幼児の栄養: フォローアップミルクを見直そう...幼児の栄養:...

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幼児の栄養: フォローアップミルクを見直そう 帝京平成大学 健康栄養学科 だま ひろ はじめに 離乳期から幼児期にかけての食に関して は,離乳食の進め方やʠ遊び食いʡʠ偏食ʡ などの幼児での食行動が問題になることが多 く,それらの対応については,多くの著書な どがあり,支援方法が示されている。しか し,栄養素の摂取に関して検討した報告は少 ない。ここでは主に幼児の栄養素摂取での課 題について述べる。 Ⅰ.平成27年度乳幼児栄養調査結果 厚生労働省は10年ごとに乳幼児栄養調査を 行っている。最新の平成27年度乳幼児栄養調 査結果が発表された 1) 。離乳食の開始時期は か月が44.9%と最も多く,平成17年度に比 べて遅くなっている。離乳食完了時期も 13〜15か月が33.3%,16〜18か月が27.9%と 平成17年に比べて遅くなっている()。 離乳食完了時期が遅くなると,離乳期後期に 欠乏しやすいと言われているカルシウムや鉄 の摂取不足が生じる恐れがある。 また,平成27年度調査で示されたʠ離乳食 について困っていることʡʠ子どもの食事で 困っていることʡをに示す。乳児期 後半や幼児の食事では,これら困っているこ とに対応することが求められており,従来か ら様々な工夫のやり方などの育児支援がなさ れている 2)〜4) 。このうち離乳食で困ってい ることのʠ食べる量が少ないʡ,ʠ種類が偏っ ているʡ,ʠ離乳食がなかなか進まないʡや子 どもの困っていることのʠ偏食ʡ,ʠむら食 いʡ,ʠお菓子を欲しがるʡ,ʠ小食ʡなどは, 栄養素摂取のバランスを崩す要因になる。 しかし,この時期の適切な栄養素摂取は, 乳幼児の発育・発達に重要であるだけでな く,将来の健康状態にも影響を与える 5) Ⅱ.母乳,乳児用調製粉乳,フォロ ーアップミルク,牛乳の組成 離乳食完了時期が歳以上の割合が約65% であることから,幼児でも乳汁として母乳, 乳児用調製粉乳,フォローアップミルクまた は牛乳を摂取していると思われる。にそれ ぞれの乳汁の組成表を示す。 .母乳 母乳は乳児にとって最も望ましい栄養法で あり,乳児用調製粉乳に比べて,感染防御因 子を多く含む,炭水化物として乳糖が多い, 顔面筋やあごの発達に良い,母子関係が良好 になる,新鮮で清潔である,将来肥満や生活 習慣病にり患する率が低いなどの利点があ 〒170-8445 東京都豊島区東池袋2-51-4 小児科臨床 Vol.69 No.11 2016 1893 (141)

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Page 1: 幼児の栄養: フォローアップミルクを見直そう...幼児の栄養: フォローアップミルクを見直そう 帝京平成大学 健康栄養学科 児 こ 玉

幼児の栄養:

