長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト ·...

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長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト プロジェクトリーダー 長谷川 哲也 【基本構想】 エレクロトニクスは現代社会を支えるバックボーンの一つであり、その発展なしに我が国の将来は語れ ないといっても過言ではない。しかし、エレクトロニクスに対する要求は、単なる高集積化、高性能化に とどまらず、ますます複雑かつ多様化しており、現有技術の延長ではその実現は困難になってきている。 このような状況下で近年、デバイスを構成する電子材料そのものの開発に大きな期待が集まっている。な ぜならば、新しい原理に基づく新機能の出現は常に大きなブレークスルーをもたらすからである。 本研究プロジェクトでは、光と伝導電子と磁性(スピン)との相互作用に注目し、同相互作用を利用し た新規で高機能の材料開発、ならびにそれを用いたプロトタイプデバイスの作製を目的とする。具体的に は、可視光に対して透明でかつ高い電気伝導性を示す透明導電体、可視領域で巨大な磁気光学効果を示す 光アイソレータ、透明磁気メモリなどをターゲットとする。ここで、ナノテクノロジの導入は不可欠であ り、原子層制御エピタキシー技術を駆使し、結晶構造、界面状態、化学組成などを精密に制御する。 1.平成 17 年度の研究目的 プロジェクト3年目となる平成 17 年度は、以下の各項 目を重点課題として研究開発を行った。 (1) ニオブ添加二酸化チタン薄膜の電導機構解明 (2) ニオブ添加二酸化チタン多結晶薄膜の合成と透明導 電体としての特性向上 (3) 二酸化チタン薄膜の窒化ガリウム基板上へのエピタ キシャル成長 (4) コバルト添加二酸化チタンを用いた pn 接合の作製 (5) 鉄添加二酸化チタンのキャリア制御と強磁性発現 二酸化チタン(TiO 2 )は光触媒として実用化が進んでお り、活発に研究が繰り広げられている。一方、エレクトロ ニクス材料としての研究は驚くほど少なく、輸送特性やバ ンド構造など不明な点も多い。本プロジェクトでは、アナ ターゼ型二酸化チタンにニオブを添加した薄膜をパルス レーザー蒸着(PLD)法により合成したところ、電気抵抗が 大幅に減少することを見出した。これは、+5 価のニオブ が+4 価のチタンを置換することでn型キャリアが生じたた めと考えられる。ニオブ添加量が数%程度であれば、可視 光領域の透過率は高く、透明導電体としての応用が期待さ れる。 現在、透明導電体としては、スズ添加酸化インジウム (ITO)が主に用いられているが、主要構成元素であるイン ジウムはいわゆる希少元素であり、資源の枯渇が危惧され ている。このため、ITO の代替材料の開発が急務となって いる。本プロジェクトで発見したニオブ(Nb)添加二酸化チ タンはチタンを主成分としており、資源面での心配はない。 また、透明導電体としての特性も、ほぼ ITO に匹敵するこ とから、ITO 代替材料の有力な候補の一つであると考えら れる。 透明導電体としての応用を考えた場合、当然伝導メカニ ズムを把握しておく必要があるが、上述のように、ニ酸化 チタンの電気伝導に関する基礎データは非常に乏しい。そ こでまず、ニオブ添加によるキャリア生成量(活性化率) および電気抵抗を与える散乱源について、良質のエピタキ シャル薄膜を用いて詳細に検討した。 さらに、実用化の観点から、ガラス基板上への薄膜成長 にも取り組んだ。ITO は通常、ガラスなどのアモルファス 基板上に堆積され、従って、薄膜は多結晶やアモルファス 体である。従って、ガラス基板上に堆積したニオブ添加二 酸化チタンの性質を明らかにすることは、きわめて重要で ある。 一方、二酸化チタンをベースとした強磁性に関しても同 時に研究を進めた。前年度の研究より、コバルトとニオブ を共添加した二酸化チタンが室温で強磁性を示すことを 見出したが、この系を偏光発光素子へと応用するため、窒 化ガリウム(GaN)との接合形成に取り組んだ。また、ニオ ブと鉄を共添加したニ酸化チタンに注目し、強磁性とキャ リアとの関係について検討した。 2.平成 17 年度の研究成果 以下に挙げるのは、平成 17 年度の具体的な研究成果で ある。 (1) ニオブ添加二酸化チタンの輸送特性 パルスレーザー蒸着(PLD)法を用い、ニオブ添加二酸化 チタンのエピタキシャル薄膜を合成した。原料であるター ゲットのアブレーションには、KrFエキシマーレーザー(λ = 248 nm)を使用した。基板には、主にチタン酸ストロン チウム(SrTiO 3 )の(001)面を用い、アナターゼ型結晶構造 を選択的に成長させた。 合成したニオブ添加二酸化チタ ン薄膜の電気抵抗およびホール係数(キャリア濃度)は、 6 端子法により求めた。また、透過、反射スペクトルを測 定し、光学伝導度、プラスマ周波数を評価した。

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Page 1: 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト · 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト プロジェクトリーダー 長谷川 哲也 【基本構想】

長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト

プロジェクトリーダー 長谷川 哲也

【基本構想】

エレクロトニクスは現代社会を支えるバックボーンの一つであり、その発展なしに我が国の将来は語れ

ないといっても過言ではない。しかし、エレクトロニクスに対する要求は、単なる高集積化、高性能化に

とどまらず、ますます複雑かつ多様化しており、現有技術の延長ではその実現は困難になってきている。

このような状況下で近年、デバイスを構成する電子材料そのものの開発に大きな期待が集まっている。な

ぜならば、新しい原理に基づく新機能の出現は常に大きなブレークスルーをもたらすからである。

本研究プロジェクトでは、光と伝導電子と磁性(スピン)との相互作用に注目し、同相互作用を利用し

た新規で高機能の材料開発、ならびにそれを用いたプロトタイプデバイスの作製を目的とする。具体的に

は、可視光に対して透明でかつ高い電気伝導性を示す透明導電体、可視領域で巨大な磁気光学効果を示す

光アイソレータ、透明磁気メモリなどをターゲットとする。ここで、ナノテクノロジの導入は不可欠であ

り、原子層制御エピタキシー技術を駆使し、結晶構造、界面状態、化学組成などを精密に制御する。

1.平成 17 年度の研究目的

プロジェクト3年目となる平成 17 年度は、以下の各項

目を重点課題として研究開発を行った。

(1) ニオブ添加二酸化チタン薄膜の電導機構解明

(2) ニオブ添加二酸化チタン多結晶薄膜の合成と透明導

電体としての特性向上

(3) 二酸化チタン薄膜の窒化ガリウム基板上へのエピタ

キシャル成長

(4) コバルト添加二酸化チタンを用いた pn 接合の作製

(5) 鉄添加二酸化チタンのキャリア制御と強磁性発現

二酸化チタン(TiO2)は光触媒として実用化が進んでお

り、活発に研究が繰り広げられている。一方、エレクトロ

ニクス材料としての研究は驚くほど少なく、輸送特性やバ

ンド構造など不明な点も多い。本プロジェクトでは、アナ

ターゼ型二酸化チタンにニオブを添加した薄膜をパルス

レーザー蒸着(PLD)法により合成したところ、電気抵抗が

大幅に減少することを見出した。これは、+5 価のニオブ

が+4価のチタンを置換することでn型キャリアが生じたた

めと考えられる。ニオブ添加量が数%程度であれば、可視

光領域の透過率は高く、透明導電体としての応用が期待さ

れる。

現在、透明導電体としては、スズ添加酸化インジウム

(ITO)が主に用いられているが、主要構成元素であるイン

ジウムはいわゆる希少元素であり、資源の枯渇が危惧され

ている。このため、ITO の代替材料の開発が急務となって

いる。本プロジェクトで発見したニオブ(Nb)添加二酸化チ

タンはチタンを主成分としており、資源面での心配はない。

また、透明導電体としての特性も、ほぼ ITO に匹敵するこ

とから、ITO 代替材料の有力な候補の一つであると考えら

れる。

透明導電体としての応用を考えた場合、当然伝導メカニ

ズムを把握しておく必要があるが、上述のように、ニ酸化

チタンの電気伝導に関する基礎データは非常に乏しい。そ

こでまず、ニオブ添加によるキャリア生成量(活性化率)

