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-1- 詳しく! もっと α ス  ワゴン 45 No. 2016 年度 北海道勤医協 看護師主任研修会 講演 地域包括ケアシステムの中で 患者・家族のいのち、くらしを支える看護 ~今、私たちに求められている役割とは~ 看護を「いのちと生活と人生」の 3 つから 切り離さない 私は卒業してから 3 年間ほど勤医協中央病院の呼吸器科で働いてい ました。医師や先輩の看護師さんが、「病気だけではなく、患者さん を丸ごと診ている」ことに感動し、病気を診ることは「病気や障害を 持ってしまった人が人生を再開拓していく過程に関わること」だと考 えるようになりました。 その後私は進学し、立場を変えながら看護の仕事に関わり、現職に 就いていますが、一貫して持ち続けてきた看護哲学は、「いのちと生 活と人生の 3 つから看護を切り離さない」ということです。 今日は、地域包括ケアシステムが求められる中で、「どう看護し、 どう連携すべきか」を皆さんと一緒に考えたいと思います。 前半のテーマは「看護連携は地域包括ケアシステムの要」で、後半 は「生活と医療を統合する継続看護マネジメント」です。私は対象者 を中心としたチームビルディングに関わるマネジメントも看護の役割 と考えています。 未来の医療で 看護はより重要になる 「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マ ネジメント』を読んだら)」で注目を集めた『マネジメント』の著者 で経営学者のピーター・ドラッカーが、2002 年に『ネクスト・ソサ 講師:北海道医療大学 看護福祉学部 講師・地域看護専門看護師 川添 恵理子北海道医療大学大学院看護福祉学 研究科修士課程修了。訪問看護ス テーション、北海道社会保険病 院、社会保険看護研修センターを 経て、現職。専門分野は在宅看護、 在宅ケアシステムなど。 【所属学会】日本地域看護学会、 日本在宅ケア学会、北海道医療大 学看護福祉学部学会、日本老年看 護学会、日本看護科学学会、ほか かわぞえ 添 恵 理子

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詳しく!もっと αナース  ワゴン 45No.

2016年度 北海道勤医協 看護師主任研修会

講演

地域包括ケアシステムの中で患者・家族のいのち、くらしを支える看護~今、私たちに求められている役割とは~

看護を「いのちと生活と人生」の3つから 切り離さない

 私は卒業してから3年間ほど勤医協中央病院の呼吸器科で働いてい

ました。医師や先輩の看護師さんが、「病気だけではなく、患者さん

を丸ごと診ている」ことに感動し、病気を診ることは「病気や障害を

持ってしまった人が人生を再開拓していく過程に関わること」だと考

えるようになりました。

 その後私は進学し、立場を変えながら看護の仕事に関わり、現職に

就いていますが、一貫して持ち続けてきた看護哲学は、「いのちと生

活と人生の3つから看護を切り離さない」ということです。

 今日は、地域包括ケアシステムが求められる中で、「どう看護し、

どう連携すべきか」を皆さんと一緒に考えたいと思います。

 前半のテーマは「看護連携は地域包括ケアシステムの要」で、後半

は「生活と医療を統合する継続看護マネジメント」です。私は対象者

を中心としたチームビルディングに関わるマネジメントも看護の役割

と考えています。

未来の医療で 看護はより重要になる

 「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マ

ネジメント』を読んだら)」で注目を集めた『マネジメント』の著者

で経営学者のピーター・ドラッカーが、2002年に『ネクスト・ソサ

講師:北海道医療大学 看護福祉学部 講師・地域看護専門看護師

川添 恵理子氏

北海道医療大学大学院看護福祉学

研究科修士課程修了。訪問看護ス

テーション、北海道社会保険病

院、社会保険看護研修センターを

経て、現職。専門分野は在宅看護、

在宅ケアシステムなど。

【所属学会】日本地域看護学会、

日本在宅ケア学会、北海道医療大

学看護福祉学部学会、日本老年看

護学会、日本看護科学学会、ほか

川かわぞえ

添 恵え り こ

理子氏

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エティ―歴史が見たことのない未来がはじまる』(ダイヤモンド社)

