安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ ·...

40
1 / 40 安全保障研究「戦争概論」(案) 2019年2月12日

Upload: others

Post on 15-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

1 / 40

安全保障研究「戦争概論」(案)

2019年2月12日

Page 2: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

2 / 40

目 次

項目 頁数 項目 頁数

1 はじめに 3 (3) 国内障害の克服 35

2 序 章 4 8 戦争終結 36

(1) 戦争概論の位置づけ 4 (1) 概 要 36

(2) 著名作品との項目の比較 4 (2) 休 戦 36

(3) 戦争概論の項目について 6 (3) 相手国の占領 36

(4) まとめ 7 (4) 負けない事の重要性 38

3 戦争の本質 7 9 戦争の抑止 38

(1) 戦争の定義 7 (1) 概 要 38

(2) 戦争の形態 8 (2) 抑止の推移 38

(3) 戦争の原因 8 10 結 言 38

(4) 戦争の目的 15 11 引用文献 39

(5) 戦争の性質 17

(6) 勝利について 17

4 戦争の推移 18

(1) 全 般 18

(2) 紛争への国際社会の関与のあり方 19

(3) 戦争の推移 19

(4) 戦争各期区分における内容 21

(5) 開戦について 21

(6) 講和への道筋 22

5 戦争の種類 22

(1) 全 般 22

(2) 政略戦争 23

(3) 軍事戦争 24

6 戦争計画 27

(1) 概 要 27

(2) 戦略の種類 27

(3) 国際政治と戦略との関係 28

(4) 各戦略(概要) 28

7 戦争指導 35

(1) 概 要 35

(2) 政策決定者について 35

Page 3: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

3 / 40

1 はじめに

トランプ大統領の米国と習近平主席の中国との間で、2018年から米中貿易戦争が行われ

ている。この原因として、中国が西太平洋における覇権国家※1の確立を目指し、軍事力、経

済力、外交力、情報力を日々向上させていることに対して、現在の覇権国家である米国が危機

感を抱き、その企図を打破しようとするものとされる※2。これを鑑みれば、現在の日本はそ

の覇権争いの渦中にいながら、中国に対する技術支援や、通貨スワップの締結といった融和政

策を行い、ややもすれば中国の覇権政策を助けていることになる。それらは長期的に見れば、

中国の軍事力の巨大化の促進につながり、結果として東アジア及び西太平洋地域内の戦力均衡

バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

その先には最悪のパターンとして、軍事力が行使された戦争というものが予想されるのであ

る。

それらを防ぐためにも、米中貿易戦争や、中国の企図というものを正確に知り、現時点から

中長期的な視点でもって適切に対処しなければならないのである。そのためには、上記事象に

ついて適切に分析するためのツールが必要になる。そのツールとして挙げられるのが、学問に

おける安全保障である。将来における戦争を防ぐためには、具体的行動が必要である。そのた

めには、適切な根拠に基づく行動をすべく、しっかりと安全保障について理解することが求め

られるのである。

しかしながら、世間一般には多くの国際政治論や軍事戦略本が出回っているものの、米中

貿易戦争も含めた戦争という事象に対しての包括的にまとめた資料は現代において不在であ

る。古代の「孫子の兵法」、近代のクラウゼヴィッツ著「戦争論」といった著名作品はある

が、それが全て現代において必ずしも適合していない部分があり、あるいは「戦争論」でい

えば、軍事力を行使した戦争に特化しているのである。現状では、現代における米中貿易戦

争も含めた戦争という事象一般を適切に把握するためには多くの各種論文や本を読まざるを

えないもので、人それぞれの解釈となって、世間一般の普遍的な理解には程遠いのである。

しかし、この時世においては、少数の専門家だけが理解していれば良い時代は過ぎ去ってい

る。社会として共通認識を持たなければ、巨大な脅威には対抗できないのである。

よって今、安全保障研究において戦争という事象に関連するものだけを抜粋した基礎的な

教科書が必要なのである。本論においては、安全保障研究の中に散在する戦争という事象を

抜粋し、それらをまとめて、「戦争概論」という形で、戦争を理解するための簡易ツールと

して、作成したものである。

Page 4: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

4 / 40

2 序 章

(1) 戦争概論の位置づけ

図1は、戦争概論

の位置づけを示した

ものである。政治学

があり、その中の国

際関係論(国際政

治)、の安全保障研

究内に位置づけられ

る。そして安全保障

研究での理論、戦

略、政策、地域、そ

して軍事研究での、

戦争という事象に関

連する事項を抜粋し

て、その概要を集約

したものである。

(2) 著名作品との項目の比較

表1は、安全保障研究における著名な作品についての項目の一覧表である。概略の内訳

において、有名な「孫子」即ち孫子の兵法とクラウゼヴィッツ著の「戦争論」は軍事研究

の代表的なものである。「戦略論」は戦略研究と軍事研究に関連して、「文明と戦争」は理

論研究と地域研究に関連して、「安全保障の国際政治学」は安全保障研究での概要・全般事

項、特に理論研究について記述されたものである。

これらから、戦争という事象に関しての部分を抜粋する。ただし、本概論が既存作品に

似たような内容にならないよう注意しなければならない。また戦争概論ということで、戦

争前から講和までの一連の流れについて説明する必要があり、それぞれの特色ある内容を

結びつけなければならない。当然ながら、表に記載された作品だけではなく。その他、「」

「」「」など多くの作品を参考にしている。そして包括的に考えることに留意している。

これらの項目の比較を参考にして、戦争概論で述べるべき項目を考察する。

Page 5: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

5 / 40

Page 6: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

6 / 40

(3) 戦争概論の項目について

表2は「戦争概論」の位置づけ及び各著名作品等の内容、そして実際における戦争での推

移も踏まえて、本論の項目の(案)を作成した。

最も重要な戦争の本質においては、特に大きく影響を受けているのが、「孫子の兵法」と

クラウゼヴィッツ著「戦争論」である。さらには、なぜ人が戦争をするのかということに

も焦点をあて、「文明と戦争」なども参考としている。

戦争の推移と戦争の種類において、孫子では、「戦わずして人の兵を屈する」※3とされ、

即ち、戦う前に勝つことが最善とされている。この一文によって、戦争とは単純に互いに

殺し合うものだけではないということを意味する。つまり、戦う前に勝つことの流れを説

明する必要がある。そこで、キューバ危機や、米中貿易戦争が位置づけされるであろうも

のについて、「政略戦争」という事で定義づけする。そして従来の戦争については「軍事戦

争」という定義づけを行うものである。

また、戦争計画においては①総合戦略、②外交戦略、③軍事戦略、④経済戦略、⑤情報戦

略、⑥統治戦略の6つの戦略に区分をした。これは「政略戦争」という新しい定義において

は、軍事戦略だけでは勝利することはできず、総合的な視点から分析し、対策を取る必要性

があるためである。それには、外交、経済、諜報、そして国内統治の部分を適切に理解しな

ければならないのである。

Page 7: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

7 / 40

戦争の防止については、どのような戦争防止、抑止策が考えられたのかを「安全保障の

政治学」などから理論も踏まえ、記載する。戦争を知ることの目的が戦争を防止すること

ならば、この章は特に重要なテーマとなる。

戦略理論については、参考にした著名作品を各分野で調べるにあった適切なものを簡易

に列挙するものである。

