当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック ·...

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当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック 【はじめに】 アメリカンフットボールは激しいコンタクトを伴うス ポーツであり , 外傷や障害が数多く発生する 1) . 当院では平成 29 年よりスポーツ外来を開設した . スポーツ選手のサポートの一環として , 大学生及び社 会人アメリカンフットボール選手を対象とし , メディカ ルチェックを行った . 今回当院におけるメディカルチェックの実施内容に ついて報告する . 【対象】 対象は東海 2 部所属の大学アメリカンフットボー ル選手 16 名(平均年齢 19.8±1.1 歳)と X リーグ所 属社会人アメリカンフットボール選手 9 名(平均年齢 27.8±4.4 歳)である . 【方法】 メディカルチェックとして , アンケート調査 , 身体所 見・検査を実施した . その後フィードバックとして , スト レッチ・エクササイズ指導を実施し , 必要に応じて 2 次検診として医療機関の受診を促した . 1)アンケート調査 事前にアンケート用紙を配布し , メディカルチェック 当日に回収した . 下記の領域に関してアンケート調査 を実施した . (1) 整形外科(既往歴 , 頸腰部痛 , バーナー症候群), (2)内科(既往歴 , 家族歴), (3) 脳神経外科(頭痛 , 脳震盪) Key words: アメリカンフットボール (American football), メディカルチェック (Medical checkup), アンケート調査 (Questionnaire survey) 医療法人宏友会竹内整形外科・内科クリニック リハビリテーション科 鬼頭明裕   池田潤一   山下桂司   山口秀仁 田村恵美   天木 充   戸田遼太   安楽岡みなみ   竹内宏幸 名古屋市立大学 整形外科 吉田雅人 2)身体検査 医師 , 検査技師 , 放射線技師 , 理学療法士により 実践した . (1) 身長 ,(2) 体重 ,(3) 体脂肪率 ,(4) 心電図 ,(5) 頚椎レ ントゲン(アライメント, 狭窄症の有無),(6) 血液検査 (肝機能 , 血中脂質) 3)身体所見 医師 , 理学療法士により実践した . (1) 関節可動域測定 ①頚椎(屈曲 , 伸展 , 回旋), ②体幹(回旋), ③股 関節(屈曲 , 内旋 , 外旋), ④肩関節(2 nd 内旋・外 旋 ,3 rd 内 旋・ 外 旋 , 伸 展 ,Combined Abduction  Test(CAT)¹),Horizontal Test(HFT)¹)). (2) 胸郭出口症候群のテスト ① Morley test, ② Roos test, ③ Wright test (3) 頚椎症神経根症状誘発テスト ① Jackson test, ② Spurling test (4) 下肢体幹タイトネス ① Straight Leg Raising(SLR) 角度 , ② Heel Buttock Distance(HBD), ③ Finger Floor Distance(FFD), ④ しゃがみこみテスト (5) その他 ① Trunk rotation test, ② Dynamic Trendelenburg 【フィードバック】 選手・指導者に対して , フィードバック用紙(図1) を配布した . アンケート及び頚椎レントゲンの結果か ら, ABC の 3 段階で評価し , 精密検査が必要と思わ 東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019) 17

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Page 1: 当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック · 4)松澤正.理学療法評価学 改訂第3版.東京: ... 方,アメリカンフットボールの外傷では,岸本ら7)は,

【考察】 バランスを評価する方法は多数の方法が立案され

ているが , 動的バランス機能を簡便に評価できるこ

とから今回は FRT を採用した .FRT は高齢者のバ

ランスを測定するパフォーマンステストとして開発さ

れたものであり, 臨床でも幅広く活用されている評

価法である 6). 先行文献では主に高齢者を対象とし

た研究が多く, 小中学生を対象とした FRT の研究

はあまり多くない .

 本研究では, FRT の結果が良い生徒は長座体前屈

あるいは持久走の結果が良いという結果が得られた .

 1. FRTと長座体前屈の関係

 外乱に対する重心動揺距離は足関節背屈 , 股関節

屈曲可動域に相関がみられ ,可動域の低下は姿勢の

不安定さに繋がる 7)とされ, FRT 動作中に足関節 ,

股関節などの下肢柔軟性が必要であると考えられ

る . 結果として FRT の成績が良い者は下肢柔軟性が

優れており, 長座体前屈の結果が良いと推察された .