という本を出しています。衝撃的な内容でした。『病院に通ってくる

患者の8割は、専門看護師で処置可能だ。本当に医師の処置が必要な

患者は、全体の2割に過ぎない』と書いてありました。ナイチンゲー

ルは看護の定義を「患者の生命力の消耗を最小にするように、生活の

全てを最良の条件に整えること」としています。

 私たちが得意とする「看護の力」が、これからの医療でより重要に

なることを確信しました。

ナイチンゲールの『看護覚え書』(1860年)には 看護を定義する以下のような言葉が記されています

●看護がなすべきこと、それは自然が患者に働きかけるのに最

も良い状態に患者を置くことである。

●看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなど

を適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容

を適切に選択し適切に与えること、こういったことのすべて

を患者の生命力の消耗を最小にするように整えること、を意

味すべきである。

2025年には 30分で医療や介護が自宅に届く?

 今から約25年後の2042年には老齢人口がピークになるといわ

れています。世界の高齢化率の推移を見ると、欧米やアジアと比べ

ても日本はダントツ第1位。2050年には高齢者1人を若者1.2人

が支えなくてはならず、その後は支える人が誰もいない時代が来る

のでは……といわれています。高齢者世帯は3分の1が一人暮らし

で3分の1が夫婦世帯です。認知症の患者数は2025年に700万

人を突破するともいわれています。高齢者や認知症の患者数が増え

続けると、病気や障害によって亡くなる方が相対的に増加します。

 国は介護施設を今の2倍に、自宅での看取りを1.5倍にし、医療

機関は増やさないと言っています。昭和初期は医療機関で亡くなる

方の割合が約10%でしたが、昭和50年ごろから反転し、現在は

自宅で亡くなる方の割合が13%といわれています。

 国は自宅での看取りを50%以上にするために、7 対 1 病床を

大幅に削減し、長期療養と外来、在宅にお金をつけようとしていま

す。これが「在宅移行支援」や「継続看護」「地域包括ケアシステム」

といわれている仕組みです。厚生労働省が示した「2025年の地域

包括ケアシステムの姿」では、住まいが中心です。病気になったら

医療を、介護が必要になったら介護サービスを30分ほどで自宅に

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届けるという政策です。

 この概念は、1984年に公立みつぎ総合病院(広島県)の山口昇院

長が自分の病院で寝たきりの患者の再入院が増えているということか

ら、看護や医療を出前しようと考えたのが始まりです。自分の病院の

中に保健医療・福祉部門を作り、「地域包括ケアシステム」と名付け

て実践・展開しています。

サービス提供者の都合で 患者の生活を切り刻まないケアを

 地域包括ケアの本質について看護白書では、「包括性・継続性・地

域性が大事である」としています。

【地域包括ケアの本質】

1.包括性…… サービス提供者側の都合で患者の生活を切り刻むので

はなく、その人の生活全体を支えるという視点

2.継続性…… 人の生活は時間軸の中で過去との連続性を持ちながら

絶えず変化し現在から未来に流れていく。サービス提

供には、一貫性と患者の状態の変化に応じた柔軟性が

求められる

3.地域性…… 人の生活は住み慣れた場所で日常的・継続的に行われ

るものである以上、その住まいや「地域」と無関係に

存在するはずもない

 患者さんの人生を支えるためには、『サービス提供者側の都合で患

者の生活を切り刻むのではなく、その人の生活全体を支える視点』が

必要です。「この方の人生の中ではどうなのだろう?」と予測を立て

ながら関わることが看護の本質です。地域包括ケアは、看護職の腕の

見せどころになると思います。「看護をつなぐ」「チームをつなぐ」た

めのマネジメント・スキルが看護師に必要になってくると思います。

 地域包括ケアシステムのイメージ図で、2015年に「本人・家族の

選択と心構え」とあったのが、2016年は「本人の選択と本人・家族

の心構え」に変わりました。つまり、本人がどうありたいか、どこで

誰とどのように生きていきたいかという意志決定を支援し続けるプロ

セスが大切だと考えます。

必要な時に必要なケアを届けられる 看護連携

 退院は、患者さんや家族にとって「病気や障害を抱えたままの新し

い生活の始まり」です。

 退院支援・退院調整の第一人者で有名な宇都宮宏子さんは、次のよ

地域包括ケアは

看護職の腕の見せどころ

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 「退院支援・退院調整を理解するための3段階プロセス」は順番に