最後に、事例研究においては1~6章で述べた内容に基づいて、実際の事例を当てはめ

るものである。具体的には日本の戦国時代や朝鮮戦争、キューバ危機など挙げる。

以上の項目をもって、戦争概論の内容に定め説明していくものである。

(4) まとめ

本概論においては、これまでに述べた戦争概論の位置付け、安全保障分野における著名作

品との比較、そして戦争に関する事象の項目の列挙をもって、戦争概論としての前提事項と

する。これらから戦争とは何か、戦争の性質、流れ、戦争に必要な各要素等を簡潔に説明す

る。そして戦争という事象を理解することを目的とする。

次の章以降については、戦争という事象はどのようなものか具体的に論じていく。

3 戦争の本質

(1) 戦争の定義

ア 相手に我が意志を強要するために行う力の行使

クラウゼヴィッツ著「戦争論」においては、「戦争とは、相手に我が意志を強要するた

めに行う力の行使」※4とされる。そして、その力とは有形・無形によって構成されるも

のである。つまり、貿易戦争やサイバー戦争といわれるものは、外交力や経済力、あるい

は情報力という様々な力を駆使して相手への我が意志の強要を図るものである。

当然ながら、軍事力は、我が意志を強要しようとする目的を達成するための力の最も

強力な手段である。それが強力であるがゆえに戦争とは軍事力行使に焦点を絞られがち

であるが、繰り返すが、孫子は「戦わずして人の兵を屈する」が最上として、そのため

の謀略、外交手段を述べていることを認識しなければならないのである。

イ 政治目的達成のための一手段

クラウゼヴィッツ著「戦争論」において、「戦争は他の手段を持ってする政策の継続に

すぎない。」※5とされる。戦争は、政策決定者の政治目的を達成するための過程で、我が

意志を相手に強要するために力を行使することによって、起きるのであり、その事象自体

は、政策決定者の政策の範疇なのである。

その手段の一つが軍事力の行使であって、その政治目的は不変である。軍事は常に政

治に従属しなければならないとは、その所以である。そして軍事の暴発は亡国につなが

るのである。

同様に政略戦争もまた政治目的達成のための一手段なのである。

Page 8: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

8 / 40

(2) 戦争の形態

戦争とは大きく「政略戦争」と「軍事戦争」の二つの形態に分けられる。政治目的を設

定した後、武力を行使する軍事戦争前に必ず様々な外交、謀略、軍事による威嚇が行われ

る。これが政略戦争である。政略戦争において政治目的が達成されれば、まさに「戦わず

して勝つ」であり、達成されなければ、直接的な軍事力の行使、すなわち軍事戦争が生起

するのである。

これを定義することによって、はじめて米中貿易戦争やサイバー戦争、冷戦などが説明

できるのである。

詳細は5章の「戦争の種類」に記載する。

(3) 戦争の原因

ア 複雑な要因の組み合わせ

人間の歴史は戦争の歴史と云われるように、地球上において戦争がなかった年は無いと

言えるほどに、人間は争い続けてきたのである。

この戦争の原因においては、国際政治学、特に安全保障の研究において、議論されて

いるものである。例えば、人間の本性そのものに戦争の原因となるものがあるのではな

いか、またアナーキー(無秩序)という国際関係における状況など、生物学的な見地か

ら国際関係構造の見地にかけて幅広く研究されているものである。

さらには、それらを踏まえて、政策決定者がどのようにして戦争に至る政治目的を決定

するのかという思考過程についても考える必要がある。即ち、政策の一環として、相手に

我の意思を強要することは、ややもすれば、相手からの反撃を受けて自らの失策となって

跳ね返ってくるようなリスクを抱えるものである。それだけに政策決定者にとって、重要

な意思決定が行われる根拠が必要となる。それを明確することも重要である。

イ 暴力性を有する人の性質

図2は生物学的見地から、人の性質について分析した概要である。結論から言えば、

ヒトとは、知能により暴力性が強化された生き物である。

「動物が生存し子孫を残す,すなわち遺伝子を複製することに由来する根源的な欲求

=本能は,何億年かにわたる多細胞動物の進化の中で淘汰され,本能行動あるいは生得

的な行動を引き起こすための遺伝子プログラムとして,種特異的で洗練されたものにな

ってきたのであろう。」※6において、生存と生殖本能は、人が生物である以上、備える

性質である。さらには知能が自己実現の欲求を付け加えた。言わば本能が大幅に強化さ

れた生き物なのである。

それらを踏まえ、人がなぜ戦うかについての深く研究され記述しているアザー・ガッ

ト著「文明と戦争」において、食糧や女性獲得のための争い、即ち生物の本能である生

存と生殖の追求による略奪や競争相手の排除などの戦争と、また、人の知能が与えた自

己実現の欲求による、例えば「名誉」や「復讐」のための戦争などが記載されている。

Page 9: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

9 / 40

これらによって、人は自己の利益(生存・生殖と自己の欲求)を追求するためには、そ

れらを妨害する他者に対しては排除、即ち殺害を厭わぬ暴力的な性質を有するといえ

る。

さらに、単純狩猟採集民のオーストラリアの先住民族アボリジニの繰り返される争

い、そして近代国家も含め、人は古代から現代に至る期間、そしてどのような組織体制

であっても争いを行うことが示されている。

人の性質というものは、組織を組んだとしても、それ自体は変わるものではなく、組

織自体に暴力性が生じることとなる。個人であろうと組織であろうと人の暴力性は不変

なのである。これは歴史が証明している。

これらから、人とは争いたえない生物として使命付けられた種族といえる。しかしなが

ら、人は自己を争いから守るために、学習と行動によって、その本能を抑えようと努力し

ているのである。その最たるものが国家の形成である。国家を築き、国内ルールと罰則を

設け、ルールを破ることが自己の不利益にして、争いを減少させる社会を築き上げてきた

のである。

しかしながら、国家を形成し、その地域内の争いは防ぐことができたとしても、次に

述べる国際関係は、人の性質をそのまま反映した弱肉強食の世界なのである。

ウ 抑えなき国際関係

国家においては、秩序ある国内統治が敷かれ、政府は軍事力、警察力を独占し、そし

Page 10: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

10 / 40

て指導者は民衆が従うための権威を保持している。即ち、知能により暴力性が強化され

た生き物である人間(個人、組織)を縛る仕組み作りが求められ、それを国家・政府が

行うのである。

これに対して、国際関係においては、国家のような絶対的権威は存在せず、抑えなき

ものであるということを理解しなければならない。その中で、国家が生き残っていくた

めにはどうすべきか。そのことに関しては、国際関係での研究が進められている。

図3は戦争と国際関係についてのイメージを図化したものである。左側は、秩序ある国

内社会であり、個人や国内組織を制御できる武力(軍隊・警察)を有する政府の存在によ

って、その平和が保たれているのである。この政府が崩壊すれば、国内の力を有する組織

が自己の欲望の追及に動き、個々の争いが生じてやがて内戦状態となる。日本においても

室町幕府の権威が大きく失われた戦国時代とはまさにその状態であった。また、現代のハ

イチ共和国も政府が安定せず、様々な武装組織の割拠を許し国土は混乱を極め、その安定

を確保するために権威と権力(軍事組織)を備えた国連ハイチ安定化ミッション

(MINUSTAH)が駐留している。※7

右側においては、抑えなき国際関係であり、国内における政府の立場となるような世界

政府などの絶対的権威が無い状況において、各国は自助努力によって、自らの安全保障を

確立しなければならないのである。

一般的には大きな国力を有する国が、一定地域内の覇権を握り、その影響下において

秩序を保つことができる。しかしして、その力は時代と共に変化し、新たな覇権国の隆

Page 11: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

11 / 40

盛となる。

国際関係は常に流動的であり、そこに戦争が起きる原因が生じるのである。

エ 戦争原因論

下記表※8はさきほどのア~ウ項を簡潔にまとめたものである。

戦争イメージ 診断(戦争原因) 処方箋

(平和・安全保障構築)