 2. FRTと持久走の関係

 ランニング動作においては ,骨盤後傾位を呈すると

前方推進効率が低下する 8)との報告や, 長距離走に

おいて重心を高くした走行フォームは記録の向上に有

用である 9)と報告があり,これらの見解は脊柱安定性

が優れ ,骨盤前位を保つ機能が高い者ほどランニン

グの成績が良いことを示唆している.また, FRT 動作

においてリーチ動作の最終域における体幹前傾を制

御しているのは多裂筋の活動によるものが大きい10)と

報告がある .これら先行研究から,FRT 動作には多

裂筋による骨盤前傾位を保つ機能や, 脊柱安定性が

必要であり, 結果として FRT の成績が良い者は持久

走の結果が良いと推察された . 

 3. 長座体前屈と持久走の関係

 本研究の結果では , 長座体前屈と持久走の結果に

関連性は認められなかった .この結果から身体柔軟

性と脊柱安定性は中学生の身体機能を構成する上で

別々の要素であることが推察され , 身体柔軟性が優

れているだけでは脊柱安定性が良いとは言えず,その

逆も同じであることが考えられた .このことから,中学

生のリハビリテーションにおいて双方の評価・アプロ

ーチが必要であると思われる.

 本研究からFRT を測定する意義として, 高齢者に

対しては歩行速度や転倒のリスクを評価するものとし

てのツールであり 4) 中学生に対しては ,下肢柔軟性や

脊柱安定性を評価するツールとして本テストを活用で

きるのではないかと考えられた . ただし , 本研究から

では FRT の結果を一見しただけで下肢柔軟性と脊柱

安定性のどちらが優れているかを判定することは難し

く,今後の検討が必要である.

【参考文献】1)文部科学省体育局 . 新体力テスト実施要項 .

2)篠原崇志 , 安藤正和 , 米倉伸樹ら . 思春期にお

ける運動機能とケガの関係性 . 東海スポーツ障

害研究会会誌 Vol.35 (Dec.2017)

3)Duncan PW,Weiner DK Chandler J, et

al:Functional reach,a new clinical masure

of balance.Gerontol,1990,45(VI):192-197

4)松澤正 . 理学療法評価学 改訂第 3 版 . 東京 :

金原出版株式会社 2011.155

5)大木雄一 , 曽根理 . 脳卒中片麻痺者におけるフ

ァンクショナルリーチを用いた屋外歩行自立可能

性を判断する一指標 -カットオフ値の検討及び

地域在住高齢者との比較 .( 第 42 回日本理学療

法学術大会 抄録集 )

6)前岡浩 , 金井秀作 , 坂口顕ほか .Functional

Reach Test に影響を与える因子 - 身長 , 年齢 ,

足圧中心点 , 体幹前傾角度及び歩行速度による

検証 -. 理学療法学 21(2):197-200,2006

7)岡田修一 , 平川和文 , 浅見高明 . 高齢者の加速

度外乱に対する姿勢保持能力と行動体力及び日

常動作能力との関係 . 教育医学 ,1999,44(3):

549-563

8)小林寛和 , 宮下浩二 , 藤堂庫治 . スポーツ動作

と安定性 - 外傷発生に関係するスポーツ動作の

特徴から - 関西理学 3:49-57,2003

9)是石直文 . 長距離走における記録向上が , 走フ

ォームに及ぼす影響について- 男子高校生を例

に -.MEMOIRS OF SHONAN INSTTIUTE

OF TECHNOLOGY Vol.48 No.1 2019

10)佐々木賢太郎 , 神谷晃央 , 小林聖 .ファンクシ

ョナル・リーチ動作の筋電図学的解析 . 理学療

法科学 24(6):813-816,2009

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック

【はじめに】 アメリカンフットボールは激しいコンタクトを伴うス

ポーツであり, 外傷や障害が数多く発生する1).

 当院では平成 29 年よりスポーツ外来を開設した .

スポーツ選手のサポートの一環として, 大学生及び社

会人アメリカンフットボール選手を対象とし , メディカ

ルチェックを行った .

 今回当院におけるメディカルチェックの実施内容に

ついて報告する .

【対象】 対象は東海 2 部所属の大学アメリカンフットボー

ル選手16 名(平均年齢 19.8±1.1 歳)と X リーグ所

属社会人アメリカンフットボール選手 9 名(平均年齢

27.8±4.4 歳)である.