および電気抵抗を与える散乱源について、良質のエピタキ

シャル薄膜を用いて詳細に検討した。

さらに、実用化の観点から、ガラス基板上への薄膜成長

にも取り組んだ。ITO は通常、ガラスなどのアモルファス

基板上に堆積され、従って、薄膜は多結晶やアモルファス

体である。従って、ガラス基板上に堆積したニオブ添加二

酸化チタンの性質を明らかにすることは、きわめて重要で

ある。

一方、二酸化チタンをベースとした強磁性に関しても同

時に研究を進めた。前年度の研究より、コバルトとニオブ

を共添加した二酸化チタンが室温で強磁性を示すことを

見出したが、この系を偏光発光素子へと応用するため、窒

化ガリウム(GaN)との接合形成に取り組んだ。また、ニオ

ブと鉄を共添加したニ酸化チタンに注目し、強磁性とキャ

リアとの関係について検討した。

2.平成 17 年度の研究成果

以下に挙げるのは、平成 17 年度の具体的な研究成果で

ある。

(1) ニオブ添加二酸化チタンの輸送特性

パルスレーザー蒸着(PLD)法を用い、ニオブ添加二酸化

チタンのエピタキシャル薄膜を合成した。原料であるター

ゲットのアブレーションには、KrFエキシマーレーザー(λ

= 248 nm)を使用した。基板には、主にチタン酸ストロン

チウム(SrTiO3)の(001)面を用い、アナターゼ型結晶構造

を選択的に成長させた。 合成したニオブ添加二酸化チタ

ン薄膜の電気抵抗およびホール係数(キャリア濃度)は、

6端子法により求めた。また、透過、反射スペクトルを測

定し、光学伝導度、プラスマ周波数を評価した。

Page 2: 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト · 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト プロジェクトリーダー 長谷川 哲也 【基本構想】

図1に、5 Kにおける移動度のNb組成(x)依存性を示す。

移動度は、x=10-2付近で極大を示すことがわかる。キャリ

アの散乱源としては、i) 中性不純物、ii) イオン化不純

物、iii) 粒界が考えられる。光学測定から見積もったそ

れぞれの散乱源による移動度を図1に合わせて示す。これ

より、x<10-2の低ドープ領域では、粒界による散乱が支配

的であるのに対し、実用上 も有利と考えられるx~0.05

では、イオン化不純物(Nb5+)が主な散乱源となっている

ことがわかる。この結果は、実用化へ向けた朗報であると

言える。x>0.1 では、添加したNbのイオン化率(活性化率)

が低下し、中性Nbの量が増加するため、移動度が急激に低

下するものと考えられる。

より、x<10

光学測定より見積もった有効質量は約 0.4 meであり、ル

チルの報告値に比べ1桁程度低く、高い電気伝導度を与え

る一つの要因となっている。また、ITOと比較すると、移

動度では劣るものの、活性化率が高く、従って高いキャリ

ア濃度を実現している。

光学測定より見積もった有効質量は約 0.4 m

(2) ガラス基板上へのニオブ添加二酸化チタン薄膜

の成長

(2) ガラス基板上へのニオブ添加二酸化チタン薄膜

の成長

PLD法を用い、ガラス基板上にニオブ添加二酸化チタン

薄膜(x=0.06)を堆積した。X線回折より、得られた薄膜

はアナターゼ型二酸化チタンの多結晶体であることがわ

かった。この薄膜の抵抗率は 1x10-1Ωcm台であり、エピタ

キシャル膜に比べ 2桁程度高い。ところが、この多結晶薄

膜を水素中でアニールすると、2桁以上抵抗率が減少する

ことを見出した。アニールした薄膜の抵抗率は 1x10-3Ωcm

であり、また透過率も 高で80%を示した。これらの値は、

実用化に必要とされる条件に迫るものであり、ニオブ添加

二酸化チタンの応用に大いに希望をもたせる。

PLD法を用い、ガラス基板上にニオブ添加二酸化チタン

薄膜(x=0.06)を堆積した。X線回折より、得られた薄膜

はアナターゼ型二酸化チタンの多結晶体であることがわ

かった。この薄膜の抵抗率は 1x10

(3) 二酸化チタン薄膜の GaN 上へのエピタキシャル

成長

(3) 二酸化チタン薄膜の GaN 上へのエピタキシャル

成長

二酸化チタン薄膜の応用拡大を目指し、GaN 基板上への

エピタキシャル成長を試みた。その結果、GaN(0001)面上

にルチル型二酸化チタンの(100)面がエピタキシャル成長

することを見出した。これは、ルチルの c軸と GaN の格子

が比較的良く整合しているためであると考えられる。なお、

基板面は3回対称であるため、薄膜も 3種類のドメインを

形成している。反射電子線回折(RHEED)の強度振動、X

線回折、透過型電子顕微鏡観察などから、非常に結晶性に

優れた薄膜が成長していることを確認した。

二酸化チタン薄膜の応用拡大を目指し、GaN 基板上への

エピタキシャル成長を試みた。その結果、GaN(0001)面上

にルチル型二酸化チタンの(100)面がエピタキシャル成長

することを見出した。これは、ルチルの c軸と GaN の格子

が比較的良く整合しているためであると考えられる。なお、

基板面は3回対称であるため、薄膜も 3種類のドメインを

形成している。反射電子線回折(RHEED)の強度振動、X

線回折、透過型電子顕微鏡観察などから、非常に結晶性に

優れた薄膜が成長していることを確認した。

(4) コバルト添加二酸化チタンを用いたpn接合の作

(4) コバルト添加二酸化チタンを用いたpn接合の作

室温強磁性体であるコバルト添加二酸化チタンのスピ

ン分極発光デバイスへの応用を目指し、p型 GaN とのヘテ

ロ pn 接合を作製した。その結果、良好な pn 特性を得るこ

とに成功した。発光効率の改善が今後の課題である。

室温強磁性体であるコバルト添加二酸化チタンのスピ

ン分極発光デバイスへの応用を目指し、p型 GaN とのヘテ

ロ pn 接合を作製した。その結果、良好な pn 特性を得るこ

とに成功した。発光効率の改善が今後の課題である。

-2の低ドープ領域では、粒界による散乱が支配

的であるのに対し、実用上 も有利と考えられるx~0.05

では、イオン化不純物(Nb5+)が主な散乱源となっている

ことがわかる。この結果は、実用化へ向けた朗報であると

言える。x>0.1 では、添加したNbのイオン化率(活性化率)

が低下し、中性Nbの量が増加するため、移動度が急激に低

下するものと考えられる。

eであり、ル

チルの報告値に比べ1桁程度低く、高い電気伝導度を与え

る一つの要因となっている。また、ITOと比較すると、移

動度では劣るものの、活性化率が高く、従って高いキャリ

ア濃度を実現している。

図2.Nb添加TiO2の移動度

図1.Nb添加TiO2の移動度

図3.GaN基板上に堆積したTiO2薄膜のX線回折チャート

-1Ωcm台であり、エピタ

キシャル膜に比べ 2桁程度高い。ところが、この多結晶薄

膜を水素中でアニールすると、2桁以上抵抗率が減少する

ことを見出した。アニールした薄膜の抵抗率は 1x10-3Ωcm

であり、また透過率も 高で80%を示した。これらの値は、

実用化に必要とされる条件に迫るものであり、ニオブ添加

二酸化チタンの応用に大いに希望をもたせる。

Co:TiO2p-GaN

σ-

σ+

LHHH

Co:TiO2p-GaN

σ-

σ+

LHHH

図4.スピン偏極発光デバイス

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(5) 鉄添加二酸化チタンのキャリア制御と強磁性発

前年度、ルチル型鉄添加二酸化チタンが室温強磁性を示

すことを発見したが、アナターゼ型でも強磁性発現を目指

し、合成条件の 適化を進めた。強還元雰囲気下で合成し

た試料でも強磁性は認められなかったが、これはキャリア

が不足しているためと考え、ニオブ共添加によるキャリア

導入を試みた。その結果、キャリア濃度>1020 cm-3の試料

で、室温強磁性を発現させることに成功した。今後は、キ

ャリアによる磁性制御素子への応用が期待される。

基板 : SrTiO3

x = 0.002

x = 0.10

x = 0.01

Magnetic Fileld [Oe]

1.0

0

-1.0

-2.0

-5000 -2500 500025000

Mag

netiz

atio

n [ μ

Bpe

r Fe

]

