輝度・色度の対比を考慮した有彩色の明るさ知覚に...

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輝度・色度の対比を考慮した有彩色の明るさ知覚に関する研究 Study on Brightness of Chromatic Color Influenced by Luminance and Chromaticity Contrast 中村芳樹研究室 11M30227 関根 秀幸 (SEKINE, Hideyuki) Keywords:有彩色,明るさ知覚,対比,ヘルムホルツ-コールラウシュ効果 chromatic color, brightness, contrast, Helmholtz-Kohlrausch effect 1. 研究背景および目的 空間の明るさ感は,視環境をデザインする上で最も重要な要素 の一つである.現在,明るさ感を検討する際には主に空間内の照 度や輝度が扱われている.しかし一方で,明るさ知覚に関する 様々な研究から,同輝度であっても色みによって明るさ感が異な ることがわかっており,この効果をヘルムホルツ-コールラウシ ュ効果(以下,H-K 効果)と呼ぶ.これらの要素と明るさ知覚の関 係を定量的に把握し,空間の明るさ知覚を予測することができれ ば,より効率的な視環境の設計が可能となるだろう. そこで本研究では,色を測光量として扱い,有彩色が与える明 るさ知覚への影響に関して検討し,色味を考慮した明るさ予測モ デルを構築することを目的とする. 2. 既往研究および本研究の方針 中村ら 1),2) は,ウェーブレットを用いて,輝度の対比および人 間の感度を考慮した,輝度画像から明るさ画像への変換モデルを 考案している.しかし,このモデルには色味による明るさ知覚へ の影響が考慮されておらず,H-K 効果を説明できない. 山崎ら 3) は色の見え方を色の対比と対象の大きさから説明し ている. H-K 効果に関する研究は数多く存在するが,その大半に おいてこの色の見え方すなわち対比が考慮されていない.納谷ら 4) は,明るさマッチング実験から有彩色の知覚明度の予測式を考 案している.しかし,実験において背景と対象との間に輝度の対 比があり,正確な知覚輝度が得られていないと思われる.また, 対象の大きさが一定である納谷らの研究では色度の対比が十分 に検討されていないと考えられる. 本研究では,観察者の順応状態や対比効果を踏まえた上で,有 彩色が明るさ知覚に与える影響について調べるための実験を行 い,結果から有彩色と明るさ知覚の関係について分析する.また 第二実験として,実空間におけるH-K 効果についても検証する. これらの実験および中村のモデルを踏まえ,輝度・色度分布から 変換する新たな明るさ画像作成モデルの構築を目指す. 3. 第一実験概要 様々な色度の刺激に対する明るさ値を取得し,有彩色が明るさ 知覚に与える影響を調査するために,両眼隔壁法および無彩色可 変法を用いた明るさマッチング実験を行った. 3.1 実験方法 被験者は正常色覚を有する 20 代の男女 7 名とした.まず,被 験者の理解促進および感覚調査のために,ディスプレイ上で有彩 色および無彩色の実験刺激の明るさ並べ替え実験を両眼で行っ た。次に,図 1 のような暗室内にて,被験者の全視野を覆うよう 2 つのディスプレイを設置し,左右の眼の順応状態を分けるた めにディスプレイ間に隔壁を設けた(両眼隔壁法).これらの設備 を用いて,図 2 のように有彩色の実験刺激と同等の明るさになる ように,無彩色の輝度を調整することで有彩色の明るさに対応し た輝度値を取得した(無彩色可変法) 3.2 実験刺激 明るさ並べ替え実験では,輝度・色度を変数とし,輝度ごとに 12 色の有彩色刺激および無彩色を選定した.変数を図 3 に示す が,この実験では大きさは 17 mm 四方の正方形に固定した. 明るさマッチング実験では,被験者の右眼に提示する評価刺激 と被験者の左眼に提示する呈示刺激を作成した。 評価刺激は,背景域の輝度を 0.4 cd/m 2 ,全域の色度を(u’, v’)= (0.198, 0.468),対象域の大きさを 20 degree に固定し,対象域の輝 度は被験者のキー操作により調整できるように作成した. 1 第一実験設備

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輝度・色度の対比を考慮した有彩色の明るさ知覚に関する研究

Study on Brightness of Chromatic Color Influenced by Luminance and Chromaticity Contrast

中村芳樹研究室 11M30227 関根 秀幸 (SEKINE, Hideyuki)

Keywords:有彩色,明るさ知覚,対比,ヘルムホルツ-コールラウシュ効果

chromatic color, brightness, contrast, Helmholtz-Kohlrausch effect

1. 研究背景および目的

空間の明るさ感は,視環境をデザインする上で最も重要な要素

の一つである.現在,明るさ感を検討する際には主に空間内の照

度や輝度が扱われている.しかし一方で,明るさ知覚に関する

様々な研究から,同輝度であっても色みによって明るさ感が異な

ることがわかっており,この効果をヘルムホルツ-コールラウシ

ュ効果(以下,H-K効果)と呼ぶ.これらの要素と明るさ知覚の関

係を定量的に把握し,空間の明るさ知覚を予測することができれ

ば,より効率的な視環境の設計が可能となるだろう.