【方法】 メディカルチェックとして,アンケート調査 , 身体所

見・検査を実施した .その後フィードバックとして, スト

レッチ・エクササイズ指導を実施し, 必要に応じて 2

次検診として医療機関の受診を促した .

1)アンケート調査

 事前にアンケート用紙を配布し, メディカルチェック

当日に回収した . 下記の領域に関してアンケート調査

を実施した .

(1) 整形外科(既往歴 , 頸腰部痛 , バーナー症候群),

(2) 内科(既往歴 , 家族歴),

(3) 脳神経外科(頭痛 , 脳震盪)

Key words: アメリカンフットボール (American football), メディカルチェック(Medical checkup),        アンケート調査 (Questionnaire survey)

医療法人宏友会竹内整形外科・内科クリニック リハビリテーション科鬼頭明裕   池田潤一   山下桂司   山口秀仁

田村恵美   天木 充   戸田遼太   安楽岡みなみ   竹内宏幸

名古屋市立大学 整形外科吉田雅人

2)身体検査

 医師 , 検査技師 , 放射線技師 , 理学療法士により

実践した .

(1) 身長 ,(2) 体重 ,(3) 体脂肪率 ,(4) 心電図 ,(5) 頚椎レ

ントゲン(アライメント, 狭窄症の有無),(6) 血液検査

(肝機能 , 血中脂質)

3)身体所見

 医師 , 理学療法士により実践した .

(1) 関節可動域測定

①頚椎(屈曲 , 伸展 , 回旋), ②体幹(回旋), ③股

関節(屈曲 , 内旋 , 外旋), ④肩関節(2nd 内旋・外

旋 ,3rd 内 旋・外旋 , 伸展 ,Combined Abduction 

Test(CAT)¹),Horizontal Test(HFT)¹)).

(2) 胸郭出口症候群のテスト

① Morley test, ② Roos test, ③ Wright test

(3) 頚椎症神経根症状誘発テスト

① Jackson test, ② Spurling test

(4)下肢体幹タイトネス

① Straight Leg Raising(SLR) 角度 , ② Heel Buttock

Distance(HBD), ③ Finger Floor Distance(FFD), ④

しゃがみこみテスト

(5) その他

① Trunk rotation test, ② Dynamic Trendelenburg

【フィードバック】 選手・指導者に対して,フィードバック用紙(図1)

を配布した .アンケート及び頚椎レントゲンの結果か

ら,ABC の 3 段階で評価し, 精密検査が必要と思わ

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

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Page 2: 当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック · 4)松澤正.理学療法評価学 改訂第3版.東京: ... 方,アメリカンフットボールの外傷では,岸本ら7)は,

図1:フィードバック用紙

図 1 : フ ィ ー ド バ ッ ク 用 紙

れる場合,医療機関の受診を促した.また,アンケート

と身体所見・検査の結果から,ストレッチ,エクササイ

ズ指導実施した.

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

【考察】 アメリカンフットボールは , 激しいコンタクトを繰り

返すことから多くの障害が発生するスポーツである 2~4).

そのため脳震盪や頸部外傷のリスクが高い 2). 近年特

に脳震盪後症候群や慢性外傷性脳症などの報告 5) も

あり,注目されている. 脳震盪に関しては, 真木ら6) は ,

重大な問題だと選手が理解していないと報告している.ま

た , 萩野 6) は , 一瞬意識を失うのが脳震盪であると

誤解されていることが多いと報告している.今回のメ

ディカルチェックでは , バーナー症候群を含む整形外

科領域のみならず, 突然死予防として内科領域 , 脳

震盪の予防として脳外科領域も含めて実践した . 一

方,アメリカンフットボールの外傷では , 岸本ら7) は ,

足関節靭帯損傷 , 膝関節靭帯・半月板損傷が多か

ったと報告し , 藤谷ら 8) は , 膝関節靭帯損傷 , 足

関節靭帯損傷 , 脳震盪が多かったと報告している .

【まとめ】 大学生及び社会人男子アメリカンフットボール選手

のメディカルチェックを行った . 当院におけるメディカ

ルチェックの実施内容について報告した .今後は実施

項目の再検討や脳震盪の予防 , 啓蒙活動を含めたフ

ィードバックの充実を図りたい .

【謝辞】 事前アンケートを作成するにあたり, 北里研究所病

院整形外科スポーツクリニックの月村泰規先生に御協

力をいただき, 心より御礼申し上げます.