第一イメージ 人間性の欠陥 啓 蒙

第二イメージ 国家体制の欠陥 体制の変更

第三イメージ 国際システムの欠陥 自助努力

【出典 国際政治学 p122 図 3-2 三つの戦争イメージ】

この多様な戦争イメージにおいて、それぞれの処方箋、即ち対策が記載されているが、

国際関係においては、自助努力でしか解決することできないのが現状なのである。

オ 政策決定者の戦争に至る政治目的の設定について

図4は政策決定者の戦争に至る政治目的設定についての要図である。これまでは、人間

の暴力性を有することの本質と、国際関係における絶対的権威の欠如による構造的な問題

によって戦争が生じてしまうことの概要を説明した。

そのような前提条件のもとで、政策決定者はどのようにして戦争に至る政治目的を設定

するのであろうか。ジョン・ベイリス等の「戦略論」を参考とすると、それには、様々な

Page 12: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

12 / 40

環境要因が複雑に絡み合っていることを述べている。それらの環境要因(その大部分が国

内事情での利益の追求)が、対外政策において、政策決定者をして、達成すべき政治目的

を設定させることにつながる。その達成すべき政治目的の根本は、国家の利益である。

なお、時に国家=政策決定者となることも考慮しなければならない。つまりは、王制

や独裁制の国家では、政策決定者の利益が国家の利益にとって差し替わってしまうこと

もあるのである。さらには名誉や復讐といった損得で表すことができない事も、国家利

益になりえるのである。

ただし、それだけで決定されるわけではない。当然ながら、国際関係を考慮しなければ

ならない。自国の外交関係、国力と、相手となる国の外交関係、国力の現状分析が必要で

ある。小国であれば、覇権の獲得は困難であろうし、むしろ大国からの覇権の脅威にさら

される。そこにおいて、自国が従属を拒むのであれば、防衛という形で、戦争に至る政治

目的が決定されるのである。そこでの判断は、国家の利益を得るに最善の手段を選ぶこと

である。

そして、戦争に至る政治目的は、歴史を振り返り、大きくは①覇権の獲得、②利権の獲

得、③宗教・主義の強要、④主権の保持の4項目が挙げられるのである。各項目の詳細に

ついては次項以降で述べる。

カ 様々な環境要因について

表3は、政策決定者の戦争に至る政治目的の設定における背景、環境要因を列挙し、一

Page 13: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

13 / 40

覧でまとめたものである。この環境要因の主たるものは、①国家の歴史的背景、②政策決

定者の意志(資質も含め。)、③政策決定者の属する組織、④社会情勢、⑤戦略文化の5つ

が挙げられる。この5つが複雑に絡み合って、政策決定者の判断の背景となるのである。

歴史を振り返れば、この5項目の中で、政策決定者の意志というものが、特に大きな割

合を占めている。ペルシャ帝国を征服し、一大帝国を築いたアレクサンダー大王、ローマ

帝国への道を築いたユリウス・カエサル、天下布武を目指した織田信長はその典型であ

る。彼等の強い意志と優れた資質がなければ、歴史は変わっていたであろう。しかし、同

時に他の4項目についても重要な役割を担っていることは言うまでもない。アレクサンダ

ー大王には、ペルシャ帝国の脅威にさらされていたギリシャの安全保障上の課題解決、ま

た父王から引き継いだ当時世界最強の軍隊の存在などが、当人のペルシャ遠征を決意させ

るに促す要因であったことは容易に予想できるものである。

この環境要因を適切に分析することによって、各国が考える国家の利益とは何か。そし

て各国の企図というものを把握することができるのではないか。特に政策決定者の人物像

を正確に把握することが、現状分析での主要事項であることが、これらから明らかとなる

わけである。

キ 現状分析について

図5は、政策決定者の戦争に至る政治目的の設定における現状分析を示したものであ

Page 14: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

14 / 40

る。政策決定者の政治目的の設定において、対外目的、すなわち相手国との間に利害関係

が生じる時に、国家の利益の追求において、相手国が受け入れるかどうか、そして受け入

れない場合において、その反撃を受けた際に、対応できるかどうか。それは相手国の企図

と国力を分析し比較検討することが必要なのである。

その比較項目として、①企図、②外交力、③情報力、④経済力、⑤統治力、⑥軍事力が

挙げられる。これは米国の国家戦略の思考法である「DIME」{外交(Diplomatic)、情報

(Information)、軍事(Military)、経済(Economic)}や中国で研究されている「総合国

力」※9を参考としている。これらを踏まえ、自国が相手国に対して、どのように接する

ことによって、政策を行う事ができるかが判断することができる。あまりにも相手国との

国力の差があれば、国家の利益にそぐわないとして、その政治目的を放棄することもやむ

を得ないものである。また時期を考慮し、数十年かけて国力の差を埋め、最終的には政治

目的を達成しようとすることも適切な分析により可能とすることができるのである。

この①~⑥項目で、特に重要なのは、①企図である。これは先ほどの環境要因を分析す

ることによって把握することができる。なお、相手国にアレクサンダー大王のような征服

王が政策決定者として現われた時、自国の対応すべき政治目的は相当に制限されることは

言うまでもない。

また、参考に孫子の比較すべき事項についても掲載している。①道、②天、③地、④

将、⑤法の5項目※10で、当時の世相に応じた内容であるといえる。

ク 覇権国家の条件

図6は先ほどの①

~⑥項目についてイ

メージ化したもので

ある。これらの分野

での他国に対する優

位性の獲得すること

が覇権国の条件なの

である。覇権国はそ

の力によって周辺国

を覇権下におき、勢

力圏をつくり、一定

の安定した国際社会

を維持する。

この覇権国家の代

表例は言うまでもなく米国である。2018年の世界状況においては、米国を中心とし

た同盟諸国と、ロシア・他諸国による冷戦以降の一定のパワーバランスが取られた状況

Page 15: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

15 / 40

といえる。なお覇権国圏域内の国家は、いずれの分野においても覇権国を上回ることは

できない。日米貿易摩擦が問題化した1970年以降、常に日本は米国に妥協せざるを

余儀なくされた。※11結局のところ全ての分野の優越が覇権国の条件なのである。

そして現在、このパワーバランスに変化をもたらそう(崩そう)と意志を持ち、力を

急速につけているのが中国である。

(4) 戦争の目的

ア 国家の利益に資するもの

戦争に至る政治目的についてであるが、その前提条件として、国家の利益に資するとい

うものがある。そして国家の利益に反するものに関しては、目的として選択すべきもので

はないのである。

孫子の「死者は以て復た生く可からず」において、利益にならなければ軍事行動を起

こさず、勝利を獲得できなければ軍事力を使用せず、危険が迫らなければ戦闘しない※12

という一文がある。つまり、不要に国家を危険にさらす政策をすべきでなく、またその

ような政策においては、相応な利益が得られるものでなければならないのである。

イ 戦争に至る政治目的

図6は、戦争に至る政治目的の内容を要図化したものである。政策決定者は、様々な

環境要因を背景に、国家の利益と現状分析との比較検討を行って、戦争に至る政治目的

を設定する。それらは主に①覇権の獲得、②利権の獲得、③宗教・主義の強要、④主権

の保持の大きく4点が挙げられる。

①「覇権の獲得」については、相手国を自国の覇権下に入れようとして争いが生じる

Page 16: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

16 / 40

ものである。それによって、覇権国の安全保障上の問題解決や、経済圏の拡大、国力の

増大につながる大きな国家利益を得られるのである。ローマ軍のガリア遠征、ブリタニ

ア遠征や、また中国のチベット侵攻などはその一例である。なお織田信長による天下布

武も日本国内における覇権の獲得を目指したものであった。

②「利権の獲得」については、特定の利権を巡って互いに譲らないことから争いが生

じるものである。近代での列強による植民地獲得を巡る地域紛争や、フォークランド紛

争の領土紛争、あるいは第2次世界大戦後の各植民地の独立戦争がその一例である。

③「主義・宗教の強要」については、自由主義と共産主義の争い、キリスト教とイス

ラム教との争いなど、イデオロギーを巡って互いに譲らないことから争いが生じるもの

である。十字軍や、イスラム勢力の拡大、北朝鮮による韓国侵攻の朝鮮戦争(朝鮮半島

の共産化及び覇権の獲得)などがその一例である。

最後に④「主権の保持」については、相手国からの主権を侵す要求に対して拒み、主

権の保持を試みるものである。①~③の政策目的を持つ国に対して対象とされた国が④

の政策目的を持つことにより、反発し合い、争いが生じるものである。また④の国が、

相手国への圧力に耐えかねて、防衛目的に先制攻撃を行うこともある。第3次中東戦争

や旧日本軍の真珠湾攻撃がその一例である。また米国が共産主義の拡大を阻止するため

に介入した朝鮮戦争やベトナム戦争も、その当初の目的は、同盟国の主権の保持でもあ

った。

①~④については必ずしも単独意義ではなく、それぞれが複雑に重なり合って、より

国家利益に資するよう政治目的が設定されるのである。旧ソ連による他国への共産化は

自国の覇権の獲得に大いに寄与していたのは、その一例である。

そして政策決定者は戦争に至る政治目的の設定の段階で、戦争を見据える。なぜなら

戦争に至る政治目的は当初から相手に受け入れがたい内容を有し、それを政策決定者が

認識するからである。また相手側においては、その受け入れがたい政治目的を有する内

容を拒否することになるであろう。そこに争いが生じるのである。

なお、第2次世界大戦以降、大国間の軍事戦争が行われていないのは、軍事戦争によ

って得られる国家利益よりも、それによって生じる惨禍・損失が非常に大きいという打

算的な判断によるものであると解釈できるのである。そのため大国は、国家利益が得ら

れる範囲での軍事行動(アフガン紛争、イラク戦争、各種紛争への介入)を行って、そ

の影響力の強化を図ってきたのである。

ウ 人間の感情(恐怖)

なおこれは補足であるが、以下の内容も興味深いものである。

有史の戦史を通して、戦争の主たる原因は政治的理由でもなければ、経済的理由でも

なく、ほとんどの場合、心理的理由であるという。そして心理的理由の多くは「恐怖」

である。古代ギリシャ人の「欲望と怨念は戦争の卵」という格言を忘れてはならない。

Page 17: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

17 / 40

(5) 戦争の性質

ア 全 般

戦争という事象においては、その事象が生起するにあたり、付随して起きる事象、即ち

戦争の性質というものについても留意しなければならない。クラウゼヴィッツ著「戦争

論」等によると、戦争が①原始的な強力行為であり、憎悪が生まれること。ややもすれば

憎悪の増加に伴い、戦争が激烈化するため、それを防ぐ②政治への従属が求められるこ

と。そして、彼我が打算して互いに動くために生じる③確実性と偶然とが織り成すゲーム

性である。

イ 原始的な強力行為

戦争における戦闘行為により憎悪と敵意と恐怖が生み出される。この感情が高まる

と、戦闘行為の激烈な性質を一層悪化させ、戦争はより悲惨かつ残忍なものになる。政

策決定者は、原始的な強力行為における憎悪を制御しなければならない。

ウ 政治への従属

政治目的を達成するために戦争は行われる。よって戦争は政治の延長であり、政治に

より制御される。この性質によって原始的な行為の激烈な性質は緩和される。憎悪によ

り戦争が拡大するという性質に対して、政治による方向修正が必要である。

エ 確実性と偶然とが織り成すゲーム性

戦争においては、戦略・戦術の駆け引きが行われる。互いが計算し、それぞれの予測

された確実性に基づいて動くために、また数多くの要素が絡み合い、実戦の場において

試行錯誤と偶然がしばしば大きな影響を及ぼす。その偶然が、時には大勝利を、時には

大敗北をもたらし、また憎悪を招くことになるのである。

そのうえ、常に双方の政策決定者が合理的な政治判断を行うとは限らないのである。

しばしば客観的に見た場合と主観的に見た場合とが異なり、不可解と思われる政治判断

を選択する政策決定者も存在するからである。

それらを踏まえて、政策決定者は適切な戦争指導が求められるのである。

(6) 勝利について

ア 相手の企図の破砕

「戦わずして人の兵を屈する。」という孫子において、戦争の本質は、軍事力を用いて

己の利益を計ろうとする敵国に対し、その意図を打ち砕く点にある。※13とされる。また

クラウゼヴィッツ著「戦争論」でも「敵の意志を屈服させない限り、(略)、戦争、すなわ

ち敵対的な緊張及び敵愾心に満ちた力の作用は終結したとは見做されない。」※14とあ

る。なお、「そのために敵戦力の撃滅や国土の占領が必要とされる。」これは即ち軍事戦争

における目標である。

さて、これらに共通することは、敵の意志を打ち砕くことが戦争の勝利という点であ

る。孫子の兵法では、それは軍事力如何に関わらず、あらゆる手段をもってということで

Page 18: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

18 / 40

ある。米中貿易戦争はまさに、米国が中国の覇権国家を目指す企図を打ち砕く目的をもっ

て行われているというのが、これにより説明できるのである。

イ 総合力の優位の確保

「算多きは勝ち、算少なきは敗る」※15と、孫子の兵法では、五事七計を基準に比較・

計量して得られた勝算が多ければ勝てる。と書かれているように、戦争は力の行使によ

る争いであり、総合戦力で優勢な側が、結局は最後の勝利を得る。その観点では勝利と

敗北は、必然なのである。ローマとカルタゴのポエニ戦争や、第1次世界大戦、太平洋

戦争などはその代表例である。

そのため、彼我の総合戦力の優劣を比較・検討することによって、事前に戦局の推移

と勝敗とを予測することが可能になる。そして、客観的事実にのみ基づいて、計画を進

めるならば、勝敗の決定が予測される。

軍事戦争においては、確実な勝算が得られた場合に限って開戦に踏み切り、あらかじ

め策定した戦略に従って、すでに約束された勝利を実現するのである。

勝算が立たない場合には、政略戦争により自国に有利な条件が整うまで、断固開戦を

思いとどまり、軍事戦争を回避する努力をしなければならないのである。

ウ 勝利の種類及び順番

「上兵は謀を伐つ」孫子の兵法において、勝利でのあるべき姿として、戦わずして相手

を屈服させることが最上とされる。※16

そしてあるべき勝利の姿、順序については以下のものである。

① 最高の戦略は謀略によって勝つこと。(敵の企図を未然に破砕すること。)