図5.Fe添加TiO2の磁化曲線

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強還元TiO2-xの異常輸送特性

古林 寛

1. はじめに

二酸化チタンTiO2 はルチル、アナターゼ等いくつかの

相が存在するが、いずれもn型半導体であり、安定したp型

化合物は存在しない。一方最近、強還元TiO2-x 薄膜が正の

Hall係数を示す報告が随所でなされている。具体的には、

ルチル型Co:TiO2-x [1] およびFe:TiO2-x [2]において見出さ

れている一方、アナターゼ型における発現も報告されてい

る[3]。しかし、元来n型半導体のTiO2 が酸素欠損のみによ

ってp型伝導を示すとは考えにくい。また上記の報告はい

ずれも単発的なものであるため、作製条件依存性を基軸に

した系統的な考察に欠けていた。そこで本研究では、アナ

ターゼTiO2 エピタキシャル薄膜の安定相に関する雰囲気依

存性を観察した。その結果、酸素分圧 P(O2) ~ 10-7 torr

以下もしくは水素雰囲気下の条件では酸素欠損化合物 γ-

Ti3O5 が安定相となることを明らかにした。また、Hall係

数の符号反転が安定相の変化とほぼ一致し、アナターゼ

TiO2 では負、γ-Ti3O5では正の符号と、それぞれ示すこと

を見出した。

チタン酸化物には、通常のTiO2の他、不定比化合物とし

て古くからマグネリ相TinO2n-1が知られてきた[4]。この化

合物はルチルTiO2を基本構造として酸素を周期的に引き抜

いたものであり、結晶学的には概して対称性の低い化合物

が多い。γ-Ti3O5はその一連の化合物の一つとして見出さ

れたものであり、空間群はI2/c, 格子定数は a = 0.997

nm, b = 0.5075 nm, c = 0.7181 nm, β = 109.865° で

ある(図 1参照)[5]。マグネリ相TinO2n-1は 100K前後で急激

な抵抗率の変化が観測されることから、当初から物性測定

が精力的に行われてきた。一方γ-Ti3O5は、発見されてか

ら 20 年以上経ているものの、良質な単結晶が得られ難い

ため、輸送現象に関する詳細は未だ明らかにされていない。

2.実験方法

TiO2-x 薄膜(膜厚 100 nm)を、パルスレーザー蒸着法に

より、LAO(LaAlO3) (100)もしくはLSAT ((LaAlO3)0.3

(Sr2AlTaO6)0.7) (100) 基板上に作成した。蒸着時の基板温

度は 550 °C に固定した。パルスレーザ源はKrFエキシマ

ー(波長 248 nm)を用い、パルス速度は 3 Hz, エネルギー

密度は 5 J/cm2・shot とした。蒸着用ターゲットとして、

TiO2 (99.9 %)粉末を加圧成形し、1100°C の条件下で 12

時間焼成したものを用いた。蒸着雰囲気は、酸素分圧P(O2)

= 10-5 torr, 10-7 torr, 10-8 torrおよび水素分圧P(H2) =

10-5 torr の各条件とした。

作成した薄膜に対して X 線回折法による測定を行い、

ピークの配列および極点図の結果から薄膜の結晶構造と基

板との配向関係を考察した。電気抵抗測定, ホール効果測

定は通常の六端子法により行い、接触抵抗を減らすため、

試料上に銀電極を蒸着後、金属 In を用いて導線を接合し

た。

3.結果

3.1 X線回折

図 2に、P(O2) = 10-5 torr,10-7 torr,10-8 torrお

よび P(H2) = 10-5 torrの条件下で作製したTiO2-x薄

膜における 2θ-ω (χ = 0°) 走査結果を示す。

P(O2) = 10-5 torr下では良質なアナターゼ単結晶と

なる一方、P(O2) = 10-7 torr付近で結晶に乱れが生

じ、それ以下の還元雰囲気では γ-Ti3O5 (202)(2θ

~ 38°)および(404) (2θ ~ 81°)にピークを持つよ

うになる。それ以外のピークは基板の LAO/LSAT

図 1: γ-Ti3O5の結晶構造

c

ab Ti O

図 2: 各条件下におけるTiO2-x薄膜のX線回折パターン

(χ=0)。A, γはそれぞれアナターゼTiO2, γ-Ti3O5を表す。

102104

102104

102104

10 30 50 70 90 110

102104

P(O2)=10-5 torr on LAO

P(O2)=10-7 torr on LSAT

P(O2)=10-8 torr on LSAT

P(H2)=10 -5 torr on LAO

A(0

08)

A(0

08)

A(0

04)

Inte

nsity

/ co

unts

2tehta / deg

γ(40

4)γ(

404)

A(0

04)

γ(20

2)γ(

202)

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(00l)由来のみであり、不純物は析出していないと考

えられる。

詳細な同定のため、χ = 53°およびχ = 30°に

おいて同様の 2θ-ω 走査を行った(図 3参照)とこ

ろ、還元雰囲気ではアナターゼ(204)のピークが消滅

し、χ = 30°においてγ-Ti3O5 (002) (2θ ~ 26°)

のピークが観測された。以上の結果から、P(O2) =

10-7 torr付近を境にして、高酸素雰囲気ではアナタ

ーゼTiO2が、還元雰囲気ではγ-Ti3O5 が、それぞれ

安定に生成することが分かった。

また、基板上におけるγ-Ti3O5 の成長方位を明らかにす

べく、P(H2) = 10-5 torr試料における基板LAO202面お

よびγ-Ti3O5(002)面における極点図観測を試みた。γ-

Ti3O5(002)の結果は複雑な構造を示しているが、強いピー

クのみに着目すると、ほぼ 4回対称をなしていることが分

かった。また、この 4回対称ピークは基板LAO202と比較

して 45 度ずれている。そこで、これらの結果から面内に

おける配向を考察すると、[010]γ-Ti3O5 // <110>LAOの

関係にあると考えられる。

以上の結果から、LAO/LSAT(100)上におけるエピタキシ

ーに関して考察する。図 4 に示す通り、γ-Ti3O5は(202)を

積層面とし、<110>LAO // [010]γ-Ti3O5 もしくは

<110>LAO // [10 -1]γ-Ti3O5(ただし、γ-Ti3O5単位格子 2

つ分でLAO格子に整合)の関係を保ちつつエピタキシャル成

長していると考えられる。格子の整合性に関しては、

[010]γ-Ti3O5 方向が 5.6%, [10 -1]γ-Ti3O5 方向が 11%

であるため、高品質な薄膜は期待できないものの、上記の

エピタキシーに関する考察はほぼ妥当なものと言える。た

だし、γ-Ti3O5の(202)面には回転対称軸が存在しないため、

実際の薄膜は面内で 90 度回転したマルチドメイン構造に

なっているものと思われる。

3.2 電気抵抗率

TiO2-x 薄膜の直流電気抵抗率の温度依存性 ρ(T) を図

5(A)に示す。アナターゼ構造の二試料は単純な半導体的振

舞を示す。一方γ-Ti3O5薄膜は、二試料いずれも室温で

~10-3 Ωcmと低抵抗であるものの、全温度領域でd・/dT <

0 であった。さらに、150 K付近で急激な立上りが観測さ

れた。この現象は通常のマグネリ相Ti4O7等のバルク試料で

も見られる[6]が、 バルク試料と比べると薄膜試料にお

図 4: LaAlO3上におけるγ-Ti3O5薄膜の配向関係。上図には 2 通り

しか記述されていないが、実際には 4通りの配列が考えられる

[010] LAO

[100] LAO

[010] γ-Ti3O5

[100] γ-Ti3O5

[001] γ-Ti3O5

[10-1] γ-Ti3O5

図 3: 各条件下におけるTiO2-x薄膜のX線回折パターン(χ=53°,

30°)。 A, γはそれぞれアナターゼTiO2, γ-Ti3O5を表す

101

102

101

102

101

102

60 65101

102

152025

152025

152025

25 30152025

P(O2)=10-7

A(2

04)

Inte

nsity

/ co

unts

A(2

04)

γ(00

2)γ(

002)

2tehta / deg

χ = 53º χ = 30º

P(O2)=10-5 torr on LAO

P(O2)=10-8 torr on LSAT

P(H2)=10 -5 torr on LAO

図 5: 各種試料における(A)電気抵抗率、(B)Hall 係数の

温度依存性。

100 200 300

10–2

100

10–10

10–9

10–8

100 200 300

10–6

10–8

(A)anataseP(O2)=10-7 torr

anatase P(O2)=10-7 torr

anataseP(O2)=10-5 torr

γ-Ti3O5

P(O2)=10-8 torrγ-Ti3O5P(H2)=10-5 torr

γ-Ti3O5P(H2)=10-5 torr

γ-Ti3O5

P(O2)=10-8 torr

(B)

Temperature / K

--

RH /

m3 C

-1ρ x

y / Ω

cm

anataseP(O2)=10-5 torr

ける振舞は非常に緩やかである。実際、バルク試料Ti4O7に

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おける急激な抵抗率変化は、格子歪に伴うTi3+-Ti3+対形成