進めるのではなく、随時進めていくことが大切だと思っています。第

1段階ではスクリーニングし退院について話し合い、第2段階ではチー

ムアプローチを開始し、第3段階は社会資源との連携です。退院した

ら看護は終わり……ではなく、患者さんの生活の場所が変化しても途

切れないことが大事です。つまり、「その人にとって必要なケアを必

要な時に必要な場所で、適切な人によって受けることができるシステ

ム」が必要だと思っています。

 こうした看護は、私が勤医協中央病院で働いていた時に先輩看護師

さんたちが当たり前に実践していました。それが今は「退院支援」や

「退院調整」「在宅療養移行支援」と定義されるようになりました。と

ころが、研修会や退院支援コンサルテーションで「看護師には難しい」

「外科やICU、救急外来は関係ない」と言われることもあり、「そうだ

ろうか?」と問いかけています。

 患者さんの生活の場が今、自宅であっても、病棟や施設であって

退院支援

患者が自分の病気や障害を理解し、退院後も継続が必要な医療や看護を受けながらどこで療養するのかどのような生活を送るのか自己決定するための支援

退院調整

患者の自己決定を実現するために、患者・家族の意向を踏まえて環境・ヒト・モノを社会保障制度や社会資源につなぐなどのマネジメントの過程

在宅療養(ケア)移行支援

患者の疾病管理の必要性や病態予測に基づき、安定した療養生活を続けて送れるようにするために予測しながら支援

第1段階

入院時には入院前の状況を把握しながら、医療や介護の必要性をアセスメントします。どんなふうに退院後の生活をしていきたいのか話し合っていくことが必要です。

第2段階療養生活での医療上の課題と生活・介護上の課題について、チームで話し合い、入院中に支援や練習をします。

第3段階 関係職種と会議を持って退院準備をします。

必要なケアを

必要な時に必要な場所で

適切な人によって

受けることができるように

うに示しています。

【退院支援・退院調整を理解するための3段階プロセス】

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も、全ての人に継続看護が必要です。それぞれの場所で看護の方法が

異なっても、同じ目標のアプローチとしてつながっています。つまり、

継続看護は、病気や障害を持った方の人生を支えていくために多職種

と協働し、患者さんの目標に向かってチームでアプローチしていくと

いう1つの方法なのです。

 この支援を対象者の範囲で見ると、看護師一人ひとりの支援は個別

支援ですが、広げていくとチームでの支援、地域での支援になります。

さらに制度や政策を改善する力が看護に必要なのではないかと思って

います。マネジメントでは、今行っている看護をその都度評価し、支

援の改善や調整はチームで対応することが大切になります。

高齢患者さんの一人暮らしは 本当に無理なのか?

 退院支援コンサルテーションに伺うと、高齢患者さんの退院支援の

カンファレンス時に「一人暮らしだから退院は無理だよね」「高齢者

夫婦世帯じゃ退院は無理だよね」「転院か施設方向でいいですか?」

という場面があります。

 私が「本人はどう思っているのですか?」と質問すると、看護師さ

んからは「ご本人は認知症なので確認できないんです」「高齢独居な

ので、入院前の生活もよく分からない」「家に帰るのは無理だと思い

ます」という答えが返ってきます。

 そんな時、「人生に関わる大切なことを、ご本人や家族のいないと

ころで決めてもいいのでしょうか」と問いかけます。

 病気や障害による入院はその方の人生の一部分でしかありません。

人は誰もが生まれて育ち、結婚して、生きて、老いて、亡くなってい

くわけです。ある時何かのアクシデントがあって入院したり、病院に

かかることがあったとしても、それまでの人生や人とのつながりは変

わりません。退院後に生活の場所が変わるとしても、残された人生の

時間に限りがあるとしても、患者さんは最期の瞬間までその人らしく

生きる権利があると思います。その人らしく生きられるように看護す

るためには、「その人」を知ることが必要になります。

なぜ、両親は協力的ではないのか?

