか,明日からできる病棟での取り組み

 意見交換では,スタッフ間で力量に差があることや,要望を引き出すことが不得手なスタッフへの支援が不足しているのではないかといった現状分析をしたり,カンファレンスを行う際に患者の要望や具体的なケアを看護計画に追記していくなど具体的な行動の案が出たりしました。看護の現場を管理・先導する看護課長・係長に働きかけることで,各職場スタッフへの教育や意識の向上につながり,参画型看護計画の立案が促進され,2018年度は患者参画率が60%を超えました。

今後の課題 患者参画型看護計画の形が整い,患者参画への意識の向上を図ることができました。今後の課題としては,患者の要望を引き出す力を強化していくことと考えています。 入院前支援が開始され,入院前より介入することができるのはよいことではありますが,その分,病棟看護師が患者の要望をとらえ,看護計画を立案する機会が減っていきます。また,生活様式や価値観が多様化している社会に対応していくためには,患者が何を求めているのか,どんな問題が潜んでいるかをつかむ力が求められます。看護師個々が今までよりも高度な力(情報収集力,アセスメント力)を必要とされており,その教育方法について検討していくことが課題と考えています。

参考文献1)中野由美子:連載 記録力を高める!看護現場での指導法,臨床看護記録,Vol.27,No.5,P.38 ~40,2017.

2)中野由美子:連載 記録力を高める!看護現場での指導法,臨床看護記録,Vol.27,No.6,P.70 ~75,2018.

3)中野由美子:連載 記録力を高める!看護現場での指導法,臨床看護記録,Vol.27,No.7,P.93 ~98,2018.

今後の課題

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