フォローアップミルクを見直そう

帝京平成大学 健康栄養学科 児こ

玉だま

浩ひろ

子こ

はじめに

離乳期から幼児期にかけての食に関して

は,離乳食の進め方や�遊び食い��偏食�

などの幼児での食行動が問題になることが多

く,それらの対応については,多くの著書な

どがあり,支援方法が示されている。しか

し,栄養素の摂取に関して検討した報告は少

ない。ここでは主に幼児の栄養素摂取での課

題について述べる。

Ⅰ.平成27年度乳幼児栄養調査結果

厚生労働省は10年ごとに乳幼児栄養調査を

行っている。最新の平成27年度乳幼児栄養調

査結果が発表された1)。離乳食の開始時期は

�か月が44.9%と最も多く,平成17年度に比

べて遅くなっている。離乳食完了時期も

13〜15か月が33.3%,16〜18か月が27.9%と

平成17年に比べて遅くなっている(図�)。

離乳食完了時期が遅くなると,離乳期後期に

欠乏しやすいと言われているカルシウムや鉄

の摂取不足が生じる恐れがある。

また,平成27年度調査で示された�離乳食

について困っていること��子どもの食事で

困っていること�を図�,�に示す。乳児期

後半や幼児の食事では,これら困っているこ

とに対応することが求められており,従来か

ら様々な工夫のやり方などの育児支援がなさ

れている2)〜4)。このうち離乳食で困ってい

ることの�食べる量が少ない�,�種類が偏っ

ている�,�離乳食がなかなか進まない�や子

どもの困っていることの�偏食�,�むら食

い�,�お菓子を欲しがる�,�小食�などは,

栄養素摂取のバランスを崩す要因になる。

しかし,この時期の適切な栄養素摂取は,

乳幼児の発育・発達に重要であるだけでな

く,将来の健康状態にも影響を与える5)。

Ⅱ.母乳,乳児用調製粉乳,フォロ

ーアップミルク,牛乳の組成

離乳食完了時期が�歳以上の割合が約65%

であることから,幼児でも乳汁として母乳,

乳児用調製粉乳,フォローアップミルクまた

は牛乳を摂取していると思われる。表にそれ

ぞれの乳汁の組成表を示す。

�.母乳

母乳は乳児にとって最も望ましい栄養法で

あり,乳児用調製粉乳に比べて,感染防御因

子を多く含む,炭水化物として乳糖が多い,

顔面筋やあごの発達に良い,母子関係が良好

になる,新鮮で清潔である,将来肥満や生活

習慣病にり患する率が低いなどの利点があ

〒170-8445 東京都豊島区東池袋2-51-4

小児科臨床 Vol.69 No.11 2016 1893 (141)

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図� 離乳食完了の時期 平成17年度調査と平成27年度調査の比較

図� 離乳食について困ったこと(平成27年度乳幼児栄養調査結果より引用)

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り,推奨されている6)。しかし,表に示すよ

うに,母乳はカルシウム,鉄,ビタミンD,

ビタミンKが乳児用調製粉乳やフォローアッ

プミルクに比べて,著しく少ない。ビタミン

K欠乏に関しては,その予防のために全新生

児に対してビタミンKシロップの補充が行わ

れている。母乳栄養児のビタミンD欠乏症は

近年増加しており,ビタミンD欠乏に関して

は今後発症予防のための対策が必要と思われ

る。

したがって,母乳栄養児で離乳食開始時期

以降に離乳食が適切に進まない場合は,特に

鉄,カルシウム,ビタミンDが不足する恐れ

がある。

�.フォローアップミルク

フォローアップミルクは生後か月以降の

小児科臨床 Vol.69 No.11 2016 1895 (143)

図� 子どもの食事で困っていること(平成27年度乳幼児栄養調査結果より引用)

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1896 (144) 小児科臨床 Vol.69 No.11 2016

表 母乳,乳児用調製粉乳,フォローアップミルクの組成

人乳*1

(100mL中)

乳児用調製粉乳*2

(100mL中)

フォローアップミルク*3

(100mL中)

牛乳*1

(100mL中)