そこで本研究では,色を測光量として扱い,有彩色が与える明

るさ知覚への影響に関して検討し,色味を考慮した明るさ予測モ

デルを構築することを目的とする.

2. 既往研究および本研究の方針

中村ら 1),2)は,ウェーブレットを用いて,輝度の対比および人

間の感度を考慮した,輝度画像から明るさ画像への変換モデルを

考案している.しかし,このモデルには色味による明るさ知覚へ

の影響が考慮されておらず,H-K効果を説明できない.

山崎ら 3)は色の見え方を色の対比と対象の大きさから説明し

ている.H-K効果に関する研究は数多く存在するが,その大半に

おいてこの色の見え方すなわち対比が考慮されていない.納谷ら

4)は,明るさマッチング実験から有彩色の知覚明度の予測式を考

案している.しかし,実験において背景と対象との間に輝度の対

比があり,正確な知覚輝度が得られていないと思われる.また,

対象の大きさが一定である納谷らの研究では色度の対比が十分

に検討されていないと考えられる.

本研究では,観察者の順応状態や対比効果を踏まえた上で,有

彩色が明るさ知覚に与える影響について調べるための実験を行

い,結果から有彩色と明るさ知覚の関係について分析する.また

第二実験として,実空間におけるH-K効果についても検証する.

これらの実験および中村のモデルを踏まえ,輝度・色度分布から

変換する新たな明るさ画像作成モデルの構築を目指す.

3. 第一実験概要

様々な色度の刺激に対する明るさ値を取得し,有彩色が明るさ

知覚に与える影響を調査するために,両眼隔壁法および無彩色可

変法を用いた明るさマッチング実験を行った.

3.1 実験方法

被験者は正常色覚を有する 20 代の男女 7 名とした.まず,被

験者の理解促進および感覚調査のために,ディスプレイ上で有彩

色および無彩色の実験刺激の明るさ並べ替え実験を両眼で行っ

た。次に,図 1のような暗室内にて,被験者の全視野を覆うよう

に 2つのディスプレイを設置し,左右の眼の順応状態を分けるた

めにディスプレイ間に隔壁を設けた(両眼隔壁法).これらの設備

を用いて,図 2のように有彩色の実験刺激と同等の明るさになる

ように,無彩色の輝度を調整することで有彩色の明るさに対応し

た輝度値を取得した(無彩色可変法).

3.2 実験刺激

明るさ並べ替え実験では,輝度・色度を変数とし,輝度ごとに

12 色の有彩色刺激および無彩色を選定した.変数を図 3 に示す

が,この実験では大きさは 17 mm四方の正方形に固定した.

明るさマッチング実験では,被験者の右眼に提示する評価刺激

と被験者の左眼に提示する呈示刺激を作成した。

評価刺激は,背景域の輝度を 0.4 cd/m2,全域の色度を(u’, v’)=

(0.198, 0.468),対象域の大きさを 20 degree に固定し,対象域の輝

度は被験者のキー操作により調整できるように作成した.

図 1 第一実験設備

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呈示刺激は,すべての条件で輝度が均一だが,色度の均一な刺

激および対象域と背景域を有する刺激の 2種類を作成した.変数

は図 3のとおりで,背景域の色度は(u’, v’)= (0.198, 0.468)に固定

した.無彩色(W)は均一刺激のみで分析の際の基準とする.

3.3 実験手順

明るさ並べ替え実験では,事前に無彩色の刺激を輝度の高い順

に並べて置き,その間に有彩色を順番に配置させた.

明るさマッチング実験は以下の手順で実施した.

1) 被験者を暗室内に入れ,10分間暗順応させる.

2) 呈示刺激および検査刺激を表示し 30秒間色順応させる.

3) 呈示刺激と検査刺激が同じ明るさに見えるように,被験者に

検査刺激の輝度を調整させる.

4) 明るさ調整後の両刺激の輝度・色度を測定する.