② これに次ぐのは外交手段で屈服させること。(同盟国などを離散させる事など。)

③ その次は強大な軍事力で圧倒すること。

④ 最低の策は敵を直接攻撃すること。

これらにおいては、繰り返しにはなるが、軍事力の直接行使による戦争、つまり軍事戦

争だけでは、戦争という事象を正確にとらえることはできないことを意味する。謀略は戦

争の一貫であることを踏まえ、総合的に考えなければならないのである。

4 戦争の推移

(1) 全 般

戦争を単体で見ることの危険さを認識しなければならない。戦争には何十年もの時間を

目的達成のためにかけた一連の経過がある。軍事力は一朝一夕では築けるものではなく、

政治目的達成に最大限寄与できるよう時間をかけて構築される。それに合わせて外交(同

盟)や経済(貿易)、情報についても取り組まれる。

それらを踏まえて、最終段階において、唯一残された手段として戦争が起きるのであ

る。よって経過を知ることが戦争を防ぐために、戦争に勝利するために必要不可欠なもの

Page 19: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

19 / 40

である。

(2) 紛争への国際社会の関与のあり方

図8は紛争時にお

ける国際社会の関与

のあり方を示すもの

である。※17この図

により、戦争に至る

までの段階を知るこ

とができる。即ち、

平和から不安定な平

和、そして危機から

戦争へと段階的にエ

スカレートし、戦争

後平和に移行してい

く一連の流れがあ

る。

(3) 戦争の推移

図9は図8を参考にし、政略戦争の概念を取り入れた戦争の推移を示したものである。

Page 20: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

20 / 40

ア 戦争前(持続的平和~安定的平和)

攻勢側による戦争目的の確立と防勢側による脅威の認識が戦争の始まりである。政策決

定者により戦争に至る政治目的が設定される。この政治目的の対象国を仮想敵国(一般的

に現在あるいは将来において最大のリスクを有する国)とし、その仮想敵国に対してどう

対応すべきかの総合戦略及び軍事、外交、情報、経済戦略を策定する。この総合戦略に基

づき、戦争(防衛)準備が行われる。

そして準備が段階的にできたならば、攻勢側は対象国に対して政治目的達成のための謀

略を仕掛ける。この段階では、努めて企図は秘匿されるものである。対象国が気付かなけ

ればそれだけ攻勢側にとって有利な状況を構築することができるからである。そして防勢

側が攻勢側の謀略に気付き、それを阻止すべく謀略へ反撃を開始することにより、政略戦

争が勃発する。防勢側にとっては早期に攻勢側の企図を把握することが必要不可欠とな

る。それがじ後の戦争において大きな影響を及ぼすからである。

イ 政略戦争(安定的平和~危機)

政略戦争は安定的平和から不安定な平和、そして冷戦、北朝鮮のミサイル外交などの危

機と、軍事力を直接行使しない段階での争い・戦争を示すものである。

ここから互いの政治目的達成のために、外交交渉や経済政策、軍事力の威嚇での圧力な

どの謀略が行われる。また軍事戦争のための準備がより一層具体化され促進される。20

18年からの米中貿易戦争は安定的平和状況下において行われている。そして、双方にお

いて交渉等で互いに政治目的の合意ができれば、戦争はこの段階において終了する。

攻勢側として敗北、あるいは決着がつかない場合、また防勢側が勝利した場合、攻勢

側は目的を断念するか、次の軍事戦争へと移行するか選択を迫られるのである。そのた

め防勢側においては、妥協点を見出すことが軍事戦争を防ぐために最適な手段とも言え

る。

また冷戦が1945年から1989年の44年間※18続いたように、この政略の戦争の

時間軸は軍事戦争と比較して長期である。そして一般的にその企図についても互いの試

みが100%顕在化することはなく、主導権を取るために、どちらもできる限り潜在化

しようとするものである。

ウ 軍事戦争(戦争)

軍事戦争は政略戦争での決着がつかないため、彼我が直接的な軍事力を行使して、軍事

的勝利を巡って争いが行われるものである。軍事戦争においては、政治目的を達成するた

めに、相手の軍事力、領土に軍事目標を設定し、それらを撃破又は占領することにより、

敵の意志を破砕する。この軍事戦争の時間軸は、政略戦争と比較し各種資源の消費が著し

く激しいため、勝敗が決し易く短期となる。

また戦力の損耗が政治目的との価値(国家利益)と釣り合わなくなった場合、当初の政

治目的を変更して講和につながる場合もある。

Page 21: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

21 / 40

エ 講和(平和構築)

講和は、軍事戦争の結果により、再度交渉が行われ、いずれかの政治目的が達成され

る。この講和によって戦争が終結する。戦争は政治によって始まり、政治によって終わ

る。

(4) 戦争各期区分における内容

上記の表4は戦争各期区分における攻勢側・防勢側のそれぞれの果たすべき役割を示した

ものである。攻勢側は、防勢側より一歩進んで物事を進め早く態勢を整えることができるた

め、主導権を握り有利となりえる。それぞれの段階において最も適切な手段を選び、政治目

的を達成することが求められるのである。

(5) 開戦について

開戦のタイミングについては、第1次世界大戦がセルビア事件で起きたように、必ずしも

誰もが予期していない状況で生起する場合もある。これを踏まえて、戦争の原因は様々で政

治目的とは断定できないと云われている。しかしながら、軍事力は長期間にわたり構築され、

この際もオーストリア帝国はバルカン半島への覇権の獲得という戦争に至る政治目的は有

しており、結局は政略戦争から軍事戦争に移るきっかけにしか過ぎなかったのである。

開戦時は、その時の偶然に過ぎない。全ては政策決定者が企図・戦争に至る政治目的を持

った時に、その方向性は定まっていると言えるのである。

Page 22: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

22 / 40

(6) 講和への道筋

図10は講和へ

至る道筋における

継戦意志の喪失の

流れを示したもの

である。

様々な環境要因に

よって政策決定者

により戦争に至る

政治目的が決定さ

れる。この際はあく

まで計算上での優

勢を得ることによ

り、それを実行する

ことの意志力は高い。そして実際に戦争が生じると、摩擦や偶然性により予想のしない損失

や、事故が起きることによって、戦争における国家利益が得られるものよりも減ることが大

きくなると、次第にその意志力は低下していく。そして最終的には講和へとつながるのであ

る。

この流れを踏まえれば、政策決定者の継戦意志を確実に削ぐような作戦展開が望ましい。

一例として、日露戦争では、旧日本陸軍による奉天会戦までの一連の勝利、旧日本海軍によ

るバルチック艦隊の撃滅、そして明石大佐のロシア国内の政情不安を起こし同国の継戦を困

難にしようと画策した事案※19と日英同盟によるロシアの封じ込め等、様々な要因によっ

て、ロシア皇帝の継戦意志を低下させた。これによって国力が優勢なロシアに対して日本は

和平を結ぶことができたのである。一連の流れを把握することが、政策決定者に必要不可欠

なのである。

5 戦争の種類

(1) 全 般

これまでに述べているように戦争は当初から軍事による武力行使が起きるわけではな

い。武力を行使した戦争前に必ず様々な外交、謀略、軍事による威嚇が行われ、その延長

線上に直接的な軍事力行使による戦争があるわけである。よって戦争とは大きく「政略戦

争」と「軍事戦争」の二つの形態に分けられる。詳細は以下で説明する。

Page 23: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

23 / 40

(2) 政略戦争

ア 概 要

政略戦争とは、直接的な戦闘状態である軍事戦争の前に繰り広げられる「流血無き戦

争」であり、直接的な軍事力以外のあらゆる手段を駆使して、謀略という形で、彼我の政

治目的を達成するために争うことである。孫子での「上兵は謀を伐つ」というように、こ

の段階における勝利が国家としても最も良い。国力を低下させることなく、また悲惨な状

況を作り出すことがないからである。

また、この政略戦争は一般的に戦争として見られるものではない。なぜなら攻勢側

は、平和の使者として企図の秘匿を図る潜在性を有するからである。「見えない戦争」と

も言える。そして軍事戦争への準備期間でもある。この間において、政略戦争での勝利

とともに、軍事戦争の勝利への道筋を創り上げるのである。

イ 手 段

政略戦争の手段は謀略である。謀略とは間接的な軍事力運用、外交、経済、情報工作

活動などあらゆる方策を組み合わせて駆使し、相手を陥れることである。

一つの手段に強制外交があり、これは相手国にそれ以上の侵略を行わせないように威

嚇や限定的な軍事力を用いて、それを背景として交渉を図り、自己の政治目的を達成す

るものである。

ウ 性 質

政略戦争は、あらゆる方策を駆使して行い、その手段の形は数千、数万通りであり、か

つ変化自在である。よって攻勢側はしばしばその企図を隠し、潜在的な形で、あるいは平

和の使者として、長期にわたり謀略を仕掛け、防者が気付いた時、即ち、その企図が顕在

化した時には、全ての面において不利になっているという場面を強制しようとする。

これに対して、防勢側は努めて早期に相手の企図を察知することが重要である。また

軍事力の裏付けなくしては、その謀略が大きな効果を有しないことに留意しなければな

らない。なぜなら、強者は弱者を容易に屈服させることができ、力なき者は相手にされ

ないからである。

エ 取るべき方策について

(ア) 攻勢側

防勢側の抵抗の意志力の破砕を目標として行われる。つまりは、攻勢側に逆らっても

その対応が困難であり、国益と比較し軍事戦争での結果による損失が見合わないと、事

前に防勢側を認めさせることである。その為には、軍事力の圧倒的な差の確保、外交で

の孤立、経済力での優越による様々な圧力、そして防勢側の企図を丸裸にする情報力が

必要となる。これらは時間をかけて一歩ずつ着実に進めるのである。そして、防勢側の

抵抗意志が続く状態において、その破砕が現状では困難と判断された時、軍事攻勢が開

始されるのである。

Page 24: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

24 / 40

(イ) 防勢側

攻勢側の侵攻する意志力の破砕を目標として行われる。外交と情報工作で、攻勢側の

正当性を貶め、国際社会において孤立させるとともに、同盟国と連携を強化する。国内

統治を固め、政府と国民との団結力を高めるとともに、軍事力を増強して、軍事戦争に

おける攻勢側の損失が高いと判断させる。攻勢側の経済力を削いで、軍事力構築を阻害

する。これらにより、攻勢側の開戦を思いとどまらせるのである。

特に攻勢側の企図を努めて早期に察知し、敵が軍事行動を起こす前に、計画段階にお

いて外交や情報工作等の謀略を行って、未然に阻止することが重要である。

オ 事 例

冷戦という大国間同士での政略戦争においては、ソ連は体制崩壊という形で、侵攻(抵

抗)意志が破砕され、米国に敗れたのであった。また米中貿易戦争は単なる貿易摩擦では

なく覇権争いと見られている。軍備を強化し、対外進出に意欲的で、一路一帯政策など

で、米国主導の国際社会の現状に楔を打ち込もうとする中国※20と、それを阻止しようと

する米国の反撃が開始されたものである。

表5

事 例 攻勢側(主施策) 防勢側(主施策) 結 果

ABCD

包囲網

アメリカ、イギリス、オラン

ダ、中華民国

(貿易制限)