によるものとされている[7,8]。恐らく本試料においては、

結晶は基板上にエピタキシャル成長しているため格子歪が

起こり難く、そのため抵抗率変化がバルク試料と比べて緩

慢になっているのではないかと思われる。

3.3 Hall 効果

図 5(B)に、TiO2-x 薄膜試料のHall係数の温度依存性

RH(T)を示す。アナターゼTiO2の二試料はいずれもRH(T) <

0 であり、n型半導体固有の性質を示している。一方、強

還元雰囲気で作成したγ-Ti3O5薄膜はすべてRH(T) > 0 と

なることが分かった。雰囲気によってRH(T)が推移している

のは、薄膜中におけるアナターゼTiO2とγ-Ti3O5の堆積分

率が変化しているためであろうと思われる。また、Hall抵

抗率の磁場依存性・xy(H)の傾きはRH(T) の符号に対応して

ほぼ直線の関係を保っていることから、正のHall係数の由

来が強磁性不純物によるものではないことが示唆される。 4.まとめ

以上の結果から、還元酸化チタンTiO2-x 安定相の製膜雰

囲気依存性が明らかとなった。酸化雰囲気から還元雰囲気

に変化させるにつれ、安定相がアナターゼTiO2 からγ-

Ti3O5に移行し、Hall係数の反転もその振舞とほぼ一致する

ことが分かった。しかし、正のHall係数の性質を更に理解

するためにはバンドの分散関係を調べる必要がある。不幸

なことに、γ-Ti3O5は良質な単結晶が得られ難く、薄膜も

マルチドメインのものしか得られないため、現時点ではバ

ンド描写に関する精密な議論はできない。とは言え、光電

子分光等による状態密度の解析を行えば、今回観測された

正のHall係数が真の”p型キャリア”によるものかどうか

は判断出来ると思われる。これは今後の課題である。

本研究において現段階で言える結論は以下の通りである。

P(O2) = 10-7 torrを境にして、酸化雰囲気ではア

ナターゼTiO2が、還元雰囲気ではγ-Ti3O5が、それ

ぞれ安定に生成する。

γ-Ti3O5 は LAO/LSAT 上 で (001) LAO// (202)γ-

Ti3O5, <110>LAO // [010]γ-Ti3O5 もしくは

<110>LAO // [10 -1]γ-Ti3O5 の関係を保持した

状態で、90 度回転したマルチドメイン構造を取る。

強還元TiO2-xにおける正のHall係数の起源は γ-

Ti3O5に由来し、その伝導はマグネリ相と同様の性

質を示す。電気抵抗は 120K近辺で立上りを見せる

が、基板によって結晶歪が抑えられるため、バル

ク試料で見られた不連続的な立上りは観測されな

かった。

現時点では本物質が p型キャリアを有するかどうかは明

らかではないが、本研究の結果が、光触媒および素子開発

をはじめとする二酸化チタン関連の応用研究の活性化に繋

げることが出来れば幸いである。

【参考文献】

[1] H. Toyosaki, T. Fukumura, Y. Yamada, K. Nakajima,

T. Chikyow, T. Hasegawa, H. Koinuma, and M. Kawasaki,

cond-mat/0307760.

[2] Z. Wang, W. Wang, and J. Tang, Appl. Phys. Lett.

83, 518 (2003).

[3] B. S. Jeong, D. P. Norton, and J. D. Budai,

Solid State Electro. 47, 2275 (2003).

[4] S. Andersson, B. Collen, U. Kuylenstierna, and A.

Magnéli, Acta Chem. Scand. 11, 1641 (1957).

[5] S. H. Hong and S. Åsbrink, Acta Cryst. B 38,

2570 (1982).

[6] H. Ueda, K. Kitazawa, H. Takagi, T Matsumoto, J.

Phys. Soc. Jpn. 71, 1506 (2002).

[7] M. Marezio, D. B. McWhan, P. D. Dernier, and J.

P. Remeika, J. Solid State Chem. 6, 213 (1973).

[8] M. Abbate, R. Protz, G. A. Sawatzky, C.

Schlenker, H. J. Lin, L. H. Tjeng, C. T. Chen, D.

Teehan, and T. S. Turner, Phys. Rev. B 51, 10150

(1995).

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ガラス上における二酸化チタン薄膜の透明導電性

一杉 太郎

1.はじめに

近年注目を集める透明導電体はフラットパネルディスプ

レイ、太陽電池、熱線反射ガラス等へ応用されており、産

業上非常に重要な材料である。SnドープIn2O3(ITO)が現

在広く用いられているが、その主成分であるInは希少金属

であるために価格が高騰しており、代替材料を見つけるこ

とが必要となっている。フラットパネルディスプレイや太

陽電池の急速な普及を考えると、Inの消費量は増える一方

であり、資源枯渇の危険性からも代替材料の開発は一刻を

争う状態である[1]。

そのような背景の中、我々の研究グループでは、Nbをド

ープしたアナターゼ型TiO2エピタキシャル薄膜が非常に

高い導電性と可視光透過率を有し、ITOに匹敵する透明導

電性を示すことを報告してきた[2]。現在、応用に向けて、

ガラス上において同等の特性を出す薄膜の成長に取り組

んでいる。

そこで、本研究では、パルスレーザーデポジション(PLD)

法を用いてガラス上にNbドープTiO2(Ti0.94Nb0.06O2:TNO)薄

膜を成膜し、その透明導電性を評価した。

2.実験手順

本研究では基板としてノンアルカリガラス(コーニング

1737)を用い、PLD法により成膜を行った。蒸着時の基板温

度は 250~350、酸素分圧は 1 x 10-4 Torr とした。KrF

エキシマーレーザー(波長 248 nm)を光源として用い、繰

り返し周波数は 2 Hz、エネルギー密度は 1-2 J/cm2・shot とした。ターゲットはTiO2 (99.9 %)とNb2O5(99.99 %)の混合

粉末を加圧成形し、1200で 12 時間焼成したものを用い

た。

薄膜は水素雰囲気下(約 1atm)、500において 100 分間

のアニールを行った。作製した薄膜はX線回折法(XRD)に

よって結晶構造を同定し、さらに、断面透過電子顕微鏡

(TEM)観察により結晶性を評価した。電気抵抗測定、Hall

効果測定は通常の六端子法により行った。

3.実験と結果

3.1 薄膜の結晶構造評価

基板温度 250においてガラス上に成膜した TNO 薄膜の

X線回折パターンを図 1に示す。成膜直後(as grown)の試

料はアナターゼ型(101)ピークのみが認められ、詳細な解

析から多結晶構造になっていることを確かめた。また、断

面 TEM 測定から、直径 100 nm 程度の結晶粒からなる多結

晶体であることがわかった(図 2(a))。アニール前後の X

線回折パターンを比較したところ、大きな差異はみられな

い(図 2(a))。アニール後の試料表面を SEM 観察すると、

結晶粒とアモルファスが混在しているような像が得られ

た。

Inte

nsity

[cps

] 黒: H2 annealedグレー: as grown

アナターゼ(101)

2θ [deg]25 30 35 4025 30 35 40

30

40

50

図 1 基板温度 250において成膜したアナターゼ型薄膜の

X 線回折パターン

ガラス基板

カーボン

TiO2膜

90 nm

300 nm

(b)

(a)

図 2 (a) 基板温度 250において成膜した試料の断面 TEM 像

(アニール前)。 (b) 水素アニールした試料表面の SEM 像

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3.2 導電性の評価

Abs

orba

nce

(%)

Wavelength (nm)500 1000 1500 2000500 1000 1500 2000

0

20

40

60

80

100

0

20

40

60

80

100

Tran

smitt

ance

/Ref

lect

ance

(%)

Wavelength (nm)

黒: H2 annealedグレー: as grown

透過率

500 1000 1500 2000500 1000 1500 20000

20

40

60

80

100

0

20

40

60

80

100

黒: H2 annealedグレー: as grown

(a)

(b)