5) 提示刺激の条件を変え,手順 2~4を繰り返す.

3.4 実験結果および考察

まず明るさ並べ替え実験から得られた結果と,明るさマッチン

グ実験から得られた各有彩色の明るさの相対的な関係を照らし

合わせてみると,感度の個人差や輝度の影響など比較的対応関係

があることがわかった.したがって明るさマッチング実験から取

得した結果は人の感覚を表していると言える.

分析方法としては,中村らの考案した輝度・明るさ変換モデル

を用いて実験結果から有彩色の明るさ値を算出した.そして無彩

色の明るさ値との差に着目して分析を行った.一般に H-K 効果

は無彩色と有彩色の輝度比で説明されるが,ウェーバー・フェヒ

ナーの法則より知覚量(明るさ)は物理量(輝度)の対数値で表され

るため,本研究では明るさの差で H-K 効果を説明できると考え

た.図 4~6に実験結果から得られた明るさの差を示す.

3.4.1 対象域の大きさとH-K効果の関係

図 4に対象域の大きさと明るさの差の関係を示す.対象域の視

野角が大きくなるほど明るさは比較的大きくなる傾向にある.こ

れは一般に色の面積効果と呼ばれる.しかし 0.64 degree 以下で

は明るさを評価できない,あるいは対象域を視認できないという

意見が,特に白色点付近のG1, B1 の低輝度条件において得られ

た.これらは桿体の分布範囲より対象域が小さいことや黄斑によ

る B に対する感度の低下が強いことなどが考えられ,対象の視

認については MacAdam の色弁別閾楕円(図 5)にも示されるよう

に,GやBとW の区別がつかなくなっていると言える.また他

の視野角に比べ,180 degree (均一刺激)では色相間の明るさの違

いが小さく色順応による影響が見られるが,一部で変化のない条

件もあり色順応が不十分であったことが示唆された.

図 2 無彩色可変法

図 3 第一実験条件

図4 対象域の大きさと無彩色に対する有彩色の明るさの差の関係

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3.4.2 輝度・色度とH-K効果の関係

図 6に示すように輝度が高いほど明るさの差の幅が小さく,色

度だけでなく輝度も H-K 効果に影響を与えると考えられる.50

cd/m2の上端の点は180degreeの条件で,色順応が不十分であり,

実際にはもう少し小さい値になると推測される.

また図 7に示すように,色によって明るさの差は異なるが,全

体として u’v’色度図上で白色点からの距離が遠い色ほど明るさ

の差は大きい.しかし白色点付近の色では無彩色より暗く感じら

れ,既往研究とは異なる結果となった.これは対象域のエッジに

起因すると考えられる.エッジは輝度あるいは色度の変化が激し

い部分において検出され,対比効果がある.既往研究の多くは背

景との輝度対比が強いのに対し,本実験では輝度一定で白色点付

近の色では背景との色対比が小さくエッジが弱い.

3.4.3 有彩色の明るさ値の予測

以上より,明るさ知覚には輝度・色度および対象域の大きさが

大きく影響していると考えられる.そこで実験変数の輝度・色度

をRGB 刺激値に変換し,対象域の大きさを 2.56~180 degree に

絞って,常用対数を取った RGB 刺激値それぞれの画像を解像度

1.6pd (pd:視角投影距離),画像サイズ 128×128 pixel として作成

した.これらの画像を,マザーウェーブレットに symlet6を用い

て分解レベル 7でウェーブレット分解し,レベルごとの変化画像

および近似画像を抽出した.そして得られた各画像の対象域中央

の値を説明変数とし,実験結果の明るさ値を被説明変数として重

回帰分析を行った.得られた係数を表 1に示す.

係数を見てみると,総じて G 成分の絶対値が大きく,G の刺

激値が明るさ知覚に最も影響を及ぼすような予測式となってい

る.これはCIE で定められている分光視感効率(図 8)とも類似し

た傾向にあり,予測式は眼の感度を表していると言える.

4. 第二実験概要

より複雑な輝度・色度分布を持つ空間における有彩色の明るさ

知覚を調査するため,模型を用いた明るさ比較実験を行った.

4.1 実験方法

実空間として,図 10のような居間空間の 1/10模型を二つ作成

した.模型の前面には長方形の覗き窓を作成し,上面には円形の

開口を設けて乳白色のアクリル板および人工照明を設置した.人

工照明は色温度 5000 Kの LEDスポットライトで,直流電源を用

いて輝度を調整した.明るさを比較する対象は,二つの模型に有

彩色の立体と無彩色の立体をそれぞれ視野角 5degree となる位

置に置き,被験者に明るさを比較させた.模型を覗く時間や回数

に制限は与えなかった.

