京都の観光力を支える 「歴史的町並み保存」と観光 …-19-...

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-19- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 《論 文》 いし もと とう せい 奈良県立大学 地域創造学部 京都の観光力を支える 「歴史的町並み保存」と観光振興の考察 ― 重伝建地区「産寧坂」における観光ビジネスの展開 ― はじめに 2015年7月上旬、米国の高級旅行雑誌 「Travel+Leisure」は、毎年夏に発表す る 読 者 投 票 ラ ン キ ン グ「World’s Best Awards」の「Top Cities」部門において、 「京都」が世界の魅力的な都市 No.1に輝 いたことを発表した。これは2014年に引 き続き、2年連続の快挙である 本研究では、京都市の国際観光力を高 めている重要な要素、 「町並み保存」とそ の観光資源化に焦点を当て、それらの特 徴を捉えることを目的とする。 研究の手法としては、まず、京都の町 並み保存と観光振興という観点から、先 行研究となる宗田(2009)『創造都市のた めの観光振興』を参考にし、京都市統計 データ、京都市伝統的建造物群保存地区 条例関連資料、京都市地域景観づくり協 議会制度関連資料を中心に精査した。加 えて、 「伝統的建造物群保存地区」(以下、 「伝建」あるいは「伝建地区」)の比較対 象地としてとりあげた神戸市「北野 山本 通」、奈良県橿原市「今井町」の関連資料 も比較検討した。その上で現地へ赴き、 各地の行政の所管部署、各伝建地区の店 舗等、景観づくり協議会関係者への聞き 取り調査を実施し、それらの聞き取り データを纏めて、分析を試みた。 1.統計データに見る京都観光 京都市による最新の観光総合調査(平 成26〔2014〕年)によると 、同年に京都 を訪れた観光客に関する調査結果の概要 は、以下の表1のとおりである。 このように、日本人と訪日外国人観光 客を合わせた入込総計で、前年比7.8%増 加の5,564万人と過去最高を記録したこ とをはじめ、各項目において目覚ましい レコードを挙げている。特に「外国人宿 泊客数」では、対前年比約62%(70万人) の増加を示し、先の「Travel+Leisure」 誌における最高位ランクインをあらため て認識させられる。 In July 2015 one of the most famous travel magazines on a global scale “Travel + Leisure”came out with the newest ranking regarding “Top Cities” of “World’s Best Awards in 2015” . In these top cities the City of Kyoto took first place. This glorious and remarkable accomplishment indeed surprised us, because it was not first time but second time continuously in the recent couple of years 2014- 2015. This research focuses the policies for conservation of historical town and the movements, from both sides of Kyoto City Administration and community groups at tourist destinations in Kyoto, as well as their strategy for developing the tourism industry, which are especially important factors for Kyoto’s tourism dynamism. Also, the characteristics of Kyoto’s cultural tourism in conserved traditional settlements are approached. キーワード:京都、町並み保存、観光発展、〔重要〕伝統的建造物群保存地区、産寧坂 Keywords:Kyoto, Conservation of historical town, Tourism Development, Jyu-yo Dento-teki Kenzobutsu-gun Hozon Districts (Conservation District) , Kyoto San Nei Zaka. 調査項目 調査結果 (単位:万人) 対前年比増減など 観光客入込数(日本人+訪日外国人) 5,564 7.8%増加(+402万人) 過去最高となる55百万人台突破 宿泊客数 1,341 2.5%増加 外国人宿泊客数 183 62%増加 (+70万人) 観光消費額 7,626億円 過去最高2013年の7,002億円から +8.9%(+624億円)の増加 (「京都市観光総合調査(平成26〔2014〕年)」データより作成) 表1 2014年 京都観光総合調査結果の概要

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Page 1: 京都の観光力を支える 「歴史的町並み保存」と観光 …-19- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 論 文 石 いし 本 もと 東 とう

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

《論 文》

石い し

本も と

 東と う

生せ い

奈良県立大学 地域創造学部

京都の観光力を支える「歴史的町並み保存」と観光振興の考察―重伝建地区「産寧坂」における観光ビジネスの展開―

はじめに

 2015年7月上旬、米国の高級旅行雑誌

「Travel+Leisure」は、毎年夏に発表す

る読者投票ランキング「World’s Best

Awards」の「Top Cities」部門において、

「京都」が世界の魅力的な都市 No.1に輝

いたことを発表した。これは2014年に引

き続き、2年連続の快挙である1。

 本研究では、京都市の国際観光力を高

めている重要な要素、「町並み保存」とそ

の観光資源化に焦点を当て、それらの特

徴を捉えることを目的とする。

 研究の手法としては、まず、京都の町

並み保存と観光振興という観点から、先

行研究となる宗田(2009)『創造都市のた

めの観光振興』を参考にし、京都市統計

データ、京都市伝統的建造物群保存地区

条例関連資料、京都市地域景観づくり協

議会制度関連資料を中心に精査した。加

えて、「伝統的建造物群保存地区」(以下、

「伝建」あるいは「伝建地区」)の比較対

象地としてとりあげた神戸市「北野 山本

通」、奈良県橿原市「今井町」の関連資料

も比較検討した。その上で現地へ赴き、

各地の行政の所管部署、各伝建地区の店

舗等、景観づくり協議会関係者への聞き

取り調査を実施し、それらの聞き取り

データを纏めて、分析を試みた。

1.統計データに見る京都観光

 京都市による最新の観光総合調査(平

成26〔2014〕年)によると2、同年に京都

を訪れた観光客に関する調査結果の概要

は、以下の表1のとおりである。

 このように、日本人と訪日外国人観光

客を合わせた入込総計で、前年比7.8%増

加の5,564万人と過去最高を記録したこ

とをはじめ、各項目において目覚ましい

レコードを挙げている。特に「外国人宿

泊客数」では、対前年比約62%(70万人)

の増加を示し、先の「Travel+Leisure」

誌における最高位ランクインをあらため

て認識させられる。

In July 2015 one of the most famous travel magazines on a global scale “Travel + Leisure” came out with the newest ranking

regarding “Top Cities” of “World’s Best Awards in 2015”. In these top cities the City of Kyoto took first place. This glorious and

remarkable accomplishment indeed surprised us, because it was not first time but second time continuously in the recent couple

of years 2014- 2015.