反射率

吸収率

図 4(a) 基板温度 250で成膜した薄膜の透過率と反射率。

薄膜の厚みは 110 nm。 (b) 同試料の吸収率。

これら試料に対し、各種輸送特性の測定を行った。電気

抵抗率の温度依存性を図 3 に示す。250で成膜した薄膜

は、室温で 4.5×10-1 Ωcmと高抵抗を示し、半導体的振舞

を示す。しかし、アニールすることにより、電気抵抗率は

2桁以上減少し、室温において 1.6×10-3Ωcmを示した。さ

らに、温度を下げると抵抗が低下する金属的性質も観察さ

れている。

基板温度 250で成膜した試料のキャリア濃度は 1.5×

1021 cm-3であり、ドーピングしたNb原子の 85%近くがNb5+と

なって伝導帯に電子を放出している計算となる。TNO系で

は、Nbは非常に高い活性化率を示すという特徴がある。キ

ャリア濃度の温度依存性を測定したところ、この物質が縮

退半導体であることがわかった。Nbドープに伴って生じる

不純物準位が、Ti3d準位より構成される伝導バンドの底と

重なっていることが示唆される。

電気抵抗率のさらなる低下を目指すための鍵は、移動度

の向上が握っている。Hall移動度は 2.5cm2/Vsと、エピタ

キシャル薄膜よりも一桁程度小さい。このことが、エピタ

キシャル薄膜に比べて抵抗を一桁悪くしている理由であ

る。今後このHall移動度の向上について検討を行う予定で

ある。

Ts = 250、H2 annealed

Temperature [K]

Res

istiv

ity [Ω

cm]

Ts = 350、H2 annealed

Ts = 350、as grown

Ts = 250、as grown

アナターゼエピタキシャル薄膜

0 100 200 300

10-4

10-3

10-2

10-1

100

10-4

10-3

10-2

10-1

100

図 3 抵抗率の温度依存性。参考までにアナターゼ型

Ti0.94Nb0.06O2エピタキシャル薄膜の抵抗率を示した[2]。

3.3 透過率の測定

図 4(a)にアニール前後の透過率と反射率を示す。アニ

ールによる大きな差は見られず、可視光領域では 60-80%

の透過率を示す。反射率は 10%-30%であり、ITO に比べる

と大きな値である。これは TNO 系の屈折率が大きいためで

あり(~2.5)、反射率が大きくなって透過率が下がる原因

となっている。実際の吸収率は 10%程度と低く、透明性

は確保できている(図 4(b))。

4.まとめと今後の展望

PLD法を用いてガラス上にNbドープTiO2薄膜を作製し、

水素雰囲気中でアニールした結果、1.6×10-3Ωcmを示す薄

膜が得られた。可視光吸収率は10%程度であった。これは、

NbドープTiO2薄膜の応用に関して非常に期待を持たせる

結果である。今後の展望としては、スパッタ法を用いてガ

ラス基板上にTiO2系薄膜を成膜し、透明導電性を得ること

である。これにより大面積化が実現し、本材料の応用範囲

が飛躍的に広がる。そのような応用研究とともに、透明導

電メカニズムの解析も進めていく予定である。

謝辞

断面 TEM 測定では KAST 高度計測センターの小沼様、伊藤

様にお世話になりました。

【参考文献】

1. 透明導電膜の技術、オーム社.

2. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, K. Inaba,

G. Kinoda, Y. Hirose, T. Shimada, and T. Hasegawa, Appl.

Phys. Lett. 86, 252101, (2005).

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GaN 上への二酸化チタンのエピタキシャル成長

一杉 太郎

1.はじめに

二酸化チタン(TiO2)は白色顔料として化粧品や食品、繊

維などに古くから応用されている。また、近年光触媒効果

や超親水性が注目されており、研究も非常に盛んである。

しかし、研究の興味が光触媒効果に集中しており、TiO2の

電気特性を詳細に調べている研究は非常に少ない。そこで、

我々の研究グループでは、このTiO2の光・磁気・電子機能

に着目して研究を進めている[1]。

近年、GaNをベースとしたエレクトロニクス(発光ダイオ

ード、紫外光センサや高電界トランジスタ)の開発も盛ん

であり[2]、TiO2とGaNを融合させたデバイスには大きな可

能性が秘められている。例として、Coをドーピングした

TiO2は波長 400nm付近で大きな磁気光学効果を示す[3,4]。

したがって、発光デバイスとして用いられているGaNとの

融合により、新たな光デバイスや、発光素子の小型化を実

現することが可能となる。また、スピントロニクスと呼ば

れる、電子の電荷とスピンを用いてデバイスを作製する分

野も立ち上がってきており、TiO2/GaN系pn接合を用いたス

ピン偏極LEDの開発も期待される。

以上の背景から、本研究ではパルスレーザーデポジショ

ン(PLD)法を用いて、GaN上にTiO2膜の成長を試み、その構

造について調べた[5]。 図 1. (a) GaN(0001)面上に成長したTiO2 薄膜のX線回折パター

ン(b) TiO2(110)回折ピークのポールフィギュア測定結果。

(c) GaN(1011)回折ピークよりのポールフィギュア測定結果。 2.実験手法

本研究ではPLD法によりGaN(0001)基板上に、TiO 薄膜の

成長を行った。蒸着時の基板温度は 320-550、酸素分圧

は 1×10 Torr とした。KrFエキシマーレーザー(波長 248

nm)を光源として用い、繰り返し周波数は 2 Hz、フルーエ

ンスは 1-2 J/cm ・shot とした。ターゲットはTiO 粉末を

加圧成形し、1200で 12 時間焼成したものを用いた。一

部、Taをドープしたターゲットも用いた。成膜中は反射高

速電子線回折(RHEED)により回折パターンをモニタした。

2

-5

22

結晶構造と格子定数はX線回折法(XRD)によって決定し

た。さらに、断面透過電子顕微鏡(TEM)観察を行い、結晶

性の評価を行った。また、原子間力顕微鏡(AFM)により

表面の平坦性を評価した。

3.薄膜成長

GaN上に 550で成長したTiO2薄膜のX線回折パターンを

図 1(a)に示す。六方晶のGaN上にルチル型TiO2が(100)配向

して成長することがわかった。ロッキングカーブ測定によ

る半値幅は 0.5°以下であり、結晶性のよいTiO2薄膜を成

長することに成功した。さらに、ポールフィギュア測定か

ら、面内配向していることがわかり、エピタキシャル成長

していることがわかった。TiO2(110)およびGaN(1011)の回

折ピークから得られたポールフィギュア測定結果を図

1(b)、(c)に示す。この結果から、TiO2<010>//GaN<1010>

の関係がわかり、図 2に示すような結晶方位の関係性を保

ちつつ結晶成長していることが明らかになった。

GaN0.5523 nm

GaN(0001)

GaN0.3189 nm

Ga atom

Rutile<001>

<010>

<1000>

<0100>

<0010>

GaN

mismatch7.7%

Mismatch 20%

ルチル型TiO2b=0.459 nm

ルチル型TiO2c=0.296 nm

図1. GaN(0001)面上におけるルチル型TiO2ユニットセルの配置

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4.レイヤーバイレイヤー成長

2.65 nm

0 nm

2μm0

1 nm

(b)

(c)

rutile TiO2

GaN

1 nm

rutile TiO2

GaN

1 nm(a)

図 3 (a) ルチル型TiO2/GaN界面の断面TEM像。 (b) 成長

したTiO2表面のAFM像。 (c) (b)の黒線部の断面図。

成膜前にGaN表面を塩酸でエッチングした後にTiO を成

長すると、RHEED振動を観察することができた。塩酸エッ

チングは表面の酸化物を除き、Ga終端表面を出すと理解さ

れており、成膜前にも明瞭なRHEEDパターンを観測するこ

とができた(図 3(a))。TiO 成長後においてもストリーク状

のRHEEDパターンが観察され(図 3(b))、TiO 薄膜表面が非

常に平坦であることが予測できる。RHEED振動が観察され

たことから(図 3(c))、GaNとTiO の界面は急峻であること

が期待され、実際に断面TEMにより、界面が急峻であるこ

とが確かめられた(図 4(a))。AFMによりTiO 表面の平坦性

を測定したところ、表面凹凸のRMS値が 0.34 nm程度であ

ることがわかった(図 4(b),(c))。

2

2

2

2

2

0 100 200 300

100

150

200

時間 [s]

RH

EED

Inte

nsity

[Arb

. Uni

t]

(a)

(c)

(b)

図 3 (a) 塩酸でエッチングしたGaN表面のRHEED回折パタ

ーン。 (b) 基板温度 400で成膜したTiO2表面のRHEED回折

パターン。 (c) 成膜中に観察されたRHEED振動。

5.まとめと今後の展望

パルスレーザーデポジション法により、GaN(0001)表面上

にルチル型TiO2(100)をエピタキシャル成長することに成

功した。さらに、レイヤーバイレイヤー成長にも成功し、

非常に平坦な表面を得ることができたため、高品質なデバ

イス作製が期待される。今後、GaN上に透明強磁性体Coド

ープTiO2を形成し、スピンエレクトロニクスデバイスの検

証をしていきたい。そして、本研究により得られたヘテロ

エピタキシャル界面の機能を探求する予定である。

【参考文献】

1. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, K. Inaba,

G. Kinoda, Y. Hirose, T. Shimada and T. Hasegawa, Appl.

Phys. Lett. 86, 252101, (2005).