調乳濃度(%) 12.7〜13.5 13.6〜14

エネルギー(kcal) 66 66.4〜68.3 64.4〜66.4 69

たんぱく質 1.1 1.43〜1.60 1.96〜2.11 3.4

総脂質 3.6 3.51〜3.61 2.52〜2.95 3.9

飽和脂肪酸 1.34 − − 2.4

多価不飽和脂肪酸 0.62 − − 0.12

コレステロール(mg) 15 6.0〜10 − 12

炭水化物 7.3 7.09〜7.79 7.72〜8.57 5

食物繊維総量 0 − − 0

ミネラル

ナトリウム 15 15〜20 27〜32 42

カリウム 49 57〜66 85〜111 155

カルシウム 27 44〜51 87〜101 114

マグネシウム 3 4.7〜5.9 6.8〜13 10

リン 14 25〜28 48〜56 96

鉄(mg) 0.04 0.78〜0.99 1.1〜1.3 0.02

亜鉛 0.3 0.37〜0.41 Tr 0.4

銅 0.03 0.041〜0.047 Tr 0.01

マンガン Tr 3.9μg − Tr

ヨウ素 − 7.2〜7.8 − 17

セレン 2 0.81〜1.4 − 3

クロム 0 − − 0

モリブデン 0 − − 4

ビタミン類

レチノール 46 53〜59 50〜70a 39

D 0.3 0.85〜1.2 0.66〜0.98 0.3

E 0.51〜1.3 0.70〜0.88

K 1 2.7〜4.0 2.1〜4.5 2

B1 0.01 0.046〜0.076 0.084〜0.098 0.04

B2 0.03 0.065〜0.11 0.11 0.15

ナイアシン 0.2 0.41〜0.65 0.70〜1.2a 0.1

B6 Tr 0.038〜0.052 0.070〜0.11 0.03

B12 Tr 0.16〜0.27 0.17〜0.20 0.3

葉酸 Tr 10〜14 14〜18 5

パントテン酸 0.5 0.52〜0.58 0.53〜0.80 0.57

ビオチン 0.5 1.3〜2.0 2.8 1.9

C 5 7.6〜9.5 7.0〜10 1

塩分相当(g) 0 − − 0.1

�-�は表示値が示されていないもので,含有していないことではない.窒素換算係数が乳児用調製粉乳では6.25,フォローアップミルクでは6.38.乳児用調製粉乳ではレチノール量,フォローアップミルクではβ-カロテンも含むため、レチノール(活性)当量.乳児用調製粉乳ではニコチン酸およびニコチン酸アミドの合計量,フォローアップミルクではニコチン酸およびニコチン酸アミドに1/60トリプトファン量を加えたナイアシン相当量で記載.*1 文部科学省:日本食品標準成分表2015年版(七訂)より引用*2 乳児用調製粉乳:和光堂レーベンスミルクはいはい(アサヒグループ食品),ほほえみ(明治乳業),はぐ

くみ(森永乳業),赤ちゃんが選ぶアイクレオのバランスミルク(アイクレオ),すこやかM1(雪印ビーンスターク),びゅあ(雪印メグミルク)

*3 フォローアップミルク:和光堂フォローアップミルクぐんぐん(アサヒグループ食品),ステップ(明治乳業),チルミル(森永乳業),アイクレオのフォローアップミルク(アイクレオ),つよいこ(雪印ビーンスターク),たっち(雪印メグミルク)

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乳幼児に与えるミルクとして開発された。乳

児期後半から幼児期にかけて欠乏しやすい

鉄,カルシムが強化されている。さらに,タ

ンパク質,マグネシウム,ビタミン B1,ビ

タミン B6も母乳および乳児用調製粉乳に比

べて多く含まれる。一方,脂質の含有量は少

ない。しかし,亜鉛と銅はほとんど含まれて

いない。低出生体重児は亜鉛も不足傾向があ

り,離乳期でも血清亜鉛値は低値傾向であ

る。したがって,低出生体重児でフォローア

ップミルクを使用する場合は,亜鉛欠乏に注

意が必要である。

Ⅲ.幼児期のエネルギーおよび栄養

素摂取状態

毎年行われている国民健康栄養調査では,

�歳以降の各年代のエネルギーや各栄養素の

摂取量が示されており,現在の子ども達の栄

養素摂取状況を知ることができる7)。平成24

年度の国民健康栄養調査の�〜歳と�〜�

歳のエネルギーの平均摂取量は「日本人の食

事摂取基準2015年版」8)の推定ネルギー必要

量をわずかに上回る(図�)。推定エネルギ

ー必要量とは,対象者の50%は不足,50%は

充足している量であることを考えると,約半

数弱の幼児はエネルギーが不足していると推

定される。

同様に各栄養素で国民健康栄養調査の平均

摂取量と「日本人の食事摂取基準2015年版」

の推奨量を比較すると,カルシウム,鉄は平

均摂取量が食事摂取基準の推奨量より少ない

(図�,�)。また,平成18年度と平成24年

度の調査結果を比較すると,カルシウムおよ

び鉄ともに摂取量は減少している。すなわ

ち,幼児では,カルシウムと鉄の摂取量は減

少傾向であり,幼児の半数以上はカルシウ

ム,鉄が不足していると言える。カルシウ

ム,鉄以外の栄養素の平均摂取量は,食事摂

小児科臨床 Vol.69 No.11 2016 1897 (145)