This research focuses the policies for conservation of historical town and the movements, from both sides of Kyoto City

Administration and community groups at tourist destinations in Kyoto, as well as their strategy for developing the tourism

industry, which are especially important factors for Kyoto’s tourism dynamism. Also, the characteristics of Kyoto’s cultural

tourism in conserved traditional settlements are approached.

キーワード:京都、町並み保存、観光発展、〔重要〕伝統的建造物群保存地区、産寧坂

Keywords: Kyoto, Conservation of historical town, Tourism Development, Jyu-yo Dento-teki Kenzobutsu-gun Hozon Districts

(Conservation District), Kyoto San Nei Zaka.

調査項目調査結果

(単位:万人)対前年比増減など

観光客入込数(日本人+訪日外国人) 5,5647.8%増加(+402万人)過去最高となる55百万人台突破

宿泊客数 1,341 2.5%増加

外国人宿泊客数 18362%増加

(+70万人)

観光消費額 7,626億円過去最高2013年の7,002億円から+8.9%(+624億円)の増加

(「京都市観光総合調査(平成26〔2014〕年)」データより作成)

表1 2014年 京都観光総合調査結果の概要

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

2.京都市の観光における人気スポット

 では、京都においては、どのような地

域が観光客に人気なのだろうか? 確か

に、ユネスコの世界遺産に登録されてい

る「古都京都の文化財」には17を数える

箇所が含まれ、これらの文化遺産が京都

観光の最大の魅力になっていると想定す

るのは、ごく当然のことであろう。しか

し、先述の京都市観光総合調査(平成26

〔2014〕年)によれば、貴重な文化遺産の

あるなしを基準に、デスティネーション

の「観光力」を計ることは、誠に危険で

あることが明らかである。例えば、京都

を訪れる日本人観光客の訪問地で、10%

以上の割合を占める地域を挙げると、以

下の表2のとおりとなる。

 確かに、「京都駅周辺」には西本願寺が

含まれるともみなされ、また「嵯峨嵐山

周辺」に天龍寺があることも間違いはな

い。しかし、表2中には含まれない、す

なわち、京都市への入込観光客(日本人)

全体の10%にも満たない世界遺産スポッ

トも複数存在する。例えば、二条城の「二

条城・壬生周辺」は6.3%、上賀茂神社の

「上賀茂・鷹峰・紫野周辺」と下鴨神社の

「下鴨・北山周辺」は、ともに4.7%にし

か過ぎない。これらは、世界遺産をはじ

めとする貴重な文化財以外の何かが、京

都市における「強い観光力」の要因とな

っていることを示しているのではないだ

ろうか。

 一方で、外国人観光客に対する〔訪問

地トップ25(複数回答)〕の調査では、そ

の順位は表3の示すとおりである。まず、

1位の清水寺は1990年頃からその「一人

勝ち状況」が続いている。その清水寺周

辺には、産寧坂、二寧坂という「重要伝

統的建造物群保存地区」(以下、「重伝建」

および「重伝建地区」)が存在する。宗田

(2009)は、この地区の江戸末期から明

治・大正初期にかけて作られた美しい街

並み、プラスお洒落なハイセンスの店舗

群が、この地域一帯の観光力をより増幅

している旨を述べている3。

3.重要伝統的建造物群保存地区「産寧

坂」の特徴

3-1.京都市における町並み保存政策の

歴史

 日本における古都「京都」の優れた景

観は、幾世代にもわたって育まれてきた

歴史都市としての資産であり、これを将

来に継承するのは、現代を生き抜く私た

ちにとって重要なミッションとも考えら

れる。京都市においては、総合的な市街

地景観の保全策を制度化した「京都市市

街地景観条例」が、全国に先駆けて昭和

47(1972)年に定められた。この条例の

中に設けられた一つの制度が「特別保全

修景地区」の制度で、特に京都らしい歴

史的町並みが存する地区において、伝統

的な町家の外観を保全するとともに、伝

統様式を失った建物の外観を伝統様式に

より整えるよう定め、それらの修理・修

景行為に必要な経費の一部を補助するも

のとなった。これにより、昭和47(1972)

年に、清水の「産寧坂地区」(5.3ヘクター

ル、約240戸)が、昭和49(1974年)には

「祇園新橋地区」(1.4ヘクタール、約100

戸)が指定された。

 これらの制度は、町並み保全制度の先

駆けとなり、その後、昭和50(1975)年

に文化財保護法が改正され、同法に京都

市の「特別保全修景地区」の制度と同旨

の制度である「伝統的建造物群保存地区」

の制度が創設された。この背景には、当

時、京都市だけでなく、全国的に価値あ

る伝統的建造物が次々に壊され、近代的

な建物に変わっていく傾向が著しくな

り、国(文化庁)もこのような事態を憂

慮していた経緯もある。そのため、京都

市の制定条例を重要な参考事例として、

文化財保護法の改正へと繋がったのであ

る。翌昭和51(1976)年に「産寧坂地区」

及び「祇園新橋地区」が「伝統的建造物

群保存地区」に指定。追って昭和54(1979)

年には「嵯峨鳥居本地区」(2.6ヘクター

ル、約60戸)が、また昭和63(1988)年

には「上賀茂地区」(2.7ヘクタール、約

50戸)が指定された4。特にこれらの地区

の建造物群が、良い状態で残されていた

ためである。

 ところで、町並み保存の全国的な運動

としては、1968年に長野県南木曽町妻籠

宿において始まった「妻籠宿保存事業」5、

そして1974年には「有松・まちづくりの

会」(名古屋市)、「妻籠を愛する会」(長

野県南木曽町)、「今井町を保存する会」

(奈良県橿原市)のまちづくりに取り組む

3地域の住民団体によって「全国町並み

保存連盟」が結成された6。これらの運動

が翌年1975年の文化財保護法の改正に伴

う伝建制度の制定を後押ししたことは良

く知られているが、先述の京都市「特別

保全修景地区」制度も少なからぬ影響を

及ぼしたことは、あらためて認識される

べき出来事である。

訪問地 全体における割合(%)京都駅周辺 48.7嵯峨嵐山周辺 43.6清水・祇園周辺 40.9河原町三条・四条周辺 32.7岡崎・蹴上周辺 14.5東山七条周辺 14.4きぬかけの路(金閣寺・竜安寺・仁和寺)周辺