2. M. Asif Khan, M. Shatalov, H. P. Maruska, H. M. Wang

and E. Kuokstis, Jpn. J. Appl. Phys. 44, 7191 (2005).

3. Y. Matsumoto, M. Murakami, T. Shono, T. Hasegawa,

T. Fukumura, M. Kawasaki, P. Ahmet, T. Chikyow, S.

Koshihara and H. Koinuma, Science 291, 534 (2001).

4. G. Kinoda, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Furubayashi,

K. Inaba, Y. Hirose, T. Shimada and T. Hasegawa, Jpn.

J. Appl. Phys. 45, L387 (2006).

5. Taro Hitosugi, Yasushi Hirose, Junpei Kasai, Yutaka

Furubayashi, Makoto Ohtani, Kazuhisa Inaba, Kiyomi

Nakajima, Toyohiro Chikyow, Toshihiro Shimada and

Tetsuya Hasegawa, Jpn. J. Appl. Phys. 44, L1503 (2005).

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ルチル型 Co 添加 TiO2 の GaN 基板上ヘテロエピタキシャル

成長とデバイスへの応用

廣瀬 靖

1.はじめに

電子の持つ電荷とスピンの自由度の両方を利用して新た

な機能性材料やデバイス機能を実現するスピントロニク

スの研究が急速に展開している。中でも、半導体に磁性原

子 を 添 加 し た 希 薄 磁 性 半 導 体 (diluted magnetic

semiconductor: DMS)は、半導体デバイスに磁気的な機能

を付与できることから注目を集めている。

現在の研究の主流である GaAs や InAs をベースとした

DMS は、伝導キャリア濃度を制御することでキュリー温度

(Tc)をはじめとする磁気的性質をコントロールできると

いう特長を持ち、電界によってTcを制御するスピンFET、

キャリアのスピン偏極と光遷移の選択則を利用して円偏

光を放出するスピン LED などの半導体スピントロニクス

デバイスが実現されている。しかしながら、GaAs や InAs

をベースとする DMS はデバイス機能の実現に必要な強磁

性を低温でしか実現できないため、実用化に重要な室温動

作に成功した例は存在しない。

我々は室温で動作可能な半導体スピントロニクスデバイ

スの実現することを目的として、TiO2をベースとするDMS

を用いたデバイスの開発に取り組んでいる。TiO2は磁性原

子として数%のCoやFeを添加すると室温で強磁性を示す

DMSであり[1]、GaAsやInAsベースのDMSと同様に伝導キャリ

ア濃度によって磁気的性質を制御できる可能性が本プロ

ジェクトにおいて示されている[2]。

一方、TiO2ベースのDMSをデバイスに応用する際にはいく

つかの課題も存在する。第一に、TiO2はn型半導体の作成

は容易だがp型半導体の作成が非常に困難な物質であり、

半導体デバイスの基本構造であるpn接合を作ることがで

きない。このため、GaAsやInAsベースのDMSに比べて作成

可能なデバイスが限られる。第二に、間接半導体であるた

め光デバイスへの応用が困難である。

これらの問題を解決するためのアプローチとして、TiO2

ベースのDMSを他のp型半導体上にヘテロエピタキシャル

成長させたヘテロpn接合を利用することを着想した。本稿

ではp型半導体として光エレクトロニクスのキー材料であ

るGaNを用いたデバイス開発の取り組みについて報告する。

2.実験と結果

2.1 Ti Co O のp-GaN基板上への成長 1-x x 2

まず、p-GaN基板上へのCoドープTiO2(Ti1-xCoxO2)のヘテロ

エピタキシャル成長を試みた。一杉らによる報告[3]を参考

にし、パルスレーザー蒸着(PLD)法を用いてMgドープ

GaN(0001)面上にルチル型Ti0.97Co0.03O2を成長させた。基板

温度を 500とし、酸素分圧(3x10-5~1x10-7Torr)をパラメ

ータとして、X線回折により結晶構造の評価および磁気カ

ー効果による磁気特性の評価を行った。その結果、酸素分

圧が 1x10-5Torr近傍で(100)配向したルチルTi0.97Co0.03O2の

単相エピタキシャル成長と、強磁性的なカー効果を観測し

た(図1)。酸素分圧が低い(還元雰囲気)条件では不純

物相によると思われるX線回折ピークが出現し、酸素分圧

が高い(酸化雰囲気)条件では磁気カー効果信号が観測さ

れなかった。

上記の試料において観測された強磁性的な信号が、添加

した磁性金属のクラスター析出などによるものではない

ことを確認するために、断面TEM観察を行った(図2)。析

出物や異相の存在はみられなかったため、上記の条件で作

製したTi0.97Co0.03O2薄膜は室温強磁性DMSであると結論し

た。

図 1.(上)Ti0.97Co0.03O2のX線回折パターン

(下)磁気カー効果信号。酸素分圧 = 1x10-5 Torr

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2.2 Ti Co O/p-GaNヘテロ接合スピンLEDの作製 1-x x 2

次に、作製したヘテロ接合のデバイスへの応用例として

Ti1-xCoxO2を電子注入層、p-GaN基板を発光層に用いたスピ

ンLEDの開発に取り組んだ。

スピンLEDについて簡単に説明する。図3に示す構造の

素子に電圧を印加すると、強磁性DMSであるTi1-xCoxO2から

スピンの向きがそろった(スピン偏極した)電子がp-GaN

の伝導帯に注入され、価電子帯に存在するスピン偏極して

いない正孔と再結合して発光する。このとき、光学遷移の

選択側の結果、放出される光の偏光(右回り円偏光または

左回り円偏光)に偏りが生じ、放射される光は磁化の方向

に依存した楕円偏光となる。スピンLEDは波長板を必要と

せずに円偏光を発生させ、非接触で高速に偏光の向きをス

イッチングすることができるため、円二色性測定などに応

用することで装置の大幅な小型化ができると期待される。

今回の実験ではコンタクトマスクを用いてGaN基板上に

Ti Co O の円柱状のパターン(直径 400・m, 厚さ 60nm)

1-x x 2

作製し、フォトリソグラフィーとリフトオフを用いて電

極(Ti/AuおよびPt)を形成した。プローバを用いて作製

した素子のI-V特性を評価したところ整流性がみられた

(図4)。また、電流値約 2mAを閾値として 3.25eVをピー

クとするブロードな青色の発光を観測することに成功し

た(図5)。

一方で、電子注入による発光(EL)スペクトルと GaN 基

板のフォトルミネッセンス(PL)を比較したところ、この

発光はMgドープGaN基板のMg不純物準位が関与する遷移

によるものであり、円偏光度の偏りが生じるために必要な

バンド間遷移によるものではないことが明らかになった。

確認のため外部磁場を印加しながら EL スペクトルの円偏

光度の測定を行ってみたが、観測された発光の円偏光度は

ほぼ 0であった(図6)。

Ti0.97Co0.03O2

GaN

図 2. Ti0.97Co0.03O2 /p-GaNの断面TEM像。

酸素分圧 = 1x10-5 Torr 図4. Ti0.97Co0.03O2 /p-GaNのI-V特性。

EL

p-GaN(Mg ドープ)基板の PL

undoped GaN 基板の PL

価電子帯

伝導帯 不純物準位

バンド間遷移 ~3.42eV

Mg の深い準位が

関与する遷移 p-GaN

Pt

Au/Ti

Ti0.97Co0.03O2

u-GaN(buffer)

Al2O3

伝導帯

価電子帯 A B

図 5. (上)Ti0.97Co0.03O2 /p-GaNのELスペクトルとGaN基板の

PLスペクトルの比較 図3. (左)GaN のバンド構造と光学遷移の選択則。A バンド

と B バンドで正孔の占有数が異なるため、スピン偏極した伝導

電子の注入により楕円偏光が放射される。(右)作製したスピ

ン LED の構造

(下)Mg ドープ GaN のエネルギーダイアグラム

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図 6. Ti0.97Co0.03O2 /p-GaNのELスペクトルの磁場依

存性(上)と円偏光度の変化(下) 4.まとめと今後の展望

PLD法を用いてTi1-xCoxO2をp-GaN基板上にヘテロエピタ

キシャル成長させることにはじめて成功し、室温強磁性を

発現するための成長条件を明らかにした。また、Ti1-xCoxO2

/p-GaNヘテロ接合スピンLEDを試作し、電圧印加による

p-GaN層からの発光を観測した。

一方、試作したスピン LED では Mg の不純物準位を介し

た発光が支配的であり、スピン LED 動作の実現に必要なバ

ンド間遷移による発光を得ることができなかった。現在は

この課題を解決するためのデバイス構造の改良に取り組

んでいる。具体的には、undoped GaN などの発光層を加え

た p-i-n 構造 LED を検討中である。

今後の展望としては、GaN基板上に成長した室温強磁性

Ti1-xCoxO2のスピンLED以外のデバイス、たとえばGaNベース

の紫外レーザー向けの集積化光アイソレータや光起電力

の円偏光度依存性を検出するスピンフォトダイオードな

どへの応用も計画している。

【参考文献】

1. Y. Matsumoto, M. Murakami, T. Shono, T. Hasegawa,

T. Fukumura, M. Kawasaki, P. Ahmet, T. Chikyow, S.

Koshihara, H. Koinuma, Science 291, 854 (2001).