3歳の女の子Cちゃん

溺水、人工呼吸器・全介助・遷延性意識障害

 医師からCちゃんを1カ月以内に退院させるよう指示を受けた看護

在宅療養移行支援コンサルテーション

事例

人生に関わる大切なことを

ご本人や家族のいないところで

決めてもいいのでしょうか

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師さんから「家族は病室に来なくて非協力的です。どうしたら良いで

しょう」と連絡をもらい、コンサルテーションを行いました。Cちゃ

んは浴槽のふたの上で遊んでいた時に、ふたが落ちて溺水し救急車で

運ばれてきました。看護記録のジェノグラムは白紙でした。そこで私

はスタッフに質問しました。

 生活の質(QOL)の生活「Life」には、「命」「生活」「人生」と3

つの意味があると考えています。患者さんの意思決定を支えるために

は、「意思の表出」が欠かせません。私は看護師さんたちに「患者さ

んや家族と向き合う覚悟が無いんじゃないですか」というお話しをさ

せていただきました。

川添:ご家族の家族構成は? どんな方ですか?

スタッフ:緊急入院だったから…

川:入院してから1カ月以上は経っていますよ。家族構成は?

ス:あまり面会に来なくて

川:ご家族はどうしてこんなに来ないんですか?

ス:あまり協力的ではなくて。父親は来ても10分くらいで

帰るし。……何だ、やっぱりすぐには解決しないんだ。

コンサルだったら何とかしてくれると思ったのに。

川:誰がこの先を決めるんですか? 私が決めるんですか?

Cちゃんはこの先どうやって生きるんですか?

ス:ですよね……

川:お母さんはどうして来ないのか分かりますか?

ス:……

皆さんは意思決定を支える際に

難しいと感じることがありますか?

夫婦で生活されている場合、ご主人は家に帰

りたい。奥さんは自宅で支えることはできな

いと言われた時に困難します。

 本人と家族の思いが違う時の折り合いは難しいですね。そこに多職

種が加わってくるとさらに複雑化し、価値感の板ばさみが生まれてさ

らに難しくなります。しかし大切なのは、「どうするべきか、どうあ

るべきかを考え続けること」です。日常の看護実践の中には倫理的課

川添先生

参加者

大切なのは

どうするべきか

どうあるべきかを

考え続けること

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題がたくさん含まれています。

 Cちゃんの退院について主治医と再び話し合い、支援するための学

習会を開催しました。「障害の受容について」と「家族看護」につい

て学び、看護師さんたちは「母親も父親も支援が必要な状態にあった

こと」に気がつきました。そして「まず、ご両親とコミュニケーショ

ンをとって、今回の体験への思いや今後どうありたいかを教えてもら

う」という方向性を出しました。

 父親の職場は札幌から少し離れたところにありました。仕事を終え

すぐに電車に乗って札幌へ向かっても、面会の残りの時間が10分し

か無かった。母親は「子どもがこんなふうになったのは自分のせいだ。

自分も死にたい」と自分を責めていました。母親はケアが必要な状態

にあり、病院にかかっていただくことになりました。

 患者さんや家族の体験、思いや気持ち、どうありたいかを看護師が

受け止めていく中で、最初は病院の玄関に入ることができなかった母

親も病室まで足を運べるようになりました。病室での面会時間を少し

ずつ長くしていきました。看護師がどんなふうにCちゃんに声を掛け

てどんなケアをしていくかを見てもらい、病室への宿泊もできるよう

になったところで、初めて「どこに連れて帰ろうか」というお話がで

きるようになりました。

 しかし、ご両親は家に連れて帰ると自分の家族に起こっていること

を街中の人に知れてしまうという思いを乗り越えることができずにい

ました。

 そこで、自宅がある地域で「人工呼吸器をつけた子どもをサポート

してくれる病院」に転院することを一緒に決め、母親が毎日通って日々

のケアに加わっていく……という目標を立てました。転院先の看護師

さんにも「ご両親のつらさ」や「これまでの経緯」を伝えました。そ

して、Cちゃんの成長や体調、ご両親の思いに合わせた支援態勢を作っ

てほしいと看護をつなげました。看護連携では、患者さんや家族の人

生や価値観を伝えていくことが大事だと思っています。

合意形成は とても質の高い看護のスキル

 退院支援では、節目になる場面で状況に合わせながら一緒に考え、

複数回の意思決定を繰り返すことが大切です。こうした合意形成はと

ても質の高い看護のスキルになります。私たちは医療のプロですが、

患者さんは、自分自身の生活のプロであり、人生のプロです。だから、

患者さんの人生に関わることは教えていただかないと分からないし、

私たちが決断を勝手にしてはいけないと思っています。

 私たち看護師は、患者さん自身の人生や生活について教えていただ

きながら、医療者としてどんなことができるのか、看護をどんなふう

看護連携では

患者さんや家族の

人生や価値観も伝える

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に生活の中に組み込んでいけるのかを一緒に考えます。患者さんの体