13.8

銀閣寺・哲学の路・百万遍周辺

11.4

(「京都市観光総合調査(平成26〔2014〕年)」データより作成)

表2  2014年 京都市における日本人観

光客の訪問地

順位 訪問地 全体における割合(%)1 清水寺 64.4%2 金閣寺 54.0%3 二条城 47.7%4 伏見稲荷大社 35.8%5 嵐山・嵯峨野 32.5%6 ギオンコーナー 31.3%7 銀閣寺 30.3%8 京都御所 27.2%9 八坂神社 22.3%10 龍安寺 14.8%

(「京都市観光総合調査(平成26〔2014〕年)」データより作成)

表3  外国人観光客に対する訪問地トッ

プ10(2014年)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

3-2.文化財保護法の改正と伝建制度の

創設

 さて、文化財保護法の中にあって、「伝

建制度」は他と異なる特徴を持っている

ことから、本制度についてより詳しく述

べたいと思う。文化庁は『歴史を活かし

たまちづくり』の中で、次にように記載

している。

  「伝統的建造物群は、文化財保護法によ

り『周囲の環境と一体をなして歴史的

風致を形成している伝統的な建造物群

で価値の高いもの』とされる文化財で

す。市町村、市町村教育委員会は、伝

統的建造物である建築物や工作物と共

に、これと景観上密接な関係にある樹

木、庭園、池、水路、石垣等を環境物

件として特定します。また、これらを

含む歴史的なまとまりをもつ地区を、

伝統的建造物群保存地区として決定

し、保存を図ります。国は市町村の申

し出にもとづき、わが国にとって特に

価値が高いと判断されるものを重要伝

統的建造物群保存地区に選定し、市町

村、市町村教育委員会の取り組みを支

援します」と7。

すなわち、

① 価値の高い重要な建造物が1戸、ある

いは数戸残っている、というような地

区ではなく、全体で数多くの重要な建

造物が集合的、面的に存在することが

前提。

② 伝建地区の決定と保存は、あくまで市

町村および市町村教育委員会が行い、

国はその申し出によって「重要伝統的

建造物群保存地区」に「選定」し、助

成支援するという、言わば、文化財保

護法の中でも特に珍しい「ボトムアッ

プ」型の制度である。国が国宝や重要

文化財を指定するような「トップダウ

ン」型の制度ではない。

以上の2点が、本制度における重要な特

徴であろう。そしてさらに②の点では、

市町村などの地方自治体は「伝建地区」

内に居住する住民団体の意思に十分配慮

し、コンセンサスを取り、政策を策定す

る必要がある点も忘れてはならない。

3-3.京都市伝統的建造物群保存地区条

例と保存計画

 京都市は本条例を『京都市伝統的建造

物群保存地区関係条例集』として冊子に

纏めており、筆者は同市都市計画局都市

景観部景観政策課にて聞き取り調査を行

った際に、その冊子を頂戴した。本条例

は、文化財保護法に直接関わる理由から、

いわゆる「法律」と見なされるべきもの

である。

 さて、京都市の本条例において、第4

条の1~6号には保存対象となる伝建地

区内の建造物に対して、何らかの改変行

為を行う際に、以下の行為を「許可行為」

と定めている。すなわち、市の許可が取

得できないことには、勝手に改変はでき

ないということである。具体的には、

① 建築物の新築、増築、改築、移転また

は除去

② 建築物等の修繕、模様替えまたは色彩

の変更でその外観を変更することとな

るもの

③ 宅地造成その他の土地の形質の変更

④ 木竹の伐採

⑤ 土石の類の採取

⑥ 水面の埋立て又は干拓

これらは「文化財保護法施行令」(伝統的

建造物群保存地区内における現状変更の

規制の基準)第4条第2項をベースにす

る条文であり、伝建地区内における「改

変」に関して伝建法が定める基本的理念

を端的に述べている。ここで最も注意す

べきは、建築物や木竹、土石の類を合わ

せ、建造物については、その色彩も含め

て「外観」を変更することを厳しく規制

している点である。つまり、伝建地区に

おいては「当該地区の伝統的原型・景観

(外観)をそのまま残していく」というの

が基本スタンスであることが分かる。

 一方で、伝統的建造物に指定されてい

ない建物もある。産寧坂や祇園新橋にお

いては8、ほぼ6割程度の建物が伝統的建

造物に指定されているが、その他4割程

度の建造物は、伝統的建造物には指定さ

れていない。すなわち、「伝統的建造物」

は、昔から建てられている建物で、文化

的価値が認められ、且つ建てられた当時

(江戸時代終期から明治期、大正初期ま

で)のまま残っているもの。あるいは改

変部分が非常に限定的なものである。し

かし、それ以外の建物は、例えば、

① 後代に建てられた建築物:基本的に

「産寧坂地区」は、江戸末期から大正初

期にかけて形成された街並みである。