日本

(米国との交渉)

日本の真珠湾攻撃

による太平洋戦争

の開始

朝鮮戦争

北朝鮮

(韓国内での共産勢力強化)

韓国

(国内での共産勢力排

除)

北朝鮮による韓国

への侵攻・朝鮮戦争

勃発

冷 戦 アメリカ

(軍拡競争を仕掛ける)

ソ連

(軍拡競争に対応)

ソ連の体制崩壊

イラク

戦争

アメリカ

(フセイン政権の打倒)

イラク

(アメリカの要求拒否)

アメリカ軍により

イラク侵攻が開始

米中貿易

戦争

中華人民共和国

(謀略により各分野の強化)

アメリカ

(謀略への対応)

継続中

表5は事例を挙げたものである。これらの攻勢側・防勢側の位置付けは、それぞれの

立ち位置において変わることもあるが、いずれにしても軍事戦争前における熾烈な政略

戦争が繰り広げられた事例である。

(3) 軍事戦争

ア 概 要

軍事戦争とは、数十年にわたり構築された軍事力を用いた力の直接行使による争いであ

る。我の意志を相手に強要する力の最終行使であり、戦争の最終形態である。軍事戦争の

勝利によって政治目的を達成しようとするもので、その勝利は、相手側の物理的能力(戦

闘手段)の破壊によって相手の抵抗意志を破砕することで、もたらされる。

Page 25: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

25 / 40

イ 手 段

直接的な軍事力の行使を主とするも、政略戦争から継続される外交戦、経済戦、情報

戦が平行的に行われる。

ウ 性 質

軍事戦争は、これまで間接運用されていた軍事力が主役となり、政略戦争の成果も踏ま

え、原始的な強力行為が発揮される。

この際、政治は戦争指導の役割を担う。留意すべきは、軍事戦争前の政治目的がしば

しば、戦況とともに彼我の感情の昂ぶりも相まって大きく変化する。戦争の費用が増す

につれて、少なくとも最初は、戦争目的を達成しようとする政策決定者と国民の決意が

強まる。一定の犠牲が出れば、それに見合う対価(補償)を相手に求めるという要素を

有する。そうした動機の過激化は、ついで戦争目的と軍事的手段の過激化につながる。

一例として、日中戦争において旧日本軍参謀本部にて撤退案を検討する会議が開かれた

際に「撤収するのは英霊に申し訳ない。」という反論により却下され、国力を超えた戦線

拡大が続いた。※21

軍事戦争が政治目的から拡大しないよう、政治による制御を常に維持することが求め

られる。

エ 軍事戦争の形式

(ア) 概 要

軍事戦争においては、制限戦争、殲滅戦争、短期決戦、長期戦の4種類の形式を有

する。※21それぞれ組み合わせられ、主として制限戦争においては短期決戦、殲滅戦争

においては長期戦になる。どの種類の戦争を計画するかにより、戦争の度合いが変化

する。

表6

種 類 制限戦争 殲滅戦争(総力戦)

長期戦 第1次ポエニ戦争、日中戦争、

ベトナム戦争、朝鮮戦争

ペロポネソス戦争、第2次ポエニ戦

争、WWⅠ・Ⅱ

短期戦 ノモンハン事件、フォークラン

ド紛争、イラク戦争、湾岸戦争 ―

表6はそれぞれの一例を示したものである。殲滅戦争と制限戦争との関係において

は、殲滅戦争のほうが、彼我の国家を敗北させるという政治目的が大きく、それに伴

う軍事目標も大きい。それにより双方に甚大な被害をもたらす。

また、多くの戦争において攻勢側が、先制の利を生かして、短期決戦を狙うもの

の、防勢側の抵抗により、長期戦に至る場合が大半である。それぞれの特徴について

以下で説明する。

Page 26: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

26 / 40

(イ) 制限戦争

一部地域の占領、または特定された政治目的の達成を目的とした戦争で、相互の又

は一方の意志によりその軍事力、地域を制限して行われる戦争である。

この戦争においては、防者は、攻者が得られる政治目的の利益よりも戦闘での損益

が大きければ、又はそう判断させて、戦争を抑制することも可能である。一例として

は日中戦争、朝鮮戦争、ノモンハン事件やフォークランド紛争が挙げられる。

(ウ) 殲滅戦争(総力戦)

相手に対して、相当な敵対的企図をもって、完全に無力化し打倒しようとする戦争

である。総力戦ともなり、攻者は防者のあらゆる継戦能力に対して攻撃する。同様

に、防者も全力で防戦するため、膨大な憎悪と死傷者が発生する。ややもすれば、戦

争本来の激烈な力を容赦なく発揮し、歯止めが利かなくなる。

この戦争における大原則は、敵の戦力は撃滅と、敵の国土は占領によって、敵の意

志は屈服させるものである。このタイプの戦争は、第2次世界大戦が挙げられる。大

戦後は核兵器の登場により大国間の殲滅戦争は抑止されている。

(エ) 短期戦

政治目的を短期間で達成するために行われる戦争である。これにおいては、攻者が短

期決戦を求め、当初の戦力を努めて多くし、一気に防者を圧倒する。特に攻者が意図し

て行うものである。

短期決戦は主として制限戦争において行われる。これは、資源の損失を努めて少なく

する目的を有する。しかしながら、防者が適切に対応した場合、膠着化し長期戦に至る

ことが多い。

(オ) 長期戦

長期戦とは双方が敵を打倒できず戦闘が長期化するもので、彼我の戦力が拮抗する場

合、あるいは防者の戦力が劣勢な場合において防勢作戦として選択する。

特に、戦力が劣勢な場合において、防者は長期戦を選ぶ。ただし時間の経過が防者に

とって有利になることが最低限の条件となる。ゲリラ戦もまた持久戦の一つである。一

例としてベトナム戦争が挙げられる。

オ 取るべき方策について

(ア) 攻勢側

最小限の損失と最大限の効果を得て、政治目的を達成することが望ましい。そのため

に主導の利を生かした先制攻撃・奇襲による早期の敵戦力の撃破並びに敵地の占領を行

って、かつそれを継続することによって、戦場での優勢を獲得し、敵を追い詰めるので

ある。この際、外交、経済、情報を駆使し、防勢国の外交の孤立化や経済封鎖、国内擾

乱の誘因など様々な謀略も行って、総合力による抵抗意志の消滅を図ることが重要であ

る。また激烈な抵抗による損失を避けるために、交渉の余地を残し、窮鼠猫を噛むよう

Page 27: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

27 / 40

な状況を避けることにも留意しなければならない。

(イ) 防勢側

攻勢側に対して、最大限の損失を与えて、その継戦意志の早期消滅を図ることが重要

である。そして最終的な合意形成を図り、攻勢側との戦争に決着を図ることが望ましい。

様々な要素によって、戦争目的のために資源を使い続ける意志は減少する。戦争の費用

は、犠牲が増すにつれ、国民の支持を弱め戦争終結のための国内圧力を生みだす効果(経

済的、人権的)をもたらす。また国際世論においても次第に交戦両国に批判的となり和

解のための条件を穏健化するよう両者に外交圧力をもたらす。

これらによって、交戦諸国は外交政策の優先順位を再考し、戦争継続を見直す。その

結果、一方又は双方が戦争を終わらせるための交渉を開始しようとする。そして講和へ

とつながる。

6 戦争計画

(1) 概 要

戦争は国家が持てるあらゆる手段、即ち、外交、経済、軍事、情報、国内統治を駆使しな

ければ勝利を収めることはできない。その様々な要素を統括し有機的に活用するために、ま

た限られた国家資源を有効に分配するために必要な計画が戦略である。

その戦略とは、目的とそれに達成するまでの指導方針を示し、かつ手段、役割区分等を明

確にしたものである。戦略においては段階的に目標を定め、それらの目標を達成して目的を

成し遂げるように策定しなければならない。段階的に進めることで、目的達成へのリスクを

低減していくのである。なお戦略策定には、勝算を得るために飽くなき勝利への追求が必要

である。また敵国との比較・検討において戦略を適時修正する柔軟性も必要である。そして、

戦略に基づいた政策を実行できる組織を整備するのである。

(2) 戦略の種類

戦争遂行に必

要な戦略は国家

戦略の指針とな

る企図を示すも

のと、「DIME」・

「総合国力」を

参考にして、①

総合戦略(基本

指針、政治目的

策定)、②統治戦

略(国内戦略)、③外交戦略、④経済戦略、⑤情報戦略、⑥軍事戦略(下位に作戦戦略)の

Page 28: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

28 / 40

6つが基本として挙げられる。これらの関係について図11で示したものである。

政治目的を達成するために、まず総合戦略(基本方針などの相手国に対する姿勢)が策

定され、これに基づいて5つの戦略を策定し、かつ互いに密接に連携させ、組み合わせ

る。また相手と、この6つの戦略で比較検討し、足りないところは強化しなければならな

い。これらの戦略は短期と長期のそれぞれの効果を狙い、また直接アプローチと間接アプ

ローチの併用でより効果的に使用し、政治目的達成に進められる。それら全ての戦略にお

いて相手に勝ることで確実な勝利が約束されるのである。

(3) 国際政治と戦略との関係

図12は国際政治と戦略の関係を示したものである。その大まかな流れは、総合戦略によ

り、他戦略への方針を示し、指導し、それに基づいて各戦略が連携して、相手国(脅威国)