に起きていることを受け止めて共に考え試行錯誤し、どんな治療、ど

んな暮らしを続けるのか、意思の表出を促しながら、意思決定をする

過程をずっと支えていくことが大事なのだと思います。その先に、そ

の人らしい意思決定があります。

 「看護実践の倫理」の著者でボストン大学教授のサラT.フライは「看

護実践そのものが看護倫理である」と言っています。目の前にいる患

者さん・家族に、今している看護が、私たちの看護倫理になっている

ということです。どうあるべきか考える営みが倫理であり、そこに看

護が加わると看護倫理となります。私たちはどのような看護者である

べきか、どのように考え行動すべきか。考える営みが看護の道しるべ

となり、それが発展につながります。

 ところが、「その人のことを分かったつもりになっていた時」「その

人のことをもっと分かろうとしなかった時」に失敗が起きます。

 看護師として、患者さんのその人らしい生活を支えるためには、本

人や家族の思いや願いを受け止めて意思決定を支えていく力が必要に

なってきます。人生は唯一無二です。2つとして同じ看護はないと考

えて、オーダーメイドでオンリーワンの看護をつないでいくことが大

切です。チームで協力して支える、つなげる、あきらめない、無いも

のは創っていく。その人に合った必要なチームを作りアプローチして

いくということを「多職種連携」と呼んでいます。

これからの医療の中心になるのは 看護職

 厚生労働省が2014年に打ち出した認知症施策には次のようなもの

があります。「費用対効果を考慮」「認知症ご本人の視点の尊重」「本

人中心で社会的関係性を重視したケア」などです。

 パーソンセンタードケアは認知症への関わりの基本ですが、私は認

知症に限らないと思っています。一人ひとり異なる認知機能や健康の

状態、性格、人生歴、周囲の人間関係など、その人が今どんな体験を

してどう感じているのか周囲の人が理解し支えようとすることが大切

ということです。これは看護そのものではないかと思います。

 これまでは「病気や障害を持つ人」でしたが、これからは病気や障

害を持つ「人」になり、「医学」ではなく「医療」になります。患者

さんの視点でケアを転換させ、チームアプローチしていく必要があり

ますが、その中心になるのは看護職です。なぜなら、患者さんの最も

身近にいる医療者として、一人ひとり異なる患者さんのその人らしさ

や生き方、暮らし方を知ることができるからです。

 「アドバンス・ケア・プライング」という言葉があります。本人や家族、

医療者が治療・ケアのゴールを共有し理解するために話し合うプロセ

チームで協力して

支える、つなげる、あきらめない

無いものは創っていく

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スです。治療や検査を受けた後にその人の生活はどうなるのか、その