「後代の建物」とは、それ以降の昭和期

に入って建て替えられた建物。

② 古いけれども、相当な部分が改築され

ている建物

→ これら①と②の建物は、今後建て替え

や改築を行う場合に、古い街並みにフ

ィットする形の建物に「修景」するこ

とが義務付けられている。京都市にお

ける伝建地区は、その厳しい基準、規

制を「伝統的建造物群保存地区保存計

画」に定めている。

 これらの点からも推して知るとおり、

京都市内の産寧坂や祇園新橋など伝建地

区における景観保存計画は、そのタイプ

から言うと、典型的な「凍結保存型」で

ある。さらに「産寧坂」の保存計画を一

部具体的に上げると、以下のような修景

基準が定められている。

 次頁の表4における基準は、あくまでそ

の一部であり、表中にも記したとおり、こ

れ以降9種類の建築物例の記載が続く。

また、「門の様式、材料及び色彩等の基

準」、「塀及び垣の様式、材料及び色彩等

の基準」については、さらに別表による基

準が示されている。これらは、本保存地区

関連条例集(A4版全23頁)において2.5頁

を占めるが、伝建地区内の建造物修景に

対して、これほどまでに詳細な基準を設

図1 重伝建「産寧坂」内、二寧坂の町並み

(筆者撮影)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

け、且つ履行を義務付けている自治体は、

国内でも実に珍しい。ここで注意を要する

点は、同地区で言う「凍結保存型」はあく

まで「外観」についてを意味し、建築物の

「内側」の改修、用途(利用法)に関して

は、特に規制はなく、殆ど自由という点で

ある。事実、都市計画の観点からも、「産

寧坂」地区は第2種住居地域であるため、

用途制限が相当に緩和されている。よっ

て、観光客をターゲットとする店舗展開が

実に容易であり、総床面積の制限もなく、

ホテル・旅館を出店することも可能であ

る。これこそが京都・産寧坂および祇園新

橋において、市行政が定める保存計画の

特徴である。

【比較事例:神戸市「北野 山本通」】

 この点に関して、同じく関西地域にお

ける他の伝建地区事例と比較してみよ

う。例えば、神戸における最もポピュラー

な観光スポットとも言うべき、明治初期

の異人館が建ち並ぶ「北野町 山本通」の

場合はどうであろうか?

 同地区内の6自治会、婦人会、2商業

者により組織され、地元のまちづくり運

動を中心的に担っている「北野・山本地

区をまもり、そだてる会」は、同地区の

町並み保存に関して以下のようなポリ

シーを明らかにしている9。

① 北野・山本地区は、神戸市中央区の山

麓部に位置し、異人館と呼ばれる明治

期以降に建設された洋風住宅が和風住

宅に混ざって点在する地区で、異国情

緒豊かなまちとして国際都市神戸のイ

メージを顕著に代表する。

様    式材 料 色彩等

名 称 構 造 屋根及び庇 壁 面むしこ造り町家住居様式

木造真壁造りで 中 二 階 とし、平入り形式とする

1)…屋根は、切妻で日本瓦ぶきとし、屋根軒裏は、垂木および野地板をみせる。

2)…庇は、日本瓦ぶきとし、庇軒裏は、野地板をみせ、幕掛けを付ける。

1)…壁は、しっくい塗壁又はプラスター塗壁とする。

2)…1階は、出格子又は平格子、引き込み格子戸、腰竪羽目板張り及び戸袋によって構成する。

3)2階は、むしこ窓を付ける。

1)…柱は、檜とし、その見掛り木部は1等上小節材とする。

2)…造作部は木とし、その見掛り部は、1等上小節材以上の品質のものとする。

3)…犬走りは、洗出し砂利仕上げ、その他にこれに類する仕上げとする。

木部は、べんがら塗り、生地仕上げ、その他にこれらに類する仕上げの色彩とする。

むしこ造り町家飾窓付店舗様式

同上 同上 1)…壁は、しっくい塗壁又はプラスター塗壁とする。

2)…1階は、町家風飾窓及び腰高ガラス引違戸によって構成する。

3)…2階は、むしこ窓を付ける。

同上 同上

むしこ造り土間店舗様式

同上 同上 1)…壁は、しっくい塗壁又はプラスター塗壁とする。

2)…1階は、格子雨戸又は腰高ガラス引違戸によって構成する。

3)…2階は、むしこ窓を付ける。

同上 同上

平屋建町家飾窓付店舗様式

木造真壁造りで下屋付平屋建とし、平入形式とする。

1)…屋根は、切妻で日本瓦ぶきとし、屋根軒裏は、垂木および野地板をみせる。

2)…小屋根は、日本瓦ぶきとし、小屋根軒裏は、野地板をみせ、幕掛けを付ける。

1)…壁は、しっくい塗壁又はプラスター塗壁とする。

2)…町家風飾窓及び腰高ガラス引違戸によって構成する。

同上 同上

平屋建町家土間店舗様式

同上 同上 1)…壁は、しっくい塗又はプラスター塗壁とする。

2)…格子雨戸又は腰高ガラス引違戸によって構成する。

同上 同上

以降、他9種類の建築物の基準例が続く

(『京都市伝統的建造物群保存地区関係条例集』内「産寧坂伝統的建造物群保存地区保存計画」表3-1を基に作成)