2. G. Kinoda, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Furubayashi,

K. Inaba, Y. Hirose, T. Shimada, T. Hasegawa, J. Jpn.

Appl. Phys., 45, L387 (2006)

3. T. Hitosugi, Y. Hirose, J. Kasai, Y. Furubayashi,

M. Ohtani, K. Nakajima, T. Chikyow, T. Shimada, T.

Hasegawa, J. Jpn. Appl. Phys. 44, L1503 (2005).

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FeおよびNbを共添加したアナターゼ型TiO2薄膜に

おける強磁性発現

稲葉 和久

1.はじめに

Coを微量添加したTiO2薄膜 (Co:TiO2) は、ルチル型、ア

ナターゼ型ともに室温で強磁性を示すばかりでなく、紫外

~可視光に対して透明である透明強磁性体であることが

知られている。また最近我々は、Feを添加したルチル型

TiO2も同様に室温強磁性体であることを見出した。これら

の材料は、酸素欠損やNb共添加によりキャリアを導入した

場合に強磁性を示すことから、キャリア誘起型のメカニズ

ムが提唱されている。すなわち、伝導電子を介して局在ス

ピン間に強磁性相関が働くと考えられている。

Co 添加系との類似から、Fe 添加アナターゼも強磁性体

であることが期待されるが、以前に我々が材料探索を行っ

た結果では、強磁性は確認されていない。本研究では、合

成条件を最適化することにより、Fe 添加アナターゼ系に

おける強磁性発現を目指した。

2.実験

パルスレーザー堆積法(PLD)により、LaAlO3基板上に

アナターゼ型Ti0.94-xFe0.06NbxO2薄膜 (x=0~0.1) をエピタ

キシャル成長させた。基板温度はTs = 500、酸素分圧は

P(O2)=1×10-8 Torrとした。レーザー源にはKrFエキシマー

(λ= 248 nm)を用いた。合成した薄膜の輸送特性は 6端子

法により評価した。

3.結果及び考察

Nb 組成 x=0 および x=0.1 の薄膜の X 線回折チャートを

図1に示す。いずれも不純物は観測されず、アナターゼ型

結晶がエピタキシャル成長している。

作製したTi0.94-xFe0.06NbxO2薄膜のキャリア濃度とNb濃度

との関係を図2に示す。x<0.05 では、両者はほぼ等しく、

ドープしたNbはほぼ 100%イオン化している。さらにドー

プ量を増すとイオン化効率は低下し、一部がNb4+として存

在するものと考えられる。

1

2

1 2 30

0

Ne/1

021cm

-3

NNb/1021cm-3

キャリア濃

度[1

021cm

-3]

Nb濃度 [1021 cm-3]

0.05 0.103

x in Ti0.94-xFe0.06NbxO2 図2. Fe,Nb:TiO2のキャリア濃度

Ti0.94-xFe0.06NbxO2薄膜の磁化曲線を図3に示す。x=0、

x=0.002 の試料は磁化を示さないのに対し、x>0.01 の薄膜

は明瞭なヒステリシスを伴う有限の磁化曲線を示す。すな

わち、Nbドープに従い、非磁性(常磁性)→強磁性の転移

を示す。

基板 LaAlO3

Mag

netiz

atio

n [ μ

Bpe

r Fe

] 1.6

-1.6

0.8

-0.8

0

-5000 -5000Magnetic Field [Oe]

0

x = 0.002

図 1. Fe,Nb:TiO2のX線回折パターン

x = 0.01

x = 0.1x = 0.06x = 0.03

x = 0

図3. Fe,Nb:TiO2のM-H曲線

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抵抗率の温度依存性を図4に示す。Nbドープに伴い抵抗

率は減少することがわかる。しかし、抵抗率と強磁性とは

必ずしも相関しておらず、実際 10-2Ωcm台の抵抗率を示す

試料でも強磁性を示すものも示さないものもある(図5)。

抵抗率とキャリア濃度との関係を図6に示す。このプロ

ットから明らかなように、キャリア濃度が 1020 cm-3以上の

場合に、室温強磁性が発現している。この結果は、キャリ

ア誘起による強磁性モデルを強く支持する。

図4. Fe,Nb:TiO2の抵抗率の温度依存 図5. Fe,Nb:TiO2の抵抗率の組成依存

図6. Fe,Nb:TiO2のキャリア濃度の組成依存

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業 績

【原著論文】

1. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, K. Inaba,

G. Kinoda, Y. Hirose, T. Shimada and T. Hasegawa

A Transparent Metal: Nb-Doped Anatase TiO2

Appl. Phys. Lett., 86, 2521011-2521013 (2005).

2. T. Hitosugi, Y. Furubayashi, A. Ueda, K. Itabashi,

K. Inaba, Y. Hirose, G. Kinoda, Y. Yamamoto, T.

Shimada and T. Hasegawa

Ta-doped Anatase TiO2 Epitaxial Film as Transparent

Conducting Oxide

Jpn. J. Appl. Phys., 44, L1063-L1065 (2005).

3. G. Kinoda, H. Mashima, K. Shimizu, J. Shimoyama, K.

Kishio and T Hasegawa

Direct Determination of Localized Impurity Levels

Located in the Blocking Layers of Bi2Sr2CaCu2Oy Using

Scanning Tunneling Microscopy/Spectroscopy

Phys. Rev. B, 71, R020502-R020505 (2005).

4. T. Hitosugi, Y. Hirose, J. Kasai, Y. Furubayashi, M. Ohtani,

K. Nakajima, T. Chikyow, T. Shimada and T. Hasegawa

Heteroepitaxial Growth of Rutile TiO2 on GaN(0001)

by Pulsed Laser Deposition

Jpn. J. Appl. Phys., 44, L1503-L1505 (2005).

5. A. V. Emeline, Y. Furubayashi, Z. Xintong, J. Ming,

T. Murakami and A. Fujishima

Photoelectrochemical Behavior of Nb-doped TiO2 Electrodes

J. Phys. Chem. B, 109, 24441 (2005).

6. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Hirose,

M. Otani, K. Nakajima, T. Chikyow, T. Shimada, and

T. Hasegawa

New Transparent Conductors Anatase Ti1-xMxO2

(M=Nb,Ta): Transport and Optical Properties

Proc. of 2005 MRS Fall Meeting, 905E,

0905-DD02-01.1-6 (2005).

7. K. Inaba, T. Hitosugi, Y. Hirose, Y. Furubayashi,

G. Kinoda, Y. Yamamoto, T. W. Kim, H. Fujioka, T.

Shimada and T. Hasegawa

Magnetic Properties of Rutile Ti1-xFexO2 Epitaxial

Thin Films

Jpn. J. Appl. Phys., 45, L114-L116 (2006).

8. M. Ohtani, T. Hitosugi, Y. Hirose, J. Nishimura, A.

Ohtomo, M. Kawasaki, R. Inoue, M. Tonouchi, T.

Shimada and T. Hasegawa

Development of High-throughput Combinatorial

Terahertz Time-domain Spectrometer and Its

Application to Ternary Composition-spread Film

Appl. Surf. Sci., 252, 2622-2627 (2006).

9. G. Kinoda, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Furubayashi,

K. Inaba, Y. Hirose, T. Shimada and T. Hasegawa

Enhancement of Magneto-Optical Properties of

Anatase Co:TiO2 Co-Doped with Nb

Jpn. J. Appl. Phys., 45, L387-L389 (2006).

10. H. Mashima, N. Fukuo, Y. Matsumoto, G. Kinoda, T.

Kondo, H. Ikuta, T. Hitosugi and T. Hasegawa

Electronic Inhomogeneity of Heavily Overdoped

Bi2-xPbxSr2CuOy Studied by Low-temperature Scanning

Tunneling Microscopy / Spectroscopy

Phys. Rev. B, 73, 060502/1-060502/4 (2006).