人にとって何がベストなのかを一緒に考えます。エンド・オブ・ライ

フケア(EOL)は「最後の生を生ききるように支援すること」で合意

形成のプロセスです。誰もが安心して人生の終焉を迎えるために必要

となる考え方です。

退院支援チームでの取り組み

外来から始めた退院支援が 患者さんの願いを叶えた

47歳女性 Aさん

卵巣がんが胃に転移し生命予後1、2カ月

 10年程前、退院支援チームの取り組みを始めたころに担当した患

者さんが47歳の女性Aさんです。卵巣がんが胃に転移し、薬剤師の

仕事をしながら、昼休みにケモ外来で治療を受けていました。夏に初

めての面談をしています。この方の家族構成は夫と大学生の娘さん2

人。長女も次女も東京の大学で学んでいました。長女は薬剤師の勉強

中でした。

 秋になって医師は「生命予後があと1、2カ月」と伝えました。こ

の方は「まだ死にたくない」「入院したくない」「家にいたい」「最後

のお正月だと思うのでお正月は家で家族と過ごしたい。それまで生き

ていられるだろうか」と言いました。

 私はあらかじめ医師と打ち合わせし、何ができるかを検討していま

した。私は「お正月を家で過ごすために一度入院をしてみませんか」

と申し出て、痛みの緩和やIVHの使い方について入院中に練習がで

きるようにチームを作り、ADL低下に対応できるような在宅環境を

MSWやケアマネジャーで整えました。患者さんの「最後のお正月を

娘たちと過ごしたい」という願いを叶えるために、外来通院時からチー

ムで準備を進めました。

 自宅に戻ったAさんは、マニキュアを塗ってほしいと言いました。

やせ衰えた自分の姿を娘が見て驚かないように、少しでも綺麗にして

いたかったんですね。訪問看護師さんはマニキュアを塗ったり、髪を

整えたりしました。

 Aさんがお正月にこだわったのは、お正月休みで帰省する娘に母親

として伝えたいことがあったからでした。「父親との出会い、どんな

恋愛をして、どうやって結婚して、あなたたちが生まれたのか。もし

あなたたちに好きな人ができて、結婚して子どもが生まれたら、伝え

事例

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たいことが山ほどあった」と、家族の思い出が詰まったアルバムを見

ながらお話をされていました。

 2月上旬、東京にいる娘さんの薬剤師実習を札幌の病院で受けるこ

とができるように調整しました。病院へ実習に行く娘さんを居間の

ベッドで送り迎えをしました。訪問看護を毎日受けながら、頑張って

いましたが、娘さんの実習が終わって東京へ戻ったすぐ後に、A氏は

「ありがとう。看護師さん。もう、眠らせてほしい」と最期を過ごす

ために入院を希望されました。

 訪問看護師さんはこのまま最期まで自宅で過ごせることを伝えまし

たが、A氏は「最初から決めていたの。うちの旦那は弱いから、私を

看取ることはできないの」と。入院後は主治医の先生と薬の使い方を

相談し、最期の数日間を眠ったままおだやかに過ごされました。

 その人や家族が何を望んでいるのか、何を大事にしているのか、誰

と何をしたいのか、死が訪れるその瞬間までどのように生きていたい

のかを、外来治療時から話し合うことがとても大事であることを確認

できた事例でした。

病院チームと在宅チームをつなぐ ハブの役割の担い手は?