(摂取量は国民健康栄養調査結果,推定エネルギー必要量は「日本人の食事摂取基準2015年版」より引用)図� エネルギーの摂取量と推定平均必要量の比較

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取基準の推奨量より多い。しかし,n-6系脂

肪酸,n-3系脂肪酸,ビタミンA,ビタミン

D,ビタミンK,ビタミン B12,ビタミンC

などは標準偏差値が非常に大きく,個人差が

大きいことが推定される。

1898 (146) 小児科臨床 Vol.69 No.11 2016

(摂取量は国民健康栄養調査結果,推定エネルギー必要量は「日本人の食事摂取基準2015年版」より引用)図� カルシウムの摂取量と推奨量の比較

(摂取量は国民健康栄養調査結果,推定エネルギー必要量は「日本人の食事摂取基準2015年版」より引用)図� 鉄の摂取量と推奨量の比較

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Ⅳ.鉄欠乏,カルシウム・ビタミン

D欠乏

�.鉄欠乏

乳幼児期の鉄欠乏は貧血を発症し,貧血に

より体重増加不良,身長の伸びの障害を来す

だけでなく,脳の発達・機能にも影響する。

白質のミエリン形成,線条体のモノアミン代

謝,海馬の機能に影響を与え,それらの異常

は,その後に鉄が補充されても,成人まで持

続すると言われている9)。したがって,乳幼

児期は鉄欠乏にならないように予防すること

が極めて大切である。WHOは乳幼児への鉄

サプリメントを推奨しているほどである10)。

�.カルシウム・ビタミンD欠乏

近年,わが国でもビタミンD欠乏によるく

る病,低カルシウム血症によるけいれんの発

症が増加し,深刻な問題である。要因として

母乳栄養,日光照射不足が指摘されてい

る11)。したがって,乳幼児ではカルシウム

およびビタミンDの十分な摂取が必要であ

る。

Ⅴ.幼児の鉄欠乏,カルシウム・ビ

タミンD不足を予防するには

母乳栄養児,特に低出生体重児では,離乳

食に鉄やカルシウム,ビタミンDを多く含む

内容の食事にするのが望ましい。

また,「牛乳貧血」という言葉があるよう

に,幼児で牛乳を多飲し,その分食事が少な

いと,貧血になる。表に示すように牛乳の鉄

含有量が少ないのが原因である。

表からわかるように,乳汁の栄養分として

は,フォローアップミルクは離乳期後期〜幼

児期にとって乳児用調製粉乳,牛乳,母乳よ

り望ましく,この時期に欠乏しやすい鉄やカ

ルシウムの補充に適したミルクである。幼児

のおやつや料理に使用するなどで,フォロー

アップミルクを積極的に使用することが勧め

られる。

また,ビタミンD不足の予防には,適度な

日光浴も大切である。

文 献

1)厚生労働省:平成27年度乳幼児栄養調査.http:

//www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/

0000134208.html

2)厚生労働省:授乳・離乳の支援ガイド 平成19

年.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/s0

314-17.html

3)母子衛生研究会(編):授乳・離乳の支援ガイド

─実践の手引き─ 母子保健事業団,2008

4)児玉浩子:健診を利用した健康教育〜乳幼児の

食生活改善〜.日本保健研究 74:812〜814,

2015

5)有阪 治:小児の肥満・過栄養.小児の臨床栄

養─エビデンスとトピックス─,雨海照祥

(編),医歯薬出版,東京,p. 15〜21,2014

6)栄養委員会・新生児委員会による母乳推進プロ

ジェクト報告:小児科医と母乳育児推進.日児

誌 115:1363〜1389,2011

7)厚 生 労 働 省:国 民 健 康・栄 養 調 査.http:

//www.mhlw. go. jp/stf/houdou/0000067890. ht

ml

8)厚生労働省:日本人の食事摂取基準2015年版.

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/000004173

3.html

9)Beard JL:Why iron deficiency is important in

infant development? J Nutri 138:2534〜2536,

2008

10)Geneva World Health Organization:WHO

Guideline:Daily iron supplementation in in-

fants and children. Geneva World Health

Organization 2016

11)大園恵一:ビタミンDの作用と臨床的課題─過

去から未来へ─.日児誌 119:1604〜1613,

2015

小児科臨床 Vol.69 No.11 2016 1899 (147)