表4 産寧坂地区における建造物の外観の様式、材料及び色彩等の基準

図2 むしこ造り町家住居様式例

(京都市「建築様式参考図集」より)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

② 同地区内で、とりわけ多くの伝統的建

造物が集積する約9.3haは『伝統的建造

物群保存地区』に、また伝建地区を含

みこれと一体的に町並みを形成すべき

約32ha は神戸市都市景観条例に基づ

く「都市景観形成地域」に指定。

③ 神戸市では地区の歴史的環境を保全・

育成するために、昭和54年、都市景観

形成地域を、さらにこの中で異人館な

どの伝統的建造物が集中する範囲を同

年、伝統的建造物群保存地区に指定し、

翌55年には重要伝統的建造物群保存地

区の選定を受けている。

④ 建築物等の新・増・改築等にあたって

の高さ規制、傾斜屋根など意匠面での

配慮、有効空地の確保等の内容をもつ

基準を定めたもので、必ずしも町並み

の凍結保存を目指すものではなく、異

人館をはじめ伝統的建造物等の保全を

点在的・重点的に図りつつ、時代にみ

あった良好な町並み景観をつくりだす

ことを主旨としている。

⑤ この地区は、異人達が日本文化の中へ

いわば異物を持ちこんだことから形づ

くられたもので、将来的にも変化を拒

否するものではなく、むしろ歴史のう

ねりの中での変化そのものが、このま

ちの文化であるという認識に立ってい

る。

 また、同伝建地区の保存事業を所管す

る神戸市教育委員会文化財課によれば、

地区内の伝統的建造物以外の建築物の修

景に関しては、まず「当地区で守るべき

ものを踏まえた上で、伝統的建造物群保

存地区の景観に調和するように配慮する

こと」と謳っている10。そして、建築物の

具体的な修理・修景基準を定めているが、

先述の京都市のものとはおおよそ異な

り、一歩も二歩も踏み込んだ厳格さはま

ず見られない。例えば、意匠部分の屋根、

外壁に関しては、

▶ 屋根:屋根は、原則として切妻造り、

数寄屋造り、入母屋造りとし、歴史的

風致を著しく損なわないものとする。

また、原則としてエレベーター機械室、

階段室、ルーフバルコニー、その他こ

れらに類するものを設置しないものと

する。

▶ 外壁・窓・軒裏:歴史的風致を著しく

損なわないものとする。

という基準のみとなっている。すなわち、

建築物の外観も相当にフレキシブルに捉

えられ、ひいては町並みの統一感にひず

みを生じかねない。さらに、居留地とし

ての歴史が物語るとおり、神戸・北野 山

本通地区は六甲山麓の高台に位置し、古

くから風光明媚な高級住宅街として発展

してきた。その経緯もあり、現在でも住

民は「ハイセンスな高級住宅地」という

北野ブランドイメージを誇示している。

したがって、観光客の雑踏はむしろ敬遠

され、当該地区の住民団体からは、観光

客目当ての店舗展開に対する反対意見

が、今日でも根強い。また、建築基準法、

都市計画の観点からも、同伝建地区は「第

2種中高層住居専用地域」となっており、

京都・産寧坂の場合よりかなり制限がか

かる。店舗出店は可能なものの、1500m2

以下で2階以下という規制が適用され、

宿泊施設は不可である。

 以上、神戸において最も観光客を集客

している重伝建「北野 山本通」地区でさ

えも、京都・産寧坂とは、観光まちづく

りの素地に少なからぬ違いが存在するこ

とは明らかである。

3-4.修理・修景への助成制度

 一方で、いくら「景観保存」とは言っ

ても、伝建地区における建築規制を掛け

るだけでは、物件の所有者や使用者に負

担がかかるのは事実である。京都・産寧

坂のように江戸末期から大正初期の建築

様式を守っていくというのは、費用面で

の負担が大きい。材料についても「柱は

檜を使うこと…、べんがら塗にするこ

と…」、家壁にも「土塗」が強いられる、

など厳しい規制が掛かっているというの

は、先に説明したとおりである。しかし

ながら、そうでなければ、町並みが守れ

ないのもまた事実である。このような場

合に、京都市は以下のような補助金を拠

出する助成制度も設けている11。

▶ 「伝統的建造物」指定建築物の修理等

費用

厳しい規制が掛けられているゆえ、補助

金は施工費用総額に対し5分の4の割

合。補助金の上限は600万円。これは「外

観の修理修景及び外観を維持するために

必要な構造補強等」が助成の対象となる。

また、「建物の外観すべて」がその助成対

象となる。すなわち、街路や公共施設か

ら望見できる「表部分」や「角・側面部

分」だけではなく、見えない「裏部分」

も助成対象となる。それは、個々の建築

物の一体的な「文化的価値」を重視して

いるためである。また、内部の柱が腐食

するなど、構造部分に問題が出てきた場

合は、その修理工事も助成対象としてい

る。加えて、耐震改修についても同様で

ある。

▶ 「伝統的建造物以外の建物」の修理・

修景費用

外観のうち、道路その他の公共の場所か

ら見える部分の修理・修景にかかる費用

のみが助成対象。裏手や構造補強、耐震

補強の部分は助成対象外になる。助成割

合3分の2で、上限額は600万円となって

いる。

【比較事例:奈良県橿原市「今井町」】

 この修理・修景への助成制度に関して、

3-1.でも述べた奈良県橿原市の重伝建地

区「今井町」の例を、比較対象として紹

介したい。先述のとおり、今井町は1974

年、長野県南木曽町妻籠宿、名古屋市有

松地区と共に「全国町並み保存連盟」を

結成し、町並み保存運動のパイオニアと

図3 橿原市・今井町の町並み

(2013年6月筆者撮影)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

も言うべきところである。2015年7月現

在、日本全国で43道府県90市町村の110地

区が重伝建に選定されているが、その中

でも、文化的価値と規模の両面からも「最

高位」と評価を得るほど立派な江戸時代

の寺内町環濠集落である。東西約600m、

南北約310m、面積にして17.4haの地区内

には、全建物数約1500棟のうち、約500棟

の伝統的建造物があり、全国で最多。さ

らに、国の重要文化財が9件、県指定文