11. T. Hitosugi, G. Kinoda, Y. Yamamoto, Y. Furubayashi,

K. Inaba, Y. Hirose, T. Shimada and T. Hasegawa

Carrier Induced Ferromagnetism in Ti1-x-yNbxMyO2 (M =

Co, Fe) Epitaxial Thin Films

J. Appl. Phys., in press.

12. J. Kasai, N. Okazaki, Y. Nakayama, T. Motohashi,

J. Shimoyama, K. Kishio, Y. Matsumoto, H. Koinuma and

T. Hasegawa

Direct Observation of Interlayer Josephson Vortices

in Heavily Pb-doped Bi2Sr2CaCu2Oy by Scanning SQUID

Microscopy

Jpn. J. Appl. Phys., in press.

13. Y. Hirose, T. Hitosugi, Y. Furubayashi, G. Kinoda,

K. Inaba, T. Shimada and T. Hasegawa

Intrinsic Faraday Spectra of Ferromagnetic Rutile

Ti1-xCoxO2-・ Films Grown on Al2O3 (0001)

Appl. Phys. Lett., in press.

【口頭発表】

1. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Hirose,

G. Kinoda, K. Inaba, T. Shimada and T. Hasegawa

Novel transparent conducting oxide anatase Ti1-xNbxO2

4th International Symposium on Transparent Oxide Thin

Films for Electronics and Optics, 2005 年 4 月 東京

2. 古林寛

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新しい透明伝導体 アナターゼ Ti1-xNbxO2

研究会「深い 3d 準位のもたらす新しい化学と物理:新

物質開発と化学的・物理的機能の探索」、2005 年 5 月、

東京

3. T. Hitosugi, G. Kinoda, K. Inaba, Y. Yamamoto, Y.

Furubayashi, Y. Hirose, T. Shimada, T. Hasegawa

Ferromagnetism in Anatase TiO2 Codoped with Co and

Nb ISQM TOKYO'05, 2005 年 8 月 埼玉

4. 大谷亮、廣瀬靖、一杉太郎、古林寛、島田敏宏、長谷

川哲也

テラヘルツ時間領域分光法によるコンビナトリアル薄

膜の評価法の開発

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

5. 一杉太郎、広瀬靖、笠井淳平、古林寛、大谷亮、島田

敏宏、長谷川哲也

GaN上へのルチルTiO2薄膜のヘテロエピタキシャル成長

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

6. 稲葉和久、一杉太郎、古林寛、木野田剛、廣瀬靖、山

本幸生、松本祐司、島田敏宏、長谷川哲也

FeおよびNbを共添加したアナターゼ型TiO2強磁性薄膜

のキャリア輸送特性

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

7. 古林寛、廣瀬靖、大谷亮、一杉太郎、山本幸生、島田

敏宏、長谷川哲也

透明伝導体アナターゼNb:TiO2の輸送現象 (2)

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

8. 能川玄之、島田敏宏、植田敦希、廣瀬靖、山本幸生、

稲葉和久、大谷 亮、古林寛、一杉太郎、長谷川哲也

遷移金属/有機半導体/酸化物磁性体へテロ構造を用い

た有機スピントロニクスの探求

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

9. 一杉太郎、山本幸生、木野田剛、広瀬靖、古林寛、島

田敏宏、長谷川哲也

Ti0.95-xCo0.05NbxO2強磁性体のキャリア量制御

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

10 廣瀬靖、一杉太郎、笠井淳平、古林寛、大谷亮、島田

敏宏、長谷川哲也

ルチルTiO2/p-GaNヘテロpn 接合の作成

第 66 回応用物理学会学術講演会、2005 年 9 月、徳島

11. 長谷川哲也

二酸化チタンをベースとした新しい電子機能

日本セラミックス協会第 18 回秋季シンポジウム、2005

年 9 月、大阪

12. T. Hasegawa

New electronic functions based on TiO2

BINDEC2005, 2005 年 10 月、大阪

13. T. Hitosugi, G. Kinoda, Y. Yamamoto, Y. Hirose, Y.

Furubayashi, K. Inaba, T. Shimada and T. Hasegawa

Carrier controlled ferromagnetism in anatase Co doped TiO2

2005 MRS Fall Meeting, 2005 年 11 月 アメリカ

14. Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, Y. Hirose,

M. Otani, K. Inaba, T. Shimada and T. Hasegawa

A new transparent conductor anatase Ti1-xNbxO2:

transport and optical properties

2005 MRS Fall Meeting, 2005 年 11 月 アメリカ

15. M. Ohtani, Y. Hirose, T. Hitosugi, Y. Furubayashi,

T. Shimada and T. Hasegawa

Development of high-throughput terahertz

time-domain spectroscopy system and its application

to combinatorial samples

2005 MRS Fall Meeting, 2005 年 11 月 アメリカ

16. T. Hitosugi, Y. Furubayashi, A. Ueda, K. Itabashi,

K. Inaba, Y. Hirose, G. Kinoda, Y. Yamamoto, T.

Shimada and T. Hasegawa

Ta-doped anatase TiO2 epitaxial film: a transparent

conducting oxide

Pacifichem 2005, 2005 年 12 月 アメリカ

17. 一杉太郎

二酸化チタンをベースとした透明導電体の可能性

情報機構セミナー、2005 年 12 月 東京

18. 古林 寛、一杉 太郎、長谷川 哲也

新規透明伝導体アナターゼTi1-xMxO2 (M=Nb,Ta): 応用へ

の可能性について

第 10 回ガラス表面研究討論会、2006 年 2 月、東京

19. 一杉太郎

二酸化チタンの透明導電性とその可能性

日本真空協会スパッタリング&プロセス部会、2006 年 2

月、東京

20. 畑林邦忠、一杉太郎、稲葉和久、植田敦希、古林寛、

廣瀬靖、山本幸生、島田敏宏、長谷川哲也

アナターゼTiO2/SrTiO3界面の巨大正磁気抵抗

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

21. 植田敦希、一杉太郎、古林寛、山本幸生、廣瀬靖、笠

井淳平、稲葉和久、島田敏宏、長谷川哲也

MgO(100)基板上に成長させたTi0.94Nb0.06O2薄膜の輸送特

Page 18: 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト · 長谷川「ナノ光磁気デバイス」プロジェクト プロジェクトリーダー 長谷川 哲也 【基本構想】

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

22. 笠井淳平、一杉太郎、植田敦希、廣瀬靖、古林寛、島

田敏宏、長谷川哲也

ルチル型Nb:TiO2エピタキシャル薄膜の電気伝導特性

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

23. 岡崎壮平、岡崎紀明、廣瀬靖、古林寛、一杉太郎、島

田敏宏、長谷川哲也

走査型マイクロ波顕微鏡による薄膜導電性の定量評価

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

24. 古林寛、廣瀬靖、一杉太郎、島田敏宏、長谷川哲也

強還元TiO2-xの異常輸送特性

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

25. 稲葉和久、一杉太郎、植田敦希、古林寛、阿部仁、能

川玄之、廣瀬靖、山本幸生、島田敏宏、長谷川哲也

FeおよびNbを共添加したアナターゼ型TiO2薄膜の強磁

性メカニズム

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

26. 島田敏宏、阿部仁、能川玄之、雨宮健太、太田俊明、

稲葉和久、廣瀬靖、古林寛、山本幸生、一杉太郎、長谷

川哲也

遷移金属共ドープTiO2薄膜のL端XMCD測定

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

27. 廣瀬靖、一杉太郎、笠井淳平、古林寛、島田敏宏、長

谷川哲也

ルチルTiO2/p-GaNへテロpn接合の作成(2)

第 53 回 2006 年春季応用物理学会、2006 年 3 月 東京

28. 阿部仁、島田敏宏、能川玄之、雨宮健太、太田俊明、

稲葉和久、廣瀬靖、古林寛、山本幸生、一杉太郎、松本

祐司、長谷川哲也

遷移金属をドープしたTiO2エピタキシャル膜のXAS,

XMCD測定

日本物理学会 第 61 回年次大会、2006 年 3 月 愛媛

29. 能川玄之、島田敏宏、斉木幸一朗、植田敦希、廣瀬靖、

山本幸生、稲葉和久、笠井淳平、古林寛、一杉太郎、長

谷川哲也

磁性電極・有機半導体界面におけるトラップのスピン偏

日本物理学会 第 61 回年次大会、2006 年 3 月 愛媛

【特許】

(1)国内特許出願 1 件

(2)国外特許出願 3 件