に対して政略戦争においては謀略が、軍事戦争においては軍事力行使が行われる。いずれの

場合も外交戦略と軍事戦略の2本立てを基本とし、経済戦略と情報戦略、そして統治戦略が

サポートすることとなる。

この際、限られ

た国家資源を有効

に活用するため

に、最大の脅威国

に対して国家資源

配分を集中させる

とともに、その他

の阻害要因となり

える国には必要最

小限にするなどの

処置が必要であ

る。

(4) 各戦略(概要)

この項目は各戦略を説明するものであるが、内容が多くなる為詳細は別論文に記載する。

ア 総合戦略(政治指針)

(ア) 概 要

総合戦略は、政策決定者の政治指針である。まず政策決定者は戦争に至る政治目的を

決定する。その目的を達成するための基本方針と各戦略に与える目標・努力方向を策定

する。この方針は一般的に秘匿される。そのため各戦略での動きを見て、推測するもの

である。この方針では、中国の西太平洋の覇権の確立や、これを阻止しようとする米国

Page 29: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

29 / 40

の行動が一例として挙げられる。

(イ) 役 割

a 基本方針の設定

戦争に至る政治目的が設定され、それを達成するための国家の方向性を定めるもの

である。過去、現在、未来において、軍事、外交、経済、国内統治、情報を分析し、

現状を把握し、あるべき将来を設定する。そして、その将来に向かって、可能かつ明

確な目標を設定し、それを達成するための基本方針を定める。5つの戦略策定、軍事

構築等の基礎となるものである。さらに国家資源配分もそこで決定される。

b 各戦略の方向性の決定

基本方針を定めたのならば、その方針に基づき各戦略に目的を与え、その方向性を

定める。また、状況の推移に伴い、適時に戦略は修正される。

c 各戦略への指導

各戦略が総合戦略に基づいた方針、組織、計画、作戦を策定しているか、適時の監

督・指導が必要とされる。なぜならば、国内における官僚、軍事組織はしばしば自

己組織の利益拡大を追求するものであり、これらを制御することが求められるから

である。このため、他の戦略に対して優位性を確保のために、堅固な統治に基盤が

置かれていることが重要である。つまり政策決定者の国内支持が弱体化すれば、各

機関はこれを軽視し、その方針に従わない状況も生起するからである。

d 策定に考察すべき要素

国際政治において生き残る為の策定であるがゆえに、世界の状況、海洋国、大陸

国、覇権国などの地政学的基礎の上に組み立てることが必要である。どの立ち位置に

国があり、どのような政策が地政学上最善かを考察しなければならない。

イ 統治戦略

(ア) 概 要

統治戦略とは、国家と国民をしてその意志を統一させ、国内の安定を図り、政策決定

者には堅固な支持を提供し、各戦略には安定した国内社会と優秀な人材を提供するとい

う全ての戦略を支える基盤を整備するものである。また相手国の国内干渉を排除するこ

とも必須である。

(イ) 役 割

a 共通意志の形成

孫子には、民衆の意思を統治者に同化させる内政の正しい有り方により、戦時に統

治者の命令に民衆が疑心を抱かない。※22とあるが、まさに戦争に勝つために国民と

軍の共通意志の形成が必要である。よって内政を正しく行い、戦時においても国民が

政治家を信頼できる関係を構築しなければならない。

Page 30: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

30 / 40

b 教育と貧困の解決

共通意志の形成において、国内の不満分子の存在は障害となりえるものである。こ

れらにおいては、社会的身分、宗教、民族、人種、貧富の格差等によるものが多い。

特に貧富の格差が顕著な場合においては反政府感情が噴出する場合もあり得る。この

対策のために、国民の教育水準を上げ、自発的に物事を考え、決断し、行動できる人

材を育成することが求められる。そのような人材の活躍により社会は豊かになり、貧

富の格差を是正できる。教育と貧困問題は両輪の関係である。

c 謀略への対応

国内の安定化を図るために、国内の混乱状態を引き起こそうとする相手国の情報

工作等の謀略に対して、その企図を破砕することが求められる。そのためには、相

手国の謀略に対応できる防諜体制・組織を整えることが必要である。

d 防 諜

我が方と相手国の情報を欲するように、相手国も同様に我が方の情報を欲する。相

手国の情報活動を防ぎ、妨害することは、我が方の情報の優位に欠かせないものであ

り、積極的な防諜活動が必要とされる。

この防諜の主たる活動場所は自国の領域であり、統治戦略と密接に関係する。

(ウ) 事 例

中国の国内統治は徹底した言論・情報統制と強力な警察組織によって、万全を期して

いる。

ウ 外交戦略

(ア) 概 要

外交は政略戦争においては軍事との両輪となり、また軍事戦争においても軍事の次に

重要な役割を担う。外交の場となる国際政治の中では、あらゆる手段を用いて、公式、

非公式の場において政治目的を追求しなければならない。この外交において国家間の国

際政治・力関係における序列ができ、かつ発言力を有する。そして直接的な相手国との

交渉の場であり、これに優位に立つことが求められる。

なお、外交は柔軟性を持ち、白黒が求められる軍事とは異なり、妥協によって、彼

我のリスクを最小限にすることができる。

(イ) 役 割

a 国際政治での政治目的の追求

外交は、三権(主権、覇権、利権)を国際政治の場で追求する。政略戦争において

は外交での相手国の孤立化、複数の同盟国を盾に相手国に我が意志を強要する。軍事

戦争においては、軍事作戦を外交面で支援するとともに、相手国との交渉の余地を維

持しつつ、戦争終結後の講和において、最終的な政治目的を達成する。

Page 31: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

31 / 40

b 各種外交アプローチ

外交においては、直接的な国益よりも、間接的な国益を図ることが効果的な場合が

ある。また外交は一つの利益だけを追求してはならない。国益は政治、軍事、経済と

あらゆるものが含まれ、全体の利益を考慮することが必要である。そしてそれは短期

的よりは長期的な視野でもって考慮しなければならない。

これらのために、勢力均衡政策や覇権政策、孤立・中立政策などの各種外交政策を

駆使しなければならない。

一般的に、総合力高い国が、一部の地域や世界において覇権を握るものである。そ

して、この覇権に対して屈するか、あるいは対抗する場合において他国と連合しての

勢力均衡政策を取るか、あるいは別の覇権国の傘下に入るなどの選択肢を有する。

c 講 和

開戦に伴い、相手国と交渉する外交の役割は縮小する。即ち、政略戦争から軍事戦

争に移行するにあたり、軍事戦略が政策の中心となるが、戦争終結には外交の役割を

再び上昇し、講和という形での決着が図られる。これには軍事勝利を最大限に生かし

ての再交渉や、または軍事的膠着状態に陥り、交渉によってのみ解決される事態にも

対応することが必要とされる。

(ウ) 事 例

外交においては事例を挙げればきりがない。

エ 情報戦略

(ア) 概 要

「敵を知り、己を知るならば百回戦っても危険に陥ることはない。敵を知らず、己を

知っていれば勝つ機会は五分と五分。敵を知らず、己も知らざれば必ず危うし。」※23

この孫子の言葉は、情報戦略の役割を示すものである。

情報とは、そのものが重要な役割を担うものではない。情報とは全ての政策判断に資

する、又は決断するに足る資料を提供するものであり、政治、外交、軍事、経済に活用

されることで最大限の効果を発揮する。同時に、情報の裏付けのない各戦略は無力であ

る。

情報は、諜報、防諜、情報工作に大きく区分され、また現代においては情報戦争と

いう定義も挙げられている。これらの各種手段を用いて、相手国に対して情報の優越

を獲得して、情報を制するものである。

(イ) 役 割

a 諜 報

諜報の基本は、スパイ、傍受、あらゆる手段を講じて、敵情を入手することであ

る。そのための手段として、主として国外での情報収集活動、軍事偵察活動、通信

傍受、それに伴う暗号解読などが挙げられる。

Page 32: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

32 / 40

この際、政策決定者は限られた資源を有効に活用するために、情報収集の指向を明

確化しなければならない。その対象は主として政治、軍事、経済の3つである。そし

て情報入手には、公開情報、情報伝達途中のもの、情報源、情報先を狙うものとされ

る。特に諜報すべき内容としては、相手国の企図の把握である。これにより我の対応

策の策定が容易になるからである。

b 情報工作

情報工作は、諜報や防諜に比べ政治的判断によるもので、諜報員による直接的な

暗殺や爆破、偽の情報を流す情報撹乱、相手国の諜報員を裏切らせる二重スパイの

活用、政治家の篭絡、マスメディア等への潜入工作員による世論操作など多岐にわ

たる手段での情報操作により、相手国に対して我が方の情報の優越を獲得するとと

もに国内擾乱や国民が一致団結することを妨害するものである。またそれだけでは

なく、スパイ活動による先端技術の盗用やサイバー攻撃等も含まれる。

多岐にわたる各種情報工作は、時に戦争だけではなく国家の命運そのものを左右す

るものである。そのため、効果の高い情報工作を相手国において実施し、同時に、我

が方の国内においては相手国の情報工作を阻止することが求められる。

(ウ) 事 例

スパイが戦争の勝利に多大な貢献をしているのは有名である。モンゴル軍の商人や、

スパイゾルゲ事件、エニグマ暗号解読など、政略戦争から軍事戦争の全てにおいて情報

の優越の獲得は勝利には欠かせないものである。

オ 経済戦略

(ア) 概 要

経済は、戦争を支える国家基盤を形成するものであり、経済無くしての勝利はない。

国家の経済的繁栄(技術、金融、産業等の優越)と対外経済政策における相手国への経

済封鎖や経済搾取による経済の疲弊を図ることの二つの目的を有する。経済的繁栄によ

り、戦争に勝利しえる国家基盤を確立する。また国際経済においてその重要な影響力を

もたらすことができ、経済的覇権もまた争点の一つとなりえる。

近年の軍事技術の発達により、軍の近代化が重要な焦点であり、これを支えるための