化財が3件、市指定文化財が5件も在す

る12。そのような今井町であっても、助成

に関しては以下の通りである13。

▶ 「伝統的建造物」指定建築物の修理等

費用

主として街路から望見できる外観と、そ

れを支えるために必要な軸組、小屋組、

床組等の構造体及び屋根を維持、整備又

は復元するために、橿原市が定めた修理

基準により助成。主として、建物の屋根、

壁、開口部、構造体の修理事業には、限

度額を設けず、補助率は施工総額の5分

の4となる。

▶ 「伝統的建造物以外の建物」の修理・

修景費用

街路から望見できる外観及び屋根のみ

を、保存地区の伝統的建造物群の特性と

調和するように、橿原市が定めた修景基

準により助成。主として、建物の屋根、

壁、開口部、構造体の修理事業には、伝

統的建造物と同様に限度額を設けてはい

ないが、補助率は施工総額の2分の1な

いし3分の2となる。

 このように、今井町でさえも、伝建地

区内の伝統的建造物及びそれ以外の建築

物において、外観部分の修理・修景の助

成対象となるのは、「街路から望見できる

外観」である。すなわち、街路から望見

できない裏手部分は、補修工事を行って

も助成対象にはならず、施主が負担しな

ければならない。

 他方、建物の外観だけでなく「それを

支えるために必要な軸組、小屋組、床組

等の構造体及び屋根を維持、整備」をも

保存上重要視しており、京都市が目指す

「外観の維持、整備」に加えて、「内部構

造」も含めた文化財保護にその力点を置

いている。事実、今井町の住民を中心と

した組織「今井町並み保存会」は、古く

から「文化財」としての重伝建地区の維

持を主眼とし、「観光地化」には強く反対

してきている。近年は、地域経済の再起

に取り組み始め、まちづくりの方向性を

若干修正しているが、現在でも「商業化」

という言葉は決して使わず、あくまで地

域の「活性化」をキャッチフレーズとし

ている。

 いずれにせよ、重伝建地区の中でも、

徹底して「江戸末期から大正初期に至る

産寧坂のまちなみ外観」を再現しようと

努力し、且つ建物内部の改修、用途に関

しては、特に規制を設けず自由な観光ビ

ジネスの展開を促す、という京都市の政

策は特筆すべきであり、それゆえに「世

界の観光デスティネーションNo.1」と評

されるほど、京都の観光力が顕著に増し

ているのであろう。

4.「産寧坂」における観光ビジネスの展

4-1.重伝建地区内におけるテナント化

の進展

 では、本章では産寧坂における観光ビ

ジネスの展開を、事例から見ていきたい。

前述の宗田(2009)は「京都の強みは多

様性」という項で、さらにこう指摘する。

「そこで、京都の主要観光地の店舗構成の

変化を調べてみた。(中略)まず、ほとん

どの地区で店舗数は増え続けている。(中

略)そして、出店退店の総数の変化は、

産寧坂が圧倒的に多い。店の新陳代謝が

激しく、それだけ時代の変化に適応した

新規出店が多い。高台寺道・石塀小路と

ともに、国が選定した重要伝統的建造物

群保存地区内の店であっても、早い店で

は2~3年で入れ替わる。テナントだか

らである。…」と。すなわち、時代のト

レンドにフィットした店舗が、国内外を

問わず観光客を飽きさせない仕組みとな

っているという。

 実際に、筆者も現地にて聞き取り調査

を行った結果、清水寺から西に降りる松

原通(通称「清水坂」)沿道の店舗では、

物件所有者と店主が同一、且つ長年同じ

商売を続けている店が多く目立つ。しか

し、その松原通途中から北に伸びる重伝

建地区の産寧坂や二寧坂、一念坂におい

ては、多くの物件で所有者と店主が異な

ることが分かった。確かに、宗田が指摘

するとおり、「テナント化」が相当に進ん

でいることは事実である。ゆえに、聞き

取り調査の際、店舗内には店主が不在で

従業員のみということが多く、正確な回

答を得ることが困難ではあったが、「つい

半年前に出店したばかり」、あるいは「4

か月前に親会社が10年続いた漬物店を閉

鎖。その直後に、新企画で『唐辛子』の

店を出店」などの回答が多数を占めた。

 なかでも、産寧坂通の中程に位置する

「青龍苑」は、まさにその典型的な例と言

って過言ではない。その起源は平安朝期

にまで遡り、計二千坪にも及ぶ日本庭園、

料亭店舗、4つの茶室まで有したという、

京都でも屈指の老舗料亭「京都 阪口(霊

鷲山荘)」が、2000年7月にこの「青龍

苑」として生まれ変わった14。その新たな

姿というと、同料亭の敷地内建物占有部

分を以前の2割程度にまで減少させ、残

りの大部分をテナントとして開放し、「井

筒八ッ橋本舗」、「イノダコーヒー」、手打

ちそばの「有喜屋」、和風雑貨販売の「く

ろちく」、香の老舗の「松栄堂」、京つけ

もの「西利」、化粧小物の「よーじや」な

図4  「産寧坂」における建替え・修景中

の建物。内部構造部分がすべて鉄骨

造り(写真の四角内)である。しか

し、外観は厳しい修景基準に沿って

建造する義務を負う。

(2015/10/24筆者撮影)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

ど、京都を代表する7店舗迎え入れた。

いわゆる、京都屈指の老舗料亭が「テナ

ントビジネス」へと大きく舵を切ったの

である。

 ところで、京都阪口が青龍苑への転換

を図るため、敷地内の歴史的建築物のリ

ノベーションを行う際には、京都に本社

を置く株式会社「くろちく」が設計施工

を担当している。同社は先述のとおり、

青龍苑内においても、和風雑貨を販売す

るテナントとして入居しており、他にも

和工芸、インテリア、レストラン、ブラ

イダル、アコモデーション、リラクゼー

ション、化粧品、リフォーム(町家再生)、

不動産販売・仲介等、広範囲に事業を手

掛けている。また、同重伝建エリア内に

も二寧坂に別店舗を持ち、和雑貨・小物・

化粧品の店だけでも京都市内に計9店、

さらに東京にも支社と2店を展開するな

ど、精力的なビジネスを行っている15。

4-2.産寧坂における観光ビジネス大規

模化のインパクト

 このように地元資本の企業が大躍進を

することは、大変喜ばしことではあるが、

一方でビジネスの規模が拡大する中で、

歴史文化都市京都ならではのジレンマに