図 7 色相と無彩色に対する有彩色の明るさの差の関係

表 1 重回帰分析によって得られた明るさ値予測式の係数

図 8 CIE分光視感効率 図 9 明るさ予測値と実験値の関係

図6 輝度と明るさの差の関係 図5 MacAdamの色弁別楕円

(楕円を10倍に拡大表示)

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4.2 実験対象

比較対象は一辺 10 mmの正二十面体で,有彩色の立体は第一

実験の条件と比較的近い色度を持つ色紙を 7 色選定して作成し,

輝度も第一実験と近い値となるように人工照明を調光した.無彩

色の立体は,設定した各有彩色立体の輝度のおよそ 0.5, 0.75, 1,

1.25, 1.5, 1.75, 2倍となるように調整して印刷した 10種類の紙よ

り作成した.各条件を図 11に示す.

4.3 実験手順

明るさ比較実験は以下の手順で実施した.

1) 被験者を暗室内に入れ,10分間暗順応させる.

2) 有彩色立体とその輝度の 0.5 倍の輝度となる無彩色立体を各

模型に設置し,被験者に比較させ明るいほうを回答させる.

3) 有彩色立体のほうが明るいと回答した場合は一段階高い輝度

の無彩色立体を,無彩色立体のほうが明るいと回答した場合は一

段階低い輝度の無彩色立体を設置し,再度回答させる.

4) 被験者の回答が 3回転換するまで手順 3を繰り返す.

5) 有彩色立体の条件を変え,手順 2~4を繰り返す.

4.4 実験結果および考察

被験者の多くが無彩色よりも有彩色の方が暗く感じたことが

わかった.一例として,有彩色を暗く感じた被験者 A と明るく

感じた被験者Bの結果の上限値・下限値を図 12のグラフに示す.

また,第一実験の近い条件どうしで明るさの差を比較した.実験

の設定に違いはあるものの,第一実験の誤差を踏まえると,色相

間の相対的な関係は第一実験と同様の傾向が見られた.値として

は第一実験と比べて全体的に低く,その原因のひとつにエッジが

考えられる.第二実験では,条件の調整上無彩色立体に白いエッ

ジが出来ていた.図 13 に模型の輝度画像から作成した視認性画

像を示す.周囲とのエッジは有彩色のほうが強いが,対象前面の

細かいエッジは無彩色のほうが強いことがわかる.被験者には立

体の面の明るさを比較するように指示したが,この細かいエッジ

による影響で,実際より明るく感じたと考えられる.

5. まとめ

両眼隔壁法および均一輝度の刺激を用いることで,有彩色の明

るさ知覚と輝度・色度および対象域の大きさとの関係を明らかに

し,有彩色の明るさ値の予測式を示した.しかしその決定係数は

十分に高くないため,今後は色の逆対比などの実験条件を追加し,

より精度の高い実験データを増やしていく必要がある.

また,実空間において物体のエッジの強さが明るさ知覚に大き

く影響することが示唆された.したがって,エッジによる明るさ

知覚への影響についても対比の観点から検討する必要がある.

図 10 第二実験模型イメージ

図 11 第二実験条件

図 12 色相と輝度および明るさの差の関係

図 13 視認性画像によるエッジの見えやすさ

参考文献

1) 中村芳樹,江川光徳:均一背景をもつ視対象の明るさ知覚 ―輝度の対比を考慮し

た明るさ知覚に関する研究(その1)―,照明学会誌 88(2), 77-84, 2004-02-01

2) 中村芳樹:ウェーブレットを用いた輝度画像と明るさ画像の双方向変換 ―輝度の

対比を考慮した明るさ知覚に関する研究(その3)―,照明学会誌 90(2), 97-101,

2006-02-01

3) 山崎弘明,中村芳樹:色順応を考慮した画像表示法に関する研究,照明学会全国

大会講演論文集 44,162-163,2011-09-13

4) 納谷嘉信,田中力,田中憲孝:物体色および光源色のHelmholtz-Kohlrausch 効果

の予測 ―Ⅰ.無彩色可変法の場合の推定,照明学会誌 82(2), 131-136, 1998-02-01

5) 謝明燁,宗方淳,平手小太郎:光色の違いが明るさ感に与える影響に関する研究,

日本建築学会環境系論文集 588,15-20,2005

6) 新編 色彩科学ハンドブック[第 2 版]:日本色彩学会編