工業、技術力の維持は経済分野に大きく依存する。

(イ) 役 割

a 経済発展及び資源供給

軍事力強化のために、経済発展は必要不可欠である。それは産業資本の供給、社会

資本の充実、技術革新、質の良い労働力の供給などである。

特に、最新鋭の軍事兵器においては、理論構築、軍事技術、工業上の諸能力の最大

限の資源投入を要求する。そして技術面で進んだ武器の研究、開発、生産と配備のコ

ストは絶えず上昇する。この膨大な資金の必要性は産業と軍事の共生関係を築くこと

Page 33: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

33 / 40

となっている。経済成長に伴い軍備が強化されることは、ほぼ比例の関係である。

表7

表7は国家の経済力と軍事費との関係を示す一例である。中国を参考にして199

0年~2017年の間の名目GDP※24と国防予算※25については高い相関関係をあ

るのは一目瞭然である。強大な軍隊には大きな経済力が必要になるのである。

b 戦争時の円滑な支援

戦争には周到な準備と莫大な経費を要する。まさに国家の総力を挙げる大事業であ

り、長大な兵站線を維持して、大兵力に補給するための巨額の出費に備えなければな

らない。

よって、戦争時には計画的な経済政策を実施しなければならない。軍事計画策定に

おける資源の投入、軍備調達方式の選定、有事でのエネルギーの集中、資金調達など

である。

c 対外経済政策

敵対的経済政策による経済制裁や、関税率の操作、産業スパイなどによって、相

手国の経済活動を麻痺、あるいは低下、その向上を阻止し、経済的優越性を確保す

る。また貿易を推進させ、両国の経済の相互依存度を高め、戦争に伴う経済的損失

を高めさせ、安易な政治目的の要求を思いとどまらせる手段もある。

(ウ) 事 例

戦争はしばしば経済的要因に起因するものが多い。敵対的経済政策は、必ずしも相

手国の妥協を引き出すことにならず、状況によっては自国に対する感情の悪化を招き、

その対抗処置による戦争へのエスカレーションともなりえる。ゆえに、政策効果を相手

国の意志も含めて適時、把握して、そのバランスを見極めることが重要である。

一例として太平洋戦争での日本の開戦のきっかけとなったのが、米国による石油禁輸

政策であることは有名である。

1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017

名目GDP 3,986 6,230 8,672 10,971 14,775 23,088 46,042 75,221 105,345120,146

国防予算 100 125 145 210 321 459 863 1,379 2,007 2,282

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

120,000

140,000

名目GDPと国防予算との関係(中国) <単位 億US$>

名目GDP 国防予算

Page 34: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

34 / 40

カ 軍事戦略

(ア) 概 要

軍事は、政略戦争において軍事力の誇示やその圧力などで間接的行使により外交等の

謀略を支え、軍事戦争において、主役としてその力を持って、相手国を屈服させ、政治

目的の達成に最大限寄与する。全ての戦争の勝利の為に軍事力は絶対的な存在である。

平時から有事を想定した体制を整え、有事においては最大限その機能が発揮できるよ

う、その兵力、装備、訓練、部隊配置、戦闘教義などの諸々の要素を有機的に組み合わ

せたのが軍事戦略である。

(イ) 役 割

a 威嚇及び抑止

政略戦争においては軍事力を構築し、部隊配置やその勢力拡大による威圧や抑止

力での謀略に寄与し、また軍事戦争に備えた計画の立案や戦力の構築を行うもので

ある。そして軍事戦争においては、その軍事力を発揮し、作戦戦略を駆使して、敵

の抵抗を破砕するものである。

b 国土の防衛及び侵攻

軍事力を行使し、国土の防衛や敵国への侵攻を行う。

c 防衛方針の策定

軍事の基本は国家の防衛である。防衛体制を整えることが最低の条件であり、それ

ができて、さらに攻勢への態勢を整えることができる。自国の周辺の複雑な国際情勢

と、自国の国力において、その方針は定められる。

方針においては、攻勢的防衛、積極的防衛、専守防衛の大きく3つに分けられる。

攻勢的防衛は同盟国や自国周辺の国に軍隊を配置し、他国を戦場とし、また攻勢によ

り防衛を図るものである。積極的防衛は利益線(国家の存亡に密接に関係する政治・

軍事上の地域・領域)を防護して自国にとって地勢上の重要な地域を確保することで

ある。専守防衛は主権線(国家の主権が及ぶ範囲)を守護して他国の侵害を拒絶する

ことである。

d 下位戦略の策定

軍事戦略は全体を統括する防衛方針に基づく基本戦略と、その基本戦略に基づく陸

上戦略、海上戦略、航空戦略、そして現在においては宇宙戦略、サイバー戦略、核戦

略等によってから成る。

陸上、海上戦略等の各戦略においては、それぞれの性質及び長所、短所を有する。

これらを組み合わせてより効果的な軍事力を構築することが基本戦略に求められる。

国家の総合戦略(政治指針)に基づき、軍事面において政治目的を達成に寄与し、ま

た全体の戦争遂行運用を行う。

Page 35: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

35 / 40

7 戦争指導

(1) 概 要

戦争時での戦争遂行の大綱・最高方針となり、戦争全体の在り方と方向、政略と軍略との

一致及び調整、必要資源の動員、戦争終結の時期・方法などを律し、決定する。

(2) 政策決定者について

ア 概 要

政策決定者は政治家である。政治家は名政略家となり、危機における冷静さと豊かな

創造力で対応し、また常に大局観で物事を見なければならない。さらに、戦争において

は、軍事に大きな権限が集中し、軍事組織が大きな力を発揮するようになる。そこでの

軍事的利益追求と政治目的が異なるならば、それを制止する力量が政治家に求められ

る。

そのためには、政治による軍事への優位性を確固とし、政治家が軍事組織を制御でき

る政府内組織、政治制度及び国民への政府への支持を確保しなければならない。

イ 政軍関係

政軍関係において政策決定者・政治家が軍人の上位に立つことが必要である。しかしし

て、文民統制が軍事作戦において過度に要求することは、軍事に足かせをつけることにな

り、状況により国家存亡の危機を招きかねないものである。よって政治家の軍事への理解

及び軍人の政治への理解、相互理解が特に重要である。三宅正樹著「政軍関係研究」では

以下が記されている。※26

ウ 政策決定者・政治家の軍事的責任

① 軍に国家戦略を示し、その軍事的役割を明確にすること。

② 軍の最高権力者として命令・責任を負うこと。

③ 軍を制御すること。

エ 軍の最高指導者の政治的責任

① 政治家に軍事上の安全保障での提言と、それに必要な資源を要求すること。

② 政治家の計画する政治行動に内包する軍事上の意見と準備を整えること。

③ 政治家の政策決定を軍事面で実行すること。

(3) 国内障害の克服

ア 官僚組織の弊害

旧日本海軍が対米戦開始前において勝てないことを理解していながらも戦争を進めたこ

とは組織の失敗として有名である。これは対米戦に備えて軍事力を構築してきた組織とし

て、戦争に反対することは自らの組織の存在意義に相反することとして、適切な判断を避

けた。即ち、国家の存亡よりも組織を優先した※27のである。

このように、組織内論理が優先される場合において、政策決定者による適切な戦争指導

が困難に陥るのである。これを防ぐには、当初から総合戦略に基づく方針に基づいた戦略

Page 36: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

36 / 40

及び組織構築を徹底するとともに、国民の高い支持など、組織を動かす権威・権力を有事

においては集中させることも必要となるのである。

イ 既存権益とのジレンマ

「人は誰しもが全てを見るとは限らない。大抵の人は自分が見たいと思う現実しか見な

い。」これは、彼の有名なユリウス・カエサルの名言である。これは政策決定者が必ずぶ

つかる壁である。即ち、誰しもが戦争は起こらないと信じ、その備えよりも目の前の利益

に群がり、適切な準備を怠り、あるいは妨害行為に及んでしまうものである。

特に戦争に至る政治目的については長期に渡る作為が行われるもので、短期では理解を

得ることが難しいのである。政策決定者はこれらのジレンマを乗り越えることが求められ

る。

8 戦争終結

(1) 概 要

戦争終結後において、その政治目的を達成するための政策が実行される。当然ながら、勝

者が最大限その政治目的を実行できる。敗者は自己の政治目的をその圧力において、どこま

で相手国に承諾させるかが焦点となる。そこには、軍事戦争でどのような勝ち方、負け方を

したかで大きな影響を及ぼすものである。

例えば、太平洋戦争において日本軍の硫黄島、沖縄本島での激烈な抵抗が、米軍をし

て、甚大な損害を怖れ、無条件降伏の内容緩和につながったという。※28

(2) 休 戦

攻勢側においてはこれ以上の戦闘が得られる国家利益に適切でないと判断された場合や、

防勢側の妥協により、彼我の間で交渉が行われ、休戦を行うものである。

(3) 相手国の占領

ア 全 般

相手国を占領するという政治目的は即ち、覇権の確立である。よって、如何に自国にと

って都合の良い政権を樹立することが焦点となる。

イ GHQによる日本占領統治

(ア) 全 般

太平洋戦争終結後、日本は米国に無条件降伏を行い、GHQに占領されることとなっ

た。この際、アメリカによる被占領国の日本への覇権の確立を目的として行われた各種

政策が行われた。それらの政策については、「日本占領と敗戦革命の危機」江崎道朗著

から抜粋した。※29

(イ) 無条件降伏の目的について

① 勝者のフリーハンドの確保

勝者が望む敵国処理と戦後体制を実現するため、敗者の発言権を奪い去る。降伏し

Page 37: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

37 / 40

た軍隊の処遇だけでなく、国家の処遇全体について勝者が一方的に決定する。

② 敵国の長期的無力化