あることも、また確かである。というの

は、「くちろく」社の和風雑貨に限らず、

京都産寧坂の様々な店舗にて販売されて

いるスーベニアなどの観光商品には、

Made in Kyoto 以外のものが少なからず

出回っている。さらに、安価な商品にな

ると、日本製ではなく、中国をはじめ東

南アジア諸国の生産となっているものも

目立つ。卑近な例で言うと、「着物レンタ

ル」(レンタルの和服で数時間の京都散

策)は、近年インバウンド、日本人を問

わず観光客の間に大流行しているが、特

にリーゾナブルナなプランで使用される

着物(殆ど浴衣に近い)は、Made in Asia

とも言うべき代物である。まさにこれは、

マキァーネルやライジンゲルが、「観光経

験の真正性」に関して指摘している通り

の現象である16。

 一見、江戸末期から大正初期にかけて

の美しい歴史的町並みに、和服を着飾っ

た乙女・殿方たちがそぞろ歩く様を見る

につけては、街の華やぎと京都工芸界へ

の良き貢献ともイメージされる。しかし

実際は、京都工芸界に対しては、マイナ

スのインパクトが発生しているというの

も、また事実である。

 加えて、京都以外からの資本流入も加

速している。例えば二寧坂の北端近くに、

2014年11月、東京資本の株式会社「サン

リオ」が運営する「はろうきてぃ茶寮」

が出店し、内外からの多くの観光客で賑

わっている。この「はろうきてぃ茶寮」

は、和服バージョンのハローキティをは

じめ、京都にちなんだテーマでのハロー

キティ関連商品を販売し、またレストラ

ンも併設している。

 このように、世界No.1の観光地と成長

した京都において、且つその京都観光を

牽引するほどの魅力に溢れた産寧坂地区

に、京都外からも出店を試みようとする

企業が増加することは、極めて当然のこ

とかもしれない。それ自体は、何の問題

もないことであるが、あくまで「京都の

上品さ、奥ゆかしさ」にこだわり、同地

域をこよなく愛し、その高いクオリティ

を維持していこうという経営者がどれほ

どあるのか…。この点に強い疑問が残る

のである。

4-3.京都市の「地域景観づくり協議会

制度」

 京都市では、地域の景観を保全・創出

するため、地域住民が主体となって景観

づくりに取り組む組織を市が認定し、当

該地域で建築活動等を行う建築主等と、

より良い景観形成に向けて意見交換をし

ていく制度が、2011年4月1日からス

タートしている17。2015年11月1日時点で

は、市内7つの組織が同協議会として認

定されており、京都市行政の目が届かな

い部分にも、地域景観づくりのため、細

やかな対応を行っている。なかでも組織

としては30年という長い歴史を有する

「古都に燃える会」が、重伝建地区「産寧

坂」に属する二寧坂・一念坂エリアの地

域景観づくり協議会として、景観保全に

重要な役割を果たしている。

 同会の発足の経緯は次のとおりであ

る。かつて1986年、京都市は「古都税」

の税制を導入し、神社仏閣より一定の税

金いわゆる「観光税」を徴収することと

なり、当時これは神社・寺院間で大問題

に発展した。そしてこの新税制に反対の

意を鮮明にした京都市内の神社仏閣は、

一斉に門を閉じてしまったのである。本

件は昭和の後半においては、京都観光、

観光行政、そして京都の観光産業にとっ

て、大打撃を生じさせた。価値ある神社

仏閣を拝観できないことから、一気に観

光客の入洛数が減少した時期が数年間続

き、結果、清水寺のお膝元、産寧坂地区

も閑古鳥が鳴く状況となった。その頃、

地元を愛し二寧坂・一念坂で商売を営み

続ける複数の有志が集まり、「寺だけに頼

らないまちづくり」をモットーに、来街

者が長い時間滞留してやまない魅力的な

街づくりをしようと勉強会を始めた。こ

うして「古都に燃える会」が発足したの

図5  「青龍苑」の入口 現在でも「京都

阪口」の看板が残されている

(2015年6月筆者撮影)

図6  〈株〉サンリオによる「はろーきてぃ

茶寮」

(筆者撮影)

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

である18。

 30年の年月を経た現在でも、年に10回

の定例勉強会を欠かさず開催しており、

その場には京都市行政より都市計画局都

市景観部、広告景観づくり推進室など、

まちづくり関連部署から担当者が、また

設計コンサルタントや大学関係者も出席

し、熱のこもった真剣なやり取りをして

いる。これまでに同会は、市行政との厳

しい折衝を重ねつつ、エリア内の電柱を

取り除いて電線を地中化し、さらには各

建物のテレビアンテナを共同アンテナに

集約するなど、一念坂・二寧坂の見事な

町並み、景観(外観)を後世に残してい

こうと精力的に活動している。

 筆者は「古都に燃える会」現会長の島

田氏にもコンタクトを取り、聞き取り調

査にご協力をいただいた上で、現在、先

述の定例勉強会にも出席させていただい

ている。例えば店舗の「看板広告」一つ

を取っても、妥協のない意見交換がなさ

れる。京都市は、その町並み保存の規制

に加え、市歴史的風致維持向上計画によ

り、市街地の店舗の看板に一定の規制を

掛けている。さらにそれが伝建地区内で

は、(同一)区画内に存する屋外広告物の

表示面積の合計は3平方メートル以下と

いう規制がある19。これに対し、同じ産寧

坂地区でも北側を占める一念坂・二寧坂

エリアにおいては、屋外広告物だけでな

く特定屋内広告物の表示面積も合わせて

3平方メートル以下という、より厳しい

規制が設けられている20。というのも、店

舗窓の内側に添付したポスター等の広告

は、確かに屋外広告ではないものの、屋

外の公衆に表示されている広告物には変

わりないからである。その他にも、屋外

広告物に使用すべき色をDICカラーガイ

ドやマンセル値によって厳密に指定する

など独自の規制が多く、それらは新規事

業者や店舗改修の施工業者にも分かりや

すいよう冊子にまとめられている21。ただ

し、いずれも京都市の条例と同じく、外

観に関しての規制のみであり、内装の造

りに関しての記載はない。

 では、これらの厳しい規制がなぜ必要

なのだろうか? それは、先の4-1&2.