 多職種が集まるだけでは、チームはできません。患者さんの思いを

中心にして、どんな目標にしていくか、それを支えるために私たちに

何ができるかを話し合ってはじめてチームとなり、アプローチの方法

が決まっていきます。病院チームと在宅チームがそれぞれに3つのラ

イフ「いのち・人生・生活」を支えますが、その両方をつなぐハブの

役割を外来看護師や地域連携室の看護師、SWなどが担う必要があり

ます。

 外来と病棟の看護師さんの関係を少し整理してみます。

 外来看護師は、通院されている患者さんと積極的に会話し、何でも

一緒に考えながら信頼関係を作ります。今までの人生、これから誰と

どこでどのように生きていきたいかを話し合えるような関係です。A

さんの場合は「お正月を家で過ごしたい」ことを外来で確認できたの

で、「入院中に痛みコントロールの練習を支援してくれる病棟看護師」

と「退院後の看護や看取りを引き受けてくれる訪問看護」、「往診に行っ

てくれる医師」も外来通院時から探しました。がんの終末期で痛みや

苦しみがある時にいきなり「初めまして、私が今日お伺いする訪問看

護師です」「自分がケアマネジャーです。調査します」というのはつ

らいと思いますから、外来通院時からその後を予測し、外来から病棟、

在宅へと継続できるチーム作りを意識しました。入院中から「家に戻っ

たら、この看護師さんがサポートしてくれる」という関係づくりが、

患者さんの安心へとつながるからです。

外来通院時に

がんの終末期を予測し

チームを作る

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【来院支援のエピソード】 生活を見なければ分からない

 AさんとBさんは、同じ80歳代の高血圧の男性です。どちらも、

清潔が保たれていないような感じがありました。

 Aさんは戦争を体験していた方でした。毎日二条市場で大根の切れ

端などの野菜を拾って塩で炊いて食事をしていました。日本が食料不

足から飽食の時代になる中で「生きていく上で大事なものは何か」を

自分が生活をしながら世の中に訴えたいというポリシーを持っていま

した。食べ物だけではなく、使えるものは何でも持ち帰っていたので、

自宅はゴミ屋敷状態でした。その人はとても自分の人生を大事にして

いました。訪問看護師さんに入ってもらい信頼関係を構築しながら半

年後にようやく体を拭かせてもらえました。そこを切り口にケアが始

まりました。

 Bさんは精神障害を抱えた奥さんの介護をされていて、身の周りの

ことは全部していました。お宅へ伺い、看護師さんが血圧を測ろうと

床に膝まずくと目の前をねずみが走っていくような環境でした。ある

日、訪問看護師さんは廊下で奥さんのお姉さんに遭遇します。長い髪

を振り乱し、着物が乱れ、はだけているような状態でした。Bさん本

人は自分の体を整えることなどできる状態ではなく、奥さんやお姉さ

んのことを大事にしながら自宅で介護していた方だったんです。

【退院支援でのエピソード】 自殺未遂の患者さんの退院

 ある日30代の男性が服薬自殺未遂で入ってきました。医師は胃洗

浄し回復したらすぐに退院させると話していましたが、少し延期して

もらいました。服薬自殺未遂をしなければならない精神状態のまま、

何もせずに退院させてはいけないと考えました。本人にお話を伺い、

専門の先生につなげてから退院していただきました。

 皆さんは、退院後初めて外来受診をされる方の面談を行っています

か? 私は「循環器疾患で入院を繰り返してばかりいる患者さん」「検

査結果が良くない、呼吸器疾患や整形外科疾患」「がんの患者さん」「救

急外来で重篤になってから受診した患者さん」「無保険、生活保護」「飛

び込み出産」「高齢者の一人暮らしや夫婦世帯などの患者さん」など

多くの患者さんと面談を行い、身体だけじゃなく、心や今生活で起こっ

ていることを教えていただきました。そして、不足があれば社会資源

や福祉サービスを使いながら、治療を継続するために必要な環境を整

備しました。こうした個別支援の積み重ねが、その地域に合った実践

的なシステムになっていくのだと思います。

 「継続看護」や「チームでマネジメント」をする時に大事なのは以

日々の個別支援の積み重ねが

その地域の実績的なシステムになる

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下の3つです。

●これまでを知ってこれからを予測すること

●人とのつながりを統合していくということ

●チームで支えるためにシステムを作っていくこと

 アプローチをつないでいく時に大切なのは「最善の方法を考える」

ことです。外来通院であっても、入院中や退院後であっても、「患者

さんと家族が求めていること」を多職種連携の中で役割を分担しなが

ら取り組むチームアプローチが、ずっとつながるようにします。広域

で健康格差のある北海道では多様な連携が必要になってくると思いま

す。

訪問看護ステーションがない町村に 「看護支援チーム」を作りたい

 北海道には179市町村があります。訪問看護ステーションがある

のが79の自治体で、ない町村が100あります。私はない町村へ出向

き、保健師やケアマネジャーから地方の現状を教えてもらいながら、

調査・研究をしています。訪問看護がないことから、自宅へ帰りたい

人が帰れない状況があるそうです。病院の地域医療連携室や看護師さ

んも「訪問看護がないから帰れない」と言います。私は訪問看護ステー

ションがない町村でも在宅療養ができるような連携の仕組みを見つけ

出し、訪問看護ステーションの役割を果たす「退院支援チーム」が必

要だと思っています。

 そうした取り組みの中、ある島で聞いた話です。昨年、30歳代の

お母さんが自分の島では診断ができないため、フェリーに乗り、2泊

3日かけて病院へ行った時には治療の手立てがないことが分かりまし

た。少し入院をしましたが、小学生の子どもを2人残して来ていたの

で島へ帰りました。ケアマネジャーが在宅の調整をしましたが、離島

のためスムーズには進まない状況でした。疼痛緩和を十分受けられな

いままでした。そんなある日、子どもさんが学校から帰ってきてお母

さんが亡くなっているのを発見しました。救急車で病院へ運び、死亡

確認となりました。ケアマネジャーさんは「せめて入院先の病院から

退院前に連絡があったら、在宅看護の準備が間に合ったのではないか」

と言っていました。

 私が講師を務める北海道医療大学には9学科あり、看護学科以外の

職種の学科もたくさんあります。2015年には、「多職種連携論」の

科目を立ち上げました。患者・療養者を中心としたチームワーク医療

を学びます。授業の前半はチームをどう作って運営していくかという

スキルを、後半は生活の場が変わる療養をどうつないでいくかを演習

します。

 連携やチームアプローチに必要な場のデザインや対人関係のスキ

せめて入院先の病院から

退院前に連絡があったら……

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ル、構造化のスキル、合意形成のスキルを学び他者に正しく伝える、