 

【文献】1)原正文:投球障害肩患者に対する診察と病態把

握のポイント MB Orthop,2007,7:29-38

2)阿部均ら:アメリカンフットボール,ラグビー選手

の頭部外傷について, 日本整形外科スポーツ医学

会誌 1991:10,55-59.

3)阿部均:頸部の痛み . 臨床スポーツ医学 1997:

14(10),1097-1101.

4)岸谷勲:日本におけるラグビー外傷の統計. 臨床

スポーツ医学 1989:6(8),863-868.

5)萩野雅宏:スポーツによる頭部外傷の発生状況 .

日本医事新報 ,2017;4859:26-29

6)真木真一ほか:大学アメリカンフットボール選手の

脳震盪発生率と危険因子. 臨床スポーツ医学 ,

2014;22,521

7)岸本ほか:大学アメリカンフットボールチームにお

ける1999 年から2008 年までの障害発生状況 .

臨床スポーツ医学 ,2012;20,24-31

8)藤本ほか:関東大学アメリカンフットボール秋季

公式戦における過去 20 年間 (1991-2010) の外傷

について. 臨床スポーツ医学 ,2012;20,550-556

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

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Page 3: 当院におけるアメリカンフットボール選手のメディカルチェック · 4)松澤正.理学療法評価学 改訂第3版.東京: ... 方,アメリカンフットボールの外傷では,岸本ら7)は,

図1:フィードバック用紙

図 1 : フ ィ ー ド バ ッ ク 用 紙

れる場合,医療機関の受診を促した.また,アンケート

と身体所見・検査の結果から,ストレッチ,エクササイ

ズ指導実施した.

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

【考察】 アメリカンフットボールは , 激しいコンタクトを繰り

返すことから多くの障害が発生するスポーツである 2~4).

そのため脳震盪や頸部外傷のリスクが高い 2). 近年特

に脳震盪後症候群や慢性外傷性脳症などの報告 5) も

あり,注目されている. 脳震盪に関しては, 真木ら6) は ,

重大な問題だと選手が理解していないと報告している.ま

た , 萩野 6) は , 一瞬意識を失うのが脳震盪であると

誤解されていることが多いと報告している.今回のメ

ディカルチェックでは , バーナー症候群を含む整形外

科領域のみならず, 突然死予防として内科領域 , 脳

震盪の予防として脳外科領域も含めて実践した . 一

方,アメリカンフットボールの外傷では , 岸本ら7) は ,

足関節靭帯損傷 , 膝関節靭帯・半月板損傷が多か

ったと報告し , 藤谷ら 8) は , 膝関節靭帯損傷 , 足

関節靭帯損傷 , 脳震盪が多かったと報告している .

【まとめ】 大学生及び社会人男子アメリカンフットボール選手

のメディカルチェックを行った . 当院におけるメディカ

ルチェックの実施内容について報告した .今後は実施

項目の再検討や脳震盪の予防 , 啓蒙活動を含めたフ

ィードバックの充実を図りたい .

【謝辞】 事前アンケートを作成するにあたり, 北里研究所病

院整形外科スポーツクリニックの月村泰規先生に御協

力をいただき, 心より御礼申し上げます.

 

【文献】1)原正文:投球障害肩患者に対する診察と病態把

握のポイント MB Orthop,2007,7:29-38

2)阿部均ら:アメリカンフットボール,ラグビー選手

の頭部外傷について, 日本整形外科スポーツ医学

会誌 1991:10,55-59.

3)阿部均:頸部の痛み . 臨床スポーツ医学 1997:

14(10),1097-1101.

4)岸谷勲:日本におけるラグビー外傷の統計. 臨床

スポーツ医学 1989:6(8),863-868.

5)萩野雅宏:スポーツによる頭部外傷の発生状況 .

日本医事新報 ,2017;4859:26-29

6)真木真一ほか:大学アメリカンフットボール選手の

脳震盪発生率と危険因子. 臨床スポーツ医学 ,

2014;22,521

7)岸本ほか:大学アメリカンフットボールチームにお

ける1999 年から2008 年までの障害発生状況 .

臨床スポーツ医学 ,2012;20,24-31

8)藤本ほか:関東大学アメリカンフットボール秋季

公式戦における過去 20 年間 (1991-2010) の外傷

について. 臨床スポーツ医学 ,2012;20,550-556

東海スポーツ傷害研究会会誌:Vol.37(Dec.2019)

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