で述べた「テナント化」の件と密接に関

わってくる。というのも、産寧坂、二寧

坂、一念坂一帯においてテナント化が進

めば進むほど、当地における古くからの

歴史、伝統、気品、クオリティを心得な

い業者が出店してくるのは当然である。

沿道の物件所有者の高齢化も加速する

中、高額の賃料でも出店希望者が絶えな

いことから、この傾向には歯止めは利か

ない。例えば、新規出店後、一定期間は

商売がうまく行っても、ある時期から困

難な局面を迎えると、「看板・広告物では

なく、商品サンプル」と称し、店先に過

剰な工夫を凝らすようになり、さらには

躍起になって客の呼び込みを行うように

なる。一方で、この地に何代も続く老舗

の御所人形店が、一体50~100万円の高級

人形を販売しているものの、他方、その

すぐ近所では新たな煎餅店が1枚150円

のおかきを店頭に並べている。そして心

無い観光客は、そのおかきを片手に食べ

歩きしつつ、路上にゴミを落とすのも憚

らない、といった状況も現実である。こ

のように、京都・一念坂、二寧坂に相応

しい商売の姿、モラル、フィロソフィー

までも崩すことのなきように、「古都に燃

える会」は自ら、先述のような厳しい景

観規制を課しているのである。

まとめ

 本研究においては、米国の高級旅行雑

誌「Travel+Leisure」も2年連続で「世

界の魅力的な都市 No.1」と評した「京

都」、その歴史都市における観光の牽引役

とも言える「清水・産寧坂」の重伝建地

区にフォーカスし、町並み保存の特徴と

観光資源化について論じてきた。その特

筆すべき点をまとめると、次のとおりで

ある。

 町並みの外観に関しては、京都市の景

観政策により、徹底して「江戸末期から

大正初期に至る産寧坂」を再現・維持す

る凍結保存を行うが、建物内部の改修、

用途に関しては、特に規制を設けず自由

な観光ビジネスの展開を促している点で

ある。確かに、これによって観光客は、

絶えず新たな装いでお目見えするショッ

プ、レストランやカフェなどを楽しめる

ため、リピーターを増やす大きな要因と

もなっているはずである。これは、現時

点(2015年11月15日)日本全国43道府県

90市町村において、110地区もの重伝建地

区がある中でも、稀有の存在に違いない。

 しかし、この点は決して肯定的にばか

りは捉えられない。古来の日本文化を豊

かに宿す古都・京都の姿を、ややもすれ

ば穢しかねない危険性をも孕んでいる。

それゆえ、伝建地区「産寧坂」(特に、二

寧坂、一念坂エリア)における観光地化

の背景には、京都の、ひいては日本の

「心」を後世に伝え続けるため、京を愛お

しむ住民たちが、必死のせめぎ合いを繰

り広げてきた歴史も存在するのである。

さらに、産寧坂で自由な観光ビジネスが

展開可能なもう一つの要因は、同地区に

おける物件所有者の高齢化や居住人口の

減少である。これらがテナント化をより

加速させている点にも注視が必要であろ

う。すなわち、高級住宅地としてのブラ

ンドを維持したい神戸の北野・山本通地

区などとは全く異なる状況である。

 そして、地域景観づくり協議会「古都

に燃える会」の運動は、30年の年月を経

ても衰えることなく、今や行政をも巻き

込み、京都市内各地区における「町並み

保存と観光まちづくり」の模範ともなっ

ている。実際、このような市民の真剣な

思いと活動があるからこそ、京都の観光

発展もあるのではないだろうか? 他の

伝統的な都市や町では、古い文化を守る

ために新しいものを排除する傾向が多分

にある。しかし京都の偉大な点は、まさ

に、新しいものを取り入れることを恐れ

ず、ともに共存・競合しながら、既存の

文化により磨きをかけ、高めていく姿勢

である。その意味で、京都の観光まちづ

くりに学ぶ点は非常に大きいはずであ

る。

Page 9: 京都の観光力を支える 「歴史的町並み保存」と観光 …-19- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 論 文 石 いし 本 もと 東 とう

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

謝辞

・ 本論文執筆に当たっては、現地調査の

段階で、京都市都市計画局都市景観部

景観政策課、および神戸市教育委員会

事務局社会教育部文化財課における、

各伝建地区担当の方々、また、京都市

「地域景観づくり協議会」の『古都に燃

える会』島田会長には、多大なご協力

をいただいた。心から感謝を申し上げ

たい。

  尚、本稿に掲載したこれらの「聞き取

り調査」部分に関しては、文責はすべ

て筆者にある。

・ 本研究は「2015年度 地域志向教育研究

経費助成」を受けたものである。

補注・引用文献

1  日本政府観光局、「米大手旅行雑誌

『Travel+Leisure』誌観光ランキング

で京都が2年連続世界一に」、PRESS

RELEASE(報道発表資料)、2015年、

平成27〔2015〕年7月8日号。2  京都市、「京都市観光総合調査(平成26

〔2014〕年)」、2014年、3~52頁。3  宗田好史、『創造都市のための観光振興

― 小さなビジネスを育てるまちづく

り』、学芸出版社、2009年、52頁, 46~

49頁。4  『京の伝統的建造物群保存地区』、京都

市都市計画局、2013年、1頁。5  小寺武久、『妻籠宿』、中央公論美術出

版、1989年、123~131頁。6  二十軒起夫、「歴史的町並みを活かした

まちづくりにおける市民活動の多様な

取り組みと地方自治体の役割について

の事例比較研究:奈良町と今井町に学

ぶ」、『龍谷大学大学院法学研究』11、

2009年、158頁。7  文化財部参事官(建造物担当)、『歴史

を活かしたまちづくり』、文化庁、2008

年、4頁。8  平成7(1995)年に二寧坂の北側、世

界文化遺産の一つ「高台寺」西側に位

置する「石塀小路」地区も伝建の追加

指定を受け、重伝建「産寧坂」は、地

区面積総計が8.2ヘクタール、戸数約

280戸に拡大された。一方、「祇園新橋」

地区は、現在でも平成51(1976)年に

指定された地区と変わらない。9  『北野・山本地区をまもり、そだてる会』

公式ウェブサイト、「まちなみ保存と市

民活動」の項より、http://www.kitano-

yamamoto.com/index.html(2015 年11

月7日アクセス、データ取得)10  『北野・山本地区 景観ガイドライン』、

神戸市教育委員会事務局社会教育部文

化財課、2014年、24頁。11  京都市都市計画局 都市景観部景観政

策課、『~暮らし息づく~京の町並みを

明日へ』、京都市、2015年、passim。12  株式会社ウエスト・パブリッシング、

『日本の町並み250』、山と渓谷社、2013

年、146~147頁。/「今井町」、かしは

ら探訪ナビ、橿原市観光課、http://

www.city.kashihara.nara.jp/kankou/

index.html(2015年11月7日アクセス、

データ取得)13  橿原市教育委員会、『私たちの町並み保

存 今井町』、橿原市、2013年、17~20

頁。14  京都清水産寧坂「青龍苑」公式ウェブ

サイト http://www.seiryu-en.com/id_

annai.html(2015年10月18日アクセス、

データ取得)15  「京都くろちく」公式ウェブサイト

http://www.kurochiku.co.jp/(2015 年

11月8日アクセス、データ取得)16  D. マキァーネル著、安村克己・須藤廣

他訳、『THE TOURIST ザ・ツーリス

ト-高度近代社会の構造分析』、学文社、

2012年、118~119頁。/Reisinger, Y.,

International Tourism ― Culture

and Behavior ― , Routledge, New

York, 2009, pp. 68-70.17  「地域景観づくり協議会制度につい

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情報館』、http://www.city.kyoto.lg.jp/

tokei/page/0000167984.html(2015 年

11月8日アクセス、データ取得)18  古都に燃える会 一念坂・二寧坂景観づ

くり委員会、『一念坂・二寧坂 景観づ

くり計画書』、古都に燃える会、2013

年、1頁。19  京都市「産寧坂屋外広告物等特別規制

地区屋外広告物等景観整備計画」最終

改正 平成23(2011)年3月31日告示第

501号:第4条第7項に規定されている。20  古都に燃える会、『まちづくり自主規制

宣言』、2009年、2頁。21  古都に燃える会、『まちづくり自主規制

宣言』、2009年、1~10頁。

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】