コンフリクトが生じたら解消に向けてアプローチする、相手に理解し

てもらいながらアセスメントし、アプローチする……など各テーマは

実践そのものです。こうした多職種連携の学びは全国的に広がってお

り、チームでアプローチするという方法論を身に付けた後輩たちがこ

れから現場にやってきます。

いのちがつながることを伝えた 「森のくまさん」

 地域医療連携室で退院支援看護師をしていた時に壁にぶつかり、京

都大学医学部附属病院の宇都宮弘子さんが前衛的に退院調整をしてい

ると聞き、3日間だけの実習をお願いしました。

 その時のエピソードを紹介します。40歳代男性の食道静脈瘤の患

者さんは退院し、最期の時間を子どもたちと過ごしていましたが、自

宅で亡くなりました。死後の処置で父親の白い着物姿を見た幼稚園と

小学校の2人の子どもが、タンスからジャージを出してきて、「お父

さんはいつもジャージを着ていて、毎週日曜になったら近くの公園に

散歩に行ったよ。散歩に行った時はいつも森のくまさんを一緒に歌っ

たよ。だから、泣いていないで、森のくまさんを一緒に歌おうよ」と

歌い出したので、参列者も一緒に歌い、泣きながらジャージを着せま

した。

 看護師の仕事にはつらいこともあるけれど、やっぱり看護をしてい

て良かったと思いました。真の豊かさとは何だろうと考え、こんなふ

うに「いのち」がつながっていくことに感動しました。そして、まず、

自分が生命倫理感をしっかり持って、目の前にいる患者さんにケアす

ることが大事なんだと考え直し、また頑張ろうと思いました。

日本は 新しいケアの時代に

 日本は今、未来の新しいケアの時代に突入しています。

 北海道勤医協の看護政策は「いのちとくらし、人権を守り、地域と

共に支える看護」ですが、未来に求められる新しいケアそのものでは

ないでしょうか。皆さんの目の前にある看護を大事にして進んでくだ

さい。

 また、これからは介護施設や老人保健施設での看取りも行われるよ

うになると思いますが、チームを作るにあたって、ケアスタッフの不

安は大きいと思います。送迎時に亡くなったらどうしよう。何を見て

どう判断してたらいいのか、連れてきていいのかだめなのか。いつ訪

「いのち」がつながっていく

看護を目指して

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問看護師さんに連絡すればいいのかなど。ケアスタッフの不安を取り

除くために、看護師主導で学習会を継続することが大切だと思います。

本人・家族を含む合意形成にもケアスタッフがチームの一員として参

加し、目標を共有し合い、どんなふうに役割分担していくのかを一緒

に決めることが大切です。

 そうすることで、本人や家族の歴史や価値観に触れることができ、

人生をつないでいくことが大事だと思うような瞬間に出会うことがあ

ると思います。本人や家族の意思決定をしていく過程に加わることが

大切です。

 私も訪問看護ステーションがない町村に出向き、在宅療養を可能に

している医療・介護・福祉の連携の実際について調査し、継続看護の

必要性を現場の看護師さんに教えていただきながら、これからの看護

について考えていきたいと思っています。ありがとうございました。

 外来主任として、退院支援や生活調整などを

行っています。外来の早い段階から支援体制を

整え、つなげていく取り組みを強化したいと

思っていたところでした。チームで看護するた

めには、外来看護師が各職種に目を向けていか

なければならないことが分かりました。実践に

直接つながっている講演内容だったことから、

自分のやっている看護も間違っていないと確認

でき、自信につながりました。ありがとうござ

いました。

 老老介護の方を退院させる時に困るといった

状況に直面した経験があります。ご本人の希望

を最優先にしているつもりでも、全然違ってい

たかもしれないと感じる場面もあったことか

ら、今日聞いたことを、診療所のみんなにも伝

えたいと思いました。「家に帰れなかったら施

設」というような考え方ではなく、「残りの人

生が少ない方に医療者としてできることがない

だろうか」と話し合う機会を持ちたいと思いま

した。本当にありがとうございました。

勤医協札幌西区病院・Hさん くろまつないブナの森診療所・Yさん