終戦時の武装解除・無力化だけでなく、半永久的無力化。戦後の国際社会に敵国が

軍事パワーとして復活することを阻止する。

③ 敵国の社会的基盤の破壊と再編成

なお、この③については社会とは人間がいくらでも改変できるものということを前

提にしている。まさに戦後教育やイデオロギーの変換を彼等は前例として成功させ

た。全てはアメリカをはじめとした連合国の利益の追求によるものである。

(ウ) 占領軍等の過大な負担

① 食糧危機

日本は当時としても純然たる食糧輸入国であった。しかし敗戦国となり世界から

の食糧輸入をGHQにコントロールされ、国内の貧困と混乱は一層加速されること

となった。

② 終戦処理費という占領軍の負担費用

日本側が占領軍の軍票発行を防ぐ代わりに、その費用を負担するもので、昭和2

2年度予算において総予算額の1/3を占め、昭和23年でも35.3%を占め

た。この過度な占領軍への負担により、窮乏した国民を救う政策を政府は実施でき

なかった。そして税金は国民の大きな負担となった。

(エ) 弱体化施策

① 検閲による言論弾圧(自分たちにとって都合の悪いことは一切報道させない。)

② 侵略戦争の加害者意識・贖罪意識の植え付け(GHQ占領の正当性の確保)

③ 防諜体制の解体(国内擾乱を阻止する組織を解体しての弱体化)

④ 軍事研究機関の廃止(軍事技術の進歩を阻止し、軍事的地位の低下を狙う。)

⑤ 公職追放(大規模な粛清、占領政策に都合の良い人間だけを登用)

⑥ 経済統制(原材料の輸入の厳しい制限)による窮乏化政策

⑦ 新しい憲法の発布(アメリカ占領政策の意向の反映)

これらの苛酷な政策の方針が大きく変化したのは朝鮮戦争以降、日本を共産主義への

防波堤とするアメリカ自身の政策の変更によるものである。

ウ 中国によるチベット、ウイグル地域の統治

(略)

エ 米軍によるイラク占領

(略)

オ ロシアによるクリミア半島統治

(略)

Page 38: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

38 / 40

(4) 負けない事の重要性

占領政策においては、全てにおいて相手国の政策が優先される。よって、それらの政策

は被占領国民にとって苛酷になれど、豊かになるものでない。そのために生じる犠牲は、

一時の戦争時よりも、占領期間が長期になればなるほどに、より大きくなる。

国家の独立が何よりも国民の命を守ることであり、他国の侵略に対しては全力をもって

撃退することが重要である。

9 戦争の抑止

(1) 概 要

抑止とは、費用と危険が期待する結果を上回ると相手国に思わせることで、自分の利益

に反するいかなる行動をも相手国に取らせないようにする努力である。

ただし、この単純で限定された意味における抑止は、利用できる情報に基づいて行動の

選択肢の効用を計算できる合理的な判断を相手国が行う事を前提としている。

(2) 抑止の推移

戦争を防ぐためには、第一に、相手国に、我が方に戦争になりえる政治目的を発生させ

ないよう関係の良好化、あるいは国力を充実させて付け入る隙が無いと誇示すること(抑

止力)が重要である。

第二に、努めて早期に、相手国の企図を把握し、それが潜在化している政略戦争初期の

うちに阻止することである。これにより、相手国は軽微の損耗で、大きな外交問題となる

こともなく、両者の感情等のわだかまりが少なくて済む。

第三に、相手国の企図が顕在化し、政略戦争が中盤であるならば、外交等を最大限に駆

使し、国際的包囲網を構築する等で、その企図を具体的対策で阻止することである。同時

に我が方の意志を明確に示すための軍事力の強化が必要である。

第四に、軍事戦争が勃発したならば、国際世論を味方につけ、全力を持って撃退するこ

とである。

全ての段階において、防勢側は攻勢側に対して、防勢国に挑戦しようとする意志を上回

る費用と危険を分析・認識させるものである。

10 結 言

私たち人間が如何に凶暴であるかということを知り、そのうえで、平和に生きる為に努力

をしなければならないのである。努力なくしては容易に強者に虐げられるのである。そして

その努力とは、安全保障政策によって外敵から国を守ることである。この安全保障政策にお

いては、戦争との関係は表裏一帯のものであり、戦争を知ることで、安全保障政策を理解す

ることができる。

戦争とは、国家の命運を決する重大事である。それゆえ、国家の存亡を分ける進路の選択

Page 39: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

39 / 40

は慎重に考察しなければならず、戦争目的とは何か、戦争に至る経路を知り、そして戦争に

おいて敵に勝つための手段を知ることが求められる。戦争は悲惨で、避けるべきでものであ

り、また起きた場合においては、負けることは許されず、国家として最大限発揮の力をしな

ければならない。

「人は誰しもが全てを見るとは限らない。大抵の人は自分が見たいと思う現実しか見な

い。」まずは、これを克服することが求められるのである。

11 引用文献

※1「米中、緊張含みの緊密化 首脳会談、異例の 8時間」日経新聞 2013.6.10

https://www.nikkei.com/article/DGXDASGM0900Z_Q3A610C1EB1000/

※2「ペンス演説はアメリカの対中戦略の転換を示すものか?」渡部 恒雄(笹川平和財団上席

研究員)2018/11/06

https://www.spf.org/jpus-j/investigation/spf-america-monitor-document-

detail_10.html

※3 浅野裕一「孫子」p53 講談社 1997.6.10

※4 カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」p22 日本クラウゼヴィッツ学会訳芙蓉書房 2001.7.30

※5 カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」p44 日本クラウゼヴィッツ学会訳芙蓉書房 2001.7.30

※6 浦野明央(北海道大学名誉教授)「本能と煩悩(全 12 回)第 1 回 煩悩-本能に根ざした

心の働き」東海大学出版部 2015年 3月 https://www.press.tokai.ac.jp/webtokai/

※7「ハイチ」ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 コトバンク

https://kotobank.jp/word/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%81-112930

※8 中西寛、石田淳、田所昌幸「国際政治学」p122 有斐閣 2013.4.25

※9 ピーターナヴァロ 赤根洋子訳「米中もし戦わば」p325 文芸春秋 2016.11.30

※10 浅野裕一「孫子」p18 講談社 1997.6.10

※11「日米貿易摩擦」ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%B2%BF%E6%98%93%E6%91%A9%E6%93%A6

※12 浅野裕一「孫子」p256 講談社 1997.6.10

※13 浅野裕一「孫子」p42 講談社 1997.6.10

※14 カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」p49 日本クラウゼヴィッツ学会訳 芙蓉書房 2001.7.30

※15 浅野裕一「孫子」p28 講談社 1997.6.10

※16 浅野裕一「孫子」p43 講談社 1997.6.10

※17 中西寛、石田淳、田所昌幸「国際政治学」p279 有斐閣 2013.4.25

※18「冷戦」ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B7%E6%88%A6

※19「明石元二郎」ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%9F%B3%E5%85%83%E4%BA%8C%E9%83%8E

※20 ピーターナヴァロ 赤根洋子訳「米中もし戦わば」文芸春秋 2016.11.30

Page 40: 安全保障研究「戦争概論」(案)€¦ · バランスが失われ、日本の一層の安全保障上の困難を予期せざるを得ないものである。そして

40 / 40

※21 森山康平「日中戦争の全貌」p247 太平洋戦争研究会編 河出書房新社 2017.7.10

※22 浅野裕一「孫子」p18 講談社 1997.6.10

※23 浅野裕一「孫子」p53 講談社 1997.6.10

※24「中国(China)> 名目 GDP(IMF統計)」GLOBAL NOTE

https://www.globalnote.jp/p-cotime/?dno=8860&c_code=156&post_no=1409

※25「Data for all countries 1949–2017」SIPRI Military Expenditure Database

https://www.sipri.org/databases/milex

※26 三宅正樹「政軍関係研究」芦書房 2001.12.25

※27 NHKスペシャル取材班「日本海軍 400時間の証言」p144 新潮社 2014.8.1

※28 江崎道朗「日本占領と敗戦革命の危機」p216 ㈱PHP研究所 2018.8.30

※29 江崎道朗「日本占領と敗戦革命の危機」㈱PHP研究所 2018.8.30

主要参考文献

1 カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論レグラム版」 日本クラウゼヴィッツ学会訳

芙蓉書房 2001.7.30

2 浅野裕一「孫子」 講談社 1997.6.10

3 アザー・ガット「文明と戦争」 歴史と戦争研究会訳 中央公論新社 2012.8.10

4 ジョン・ベイリス、ジェームズ・ウィルツ、コリン・グレイ「戦略論 現代世界の軍事と戦

争」石津朋之 監訳 勁草書房 2012.9.20

5 土山 實男「安全保障の国際政治学」第二版 有斐閣 2014.4.20

6 中西寛、石田淳、田所昌幸「国際政治学」有斐閣 2013.4.25

7 ピーターナヴァロ「米中もし戦わば」赤根洋子訳 文芸春秋 2016.11.30

8 江崎道朗「日本占領と敗戦革命の危機」㈱PHP研究所 2018.8.30